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はてなキーワード: 20歳とは

2020-06-03

人口の9割以上がアセクシュアルだったら性愛感情はすべて異常

とか思った。体外受精普通になったり、なんか社会の変化で感覚が変わってきたら絶対にありえないことではないような気がする。

小児性愛の話を見かけると小4くらいの時に中2くらいの男子に性行為を迫られたことを思い出す。結局何もなかったし名前も顔も忘れたけど。

まだ言葉意味が分からないながらに年齢差について言及し、20歳24歳なら問題ないじゃん?と言われ妙に納得したのだけぼんやりと印象に残っている。

好きな相手がまだ幼いのと特定の年齢層だけが対象なのは違うと思うのだけれど、前者の場合何歳くらいまで待てばいいのだろう。後者はその時期を過ぎた相手に対してどうするのだろう。

2020-06-02

anond:20200602184000

でも文科省20歳で働いてる人もいるかバランスを考えろと言ってたよ

anond:20200602144046

あと10歳か20歳わからんが、もっと体がボロボロだったら死んでたかもな。

生きて戻ってこれて何よりだ。

お疲れ様です。

はいいよな 簡単特殊性癖が満たせて

地方住みの独身アラサー

自分マゾヒストだと自覚したのは20歳前後だったと思う。

処女を失い、オナニー気持ちいいのだと気付き、暇な夜はネットの海でオカズをふらふら探すようになった。

割と性欲と好奇心が強いので、色々なジャンルエロコンテンツに触れたが、SMが一番興奮した。

初めの頃は、イケメンちょっと意地悪される程度のものが好きだったが、次第に深みにハマり、今は剃毛落書きプレイをよく見ている。痛みを伴うものより精神的に服従を感じるプレイ性癖に刺さる。

しかし、現実SMしたことはない。

そして、今、とてもやってみたい。彼氏も1年ほど途切れ、SMコンテンツを眺めながら自慰に耽る日々の中で、体験してみたい気持ちがどんどん大きくなっている。

だが、実際どうすればできるか、と考えるとなかなかどうしてハードルが高い。

まず、彼氏を作って自分マゾヒズムを打ち明けるのには抵抗がある。

恋人には、ある程度対等な関係性を求めているし、虐げられた数時間後に笑顔で一緒にイタリアンランチ、とかできる気がしない。

そもそも普通に出会って恋愛関係になった彼女セックスときに体に肉便器と書いてくれなどと頼んだら破局案件ではなかろうか。

では、プロに頼もうと思っても、現住所は県全体が田舎と言っても過言ではない地方都市である

一応県庁所在地だが、ネット検索してみても、SMバー女性風俗もない。出会い系や掲示板初心者には流石に怖い。

そんな我が街だが、男性用の風俗結構色々あるみたいだ。SMから熟女ニューハーフに至るまで検索すれば一通り出てくる。純粋に羨ましいと思い始めている自分がいる。

東京大阪に行けば、女性用のSM風俗もあるようだが、交通費プレイ費用宿泊費等考えると10万円近くなりそうである。私の現在生活水準では、欲望ブレーキをかけるには十分な金額だ。

そこに今回の新型コロナである緊急事態宣言が解除されたとはいえ、この時期に自分欲望を満たすため、都会に行ったり知らない人と性的接触を持ったりするのは褒められた行いではない。

八方塞がりの私が、満たされる日は来るのだろうか。

p.s 男性への羨望から煽るようなタイトルになってしまったが、書き始めてパッと思いついたので、私の素直な気持ちなのだろう。そのままにしておく。

2020-06-01

35歳無職さん年収0円のリアル

35歳無職独身都内在住、年収0円。

色々思う所あって一年間何もいせずにいようと決めた。

貯金を切り崩しながら生活している。今はそれプラス失業保険もある。

家賃

12万円。間取りは1K。広さは30㎡くらい。

綺麗・駅近・閑静・交通の便良しで不満はないが、無職になった自分には家賃が高すぎる気がして引越したいと思っている。

でも無職でも入居審査って通るのかな…?

