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2021-01-17

anond:20210117064817

>>>実家での夜には静寂と真っ暗闇があり>>>

電車を乗り間違えてしまい、東青山で待ちぼうけをすることになった。

当時はピアノのレッスンがてら英単語の本か何かを読んで必死に覚えていたのを思い出す。

とにかく駅以外はすべて闇。

そして、カエルの鳴き声。

それ以外はもう何もない。

都内大学受験をする人種が一切遭遇することのない情景だ。

自分作曲をやってるのも、こういう背景が馬鹿になっていないのではと思うことがある。

都心作曲勉強する者の書式を見ていて思うのは、素材の貧困化だ。

なぜこんなに恵まれ教育を受けたものが、どうしてこうダメな書式をするのか。

それは、日本存在するサウンドスケープが、都心ではほとんど味わえないといった理由ではないだろうか。

これは伝聞情報で正確性がないが、ベートーヴェン川魚を取りに、釣り道具とともに出かけたという。

モーツァルトは、親とともに馬車を乗り回す日々であった。

自然音のストック現代人よりはるかに多い。

この種のストック1970年代まれ作曲家以降、都心京阪神居住者から激減している。

しかし、これ以外の居住者には、面白いストックを持った作曲家も多く、出身を調べるとやはり地方田舎なのである

神社獅子舞を舞いに来てくれた人がいる。

この獅子舞2020年代現存している。

ちゃんと、楽士がしっかりきて囃子笛を鳴らす。

こういうのも、都内ではない。

都内にはピアノリサイタルオーケストラがあったが、私の地元には獅子舞盆踊りがあった。(盆踊りだけはすでに録音テープになってしまっていた)

花火大会の音もあった。

自分音楽性も、地方と密接に絡みついていたのだ。

2020-10-01

在宅勤務に飽きてしまったので、気分転換のため今日はどんたく勤務にしてみた

博多囃子演奏BGMとしてながしながら、自分ラッピングしたNゲージの花電車を走らせる

なんだか楽しい気分になってきたので「増田が部屋でスッポンポン」と唄いながら全裸仕事をした

思いのほか楽しめたので毎月1日はどんたく勤務の日にすることにした

2020-08-16

地元クラスターが起こった

少しフェイク交えて書くけど、地元ちょっとしたコロナクラスターになったらしい。


私の地元には(ざっくり説明すると)町内ごとに手作りのお神輿作成し、その出来を踊って騒いで競い合うという伝統的なお祭りがある。

しかし今年はコロナの影響でお祭りが中止になった。

祭り自体は中止になったものの、そのお神輿を作る町内の蔵の中でクラスターが発生した。老若男女関わらずコロナに罹り、中には役所関係の人もいたりと対応に追われているそうだ。

人が集まったり飲み食いしたりすれば感染が拡がるのに。アホすぎる。



ちなみに私は対象の町内の外に住んでいたので、祭りに対して特別思い入れはない。しかし思い返してみると通っていた小学校の友人はみんなお囃子太鼓が叩けて当たり前という空気だった。もちろん私は、笛も太鼓も触る機会すらなかった。

当時は学校先生方含め、祭り地域伝統だと持ち上げて誇らしげだったが、そこに入れてもらえない町内に住んでいた私は少数派で、なんとも言葉にできない居心地の悪さがあった。

そして(もちろん全員がそういうわけではないが)悪い大人に唆されて友人が非行に走ったり、未成年飲酒が見過ごされていたりと、あの祭り独特の雰囲気が嫌だった。中学生くらいまでは足を運んでいたが、その後は全く行ってない。




最近Facebookで昔の友人がタグ付けられた写真さらーっと流し見する程度だったので忘れかけてたけど、コロナきっかけで祭りについて色々と思い出したので書いてみた。

2020-07-07

待つ

今年の初めから流行し始めた新型の感染症のせいで、今年は花火大会ほとんどが中止になるかもしれません。

未知のウイルス世界中蔓延して自由に外出できなくなって、人々がマスクを奪い合う日常というのはまるで現実離れしていて、私は春からずっと誰かが作った映画や本の中に迷い込んでしまったような気分がしています

今日は少しひんやりしているなと思いながら、傘を持っていない方の手のひらで反対側の二の腕をあたためました。家の中に居て雨の音を聞いていると保護されているような気持ちになるのに、外に出るととたんに心細くなるのはどうしてなのでしょうか。

傘を指してどこかへ急いでいく人々が目の前を横切っていきます。私は待ち合わせ場所が間違っていないか不安になりました。そういえば、本屋さんで待ち合わせをしようと決めただけで、具体的な場所指定していなかったことに気づきました。待ち合わせといえば当然入り口だろうと思い込んでいたのです。

腕時計の針はここに到着してから15分が経過したことを告げていました。

私は今、街で一番大きな本屋さんの入り口に立っています。この本屋さんにはいくつもフロアがあるので、別の階に探しに行ってもどこかですれ違ってしまうかもしれません。あたりを見回すと、どの人も私の待ち人そっくりに見えて、でもよく見ると決してそうではないのでした。

誰かを待っている時間というのはおそろしくゆっくりと流れます。どこのコーナーに行ってどんな本を見ようかとわくわくしていた気持ち、そして会えるのを楽しみにしていた気持ちが、自分の中で少しずつしぼんでいくのがわかりました。

夏にこうして誰かを待っていると、私は子供の頃の花火大会の日の夕方の、長い長い時間のことを思い出します。

中学校制服をどうやって手に入れればよいのだろうと考えていた記憶があるので、きっとあれは小学校六年生の頃だったのだと思います。いつだったか、転校してきたクラスメイトのおうちに一度か二度お邪魔させてもらったことがあった気がしますが、それ以外では子供の頃に誰かとの交流経験することはなかったように記憶しています。当時の私にとってそれは日常でした。

から、今考えると、花火大会に誘われたということのほうがおかしなことではあったのです。

自分の掌を開いて見つめていると、しばらく忘れていたはずのあの日出来事が鮮やかに蘇ってきました。

****

その日はよく晴れていて、花火大会はまず中止にならないだろうと教室で誰かが話していました。お祭り屋台で何を買うか、楽しそうに相談する声が聞こえました。私には関係のない話でした。

私は机のしみを数える作業に戻りました。それに集中していたので、教室の窓側で立ち話をしていたクラスメイトのうち一人が私の方にやってきて話しかけてくれたときは本当にびっくりしてその場で飛び上がりそうになったのを覚えています最初は人違いをしているのではないかと思いました。待ち合わせ時間場所はまだ決まっていないから、夕方連絡網を見て電話するねと言われて、私は彼女の気が変わらないうちに思って急いで頷きました。

