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2017-08-18

うわっ、、私の年収低すぎ!!サクラクエスト

サクラクエスト』(SAKURA QUEST)は、P.A.WORKS制作日本テレビアニメ田舎町の観光大使就任したヒロイン達を中心に、廃れた“ミニ独立国”を再興するために奮闘する物語(wikipedia)

主人公の「ゆきのちゃん」こと、木春由乃は、派遣会社から給料をもらっています。一体のどぐらいの年収相場から計算してみました。

サクラクエスト登場人物推定年収

木春由乃こはる よしの)(20才)

スペック 

木春の雇用条件
富山周辺の観光協会派遣される相場
福利厚生フェルミ推定
【参考】

【ケース1】貯金出来ないぐらいカツカツな状態

支出
家賃30,000円ログハウス
食費30,000円
日用品5,000円
被服費15,000円
交際費20,000円
水道光熱費15,000円(電気/ガス/水道)
携帯料金9,500円
光回線6,800円
交通費15,000円(バス,乗合のガソリン代等)
小計146,630円
健康保険8,423円協会けんぽ
厚生年金4,697円
源泉所得税4,810
雇用保険830円
小計18,760円
①+②小計165,060円
残高4,940円

更に冬に暖房費追加で、赤字になります

灯油10,000円10月3月
合計175,060円(△5,060円

【ケース2】家賃水道光熱費タダ、ネット使い放題で、月5万円貯金できるケース

家賃0円ログハウス
食費30,000円
日用品5,000円
被服費15,000円
交際費20,000円
水道光熱費0円(電気/ガス/水道)
携帯料金9,500円
光回線0円Wifi使い放題
交通費15,000円(バス,乗合のガソリン代等)
小計94,500円
健康保険8,423円協会けんぽ
厚生年金4,697円
源泉所得税4,810
雇用保険830円
小計18,760円
①+②合計110,960円
残高50,040円

更に冬に暖房費追加

灯油10,000円10月3月
合計120,960円(39,040円)黒字
1年後の貯蓄額

アニメの中では、由乃ほとんどお金に困った話は出てきていないので、順調に行けば1年後には50万円近く貯金できているはず(帰省込みで)

もしも、木春由乃格安スマホ(Freetelあたり)を使っていれば、携帯料金は月2500円程度だとして、114,000円節約。60万円近く貯金できる(帰省込みで)

他のメンバー収入は?

月収17~20万円 ボーナスあり(1か月*年2回)

月収10万円~30万円 ボーナスなし
月収0円(無職組)
月収17万円 ボーナスなし
今後の展開の妄想

-

おまけ


ウワっ、、私の年収低すぎ・・・

よしのちゃん、だんないよ〜 

アニメーターの人や、まちおこしで、タダ働きさせられている人に比べれば だんないよ


(追記)2017-08-18 19:28


(追記)2017-08-19 14:37

2017-08-12

オタクってだいたいキモいしかいないんだがたまにかわいい奴がいるよな

かわいいってのは見た目の話じゃなくて言動の話な

見た目整ってるオタクは男でも女でもキモいことが多いな、オラつき成分が多めだからかな

かわいいオタクっていうのはもっとナチュラルかわいい

友達になりたいし一緒に遊びたい

かわいいオタクオタクみたいな見た目や声にコンプレックスもってるっぽいのがかわいそうだよな

お前はかわいいんだよって言ってあげたいけど別にそれで向こうが喜ぶわけでもないしな

2017-08-11

軽自動車について思ったこと。

軽自動車について思ったことは、馬力規制を解除することです。

なぜなら、軽自動車を向上させるためだからです。

なぜなら、小さくてちょうどいいサイズから交通事故の激減になると思ったからです。

それぐらい、軽自動車がすごく大事自動車になると思いますので、軽自動車バカにしないでください。

---

消されたのか、消したのか、どっちなのか試すために、投稿してみる実験・・・

2017-08-10

軽自動車について思ったこと。

軽自動車について思ったことは、馬力規制を解除することです。

なぜなら、軽自動車を向上させるためだからです。

なぜなら、小さくてちょうどいいサイズから交通事故が減らせると思ったからです。

なぜなら、トラックバススムーズに通れると思ったからです。

から軽自動車がすごく大事自動車になると思います

もちろん、軽自動車税は、普通自動車税の半額にすればいいと思います

なぜなら、狭い道でもスムーズに通れると思ったからです。

2017-08-06

生理女性不安定になるのは

やはり生まれるかも知れなかった子供の部屋が流れ落ちるから

何故毎月毎月胎内が生殖に向け準備段階に入るのかと言われたら、生物の定めだからだとしか言いようが無い

2017-08-05

https://anond.hatelabo.jp/20170805191528

はてなー本質を見抜けるから

まとめだからとかそういう雑な括りで記事評価しないところが良い

2017-08-02

https://anond.hatelabo.jp/20170801235400

自作PC関係ネットで調べればだいたい分かるから、知り合い作るより調べ方覚えた方が早い。

youtube動画もあるし、構成心配してるなら自作PC板とかで晒せば突っ込まれる。

対面で教えてもらいながらって言ってるけど、パーツ検討+購入・組み立て・OSインストール等で10時間くらいかかるから、なかなか付き合ってくれる人いないと思うよ。


BTO最初知識ないときには良いけど、ローエンドは指摘の通り拡張性がない。

拡張性=ケースの広さだったり(ビデオカードや電源やクーラーの取り付けに制約が出る)、マザーボード対応スロットの数だったり(ビデオカードの取り付けに制約が出る)

例えばトラバで出てる New Vostro 3267スモールシャーシ プレミア http://www.dell.com/jp/business/p/vostro-326x-series-small-desktop/pd?oc=cav5020sp67f08on1ojp&model_id=vostro-326x-series-small-desktop

PCI Express*16が1スロットあるけどロープロファイル(カードの幅が低い物)しかさせないので、必然的にローエンドのビデオカードしか挿せない。発熱も怖い。

・電源が180Wしかないので、やはりローエンドのビデオカードしか対応できない。電源を交換しようにも、サイズが小さいので難しいかも?

・:M.2スロットがなさそうなので、SSD追加の場合は2.5インチSATA接続になる。SATAは2スロットしか使えないようなので、SSD1台+HDD台が最大の構成。それ以上やりたいならPCI-E*1に拡張カード刺すことになるが、スペースと電源容量で悩むことになる。

http://www.pasonisan.com/dell/vostro3200/3250-inner.html


最初の一歩としては適当BTOを徹底的に調べてみては。

https://www.ark-pc.co.jp/bto/customizer/?pc_id=0723

ArkBTOめだか積極的にはお勧めしないけど、パーツ名がほぼ書いてあるので調べる対象としてはおすすめ。パーツは結構いからパーツ買うには良い。

拡張性(PCIexpres*16の数、ケースの大きさ、電源容量、5.25/3.5インチベイの数)を調べる

とかやって行けば徐々に知識もつく。

2017-07-28

まあ日本はどうせもうだめだからヤッたもん勝ちってことなんじゃないんすか

2017-07-18

エロ漫画の好きな理論

別にきじゃない相手からこれはセッ○スじゃなくて肉バ○ブを使ったオ○ニー

キスしなければ浮気じゃない

彼氏との性生活のために男友達とセッ○スするのは彼氏のためだからセーフ

会社のオッサン独身)に遠慮してもらいたい

現在女性が多い職場で勤務してて、みんな年齢が近いので今度一緒に旅行をしようということになった。

オタクっぽくて申し訳ないけど刀がらみの歴史めぐりの旅を計画してる。

から職場休み時間に刀とか歴史の話とかしてると、昔からそういうの好きだったのか管理職のオッサンが中に入ってきてた。

最初はかなり詳しいしためになることも多かったので適当に間に入れて休憩中は盛り上がっていたんだけど、やっぱりどうしても邪魔に感じることはよくあったのが本音

それで旅行の話なんだけど、どういうスケジュールでどういう順番で回るかという話をしていたらやっぱりオッサンが入ってきた。

アドバイスをいくつかもらって「ありがとうございました」とにこやかにお礼を言ったところ

「いいなあ。こんな旅なら俺も行きたいな」とか言い出しいた。

そこでつい仲間の一人が社交辞令で「じゃ、○○さんも行きます?」と冗談で言ってしまった。

普通20代~30代前半までの女性グループの中にアラフォーおっさん一人が混ざるとかないし、断ると思ってのことだ。

それが「ほんと!嬉しいなあ。あ、でもこの日はだめだからあとから追っかけて2日めから合流ね」みたいなノリノリで話に加わってきた。

さすがに今から「来ないで下さい」と言いづらいし、でも絶対一緒に来てほしくない。

なんとかやんわり断る方法はないかとすごく悩んでいる。

2017-07-13

リベラルはもう二度と「性教育の推進を」なんて言わないでほしい

『ゆらぎ荘の幽奈さん』炎上の件。

  

年齢制限によるゾーニングは、「子供に見せないように大人配慮する」と、「子供が見ようとするのを大人妨害する」という2つの方法があるんだけど、どっちに主軸を置くつもりなんだろうか?

