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はてなキーワード: 芸術家とは

2021-05-12

女は男を養え勢、女が養ってるのがバンドマンホスト芸術家みたいな感じだったらめっちゃしかめそうな偏見がある

2021-05-11

適職診断受けるといつも「クリエイター芸術家プログラマー」って出てくる

やっぱりそういう路線就活したほうがいいのかな?

2021-05-08

#文化芸術は生きるために必要だ ???

以下、言いたいことを要約すると

生活面白おかしくないor生活面白おかしくしようとすることの言い訳として芸術という名分が許されていたのだからそれをこれまでどおり延命しろというのがこのツイッタータグの(複数の)発信者ツイートを明らかだ。」

となる。

このツイッタータグ我が国の「文化」を支えるような著名人は誰も発信していない(ようにおもわれた)。

そもそも文化」+「芸術」の「文化芸術」の定義特殊用法であるようにおもわれるので、その一点を突く。

文化」はもはや私たちがとりあえず生きるために必要だが(貧困国に裸一貫で放り出された場合シミュレートせよ)、「芸術」ははたして生活必需品だったのか、翻って日本人芸術家によって生み出されたそれがあったかというと問いには、少なくとも昭和生まれマーチ文系である単身労働者である私は答えることができない。

勢いで強制終了しそうになる生活に対して踏みとどませるようなるような、詩が、小説が、流行歌が、映画がここ20年でありましたっけ?

この問い自体が間違いだ。

このツイッターハッシュタグの発信者にとっての「芸術」は「imitation of life」に過ぎないのではないだろうか。

2021-04-16

母は専業主婦に向いていない人

うちの母親は、専業主婦に向いてない人です。

元々芸術家肌の人(その分野の講師だった)で、結婚後は趣味程度に自宅で講師をつづけつつ

専業主婦をやってるけど、家事全般まり得意ではない。

精神的にも細い方でうつ病治療経験者、今は精神科通院はしていないものの、

季節の変わり目などは精神的に不安定

お米を炊くのも億劫で2~3日かけて食べる計算で炊く。

洗濯は1週間に1~2回。

買い物は大好きで安売りスーパーなどで色々物を買い込むけれど、

ストックや消費スピードをあまり考えずに買うので

ストック多大で溢れているものや、使いきれず腐らせてしまうことがしょっちゅう

特に整理整頓そうじについては壊滅的で、

新聞の切り抜きやらパンフレットやらとにかく物を取っておきたい人だけど、

それを整理できないので、家の中はTVによく出てくる「ゴミ屋敷」半歩手前。

片付けを手伝うことは何度もしたけれど、こだわりが多すぎて喧嘩になり断念

親子だと喧嘩になるから業者さんに入ってもらった時も、精神的に参ってしまい続けられず

それなのに、家が散らかっていることをストレスに苛つき家族に当たりちらす…

嫌なところだけ書き出すとまあ相当なのですが、人間的には本当に善良で家族思い

スキルを生かしたボランティア活動なども積極的基本的には人に好かれる人

欠点は折り込みつつ、それでも母として尊敬しています

家族仲も基本的には良好なのですが…

自分は全く休む暇もなくずーっと働いてて心休まるときがない

何十年も努力してるのに家がちっとも片付かない、誰も手伝ってくれない…

毎日毎日毎食の献立考えるの疲れたもう楽になりたい、死にたい…」

自分

ボランティアやら相続対策勉強会やら、不要不急の要件自分から増やしてるだけだってば…

 片付けは「How to 本」買い込んで読むだけで何も実際に片付けてないじゃない、手伝ったら怒るし…

 洗濯自分の分は自分でしているし、

 食事だって、土日の半分位は自分がつくってるし平日も半分は父が作ってるのに…)

家族は皆母に気を使って、協力して過ごしてるのに、

自己中毒でどんどんメンタル崩していく母に対して、言いたいことは沢山あっても、

口にしたらますますメンタル悪化するのは目に見えており、溜め込んでたら自分メンタル崩してしまった。(こっそり精神科通院中)