下校して家に着いたときは15時くらいだったと思います

私は電話線が抜けていないか何度も確かめながら、誰もいない家の中で電話を待ちました。貯金箱を割ってみると、思っていたよりお金は入っていなくて、でも一番安い何かなら買うことができるかもしれないと考えました。

他の女の子たちは浴衣を着てくるのかもしれません。私は、一緒に並んでいて皆がなるべく恥ずかしくならないように、持っている中で一番ましだと思う服に着替えました。

****

待っている時間永遠のように長く感じられました。

水色の空がオレンジ色になって、薄紫色に変わって、それから深い群青色に染まりました。電話の前で座り込む私の影が長くなって、それからだんだん見えなくなりました。

目をつぶると、目の前に深いあかがね色をしたびろうどの緞帳が現れました。私は幕が上がっていないステージの内側で片足立ちをして、始まるのを今か今かと緊張しながら待っている踊り子になっています

まだ幕は上がりません。どんどん足が疲れてくるので、そうしたら反対側の足で片足立ちをします。それをずっと繰り返しながら、踊りのステップを忘れてしまわないよう頭の中でそらんじています

何かを待っているとき、私はいつもこうして踊り子のことを想像しました。これは私が何度も繰り返して読んだお気に入りの本に入っていたおはなしの一つに由来するイメージです。このイメージを頭に浮かべていれば、不安気持ちが少し紛れるような気がしたものです。

私はふたたび手触りのよさそうな緞帳を見つめました。何度も何度も交互に片足立ちをして、そのときが来るのをじっと待っています

もう外はすっかり夜でした。

遠くで花火が上がりました。それからしばらくして、祭囃子の音が小さく聞こえてきました。

私は真っ暗な部屋でしずかにそれらに耳を傾けます。目を閉じて、わたあめふわふわとした触感や、水の入ったカラフルヨーヨーのひんやりとした温度や、りんごあめやいちごあめの甘さを想像しました。わたし貯金箱に入っていたお金では、きっとどれも買うことはできなかったのだから、これでよかったのだと思いました。クラスメイトに気を遣わせるようなことにならなくて本当によかったのだと。

目の前で花火のにおいがするような気がしました。煙がしみるので私は目をしばたたかせました。お金を握っていた手はすっかり汗ばんでいて、手を開くと金属くさいにおいが立ち昇りました。

****

誰かが呼ぶ声がしてはっと我に返ると、私はふたたび雑踏の中にいました。隣には恋人が立っていて、私に何か話しかけていました。

私は、花火大会あの日からずっと今まで待っていたような気がしました。やっぱりちゃん約束していたんだというほっとした気持ちと、待っている人が約束を守ってくれたうれしさと、待っていた時間の悲しさが胸の中でごちゃごちゃに混ざり合いました。

黙っている私に、待ち合わせまであと三十分もあるのに先に来ていたのでとても驚きましたと彼は言いました。そういわれて昨日の電話の内容を思い出してみると、待ち合わせ時間は十七時だったことに気が付きました。それでかばんのなかにいつも入れている小さなメモ帳を見てみると、十七時にT書店で待ち合わせ、と私の字で書かれていました。メモまで取ったのに待ち合わせを一時間早く間違えていたのです。一人で勘違いをして一人で悲しくなっていたことを恥ずかしく感じました。それにしても、一時間遅く間違えなくて本当に良かったと思いました。

そういえばK市の花火大会は今年も開催されるらしいですよと本屋さんのエスカレーターに乗っている時に恋人が教えてくれて、今年も行こうということになりました。

去年の花火大会は、前日まで一週間も雨が降り続いていました。花火大会当日も結局雨だったのだけどなぜか開催になって、傘をさしながら足元を泥だらけにして一緒に見たことを思い出しました。私にとってその日は花火大会に初めて行く日で、しかも隣には好きな人がいて、これは現実なのだろうかと何度も疑ったものでした。

私たち距離は今のように近くはなくて、その頃はまだ手を繋いだことがありませんでした。

手が冷えていたのでエスカレーターの手すりがあたたかいなと思っていたら、一段下にいた恋人が隣にきて私の手を握ってくれました。

私は今とても幸せだと思います。こうして一緒に過ごしている間は何も余計なことを考えないでいられるのですが、一人になるといつも罪悪感をおぼえました。恋人に優しくされるたびに子供の頃の私と今の私とのコントラストが強くなっていくように感じられて、何だかとても悪いことをしているような気持ちになるのです。

子供の頃の私はきっとここではないどこか違う世界に行くか、別人に成り代わりたかったのだと思います大人になった私は今こうして別人に成り代わって、別の世界にやって来たつもりでいました。でも結局のところ過去自分現在自分は分かちがたく連続しているのだということが、今更になって漸くわかってきたような気がしました。

私は恋人の手を握り返しました。本当は横並びに乗ったらいけないとわかっているのですが、ずいぶん待ったのだからこのくらい良いだろうと勝手なことを思いました。

2020-06-17

anond:20090617135301

3本食ったのならしばらく冷蔵庫冷凍庫つっこんでおいて間を置けば

ポップコーン

コーンポタージュスープ

ラーメンの具

バターコーン

とろみのついた中華風卵とコーンスープ

お好み焼きのサブ具材

焼き鳥のたれを買ってきて塗り、焦がさないように焼き魚グリルでつきっきりでくるくる回して祭囃子のもろこし屋ごっこ

2020-05-23

パヨクネットの外で行動をしろ

お前らさ、ネットだけでわいわい騒ぐのは良いんだよ

黒川憲法改正をその罵詈雑言のお囃子で止めたのも良いんだけどさ

関係ない種苗法ストップさせた上で二つも改正案通してるの本当になんなの?

それも改悪された著作権法改正案と、スーパーティ法案

この二つの方が明らかに種苗法なんかよりも大事だったんですけど?

お前らは魚かよ、ネットで目についたことばかり槍玉にあげて思考停止批判して

それで一番大事ものを見失ってるんだからザマないって気付かないんか

ああ気づく頭もないもんな


本物の反対派、反改正法案派はな、現場に出てんだよ

現場マスコミと協力して情報を得てその上で国会前や都内毎日デモしてんだ

それをなんだお前、有名人の声でころっと騙されやがって

アベの声に隷属するネトウヨと同じレベルまで落ちたか

本当にがっかりするわ


内閣支持率が下がってあともう少しです!

頑張って声あげていきましょう!とか言うけど、スルー/ストップくらい見てから選べよ本当

あのな、もうお前らのせいで2失点してんの、分かる?

