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はてなキーワード: 食卓とは

2018-12-08

申し上げます。申し上げます旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。はいはい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇です。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。あの人は、私の師です。主です。けれども私と同じ年です。三十四であります。私は、あの人よりたった二月おそく生れただけなのです。たいした違いが無い筈だ。人と人との間に、そんなにひどい差別は無い筈だ。それなのに私はきょう迄あの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。どんなに嘲弄されて来たことか。ああ、もう、いやだ。堪えられるところ迄は、堪えて来たのだ。怒る時に怒らなければ、人間甲斐がありません。私は今まであの人を、どんなにこっそり庇ってあげたか。誰も、ご存じ無いのです。あの人ご自身だって、それに気がついていないのだ。いや、あの人は知っているのだ。ちゃんと知っています。知っているからこそ、尚更あの人は私を意地悪く軽蔑するのだ。あの人は傲慢だ。私から大きに世話を受けているので、それがご自身に口惜しいのだ。あの人は、阿呆なくらいに自惚れ屋だ。私などから世話を受けている、ということを、何かご自身の、ひどい引目ででもあるかのように思い込んでいなさるのです。あの人は、なんでもご自身で出来るかのように、ひとから見られたくてたまらないのだ。ばかな話だ。世の中はそんなものじゃ無いんだ。この世に暮して行くからには、どうしても誰かに、ぺこぺこ頭を下げなければいけないのだし、そうして歩一歩、苦労して人を抑えてゆくより他に仕様がないのだ。あの人に一体、何が出来ましょう。なんにも出来やしないのです。私から見れば青二才だ。私がもし居らなかったらあの人は、もう、とうの昔、あの無能でとんまの弟子たちと、どこかの野原でのたれ死していたに違いない。「狐には穴あり、鳥には塒、されども人の子には枕するところ無し」それ、それ、それだ。ちゃんと白状していやがるのだ。ペテロに何が出来ますか。ヤコブヨハネアンデレトマス、痴の集り、ぞろぞろあの人について歩いて、脊筋が寒くなるような、甘ったるいお世辞を申し、天国だなんて馬鹿たことを夢中で信じて熱狂し、その天国が近づいたなら、あいつらみんな右大臣左大臣にでもなるつもりなのか、馬鹿な奴らだ。その日のパンにも困っていて、私がやりくりしてあげないことには、みんな飢え死してしまうだけじゃないのか。私はあの人に説教させ、群集からこっそり賽銭を巻き上げ、また、村の物持ちから供物を取り立て、宿舎の世話から日常衣食の購求まで、煩をいとわず、してあげていたのに、あの人はもとより弟子馬鹿どもまで、私に一言のお礼も言わない。お礼を言わぬどころか、あの人は、私のこんな隠れた日々の苦労をも知らぬ振りして、いつでも大変な贅沢を言い、五つのパンと魚が二つ在るきりの時でさえ、目前の大群集みなに食物を与えよ、などと無理難題を言いつけなさって、私は陰で実に苦しいやり繰りをして、どうやら、その命じられた食いものを、まあ、買い調えることが出来るのです。謂わば、私はあの人の奇蹟の手伝いを、危い手品助手を、これまで幾度となく勤めて来たのだ。私はこう見えても、決して吝嗇の男じゃ無い。それどころか私は、よっぽど高い趣味家なのです。私はあの人を、美しい人だと思っている。私から見れば、子供のように慾が無く、私が日々のパンを得るために、お金をせっせと貯めたっても、すぐにそれを一厘残さず、むだな事に使わせてしまって。けれども私は、それを恨みに思いません。あの人は美しい人なのだ。私は、もともと貧しい商人ではありますが、それでも精神家というもの理解していると思っています。だから、あの人が、私の辛苦して貯めて置いた粒々の小金を、どんなに馬鹿らしくむだ使いしても、私は、なんとも思いません。思いませんけれども、それならば、たまには私にも、優しい言葉の一つ位は掛けてくれてもよさそうなのに、あの人は、いつでも私に意地悪くしむけるのです。一度、あの人が、春の海辺をぶらぶら歩きながら、ふと、私の名を呼び、「おまえにも、お世話になるね。おまえの寂しさは、わかっている。けれども、そんなにいつも不機嫌な顔をしていては、いけない。寂しいときに、寂しそうな面容をするのは、それは偽善者のすることなのだ。寂しさを人にわかって貰おうとして、ことさらに顔色を変えて見せているだけなのだまことに神を信じているならば、おまえは、寂しい時でも素知らぬ振りして顔を綺麗に洗い、頭に膏を塗り、微笑んでいなさるがよい。わからいかね。寂しさを、人にわかって貰わなくても、どこか眼に見えないところにいるお前の誠の父だけが、わかっていて下さったなら、それでよいではないか。そうではないかね。寂しさは、誰にだって在るのだよ」そうおっしゃってくれて、私はそれを聞いてなぜだか声出して泣きたくなり、いいえ、私は天の父にわかって戴かなくても、また世間の者に知られなくても、ただ、あなたお一人さえ、おわかりになっていて下さったら、それでもう、よいのです。私はあなたを愛しています。ほかの弟子たちが、どんなに深くあなたを愛していたって、それとは較べものにならないほどに愛しています。誰よりも愛していますペテロヤコブたちは、ただ、あなたについて歩いて、何かいいこともあるかと、そればかりを考えているのです。けれども、私だけは知っていますあなたについて歩いたって、なんの得するところも無いということを知っています。それでいながら、私はあなたから離れることが出来ません。どうしたのでしょう。あなたが此の世にいなくなったら、私もすぐに死にます。生きていることが出来ません。私には、いつでも一人でこっそり考えていることが在るんです。それはあなたが、くだらない弟子たち全部から離れて、また天の父の御教えとやらを説かれることもお止しになり、つつましい民のひとりとして、お母のマリヤ様と、私と、それだけで静かな一生を、永く暮して行くことであります。私の村には、まだ私の小さい家が残って在ります。年老いた父も母も居ります。ずいぶん広い桃畠もあります。春、いまごろは、桃の花が咲いて見事であります。一生、安楽にお暮しできます。私がいつでもお傍について、御奉公申し上げたく思います。よい奥さまをおもらいなさいまし。そう私が言ったら、あの人は、薄くお笑いになり、「ペテロシモン漁人だ。美しい桃の畠も無い。ヤコブヨハネも赤貧の漁人だ。あのひとたちには、そんな、一生を安楽に暮せるような土地が、どこにも無いのだ」と低く独りごとのように呟いて、また海辺を静かに歩きつづけたのでしたが、後にもさきにも、あの人と、しんみりお話できたのは、そのとき一度だけで、あとは、決して私に打ち解けて下さったことが無かった。私はあの人を愛している。あの人が死ねば、私も一緒に死ぬのだ。あの人は、誰のものでもない。私のものだ。あの人を他人に手渡すくらいなら、手渡すまえに、私はあの人を殺してあげる。父を捨て、母を捨て、生れた土地を捨てて、私はきょう迄、あの人について歩いて来たのだ。私は天国を信じない。神も信じない。あの人の復活も信じない。なんであの人が、イスラエルの王なものか。馬鹿弟子どもは、あの人を神の御子だと信じていて、そうして神の国福音かいものを、あの人から伝え聞いては、浅間しくも、欣喜雀躍している。今にがっかりするのが、私にはわかっています。おのれを高うする者は卑うせられ、おのれを卑うする者は高うせられると、あの人は約束なさったが、世の中、そんなに甘くいってたまるものか。あの人は嘘つきだ。言うこと言うこと、一から十まで出鱈目だ。私はてんで信じていない。けれども私は、あの人の美しさだけは信じている。