でも母は自分には気を使ってくれない…もう嫌だ…

まあ、仕事はしてるものアラフォーパラサイトシングルやってる時点で何も言えないのですが…

テレワーク仕事してるのに、もう昼は作れないから作って、を週に何度もやらされると

私は働いてないとでも言いたいのかと怒りたくなる衝動を無理やり飲み込んで、ますます消耗していく自分

という状態で↑を聞かされると、どんどん黒い思いが募ってしまう…

お互いの為、一人暮らしするべき?まあそうなんだけど、収入的にはなかなか難しいものもあり・・・

とりあえず、愚痴を吐き出したかった。

2021-04-13

anond:20210412221418

中身は大人の子どもってノーベル賞作家の有名な作品にも出てくるし、ピカソ君が成長止まった障害者おっさんとして描かれてるのもそっちの影響だよね

①その「ノーベル賞作家の有名な作品」なるものは『ブリキの太鼓』のことだろうがオスカル探偵ではない

②「ピカソ君はそっちの影響だ」と断言する根拠は? 舟崎克彦がそう認めたの? それともきみの単なる妄想

ピカソコナン盗作とまでは言えないが、カタカナ三文字(それも西欧芸術家名前)の名前も含めるとやはり「酷似している」としか言いようがない。

2021-04-12

anond:20210412224105

商業製作をやっているのは仮の姿で、自分は本当は100年に1人の天才芸術家の卵だと信じ込んでいる

2021-04-09

デザイナーになれないかもしれない

私は絵を描くのが好きなオタクで、小学生ときから芸術家漫画家イラストレーターのようなクリエイティブ職が夢だった。

が、中学生ときに入った美術部で絵が上手い同級生たちや、SNSで年下や同い年で絵が上手い子などに対して一気に劣等感を抱き、その夢は諦めることになった。

それでも絵を描くこと自体は好きだったので、どれだけ下手くそでも部活は続けたし絵を描くことをやめなかった。というか勉強も最底辺運動も全くできない自分には絵を描くことしかなかった。

ずっと絵を描くことを続けてたおかげか、高校生のころには周りの人より下手でも自分の絵が好きになった。でも絵で食べて行くことは全く考えておらず、進路は悩んだままであった。

高校生の時に転機があった。私は美術部を続けていたので、美術部には学校から美術デザイン関連の依頼がくることが多かった。(チラシや学校会報の表紙や挿絵など)

その中で、イラスト系の依頼は全く採用されなかったがある時自分デザイン採用された。しかも大きい依頼だったようで表彰もされた。初めて自分自身が評価された気持ちになった。

かに自分表現することより、依頼を受けて作ることのほうが自分に向いている、これを仕事にしたいと感じた私は、デザイナーを目指すことにした。

デザイナーになれるなら専門学校でも良かったが、大学卒業しておきなさいと親から言われたので、とりあえず美大を探すことにした。

県内美大がなかった。実家から通える範囲でないと学費を出してもらえなかったため県内で探すしかなく今の大学に入ったが、大学自分に合った学びをできたし、全然大学選びを間違えた気は一切しなかった。

就職活動をしなければいけない学年になったため、デザイナー志望で就活を始めた。自己PR自分作品にはもちろん自信があったし、自信満々でエントリーした。

まだ数社しかエントリーしていなかったが4月に入った時点での現状は申し込んだ全社書類落ちだった。面接にもたどり着けていない。

コロナ禍で求人採用枠が減っているのか….はあまり気にしていない。

デザインを学んだとはいえ美大生でないか学歴フィルターで落とされたのか、はたまた履歴書の内容の薄さで落とされたのか、作品ポートフォリオ)がダメだったのかはわからないが………

このまま内定がもらえなかったらどうしよう?という不安しかない。諦めて一般職に就こうにも勉強ができないのでSPIで落とされるし、デザイナーになれなかった自分想像がつかない。一般職で楽しく働ける気がしない。

まだわからないけど、来年既卒枠でもデザイナーになれなかったら死のうかな!

