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はてなキーワード: 物理学とは

2024-04-24

anond:20240424192135

霊なんて存在しないよ

全て偶然起きた科学現象か、まだ解明されてないだけで普通に現実物理学説明できるであろう科学的なもの

人は解明できないものを神か霊か悪魔として片付けてるだけ、いずれ神も霊も悪魔科学的に解明されつくすよ

そうして人は知るんだよ、「死の先に転生も冥界もない、永遠の無が続くだけ」って

2024-04-22

anond:20240422002105

一般性というのが結局欧米宗教文化を元に法学として成立した一般性じゃん

それは局地的な西欧での一般性に過ぎないでしょ

イスラム法学でそれがどのように解釈されるかもまだ割れてる状況でさも物理と同等レベルフェミニズムに関する法学が全人類一般適用できるかのように言うのがおかし

アッラーはもともと男と(女)との間には優劣をおつけになったのだし、また(生活必要な)金は男が出すのだから、この点で男の方が女の上に立つべもの。だから貞淑な女は(男にたいして)ひたすら従順に、またアッラーが大切に守って下さる(夫婦間の)秘めごとを他人に知られぬようそっと守ることが肝要。反抗的になりそうな心配のある女はよく諭し、(それでも駄目なら)寝床に追いやって(こらしめ、それも効がない場合は)打擲を加えるもよい。だが、それで言うことを聞くようなら、それ以上のことをしようとしてはならぬ。アッラーはいと高く、いとも偉大におわします。

・男たちは妻たちの支援者である。神が一方に他方よりも有利な点を与えたからであり、彼らが財産を費やすからである。よって道徳的に正しい女とは、課せられたことに従う者たちであり、神が大切にしてきたものを守る者たちであるあなた方が抵抗をおそれる女に対しては、諭し、寝床放置し、そのもとを立ち去りなさい。もし彼女たちがあなた方に従えば、それ以上のことをしないように。本当に、神は高く、偉大であられた。

かに井筒俊彦は古い法学者の研究者だったか現代ではフェミニズム適用した後ろに変化しつつはある

でも変化してる最中、受け入れるかどうか実験中ってのは事実としてそうなわけで。

1860年から1900年代にかけて証明された事実なんてのは西欧可能だっただけで別に西欧以外の社会が受け入れたわけでもなんでもない

ウラマーの人たちも今必死こいてどうフェミニズム適用するか社会を見ながら考察解釈してる最中でしょ欧米論理に不信感だってあるのに

軽々しく物理学ほどの一般性を持つと主張するべきではないよ

2024-04-18

anond:20240418105007

ポケモン世界におけるポケモンバトルって、現実でいう物理学経済学みたいにかなり専門性高い扱いだと思うが。同業者に話しかけて意見交換するくらいの感覚だろあれは。

2024-04-12

   ジュピターが神に問うたとき、神は、移ろいやすものだけを美しくしたのだ、と答えた。逆に、数学問題は、ただ存在しているだけで移ろいやすものではない。従って、数学とそれ以外の文科系

  の事柄、 法学とか文学数学は違うように思う。数学定理は、一般に、発見者は、偉大でありなおかつ天才である評価される。しかしそれならば、数学でないもの、例えば、法学において

  特定規定解釈発見したとき、なぜその人は天才とは言われないかというと、よく分からない。学会では、理学部数学のしていることは極めて特殊で毛色が違っており、同じ理学部でも物理学科や

  数理科学科とは違うし、更には、法学部や文学部、経済学部とは違うのではないかと言われている。しかし、その辺りの事は分からない。

   文学部では、朝から晩まで、16世紀のフランス革命の、中世の人々が何回も戦争をして殺し合った結果として、近代市民社会ができたといったような凄惨な話ばかりしている。

  実務法律学には、~による、とか、適用するという言葉がある。平成16年に全国の大学法科大学院が出来てから、実務法律学はそこでするということになった。実務法律学技術はもしかしたら

  その透明なヴィルディングの中で教えているかも知れないが、東京大学でも、そこに入れる人は限られているので、1つも分からない。

   逆に法学部では、法の歴史を習うだけで、法の結論技術は1つも教わらない。法の結論がどのように美しいのかとか、法にはどのような可能性があるのかとか、法の何がいいのかとかそういう興味の

