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2021-06-21

anond:20210620223246

それって家庭環境問題があったか、その子統合失調症だったかのどちらかだと思ったわ。

私の姉は高校のころまではまさに増田みたいなタイプで、中学のころはバスケ部高校のころは音楽部の部長まで務めていたけど、統合失調症発症してからはそのれいなちゃんみたいになったよ。

身だしなみを整えられなくなって、毎日同じ服を着てるから臭くて、歯も磨かないし顔も洗わないから唇の端に白い粘膜の塊(?)みたいなものがついてても平気な不潔な人間になった。賢かったのに精神年齢子供のようにもなってしまった。字も、小さくて蛇がのたくったようなものしか書けなくなった。

2021-06-20

anond:20210620215357

私が女子校に通う高校生だった頃にクラスの端っこで漫画ばかり読んでたのがれいなちゃんだった

れいなちゃんあんまり可愛くなくてちょっと体臭があって漫画の話をふると早口で話すのにこっちのふった話題には曖昧に笑うだけだからみんななんとなく触れずにいた

その頃の私は受験合格した時のハイテンションが続いた躁状態学級委員やったりバスケ部でしごかれたりで自分で言うのもなんだけど人望があった

かられいなちゃん自分世界に取り込みたかった

まずれいなちゃんが読んでる漫画ブックオフで揃えて読んで、れいなちゃんの保健委員仕事がある時に部活の途中で足首が痛いと言って保健室に行った

本当は痛くない私の足首に湿布と包帯を巻いてくれるれいなちゃんの頭は粉チーズのようなにおいがした

れいなちゃん漫画の話をふると早口で何巻のどのシーンが最高という話を始めたので私も暗記したセリフ引用して合わせるとれいなちゃんは興奮して口の端に泡をつけながら嬉しい嬉しいと更に話し続けた

それかられいなちゃん携帯メールアドレスを交換し毎日夜にメールをするようになった

数週間でれいなちゃんは私に対し崇拝のような感情を持ち始めたが接点がほぼない校内で話しかけてくることはなかった

毎晩れいなちゃんメールに返信するのは誰も持っていない変わった植物に水を与えるような感覚だった

学年が上がり別のクラスになったれいなちゃんおかしくなりはじめた

寒い時期は黒いタイツを履いていい事になっていたが丈も買ったままの長いスカートの中にガーターベルトを履いているとれいなちゃんメールで言った

リーツは取れかけお尻部分の布がテカテカになったれいなちゃんスカートを思い出した

途中の駅に面白いお店ができたから行こうと言われたので期末考査の最終日で部活がない日に私たちは初めて一緒に帰った

そのお店はドンキホーテ系列店で天井まであってもなくてもいいような安っぽい物が積み上げられていた

れいなちゃんはそこでサイドが紐の黒い下着ストラップになっている小さな電マを買った

下着指定はないし電マもただのおもちゃなので何も言うべきではなかったのでその日は黄色ビニール袋を下げたれいなちゃんホームで別れた

そのお店に行った日を境にれいなちゃんはどんどんおかしくなっていった

むっくりしていたれいなちゃんは妙にやせて眉毛を抜いて校則ラインぎりぎりのところで十代らしからぬ饐えたエロさの方向に走った

指定ブラウスの下に着ている紫レースの豹柄タンクトップが見えていたが頭は粉チーズのにおいがするままだった

夏休み合宿で数日携帯電話を触れなかった間にれいなちゃんからメールは途絶えた

れいなちゃん学校に来なくなったのは進級ができなくなったのがきっかけだった

その理由不登校でも校則違反でもなく提出物を出さずに幾つかの科目で評定が付かなかったからだった

私立校留年も選べたがれいなちゃんは退学した

それかられいなちゃんがどうなったかはあまり知らないが退学後に来た最後メールでは縄師に弟子入りしてアゲハ蝶入墨を鎖骨に入れてAVに出たらしい

2021-06-11

今日は母の誕生日

小学2年生のころに両親が離婚して、母と妹と3人で暮らすようになった。

とはいえ父親とは隔週くらいで会っていて、メダルゲーム遊んだイトーヨーカドーでお洋服を買ってもらったりしていた。

わたしはパパっ子で「会ったら離れないといけないから会いたくない、でも会いたい」というメンヘラ女みたいに(実際そうだけど)会う前も会っている間も会った後も泣いて過ごしていた。特に帰り道の車の中では大号泣していた。

大人になった今でもわたしわたしを傷つける男のことばかり好きになってしまう。

離婚する前、父親はかなり暴力的だったらしいけれど、わたしはなにも覚えていなくて、やさしい父親というイメージしかない。

母と妹と暮らす団地に、母の恋人が住むようになった。

職場出会ったらしいけど無職になり、そのくせにえらそうなひとだった。わたしと妹に暴力をふるったりした。今思うと完全にダメ男なんだけど、母とそのひとが一度ケンカ別れのようなことをしたときわたしは「人と人との別れはとても辛く悲しく起こってはならないこと」だと思っていたので仲を取り持ってしまたことがある。その節は大変申し訳なかった。

母は毎日仕事帰りにパチンコにいっていて、わたしたち姉妹は、救急車の音が聞こえるたびに母を心配してそわそわし、夜の11時になるころふたりで母を迎えにいき、景品のブタメンを夜ごはんにして大人になった。

母が酔って帰ってきて、いきなり暴露話をはじめたことがある。父親とは16歳で上京したときに勤めたキャバクラ出会たこと。父親再婚だったこと。わたし達にはすこし年上の腹違いの兄がいること。そのひとの誕生日わたしと同じだということ。わたしは予定よりかなり遅く、わざわざその日を選んで産まれてきたのだった。

これまで黙ってきて、どうしてそんな話をしたんですか。あなた結婚したのはとても若いときで、わたしと近い精神構造なのであれば、それはそれは嫉妬で苦しんだことでしょうね。毎年、わたし誕生日を迎えるたび、かなしい思いをさせていたのでしょうか。

母は10年前くらいに転職をすると言って仕事を辞めてからずっと働いていない。今は生活保護をうけて暮らしているはずだ。何年ものあい申請をしてくれず、わたしと妹で生活費をまかない、家賃が払えず都から訴えられていて、弁護士費用負担したりした。

生活保護をうけるのが遅れたのは、働くつもりというか、働かなければならないという意識もあったのだろう。だけど一番はわたしも血を受け継いでいる「わたしにはできっこない」という気持ちが一番の要因だったのだろうと思う。わかるぜ

わたしたちだって、中卒でかろうじて就職したメンヘラ女と、的屋キャバクラしか職歴のないあるあるシングルマザーだったのでとてもしんどかった。

ずっと、母を見捨てるわけにいかないと思って生きてきた。わたしダメ人間であり続けなければならないと。母より幸せになってはいけないと。母を助けなければいけないと思って生きてきた。精神科に連れて行ったり、お散歩からはじめてはどうかしらときれいな写真を送ったり、週に一度実家に帰り妹と甥を呼んで料理を振る舞ったり、負担にならない程度に社会復帰に向かってもらえたらいいなと思っていた。

いちばん苦しいのはきっと母親なのだろうと思っていた。

もう20年以上住んでいる団地はお風呂が壊れているらしく、母はほとんどお風呂に入らず、ときどき台所で髪を洗い、用事があるとき地元に残っている妹の家にシャワーを浴びに行っているとのことだった。なにかをしようとしたときに気軽に準備ができないことは、すべての可能性を奪うだろうと思ったので、お風呂の修理代をだすことに決めた。

いつもうまい話のサイト動画をベッドの上でみているだけの母の社会へのアクセスになればと思い、「施工業者を選べるか」と尋ねるとできるということだったので、決まったら教えてと伝えて待っていた。連絡がこないので、「いいところあった?」と連絡してみたら、「ちょっと悩んでるんだよね」とのことだったので、「じゃあ一緒にみて決めようか」と伝え、今年の1月、ひかえめな花束を持って実家に帰った。

出してきたのは、ポストたまたま入っていた一枚のチラシだけだった。

ああ、この人は、よくなる気がないんだと、そのとき初めて理解して、もう、そのあとの記憶はなく、なんとか家に帰り、縁を切ることを決めた。

妹に関しても、育児に向きあえているとは到底言えず、きっと精神不安定人間がまたひとり育っていくのだろうと思う。遊びたい時に母に甥を預けたりしているみたいなので、持ちつ持たれつやっていってくれと思っている。

