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2021-09-20

https://anond.hatelabo.jp/20210919124053

寧ろ逆だろ

今回のは

若い女はでかい目でガリガリに痩せて胸だけ大きく、肌を露出して性的魅力を振りまくものである」という形の、社会規範バリバリに沿った側の行動だと思うから

フェミニストから批判されてると思うんだわ

「腹出しミニスカ若い女」はコルセットを外すどころか、バリバリハイヒールを履いてコルセットをつけてる側だよ。

これがもしもVTuberが年を取っていたり目が小さかったりズボンを履いてたり坊主頭だったりしたら、ネトウヨからは叩かれフェミニストから擁護される形になっただろう。

2021-09-13

anond:20210913151918

あのイキり方には坊主頭の方が合うと思う

鉄鍋のジャン

無印坊主頭よりもRの髪伸ばしたジャンのがカッコいいなぁと思う

それだけに髪刈られたのもったいない

2021-09-05

anond:20210905212835

辯天宗は、鹿児島のクソ坊主頭キナ臭いが、智弁和歌山韓国への旅行(成績優秀は飛行機無能フェリー)という韓国慰安(という名の、懺悔旅行をするのが苦痛だと聞いて、御苦労ですねー、と思いましたね。

2021-08-21

anond:20210821213645

その坊主頭女の言うことは嘘やぞ。

本当は尼僧だけど、家業をサボっていろいろな男の家を転々としているだけだぞ。

宗教上男遊びしていることは隠さなきゃならないから、自転車日本一周などと初対面の相手には嘘をついてるんだ。

2021-08-02

anond:20210802003516

髭生やして坊主頭にして一人称を「俺」にすればいくら乳が出てようがほっといてくれるぞ

そういった特殊なことをしなくてもあと20年くらいすれば嫌でもほっとかれるようになる

2021-06-25

anond:20210625082548

ボンしか知ってるやついなかったけど、

写真みる限りただの不良集団だわな。

トミーどうすんのよw坊主頭ネタもう使えんぞwww

いっつもトミーカンタの足ひっぱってるわ。前の炎上もそうだったし。

ぶっちゃけカンタ+水溜りハウスの連中でよかったわ。元々トミーなんてリアクション芸しか無かったし。

2021-06-23

坊主頭青年が両手にでかい袋下げて腰をかがめながら速歩きで電車

はいま席につき、肩で息をしながら遠い目で車窓を眺めて何を思っているのだろう

2021-06-16

カンチョーをしたら炎上したらしい男性アイドル

カーチャン最近好きらしく晩飯の時に絶対流れてるので、テレビで見かけたら彼らだと認知できるくらいには知っている。誰が誰みたいなのはさっぱり分からいくらいの認知度だ。

グループ名も知ってるので、よくトレンドに上がっていたりネットニュースになってるらしいのも知っている。

そんな彼らがテレビ番組の中で仲間内カンチョーをしたかなにかで炎上したらしい。

性的暴力助長するからとのことだ。

そもそも最近カンチョーという文字を久しぶりに見た。いつからやらなくなったか覚えて無いが大学に入ってから絶対やってない。高校でやったかな?もしかしたら中学卒業たかもしれない。

俺が知ってるカンチョーは浦筋の道端の石食ってた貧乏坊主頭カンチョーしたらセメントみたいにかってぇウンコが指に張り付いたみたいなギャグで培ったものばかりだったし、実際ガキの頃普通にやりあって遊んでいたから、時代は変わるもんだなと驚いていたのだが、つい最近彼らと同じジャニーズの別のグループ映画ドラマ試写会かなにかで共演者カンチョーされて仲良くなったと美談として語っている記事を見た。

イオイ、それは流石にフェミさんが嬉々として燃やすんじゃないかと思って野次馬根性記事を見に行ったが、しかし予想に反しておおむねコメント好意的ものばかりだった。

これにはおっさん困惑だ。

カンチョーは結局アウトなのかセーフじゃないのかどっちなんだよ。

2021-05-25

ボコボコなので坊主にできない

綺麗な形の坊主頭見ると羨ましい

2021-05-22

エロ漫画買う

一度買ったら気軽にポチポチポチるようになった。

男性向けも女性向けもどっちも買う。

ねちっこい描写が好きというか、なるたけ前戯時間をかけてもらうのがよくて、行き過ぎたアヘ顔描写ギャグみたいで好きじゃない。

痴漢モノの良いところは、すぐ挿入に至らないところ。

触手の良いところは、気持ちよさそうな女の子が沢山見れるところ。あと趣味に合わない言葉責めをしてこないこと。

最近女性向けでも男性向けでも断面図描写があるのがちょっと面白い。あと自分が読んだものだと女性向けの方がおっぱい大きい傾向があった(なんでだろう)あと女性向けの方が性器描写が生っぽい…。