この配慮妨害は、たしかに重なりあう部分もあるが、明らかに性質が異なる。配慮積極的にやってよいが、妨害というのは自由侵害なのだからいくら子供に対してであっても必要最小限に行われなければならない。

  

ジャンプを読んでいるのがあくま子供主体性の発揮だということ、それはもっと重視されてよい。

巻頭カラーで載せているのは配慮を欠いていた」という指摘は可能かもしれないが、子供は以前からこういう漫画掲載した雑誌だということを分かったうえで買っている。そして今後購読を続けるかどうかも、子供たちの選択にかかっている。

大人がこれに自主規制を求めるのは、配慮ではなく、どちらかと言いうと妨害になっているということを自覚してほしい。

無論、妨害はやむを得ないという自覚を持って活動しているならば、それはそれで一つの立場と言えるだろうが……。

  

  

  

ところで、たしか少年ジャンプの読者層は高校生~成人が多く、残りは中学生だったりするので、小学生(とくに10歳以下)となると、ほとんど読んでいないはずだ。これを一律に"子供"扱いすることには違和感がある。

  

そんなこんなで思ったんだけれど、子供主体性をあからさまに軽視しているリベラルは、二度と「性教育の推進を」なんて言わないでほしい。

貴様らには性教育を通して子供主体性の発揮を求める資格がないと思う。

  

例えば避妊性病予防について教えたり、その知識を持たないと自分加害者被害者になってしまう恐れがあると教えるのが性教育の内容だ。要するに、「コンドームを使いなさい」という主体性子供要求するものである

性教育は、決して子供たちがセックスをやることを推奨するものではないが、一方で、もしセックスをするならコンドームを使えと教えているわけだ。これは子供にも主体性があることを所与の前提としなければ成立しない。

  

リベラルは、エロ本18禁しろと言っていたり、ジャンプ漫画過激だと言っているが、18歳未満がコンビニ等でコンドームを買えるということをどう思っているのだろうか?

子供セックスをやることは望ましくないから、子供へのコンドーム販売自粛するべきだろうか?

勿論、エロ本ジャンプを買うことは遊興にふけることであって、コンドーム防衛のためだから、その価値を同列に論じるべきではない。しかしながら、遊興と防衛を分離して考えることもできないだろう。遊興のごとくセックスをやってしま子供、それに付き合わされる子供にこそ、この防衛手段へのアクセスを開いておくことが必要からである

  

「遊興的に性愛を楽しむことは不要だ」と決めつけて忌避する禁欲道徳は、性教育に反対する者たちの主張に説得力を与えてしまうようにも思われる。

なぜなら、反対派の主張は、「子供は無理にセックスをやる必要はない。純潔を保つことが一番の防衛だ」というものからである。この「遊興をしないならば防衛必要ない」という話は、ミクロで見るかぎり妥当になっているケースも多いと思う。

  

(※この論点は「リベラル宗教保守区別がつかない」というエントリで補足したので、そちらをトラックバックから読んでください。)

  

  

  

追記(2017/7/14 21:10

ブコメで突っこみを頂いたけれども、リベラル側の主張は、たしかに、「エロは許す。性暴力女性蔑視は悪だからさない」というものだった。

しかし、私がいつもリベラルに感じている苛立たしさは、まさしくこの点における洞察力の欠如である

  

どうやらリベラルは、エロを性暴力女性蔑視から分離できると考えているらしいが、それは誤りだ。具体的には下記リンクエントリで、「エロと野蛮さは切り離せない」の章を参照されたい。

一つ言えることは、お行儀のよいエロ表現なんか絶対に楽しくないってことです。

人権平等という正しい理念を詰めこんだエロ表現があるとすれば、おそらく私はそれを(ポルノ的な意味では)評価できないし、その偽善には吐き気を催すほどの不快感に見舞われるでしょう。私にとってのエロとは、どこまでいっても女性蔑視暴力性と切り離せないものです。

お行儀のよいエロは、ジャンプを読んでいる子供にもウケが悪そうです。子供不謹慎もの下劣ものが好きなのだし、性描写もそっちの方向でなければ楽しく受容されないでしょう。エロが野蛮さと結合してこそ楽しめるという子供感性は、なまじそれを否認してみせる大人より正鵠を射ています。この感性のあり方は否認せず、内心の自由として尊重し、一方でこの野蛮さを制御する文明的な理念について子供に啓発することができるならば、多分それが最適解だと思います

  

『【表現規制】『ゆらぎ荘の幽奈さん』炎上の件について』

https://anond.hatelabo.jp/20170712001904

エロが野蛮さと結びついているのは、漫画というフィクションだけに限らない。

しろ現実世界における男女のセックスにこそ、「とにかく女とヤリたい」とか、「彼氏に嫌われたくないからヤル」とか、そういう心理が含まれる。いくら相手への愛情があってもこの傾向は不可避だし、それどころか愛情希薄なままセックスをやることもあるわけだし、エロは野蛮さと切り離すことができない。

リベラルが言っている「差別暴力のないエロもある」などという綺麗事は、まったく現実を見ていないお花畑だ。大切なのは、そのようなお花畑信仰を捨てて、エロ差別暴力と不可分であること、それはフィクションでもリアルでも同じなのだという前提に立つことだ。

  

我々がリアルでやっている普通セックスが、レイプやDVと地続きであるということを認める覚悟もないリベラルは、ひどい偽善者か、そうでなければ呆れるほどに自己反省を欠いている。性欲はポリコレに反するようにして湧き上がってくるものだし、エロは、社会正義に叛逆するような侵犯に至高の価値を見出さんとする意志なのだ。つまり、「ルールなんか無視して遊興をやりたい!」というのがその本質だ。

性教育法律は、これに対して、最低限のルールを守りなさい、理性を働かせなさいと要請するものである。そして逆説的だが、このことは、エロ差別暴力とは切り離せないと自覚する(させる)ことによってこそ初めて可能となるのだ。

例えば男がコンドームを使うというのは、セックスが女を傷つけるものだと自覚し、理性でその悪を制御することだ。これは男が女を誤って妊娠させる行為について、「悪だからダメ」と決めつけて忌避するのではなく、「悪だから制御せよ」という前提を採用しておかなくては実行不可能だろう。もし「悪だからダメ」という前提の方をとるならば、セックスをやらなければいいわけであって、これは「遊興をしないならば防衛必要ない」という宗教保守論理である

リベラル表現物に対して「悪だからダメ」という潔癖な基準採用するのは、この宗教保守論理を補強してしまうのではないかと思う。そのように潔癖な考え方では、とてもではないが、性教育の推進を訴えることなどできないのではないか

性教育は、セックスが性暴力・性被害と密接に結びついている危険ものだという現実認識から始めなければならない。人があえてその危険を冒そうとする意志こそがエロティシズムである性教育はこの意志を野蛮だから無くせだの、悪いことだからダメだのと言って忌避するものではない。そうではなく、それ自体はやむをえないからと是認した上で、だからこそ安全制御するための方法を教えるものなのだ

  