家族心配し続けて自分人生がままならない苦しみと、ある日いきなり死んだ連絡を受ける苦しみ、まだ後者のほうが生産性があるのではないだろうかと思っている。

今日は母の誕生日メッセージひとつも送らないつもりだ。

さようなら

2021-05-24

文明崩壊はあり得るのに何も準備が出来ていない

パンデミックなんて現実的には考えられなかった昨日までのことを記憶している身としては文明崩壊なんてことも起こりうるんだと実感する今日この頃

なのに文明再起動させる準備があんまり出来てなさそうなのは心配なところだ。

そもそも文明再起動の準備って何をすればいいのかという問題もあるしどういった理由文明崩壊するかもよくわからないんだけど。

でも何事備えあればうれいないしね。

2021-05-17

80年代から90年代弱者男性解決

田舎農業林業建設業をしてました。正直垢抜けないし、大手企業工場に勤める近所の大卒よりは年収レベルで低かった。ただ、80年代中頃、近所に旧県道バイパスができて、建設業仕事が増えて、すこしだけ金回りがよくなった。また祖父祖母がなくなって遺産が入った。知り合いの紹介によるお見合いお節介おばさんのやっているローカル結婚相談所などを利用してお相手探しをしたが、勤め人にはまったく敵わない。しかたないので、92年頃、遺産から200万ほど出して、東欧のある国からお嫁さんを、正直買った。34歳で、一度、向こうで夫と死別しており、生活に困窮しているようだった。こちらの空港で初めて見たとき、綺麗すぎてびっくりした。とても素朴でいい人だったが、日本に来て1ヶ月ほどですでにホームシック気味だった。セックスしながらしくしく泣いて帰りたいという。子供ができたら変わるかなと思い、避妊をしている振りをしながらコンドームに穴を開けたら、しばらくして妊娠が分かった。子供ができて、生まれて、気分が変わったらしく、帰りたいとは言わなくなった。当時帰ったところで、祖国ボロボロ生活できないどころか戦争状態日本平和で良いとよく言っていた。1人目は女の子年子で2人目は男の子が生まれた。現在2人とも美男美女になっている。ただ妻は、2人目が3歳の時、1人で里帰りしてそのまま帰ってこなくなった。ごめんなさいと謝られたが、こんなキモ男があん美人と過ごすことができたことを感謝したし、かぐや姫竹取物語みたいなものだと自分なりに納得して離婚した。今でも、あんなスゴい美人スタイルのよい女性はしらない。乳首もどピンク乳房の肌の下の静脈が綺麗に浮いていた。乃木坂46のI田さんをもっと綺麗にしたような人だった。こども達もたいそう悲しんだが、子供たちにはお母さんは向こうの父の介護が終わったらまた帰ってくるよと話していた。しかし向こうで生活のために、親戚の男性結婚したらしいと聞いた。

 息子が4歳で保育園に上がるくらいの時に、今度はまた200万ほど紹介所に払って、東南アジア某国から21歳の女性を紹介してもらい結婚した。これまた福岡空港に迎えにいったのだが、実物は写真で見るよりかなり若く見えた。はじめて家に来て、簡単結婚式を挙げて、その日の夜、小さな顔のクリッとした目で、私を見つめながら「本当の年齢はよく分からない、でもたぶん16歳か15歳だと思う」と告白された。これまたびっくりしたが、書類上は21歳となっている。まぁ良いかと思いながら、彼女処女をいただいた。この子もぱっと見スレンダーなのに、スタイルは凄くよかった。またそのうち日本美容院かに通い出し、小ぎれいな服を着始めると、モデル最上クラスの美貌だった。そしてだまってなんでも私の言うとおりにしてくれる。30分でも1時間でも嫌がらずにフェラをしてくる。話し相手としては、正直、1人目の妻の方が大卒大学院卒(歴史学)ということもあり話が膨らんだ。しかし実直に私を愛してくれる感覚はこの2人目の妻の方が伝わってきた。不器用ながら愛してくれるのだ。

 この2人目の妻との結婚生活は安定感のあるリラックスできるものだった。笑顔で向こうの国の歌をときどき歌ってくれて、それを家族みんなでよく聞いた。この2人目の妻は、結婚して3年目に3人目の子供となる女の子を産んだ。この子最近結婚したのだが、親の目から見てもとても可愛い子に育った。二人目の妻に似て心配りがものすごくて、学校卒業後、大手企業技術職で入ったのに、1年ちょいで役員秘書になり、そのうちその企業オーナー家の傍系の男性に見初められて結婚となった。幸せそうである。妻は、この結婚を見ることなく、結婚して10年ほどでガンのためあっけなく亡くなった。若い分、ガンが発見された後はあっというまだった。子供たちもかなりショックを受けたようだが、この妻は、ビデオでたくさんのメッセージを残してくれていて、悲しまないように、墓は建てず、遺灰は国の土地に撒いて欲しいということだった。向こうには当国の混乱のため、すぐには行けなかったのだが、2,3年経って渡航し、家族である川の側に遺灰を撒いた。

 その後、家族4人+近所の祖父母とともに仲良く暮らしていた。子供たちは、私や祖父の子供、孫とも思えないほど美男美女運動音痴家系なのに、県大会常連レベル運動ができる、勉強の方は宮廷クラス長男特にダントツにできが良い。離れたところの人と結婚すると優秀な子ができるというのはよく聞くが、本当にそうなった。3人ともすでに結婚し、さらにすでに投資一財産つくっているようである。私もリーマンショック以後、建築業から賃貸業にメインを移して、なんとか大家さんをしている。自分リフォーム、修理ができるし、建築業時代の仲間でみんなで協力しながら大家さんを励んでいる。不動産仕事をしていると時々いる本当の金持ちとは比べられないけれども、年1で家族を連れてハワイへ行くくらいの金は稼いでいる。建築業の仲間には、妻達をよくからかわれたけれども、常にどこか羨望があった。これが、小中高とびびりで、クラスカーストの下位方向の立ち位置だった自分の余裕になっていたのは事実である。なんだかなんだとイヤなことがあっても、家に帰れば、お前の不細工な嫁とは比較にならない妻(おまえの嫁は死にかけのオーク、おれの嫁はハイエルフ)が待っている。息子娘達は、エイリアンとしての陰りを持ちつつ、無理せずにリア充金も持っているである申し訳ないのだがしみじみ幸せである。二人の妻の実家のために、両方ともその田舎には不釣り合いな家を建てて、日本車を送った。二人目の妻の実家兄弟は、皆、当地大学までの学費生活費を負担して、義理の弟の一人は、現在、かの国の文科省相当の省庁のお役人になり、しょっちゅう日本に視察に来て、姪に会って、いろいろと助けてくれる。妻の兄は、貿易業務に関わり、土地の名士となった。私の高校時代の友人のO君の実家が小さな中古自動車だったので、私の紹介で自動車輸入業を初めて、成功した。

 その高校時代に同じ文化部所属していたO君は、私の一人目の妻を見て、自分自分もといって思い切って同じ業者を利用して結婚した。彼の妻は健康かつ朗らかで、現在は80kg代の体重で、さもありなんという状態ではあるが、ものすごく幸せそうだし、O君自身も90年頃にはつぶれかけて、借金が数億円あった家業が、ネットや二人目の妻の兄のお陰で大発展して当地新聞もよく夫婦で出ている。同じくS君は、二人目の妻を紹介してくれた業者を通じて、再婚相手を探していた向こうの国の30代半ばの女性結婚した。この人もとても善いヒトで、夫婦善哉状態である。向こうは連れ子がいたのだが、うちの子達が積極的に関わって、S君との子供加わって、あるサークルを作り、生活を楽しんでいる。現在北米に住んでいる。

 フェイクもあるが、だいたいこんな感じである日本国内にとどまらず、世界は広い。ただし我々の時代は、日本経済的に強かったので、私のような方法も採れたと思う。今度は、逆の立場、これから経済的文化的に伸びてくる国に旅立つか、日本の国が停滞しないように工夫していくか。

 そして現在であるが、大家さんの仕事時間があるので、ある大学文化講座をとって勉強していたところ、30代半ばの日本女性と仲良くなり、3年ほど前から交際して、コロナが後押ししてくれたのか結婚の話が出ている。彼女の話を聞くと、中高とクラスカースト上位、有名大学、有名企業イケメンスポーツマン交際20代後半に結婚して、子供がないまま31歳で離婚していた。イケメン交際たからもう顔には拘らない、気持ちのあう人が良いと言う。ただ女性としてみたときに、一人目、二人目の妻達に比べると、冷静にいうと2ランクぐらい下がる。これは商売仲間もいうのでそうなんでしょう。ハイエルフと村の町娘くらい。正直にいうと、一人目の妻、二人目の妻の国から新しい妻をもらいたい。でもどの国も2000年代から大発展しているので、90年代00年代初期のようにはいかないのでしょうね。ときどき仕事で例えば中国にいきますが、高身長のすらーっとしたはっとするような美人高層ビルの上階層ロビーごろごろしていて、もう日本人のAVに出てくるぶっさいく+寸胴の女では比較にならない。自分の母がなくなったら、資産をすべて現金処分して、二人目の妻の国で、献身的な新しい妻をもらってゆっくりしたい。

