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2018-10-13

【1】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181013111225





Day 1



1日目 成田ベトナムの翼、タンソンニャット


羽田深夜便だった前2回の旅行と違い、今回は成田発で、昼出発。

しかもややメンタルに不調を抱えているとあって、余裕を持った出発を心掛けたかったが、時間勘違いして、ギリギリ成田エクスプレスに駆け込み、その上方向を間違えて折り返すという失態を演じてしまった。

南国ホーチミンに行く前に国内でもう汗ダクだ。

肝心な時には何かバタバタする傾向がある自分なので、「またやってしまったー」と思ったが、どうやらチェックインには間に合いそうで、成田エクスプレスの車窓から畑を眺めながら、「この旅行に行って何になるんだろう」と愚にもつかない事を考えた。

別に何が起こるわけではない。

ただ若いからずっとボンヤリあった心象風景、雨のベトナムで川を眺めながらお茶料理を食べる、その画をこの目で見て来るのだ。

メンタル不調なんて、ボンヤリするのに格好の舞台装置じゃないか


前回の香港旅行では、事前に広東語フレーズをいくつか覚えて行ったが、「話せるものの聞き取れない」という致命的な見落としがあり、結局中学校時台成績2の片言にもほどがある英語と、メモによる筆談で乗り切ることになった。

ベトナム語も広東語と同じ声調言語(音の高低と発音意味が決定する言語)であり、しかもその声調というのが「コブシを効かせるようにいちど下げて上げる」「波のようにうねって上げ下げして上げる」という難解極まるモノで、もう「ありがとう」「これください」「トイレはどこですか」以外のコミニュケーションは投げている。

今回も筆談翻訳機とGoogle mapが頼りだ。


今回搭乗したベトナム航空は、ベトナムフラッグシップのようで、エコノミークラスといえど、タイガーエア台湾香港エクスプレスとはモノが違う。もちろんTGATやHKEXが悪いって訳じゃないけど、地上職員日本語ができるし、機材も大型で安定していて、シートには枕やブランケットが用意され、機内食も出る。

さらに、シートにはモニターが設置されていて、映画その他も見られる。

海外に行くときはその地のポップカルチャーを予習して行きたいのだが(香港前に発見したアガサ・コンは最高だった)、ベトナムはまだYoutubeでの情報が少なく、これと言った映画アーティスト発見できずにいた。

そこでモニターポチポチやっていると、果たして良さげなベトナムアーティスト(多分)を発見したのだった。

ホアン・ティエン・ミン・トリ

英語詞の曲とベトナム語詞の曲が半々。音楽性はR&BEDMダブステップの様な強めじゃないムーディーなやつ)とジャズを掛け合わせた様な感じで、ジャスティン・ティンバーレイクを思わせる。

これでラップが入ってきたら完璧だ。

機内では検索できないので、あとで調べよう。

朝飲んだ安定剤が効いているのかな、憂鬱な気分が後退してきていい感じだ。


ややあって、海外旅行なら一度は聴いてみたい、「pork or fish rice ?」というフレーズと共に機内食サーブされた。

ベトナム航空会社なのに機内食和食が出るという不思議仕様でもっぱら噂のベトナム航空だ。

ここで「fish」と答えれば和食が出て来る事は間違いなく、折角の海外旅行しかも出発便の機内食和食というのもどうかという事で、「pork」と答えると、豚の唐揚げ煮物チャーハンぶっかけたようなご飯と、海鮮春雨サラダパンデザートが出てきた。

春雨の方はヤムウンセンとかそれに類するもので明確にアジア料理だが、ぶっかけご飯の方はなんだか分からない。

付け合わせが椎茸煮しめだったり、桜の形に型抜きされたニンジンである事も地味に混乱する。

味はというと、エコノミーでこれだけの物が食べられれば充分満足で、その後、暖かいコーヒーサービスがあったり至れり尽くせりだったのだが、あれはベトナム料理だったのだろうか。

カラトリーがまとめられた袋の底に、スパイスの小袋が入っており、「甘利香辛食品株式会社」と書いてあった。京都伏見会社であるという事だった。


機内食で腹を満たし、少し微睡む。

眼が覚めると機内は消灯されていた。

英語スポーツチャンネルを見ながら、「早くホテルで横になりたいな。でも何を楽しめるんだろう?テレビをつけても何言ってるか分かんないだろうし」という思いが浮かんで来る。

チャンネルでは、MTBアーティスト大木バランスボール建築物ワインディングロードなど様々な障害をキッカーにしてトリックをキメていた。インスピレーションを色々なものから受けて、驚くべきビデオやショーを生み出すらしい。

他の人から無意味に見えるもの価値見出して楽しみ、アートを生み出している。

意味不明に見えるけど羨ましい。

普段自分もそういうキャラなんだけど、ダメかもなぁと感じてしまう。

多分、朝飲んだ安定剤が切れる頃合いだ。

自律神経失調症で襲って来る不安無力感安定剤を飲んで感じる旅行への期待。

正常と狂気の境は曖昧だと思っていたが、こうして自分のものだと思っていたものが揺れ動くと、もっと根本的な、「自分」や「個性」というものが虚ろなものに思える。

深追いはしないでおこう。

しばらくして血糖値が安定すれば、少し収まって来るに違いないから。

今日はまだ頭痛は襲ってきてない。


「間も無く、当機はホーチミンに到着いたします。到着は19:30、ホーチミンの気温は38℃です。」

機内アナウンスに耳を疑った。

今年の異常熱波関東平野都市化が高気圧をブーストしており、バンコクより気温が高い、なんだったらユーラシア大陸で一番高いとさえ思っていたが、勝手思い込みだったようだ。飛行機を降りると湿った空気を感じる。日本人の歪んだプライドは常夏のホーチミンの湿った熱波が吹き飛ばししまった。


19:50、国際空港入国審査というのはどこか陰鬱雰囲気ものだが、イミグレーションを抜けてもタンソンニャット国際空港は静かだった。

思った以上に質素空港

香港国際空港羽田と比べると、まるで石垣空港みたいだ。

改めて旅程について説明しておくと、3泊5日というのは、帰国便がこのタンソンニャット国際空港 6:25発であり、ホテルのチェックアウトが当日では到底間に合わないので、前日にチェックアウトして空港で出発便をまつ、という事だ。

帰りはここで夜を明かすんだろうか。

そう思って建物を出て驚いた。

なんと半解放の広大なスペースに待合ベンチが設置されている。

軒を並べる飲食店、溢れる活気、びっくりするほどの騒がしさ。

タンソンニャット国際空港はこの半野外のスペースも含めての空港だった。

こんな空港日本ではまずない。

「ははは、スゲーな!」薬が抜けてるに決まってる時間帯だが自然に笑ってしまった。

たことがない光景だ。やっぱり先生の言う通り、この街に来て正解だった。


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2018-10-11

アーティストを月旅行に連れて行って

作品インスピレーションにしてもらうって、そんなハードルを上げられたらアーティストからしたらすごいプレッシャーだよな。

2018-09-11

ケンリック・ラマーのNHKインタビュー凄さを教えて

ブコメで絶賛されていたけど、みんなどういう部分にぐっときてるのかいまいち分からなかった。

ヒップホップピューリッツァー賞というのはなんとなくすごそうぐらいには分かるんだけど(それでもあんまり分かってないかも)、インタビューの内容自体アーティストとしてそこまで特別なことを言っているように感じなかった。なんか意識高い人たちがとりあえずケンリックさんをアゲておこうとしてるんじゃないかみたいなことも少し考えてしまった。あと、念のため言っておくけどケンリックさんをディスる意図は全くないです。「なるほどそういう感じで音楽つくってるんだなぁ」ぐらいに思いながら読んでました。普段から彼の曲を聴いてるファンの人があのインタビュー読むと、また違ったりするんだろうか。

あ、でも、この部分はわりとすこ。"僕の野心やインスピレーションを受け取って、そこから自分ストーリーを作り上げていってほしい。別にケンリック・ラマーやアメリカのほかのラッパーのように聞こえなくてもいいんです。自分のものを作り上げる。そして、一度それが実現できたら、きっとたくさんの扉が開くはずです。"

2018-09-09

反「中世学者コスプレ」論

 東洋経済記事世界レベルで「大学崩壊している」根本原因』(https://toyokeizai.net/articles/-/235823)を読んで、大学先生方のあまり時代錯誤ぶりに唖然とした。東洋経済サイトにもコメント投稿したのだが、この討論参加者の一人である藤本夕衣氏の『反「大学改革」論』をもじって、反「中世学者コスプレ」論と銘打ってさらに詳しく批判をしてみたい。この討論の結論部と同様に筆者も基礎科学人文学にも税金を投入すべきだと思うが、一方でこれらは実用性の期待が低いことを考慮して、あるべき規模を考えるべきだとも思う。

大学危機の構図

 件の討論では、まず、日本に限らず欧米でも新自由主義によって大学特に人文学)が危機さらされていることを概観し、その原因を中世から大学史に求める。端的に言うと、大学に残る中世的要素(真理探究称揚世俗価値との隔絶)と近代合理主義的な社会的要請(実利や実用性の要求)とが齟齬をきたしているのが、危機の真因であるという。大略、以下のように要約できる(1-5ページ目)。

 大学中世ヨーロッパの神学に端を発したため、世俗価値(例えば、国家の発展や実用性)とは隔絶していた。大学理念ベース神学から近代啓蒙思想に変化した後も、しばらくは神学的な気質を引き継いで「大学人間の理性に基づく真理の探究の場である」という、世俗価値から隔絶した立場を維持した。

 ところが時代が下ると、大学での基礎科学研究経済力や国力に直結することが意識され始めた。加えて、大学理念から「神への奉仕」が消えたことにより、大学自治根拠が「国家の介入を拒否し、自由研究活動を展開したほうが、国や社会に大きなメリットをもたらせる」というものに変質した。このような考え方は世俗価値自体評価していることを意味し、大学それから隔絶するのを弱めた。

 近年の大学改革も同じ構図である。今なお大学が維持する神学気質の「真理探究」という理念近代合理主義から派生した新自由主義によって攻撃され、世俗的な価値である実利(産業競争力向上に資する研究グローバル人材の育成)を大学に求める力が強くなってきている。

中世学者コスプレ

 ここまでは中々興味深い議論だと感じた。しかし、最後の6ページ目で驚くべき主張が展開されている。中野氏は「大学とは天才を飼っておく場所」だと言う。他の三氏もこの意見同意している。少し長いが引用しよう。

中野:僕は研究機関としての大学は、効率性を求めるべき場ではないと思っているんです。(中略)そういう人たち(引用者注:本当に学問が好きで学問に優れた人間)は権威主義も何も一切関係なくて、「とにかく研究させてくれ。研究費だけ出して、あとは放っておいてくれ」と、それだけ思っている。たぶんそういう人たちが世の中には必要なんです。好き放題にやれと言われて、100年後に認められるような成果を出す人間というのが、この世に0.003%ぐらいはいて、われわれ凡人は「そういう人間必要なんだ」と寛容に認めなくてはいけない。」

 本当に学問が好きで学問に優れた人間は、権威主義には関心がないが、なぜか研究費は出して欲しいらしい。しかし、「研究費もいらないから放っておいてくれ。自ら集めた寄付や自費で自由研究させてくれ」という経済的覚悟研究するのが、ここで議論されている天才ではないのか。

 産業振興等とは独立した真理探究という、世俗から超越した価値を解きながら、研究費を求めるという世俗要請を行うことに、中野氏や賛同した御三方矛盾を感じないのだろうか。真理探究の重みに比べれば一国の産業振興など軽いと考えているのであれば、一人の研究者の経済状況など取るに足らないものだろう。ご本人達が「本当に学問が好きで学問に優れた人間」ならば、世俗的な国家から隔絶して税金に頼らず自費で研究をすればよい。あるいは、ご本人たちは運悪くそのような天才ではないが、「われわれ凡人は「そういう人間必要なんだ」と寛容に認めなくてはいけない」と言うならば、そのような天才のために寄付をし、富裕層パトロン探しに奔走してはどうか。中世学者の大部分は税金に頼らずに研究をしていたのだ。

 それを実践すれば大学危機など問題にもならないだろう。何せ今、問題視されているのでは高等教育研究における税金の使い方であって、税金に頼らない学術研究は誰も問題にしていないかである

 しかし、おそらく彼らはそのような中世的な学者になりきることはないだろう。それにも関わらず中世学者称揚するようなことを言う彼らを、私は中世学者コスプレと呼ぶことにしたい。

反「中世学者コスプレ」論

 一方で、基礎科学人文学研究にも税金が投入されるべきだと私は考えている。ただ、その根拠中世学者コスプレに求めるのではなく、実用性という世俗価値に求めるべきだと思う。冒頭の「大学危機の構図」で触れたように、時代が下るにつれて大学側が世俗価値に寄せてきているのだから、これをさらに進めるのは自然なことだろう。

 私は以下の考えに基づいて、あらゆる学問への税金投入を正当化したい。

 まず、あらゆる学問には実用性の可能性を見出せることに注目しよう。例えば、法学医学工学はもちろん、歴史学文学哲学にも実用性の可能性が見いだせる。歴史学は、歴史小説創作において舞台装置を与え、歴史ドラマ制作時に時代考証の基盤を提供する。同様に文学哲学も、小説ドラマ創作においてインスピレーション作家提供するだろう。マイナー外国語も、遠い将来に日本がその地域貿易を行う必要性が生じるときに、実用性を発揮することを期待できる。

 したがって、あらゆる学問研究には税金投入が正当化できる。実用性が期待できるもの税金を投入するのは合理的なことだからだ。

 しかし、ある学問知識実用に転換する難易度(以下、実用転換難易度と呼ぶ)は、それぞれの学問によって大きく異なる。例えば医学であれば、医師はその教科書知識を直接的に利用することで患者を救うことができるだろう。医学知識治療という実用に転換する難易度は極めて低い。他方、歴史学場合医師よりもはるかに少ない歴史小説家や大河ドラマ制作者でなければその知識実用に供する場面が存在せず、しかもその知識の利用方法医学場合ほどには一定しない。したがって、歴史学知識創作という実用に転換する難易度は極めて高いといえる。

 したがって、実用転換難易度に応じてその学問への税金投入額が決まるべきである。その難易度が低い学問医学工学)ほど税金投入を多くし、その難易度が高い学問歴史学文学)への税金投入は少なくすべきである基礎科学は両者の真ん中ぐらい)。

 これはもう少し具体的に言うと、実用転換難易度が高い大部分の人文系学問旧帝国大学などのトップエリート校に限定して税金を投入すべきである、ということに帰結する。少数のトップエリート校の教授学生には税金を投入して手厚く保護しつつ、残念ながらそこに至らない方々は完全に私費大学運営するなり、大学の外で別の仕事をしながら研究を進めてもらうなりする他ない。中野氏も、本当に学問が好きで学問に優れた人間はごく少数だという趣旨のことを述べているのだからトップエリート校のみを保護すれば問題ないだろう。

 大学理念存在意義に実用性を真正から据えれば、以上のような結論になる。

 もちろんこれは単なる思いつきであるしかし、中世学者コスプレオタ芸よりは説得力があると考えるのだが、いかがだろうか。

2018-08-19

どうやって頭をよくするか。そしてウェルプ文とは何か

前々から少しずつ考えていたこなのだけど、最近ファイル圧縮技術の1つとしてハフマン符号化とかいうのがあることを知ってついに着想を得た。

ハフマン符号化とは、頻度が多い記号に少ないビット数を与えて、頻度が少ない記号には多くのビット数を与えることで、もともとの情報の多さを抑えるというものだ。

こうした説明こそがそのハフマン符号化の1つの例だ。「ハフマン符号化」という符号によって、他者に伝達する文字列が少なくなる。ただし符号化したものを復号できる知識がなければ、ハフマン符号化と言っても伝わらないところが難点だ。ちなみに、逆に、頻度の多さから意味を解析していく頻度解析というのもある。

ともかく、上記のようなこうしたハフマン符号化のような概念で長い情報圧縮して短い情報にしてしまうことをぼくは「ハフる」と呼ぶことにする。

ハイコンテキストで使われる言葉専門用語ジャーゴンスラングは、すべてハフられた言葉である

ここで、ハフられた言葉のことをぼくは「ハフワード」と呼ぶことにし、ハフワードが多く使われていることを「プレハフ(plehuff)である」と形容し、プレハフな文は「プレハフ文」である表現することにする。

