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はてなキーワード: 正鵠とは

2021-11-18

マツコ会議Creepy Nuts回を今更見た

炎上発言に関しては、話の流れをきちんと追ってれば全く問題になるような内容じゃない。というか、この炎上自体がまさに番組内で松永が苦言していた「一部だけ切り取って曲解される」図式そのものだった。

今のショービジネスとは、一瞬の振る舞い、一瞬の言葉選びが命取りになるチキンレースなのだろう。考えるだけで息が詰まる。

マイノリティとして生まれた彼らが、マジョリティに潰されそうになりながら必死に生き延びて、アンダーグラウンドに居場所を見つけて、そこで実績を積み重ねて、やっとの思いで市民権を獲得した先に用意されたポジションがこれでは絶望しかない。

彼らがアンダーグラウンドで絶えず主張してきたであろう言葉が、テレビなら多くの人に伝わってくれるかもと期待して送り出した言葉が、「マスにはウケない」という理由から無惨に切り取られる。

今回のように部分的にオンエアされたとて、やはり曲解され、燃やされ、忘れ去られる。

露出しても露出してもマジョリティからは「愉快なオモチャ」として消費されるだけで、自身の真なる思想世間の注目を集めることも、マイノリティ本質世間に伝えることも一切できないまま、「愉快なオモチャ」としての寿命を迎え、いずれ飽きられ忘れ去られる未来

普段から本音で喋っていそうな素振りを見せる彼らが、本当に言いたいことが言えないまま抹殺される世界

本音を語るよりも「愉快なオモチャ」として飯を食っていくことを結局選んでしまった不甲斐なさ。

私はマツコと松永の涙からその苦悩を勝手に読み取り、勝手もらい泣きした。

R-指定が「有名税が重すぎる」と言っていたのも同意しかなくて、10年ぐらい前から、おそらく皆がインターネット上でアカウントという名の発言権を獲得しはじめてからずっと、ありとあらゆる表現者の住環境が狂い続けている感覚がある。

アンダーグラウンドを覆っていた天井や壁は消え失せ、全ての表現は白日の下に晒されて、良いものも悪いものも、等しく焼かれている。

一億総コテハン2ch」とかつて揶揄されたSNSは、予想通りの煉獄と化した。

主体の有名無名に関係なく、正鵠を射た表現は「バズ」り、的外れ表現は「炎上」する。

昨日バズった人が、今日炎上し、明日は忘れ去られるエコシステムが、いつの間に出来上がってしまっている。

常に正しい表現者であり続けることなど誰にもできないのに。

私は表現者リスペクトしていて、私自身も表現者の端くれである自負があるが、何かしらの名義を持って発信することにもう疲れてしまった。

これっぽっちも有名じゃないのに、誰も私のことなど知らないはずなのに、無名の私ですら、有名税が重すぎると感じてしまう。

もはやランダムID使い捨てアカウント何気なく発した言葉すら、特定されうること、曲解されうること、炎上リスクがあること、ログが半永久的に残ること、何もかもが嫌になってしまって、一切のアカウント放棄している。もうどこにも露出したくない。

マツコやCreepy Nutsが泣いているのを見て勝手もらい泣きしたが、そもそも共感するのもおこがましいくらい、私は素人だ。スキルキャリアがどうとか以前に、精神素人なのだ表現者として矢面に立つ覚悟がまるでない。けどもういい。

表現者としての行き着く先があれなら、私は筆を折り、路傍の石として安らかに生を送りたい。それくらい彼らの涙は壮絶なものに思えた。

こうして有名無名のあらゆる表現者が、疲弊して筆を折り人生を儚んでいることに私は怒り、嘆き、しかし具体的な改善策は何ひとつかばないまま、これまで安全圏でぬくぬくと眠っていた自分がまた嫌になり、行き場のない堂々巡り感情を、誰の目にも触れさせたくなかったはずの言葉を、増田へとぶつけている。

2021-11-11

anond:20211111121324

おるやんけ。

https://twitter.com/search?q=%22%E7%9A%84%E3%82%92%E5%B0%84%E3%81%9F%22&f=live

そもそも的を得た/射た」論争は「的は射るものだ」みたいな単純な話ではなくて

元となった「不失正鵠(=正鵠を失わず)」から言葉の変化をどこまで認めるかという話やねんで。

いまどき「的は射るもの」とか言っとったらそいつのほうが誤用警部に叱られるわ。

http://biff1902.way-nifty.com/photos/uncategorized/2014/11/16/photo.jpg

2021-10-01

ミソジニーオタク嫌悪

ミソジニーに対してフェミニストによる「単なる女性嫌悪などでは全く有り得ず『家父長制秩序に従わない女性』に対する「処罰行為こそが、ミソジニーである」っていう説明正鵠を射たものだと思う。 どんな人間がどんな正義に基づいてどんな女性を「殴っている」かを見るなら、見る限りではこの説明が一番説得的な解釈だ。

 

一方ではてなブックマークに時々ブクマされてくる、すっかりミソジニスト界の一員と見なされる様になった「オタク」への軽蔑を込めたツィート等を見てて思うのは、そろって「下等なオタク風情が…」っていう悪意が下地にあることで、これはミソジニーにおける「女の分際で…」っていう謂れのない「正義の悪意」に対応する様にも見える。