2021-05-10

学生街のなかの住宅地に住んでいる。

徒歩30分以内にある学校

保育園 3以上

幼稚園 3以上

小学校 3以上

中学校 3以上

養護学校 1

共学中高一貫 1

共学高校 3

女子高 3

大学 2

春になるとここに通う女の子たちの露出度いっきに上がる。

休日平日にかかわらず朝から晩までホットパンツミニスカート女の子たちがわんさかで、歩いていても自転車に乗っていてもそこいらじゅうかっこいいふとももときれいな脚だらけ。ミニスカート、ゆるめのホットパンツ自転車に乗る彼女たちを正面から見たら、あたりまえのように鼠蹊部もパンティーもふつうに見えてしまう。そして彼女たちはつぎつぎにやってくる。しょうじき目のやり場に困る。

目を伏せて歩く、ぜったい見ていないとわかるようそっぽを向いてガン無視する。すれ違いそうになると用もないのに道を曲がる、追いつきそうになると立ち止まる。はっきりいっていい迷惑なんだよな。みんなほんとにきれいだけどさ。

いちばんいやなのは女の子ランク付けをしている自分に気づくこと。

2021-04-30

カンブリア宮殿意識が高いこぎれいな番組だと思ってたのにバリバリ老害向け番組だったんだね

アサヒビールの回で初めて見たんだけどさ、村上龍は古い価値観に塗り固められたザ・老人だし、小池栄子質問はそれ聞いて何を知りたいの?って感じの薄っぺらさだし(これは台本だろうから小池栄子ではなくそれを考えている人間レベルが低いんだと思ってる)、VTRでの企業への質問もドドド失礼だし

特に最後のやつ、小池栄子社長に「(このビールに)社運をかけているんですか?」と質問社長がいや、そこまででも…という感じに濁す→次のVTR(このやりとりの後に撮影)でインタビュアー社長に「社運をかけると言ったのに(製造が追いつかないのは)見通しが甘いんじゃないですか?」と質問する(責め立てる(何様だよ))流れ

村上龍クラスのご老人が妄言吐くのはまあジジイだししゃあねえなと流せても多分そこまで年取ってないインタビュアーがそんなんで、それをそのまま放送して頭腐ってんのか?

まーーーーーーーじないわ社長の代わりにキレそうになった

2021-04-18

2040年 日本の男たちは三つの勢力に分かれていた

一つは解脱者と呼ばれる連中だ

30年代に登場した副作用の少ない強力な性欲減退剤や精神安定剤を自らの意思によって服用し、甲斐性といった性役割から降りて趣味仕事世界に生きている。

といっても彼らに出世欲は湧かず、生活趣味に最低限必要金銭しか稼ごうとしないものが多い。

自らを、性欲奴隷から解放されて人生謳歌し、真理を探究するものと称しているが、実態は誰からも求められなかった苦しみの末に薬を服用した逃亡者たちがほとんどである

政府事実上一夫多妻制とみなせる独身税設立母子家庭支援強化といった制度制定が追い風となり、

気持ち悪くて弱い男が恋愛市場から退場することを求める女性の主張はもはや隠されず社会にて声高に叫ばれるようになったため、逃げざるを得なくなったとも言える。

彼らは確かに苦しみから解放され穏やかな顔をしているがどこか目に陰りが見えると言われている。

  

二つ目は”妄”目者と呼ばれる連中だ

太古から男たちは妄想にある理想的女性偶像を崇めていたが、ついに現代ではテクノロジーの粋を集めて女性妊娠機能以外のほとんどを代替できるサービス商品が実現されていた。

最も一般的かつ人気のあるサービスは、仮想人格主体として顧客生活シームレスな憩いを与えるものだ。家ではヒューマノイド台所ロボットアームに宿り、直接触れ合いながら充実した性生活を送ったり、”愛妻料理”を楽しむことができる。

外出先や勤務先ではXRグラス上に完璧偶像に宿った仮想人格が現れ、取り留めない会話をしながら日常通勤仕事休憩中に彩を与えてくれるだけでなく、外食旅行さえ一緒に楽しむことができる。

本人たちは幸せのものだが、傍から見ると虚空と話し心を通じあわせている姿は異様である。既に彼らの心は現実世界にはなく、自らを受け入れいなかった社会人間に対して目を閉ざしてしまった。

しかし、見たいものだけを見るには金が要る。最新のソフトウェア及びハードウェア技術を寡占する巨大tech会社たちにサブスクリプション方式で少なくない金額を払い続けられる、盲目で居続けられる者は一部の稼ぎのいい上位職者や技能のある者に限られた。

よって、稼いだ金銭では仮想人格一定期間しか呼び起こせずサブスクリプションが切れた悪夢に耐え切れず解脱者となる者も少なくない。

  

三つ目は上位者である

意味そのままで男性の上位2割がこの上位者に当たるが、明確な認定基準などというものはない。

まれからずっと解脱者や盲目者に逃げるまでもなく自然他人を愛し愛され、幸せ享受できていることで初めて自分上位者だったと知るのである

よって女性たちは上位者あくまでも普通の男の人と認知しているが、解脱者や”妄”目者からは種付け馬揶揄されている。

恋愛婚活市場の男は上位者しかおらず、先ほど述べたように事実上一夫多妻制が実現されていたため、女性たちは本能の赴くまま優秀な遺伝子を手に入れ、解脱者や盲目者も収めた税金不自由なく子供を育てた。

  

今はまだ黎明期である解脱者は負け犬だ”、妄”目者は現実逃避だ、上位者は種付け馬だという対立はまだ目立つ。

しかし皆は薄々気づき始めていた。そこには被害者加害者もおらず、全員が幸せになれる唯一の道であるかもしれないと。

2021-03-27

キモオタについて

ここにいるとまれキモオタ呼ばわりで通り魔的に罵倒する輩に遭遇する。

しかし実際に事実上オタク最大母数のTwitterを使う限り、キモオタという人種は壊滅的にいなくなったと思う。

第一オタクの人々はアニメと言うより版権に関心があり、更には自分に関心があり、直接的にい言えばフォロワー増加のことしか頭にない。対象に対する愛情なんて実際には持ち合わせておらず、萌語りでギスギスしている腐女子ですらイナゴ根性を隠しきれない。

他の要因としてはオタクファッショナブルになってきたという点もある。オタク族という名ばかりの名称をまといつつも(あるいはもはやオタクという呼称すら忘れ)Vチューバーお絵かき講師をやり始める輩がいる。彼らは身ぎれいな格好をし、いわゆる悪しきテンプレ的なバンダナネルシャツという、今やギャグしかない格好をする人は一人もいない。

オタクはより一般的大衆的になったせいで、庵野のごとき対象だけに愛を注ぐ偏執的な人をむしろ遠ざけたと思う。庵野ウルトラマンの格好をするのと今のレイヤーFateの格好をするのでは、その精神性のバックボーンから違う。庵野の最大の関心は自己愛であり、今のオタクの最大の関心は自己愛であるしかしそのベクトルはまるで別方向を向いている。

2021-03-26

贅沢に対する嫌悪感

 精神にしんどい時、焼肉食べる、温泉入る、こぎれいなホテルに泊まるなどのちょっとした贅沢をすると乗り切れる事が多い」というのは多くの人にとってはそうなんだろうな、とは思うものの、自分場合「よく価値がわからないものお金を費やすのは、金を無駄遣いした事であり、悪い事だ」と感じてしまいどうもうまくいかない。他人の金で食べる焼肉うまいなんてフレーズもあるが、他人の金であっても「ああ、このひとに無駄な金を使わせてしまった、よくない事をした」と感じてしまうのである


 この性格のおかげで貯金たまる他人から金銭的な理由で嫌われにくいというメリットはあるが、精神にしんどい時の回復は難しい。万事うまくはいかないものだ。

2021-03-22

菰田

以上のお話によって、郷田三郎と、明智小五郎との交渉、又は三郎の犯罪嗜好癖などについて、読者に呑み込んで頂いた上、さて、本題に戻って、東栄館という新築下宿屋で、郷田三郎がどんな楽しみを発見たかという点に、お話を進めることに致しましょう。

 三郎が東栄館の建築が出来上るのを待ち兼ねて、いの一番にそこへ引移ったのは、彼が明智交際を結んだ時分から一年以上もたっていました。随したがってあの「犯罪」の真似事にも、もう一向興味がなくなり、といって、外ほかにそれに代る様な事柄もなく、彼は毎日毎日の退屈な長々しい時間を、過し兼ねていました。東栄館に移った当座は、それでも、新しい友達が出来たりして、いくらか気がまぎれていましたけれど、人間というものは何と退屈極きわまる生物なのでしょう。どこへ行って見ても、同じ様な思想を同じ様な表情で、同じ様な言葉で、繰り返し繰り返し、発表し合っているに過ぎないのです。折角せっかく下宿屋を替えて、新しい人達に接して見ても、一週間たつかたたない内に、彼は又しても底知れぬ倦怠けんたいの中に沈み込んで了うのでした。