プレハフ文を使うことで、概念は事細かく整理することができるようになる気がしている。プログラミングでの関数変数への上手な命名によって全体の扱いが容易になる事象と似ている。もちろんしっちゃかめっちゃかなハフワードばかりのプレハフ文は誰にも理解されないものになってしまうが、丁寧にハフられた言葉が多い文は人に新しいインスピレーションを与えたり、複雑な事象簡単に扱えることができるようになるのではないかと予想している。こういった丁寧に構成されたハフワードを「ウェルハフ(wellhuff)」、ウェルハフが多く使われていることを「ウェルプ(wellp)」、丁寧に構成されたプレハフ文を「ウェルプ文」と呼ぶことにする。

ちょっと復習をしてみよう。

「この文は確かに多くハフられているがウェルプ文では決してない」

これをもともとの日本語で言い直すことは難しい。どうしてもどこかでニュアンスが抜けてしまうからだ。

ひとまずウェルプ文という概念を得たので、一度これを実際の文に適用してみよう。

適当増田から文を拾ってきたので、これを勝手にハフってみることにする。もともと日本語にあるものはそのまま日本語にハフることにする。

元増田の指摘は、20世紀以降の科学哲学の基本だ。

 

問題は、大多数の人間はそういう考えをベースコミュニケーションが取れないことだ。

彼らは、自分の身近にいる人間たちの「常識」を普遍と思いつつ世界解釈している。

(それ以外は、変な人くらいに思っている。)

 

一方、元増田意見20世紀以降の科学哲学の「常識」であり、上の「常識」と特になんら変わりはないという話もある。

とりあえずいったん、ふつうにハフってみる。

元増田の指摘は、現代科学の基礎だ。

問題大衆はその基礎がないのでコミュ障になっていることだ。

偏見常識領域普遍的だと世界解釈している。

領域外は変人だと解釈する)

一方、元増田意見現代科学の基礎で、現代科学の基礎も偏見常識領域範疇である説もある。

元増田意見」というのは増田ではありふれているしハフる。「元増見(もとますけん)」と言おう。また「ありふれているからハフる」ということを「ハッフルパフ」と言う。

現代科学の基礎」もハッフルパフしよう。「現基(げんき)」とする。

「その基礎がない人々」→「無現人(むげんにん)」

偏見常識領域普遍であるという考え」→「オマオマ」

元増見は現基だが、問題は無現人のコミュ障だ。

無現人は、世界をオマオマで、オマオマ外は変人解釈する。

一方、元増見も現基で、現基=オマオマ説もある。

文を組み替えてみる。

元増田は有現人だが、問題は無現人はオマオマゆえにコミュ障で、有現人を変人だとするところ。あと有現人=オマオマ説もある。

このようにハッフルパフしまくってみただけで、かなり綺麗なウェルプ文ができあがった。若干文意が損なわれてしまったが。

十分ウェルハフされたことによって、たとえば「オマオマ」はそれなりに高度な概念ながら日常的にも使用可能になる。

「うわお前オマオマかよ」「出た。無現人乙」だけで人を揶揄でき、また、言葉に気をつけどのように律すべきかということを伝えることができるようになる。

さらに、こうした一連の流れを「オマラダイム」と名付けてしまえば、オマラダイムに取り残される人が後に老害となることは容易に認識できるようになる。

まり賛同は得られないかもしれないけど、ぼくはこのようにウェルプ文が増加して、人類思考が洗練されることを期待している。もちろん、他者にハフワード意味が通じなければコミュニケーションとして成り立たないけど、より高速に思考ができるようになることは間違いない。たぶん。

こうしたぼくが提唱するイデオロギーを「ウェルプ=オマライズム」と命名したので、ぜひこれを活用していってもらいたいです。いやマジで

2018-07-31

大きな栗の木下です

昔、「大きな栗の木の下で」をこう覚えていた。

それは、実家が栗のなる山を持っていて、その栗山の近くに木下さんというおじいさんがいたからだ。

木下さんは、どういう縁かはわからないが祖父と仲がよく、木下さんと祖父が山を管理していて、木下さんが山で収穫した山菜キノコや栗を持ってきてくれて、それを祖母や母が調理して一緒にご飯を食べていた。

自分中学生ぐらいまでは兄と父と一緒に山で山菜取りや栗取りやたけのこ掘りをよくするのだが、必ず木下さんについてきてもらった。父にとって、二人目の父のような存在で兄と自分にとっても第三の祖父のようなもので山の事をいっぱい教えてもらった。

兄が幼稚園に行っている頃、お遊戯会の発表で「大きな栗の木の下で」をした。

それを父がビデオに撮っていたようで、それをみた木下さんは酔っ払いながら「大きな栗の木下です」と笑っていた。(ちょうど栗の収穫季節だった。)

から自分は、そう覚えてしまったのだろう。

木下さんは常に快活で、大酒飲みで祖父喧嘩する時は必ず「それは俺の酒!」と酒の取り合いだった。

 

木下さんは、自分20を超える頃に亡くなった。

ちょうど大学のため田舎をでて都市部暮らしている時だった自分はその知らせを聞いて車で10時間かけて実家に帰った。

 

木下さんの葬式自分家族たちが家族内と少しの親戚だけがあつまり粛々と行われた。

自分墓参りをする時、一つだけだれの墓かはわからない墓に線香を挙げていたが、それが木下家の墓だとしったのはこの時である

木下さんは独り身だったが、間違いなく自分たちの家族だった。

そして、これらはすべて「大きな栗の木の下で」を歌って帰っていった子供から得たインスピレーションから生み出された創作話です。

2018-07-15

担降りするよ

別にこれといった確証みたいなのは無いけど。あぁ、でもきっと降りるってこういうことなんだろうなぁ。私は最近それをゆるゆると実感している。あ、なんだこんなに呆気ないものなんだ。と思うと同時、こんなにも好きな気持ちを引きずるものなんだ。なんて、驚きと未練。いや、この気持ちを未練と呼んだら彼にかわいそうだ。私はきっとこれからも、この先も多分神山くんのことが好きだと思う。

素敵な人を所謂担当に持てたなと思っている。今でも。最初はどっちかというと、んん、ちょっと無いなって思ってた。なんていうの、インスピレーションというよりももっと単純な所謂第一印象最初なんて軽く重岡くんから入っていったからね。そのまま重岡担になってたらどうなってたんだろう。今の一文を書くまで考えたことがなかった。けれども可能性は十分あったと思う。昔人に話したことがあった。私が神山くんを好きになったのはわりと確率としては低いもので。ありとあらゆる平行な世界線の中でも数少ない一本だと。友達、何言ってんの?って顔してた。うん、私もそう思う。でもそうなんだ。好きになった可能性を言葉に当てはめるとこうしかない。数ある世界線のうちの、一番可能性の低いものだと。

所謂自担くんがもう一人いるんだけど、その人はきっとわりとどの世界線でも好きになってたと思う。顔が好きだし。え〜!なんで今日もこんなに顔がかわいい?!っていつもおもってる。対する神山くんの顔は、綺麗だし、かわいいなーって思うけどめちゃくちゃ好き?って問われたら。んー…って濁すと思うなぁ。あ、でも世界で二番目に好きな顔がリバーフェニックス。顔の輪郭だけならちょっと似てる?……いや、似てないか。まぁそんなこんなで私はまずこの人の顔は好きになれないなって初めて見た時思った。

思ったんだけど!!!!いやー、人生何があるか分からない。だってさ、そう思った数ヶ月後ジャニショ写真買ってシングルの予約してるんだよ。神山くんが好きだからって。好きになる前までの少クラカットしてなくて良かったって自分感謝した。

重岡くんの昔からシンメって知って。(オタクあるあるシンメに弱い)ダンス見て、アクロバット見て、歌聞いて。その他諸々知って。あ、この人のこと愛さなきゃなって。

しかったなぁ。神山担してた時。だいたい二年くらい?そんなんでこんなの書くなってツッコミ絶対あるだろうけど。これは初めて降りるという概念を肌で感じた一人の人間メモです。好きになったらすぐおっきな舞台仕事来て。えっ、脚本あのクドカン?!大手劇団?!座長生田斗真?!そんな中で演技するん?!夜中に見てビックリしてその後ベッドでごろごろ喜んだ。次の日寝不足だった。でも嬉しくて。その日の午後くらいにはチケット取れるか不安だったけど。ほんと〜にチケット取れるか不安だった。最初の方の抽選ことごとく落ちて。神頼みしてたのに。もう今後チケットが当たりますようにって神棚には頼まないことにした。これ見に行けないのでは??と項垂れてたらとりあえず一般取れて。やったー!って思ってたら大阪追加公演当たった。え、自分大阪公演行くの???とか思ってたら友達から急にLINEきて神ちゃん舞台いける?って。行けるよー大丈夫!って返したら友達チケット余らせてるんだけどって話で、行きます!ってもうすぐに言った。あの時の現在は濵田くん担の方ありがとうございます。話は前後するんだけど、神山くんを好きになったばかりの頃。ちょうどしんどいな〜って思う時期で。基本的に寝たら忘れるあぱー!みたいなタイプなんだけど、その時はまぁ今考えると病んでるみたいな感じで。家でも耳にイヤホン突っ込んで話し掛けないでみたいな雰囲気出して。後に母親から精神科連れてこうかと思ってたとか言われたりして。これ笑い話。でも神山くんも頑張ってるからと思うと自分もなんとかしようって。理想とは違う今だけどあの時自分なりになんとかしようと動いてこの生活があって。わりと人生楽しいから悔いはそこまでないよ。そうさせてくれた神山くんには頭が上がらないなぁ。いつも動画漁って、こんなに頑張ってるんだと考えると自分も。とか思っちゃうよね。で、話を戻して舞台の話なんだけど。三劇場で見れて。神山くんがどんどん成長していくのが見れて良かった〜!!いつも公演終わる毎にもう胸いっぱいで。掌痒くなるくらいに拍手してた毎回。この人のこと好きで良かったなぁとつくづく感じた。こんなにこの人のこと好きで良かったなぁと考えたの初めてだよ。

神山くんのこと好きになれて本当に良かった。ダンスが上手くて歌が上手くてアクロバットが出来て。料理も出来るし、メンバーに優しいって言われるし、挙げだしたらキリないよ。器用だから器用貧乏みたいに言われることもあった。うるせー!!不器用より器用の方がいいだろ!!って。好きだなぁと思わせてくれることをいっぱい出来るし持ってる神山くんが好きだ。きっとこれからも好きだと思う。

でも、多分降りる、きっと。神山くんのことが好きだ。これまでもこれからも。これを読んだ誰かがそれは好きじゃないと考えればそれはそれで別に構わないけれど。でも私は声を大にして言いたい。神山くんのことが、これまでもこれからもきっと好き。

追い掛けるって言うのかな。それが出来なくなった。DVDCDを買わなくなった。一応稼いではいる身なのでオタクとして最低限の費用は出そうと考えてオタクやってる。CDは全種類買う、Blu-rayは特典が被らない限りは初回も通常も買う。でも出来なくなった。お金が無かったわけでもないけれど。でも買わなくなった。ちゃんと見るかな。見ないなら買わない方がマシでは?と考えてしまい買わなくなった。シングルは、言ったら怒られるだろうけど音楽性がなんて言うか、買いたいなって思えなかったものが続いた。

グループは限りなく一本に近い平行線の集まりだ。自論。その線の集まりから抜け出すにはグループから抜ける他は方法が無い。個人担の人すごいなって思う。自分絶対自担を見る時にその後ろにいるグループも見るから。それらを全部引っくるめて飲み込んで咀嚼して。そしてようやく好きかどうか言える。グループが嫌いになったわけではない。神山くんが愛しているグループが好きだ。忘年会やろうって言って神山くんの家へ集まった。そんなグループが好きだ。でも、それだけでは私の心は追い掛けようという気持ちになれなかった。グループがやりたい方向性を肌で感じて、ようやくその人が好きでじゃあ追い掛けようとする私だから

正月明け早々横浜アリーナに行った。westivalを見に。地元が笑えるくらいの悪天候でこれ間に合うかな?とか若干心配してたけど余裕で間に合った。ペンライト電池忘れてたけど。(三十分前に思い出した)時間になって七人が出てきて。神山くんかわいいな〜!って思ってた。ちょうどバクステ側のアリーナだった。センターじゃないよ。バクステ側の席が好きだ。ちょうど構成が分かりやすく見えるから。おまけに横アリで言うアリーナだったので万々歳。自チケはその公演のみで、でもやっぱりまだ行きたいなって思ったら別の公演のチケット探そうって思ってた。探さなかった。

あぁ、多分もう合わないんだろうなぁ。って公演の途中から肌で感じてしまった。文句というより、不一致。それが文句だろうと誰かが言うのなら文句で良いです。私の中では不一致だけどね。彼らがやりたくてやろうとしていること。それが今の私には些か合わなかった。ううん、些かじゃないんだろうなぁ。七割くらい合わなかった。びっくりした。コンサートでこんなこと思うんだ!って。入ったことに関しては後悔ないよ。だって神山くんかわいいしかっこよかったし。でも、いつものかわいい!かっこいい!よりも盛り上がらなかった。それは好きな人が私とは合わないなと思うことをしていたからだ。何処がどういう風に。と明確に返すのは難しいけれど。兎にも角にも、少なくとも私はこういう演出や魅せ方を見たいわけではなかった。グループ否定ではない。むしろ彼らが本当にやりたいことの答えがwestivalであるのなら。それを貫き通してほしい。貫くと言っても改良を重ねて。本人達にとって、より良いものになることを祈りたい。でも私には残念ながら合ってなかった。悲しかった。腹立たしかった。どうしてそうなの?って。なんでこんなに私の感性は捻じ曲がってるの?って。自分も見たものも、どちらにも納得は出来なかった。でも私一人なんかの我儘。そもそも本人たちの耳にまず届かないであろう声。それが万が一聞こえたとして。それだけで自分たちの信念を曲げないでほしい。絶対に。自分たちがしたいことをして、そしてファンを楽しませる。それが私の中のアイドル理想の一つであって。あの日、後ろにいたまだ若い高校生くらいかな?)女の子たち。楽しそうだったなぁ。ドラゴンドッグ歌うって時に、え、ヤバイヤバイ!みたいな。ヤバイ連呼で内心出川哲朗になってるよ><ってちょっと笑った。パラチャーの前の映像でめちゃくちゃキャーキャー言ってて。若いなぁ、楽しそうだなぁって。すっごい大きな声出してて。でも全然辛くなさそうで。むしろ楽しそうで。あぁ、彼らにこういう女の子たちのファンがいて良かったなとつくづく感じた。そしてあまり盛り上がれなかった自分。惨めだ。

それから電車乗りながら考えて。チケットは探さないこと。それと、多分もうコンサートは行かないだろうなぁ。なんて結論が出た。自分が合わないなぁと思うものの中でアイドルをする神山くん。どんな彼も好きではあるけど、応援し続けたいかと問われたら素直に首を縦には触れない。神山くんが、それらを自分のやりたいこととするなら口出しなんて出来るわけない。むしろ頑張れって言うよ。でもそれを追い掛けることは多分出来ない。残念ながらそこまで感性が豊かでないというか。神山くんをひたすら純粋に素敵と思う前に色んな邪念を持つだろうから。色々なものも買わなくなったし、ここら辺が潮時なんだろうなと。ぼんやり。帰り道、だんだん地元に近付く景色を見ながら考えていた。

でもやっぱり神山くんのことは好きだ。彼の何がすごいかって、見る度に好きだなぁと思わせてくれる所。すごくない?見る度に私この人のこと好き!好きで良かった!と思えてしまうの。そんなアイドル、きっとなかなかいないよ。みんな心の何処かで大好きな人に対して多かれ少なかれ受け入れない部分がある。そりゃあ神山くんにそれが無いとは言い切れないけど。でも姿を見て、歌ったり踊ったりする姿を見ると好き!って感じてしまうのだ。好きって気持ちサイコーサイコーだけど、でもも応援することはしない。私が理想のしない神山くんの理想の中でアイドルとして彼は生きていくから。残念ながら私はその齟齬を飲み込めるほど心が広くない。もうファンでなくなってしまうなと同時に考えた。

それからちょっと楽になった。もう追い掛けないと決めたら、その前まで番組を見逃したりしてファンとしてどうなのと思ってたけどそれが無くなって。気持ちが軽くなった気がする。CDDVDを買わない後ろめたさから解放された気がした。見たい時に見て、見たくない時は見ない。それだけでかなり楽になった。ちなみに今まで買ったものはまだ売りません。無意識のうちに楽じゃない好きを持ち続けないといけないって考えていたことに気付く。でも今は楽だ。もう降りるから