あん美しい人はこの世に無い。私はあの人の美しさを、純粋に愛している。それだけだ。私は、なんの報酬も考えていない。あの人について歩いて、やがて天国が近づき、その時こそは、あっぱ右大臣左大臣になってやろうなどと、そんなさもしい根性は持っていない。私は、ただ、あの人から離れたくないのだ。ただ、あの人の傍にいて、あの人の声を聞き、あの人の姿を眺めて居ればそれでよいのだ。そうして、出来ればあの人に説教などを止してもらい、私とたった二人きりで一生永く生きていてもらいたいのだ。あああ、そうなったら! 私はどんなに仕合せだろう。私は今の、此の、現世の喜びだけを信じる。次の世の審判など、私は少しも怖れていない。あの人は、私の此の無報酬の、純粋愛情を、どうして受け取って下さらぬのか。ああ、あの人を殺して下さい。旦那さま。私はあの人の居所を知って居ります。御案内申し上げます。あの人は私を賤しめ、憎悪して居ります。私は、きらわれて居ります。私はあの人や、弟子たちのパンのお世話を申し、日日の飢渇から救ってあげているのに、どうして私を、あんなに意地悪く軽蔑するのでしょう。お聞き下さい。六日まえのことでした。あの人はベタニヤのシモンの家で食事をなさっていたとき、あの村のマルタ奴の妹のマリヤが、ナルドの香油を一ぱい満たして在る石膏の壺をかかえて饗宴の室にこっそり這入って来て、だしぬけに、その油をあの人の頭にざぶと注いで御足まで濡らしてしまって、それでも、その失礼を詫びるどころか、落ちついてしゃがみ、マリヤ自身の髪の毛で、あの人の濡れた両足をていねいに拭ってあげて、香油匂いが室に立ちこもり、まことに異様な風景でありましたので、私は、なんだか無性に腹が立って来て、失礼なことをするな! と、その妹娘に怒鳴ってやりました。これ、このようにお着物が濡れてしまったではないか、それに、こんな高価な油をぶちまけてしまって、もったいないと思わないか、なんというお前は馬鹿な奴だ。これだけの油だったら、三百デナリもするではないか、この油を売って、三百デナリ儲けて、その金をば貧乏人に施してやったら、どんなに貧乏人が喜ぶか知れない。無駄なことをしては困るね、と私は、さんざ叱ってやりました。すると、あの人は、私のほうを屹っと見て、「この女を叱ってはいけない。この女のひとは、大変いいことをしてくれたのだ。貧しい人にお金を施すのは、おまえたちには、これからあとあと、いくらでも出来ることではないか。私には、もう施しが出来なくなっているのだ。そのわけは言うまい。この女のひとだけは知っている。この女が私のからだに香油を注いだのは、私の葬いの備えをしてくれたのだ。おまえたちも覚えて置くがよい。全世界、どこの土地でも、私の短い一生を言い伝えられる処には、必ず、この女の今日仕草も記念として語り伝えられるであろう」そう言い結んだ時に、あの人の青白い頬は幾分、上気して赤くなっていました。私は、あの人の言葉を信じません。れいに依って大袈裟なお芝居であると思い、平気で聞き流すことが出来ましたが、それよりも、その時、あの人の声に、また、あの人の瞳の色に、いままで嘗つて無かった程の異様なものが感じられ、私は瞬時戸惑いして、更にあの人の幽かに赤らんだ頬と、うすく涙に潤んでいる瞳とを、つくづく見直し、はッと思い当ることがありました。ああ、いまわしい、口に出すさえ無念至極のことであります。あの人は、こんな貧しい百姓女に恋、では無いが、まさか、そんな事は絶対に無いのですが、でも、危い、それに似たあやしい感情を抱いたのではないか? あの人ともあろうものが。あんな無智な百姓女ふぜいに、そよとでも特殊な愛を感じたとあれば、それは、なんという失態。取りかえしの出来ぬ大醜聞。私は、ひとの恥辱となるような感情を嗅ぎわけるのが、生れつき巧みな男であります自分でもそれを下品嗅覚だと思い、いやでありますが、ちらと一目見ただけで、人の弱点を、あやまたず見届けてしまう鋭敏の才能を持って居ります。あの人が、たとえ微弱にでも、あの無学の百姓女に、特別感情を動かしたということは、やっぱり間違いありません。私の眼には狂いが無い筈だ。たしかにそうだ。ああ、我慢ならない。堪忍ならない。私は、あの人も、こんな体たらくでは、もはや駄目だと思いました。醜態の極だと思いました。あの人はこれまで、どんなに女に好かれても、いつでも美しく、水のように静かであった。いささかも取り乱すことが無かったのだ。ヤキがまわった。だらしが無え。あの人だってまだ若いのだし、それは無理もないと言えるかも知れぬけれど、そんなら私だって同じ年だ。しかも、あの人より二月おそく生れているのだ。若さに変りは無い筈だ。それでも私は堪えている。あの人ひとりに心を捧げ、これ迄どんな女にも心を動かしたことは無いのだ。マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く澄んだ大きい眼が、いつも夢みるように、うっとり遠くを眺めていて、あの村では皆、不思議がっているほどの気高い娘でありました。私だって思っていたのだ。町へ出たとき、何か白絹でも、こっそり買って来てやろうと思っていたのだ。ああ、もう、わからなくなりました。私は何を言っているのだ。そうだ、私は口惜しいのです。なんのわけだか、わからない。地団駄踏むほど無念なのです。あの人が若いなら、私だって若い。私は才能ある、家も畠もある立派な青年です。それでも私は、あの人のために私の特権全部を捨てて来たのです。だまされた。あの人は、嘘つきだ。旦那さま。あの人は、私の女をとったのだ。いや、ちがった! あの女が、私からあの人を奪ったのだ。ああ、それもちがう。私の言うことは、みんな出鱈目だ。一言も信じないで下さい。わからなくなりました。ごめん下さいまし。ついつい根も葉も無いことを申しました。そんな浅墓な事実なぞ、みじんも無いのです。醜いことを口走りました。だけれども、私は、口惜しいのです。胸を掻きむしりたいほど、口惜しかったのです。なんのわけだか、わかりませぬ。ああ、ジェラシィというのは、なんてやりきれない悪徳だ。私がこんなに、命を捨てるほどの思いであの人を慕い、きょうまでつき随って来たのに、私には一つの優しい言葉も下さらず、かえってあんな賤しい百姓女の身の上を、御頬を染めて迄かばっておやりなさった。ああ、やっぱり、あの人はだらしない。ヤキがまわった。もう、あの人には見込みがない。凡夫だ。ただの人だ。死んだって惜しくはない。そう思ったら私は、ふいと恐ろしいことを考えるようになりました。悪魔に魅こまれたのかも知れませぬ。そのとき以来、あの人を、いっそ私の手で殺してあげようと思いました。いずれは殺されるお方にちがいない。またあの人だって、無理に自分を殺させるように仕向けているみたいな様子が、ちらちら見える。私の手で殺してあげる。他人の手で殺させたくはない。あの人を殺して私も死ぬ旦那さま、泣いたりしてお恥ずかしゅう思いますはい、もう泣きませぬ。はいはい。落ちついて申し上げます。そのあくる日、私たちは愈愈あこがれのエルサレムに向い、出発いたしました。大群集、老いも若きも、あの人のあとにつき従い、やがて、エルサレムの宮が間近になったころ、あの人は、一匹の老いぼれた驢馬を道ばたで見つけて、微笑してそれに打ち乗り、これこそは、「シオンの娘よ、懼るな、視よ、なんじの王は驢馬の子に乗りて来り給う」と予言されてある通りの形なのだと、弟子たちに晴れがましい顔をして教えましたが、私ひとりは、なんだか浮かぬ気持でありました。なんという、あわれな姿であったでしょう。待ちに待った過越の祭エルサレム宮に乗り込む、これが、あのダビデの御子の姿であったのか。あの人の一生の念願とした晴れの姿は、この老いぼれた驢馬に跨り、とぼとぼ進むあわれな景観であったのか。私には、もはや、憐憫以外のものは感じられなくなりました。実に悲惨な、愚かしい茶番狂言を見ているような気がして、ああ、もう、この人も落目だ。一日生き延びれば、生き延びただけ、あさはかな醜態さらすだけだ。花は、しぼまぬうちこそ、花である。