2021-04-07

アニメ業界貧困搾取

アニメスタッフ貧困

アニメ業界で働く人の低賃金問題になっている

新卒アニメーターは月給数万円が普通である(大量の残業をしても)、当然、家計マイナスになってしま

家計マイナスになるので、新人が、3年で9割がやめる事になる

・3年でやめなかった1割の人も、賃金が低く、家計プラマイゼロで、食っていくだけで精いっぱいになる

〇なぜ問題なのか

・売れないミュージシャン声優は、仕事のない時間に、バイトや内職、副業で金を稼いだり、学業資格の取得で次の職業への準備をしたり、家事介護家計サポートできる。

しかし、アニメーターや制作進行は、フルタイム労働(+残業)をしているので、そういう事ができない。

・売れない芸能人がいなくなってもテレビ業界は回るが、売れないアニメーターがいなくなれば、アニメは作る事すらままならない。

 スーパーアニメーターも、雑兵となる下っ端がいなければ、無用の長物なのだ

 アニメーターの貧困自己責任ではなく、純然たる搾取である

法律上の扱い

日本には最低賃金という制度がある為、名目上は、フルタイム労働をすれば生活していけるはずである

しか新人アニメーターは最低賃金をもらっていない。

手書きアニメーターが、最低賃金を受け取れないのは、正社員アルバイトではなく、個人請負で雇われているからだ。

・よく悲惨と言われる派遣労働者よりも、待遇が悪いのだ。

日本では、ライン工介護士さん、公務員等の特定場所に集まって、時間管理して働かせる仕事場合雇用扱いにして、時間給にし、最低賃金を与えないといけない。

しかし、大工さん、内職さん、タクシー運転手のように、上の立場の人が仕事ぶりを管理しきれない仕事場合雇用扱いせず、成果給にし、出来高払いでよい(そして出来高が少ない場合は、最低賃金を払わなくてよい)

アニメーターの仕事は、設備必要でない為、職場でも家でもどちらでもできる。経営者は、雇用扱いせず、成果給・出来高払いでよい。

 その為、最低賃金保証されない。

・また制作進行の職でも、雇用ではなく、個人請負のところがある。

社員制作進行でも、残業代が支払われないところが多い

・2010年に自殺したA1ピクチャーの制作進行は、社員ではあったが、残業代が支払われていなかった。(多い時で、月344時間残業していたようだ)

(アニメSHIROBAKOでも、おそらく制作進行の宮森は社員固定給アニメーターのえまちゃん個人請け負いで成果給である)

(宮森の方が、えまちゃんより、経済的余裕がある)

・内職さんはいつも同じものを加工する、タクシー運転手は大体いつも同じルート仕事をする。

・それに対しアニメーターや制作進行は、毎回、作るものが違い、どの程度のクオリティまで仕事をすればOKなのかが曖昧である

 そういった仕事を、個人請負対象にしていいかというと、法律的にはグレーである

製作委員会スポンサーや、制作スタジオが、解決に動かないのは当然である

営利企業目的は、経営者株主利益を増やすことである

社員ましてや個人請負の人の利益を増やす事ではない。

製作委員会制作スタジオには責任がある、しかし彼らには、下っ端の報酬を増やすインセンティブが全くない。

・『鬼滅の刃』の映画が大ヒットした時、『下っ端のアニメーターにボーナスが出ないのはおかしい』という声が出たが、そもそも社員でもなんでもない人の為に、ボーナスを出したら、それは背任行為である

・下っ端の報酬を増やすには、下か外部からインセンティブを作り出すしかない。

〇どうすれば解決できるのか1

社員雇用サービス残業廃止を求めて、労働組合を作って、団体交渉をし、それが駄目ならストライキをする

・それを受けて、各スタジオ製作委員会への増額を要求する、それが駄目なら作品クオリティを低下させて、総仕事量を減らし、時間当たりの報酬を増やす

・少ない仕事量でアニメを作る為に、CGを多用したり、止め画を増やしたり、デザインシンプルにする。

・そしてこれらの労働運動は一社単位で行うのではなく、業界全体で行う。

〇どうすれば解決できるのか2

アニメーターや制作進行の個人請負は、法律的グレーゾーンなだけで、別にホワイトでもない。

・国がとりしまって、社員雇用化すれば解決する。

(一部のスポンサー企業制作スタジオは、クールジャパン関連事業を通して、官僚与党政治家癒着関係にあり、期待できないが)

〇なぜストライキが行われないか

・まずそもそも日本国民の多くは保守政党である自民党の支持者で、労働運動やストライキに対して批判である

さらに、アニメーターは、保守的思想の人が多い。なおさら労働運動に消極的である

〇なぜストライキが行われないか

アニメーターは芸術家という意識が強く、労働者としての意識が低い、その為、労働運動に積極的でない。

個人的には、『オリジナルアニメ監督シリーズ構成キャラデザ』以外の職種は、ライン工サラリーマンと同じ労働者だと思う

〇なぜストライキが行われないか

アニメにしがみついてストライキをするより、やめて別の職業についた方がてっとり早いか

・3年でやめる9割の人は、貧困から脱出できる。

 日本には他にマシな仕事がたくさんある。

 アニメ業界から出る事こそが救済なのだ

・というか、変に残ってしまった方がまずいのだ。

 3年以上アニメ業界につとめたら、外の業界には、簡単転職できない。

〇なぜストライキが行われないか

・中堅のアニメーターが『野球部の二年生』化し、自らも搾取されているのに、新人への搾取肯定するという状況がある

 自分たち新人時代にひどい目にあったのだから、今の新人もひどい目にあえという風に、搾取肯定してしまう。

(実際のところ、上に述べたように、新人若いから別の職業につけるので、まだいいのだ、変に残ってしまった中堅こそ簡単転職できなくて、まずいのだ)