ここまでつらつら書いたけど。もー文章支離滅裂でびっくり。担降りブログ書く人、よくもまぁあんな端的に且つおもしろく書けるよね。ジャニオタ文豪。一理ある。とりあえずは九月の舞台を見て。ちょうど九月がFC更新時期だから。このまま更新せずに。そうしていずれメールが来なくなることを思い描いている。でも舞台には行く。一回くらい行きたいって思った。好きだから最初に肉眼で神山くんを見たいのが舞台から。それで舞台は見たいと思ったんだろうなぁ。チケットは本当にドンのケツって感じの一番後ろの一番値段が優しい席。そこで好き!とはなる。きっと。けれど、じゃあまた追い掛けよう!とはならない。気がする。どうなるか分からないけどね。でもとりあえずは舞台見て。神山くん好きだなぁとしみじみ思いながら降りる。でも好きだよ。これまでもこれからも。

神山くん担してて楽しかった。ラキセはギリギリ行けなくて。次のなうぇすと入ったらドラマと被って髪が黒かった。もしかしなくとも黒髪神山くんを肉眼で見れてしまう?案の定そうで。本人は黒は子供っぽく見られるからと言うけど、私は黒も大好きだよ。茶色も、金も、たっくさん他の色も。そう、なうぇすとでさ、トランペット吹いてたじゃん。一応音楽齧ってて、そんな自分の耳で聞いた神山くんのトランペットの音はもうとびきり柔らかくて優しくて。ちょっと荒削りなところがあって。こんな優しい音を出せる人が好きなんだ。そう考えると誇らしかった。自担すごいでしょ、って。あと先陣切って花道歩いてたのもかっこよかったなぁ。あとタオル落とした人に対して落としたタオル拾って、汗拭ってから返してた。返された人、崩れ落ちて。あと頭にリボン付けてたのもかわいかった。ええやんけェ!だ。私が珍しく振り付け覚えたやつ。あと、あと、そう。七人で並んだ時ね、重岡くんと神山くんが隣で。前の曲の余韻でちょっかい出す重岡くんを神山くんが柔らかく笑いながら、ちょんっと押し飛ばしたの。それがもう二人の世界で。見ちゃったな、なんて気分になって。それと同時に胸がきゅうっとして、見れてしまたことが幸せだった。神山くんを好きになるきっかけ(?)である重岡くん。神山くんに対して普段ちょっと遠慮がち(?)なのに。ああいう時には二人だけの世界なっちゃってさ。見てて幸せだったよ、ありがとう

あとドラマ日曜日、楽しみだった。同じクールで他に好きな人ドラマ出てて。今年の冬終わらないでって三月に入ってからずっと願ってた。こぐちゃんかわいかったよ。特別目立つわけではないかもしれない。でもちゃん存在感があって。この子はどんなキャラクターなんだろ?って視聴者に印象付けするのが得意な人だなと思った。全話通してかわいかった。だから偉い人お願い、円盤出して。今からでも遅くないよ。それは買うから。ここで言わず手紙書こうね自分

他にも色々と書きたいことあるだろうけど。とりあえずは浮かばいからここまで。これまでもこれからも、きっと神山くんのことが好き。そうでいたいな。そしてこれは単なる我儘だけど、見るたびに好きと思える神山くんがずっと続きますように。

あと遅くなったけど誕生日おめでとう!

2017.7.15

2018-07-08

オナニーするとインスピレーションが湧くんだよ

これは嘘じゃないんだ。オナニーした後は、曲のインスピレーションがすごい湧いてくるんだよ。

2018-06-22

幸色のワンルームって何がそんなに魅力で、何がそんなに問題なんだよ

これ「https://note.mu/amakara_no_tare/n/na4eb53fb6768」を受けて書きたいと思ったこ記事

自分は今回に関してはテレビ局に慎重に取り扱ってほしい旨をメールで送った、ドラマ実写化に関してのみ規制賛成派。

該当作品ツイッター投稿リアルタイムで見てて、その後ピクシブのぶんだけ読んだ。

ここまで前提。

幸色のワンルーム少女にとって魅力的なのは「性」の扱い方にもあるんじゃないか

クロスメディア展開がへたくそなのと制作側が色々甘く見てそうで怖い

■実写ドラマ反対したい理由は色々だけど、私個人に関しては”自分のため”だったと思う

の3本です。長い。一番最後に3行でまとめたから忙しい人はそれ読んでくれたら嬉しい。

幸色のワンルーム少女にとって魅力的なのは「性」の扱い方にもあるんじゃないか

幸色のワンルームは単なる誘拐の話ではなく、ただの男女の逃避行でもなく、

理不尽にただ蹲って耐えるしかなかった少女が守るべきもの(=居たいと思える居場所、人)をはじめて得て戦うことで少女から大人へと羽化する話であり、

リアルの男女の性に絶望した読者に対して「男と女ではなく、大人子供でもなく、ひとりとひとりの人間として関係性を結ぶ」という夢を与える物語

と捉えることができる。できるんですよ。傍から見たら犯罪だけど。

問題誘拐ストーカー設定なくてもこれを描けたことだけど、その設定のおかげで(いろんな意味で)バズってるから  うん…)

「男とか女とか性とか支配支配とかラベルだけの話ではなく、ぜんぶひっくるめて、私という人間あなたという人間の話であり、救いの話」というふうに見たとき

正直、読み口としては2000年代商業BLブロマンスに近いなと私は思った。

少女漫画系譜だ。

実際幸色のワンルームの幸とお兄さんの関係は決して恋愛感情だけにはとどまらないという風に描かれています

加害者被害者であり、無自覚的な搾取する側とされる側であり、姫と従僕であり、ナウシカ王蟲の幼生であり、友情であり、慈愛や同情であり、恋愛感情もうっすらあり、依存であり、共闘関係であり、勘違いであり、共犯者であり、そして全てを肯定し合う関係である

から人気が出た。

恋も愛もべたべたラベルが付いてひと山いくらで売られていることを、十代の少女たちはとっくに気づいている。そんなふうに安っぽくない、けれど十代少女たちに門戸を開いているフィクション作品をもとめている。それがどれだけ過去文学映画漫画でありふれてやりつくされてきたものだとしても、「いま」「ここ」で「私たちに対して」向けられている作品に惹かれて何がおかしいのだ。

たこれは重大なポイントだが、お兄さんは性のにおいがしない。

デフォルメされた世界で成人男性記号ほとんど持たない、いってしまえば無性の存在メンタル的にもそう。

その上、精神年齢少女とほぼ変わらないため、罪の意識を持った姿は読者にはどこか可哀想うつる過去の傷があるらしく年下の幸が守らねばと思うほどいたいけでたよりない。幸に都合の悪いこともしない。

けど、男。

という風にドリームカスタマイズされてるキャラ

「そんなやついねえよ」だ。だからこれはファンタジーだし理想たりえる。リアルと切り離せる免罪符でもある。

ひと山いくらラノベに出てくる都合のよいヒロインから性の匂いをひっぺがしたようなものだ。少女にとって男の性は不要もの、というか幼いころから自分を脅かしてきたものしかいから、無い方がいい。幸の安心できる居住空間提供する為にも。

からストーカー誘拐犯の男、というショッキングスキャンダラスな設定はあるものの、それは今やおにいさんと幸が法を犯したことをしても問題ないというハードル下げのための設定になり下がっており、基本「ある日突然(可愛くて自分が居ないと生きていけない(A))女の子が空から降ってきた」と同義なのだ。ぺらっぺらだが、それこそが求められている。「怖くないから」だ。

(A)には「やんごとない身分の」「血のつながらない妹/姉である」とか、あと「大量殺戮生体兵器の」とか「妖怪の」とか「暗殺者の」とか「殺人鬼の」とか「サイコパスの」とか入ったりする。よくあるやろ。そういうのを①男女逆にして②リアル現代の③クライムフィクションチューニングすると

ついこないだあった事件そっくりで笑えなくなる、みたいなの超あるあるなんすわ…

からまあ、あるある作品なのだ正直。

そんなもんがあるあるになる現実の方がクソというだけだ。



クロスメディア展開がへたくそなのと制作側が色々ガバガバで怖い

はいフィクションだし少女漫画だし、問題ねーじゃんと思うだろ?私も思う。お兄さんは捕まるか虐待親に突撃して共倒れして死んで美しい思い出になって欲しいけど(どうせやるなら徹底的に幸に都合よく退場して欲しい)。

これが少女漫画カテゴリで人気がある分には。

あと作者と制作側がゆるゆるかつタイミングが最悪でなければ。

ツイッターへの最初投稿とか現実事件に対してタイミングが最悪すぎる件に関してわざとかどうかはもう「関係ありません」で貫き通すだろうし実際分かんねえからいいわ…。マジでインスピレーションさえ受けてないとしてももう運が悪かったと思ってほしい。というか当時あれだけのトップニュースすらチェックしてなかったなら作者はうかつだし、チェックしてても特に何も考えず出したならそれはそれで大変アレなのでそれは怒られても仕方ないんじゃねーかと思う。

特に問題に思うのは、クロスメディアするとしたら慎重にやるべき題材だったということだ。

先生!」「PとJK」の実写化の時も同じこと思ったけど(あれも「少女漫画なら素敵だがリアルに考えるとわりとやばい案件)今回は格が違う。なんせ誘拐犯でストーカーだ。どれだけ気を使っても使いすぎるということは無いだろうに…と思う。

後ろめたさも、退廃的なことも、この作品の魅力と分かちがたく結びついている。伝え方を一つ間違えたら倫理観を疑われる作品なのは変わらないのだ。

このへんは制作側の、なかでもプロモーションの腕が必要作品だろうなと思う。

たとえば、この作品ギリギリまで性のにおいを消臭できているのは、絵柄の影響が大きい。デフォルメが強く、リアルさは無いティーン向けの絵。虐めのシーンにも性的ものは見受けられず変態教師とのバトルでさえ匂わせる程度だ。

性も犯罪も、それが主題ではないのだと、なによりも絵が主張している。

また、この作品家族で見てやいやい言いながら見るより、一人で集中して見たいものじゃないだろうか?ターゲット現在テレビを良く見る層と被っているか?いないんじゃないかティーン原作ファンがこの作品を見て語り合うなら、家族よりも、同性で趣味の合う友達とではないか

からメディア展開を思い切り間違えてる気がしてならないのだ。

テレビでやるならアニメ作品にすべきだったと思う。その人気に火を付けた一端でもあるキャッチーな絵柄を生かし、フィクションであることを最大限利用すればよかった。あくまでこれは夢物語で、リアルとは違うのだとアピールすればよかった。それでも非難は受けただろうが実写化よりはましだったはずだ。「誤解されやすいけど本来こういう話ですよ」と12話でも24話でもかけてやればよかった。

実写化したいなら、この退廃的な作品映画の方が合うだろうと思った。それに映画館でしか見れない、というフィルタリングは大きい。実写化することでどうしても露悪的に、生々しい匂いになる画面をテレビから無作為にまき散らすのではなく、納得して料金を払い席に着いた観客にだけ誠心誠意向き合う形をとれば良かった。観客を巻き込んで二人の世界に浸れる場所を作ればよかった。

広告展開で規制派の火に油を注ぐ可能性は大いにあっただろうが、中止よりはマシな結果になったんじゃないか

なんで再現が難しい絵柄を実写で、なんでナイーブかつ視聴者を選ぶであろう題材を全国放送の誰でも見れる割にメインターゲットを逃しまくるであろうテレビで、やろうとしたのだろう。やはりコスト問題だろうか。

プロデューサー編集部も何考えてたんだろうな。

いや本が売れたらいいなと思ってたんだろうけど炎上商法やった割にリターンがアレ過ぎない?そうでもない?わからんけど

正直、ドラマ制作側も作者の方も編集部も、「現実にある犯罪を扱った現代である」という認識が甘すぎたのではないかと思う。

それも、未成年被害者がいる事件を、「犯罪としてではなく救済として描く」というひねりを売りにした作品でだ。

カリオストロの城」でも撮っている感覚だったのかもしれない。モニタ解像度低いわ。

もしくは、とてもリアルだと思ったから実写にしよう!と思ったのかもしれない。

そのリアルさは虚構で夢でしかなく、それでいてとてもありふれた現実だ。

だって、実際の誘拐幼児への事案はひっきりなしに起こっていて(マジでひっきりなしに起こっている)。

ストーカー誘拐犯の脳内で、自分被害者と愛し合っていたという美しい物語が展開されているのは決して珍しくないのだから

その恐ろしさを無視して、リアルに寄せる実写化をするのは賛成できなかった。

苦言を呈す派に対して作者からコメントは「実際の事件とは切り離してみてください」これだけだ。たったこ一言で全て免罪されるなら表現の自由とはなんとも気楽で無責任ものではないですか。いや作品内で色々ファンタジー要素盛って免罪符切ってるしあれこれ言及するより作品に集中するのは良い手だと思うけど無責任だとは思うぞ。

だって「世の中いろんな人もいる」と、これが現実でもありえるかもね、とでも捉えられるコメントを付けて世に送り出したのは、他ならぬ作者自身なのだ

ドラマにしても、女優に「実際にこういうこともあるかもと思う」というコメントを、編集もせず流してしまった。(これで規制派の使命感に火を付けたようなものだと思っている)。制作側止めろよ…

現代クライムフィクション作品でこのコメントが出るときは「だから怖いなって思いました」くらいのことが続くはずが、「実際あったら素敵」と続いてしまうような。

作品のものというよりもその周りの倫理観ガバガバなのだ現実ガバガバ

そうでなくても今現在、長年沈黙されてきたハリウッドやら世界的に女優性的搾取告発が起きてて転換期で、それでも搾取する側の擁護をやめない(「いや、でも女性側も望んでたんじゃないか」みたいなのワイドショーで沢山見ましたね!)、日本テレビ業界をつい最近私たちは見せつけられているのだ。そもそもの信頼感が地に落ちている時に「地獄の真ん中で搾取されてるけど女の子ハッピーです」みたいな作品作ってもそりゃ倫理観が疑われるだろという話だ。

フィクションはいだって現実と地続きなのだ

不倫ドラマももちょっと気を使ってるんじゃないのかな。

■実写ドラマ反対したい理由は色々だけど、私個人に関しては”自分のため”だったと思う

お兄さんと幸の間にある感情はとても純粋もののように描かれる。

それは憂いを帯びて美しい。破滅に向かっているからだ。地獄の上にある安息からだ。あかるい太陽ではなく、暗闇の中の星。

薄汚く、ふたりを虐めるものばかりの世界でここだけは綺麗であるように感じる。実際そうだからなのだろう。未来なんて考えたくもないし過去の事は忘れたい。いまここにある、おにいさんと幸のあいだにある、形容しがたいなにか、それだけが全ての世界でいたい。

それは読者の心を掴むだろう。特に、十代の少女にとっては。

この作品メディア展開が一つ潰れることで、悲しく思うファンもいるだろうなと思う。恨まれるだろうなとも。

つーか私も十代の時に、リアルで起きた殺人事件(娘が父を鎌かなんかで…)をうけて「ひぐらしのなく頃に」のメインキャラが義父を鉈で殺す回の放送が見送られた時「いやリアルとの区別くらいついてますけども~~~~~????」って怒ってたよ。

でも今(アラサーだよ)、もし「新幹線で鉈をふるう殺人事件が起きたけど、犯人は実は悪い人ではなかった」みたいなフィクション作品テレビで予定されてるとしたら…今の私は、「それは見送った方が良いのではないか」と思う。

区別がつかないのは、つけられないのは、大人のほうなんだ。

大人になるにつれて、想像力は広がりだけではなくリアルさを増していった。経験知識が増えたからだ。

「これのせいでちいさい子供や、少年少女が酷い目にあうかもしれない」と思うと、耐えられなくなってくる。大人になれば強くなると思っていたのに、陰惨なフィクションも年々見れなくなっている。それは、年を重ねた分現実に起きる陰惨な事件を、それに対する酷い言説を、これまで見過ぎて、現実を見過ぎて、どうしても思い出すから、なんだか嫌になっちゃうからだと思う。大人になるにつれて、後からまれてくる子たちが傷つかない世界になればいいと、祈るようになってきたからだと思う。

フィクションなのに、現実被害に遭って泣いていた子や、かつて嫌な思いをしたとき自分を、思い出す。被害者の絞り出す様な言葉や、それに向けられた酷い言葉の数々を、理不尽を、やたらと思い出して、想像してしまって、苦しいときがある。