美しい間に、剪らなければならぬ。あの人を、一ばん愛しているのは私だ。どのように人からまれてもいい。一日も早くあの人を殺してあげなければならぬと、私は、いよいよ此のつらい決心を固めるだけでありました。群集は、刻一刻とその数を増し、あの人の通る道々に、赤、青、黄、色とりどりの彼等の着物をほうり投げ、あるいは棕櫚の枝を伐って、その行く道に敷きつめてあげて、歓呼にどよめき迎えるのでした。かつ前にゆき、あとに従い、右から、左から、まつわりつくようにして果ては大浪の如く、驢馬とあの人をゆさぶり、ゆさぶり、「ダビデの子にホサナ、讃むべきかな、主の御名によりて来る者、いと高き処にて、ホサナ」と熱狂して口々に歌うのでした。ペテロヨハネバルトロマイ、そのほか全部の弟子共は、ばかなやつ、すでに天国を目のまえに見たかのように、まるで凱旋将軍につき従っているかのように、有頂天歓喜で互いに抱き合い、涙に濡れた接吻を交し、一徹者のペテロなど、ヨハネを抱きかかえたまま、わあわあ大声で嬉し泣きに泣き崩れていました。その有様を見ているうちに、さすがに私も、この弟子たちと一緒に艱難を冒して布教に歩いて来た、その忍苦困窮の日々を思い出し、不覚にも、目がしらが熱くなって来ました。かくしてあの人は宮に入り、驢馬から降りて、何思ったか、縄を拾い之を振りまわし、宮の境内の、両替する者の台やら、鳩売る者の腰掛けやらを打ち倒し、また、売り物に出ている牛、羊をも、その縄の鞭でもって全部、宮から追い出して、境内にいる大勢商人たちに向い、「おまえたち、みな出て失せろ、私の父の家を、商いの家にしてはならぬ」と甲高い声で怒鳴るのでした。あの優しいお方が、こんな酔っぱらいのような、つまら乱暴を働くとは、どうしても少し気がふれているとしか、私には思われませんでした。傍の人もみな驚いて、これはどうしたことですか、とあの人に訊ねると、あの人の息せき切って答えるには、「おまえたち、この宮をこわしてしまえ、私は三日の間に、また建て直してあげるから」ということだったので、さすが愚直の弟子たちも、あまり無鉄砲なその言葉には、信じかねて、ぽかんとしてしまいました。けれども私は知っていました。所詮はあの人の、幼い強がりにちがいない。あの人の信仰とやらでもって、万事成らざるは無しという気概のほどを、人々に見せたかったのに違いないのです。それにしても、縄の鞭を振りあげて、無力な商人を追い廻したりなんかして、なんて、まあ、けちな強がりなんでしょう。あなたに出来る精一ぱいの反抗は、たったそれだけなのですか、鳩売りの腰掛けを蹴散らすだけのことなのですか、と私は憫笑しておたずねしてみたいとさえ思いました。もはやこの人は駄目なのです。破れかぶれなのです。自重自愛を忘れてしまった。自分の力では、この上もう何も出来ぬということを此の頃そろそろ知り始めた様子ゆえ、あまりボロの出ぬうちに、わざと祭司長に捕えられ、この世からさらばしたくなって来たのでありましょう。私は、それを思った時、はっきりあの人を諦めることが出来ました。そうして、あんな気取り屋の坊ちゃんを、これまで一途に愛して来た私自身の愚かさをも、容易に笑うことが出来ました。やがてあの人は宮に集る大群の民を前にして、これまで述べた言葉のうちで一ばんひどい、無礼傲慢暴言を、滅茶苦茶に、わめき散らしてしまったのです。左様、たしかに、やけくそです。私はその姿を薄汚くさえ思いました。殺されたがって、うずうずしていやがる。「禍害なるかな、偽善なる学者パリサイ人よ、汝らは酒杯と皿との外を潔くす、然れども内は貪慾と放縦とにて満つるなり。禍害なるかな、偽善なる学者パリサイ人よ、汝らは白く塗りたる墓に似たり、外は美しく見ゆれども、内は死人の骨とさまざまの穢とに満つ。斯のごとく汝らも外は正しく見ゆれども、内は偽善不法とにて満つるなり。蛇よ、蝮の裔よ、なんじら争で、ゲヘナ刑罰を避け得んや。ああエルサレムエルサレム予言者たちを殺し、遣されたる人々を石にて撃つ者よ、牝鶏のその雛を翼の下に集むるごとく、我なんじの子らを集めんと為しこと幾度ぞや、然れど、汝らは好まざりき」馬鹿なことです。噴飯ものだ。口真似するのさえ、いまわしい。たいへんな事を言う奴だ。あの人は、狂ったのです。まだそのほかに、饑饉があるの、地震が起るの、星は空より堕ち、月は光を放たず、地に満つ人の死骸のまわりに、それをついばむ鷲が集るの、人はそのとき哀哭、切歯することがあろうだの、実に、とんでも無い暴言を口から出まかせに言い放ったのです。なんという思慮のないことを、言うのでしょう。思い上りも甚しい。ばかだ。身のほど知らぬ。いい気なものだ。もはや、あの人の罪は、まぬかれぬ。必ず十字架。それにきまった。祭司長や民の長老たちが、大祭司カヤパの中庭にこっそり集って、あの人を殺すことを決議したとか、私はそれを、きのう町の物売りから聞きました。もし群集の目前であの人を捕えたならば、あるいは群集が暴動を起すかも知れないから、あの人と弟子たちとだけの居るところを見つけて役所に知らせてくれた者には銀三十を与えるということをも、耳にしました。もはや猶予の時ではない。あの人は、どうせ死ぬのだ。ほかの人の手で、下役たちに引き渡すよりは、私が、それを為そう。きょうまで私の、あの人に捧げた一すじなる愛情の、これが最後挨拶だ。私の義務です。私があの人を売ってやる。つらい立場だ。誰がこの私のひたむきの愛の行為を、正当に理解してくれることか。いや、誰に理解されなくてもいいのだ。私の愛は純粋の愛だ。人に理解してもらう為の愛では無い。そんなさもしい愛では無いのだ。私は永遠に、人の憎しみを買うだろう。けれども、この純粋の愛の貪慾のまえには、どんな刑罰も、どんな地獄業火問題でない。私は私の生き方を生き抜く。身震いするほどに固く決意しました。私は、ひそかによき折を、うかがっていたのであります。いよいよ、お祭りの当日になりました。私たち師弟十三人は丘の上の古い料理屋の、薄暗い二階座敷を借りてお祭り宴会を開くことにいたしました。みんな食卓に着いて、いざお祭りの夕餐を始めようとしたとき、あの人は、つと立ち上り、黙って上衣を脱いだので、私たちは一体なにをお始めなさるのだろうと不審に思って見ているうちに、あの人は卓の上の水甕を手にとり、その水甕の水を、部屋の隅に在った小さい盥に注ぎ入れ、それから純白の手巾をご自身の腰にまとい、盥の水で弟子たちの足を順々に洗って下さったのであります弟子たちには、その理由がわからず、度を失って、うろうろするばかりでありましたけれど、私には何やら、あの人の秘めた思いがわかるような気持でありました。あの人は、寂しいのだ。極度に気が弱って、いまは、無智な頑迷弟子たちにさえ縋りつきたい気持になっているのにちがいない。可哀想に。あの人は自分の逃れ難い運命を知っていたのだ。その有様を見ているうちに、私は、突然、強力な嗚咽が喉につき上げて来るのを覚えた。矢庭にあの人を抱きしめ、共に泣きたく思いました。おう可哀想に、あなたを罪してなるものか。あなたは、いつでも優しかった。あなたは、いつでも正しかった。あなたは、いつでも貧しい者の味方だった。そうしてあなたは、いつでも光るばかりに美しかった。あなたは、まさしく神の御子だ。私はそれを知っていますおゆるし下さい。私はあなたを売ろうとして此の二、三日、機会をねらっていたのです。もう今はいやだ。あなたを売るなんて、なんという私は無法なことを考えていたのでしょう。御安心なさいまし。もう今からは、五百の役人、千の兵隊が来たとても、あなたおからだに指一本ふれさせることは無い。あなたは、いま、つけねらわれているのです。危い。いますぐ、ここから逃げましょう。ペテロも来い、ヤコブも来い、ヨハネも来い、みんな来い。われらの優しい主を護り、一生永く暮して行こう、と心の底からの愛の言葉が、口に出しては言えなかったけれど、胸に沸きかえって居りました。きょうまで感じたことの無かった一種崇高な霊感に打たれ、熱いお詫びの涙が気持よく頬を伝って流れて、やがてあの人は私の足をも静

