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はてなキーワード: 稽古とは

2020-05-12

anond:20200511181544

平成初期なら電話があるし、昔から手紙かいうのもあらぁな

でも家の中で出来る仕事無職とかではないし、畑耕したり、稽古したり、近隣のガキにもの教えたりしてたんだろ

からなんだかんだやってきたと思うけど、これだけ連絡が発達して、外出禁止ですって言われて国民が黙って従ってるのはあんまりなかったんじゃない?

こういうのを破ってやらかしそうな奴は社会から外されてるし。

2020-05-09

anond:20200509210216

その場でしか体験できない不可逆なものだし贅沢っちゃ贅沢よな

稽古を重ねて何公演もすればするほどテンプレ化して有難みが薄まったうえにコンディションや演技にバラつきが出る気もするけど

舞台映画より優れてる点ってある?

ここ1年、いろんな友人に舞台作品(2.5次元から一般作品まで)を円盤やら余ったチケットやらで布教されているのだが、だんだん舞台より映画のが良くね?」と思い始めてきた。

元々小さい頃から舞台見る習慣なかったのもあるのかもしれないが、それは映画も同じなのだ

基本は本or漫画

からこれは映画舞台あんまり見ない人の感想になるんだけど……多分舞台メリットが分かんなくなってきたんだろうな。

主に映画のが舞台より上だなと思うのはこんな感じ。


世界観表現

 →結構大きな違いだと思った所。

舞台だと限られた表現しか出来ない時があると度々思う。舞台モンスターいっぱい出す場面は黒子人形動かしたり、建物が壊れるシーンとかはちょっとセット壊すだけ+光と音で誤魔化して、あとは人の想像で誤魔化してるように思う

その点映画なら特に最近CGとかで綺麗な背景やらモンスター表現出来る。自然表現とかならそれこそ実際の森とか映せる方がリアリティあるだろうし。

世界観がきちんと表現できてるからできてないかで、大分没入感が違うと感じた。舞台は人と衣装クオリティ映画と申し分ないと思うが……。



映画のが値段が安く、敷居が低い

映画最近高くなったとはいえ舞台よりかは安いし、夜遅くまでやってることも多いため仕事終わりにふらっとチケットを買って寄れる。また、少し時間をおけばストリーミングでも見れることが多い。

舞台場合は公演時間が限られてるのがきついと思った。舞台場合平日だと18時〜19時に開演のため友人に誘われた時結構キツかった。仕事終わりにダッシュした。

そして値段が高いのが安月給なので辛い。5000円〜は「マジで見たい!」作品は出せるが「ちょっと気になる」レベルだと出すのに憚られてしま

ストリーミング舞台映画に比べると少ない……円盤化されないのもあり、友人に「〇〇すごい好きなんだ!」と言われても「見る手段が何も無いな…」と思ってしまった。

2.5次元大分配信されてきたが。

演出映画>舞台で敷居も映画のが低いってなると、なんか皆映画のが作品としてのクオリティ高くなるのかなと思ってしまった。


舞台の方が映画より優れてると感じた点は

・上映時間が長いので濃密な話が出来る?

 →舞台映画より長丁場(映画も長丁場なのあるのだろうか。にわか過ぎて分からない)出来るので尺を気にし過ぎず出来る? 人からもらった一般観劇チケット大体めちゃくちゃ長かった。


コンスタント作品が出せる

 →2.5次元とかまさにそうである認識素人目にも映画の続編を作るよりかは舞台の続編の方が作りやすいのだろう。その作品シリーズ好きな人にとって供給が多いことはありがたいのかもしれない。これはめちゃくちゃメリットがあると思う。

また、朗読劇という形も出来る。朗読劇なら、話のクオリティそのまま有名声優さんも使えて、声優さんにもガチ舞台稽古をさせる程負担を強いる必要も無い。

でも一つだけ好きな2.5次元シリーズ、明らかに途中で終わってるのに一向に続編情報出ないんだよな……。

舞台のが映画より優れてる点って何だろう?

平田オリザ発言演劇界の闇を垣間見る

平田オリザ氏の発言が絶賛炎上中だ

演劇界の窮状はわかるが下手な比喩で別の業界に例えようとして滑ってるだけと言えばそうなのだが、下手な比喩比喩なりに発言者の考えを読み解く鍵になりえるもの

  

さらに、照明、音響スタッフなどフリーランスの方たちの収入が極端に減っており、ここが一番、たいへんになっています

世界中に、漫画を読むと感染するウイルスが発生したと思ってください。漫画家さんは過去印税でしばらくはしのげるかもしれませんが、アシスタントさんは全員、解雇ですよね。」

  

とのことであるが、荒唐無稽な前提から漫画業界への例えは確かにアクロバット何言ってんだこいつというのが第一印象

ではこの発言から読み取れることは何であろうか

  

まず、漫画家は貯えがあるがアシスタントにはないことを当然のこととして語っているということだ

漫画家もアシスタント漫画が描けない状況になればどちらも収入は著しく減少することだろう

その状況でも漫画家には貯えがあるからしばらくしのげるが、アシスタントはそうではない、と対比されているのだから

アシスタントには貯えがないからしのげない、と平田氏は言っているのだと解釈すべきだろう

  

実際の漫画業界がどういう収益配分になっているかは俺にもわからない

漫画家のアシスタントとは下積みでギリギリ生活できるだけの食い扶持をもらって貯蓄する余裕がないものなのかもしれないし、そうでないかもしれない

極端なことを言えば実際のところはどうでもいい、問題になるのは平田氏にとってこの例えが演劇界比喩足りえるものだという点だ

  

この漫画業界への例えを演劇業界に再投影してみよう

漫画家に相当するのは監督演出家、主演俳優といったところだろうか

アシスタントはまさしく音響や照明だろう

すると演劇業界においては「監督演出家、主演俳優過去の貯えでしのげるが、音響や照明は貯えがないのでしのげない」ということだろうか

  

しか演劇関係は下積み時代稽古の合間に複数バイトの掛け持ちで苦労するなんて話はよく耳にするしお金にはならないものなのだろう

音響や照明の裏方にしても十分な給料が支払われているかと言えばそうではないのだろう

一方で売れっ子にさえなれば一攫千金というのが芸能というものなのだろう

  