ムヒョロージー描いてた漫画家さんのエロ漫画も買った。おっぱい星人だった。絵は好きだけど性癖は合わないなと思った。

パイズリ描写は双方そんなに気持ちよくなさそうだなと思う。

女性向けは人外が根強い人気ある。あやかしとか。最近読んだチャイナ服着た殺し屋返り討ちにあうやつはとてもえっちだった…。一番好きなシーンは、落ち着きましたか…?でハメられているところですね。すぐ堕ちちゃってかわいい

殺し屋少年のも買ってみた。見た目は好みだけど年下とか未成年は嫌だな…話し方がIQ低そうであんまり…(でも2巻目も買った)

双子催眠漫画も買った。これは大層えろくて買ってすぐ5周した。わ

あとBLにも手を出した。生徒会長と用務員のやつ。ほぼメスじゃん。「んおっ♡」みたいなの好きじゃなかったけど絵がうまいし、いますぐご奉仕したい…な表情がすごくよかった。これは用務員の気持ちで読んだ。ち○ぽ様のお通りだい、って言ってみたいセリフだな。

一時期めちゃコミも読んでた。

桂あいりさんの絵がうまくて、温泉痴漢される漫画めっちゃいい。坊主頭出てくるやつは坊主頭に盗られるの嫌で微妙だった。

おすすめあったら教えてくださいね

2021-05-17

前歩いている坊主頭のつむじ

暁のトビみたいだったな

2021-04-08

仕事辞めたら坊主頭にしようかなぁ

半年後くらいに仕事辞めようかと悩んでる。

職場で目立つのが嫌だから普通髪型にしてたけど、仕事辞めたらそういうの考えなくていいよな。

坊主頭のほうがQOL絶対あがるし。

2021-02-20

ハゲブサイクファッション

ファッション指南を期待した人はすまんが、自分でもどうしたらいいのか分からないので誰か教えてくれ。

アラサー

矢部太郎キモくした様なブサイク

最近頭頂部がハゲてきたので坊主頭

服のことが何もわからないやつは街のおしゃれなひとやマネキンを真似するところから真似してみようって言うけど

自分が同じ服装をしたときのことを想像しただけで吐き気がする。

自分と同じようにハゲててブサイクなやつにまともなファッションのやつが全然いない。

マジで

誰か助けて

2021-01-04

髪の毛って、クサイ。

昨日の夜もきちんとお風呂は入りました。

ただ普段坊主頭にしてるんですよ。

でも今年は自粛で出かけることが全然なかったのと

年末が忙しかたこともあって

3週間ほど頭刈ってなくて髪の毛が普段りあるんですよね。

ああクサイ。

明日から仕事から散髪しよう。

うん、まあ俺は今日休みだぞと言いたかっただけです。

2020-12-09

近所のジムに来るお坊さん

眼鏡かけて坊主頭ちょっと普通の勤め人じゃない感じで

何してる人なんだろうと不思議に思ってたらロッカー事情通が言うには

「あの人はお寺の住職さんなんだよ」と。

 

年齢分からないけど30代ぐらい。

利用マナー滅茶苦茶悪い。

といってもチンピラ系の雰囲気ではなく、圧倒的にいじめられっ子寄りなオーラ

 

平日も土日も毎日来てるそうで

いつも夜に現れてはトレーニング設備占拠して全然トレーニングしない。

ことなく緊張しながらもボケーッとした顔で背中丸め腰かけてるだけ。

 

たぶん1回2時間近くいる。

それが毎日

で夜はそれなりに混む時間なので、

同じ人に一つの設備をそれぐらい長時間占拠されると絶対使いたいのに困ってる人がいる。

 

新入りが同じ時間帯に先にその設備を使ってると

「いつ頃終わりますか?」とか聞いてきてせかす雰囲気を出してくる(された)。

でも自分の番になると占拠してボーっと座ってるだけ。

 

そのうち立ち歩き始めて、設置されてるテレビを見てたり、トレーニングエリアの外まで歩いていったりもする。

その間も設備占拠してるので誰も使えない。

ふらふら歩いてる時もテレビを見てる時も、体にどことない緊張感(よく小突かれたりするいじめられっ子が常に漂わせていたあれ)があり、

いつもそれとなく周りに神経を向け続けているのを感じる。

でも利用マナーめっちゃ悪い。 

 

ジム内にやたら知り合いを作りたがり、

相手をしてくれる人を見つけるたびに作ったように快活そうな声で話しかけて挨拶世間話をする。

それをするために来て世間話出来る知り合いを待って粘ってるような気もする。

 

ロッカー事情通とそのグループも前はそのお坊さんと結構親しく話をしたんだけど

今は義理程度の挨拶をするぐらいらしい。

どうも距離感おかしすぎるとか世間話がぎこちなくてつまらなすぎるとかそういうことがあったっぽい。

今お坊さんの相手してるのは優しい熟年層オンリー

 

お坊さんは毎日来て

マスクが呼びかけられててみんながマスクをしてる時もマスクをしないし、

土足ダメなところを何気ない感じで土足で歩くし、

自分のスペースと決めてる設備めっちゃ時間占拠してトレーニングしない。

かなり昔から通ってるそうだけど筋肉ゼロでおなかが出てる。 

 