ストライキをしたら干されるのではないか

ストライキをしたら、仕事を干されるのではないかという意見がある

・上にも書いたように、干された方がいいのだ

 干されて、バイトでもしていた方が稼げて、家計プラスになるのだ

〇3年で9割もやめて雇用者側は困らないのか

新入社員が、3年で9割もやめたら普通会社は困るが、アニメ業界ではそうではない

アニメ業界では、たくさんの人が必要だが、スペシャルな人は少しだけでいい。

・まず動画マンは誰でもいい

原画マン問題があっても作画監督が優秀ならどうにかなる

制作進行に問題があっても、演出監督が優秀ならどうにかなる

演出問題があっても、監督が優秀ならどうにかなる

・下っ端が駄目でも、上位職がしっかりしていれば、どうにかなる

・だから下っ端にまともな教育がされない

低賃金でやめても、代わりに困る事はない

・そう考えれば、下っ端の中から上級候補のみを厳選し、他はやめてもらった方がいい。

・3年で9割がやめて困る仕事なら、やめさせないように報酬を増やす

 3年で9割がやめてもどうにかなる仕事から報酬を増やさないのだ

〇そんな業界になぜ人が入ってくるのか

自分だけは勝ち組になれると思っているか

・3年で9割がやめる業界だが、1割は残る。残った1割は、大金持ちになる事はないが、少なくとも家計マイナスになる事はない。

・少なくとも入った時には、自分だけはその1割になれると信じている

〇厳選

ゲームポケットモンスターにおける『個体値』をご存じだろうか

 同じ種類レベルポケモンでも、個体値が違うと、パラメータが異なるのだ。

・この個体値は、プレイヤーには公開されておらず、ある程度まで育てないと、分からない

・優れた個体値ポケモンを求めるゲーム廃人は、大量にポケモンを生ませ、それらを個体値が分かるまで育て、優れた個体値のもののみをキープして、それ以外を逃がす

アニメ制作スタジオは同じ事を、人間に対して行っている

普通企業は、自社に優秀な人材を入れる為に、入社試験面接審査してから、入れる。

 入れてみたものの、優秀でなかった場合は、頑張って教育する、それでも駄目だったら、我慢して雇う

しかし、アニメ制作スタジオは、大量のアニメーターを青田買いし、仕事をさせながら、厳選し、その内、優秀な人材をとりたてる。能力の低いアニメーターは、食べていけないので、そのうちやめていく

 そうすれば、審査するコストを減らせるし、より実際の仕事に適性のある人材を確保できる

・でも、こんな事は普通会社はやらない。雇ったからには責任を持たないといけないからだ

〇なぜCGアニメーターはマシなのか

日本CGアニメーターは、社員雇用されている人が多く、手書きアニメーターよりは労働条件がマシだと言われている。

・これは、CGアニメーターが芸術家という意識が低いというのがある。

 CGゲーム業界から来た技術であり、ゲーム芸術ではない。よってCGアニメーターは芸術家ではない。

・また、最先端テクノロジーを扱う為、長期雇用が望ましく、やめないように報酬を高くする

〇なぜアメリカアニメーターはマシなのか

アメリカ手書きアニメーターは、普通に食っていけるらしい

別に人気の仕事でもないので、人があまり入ってこないし、子供向けの作品が多く、芸術家という意識が低いというのがある。

 芸術家という意識が低いから、団体交渉をするし、ストライキもする、その結果、報酬待遇がよくなる。

製作委員会スポンサー企業や、制作スタジオ悪者なのか?