実際の演劇業界収益配分も俺にはわからない、しかしこれに近い状況がなければあの比喩は出てこないのではないか

もしそうだとすればそれは演劇業界構造上の問題

一部の上位者収益の大部分をかすめ取り、大半の下位の者は食うや食わずでやり繰りするというのは様々な業界にありうるものだろう

しかしその構造上の問題放置しておきながら上位者たるものが「うちの業界の下っ端が困っているから援助してくれ」はいささか都合がよすぎるのじゃないかという気もするのである

2020-05-08

anond:20200508122631

演劇ファンって全国に20万人しかいなくて、そいつらのお布施生活してるわけ

どんなに大きい箱でやっても、1日3回公演しても、20万人以上は来ないわけ

その20万人も芝居をやってたりするわけ

二足のわらじで、昼はコンビニやら製造業やりながら夜は稽古ってやってたりするわけ

苦しいわけ

2020-05-06

演劇業界は、今こそVR演劇を作るべきである

演劇業界は、今こそVR演劇を作るべきである

シルク・ド・ソレイユYouTube配信している180°VRの”ImmerCirque” ( https://www.youtube.com/results?search_query=%23ImmerCirque ) は、演劇業界の人々は見るべき価値のあるシリーズで、これをOculus Goで視聴した時は、正直演劇における革新だと思った。画質はまだクリアとは言えないが、それでもあれは十分に、間違いなく「演劇を観てる」体験であった。舞台中継を通じたTVによる視聴で確かに演劇を見ることはできる。しかし、それは行為のものが「舞台を観る」からTVを観る」に変異してしまっているため、演劇鑑賞とは極めて縁遠いものだと思う。だがVRによる観劇はそれが少しも変異しないと感じた。つまり演劇演劇のままとしてVRゴーグルで観ることができたのだった。演劇とは「その場でドラマを観賞する」体験のものが売りであり、観客はそこに対価を支払うことから、その体験をそのまま提供できなければ演劇あるいは観劇とは言えない。よって2D映像配信演劇のものではない。だが、VR演劇は、間違いなく演劇体験だった。

これは演劇革新だと思う。なぜなら、VR演劇世界で初めて流通可能演劇」を誕生させる可能性があるからである劇場に閉じ込められていた演劇VR演劇としてネット配信し、それによって対価を得られるようになれば、観客数は劇場の客席数×公演回数に限定されなくなり、また公演期間にも限定されることなく、作品が恒久的にお金を稼ぎ続けることができる資産価値を持つようになる。これまでの演劇の最大の弱点は、劇場しか客に対して作品提供できず対価を得られなかったことだけでなく、製作した作品が公演期間を終了すると同時にその資産価値実質的消滅するところにあった。映像などの媒体に転換することで一部の価値保全できうるが、舞台作品実体としては確実に消滅し、そして再現不能である。これが演劇経済的に不利な立ち位置にある最大の理由である。「後世に残る作品を作りたい」と演出家が言ったところで、それはそもそも残らないしお金も稼いでくれないのが演劇本質であった。しかVR演劇なら、空間のものを記録・再生できる特性から、それが可能になる。

流通可能VR演劇によって、観客は過去作品にも自由アクセスできるにようなり、いわゆる「伝説の公演」、それを観たものけがその価値享受特別存在でいられるような、極めて優れた作品群も体験できるようになる。そしてここが重要だが、外国語字幕を付けることで海外の観客を新たに獲得することも可能となるだろう。これまで、舞台における字幕プロニアム型の劇場ではプロニアム・アーチ外縁の上部や左右、または舞台の上部に吊ったスクリーンなどに表示していたが、実に見づらい上に公演回ごとに微妙に変化する台詞回しのスピードに同期しないケースがあり、正直使える印象は皆無であったが、VR演劇なら見やす位置に配置し、台詞回しと同期でき、そしてあらゆる言語を表示可能になる。またこれによって、耳が不自由な観客にも演劇を届けることができるようにもなるし、さらには演劇初の「吹き替え版」を作ることもできるだろう。

また演劇が持つ基本的舞台表現の幅も無限に広がるだろう。つまりVR演劇では舞台は必ずしも劇場である必要はなく、ビル住宅などの一室や、ショッピングモール海辺、森の中など、使用可能なあらゆる場所舞台とすることもできるようになる。過去にあった、アパートの一室で押入れを客席にしたような演劇とか、KAKUTAがやった遊園地を丸ごと使った同時多発演劇、またかつての維新派のようなだだっ広いグランド演劇などが、より低コスト自由製作でき、あらゆる人々に配信できるようになる。そしてそれらの空間使用したドラマ演出は、舞台演出家こそができる技術であるVR演劇以降は、舞台演出家VR演劇演出家として新しい活動の場を獲得できると思う。

最後に、もちろんこれらのことは全て演劇に新たなお金をもたらすだろう。日々の稽古と並行して別の職の仕事をし、その上チケットノルマも課されるような、今で言えば真っ黒もいいところのブラック労働であったものが、VR演劇が恒久的に稼ぐ売上によって浄化され、大きな産業として成長するだろう。演劇補助金が不可欠とか言う必要もなくなるし、日本演劇の諸悪の根元であるチケットノルマも葬り去ることができる。また、これまで舞台の規模として商業的には全く成り立たないが、しかしながら極めて価値の高い優れた作品についても、きちんとお金を稼ぎ、演出家俳優達は新たな作品制作に集中できるようになるだろう。

このVRによる演劇革新によって、演劇を楽しむ観客人口の桁が2つか3つ増えれば、社会における日本演劇重要性も変わるだろうし、いわゆる必要不可欠な文化としての立ち位置を獲得できるのではないかと思う。それを得られないうちは永遠に義務教育科目に「美術」「音楽」はあっても「演劇」はないだろうし、補助金くれくれ言い続けるしかないだろう。

ADHDVTuber

はてなーの一人として、はてなー兼務VTuberを期待する気持ちはわかる。

残念ながらそういうVTuberは今の所一人もいないが、ADHDであることを配信中に公言した女性VTuberなら一人だけいる。

彼女人物像は、リアル生活に支障を抱えたままネット荒らし化し、古来2ちゃん~5ちゃんアンチスレorヲチスレが立つレベル問題ネットユーザーそのものである

そういう臭くてキモい男が、女になってVTuber化したら…というif設定が現実化した物といっていい。

というか彼女を見ていると、一般的女性の「こんな男はカネ稼いでいてもマジ無理ってか吐きそう」という気持ち体感できる。

かくいう筆者はホロライバーDD(誰でも大好き)のキモオタだが、上述のVTuberは以下の理由で受け付けないどころか、嫌悪感を催すほうである

忙しいのについうっかり読んでしまった人は、ここまで読んでいただければ十分である

ひとまずありがとうございます

以下は、彼女についてこれまで明らかになったレジェンドの一部始終である

暇な人はクソかゲロを観察するつもりで読んでみるといいかも。



というわけで、一応ここから晒しという意味での本編。

ちなみに内容はこれでもすべて配信のみで得られた情報であることは驚愕に値する。

(叩けばもっとホコリが…的な意味で)