普段食事

ほぼ毎日コンビニのお弁当

外食するとしたら近所にある町中華ラーメンハンバーガー等。

1食500円〜1000円程度。

自炊は(働いてないくせに)時間もったいない気がして全くしていない。

コンビニでいつも同じようなものばかり買ってるのであだ名付けられてそう…。

ファッション

楽なのでアウトドア系の服ばかり着ている。

石井スポーツ適当に揃えている。ヨドバシポイントが貯まるようになったのが嬉しい。

趣味

アウトドア系のあまり金がかからない趣味をやっている。

多分年10万円もかかってないと思う。時間がもったいなくて(またかよ)家計簿をつけてないので正確に把握できてないけど。

あとはスポーツジムの会費が月1万1千円くらい。

人並みに映画を観たり本を読んだりもする。

交友関係

ほぼない。

趣味の友人や前職の友人と数ヶ月に1回遊ぶかどうか。

異性関係

ないし、予定もない。

資産

現金750万、投資信託350万。

欲しいけど駐車場代がネックで購入には至っていない。

駐車場代を含めて今の家賃くらい収まる所に引っ越せるなら、予算100万円くらいでアウトドア趣味に使える中古車を買いたいなぁ、と思っている。

毎日何してる?

無職になる前は半分趣味みたいなものづくり系の仕事をしていたので、今は趣味として1日の大半それをやってる。

6月になったので徐々にジム通いも再開したい。無職は体を動かさないと病む。

山や川にもまた行きたいなぁ。

結論

20歳前後から定年まで絶え間なく働き続けられる人ってすごいなぁ。自分には無理だった。

人生のうち働かない期間があってもそれが普通落伍者に見られない世の中になるといいなぁ。

女の体は多産前提に出来ている

生理の回数が多い=妊娠していない期間が長いとかかりやす病気がある。内膜症。癌化もする。

昔の女性栄養不良+多産で、初潮の年齢も遅く生涯の生理回数が50回とかザラだったようだ。50回ですよ。たった50ヶ月。遅めに15歳くらいから整理始まるとしても通しで言えば20歳になる頃には生理が一向に来ない産みっぱなし生活が始まる。ほげえ。

まあ現代ではピル飲んで生理やめればいいだけなんだけど、女の体ってのが予想以上に多産前提にできてて草なんだよなあ

2060年死んでるのかな?

120歳くらいまで平均寿命伸びてる気がする

2020-05-31

anond:20200531175819

20歳24歳……20代ぴちぴち

25歳~29歳 … 20代アラサー

30歳~34歳 … どっぷりアラサー

35歳~39歳 … 30代アラフォー

20歳~29歳 … 20代

30歳~34歳 … アラサー

35歳~39歳 … 30代

2020-05-30

一番遠い世界だと思ってた

小一の夏、父が不倫して蒸発した。

あるとき急に戻ってきて、そこからは居たり居なかったりする人だった。

母は父のことを悪く言わない人だったので私は父を嫌うことはなかった。

結局両親は私が20歳になる年に離婚した。

なんでこのタイミングだったのかはよくわからない。ずっと居たり居なかったりする人なのに婚姻関係が続いてたことが今でも不思議だ。

ちなみに父は今当時の不倫相手と暮している。

私が大人になり結婚して子供を持つことになって、母の苦労やありがたみを改めて感じている。

なのに私はパートナーとは別の人に好意を寄せている。

相手も私のことを想っているように感じる。

まだ一線は超えていないがこのまま流れに身を任せていれば時間問題だと思う。

こんなことになるなんて思ってもいなかった。

自分とは一番遠い世界の話だと思っていた。

一番似たくなかったところが似てしまたかもしれない。

もうすぐ私は父が蒸発した年齢と同い年になる。

2020-05-28

anond:20200527145007

個人時代感覚って大きく分けて「生まれる前」「小学校低学年ぐらいまで」「学生の間」「それ以降」に分かれるのかなと思っている。

から1980年前後まれ自分場合オイルショックが少し面白い

第一次(1973-74)は歴史上の出来事という感覚

二次(1980-81)は、記憶は無いけどかーちゃんは幼い俺を抱えて右往左往したのかな、と少し当事者感覚がある。

1990年代後半は今でも有名な人だと、B'zやミスチルTMRポルノグラフィティ山崎まさよしとかが活躍してた。

から、当時学生だった自分は、音楽的な感覚だと「現代の音楽」という感覚がある。

でもこれは、例えば今20歳の人からすると「生まれる前からの人」なので、前時代音楽に感じるのかな、と思う。

自分感覚に置き換えると、例えば「神田川」のかぐや姫や「結婚しようよ」の吉田拓郎かに対する感覚に近いのかなと。

(この辺は各世代の人に詳しく聞いてみたい)