現場の人数だけじゃ多勢に無勢だからお前らに期待してたのに2失点だよ この重さが分かんねぇのか

ゴミスポーツ野球や欠陥スポーツバスケットみたいに最後得点多けりゃよしじゃないの

通しちゃいけない失点があるの、理解して政治してんの?

烏合の衆に成り果てつつあるネットの皆さんはかつて味方だと思いました

ですがここで「無能な味方では?」という懸念が出てきたわけですよ

からお前らはそこら辺見定めてアベや大きな声の著名人に踊らされるバカにならないで下さい(といっても無理な人が多そうですけどね……はぁ)


頼むからネットだけじゃなくて一緒に国会議事堂前で声を張り上げてください

ネットなんて架空気持ち悪い世界で声を上げるより数百倍マシです

自分考える力もつます コネもできるしいざとなったら突っ込むこともできる

頼むからもう少し私たち現場で抗議し反駁急先鋒にいるいる人を自覚してください

そして私たち現場後ろ盾になる様動いてください これ以上失望させないで下さい

それでは、弾くべき法案を全て弾いて一緒にアベにとどめを刺しましょう

長々と長文、失礼いたしました

かしこ

2020-03-26

2020年3月26日東京

給料が入った後に、築地場外に魚を買いに行く習慣がある私は、いつもは場外に大量に押し寄せる客をかき分けて

目当ての店に行くのだが、今日場外市場で働く人達の方が多いような通りの惨状だった。

所在なく店頭に立つサンドウィッチマンからは活気の良い声も聞こえない、囃子がない市場は静かな戦いの渦中にある。

店側は必死である、値付を正価にし、商品の陳列もいつも以上に気を遣っているが、人そのものが来ない。

目当の店では「この数年間、空中戦で荒稼ぎしてきたより日本人常連をどれだけ作れたかで、これから生き残れるかが決まる」と雑談をする。

魚を買った後、のんびり車で国道15号を流す。銀座の目貫通りも、買い物客より勤めている人たちの往来が多い、

店も4分の1がシャッターを閉めている。日本橋から神田もいつもの様子ではない、普段スーツを着たサラリーマンであふれているが、

テレワークの為か人通りはまばらだ。秋葉原になると少し人通りが増えるが、普段3分の1程度だ。

上野は桜の見頃に関わらず、人の頭ばかりしか見えない状況ではなく、気軽に散策できる程度にしか人がいない。

そこから車で走る道中、スーパードラックストアは人が並び、消耗品食料品をせっせと買いだめている。

日常という社会の死が近づいているのを肌で感じる。

夜は誰も来ない新宿の片隅で酒を一人飲む、斜向かいの店のドアに掲げられた「コロナビール)始めました」が空しく風に揺れる。

一人オーナーで切り盛りする店はどうするんだろう?またひと昔前の寂しい界隈に戻るかもしれないねと話をする。

気づけば店に入ってからそんな話しかしていない。何処の桜が見頃だとか、御苑に酒を持ち込む方法とか、

そんなよくある天気の話もしていない。御苑は封鎖されたらしい。

私も居場所が欲しいから、金を使いたいから、よく行く店に通う。

自宅と、職場以外にある、数多くの、一生かけても全て見通すことが出来ない数多の社会が暗転しそうだ。息が詰まる。

この社会は、人が獲得した高度な社会性は、衣食住の安寧という本来は難しい問題から脱却して、

可処分時間可処分所得を使って長い人生の中で楽しむことを覚えた。

そんな高度に発展した社会が、棍棒を持った侵入者によって破壊されようとしている、

既に生きる為に自宅と職場を往来するだけな状況は、中世から原始資本主義時代生活と変わらない。

これで都市封鎖されると、自宅の中で嵐を過ぎさる事を祈るだけになる。それは石器時代と何が違うのか?

中国イタリヤの人々が窓から大声で歌を歌う動画を見た。私も部屋の片隅で小さくなって

祈るのなら、声を出して祝詞を歌いたい。

「日常」は、数多の世界の、数多の人による労働によって作られ、滞りなく安心して繰り返される事に価値があった。

そんなことを否が応でも理解させられた、いつもの1日だった。

memento mori(メメントモリ)   意味は、死を想え

2019-10-08

まるかいて地球を聞いてほしい

ヘタリアという国擬人化漫画はご存知だろうか。

アニメ版ヘタリア主題歌であるまるかいて地球」がいかに素晴らしいかを知ってほしい。是非、アルバム「まるかいベスト」を最初から順番に聞いてほしい。

まず最初は、この物語主人公であるイタリアだ。ヘタリアイタリアらしい、明るく軽やかでころころしていて、それでいてどこか気が抜けたメロディー歌詞ヘタリアという作品象徴するような歌である

イタリア」が歌うだけあり、歌詞はいくつかのイタリア語が散りばめられている。冒頭の「papa」「mamma」は、まだ分かる。日本語でも馴染みのある「パパ」と「ママ」。しかCメロでは、耳馴染みのないイタリア語が怒涛のように畳み掛けてくる。はっきり言ってよくわからないままCメロは終わる。それでも、イタリアイタリア語でイタリアらしい歌を歌っているなあ、流石国擬人化作品だ、と素直に感心して終わる。

次は、イタリア相棒であるドイツ。「ドイツだし、ワインのところはやっぱりビールだよね」「やっぱりヴルストかー」日本人ドイツに抱くステレオタイプを外さない改変。「ドイツ語ではパパの事をファターと言うんだ!」といった発見もある。低音のドラムによるサウンドドイツのむきむき感を喚起させ、ヘタリアキャラクターとしてのドイツイメージも十分。でもCメロは、やはりよく分からない。

続けて日本。我が母国である。ここで、Cメロ日本語で歌われることによって、よく分からなかったイタリア語、ドイツ語の意味がやっと分かる。「ああ、お兄さん、お姉さん、お爺さん、赤ちゃんに呼びかけるシーンだったんだ」言われてみれば、先の大戦を生きたであろうお爺さんに平和を誓う、未来を生きる赤ん坊の為に…なんといい歌詞ではないか!3曲めにして、やっと歌詞の全貌を理解することができる。ここで前2曲を聴き返してみたりもする。

2巻の特典である日本イギリス辺りからは、よりその国の民族音楽意識したアレンジが施されるようになってくる。和楽器やお囃子をふんだんに使った日本ブリティッシュロックギター音がカッコいいイギリス、おしゃれなシャンソンアレンジとゆったりした感想がなんともらしいフランス、そして原曲を留めない激しいフリーダムさが持ち味のアメリカ。この辺は、日本人にも馴染みの深い国々だから歌詞の改変も「あー成る程ね!」と唸りながら楽しむことができる。ちょっと捻った表現の多いイギリスとか、凝ってて楽しい