  1. リアル
  2. 配信

自分でも書いてて疲れるくらい書き並べてみたが、何度も言うが男性の「残念な人」枠に、この手の輩は多分そこまで珍しくないのだろう。

なんなら一ヶ月に一度しか風呂入らない奴もいるし、地下アイドルのイベには必ず前歯がないファンがいると聞く。

奇跡なのは、それが女性しかVTuberという事実だろう。

その一点で、なろう小説でも出てこない話である

2020-05-05

anond:20200503031555

社会から否定されてるんじゃなくて「社会から否定されている」と「思い込んで」いるだけなんじゃないかな。

否定肯定も、演劇に興味ない人は東京芸術劇場アゴラ劇場、シアタートラム本多劇場の最寄り駅がどこなのかも知らないと思うしね。

私は一時期、社会劇団制作に携わっていたことがあるから、それなりに演劇には理解があるほうだと思ってる

平田オリザ野田秀樹と酒飲んだこともあるよ。自慢めいていてごめんね。

からさ、元増田の言う

演劇業界で生きる人たちは、演劇がないと生きていけない人が少なくない。

それは「演劇がないと仕事がないから食い扶持がない」というだけじゃなく、

演劇でだけ他人に認めてもらえた」「演劇が唯一社会とつながれる手段」という意味で、だ。

演劇がなかったらとっくに人間社会の中で生きていけなくなっていた人や、

とある演劇作品に出会わなければもう死んでいたかもしれないという人だっている。

そんな生きることに不器用な人たちがたくさんいる。

そして自分と同じように演劇出会わないと死んでしまうかもしれない人になんとか演劇を届けようと、

演劇を創り続けていた。

そんな唯一社会とつながれる手段だった演劇が、社会から否定されて社会と繋がる道が絶たれたら、

そういう私たちは、社会で生きていけなくなってしまう。』

同意出来るけれど出来ないな。

今は演劇から遠のいたし、平田野田も俺と酒飲んでくれないけれど、今もしアイツらに話ができるなら、お前らのやることは芝居を作ることだろうと言ってやりたい。

こういう書き方をすると炎上するかもしれないけれど、今起きている事を脚本にするのが、せざるを得ないのが演劇に携わる人間のやることなんじゃないのか?

『劇的』という言葉を私は好きだ。

日常に潜む『劇』をみつけ、光を、あるいは闇を与えることで観客に提示するのが演劇ではないのか。

苦悩や葛藤、認めて欲しい、認められないという自己矛盾ルサンチマン、そうしたものどもを見つめ、あるいは突き放し、時に笑い飛ばし、時に泣き、酒を飲み、溺れ、汚物にまみれながらも本に、脚本にし、芝居を作るのが演劇人ではないのか。

おまえらがやることは、アーカイブにすがることなんかじゃない

今目の前で起きている、おまえが感じていることを本にして、役者をどう集めてどう稽古し、どう発表するかを考える事なんじゃないのか

野田平田も俺にとってみれば雲上人神様みたいな存在だよ。

でもさ「ZOOM劇団」とか「ZOOM東京物語」とか、今だから出来る、今しか出来ない、そうしたひりつくような最先端の、そして自分しか出来ないことを発信しろよ、しつづけろよ

世間が振り向いてくれないとか泣き言いうな、安倍晋三マスク二枚と10しか寄越さない。緊急事態宣言はいつ解除されるかわからない。

河原で沢山の仲間とバーベキューする奴が容認され、山梨帰省してバーベキューしたおねえちゃんがぶっ叩かれるこの「劇的」な今のこの状況を本に、脚本にしないのはなぜだ。

おまえらが「ぬるい」のはそういうとこだから

アーカイブで良いなら「夢の遊眠社」でも見ておくよ。そんでもって「長崎は今日も雨だった」を歌っておくさ。

2020-05-04

不況になると、強い日本人横綱誕生やすくなる

これも風俗嬢や美味しいカツオと同列の問題なのかもしれない。

大相撲世界稽古や相部屋生活など、若者にとってはつらいので、力のある若者角界に入門してこない。

しか不況になると、生活が苦しくなって、資質のある若者が入門しやすくなるというのはある。

戦後北海道の貧しい家庭で育った大鵬とかその典型なんだよね。

何が言いたいかというと、敗戦が起こらなければ偉大なる大横綱大鵬誕生しなかったということ。

最近で言えば、稀勢の里かなあ(2年しかたかなかったけど)。

2020-05-03

受験生が刀ミュに人生を救われた話

刀ミュに人生を救われている受験生です。

そもそも、今まで「ミュージカル刀剣乱舞」という作品に対して「刀剣乱舞キャラクターの服を着た人が歌って踊る」くらいの認識しかなく、むしろ世界を守るために戦っているのに歌って踊っている場合なのか?」と思っていた。

そんな私が刀剣乱舞ミュージカルを見て楽しめるのか? と訝しながらも、刀ミュガチ勢友達が薦めてくるのでせっかくだからと見てみることに。

結果、最高。

本来「モノ」であった刀剣が肉体とこころを持ってしまたことで生まれ葛藤、死んでしまった主に再会できたことに喜びながら、でもここに派遣されたということは主の最期を見なければならない、幸せ時間うたかたの夢であることに気付いている刀剣男士の苦しみ……。歴史の渦に翻弄されながらそれでも『生きた』人たち……(しんどい)。

それと対照的に、第二部や真剣乱舞祭の圧倒的なエンターテイメント性……。キラキラしてる……。あんなにキレキレで踊ってるのになんでめっちゃうまい?????? 私と同じ生き物ではない。

すっかりファンになってしまった……。「イケメンが歌って踊ってるだけでしょ」とか言っててすいませんでした。靴舐める

しかも、現在進行形でこのコロナ騒動翻弄されている受験生の私にとって、特に救われたことが二つあった。

まず一つ目。

現在私の学校集団授業再開のめどが立っていない。三月一日から授業ができなくなり、そこから一度も授業を受けてない。映像授業もようやく再来週から始まる状態で、できることといえば週に一度だけ配布される課題を黙々とこなすことだけ。私は予備校映像授業も受けていたのでまだラッキーだったけど、ほんっとに……ほんっとに虚無(でも私の学校はまだしっかり対応してくれてるほうだと思う)。

 一日中パソコン映像授業を受けているのでターゲッティング広告がすべて東進予備校になった。「模試受けませんか?」ってもう受けとるっちゅーねん!!!!!