 

往々にしてそういうオタクへの悪意を表明するアカウントが「自分オタクであるオタクに近い」と主張することもあり、実際それは嘘でも勘違いでもない場合殆どだと思われる。 悪意の表明は全てのオタクに向けたものしか読めなくても、実際にはそうではない。

 

「大声で戯言同然の主張をする、自分の頭の程度を辨えない低能オタク」が表現の自由戦士などといった蔑称を付けられて憎まれ、罵られているのであり、これは家父長制意識にどっぷりの人間による「辨えない女」への悪意=ミソジニー の鏡映ではないかと思うのだ。

2021-09-05

アンチの愛はすごい

自分作家業をしている。有名作家や、なんらかの「有名人」の友人知人がそこそこいる。

別に有名人と繋がってても公表しないしいいことも悪いこともない。

売れてる友人に、匿名掲示板での誹謗中傷が酷すぎて病んでいると言われた。

興味本位で見に行ってみたら、本来作者のファンスレだったものが、元ファンアンチスレと化していた。

最近作品の内容に失望したり、作者のSNSでの言動ウォッチしては逐一ボロカスに叩きまくっていた。

匿名掲示板だけじゃなく、SNS作者名などで検索してもそういった作者や作品否定する言葉はいくらでも出て来た。

それを読んで、妙に感心してしまった。

というのも、長年のつきあいである友人、いっしょにお互いの家に寝泊まりしあったり、旅行に行ったりするような

親友レベルの友人に対して、私ですら言語化できていなかったことを、アンチの彼らはきちんと正鵠を射て叩いていたからだ。

彼らはものすごい洞察力で、顔も知らない喋ったこともない作者の人物像を洗い出していた。

こういうところがダメ、こういう性格から次にこう出る、あのツイート絶対明日までに消えている。すべてその通りだった。

なるほどな、すごい、本当にその通り。わかるわかる。友人本人は相当傷ついただろう。その通りすぎるから

知人が私怨で書き込んでいるのもあるだろうが、SNS等の一般読者とわかる人のアンチ感想も、びっくりするほど真に迫った正確な指摘が多くあった。

興味本位で、プライベートまで知っている友人知人が他に匿名掲示板SNSで叩かれてないか調べた。

すると、ものすごくズレたアンチも多くいるのだが、やはり同様に「なんでそんなことまでわかるんだ」というゾッとするほどの正確さで作者を叩いてる人がたくさんいた。

元々は愛を持って読んでいた読者がアンチに転身したら、愛と憎しみの反転によってここまで人間を見る解像度が上がるのかと感動まで覚えた。

私はアンチがいるほど売れてないので今のところノーダメージだ。けど、もしこんな人間たちに誹謗中傷されたら本当に立ち直れないだろうなと思った。

2021-07-05

トイアンナジェンダーフリー論者である

という説明正鵠を得ていると思ったね。

ただ、多くの女性にとっては、ジェンダーフリー社会よりも、女尊男卑社会のほうが圧倒的に暮らしやすく魅力的なので、

ジェンダーフリー派に味方する人は少ないというのが、つらみある・・・

2021-06-10

anond:20210610105201

もともとは漢語の「不失正鵠」すなわち「正鵠を失わず」で、

正鵠とは「的」のことなのでこれは「的を失わず」と同義なんだけど、

実際に「的を失う/失わず」という形で使われることはなく、

明治に入って「正鵠を失う」の対義語として「正鵠を得る」が使われるようになり、

正鵠を得る」から的を得る」が生まれたんだけど、

ここに「正鵠を失う」の対義語が「得る」でいいのかという問題があり(漢語としては「中る(あたる)」になる)、

まあそういう言葉ができてしまったんだから仕方なかろうというのが最近定説

2021-05-23

オリンピックは繰り返す

2020年東京オリンピックは、大盛況で幕を閉じた。

開催国日本メダルラッシュに沸き、経済も上向いて最高の一年となった。

そんな明るい未来を予感させる年が終わり、翌年の2021年初頭、冷や水を浴びせるがごとく、凶悪ウイルス人類を襲った。

それは新型インフルエンザウイルス

突然変異を起こしたこ病原体は、例年の流行とは一線を画し、高い感染力と致死性を備えた最悪のウイルスだった。

この年、新型インフルエンザによる死者は世界人口の3割に達し、各国は大混乱に陥った。

しかウイルスは毎年変異を繰り返し、有効打と期待されたワクチンさえも効果限定的だった。

翌年以降も猛威を振るい続け、どの国も例外なくインフラ経済基盤に大きな打撃を受けた。

人類は衰退の一途を辿った。

そんな中で、皮肉にも発達したのがAI機械学習だった。

労働人口が激減する穴を埋めるべく、積極的投資が行われ、技術革新が起きた。

AIのおかげで高い精度の未来予測可能となり、遺伝子操作の分野でも大きな成果があった。

何よりもタイムマシン理論の構築は、人類の知性のみでは到達不可能だったと言われている。

2030年にはタイムマシンの試作機が完成した。

一部では目覚ましい科学の発達を見せながらも、人類滅亡は目前に控えていた。

新型インフルエンザウイルス蔓延により生産性は激減し、深刻な食料不足になっていた。

それを引き金に各地で紛争が勃発。

AI予測でも明るい未来を導き出すことはできなかった。

しかしそのAIから意外な提案がされる。

もしも新型インフルエンザが発生した2021年の前の年、2020年に毒性の低いウイルス流行していたら?