「それ以降」に関しては興味ある分野はある程度変遷が分かるけど、無い分野は全部まとまっちゃうね。

例えば自分アイドルには興味薄いので、モーニング娘はまだしも、AKBももクロ欅坂も全部ごっちゃの「最近アイドル」という感覚

興味ある分野も、若い頃に比べると時間の流れが速く感じるので、2-3年ぐらいなら最近と思えてしまう。

学生の頃は半年前ですら一昔前の感覚だったけど。

2020-05-27

追記小説が読まれない

なんか、みんながカチンとくるようなこと書くけど、多分色々ブーイングくるだろうけど

小説書き続けるのがキツくなってきて、何か手がかりがほしいので書かせてくれ。

自分小説を書く能力があるんだと信じてた。

から時々ネット小説をあげていた。

20歳の頃は自サイトにあげてたのだけど、それを見てくれたチャット仲間の人から「○○さんすげえ」とぼそっと言われた。

mixiにあげてた時は、好きな人から天才とはその人を通じて別の世界が見え隠れするような人のことだと思った」と言われた。

会社の同僚たちに小説アップしてた裏垢知られた時は「これがtwitterじゃなければいいね連打したい」「芸大試験ってフィルターがあるからこういうかっ飛んだ本物の人とは会えなかった」と言われた。

twitter投稿してる時はいいねすらつかないけど、後日オフで会った時は「あの小説面白いと思う」とか言われることもパラパラあった。

から書いた。書いて小説サイト投稿した。エブリスタと小説家になろう。

でも、全く読まれない。

作風は、なんとも言えない。意味ありげおとぎ話や詩の世界を長文化したような作風

イケメン美女恋愛すらほとんど出てこない。

ほかの作品を見ても自作は異色だと思う。

世の中字書きは多い。小説も山程あふれてる。

読む側からしても異色のものを読むのは気力がいるし、同じような作品を慣れた感覚で読めるほうが楽だろう。

しかし、じゃあ、小説ダメなんだろうか。

もっと数こなして何本も書ききって色んなコンテストに応募すべきだと思うのだけど、気力が弱って力が出ない。

信じる力が足りないのだろうか。これしかできないのに

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追記

みんなありがとう

書く、賞に出す、感想がもらえる場所を探す、児童文学でやってみる。

冒頭にあんなことを書いたけど私は才能とかはあまり考えてなくて、作家会社員と同じく書いては評価されてを繰り返して筆力をあげていくものだと思っているので、その鍛錬の場がなくて弱っていた。

webで読まれない私が賞なんて…」と尻込みしてたけどもっと貪欲感想もらいにいってみよう。がんばるよ

2020-05-25

子供が働くことを前提に出産するのって邪悪じゃね?

ペット飼うときはさ、最後まで面倒みられるっていうのが最低限の前提とされるわけじゃん

イヌが80年生きるとなったら少なくとも独身者はなかなか手出せなくないか?世話できなくなっちゃうから

でも子供はどうよ 完全に自分らの都合で生み出すって点でペット飼うのと変わらんし、むしろ知能が高いぶんより慎重になるべきじゃん 大きくなって可愛くないからもう世話しきれないの!なんて抜かしたらボコボコにされて然るべきじゃん

ところが実際は、「20歳になったらもう子供じゃない」「いつまでも親に頼るな」みたいな言説が幅をきかせてる

これなんでなんですかね 犬5匹を助けるか人ひとりを助けるかって状況があったらたぶん人のほうを助ける人が多いじゃん 法的にも動物はいくら殺したって死刑にはなんないけど人はふたりも殺せばほぼ死刑 人間が一番大切って価値観で動いてるわけだ

そのわりに自分で生み出した人間の世話に関しては全然責任とらなくていいってことになってるのはなぜだ 80年生きる生き物を最初20年面倒みたら充分やったことになるってのはかなり異常じゃねえか?

ネコ20年くらい生きるとして、「5年育てたし、もう大きくなって独り立ちできるから!この子自主性に任せたい!」つって野に放つ奴がいたらどう思うかって話だ

親は子がニートになってもそれなりの暮らしを一生させてやれるもんじゃないといけなくないか?働かせることを前提に子供を産むのは残酷じゃないか

「生まれてきてくれてありがとう20年だけ面倒見て残りの60年は自力でやってもらうよ、労働頑張ってね」良心の呵責は生じないのか?