 そうして、東栄館に移って十日ばかりたったある日のことです。退屈の余り、彼はふと妙な事を考えつきました。

 彼の部屋には、――それは二階にあったのですが――安っぽい床とこの間まの傍に、一間の押入がついていて、その内部は、鴨居かもいと敷居との丁度中程に、押入れ一杯の巌丈がんじょうな棚があって、上下二段に分れているのです。彼はその下段の方に数個の行李こうりを納め、上段には蒲団をのせることにしていましたが、一々そこから蒲団を取出して、部屋の真中へ敷く代りに、始終棚の上に寝台ベッドの様に蒲団を重ねて置いて、眠くなったらそこへ上って寝ることにしたらどうだろう。彼はそんなことを考えたのです。これが今迄いままでの下宿屋であったら、仮令たとえ押入れの中に同じような棚があっても、壁がひどく汚れていたり、天井蜘蛛もの巣が張っていたりして、一寸その中へ寝る気にはならなかったのでしょうが、ここの押入れは、新築早々のことですから、非常に綺麗きれいで、天井も真白なれば、黄色く塗った滑かな壁にも、しみ一つ出来てはいませんし、そして全体の感じが、棚の作り方にもよるのでしょうが何となく船の中の寝台に似ていて、妙に、一度そこへ寝て見たい様な誘惑を感じさえするのです。

 そこで、彼は早速さっそくその晩から押入れの中へ寝ることを始めました。この下宿は、部屋毎に内部から戸締りの出来る様になっていて、女中などが無断で這入はいって来る様なこともなく、彼は安心してこの奇行を続けることが出来るのでした。さてそこへ寝て見ますと、予期以上に感じがいいのです。四枚の蒲団を積み重ね、その上にフワリと寝転んで、目の上二尺ばかりの所に迫っている天井を眺める心持は、一寸異様な味あじわいのあるものです。襖ふすまをピッシャリ締め切って、その隙間から洩れて来る糸の様な電気の光を見ていますと、何だかこう自分探偵小説中の人物にでもなった様な気がして、愉快ですし、又それを細目に開けて、そこから自分自身の部屋を、泥棒他人の部屋をでも覗く様な気持で、色々の激情的な場面を想像しながら、眺めるのも、興味がありました。時によると、彼は昼間から押入に這入り込んで、一間と三尺の長方形の箱の様な中で、大好物煙草をプカリカリとふかしながら、取りとめもない妄想に耽ることもありました。そんな時には、締切った襖の隙間から、押入れの中で火事でも始ったのではないかと思われる程、夥しい白煙が洩れているのでした。

 ところが、この奇行を二三日続ける間に、彼は又しても、妙なことに気がついたのです。飽きっぽい彼は、三日目あたりになると、もう押入れの寝台ベッドには興味がなくなって、所在なさに、そこの壁や、寝ながら手の届く天井板に、落書きなどしていましたが、ふと気がつくと、丁度頭の上の一枚の天井板が、釘を打ち忘れたのか、なんだかフカフカと動く様なのです。どうしたのだろうと思って、手で突っぱって持上げて見ますと、なんなく上の方へ外はずれることは外れるのですが、妙なことには、その手を離すと、釘づけにした箇所は一つもないのに、まるでバネ仕掛けの様に、元々通りになって了います。どうやら、何者かが上から圧おさえつけている様な手ごたえなのです。

 はてな、ひょっとしたら、丁度この天井板の上に、何か生物が、例えば大きな青大将あおだいしょうか何かがいるのではあるまいかと、三郎は俄にわかに気味が悪くなって来ましたが、そのまま逃げ出すのも残念なものですから、なおも手で押し試みて見ますと、ズッシリと、重い手ごたえを感じるばかりでなく、天井板を動かす度に、その上で何だかゴロゴロと鈍い音がするではありませんか。愈々いよいよ変です。そこで彼は思切って、力まかせにその天井板をはね除のけて見ますと、すると、その途端、ガラガラという音がして、上から何かが落ちて来ました。彼は咄嗟とっさの場合ハッと片傍かたわきへ飛びのいたからよかったものの、若もしそうでなかったら、その物体に打たれて大怪我おおけがをしている所でした。

「ナアンダ、つまらない」

 ところが、その落ちて来た品物を見ますと、何か変ったものでもあればよいがと、少からず期待していた彼は、余りのことに呆あきれて了いました。それは、漬物石つけものいしを小さくした様な、ただの石塊いしころに過ぎないのでした。よく考えて見れば、別に不思議でも何でもありません。電燈工夫が天井裏へもぐる通路にと、天井板を一枚丈け態わざと外して、そこからねずみなどが押入れに這入はいらぬ様に石塊で重しがしてあったのです。

 それは如何いかにも飛んだ喜劇でした。でも、その喜劇が機縁となって、郷田三郎は、あるすばらしい楽みを発見することになったのです。

 彼は暫しばらくの間、自分の頭の上に開いている、洞穴ほらあなの入口とでも云った感じのする、その天井の穴を眺めていましたが、ふと、持前もちまえの好奇心から、一体天井裏というものはどんな風になっているのだろうと、恐る恐る、その穴に首を入れて、四方あたりを見廻しました。それは丁度朝の事で、屋根の上にはもう陽が照りつけていると見え、方々の隙間から沢山の細い光線が、まるで大小無数の探照燈を照してでもいる様に、屋根裏の空洞へさし込んでいて、そこは存外明るいのです。

 先まず目につくのは、縦に、長々と横よこたえられた、太い、曲りくねった、大蛇の様な棟木むなぎです。明るいといっても屋根裏のことで、そう遠くまでは見通しが利かないのと、それに、細長い下宿屋の建物ですから、実際長い棟木でもあったのですが、それが向うの方は霞んで見える程、遠く遠く連つらなっている様に思われます。そして、その棟木と直角に、これは大蛇肋骨あばらに当る沢山の梁はりが両側へ、屋根の傾斜に沿ってニョキニョキと突き出ています。それ丈けでも随分雄大景色ですが、その上、天井を支える為に、梁から無数の細い棒が下っていて、それが、まるで鐘乳洞しょうにゅうどうの内部を見る様な感じを起させます

「これは素敵だ」

 一応屋根裏を見廻してから、三郎は思わずそう呟つぶやくのでした。病的な彼は、世間普通の興味にはひきつけられないで、常人には下らなく見える様な、こうした事物に、却かえって、云い知れぬ魅力を覚えるのです。

 その日から、彼の「屋根裏の散歩」が始まりました。夜となく昼となく、暇さえあれば、彼は泥坊猫の様に跫音あしおとを盗んで、棟木や梁の上を伝い歩くのです。幸さいわいなことには、建てたばかりの家ですから屋根裏につき物の蜘蛛の巣もなければ、煤すすや埃ほこりもまだ少しも溜っていず、鼠の汚したあとさえありません。それ故ゆえ着物や手足の汚くなる心配はないのです。彼はシャツ一枚になって、思うがままに屋根裏を跳梁ちょうりょうしました。時候も丁度春のことで、屋根裏だからといって、さして暑くも寒くもないのです。

 東栄館の建物は、下宿屋などにはよくある、中央まんなかに庭を囲んで、そのまわりに、桝型ますがたに、部屋が並んでいる様な作り方でしたから、随って屋根裏も、ずっとその形に続いていて、行止ゆきまりというものがありません。彼の部屋の天井から出発して、グルッと一廻りしますと、又元の彼の部屋の上まで帰って来る様になっています

 下の部屋部屋には、さも厳重に壁で仕切りが出来ていて、その出入口には締りをする為の金具まで取りつけているのに、一度天井裏に上って見ますと、これは又何という開放的な有様でしょう。誰の部屋の上を歩き廻ろうと、自由自在なのです。若し、その気があれば、三郎の部屋のと同じ様な、石塊の重しのしてある箇所が所々にあるのですから、そこから他人の部屋へ忍込んで、窃盗を働くことも出来ます廊下を通って、それをするのは、今も云う様に、桝型の建物の各方面に人目があるばかりでなく、いつ何時なんどき他の止宿人ししゅくにんや女中などが通り合わさないとも限りませんから、非常に危険ですけれど、天井裏の通路からでは、絶対にその危険がありません。

 それから又、ここでは、他人秘密を隙見することも、勝手次第なのです。新築と云っても、下宿屋の安普請やすぶしんのことですから天井には到る所に隙間があります。――部屋の中にいては気が附きませんけれど、暗い屋根からますと、その隙間が意外に大きいのに一驚いっきょうを喫きっします――稀には、節穴さえもあるのです。