顔だけ見ると善良っぽくも見えるんだけどよく見るとミニゴジラみたいな雰囲気の顔つきで

いつも身体が緊張していて世間話乞食距離感おかしくて利用マナー悪い。 

 

でも結婚してて結構大きい子供が何人かいるらしい。

そういう身分で何故毎日夜にトレーニングしないのにジムに来て長時間ボーっとしているのだろう。

仕事とか子育てとかで彼は必要とされていないのだろうか。

お寺ってそういうものなんだろうか。

 

よくわからんけどとにかく利用マナーが悪い。

たまに設備を片付けずやりっぱなしのまま帰っちゃうことがあるらしい。

事情通とは別のおじさんがロッカーで呆れた顔で言ってた。(噂されすぎ)

 

よくわかんないけどお坊さん以外の面でもこのジムだめだと思ったので

無料期間終わったら他所へ移ります

2020-08-15

8月15日に記しておきたい怖い祖父の話

大正まれ祖父は、坊主頭メガネをかけ、こけた頬に冷たい眼差しを持ち、いつも気難しそうな顔をしていた。息子であるから聞く話でも、私は祖父に対して怖いというイメージしか抱いていない。第一印象も第二印象も、とにかく怖い。祖父を評する言葉はそれ以外に無い。もっとも、祖父は私が生まれる7年前に亡くなっている。だから、私が見る祖父はいつも仏壇の脇に飾られた白黒写真のみであり、その気難しそうな佇まいを見るたびに幼心にピシッとした気分になり、怖い爺さんだなぁと思うだけだった。私にとって祖父は、無機質な写真のみで完結していた。

対照的祖母はとても優しい人で、おっとりしたお婆ちゃんだった。私は末の孫だったこともあり、とにかく甘やかされていたので、特にそう思うことも多かった。祖父とは会ったこともないが、祖母とは長い時間を共にした。私は幼稚園に入る前、母が働いている間は朝から夕方まで祖母の家に預けられていたので、祖母とは二人きりの長い時間をゆったりまったり過ごしていた。かなり幼い頃の記憶だが、何故だかその日々のことは断片的によく覚えている。暴れん坊将軍と蒸し芋が大好きな未就園児だったので、祖母とは気が合い可愛がられた。

祖母は幼い頃の私にとって第二の母のような存在で、お話もたくさんしたけれど、既に亡くなっている祖父遺影インテリアのように飾らせているだけで、その人となりについては何一つ聞いたことがなかった。息子であるはずの父や叔父からも、祖父の話は聞いたことはほとんどない。思い出話も一つも聞いたことがない。祖父がどんな人かと聞いても「おっかねぇ(怖い)人だった」と返ってくるくらいだ。そんなこんなで、私が知る祖父像は極めて薄い。とても薄っぺらい。お前の爺さんだよと言われてもピンと来ることはなく、いつまで経っても白黒写真遺影の人でしかなかった。

そんな祖父遺影の脇には、立派な額に入れられた賞状が飾ってある。内容は、抑留生活を慰労し、銀杯を贈られたという内容で、すでに故人になっている祖父政府が贈ったものだ。戦後日本には57万人以上もの人々がシベリアへ連れて行かれており、祖父もその一人であった。『祖父戦争へ行き、シベリア抑留をされていた』たったそれだけの漠然とした事実が、私の中の祖父像を大きく占めていた。小さい頃から、「うちのじいさん、ロシアに連れてかれたんか」と単純に思っていた。どこからともなくの知識で、多くのシベリア抑留者がそうであるように「終戦時は満州にでもいて、捕まったんだろう。だが、どうにか生き延びて帰ってきた」と思っていた。

去年、祖母が97歳で亡くなった。50過ぎの時にヘビースモーカーが祟って肺癌で亡くなった祖父に反し、かなりの大往生である。そこで私は、葬式での親戚が口にした言葉で「祖母が嫁いだ翌日に、爺さんに赤紙が来た」と耳にした。おいおい、なんだそのタイミングは。ドラマかよ、と思った。そもそも祖父母はお見合い結婚だし、祖父戦後抑留され、長いこと家に帰って来なかったし、つまりそれが事実なら祖母は長々と見知らぬ姑と過ごしたことになる。しかも、ど田舎山中にある村で、家業農家という典型的な家だった。時代時代とはいえ、婆ちゃんは肩身の狭い思いをしていたんだろなぁと可哀想に思った。

その頃から興味が沸いていたんだと思う。

遺影の中で怖いオーラを放っているだけの、実態の無い祖父像について。

私はどこからともなく『兵籍簿』の存在を知り、取り寄せたいと決意して、去年の8月15日実家終戦番組を見ながら父に話を切り出して頼んだ。兵籍簿の取り寄せは三等親まで可能で、孫の私でも可能だが、故人の息子にあたる父が取り寄せた方が、必要書類が少なく済むからだ。父は戦争映画などを見るのが好きな人だし、その手のものに興味があるタイプなので、あっさりOKしてくれた。断られたらどうしようと思っていたので、聞いた時はタイミングを見極めドキドキだった。