2020-05-23

柑橘系すだちを巣立ちにかけて

20歳くらいのやつらに売りつける商売なんでないの

2020-05-15

飼い猫が死んだ

実家で飼ってるから一年近く見てなくて、昨日死んだと両親から連絡があった。

20歳なんでまあ大往生だ。飯を食わなくなって衰弱死ってことで、苦しかったろうがまあ順当な死に方だ。

で、昨日やつが夢に出た。帰省していて、食卓で猫のことが話題になる。そういえば死んだんだった、でも未だにその辺にいるような気がするよ、というような話をしたあと二階に上がると、視界の端を猫がかすめる。おるやんけ!と思って見るといなくて、やはり死んだのだなと思う。そういう夢だった。

起きたら泣いてた…なんてこともなく、ホ〜ン程度の受け止め方だったんだが「死んだ飼い猫がその日に夢に出る」っていうとなんだか突然いい話っぽくなる。

やつは挨拶に来てたのか?しかしそんなに懐いてなかったしな。しかも夢の中でも死んでたし…

たいして仲良くはなかったが、俺はまあ好きだった。冷たかったがいい猫だったと言えるだろう。最後にチョロっと夢に出演してくれたと思うとホッコリするような気もする。

結構長い付き合いだし死んだらさぞ悲しかろうと思ってた割にたいしてショックも悲しみも(少なくとも今は)ない。

なんというかしまらないけど、まあ人生そんなもんかもな。

2020-05-12

20歳そこらで企業謝罪させた成功体験を得れば、万能感に包まれても仕方ないよ。

次々謝罪を引き出したくなるのが人情ってものだよ。

年寄りぶってるわけじゃなくて本心なわけ

じゃあお前ら25歳と20歳が同じだと思うのかよ

自分が25歳の時もそう思ってたのかよ

2020-05-11

anond:20200511180627

30歳って20歳にようやっくなったくらいの感覚やで。

モテるために努力するのはダサいと感じてしま

やっぱり中学生の時に早熟な男女がカップルになった時に、それを冷やかしてたノリが20歳代になっても残っちゃってるんだよなぁ。

カップル=冷やかされる=異性と付き合うのは恥ずかしい的な図式が頭の中で出来てしまってる。

どこかで矯正出来れば良かったが、顔も性格もあれなのでここまで来てしまった。

もう一生独身なんだろうなぁ。

覚悟はしてるけど辛い。

2020-05-04

岡村本田翼口説くコント拒否したっていい

いまさら岡村謝罪ラジオを聞いた。発言問題点や公開説教の是非について色んな意見ネットで読んだけど、全然言及されてない「本田翼口説くコント拒否すんな、ダサい」「20歳女優岡村デートするなんて真骨頂やん」という部分が自分はかなり疑問に思った。

矢部結婚恋愛を勧めたことへの批判もあるけど、相手を一人の人間として尊重してしっかり向き合え、そのためには今まで怖がって避けてきた彼女を作るのがひとつ手段だ、というのはアドバイスとしてはまぁ頷ける。ただ、それはあくまプライベートな部分であって、タレントとしてテレビでどのように振る舞うかということとはまた別だと思う。

岡村過去交際相手とのセックス体験アプローチしてきた女性タレントの裏切等のトラウマから女性不信になったというのは、熱心なリスナーではない自分でも、テレビで見聞きしてきた。「合法的セックスする相手恋人結婚相手)がいないか風俗に行って性処理する」トーク自虐としてできても、モテないキャラ恋愛下手キャラとして拙い口説き文句やぎこちないデート姿をカメラの前に晒すのに抵抗があるのは仕方ないことではないか

そうした小さなプライドが積み重なった結果がいまの岡村をこじらせ、がんじがらめにさせてると思うけど、「笑われる/笑わせるにこだわるな」「モテないおっさんキャラを受け入れろ」「偉くなったからってスタッフに求められる役割放棄するな」という発言は聞いていてかなり辛かった。「既婚者のノブよりも独身岡村がやる方が滑稽で面白い」というのもお笑いセオリーとしては理解はできるけど、本人が触れられたくない恋愛絡みの演出拒否する権利はあるだろう。共演NG家族の話NGバンジーNG、辛いものNG……というタレントだっていくらでもいるだろうに。

そこを打破することで景色が変わる、一皮むける、という言い分もわかるけど、みんなが見たいタレント岡村押し付けず、本人が折り合いつけられる部分を見つけてまた笑わせてほしい。

2020-05-02

デビューできないで辞めたジャニーズjrのその後

ジャニーズjrは1年に200人採用されて、数年に1回5人~7人くらいデビューできるから、大半は辞めていっている。

その後どうなるのだろうと思っていたが、

https://www.hakuhodody-media.co.jp/column_topics/column/media_content_business/20190314_24835.html