ロシア語は全く分からない、という人が多いだろう。しかし、ここまで順番に聞いてきた人なら、ロシア語は分からなくても歌詞意味は全て分かっているので、Cメロも難なく理解できる。ロシア民族音楽らしい、すこしマイナー音の多いアレンジ、そして間奏は誰もが知っているテトリステーマ。ここに来てさらクオリティを上げるか、といった感じ。

一期のラスト中国。どこか切なさを感じるロシアver.と打って変わって、明るく温かみのある曲調。ヘタリア中国は独特のイントネーションによる協和語を喋る、まさに日本人想像しがちな中国ステレオタイプのものみたいなキャラである。歌の出だしか雰囲気は十二分。

そしてこの中国ver.、他の曲よりコードが若干高い。サウンドも非常に華やかで、Cメロはなんとも嬉しそうな甲斐田さんによる歌唱も相まって涙が出そうになる程盛り上がる。最後は、原曲と同じく「ヘタリア」で終わる。最後まで美しく、華やかに、盛り上がって終わる。「ああ、世界一周旅行のフィナーレだ…」なんとも言えない高揚感と満足感を味わうことができる。

そう、イタリア中国を通しで聴くことにより、世界の色々な国をすこしずつ体験したような気分になれるのだ。これは何と言っても、我々が各国へ抱くイメージ完璧再現した編曲の妙である

そして、曲の歌詞あくまで「ヘタリアの〇〇」ではなく、「〇〇国と言えば!」に徹しているのも重要ポイントだ。国擬人化たる彼らが、ヘタリアキャラクターとして与えられた人格を封じ、彼ら自身たる国であろうとする歌詞が、ヘタリアキャラクターを、単なる記号化されたキャラクター以上の何かに引き上げている。

これが2期の8カ国だとダメなんだ。国ではなく、ただのヘタリアキャラクターになってしまっている。1期はキャラソンを超えた感動があったのに、2期はただのキャラソンでしかない。

後に発表されたスペインver.は、1期の路線にだいぶん寄せてあり、そこそこ良かった。でもCメロで変にキャラを出してしまっているからやっぱり惜しい。模式をなぞっているからこそ、各国の違いが鮮明になり、国体ソングとしてのまるかいて地球が成立していたのに。

結びとして、1期8カ国だけでいいので是非順番に聞いてほしい。聞けば分かるさこの感動。それ以外は、そのキャラが好きなら聞けば良い。

2019-09-21

ラグビーワールドカップ歌舞伎囃子

なんかの合間に「いよーっ」て歌舞伎囃子が入るんだけど、なんで誰も突っ込まないの?

間違った日本イメージとかあるけど、とりあえず、ツッコミたくね?

触れたら負けなの?それとも各チームに屋号つけて「成田屋ー!」とか「まってました!」とかの大向こうにした方が面白いの?

2019-09-01

雛人形五人囃子って

能の囃子から来てるんでしょ?

それで謡・笛・小鼓・大鼓・太鼓って話だけど、謡は囃子に含まれないだろどう考えても。

なんで四人囃子にしなかったの?

2019-05-11

囃子が聞こえてきた

ピーヒョロ ピーヒョロ

トントコ トントコ

2019-02-09

チャレンジとは何を意味するのだろうか

国鉄日本の鼓動だ。

延々と続く2本のレールには力強い鼓動がある。このレールは、知らない町と町をしっかり結びつけ、多くの人々を運んでいる。

しかし、その役割は、「人を運ぶ」ことだけではないのだ。単に「国鉄人間荷物を運ぶだけ」なんて考える人には、決して力強い国鉄の鼓動は伝わってこないだろう。

鉄道を愛し、多くの鉄道知識を持っている人でも、本当にこの鼓動をはだで感じたことは少ないはずだ。

かに鉄道知識として知れば知るほど楽しいことが出てくるだろう。

でも、「20,000㎞にチャレンジする」……それは、すばらしさの再発見につながっているのだ。知識から体験へ。今、その鼓動を求めて、未来に続く2本のレールにチャレンジしてみよう。

踏破は青春ドラマ作りだ。

終わることのないロマン、それが列車の旅だ。部屋にじっとこもっていては、自分の心にカビが生えるだけ。部屋の窓から見えるいつもの風景は、ただ立ち止まり、決してなにも話しかけてはこない。とにかく出会いを求めて旅に出る。

ひょっとすると列車座席に隣り合わせたこから何かが生まれるかもしれない。ある日見たり、聞いたりするもののすべてが出会いなのだ

たとえば、車窓にそよぐ風の音、新鮮な潮の香り。これほどすばらしいものはないのではないか

こんな新しい自然出会いが旅と鉄道の心につながっていく。そんな時、心は少しもひからびていず、いつもいきいきしているのだ。

踏破はスポーツ心をかきたてる。

チャレンジとは、自分で考え、自分で動く、自分自身のための行動といえる。この精神こそ、スポーツと呼ぶにふさわしいものだ。

列車の旅には、楽しさとロマンがある。その上踏破をめざすチャレンジャーにはスポーツという楽しさがプラスされるのだ。

時にはマラソンのように、そして100m競争のように踏破の旅はチャレンジの楽しさを教えてくれる。

踏破ルートは3,000m障害10種競技と同様に、バラエティに富んでいる。ルート選択も実行するのもチャレンジャー自身だ。

これこそスポーツと呼ぶにふさわしい記録への挑戦なのだ

チャレンジには責任名誉がある。

チャレンジャーは、それぞれの方法で完全踏破への道を切り開いていくことに心を燃やしているのだ。

そこには、自分自身問題として果たさなければならいことがある。

責任ある行動、多くの義務、これらをすべて実行したチャレンジャーのみが誇り高き名誉を獲得できるのだ。

いわば、人生ドラマがそこにある。よりすばらしいものを手にしたチャレンジャーには限りない自由可能性があたえられているのだ。

どんなタイプチャレンジャーか?