再追記(2017/7/14 23:10

これは前回の記事で書いたことなので省略するけれども、「エロ問題ない」と言っているリベラルの嘘つきぶりには、もう本当にハラワタが煮えくり返りそうだ。

あの漫画が今回炎上したのは、確かに性暴力女性蔑視という文脈があったかもしれないが、それは後付けの理屈であって、第一義的にはその絵がエロいからである視覚に訴えかけてきて我々の感情を揺さぶる絵だからこそ、そこにある性暴力女性蔑視という観点が際立ってくるのだ。

これはエロと、性暴力女性蔑視との不可分性をあらわしている典型例だ。リベラルはそのことに無自覚すぎて、しかも両者を分離できると平然と言ってのける人も多い。私はその欺瞞ぶり、鈍感さには堪らない苛立たしさを感じている。

  

(※詳細は上記リンク先で、「エロからこそ批判されている」「差別表現には問題があるが、エロ表現にも問題はある」「作中で性被害肯定的に書いたことは問題本質ではない」等とした章を参照せよ。)

失われた時を求めてを読む:1巻の終わりまで(6/6)

・やっと1巻が終わった。

ひとつの話の締めだからか、怒涛の勢いで改行しない文章が続く。

・気付かないうちに主人公ゲルマン夫人に憧れてた。

あなたのためだから」ってのが大嫌い。

私がそうだったから、後悔している人がいる、と考えを押し付けてくる。

私とあなたは同じではない。後悔している人と全く同じ状況でもない。

そう言って自分の言うことを聞かせようとしているだけじゃないか

特に子育て子供の接し方。

親の性格も、子供性格も、環境も全部違うのに、これが正しい!って押し付けてくるのはなぜ?

アドバイスも求めてないのに。

2017-07-08

けものフレンズ面白さの本質

けものフレンズ』の面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観から抜け出しているところにある。

少し補足すると「抜け出している」という意味は、ある価値観に反発したり、故意に避けたり、過剰に抑圧したりすることではない。一例を挙げると「あんなクズな父親のような人間には絶対にならない!」と考えることはすでに父親の重力に捉えられている、ということだ。

もうひとつの「ガイナックス的なアニメ価値観」は少し複雑だ。細部へのフェティッシュなこだわり、現場いぶし銀技術者ひとつの生物のように有機的に躍動する集団、学校文化と官僚システム/軍組織への熱い礼賛、マスメディアやと民主主義への蔑視……古い世代のアニメオタクの王道ど真ん中の価値観。この価値観の根底には「責任のとらなさ」がある。これについては後述したい。



私自身、『けものフレンズ』は話題になっているのをtwitterで見て、5話くらいから興味を持った後追い組のひとりだ。徐々にハマり、最後にはとても感動した。けれども、しばらくたってもその面白さをまったく言葉にできないことに気づいた。まるで「解」だけが前触れなく控えめに差し出されたようだった。この困惑について、福原慶匡プロデューサーインタビューで語っている。


「皆さんも、なぜ魅力を感じるのか、はっきりとは言語化できてないと思うんです。食べ物でも、なぜかクセになっちゃうみたいなものってあるじゃないですか(中略)というのも、僕が5年前にその感覚を経験しているんですよね(笑)http://a.excite.co.jp/News/reviewmov/20170327/E1490547358865.html

放送終了後、ネット上でいくつか探してみたが「大ヒットの理由」や「エヴァとの共通点」などIQの下がる批評しか見当たらなかった。その清新さや核心について書かれているものは無かった。自分で分析してみてもやはりわからない。一見すると『けものフレンズ』は、パワプロで喩えるなら「オールBでよくわからない特殊能力がたくさん付いている外野手」だ。ツッコミどころがあるようで、よくよく見ていくと隙がない。(あくまでも「一見すると」であり、構成についてはほんとに素晴らしい。監督自身は「怪我の功名」と謙遜するアライさんパートは発明と言っていいぐらいだ)

たつき監督の過去作を見ていくと、クオリティをまんべんなく上げた作品を作るというスタイルは昔から共通しているようだ。『けものフレンズ』では登場キャラクターの紹介とストーリー展開を均等に進め、両者が高いレベルで一体になることを目指したという。インタビュー記事最終話放送直前! アニメを作るのが得意なフレンズたつき監督に『けものフレンズ』の“すごーい!”ところを聞いてみた!!」(以下、「最終話直前インタビュー」)ではこう話している。

「「キャラ先論」「話先論」があると思うんです。そこをまったく同じパーセンテージか、行き来をすごく増やして、キャラ優先なのか、お話優先なのか、わからないレベルでその2つが有機接合できるといいなと考えていました」http://news.livedoor.com/lite/article_detail/12855680/

ところで、仕事でも3Dアニメを作り、休みの日も3Dアニメを作っているというたつき監督だが自主制作アニメ『眼鏡』発表後の2010年に行われたインタビューでは興味深いことを語っている。ここに一部抜粋したい。

―― アニメはお好きなんですか。

たつき 大学時代に「アニメ作りたいわー!」とか思い出したころからちょいちょい見だしたんですよね。

―― 「すごいアニメ好き」みたいな感じじゃないんですね。そもそもアニメをあんまり見てなかったのに、なぜアニメを作ろうと?

たつき アートアニメみたいなものは学校で見させられていたんですけど、もっと俗っぽいほうがいいなと思って「眼鏡」を作りましたhttp://ascii.jp/elem/000/000/532/532388/index-3.html

本人の発言を鵜呑みにするわけにもいかないが、そう質問せざるを得ないなにかを質問者も感じたのだろう。確かに『けものフレンズ』は熱心なアニオタが作ったアニメという感じはしない。1話の出会いシーンと休憩のシーンが例外に思えるほど性を表現すること行わない。その他ではペンギンの脚やカワウソのケツぐらいだ。もちろん全年齢向けというコンセプトもあるだろうし、動物と人間という認識の違いに厳密に取り組んでいることもある。だが、繰り返し見てもそこに「ほんとはエロくしたいけど抑えよう」や、「萌えを感じさせよう」などという作為が感じられない。肩の力が抜けているというか、監督の視線が別のところを見ているような奇妙な感覚があるのだ。

話題にもなったペンギンの脚については「最終話直前インタビュー」で、こだわったポイントは肉づきであり、それは未だ言語化できていないパラメーターと語っている。やはり焦点が別のところに当てられているようだ。このたつき監督独特の感覚について、チームの中では「ガラパゴス的」「ほどよく鎖国している」「天然」(「最終話直前インタビュー」)と表現されている。

たつき監督の制作に対するスタイルがかすかに見えてきたが、根本的なところ、なぜ面白いのか、なにが新しいのか、どこが違うのかが一向にわからない。繰り返し観ても「サーバルちゃんかわいい」「言われるも!」以外にこの作品を語る言葉は見つからなかった。

そんな時『シン・ゴジラ』についてのツイートたまたま視界に入ってきた。ああ、あの作品は私にとって全然ダメだったな、なぜってあれはオタクのウェーイだったから。だから受け入れられなかった……だからけものフレンズ』は良かったのか。本来なら過去や同時期に放送された作品に触れ、その違いを論じることで導き出すのが正統な論証だろう。だがここでは『シン・ゴジラ』を補助線に引くことでショトカしたい。

シン・ゴジラ』はあの庵野秀明監督による作品だ。詳細は割愛しよう。宮台真司の批判とか概ね同意だ。私がアレルギー反応のような拒否反応をおこしてしまったのは別の部分になる。同作でも、指揮命令系統のフェティッシュともいえる再現、圧縮された膨大な情報量、巨大な生物のようにフル回転する官僚機構がたっぷりと描かれる。ああ庵野秀明だ、ああガイナックスだと感じた人も多いだろう。ただ、結構な面積が焼き払われ、放射能に汚染され、東京の中心で彫像のように固まったゴジラが実写として映し出されるとシニカルな感想も浮かぶ。「想定外の天災」とはいえ主要な登場人物はなんの責任も取らないだろうな、“庵野秀明から”。