 この、屋根裏という屈指の舞台発見しますと、郷田三郎の頭には、いつのまにか忘れて了っていた、あの犯罪嗜好癖が又ムラムラと湧き上って来るのでした。この舞台でならば、あの当時試みたそれよりも、もっともっと刺戟の強い、「犯罪の真似事」が出来るに相違ない。そう思うと、彼はもう嬉しくて耐たまらないのです。どうしてまあ、こんな手近な所に、こんな面白い興味があるのを、今日まで気附かないでいたのでしょう。魔物の様に暗闇の世界を歩き廻って、二十人に近い東栄館の二階中の止宿人の秘密を、次から次へと隙見して行く、そのこと丈けでも、三郎はもう十分愉快なのです。そして、久方振りで、生き甲斐を感じさえするのです。

 彼は又、この「屋根裏の散歩」を、いやが上にも興深くするために、先ず、身支度からして、さも本物の犯罪人らしく装うことを忘れませんでした。ピッタリ身についた、濃い茶色の毛織のシャツ、同じズボン下――なろうことなら、昔活動写真で見た、女賊プロテアの様に、真黒なシャツを着たかったのですけれど、生憎あいくそんなものは持合せていないので、まあ我慢することにして――足袋たびを穿はき、手袋をはめ――天井裏は、皆荒削あらけずりの木材ばかりで、指紋の残る心配などは殆どないのですが――そして手にはピストルが……欲しくても、それもないので、懐中電燈を持つことにしました。

 夜更けなど、昼とは違って、洩れて来る光線の量が極く僅かなので、一寸先も見分けられぬ闇の中を、少しも物音を立てない様に注意しながら、その姿で、ソロソロリと、棟木の上を伝っていますと、何かこう、自分が蛇にでもなって、太い木の幹を這い廻っている様な気持がして、我ながら妙に凄くなって来ます。でも、その凄さが、何の因果か、彼にはゾクゾクする程嬉しいのです。

 こうして、数日、彼は有頂天になって、「屋根裏の散歩」を続けました。その間には、予期にたがわず、色々と彼を喜ばせる様な出来事があって、それを記しるす丈けでも、十分一篇の小説が出来上る程ですが、この物語の本題には直接関係のない事柄ですから、残念ながら、端折はしょって、ごく簡単に二三の例をお話するに止とどめましょう。

 天井からの隙見というものが、どれ程異様な興味のあるものだかは、実際やって見た人でなければ、恐らく想像も出来ますまい。仮令、その下に別段事件が起っていなくても、誰も見ているものがないと信じて、その本性をさらけ出した人間というものを観察すること丈けで、十分面白いのです。よく注意して見ますと、ある人々は、その側に他人のいるときと、ひとりきりの時とでは、立居ふるまいは勿論もちろん、その顔の相好そうごうまでが、まるで変るものだということを発見して、彼は少なからず驚きました。それに、平常ふだん、横から同じ水平線で見るのと違って、真上から見下すのですから、この、目の角度の相違によって、あたり前の座敷が、随分異様な景色に感じられます人間は頭のてっぺんや両肩が、本箱、机、箪笥たんす、火鉢などは、その上方の面丈けが、主として目に映ります。そして、壁というものは、殆ど見えないで、その代りに、凡ての品物のバックには、畳が一杯に拡っているのです。

 何事がなくても、こうした興味がある上に、そこには、往々おうおうにして、滑稽こっけいな、悲惨な、或は物凄い光景が、展開されています。平常過激反資本主義議論を吐いている会社員が、誰も見ていない所では、貰もらったばかりの昇給辞令を、折鞄おりかばから出したり、しまったり、幾度も幾度も、飽かず打眺うちながめて喜んでいる光景ゾロリとしたお召めし着物不断着ふだんぎにして、果敢はかない豪奢振ごうしゃぶりを示している、ある相場師が、いざ床とこにつく時には、その、昼間はさも無雑作むぞうさに着こなしていた着物を、女の様に、丁寧に畳んで、床の下へ敷くばかりか、しみでもついたのと見えて、それを丹念に口で嘗なめて――お召などの小さな汚れは、口で嘗めとるのが一番いいのだといいます――一種クリーニングをやっている光景、何々大学野球選手だというニキビ面の青年が、運動家にも似合わない臆病さを以て、女中への附文つけぶみを、食べて了った夕飯のお膳の上へ、のせて見たり、思い返して、引込めて見たり、又のせて見たり、モジモジと同じことを繰返している光景、中には、大胆にも、淫売婦(?)を引入れて、茲ここに書くことを憚はばかる様な、すさまじい狂態を演じている光景さえも、誰憚らず、見たい丈け見ることが出来るのです。

 三郎は又、止宿人と止宿人との、感情葛藤かっとうを研究することに、興味を持ちました。同じ人間が、相手によって、様々に態度を換えて行く有様、今の先まで、笑顔で話し合っていた相手を、隣の部屋へ来ては、まるで不倶戴天ふぐたいてんの仇あだででもある様に罵ののしっている者もあれば、蝙蝠こうもりの様に、どちらへ行っても、都合のいいお座なりを云って、蔭でペロリと舌を出している者もあります。そして、それが女の止宿人――東栄館の二階には一人の女画学生がいたのです――になると一層興味があります。「恋の三角関係」どころではありません。五角六角と、複雑した関係が、手に取る様に見えるばかりか、競争者達の誰れも知らない、本人の真意が、局外者の「屋根裏の散歩者」に丈け、ハッキリと分るではありませんか。お伽噺とぎばなしに隠かくれ蓑みのというものがありますが、天井裏の三郎は、云わばその隠れ蓑を着ているも同然なのです。

 若しその上、他人の部屋の天井板をはがして、そこへ忍び込み、色々ないたずらをやることが出来たら、一層面白かったでしょうが、三郎には、その勇気がありませんでした。そこには、三間に一箇所位の割合で、三郎の部屋のと同様に、石塊いしころで重しをした抜け道があるのですから、忍び込むのは造作もありませんけれど、いつ部屋の主が帰って来るか知れませんし、そうでなくとも、窓は皆、透明なガラス障子しょうじになっていますから、外から見つけられる危険もあり、それに、天井板をめくって押入れの中へ下り、襖をあけて部屋に這入り、又押入れの棚へよじ上って、元の屋根裏へ帰る、その間には、どうかして物音を立てないとは限りません。それを廊下や隣室から気附かれたら、もうおしまいなのです。

 さて、ある夜更けのことでした。三郎は、一巡ひとまわり「散歩」を済ませて、自分の部屋へ帰る為に、梁から梁を伝っていましたが、彼の部屋とは、庭を隔てて、丁度向い側になっている棟の、一方の隅の天井に、ふと、これまで気のつかなかった、幽かすかな隙間を発見しました。径二寸ばかりの雲形をして、糸よりも細い光線が洩れているのです。なんだろうと思って、彼はソッと懐中電燈を点ともして、検しらべて見ますと、それは可也かなり大きな木の節で、半分以上まわりの板から離れているのですが、あとの半分で、やっとつながり、危く節穴になるのを免れたものでした。一寸爪の先でこじさえすれば、何なく離れて了い相なのです。そこで、三郎は外ほかの隙間から下を見て、部屋の主が已すでに寝ていることを確めた上、音のしない様に注意しながら、長い間かかって、とうとうそれをはがして了いました。都合のいいことには、はがした後の節穴が、杯さかずき形に下側が狭くなっていますので、その木の節を元々通りつめてさえ置けば、下へ落ちる様なことはなく、そこにこんな大きな覗き穴があるのを、誰にも気附かれずに済むのです。

 これはうまい工合ぐあいだと思いながら、その節穴から下を覗いて見ますと、外の隙間の様に、縦には長くても、幅はせいぜい一分ぶ内外の不自由なのと違って、下側の狭い方でも直径一寸以上はあるのですから、部屋の全景が、楽々と見渡せます。そこで三郎は思わず道草を食って、その部屋を眺めたことですが、それは偶然にも、東栄館の止宿人の内で、三郎の一番虫の好かぬ、遠藤えんどうという歯科医学校卒業生で、目下はどっかの歯医者助手を勤めている男の部屋でした。その遠藤が、いやにのっぺりした虫唾むしずの走る様な顔を、一層のっぺりさせて、すぐ目の下に寝ているのでした。馬鹿几帳面きちょうめんな男と見えて、部屋の中は、他のどの止宿人のそれにもまして、キチンと整頓せいとんしています。机の上の文房具位置、本箱の中の書物の並べ方、蒲団の敷き方、枕許まくらもとに置き並べた、舶来物でもあるのか、見なれぬ形の目醒めざまし時計漆器しっきの巻煙草まきたばこ入れ、色硝子いろがらすの灰皿、何いずれを見ても、それらの品物の主人公が、世にも綺麗きれい好きな、重箱の隅を楊子ようじでほじくる様な神経家であることを証拠立てています。又遠藤自身の寝姿も、実に行儀がいいのです。ただ、それらの光景にそぐわぬのは、彼が大きな口を開あいて、雷の様に鼾いびきかいていることでした。