しかも私、ちょっと変な大学に進学しようとしてるので、予備校の授業を日本史しかとってない。学費クソ高いからこのままじゃ進学できるかもわからんのに毎日毎日日本史勉強する日々……。

「お前は王族の血を引いてるから」ってわけわからん滅んだ国の文字勉強させられてる在りし日のムスカ大佐に異様に感情移入してしまう。

しかし、ミュージカル刀剣乱舞を見た瞬間……。

読める、読めるぞ!!!!!!!!!!!!!!(クソデカボイス)

阿津賀志山の戦い戊辰戦争姉川の戦い、長篠合戦……。

文字戦果の羅列でしかなかった歴史が、ミュージカルのおかげで色づいた。ムスカがあそこであんなに興奮してる気持ちが痛いほどに分かった。だってこれ進研ゼミでやったもん。

みほとせの部隊が竹千代保護して最初にするのが『城の修復と日々の記録』ってめっちゃエモいな(家康征夷大将軍になって最初に行ったのが江戸城造成と郷帳、国絵図の作成)」

とか、

「結びの響、はじまりの音によってもたらされた変化は、みほとせであれだけの祈りをもってもたらされた泰平の世を塗り替えるものなのかぁ」

とか習った歴史を思い出しながらしみじみできる。む、報われた……。日本史勉強しててよかった。

個人的に、榎本武揚五稜郭籠城中、榎本が秘蔵していた国際法研究書を「これから日本に役立つものだ、戦火の灰にしてはいけない。これから日本に役立ててほしい」となんと敵方である幕府軍黒田清隆に送ったエピソードがすごく好きなので、ミュージカルあんなに魅力的な人物にえがかれていて納得しました。そりゃ黒田も感動して助命嘆願するわ……。

黒田清隆死刑にするべしと言われていた榎本を救うために坊主頭にしたんですよね。敵であった人物にそれだけさせるだけの説得力があった。

しかも、戦火の灰にしてはならない、と言うってことは榎本には五稜郭戦場にする覚悟があったってことなんですよね。そんな覚悟をさせるだけの土方歳三……流れ星を見つけ流れ星のように生きた男……。

話が脱線した。

でも、それだけミュージカル刀剣乱舞は魅力的でした。最高。日本史勉強しててよかった、って思えてよかった。ありがとう大学受験はどうなるかわかんないし、志望校受験できるかわかんないし、高校さえいつ始まるかわかんないけど、それでも日本史勉強してたから私はこのミュージカルをたくさん楽しめた。

ならいいや!!

二つ目

私の学校、春に運動会夏休み明けに学園祭があるんですよね。

運動会はほぼ練習終わってるし、学園祭夏休み中に劇の練習があるので、夏休みが無いと言われている現状、開催が絶望的。もっと言ったら友達引退ライブもたぶんできない。

つれ~~~。ほんとならライブハウスを貸し切って、めちゃめちゃモッシュして最高に盛り上がるはずだったのに。

でも!! 

ミュージカルを観て、舞台の上にいる誰かの真剣な顔を見てはっとしたり、真剣乱舞祭でキラキラしてる誰かにキャーキャーしたり、なんかそういうので『『青春』』成分を補給できた気がする。

そりゃ、何か月も稽古をして、それが本業俳優さんと同級生を同列に語るのはとても失礼だけど、でも、二か月も友達としゃべっていない虚無虚無プリンな今の私に一番必要だったのは、友達と一緒にかっこいい誰かにキャーキャー騒げる、そういう他愛ない時間だったのだと痛感した。

もう、ぼろっぼろに泣いてる。アホほど感動している。

私、全然刀剣乱舞知らないんだよ……言っちゃえばミュージカルがほぼ初見なので、キャラクターとしての彼らをあんまり知らない。え、ゲーム内の彼らは歌って踊らないですよね……。刀だもんね……。

のに、刀剣男士が、主を、仲間の刀剣を、歴史を、どれだけ大事に思っているか

主とともに紡いだ歴史とともに、自身をどれだけ誇りに思っているか

そして主(審神者さん? とにかく観客席の方たち)がどれだけ刀剣乱舞というコンテンツを愛しているかがビッシビシに伝わってくる。ミュージカル観ただけなのに。素敵なジャンルだ……。

長くなっちゃったけど、最高でした、ミュージカル刀剣乱舞

受験終わったら円盤買いますね。年末にはコロナ渦が収束してたくさんの審神者さんたちがまた騒げることを願っています

最後に昨日「三百年の子守唄」の見どころを友達に聞いたところ、「ファンサのとき良い匂いがした村正」と言われた。

どう味わえと。

演劇って搾取だよね

演劇ってさ、演出家役者を拘束するけど

給料保証されるわけじゃないんだよね

とくに底辺演劇人ってバイトしながら舞台稽古しなきゃいけなくて

演出家のこだわりで何日も拘束されてもその分の給与保証されるわけじゃない

出演してもたいしてお金もらえない

演出家脚本家の都合があるから仕事が安定してるわけでもない

演劇人って反体制ぶりたがるけど、やってること搾取だよ

やりがい搾取嫌なら辞めろも、やってることワタミと同じじゃん

潰れてよくね?