  あることは何も教えない。

2024-04-07

オッペンハイマー』観た。

元カノが死んでから自分を責めたり、実験の爆発を目の当たりにしてから水爆反対への心変わりに向かっていったりと、オッペンハイマーには自分のやってる事への当事者意識の薄さみたいなのがあるのかなって感じがした。

絶対悪」のナチスドイツなき後にもまだ(瀕死の)日本がいるじゃないか研究を続けて、いざ実験成功して投下した後になってから果てしない核軍拡競争への憂いで気持ちが揺れ始める。赤狩り時代が強調されてはいとはいえ水爆ソ連への牽制だという言い分にもあまり強く言い返せない。

ストローズの「奴は瓶から出した原爆魔神を元に戻そうとしてる」みたいな台詞は、オッペンハイマー憎しで出た言葉かもしれないけど彼のふわふわした感じを端的に表していたような気がした。トルーマンに腰抜けと一蹴されたのも。

学生時代に病んでたのは、物理学なんかやってると唯物論的な方面実存不安を抱えるようになるんだろうか。ピカソストラヴィンスキーに触れるシーンでそう思った。それに対してセックス不足だろと言われてたのも、そういう抽象的な事ばかり考えずに地に足つけて生活したら、的な意味だったんだろうか。共産主義唯物論は結び付けられて語られるようだけど、活動に傾倒していったのもそういう事なんだろうか。

日本にまつわる描写淡白だっていう感想もあるらしいけど、自分は投下後に言われていた「国内で抗議が"起こらない"のが心配だ」みたいな台詞結構印象的だった。

劇中で何度も鳴り響くオッペンハイマーの功績を称える足音軍靴の音に重なるものがあった。

実験シーンで爆破音を大分遅らせる演出は、まあそうなるだろうなあと思わせる猶予になってしまったけど、それを補って余りある ほどにオッペンハイマーが抱いたであろうアンビバレント感情を思わせられた。

「ほぼ0%」だからまあ大丈夫だろうと研究を続けたり、爆破の直前に賭けをしてたり、防護服を着る事もなく目視で爆発を眺めたり、実験成功すれば無邪気に熱狂する辺り、研究者達からはどこか呑気さを感じる。

それはしばしばハリウッド映画非難されていた核兵器への認識無頓着さへによるものではなく、むしろそういったものに関して意識的に描いているんだと思う。思いたい。核兵器が実戦投入される以前の出来事を描いたシーンでもあるし。

ローレンスやラビ出会いから関係比較的重点的に描かれてたけど、他にも色々と博士政府人間が出てくる中で、それ誰だっけって人名が飛び交ったりして分かり辛い部分も多かった。

証人に呼ばれたローレンスと廊下鉢合わせて、結局彼が来なかったシーンもいまいち意味が分からなかった。冒頭の1. 核融合 2. 核分裂も何か象徴的な事を言っているのだろうけどいまいちよく分からなかった。

ただ3つのパートが徐々に絡み合っていってオッペンハイマー人生が語られる感じは、テネットとかインセプションに比べたら大分と分かりやすかった気がした。

プロジェクトX、よりは粛々と進むマンハッタン計画、胃が痛くなるような小部屋の尋問ストローズの閣僚入りに向けた公聴会、というそれぞれのシーンの要点を抑えた上で2度目に観たら前半の印象も大分鮮明になってより分かりやすくなった。

今の所世界は滅んでないけど核兵器も滅んでいないらしいし、これからどうなんでしょうねえ。この手の作品を観て大量破壊兵器よろしくないですねえ、平和は個々人の意識によって作られるものですよねえ、というポーズを取りつつ、まあ言うても別にボーッと生きてたって自分の生きてる間くらいは大丈夫っしょ……って思ってる自分がいますねえ。