博報堂DYメデイアパートナーズのコラムに、社員小原裕貴(前列中央)が載っていて、彼こそ9年間jrをやり20歳引退した元jr現在

39歳の妻子持ちの会社員一般人のはずなのに、Wikipediaが作られている。

やっぱり一度芸能界に足を踏み入れると、あの人は今的に追われ続けるし、簡単に捕捉できてしまものなんだな。

[]anond:20200502065319

14歳初体験が無色だった話

このコロナ禍でテレビ局は収録を行えず、音楽番組歴代のヒットソングを流し続けている。

私はこの手の音楽番組は嫌いじゃない。小中学生時代うんざりするほど聴いた曲を「懐かしむ」という新鮮な感覚で聴けるようになった今は、テレビの中の歌手と大合唱するのが楽しくて、つい観てしまう。

この日もまた、その手の音楽番組で盛り上がっていた。学生時代、熱心に聴いていた00年代のヒットソングメドレーとなると、私は息つく暇もなく歌声を重ねる。

歌詞を見ずとも完璧に歌えるその数々に酔いしれ、天井を仰ぐご機嫌な私の歌声は、ある曲がかかった途端ピタリと止んだ。

2005年のヒットソングレミオロメンの「粉雪」。この曲は、当時14歳だった私の「初体験」を彩るテーマソングだ。仰いだ天井とそのイントロが、あの日ラブホテル天井だんだんと思い出させる。

中学校生活の終わりをもうすぐ迎える私は焦っていた。その焦りとは、受験や、進学で離れ離れになる友達との別れに対するものではない。「初体験」を済ませていない自分に対する、ハッキリとした焦りだった。

私の周りの女の子たちは皆早くて、それぞれどこかで仕入れた「年上の男」とさっさと初体験を済ませていた。

中には「2回目は公園でヤった」とか、「毎日学校トイレでパコってる」と語る者もいて、私は公園トイレに行く度に「ここでパコパコ…」と感心していた。

一方私は、友達の家でファミチキを食べて帰るだけの中学生。身なりはギャルで、毎日公園トイレでパコっていそうなのに、処女なのだ

私は心底情けなかった。親から毎日公園トイレでパコっていると思われているのか、夕食の時に突然「コンドームは付けなさい」と注意される自分が。「まだパコってねえよ!」とも言い返せず、部屋にこもってeggアニマルトークを読む日々が。

そもそも、中2の時に「塾に行きたい」と親に頼んだのが間違いだった。周りの女の子たちと同じように、夜中にどっかの年上の男にナンパされ、雑木林初体験を済ませることを夢見ていた私は、夜遊びをするために塾に通うことを思いついたのだ。

それで私は、親に「高校に通いたいから塾に通わせてくれ」と懇願した。雑木林でパコりたい私の目論見を知ってか知らずか、親は「そうか、そうか!」と快諾し、私に2人の家庭教師を付けた。

高校に通いたいなんて嘘をつかずに、「雑木林でパコりたいから塾に行くフリをしたいんだ」と正直に言えばよかったバカからと2人も家庭教師を付けられ、週4日、16時から始まる授業に間に合うように、家に帰る生活を送ることになるとは。

からといって、親に反発することはなかった。「お金がない」と言いながら月謝を払う親を裏切ることはできなかったし、口火を切ったからにはやってやるというギャルの意地があったから。

そうして夜遊びと無縁な日々を送った私は、2人の優しい先生のおかげもあって、中3の夏頃に実施された定期テストで89点という高得点数学で叩き出した。

それ以外は50点前後というしょっぱい点数で、この奇跡の89点は功を奏さず、成績の5段階評価オール1からオール2に上がる程度だったが、私の中にはいしか高校に行きたい」という思いが芽生え始めていた。噓から出た実とはまさにこのことである

そうなると志望校を決めなければならない。しかし、私の学力でいける校則のゆるい高校を探すのは困難を極めた。いくらページをめくっても、「ゥチの高校鬼ギャルの格好ができるょ↑↑」とか、「ルーズは120センチまでォッケー⭐︎」と、eggのノリで高校を案内しない『首都圏高校受験案内』に何度失望したことか。

選べる身分ではないことに気付き始めた頃、私はインターネットの力に頼った。すると早速、OB受験生の質問に答えてくれるという優しい掲示板を探し当て、「ゥチの行ってた高校ギャルの格好ができるょ↑↑って人L lますヵゝ??」と書き込んでみた。

しばらく経って、スレッドが埋まりかけた頃、ようやく1件のレスがついた。「教えてあげるから、会わない?」という、見るからに怪しいレスだった。

その怪しさに、私は戸惑うよりも先に沸き立った。「この怪しいレスをつけた人に会えば、初体験を済ませられるかもしれないぞ」と。このバカは、いくら優秀な家庭教師でもなおせなかったのだ。