2020-04-20

劇場からコロナウイルス感染者は出ませんでした を読んで

第一声がそんなことはないだった。

3月上旬、いや中旬までの誰がどこでどんなルートで執念深く終えた時期ならばともかく今このような状況でできているとも思えない。

タクシー運転手屋形船で……そんな道筋を執念深く追っている状況ではなくなったからだ。

正直なところ劇場から感染者が出ていないと私は思えない。出ているかもしれない。出ていてもおかしくない。もはや誰にもわからないのではないかと思う。

検査キットが足りない、保健所電話がつながらない、そんなニュースを見る中で劇場での感染者は報告されていません。これは断言していい事なのだろうか。

毎日流れてくる情報には今や人数しかない。今日は何人。50人で多いと思っていた日から、もう3桁が当たり前になってしまった。男女比も年齢層も感染ルートも明記されていない。クラスターと呼ばれる集団的感染があると、特集の様に報道される。このクラスター劇場で発生したというニュースは確かに見ていない。ただ、それだけだ。

正直なところ、この後に及んで感染した人の行動経路の中に劇場が含まれてた人が0なはずがないと思ってしまう。が、そこで感染したとしても劇場だと断言する術はない。

ニュースでは専門家っぽい人が結果から逆算した推論を話す。あの時こうしていれば、この対策をしたおかげで、これは結果論だ。そしてあの記事結果論のまとめだと思う。

その上でわたし3月は全公演中止でもよかったのではないか結果論綴りたい。

劇場側は対策をした、しかし1番の安全策は公演を行わない事、である

密を避ける。ソーシャルディスタンス。そんなことを守るにはそもそも劇場を開けなければいいと思ってしまう。

舞台が好きだ。エンターテイメントが好きだ。だからこそ、保守的に走ってもよかったと思ってしまう。

楽しみにしていた舞台があった。チケット代は既に支払っており、遠征に備え宿だけは抑えていた。足は詳しい予定が決まってから、まだ用意はしていなかった。そしてその舞台は幕が開かなかった。

まず最初初日とされていた日が延期になった。初日チケットは抑えていて、シフト有給を取っていた。突然何もない休みとなってしま友達ご飯を食べに行って残念だと話し込んだ。そして次の初日になりそうな日のチケットを慌てて探し、宿も取り直した。職場で新たな初日となった日に有給申請した。この時、職場では全員マスクをしていて、遠征中気をつけてと何度も言われた。

そして、また公演延期が伸びた。慌てて有給を次の初日になる日に伸ばした。別のもう一つ行きたかった舞台と被りそうで、どっちに行こうなんて思いながら変更を申請した。

そして、また公演延期が伸びた。友達から初日どうするという連絡で毎日明け暮れた。宿はキャンセルが相次いでいるかギリギリでも取れると思い、取り直さなかった。

そして、また公演延期が伸びた。再開の目処が3日後とか。本当に小刻みに初日となる日がズレていった。チケットを探すのも、シフト申請を出すのにも疲れていていた。職場には休日も遠出を避ける旨のメールがきて、有給申請の際目を瞑るからと言われた。

そして、また公演延期が伸びた。再開する。様々な対策を取る予定だと書かれたHPを見たその半日後には延期のニュースがあがる。

やるの?と何度も聞かれた。やるなら行きたいそう思っていた執念にも近い想いだけでずっと動いた。

初日絶対観る!初日明けの平日も観たい!新人公演もある!中日前までには何回観ておきたい!

予定していた観劇がどんどんずれて、それでも初日は観たいと自分の予定もぐちゃぐちゃだった。

この頃、世間賛否両論で他にもその日のうちに再開と中止が二転したり、公演当日の○時間前に中止が発表されたり、様々な舞台がいろんな対応をしていた。

それを見ながら、普段から舞台を観ない人もたくさんの意見が飛び交っていて、保守的な私は間違った対応をしないで欲しいと、これ以上叩かれたくない、そればかり考えていた。

その公演は今、幕が開かないまま延期となっている。

次もしも初日の日がまた決まったとして、確実に行きたいか、あの執念はもうないかもしれない。

エンターテイメントを好きになった上で、それ以外のことでエンターテイメントを嫌いなることが1番怖かった。

他人感想で、隣の席の人の態度で、劇場であったこんなことで、チケットトラブルで、そういうことを極力避けてエンターテイメントをまっすぐ観れるようにしてきた。

でもこの事態ではそうも行かず、様々なことをみた。

いろんな事をした。そして、疲れてしまった。

つの記事でこんなブログを2000字も書くほどには疲れてしまっている。

ある役者の方の記事を読んだ際、稽古に集中する事でどこか現実的に捉えていなかった、とあった。

わたし舞台を観にいくに付随することに必死現実的に捉えていなかった。でも、結果として舞台は行われなくてよかった、と思う。

全ては結果論であり、今は劇場確認できるほどの集団感染が起きなくてよかったと思う。

それしかない。様々な対策を取って幕を開けようとしてくれた劇場は素晴らしいと思うが、出なかったことは不幸中の幸いであり、行わなかった英断が最も素晴らしいと思う。

あの時、正解の対応はわからない。未曾有の事態に対し、逆算の推論で褒めちぎらなくともエンターテイメントは素晴らしい。そう思っている。

からこそ、こんな事で勝手に疲れてしまった私はとても悲しい。

2020-04-18

六代目神田伯山は講談界の救世主かも知れないが

救世主からこそ衰退する講談界にトドメを刺す可能性が非常に高いと思っている。

まず後進、つまりは優れた弟子を育てる責任果たしてない。今はまだその時ではないと考えているのは承知しているが「絶滅危惧職」と言われている奴がそんな悠長な事を言っている場合ではない。

上方落語復興した師匠なんかは若いから自分の芸を磨きながらでも凄い(良い意味でも悪い意味でも)弟子達を育てて死の直前まで孫弟子達の稽古も付けてたやんか。

伯山が本当に「落語講談立場を逆転させる」つもりならば、今後「神田派講談四天王」と讃えられる程の優秀な弟子達を育てるくらいないと絶対不可能だと思うが、そんな未来は全く見えない。

2020-04-10

【続】「ぼやき酒屋」はもう古典落語として扱われていいのでは

「六代目神田伯山真打昇進披露興行」の新宿末廣亭(10日目)千穐楽ゲスト桂文枝(六代目)だったのだが、その日の

楽屋桂竹丸三遊亭笑遊が遊びに来ている(桂文治に「(今日は用も無いのに)何しに来たの?」と不思議がられている)

後に目的は「この日のゲストである桂文枝挨拶して『落語を教えて貰う』=伝授して貰う」事だと判明するのだが、その

際のやり取りがとても興味深い。

https://www.youtube.com/watch?v=DT9EIEO96qU&t=376s

 