子供の時はフィクション作品メディアの力を舐めてたし、大人になればもっと区別がつくようになる、

なんならフィクションを見てリアルを思い出すなんてオタク失格だとすら思っていた。

でもそうじゃなかった。

倫理観スイッチ切って倫理観ゼロ作品を楽しむには、TPOがある程度大事だと知った。自分家族を亡くした直後に、家族を殺す話を楽しく読めないように。

倫理観ゼロ作品は、倫理観ゼロ現実世界では楽しめないと分かった。楽しめるならそれは娯楽である以上に、麻酔や薬であり、治療なのかもしれないと思った。生きるための救済。

作品の影響力を舐めたらダメだと思った。面倒なオタクである自分偶像フィクションに命を救われてなんとか生きてきた。

ならば人の命を奪う作品が無いなどとどうして言えるのか。

から今回の幸色のワンルームへの規制は、わたしは(あくまで私はな)、

これを見た「大人」がリアルに起きた事件や今までの経験フラッシュバックに耐えきれなくて「やめろ、せめて少女漫画カテゴリなかにいてくれ。そうでないなら無作為にまき散らす前に対策してくれ無作為にまき散らされて何が起こるか分かってんだおれはくわしいんだ(※嫌なことを沢山思い出しながら)」

って言ったんだと思う。

そういう側面は大いにあると思ってる。

「それでも僕はやってない。」が公開された以降から痴漢被害者への二次加害が酷くなったって話聞いてワァーってなった。

そんな変遷を見てきたら「こういう作品が公開されたら、また…」というフラバもそりゃ起きるよと思った。

直前に現実誘拐事件があり被害者バッシングを見てるんだから余計に「あれが、また…」ってなるよ。(だから本当にタイミングが悪すぎたんだよ…)

からといって作品自体消したいわけではなかった。

というかそれはダメだ。現実がこうだから配慮して作品自体消そうみたいなのは私が一番やりたくないことだった。だからゾーニングフィルタリング推進派なんだけどさ。

そしてゾーニングフィルタリングメディアの差でも実施できると思う。その作品に触れるまでのハードルの差があると考えているから。テレビ特にハードルが低い。例えば映画館での上映や本屋で棚が分けられパッキングされた単行本等とはそれだけでも違う。同列に語れないと思う。

からってガチガチにこの本は誰向け!この本はこの性別この年齢このカテゴリ!とかマジ誰もやりたくねーよ。なにそのディストピアだよ。

ネックは「現実事件に対する二次加害が野放しなこと」だから、ここがマシになれば結果的表現の自由も守られるんじゃねーかなと思うけどどうですかそのへん。

ほんとね現実クソだったよ。現実誘拐事件おこす犯人マジでクソだったし被害者に向ける目も相当クソ。二次加害を大量に見過ぎて本当にメンタル削れたし、なによりオタクリアル事件に対する大喜利に慣れ過ぎて、被害者がいるっつーのに自分も一瞬「あっそんなひどいことされてなかったのかも?」とか思ってしまったのがめちゃくちゃ自己嫌悪で死にたくなった(自分ネットアイドル二次オタクカルチャー10数年どっぷりなんですよ)。「そんなわけねーだろ」と思った。被害者の苦しみをも加害者のやったことも軽視出来るもんじゃない。絶対

この感覚のままでいるのはやばいと思った。でもこれは曲りなりにも女体持ちで嫌な思いも散々してきたから「そんなわけねーだろ」と思えた部分はあるだろうなってのもあるし、「そんなわけねー話」をいくらでも茶化せる人がいるのも知っていた。

誘拐ストーカー盗撮被害者叩きも遠い世界の人にとってはそれはファンタジーだろうしな。

でもファンタジーじゃねえんだよな。

私が生きていく現実に影響があるんなら、私は私のために戦わないといけないと思ったんだよ。

あのとき誘拐犯を擁護して被害者売女扱いしたアカウントほんとめちゃくちゃあって「で

2018-06-07

なんか途中で寝てました。本当にしんどいのでもうどうにかしてほしいです。つらいつらいつらい。もう駄目です。どうにかなってしまいそうです。嘘です。そんなどうしようもない苦しみはありません。どうしたらいいのかわからない、いえ、もうこれ以上身動きできないというつらさがあります。もうどうしようもありません。それは錯覚です。どうにでもしようはあるのです。よくわかりませんけれど、きっと普通に手はあるんです。つまりさっさと就職すればいいわけです。それだけで今の不安感は解消されます。売り手市場、年齢などを考慮して、今がチャンスなわけです。それを考慮して動くわけですがもうどうしようもないと、やはりそう思うのです。もうつらいです。何もしたくありません。しかし何もしないというのを選ぶのは30歳を超えてからでも遅くありません。せめて20代のうちはがんばってください。まだ客観的に、社会情勢的に見て十分やり直しがきく時期ならがんばりましょう。もうどうにもならなくなったら引きこもりましょう。それも僕はつらいと感じるでしょう。もうどうにもなりません。つらいつらい、という気持ちがつよいです。スーパーに行く途中でも辛い気持ちがむくむくと湧いていました。僕はこんな田舎で終わってしまうのかと不安になる気持ちがありました。別に社会的なあれこれなんて僕はどうでもいいと思っていますし、田舎に住んでいることを誇りに思ってすらいる節まであるのですが、スーパーに行くときだけそんな風に感じてしまうというのはよくわかりません。定期的に都会と田舎を往復するような生活ができたらいいのにと思っています。つらいですね。もう何もできないですよね。つらいつらい。つらいままです。結局は自分でがんばるしかないのです。もうだめです。がんばるしかないのです。世界自分で引き受けねばならないのです。ある意味では僕は今この瞬間にも世界を受け入れてはいるのです。この何もせずに無為に生きている時間焦燥感を覚えているわけですが、何もせずに無為に生きてきた結果としての未成熟経済苦、労働スキルのなさ、社会性の欠如、焦燥感不安感、すべてを僕が引き受けるしかいからです。これは僕以外の誰にも引き受けることができないものです。当たり前の話ですけど。このつらさをそのままにぶつけていいんだと思います。今そう感じている、原因がどうあれつらいという気持ちを切実に感じているならばありのままにぶつけるしかないのです。はー。定期的にやってくるこのつらさをどうにかせねばなりません。プログラマ怖いですけど、何とかなるとは思えないですし、つらい仕事なんてしたくないですけど、それでもみなさんわりとそれなりにやっているようですので、まあ何とかなるんではないでしょうか。心がつらいですね。もうどうしようもありませんね。はやく楽になりたい。いえ違いますね。過去に戻りたいですね。安穏で安全で何も憂いがない状態でこの世界満喫したいのでしょう。これが本音です。しかし僕がさっき憂いと呼んだもの実態をも包含しているからこそこの世界は豊穣であるわけで、それらから自分だけ逃れようとするのはよくありません。つらいですね。もうどうしようもないですね。いえどうしようもないっていったらウソになるというかいくらでもやりようはあるんでしょうが、それをする勇気がありません。気力がありません。病院に行ったら何とかなるのかもしれませんが健康保険がありません。だいたい何を話したらいいのかわかりません。カウンセリングとか言っても、何を話したらいいかわかりません。まさかこれをプリントアウトして持って行くわけにもいかないでしょう。こうやって書いてもまともな文章になんてなったりしませんし、そもそもまともな文章を書いてやろうという気すらないんですけれども、でもなんかこれを誰かに見られることを想定はしているんですよね。それは文章クオリティではなく僕という人の社会立場から参照される性質を誤魔化すために浸かっているみたいな感じです。意味わかんねえですね。もうこうやって延々とわけのわからん、読んでも仕方がないような文章書いてればいいんじゃないでしょうか。それができたら幸せでしょうか。別に幸せじゃないですね。どうでもいい思考シャットアウトするとめっちゃ脳がクリアになるよーってふろむだ先生が言ってましたがこれはあれですね、すごいどうでもいい思考ですね。これをシャットアウトしてもっと生産的なことに活かせば僕はもっといい方向にいけるんではないでしょうか。でもこのだるい感じがある以上僕は頑張れないですね。高校ときは体は十全でしたがやる気はなかったですよね。ぜんぜんダメですよ。ネットでよいアドバイスがもらえるかもしれませんが、今の僕には彼らの容赦ないレスに耐えることができません。弱っているところに匿名インターネットはきついです。今ぼくはすごい弱っています。助けを求めるのはネットではなく身近な信頼できる人です。あと医者です。しかし僕には身近に信頼できる人とかいませんし健康保険ないですし医者で何を話したらいいのかわかりません。作業も進んでいません。時間は待ってくれません。言い換えれば時間平等ということです。なんということでしょう。こんなものを書いている暇があったら脳内妄想彼女を書いてればよかったのです。それを小説として書いていればいいのです。なにもきっちりした小説の形にしなくてもいいです。今やってるようにすごい適当な感じで書きなぐってやればいいのです。しかし僕には致命的な欠点がありまして、台詞を考えるのが苦手だということです。会話ができないのです。脳内会話すらできないのです。僕ができるのはひたすらに独り言です。何かの刺激を受けてそれに対して返事をするということが苦手です。今やってるのを見ればわかりますが、自分のうちから湧き上がってくる何かを拾い上げるというのはまあできるんですが。だったら何か刺激を受けて何か湧き上がってきたものを書けばいいじゃんという話です。もしかするとここにブロックがあるのかもしれません。つまり自分が思いつくようなことは大したことのないものだ、というブロック。あるいはこれの方が大きいかもしれませんが、どういう感想だったら〇がもらえるか、というのを優先して考えている回路の存在です。これのせいで自分純粋に思ったことを拾い上げるのが難しくなっているのではないでしょうか。まずはすべてをとっぱらって素直な気持ちを救い上げるのです。ってそれは今やってることですね。そのための練習でもあるわけですね。後いい加減僕は誰かに見せるための文章の書き方というのを練習しておくべきです。読書感想文とかね。日記とかなんでもないですし。文章書くのがそもそもきじゃなかった自分に今無理やり文章を書くという存在のありかたをインストールしようとしている段階ではないかと思います。20過ぎてからですよやってるの。さすがに遅きに失したという感じです。来世でがんばってください。もうだめですね。何もできません。早くどうにかなってほしいです。もうだめです。疲れました。早く楽にしてください。小説書けるようになりたいな。素敵な世界をこの手で無限に紡ぎだせるようになりたいな。無意識プログラミングすればできるよ。どうやったらできるんだよ。母親を見ろ。何かできているように思うのか。わかんねえ。聞いたらいいんじゃないか。家庭はぐちゃぐちゃだけどな。何を求めているんだ。自分幸せしか僕は求めてねえもんな。でも仕方ないじゃないか自分が不幸せなのにどうして他人幸福を祈れるってんだ。それができる人は聖人馬鹿のどちらかだ。みたいなうんちみたいなラノベみたいなことを言うつもりはないです。こういうレトリックは不純物というか回答、真実に迫るには有害ですらあります。僕が他人幸福を祈れないのはそもそも他人に興味がないからでしょう。自分けがよければいいのです。そしてそれがデフォになっています他人のこととか考えたことがないのです。自分さえよければよいのです。そしてそのことのまずさを頭ではわかっていても体ではわかっていないのです。腹に落ちていないのです。そのくせ自分他人から何かをしてもらって当然と思っています。何という汚物醜悪ですね。そしてそれが本当に汚物であり醜悪であることが本当にはわかっていないのです。なんだかタブレットが熱くなってきました。正確にはタブレットじゃなくて2in1なんですけど。熱はパソコンにとってよろしくないのでちょっと休ませてあげた方がよいかもしれません。本でも読みますかね。目隠しを取ったらいっきに明るくなりました。どうだ明るくなっただろう。めっちゃ明るくなりました。すげえ。別にすごくはないです。しかしこの時間帯になっても昼みたいに明るいというのはなかなかです。フロントガラスの銀シートを外したらもっと明るくなるでしょう。それにしてもおなか一杯です。小食がいいらしいですがどうしても食べてしまますファミレスに行けばよかったんじゃないですかね。でも行くのに罪悪感があります。どうせ他に人いないんだしいいじゃないですか。駄目なんですかね。なんだか申し訳ない気持ちがどうしてもありますし。長居するのやっぱりよくないですよね。でもどうしてもやりたいんです。疲れました。父親について行くだけならすごく楽だったのに。つらいですね。面倒ですね。もう僕は本当に疲れました。疲れ切っています。もう何もしたくありません。でも世界は放っておいてはくれません。僕は本当に疲れ切っています。ぐったりしていますしんどいです。何もしたくありません。だるさが取れません。いい加減にしてほしいです。これは何とかならないんですか。これが諸悪の根源なのです。これをどうにかしないことにはどうにもならないのです。早い所なんとかしてしまわなければ人生台無しになってしまます。もうけっこう壊れてますけど、底が抜けてしまます。早くなんとかしなくちゃいけません。そしてIT技術フォローしていかねばなりません。それが未来を生きる道です。もうどうしようもありません。早く死にたいです。早く殺してください。助けてください。僕に安穏をください。安逸の中で生きていたいです。しんどいです。つらいです。体が重たいです。誰か助けてください。もうどうにかなってしまいそうです。助けてください。つらいです。しんどいです。体が重いです。このままでは何もできません。しんどいですよ。もうどうにでもなってしまます。うんちという感じです心がうんちですね。正しく排泄物です。トイレットペーパー必要です。ガソリン高くて死にそうです。二年前なら110円台とかだったじゃないですか。何でこんなに高いんですか。ふざけてるんですか。いや別にふざけてはいないでしょうけど。それにそんなにしょっちゅう乗るわけでもないですし長距離運転をするわけでもないですし貯金は十分あるのでまあそんなに気にする必要はないんですけどね。心理的問題です。140ウン円という値段を見てうへえーとなるわけです。もう勘弁してくれという感じです。僕がいったい何をしたんだという話です。何もしなかったからこんなことになっているんだといういんたーねっと小話がありますランタンは明るいです。お茶ペットボトルは転がっています。これ何日前からあるんでしょうか。たぶん2か月くらい前からあります。すごいですね。時を駆けていますね。別に時を駆けてはいないでしょう。この車がデロリアンとかだったら別ですが。カエルの装飾をすればケロリアンですよ。パクりですね。パクりはよくありません。インスピレーションを受けるのはよいです。所詮すべてパクりです。足がだるくなってきました。パーカーで雨を拭いていますがそろそろ洗濯したほうがいいかもしれません。けっこう長いこと放置していましたし。しかし車のあっつい中に放置していたのであればどうなるんでしょうか。細菌かにとっては案外これが快適な温度だったりするんでしょうか。今ネット使えないから調べられねえですけど。いえ使おうと思えば使えるんですよね。テザリングすりゃいいだけの話です。僕ずっとこれデザリングって読んでました。

2018-06-03

anond:20180603002757

最先端日本の文化だと持て囃されたそれらは、飽く迄も表現の一つとしてアニメを選んだ作品なんだよ。

それらを作った人達は、インスピレーション教養大元アニメな訳じゃない。

ところが、アニメだけを見て育った連中がアニメを作ろうとしたら、そりゃあ商売としては売れても作品として評価されるのは難しい。

アニメに限らず、ラノベ何かもそう。大ヒット作者は必ず何か別の下地を持ってる。

後は単純に劣悪極まりない労働環境アニメーターがもう入ってこない育たない。

時代に命を削って職人芸で作ってた人々は、多くがデジタル化の時に消えた。エヴァだのビバップだの上げてるけど、その頃の中堅が30代だったらもう50過ぎだよ。

デジタル化したおかげで綺麗で画一的アニメになったけれど、作画担当者の色は見難くなって、個人やりがいだけに依存するのは辛い所よ。

スタッフロール見てるか?もう中国外注ばっかりだぞ。

表現したい物があるからアニメを選んだ人々の時代からアニメが作りたくてアニメ作ってる人々の時代の違い

2018-05-13

anond:20180513101731

婚約指輪はどの指につけるのが正解? | BRILLIANCE+ https://www.brilliance.co.jp/engagement/bridalnote/engagement04.html

古くからヨーロッパでは、それぞれの指に意味があるとされています。順番に見てみましょう。

 

・親指:サムリング

左手/自分の信念を貫いて現実を切り開く。

右手/目標を達成したい時に力をあたえる。

 

人差し指インデックスリング

左手/集中力積極性を高め、行動力を生み出す。

右手/目標を達成したい時に力をあたえる。

 

中指:ミドルフィンガーリング

左手/空気を読む力や協調性を高めて判断力を高める。

右手/直感インスピレーション霊感などを高める。

 

・薬指:アニバーサリーリング

左手/愛を深める、心を受け入れる、絆を深める。

右手/本来自分の力を出したい時に、不安を取り除く。

 

・小指:ピンキーリング

左手/チャンスを呼びこみ、願いを叶え、恋を引き寄せる。

右手/自分の魅力や自分らしさを発揮する力を高める。

全部つけてみたいな?