感染対策が十分に行われた翌年、新型インフルエンザ感染を拡大することができずに消滅する、というシミュレーションをはじき出した。

過去修正することで、人類を救うことができるかもしれない。

作品タイムマシンは、人間のような大きな質量を運ぶことができなかったが、微小な病原体であれば、過去へ送り込むことが可能であった。

遺伝子操作新型インフルエンザウイルスRNAを組み込むことにより、感染力だけが強く毒性の弱いウイルス作成された。

遺伝子を組み込む毒性の弱いウイルスには、風邪の原因としても有名なコロナウイルス選択された。

タイムマシンは、2020年へ、遺伝子操作したコロナウイルスを送りだした。

人類袋小路に迷い込むことなく、より良い未来をつかみ取ることを願って。

◇◇◇◇

2020年初頭、突如発生した新型コロナウイルスはいくつかの国でパンデミック引き起こした。

大きな犠牲を払いつつも、各国は隔離政策を打ち出し、少しずつではあるが封じ込めることに成功した。

翌年の2021年新型インフルエンザが爆発的に広がるはずであったが、高熱を出した患者はすぐに隔離他者感染することなく、人知れず消滅した。

こうして、新型インフルエンザ人類を追い詰める未来は消え、新型コロナで混乱する世界線へと改変された。

新型コロナは、新型インフルエンザを知らない人類にとっては大きな痛手となったもの、数年のうちに克服された。

人類は、より良い未来へ舵を切ったはずだった。

この新型コロナ騒動で、一人負けの様相を呈した国が日本だった。

新型インフルエンザよりも一年早く発生した新型コロナのせいで、東京オリンピックは中止となった。

しかも、延期中止をめぐる中で数々の不祥事が発覚。

日本は諸外国からの信頼を失い、国民は自信を失った。

期待していた五輪特需も無くなり経済が衰退。日本はみるみるうちに失速していった。

そんな日本が打開策として打ち出したのが、かつての栄光科学技術立国日本の復活であった。

とは言え、一度失われた物を手に入れるのは容易なことではない。

場当たり的な政策を繰り返し、国内外失笑を買うことが多かった。

それでも、数を打ったことで奇跡的に成果が出た。

それは空間不思議な亀裂があるという、今までに発見されていない現象だった。

実のところ、この亀裂はタイムマシン新型コロナウイルスを送り出した際に生じたものだった。

タイムマシン過去物質を送るのはピッチャーキャッチャーへ向けてボールを投げるのに似ている。

時空とはピッチャーキャッチャーの間にある障子のようなもので、途中を通る時、空間に亀裂が入る。

2030年から2020年の間には新型コロナウイルスが通過した亀裂が発生しており、日本研究チームが偶然にもそれを発見したのであった。

本来タイムマシン理論人類には到達し得ない領域である

新型インフルエンザ世界線ではAIの発達によりパラダイムシフトが発生したが、AIが未発達な新型コロナ世界線ではあり得ない。

しかし、何もないところから考えを飛躍させるのは無理であっても、観測できる事象があれば、類推可能だった。

落ちぶれた日本には他にできることもないので、この研究に力を注いだ。

ピッチャーが投げたボールの途中の軌道観測すれば、それがどこから発生し、どこへ向けたものなのか推測できる。

時間的連続した亀裂を観測することで、これが2030年から2020年へと微小な何かを送りつけた結果であると仮説が立てられた。

この仮説には様々な飛躍があり、突っ込みどころも多かったが、偶然にも正鵠を射ていた。

そして2020年という終着点は、日本にとって忌々しい年だった。

新型コロナ未来から「悪意によって」送りつけられたウイルスである

そう結論づけた日本はこの過去へ向けたボールを撃ち落とすことにした。

ピッチャー2030年から2020年へ投げたボール軌道上にいる今、そこへ大きなエネルギーをぶつけ、ウイルスのような小さな物体消滅させることは、それほど難しいことではなかった。