桂竹丸「あの師匠、恐れ入ります。あの~落語を教えていただきたいんですけれども」

桂文枝「あーいえいえ、なるほどなるほど…」

桂竹丸「(三遊亭笑遊と)この二人で、「ぼやき居酒屋」を…」

桂文枝「あー、どうぞどうぞ…じゃ、お二人に、送らして…書いた物と…家から送らしていただきます…」

桂竹丸「あーありがとうございます…」

桂文枝「(付き人マネージャーに)じゃあ(お二人の宛先)きいといて」

 

三遊亭笑遊師匠、「ぼけてたまるか」の枕を、使わせてもらっても」

桂文枝「あーもちろんもちろんもちろん、どうぞどうぞ、どんな枕でした?」

三遊亭笑遊老人ホームの…」

桂文枝「え?」

三遊亭笑遊病院の…」

桂文枝「あー病院のね…わかりました(どうぞどうぞ)」

 

※「ぼけてたまるか」…難聴になった父親家族認知症にもなったのではないかと疑い、長男病院検査に連れて行く噺

枕で「最近耳が遠くなりまして、耳は近くにあるのですが、聞こえ難くなりまして・・・。」みたいな掴みがある。

元増田の「直々に稽古」キットなるもの100%妄想で書いたけれども、結構当たらずとも遠からずな感じがしている。のだが。

動画をよく見ると、竹丸・笑遊が共に「桂文枝」の名刺を手に持っているのが確認出来る。「ちゃん文枝師匠挨拶を交わした」

という証拠物証()という訳だ。

このやり取りが必要世界だという事は何となくわかる「人の創作落語を作者の同意なしに何勝手に口演してるんだ?」という

批判を封じておくに越したことはない。業界として、プロとして最低限の筋の通し方だと思う。

anond:20200405152245

2020-04-05

ぼやき酒屋」はもう古典落語として扱われていいのでは

ぼやき酒屋」は桂文枝(六代目)が桂三枝だった頃に演じていた創作落語である

噺の内容を知っている人は多分分かると思うが、内容は明らかに上方落語の一つである「上燗屋」を現代的にリファインしたものになっている。

「上燗屋」は酔客があの手この手の口八丁手八丁でもって只酒只飯にありつこうとするというのが笑いの肝であるのに対し、ぼやき酒屋の方は

お題通り酔客の「ほやき」そのものが笑いの肝である。ぼやく内容に楽屋ネタを織り込んでもいいし時事ネタも大いに使える。演者にとっても

客にとっても言わば「勝手の良い」ネタである個人的には思っている。

この「ぼやき酒屋」桂文枝(六代目)の創作落語である事は周知の事実であるので、文枝以外の噺家が演じるには、たとえどんな大師匠だろうと

桂文枝直々に稽古を付けて貰う」つまり伝授してもらう事が絶対条件としてあるらしい。これは上方落語だろうと江戸落語だろうと、どの

団体所属だろうと一切無関係である。「直々に稽古」と言っても内容は至って形式的で、

 

一、文枝師匠に直接会って御挨拶

二、文枝師匠に直接会って頭を下げて「直々に稽古」を付けて貰う事の許しを得る。

三、文枝師匠から快諾を受けて「直々に稽古」キットを授かる(大抵の場合、後日郵送でと思うけど、中身は口演DVDとか文枝の銘が入った公式台本、そして手拭い、みたいな感じだろう。)

四、文枝師匠に御礼状をしたためる。

 

以上の儀式を通過した噺家けがぼやき酒屋」の口演を許されている。これは桂文枝(六代目)が生存している限り継続される筈の、現在プロ落語家全てに課せられているしきたりである

 

妄想です。

2020-04-04

ワイおっさんの3蜜な1日

朝、満員の女性専用車両に揺られて出勤

昼、熟れた女性社員が密集した狭い部屋で作業

夕方格闘技ジム女児達と濃厚接触稽古

夜、ピンサロで3回転で文字通り濃厚接触

以上、3蜜な1日でした

明日も頑張るで

2020-03-25

K-1に冷めた

格闘技は大好きだった。自信のなかった自分を救ってくれたのは格闘技だった。フルコンタクト系の空手10数年続けてきた。

結局強くはなれなかったけれど、練習自分にとっての修行だと考え、真摯に向き合ってきた。

先生に恵まれ稽古仲間にも恵まれた。とても充実した時間稽古の中で過ごすことができた。

K-1を見るのも大好きだった。道場では、フランシスコ・フィリヨ選手稽古をつけてもらったこともある。ニコラス・ペタス選手には何度も手取り足取り教えてもらった。ものすごく楽しかった。武術家で、プロ格闘家でもあった彼らは、自分にとってのヒーローだった。憧れの対象だった。強くなりたくて、彼らの動きを見て、自分なりに研究しもした。結局、強くはなれなかったけれど、かけがえのない貴重な時間を与えてもらえた。

さて、中国武漢発の新型コロナウイルス世界中惨禍を撒き散らしている昨今、こういう状況下でK-1という一大イベントが開催された。やってはならないことだった。国に責任押し付ける人々も多いけれども、それは子供じみた理屈だ。大きなイベント主催者は、興行不可能になる事態もあらかじめ想定して、中止のオプションも持っていなければならない。今回のK-1開催は、巨大な感染源を作る恐れが大いにあるなかでの、極めて危険行為であり、多くの専門家が身を削って対策を練り、実行に移し、大勢の人々が感染を食い止めようと重ねてきた努力を無にするおそれのある非常に危険行為だった。

主催者は、己の経済的得失と日本人全てが負うことになるリスクを天秤にかけ、己の利得を優先させたのだ。

K-1に出場した選手たちのなかには、誰がなんと言おうと格闘技は素晴らしいんだとか、こういう時期だけれども格闘技でパワーを得て帰ってほしいなどと、アドレナリンが頭に満ちたような言葉を発して盛り上がっていたようだが、端から見ていてばかにしか見えなかった。

彼らのように強くなりたいと思って努力を重ねてきた自分なのだが、なんだか冷めた。

落ち着いて考えれば、しようがないのかなとも思う。格闘技しかやってこなかったような人たちなのだ。極端に視野が狭い。特定の分野だけに限定した思考を重ねて来た、一種天才たちなのだろう。視野の狭い思考しかできないというか、あえてそうなるように努めてきた人たちなのだろう。一般的想像力に欠ける。そうでなければ、他人の頭部を思い切り繰り返し打撃するなど、できたものではない。

殴り合いや蹴り合いに強くなるよりも、もっと大切なことがあるのだ、ということを今回のコロナウィルス禍は私に見せつけてくれた。



2020-02-12

はたして熊にまたがってお馬稽古になるだろうか?