チャレンジしていくと、各自それぞれのスタイルが生まれてくる。

列車待ちのホーム洒落服装に身を包み、小首をかしげ詩集をひろげているちょっと気どった人。

駅弁の食べ方ひとつにも、うんちくをかたむける本格派の人。

おもしろいことを探しに出かける娯楽追求派の人などいろいろだ。

どんなスタイルの人でもチャレンジすることの中に、何かを見出しているのだ。

体験という言葉のまえには、どんな耳学問も色あせてしまうように、チャレンジする中で、自分スタイルを作り出してみよう。

チャレンジとは生きることの証明

から旅の一歩が始まる。

"停車場に、そを聴きに行く"と啄木がうたったように駅にはさまざまの土地から人々が集まり、またさまざまな土地へと旅立っていく。

始発駅…駅員さんに何か尋ねている人がいる。売店お土産を買っている人。家族連れ。新婚さん。そして、カメラ片手に20,000㎞にチャレンジする人。通りがかりの人に頼んで、自分と駅名表示板が一緒に写るようにシャッターを切ってもらう。これで始発駅の証明写真ができたわけだ。

ふと、駅の大きな時計を見あげる。発車案内表示板がカチャリと変って、次の列車案内を示す。やがて、駅のアナウンスが構内に響きわたる。こうしてチャレンジの旅が始まる。

1枚のキップが話しかけてくる。

日本中には、いったい何本の列車が走っているのだろうか。もし、そのすべてに乗ることができたなら、これはすばらしいことだ。時刻表をうめつくす駅名のひとつひとつが語りかけてくるにちがいない。

手に握られた1枚のキップには、いま通りすぎてきた駅の余韻が残っている。改札口でキップにパンチが入れられた時から自分だけの旅の世界が大きく広がっていくのだ。この瞬間の心のときめきこそチャレンジャーに贈られるファンファーレなのだ

どの列車に乗るかは自由だ。

ELDLECDC、そしてSL特急場合もあるし、急行普通列車場合もあるだろう。旅は始まり、心がはずんでいく。流れ変わっていく車窓風景。春なら満開の山桜トンネルをくぐり、夏はふりしきる蝉時雨の中を、秋は祭りのお囃子の響き、冬は凍てつく空気の中をひたすらに列車は走る。車窓に黄昏が迫り、黄昏は夜をひきつれてくる。寝台車からだをやすめて聞くレールの音はなつかしい旅の子守唄だ。

どこへいこうか東西南北楽しい駅名

日本列島を東西に長く走ったり、日本海と太平洋を結んだり、1線区1線区がつながり日本中を網羅していく。

いかにも郷土色(おくにがら)をあらわしていたいう楽しい線区名もあれば、少々読むのに骨が折れる難読名の線区もある。

こういう線区名がどうしてついたのかを考えてみるのも頭の体操になるだろう。走る場所列車の種類で線区ごとの印象も、まったくちがってくる。

それらをひとつひとつ味わいながら踏破するのも楽しみのひとつだ。

終着駅にはムードがある。

駅にはいろいろな趣がある。その中でも、終着駅は、心ときめくムードを持っている。大都会終着駅、ひなびた寒村をひかえた終着駅高原終着駅など、それぞれの良さがある。

しかし、どの終着駅も、どこかしら似た雰囲気をもっている。そこから先は、列車が行かないという、キッパリとしたいさぎよさと寂しさが待っているのだ。終着駅の長いホームを口笛をふきながら大股にしかゆっくりと歩いてみる。改札口で駅名表示板にもたれながら、通りがかった人に写真を撮ってもらい駅を出る。1線区が無事踏破し終ったのだ。

鉛筆で踏破した線区を塗りつぶす。チャレンジャーの心ときめく一瞬なのだ

まずはチャレンジカードを手に入れること。

どの線区でもいいから、始発駅~終着駅まで、列車に乗ろう。けれども、踏破認定を受けるには、乗車(踏破)したという証明必要になる。それが始発駅と終着駅写真だ。写真と会員申込書などを"いい旅チャレンジ20,000㎞。推進協議会"事務局宛に送る。そうすれば、事務局からチャレンジカードが送られてくる。これでチャレンジ

2018-07-27

三十路おっさんが1人で祭りにいった

数年前に彼女と別れてから夏祭りにはわざわざ行くことはなかった

思い出してしまうからというのもあるが、友人たちも祭りが好きではない

何より俺自身多忙のため行く気にすらならなかったである

残業が終わりオフィスを出ると、ふと祭囃子が聞こえた

何故か今日自然と足がそちらに赴いていた

なにかあるかもしれない、いつもと違う行動を取ったらなにか変わるかもしれない

たこ焼きくらい買って食べたら楽しいんじゃないか?案外いい出会いもあるんじゃないか

いいじゃないか祭り楽しいぞ?きっと楽しいはずだ

そんな淡い期待感祭り喧騒へと吸い込まれていった

近づくに連れ笑い声が溢れ、盆踊り囃子喧騒に飲まれ

屋台の眩しい光が目に飛び込んできた

こんな雰囲気久しぶりだ

気分も高揚するというもの

しかし、そこには何もなかった

正確には愉快に笑う家族連れや友人、恋人同士で楽しんでいる者たちばかり

いい歳をしたおっさんが1人で歩いているのを最後まで見かけなかった

俺、なにしてるんだろうなって気持ちになって

急に無性に悲しくなってそっと祭りを後にした

夜になっても少し蒸し暑いコンクリの上を

なんとはなしに昔のことを思い出しながら歩いた

過去を美化しすぎるのは良くないとわかっていながらも

の子と色んな祭りでかけたなとか、花火大会しかったなとか

二人で浴衣着ていったなとか色々思い出した

ジジジジ

急に足元でなにか音がしたと思ったら蝉だった

から落ちてしまったのか

でもしばらくしたら蝉は動かなくなっていた

そうかお前一生懸命生きたんだな

踏まないようにそっと横を通り帰路についた

我ながら女々しいなと思いつつもあの頃は楽しかったなって感慨にふけってしまった

たこからも1人で行くことがない祭りが来るのだろうな

2018-07-15

anond:20180715171424

それ、近くにオレオレ詐欺事務所(と言うのか)が有る可能性もないか

「俺だよ俺。今港にいてマグロ漁船に乗せられそうになっててさ(お囃子の音)」みたいな

街中の音楽過剰反応する人たち

昨日、今日と俺の住んでる田舎町で例祭があったわけだが、

神輿山車とともに練り歩くお囃子に対し、

うるさいとの匿名の苦情が毎年のように市役所やうちの町内会に寄せられるそうだ。

年末辺りから町内会行事を手伝うようになって、

その流れで他所町内会の人たちとも会話することが増えたんだけど、

町内会によっては全く苦情が来ないところもあるみたいだった。

ちょっと気になって調べてみたら、苦情が寄せられてる町内会共通してるのは、

銀行郵便局、それらのATMが設置されてるところなんだよね。

それに加えて、数年前までは各町内会ごとにスピーカー音楽を鳴らしてたんだけど、

やはり匿名の苦情が来て鳴らすのを止めていたことまで同じだった。

しかしたら…と思って古参町内会役員に、

「どういう人から苦情が来たのか」と訪ねてみたけど、

個人情報だということで教えてもらえなかった(当然か)