これが他の国の発見であれば、もう少し慎重な対応をしたかもしれない。

しかし、余裕を失った日本は、すぐに行動へ移した。

2030年から2020年へめがけて送られた新型コロナウイルスは、こうして途中で破壊された。

2020年に新型コロナ感染爆発を起こさなくなったことで、2021年新型インフルエンザが大流行した。

新型コロナ世界線は消滅し、再び新型インフルエンザ世界線へと戻った。

こうして世界2020年から2030年の間で、新型インフルエンザ世界線と新型コロナ世界線を繰り返すこととなった。

人類は2つのウイルスに繰り返しパンデミックされる監獄へ囚われた。

◇◇◇◇

この様子を興味深く観察する、高次の存在があった。

人間が考えるところの神と言える存在である

彼は驚きと興奮を持ってこの事態を観察していた。

文明が未発達で精神的にも未成熟地球生命体が、まさか時間を操る術を身につけるとは想像していなかったのだ。

さらには無限ループを発生させ、宇宙全体を停滞させるとは。

ただ、感心はしたものの、地獄絵図をループするだけの人類にはすぐに飽きた。

宇宙全体を見渡せば、地球よりも優れた生命体は数多く存在した。

そちらを停滞させてまで宇宙ループさせる意味はなかった。

そう判断した後の彼の行動は速かった。

地球恒星である太陽に力を注ぐ。

太陽には、コロナと呼ばれる100万度を超える大気層がある。

彼は地球大気コロナ大気を入れ替えた。

奇しくもその日、日本では何度目かの東京オリンピック開会式が開かれていた。

その世界線では、新型コロナウイルス存在しなかった。

オリンピック開会式の段階では、新型インフルエンザウイルスも発生していなかった。

まだ人々は、明るい未来漠然と信じていた。

聖火台に火を灯す、オリンピック象徴する儀式の始まる瞬間。その時はやってきた。

地球太陽からの「聖火」が届く。

100万度を超える高温のプラズマ電子レンジよろしく地球をチンした。

こうして人類は終わりを迎えた。

この時、ループを繰り返した東京オリンピック10回目の開催だった。

オリンピック10回。

五輪10

ごりんじゅう。

ご臨終。

お後がよろしいようで。

2021-04-04

anond:20210404161849

シロクマ先生より結婚物語いいぞ

女は2時間以上(=映画1本以上)デートすると疲れるんや、ひきとめるな

とかわりと正鵠を射たテクニックが書いてあるぞ

2021-03-30

anond:20210330094313

推しって言っとけば、自分無能無産の消費者じゃない立場にでもなれると勘違いしているからだ。

 

ここの分析正鵠を得ていると思う。

しか記事タイトルにあるような、それは日本ゆとり教育がもたらした、という態度はおそらく違って。

というのも、世界的な社会哲学の中でその現象には名前がついているからだ。

 

消費社会」という。

ボードリヤールが言いだし、後続の学者概念を使っていろいろ分析している。

何を消費しているか自己表現となり、何を消費しているか社会階級が決定するような社会のことだ。

ロックを生きるならば尾崎を聞かねばならないし、ジョックになるならゲーム漫画ばかり消費してはならない。

ハリウッドセレブになるにはドレスを買わねばならないし、家を消費できないものホームレスとして社会不適合者扱いされる。

 

それを覆す、ということはなかなか難しい。

覆す必要が本当にあるのかを確定するのもだ。

2021-01-29

anond:20210129111346

それに対して正鵠を得た批判ができるわけでもなくふんわりと非難めいたコメントを空中に投げるだけの増田のほうがかわいそうだよ

2021-01-24

新聞を取る阿呆と取らない阿呆

先ほど、面白いツイートが私のTLに流れてきたので私見を述べる。

新聞、月5,000円も払って昨日のニュースが紙で届くってやばいな』(原文ママ)

このツイート自体は確か面白いな、と一笑に付したが、そのツイートには大量の同意・賛辞のリプライがぶら下がっていた。

"5,000円で油を取る紙を買っている"

"たしかに、今どき新聞なんて古い"

"ぼったくりだ"

やはりこういう意見は少なくないな、と気づかされる一方で一つの疑問が浮かんだ。

"この新聞批判をしている方々の何割が自分の金で新聞を購読している、ないし購読したことがあるのだろうか?"

というものである


私は某紙で新聞記者をやっている。

夜討ち朝駆けという言葉は古い価値観かもしれない。しかし、身を粉にして社会情報のものを自らの五感で直接インプットし、それを文字アウトプットする。そんな自分仕事やりがいを感じ、自身ジャーナリズム精神にも誇りを持っているつもりだ。

それでは「新聞こそが公正で正確な情報を素早く伝えるツールとして最も優れている!」と言いたいのか、と聞かれると答えはNOである

インターネットメディアの急速な発展と共に情報世界を巡るスピードは目に見えて早くなった。

地球の裏側で起きていることがリアルタイムで手元の端末で確認できる。

何十年も前の『正確・早い・多い』という新聞優位性を持っていた情報三種の神器は既に別媒体(主にインターネット)に負けているのだ。

実際に私も

こんな記事を書きたいからこういう方からこんな話を聞きたい、と結論ありきの取材を行い結論ありきの記事を書いたこともある。

上司からこういう紙面を作れ、と命令を出され自分が紙面に載せたい情報を翌日に回したこともある。

新聞記事には、偏向とまではいかないまでも記者自身会社自体の色眼鏡を通したバイアスがかかっているのだ。

しかし、「新聞こそが公正で正確な情報を素早く伝えるツールとして最も優れている!」わけではないにしろ「読む価値があるか」と言われれば声を大にしてYESと叫ぼう。阿呆でなければ。

なぜならば、新聞紙の必要性を語る上で最も大切なのは、その色眼鏡の良し悪しだからである

新聞は、政治右派左派経済の支持不支持社会記事の着目点。会社によって特色があり、多くの記事記者名前が載っている。それぞれの記事会社としての社会的責任と個人としての社会的責任を抱えた上でなんらかのバイアスをかけられて掲載されている。