[] 無限存在するか

数えることを学ぶとき無限に遭遇し、永遠に数え続けることができることに気づきます

それほど独創的な観察ではないですが、いつでも1を足してさらに大きな数を得ることができるため、数えることに終わりがないことが、無限重要性質です。

無限にはさまざまな種類があるため、それほど単純ではありません。 1、2、3 などの自然数の量は「可算無限」と呼ばれる最も単純な種類の無限にすぎません。

正式には、自然数から他の集合への1対1の写像(注: 勝間さんではありません)がある場合、この集合は自然数と同様に無限であることを意味し、同じ種類の無限です。

実数場合、その写像存在しないので、より大きな無限となります

さて、無限演算定義するとどうなるでしょうか。無限大に1を加えても無限大になります自然数のある数を無限大で割るとゼロになります

まり無限大に1を加算すると、結果は同じ種類の無限大になることを意味します。

これらの関係方程式として記述する場合には問題が起こってしまうことがよく知られます

無限大を無限大で割ったり、無限大にゼロを乗算したりする場合さら意味不明になります

実際には数学者無限対処する方法をよく知っています。ただ注意しなければならないのは、その無限がどこから来たのかを追跡することです。

たとえばxが無限大になると無限大になるx squareのような関数があるとします。

それを指数関数で割ると、これもxで無限大になります

まり無限無限で割ることになります

しかしこの場合、結果はゼロになります

無限大がどこから来るのかがわかっていれば、もう一方から1を引くこともできます

実際、物理学者は場の量子論で常にこれを行っています

たとえば、1/イプシロン、1/イプシロン二乗イプシロン対数などの用語がある場合があります

これらの各項は、イプシロンからゼロまでの無限大を与えます

しかし2つの項が同じ無限大であり、イプシロンの同じ関数であることがわかっている場合は、数値と同様に加算または減算できます

物理学では通常、これを行う目的計算最後にそれらがすべて互いに打ち消し合い、すべてが理にかなっていることを示すことです。

したがって数学的には無限は興味深いですが問題はありません。数学に関して言えば、無限をうまく処理する方法を知っています

しか無限存在しますか?