でも、話の途中でポツンと「(苦情を入れた人は)電話が通じねーんだよな…」と

その人が言ったので確信した。

苦情を入れたのはオレオレ詐欺の一味だ、と。

おそらく出し子が騙し役も兼ねているんだろう。

出先や事故現場で困ってるはずの息子や孫の後ろで、

囃子の音や、○○○甚句とかが流れていたら、

いくら気が動転してるお年寄りでも我に返ってしまうだろう。

まあ、あくまでも俺が思ってるだけなんだけどね…

2018-07-12

うみねこのなく頃に、に関して。ネタバレ注意

どうでもいいことです。

うみねこのなく頃に、に関して。ネタバレ注意。

最近(ここ3年~今日)ぼやぼやと思っていることを勢いで何の構成も考えずに垂れ流すだけです。痛い自分語りです。私がすっきりしたいがためだけに投稿します。

本当に何も考えずに書いているので、文章矛盾ありまくりだし何がいいたいのかわからないと思うけれど、とにかく発散したいので書いてます

作者の過去発言ひぐらしの時のアレコレについても書いていますが、記憶改ざんされているものもあるかもしれません。

最近ソシャゲ(竜騎士07尊敬する作者の別作品派生ゲーム)でイベント?で探偵モノ?があったらしくノックス繋がりでうみねこの話をする人がTwitterで多かったですね。

一過性のモノとはいえ、一うみねこファンとして陰ながら嬉しかったです。

それもあったり、うみねこ漫画版EP8がだいぶ加筆修正が加えられていて、電子書籍版普及によりうみねこ評価の動きが盛んでとてもありがたかったです。

修正というとまた表現が違うかもしれませんが、個人的に縁寿が真実の書を読んだ後の黄金郷での右代宮家一族の罪の懺悔ベアトと戦人からの縁寿へのエールのシーンは絶対漫画版の方が良かったと思います

うみねこ原作が完結してから、まぁ色々ありました。うみねこ原作完結時、私は中学生でした。

うみねこに嵌った理由は、小学生の時ひぐらしに嵌ったその流れからでした。

確かep4あたりですかね。

当時は07thexpansionに公式掲示板があり、ひぐらしうみねこファンアートを見るのが楽しくて楽しくて仕方が無かったです。

アニメ化するにあたって色々騒がれている中で、googleで「うみねこのなく頃に」と検索してでてきた、当時うみねこ関連のまとめブログさくたろう速報」というモノを見て

初めてしっかり2chというものに触れました。

メディアミックスの一つとしてアニメ化にあたって声優が嘘みたいに豪華だったり、グロシーンがモザイクだらけだったり、楼座のシーツの下着が蝶だったり、間がなく内容を詰め込みまくったりと賛否両論ありつつも

2chに私は書き込んだりはしていませんでしたが、「沢山の人がうみねこを見ていろんなことを思ってるんだなー」と見ているだけで楽しかったです。

アニメ化する頃はちょうどEP5発売と被っていて異様な盛り上がりだったのを覚えています。もう9年も経つんですね。恐ろしいことです。

当時は(言い訳ですが)11歳くらいだったので推理などは全くしていませんでしたので、2chまとめサイト公式掲示板でも、ep6より前の他の方の推理特に覚えていませんね…。

当時は完全にキャラクター物語の流れが好きでうみねこを見ていたので、鮮明に残っている記憶

量産型さくたろう(ヴィイイイイン)やら楼座無双やらコラ画像やらオリスクなど、推理にはほぼ関係ないネタのものばかりです。

自力でまともに推理をしたのはep5で戦人が共犯なんじゃないか、とep4は戦人以外狂言なのか、と碑文の謎を途中までくらいです。

ep5でベルンが「これから碑文の謎を解いちゃうから」と言い出したところで原作プレイを止めて、必至に1週間かけて?哩岸駅まで自力で辿りついて、後は全く分からなくて原作プレイを再開したら答えをぼかされて半ギレした記憶があります

まぁ楽しいばかりではなく、火種がぽろぽろでてたのに幼いながら気づき始めましたよ。ep5あたりからは。

ノックス出すのかよ。じゃあひぐらしはなんだったんだよ」的な声。大いに分かります。私も思ってました。今でもちょっと思ってる。

あとep6で紗音・嘉音・ベアトが1人の人間身体中の人格だとわかって、cp厨が大打撃を受けていたのも覚えています

当時その話題を出そうものならジェシカノ好きの人(今で言うところの過激派)が暴れていましたね。

私は今でもシャノカノベアト同一人物は、最強のcp破壊設定だと思っています。(ネタ半分、本気半分)