2019-12-07

2.5次元舞台ありがちなこと

歴は長くないが、2.5次元舞台が好きである

だが、舞台は沢山観に行ける待遇でもないので、配信ライブビューイングを駆使したりもしている。

とある作品から1人の俳優さんを好きになった。

とても真面目で素敵な人だと思った。

その人の出てる作品はなるべく観にいきたい。他の人物を生きている推しを観にいきたい。

チケットを取って毎作品1度はなんとか…くらい観にいけてる。

半年新参者であるが、沼の落ち方が尋常ではなく、オンリーイベントにも足を運んだ。

過去作品を観ていたのだが、

ここで立ちはだかってくるのが

推しは好きだけど、原作が苦手問題

稽古現場や公演後の写真をその役でSNS等で拝見するのはOK

その人の生きているそのキャラが嫌いな訳でもない。が好きーともなれない。

世界観がどうしても受け入れられない。

推しが出てるところ以外はしんどい

その世界観よくわからない…。

配信で観つつ、推しの出演シーン以外は見事に飛ばしました。

演じてる俳優さん全員好きな人である

けれど作品自体世界観がわからない。

推しが出てるからと割り切れるタイプなら悩みもせず、推しだけ見てかっこいいー!と言えるのだけれど、物語大好き人間に取っては、世界観意味不明さは致命傷なのである

推しを拝みたい……でもその作品世界観意味わからん……こんな私がチケットを取ってしまったら本当にその作品好きな人の席がなくなってしまう……と思い、まぁ配信たらみてみよう、円盤出たら悩もう…くらいに治まってる今日この頃です。

この

推しは観たいけど作品世界観がわからない問題

舞台大好き俳優大好き沼の方は、1度はぶつかると思うのですが、どうでしょう

私は、現場で観に行くことはやめました。交通費も高い地方民なのもあるので……。

観に行けなくても推しを好きなのには変わりはない。自分のペースで応援していこうと、これを書きながら心に誓いました。

2019-11-27

anond:20191127160758

セクハラを働く最低の男はモテないし罰が与えられますという思想に見えるのですが

そういうエクスキューズ的な因果応報描写薄っぺらさはフェミの心眼によって見透かされてるぞ。

縁壱は母親に甘えていたのではなく病気の母を支えていたのだということが分かってから嫉妬が爆発しているのでその解釈は違うかと…

黒死牟さんについては「俺は長男から母上から離れて必死稽古をするぞ、弟は弱いから母上のそばにいるんだ、母上と一緒に守ってやるぞ」というところからの「実は弟が母親を守っていた」で爆発、だろう。

これはまさに「慈悲深い性差別」と同じ構図であり、もとから家父長制にのっとったうえでの嫉妬まじりの侮蔑侮蔑まじりの憐憫しかないんだぞ。

2019-11-19

試合で負けた子供を叱る親に対する師範からの注意が正論すぎる

先週の放送で、「子供試合に負けたらダメ出しをする」というアルコ&ピース平子さんの発言に対するリアクションです。

極真空手中村道場池本理

私は、20年以上極真空手指導者として3000人以上の生徒を見てきました。先週の平子さんのお子さんの空手試合ダメ出しをしてしまうという発言に対して、有吉さんの的を得た素晴らしい考え方と平子さんの今後が心配になり、メッセージしました。平子さんみたいにお子さんが試合で負けたりすると怒る方はたくさんいますしかし、それを見つけた場合、我々指導者保護者に注意をしています。お子さんに何かをしてあげたい気持ちも十分にわかますしかし、空手のことはそこの道場先生に任せるのが一番です。もし、何かしてあげたいというのなら、有吉さんのおっしゃったとおり平子さんも入門し、一緒にくの字に曲がってもそこから立ち上がる姿を見せお子さんと一緒に壁を乗り越えることで親子の絆を深めていくのが一番だと思います。どうしてもお仕事関係で無理だというのであれば精神的な支えになってはどうでしょうか。私は、有吉さんや平子さんを始めとする第一線でご活躍されているすべての芸人さんを尊敬しております芸人さんの沢山の人を目の前にした時に緊張をモチベーションに変換し、笑いを生むスキル天才だと思います。お子さんが試合で緊張したときに「お父さんは空手のことはわからないけれど緊張したときはこういうふうに乗り越えた」と伝えると、お子さんの力強い支えになると思います。間違ってもお子さんの試合ダメ出しだけは今後はやめたほうがいいと思いますM1グランプリの予選で敗退したときに、ご両親からお笑い理論を聞きたいでしょうか? 私は、父親から空手試合のことで何かを言われた記憶はありません。もし言われたら、キレたかも知れませんが、何も言わず自由やらせてくれた父親には尊敬感謝しかありません。他人から勉強しろ」とか「働け」とか言われて気持ちよくできる人間はいないように、親という字の通り、木の上に立ち高いところから暖かく見守るのが良いと思います。ちなみに極真空手稽古も昔と違いむちゃくちゃなことをする道場はそんなにないと思います平子さんのラグビーで鍛えた体ならすぐにでも優勝できますよ。そして、平子さんの息子さんも将来はホームランダーみたいに立派な体になり極真空手日本代表にもなれると思います押忍

メッセージが読まれたあとの平子さんは「ぐうの音も出ません。圧倒的正論!」と平謝りでした。

有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMERJFN系列2019年11月17日放送分より

2019-11-01

いかがでしたか?」が可愛い身長は?出身は?実家ヤバい!?

こんにちは増田です^_^


最近インターネットで「いかがでしたか?」という言葉を目にしますね!


増田も日ごろ気になっている出来事を調べたり、

友だちにオススメされた映画タイトルを調べたり、

テレビでよくみる芸能人名前検索するたびに見かけます


でも、結局この言葉、よく見かけるわりにどういう意味なのか

「よく分からない!」という人も多いのでは?



そこで、今回はここ数年で見かけるようになった「いかがでしたか?」の意味

流行ったきっかけ、使い方について、気になったので調べてみました!




いかがでしたか?」って何?

皆さんが気になっているのは、

「『いかがでしたか?』という言葉がどういう意味なのか?」

ということだと思います


なので、これから、順番に意味を紹介していきます



いかが」の意味とは?