・上に、労働運動で、予算の増額もしくはクオリティの低下をすればいいと書いたが、予算は多少はぶんどれるだろうが、それでも足りないだろう

アニメ制作スタジオは、赤字会社が多く、よくつぶれる

製作委員会スポンサー企業も、ボロ儲けという訳ではない

(一部のすごい売れたアニメ以外は、スポンサー企業に損害をもたらしている)

 ただ、末端のアニメスタッフは働けば働くほど家計悪化する、それと比べれば、れっきとした格差存在する。

搾取したマージンはどこに消えているのか

普通労働者を、家計マイナスになるぐらい搾取したら、マージンが発生するはずである

 だが、制作スタジオスポンサー企業もあまり儲かっていない。

 マージンはどこに消えたのか。

・それはクオリティである

・『ザ・シンプソンズ』や『アドベンチャータイム』といった、アメリカ手書きカートゥーンアニメは、指が四本だったり、目が丸の中に丸があるだけだったり、全体的に丸っこかったりと、デザインシンプルである

 また横や正面など、簡単アングルが多い。

・それに対して日本手書きアニメは、線が細く、髪も複雑、目も複雑、難しいアングルを多用し、書くのも動かすのも難しい

 こうした日本手書きアニメだと、時間当たりの生産量が低くなってしまい、作品を完成させるのに、より多くの人手・時間必要としてしま

・その為、家計マイナスになるぐらい過酷労働をしても、マージンが発生しないのである

〇過剰なクオリティ競争

制作スタジオは、搾取をしない事によって、クオリティを低下させると、スポンサー企業相手にされなくなる

スポンサー企業は、制作スタジオを選ぶ際、同じ予算ならクオリティのいいろころにアニメを作らせる

・こうして、クオリティの為に搾取が行われる

〇本当にクオリティ必要なのか?

アニメスタッフちゃんとした報酬を払おうとすれば

 アメリカカートゥーンアニメぐらいのクオリティになる

日本では、クオリティの為に、スタッフ犠牲になっているが、本当にクオリティ必要なのだろうか。

クオリティと人気は比例しないし、クオリティと売り上げは比例しない。

〇下っ端を救済するには、クオリティを下げるしかない

CGアセット使用バンクの多用、デザインシンプル化、難しいカットの削減等を行い、総労働量を減らすしかない

海外マネー

NETFLIX等の海外マネーが、下っ端アニメーターの貧困解決するのではないかと期待されたが、駄目だった

経営者達に対して、下っ端にまともな報酬を払わせるインセンティブがなく

 増えた予算が、一部の上位職の獲得と、総労働量の増加に使われるのだ

〇誰が現状を動かすのか

アニメ業界貧困話題になるたびに

アニメ業界は何をしているんだ』『製作委員会が悪い』

 といった意見が出るが、訳が分からない

 企業目的は、株主経営者利益を増やす事であり

 労働者、ましては社員ですらない個人請負の人の生活の為ではない

 企業は、法律の許す限り、労働者を搾取するものなのだ。『善意経営者様』が、施しをくれるとでも思っているのだろうか。

ウォルト・ディズニーアニメーター達にまともな賃金を払うようになったのは、ウォルトが『善意経営者』だからではなく、アニメーター達がストライキを行ったかである

 労働運動をして戦わない限り、貧困解決することはない。

結論

・どの程度働いた人が、どの程度給与をもらうべきかは、永遠に答えのない問題である

・たくさんの人が一緒に働き、階級が生まれれば、大なり小なり問題は生まれる、不満が一つもなくなることはないのだ

・ただ、国が定めた最低賃金は守るべきだし、残業代は払うべきだ。

・その為には、アニメーター達が自ら動かなければならない。

2021-04-03

anond:20210403130736

いわゆる芸術家である写真家」はおいておいて、カメラマンは依頼を受けて写真という成果物を出す職業なので、受けの良いものをある程度確実に出す必要があるからね。デザイナーみたいなもんよ。素人でもいいデザインたまたま出すときはあるけど、継続的に、となると難しい。

2021-04-01

anond:20210331193304

勉強をして問題解決するまでのプロセスを学び、その習慣を身につける。論理的思考を身につける練習。暗記ばっかしてても社会人になる前に限界が来る。

・今の日本一般的社会人はみんな勉強してきた人で成り立ってる。(勉強で成果を出せた人だけではない。)その中に勉強の仕方が分からない人間が突然入ったらやって行けない。