しかし、これは新聞に限った話ではない。

そもそも情報というのは全てがそうなのだ

自分で直接見聞きしたものを除いて、新聞ニュースSNS・人伝の情報に至るまで。

全てがその経路の中であるいは削られ、あるいは付与され、或いは歪められるのだ。ここに例外はない。

新聞記事の優位性はその経路の希少性にある。

(手前味噌ではあるが)優秀な能力を持った記者が他にはない一次ソースから仕入れ情報提供する。

眼鏡を通しての内容であることを理解さえしていれば極上の情報であることに違いはないだろう。

さて、私が言いたいのは「新聞を取れ」ということでは断じてない。

なぜならば、そもそもその色眼鏡に対して価値を置いていない人間(以下、阿呆)には新聞というのは豚に真珠もいいところだからだ。

阿呆はいいように削られ付与され歪められた情報を信じ哀れにも踊らされる。新聞を読んだとしても、新聞に踊らされるだけだ。

TwitterでもFacebookでもYahooニュースでもまとめサイトでもYouTubeでもテレビでも新聞でもなんでもいい。

あなた情報を入手しているツールはどれほどまでに信頼できるものなのだろうか?

そもそも新聞の特長を情報の正確さ・スピードだと考えている人間にはどれほどの情報リテラシーがあるのだろうか?

私が投げかけたいのは、そういうことなのだ。

さて、こういうのは自分大丈夫だ、と思っている人間の方がよっぽど危険だ、というのはよくある話で。

特にこの記事を読んで

「なるほど、確かにその方面で働いている人は正鵠を射た発言をするなあ」

なんて感心した人は特に注意が必要である

そもそも、この記事の冒頭に引用させていただいているツイートリプライ欄には、新聞不要だとする内容と同じくらい、新聞必要性について肯定的意見を述べているツイートがあるのだ。

いったい、この記事を読んだ内の何割が

原文ママと書かれてあるが本当に元ツイート存在するのか"

と疑問に思い確認し、

"それに対する意見は実際にはどのようなものなのか"

とそれを検証しただろうか?

改めて、私が言いたい情報リテラシーとは、そういうことなのだ。

阿呆は鏡の向こうにいる。



ちなみに、そもそも私は新聞記者だ、というのも真っ赤な嘘である

以上。

2020-12-23

anond:20201223181433

「そういうのすらもう古臭い、はこっちのセリフだ」という話でした。

わかりにくくてすみません💦

あと「正鵠を得る」の「得る」は「射る」と同じ意味です。

未だに「四六時中ではなく二六時中が正しい」と言ってる人はいません。言葉は変わります

2020-11-30

anond:20201130082203

これは正鵠を射てるよ。要はいろいろな兼ね合いのある人物偶像化するなと言う話だろ、どんな人物でも良い点悪い点あるのに、二次キャラ化(偶像化)すると悪い点が全部消えてネタとして消化されるため正当な評価が消える。現代関係ない歴史人物ならまだ許せるが、これを現代人に適用すると意図せず政治的プロパガンダに加担することになる。

2020-08-31

正鵠を射た檄文」をみた感想

お気持ちです。

正鵠を射た檄文」と評価されてる文章を読んだ。

ニュートピで出てきて、普段政治的批判ものに触れないようしてるが、「そんだけすごいなら読んでみようかな」と思ったから。

結論としては、悪意に触れただけで、疲れた

じゃあ、誰ならいいの?

その答えは無かった。

結局、だれがやったって、大きな力を得てそれを誠実に利用し続けることなんて出来ないんだろうな、という諦めがある。

支持してるわけでもない。

興味がないだけ。

期待しても何も変わらない。

1人の力では何も変えられない。

だったら、深く関わらないで、自分人生をなんとか生き抜くほうが楽だ。

私は楽だから、「どちらでもない」を選ぶ。

まあ選挙の時は毎度選挙候補公約とか読みながら投票してる。

当たり前だけど。

母が「アベノミクスのお陰でパートの時給上がったから、安倍さんでいいかな」と言ってたのを思い出す。

私の周囲にとって政治とはその程度なのだ

2020-08-27

中学高校数学にいわゆるユークリッド幾何学不要

ここでいう「ユークリッド幾何学」とは、座標空間ベクトル三角関数微分積分などの解析的手法を用いないいわゆる総合幾何学のことです(*1)。2020年8月現在高校数学カリキュラムでいえば、「数学A」の「図形の性質」に該当する分野です。

ユークリッド幾何学不要だと思う理由単純明快で、何の役にも立たないからです。大学に入って、「補助線を引いて、相似な三角形を作って~」とか「コンパスと定規による作図」みたいなパズルゲームをやることは絶対にありません(*2)。これは常識で考えても分かると思います。たとえば工学研究で、ある物体の弧長や面積などを測定しなければならないとして、ユークリッド幾何学の補助線パズル適用できる多角形や円などしか測れないのでは話になりません。一方、座標空間ベクトル三角関数微分積分などの手法一般的現象記述する上で必ず必要になります