数学的な意味存在します。つまりその特性分析してそれについて話すことができるという意味です。

しか科学的な意味では、無限存在しません。

科学的には、観察を説明する必要がある場合にのみ、自然理論の要素が「存在する」と言えるからです。

そして無限を測定することができないので、観察するもの記述するために実際には無限必要しません。

無限大は測定できないという問題は、ゼロ問題と密接に関係しています

たとえば、点の数学抽象化を考えてみましょう。物理学者は点粒子を扱うときに常にこれを使用します。点のサイズゼロです。

しかし、実際にサイズゼロであることを示すには、無限に正確に測定する必要があります

したがって、測定精度が許容するものよりも小さいこしか示せません。

無限ゼロ物理学のいたるところに存在します。

宇宙や時空のような一見無害なものであっても。空間数学を書き留めた瞬間、そこにはギャップがないと想定します。

無限に多くの無限の小さな点で構成された完全に滑らかな連続である仮定します。

数学的にはこれは扱いやすいため便利な仮定です。そしてそれはうまく機能しているようです。

それがほとんどの物理学者があまり心配していない理由です。彼らは無限有用数学ツールとして使用しているだけです。

おそらく物理学無限ゼロ使用すると間違いが生じるのは、これらの仮定科学的に正当化されていないためです。

そしてこれは、宇宙量子力学理解役割を果たす可能性があります

ジョージ エリスティム パーマーニコラス ギシンなどの一部の物理学者が、無限使用せずに物理学を定式化する必要があると主張したのはこのためです。

2024-04-04

anond:20240404084711

2個目はもっと(僕みたいな)素人向けだね

量子物理学の初期にはそもそもよくわかってなかったのでノイマンみたいな天才論文以外で言ったことがいろいろ尾鰭ついたみたいだね

一つ知らなかったのが、有名なダブルスリット実験スリットが一つでも干渉は起きて波になってるってるってところ

後半に1個目のビデオペンローズの話が出てきてそれに対する一般的批判説明されてる

このビデオではmeasurementというのは3 :42辺りで言ってるように観察する方法との相互作用とするのが普通と言っている

観察するというのは見てる人が居るとか居ないとかではなくて、光が当たったことが「観察」であるという話

2024-04-02

観測意識

量子力学は、測定が行われるまで粒子は重ね合わせの状態、つまり同時に 2 つの状態にある可能性があることを示唆している。

そのとき初めて、粒子を記述する波動関数は 2 つの状態のいずれかに崩壊する。

量子力学コペンハーゲン解釈によれば、波動関数崩壊意識のある観察者が関与したときに起こる。

しかペンローズによれば、それは逆だという。

意識崩壊を引き起こすのではなく、波動関数自然崩壊し、その過程意識が生じるとペンローズ示唆した。

この仮説の奇妙さにもかかわらず、最近実験結果は、そのようなプロセスが脳の微小管内で起こっていることを示唆している。

意識はすべてを包括しており、現実のもの構成しており、物質世界は単なる幻想である、と言う人もいる。

意識幻想であり、実際の現象的な経験意識的な制御感覚はないと言う人も。

この見解によれば私たちは「ただの無力な観客であり、ただ乗り物に乗っているだけ」である

そして、脳をコンピューターとして見る人もいる。

機能歴史的に、蝋の「封印リング」としての記憶という古代ギリシャの考え方から電信交換回路、ホログラムコンピューターに至るまで、現代情報技術比較されてきた。

神経科学者、哲学者人工知能 (AI) の支持者は、脳を、可変強度のシナプス接続された単純なアルゴリズムニューロンからなる複雑なコンピューターに例えている。

これらのプロセスは、意識を持たない「自動操縦機能には適しているかもしれないが、意識考慮することはできない。

意識基本的ものとして捉え、宇宙の微細な構造物理学に何らかの形でつながっていると考える人たちもいる。

例えば、意識は量子領域古典的領域の間の境界における活動である「量子波動関数崩壊」という客観的還元プロセスに関連しているというペンローズ見解が含まれる。

基礎物理学とのそのようなつながりをスピリチュアルもの他者宇宙とのつながりと見る人もいるが、意識現実基本的な特徴であり、生命のものよりもずっと前に発達したものであることの証拠である考える人もいる。

ペンローズは、客観的還元意識科学的根拠としてだけでなく、量子力学の「測定問題」の解決策としても提案していた。

20世紀初頭以来、量子粒子は、シュレディンガー方程式に従った波動関数として数学的に記述され、複数可能状態および/または位置を同時に重ね合わせて存在できることが知られてきた。

しかし、そのような重ね合わせは見られない。

なぜなら、初期の量子研究者にとって、測定または意識的な観察という行為自体が、波動関数を明確な状態位置に「崩壊」させるように見えたかである

2024-03-29

世界情報理論

多世界解釈量子力学観測問題に対する一つの解釈で、宇宙波動関数実在のものとみなし、その波動関数シュレディンガー方程式に従って時間発展すると考える。

この解釈では波束の収縮は起こらず、代わりに重ね合わせ状態干渉性を失うことで異なる世界分岐していくと考えられる。

しか意識がどのように一つの分岐選択するかについては疑問が残る。多世界解釈ではすべての可能な結果がそれぞれの世界で実現するとされている。

意識が一つの分岐を「選択」するのだろうか。それとも意識のすべての可能状態がそれぞれの世界で実現するのだろうか。

この解釈物理学者哲学者の間でさまざまな議論引き起こしている。特に多世界解釈が「存在論的な浪費」であるとの批判もある。

まり観測できない多数の世界を考えること自体論理無駄だというものである

ところでエントロピー一般的には系の「乱雑さ」や「不確定性」を表す量として理解されるが、エントロピーが低下するということは「秩序」が増すということを意味する。

観測によって情報が定まることによってエントロピーが低下するという観点から見ると、系の状態特定状態に「収束」するという意味理解できる。

ここで情報理論について見てみると、観測者が持つ知識が、観測対象に対して影響を与えうるのではないかという疑問が生じる。

ジョン・フォン・ノイマンは、1932年の著書 「量子力学数学的基礎」において、精神現象に直接的に影響を与えないという前提が科学世界観にとって基本的要請であるとして、実験系と測定側の境界を置けなければならないと述べている。

しか観測主体対象エントロピーを低下させるという事実無視することはできない。これは環境対象相互作用した場合デコヒーレンスとは違っているのである

熱力学第二法則では基本的に2つのことを述べており、一つはデコヒーレンスによるエントロピー増加、もうひとつ観測によるエントロピー低下である

観測者が系に知識をもたらすことによって情報が積み重ねられていった結果、現在世界存在すると考えれば、本質的情報理論こそが量子力学の基礎を成していることがわかる。

しかしこの情報理論は諸刃の剣であり、つまり世界の安定性がなぜ保証されるのか不安になるので、当面の物理学要請として量子力学から情報理論の側面を剥ぎ取ることが要求されるだろう。