ガイナックス庵野秀明に代表される彼らが、凝縮し、エッセンスを取り出し、世に提示してきた価値観。古い世代のオタクの王道ど真ん中の価値観。そこには、新兵器があるなら使おう、ボタンがあるなら押そう、ロケットがあるなら飛ばそう、人類補完計画があるなら発動させよう……後は野となれ山となれだ、という姿勢がその根本にある。責任の取らなさ。それが露出してしまうと、フェティッシュに埋め尽くされた119分はオタクが「ウェーイ!」とはしゃいでいるようにしか見えなくなる。

新しい爆弾が作れるなら作りたい、作ったなら使ってみたい。そういう欲望はギーク価値観として近代には普遍的にあるものだろう。それは責任とセットになっていなければ極めて危うい。『ジュラシックパーク』(1作目)に出てくるでぶが度し難いように。『シン・ゴジラ』の官僚たちは誰一人弾劾されず、断罪されずスムーズに復興へ移っていくだろう。彼らの合理性なら、半減期が2週間なら翌月から暮らすことができるだろう。三権が一体化した効率の良い行政システムを築くだろう。責任を切り捨てたからこそ、フェティッシュの興奮に耽溺できたのだ。棄てられた責任野ざらしにされ担う者はいない。

2000年代2010年代アニメにおいてもガイナックス的な価値観は揺るいでいない。おそらくこんな声が聞こえるだろう。「『ハルヒ』は?『らき☆すた』は?『けいおん』は?『まどマギ』は?『化物語』は?日常系を無視するなとんでもない!“大きな物語”をまだ求めるのか?!」このあたりはもっとその分野に詳しい人の評論を待ちたいと思う。私の見立てでは、それらは(主に女性の)キャラクターについてのフェティッシュを深めたにすぎず、逸脱はしていない。フェティッシュに注力すればするほど与えられた価値観の中での反復行為となり、自らをその価値観の内部に限定させるという結果を生む。そして、目を背けた価値観のもの形骸化しながらもしっかりと保存され、視聴者を貴族的な愉しみという隘路に導く。

もし汲々とした再生産のサイクルの中にどっぷり浸かった人なら、そこから抜け出すには並々ならぬ苦闘と意志が必要だ。たつき監督にはそうした努力は必要なかっただろう。『けものフレンズ』は最初から“できている”。

これは自由の味だ。

ジャパリパークではフレンズたちは当たり前のように責任を持ち、細部へのこだわりは新しい領域に向けられているがそれ自体に耽溺していない。古い価値観を超えるものを作ろうとして頑張った結果やっとできた、ということではなく、初めからそうした問題意識のものが存在していないかのように新しい価値観を持っている。それほどあまりに自然に表現された作品として我々の前に現れた。

可能にしたのは主に3つの要素からなる。「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」。この3つは密接に関係している。「手書きには温もりがある」という言説は否定できないが、大勢が1枚1枚セルに色を塗るという時代ではなく、1人である程度は全部作れる3DCGという環境がたつき監督にとって不可欠なものだったことは想像難くない(実際はirodori時代から分業していたことはブログからも伺えるが、作業量や機材を比較して)。Wikipedia情報によると、彼はサンライズ作品のCGを担当することで商業的なキャリアスタートさせ、以降手がけた仕事は一貫してCG関係だ。これがもし手書きスタッフとしての参加なら、今の形の『けものフレンズ』は存在しなかったし、たつき監督もおそらく従来の価値観に染まっていただろう。

3DCG上で現在主流の2Dの表現をそのまま再現することは難しい。「不気味の谷現象」ではないが、3DCGから2Dアニメに寄せようとすれば違和感が増え、それを克服するためには新しいアプローチ必要になる。たつき監督はレイアウト(構図というよりも画角)の段階からキャラクターの正面を巧みに演出し、同時に正面ばかりで飽きさせないように一話一話を構成することでこの問題に挑んでいる。技術的な分野における刷新、さらに強く言えば断絶。これにより従来のアニメ表現から自然と距離をとることができたことは『けものフレンズ』にとって幸運なことだった。

次にバランス感覚が挙げられる。たつき監督のスタイルにも作品の全てをコントロールしたいという欲望が見える。映像作家としてこうした欲望は一般的ものだ。ただ、「監督、コンテ、演出、シリーズ構成脚本たつき」と商業アニメで網羅しているのは尋常ではない脚本についてはWikipediaの項目を参考にした)。福原Pは、その秘訣はレイアウトからビデオコンテ、セリフ、声の仮当て、声優への細かな演技指導、修正、差し替え、調整という全ての作業をやりつつも「作業のカロリー計算ができる」ことだと語っている。

「そこらへんはプレスコで作ってきた『てさぐれ!部活もの』の経験が活きていると思いますたつき君はその場のグルーヴ感で「これはやったほうがいい」と思ったら作業しちゃうんです。その後のカロリー計算も、しっかりできる人」

http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1488452395

「北風がバイキングを作った」ではないが、繁忙期は1ヵ月ほぼ泊まり込みだったという『てさぐれ!』における過酷な進行がたつき監督を鍛え上げたことは間違いない。余談だが、ファンによるスタッフロールの解析やたつき監督のTwitterでの発言から、『てさぐれ!』2期からirodoriメンバー関西から呼び寄せたようだ。一部で話題になった出来事もこのあたりに遠因があるのかもしれない。閑話休題

福原Pの言うカロリー計算とは、「作業量」と「かかる時間」と「納期まで時間」を正しく見積もることができるという意味だ。結果、各話を見ても全体を通して見てもまったく破綻していないばかりか、各話のバランス、全体のバランスがとても良い。ほとんどの工程にアクセスし、手を入れ、なおかつどこか一場面に片寄っていないということは特筆すべき能力だ。このバランス感覚ミクロの視点とマクロの視点、ミクロの作業とマクロの作業の両セットを備えていないと成り立たないものだろう。シナリオ含め、一貫してたつき監督の思想が反映された『けものフレンズ』。そこでは、「美少女の細部にひたすら耽溺したい」というような偏ったフレームは分解され、ごく抑制の効いたボリューム/表現としてバランスが整った形で配置されることになる。

最後は、アニメばかりを見ていないアニメ監督。これは富野由悠季が公言し宮﨑駿も暗に語る「アニオタが作るアニメはつまらない」という言葉の裏返しであるたつき監督がケニア育ちだったから、というわけではないが本人の発言ではアニメを「ちょいちょい」見るようになったのは大学で「アニメを作りたい」と思った頃からだという。この時点で「東浩紀は『セーラムーン』をリアルタイムで観ていなかったニワカ」とディスられたレベルでのガチのアニオタではないとも言えるが、ここではirodori制作の短編を元に検証してみたい。

1作目『眼鏡』にあるのはメガネ萌え主人公エヴァギミックNARUTOアクションジョジョネタ(格闘ゲーム版)、東方という、既視感のあるオタネタだ。テンポの良さやオチの付け方など評価できるポイントはあるが、お約束というメタ設定(いくら殴られても負傷しない、カエルが空を飛ぶ、怒りで異形化、いくらでも撃てる弾薬など)のあしらい方はごく普通オタク価値観を共有している人向けに作った短編という印象だ。

続く『たれまゆ』では全体的にパステルカラーキャラクターの柔らかい描写に取り組んだことが見て取れる。手描きによる2Dアニメで制作され、架空の田舎の超常的儀式を通して小さな世界が描かれる。しかし、作業コストが高かったのか、合わなかったのかこの後は2D手書き手法は行われていない。

第三弾『ケムリクサ』では再びソリッドな3DCGに戻る。NARUTO風のアクションレベルアップし、設定も作り込まれている。リナちゃんズと呼ばれる5人の可愛らしさと非ー人間ぽさには独特の魅力がある。『眼鏡』のようにネタをそのままネタとして扱うことはなくなり、説明は最低限。たつき監督の作家性の輪郭がはっきり見えだした時期だろう。30分弱の作品にかかわらず、構成やカット割りに無駄がなくかなり洗練されている。しかし、完成度の高さと裏腹に、注目を集めた『眼鏡』よりも再生数や評価は低調だった。ニコニコ動画の過去のコメントを見ると『眼鏡』の軽いパロディのノリを期待する声が多く、制作側としては不本意な結果だったのではないだろうか。ここでは、1作目でふんだんに盛り込んだパロディで注目を集め、2作目では手描きアニメに挑戦。結果、手描きからは撤退し3作目では3DCGでストイックな作品に挑戦したという流れを指摘するに留めたい。