兵籍簿の取り寄せは案外簡単だ。やり方は調べればネットに載っている。うちの祖父陸軍なので、県の恩給科に電話で問い合わせ、手続きを始めた。ちなみに、海軍だと厚生労働省になる。陸軍であれば『〇〇県 兵籍簿』あたりで調べれば、どこの県もやり方を導いてくれるだろう。発行に際して必要ものは、対象者が故人の場合申請者との繋がりがわかるための除籍謄本戸籍謄本といった、役所簡単に発行してもらえる書類。あとは申し込み用紙を書いて郵送する。コピー代などで数百円かかるが、あまりにも簡単なので、もっと早く取り寄せればよかったと思った。

まぁ、取り寄せた所で、どうせ祖父はちょろっと満州にいて、そのままシベリアに連れてかれていたんだろう。祖父は誰にも戦時の話をしなかったので、家族の誰しもがそう思っていた。語らずに亡くなったがために、語るまでもない軍歴だったのかと、我々は思い込んでいたのかもしれない。みんなが祖父戦争について知っていたのは、彼が『シベリア抑留されていた』たった一言事実のみであるのだから

待望の兵籍簿は一か月かからずに送られてきた。

当時の書類ということで、読み難く難解な旧字も多かったが、やはり同じ日本語なのでほとんどは解読可能だった。それもネットで調べられた。

読み解いてまず驚いたのが、祖父1940年から43年2月まで、きっちり軍生活をしており、一度は満期除隊をしていたということだ。その時は主に満州国境警備をしていたらしい。大きな作戦戦闘に関わることなく、晴れて日本へ戻っていたのだ。もしかしたら亡き祖母は知っていたかもしれないが、祖父は息子たちへ語らずに亡くなったので、満期除隊をしていたことなど誰も知らなかった。

次に驚いたのは1944年2月祖父除隊からほぼ一年後に再び徴兵されており、(祖母が嫁いですぐに赤紙が来たエピソードは日付けから事実だと裏付けられた、祖母マジでお疲れ様すぎる)今度は満州ではなく、北海道の先にある『千島列島』に行っていたことだった。私は先入観からてっきり、祖父満州終戦を迎えたと思っていたので、想像していた祖父人生はガラリと色を変えた。

千島列島……千島列島……たくさんの島が連なる北海道の向こう側……北方領土……。そうか、そこにいた人たちもシベリアへ連れて行かれたのか……。そりゃそうか。

千島列島といえば、日本降伏後にソ連が乗り込んできた占守島の戦いが有名だが、祖父は『新知島(シムシル島)』から途中で『得撫島ウルップ島)』に回され、その二度目の徴兵では約一年半の千鳥列島生活を送り、終戦を迎えていた。兵種はずっと砲兵終戦時は上等兵だった。祖父はヒョロ長い体を駆使し、轟音の轟く砲をぶっ放していたのだろうか。なんともたくましい。

お恥ずかしいことに、私は新知島のことも、得撫島のことも、「なんか名前は聞いたことあるなぁ〜」程度で何一つ知らなかった。千島列島ソ連が攻め入った経緯すらも、占守島の戦いの名前漠然としているだけで、よくわかっていなかった。

どんな所か調べたくなった。特に長くいたらしき得撫島について。当時の千島列島について。

祖父のいた部隊結果的には戦闘をしておらず、言わば活躍をしたわけでもないので、ほとんど資料がなくて見つけ出すのには苦労した。

得撫島はもとより、千島列島自然の宝庫であると同時、一年を通してほとんど霧に包まれ、風も強く、ましてや長い長い冬を有する極寒の地。白夜であり、夏の夜は極めて短い。夏でも長袖は欠かせない。ほぼ無人島。そんな場所で「はい今日から暮らしてね〜」となったら苦労していないわけがない。制空権を奪われていたので、空から米軍攻撃もあった。制海権も奪われており、艦砲射撃が降り注ぐ。戦時中その海域では民間人も含め、2-3万人の人が亡くなっている。祖父のすぐ後に続いて小樽港を出港した同郷の部隊は、魚雷を撃ち込まれ沈没。冬の海に投げ出され、当時は軍機密に隠され2000人以上が死んでいた。祖父もほんの僅かな順番が違っていたら死んでいた。私もこの世にいない。数奇な巡り合わせで今の私は生きている。

得撫島ラッコの島と呼ばれるほどラッコがいるらしい。オットセイもいるらしい。祖父は間違いなく野生のラッコを見ただろう。自然豊かな大地。現代人の私が見たこともない美しい景色を、祖父は計らずとも見ていた。不本意戦時下に望んでもない場所へ飛ばされてはいるが、愛くるしいラッコちゃんとの遭遇が顰めっ面の祖父の心を癒してくれていたことを願わずはいられない。