 三郎は、何か汚いものでも見る様に、眉をしかめて、遠藤の寝顔を眺めました。彼の顔は、綺麗といえば綺麗です。成程彼自身で吹聴ふいちょうする通り、女などには好かれる顔かも知れません。併し、何という間延びな、長々とした顔の造作でしょう。濃い頭髪、顔全体が長い割には、変に狭い富士ふじびたい、短い眉、細い目、始終笑っている様な目尻の皺しわ、長い鼻、そして異様に大ぶりな口。三郎はこの口がどうにも気に入らないのでした。鼻の下の所から段を為なして、上顎うわあごと下顎とが、オンモリと前方へせり出し、その部分一杯に、青白い顔と妙な対照を示して、大きな紫色の唇が開いています。そして、肥厚性鼻炎ひこうせいびえんででもあるのか、始終鼻を詰つまらせ、その大きな口をポカンと開けて呼吸をしているのです。寝ていて、鼾をかくのも、やっぱり鼻の病気のせいなのでしょう。

 三郎は、いつでもこの遠藤の顔を見さえすれば、何だかこう背中がムズムズして来て、彼ののっぺりした頬っぺたを、いきなり殴なぐりつけてやり度たい様な気持になるのでした。

 そうして、遠藤の寝顔を見ている内に、三郎はふと妙なことを考えました。それは、その節穴から唾つばをはけば、丁度遠藤の大きく開いた口の中へ、うまく這入りはしないかということでした。なぜなら、彼の口は、まるで誂あつらえでもした様に、節穴の真下の所にあったからです。三郎は物好きにも、股引ももひきの下に穿いていた、猿股さるまたの紐を抜出して、それを節穴の上に垂直に垂らし、片目を紐にくっつけて、丁度銃の照準でも定める様に、試して見ますと、不思議な偶然です。紐と節穴と、遠藤の口とが、全く一点に見えるのです。つまり節穴から唾を吐けば、必ず彼の口へ落ちるに相違ないことが分ったのです。

 併し、まさかほんとうに唾を吐きかける訳にも行きませんので、三郎は、節穴を元の通りに埋うずめて置いて、立去ろうとしましたが、其時そのとき、不意に、チラリとある恐しい考えが、彼の頭に閃きました。彼は思わず屋根裏の暗闇の中で、真青になって、ブルブルと震えました。それは実に、何の恨うらみもない遠藤殺害するという考えだったのです。

 彼は遠藤に対して何の恨みもないばかりか、まだ知り合いになってから半月もたってはいないのでした。それも、偶然二人の引越しが同じ日だったものですから、それを縁に、二三度部屋を訪ね合ったばかりで別に深い交渉がある訳ではないのです。では、何故なにゆえその遠藤を、殺そうなどと考えたかといいますと、今も云う様に、彼の容貌言動が、殴りつけたい程虫が好かぬということも、多少は手伝っていましたけれど、三郎のこの考かんがえの主たる動機は、相手人物にあるのではなくて、ただ殺人行為のものの興味にあったのです。先からお話して来た通り、三郎の精神状態は非常に変態的で、犯罪嗜好癖ともいうべき病気を持ってい、その犯罪の中でも彼が最も魅力を感じたのは殺人罪なのですから、こうした考えの起るのも決して偶然ではないのです。ただ今までは、仮令屡々しばしば殺意を生ずることがあっても、罪の発覚を恐れて、一度も実行しようなどと思ったことがないばかりなのです。

 ところが、今遠藤場合は、全然疑うたがいを受けないで、発覚の憂うれいなしに、殺人が行われ相そうに思われます。我身に危険さえなければ、仮令相手が見ず知らずの人間であろうと、三郎はそんなことを顧慮こりょするのではありません。寧むしろ、その殺人行為が、残虐であればある程、彼の異常な慾望は、一層満足させられるのでした。それでは、何故遠藤に限って、殺人罪が発覚しない――少くとも三郎がそう信じていたか――といいますと、それには、次の様な事情があったのです。

 東栄館へ引越して四五日たった時分でした。三郎は懇意こんいになったばかりの、ある同宿者と、近所のカフェへ出掛けたことがあります。その時同じカフェ遠藤も来ていて、三人が一つテーブルへ寄って酒を――尤もっとも酒の嫌いな三郎はコーヒーでしたけれど――飲んだりして、三人とも大分いい心持になって、連立つれだって下宿へ帰ったのですが、少しの酒に酔っぱらった遠藤は、「まあ僕の部屋へ来て下さい」と無理に二人を、彼の部屋へ引ぱり込みました。遠藤は独ひとりではしゃいで、夜が更けているのも構わず女中を呼んでお茶を入れさせたりして、カフェから持越しの惚気話のろけばなしを繰返すのでした。――三郎が彼を嫌い出したのは、その晩からです――その時、遠藤は、真赤に充血した脣くちびるをペロペロと嘗め廻しながら

2021-03-20

anond:20210320012632

なにかいいことだとおもったりおもしろいことだと自分がおもってることをする人ってなにをどう注意してもダメだとおもうんだよね

冷蔵庫に入ったらダメっていったら冷凍庫ならいいのかとかおでんスープならいいのかとかそういうのがダメだっていってんのわかんないのかなってとこあるよね

というかむしろしてないこととかダメなことをしてもいいんじゃないかって思考になってそう

そういうのを斬新なアイデアとかおもっちゃってるとこってまともなことをどこまでも教え続けてもそのたびに「そうじゃなかったらオモシロイんじゃない?」とかいいだすよね

それをほんとうにボーダーこえたところだけダメだって折檻してもそれはそれってまた違うところでやらかしそうなのは想像に難くないよね

極端な話だけどさ

手足をもいで五感をうばってもたぶんそういう気持ちってなくならないんじゃないのかなっておもうんだよね

そういうのって人権かいものって感じするけどその人権のものから迷惑行為が発生してるってこともいえなくもなくないよね

人権があるとか人であることがそういう創造的な行動をしてるみたいな

大義名分としては文字として聞こえはいいけどひどく迷惑な話だよね

だと人権を直接攻撃するのはちょっと無理だよね

実際に手足をもぐとか物理的に攻撃とかあからさまにダメージをうける部分を狙っての攻撃とかそういうのは無理筋だよね

ときれいな言葉ダサいとか受け入れられないとかいいとおもったかもしれないけど私たち一般としては全面的に受け入れられない否定するしかない最低の考えだったとか間接的にこっちが突っぱねるのがいいよね

実際人権とか攻撃したいと思うんだよね

五体が満足でも心が折れたらその人権のなんとかみたいな行動がなにもできなくなるよね

その迷惑行為をやめさせたいっていもってるその目的はきれいに達成できるんじゃないのかな

そうじゃなかったらほっとくと絶対またどこかで迷惑行為するでしょ

そうなるの見逃せってそうなったらそうなったで被害者が発生したらそのとき考えようってそれストーカー規制法ができる前の警察対処じゃんね

実際に物理的な被害が発生してからはじめて調査しましょうっていうのよい文化だったか考えたいよね

いまもその文化を残して継承していこうってなってるか考えてみたいよね

再犯するのが放置されてるのってもう教師による未成年者への変態行為くらいだよね

あれも実際に子供被害届だしてないと人権とか問題なしなんだからいいっていうならいいとおもうんだけどそうなのか考えたいよね

それをやめさせるのに手足がなくてもあきらめないっていうのはもう実際にそういう人がいるのでわかるよね

じゃあそうできる体があるのにしない人やできない人がいないのかっていったらいるよね

そういう人になってもらいたいからそうなるように攻撃するんじゃないのかな

攻撃ダメだって言うならそういう迷惑行為をする人に首輪をつけて監視をする人をつけてくれるのかな

その人が再犯する前にとめてくれる人が常についててくれるなら今回はしょうがないって次回はその監視役の人に責任をとってもらうってことでもいいかもしれないね

いまのところやっぱり被害者を減らすためにはそういう根本的に歪んでる人をまっすぐできないなら折ってしまわないとほかの人たちが折られていくのを容認してるのと同じことになるんじゃないのかな