4作目となる『らすとおんみょう』は福原Pと出会うきっかけとなった作品と言われているが、1話を作ったのみで未完となっている。女性のキャラクターの表情はまた一段レベルアップしており、3DCGの中で2Dアニメ表現に歩み寄りたいという制作者の努力が見て取れる。何がこの作品を放棄させたのかは推測でしか語れない。多忙となったためや、異国の魔女と「適当だけど超強い男子中学生っぽい陰陽師(の下請け?)」が子作りするという設定に着地が見出だせなかったのではないかと思われる。現在残された多くの断片からは具体的な落としどころは示されていない。同作はいわゆるハーレムものの構造を取っており、一方でたつき監督の描く萌えはごく控えめだからだ。

5作目となる『のための』はirodoriとして最後の自主制作作品となった駅長さんシリーズ。できあがった時期は前出の『てさぐれ!』の激動を超え、プロフェッショナルとして確立した後になる。正確には『らすとおんみょう』より前に断片的な映像が出ていたが途中に長い中断があり、実質的に『てさぐれ』後に作られたものとみなすことができる。時系列で書くと2012年に2年がかりで『ケムリクサ』が完成。2013年前半に『らすとおんみょう』(1話)。2013年後半から2015年まで『てさぐれ!』シリーズ2016年8月末に『のための』が『駅長さん フル版』(以下、『駅長さん』と便宜的に表記する)として完成した。この作品は5分という短い時間ながらプロの仕事というべきものだ。目が描かれていない駅長さんの動く姿には、これまでに向上した技術が昇華されシンプルな姿で完成している。

ここで「アニオタの作るアニメ」(以下、オタアニメ)の定義について考えてみよう。もちろん厳密な定義などできようもないが、本文章が求める要件は「特定の層だけをまなざしている作品」であり、具体的には「アニオタ視聴者を満足させることを目的とした作品」であるたつき監督は『眼鏡』では明白にオタアニメを目指し、続く『たれまゆ』では本格的に手描き2Dを試み、より迫ろうとした。ここで最初の転機が訪れる。手描きという手法があまりにハイカロリーだったからか、ここでこの方向は放棄された。なろうと思っていたがなれなかったのだ。以降、アニオタ視聴者をメインの観客に据えることはなくなり、アニメばかりを見ていないアニメ監督として本来の姿、幅広い層へアプローチする道を歩むことになる。

ケムリクサ』の段階で3DCGによる手法に迷いはなくなり、削られたカットからも抑制の効いた演出を志向していることが見て取れる。この作品から作風が変わったようにみえるのはテーマシリアスからだ、という批判も予測されるが「ストーリーシリアスになる=オタクに媚びていない」という短絡は採用しない。実際、表向きはオタク向けの作品ではないと装いながら水面下で「今回はこういう感じで行くのでひとつよろしく、へへへ」と、メタ構造(オタアニメにおけるお約束の構造)やメタ構造を逆手に取った仕掛けを差し出すという交渉を行う作品は実に多い。同時に「まったくオタクに媚びてませんよ」という宣言は、冒頭に挙げた父親の比喩と等しく、オタアニメの枠組みから実は一歩も踏み出していない。『ケムリクサ』では前2作であえて“なろう”とした努力が消えている。木の枝が河に落ちるように自然に、観客と交わす密約もなく、反発もなく、媚びていない。ピンポイントに評価される層よりも広い範囲をまなざしている。『眼鏡』よりクオリティは高いにも関わらず受け入れられなかったことは間接的な傍証になるだろう。

『らすとおんみょう』ではその揺り戻しといえる現象が起こっている。ギャグテーマTwitterで発言しているが、いかにもオタアニメという構造(そのままアフタヌーンあたりで掲載されても不思議はない)にチャレンジするも1話を完成させた後に頓挫。理由は色々考えられるが、これまで見てきた通りハーレムものの企画自体がたつき監督に合わなかったと考えるのが妥当だろう。この時期が2度目の転機になる。ある程度スタイルが固まったのだ。それは『ケムリクサ』で表現されたスタイルの延長にありジャパリパークへ続く道だ。キャラクターに瞳を描くことさえ取り止めた『駅長さん』は『らすとおんみょう』の続きは作らないという静かな意思表明とも受け取ることができる。


再び繰り返しておきたいのは「3DCG作画」、「バランス感覚」、「アニメばかりを見ていないアニメ監督」この3つはどれかひとつが先立つものではなく、お互いに深く関連しており不可分なものだ。『けものフレンズ』ではこの全ての要素が花開いている。この作品に超絶的な技巧が込められた作画や、ぴちぴちとした美少女あるいは美男子を求めることはできない。あるのはサバンナに向けて開かれたような、開け放たれた窓だ。振り返ると、室内にはエヴァ以降20年にわたる作品がある。時代を代表する色褪せない傑作もあるだろう。でも、もう昔の作品だ。新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、清々しい朝日に貫かれた後では、戸惑いつつも思い知らされるのだ。どれだけ偏狭な価値観に縛られていたか。こんなにもこだわっていたものは汲々としていたか。自由とはこういうことだったのかと。

自由の味。開放されるということは、決定的に変わってしまうということでもある。一度開放されたことを理解してしまうと、重さの無いなにかが失われてしまい、二度と戻ってはこない。それを無視して、例えば「エヴァけもフレ」というように馴染みのある文脈に引きずりこみ安心することもできる。「ローエンドなCGでもいいものは作れるんですよ」と心の平穏を装うこともできる。でも、そういうことはもうやめにしよう。『けものフレンズ』はこの20年間潜在的に待ち望まれていたアニメばかりを見ていない監督によって作られたアニメなのだ。その面白さの本質は、ガイナックス的なアニメ価値観とは別の場所に立っていることによるのだ。私はたつき監督の成果に最大限の賛辞を贈りたい。素晴らしい作品をありがとう

ただ、アニメを見る目がこれまでとは違ったものになったことは少し寂しく感じてしまう。世に次々と出てくる新しい作品がどれだけ面白くても、それらが“過去の遺跡の新作”ならばそれだけで手放しで楽しめなくなったからだ。つまり、ちょっとした困難をかかえこんでしまったことになる。でもそんな心配はあまり気にする必要はないのかもしれない。なぜなら、すでに誰かが言っていたようなのだ。困難は群れで分け合えと。

2017-07-05

全部は本当じゃないけど本当のこともある


芸能人は全員じゃないけど遊んでる人もいる。

ばれるような人を選ぶ方が悪い。見る目がない。

女の子と遊んでる人はいっぱいいる。

俳優スポーツ選手ジャニーズ芸人も。

ジャニーズの人は優しかった。

まわりから見たら優しくも大切にもされてなかったと思う。

仕事ボロボロ身体ボロボロ人生ボロボロだと思っていた時だった。

ただカラダの関係を持つだけのためだから体のいい風俗嬢みたいなものだ。

それでも嬉しかった。

深夜でも昼間でも呼ばれたらすぐに会いに行った。

会えればそれだけでよかった。

たわいのない話をしたり、仕事の話をしてくれたり、お風呂に入ったり、テレビをみたり、ゲームをしたり、仕事場の話をしたり。

心の支えだった。

彼は私を一切否定しなかった。

ダメ、イヤ、やめなさい、そんなこと一言も言わなかった。

悲しくて泣いた時も、否定肯定もせずにいてくれた。

手を繋いだままで寝るまでそのまま隣にいてくれた。

すこしでも興味があることには、見においで、そう言って呼んでくれた。

ステージに立つ姿はいつもと違って見えたけど、いつもの姿が重なることもあった。

この人は生きているんだなと思った。

彼の生活に私は必要なくなって、そうなればもちろん会うこともなくなったのだけど、

逆恨みもすることも嫌うこともなく生きている。

でもきっとずっと、彼がテレビを眺めている姿を忘れることはなく、彼がステージに立つ姿も忘れない。

彼がステージでいつもの姿を垣間見せる瞬間が焼きついている。

踊る姿もしゃべる姿も笑う姿も演技をする姿も忘れない。

あの時のボロボロの私を助けてくれてありがとう

まわりはそう思わないはずだけど、私はとても助かっていて救いだった。

きっと大好きで大好きでもう好きを通りすぎている。

どうか元気に幸せに楽しく生きてね。

2017-06-19

[]国会閉幕、私も閉幕

国会ウォッチャーです。

 見るものがなくなったので、アーカイブを見たりしています

 最後に何を書こうかな、といろいろ考えました。閣僚の答弁をチェック、採点してみてもどうせ改造だしな、とか、野党議員個人的評価高くなった人を何人か紹介しようかな、とか、総理閣僚の虚偽答弁を片っ端から挙げていこうかとか、山井和則榛葉賀津也両国対に対する不満もぶちまけたかったし。でも終わってから一番腹立ったのはやっぱり公明党山口代表でしたかコイツだけは罵倒しないと気がすまない。