大人になったら賢くなると思ったら大間違いで、成長は遅くなる。若いうちに成長する基盤を広げておかないと痛い目をみる。

算数国語理科社会必要ない仕事ってなんだろう?芸術家YouTuber芸能人土木建築作業員スポーツ選手?みんな必要だよ。

日本だけでもたくさんの子供、学生がいる。

その評価基準勉強の成果。一人ひとりの勉強しない、まっさら能力評価する制度は無い。

まれ持った素質じゃなく、努力した成果を評価する国だ。

2021-03-31

anond:20210331010837

アートは0か1かではないので、せいぜい高校教員レヴェルの「芸術家」でも大目に見てくれることがある。

東京のレヴェルが急降下している。もっと下がると思っている。

そうなったら、県立美術館は、これまで以上に意義を発揮すると思っている。


東京人の知能が絶頂にまで高められたのは1990年代前半で間違いない。

2020年代前半は、その高められた遺産を食いつぶしているだけ。

子供の数の減少には勝てない。

もし東京だけで出生率が維持できていた場合格差社会なる単語すら存在せず、田舎地方の子供は勉強する習慣など微塵もなかっただろうからね。

アーツ前橋作品紛失問題

はてなでは意外と話題になっていないようだが、アーツ前橋という公立美術館作品6点が行方不明になる、という事件があった。

館長も辞任して一件落着かと思いきや、その後出た報告書で館長による隠蔽疑惑が指摘されたり、その報告書に館長自らが反論したりして、泥沼の様相を呈している。

まとまった記事としては美術手帖を参照されたい。

アーツ前橋作品紛失に関する調査報告書が公開

https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/23795

紛失問題報告書に関して、アーツ前橋館長の住友文彦が反論

https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/23803

一般の人にはあまり知られていないかもしれないが、アーツ前橋というのは近年アート業界ではかなり高い評価をうけている美術館である

たとえばこういう企画展

https://www.artsmaebashi.jp/?p=13991

堂々と掲げられた「本展のキーワード」の、「周縁性、ローカルジェンダー福祉ケア老い共同体移民」というあたりが、この館の方向性を端的に示していると思う。

ざっくりと言ってしまえば、社会問題を扱う現代アートを精力的に紹介しつつ、ワークショップによって地域との結びつきを強めていく、というスタンスである

個人的には、なんか優等生的だなという印象で、反感を抱かないでもない。

しかし、年々予算が削られ、文化政策への風当たりも強くなっている斜陽美術館業界からすれば、「SDGs」的なアピールによって先端的な雰囲気を放っているアーツ前橋は、地方美術館のあり方として、ひとつモデルともいうべき存在であった。

その方向をカリスマ的にリードしてきたのが、2013年の開館当初から館長をつとめてきた、住友文彦その人である

前橋市と館長、どちらの言い分が正しいのかは現時点でよくわからないが、すでに美術業界から擁護の声も出ている。

たとえば東大教授美術研究者加治屋健司。

アーツ前橋作品紛失の最大の原因は、予算、スペース等から美術館が借用作品の保管場所として外部施設を使わざるを得なかったことにある。その状態放置問題に適切に対処してこなかった所管部署文化スポーツ観光部及び同文化国際課に責任がある。これは専門職の館長ではなく行政職の職掌である

https://twitter.com/kenji_kajiya/status/1375731293581807616

スペース・予算の確保は行政職の仕事なのに、彼らはそれを怠っており、そのせいで悪環境作品を置かざるをえなくなったために今回の事件が起こった、という論理である

これは大局的に見れば正しいかもしれない。

ただ、美術の保管場所というのは確保するのに非常にコストがかかるので、無尽蔵に確保できるというものではない。

それに、少なくとも現状で保管場所がまともでないにもかかわらず、作品を預かることにしたのは、やはり学芸員なのではないか

まともな環境作品を置くことすらできないのであれば、そもそも作品を預かるべきではなかったはずである

そういう批判はあったようで、彼はあとから補足している。

他館の学芸員からお話を伺いました。館の作品管理問題があったと私も思います。それはすでに各所で指摘されており館長も認めているので、私はそれを前提としたうえで報告書問題を指摘しました。それを館の問題を認めない発言と受け止めた人もいたようですが、それは私の発言趣旨ではありません。

https://twitter.com/kenji_kajiya/status/1376207390836592642



とはいえ前橋市の報告書住友文彦の責任を追及したように、加治屋健司が行政職の責任を追及するという構図には、結局のところ学芸員行政職の党派性問題なのではないかという感も否めない。