辞書で調べたところ、「いかが」という言葉は、次のような意味になるそうです。


いか‐が【如=何】 の解説

《「いかにか」の音変化》

[形動][文][ナリ]成り行きや結果を危ぶむさまを表す。どのよう。「その考え方は如何なものか」

[副]

状態意見などについてたずねるさま。どう。どのように。「御機嫌如何」「この件は如何いたしましょうか」

2 事の成り行きについて疑問をさしはさむ気持ちを表す。どう。どんなもの。「その案は如何かと思う」

相手を誘ったり、相手に勧めたりする気持ちを表す。どうですか。「お一つ如何」「あなたも御一緒に如何」

4 疑問を表す。どのように…か。

「―言ひやるべきと、近う居給ふかぎりのたまひあはせて」〈枕・三五〉

反語の意を表す。どうして…か。

「かくばかり逢ふ日の稀になる人を―つらしと思はざるべき」〈古今・物名〉

6 どう言ったらよいかからないほどの意で、強調する気持ちを表す。どんなにまあ。さぞかし。

「かかる物に捨てられぬといはれむは、―いみじかるべき」〈落窪・二〉


どうやら、「いかが」にはいろいろな意味があるようです!


そして、「いかが」を漢字で書くと、「如何」になるんですね!

びっくりです!(*_*)



「でし」の意味とは?

次に、「でし」という言葉についても、調べていきます


で‐し【弟子】 の解説

師について、学問技芸の教えを受ける人。門人。門弟。また、徒弟。ていし。「内弟子」「直 (じき) 弟子


デシ【(フランス)déci】 の解説

国際単位系SI)で、単位の上に付けて、10分の1(10-1)を表す語。記号d「デシリットル


やっぱり、「でし」にもいろいろな意味があるようですね!


さらに調べていくと、こんな意味もありました!


でし【弟子】 の解説

原題、(フランス)Le Disciple》ブールジェによる長編小説1889年発表。当時のフランス科学万能主義の傾向に一石を投じる内容で、物議をかもした。


「でし」という言葉は、フランスにも関連する言葉だそうです!


日本だけでなく、遠くはなれた外国もつながりがある言葉、ということでしょうか?_φ(・_・ふむふむ


増田外国に行ったことがないので、よくわかりませんが笑



たか」の意味とは?

最後に、「たか」の意味についても調べていきます

たか【高】 の解説

《他の語の下に付いて複合語をつくるときは、一般に「だか」となる》

1 数量・金額などを合計したもの。収穫量や知行 (ちぎょう) の額、また金銭の総額など。「生産高」「石 (こく) 高」「現在高」

「持ち出した資本の―迄話した」〈漱石・門〉

基準となる額に比べて高値であること。「五円高相場

3 程度の高いこと。また、限度・限界

物事ゆきつくところ。つまるところ。

死ぬるを―の死出の山」〈浄・曽根崎

㋑せいぜいのところ。→高 (たか) が

「二、三年は稽古だの何だのと何にもならねえ。十両が―だ」〈洒・通神蔵〉

物事の要点や、あらまし。大略。

「―をさへのみこめば、その上は時の才覚」〈浄・娥歌かるた

名詞動詞の上に付いて複合語をつくる。

㋐形や位置が高い意を表す。「高殿」「高照らす」

㋑音声が大きい意を表す。「高笑い」「高話」「高鳴る」

㋒りっぱだという意のほめことばとして用いる。「高知る」「高敷く」


たか」にもやはり、いろいろな意味があるみたいです!


実は、調べている時に気づいたことなのですが、

ここで紹介したもの以外にも、いろいろな「たか」の意味があることに気づきました。


みなさんも、興味があったらぜひ調べてみてください!



実は超重要!?○○の意味とは?

さて、ここまで、「いかが」「でし」「たか」の意味をご紹介してきました。


しかし、最後に忘れてはいけないことが、1つだけあります


それは・・・




「?」の存在です!!


そもそも、この「?」ってなんて読むんでしょうか?

「?」に意味なんてあるんでしょうか?


増田もそう思っていましたが・・・


実は!


「?」に意味はあるんです!


それをいまから紹介していきますね♪



「?」の意味とは?

日常よく目にするこのマーク


このマーク正式には「疑問符」と呼ぶのだそうです!

疑問符(ぎもんふ)は約物ひとつで、「?」のように書かれる。疑問を表し、疑問を表す対象の後に置かれる。なお、耳垂れ(みみだれ)、クエスチョンマーク(英: question markクエッションマーク)、インテロゲーションマーク(英: interrogation mark)また、俗にははてなマークなどとも呼ばれる。

一般には、疑問文最後に、終止符(マルやピリオド)に換えて置かれる。このため、疑問符は文の終わりをも示す。ただし、しばしば文の途中の疑問を表したい単語不明確なことなど)の直後に置かれる。この場合、括弧で囲むことが多い。

なるほど!という感じですね!



いかがでしたか?」の意味とは?

いかが」「でし」「たか」、そして、「?」の意味をご紹介してきたのですが・・・


みなさんが気になっているのは、やはり



「『いかがでしたか?』とはどういう意味なのか?」


ということですよね!


増田も、この「いかがでしたか?」という言葉辞書で調べてみたのですが・・・


残念ながら見つかりませんでした。


辞書には載っていないようです。


しかすると、「いかがでしたか?」とは、

まだ辞書にも載っていないような、かなり新しい言葉なのかもしれませんね。


あるいは、増田が使ったのと別の辞書には

いかがでしたか?」の意味が載っている、なんてこともあるかも・・・


しかし、いずれは「いかがでしたか?」の意味が分かる時が来るかもしれません!


あきらめずに、情報収集を続けていこうと思います



まとめ

まとめると、

・「いかが」にはいろんな意味がある!


・「でし」にはいろんな意味がある!


・「たか」にはいろんな意味がある!


・「?」にも意味ちゃんとある


ということになります



いかがでしたか


これからも、「いかがでしたか?」から目が離せませんね!

2019-09-22

演劇高すぎ問題

イマイチ舞台演劇流行らないのは高いから。これは間違い無い。

そりゃ長い月日を掛けて稽古たから経費が掛かるのは理解できる。

でもそれが価格に乗っかり過ぎてライトなノリで見に行くことができない。

無名でも3~4000円当たり前。有名人が出てるようだと5000円以上は硬いよね。

「席をこだわらなければ」って言うけど、それでも映画並に値段することなんてザラよね。

行けば値段なりの魅力があることはわかるけど、趣味趣向もあるし先払いでこの金額ちょっと高いよな

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