兵籍簿には、祖父召集や転属などの略歴が淡々と日付けと共に記されていた。必要最低限の事務的情報であるが、その一つ一つの行間にも目に見えぬ多大な苦労があったはずだ。

昭和20年

8月15日終戦

9月29日ソ連により武装解除

10月19日ソ連により得撫島出発

10月24日ソ連ポートワニー上陸以降土工作業従事

昭和23年

7月22日舞鶴上陸

古ぼけた紙は語っていた。戦争8月15日に終わっていなかった。南方の激戦地のように食糧に困る事はなく、敵と遭遇することも戦闘もしなかったとはいえ祖父戦後も長らく闘い続けていた。自分血縁である祖父が歩んだ具体的な数字を見せられ、これはリアルなことだったと肌身に伝わってきた。日本がしていた戦争と、祖父存在への深みが増した。

シベリアでの日々を、祖父の白黒写真の顔と合わせて想像してみた。マイナス40度の永久凍土で働く、ろくな装備もない日本兵たち。栄養失調。ひもじい。所々にシラミが沸く。病気流行る。ご飯は堅い黒パン。粗末なスープ戦争は終わったのに、周りがどんどん死んでいく。いつまで経っても日本に帰れない。故郷よりももっと寒い、極寒の異国の地。日本には結婚生活を1日しか送らなかった嫁が待っている。祖父は雪深い土地で生まれ育ったから、シベリアでも適応能力が多少なりともあったのだろうか。そう思うことが唯一の救いである。

祖父が何も語らずに亡くなったのは何故か。千島列島を盗られた背徳感か。過去抑留生活に蓋をしていたのか。赤化教育を受けたことによる偏見を隠すためか。南方の激戦地に比べたらと、自分の半生は話すまでもないことだと思っていたのか。祖父の心を知る事はできない。私は想像することしかできない。祖父日本に帰ったが、一切を語らずに亡くなった。故郷山村とは掛け離れた四季の彩りのない場所で、途方もない八年もの戦争と闘ったのに、一言も喋らずに亡くなってしまった。

ここでは政治的な話はしない。

兵籍簿を読むことによって、それまで漠然としていた祖父存在がぐんと近づいた。存在のものを実感した。祖父ちゃんと生きていた。過酷時代を生き抜いた。ドラマ映画主人公になるような経歴ではないが、私が一分で根を上げるような過酷環境に長々と身を投じていたのは明らかだ。じいさんすごい。マジでお疲れ様すぎる。生き抜いてくれてありがとう。じいさんが頑張ってくれたおかげで、私はこんな平和世界ツイ廃をしながら、ソシャゲに夢中になれて、推しに心血を注ぎ、それを通して素晴らしい友人と出会うことが出来た。夏にはクーラーの効いた部屋でアイスを食べられるし、冬には暖かい部屋でアイスを食べられる。平和は素晴らしい。色んな国の友達もいる。その中にはじいさんが憎んでいた国の人もいるかもしれない。私は紙切れ一枚で戦地へ送られることなく、空や海からの脅威を感じることもなく、当たり前の明日をのほほんと待ちながら好きなように生きている。これは素晴らしいことだ。そんな当たり前のことを、強く思った。

兵籍簿を取り寄せて良かった。兵籍簿はどこからともなく知った物だが、私はこれを読まなければ自分流れる血に関してとても大事なことを知らずに死んでいた。

仏間へ行き、再び祖父遺影を見上げた。祖父は相変わらず怖い顔をしている。けれど、もうそれだけではなくなっていた。その遺影漠然とした無機質なものではなく、凄惨時代を生き抜いた血が流れているのだ。仏間を見下ろす祖父は、計り知れない威厳を背負っていた。

2020-08-06

坊主頭が苦手

なぜなのかは分からない

ハゲは平気

ツーブロックも平気

野球部坊主だろうとおしゃれ坊主だろうと関係なく、全体坊主が苦手

何だか近くで見てられない

付き合ってた彼氏坊主になったら引いてしまったので、生理的ものなのかも

なぜなんだろう

2020-08-03

プール女装家が現れて困惑してる

タイトル通りだ。


嘘みたいな本当の話でどこにでもいそうな坊主頭の小太りで初老おっさんが、女性用のド派手なワンピース水着にこれまたド派手な水泳帽を合わせて颯爽とプールにやって来る。

見てはならないものが突如目の前に現れ、他の利用者はもちろん係員もショック状態に陥り困惑してるんだが、これは何かしら犯罪行為にならないのだろうか?