もちろん、たとえば三角比定義するには、「三角形内角の和は180度である」とか「2角が等しい三角形は相似である」といった初等幾何学性質必要になります。そのようなものを全て廃止せよと言っているわけではありません。しかし、高校1年生で習う余弦定理:

OABに対して、|AB|^2 = |OA|^2 + |OB|^2 - 2|OA||OB|cos∠AOB

証明してしまえば、原理的にはユークリッド幾何学問題は解けます。それ以降は、ユークリッド幾何学的な手法問題設定にこだわる必要はないと思いますし、実際それで問題ありません。

現状、少なくない時間ユークリッド幾何学に費やされています数学の1単元を占めているだけではなく、その他の単元にもユークリッド幾何学の発想に影響された例や問題が多く登場します。たとえば、複素平面において4点の共円条件や垂直二等分線を求めさせる問題など。そして最も労費されているのは生徒の自習時間です。以前よりマシになったとはいえ大学入試等には技巧的な図形問題が出題されるため、受験生はその対策に多大な時間を費やしています

高校数学では以下のような事項が重要だと思いますユークリッド幾何学を学ばせている時間があったら、このような分野を優先的に修められるようにすべきです。

これらの分野は数学手法としても非常に強力ですし、大学以降で数学を学ぶ際、現実的問題数学物理問題として正確に記述する際に必ず必要になります。仮にユークリッド幾何学が何らかの場面で応用されるとしても、微分積分などと同レベル重要だと真剣に主張する人っていらっしゃるでしょうか?

ユークリッド幾何学初等教育で教えるべきだとする根拠には、大雑把に言って以下の4つがあると思います

  1. ユークリッド幾何学では証明の考え方を学ぶことができる
  2. 図形問題代数や解析の問題よりも直感的で親しみやす
  3. ユークリッド幾何学問題を解くことで「地頭」「数学直観」などが鍛えられる
  4. ユークリッド幾何学歴史的重要である

しかし、これらはいずれも正鵠を射ていません。

まず①は明らかにおかしいです。ユークリッド幾何学に限らず、数学のあらゆる命題証明されるべきものからです。高校教科書を読めば、相加平均・相乗平均の不等式、点と平面の距離公式三角関数加法定理微分ライプニッツ則や部分積分公式など、どれも証明されていますそもそも数学問題はすべて証明問題です。たとえば、関数極値問題は、単に微分が0になる点を計算するだけではなく、そこが実際に極値であるかそうでないか定義や既知の性質に基づいて示す必要があります。したがって、ユークリッド幾何学けが特に証明の考え方を学ぶのに有効だという理由はありません。

②もおかしいです。図形問題を扱うのはユークリッド幾何学だけではないからです。ベクトル微分積分でも図形問題を扱います。たとえば、三角形の5心の存在や、チェバの定理メネラウス定理などはベクトルを用いても容易に示すことができます。また言うまでもなく、曲線の接線は微分で求めることができ、面積や体積は積分で求めることができます。また、ユークリッド幾何学手法問題ごとに巧い補助線などを発見しなければいけないのに対し、解析的な手法一般方針が立てやすく汎用的です。したがって、図形問題を扱うのにユークリッド幾何学手法にこだわる理由はありません。

③は単なる個人思い込みであり、科学的な根拠はありません。そもそも数学教育の目的は「地頭」などを鍛えることではなく、「大学や実社会において必要数学素養を身につけること」のはずです。また、これも上ふたつと同様に「ユークリッド幾何学以外の数学では、『数学直観』などは鍛えられないのか」という疑問に答えられておらず、ユークリッド幾何学特別視する理由になっていません。

④もおかしいです。そもそも歴史的重要である」ことと「初等教育で教えるべき」という主張には何の関係もありません。歴史的重要ならば教えるというなら、古代バビロニアインド中国などの数学特に扱わないのはなぜでしょうか。もっと言えば、文字式や+-×÷などの算術記号が使われ始めたのでさえ、数学史的に見ればごく最近のことですが、昔はそれらを使わなかったからといって、今でもそれらを使わず数学記述するべき理由があるでしょうか。

数学重要なのはその内容であるはずです。ユークリッド幾何学擁護する論者は、「(表面的に)計算問題に見えるか、証明問題に見えるか」のようなところに価値を置いて、一方が数学教育的に有意疑だと見なしているようですが、そんな分類に意味は無いと思います

大昔は代数計算方程式の解法(に対応するもの)は作図問題帰着していたようですが、現代でそれと同様の手法を取るべき理由は全くありません。記述する内容が同じであれば、多項式や初等解析のような洗練された方法重要な結果を導きやす方法を用いればよいに決まっています数学史家は別として)。同様に、ユークリッド幾何学も、解析的な手法で解ければそれでよく、技巧的な補助線パズルなどに興じたり、公理的な方法にこだわる必要はありません。

たとえば、放物線は直線と点から距離が等しい点の軌跡として定義することもできますが、初等教育重要なのは明らかに2次関数グラフとして現れるものです。放物線を離心率や円錐の断面などを用いて導入したところで、結局やるのは二次関数の増減問題なのですから最初から2次関数グラフとして導入するのは理にかなっています数学教育の題材は「計算問題証明問題か」などではなく、このような観点で取捨選択すべきです。