一般にはさほど知られていないかもしれないが、美術館学芸員行政職の人間は、仲が悪いのがふつうである

なぜそうなるのかと言われると難しいが、技術職と営業職が不仲なのと構造的には同じであると思う。

まり理想を求める学芸員コスト重視の行政職という図式で、利害が一致していないのだから対立するのは当然なのかもしれない。

両者のいずれが力を持つかというのは、もちろんさまざまな権力関係によって決まるのだけれど、その勢力図を象徴的に表すのが、「館長が行政職か学芸員か」という問題である

現状で言えば、おそらく行政出身の館長のほうが多数派なはずで、その傾向は年々強まっているのではないかと思う。

現代アート畑の住友文彦を館長にしているアーツ前橋は、その意味でも稀有存在なのである

行政出身の館長というのもバックグラウンドはさまざまだが、教育委員会などから引退間際のおじいちゃんがやってくることが多く、そういう人の99パーセント現代アートなど興味も関心もない(のに反感だけは持っていたりする)ため、館長のくせに予算削減を推進する側に立ったりする。

今回の住友文彦退任にあたっても、後任に専門家を置けという動きが出ているのには、そういう背景がある。

後任に現代美術専門家を 「アーツ前橋」館長退任へ 芸術家署名活動

https://mainichi.jp/articles/20210330/k00/00m/040/038000c

ところで、先ほど「まともな環境がないなら作品を預かるな」と書いたけれど、現実的にはなかなかそうはいかない事情がある。

まず、あたりまえの大前提として、美術館が持っている作品を捨てるということは通常ない。

現実にはゼロではないのだが、やるとなると相当の覚悟必要である

から美術館作品は減るということはなく、ひたすら増えていくことになる。

加えて、美術品のほとんどは温度湿度を厳正に維持した収蔵庫で管理しなければならない。

「厳正に維持」というのは「24時間空調」のことを指す。

38度の真夏であっても、氷点下真冬であっても、24時間365日安定した温湿度でなければならない。

当然これには莫大なコストがかかり、倉庫が広くなればその分お金もかさむ。

まり美術作品は増えていくのに、倉庫を増やすのは容易ではないのだ。

「じゃあ預からなければいいじゃないか」と言うかもしれない。

しかしそうはいかない。

地方美術館美術作品寄付する人々というのは、たとえば地域小金持ちであるが、彼らはしばしばこういう考え方であったりする。

1. 蔵を掃除していたら、なにか絵が出てきた。

2. 貴重なものかもしれないので、美術館電話した。

3. 美術館で引き取ってくれないなら、廃品回収に出そうと思う。

「収蔵するか」「捨てられるか」という二択しか、ここにはない。

売るとか、他の美術館を紹介したらどうか、と言うかもれない。

名の知れた人気作家だったら、そういう手もありうるだろう。

でも、蔵から出てくる作品の作者というのは、典型的にはこういう経歴の人物だったりする。

〇〇県出身上京美術学校西洋絵画を学ぶ。卒業後に帰郷し、〇〇県立第一高校美術教員として教鞭をとる。戦後は〇〇県展の立ち上げに尽力し、後進を育てるなど、〇〇県画壇の重鎮として活躍した。

こういうプロフィール作家面白い絵を描くのだろうか、と疑問に思うかもしれないが、まさにご指摘のとおりで、美術史の大きな流れからすれば、なんの意義もない作品であることがほとんどだ。

しかし、地元での功績というのは地域にとって何よりも大切なものであるし、なによりそういう「つまらない」風景画には、地元民の心をこのうえなく鮮烈にうつし出したような、ローカルであるがゆえの価値がしばしばある。