いちおう言っておくとチ◯コは水着にきちんと収納されている。ちゃん男性更衣室を使っていてる。他の利用者に絡むようなことはない。

ただただ、おっさん女性用の水着プールサイドをうろうろしたりストレッチしたり泳いだりしてる。


はっきり言って非常に不気味なので何かしらの対策を求めている。みんなの知見を教えてくれ。

2020-07-15

坊主頭の女とセックスしてきたけど

意外とよかったと報告しておく

2020-07-13

anond:20200713142616

まり坊主頭の男」ということであってそれはニュートラルな男だろ。

のっぺら坊なんかは目鼻が無いだけで髪はあることも多いし。

2020-06-29

とても大きなごん狐

 これは、私が小さいときに、村の茂平というおじいさんからきいたお話です。

 むかしは、私たちの村のちかくの、中山というところに人類を守るためのお城があって、中山さまという将軍さまが、おられたそうです。

 その中山から、少しはなれた山の中に、「ごん狐」という狐がいました。ごんは、一人ぼっちゴジラよりも大きな狐で、しだの一ぱいしげったアマゾンのような原生林の中に穴をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出てきて、いたずらばかりしました。はたけへ入って東京ドーム十個分の芋をほりちらしたり、菜種油の貯めてあるタンクへ火をつけて村を焼き払ったり、百姓家の裏手に建っている発電用風車の羽をむしりとっていったり、いろんなことをしました。

 或秋のことでした。二、三年雨がふりつづいたその間、ごんは、外へも出られなくて穴の中にしゃがんでいました。

 雨があがると、ごんは、ほっとして穴からはい出ました。空はからっと晴れていて、ごんが穴からたことを知らせる警戒警報が地の果てまできんきん、ひびいていました。

 ごんは、村を流れる黄河十倍ぐらいある川の堤まで出て来ました。あたりの、すすきの穂には、まだ雨のしずくが光っていました。川は、いつもは水が少いのですが、三年もの雨で、水が、どっとまし、辺りの村々は全て水没していました。ただのときは水につかることのない、川べりの大きな鉄塔や、世界一長い橋が、黄いろくにごった水に横だおしになって、もまれています。ごんは川下の方へと、すっかり水没した高速道路を歩いていきました。

 ふと見ると、川の中にシュワルツネッガーを百倍屈強にしたような人がいて、何かやっています。ごんは、見つからないように、そうっと原生林の深いところへ歩きよって、そこからじっとのぞいてみました。

「兵十だな」と、ごんは思いました。兵十はその名の通りグリーンベレーの選りすぐりの兵隊十人を瞬殺したという人類最強の男で、盛り上がった筋肉によってぼろぼろにはち切れた黒いきものをまくし上げて、腰のところまで水にひたりながら、魚をとる、総延長五十キロに及ぶ定置網をゆすぶっていました。はちまきをした顔の横っちょうに、お盆が一まい、大きな黒子みたいにへばりついていました。

 しばらくすると、兵十は、定置網の一ばんうしろの、袋のようになったところを、水の中からもちあげました。その中には、車や家や橋の残骸などが、ごちゃごちゃはいっていましたが、でもところどころ、白いものきらきら光っています。それは、鯨ぐらい太いうなぎの腹や、ジンベエザメぐらい大きなきすの腹でした。兵十は、体育館ぐらいの大きさのびくの中へ、そのうなぎやきすを、ごみと一しょにぶちこみました。そして、また、袋の口をしばって、水の中へ入れました。

 兵十はそれから、びくをもって川から上りびくを山の峰においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。

 兵十がいなくなると、ごんは、ぴょいと原生林の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちょいと、いたずらがしたくなったのです。ごんはびくの中の魚をつかみ出しては、定置網のかかっているところより下手の川の中を目がけて、大谷翔平投手のような豪速球でびゅんびゅんなげこみました。どの魚も、「ドゴォォォン!」と音を立てながら、にごった水の中へもぐりこみ、大きな水柱を立てました。

 一ばんしまいに、太いうなぎをつかみにかかりましたが、何しろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。ごんはじれったくなって、頭をびくの中につッこんで、うなぎの頭を口にくわえました。うなぎは、キュオオオオオオンと超音波のような叫び声を上げてごんの首へまきつきました。そのとたんに兵十が、向うから

「うわア石川五右衛門アルセーヌ・ルパン怪盗セイント・テールを足して三で割らない大泥棒狐め」と、地球の裏側でも聞こえるような大声でどなりたてました。ごんは、びっくりしてとびあがりました。うなぎをふりすててにげようとしましたが、うなぎは、ごんの首にまきついたままごんを縊り殺さんと巨大重機のような力で締めあげてはなれません。ごんはそのまま横っとびにとび出して一しょうけんめいに、超音速旅客機コンコルド並みの速度でにげていきました。

 ほら穴の近くの、ごんの挙動監視するためのセンサーの下でふりかえって見ましたが、兵十は追っかけては来ませんでした。

 ごんは、ほっとして、象ぐらいの大きさのうなぎの頭をかみくだき、なおも圧搾機のような力で締めあげてくる胴体を渾身の力でやっとはずして穴のそとの、草の葉の上にのせておきました。

 十日ほどたって、ごんが、大日本プロレス代表する悪役レスターである地獄カントリーエレベーター”弥助の家の裏を通りかかりますと、そこの、いちじくの木で懸垂をしながら、弥助が、おはぐろをつけていました。総合格闘技界の若きカリスマ、”溶接王”新兵衛の家のうらを通ると、新兵衛がダンベルを上げながら髪をセットしていました。ごんは、