私はうぶなふりをして、20歳の男のメールアドレスを聞き出し、「静かなところで話したいから、ホテルで会わない?」という誘いに乗った。ああ、お父さんごめんなさいなんて、一瞬も考えなかった。

私にもついにこの時が来たかと思うと、感慨深いばかり。土曜の昼間のラブホテルだなんて、夜中の雑木林より立派じゃないか誕生日を間近に控えた14歳の冬にして、ようやく初体験を済ませることになったのだ。

いつもより濃い化粧と派手な服に身を包んだ私は、待ち合わせ場所の改札前で20歳の男を待っていた。あと10分もすれば、初体験相手が改札の向こうから現れる。

周りの女の子たちには、インターネット出会った男と昼間にパコったなんて恥ずかしくて言えないから、夜中にナンパしてきたギャル男とラブホでパコったと言おう。そういろいろと考えていると、後ろから「あの…」という細い声が聞こえた。

振り向くと、うつむいた男が立っている。私は、その男が何者かということより、「私より髪が長いなあ」というぼんやりとした感想を抱いて、返事もせずにその長髪を眺めていた。

すると男は「…行こうか」と言って歩き出した。私はようやく「この男が私の初体験の男なのだ」ということに気付き、何とも言えぬままなびく髪を追いかけた。

道すがら、男は何かを話しかけてくるのだが、喧騒に遮られて聞こえない。その何かが物騒なことだったらどうしようと、この期に及んで恐怖を感じた。

それでも私は、時々見える男の表情が笑顔であることだけを頼りについて行く。男の声がはっきりと聞こえたのは、ラブホテルロビーに入ってからだった。

男は「どこでも良いよね」と言って光るボードボタンを押すと、小さなから鍵を受け取り、エレベーターボタンを押した。その一連の流れを見て、こう言っちゃなんだが、こんなもさい男でも慣れているんだなと変に安心した。

部屋に入り腰掛けた瞬間、私はどんな顔をしていればいいのかわからなくなって、一気に緊張した。もしかしたら本当に高校について教えてくれるだけかもしれないけれど、黙ってテレビを眺める男の様子からはその気配を感じられない。

男が突然、「俺、宮崎あおいが好きなんだよね」と呟いた。テレビを見ると、宮崎あおいが何かの新商品をとびっきりの笑顔宣伝している。そして、「シャワー浴びてくる」と言って風呂場へ消えていった。

その時、なぜかわからないけど落ち込んだ。この感情は、同級生男の子告白をした時、「今は勉強に集中したいから」と言ってフラれた悲しみに似ている。だけど、それとは全く違う。なぜかわからないけど、泣きそうになった。

タバコ匂いシャンプー香りが入り混じる部屋で、私はシャワーの音が止むのを待った。そして、揺れる長い髪と、かすめるラブホテル天井を、私はぼんやりと見つめていた。

別れ際、男の顔が聖徳太子に似ていることに気付いた。参考書でよく見た顔だからか、それとも肌を重ねた相手からか、この時になってようやく男に親近感が湧く。しかし男は名残惜しむことなく、私の「ありがとうございました」をかき消すように「じゃあ」と言って、改札を抜けていった。

私は、股が痛くて歩きづらいことや血は意外と出ないという、ありきたりな初体験の事後を実感したけれど、この心と体にしっくりくる初体験感想は見つからず、モヤモヤした。

それからしばらくして、いよいよ志望校が決まった頃、私はまだ何かに焦りながら音楽番組をよく観ていた。誰かの曲の歌詞や声、MV演出といった美しいものに、あれからずっと見つからなかった初体験感想を当てはめて、早く落ち着きたかったのかもしれない。

そして私は、「粉雪」を歌うレミオロメンボーカルを見て「聖徳太子に似ているな」という感想を抱いた時、ようやく落ち着いた。求めていた美しいものではない、その味気ない感想が、初体験感想としてしっくりくるものだったのだ。

揺れる長い髪やかすめた天井宮崎あおい最後になぜか聖徳太子に似ていることに気付いて沸いた親近感、「何がありがとうございますだったんだろう」と考えながら歩いた帰り道、全てが無色だったことに気付いたのだ。

聖徳太子に似ているような気がするレミオロメンボーカルが、私の初体験を彩る色はなかったことを知らせるように、心と体の深いところで鳴り響いただけなのだ

天井ぼんやりと見つめている間に、音楽番組10年代のヒットソングメドレーを流していた。初体験を白く染められたなら、この天井よりももっと高いところに返せるのになあ、などと考えている間に。