anond:20181207120017

二番煎じ

anond:20181208001344

ソファ食卓イスありったけならべたとこに毛布持っていく

どうせこたつなんかないんだろ?

2018-12-02

結婚記念日義実家襲来でガックシ! の巻

先週は3回目の結婚記念日で、特別な日だしと奮発して和牛を1kg買って帰り、嫁のために夕食の準備。

準備は整ったがまだ17時だったので最終的な調理はせず、折角だからワインケーキを買いに。

帰り際に魔が差し花束も買い18時半に帰路に就く。

うちは子供もいないし、何もなければ夕食は20から

今日特別だし帰ったらすぐに夕食でも良いな、と考えつつ帰宅すると自宅前にお義母さんの車。

来るって聞いてないぞ?まぁ今日メニューなら義両親の分も足りるし大丈夫だけど空気読めよな~と考えながら家に入ると肉を焼く匂い

挨拶もそこそこに偵察すると、気を利かせたお義母さんが厚切りステーキの予定を知らずに和牛を焦げ焦げサイコロステーキに。

マジかよ…とショックを受けるも配膳は譲らん!と作業に加わるも、野菜サラダマヨネーズにまみれ、スープには醤油が足され、バケットは薄切りに。

キレちゃだめだ、たかが夕食だ、と言い聞かせながら食卓に付くと当たり前のように義両親も着席。

心を落ち着かせて食べるも下味を付けておいた肉に更に塩胡椒したことが判明し撃沈。

あら~濃かったわ~とブリッコのお義母さんに全然濃くない!むしろベスト!のお義父さん。

イチャイチャすんな。

楽しみにしてたのに…こんな仕打ち…顔に出ていたのか空気を読んでケーキを出す嫁。

こんなケーキだよ~すごいね~とホールのまま食卓に出し、空気を和ませようとする嫁。

それを直箸一口食べるお義父さん。

それを見て私も一口頂くわ~とお義母さん。

もう…どうにでもなれ…と過ごし、しっかりと食事をした義両親はちゃっかりと残しておいた和牛の半分とワインを持って帰宅

死にそうな顔で謝る嫁を落ち着かせて経緯を聞くと嫁に一切の非がない様子。

義両親は昔から二人とも空気を読めず、他人気持ちもわからず、所謂アスペやらそういう類なのだろう。

普段色々とお世話になってる上に先の訪問結婚記念日プレゼントを持ってきてくれたのが発端だし、絶縁だなんて考えてもないけど、今までこんなにハードコミュニケーションはなかったな。

今後の事等を話し合いつつ大変だったなぁ…と笑えたので一応解決か。

ここに書いたのは義両親に対して神経わからん!と思ったからではあるが、ポジティブ関係を築きたいとも思ったのです。

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報告者は夫を名乗っているが、実際は妻側ではないか? 