「ふふん、格闘技村に何かあるんだな」と、思いました。

「何だろう、異種格闘技戦かな。異種格闘技戦なら、プレスリリースがありそうなものだ。それに第一、告知ののぼりが立つはずだが」

 こんなことを考えながらやって来ますと、いつの間にか、表に手掘りで地下30キロまで掘り抜いた赤い井戸のある、兵十の家の前へ来ました。その大きな、兵十が歩くたびに立てる地響きによってこわれかけた家の中には、大勢の人があつまっていました。よそいきのコック服を着て、腰に手拭をさげたりした三ツ星シェフたちが、厨房で下ごしらえをしています。大きな鍋の中では、本日メインディッシュである比内地鶏胸肉の香草和え~キャビアを添えて~”がぐずぐず煮えていました。

「ああ、葬式だ」と、ごんは思いました。

「兵十の家のだれが死んだんだろう」

 お午がすぎると、ごんは、村の墓地へ行って、坐像としては日本一の高さの大仏さんのかげにかくれていました。いいお天気で、遠く向うには、ごんから人類を守るためのお城の大砲が光っています墓地には、ラフレシアより大きなひがん花が、赤い布のようにさきつづいていました。と、延暦寺東大寺金剛峯寺増上寺永平寺など日本中の名だたる寺から一斉に、ゴーン、ゴーン、と、鐘が鳴って来ました。葬式の出る合図です。

 やがて、世界各国から集った黒い喪服を着た葬列のものたち七十万人がやって来るのがちらちら見えはじめました。話声も近くなりました。葬列は墓地はいって来ました。人々が通ったあとには、ひがん花が、跡形もないほど木っ端微塵にふみおられていました。

 ごんはのびあがって見ました。兵十が、白いかみしもをつけて、3m程の位牌をささげています。いつもは、赤い閻魔大王みたいな元気のいい顔が、きょうは何だかしおれていました。

「ははん、死んだのは兵十のおっ母だ」

 ごんはそう思いながら、頭をひっこめました。

 その晩、ごんは、穴の中で考えました。

レスリング女子世界チャンピオンだった兵十のおっ母は、床についていて、巨大うなぎが食べたいと言ったにちがいない。それで兵十が定置網をもち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、うなぎをとって来てしまった。だから兵十は、おっ母に世界三大珍味を始め、ありとあらゆる有名店の美味しいものは食べさせても、巨大うなぎだけは食べさせることができなかった。そのままおっ母は、死んじゃったにちがいない。ああ、巨大うなぎが食べたい、ゴテゴテに脂が乗って胃もたれがする巨大うなぎが食べたいとおもいながら、死んだんだろう。ちょッ、あんないたずらをしなけりゃよかった。」

 兵十が、世界一深い井戸のところで、指懸垂をしていました。

 兵十は今まで、おっ母と二人きりで、ストイックなくらしをしていたもので、おっ母が死んでしまっては、もう一人ぼっちでした。

「おれと同じ一人ぼっちの兵十か」

 こちらの道場の後から見ていたごんは、そう思いました。

 ごんは道場そばをはなれて、向うへいきかけますと、どこかで、いわしを売る声がします。

いわしやすうりだアい。いきのいいいわしだアい」

 ごんは、その、いせいのいい声のする方へ走っていきました。と、弥助のおかみさんが、裏戸口から

いわしを五千匹おくれ。」と言いました。いわしの仲買人は、いわしつんトラック三百台を、道ばたにおいて、ぴかぴか光るいわしを満載にした発泡スチロール容器を三百人がかりで、弥助の家の中へもってはいりました。ごんはそのすきまに、車列の中から、五、六台のトラックをつかみ出して、もと来た方へかけだしました。そして、兵十の屋敷の裏口から屋敷の中へトラックを投げこんで、穴へ向ってかけもどりました。途中の坂の上でふりかえって見ますと、兵十がまだ、落ちたら骨まで砕け散る井戸のところで小指一本で懸垂をしているのが小さく見えました。

 ごんは、うなぎつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。

 つぎの日には、ごんは栗がなった木々を山ごと削りとって、それをかかえて、兵十の家へいきました。裏口からのぞいて見ますと、兵十は、鶏のささみ肉十キロの午飯をたべかけて、茶椀をもったまま、ぼんやりと考えこんでいました。へんなことには兵十の頬ぺたに、かすり傷がついていますボクシング世界ヘビー級王者と戦った時も傷一つつかなかった兵十の顔にです。どうしたんだろうと、ごんが思っていますと、兵十がひとりごとをいいました。

「一たいだれが、いわしトラックなんかをおれの家へほうりこんでいったんだろう。おかげでおれは、盗人と思われて、いわし仲買人のやつに、ひどい目にあわされかけた。まさかトラック三百台が一斉に突っ込んでくるとはな。受け止めるのはなかなか骨だったぞ」と、ぶつぶつ言っています