三角比などを学んだあともユークリッド幾何学を教えたり、解析的な手法では煩雑になるがユークリッド幾何学範疇ではエレガントに解けるような問題を出して受験生を脅したりするのは、意味が無いと思います。それは、「掛ける数」と「掛けられる数」を区別したり、中学連立方程式を学ぶのに小学生鶴亀算を教えるのと同様に、無駄なことをしていると思います

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(*1)

現代数学では、n次元ベクトル空間R^n = Re_1⊕...⊕Re_nに

(e_i, e_j) = δ_i,j (クロネッカーデルタ)

内積定義される空間上の幾何学はすべてユークリッド幾何学に分類されます。したがって、上にあげた座標空間ベクトル微分積分、一次変換なども敢えて分類すればユークリッド幾何学です。しかし、ここではその意味でのユークリッド幾何学不要と言っているのではありません。飽くまでも、技巧的な補助線問題や、公理的な方法にこだわることが不要だと言っています

(*2)

数学科の専門課程で学ぶガロア理論では、コンパスと定規による作図可能性が論じられますが、これは「作図問題ガロア理論が応用できる」というだけであり、「ガロア理論を学ぶのに作図の知識必要」というわけではありません。

2020-07-08

anond:20200708131233

大した数も読んでないんだろうにいいかげんグチグチうぜえわ

せめて正鵠を射た面白みのある批判を書けよ

2020-06-12

anond:20200612185539

そういう言葉を投げかけて悦に入っている限り、お前のようなヤツは一生文章で人を楽しませる側には立てない

ユーモアってのは「なりきる」所からまれとき自分キャラをも脚色して見せるのが「書く力」ってもんだ

臭いだと? 臭い方が読んでておもしろいだろ? 感じた印象をそうやって針小棒大にすることで、ようやく他人様が「面白がれる」レベルまで話が膨らむんだよ

わかんないだろうな、お前のような人に冷や水ぶっかけて「自分はまともです」みたいな顔してる人間の、人の顔色伺った文章か、人を嘲るかの面白みのない文章が当たり前になっちゃってるやつには

例えばお前のその「きっつ」みたいなレスポンスをしても、それにブクマがつくことはないだろう?

だが俺のようなわざと発狂したような、けれどどこか正鵠を射るような文章であれば、たまにブクマがつくこともあるんだよ

2020-04-27

anond:20200427172141

実際のところフェミニズム、ひいてはフェミニズムが下敷きにしている20世紀中期~後期の社会科学人権論は、多かれ少なかれマルクス主義マルクス主義への応答を基本としているので、この増田の指摘は増田自身が思っているよりもずっと正鵠を突いている。

 

ルーマン偶有性とかフーコーの生権力とか取り入れだすと、フェミニズム自体がうまく成りたたないんだよな。

女性搾取されることによって男性支配してきたのだ~」とかいうことになっちゃうので。

しかもこのほうが話としては面白い

2020-04-06

嫌いなレビュワー

引用元ネタを延々と書き連ねて自分知識アピールしてくるタイプ

作品思想や発想、ウィット、心情、テーマなどを掘り下げることができないかわりに、やたらとこの監督はあーだと言い始める。

それお前の意見じゃないでしょ。お前は歩くウィキペディアかと。

松本人志が「映画見るときに何かと偉い人の意見を借用するやつが多いが、まずは自分感想を書いてほしい」といってたのは正鵠を得ている。まあ自分感性というテーマ自体非常に分類が難しい分野ではあるけど。

2020-01-21

ニトリCM 回答編

https://anond.hatelabo.jp/20200118002721

この記事を書いた元増田です。なんかえらいことになった。

たくさんのコメント、少数ながら同意など、本当にありがとうございます

いくつか質問が寄せられているようだし、これだけ賑わせてしまたからには説明責任はあると思うのでいくつか答えさせていただきたいと思います

記事を読んで不快になった方や、謎は謎のままがいいという方はUターンを推奨します。

これかな?→ https://www.youtube.com/watch?v=4ZUEHc64l-U

まさにこれです。この記事リンクを貼ると万が一バズってしまったときに謎のアクセス集中が起き、総本山(ニトリ)に激震が走らないかという危惧があったのだが、その結果がこれだよ!

ニトリ広報「あれ? なんか再生回数伸びてる…」

そうこれを恐れているのよ。でも今のところネットニュースになったりみたいな騒ぎにはならなかったようで胸を撫で下ろした。

なんかもう1万回再生行ってるが俺が初めて見た3日前はせいぜい2000回だったような気がするけどそれとこれの因果関係は気にしないことにした。

記事への反応の中の指摘にもあるように、おそらくこのYouTube動画は時期が来れば消えるだろう。

そうなったあと、CMの内容を知らない人が一体どんなCMだったのか永遠の謎をさまよう事態になり、たとえ真実に辿り着いても、それを知った瞬間の失望を考えるととても哀れになる。

そもそもこれ女性なのか? うーん、女性かなぁ……

いやどう見てもお姉さんでしょうこれは…間違いない。

いや間違いがあると俺が困る。いろんな形の愛があっても構わないとは思っているが、こんな俺でも開きたくない扉はある。たとえもし間違いだとしてもその事実は俺が墓に入るまで俺の耳には入れないでくれ。

自我の無さ、人形感がポイントかな?