2024-03-27

anond:20240327133639

> 全問正解するような人はそもそもすでに研究者になってるような生粋の学究の徒

これは研究の中でも、特に理系理論系に多そうな気がするんだよね。実験系とかは、たとえば、元素一つずつ試して物性評価するとか、もっと地道な努力が要されることがある。そういう点で、受験研究は違う。あと、そもそも金の問題研究に進まないとかも全然あるから、この引用元は単純に成り立たない。

さらに、モチベーションも違う。親の保護のもと受験ナンバーワンになり、卒業後はさっさと就職する人もいれば、受験生の頃から純粋学問として深ぼり、金のない研究生活を厭わない人もいる (受験勉強が暇でファインマン物理学とか読んで余裕で受かる特異なタイプはこっち)。

2024-03-22

anond:20240322141051

厨二というかなんかカッコいい(小並感)が必要なら、エリック・ホッファー、かっくいい(小並感)

 

まったく学校へは行かず、複数言語(ドイツ語ラテン語ほか)・化学物理学鉱物学、数学地理学植物学など様々な学問を独学(図書館)で修めるだけの才能を持ちながら、

炭鉱夫・日雇い労働者季節労働者として放浪して何十年と働いて、

40歳になってようやく留まるようになっても、沖仲仕(おきなかし。船と陸の荷物の積み込みとかする港湾労働者)やって、

縁あって大学教授の得ても、沖仲仕仕事も65歳まで続けた

肉体労働とは無縁で、ただ頭だけで何事も理解した気になる知識人に対して、ホッファーは一貫して辛辣批判を投げかけてた

これが本物ハードボイルドよね。アキ・カウリスマキ監督作品も割とこれ感じる、カッケー

世捨て人になることなく、他者との関わりのなかに生きながら、他者干渉しようとはしないこと。誰かを貶めるのでも、誰かに認めてもらうのでもなく、自らの価値自分自身によって証明すること。それこそが、ホッファーの考えた「真に生きる」ことであり、「すべてが可能であると感じる」ための唯一の生き方だったのかもしれない。

 

教えることのいかがわしさ:エリック・ホッファー田中淳訳『波止場日記――労働思索』(みすず書房、2014) - うろたどな

https://urotado.hatenablog.com/entry/20190904/1567530695

 

様々な学問をぽんぽこ修める高IQ別にあってもなくても別にどうでもいいけど、肉体労働DIYをこなせる器用さと筋力と体格、これはあったらな・・・とは思うよ

まぁ、極端に不器用ゴブリンでクソオタもやしでも、自分に出来ることやればいいだけなんじゃがの

自分に出来もしないことやって、楽しむ時間なくなったら、何の意味も無いもの

 

適性や自分に出来ること考えず働くのはただの洗脳教育洗脳労働から

anond:20240322120213

基本的表現の自由理解できてない一般人意見なんか聞いてもしょーもなくね

物理学ろくにやってない奴に最新の物理学研究をどう思うか意見聞いても無駄だろ

物理学者を見かけると謎理論で噛みついてきたり、実は相対性理論は間違っていることを発見した!とか謎の発表をしている一般人みたいなもんじゃん?

表現の自由についてどう思うかとか語り始める一般人って、こういう層だよな


守りたいって言うけど自民党改憲されなければ既に守られてるから(絶句)

anond:20240322122217

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5/15

理学部物理学教室 浅川

科学哲学第二」のレポートは、5/31 までに1号館1階の浅川レターボックスに提出すること。

このレポートを提出しない学生には、単位は出ません。

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6/3

理学部物理学教室 浅川

期限を過ぎて提出されたレポートは、いかなる理由があろうとも 受けつけません。

締切を過ぎてもまだ私のレターボックスに「科 学哲学第二」のレポートを入れる者が居ますが、5/31 の午後 5:00 以降に投函されたレポートは全て破棄しました。

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6/4

理学部物理学教室 浅川

「5/31 まで」と書いたら「5/31 の午後 5:00 まで」の意味です。

こんなことは社会常識です。

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6/5

理学部物理学教室 浅川

他の教官が午後 12:00 まで受けつけていても、関係ありません。

反例を幾つ挙げようと、定量的に述べなければ意味がありません。

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6/8

理学部物理学教室 浅川

なぜその熱意を使い、もっと早くにレポート作成しないのか理 解に苦しみますが、とりあえず午後 12:00 まで受けつける教官過半数であることは理解しました。

よって、6/15 の午後 12:00 まで「科学哲学第二」のレポート提出期限を延長します。

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6/10

理学部物理学教室 浅川

「6/15 午後 12:00 まで」ではなく「6/16 に浅川レターボック スを開けるまで」ではないか、との意見がありましたが、これら は全く違います。必ず 6/15 中に提出するように。