危害を加える人の人権を守るために被害者がふえることは容認されるべきなのかどうか考えたいよね

2021-03-19

夢で会いましょう

 隴西ろうさいの李徴りちょうは博学才穎さいえい、天宝の末年、若くして名を虎榜こぼうに連ね、ついで江南尉こうなんいに補せられたが、性、狷介けんかい、自みずから恃たのむところ頗すこぶる厚く、賤吏せんりに甘んずるを潔いさぎよしとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山こざん、※(「埒のつくり+虎」、第3水準1-91-48)略かくりゃくに帰臥きがし、人と交まじわりを絶って、ひたすら詩作に耽ふけった。下吏となって長く膝ひざを俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺のこそうとしたのであるしかし、文名は容易に揚らず、生活は日を逐おうて苦しくなる。李徴は漸ようやく焦躁しょうそうに駆られて来た。この頃ころからその容貌ようぼうも峭刻しょうこくとなり、肉落ち骨秀ひいで、眼光のみ徒いたずらに炯々けいけいとして、曾かつて進士に登第とうだいした頃の豊頬ほうきょうの美少年の俤おもかげは、何処どこに求めようもない。数年の後、貧窮に堪たえず、妻子の衣食のために遂ついに節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己おのれの詩業に半ば絶望したためでもある。曾ての同輩は既に遥はるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙しがにもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才しゅんさい李徴の自尊心を如何いかに傷きずつけたかは、想像に難かたくない。彼は怏々おうおうとして楽しまず、狂悖きょうはいの性は愈々いよいよ抑え難がたくなった。一年の後、公用で旅に出、汝水じょすいのほとりに宿った時、遂に発狂した。或ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起上ると、何か訳の分らぬことを叫びつつそのまま下にとび下りて、闇やみの中へ駈出かけだした。彼は二度と戻もどって来なかった。附近山野を捜索しても、何の手掛りもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、誰だれもなかった。

 翌年、監察御史かんさつぎょし、陳郡ちんぐんの袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)えんさんという者、勅命を奉じて嶺南れいなんに使つかいし、途みちに商於しょうおの地に宿った。次の朝未まだ暗い中うちに出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰虎ひとくいどらが出る故ゆえ、旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜よろしいでしょうと。袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は、しかし、供廻ともまわりの多勢なのを恃み、駅吏の言葉を斥しりぞけて、出発した。残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎もうこが叢くさむらの中から躍り出た。虎は、あわや袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)に躍りかかるかと見えたが、忽たちまち身を飜ひるがえして、元の叢に隠れた。叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟つぶやくのが聞えた。その声に袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は聞き憶おぼえがあった。驚懼きょうくの中にも、彼は咄嗟とっさに思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、李徴子ではないか?」袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は李徴と同年に進士の第に登り、友人の少かった李徴にとっては、最も親しい友であった。温和な袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)の性格が、峻峭しゅんしょうな李徴の性情と衝突しなかったためであろう。

 叢の中からは、暫しばらく返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かすかな声が時々洩もれるばかりである。ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分は隴西の李徴である」と。

 袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は恐怖を忘れ、馬から下りて叢に近づき、懐なつかしげに久闊きゅうかつを叙した。そして、何故なぜ叢から出て来ないのかと問うた。李徴の声が答えて言う。自分は今や異類の身となっている。どうして、おめおめと故人ともの前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分が姿を現せば、必ず君に畏怖嫌厭いふけんえんの情を起させるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人に遇あうことを得て、愧赧きたんの念をも忘れる程に懐かしい。どうか、ほんの暫くでいいから、我が醜悪な今の外形を厭いとわず、曾て君の友李徴であったこ自分と話を交してくれないだろうか。

 後で考えれば不思議だったが、その時、袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は、この超自然怪異を、実に素直に受容うけいれて、少しも怪もうとしなかった。彼は部下に命じて行列の進行を停とめ、自分は叢の傍かたわらに立って、見えざる声と対談した。都の噂うわさ、旧友の消息、袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)が現在地位、それに対する李徴の祝辞青年時代に親しかった者同志の、あの隔てのない語調で、それ等らが語られた後、袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)は、李徴がどうして今の身となるに至ったかを訊たずねた。草中の声は次のように語った。

 今から一年程前、自分が旅に出て汝水のほとりに泊った夜のこと、一睡してから、ふと眼めを覚ますと、戸外で誰かが我が名を呼んでいる。声に応じて外へ出て見ると、声は闇の中から頻しきりに自分を招く。覚えず、自分は声を追うて走り出した。無我夢中で駈けて行く中に、何時いつしか途は山林に入り、しかも、知らぬ間に自分は左右の手で地を攫つかんで走っていた。何か身体からだ中に力が充みち満ちたような感じで、軽々と岩石を跳び越えて行った。気が付くと、手先や肱ひじのあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。自分は初め眼を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分は茫然ぼうぜんとした。そうして懼おそれた。全く、どんな事でも起り得るのだと思うて、深く懼れた。しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判わからぬ。理由も分らずに押付けられたもの大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。自分は直すぐに死を想おもうた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎うさぎが駈け過ぎるのを見た途端に、自分中の人間は忽ち姿を消した。再び自分中の人間が目を覚ました時、自分の口は兎の血に塗まみれ、あたりには兎の毛が散らばっていた。これが虎としての最初経験であった。それ以来今までにどんな所行をし続けて来たか、それは到底語るに忍びない。ただ、一日の中に必ず数時間は、人間の心が還かえって来る。そういう時には、曾ての日と同じく、人語も操あやつれれば、複雑な思考にも堪え得るし、経書けいしょの章句を誦そらんずることも出来る。その人間の心で、虎としての己おのれの残虐ざんぎゃくな行おこないのあとを見、己の運命をふりかえる時が、最も情なく、恐しく、憤いきどおろしい。しかし、その、人間かえる時間も、日を経るに従って次第に短くなって行く。今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己おれはどうして以前、人間だったのかと考えていた。これは恐しいことだ。今少し経たてば、己おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋うもれて消えて了しまうだろう。ちょうど、古い宮殿の礎いしずえが次第に土砂に埋没するように。そうすれば、しまいに己は自分過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い廻り、今日のように途で君と出会っても故人ともと認めることなく、君を裂き喰くろうて何の悔も感じないだろう。一体、獣でも人間でも、もとは何か他ほかのものだったんだろう。初めはそれを憶えているが、次第に忘れて了い、初めから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。己の中の人間の心がすっかり消えて了えば、恐らく、その方が、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐しく、哀かなしく、切なく思っているだろう! 己が人間だった記憶のなくなることを。この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。己と同じ身の上に成った者でなければ。ところで、そうだ。己がすっかり人間でなくなって了う前に、一つ頼んで置きたいことがある。

 袁※(「にんべん+參」、第4水準2-1-79)はじめ一行は、息をのんで、叢中そうちゅうの声の語る不思議に聞入っていた。声は続けて言う。

2021-03-09

anond:20210309165126

自分まさにTVシリーズの頃に14歳だったんだけど、

しか庵野はその当時もゲスト出演したラジオで言ってたよ。アニメオタクいつまでもアニメばっかり見るなという気持ちエヴァンゲリオン作ったって。

で、中学2年生だった自分はそれ聞いて「アニメ監督アニメに対してこんなことを言うなんて!アニメは素晴らしいぞ!」と怒ってノート手書きで「お気持ち長文」を書いた。当時はまだインターネットテレホタイム時代で、パソコンも持ってなかったから、手書きノートに書くのが精一杯の発散だった。

あれから年をとって、あの頃の庵野の言ってることを「アニメ批判」だと思った自分は青かったと思う。

子供のうちはどうしても視野が狭くなる。ゼロかイチで物事を考えてしまう。

世界面白いものときれいなものと素敵な人にあふれていのだから

アニメが悪いんじゃない、アニメに気を取られてそれらとの出会いを捨てる人生は勿体ない。

2021-02-04

anond:20210203092748

目的を達成したいのであれば、まずその自己完結をやめたら?

やる前から結果でてたら何もしないでしょ

自分に出来ることでかつ望みに近づくこと一つずつためしたらいいのに

一つ失敗するごとに「これは望みへ近づかない」と解ればその一つを場外して他の手段をためしていけば最終的に望みへの近づき方が残るよね しらんけど

あなたがそれをしないならば、だれかはそれをする、それをだれかはするけども、あなたはしない ということだと

あなたはその望みをかなえられないけど、だれかはその望みをかなえる所までいくかもしれいない でしょ

別にあなたがする必要ないしだれかはそれをしたりするわけなのだから別になくてもいいんじゃないかなって思うけどね たぶん

だいたい毎日失敗しかしてない精神障害があるメンヘラっぽいのがなんですぐ彼氏彼女ができて結婚してたりするのかって

無理な事ばっかりというか世の中無理な事しかいから生きててムリーって出来ない事に常にぶち当たってるからじゃない?