2018-04-17

anond:20180417105826

ハゲしく同意する。

インスピレーション大事だろうし重視したいのも解るが、「付き合ってみたらそれ程でも…」も「そんなでも無かったけど、付き合ってみたら!」って事は両方あるから特に大して若くも無い30代にもなって自分から可能性を潰す行為は、いたずらに選ぶべきじゃないと思う。

異性に非誠実で無いくらいで、かなり上玉だって事ですよ。

なぜか話すると「自分気持ち至上主義」的な話になりがちなんだけど。実際はそんな事無いから!

2018-04-11

愛媛県婚活システムを利用中の私が内情を書き連ねる

はてブで見覚えのあるサムネが目に飛び込んできたので、会員である私がその内情を書いておこうと思う。

なお、他の会員のことはプライバシー問題で口外禁止となっているが、システムについて口外禁止とはなっていないのでそこは問題ないはずである

まりここでは糞システムについて書く。

まず会員になるにはサイトメアド登録して仮会員になる。

ブラウザの戻るボタンを押すと壊れる多少ダサいシステムだがここは問題ない。

そして本登録するために書類を提出するのだがネットから画像をアップはできない。

なんと事務所の行かなければならないのだ。

銀行ですらネット郵便で完結する時代に直接訪問とは!

軽く眩暈がするがここは従おう。

さて事務所に行かなければならないのでサイトで予約を取るのだが、ほんどの枠が埋まっていて泣く。

県内臨時出張所を含めても事務所が数えるほどしかなく、事務所によっては曜日の縛りがあり、さら時間ちょっとしかない。

そしてそのちょっとしかない枠がことごとく埋まっている。

平日の昼間しか枠がなかったり、ひどいところだと平日の午前中のみなど、予約画面を見ていると開業医診療所勘違いしそうだ。

仮に1日に3人しか受け付けられないとして、それでどれくらいの人が登録しているのだろう。

おそらく多くの人がこの壁を乗り越えられなくて諦めているのではないだろうか。

しかし私は既に市役所にまで行って独身証明書を発行してもらっているのだ。

証明書を受け取るときに「よいご縁がありますように」とお祈りまでされたのだ。

ここで諦めるわけにはいかない。

なお、他県の人が疑問に思うかもしれないので説明しておくと、愛媛県では「今から結婚相談所登録するんです。いやほんと、マジで

と言えばそれが本当かどうかは確認なしに独身証明書を発行してくれるのだ。超べんり。

さて、なんとか予約が取れたので場所確認しておこう。

サイトにある地図を開く。・・・からない。

ぼんやりとこのビルのあたりというところまでは分かるが、見える範囲のどのビルなのかさっぱり分からない。

仕方ないので翌日その周辺を歩いて調査したがよく分からない。

たぶんここだろうという漠然とした勘だけ残して帰ることにした。なんとかなるだろう。

そして当日までにそろえるものがある。

サイト掲載する写真だ。

バストアップを1枚または2枚用意してくださいとある

あれ?全身写真は?

普通は顔と全身の2枚だよね。

まりこれはお見合いをしてみなければデブかどうかは分からないってこと。なんということでしょう

考えても仕方ないので自宅で顔を引き攣らせながら何枚も写真を撮り、その中で多少マシと思えるものを2枚選んでカメラのキタムラプリントしてもらった。

この顔で選んでもらえるのだろうかと想像してみたけど、人には好みというものがあるし!

そして当日ドキドキしながら予約の時間の15分前に事務所に行くが誰も出てこない。

ここで合ってるのか?いや忙しいのだろうと思い、近所を散歩して指定時刻ちょうどにまた訪れる。

しばらくするとスタッフが出てきて招き入れてくれた。よかったよかった。

しかし案内された場所がすごく胡散臭い

パーティションで区切られた2人が入れるギリギリの薄暗いスペースに、警察尋問するかのようなライトひとつ

行ったことはないが、サラ金の申し込みみたいだと思った。

そして途中動画による説明もあるのだが、なぜ今ここでなのだ。事前に見せておけよと突っ込みたかった。

疑問は湧くがさらっと受け流し「はいはい」と登録手続きをすすめる。

「ここは結婚相談所ではないので、こちから異性の紹介はしません」というちょっとひっかかるフレーズはあったが、ここまで来て帰るという選択肢はない。

契約サインをして登録料を払って無事登録完了である

これで明日からバンバン交際申し込みが来るぞ!?

とはならないのである

どうか諸君らも思い出していただきたい。

これは糞システムである、ということ・・・・!

勘違いがあるといけないので再度念押ししておくが、スタッフが悪いわけじゃない。

彼ら(主に彼女ら)はボランティアで参加しているのである

決められたルールに従ってちゃんとやっている。

しかシステムが糞なのだ

まず登録にあたってシステム個人情報PR登録する。

ここまではよくある話だ。

しかしこのとき驚きのシステム説明される。

自宅のパソコンから自分登録内容は後から自由に書き換えることができるが、正会員になったとしても他人プロフィールは閲覧できない。

何言ってるのか分からない?

もう一度言うよ、何度でも言うよ。

他人プロフィールは閲覧できない。

じゃあどうやって出会うのかというと、今回と同じようにサイトで予約を取って、事務所訪問してそこで専用端末を使ってなら閲覧できる。ということらしい。

この説明を受けたときの私の頭には、な・ん・だ・と!!!???

というフレーズリフレインしていたのだが、君にはそのシーンが想像できるだろうか。

ちなみに私が説明を受けている間にひとりの男性事務所を訪れ、その専用端末というもので閲覧していたことはパーティションの隙間から漏れてくる音と会話で分かっている。

めんどくさい!

猛烈にめんどくさい!

事務所サイズ曜日によって違うが、ひとつ事務所で1日に4人から10人くらいしか予約が取れない。

まりそれだけのキャパティしかないのだ。

しかもその枠の大半が平日の昼間だけである

ほとんどの事務所が平日の12から17時くらいの間しか空いてない。

平日働いている人は来るなということか?

土日の枠がないなら平日は夜11時くらいまではやってほしい。

ここに登録してる人は平日が休み自営業とかショップ店員ばっかりなのか?

当初は本登録の枠とは別に、閲覧用はもっと枠や場所がたくさんあるのだろうと淡い期待を持っていたが、そんなことは全然なかった。

スタッフがいちいち紹介してくれたり説明してくれたりするわけではなく、ただ専用端末で見れるだけだ。

説明を受け流していたので大きく誤差があるかもしれないが現在有効間内登録者数は1万人くらいいたはずだ。

どうやってこの人数をさばいているのだ。

そもそも誰も使ってないのか?

いやさっき男の人が来たし!

稼働はしている。間違いなく。

そしてさらダメ押し説明が続く。

相手プロフィール写真写真撮影は厳禁、そしてプロフィール内容のメモも厳禁。

は?

撮影禁止はまあ分かる。

しかメモ禁止ってどういうことよ。

記憶してる内容をもとにした他人との相談も会員情報漏洩に繋がるので禁止らしい。

とにかく禁止事項が多い。

昔ながらのお見合い写真なんて親族でチェックしたりするのにそれができない。

その場のインスピレーションでどんどん交際を申し込んでくださいと言われてもね。

ずらっとスペックを並べられたら考えるでしょ。一晩考えるでしょ。いや考えさせて!

絶望感に浸りながら「はいはい分かってますよ」という顔でにこやかに話を聞くわたし

スタッフに愛想を振りまいても相手は紹介してもらえないのに。

なお、相手から交際申し込みがあった場合のみ、自宅のパソコン相手プロフィールが表示される仕組みだ。

さすがにそこで毎回事務所に来て確認しろとはならない。

そして交際申し込みを了解したり、自分の申し込みに相手同意した場合には晴れて会うことができる。

場所は両者の中間地点を基準として提携してる豪華な旅館などでスタッフ同席で会うことになる。

まさか初めての出会いが喫茶店ってわけにはいかないでしょ?」と言われたが、全然それで構わないんだけど。

友達の紹介なら喫茶店とかファミレスで会うでしょ。

そんな高飛車なこと言ってたら結婚できないよ。

お前が言うなって言われそうだけど。

ちなみにこれから会員になろうと思ってる方に一言いうなら、出会い系サイトのように毎日メールパンクするくらい交際申し込みがあるというイメージは捨ててください。

2018-03-29

3日に1回くらいは彼女に対する自分の態度を反省しろ

物理系の大学3年。

入学してすぐ出会って3年間も付き合った同学部彼女と先週別れた。

別れは彼女から告げられた。

曰く、彼女春休みに2週間実家に帰って地元友達遊んだら、その人たちがあまりにも自由に・正直に生きてることに感銘を受けたからだそうだ。

彼女とは付き合いはじめた頃から同居(というか俺が彼女の家に居候)していた。

同居してると恋人が常に横にいるか相手が何をしてるかすぐわかる。

俺はそれに慣れすぎてしまい、また、「好き」が過ぎて、彼女を段々と束縛していくようになってしまっていったんだ。

例えば、彼女の帰りが遅ければすぐLINEで安否状況を聞く、とか。

「安否状況」なんて言ってるけど、心の奥では浮気してほしくなかっただけだよ。

あと逆に、サークル仕事が忙しかったら、彼女が部屋にいて話しかけてくれても雑に返す、とか。

そうなるとさ、彼女ってあまり話したがらなくなったり、嘘ついたりするようになるんだよね。

これで「自由な行動ができず正直でない彼女」のできあがりだ。

彼氏側も彼女もつらい状況。

この「自分では歩み寄らないけど相手を束縛する」って今考えればクソ人間のすることで、彼女もそれに気付いて何度か指摘してくれていた。

でも俺は彼女悲鳴の深刻さに気付かなくて、自分ちょっとだけ変えては、また元に戻ったりしてた。

根が面倒くさがりなのもあるね。

それで、サークルの上位職が代替わりして、俺は3月は暇になった。

そして3月入ってすぐに彼女実家帰省した。

その時に、昔から仲良かったオタク友達彼女できたって話を耳にした。

陰キャのあいつにか??って思って本人に連絡してみたんだよ。

彼女ができたのは事実だったんだけど、曰く:

俺が驚いたのは、LINEの頻度の低さと、デートの頻度の高さ。

今まで俺は自分彼女になんてとんでもないことをしてしまっていたんだ、って、本能を頼りに山の上に登った青年ツァラトゥストラ稲妻に打たれたような衝撃を受けたよ。

俺は彼女がいない日はほぼ毎日LINE送ってたし、デートなんか去年の秋にディズニーに行って以降どこにも行ってない。

普通カップルはこんな感じなのか、ほんわかしてていいな、って思ったよ。

しかも俺には同居ってアドバンテージがあって、日々一緒にいる時間(朝やごはん睡眠時間)があるのに、俺はなぜここまで彼女を束縛するのかと。

俺は猛反省して、彼女帰省から帰ってきたらもう執拗LINEは送らないことを決意し、また、デートプランを練った。

そして、今まで行った旅行写真や、一眼レフで上手く撮れた彼女写真印刷して写真立てに飾った。彼女を大切にするしるしとしてね。

学校がなく彼女もいない期間の2週間って長くて、日々虚無をして過ごしてたんだ。

そういうところからも、普段いてくれる彼女の大切さがわかったんだよ。

2週間後、彼女が帰ってきた。

俺は反省言葉を伝えようと、まず彼女写真を指さした。

そこで、彼女から「あのね、別れてほしいの。これからは友だちになろう」……。

その時は頭が空っぽになったよ。今もだけど。

俺はもちろん反対して、本当に反省してるんだと伝えたが、彼女は「しばらく一人にしてほしい」と。

どうしても論破できなかったので、その日は諦めた。

次の日に彼女の部屋にもう一度お願いをしにいった。

  • 他の人の例を見て、一般的カップルがどうあるべきかわかったんだ
  • 今まで彼女の指摘に気付いてなくて本当に本当にごめん
  • 俺は彼女のことがまだ好きで、これからもずっといたい
  • 本当の本当に反省したので、また付き合ってくれませんか

……。土下座して伝えたが、断られた。

「これからは私のために稼いで、私のために生きるの」

「慈悲でまた付き合ったところで、私はもう俺くんのこと好きじゃないし」

表情と声の調子が重かった。

長くなったが、こういうことで別れたんだ。

おまえら彼女いくら好きでも独占しようとせず、適切な距離を取り、それがちゃん彼女要求マッチしてるか、3日に1回くらいは確認するんだぞ。

人生犠牲にした俺から忠告だ。

「友だちになろう」について

友だちか。

短い期間ではあったが彼女と俺は友だちだった。

そこからどうやって恋人関係に持っていけたかというと、奇跡みたいな話なんだが

1. 学部新歓1で会ってお互いにややツイ廃なことで気が合う

2. 学部新歓2で事務作業を一緒にやって名前を覚える

3. 学園祭の準備で家にお邪魔する

4. 俺が元カノとの関係相談したら「合わないと思うなら関わらなければいいじゃん!自由に生きるべきだよ!八方美人はもたないよ!」って言ってくれてインスピレーションを受ける

昔は「出会ったのって奇跡みたいだよね」って言ったら泣いて喜んでくれたのに、今回の彼女にこれを伝えても「だからなに?思い出は思い出だよ?」。

それでな、別れた後に学部自由スペースを通りがかったら、彼女が違う男の人と死ぬほど楽しそうに話してるわけよ。

あの笑顔は、彼女出会ったばかりの頃と、学園祭を完遂させられた時と、旅行に行った時と、ディズニーに行った時と、そのくらいしかたことない。

まり恋してる目なんだよな。

気になって聞いてたらね、その男の人はファッションに凝ってて、しか高校地理選択で、彼女趣味完全に一致していた。

おまけにトーク死ぬほど上手いのよ。しかも真面目そうな見た目で。

…… 彼女と付き合ってた頃、お互いの好きなところがお互いによくわかってなかった。

彼女とのカップル成立は、高校からの開放感から来る「自由」への渇望と、入学したてのノリと、学園祭という共通の大きな目標があったからこそ成立したと、今では思う。

だって今だったらさ、俺は「合う人と付き合いたい」じゃなくて「直前まで付き合ってた彼女と縒りを戻したい」だし、手段目的化してる。

自分を変えても縒りを戻したいってことだし、全然自由じゃない。

しか研究室うから、大きな目標と言えば授業の課題くらい。

俺が趣味を合わせるか?これも彼女自由意志じゃないと、結論ありきだとして、認めてくれないだろう。

しかもな、イケメンで話がうまくて趣味が完全一致 な人が、たとえ彼女持ちだとしてもさ、そんな崇高な人を一度でも見てしまったらさ、

たとえ彼女がまた俺の元に帰ってきてくれたとしても、彼女は「俺くんはこの程度だけど十分か」、俺は「俺はこの程度にしかなれないけど十分か」って、お互いに妥協するしかないじゃんか。

いやでも、これに関しては、恋は盲目だし、付き合えばなんとかなるかもしれないが、でも付き合うのが成功しなさそうだなっていうのは上で述べてる。

新しい出会い…?おれのサークル女子いねえよ。4年からサークルは入るのも気まずすぎるだろ。

ああ、彼女のあの笑顔。輝く瞳。

後悔先に立たずとは言うが、意識してないおまえら多いんじゃないか

繰り返すが、おまえら彼女いくら好きでも独占しようとせず、適切な距離を取り、それがちゃん彼女要求マッチしてるか、3日に1回くらいは確認するんだぞ。



おれはね、アルバイトするのも、おしゃれするのも、料理するのも、部屋を片付けるのも、すべて彼女のためにやってきた、彼女がいたからこそできたことだと思うんだ。

生き甲斐とかモチベーションってやつだよ。

その生きるモチベーションをだよ、自分の怠慢によって失い、しかもそれを深く反省したのに、もう彼女には反省を活かすことができない。

ところでこういう話があります: https://twitter.com/_KEN_ZEN_/status/977716389011075072

さよなら。来世では結ばれたいな。冗談です。てへ。

Werthers

2018-02-28

anond:20180228010347

元増田見てもらえばわかると思いますがはじめてまだ1ヶ月経っていないのでペーペーなのはあきらかですけど面白いからやってみました。カップの7逆位置です。インスピレーション想像力が乏しいみたいです。たしかにまだリーディングに悩むことが多いし間違えます精進します。