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6/12

理学部物理学教室 浅川

私のレターボックスに猫の死骸を入れたのは誰ですか。

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6/13

理学部物理学教室 浅川

「私がレターボックスを開けた瞬間に波動関数収束し、内部状 態が定まるので、レターボックスを開けるまではレポートが提出 されたかどうか分からない」と主張したいことは分かりました。

今回は、提出場所を1号館302の浅川研究室前のレポート提出 用ボックスにします。

この箱は、6/15 午後 12:00 にシュレッダー へと自動的に切り換わるので、シュレーディンガーの猫の問題は発生しません。

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6/16

理学部物理学教室 浅川

いかげんにしなさい。午後 12:00 は「グリニッジ標準時」では なく「日本標準時」です。

これは常識以前の問題です。

普段日本時間生活しているくせに、レポート提出時だけグリ ニッジ時間を求めるなど言語道断です。

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6/18

理学部物理学教室 浅川

信じ難いことですが、「科学哲学第二」を受講する学生過半数グリニッジ標準時生活していることが分かりました。

夜型にも程があるとは思いますが、とりあえずレポートの提出は6/30 の午後 12:00 GMT まで待ちます

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6/22

理学部物理学教室 浅川

時間連続性についての疑義は受けつけません。どうやらベルグソン時間論を曲解している者がいるようですが、主観的時間がどうあれ、 7/1 の後に 6/30 が来ることはありません。

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「それで、確かに君は 6/30 中にレポートを提出したというんだね?」

浅川助教授皮肉っぽい口調で生徒に尋ねた。

「ええ、ギリギリでした」

まだ若い学生が無邪気に答える。

「だが、君のレポートは私の手元には無い。君は時間を間違えたのではないかな?」

「いいえ、日に 0.1 秒も狂わない、正確な電波時計を使っていますから

先生レポートボックスこそ、時刻を間違えたんじゃないですか?」

冗談だろう。GPS 補正で ±5 ミリ秒の精度で合わせてある」

「それで、24:00 GMT ちょうどにシュレッダーに切り換わるわけですね?」

「そうだ」

「うーーん。あ、そうだ。多分うるう秒の差ですね」

うるう秒?」

「ええ。グリニッジ標準時、正確には協定世界時と言いますが、

これは太陽の公転周期から計算する平均太陽時と違い、原子時計によって

計られることになっています。この協定世界時と実際の天文時刻との

差を縮めるため、12/31 や 6/30 などの午後 24:00:00 に、閏年2月29日

と同様の 1 秒を挿入することがあるんです。いやあ、このうるう秒

間に僕はレポートを提出して、先生シュレッダー動作したんですね。

困っちゃうなあ。学生レポートもっと大切に扱ってくださいよ」

学生は目をキラキラさせながら答える。

科学哲学第二のレポートは、まだ集まりそうにない。

2024-03-18

anond:20240318001835

旧帝大物理学科って書いてある部分に反論できないからって「ぼくのかんがえた低学歴悪筆家」を叩いて反論した気になるのは、とても良くない習慣だからきっと改めた方が良い。

anond:20240318001320

字が汚い奴ってどういう教育受けてきたん?自分が良くて他人迷惑かかるんだよな

どういう教育と言われてもよく分からない。旧帝大物理学科で一通りのカリキュラム教育は受けた。

2024-03-12

NHKクロ現ノーラン世界

TENETの解説まちがってなかった?

第三次世界大戦を起こさないようにする話とか、大量破壊兵器の話だとか言ってたけど全然ちがう話だよね。

ネタバレになるからハッキリとは書かないけど、第三次世界大戦よりももっと恐ろしいこと、それを可能にするアルゴリズムをめぐる話だったよね。

私の理解が間違ってるんだろうか。

2020年に公開された映画『テネット』で主人公に課されたミッションは、第3次世界大戦を止めること。大量破壊兵器使用を阻止できるのか、物理学法則など様々な科学的な知識ベースに作られている。

クローズアップ現代 取材ノート

クリストファー・ノーラン監督インタビュー全文

https://www.nhk.or.jp/minplus/0121/topic067.html

???