自分が出来ないことに気が付くよりも先にそれが出来る人とかが視野に入ったら助けに来てくれてるのをつかまえて

自分にできること」が生活レベルであるので、いつのまにか「自分の望み」が「自分に出来てる事≒成功体験から一緒にいることが正解みたいになってそうだけど

2020-12-07

オドオドしたブスが嫌い

卵が先かニワトリが先かは分からない。

ルッキズムを語りたいとも思わない。

とにかくオドオドしたブスが大嫌いなのだ

知り合い、同僚、友達関係性はどうであれ、見目麗しくない、ちょっとしたことでモタついたりオドオドしてる女(ブス)を見てるとイライラする。

もちろん容姿が美しいことだけが正義ではない。

見た目が美しくても、性格最悪…という人も中にはいるだろう。

ただ、私の周りの美人達は皆性格が良くハキハキしている。

人のことを気遣える。人に優しくできる。協調性がある。趣味が多い。

周りで、オドオドびくびくしたり、卑屈な考えを持ってたり、(明らかに間違っていても)自分の考えを正当化しがちで「ぼっち」になる人に、不美人が多いのだ。

オドオドしたブスは、何も悪いことはしていないのだから堂々と振る舞ったり、聞かれたことに対して適切に答えればいいだけなのに、

あっ、あの、えっと、んー、えー、うーんと…

このワードを文中に何回出せば気が済むのか。

事の発端は、知り合いが私のヘアカラーファッションメイクネイルなど、美容に関することに興味を示してきた。

知り合い自身は悪い子ではない。「少し優柔不断気味?」「今まで美容あんまり興味がなかったのかな?」という印象だった。でもよく見てみると、

謎のパーマ(全然似合ってない)、手入れがされてない手元、しま○らで390円くらいで売ってそうな服、ボロボロスニーカー、「整えている」とは言い難い雑に剃ってチョンチョンと描いた眉、ガタガタふにゃふにゃのアイメイク。もちろん口紅なんか塗らない。

はっきり言って、「ダサい」と思った。

そんな彼女が、先月、「いつも(美容関係は)どうしてるの?」と聞いてきて、私が通っているヘアサロンエステサロン、まつ毛エクステネイル、服や小物を買う商業施設などザッと説明したら、非常に興味深く聞いてくれた。

ヘアカラーネイルのオーダー方法など、「そうなんだね!」「素敵だね」「どんな物があるのかな?」と、会話も弾んだ。

そして、

ヘアサロンは私にも似合うカラーカットあるかな?」と聞かれた。アウトバストリトメントすらしていない髪の子に。

メイクちゃん勉強したこといから教えてほしいな」と言われた。乾燥しているのにリップクリームすら塗らない唇に。

でも嬉しかった。綺麗になって一番嬉しいのは彼女本人で、彼女自身性格も明るく、素直な子だったから、楽しくなってほしかった。

見た目が綺麗になれば自分テンションが上がることを一番知っているのは、女である私と、きっと彼女だ。

そうと決まれば話は早く、メイクファッションヘアケアなど一連の流れを教えた。

もちろん私が簡単メイクを施したり、コーディネートの考察に付き合ったりした。

眉毛はこの角度で今より濃くした方がいい。ファンデーションはこうやって肌にのせるんだよ。

体型のバランスがこうだから、こんな形のジャケットが似合いそう。色が白いかインナーの色はコレがいいんじゃないかな。とか、着せ替え人形みたいで私自身も楽しかった。

自慢じゃないが、私は相当なマセガキ小学生の頃から化粧の知識を学んでいた。(母が読んでいた雑誌の影響もあるが)

高校生になれば付けまつげやまつ毛エクステ社会人になってからエステ脱毛など、美容に関しては歴も長く、そこそこ自信があった。

一通りメイクファッションを教え込み、完成を見せたら、なかなかに垢抜けていて、彼女の素材を引き出した自分にも賞賛を送りたかった。

変わりように一番驚いていたのは彼女だった。

すごく喜んでくれて、メイクで使った物を自分も買う!と言ってくれ、「一緒に綺麗になって、これからいろいろ覚えていけたら楽しいね」「オシャレしたら一緒に色んなところに行くのも楽しいし、気分がアガるね」と2人で話した。

そして今月、美容院に誘った。

服装メイクは教えたつもりだし、髪型で印象がかなり変わるのだから、今度は髪の毛も気にしてみようよ!というような話だった。

でも、待ち合わせに現れたのは、以前と変わらない「ダサい彼女だった。

メイクの時に教えたアイシャドウファンデーションは?と聞くと「買ったけどまだ開けてない」

ファッションコーディネートの時に買った靴は?と聞くと「履く場所もないし…」と。

いや、今日してこいよ。今日が使う場所だよ。

美容院だよ?都内一等地の。こぎれいな格好が似合う場だよ?

と思ってしまった。

美容院に行ってからも散々で、本人はカラーをしたい。パーマをかけたい。いろいろ要望を言っていた。

美容師さんが「最後カラーパーマをしたのは?」「どんな髪色にしてみたいですか?」「普段服装は?」いろいろ質問を投げかける。

それに対して、「えーっと、、、忘れました」「あっ、あんまり希望はなくて…どういうのが似合うのかも分からなくて…んー…」「普段…?うーん…普段は外に出ないから…」

いやいや、聞いている方が困るだろ。

っていうか、要望を言うなら調べてこいよ。どんなスタイルにしたいとか、少なくても誘ってから2週間以上あっただろ。

普段あんたがずーっとうつむいていじってるその手にあるものはただの板か?いくらでもググれただろ。

そして普段懇意にしてる私に恥をかかすなよ。

2人して一緒に入った美容院。

私は、普段からケアした髪を少しカラーをしてもらって、トリートメントもして女性らしくなるデザインカットを施してもらった。大満足だ。

彼女は、正直いつもと変わらない、似合っているとは言えない、真っ金髪パーマ

店を出て、カフェ感想

彼女は「増田は髪が綺麗だね。そんなに似合うカットしてもらえていいなあ」

「目が本当に大きいね。羨ましい」

「その服似合ってるね。今日髪型(カット後)にぴったりだね」

いや、普段からヘアケアしてるし、やりたい髪型調べてきたからね。っていうか教えたよね?

そして、目も自然に大きく見せられるようなメイク勉強してるからね。っていうかメイク教えたよね?

服装も似合いそうなものをチョイスしてきたからね。っていうか選び方教えたよね?

以降、私は「ありがとう」普段やってるからね」くらいのことしか言えなくなってしまった。

その瞬間から私の中で、彼女は「オドオドしたブス」と思うようになった。

聞かれたことにオドオドびくびくして、

行動しないくせに一丁前に「羨ましい」だの言って、せっかく買ったものタンスの肥やしにしてる人と、これから一緒に出掛ける気も失せる。だって、教えてもやらないじゃない。

いつもダサい格好してるのは自分なのに、それでいて「私なんか新宿ルミネなんて行けないよー」って言ったり、「銀座ネイルサロンなんてとても…」って言うなら、教えを乞うな。

だったら「羨ましい」なんて言うな。

ダッサい服着て家族だけと会話してれば?

家族しか話せなくて、いつまでもオドオドしてればいいじゃん。

からぼっち」になる人に、不美人が多いのだ。

2020-11-26

名付けの時に画数を気にする考えは滅ぼすべき

根拠もないし、理屈も通らない。

マナーとか江戸しぐさとか、水に感謝するときれいな結晶になる説と同じ系統の嘘だと思う。

はてな民はこういうの嫌いじゃない?

2020-10-07

anond:20201007170031

8000円のジーンズなんて30年前当時でも高級品

おしゃれな店でおしゃれな店員がいてこぎれいな台の上に乗ってるやつだろう

現代人が当時の相場を知らないのをいいことに

2020-08-10

40代のお洒落はどこで服を買えばいいのか

ファッションについてはてなで聞くのが根本的に間違っているのは理解しているが教えてほしい。

私は昔はそこそこファッションに興味があったが10年くらい、新規開拓するような形で服買っていない。清潔感重視で、こぎれいな格好をしているつもりだが、服に年齢が負けてきた(若作りしてる感、ちょっと子供っぽい感が否めない)。

普段買ってるのは下記の感じだ。

ユニクロ(ユニクロUがほとんど)

アウトドア系(北欧のもの、snowpeakアパレル)

オンワードクローゼット(オンワード樫山のオンラインショップ基本的地雷も多いがセールの掘り出しものが見つかる)

ZOZO経由でFreakstoreかZOZOオリジナル

・靴はスリッポンかブーツ。ブーツはDannerかブランドストーンキレイめのやつ。スリッポン無印ユニクロ

バクサイでプログラムアドバイスをもらうような場違い感でいっぱいだがが、教えて欲しい。はてなダメならQuoraで聞こうと思う(たぶんもっと地獄だと思うが)

2020-07-28

おちつけ!

 

はい あなたが 暴力で めいれいなさったから しょうがないです 暴力を振るったあなたには したがうしかないみんなでついていく

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