2018-02-27

anond:20180227092154

いろんなものを参考にしていますタロットに付いていたKEY TO THE TAROTというウェイト公式解説を基本にして、そのほかの本や国内海外含めたネットにある解釈自分過去に占って得られた解釈、あとは絵からうけるインスピレーションです。

2018-02-08

一瞬だけ男友だちができた話

気の置けない女の子のお友だちは何人もいる。男の子の友だちは1人いた。

過去形理由は、最近男友だちになってもらったAくんからメールの返信がこなくなったからです。

もしAくんがこれを見たら「人のこと勝手に話して」と思うでしょうね。

Aくんはなんでも周りに相談せず一人で考えて答えを導き出すそうですが、私は色んな人に発信して意見を聞いたうえで答えを探していくタイプです。悪しからず。

Aくんの話をするにあたり、彼に私の考えは「やっぱりあなたは変わってるね、普通はそう解釈しない」って言われたのでちょっと自分のすきなものへの見方みたいなのを記します。

「私の人生」っていう国があって、そこに私の関連するものをどんどん入れていきます

人だったり、ものだったり、仕事学校だったり色々なものをどんどん入れていきます

嫌いなもの、どうでも良いものもあるけどあんま見てもいい気持ちがしないから出てってもらう時もあるけど、国の記録にそういう事実がありましたよっていうので残ります

その国で「私のすきなもの大会」が常日頃開催されていて、すきなものひとつひとつ明確に順位づけするつもりはないけど

「AよりBがすき」「AとCは同じくらいすき」「DとEはよく知らないからすきか嫌いかからないけど、どうでもよくはないから一応参加」

みたいなのはできてきます

地区大会、県大会とき全国大会まできたらすごい。全国大会入賞者はメダルがもらえます

「今回のメダル獲得は○○ちゃんとperfumeのニューシングルと隣町のカフェとうんぬんかんぬん………そして10年と100日連続入賞ですポルノグラフィティ―――!!!!!!」みたいな。

さて、Aさんの話に戻ります。彼に男友だちになってもらうまでの経緯はめちゃくちゃ長いんですがこんな感じ。本当に長いので飽きた人は ★★★ のマークまで読み飛ばしてください。


私が一昨年の夏に訪れたデッサン教室先生がAさん。つまり始めはAさんじゃなくてA先生だったわけですね。

絵を描きながらおしゃべりをしながら教えてもらうマンツーマン個人教室、まあ多少はゆるいだろうなあと思っていました。

教室に通うに連れて私は疑問を抱くことになります。考えすぎなこともあるかもしれないけど、その時の私が思ったことだからいろいろ挙げますが、

体験レッスンをしてから初めてのレッスンで終了時間が来たので帰ろうとすると「今日は近所でお祭りがある」と言われる。

予定があったので断ると「もしお祭りに行けたら、僕たちを見た人はカップルだと思ったかもしれないよね」と言われる

本来昼のレッスンのはずなのに、本業を優先したいとのことで実際に来るように言われるのは夕方時間

・レッスンが始まると、時々「帰らなくて大丈夫?」とは聞かれるが特に予定もないので「大丈夫です」って答えると22時すぎまで「今日はもう終わりにしましょう」とならない

・「私は年上に見られがちなんです」って話をしたら「僕35歳なんだけど年下に見られるから、もし僕とあなた結婚したら同じ年くらいの夫婦に見られるかもしれないね」と言われる

・「奈良包丁を買ったから家で料理を始めた」って話をしたら「たくさん料理を作ったら持ってきてね」と言われる

・「前回も長く絵を描いていてすみませんでした」って言ったら「そんなに長い時間描いていてA先生の家の子なっちゃいなさいって親に言われなかった?」って言われる

・時々頭を撫でてくる

これらに対して私はどう対応してたかと言うと、「アハハー、なんか恥ずかしいことしれっとしますね!」と濁していました。なんでかって言うと、それが生徒さんの対応かなって思ったから。

お金払ってレッスンしてもらっている身だからヘタな態度を取って破門だ!なんて言われたら悲しいですからね。

習い事の他に、芸術活動インスピレーションを沸かせるためにみたいな感じで誘われて県外までお出かけしたのと、ボランティアのお手伝いに呼ばれたのとで、教室の外で2回会いました。

まあ大学でもゼミの飲みで先生来たりするよね!って感覚でした。

私はA先生のことをどう思っていたかと言うと「かっこいい〜!絵が上手い〜!いろんなこと知ってるから話してて楽しい〜!」って感じでした。

でも帰り道は毎回「え!?!?!?!?!?!?どういうこと!?!?!?」とパニックでした。

今まで習い事先生にも男の人にもそんなことされなかったから、どう言う意図でその言動行動になったのかがわからなかったのです。

先生と生徒だし「もともとそういうことしれっと言っちゃう人なのかな」とか思ってましたが私は当時24歳、先生は34歳。

さすがに子どもじゃないので「これは傍から見てどんな風に見える?」と思って友だちに相談すると

「今の状況じゃ好意を持ってるとも取れるけど僕はそんなつもりなかったってなる可能性も十分にある、深入りは禁物、様子見」

と、ごもっともなことを言ってもらえたので余計なことはせずに生徒さんをしていました。

さて、その後ですが私は仕事が忙しくなって教室に行けなくなってしまいました。

時は流れ去年の12月、私は今年度で仕事を変える予定だったので、今後習い事をどうするかを話しに再び教室に足を運びました。

私の都合の良い時間に通ってくれれば良いと言ってもらえて私はまたデッサンをがんばるぞーと思っていました。そこでのお話でまた気になったことがひとつ

「僕にお金があればお嫁さんになって僕のこと支えてって言えるのにな」

私は「なんでそんなこと言うんですか?」って聞きました。

まりにもいつまでもこんなことを言うので、ただの冗談なのか本気でそう思っているのかが分からないと今後どのように接していけば良いのか分からなかったからです。

それに対しての先生の返事を要約すると「あなたのことは魅力的だと思っている、でもお付き合いしてほしいとか結婚したいとは違う、なぜなら自分にはお金がないのでそんな大それたことを言う資格はないからだ、ただ絵を描きに来てくれてお話をして、時々一緒に出かけられたら良い」みたいなことでした。

先生子どもみたいなことを聞いた私に対して先生としての言葉で返事をしてくれてかつ「ここはあくま教室から先生と生徒らしくしろ」という意味を込めてこのような言い方になったのだと思いました。私は

「私も先生のことは素敵な人だなと思っている、私も絵を描いてお話をしてお出かけできたら良い、いま先生と生徒の垣根はゆるゆるだけど先生創作活動邪魔になりたくないし付き合うとか結婚とかは求めてない、ただ自分好意を持っている女が男の影をチラつかせるのは嫌だろうから誠意を見せて合コンに行くのはやめようと思います…ってのは違いますか?」みたいなことを言いました。先生はそれで良いと言ってくれました。

さっきの国に当てはめると「先生のすきなもの大会に私は参加してます?」って聞いたら「僕の国のすきなもの大会あなたは参加しているけど入賞はさせられない」って言われたので「なるほど!事情も分かったし、私も先生のこと素敵な人だなーって思ってたか入賞試合のシード権あげます!」と返したわけです。先生はそんなこと思ってなかったかもしれないけど、私はそう言われていると感じました。

帰り道「内縁の妻じゃなくてなんだ〜?内縁彼女?すき同士?っていうか、人のことがすきって、それ以外の名前をつけなくてもいいんだ!素敵!」って思って帰りました。

次の日「すきな人とすきなことが出来るって幸せだな~、シンプルに生きよう」と思って友だちをルームシェアに誘ってOKの返事をもらい私はウキウキでした。

その次の週、私と先生お茶をすることになりました。

色々な話をする中で先生が「お互いに疲れた時の支えになったり癒しになったりしたら嬉しいよね」みたいなことを言ったので「アハハ、私でよければ」と答えると

「え?なんで?彼女でしょ?」

と言われました。え?名前ついたぞ?恋人にする気ないって言ったのに?なんかそういう会話あったっけ?って頭の中は大混乱です。

「そ、そっかあー、彼女かあー」って返してそのまま話は流れていったと思います

「確かにお互いの事情懇ろにはなれなくても絵を描いてお話をしてお出かけできたら良いっていう男女の関係世間一般言葉表現したら彼氏彼女にはなるのかな」とか思ってました。

その後も、お互いにお互いの両親と親しくなりたいよねとか、友だちとルームシェアをすると言ったら「僕のために自立を決意してくれてありがとう」みたいなこと言われたりしました。

私が何を話したか全部は覚えていませんが、その向こうがそのつもりならこっちもレッスンで言ってなかったこと話してみようか、と思ってすきな俳優ががんばって活動していて応援しているんだという話をしたら

「僕もがんばってるでしょ」と、話の方向が変わってしまって残念に思ったのが印象に残っています

帰り道、いままでの男性経験を聞かれました、抱き合いたいとも言われました。(先生は「仲良くする」という言葉表現していました。そんな言い回し同人誌で1回しかたことない)

手を繋ぐように促されました。手のヒレを撫でられました。「なんでこんなことするの?」って思いました。その後は適当タイミングで手を離して適当タイミングで話をして別れました。

から見た先生は、入賞試合のシード権を獲得しただけで未試合の気づいたら彼氏になってた人、先生から見た私は見事入賞メダル彼女称号済み。早いよ~~~~~

言ってることとやってること違くない…?一回り上の男性と接するにはこのへん気にしちゃいけない感じ…?

と思っているうちに年が明け、お互いに「絵を描いてお話をしてお出かけできたら良い」ということでしたのでレッスンの日を決めることになりました。

ざっくりとしたやりとりはこうです。

私「火曜日はどうですか」

先生大丈夫です、夜からどうですか」

私「早い時間がいいです」

先生「そうしたら朝から

私「金曜なら16時〜19時で空いていますが」

先生「そうしたら16時半にしましょう」

すると火曜日にの17時に教室から着信の履歴が。

携帯確認すると16時半過ぎにも「いま向かってますか?」という旨のメール。しばらくすると「曜日勘違いしていました、すみません!」という旨のメール

私は「ヤバイな」と思いました。

「この人は私が火曜日の16時半にくると勘違いしていて、いままでのメール確認せずに送ってきたということは、自分は間違ってなくて私が予定通りに教室に来ない人だと思って連絡してきてる!

しかも16時半過ぎにメールをしてくるってことは、この大雪の中でも私が家から教室まで足を運ぶことになんの疑問も持っていない!私が思う生徒と先生が思う生徒が違う!そして私が思う彼女先生が思う彼女が違う!」

私は、先生に対して「先生と私で解釈違いが起きています彼女でしょ?って聞かれた時に濁しましたが、家に持ち帰ってちゃんと考えたらそんなやりとりしてなかったです。

触られるのは苦手です。私も思わせぶりな態度をとっていたかもしれません、きちんとお互いにわか言葉で話ができていなかったかもしれません、それは本当にごめんなさい。」という旨のメールを送りました。

先生もその内容を理解してくれました。でも、返信の内容に「もうあなたの気にすることはしないのでまた教室でお待ちしています」みたいな文があったのが気になりました。

もう先生と生徒でいるのには無理があると思いました。

それで私は「先生と生徒はもう無理があると思います、お友だちというのはどうでしょうか」という提案しました。

先生は「あなたのいう友だちの概念はわかりませんが、あなたがそれで良いならそれで良いです」とお返事が来ました。

本当に長くなりましたが、そんなわけで男友だちのAくんが誕生したのです。

から見ればAくんのシード権は無効、すきなもの大会は参加中で彼のポジションが今後どうなるかは謎の状態です。

その後、Aくんとお茶しました。いままでのやりとりのおさらいをしました。

お互いに色々言いましたが、向こうから見たら私はもう彼女でも生徒でもないからなんだか怒られそうだなーって思うと怖くなってしまって自分の体が震えていました。

恋人になるつもりがないなら合コンに行かないなんて言うな」って意味のことを言われたのは覚えてます

恋人にしたいとか結婚したいとか思ってないって先に言われたし、でも遠い未来には恋人同士になる可能性もあるみたいな言い方だったから私なりの誠意の見せ方だったのに」って言ったら

「それでも合コンに行かないって言われたら私を末長くよろしくお願いしますって言われてると思うじゃん」って言われました。

末長くよろしくだとしても、今まで先生と生徒でやってきたのに、すき同士だからって理由でいきなり手を繋ぐよう促されたり両親と仲良くとか言われたり男性経験がどうこうとか、がっつきすぎだろうと思いました。

「そうでも、ゆっくりが良いんです。恋人同士にならなくても結婚しなくても、末長くよろしくでお互いにお互いを知っていく時間がいるでしょう」と言いました。

お店を出てから「僕はあなた恋人候補に入ってるってこと?」って聞かれました。

候補とか候補じゃないとかじゃなくて、今はお友だちなんだからお友だちです」と言って別れました。

その後にメールが来ましたが、自ら身を引く感じの文面で私は悲しくなりました。

お友だちで良いって言ったじゃんと思って

男と女とかオスとメスとかじゃなくて一人の人間同士で仲良くなりたいです、いままで先生と生徒でやってきたのでAくんは生徒としての私しか知りません、その状態懇ろになるのは非常に危険だと伝えたかっただけです」

メールしました。

Aくんは「その内容を分かるところと分からないところがあるけど、それはあなたの考えだから尊重する。でも思わせぶりな態度はやめてほしかった」と返信をくれました。

私は「あまり知らない男の人は警戒します。自衛行為のつもりだったが思わせぶりな態度になってしまったのは申し訳なかった、これからはもうお友だちなのでそういうことはしない、指摘してくれてありがとうございました」

と返信をしました。

その返事は、当たり前だけど来ません!!!でも悲しい!

人と話してて気になる表現があったら自分のものさしで解釈しないで雅とか風流とか気にしないで話の雰囲気ぶち壊しても野暮とか馬鹿とか思われるかもしれないけど、言葉意味をちゃんと聞かないとたいへんなことになるんだなーって思いました。

恋愛偏差値20しかない…なんでも話せる男友だちがいたらちょっとは違っただろうなあー。


★★★

話した内容全部覚えているわけじゃないしメールの内容全部記載しているわけじゃないけど、私視点から見た今回のあれこれを最初に話した国と大会お話しすると、

Aくんはとっても素敵な人だったからすぐに「私のすきなもの大会」の参加メンバーに割と早い段階でいました。

ある日の話し合いを機に私が彼にシード権を与えたら、いきなり「あなたはもう僕の大会の中では入賞してるよ!僕もあなた大会の中は入賞してるよね!メダルをくれるんだよね!!!」って言われている気持ちになりました。

でも向こうからメダル欲しいなんていう人なかなか現れないから嬉しくなって、

メダル欲しいですか!そしたら私のすきなもの大会メダルもらったものがどんななのか見せちゃおうかな、と紹介したら

「ふーん!っていうかそれほめるなら僕も!」って反応をされました。

色々考えた結果解釈違いを感じ、お互いの考えを伝えあい

「私がちょっと見せただけの国の状態を見て、男性家族しか見当たらないのを見て自分ならなら大会入賞していると思ったのかもしれませんが、県内での部活数が少なくて不戦勝で次の大会に出られているようなものです。

男ってだけでは入賞理由にはなりません、むしろ私の人生男性とはあまり関わりが少ないうえに今までロクなデータがないので慎重に吟味していました」

みたいなことを言ったのを最後に向こうの大会から私は除名、私の大会から彼は棄権みたいな感じになっちゃいましたとさ。

国の記録には残るけどこれでおしまい


ここまでの話を友だちにすると「もっといい人がいるよ」なんて言われるけどちょっとその言葉モヤモヤします。

この場合のいい人っはいつか彼氏旦那になる男性のことを指すのですが、まるで異性に好かれてないと私は幸せになれないみたいな言い方に聞こえます

私は「今回のメダル獲得は○○ちゃんとperfumeのニューシングルと隣町のカフェとうんぬんかんぬん………そして10年と100日連続入賞ですポルノグラフィティ―――!!!!!!」で幸せなんです。

楽しいことがいっぱいある世界である程度の年月過ごしてきた人の前にいきなり現れた人が、すきなもの大会に参加はできても入賞することって結構大変。入賞し続けることはもっと大変。

結婚をしてみたい気もするけど私はお家のための結婚はしなくていいし、一緒にいたいなーって思う人はいても結婚したいと思う女性男性もいないというか結婚ってそもそもどんな制度?って感じで、子どもを産み育ててみたい気もするけど今そういうことしたいとは思う男性はいなくて、精子提供養子縁組も今は考えてません。いつかご縁があったら結婚して子どもを産み育てることもあるかもしれないねってくらい。