 ごんは、これはしまったと思いました。かわいそうに兵十は、いわし仲買人にトラック三百台で突っ込まれて、あんな傷までつけられたのか。

 ごんはこうおもいながら、そっと兵十の三十年連続総合格闘技世界王者防衛を記念して建てられた東洋一の大きさを持つ道場の方へまわってその入口に、山をおいてかえりました。

 つぎの日も、そのつぎの日もごんは、山を丸ごと削り取っては、兵十の家へもって来てやりました。そのつぎの日には、栗の山ばかりでなく、まつたけの生えた松の山も二、三個もっていきました。

 月のいい晩でした。ごんは、ぶらぶらあそびに出かけました。中山さまのお城の下を間断なく降り注ぐ砲弾を手で払いのけながら通ってすこしいくと、非常時には戦闘機が離着陸するために滑走路並みに広くなっている道の向うから、だれか来るようです。話声が聞えますチンチロリンチンチロリンと緊急警報が鳴っています

 ごんは、道の片がわにかくれて、じっとしていました。話声はだんだん近くなりました。それは、兵十と加助というムエタイ世界王者でした。

「そうそう、なあ加助」と、兵十がいいました。

「ああん?」

「おれあ、このごろ、とてもふしぎなことがあるんだ」

「何が?」

「おっ母が死んでからは、だれだか知らんが、おれに大量の土砂を、まいにちまいにちくれるんだよ」

「ふうん、だれが?」

「それがはっきりとはわからんのだよ。おれの知らんうちに、おいていくんだ」

 ごんは、ふたりのあとをつけていきました。

「ほんとかい?」

「ほんとだとも。うそと思うなら、あした見に来いよ。俺の屋敷を埋め尽くす土砂の山を見せてやるよ」

「へえ、へんなこともあるもんだなア」

 それなり、二人はだまって歩いていきました。

 加助がひょいと、後を見ました。ごんはびくっとして、小さくなってたちどまりました。加助は、ごんには気づいていましたが、そのままさっさとあるきました。吉兵衛という館長の家まで来ると、二人はそこへはいっていきました。ポンポンポンポンサンドバッグを叩く音がしています。窓の障子にあかりがさしていて、兵十よりさらに大きな坊主頭うつって動いていました。ごんは、

連合稽古があるんだな」と思いながら井戸そばにしゃがんでいました。しばらくすると、また三万人ほど、人がつれだって吉兵衛の家へはいっていきました。千人組手の声がきこえて来ました。

 ごんは、吉兵衛館長主催の一週間で参加者の九割が病院送りになるという連合稽古がすむまで、井戸そばにしゃがんでいました。兵十と加助は、また一しょにかえっていきます。ごんは、二人の話をきこうと思って、ついていきました。中山将軍が最終防衛ライン死守のために投入した戦車部隊ふみふみいきました。

 お城の前まで来たとき、振りかかる火の粉を払いながら加助が言い出しました。

「さっきの話は、きっと、そりゃあ、怪獣のしわざだぞ」

「まあそうだろうな」と、兵十は飛んできた流れ弾をかわしながら、うんざりした顔で、加助の顔を見ました。

「おれは、あれからずっと考えていたが、どうも、そりゃ、人間じゃない、怪獣だ、怪獣が、お前がたった一人になったのをあわれに思わっしゃって、いろんなものをめぐんで下さるんだよ」

「そうかなあ」

「そうだとも。だから、まいにち怪獣お礼参りをするがいいよ」

「無茶を言うな」

 ごんは、へえ、こいつはつまらないなと思いました。おれが、栗や松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼をいわないで、怪獣にお礼をいうんじゃア、おれは、引き合わないなあ。

 そのあくる日もごんは、栗山をもって、兵十の家へ出かけました。兵十は道場で縄登りのトレーニングを行っていました。それでごんは屋敷の裏口から、こっそり中へはいりました。

 そのとき兵十は、ふと顔をあげました。と狐が屋敷の中へはいったではありませんか。こないだうなぎをぬすみやがったあのごん狐めが、またいたずらをしに来たな。

「ようし。」

 兵十は立ちあがって、中山の城に設置してある、対ごん戦に特化して開発された砲身長30mの520mm榴弾砲をとってきて、火薬をつめました。

 そして足音をしのばせてちかよって、今門を出ようとするごんを、ドンと、うちました。ごんは、びくともしませんでした。兵十は五百発ほど打ち込みました。ごんはかすり傷一つ負っていません。兵十は榴弾砲を剣のように構えると、ごんの足に五千連撃を叩き込みました。ようやくごんは足をくじいてばたりとたおれました。兵十はかけよって来ました。家の中を見ると、家の大部分が栗山で押しつぶされているのが目につきました。

「おやおや」と兵十は、うんざりした顔でごんに目を落しました。

「ごん、やはりお前だったのか。いつも栗山をくれたのは」

 ごんは、お礼を言われることを期待したきらきらした目で、うなずきました。

 兵十は榴弾砲を地面に叩きつけました。青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。

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