14歳初体験が無色だった話

このコロナ禍でテレビ局は収録を行えず、音楽番組歴代のヒットソングを流し続けている。

私はこの手の音楽番組は嫌いじゃない。小中学生時代うんざりするほど聴いた曲を「懐かしむ」という新鮮な感覚で聴けるようになった今は、テレビの中の歌手と大合唱するのが楽しくて、つい観てしまう。

この日もまた、その手の音楽番組で盛り上がっていた。学生時代、熱心に聴いていた00年代のヒットソングメドレーとなると、私は息つく暇もなく歌声を重ねる。

歌詞を見ずとも完璧に歌えるその数々に酔いしれ、天井を仰ぐご機嫌な私の歌声は、ある曲がかかった途端ピタリと止んだ。

2005年のヒットソングレミオロメンの「粉雪」。この曲は、当時14歳だった私の「初体験」を彩るテーマソングだ。仰いだ天井とそのイントロが、あの日ラブホテル天井だんだんと思い出させる。

中学校生活の終わりをもうすぐ迎える私は焦っていた。その焦りとは、受験や、進学で離れ離れになる友達との別れに対するものではない。「初体験」を済ませていない自分に対する、ハッキリとした焦りだった。

私の周りの女の子たちは皆早くて、それぞれどこかで仕入れた「年上の男」とさっさと初体験を済ませていた。

中には「2回目は公園でヤった」とか、「毎日学校トイレでパコってる」と語る者もいて、私は公園トイレに行く度に「ここでパコパコ…」と感心していた。

一方私は、友達の家でファミチキを食べて帰るだけの中学生。身なりはギャルで、毎日公園トイレでパコっていそうなのに、処女なのだ

私は心底情けなかった。親から毎日公園トイレでパコっていると思われているのか、夕食の時に突然「コンドームは付けなさい」と注意される自分が。「まだパコってねえよ!」とも言い返せず、部屋にこもってeggアニマルトークを読む日々が。

そもそも、中2の時に「塾に行きたい」と親に頼んだのが間違いだった。周りの女の子たちと同じように、夜中にどっかの年上の男にナンパされ、雑木林初体験を済ませることを夢見ていた私は、夜遊びをするために塾に通うことを思いついたのだ。

それで私は、親に「高校に通いたいから塾に通わせてくれ」と懇願した。雑木林でパコりたい私の目論見を知ってか知らずか、親は「そうか、そうか!」と快諾し、私に2人の家庭教師を付けた。

高校に通いたいなんて嘘をつかずに、「雑木林でパコりたいから塾に行くフリをしたいんだ」と正直に言えばよかったバカからと2人も家庭教師を付けられ、週4日、16時から始まる授業に間に合うように、家に帰る生活を送ることになるとは。

からといって、親に反発することはなかった。「お金がない」と言いながら月謝を払う親を裏切ることはできなかったし、口火を切ったからにはやってやるというギャルの意地があったから。

そうして夜遊びと無縁な日々を送った私は、2人の優しい先生のおかげもあって、中3の夏頃に実施された定期テストで89点という高得点数学で叩き出した。

それ以外は50点前後というしょっぱい点数で、この奇跡の89点は功を奏さず、成績の5段階評価オール1からオール2に上がる程度だったが、私の中にはいしか高校に行きたい」という思いが芽生え始めていた。噓から出た実とはまさにこのことである

そうなると志望校を決めなければならない。しかし、私の学力でいける校則のゆるい高校を探すのは困難を極めた。いくらページをめくっても、「ゥチの高校鬼ギャルの格好ができるょ↑↑」とか、「ルーズは120センチまでォッケー⭐︎」と、eggのノリで高校を案内しない『首都圏高校受験案内』に何度失望したことか。

選べる身分ではないことに気付き始めた頃、私はインターネットの力に頼った。すると早速、OB受験生の質問に答えてくれるという優しい掲示板を探し当て、「ゥチの行ってた高校ギャルの格好ができるょ↑↑って人L lますヵゝ??」と書き込んでみた。

しばらく経って、スレッドが埋まりかけた頃、ようやく1件のレスがついた。「教えてあげるから、会わない?」という、見るからに怪しいレスだった。

その怪しさに、私は戸惑うよりも先に沸き立った。「この怪しいレスをつけた人に会えば、初体験を済ませられるかもしれないぞ」と。このバカは、いくら優秀な家庭教師でもなおせなかったのだ。