2018-11-25

公立教師給与は見合ってない

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20181125-00105367/

で「教員給与保護者の平均給与の約2倍」と言われていた上に結構スターを貰っていて驚いたので書いている。

父が公立小学校教師をしていた。今は定年退職済みであるが、最後副校長教頭)にまでなった。

その際に自分一人暮らしをすることになり保証人として年収記載してもらったのだが、ワープア自分からしたら結構な額をもらっていた。

けれど父の労働時間などを考えるとあまり多いとは言えない額だ。

平日は勤務先が然程遠いわけではないのに夜10時に過ぎに帰ってくることが普通で、家族食卓を囲むことは滅多になかった。

土日も日直だったり地域スポーツクラブ指導に行ったりしていてほぼ家にいなかった。

たまに家にいると昼まで寝てゴロゴロとしていたけれど、それも仕方がないものであるし、父が家にいるだけで外出しなくとも嬉しかった。

近年職場男性が「子供卒業式入学式から」とおやすみをもらう機会に何度か遭遇している。

時代は変わったな、と思う反面、我が家では絶対に無理なことでもある。

まりは「普通保護者給与よりも高いかもしれないが同じ時間だけ働いた人と比較すると貰っていない方である」という結論である

公立教師給与は見合ってない

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/ryouchida/20181125-00105367/

で「教員給与保護者の平均給与の約2倍」と言われていた上に結構スターを貰っていて驚いたので書いている。

父が公立小学校教師をしていた。今は定年退職済みであるが、最後副校長教頭)にまでなった。

その際に自分一人暮らしをすることになり保証人として年収記載してもらったのだが、ワープア自分からしたら結構な額をもらっていた。

けれど父の労働時間などを考えるとあまり多いとは言えない額だ。

平日は勤務先が然程遠いわけではないのに夜10時に過ぎに帰ってくることが普通で、家族食卓を囲むことは滅多になかった。

土日も日直だったり地域スポーツクラブ指導に行ったりしていてほぼ家にいなかった。

たまに家にいると昼まで寝てゴロゴロとしていたけれど、それも仕方がないものであるし、父が家にいるだけで外出しなくとも嬉しかった。

近年職場男性が「子供卒業式入学式から」とおやすみをもらう機会に何度か遭遇している。

時代は変わったな、と思う反面、我が家では絶対に無理なことでもある。

まりは「普通保護者給与よりも高いかもしれないが同じ時間だけ働いた人と比較すると貰っていない方である」という結論である

2018-11-03

日本の「反韓」を甘く見ない方がいい

韓国の「反日」については、当の韓国人達も様式美のようなもの、あるいはネタみたいなものだと考えている。

韓国反日なのはマスコミ政治家市民団体くらいなもので、一般国民反日でも親日でもない。

しかし、日本人反韓感情は本物になりつつある。

政治に興味のある若者以外にも、パートで働いているおばちゃんレベルでも反韓感情は深く浸透している。

近所のスーパーに行ってみても、おばちゃんたちが「韓国って嫌な国ねえ」と世間話レベルで言い合っているのだ。

日本人の本物の反韓も、約15年の歳月を掛けて完成したと言える。

2002年のワールドカップから日本一般人レベル反韓は始まった。この時はまだ高学歴レベルの話だった。

しかし2011年のフジテレビデモ、2012年の李大統領天皇謝罪発言で、日本一般層まで反韓感情は浸透する。

これで日本食卓からキムチは消えた。

そして慰安婦問題蒸し返し、今回の徴用判決である

現在日本反韓感情は頂点に達しているのではないか

2018-11-02

女が稼ぐ時代になったのだから、男飼いたい

帰ったら「おかえり」って笑顔で出迎えてくれて

食卓の上にはサバの塩焼き、豆腐味噌汁納豆という健康的な食事

「俺、もうおなかすいちゃったよ。食べよう食べよう!ご飯普通盛り?」とか言いながら盛って欲しい。

風呂は一緒に入って、「洗濯物だしといてね!ちゃんポケットティッシュは抜くんだよ!」って言われたい。

明日のお弁当、何かリクエストある?」とか言いつつ結局自分が食べたい明日朝ごはんを作って残りをお弁当に入れて欲しい。

二人で一緒の布団に入って眠り、翌朝「いってらっしゃい!気をつけてね」って笑顔で見送って欲しい。

買い物に行って、彼用の洋服とかその他買ってきたら「ありがとう!」って満面の笑みでお礼を言われたい。

月に何万かお小遣い渡すときに「こんなにいいの!?ありがとう!」って言われたい。食費とかはもちろん別途支給で。

あーーーーーーー。

家事とか全部やってくれぇええええええええええ。面倒だあああああああああああ。

怒りは大切な感情

「その人を知りたいのならば、その人が何に怒るかを知れ」

そんな言葉を読んだことがある。これは本当に至言だと思うのだ。

なぜならば、怒りという感情はその人が大切に思っているものが傷つけられた時に起こる感情からだ。

から、何に対して怒ったかから逆算してその人の大切なもの価値観を知ることができる。

けれどもそれは簡単なことでは無い。そして、逆算できたからといってその怒りが理不尽ものではないことの証明になるわけではない。

また、怒りの発露をコントロールできないことの言い訳にもならない。

例えば、まだ離乳食を食べている様な幼子が食卓を汚すことに怒り狂う母親がいたとして、彼女が大切にしているものは何なのか?それは完璧子育てをする自分という理想像かも知れないし、穏やかな食卓かも知れない。しかし、それを乱すとして幼子に怒りをぶつけるのは明らかに理不尽であるし、経験を積んでいる大人の側が怒りをコントロールできていないことの言い訳にはならない。

そして、怒りという感情は往々にして怒った本人ですらなぜ怒ったのか自覚していない場合がある。つまり自分自分の大切なものがわかっていない場合だ。しかしそんな場合でも怒りを手掛かりに自分を知ることができると思うのだ。

そうして怒りを手掛かりに自分他人推し量った結果、その大切なものが非常にちっぽけで惨めなものに見えることもあるだろう。それを馬鹿にするのは容易い。だが、本当にその人のことを知りたくて考えて出た結論なら、そう簡単馬鹿にはできないだろう。むしろ、ちっぽけで惨めに見えたもの尊重する気持ちが起こることがある。

怒りを読み解くことは相手に敬意を払うことに通じる。

自分が怒るのも、他人の怒りに触れるのも、非常に怖いことだし疲れることだ。

から怒りはスルーする、そういう身の処し方もあるだろう。自分を守るためにそうした選択をすることを咎めはしないし、実際まともに取り合えないくら理不尽な怒りもある。

だがもしも自分他人理解したいのならば怒りは無視するべきでは無い。それが怖くとも疲れるとも。

そうして怒りと向き合った人間こそ、世界を変えられるだけの湧き上がる力を手に入れられるのだろう。

以下を読んで、そんなことを思った。

https://note.mu/seikatsugakusyu/n/n8ab492e33a65

2018-10-31

記録

10/29 DVDダビング依頼枚数が1枚であることにキレる。どうせ今言ったってケロケロ忘れやがってお前ら何も覚えてねえんだろ!?無駄無駄!!と叫んでいるので、既に犯した過ちはともかくまだ誰もやっていない未来の過失を仮定して怒り狂うくらいなら自分で依頼しに行けば絶対に間違いがなく良いのでは?と提案したが、何言ってるかわかんねえんだよ日本語喋れ猿!との返事だった。

10/31 家族常同行動がひどく発声がいつもよりうるさかったことにキレる。うるせえ!!と叫びながら枕を複数相手に投げつけぶつける。逃げる姿を追いかけ殴る素振り。うるさいから止めなよと声をかけてきた相手にはお前の声がうるせえんだよ!!とのこと。私にはその声のほうが大きく感じた。