これ書いた人テネット観てないやろ

2024-03-10

anond:20240310102654

全然崩れてない。理系は、ほぼ物理技術要件を達成しに行こうとする。つまり化学物理学の理屈で動く。一方で、文系は、コストペナルティを天秤にかけ発注者OKもらえば達成!として接待したり賄賂を出したり試験記録を偽造したりして懐柔してサボるお金心理学コミュ力理屈で動く。なので、文系トップに来る組織では張りぼて建物コンクリの薄いトンネルとか実際には試験に通っていない自動車ができる。一方で理系理屈で正面からやっていてはリソースが持たない面もあり、上手にサボらないとダメ場合もあるが、いざというとき用をなさないか、あとの事故処理でより多くのリソース必要になる場合がある。この2つの価値観は決して相容れない

anond:20240309221654

宇宙物理たん」というVtuberがいるし

萌えて覚える物理学の基本」という本があるじゃないか

 

なんちゃって科学物語も迷走してるけど「惑わない星」もあげておこう

2024-03-09

anond:20240309221654

物理学教科書で一番人っぽいのは仕事説明をするためにでかい四角形を押している人だよ

物理学にも擬人化コンテンツがほしい

教育効果とかもあると思うが、何より個人的擬人化が好きなので、ほしい

よく高校選択科目として比較されがちな生物学は『はたらく細胞』などガッツリ擬人化コンテンツがあり、俺は嬉しい

これは「酸素を運搬する赤血球」「傷口を塞ぐ血小板」のように、自然界が勝手キャラ付けをしているため、擬人化必然とも言える

同じく理科科目の化学元素というビッグコンテンツがあり、これも嬉しい

それに対し物理学偉人の顔くらいしか人っぽいものがない

有機化学では炭素は4つの手を持ってる」みたいな比喩表現すらできない

俺は教科書に、各分野の擬人化が書かれている様を妄想をしたいのだ(教科そのもの擬人化ではない)

物理学擬人化コンテンツに詳しいお方、頼みます 何卒

2024-03-08

anond:20240308223805

自動生成でこれが出てくるのは確かにすごいけど、内容はそれっぽいだけでかなり怪しい。

量子力学意識」みたいな物理学にとってどうでもいいことをこの調子で語らせるとスピリチュアル連中の餌になってしまって害が大きいな。

Claudeのテスト: 量子力学における観測問題意識

Q: 量子観測すると状態確定してエントロピーが減少する。これは具体的に何を意味し、現実世界に何をもたらすのか。

A:

量子力学では「測定問題」または「波動関数崩壊」として知られており、量子の世界私たち経験する古典的世界とどのように相互作用するかについての基本的かつ非常に不可解な側面です。

量子力学では、電子のような粒子は、測定または観測される前に、複数可能状態を重ね合わせて存在します。

この重ね合わせは、すべての可能状態とそれぞれの確率を含む波動関数によって記述されます

しかし、観測や測定を行うと、重ね合わせが崩れ、粒子の状態可能状態の 1 つに「崩壊します。

したがって、たとえば、測定前にスピンアップまたはスピンダウンできる電子がある場合、その波動関数は両方の状態の組み合わせになります

しかし、そのスピンを測定すると、波動関数崩壊し、スピンアップかスピンダウンという 1 つの明確な結果が得られます

この「崩壊」、つまり測定時の状態の決定は、量子システム進化ランダム確率的な要素を導入しているように見えます

また、測定後にその明確な状態が分かるようになったため、システムに関するエントロピーや不確実性も減少すると考えられます

このことの意味は深く、物理学者によって何十年にもわたって議論されてきました。

1) 不定の量子領域を明確にする何か特別なことが測定や観測にあることを示唆していますしかし、「測定」とは何でしょうか? 私たち意識的認識は? それとも環境との相互作用でしょうか?