私はうぶなふりをして、20歳の男のメールアドレスを聞き出し、「静かなところで話したいから、ホテルで会わない?」という誘いに乗った。ああ、お父さんごめんなさいなんて、一瞬も考えなかった。

私にもついにこの時が来たかと思うと、感慨深いばかり。土曜の昼間のラブホテルだなんて、夜中の雑木林より立派じゃないか誕生日を間近に控えた14歳の冬にして、ようやく初体験を済ませることになったのだ。

いつもより濃い化粧と派手な服に身を包んだ私は、待ち合わせ場所の改札前で20歳の男を待っていた。あと10分もすれば、初体験相手が改札の向こうから現れる。

周りの女の子たちには、インターネット出会った男と昼間にパコったなんて恥ずかしくて言えないから、夜中にナンパしてきたギャル男とラブホでパコったと言おう。そういろいろと考えていると、後ろから「あの…」という細い声が聞こえた。

振り向くと、うつむいた男が立っている。私は、その男が何者かということより、「私より髪が長いなあ」というぼんやりとした感想を抱いて、返事もせずにその長髪を眺めていた。

すると男は「…行こうか」と言って歩き出した。私はようやく「この男が私の初体験の男なのだ」ということに気付き、何とも言えぬままなびく髪を追いかけた。

道すがら、男は何かを話しかけてくるのだが、喧騒に遮られて聞こえない。その何かが物騒なことだったらどうしようと、この期に及んで恐怖を感じた。

それでも私は、時々見える男の表情が笑顔であることだけを頼りについて行く。男の声がはっきりと聞こえたのは、ラブホテルロビーに入ってからだった。

男は「どこでも良いよね」と言って光るボードボタンを押すと、小さなから鍵を受け取り、エレベーターボタンを押した。その一連の流れを見て、こう言っちゃなんだが、こんなもさい男でも慣れているんだなと変に安心した。

部屋に入り腰掛けた瞬間、私はどんな顔をしていればいいのかわからなくなって、一気に緊張した。もしかしたら本当に高校について教えてくれるだけかもしれないけれど、黙ってテレビを眺める男の様子からはその気配を感じられない。

男が突然、「俺、宮崎あおいが好きなんだよね」と呟いた。テレビを見ると、宮崎あおいが何かの新商品をとびっきりの笑顔宣伝している。そして、「シャワー浴びてくる」と言って風呂場へ消えていった。

その時、なぜかわからないけど落ち込んだ。この感情は、同級生男の子告白をした時、「今は勉強に集中したいから」と言ってフラれた悲しみに似ている。だけど、それとは全く違う。なぜかわからないけど、泣きそうになった。

タバコ匂いシャンプー香りが入り混じる部屋で、私はシャワーの音が止むのを待った。そして、揺れる長い髪と、かすめるラブホテル天井を、私はぼんやりと見つめていた。

別れ際、男の顔が聖徳太子に似ていることに気付いた。参考書でよく見た顔だからか、それとも肌を重ねた相手からか、この時になってようやく男に親近感が湧く。しかし男は名残惜しむことなく、私の「ありがとうございました」をかき消すように「じゃあ」と言って、改札を抜けていった。

私は、股が痛くて歩きづらいことや血は意外と出ないという、ありきたりな初体験の事後を実感したけれど、この心と体にしっくりくる初体験感想は見つからず、モヤモヤした。

それからしばらくして、いよいよ志望校が決まった頃、私はまだ何かに焦りながら音楽番組をよく観ていた。誰かの曲の歌詞や声、MV演出といった美しいものに、あれからずっと見つからなかった初体験感想を当てはめて、早く落ち着きたかったのかもしれない。

そして私は、「粉雪」を歌うレミオロメンボーカルを見て「聖徳太子に似ているな」という感想を抱いた時、ようやく落ち着いた。求めていた美しいものではない、その味気ない感想が、初体験感想としてしっくりくるものだったのだ。

揺れる長い髪やかすめた天井宮崎あおい最後になぜか聖徳太子に似ていることに気付いて沸いた親近感、「何がありがとうございますだったんだろう」と考えながら歩いた帰り道、全てが無色だったことに気付いたのだ。

聖徳太子に似ているような気がするレミオロメンボーカルが、私の初体験を彩る色はなかったことを知らせるように、心と体の深いところで鳴り響いただけなのだ

天井ぼんやりと見つめている間に、音楽番組10年代のヒットソングメドレーを流していた。初体験を白く染められたなら、この天井よりももっと高いところに返せるのになあ、などと考えている間に。

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