結婚出産子育ても「すきな人とすきなことした結果に名前をつけたもの」って感じがする。

私は周りに結婚出産を催促されても結婚出産子育てをするための「いい人」はいらない。

すきな人とすきなことをしたい。

△ちゃんとライブに行くのが幸せ、□ちゃんとお茶しに行くのが幸せ時間が取れたときは絵を描くのが幸せパンにはチーズをのせて3分チンするのが幸せ

Aくんとは絵を描いてお話してたまにお出かけするのが幸せで、もしかしたらその先にまた違う幸せが見えてくるのかも、なんて思っていたけど、向こうとは歩く速度が違うようです。残念。

2年前に知り合っておつきあいを始めた人と結婚することになったお友だちに、こんな話をタラタラとしたら「私の彼氏はすごいことを成し遂げた人なんだなあ、2年でメダル受賞までこぎつけるなんて。私は警戒心が強くて大変だったろうに」って嬉しそうに笑っていました。「結婚しなくても幸せになれるこの時代に、私は、あなた結婚したいのです」という広告を思いだしました。素敵だなあ。


読みにくい文章でごめんなさい、文章を書くのは苦手です。最後まで読んでくれてありがとうございました。

追記:抜けてた文を追加して周辺の文章を整えました。

2018-02-03

真似とパクリインスピレーション境界線

私は二次創作をしている文字書きだ。

今のジャンルには最近ハマったばかりで歴が浅いうえ、それほど面白い話も書くことが出来るわけでもないため、Twitterを中心に底辺で好き勝手作品を上げて活動している。

別に大手なわけじゃない。素晴らしい作品が書くことが出来るわけでもない。好きだと言ってくれる人はいものの、ファンがたくさんいるわけでもない。

それなのに、つい最近、ことごとくやることなすこと真似ばかりされていることに、激しく苛立ちを覚えたので吐き出したかった。

Twitter相互フォローをしているA氏がいる。A氏は文字書きだが、ROM専門よりであることを自分で言っており、あまり作品Twitterpixiv等に上げることはない。

私がA氏と繋がって長いのだが、近頃、A氏がやたら私の真似をするなと思うようになった。

きっかけは、私が上げたとある作品の数時間後にA氏も同じような作品を上げたことだ。

同じような題材、同じような書き方。

その時は「何だか似ている作品を上げているなぁ」としか思わなかった。

しかし、A氏はいつも私が作品Twitterに上げた後に、似たような作品Twitterに上げるようになった。

しかも、A氏はそれをいかにも自分が考えたようにTwitterに上げる。

【△△で作品作ってみました///】といったように、さも自分先駆者であるような言いぶりで、私のものに似た作品を上げる。

その時はA氏とは相互フォロワーであり、ミュート等の設定もしていなかったため、何度も自分作品に似た、A氏の作品を見ることになった。

ネタが被る。書き方が被る。

何度も続くと真似やパクリを疑いたくなったが、私は底辺文字書き。

私なんかを真似する理由もないなと思ったし、何よりも騒ぎ立てることで「自意識過剰すぎだろ」と言われるのが怖かったため、何も言わなかったが、作品を上げることを控えるようになった。

すると、A氏もTwitter作品を上げることがなくなった。

私が作品を上げていた時は数時間後に似たような作品を上げていたのに、ぱったりと作品を上げるのをやめたA氏を見て、自分が真似されている確証はなかったものの、すごく嫌な気分になった。

なんだか作品作りをする気力がそげてしまったため、一度息抜きをしようと私はフォロワーさんたちと会話を始めるようになった。

創作の話は勿論、フォロワーさんの日常生活等の話をしていたのだが、また、A氏が出てきた。

A氏は私がリプライ飛ばし相手にすべてリプライ飛ばしていた。しかも、リプライの内容が私とほぼ丸被り。

勿論、この時だって自分勘違いだろう、私は自意識過剰なんだと思おうとしたが、それにしたって内容が被りすぎている。

フェイクを入れるが、フォロワーさんのとある作品に対して「この作品、泣き出しそうな表情が素敵で堪らなくいいです…!」と私が、リプを送れば、その数時間後、早ければ数分後に「泣き出しそうな表情が素敵…!」とか、「●●さんの作品が素敵なのでフォローさせてもらいました!」と私が送れば「●●さんの作品が素敵でフォローしました!」いった感じで、リプライの内容まで被る。

間違い探しじゃないかと思うくらい似たようなリプライが続いた。

一回、二回であれば時間や内容が被っても変には思わない。そもそもA氏とは共通フォロワーも多いため、リプライ時間が偶々被っても物凄く違和感があるわけじゃない。

内容も被ってしまうことはあるかもしれない。

しかし、何度も何度も続くのはおかしいことじゃないのか。

さすがに違和感があるなと、腹に据えかねて、私はAさんに対し、メッセージを送った。

作品の件もそうだが、A氏と共通の私のフォロワーさんに対するリプライも似たような感じであまりいい気分がしない。

「なんだか私のリプライとか作品作りとかと被ってあんまりいい気がしないな~」というような軽いノリでA氏にメッセージを送ったところ、帰ってきた答えは【あなた面白そうなことをやっていたため、真似した】というものだった。

悪びれもしないが、いか自分が悪くないかという文章が長文でつらつらと書き連ねてあった。

ただ、私がやっていることが楽しそうだから真似した、それだけの理由だった。

今私のいるジャンルは、昔、大手サークル間のネタパク事件話題になり、ネタパクされた側のサークルが筆を折ってしまたことで有名なジャンルだ。

A氏はその筆を折ってしまったサークルさんが好きであったということもあり、以前その話題で話したことがある。

その時にA氏は「パクリは最低な行為だ」と言っていた。

それにも関わらず、自分は私の作品作りや交流を真似したのだ。

それを見て「はああ?」と思った。何を言ってるんだろう、こいつはと。正直ぶん殴りたくて仕方なかった。

少なくともどんなに底辺でもどんなに面白い作品が作れなくても、ネタ作りには必死になるし、ない頭を必死にこねくり回してどうすれば面白いのが出来るだろうかと逡巡する。

そうしてようやくできた作品を、【面白そうだから】という理由だけで真似されるのは腹が立って仕方ない。

いや、【面白そうだから】と理由だけで真似がされたことに怒っているというよりも、真似された挙句、【さも自分先駆者です】と言わんばかりようにツイートされたのが腹が立って仕方がなかった。

例えば、A氏が「●さん(私)がやっていたから、面白そうで真似しました~」という一言があれば、私はここまで苛立たなかっただろう。

さも自分で考えたように、自分で生み出したように言っていることに対してこんなにも腹が立っているのだと思う。

とある人は「作品作成された時間を見れば、どっちが先であるのだからわかる。パクリパクられは簡単判別がつくものだ」という。

しかし、作成した時間まで見る人は少ない。それが24時間以上過ぎてしまえばなおのことだ。

例えば、私よりもA氏の作った作品がより高い評価を受けたとする。それは私の技術不足であり、A氏の方が技術を多々持っていたため、沢山の人に高い評価を受けたということだろう。

しかし、先に作ったのは私であり、A氏ではない。それをA氏がさも自分が作ったように言いはればどうだろう。

私の作品がむしろパクリであるというふうに取られかねないだろうか。

リプライについても同様だ。

先に考えたのは、私なのに、なんとも理不尽な話だ。

今のところそのようなことはないのだが、そんなことが起きるのではないかと思い私はTwitter作品を上げることが出来ないでいる。

また、真似されるのではないかという恐怖が付きまとい、作品を作る意欲は多大に削られているのが現状だ。

真似とパクリインスピレーションの違いは何だろう。

A氏が「私の作品インスピレーションを受けました!」とでも言えば、私は許したのか。

答えはきっとノーだ。

なぜなら、インスピレーションというにはA氏の言動作品はあまりに被りすぎている。

この人の作品が好き!自分作ってみたい。自分も真似してより良いもの作ってみたい!

その感情を抱くのは私だって同じだ。

けれど、さも自分が始めたような言い草で、話を進めてしまえば、それを考えた人を傷つけることになる。

そして、そうやって傷付けられた人間創作意欲を失うことは身をもって学んだため、それだけはしないように気をつけたいと思った。

2018-01-21

サウナの水風呂が好き

サウナで一番気持ちが良いのは水風呂であるサウナで汗をかいて後、水風呂に入る。これを繰り返す。最高である

普通に風呂に入って温まってからでも良い。水風呂に浸かっていると心身が引き締まる感覚がある。水に浸かりながら物思いにふける。結構インスピレーションが降ってくるような感覚がそれなりにある。

風呂でも露天風呂でも何でも気持ちが良いのだがしかし、水風呂が一番気持ちが良い。

風呂が心地よく感じられるかどうかは体調にもよる。体調が良ければいつまででも浸かっていられる。一方、体調が悪いときには、腰回りが冷えてくる。こういう時は無理してはならない。からだを冷やして、病を得ては本末転倒である

先週は豊川コロナに数日間滞在してサウナと水風呂を楽しんだ。

年末年始は良く休めたからか、体調が良い。風邪もひかない。そして水風呂気持ちが良い。最後風呂に浸かって体を温めてから上がる。体調がさらに良くなった。

2018-01-17

anond:20180117160055

気鋭の縄文陶芸家はなぜC++エキスパートなのか

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/17/030300065/011600030/

今月取り上げるのは村上原野(むらかみげんや)氏。縄文土器インスピレーションを受けた創作を行っている陶芸家だ。同時にネットでは「狂える中3女子ボレロ村上」というハンドルネームC++に詳しいプログラマーとしても知られている。

2018-01-07

原爆差別

モーガン「こらエディー、イレイザーフローアにフォールさせるのはやめなさい」

エディ「ワイ?」

モーガン「アトミックボームドロップインスピレーションさせるからだよ、ジャパンヒバクシャに対するディスクリミネーションになるよ」

エディ「ソーリー

2017-12-23

anond:20171222232340

おれも受験生の時、そうだったよ。

からなんぞポケモンやり始めたりしてな。

同級生がメキメキ模試順位を上げていく中で、おれは「勉強しなきゃナ」と思い続けて

でもなんとなくポケモンやっちゃってた。

あれから10年経ったけど、集中力が続かないのは変わらない。

やっぱ大した大学には行けなかったけど、持ち前の要領のよさでそれなりに存在感出してたわ。

1%パースレーションと99%のインスピレーションで生きてきたわ。

それでもまあ、なんとかグダグダ生きては来れてるし、いっかぁと思ってるわ。

そんなのやだなと思うならば、まだ間に合うから東大に行ったほうがいいよ。

2017-12-20

劇団 竹の公演『人形を殺す』を見に行った記録

ちょっと前のハナシになるけど、都内の小劇団の公演を見に行ってきた。

というか、なんかこの2ヶ月、小劇団を観に行くことが多くて。

(いや、そんなマニアみたいに毎日、毎晩ってわけじゃないけど)

キッカケは、

  https://anond.hatelabo.jp/20170925212923

この劇団で。

でもって、出演していたキャスト新宿ゴールデン街バイトしているという情報を聞きつけて、その店を仕事の接待の2次会で使ったのよ。

いろいろと話も聞きたかったし。

.

そしたら、その女優さん。

舞台の上の颯爽とした男装イケメンぶりとはまったく違うホニャホニャ~っとした実に気立ての良さそうなお嬢さんで。

思わず「よ~しオジサン太っ腹なところ見せちゃうぞ~!」と彼女の新しい公演のチケットを購入したのが一ヶ月以上前。

.

演目は『人形を殺す』(劇団 竹/竹林 林重郎 作)

そして、ちょっと前に劇場に行ってきた。

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例によって記憶を記録に変えるため、ここに自分の感じた印象を残しておくことにする。

随所にその後の聞き取りで得たデータもはさんでいくんで、そこはご参考までに。

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■全体として

いろいろと語りたいことはあるけれど。

まずは。

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      まさかこのオッサンが芝居で爆泣きさせられるとは思わなかった。

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もう、その、なんだ。このイヤな感じに古びてネジれまくった心のどこに、こんな涙が残ってたのか、ってくらい。

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全体のアウトラインとしては。

(もう公演も終わったことだし、ネタバレいいよね?)

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とある一家の主人、フトシの葬儀に彼の隠し子ミツルが訪ねてくるところからストーリーは始まる。

子供世代にあたる長男、長女、後妻の連れ子、隠し子の4人を物語の中心として、彼らの記憶にある父、父の愛人、母、後妻の姿が交錯する。

回想を交えて次第に明らかになっていく機能不全家庭のかたち。

すでにそれぞれの人生を発見、構築して、最後手仕舞いとして葬儀に集まった子供世代が “その後の物語” を交換しあい、そして何を選択するか。

.

という感じ。

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安直なプロモーター/宣伝担当者だったら “失われた家族の再生の物語” とか言うところだろうけど。

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これは “再生” じゃない、“自己修復” だ。

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どこからか聖なる光が降り注いで、そして全てが安直に元通りになるんじゃなくて。

命がけで力をあわせ、新しい家族システムとして自己修復していく物語だ。

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機能不全家庭のサバイバーたち、それぞれが心で悲鳴を上げながら過去を振り返り、つながりを模索して、あたらしい動態平衡を獲得する、そんな自己修復過程の身を切るような苦しみを描写し尽くした作品になっている。

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ただ、上に書いたような文芸路線の重たい家族ドラマってだけじゃない。

そこに、キリスト教ヒンドゥー教、アミニズム、シャーマニズムの神々が乱入し、信仰とヒトの関係性が語られ、西武ライオンズの奇跡の優勝が回想され、ときにタブラ4つ打ちテクノに合わせて踊る白装束の群舞とビデオプロジェクションのインサートシーンが交錯し、どこかサイケデリックな、なんというか……

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うん! そうだ! “現代の寓話” だ!

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これまたベタワードだけど、他に形容のしようがない。

(どうしても想像が及ばない人は、ここで、

 “もしも、もしも故・今敏監督が、重た~い家族自己修復ドラマ

  お得意の悪夢タッチケレン味タップリに撮ったら”

 というのを想像してみてください。

 当たらずといえども遠からずのはず)

.

うん、これ以上語ってもしょうがない。全体としてはこんな感じ。

「傷ついた人は、傷ついた家族は、成熟とともに修復される……されるのか?」

というのがテーマ

そして俺、爆泣き。

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そして、本公演の劇団である “劇団 竹” の主催者にして劇作家、竹林林重郎氏の作劇術、というかタッチというか、そういうのも、なんとなく見えてきた。

.

まず、基本はダイアローグ(1 on 1のトーク)。

モノローグでもポリローグでもなく。

回想シーンのフトシ、サダコその他は隣に聞き手がいるものとしてダイアローグカウントする)

ストーリーライン全体は

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 隠し子ミツルと長女ツグミの対話

 ーーここで父フトシの隠された2重生活と、実の子以上に愛され、

   育まれてきたミツルの姿が明かされる

      ↓

 ツグミと長男シュウタの対話

 ーーいまではヤンママシンママとなったツグミの愛に飢えた幼少期への思いが爆発

      ↓

 シュウタと連れ子ヒデフミの対話

 ーー今となっては過去に見切りをつけ、自身の “家族” を獲得したヒデフミに対して、

   ここでシュウタの最大にして最後の働きかけが大爆発

.

という大枠の流れに、回想シーンとして

 ・父フトシと母ノリコの外食

  (後に愛人となるヤスコを含めると3人以上が登場するのはここだけ、だったかな?)

 ・フトシとヤスコの逢瀬

 ・堕胎をうながす継母サダコと反発するツグミ

 ・夢の中でシュウタに、出奔という自分ギリギリの選択を明かす母ノリコ

.

といずれも1 on 1。

対話の一方が次の対話に持ち越されるバトンリレー形式で話がすすむ。

(例外はサダコが壁のロザリオを叩きつけるシーンと、ノリコの出奔シーンくらいか)

.

というわけでダイアローグ主体の作劇なので。

最後に全兄弟が登場する対話のシーンを見たかった気もするが、そこはビデオ後日談が語られることで代替されている。

というか、前半のツグミ役のキャストのあの演技を見たら、後半まで登場したら、おそらく彼女のメンタルがもたないだろう。

.

ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

俺「おおっ! あなたツグミを演じたラムネさん! アレくらい、余裕っすか?」

ラムネさん「んふふ~」

.

と、明確な答えは得られず。

ただ、別に彼女のコンディションに配慮したわけではなく、たんに作劇上、そうなっただけらしい。

.