私の憶測ですけど、うみねこの当時のファンひぐらし既読者が90%を超えてたと思うんですよ。

信者の贔屓目ですけど当時のひぐらしの人気っぷりはそこそこに凄かったですし。

ひぐらしプレイしたことがあるからこそ、うみねこの完結の仕方に納得がいかずにアンチ化した人が多かったのかなーと漠然と思います

ひぐらし犯人側の犯行前・動機最中・後の人生思考をしっかり描いていたからこそ

ひぐらしミステリーとして解いていた人々には「目明し編までは良作。後はオカルト商売文句詐欺」と批判されていたり

個々のトリック推理をしないで、キャラクターの成長や物語を楽しんでいた層からは「ひぐらしグロいだけじゃない!感動する!泣ける!」

エンターテイメントとして評価されていたんですよ。

ひぐらし犯人動機や個々のトリックネタ晴らしを本編で描かれたからこそ、うみねこでもそうだろうと期待した人は多かったと思います

でも実は、ひぐらしの時に既に竜騎士は過剰なネタ晴らしをしたくない風なことを言っていたんですよね。

適当な意訳をすると、「今までの物語を読んで咀嚼して自分なりの解釈をしてきた人に、質問されて答えを返すキャッチボールをしたい」

「親切に描きすぎると、推理をしてきた人にとっては冗長になりすぎる」とか、ひぐらしが完結する前から言っていたんですよ。

正しくは製作日記に書かれていたことなので、元の文章を読みたい人は自分で探して読んでください。

でもおそらくこの辺りのさじ加減は、当時ご存命だったBTが相当サポートしたんじゃないかなーと思ってます

竜騎士もおそらく当時は、ひぐらしもあそこまでネタ晴らしや祭囃子編のカケラムギもする予定が無かったんじゃないかと思うんですよ。

当時からよーーくインタビューで言っていたのが、「ひぐらしファン同士がお互いの推理提示して討論してほしい。コミュニケーションツールとして使ってほしい」

ということを言っていたんですよ。

まあ皆殺し編だか祭囃子編だかのスタッフルームで「答えがないなぞなぞなぞなぞじゃない」的なこと言っていましたし。

ある程度の答えは出す予定でもあそこまで包み隠さず出す予定はなかったと推測しますよ。

罪滅ぼし編でボロカスに叩かれまくったこともあって、批判を恐れて完全なネタ晴らしをした可能性もあるかもしれませんがね。

デビュー作で叩かれすぎて怯えた部分はあると思います

それで、ひぐらしの期待を背負ったままうみねこが始まるんですね。

うみねこは傑作だと思います

特に推理における赤字・青字システムという発想は、それだけで竜騎士天才だと思いました。

作品テーマ基本的に一貫していますしね。

個人的に当時のファン状態として一番疑問なことは、

何故EP8まで残っていた人が、「犯人動機書かねーのかよ!!1986年10月4日5日に本当は何があったんだよ!!」的な反発をしたことです。

犯人動機はEP7で幻想装飾されながらもされていましたよね。

あのシーンでクレルが「ここまで語って分からないのならば、もう私の心は理解できないでしょう」的なことを言っていたんですよ。

これって、普通に読み取ると「あ…竜騎士はもうこれ以上動機について細かく書く気がないんだな…」と気づきますよね?

犯人動機が書かれなかった云々について怒ってた人はEP7の時にキレて離れるのが道理なんですよ。(犯人動機自体が不満な人は、全然いいと思います価値観はひとそれぞれです)

なんでEP8まで残っちゃったんですか。まぁそれだけ竜騎士を信じていたってことなんでしょうけど、作品は別れ際が大事なんですよ。

あっウィルふわふわEP1~4トリック解説は、個人的にいい塩梅な誤魔化し方だと思いますが、ムカついた人の気持ちもとても分かります。私は当時PC画面を見ながら( ゚д゚)としてました。

1986年10月4日5日になにがあったのかをハッキリさせろと怒っていた人は、本当に読解力がないのかなと思います

全てを受け入れると悟っていた縁寿が、泣き叫んで真実を認めようとしないということは、EP7お茶会の霧江ヒドスが真相だったんだと普通に気づくでしょう。

なのに、1986年10月4日5日になにがあったのか本当に分からないと言ってた人はもう意味が分かりません。

これだけEP8でアンチ化した人を批判してますけど、いっても私も当時しばらくはもやもやしてました。

オチには感動したし、キャラクター演出物語も好きだけれど、なんでここまで作者は真相を隠したがるんだろうともやもやしてました。

EP8のコミカライズで初めて自分なりに納得できました。

EP7はベアト葬儀なので、ベアトに最大限配慮しつつ推理してきた読者(私たち)に解答を教えるなんだと思ってます

からクレルは、安田紗代としてのみすぼらしい自分幻想装飾して優しい解釈に捻じ曲げて語るし、

クレルが語りたくない黄金発見1986年10月4日までの心情は無理には語られないんですね。

あとメタ的には、竜騎士推理を真面目にする人にだけ分かるように伝えたかったんでしょう。

EP8がなぜあれほどご都合主義なのかは、EP8は現実世界私たち読者に向けた物語ではなく、作中の登場人物である縁寿に向けてのエール物語からなんですね。

から私たち読者が納得できないまま終わるのはしょうがないんですよ。戦人がゲームマスターとなって縁寿のために向けて作った物語なんですから

【読者置いてけぼり】っていうのは文字通りこのことなんだと思います

まぁだからといって、うみねこはこういうテーマなんだからしかたがない!!読解力がない人が悪いとは、この部分においては思いません。

宣伝文句や作中でも、推理しろ思考停止は山羊野郎!愛がない推理知的強姦者!とかいいつつ

答えを誤魔化すのは実際どうかと思います。いや…そこはハッキリさせろよ…と思います。よっぽどの信者でない限りは。

でもうみねこテーマとしてはそこを確定させないことが軸というかなんというか…って感じなんですよ。

竜騎士は読者に向けたエンターテイメントよりも、うみねこ作品としてのテーマを優先させたんですね。

私はこのもやもやが晴れただけでも、本当にEP8のコミカライズを読めてよかったです。

私も、コミカライズ夏海ケイによって分かり易く表現してもらえなかったら、もやもやしたままでした。

竜騎士だってひぐらしであれだけ批判されたんだから、EP8が批判されることは予想していたと思いますよ。

でも、そこでうみねこのなく頃にという作品最後までテーマの軸をブレさせずに終わらせた、その竜騎士の心は作家としては本当尊敬します。

まぁその後の彼岸花と我らの告白抱き合わせ商法とか、インタビューでの竜騎士の受け答えの拙さ、インタビューでの発言が悪意ある解釈でゆがめられて広がったのが、余計にファンアンチ化を加速させたんでしょうね。

あと、単純にミステリー小説半年連載するという形式常軌を逸しすぎてますよね。

私含め、よく4年半も付き合えられますよ。

はーあ。コミカライズがしっかり完結して本当よかったですよ。

EP8で2chの本スレ地獄になっていた当時、中二の私は本気で「展開編のコミカライズ打ち切られるんじゃ…!!」と涙目で恐怖してましたからね。

それがEP7ではウィル推理斬りの詳しい解説付き、EP8では単行本ほぼ一冊分オリジナル展開を付け加えられて、全50巻の完璧エンターテイメント向けの作品として昇華された…。