両院議員総会での山口那津男

後半国会では、与野党対決の法案として、特にテロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案の審議がクローズアップされた。民進、共産党など野党は「廃案ありき」で、あらゆる抵抗手段を尽くす暴挙に出た。丁寧に審議を進めてきた秋野公造・参院法務委員長公明党)の解任決議案まで出した。

これを否決した後も、秋野委員長野党配慮し、質問の機会を確保して丁寧に進めようとしたが、野党法相問責決議案を提出し、「この法相の下で審議を続けるのは不可能だ」とまで言い放った。委員会で審議が進められない以上、国会法規定に従い、本会議で質疑・採決を引き取る手続きを取らざるを得なかった。

民進、共産党などがあれだけ抵抗したにもかかわらず、15、16日の参院法務委は円満刑法改正案の審議を進められた。両党がいかに組織犯罪処罰法案の審議を、「廃案ありき」の抵抗の場としてきたかが浮き彫りになった。

参院法務委では、テロ等準備罪の内容に関する議論が交わされるべきだが、本来、別の委員会議論すべき「加計学園」の問題がかなり議論されたのは残念だ。

 まず参院法務委員会では加計問題なんか総量でも10分も聴かれてないよ。知らないなら黙れよ、クズ。わかってていってるなら辞職しろよ嘘つき。小川敏夫議員総理入りのとき前川氏の証人喚問やってくれるように、指示してくれって頼んだことと、共謀罪の審議入りの前に真山勇一議員が、話の枕で、ちょろっと触れただけだよ。キクマコとか保守速報なみかよ。

 あと刑法改正案共謀罪の後に持ってきたの自分たちのクセに、「あれだけ抵抗したにもかかわらず、円満に審議を進められた」とかマジでどういう神経してたらいえるんだろうね。人間革命で生まれ変わってこいよ。民進は、刑法はとにかく1人の被害者も生まないためにも先入れ先出し原則的にも、絶対先にやってほしいって訴えてたよね。それを無理やり順番を入れ替えたのもてめーらだし。だいたい民進党が出席しなくたって委員会の審議はできるっつーの。自分たち委員長を守るためにクソみたいなことやったんだからちゃんとクソ掃除する責任は取れよ。何の必要もないのに、お前らの都合で、お前らが決めたんだよ、そこから逃げんなクズ

自分たち野党を丸腰にしておいて野党もっとうまくやれとかいうのなんなんだろうね

 朝日記者が、全部委員会止めてでも、証人喚問要求すべきだったとか紙面座談会みたいので言ってたけど、記者レベルでこういうこといっちゃうのもよくわかんねぇ。民進、共産出席拒否したら何か変わったの?空回しされて、ネトサポが、「ほら野党は審議する気がない」とか騒ぐのを見過ごすだけなんでしょ。もしやってたら朝日はその姿勢擁護する論陣張ってくれたわけ?それなら社説ででも野党審議拒否しろ、俺たちは支持するって書けよ。すき放題いいやがって。どこの床屋だよ。今日官房長官会見でも空気読んでないの望月さんだけじゃねーか。質問制限質問の事前通告みたいなクソみたいなルールにひたすら従ってきといて、「ゆるがぬ安倍一強なぜ」、「3ない答弁」とかほざいてんじゃんねーよ。お前らが、「答えてない」って聞き続けないで、どうすんだよ。どうせ今日安倍会見だって質問は3つ、寿司友が事前通告した質問に対する、官僚作成した紙を読み上げて、おしまいなんだろ。どこまでもなめやがって。

 結局、国会は数なんだっていった与党議員は圧倒的に正しい。絶対安定多数を持ってる与党に、野党が抵抗するための武器は何もない。それどころか、本来国会議員から監視される必要のある行政府資料提出を法的根拠なしに拒否するのを指をくわえてみているしかなかった。とにかく与党擁護がしたいだけの人たちが自分たち証拠を引っ張って来なきゃとかいってるけど、行政不正があってもその証拠管理しているのも行政だし、それを提出するかどうかを決めるのも行政だって言い張る今の政権からどうやって証拠をもってこいっていってるんだろうね。お前らそんなに頭良いならバカ野党に教えてやれよ。野党バカから政治がだめなんだろう?日本のためだからよろしく頼むよ。

絶対必要な少数調査

 今国会のあり方を見て、多数派良心とか良識とかに期待しちゃだめなんだってのがわかった。一昨年の鴻池委員長が、「参議院官邸下請けじゃない」っていったときか、去年の大島理森議長国会運営を丁寧にやってほしいとか言ったときには多少は期待したけど、もう期待しない。多数派良心に期待した制度ダメ。ぜったいダメ資料提出の是非は、理事会協議だけじゃなくて、議会の1/4の要求レベルでもみとめるようにしなければならない。証人喚問も同様。また第三者による調査委員会の設置を、当該省庁、大臣自主的に決めさせるのも論外。いまの政府みたいなやつが政権にいたらまともな調査をするわけがない。だから参考人招致と同じく、第三者委員会構成員の推薦も各会派からするべき。特別防衛監察がなぜダメかっていうと、調査が終わったのかを知らせる、適切だったのかなどを評価するのも当事者から、とっくに調査が終わっているといわれているのに、国会が閉じても報告しないみたいな体たらくになっている。これは万が一民進党政権とるようなことがあった場合には、当然自民党側にとっても必要なんだからこの要求絶対認めさせないといけない。公文書管理にしても、民進党改正案も不十分だと思った。民進党は、政権とったときマニフェスト予算の読みが甘かったのを反省してるんだろうけど、金のかかることを言いたがらなさ過ぎる。公文書管理にかかる人間が少なすぎること、国立公文書館の規模が小さすぎることをもっと大々的に主張していくべき。

 個人的には、委員会議論をもう少しコンセンサス型に動かすための開催のVetoとかなんらかのギミックがほしいと思うけど、そこまでは望まない。ただただ、行政が何をやっているのかを少数会派監視できないと、現政権みたいなクズが出てきたときにどうしようもない。高村正彦とか与党支持者が言うには、下種の勘繰りらしいので、どうぞっかりと野党調査させて、まさしく野党疑念がただの言いがかりだったときに、「下種ー」って笑うような制度にすればいいんじゃないの。公明正大で一点の曇りもない今の安倍政権自民党はまったく困らないだろうし、下種でバカ無能な今の民進、共産にきちんと情報公開したって何の問題も起こらないし、まかり間違って、民進党政権とったとき抑止力になるじゃん。ぜひよろしく。