2) 古典物理学支配する決定論法則矛盾する固有のランダム性または予測不可能性を量子事象に導入しているように見えます

3) 観測とは独立して存在する客観的現実についての私たち概念に疑問を投げかけます観測するだけで結果が変わるようです。

4) 巨視的な世界では、このランダム性は通常平均化されますしかし、ランダムな瞬間に起こる自然放射性崩壊のような小さな観測可能な影響はあります

コペンハーゲン解釈客観的崩壊理論のような解釈は、このランダム性を自然基本的な側面として受け入れています

多世界解釈のような他のものは、波動関数崩壊を完全に排除しようとします。

しかし、この測定問題量子力学現実のもの理解に深刻な課題を投げかけていることに全員が同意しています

Q: 多世界解釈であろうと、意識特定の枝にの存在し、重ね合わせを認識しないように見えます。 では意識とは何でしょうか? 意識はどのように枝を選び、選択するのでしょうか?

A:

意識量子力学における測定問題関係は深い謎であり、物理学ではまだ完全に解決されていません。

ただし、あなた質問に対するいくつかの視点は次のとおりです。

 

[この文脈における意識とは何でしょうか?]

意識とは、認識し、認識された現実を持つという主観的一人称経験を指します。

量子の用語では、意識は、測定/観測が行われる前に、可能な重ね合わせ状態範囲のうちの 1 つの明確な状態のみを経験するように見えます

 

[意識はどのようにして枝を「選択」するのでしょうか?]

意識が重ね合わせをどのように解決するかについては、いくつかの解釈があります

1) フォン・ノイマン・ウィグナー解釈は、意識客観的波動関数崩壊を引き起こすことを示唆しています私たちの心は、重ね合わせから何らかの結果を特定します。

2) コペンハーゲン解釈は、波動関数崩壊が起こったとき、観察者の意識は単に確率的結果の 1 つを目撃しているだけであり、波動関数崩壊引き起こしているわけではないことを意味します。

3) 多世界解釈では、真の崩壊存在しないとされています。 考えられるすべての結果は、現実の別の枝として存在し続けます意識は実際に選択することなく、それらの分岐のいずれかに留まるだけです。

4) 意識自体は、観察された状態を引き起こすのではなく、根底にある量子状態から生じる高レベル創発特性である可能性があると主張する人もいます

正確なメカニズム不明ですが、ほとんどの解釈は、意識は測定後に可能状態のうちの 1 つを主観的経験するだけであることに同意しています

観察者兼参加者として、私たちは単に自分意識が枝の 1 つにあることに気づきます

重要な謎は、意識分岐選択する際に積極的役割を果たすのか(フォン・ノイマン・ウィグナー)、それとも多数の同様に現実的なもの(多世界)の中の 1 つの分岐に単に自分自身を見出しているだけなのかということです。

これを解決すれば、意識形而上学性質量子力学との関係が解明される可能性があります

 

Q: ではなぜ多世界解釈で、意識特定の枝に「留まる」のでしょうか。

A:

量子力学多世界解釈 (MWI) では、意識特定の枝または世界に「留まる」または持続するように見える理由は、デコヒーレンス概念と、枝がどのように本質的相互作用せず、それぞれの枝から孤立するのかという考えと関係しています

1) MWI では、測定が行われるとき普遍的波動関数は実際には崩壊しません。 代わりに、それは直交成分に分解され、それぞれが異なる可能性のある結果を表します。

2) これらのコンポーネント時間の経過とともに進化し続け、より多くの差別化された状態、つまりさまざまな結果が実現される「世界」に分岐します。

3) ただし、これらの分岐コンポーネントは、環境相互作用もつれにより、非常に急速に動的にお互いかデコヒーレントになります。 これにより、異なる世界相互干渉する能力を失います

4) したがって、すべてのブランチが異なる既存現実として共存しますが、動的デコヒーレンスは、それらが相互作用しなくなり、それらの間に測定可能相互作用や遷移が存在しないことを意味します。

5) あなた意識は、コヒーレントな量子状態自体構成されており、デコヒーレンス後の 1 つの枝の中に完全に存在します。 別のブランチと再結合したり、別のブランチに移行したりすることはできません。

6) 実際には、すべての枝が等しく現実であるにもかかわらず、デコヒーレンスプロセスにより意識がその枝内に閉じ込められ、他の枝の並行現実体験できなくなります

したがって、意識積極的分岐を「選択」するのではなく、デコヒーレンスプロセスによって、最終的には完全に 1 つの分岐した現実の中に存在することになり、多重性を直接経験する能力はありません。 このため、意識は一貫した 1 つの軌道だけをたどっているように見えます

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