11/3 我が家には電子レンジで温めた料理台所から出すときラップをつけたまま食卓へ持ち込むとそれを奪って食べようとする者が存在するのでラップは外さなければならない。それを無視して食卓ラップを持ち込みラップを食べられそうになってキレる。熱かったから外せないとか面倒だとか言っていた。キレているとき閾値が下がり目につく範囲に少しでも不快ものがあると連鎖的にキレるため、食卓スマートフォンが置かれていることにもキレていた。本人は食卓によく携帯電話を置いている。

11/5 それまで何事もなく平穏に会話していたのに見張りを甘くしていた自分メモを奪われ破かれただけで簡単沸点突破し行動障害者を平手で叩きながら「ブッ殺すぞ」と叫んでいる。背中には手の跡が赤く残った。声をあげれば「ん?何?またなんかやんの?ブッ叩かれたいの?」と知的障害者相手に脅し文句を使い、「叩かれたくてやってるんだからリクエストにお応えして叩いて差し上げますわよ」と言っている。

11/10 チラシ破りの常同行動ゴミを散らかされたことにキレる。言うことを聞かないので蹴る・叩く・髪の毛を鷲掴みにする・怒鳴る等の方法対象威圧発達障害者である相手は混乱し同じような大声で叫ぶ、それを抑えようとして更に大声で怒鳴りつける、発狂共鳴している。毎度のことだが後でこれらの件について尋ねても適切な躾であり自分は冷静であったという旨の主張をする。正気か?障害手帳持ちよりもはるかに厄介。

11/11 今日も機嫌が悪い。鞄にしまったチラシを破かれてキレる。これが仕事書類だったらどうするんだと言いながら叩く蹴るを行いアイツを檻に入れろとのこと。反抗してこない相手はいくらでも暴力をふるう。そんなに嫌なら出ていけばというと財産分与の話をしはじめる。チラシを破かれたくらいでと言うと積み上がってきたものがあるとの返事。家族全員そうだが。

11/12 今日も機嫌が悪く「やめなかったら殴るって約束したのにやめないんだから殴らないといけねえだろ!?」と言いながら知的障害者を殴っているので「やめなかったら殴る、約束した」と告げて殴ってやった。大変機嫌が悪くなり俺が悪いので出ていくから財産分与しろというようなことを言っていた。怒りながら乱暴食器洗いをしていたが、後で見たら洗い桶の中に割れた皿がそのまま入っていたので片付けた。ケガがなく良かった。

2018-10-22

anond:20181022171646

これかな?

 

業務スーパー『カペリンキャビアブラック)』のおすすめ度は? 気になる味や食べ方をチェック

https://mitok.info/?p=114605

カペリン樺太ししゃも英名。要するに、ししゃもの卵の塩漬けに着色してキャビア風にした一品です。本物のキャビアとは全くの別物ですが、食卓に出した際のインパクトは相当なものちょっとした話題用にもおつまみ用にもアリな、一風変わったお手頃食材でした!

2018-10-21

ロールキャベツが家の食卓に出てくると困る

まず食いづらい

箸で食うんだけどいつもキャベツが全部剥がれて中の具と別々に食うことになる

みんなどうやって家でロールキャベツを食べてるんだろう

ナイフフォークお上品に食べてるのかな

ロールキャベツだけのためにナイフフォークを使うのも面倒くさいな

あと大してうまくないし御飯のおかずにもならないっていうのも問題

もうロールキャベツは家で出さないでほしいよ

お店でも絶対に食べないからな

2018-10-20

anond:20181019231306

 言い返さなくていいよ。

紅木紫檀とか桃色象牙木、そうでなければ若狭塗辺りを恥ずかしそうに笑って使いながら

「そうかもね」

 って返してあげるのが正解。

相手が使いこなせるようになったらプレゼントしてあげてもいい。

 但、料理や素材の味を台無しにする鉄箸を使いたがるような人には通じないだろうから同じ食卓に着くべきではないね

個人的には銀器は辛うじて許せるけど、鉄で食べるくらいなら手掴みの方がおいしい。ステンも金属臭が酷い。

 食事理解し合える人同士で楽しくするべきだと思うよ?

2018-10-18

anond:20181017185657

往年の高名な女優さんが丼物を食べたことがない、子供の頃に食卓に出なかったので食べる習慣がない と言ったことがある

ご飯の上に汁や具を乗せて食べるのが下品とされた 社会時代があったらしいな

増田読んで思い出した

過ぎ去ってみると些細でどうでもいい事を良い悪いと言ってるもんだなぁ

食事改善結構痩せたから共有しとく

身長170cm 5年ぐらい前は60kg 半年前95kg 今75kg 目標体重は59.8kg(BMI的にそこらへんが標準らしい)

他の人からも明らかに体重が減ったことがわかるレベル

 

やったこ

三角食べをやめた

・米摂取量を減らした

コスパ重視をやめた

食事時間を厳守した

 

三角食べをやめた

三角食べっていうのは、肉→米→汁→肉→米→汁みたいなのをやめたということ。

この場合あと、汁→汁→汁→汁→肉→肉→肉→肉→米→米→米→米というふうに食べる時に一つの皿があくまで次のものに手を付けないという事。

これは次の項目にある「米摂取量を減らした」にもつながるんだけど、米って正直おかず無しで食うと苦痛に感じるタイプなので、結果的に米が減った事、そして、肉→肉→肉の間に肉にあきるので、肉摂取量を減らしてその分を卵とかサラダとか、煮物かに変えれるようになったことで、満腹感はほぼ変わらずカロリー計算したら元々1200キロカロリーだったのが800キロカロリーぐらいになった。

 

摂取量を減らした

前述に書いたが、米を茶碗によそうとき、よそったあと箸二回分ぐらい炊飯器とかお櫃に戻すというのをした。

でも、前述通り、最後に残った米だけ食うのは最初はいいけど、最後の方は苦痛なので最終的に今までよそってたのの半分ぐらいまで減らすことになった。

 

コスパ重視をやめた

買い物してると当たり前だが、量が多いものを買ったほうが量あたりの円は安くなる。これがコスパだと思う。

保存が聞くものは別として、例えば食パンは1斤と半斤打っているが1斤で買ったほうがコスパがいい。しかし、一人暮らしだと消費期限までの3~4日で食べきれないので、4枚切りを買い、なんとか食べきる。それを一切やめて、コスパの悪い半斤3枚切りを買う。(ただ、結局、1斤かうと、どうしても消費期限過ぎちゃって捨ててしまうことがあったので無駄はなくなった…と思う。)

あとは、野菜は高く、肉は安いので、肉を多めに買い、もやしキャベツと一緒に炒めるだけみたいなのを一切やめて、肉少量で野菜は多種にしたのもよかったのかもしれない。(なので結果的に食費は3割ぐらい増えた。)

あと、ラーメンが好物だが、700円のラーメン+100円で追加できるのはスープ代だけで600円ってわけでもないかコスパが良いとして大盛りにしていたがそれを一切やめた。