一応これで一旦終わりのつもり 

 2ヶ月あまりいろいろ書いてきたけど、読んでくれた人ありがとう臨時国会が開いたらまたその時の気分で書くかもしれないけど、とりあえずこれで終わり。とりあえず野党はすぐにでも臨時国会の開催要求しないと、また開催しないまま1月を迎えることになるかもよ。要求したって絶対すぐには開くわけないんだから、今すぐ要求するように。そうしないと国会クラスタさびしい。んじゃまどうも最後罵倒気味の記事になってごめんなさい。ちなみにだけど、私民主党政権時代は、政権交代の前の選挙では自民党に入れたし、民主党事業仕分けとかぼろ糞に書いてたし、シバキアゲが大好きな毎日朝日結構嫌いだし、共産党も夢みたいなことばっかいってんな、とは思うけど、今の自民党の、自分たちで決めたことを官僚のせいにするやり方は事業仕分けより醜悪だと思うし、政権からリークを受けて、私人プライベートを一面に乗せる読売は頭おかしいとしか思えないし、維新がやってる無意味修正合意という政権アリバイ作りよりは、実現されない正論による問題点の指摘のほうが好きだっていうだけなんですよ。まぁ信じてもらえなくてもいいけど、一応ね。皆さんが、国会での議論に興味を持ってくれたなら書いた意味があったと思いますが、増田でこういうのやられるのが嫌だって言う人がいたのもわかるんでそこはごめんなさいね

https://anond.hatelabo.jp/20170619122421

そういうのって大体土方になって結婚も早いし子どももすぐできるし

土方って常に人手不足転職楽にできるし給料学歴に比べて高めだか

下手にFランいって真面目クズ就職しても未だに結婚できないような俺からしたら十分勝ち組だと思う

性格DQNになって必然的に土方しかやれなくなるからそこに疑問とかもできないだろうし

もしすぐ離婚になっても種まきは成功するわけだから生物学的には役目完了してるという

2017-06-15

https://anond.hatelabo.jp/20170614093327

id:kamayan1980

「許してはいけない表現もある」ねえよ、という立場です。

http://b.hatena.ne.jp/entry/340096756/comment/kamayan1980

スナッフムービーとかも全然OKという立場なんですかね。

たとえばフルCGで作られたそういう動画流通してたとして何の問題もないと?

(ここでいう問題とはそれを見て真似する人たちが出てくるということに限定しません。)

追記:

なんか思いのほか、ブコメトラバが付いててびびるなど。

まさかホッテントリ

適当に書いた増田がこんなことになって正直びっくりしてます

ブコメトラバは一通り読みました。

とりあえずホラー映画とかとっくにあるじゃんという意見には、あなたはスナッフムービーが何か知らなさすぎですとしか言えません。

人の体を破壊して殺害することそのものを楽しむものと疑似的な恐怖感を安全場所で楽しむものは一緒に扱えるものではないと思います

SAWシリーズは好きな映画の1つです。)

単純に考えて欲しいんですけど、「許される」派の人たちは深夜番組CGのスナッフムービーが流されても問題ないと思ってるんですか?

この例え自体現実味がないから考える価値がないというのであれば、かつて放送されていた深夜のアダルト番組がなくなったのはどうしてだと思ってますか?

「許されない」とされたからじゃないんでしょうか?

そもそも「許されない表現がある」とはどういう意味なのか。

単純にそのような創作物作成してはならないという意味で考えている人もいるかもしれませんが、私はそういう意味では考えていません。

元の増田id:kamayan1980がどう考えていたのかはわかりませんが、私はゾーニング年齢制限なども表現の自由への制限だと思ってます

一般表現の自由というのは創作活動のものだけでなく創作物公表流通も含むものとされています

なので、許されない表現などないというとき、それは単に創作物作成だけでなく流通への規制も一切ないという意味だと考えています

現代社会で、アダルト物や暴力表現過激であるものゾーニングされていたり年齢制限がかかっているのは、そういったものについて自由流通は許されないと大多数が考えたからですね。

違いますか?

CGスナッフムービーの何が問題かについて、まずCGであっても本物と見まがうようなスナッフムービーはその視聴により人の脳にダメージを与える効果が他の映像作品よりも圧倒的に強いという点、成長途中の児童に見せることがその後の発達によくない影響がある点、創作物と偽って本当の犯罪が行われうる点(レイプものAVでありました)、見たくない人が作成流通広告放送などの様々な段階で目にしてしまう点(見たくもないアダルト広告規制されるべきでは?未承諾広告規制されました)

追記2:

正直、自分でも上に書いた問題点中途半端だし弱い気がする。何なんだ。結局自分不快からやめろっていいたいだけなのか。(でも逆にすべての物事判断はは感覚的な良し悪しを事後的に理屈を付けているだけとも思う。)すまない。自分でもよくわかってないんだ。表現の自由は最大限尊重されるべきだと思うよ。でも許されないものってあると思うよ。ブコメにあったけど差別発言とかヘイトスピーチとか。

流通の話じゃねーだろという指摘もあるけど、流通しない創作物のことを考えても意味ないよね?それは思想の自由とでもいうべきもので。

がんじがらめの流通ゼロ規制なしの野放図も間違ってると思う。とりとめなくてすまん。

あと本物のスナッフムービーがだめなのはそれが殺人という犯罪からというのはわかってるつもりで、だからこそ次の行に「たとえばフルCGで」と書いたんですが、そこんところに誤解のあるブコメが星を集めてるのは、やはり自分の書き方が悪かったんですかね。いろいろすまんかった。

追記3:

いまだにこれがどうしてこんなにブクマが付いたのかわからない。他の増田と何が違ったのか。

「許されない表現」とはどういう意味なのかについて、多くのコメント元増田id:kamayan1980は「存在が許されない表現」という意味だったんでしょうか。

たとえそうだとしても私は存在が許されない表現はあると思いますよ。

本物のスナッフムービー殺人からだめだというコメント結構あって評価も高いみたいですけど、これは存在が許されない表現ということなんじゃないんですか?

表現犯罪を切り離せ?表現行為のもの犯罪だったとき、それは切り離せられるんですか?切り離したとして作成自体はだめでも流通自体OKになりますか?

IS公開処刑とか秋葉原池田の目立つためにやった集団殺害とかこれは殺害行為を周知することが目的で行われたもの表現行為と言えると思いますが、これは存在が許されるとでも?

テロだって思想信条表現でしょ。

表現の内容によって「許される」程度というものがあると思います

犯罪行為など存在自体が許されないものから、誰が見ても問題のないものまで、いろいろな表現があって、それぞれに適切な公開範囲や公開方法があるんじゃないでしょうか。

誰が許すのか、多数派とは何かというコメントもありましたが、正直そこからかよと思います

誰が許すのか、そりゃ私達ですよ。民主主義社会に生きているわけですから、なんだって決めるのは私達自身であって、私達自身責任を負うんですよ。

少数意見だって尊重しますけど基本的には多数決で決めるんですよ。そういう社会で生きてるんです。いろいろあってそういう社会がましってことになってるんです。

私はこれくらいならこれくらいの規制妥当だと思うみたいな意見を持ち寄って落としどころを決めるんですよ。

もっと規制を強めた方がいいという意見や弱めた方がいいという意見があって、互いの意見を聞いた上で社会全体にとってどれくらいの規制がいいか判断するんですよ。

嫌なら目をつむっとけ?それこそ自分の快不快だけで人の意見を聞かない態度では?

自主規制しろ法的規制しろ結局のところ決めてるのは自分達ですよ。

再びスナッフムービー殺人から犯罪からだめなんだという意見について、

じゃあそもそもなんで殺人はだめなんですか?犯罪からですか?刑法に書かれているからですか?

違いますよ。

犯罪からだめなんじゃないですよ。

めだか私たち犯罪として規定禁止してるんですよ。

殺人を許すと自分たちの直接的に間接的に生存が危ぶまる状態になるから禁止してるんですよ。

結局のところ自分が嫌だから禁止してるんですよ。

あと単純所持ですら犯罪である児童ポルノですが、これも表現としては許されるんですか?

これについても犯罪からだめなんだって言いますか?わりと最近まで犯罪じゃなかったんですよ。

許されていた表現が許されなくなったわけですが、それでも許されない表現はないと言いますか?