プルプル動いているのでワイヤーアクションだろうかな。人が人形役割を強いられていることに、触れるところがあるんだろうね

正鵠を射た指摘だ。マネキンを使うのではなく、血の通った生身の人間人形のように捉えているところが良い。

ソファに着地した瞬間にわずかに体が揺れて人間らしさが現れるところが、頑張って人形してるなと思えてポイントが高い。

正直言ってちょっとわかる。道具にされている感というか、なすがまま感というか、自分の"役割"を受け入れてる感というか。

なんというか、ほんと、ありがとう…でも無理しないでねホントに。

俺の性癖を振り返ると、現実ではありえない非現実的なシチュエーションに置かれている女性という通底するひとつテーマがあって、そのシチュエーションが謎であればあるほどツボを刺激されるようだ。

もしかして時間停止ものとか好きですか?

時間が止まる企画AVに近い感覚なのかな

モノによります。たとえばこれなんかすごく良い。

https://youtu.be/jdJZ31SSimg

Twitter時間停止AVというものが流れてきたんだけど、なんか違った。それは、「時間を停止しますよ」と企画として断っているから、なるほどそういう話なのねと脳が納得して完了して冷めてしまう。

それに対しこのニッセンCMは、何の説明もなく香里奈が停止していたり、香里奈が増殖してワチャワチャしている。この荒々しい世界観が素晴らしい。

同一人物が増殖するというのはフェチとして有名なのでわざわざ触れないが、増殖は特殊シチュエーションとして非常にポイントが高い。

たぶん例のニトリCMよりはわかりやすいと思う。ニトリとかニッセンとか家具フェチってわけではないよ。これで答えになったのかな。

ラピュタで上空からゆっくり下降してくるシータパズーキャッチするシーンはどう思いますか?

ラピュタかあ。いいよね。普通に好きですよ。期待に応えられず大変申し訳ないが、特に下半身が反応したりはしない。

こうした質問があるのは当然だと思う。あんCMでムラムラしたとか言ってたら、女性がふわりと下りてくるのに興奮する特殊性癖と思われても仕方あるまい。

しか空から女の子がってシチュエーション唐突だ。しかし、ペンダントの石が光り輝いたことで空を飛べたというのは絵として十分な説明になっており、話として納得できるので、特に俺のフィルターに異常は起きない。

ちなみにラピュタで一番好きなのはシータムスカのところから救出するシーンです。無駄一般感性アピール

動画を観た感想増田、変形フェチだろ。

かに変形というのもやはり非現実的なシチュエーションとしてポイントが高い。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm28454420

このCM女性がぞうきんをかけているとスーッと掃除機がけに移行していくさまが、妙に機械的な動きをさせられていて実に良い。

これも十分いいのだが、これと別に、細身の普通女性掃除機をかけているとぞうきんがけに移行した瞬間モーフィングで力士に変身するというバージョンがあって、その動画が残っていないのが返す返すも悔やまれる。力士のぞうきんがけのようなパワフルさをもった掃除機というコンセプトは理解できるが、女性自身の体を力士に変身させられるというあまりありがたくはない役回りをさせられているところに強く心を突き動かされたものだった。

さっきから質問の答えになっていない気がしてならず大変申し訳ない。

さっきから例に挙がるものが全部CMだと言われそうだけど、CMアピールの塊だからそれだけ注目を集めることしてくるからCM危険よ。

ソファベッドいい気がするけど布団どうするの問題がね

見た事ないCMだったけどこの増田きっかけで商品に興味を持った。露出って大事やね。

このベッド欲しいな。掛け布団を片しておく空間を用意しないと駄目だけど。

お世話になってしまっといてアレなんだけど、家のスペース的にこのソファベッドは買えないかなぁ。同じ寝る&座るなら俺はコタツ派です。最後にしつこく一般感性アピール

sonzincさん

あなたは何も悪くないよ!いつかは貼られると思ってたから気にしてないよ!てか第三者が貼るならともかく俺本人が貼ると必死でキメェなと思ってたからむしろありがたいよ!

2019-12-24

anond:20191224145817

ひと手間確認の手順を設ければいいと言っているだけ

いつもながらブクマカ諸氏の正鵠を射た見識には震える

匿名でないと口をきけない増田ときブクマカ意見してんじゃねーよ

2019-09-03

anond:20190903132106

今回は「韓国なんて要らない」っていう見出しヘイト扱いされているんだけど。文脈があるから何なの?気を引く為のタイトルダメだっていう話なんだから、「文脈を読め」のどこが正鵠を射てるんだよ?

そもそも絶賛自体自分褒めじゃん。

anond:20190903132608

文脈を読めよ(簡潔にして正鵠を射た指摘)

anond:20190903130824

文脈を読めば理解できるはずだ」という簡潔にして正鵠を射た指摘に対して

「おまえは他人文脈言い訳としてすべて蹴飛ばしてきた人間だ」というのは単なるレッテル貼りしかなく何の反論にもならない。

文盲か?

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