日本都道府県ほとんどには県立美術館があって、そのそれぞれに多くの「凡庸地元作家」の作品が収蔵されていることの意義は、そこにあるというほかない。

そのような作品は、まさに、「収蔵するか」「捨てられるか」の二択だったところを拾われてきたのである

というわけで、いろいろ書いてしまったが、今回の事件は単なるカリスマ館長の不祥事という以上に、美術館業界の抱えるさまざまな問題関係しているように思われる。

気が重い話である

その他参照

調査報告書

https://www.city.maebashi.gunma.jp/material/files/group/10/hodo20210324_7.pdf

住友文彦の記者会見原稿

https://drive.google.com/file/d/1qQmOLCs2XI1VK9XzPgQpWyKlJZH809Yx/view

2021-03-27

[]トップランナー今敏

NHKEテレ再放送してたから録画して見た

そのまま再放送してくれたらいいのに今の武田真治めっちゃ出しゃばる構成になっててうざかった

最初最後武田真治が一人でダラダラしゃべるパートがあってそのせいで本編のトップランナー編集されて短くなってたか

たぶんスタジオにいた観覧者から質問に答える部分がカットされたんだろうな

一般人再放送許可とるのとか面倒そうだし

武田真治ひとりしゃべり下手でとても聞いてらんなかった

トップランナーってタイトルは知ってたけど番組はもうだいぶまえに終わっててほとんど見たことなかったかちゃんと見たのはじめてだったか

今敏がかなりよくしゃべっててなんか新鮮だった

芸術家肌で無口な印象あったか

以下記憶から思い出しながら覚書メモ

兄がロック人生してたのを見て反面教師にして大学は出とこうと思って美大いった

最初にかって読んだマンガ海のトリトン

真似して絵を書いてた

1、2巻まで買って読んだ後、3巻を探して子供の足で回れる本屋をぜんぶ回ったけどおいてなかったから仕方なく4巻をかった

3巻の話を想像して自分マンガかいてた

でもあとで3巻を読んだら全然内容違ってた

ジャンプ系とかスポ根マンガ嫌いだった 汗臭い

集団でなにかやるのがきらいでひとりでやれる絵をやってた

汗臭くない少女漫画中学では読んでた

「私・・・」みたいな間のとり方があるけどそういうところで空間の使い方を学んだ、とかそういうわけではない

大学マンガ賞とってデビューしたけど書きたいものがあるわけじゃないから困った

アニメ世界に入るとどんどんのめり込んでいった

アニメ世界に入ることで集団でなにかやることの楽しさがわかった

マンガや絵は基本ひとりで作るが、アニメはそうじゃない

思い通りにいかないこともふえるけど、想定外のこともたくさんおきてそれが面白い←ここプロフェッショナル庵野秀明が同じようなこと言ってたな

20代で肝臓をやられて入院して死ぬかと思った

それから今を楽しくポジティブに生きようと思った

楽しく生きるというのはラクをするということではない

楽しく生きるための努力をするということ

楽しい仕事があるわけではない

どうやって仕事を楽しくするかを考えて努力することが大事

その努力を含めて楽しめるようにすること

どんな人と仕事がしたいか?→絵が上手い人と仕事がしたい

個性個性って言われると個性が内側にあるように考えてしまうが、そうじゃないと思っている

個性というのは表現の仕方、手法であって、内面のものではない

魚拓みたいな魚の化石を見て)これがずっと昔に生きて泳いでたと思うと興奮しません!?武田真治本上まなみドン引き

2021-03-24

村上隆叩き増田復活しとるやん

何が彼を突き動かしてるんだ

ただの芸術家なのに

誹謗中傷でも逮捕されるから程々にね、ああいうのすぐ通報してくるよ

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-03-20

anond:20210320012632

そもそも電通って「広告代理店だろが

芸術家ならどんなに叩かれても自分のやりたいことやればいいだろうが

時流に合わせるセンスなかったらダメでしょ

センス関係ないって全否定じゃん

2021-03-16

anond:20210315235816

完全に好みの話でしかないが

精神を病んだ文豪

しか動かせない芸術家がいる

そんな世界のほうが俺は面白い価値があると思う

anond:20210316134307

仮にBLというものオナニー用ではないとするとなおさらのこと、

腐の人たちの言い分に従えば「壁視点」で「関係性を客観的に愛でる」ために、

わざわざ芸術家気取りで男同士の痴態を作り出して鑑賞して評論することで同性愛コンテンツとして消費するという、

セックス目的のない女体盛りとかアートごっこ緊縛写真集とかと同じ方向性のタチの悪い性的搾取をしてるだけってことなんだよね。

「男はオナニー目的ポルノを消費するから悪!」という論理オナニーというシンプルな軸を持たないエロ消費を正当化する屁理屈だと思う。

anond:20210316014047

どうして女性を描くかって、人類の多くが美しいと感じる物が女体だからだろう。古今東西芸術家が描いてきたように。女体には劣るけどマッチョな男や美少年もよくモチーフになってるね。

嫌がるから描くなというのには、「あなたモデルに描いたわけじゃない、空想産物だ」って反論できるわな。

仕事をする人々を描いた絵に対して、農夫たちが「オラたちを勝手に描かないでくれろ」と文句言ってきても、「あなた方をモデルに描いたわけじゃない。集めた資料を元に架空人物を描いた」と反論するように。

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