何が犯罪かどうかって絶対的ものじゃないんですよ。

犯罪からだめなんて思考停止してたら、せっかくの表現の自由が泣きますよ。

許す許さないの判断規制権力装置と結びついたとき問題は、表現規制手法検閲問題であって、許されない表現があるかどうかとは別の話だと思いますよ。

2017-06-06

「左門君」はバトル漫画化するくらいならここで終わったほうがいい

「左門君はサモナー」の話。

今週のジャンプを読んで、最終回であることに非常に驚いた。

確かに掲載位置はあまり高いとは言えなかったけども、それでもそこそこの人気は確保されてるもんだと思ってた。

コミックスは全巻そろえるくらいには好きな作品だったので、終了したのはやはり悲しい。

けれども、ここ最近の展開を見ていると、「バトル漫画路線シフトしようとしてたんじゃないか?」と思うことが多々あった。

第一話・第二話の時点から既にいつでもシリアス・バトル漫画展開に持っていけるように見えたけども、マステマ編やベルビュート編のような(ギャグを挟みつつも)シリアス中心のバトル漫画化してるのを見てると、やはりそうなるんじゃないかと思っていた。

誤解を招かないように言っておくと、マステマ編やベルビュート編がつまらなかったわけではない。むしろ一山いくら打ち切り作品よりはずっと面白かったと言っていい。

最初ギャグが中心だったのにシリアス長編が多くなったり、バトル路線に変わっていった結果、長続きした作品も、奮わず打ち切られた作品も、たくさん見た。

代表的作品で言えば、(最近作品ばかりだけど)「家庭教師ヒットマンREBORN!」「銀魂」「めだかボックス」とか。バトル漫画にはなってないが「SKET DANCE」もだ。

正直な話、リボーンはバトル漫画路線にならなければ打ち切られてただろうし、めだか雲仙登場以降のバトル展開がなければ長続きしなかっただろうし、スケットも「スイッチオフ」やロックフェス編のようなシリアスが無かったらもっと早い段階で打ち切られてたと思う。(銀魂はそうでもなかったと思うが)

もちろん、上に挙げた例の作品でも、シリアス展開・バトル展開になってからのほうが好きという人はたくさんいるだろうし(めだかに関しては自分もそう)、どんな形であれ好きな作品が続いてくれたら嬉しいと思うのは当然のことだと思う。

ただ言えるのは、自分ギャグマンガとしての左門君が好きなので、バトルに路線変更してダラダラ長続きするくらいならいっそここでスパッと終わって、沼駿先生には次回作に取り組んでもらう方が自分としてはよっぽど嬉しい。

沼駿先生次回作も期待してます

2017-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20170605114758

少子化問題が深刻だから子供をたくさん産んで育てている人が偉い」って感覚がすげー戦前的ってか悪い意味での日本人ぽい感覚だよね。

世の中のためになることだから自分が不幸をかぶっているのは仕方ない。

我が身の不幸も世の中のためだかしょうがない。

みたいな「世間様」信仰

そもそも何のために生きているのかっていったら、自分幸せになるためでしょ?

自分がしていること(=子供を産むこと)が社会的に正しいこと(実は政府権力にとって都合のいいことw)だから周囲はもっと偉いと持ち上げなさい、敬意を払いなさいっていうのはそれこそ生命としての生きる意義に反している気がするね。

2017-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20170603021101

基本的人権ってなんだっけ?

それはともかく個人的意見としてならそういう意見も悪くはないと思うよ

この国には思想信条自由表現の自由ががあるから

まあ童貞じゃなきゃいいんですねってレイプに励む男性が現れるかもしれないけど人権獲得のためだから見逃してくれるだろうか見逃してくれるだろうねグッドトリップ

2017-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20170521124801

そこら辺の話は多分知ってると思うが、モーラルエンバーゴでそこら辺の考え方や技術日本へ出ないようにしてた当人

共産圏シールドにするために戦後に手のひらクルーンした部分だからなぁ。

あと、日本工業化米国が急激に進めたのは、朝鮮戦争への物資供給のためだから、別に日本のためでもなんでもないしな

2017-05-14

http://anond.hatelabo.jp/20170513173032

手で痴漢するとは限らない。

これを言い出したら、手荷物があたったままだったけど、気づかなかったり、動かせなかっただけで、もう当人被害者気分になるわけでしょう。

さすがにこれと、手で触ったことを同じにするべきじゃないよ。

満員電車で、片手でつり革、もう片方でスマホや本を持って、疑われないようにしている意味がなくなる。

レイプですら高畑の時みたいに嫌疑不十分で不起訴になったり示談金で終わることが多い国

満員電車痴漢は、誰しも接触が避けられない状況にある中での出来事で、本物の痴漢とそうでない人との区別がつきにくいことの話だから

気持ちはわからなくないけど、明らかな強制わいせつと同じに扱うべきではないよ。

嘘つき女、触られてないのに騒ぐ人や、わざと触らせて騒いで金を取ろうとする人がいることも、ほかの強制わいせつとは状況が異なる問題になってる。

ほとんどはそんなことがないというのはわかるけど、そういう事のために、人生が狂う善良な人がいても仕方ないとは思わない。

痴漢被害はつらいことだろうけど、それで会社をクビになったり信用がなくなり生きられなくなることとはなくて

痴漢冤罪は、本当に罪のない人が、会社をクビになったり生きられなくなることがある。

女性全般弱者被害者から、多少の冤罪があっても仕方がないということにはならないでしょう。

犯罪者と同じ性別から、その性別人達が、よもや冤罪ということなんてまずあるはずがないとか

冤罪になったところで、痴漢被害の傷より、たいしたことのないことだから被害者を救うためだから仕方がないとも思わない。

犯罪者は、犯罪者として追求しなければならないし、善良な人は、善良なまま生きられなければならない。



この問題は、痴漢の起きる現場を変えずに、対応することはもう不可能な状況だと思う。

ひとつの回答が、女性専用車両だったわけだけど、女性専用車両をながめていると、ぎゅうぎゅうの満員電車でも、女性専用車両はまだまだ余裕があることが多い。

乗りたくない人が無理に乗る必要はないけど、痴漢被害をすぐにでも少しでも減らしたい人は、もっと女性専用車両に乗るべきだと思う。

そうして、1両では、女性専用車両が足りないとなれば、2両、3両と増やすようになるだろうし。

満員電車電車が増発しても解決するような状況ではないので、鉄道対策は限られると思う。

追加料金で指定席を用意するような対応もあるかもしれないけど、お金の余裕のある人が問題から逃げられるだけと思うし、座席が足りなくて別の問題になるかもしれない。

保険会社が、痴漢被害冤罪保険とかつくってくれて、お金解決する方法もあるはずと思う。

心の問題を金で解決したくないとは思うかもしれないけど、保険会社問題にかかわってくれば、案件調査して妥当事件評価をするようになるはずで

そうなれば、書かれているような痴漢加害者に有利なことばかりという社会が変わってくるだろうと。

それに保険会社なら24時間電話サポート可能だろうから、早朝に、弁護士に連絡が取れないという心配もないだろうと思う。

ITっぽい解決方法としては

痴漢被害にあった人たちから、駅、電車車両時間曜日などの情報を集めて、今、痴漢確率が高いかどうかを予測させる方法

どのぐらい予測できるのか想像がつかないけど、痴漢犯罪者特有の何かがあるなら、もしかすると、この電車には乗らないほうがいいですよ!って通知してくれるようになるかもしれない。

夏は薄着になるし、渋谷六本木あたりの人達が、月末までには何か作ってくれたりするといいね

きっと有料でもお金払ってもらえると思う。



本当は、毎朝、ほぼすべての会社で同じ時間に出勤することが、大きな原因だと思う。

月末の金曜に早く帰ろうなんていうことよりも、朝の時間自由にする―遅くするだけでなく、早朝にすることも含めて―ことがもっと根本的に必要なこと。

誰もが満員電車を嫌いなのに、その電車に乗って会社にいくと、その時間会社に出社して当然だと思う人が、同一人物というおかし状態を直すべき。

むかしのように、紙の書類がなければ仕事ができない時代ではなくなって、ネットパソコンがあればかなりの仕事ができる時代になったのだから

物理的に同じ場所に集まらなければ仕事にならない人は、以前ほどは多くないはずで、満員電車に乗らなくてすんだり、満員電車を減らせるかもしれない。

満員電車にのらないですむようになることも、巻き込まれないために必要だ。

線路に逃げるよりも、ずっといい解決方法だけど、一足飛びに、朝の定時出社を止めようとはならないだろうから

線路の逃亡や、線路の飛び込み自殺など、早朝に問題が起きることが社会問題として大きくなってこないとこの解決策にはみんなが進めないとは思う。

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