余談。

確かなことは。

無軌道な妊娠と出産、自分を一番に思っていた継母を鬱病と自殺に追い込んでしまった(と考えている)彼女が過去を悔いて流す涙。

ツグミの慟哭はそれだけの迫真・魂の演技だった。

余談終わり。

.

もう1つ。

ストーリーを裏から支える暗喩のレベルが。

.

 気にしなければ流すこともできる。

 気にして、拾い上げるつもりがあればハッキリと分かる。

.

というレベルキッチリ統一してあるのが気持ちいい。

(いや、これは俺の思い上がりで、拾い上げてないレベルメタファーがドッサリあるのかもしれないけど)

たとえば。

ミツルツグミが同時に正座をといて、「ここから深い話をしよう」という意図を見せたり、とか。

ヒデフミが現在ではロザリオ製造業に努めていて、毎日キリスト十字架にかけている、つまり、 “完全な棄教者” であることを暗示したり、とか。

.

いろいろなレベルで多層的にメッセージが投げかけられてくるのが気持ちいい。

.

そして、ストーリーに大きな比重を占めているビデオプロジェクションについて。

冒頭、中間エンディングと(自分が覚えている限りでは)3回、舞台の白壁をスクリーン代わりに、撮影・編集済みのビデオ映像が使われる。

.

1回目はオープニングタイトルなので、深い意味はない。多分。

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2回目は、うーむ、解釈に困る。

シヴァヴィシュヌガネーシャブラフマーも出てきた、かな?)とヒンドゥーの神々がサイケデリックビデオコラージュで次々と諸々の事象と一緒にカットバックされる、ある種のイメージビデオ

BGMはタブラ4つ打ちデトロイトっぽいミニマルテクノ

ことなく、今敏っぽい。

無理して考えれば、愛人ヤスコ隠し子ヒデフミの家にあったという、キャラクター人形を並べたデタラメな祭壇から喚起されたイメージの奔流、というところだろうけど。

.

というか、ストーリーのキーアイテムがいくつかあって。

1)キリスト教

家族システム自己修復の媒介者、というか見守り人としてのキリスト教の存在と、一般人レベルの、一般人なりの神学論争がたびたび登場する。

.

2)多神教シャーマニズム

愛人ヤスコは沖縄のユタ(シャーマン、巫女)の血を引いている、という設定で、ここでキリスト教的な硬い理論体型ではすくい切れないアミニズム、シャーマニズムスピリチュアリズムの象徴として彼女の存在がたびたびクローズアップされる。

.

3)フトシ人形

元愛人ヤスコいわく、「死んだフトシの魂が乗り移った人形」。

そもそも隠し子ミツルが「この人形を一緒に火葬してほしい」と持ち込んだところから全てのストーリーが始まっているわけで。

その後は、子供たちの亡き父に代わって踏まれるは、叩きつけられるは、この人形、まさに踏んだり蹴ったり。

.

余談。

この人形、終演までよくボロボロにならずにもったよなぁ。

と思ったら、Twitterを見たら劇団の忘年会にまで生き残って参加してるし。

まじで何か乗り移ってね?

余談終わり。

.

ビデオプロジェクションの3回目は、エンディング後日談)とスタッフロール

ここで、子供世代が集合して親睦を深める後日談が挿入され、ストーリーに一応の決着がつく。

.

と、合計3回のビデオなんだけど。

うーむ、評価に困る。

なんというか、悪くは無いんだけど。

編集も音楽も上手すぎて、なんか、こう、才に疾りすぎているような印象を受けた。

芝居のシーンが不器用な人間たちの不器用なふるまいの話であれば、なおのこと。

逆にいえば、重苦しくなりがちな主題のハシやすめとしては、効果的だった、とも言えるけど。

.

ラムネさん「あのビデオなんですけど~」

俺「おお! ラムネさん! ビデオがなんですか?」

ラムネさん「お客さんのアンケートでは、良かった人と、悪かった人が半々くらいだったみたいですよ~」

俺「うーむ、人によって評価はマチマチか。まあ、そんな感じだろうなぁ」

.

観劇

で、さてさて。

終演後、もう、あふれる涙をぬぐいながら、挨拶に出ていた竹林氏に突撃インタビューを敢行してみる。

.

俺「グスン、あ、あの、最後後日談ビデオなんですけど。やはり、あれは小さな子供たちを舞台に出せないっていう制約があってのことですか?」

(と、最初の軽いジャブのつもりの質問だったんだけど、誤解したらしく)

竹林さん「あ……あれなんですけど……ハッピーエンドってわけじゃ……ないんですよね。

あの子供たちは全員ツグミの子供かもしれないし……。ヒデフミとシュウタが家庭を持つ踏ん切りがついた……とも言えないわけで……。そこはお客さんの判断にゆだねるっていうか……」

.

え? あれ、ハッピーエンドじゃないの?

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   ズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

そりゃないよ竹林さん! こっちは希望の光に魂が洗われるような涙を流した直後だっていうのに。

と、ともかく、気を取り直して次の質問をする。

俺「と、ともかく、アレです。そうだ! あれ、あれ! あのキャストの4人が白装束で踊るダンスシーン! あの挿入シーンには、やっぱりなにか意味が?」

竹林さん「あ……あのダンスシーンには……特に意味は……ないんですよね……」

.

     ∧∧

    ヽ(・ω・)/   またまたズコー

   \(.\ ノ

 、ハ,,、  ̄

  ̄

.

なんてこったい! 全部インスピレーションというか成り行きまかせかい! なんだよコラ! というか、あんな太っといストーリーを産み出しておいて、なんでそんな慢性自信喪失症みたいな振る舞いしとんねん!?

.

ラムネさん「そんなこと、ないですよ~」

俺「おお! ラムネさん! するとあのダンスには深い意味が?」

ラムネさん「1つ1つの振り付けに意味を込めて、竹林さんが決めていったんです~。彼、ダンスができるわけじゃないんで、稽古の一番最初にダンスから始めていって、大変だったんですよ~」

俺「それじゃまた、なんであんなウソを……」

ラムネさん「まあ、あのヒト、照れ屋さんですからね~」

.

うーむ。

いろいろと事情はあるようだ。

.

あらためて全体として

というわけで、あらためて全体としては。

.

もう、激烈に良かった!

チケット代の倍くらいのモトは取った!

劇団竹、というか竹林林重郎氏は今後も追いかける! 決めた!

という感じ。

.

キャストスタッフについて

本来なら、ここでキャストの印象から書くんだけど、先に言っておきたい。

.

  こんな気持ちのいい観劇、生まれて初めて!!!

.

映画で言うところのプロダクションデザイン、美術のレベルが俺的には空前絶後のハイレベル

舞台というかセットは “そこそこ成功した事業主が建てた一軒家の客間、中央には卓袱台” という固定化された空間なんだけど、まあ、ここの造作が細部まで実にリアル

フトシと妻の外食シーン、ネパール料理屋ではビールが銅製のタンブラーに入っていたりとか、細かいところまで実にリアリティのカタマリ!

サウンドも隅々までハイファイで、SEのキューイング(演劇用語では “ポン出し”だったっけ?)もタイミング完璧!

後ろを見れば、おお! これまでの観劇で初めて卓(コンソール)の収まったコントロールブースがある!!

.

今回の劇場、スペース雑遊の設備なのか?

.

ラムネさん「いえ~、あのブースは、わざわざ場所を確保して作ったんですよ~」

.

ですよね~。

照明も特段の過剰な演出に走ることなく、的確。

何もしていないかっていうと、そんなことなく、舞台のシーン、ネパール料理屋のシーン、

シュウタが心から祈るシーンと、細かく細かく抑揚をつけている。

ともかく、作品の作家性、キャストもさることながら、舞台全体をバックアップするスタッフの力量が、もう、これまでとまるで違う!!

彼らにはノーベル賞ピューリッツァー賞紫綬褒章を金銀パールをそえて贈りたい。

それくらい気持ちよかった。

.

劇場の “SPACE雑遊” もじつにいい。ほどよい温度で静かな空調。

ともかく見過ごされがちな観劇のための空間づくりだけど、ここまでストーリー没入を妨げない総合的な配慮は、うん! 控えめに言ってサイコー

この劇団って、いつもこんなハイレベルな制作陣なのか?

.

ラムネさん「いえいえ~、前回までの公演は~」

俺「ふむふむ」

ラムネさん「セクマイ三部作っていって~、小さな民家を舞台にしたり~」

俺「なるほど」

ラムネさん「こんな舞台は初めてなんじゃないかな~」

.

うーむ、俺はひょっとしたこの劇団の大新機軸、大飛躍の場所居合わせたのかもしれない。そうだったら嬉しいな。

.

そして、キャストなんだけど、はじめに言っておく。

キャスティング上の軽重はあれど、全員が全員、演技巧者の高能力者ばっかり!

どうなってるんだ!

これ、どうやって集めたの? スカウト? オーディション

.

ラムネさん「今回のキャストは~、じつはこれまで仕事をしたことがあるヒトばっかりで~」

俺「なるほど、すでに信頼関係のあるキャストばっかりなのね。アナタも含めて。ということは~、二度と呼ばれないヒトもいたりとか?」

ラムネさん「んふふ~、それはどうでしょ~?」

.

うむ。ノーコメントなり。

.

というわけで。

.

■石川雄也(フトシ)

一家のお父さん。酒乱。浮気。全てにおいて、だいたいこの人が悪い。

コピー機の販社を起業して営業のためにキリスト教に入信ってのが痛いくらいにリアル

回想にしか登場しないのに、ほぼ主役。

劇団竹に所属

地味に驚いたのが、ワンカップ半分ならワンカップ半分、ビール1缶ならビール1缶と、アルコールが入った分だけ、確実に立ち振舞いを変えてくる。

上手くいかない事業と美女の誘惑、アルコールへの弱さと、たよりない大黒柱の悲哀を全身で表現。

もっといろんな所で見てみたいと思った。

いやだから見世物小屋の司会とかじゃなくて!

(↑そういう仕事をしていらっしゃるのデス)

.

■森川武(シュウタ)

長兄ってツラいよな。

いきなり子供が3人もできた父の辛い立場を理解したのは、このヒトだけ。

そして、彼の祈りのシーンで大事なことが示唆される。

それは、

.

 神はどこにいるのか。

 それは天上界でもオリュンポス山でもない。

 神は祈る心の裡(うち)にこそ顕現する

.

ってこと。

わからんけどね。あくまで俺の解釈)

ツグミの嘆きを受け止める。

そして、ヒデフミの “シンカー投げ” という決別の儀式を見守るだけだったところに、ロザリオのカツーン! という落下(これを偶然か神の啓示か、はたまたシンクロニシティか、どうとらえるかは、それこそ観客にゆだねられている)からの、もう、怒涛の、言いがかかりに近い、というか完全に言いがかりの引き止め工作。

ここに俺は、家族システムが血ダルマになりながら自己修復していく音を確かに聴いた、ような気がする。

そして俺、爆泣き。

劇団竹に所属

こうしてみると、キャスティングも要所々々はプロパーさんで固めているのね。わかる。

.

ラムネさん「このヒト、普段は “コボちゃん” って呼ばれているんですよ~」

俺「おお! 言われてみれば確かに似ているwwww」

(このあと、コボコラの話に盛り上がること5分)

.

■江花実里(ツグミ

劇団 架空畳に所属。通称ラムネさん。

あれ、おっかしーなー。

つい1ヶ月前に月蝕歌劇団を観たときには颯爽とした美青年明智小五郎(に化けた怪人二十面相)だったんだけどなー。

いま見ているのはチークの乗りも痛々しい元ヤンシンママだよ。

彼女の後悔の号泣からストーリーが本格的に回転し始める。

しかも、そこに至るまで、彼女の感情は3段階に分けて少しずつ前面に出てくる。

最初はミツル人生を聞いたとき。

次に自分人生を振り返った時。

最後に兄シュウタの腕の中で継母のサダコを想って感情を爆発させるとき。

役者ってすっげーな!

でも正直、この時の俺は爆泣きとまでは行かなかった。

でも、それでいいと思う。

この公演が竹林氏が観客の情動に仕掛けるカチ込みだとしたら、彼女は鉄砲玉というか切り込み隊であって。

あるいは、森川ー佐々木ラインという本隊の大規模侵攻の前に敵陣深く潜入する特殊部隊の役割であって。

「さて、この劇団、どんなものか見てやろう」という観客の批評眼をかいくぐってハートの深いところに潜入し、情動の扉をこじ開けて本隊の到着を待つ。

これが彼女のミッション

いや、実に良かった。

.

■辻村尚子(ノリコ)

フトシの最初の妻。

夫の浮気のストレスから子供を虐待することを恐れ、みずから出奔。

舞台が2018年の設定なので、旦那事業の立ち上げ期が80年代末。

キャラ作りが、なんというか、トレンディドラマの女優そのもの

なんかW浅野時代の浅野温子が乗り移った感じだった。

彼女が居間のふちに腰かけて靴を履いて家を飛び出すところが2回、描写される。

つまり天丼なんだけど、

なんでだろ、ビデオその他の映像作品だと天丼って、うっとうしいだけなんだけど。

なんか、生身のキャストがやると重く感じるんだよな。

劇団 竹に所属

.

■大森華恵(サダコ)

フトシの後妻。

うつ病で自殺。

なんというか、いろいろと痛ましい。

(継子とはいえ)娘への配慮と、大人の知恵と、世間知と、いろんなものに押しつぶされて最後の選択として自殺、か。

この舞台で、壁に掛けられたロザリオは合計3回、床に落下する。

2回はサダコが床にたたきつける。この時はSEのみの描写。

そして1回はシュウタの祈りに呼応して、本当に落下する。

ここでも天丼(繰り返し)が重たい。

なんというか、堅物で悩み事に弱そうな人物像を的確に体現。

クレジットがないからフリーの役者さんか?

.

ところで、ストーリーに挿入される白装束ダンス

石川、辻村、森川と3人までは劇団正メンバーなんだけど、彼女だけがゲストにも関わらずダンスに参加。

ダンスシーンについては、べつに拘束期間とか難易度とか、そんなことは関係なく、竹林氏のメッセージにそった人選なのだろう。

.

佐々木光弘(ヒデフミ)

子供が十分な子供時代を生きられず、そのままムリヤリ大人になることを要求されたようなアンバランスな感じ。

わかる。

そして、いまでは自分も義父のようにシンカーが投げられることを義兄シュウタに示すため、最後キャッチボールを決別の儀式として実行する。

と、ここで舞台で実際にボールを投げるんだけど。

キャッチャーシュウタは後ろに下がって観客から見えなくなる。

おそらく板に座布団とか、そういうギミックボールを受けているはず。

.

ラムネさん「いえいえ~、あのシーンは本当にキャッチボールをしていますよ~」

俺「おいマジですかい?」

ラムネさん「本当に最初はキャッチボールの練習から始めました~」

俺「でも暴投とかしたら、危険じゃないですか?」

ラムネさん「ですから~、危険な場所には、あらかじめスタッフを座らせたりとか~」

うむ、配慮も危険対策もバッチリのもよう。

.

空飛ぶ猫☆魂に所属

みなさん、それぞれの所属先劇団の看板または主戦級の役者さんなのよね。

.

■森川結美子(ヤスコ

沖縄のユタの血を引く、占いもできるウェイトレス

なんというか、どの女優さんも年の頃もビジュアルも大差はない感じなのに、演技と役作りで、その、あれだ、いかにも浮気相手になりそうなフェロモ~ンなプリップリのツヤッツヤな感じに寄せてくるのがすごい。

ちなみに、ご本人に取材したところ、使われていた占いはネパール伝統の占星術(ピグラム暦、という独自の暦を使うそうだ)にタロットカードを組み合わせた架空のもの、とのこと。

.

■山川恭平ミツル

フトシとヤスコの子供(つまり隠し子)。

鉄道会社というカタい職業につき、シュウタ以下の兄弟とは別の、なんというか、まっすぐな人生を歩んできたことをうかがわせる人物造形。

朴訥。

観劇直後は「なんか印象が薄いなぁ」だったんだけど。

それも当然で。

俺も含めた観客は、彼の人物ではなく、彼を通して見せられるミツルヤスコの家庭の様子を見せられていたわけで。

キャラクター人形をでたらめに並べた狂った祭壇。

父フトシのハグ。

彼を通してフトシの別の人格と別の家庭を見せられていた。

この役者さんも、おそらく高能力者。ただ本人が嘆いたり動いたりしないだけで。

.

.

んー、こんな感じか。

ともかく、全体としては。

この劇団、劇団 竹、そして主催の竹林林重郎氏は、買いです。

次の公演にも注目して良いです。

自分もそうするし。

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