実際はこれが効果一番あったんだと思う。なぜなら、はっきりいって95kgになってくると「デブプライド」という開き直りが発生する。「デブなら大盛り」「デブならこれぐらいの量は余裕」という謎のデブプライドだ。そして、満腹になって体は「それ以上はまずい」といっているのに心はデブプライドがあるので「いける」となって食う。それを一切捨て去ることができた。

 

食事時間を厳守した。

やむを得ない事情を除き、夜食や完食は全てやめた。また、夕食を食べる時間は必ず7時~8時と決めた。そして、8時まで食卓を立たない…というよりか洗い物などはするのではパソコンテレビのある部屋に行かない。

これを設定したのは早食いをやめるためである。満腹感が来るのは食べ始めから20分後という謎の情報を得た事、あとはパソコンがしたい一心で15分ぐらいで1200キロカロリーを平らげているような状況は流石に内蔵に負担かかりそうと思い、よく噛んで食べることにした。てか、わかったことだけど、その時の自分ほとんど飲んでたのだ。5回ぐらい噛んで飲んでた。それを意識して30回噛むようにしたら少ない量でも満腹感を得られるようになり、なんとか800キロカロリーまで抑えることができたというわけである

 

自分が痩せただけなので、他の人にも通じるかはわからないけど、自分場合は、「デブプライド」が捨てられたことが一番効果的だったと思う。

 

追記

デブプライドに注目してくれる人が多かったので補足しま

デブプライド」について

内的要因もありますが、少なく食べている時に「見た目ほど食べないね」とか「ダイエットしてんの?」とか言われると「いや、そんなんじゃないです。」と言って無理して食べてしまう事があったり、飲み会とかで「どうせ増田が食べるからバンバン頼もうぜ」となられると、外的要因としてデブプライドが刺激されますね。

自分はもうダイエットしてると公言したのでいいですが、密かにダイエットをしている人に周りの人はあまりデブプライドを刺激してあげないでほしいです。

これはわかったことなんだけど、デブからガリから胃袋の容量が大きいわけではないと思う。デブは食べ方が(早く多く食べる方向に)上手いから容量をフルにつかえるだけで胃袋は一般人と同じだと思います

 