本当にいろんな意味で愛された作品だと思います

パチスロ冗談みたいに豪華ですしね。もうパチスロがあるからアニメ化はいいと思います

コミカライズがあれだけ完璧に補完されたんですから、あれ以上のものはもうできないでしょう。

うみねこはよくできた物語だと本当に思ってます

私が中学生高校生という思春期に一番嵌った作品です。

うみねこ以上に好きになる、嵌るジャンルはこれから生きていく上で出会うと思います

しかし、良くも悪くもこれほど私の情操に影響を与えて心に残る作品はないと思います

EP8後の2chスレ中学生リアルタイムで追っていたので、メンタルは相当鍛えられましたし(笑)当時の恐怖を簡単に超える荒れスレには滅多に出会えませんよ。

支離滅裂だったり勢いのまま適当に思ったことを書いてすっきりしました。ここまで読んだ名も知らない方、私の自己満に付き合ってくれてありがとうございます

うみねこのなく頃に、いろんな意味実験作であり、傑作です。

ぜひ今からでもたくさんの人に触れてほしい作品です。

それでは、シーユーアゲインハバナイスデイ。

2018-05-27

夕闇のピニャータ

夕刻娘と公園散歩に行くと、またヒスパニック系の方々が陽気な音楽パーティーをしているのです。彼らのお祭に欠かせないのがピニャータしかしそのピニャータ。星型、ボール型、そしてロバでさえも現代っ子を十分に興奮させるのが不可能になったようです。結果、ボール紙の張り子で作った愛くるしいアニメキャラクターお菓子を詰め込んだものを吊し上げ、それを無垢子供が棒でひたすらぶっ叩くというなんとも凄惨光景が展開されるわけです。今宵の生贄はピカチュー。三歳の我が娘は、スペイン語囃子歌をバックに浅黒い肌の子供が交代でピカチューを散々にリンチするのを不思議そうに、そして興味津々に眺めておりました。油断して少し距離を縮めすぎたら、世話好きそうなメキシコ人のおばさんが「お嬢ちゃんもやるかい」と打ち棒を勧めてくるのです。流石に娘もこれはホラーだと感づいたらしく、棒を辞退して事なきを得ました。その後ピカチューは年長の男の子に腕を打ち落とされ、その殺気に刺激された対抗心旺盛の次の子の一撃でとうとう首が半分もげ、金色の体が大地に崩れ堕ちたのです。瞬間、「わーっ」という声とともに満身創痍ピカチューに群がる子供たち、いやあれはゾンビの一群。瞬く間にピカチューは八つ裂きにされ、子供たちはその体内から溢れ出るキャンディーの奪い合いという地獄絵巻の最終章突入したのでした。娘を抱き上げて脱出を図る私に彼女一言、「わたしキャンディー欲しい!」実は、一番恐れていた言葉がこれだった。

2018-04-22

発達障害かもしれん

思い当たること

赤ん坊の頃、周りの子と比べてすごく大人しく、育てやすかった

保育園入園後喋り始めた(らしい)が、言葉になっていなく保育園先生困惑していた

小学生のころ、山小屋トイレで夜中癇癪を起こした(寝ぼけてたんだろうけど、思い返してみるとちょっと異常だと思う)

・近所の子と一緒にお囃子をはじめるも、俺だけ練習についていけない。途中でやめる。

習い事英語野球をやるも上手くいかずやめる

・頭悪い

中学校あたりから周りと馴染めずいじめられる(友達はいた)。女子からも。

高校男子校選択したがたぶん正解だった。共学だったら不登校だっただろうな。

大学卒業社会人やっているが仕事ミスばかり。

2018-03-12

わっしょいわっしょい

デモ映像ツイッターで見たけど、相変わらずつまらなそう。

まず「アベヤメロ」っていう語呂が悪いし、その語呂の悪さに乗せて太鼓叩かれても…。

プラカード?みたいなのにNO ABEとか書いてて、なんで英語やねんという。カッコイイってことなんだろうか。

わっしょいわっしょいとか、おっぺけぺっぽーとか、

ヤーレンソーランとか、バーニラバニラ高収入とか、

ドンドンドンドンキードンキホーテとか、

しょーこーしょーこーしょこしょこしょーこーとか、

わずはしゃぎたくなるような囃子がない限りは、デモ永遠にまらんだろうな。

ドメサカ方面の人たちならそういう楽しいチャントを作れるのかな。

あるいはホストコールとかも楽しそう。

アベちゃんの!辞任見てみたい!セイセセイセセイ!

やーめてやーめてやめて!やーめてやーめてやめて!

サガワが辞めて〜!アベが辞めない〜? わけがない〜!! 友情一気友情一気、友情一気!

やっぱり「アベヤメロ」だと楽しい気分にならないよね。

2018-02-11

ラストダンスは私に

代理店の仕掛けというのが分かりやす過ぎるのもひどいと思ったが、そうでもないな。

どんだけ分かりやすい仕掛けだとしても、そりゃあさ、踊るときは踊るもんだよ。

踊らせてると思っている代理店はムカつくけど、踊るときは踊る。

これはしょーがない。踊りたいんだもの

ソフトバンク吉牛もそうでしょ。秋元総選挙とかもそうかな。

ネトウヨだって踊りたいから踊ってるわけでね。サヨクの方でもそらそうよ

最近はとにかく踊り足りない人が多いから、日々炎上したりされたりしてるんでしょ。

それが炎上マーケとか呼ばれてるっていうね。ワイワイ楽しそうだね。宴会だね。

その一方で、みんな踊りが下手になったなあと思うんだよ。

巨人大鵬卵焼き力道山とか馬場猪木とか、結構みんなガッツリ踊ってたんだよな。

昔の人はバカだったのかな?いやそんなはずはないか

今どき、東京オリンピックとかだともう踊れないってか。踊れないかそうか。

クールジャパンとか呼びかけてもやっぱり踊れないか。うーん腰が重いかな。

テレビ見てないと、どうも踊りのリズムテンポを忘れてしまうらしい。

この辺のグルーヴ感は、坂上忍をはじめとしたテレビ芸能人だったらみんな持っていて、

そりゃもう野生の本能なみに、代理店臭をかぎつける嗅覚に優れているんだろうなあと。

もう最近は、全然、いい感じに踊れるお囃子が聞こえてこないんだなあ。

下町ボブスレーなんてもともと踊れないのに、「踊ってますよ踊らせましょう!!」って進言して

お金を引き出して、結局なんだ、関係者しか踊ってねえじゃねえか、というね。

どなたか、キレッキレの代理店さん、踊らせてくれませんかねえ。

2017-09-28

地元故郷祭りに行くといつも思うこと

先週、生まれ育った町の秋祭りに行ったら、赤ん坊から中学生の子どもとその親、祖父母にあたる老人が多くて、いわゆる二世帯くらいの年代ばかりがたくさんいた。

その様子を見ていると、この人たちはここに生まれ、育ち、子を産み、育て、そして死んでいく……祭りを中心とする人生の円環なのだ、と思った。

都心郊外公団周辺なんかを歩いてても感じるけど、彼らはここでずっと生まれ、育ち、死ぬを何世代も、いつまでも繰り返してゆくのだろう。

そんな想像をめぐらしていくと、命の永遠ってわりと日常のすぐそばに存在しているのかも。

たとえいつか自分が死んで身も魂も滅びても、生命力の強い人間は生きて子孫を残し続けていくし、草木は毎年そこへ根を張り続ける。

次第に昂っていく人々や祭り囃子を聴きながら、片手に持つレモンサワーが生温くなっていくのを感じた。

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