2018-10-15

「ちゃお」を読まなくなった日

誰に語る機会もなく、ずっと一生心に残っているであろう出来事を消化するために、この「はてな匿名ダイアリー」を使ってみようと思う。

私は物心ついた頃から「ちゃお」を読んでいた。毎回あの分厚い雑誌地元本屋さんに買いに行くのが楽しみだった。

そんな毎日の楽しみなんてものは、他人の影響でいとも簡単に無くなってしまう事を思い出しながら書いていこうと思う。

小学5年生の私の家庭環境は、少し特殊だった。

母は近くのアパートに別居したばかりで、夕飯を作りに夕方から夜にかけてだけ母がやって来る。

その間父は何しているのだろう、とその頃は思ってもいなかったけど、仕事が早く終わった時は色んなところで時間を潰して待っていたらしい。

父や周りからは、「母はおかしくなった」「精神的な病になった」と聞かされていても信じられなかった。

だって、夜にご飯を作りに来る母はおかしいところが見当たらなかったから。

最初は母が一緒に住まなくなった事に混乱していた日々も、段々と慣れてきた頃、突然の訪問者が現れた。

ある日、母から一通のメールが送られて来る。

「会わせたい人がいるから、今日の夕飯に連れて来るね。」

会わせたい人、その文字を見て、もう小学5年生の私は「もしかして恋人だろうか」と自然に思い浮かぶ

それとも友人だろうか…。

その日発売のちゃおが入った袋を持ちながら、母の言う「会って欲しい人」を思い浮かべながら帰路についた。

家に着いて、地下から見える明かりをちらりと見る。

この頃、中学生の兄は不登校で、地下の部屋にこもりきりだった。

特に会話は無かったけれど、お互い家庭環境不安がある中過ごしている同士だから、何か通じ合うものだけは感じていた。

きっと兄にも、母からメールは届いてるはず。兄はどう思っているのだろう、そう思いながら母が来るのをじっと待っていた。

ガチャガチャ、と玄関が鳴った時、今までで一番くらい心臓が飛び跳ねた。

階段を駆け下りて母と訪問者を迎える。

見た瞬間、予想の1つも当たらなかった訪問者だった。

年齢は20代くらいの女性で、髪は短くボーイッシュなだらしない格好、金髪に近い明るい髪でピアスをいくつか付けている。

母との共通点が何1つ見つからなかったから、どこで会った友達なのか想像もつかなかった。

挨拶もそこそこに怠そうに椅子に座るその人を、ただ凝視するしか無かった。

母も「友人」としか説明しないものから、謎が深まる。

そもそも子供に紹介したいほどの「友人」とは思えなかった。

キッチン鍋料理を用意する母の物音を聴きながら、食卓でその人と2人。この時なんの会話をしたかは、何も覚えていない。

お鍋の用意が出来、兄も部屋から食卓へとやって来た。

そして、母、謎の母の友人、私、兄の食事が始まる。

訪問者にお茶を用意しようとすると、「あ、いい。」と一言で断られる。

そして、持参した2Lペットボトルお茶をおもむろに出し、そのままラッパ飲みし始めた。

軽いカルチャーショックを受けながら固まっていると、母が口を開く。

「いつもこういう人なの。お茶はラッパ飲みで…。」

いつも、ということは頻繁に会っている人なんだ。と引っかかる。

明らかに主導権は、その年下の「友人」のようで、全てを母が許して甘やかしている構図。

その食事最中だけで嫌というほど分かった。

こちない気持ち中食事を終えると、そそくさと自分の部屋へと逃げ込むように入りに行った。

そう、今日発売日の「ちゃお」をまだ読んでいない。早く読みたい一心で部屋へ向かう。

すると、後ろから訪問者が付いてきた。部屋に来ていいよ、とも付いて来ていいよ、とも言っていないのに。

さすがに、初対面の人に「付いてこないで」と言える強い心は持っておらず、付いて来るその人を渋々受け入れた。

部屋について、早速本屋の袋からちゃおを出し、読み始める。

この際、訪問者が居ても関係ない。

その時だった。

「わあ、まだそんなの読んでるんだ。」

予想もしていなかった打撃が自分へと向かって来る。

訪問者がニヤニヤとしながら、悪びれもなく言葉を続ける。

「オレこういう雑誌苦手だったわ〜。」

今だったら、心が強くなった今だったら、「お前の事なんて知らねえよ」とか「うるせえよ」とでも言い返せたはずなのに。

小学5年生の私には、10歳以上年上の大人であるはずの女性に、母の自称「友人」にそんな事を言われる衝撃が強かった。

その時は、「そうですかね」とか何とか、当たり障りのない返事をしたんだと思う。よく覚えていない。

その後、母と訪問者は一緒に帰っていった。2人とも母のアパートへ行くのか、別々に帰るのか分からないけど。

未だに共通点も、2人が一緒にいる意味も分からないまま、帰っていった。

2人が帰った後、無心で雑誌を紐で縛っていた。今まで集めた「ちゃお」を全部捨てるために、縛っていた。

その訪問者に言われたことがショックで、未だに読んでいることの恥ずかしさで捨てているのか。

なにかが自分の中で壊れたのか、理由は分からなかった。

ただただ、体が勝手に動いていた。

その最中メールの着信音が鳴った。母からメールだ。

今日、どうだった?』

どうだった?だって

母はうまくいったとでも思っているのだろうか。

人の家に招かれている態度とは思えなかったし、私の部屋であった事も知らないくせに。

沢山言いたい事を我慢して、ただ一言

『あの人嫌い』

と返事をした。

ああ、母はきっと兄にも同じメールを送っているだろう。心が優しい兄はどんな返事をしたのかな。10年以上経った今もそれを知ることはない。

「ちゃお」を全部縛り終わった頃、母から返事が来た。

『何かあった?別にあの人は恋人とかでもないし、友人だよ。』とか、聞いてもいない事をペラペラと書いている。

恋人であろうと、友人であろうと、どちらであろうと論外な事を何故母は気づかないんだろう。

私は、母からのその弁解メールには返事をしなかった。

後日、母から『この前の人とはもう、会わなくなったよ』と報告メールが来た。

心底どうでもよかった。

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10年以上前のことを吐き出してスッキリしました。

後に、その訪問者はヒモのオナベ(言い方が古い)で、母が経済的支援してたことが分かりました。

しか自分の金じゃなく父のカードで。

オナベとお鍋を囲んでいたのか!と今は謎の感動を覚えています

しばらくイキッた女性同性愛トラウマになって、偏見がすごかったのですが、今は無くなりました。

精神病になってしまった母に振り回される父、可哀想と思っていましたが、父も父で隠し子を作っていました。ウケ倒すわ。

そんな、誰にも話せない話でした。

2018-10-13

子供の頃、まだ食卓を囲んで食事をしてた時に妹が好きなセーラームーンを一緒に見るハメになってした兄です

なんか当時は見てはいけないモノを見ていると小学生ながら思っていました

嫌いとかそういうのではなかったですけどね

例えば、拾ったエロ本が見つかって隠していたけど親に見つかって叱られると思いきや

お、お前も男なんだな!みたいな感じで特に禁止させられず

親と一緒にエロ本を見ているような感覚

あくま感覚の話で

いやセーラームーンエロいやん?

夕方7時とか6時くらいにやってなかった?

今思うと凄い時間にやってたなって思う

母親なかよし世代?だったから、特にセーラームーン食事中に流れてもなにか言われることもなく

まあちょっとその時だけは肩身が狭いと感じた記憶がある

なんか年齢バレそうだけど

まあなんていうか、某VTuber関連で社会学者に振り回された数週間のせいで

思い出した幼き頃の感情の話でした

2018-10-10

anond:20181009174050

俺はさ、子供の頃から塾に通ったり、あんまり真面目に勉強はしなかったけれど両親からプレッシャー等々乗り越えて、第1志望ではないもののそれなりの大学に入ったそれなりの職につき、仕事での様々なストレスを乗り越えて結婚して子供もできてアラフォーでどうにかこうにか年収も1000万円前後になった。

年収が600万円程度まではどんどん生活が豊かになる実感があった。でもその先は所得税の累進性が高くなり、公的補助の制限がチラついてきたり(実際にはまだない)であんまりかになった気がしない。

地元田舎なんだけど、かつての同級生は早々に結婚して既に子育てを終えていたりする。

彼らの子育てっていうのは高校までな。その先の学歴を親がつけてやるっていう発想はない。だから学費なんてほとんどかからない。一次産業従事者ばかりなので食卓は豪華に見える。

一方こちらは彼らよりもはるか年収はあるけれども、子供2人を自分と同じレベル再生産するためには大きな学費がかかるわけで、学資保険プラスアルファお金を積み立てているので生活レベルは彼らより貧しいかもしれない。

学生時代にたいして勉強もせず楽しいことに明け暮れ、早々に結婚してたいした責任もない仕事をして低い年収税金ほとんど納めず国からの補助はたくさんもらい、子供にも金をかけず、普段生活ではそれなりな贅沢ができる彼らの人生の方が勝ち組に思えて仕方がない。

富の再配分ってのはさ、それはやっぱり資産課税だと思うさね。努力して得た収入理不尽に奪われるのはおかしいよ。相続税とか配当への課税とかは強化すればいいけど、年収1000万円が豊かなのかって言ったら、片働きで子供2人いたらぶっちゃけ貧乏ですよ。共働きすればいいじゃんって言われても家庭にはそれぞれ事情あんのよ。

再配分って大義名分貧乏から搾取するのやめて…

バカマツタケの"完全人工栽培"は偉業なのか

先日、加古川肥料メーカー多木化学バカマツタケ(Tricholoma bakamatsutake)の完全人工栽培成功を発表した。それを森林ジャーナリスト田中淳夫氏がyahoo!ニュースで取り上げた記事は、多数のブクマを集め話題さらった。

http://archive.is/fdyLb 

ただ記事の内容には不正確な情報や、やや解説が不十分と感じる点があったので補足したいと思う。なお増田は単なるきのこ愛好家に過ぎず本稿は信憑性に乏しいが、ブクマカのきのこへの興味と深い理解一助となれば幸いだ。

冗長になってしまったので、概要だけ知りたい方や長文が苦手な方は、先に下部の【まとめ】を読まれることを推奨する。

以下該当記事の一部を引用するかたちで解説

バカマツタケマツタケの近縁種。名前名前だけに、マツタケより劣るように思いがちだが、実は姿もよく似ているうえに味と香りこちらの方が美味しくて強いと言われるキノコである

マツタケよりも香りが強いというのは一般に言われるが、マツタケよりも美味しいという話は聞いたことがない。野生下ではマツタケよりも相当に貧弱で、発生時期が早く暖かいこと、一般湿度の高い広葉樹林に生えることからマツタケよりも柔く品質劣化がはやい(一般的にきのこ寒冷地・痩せ地に生えるほど日持ちが良く高品質ものを得やすい)ことが関係すると思われる。近縁で姿がよく似ているというのは本当で、素人目には見分けがつかない。増田にも発生場所情報なしに個体だけで同定できる自信はない。

別名がサマツ早松であるように、マツタケより早く8~9月に発生することから名に「バカ」がついてしまった。

バカマツタケサマツと呼ぶ地域は確かにあるらしい。しかし必ずしもサマツバカマツタケではない。きのこ地方名は極めて多様で曖昧世界だ。その証拠に「サマツ」といっても梅雨時期に少量発生するマツタケを指すこともあれば、モミタケオオモミタケ等を指す地域もあるようだ。

マツタケの人工栽培がなかなか成功しない中、バカマツタケの方が環境適応やすいか栽培もしやすいのではないかと注目する研究者はいた。実は昨年には奈良県森林技術センターが、人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて発生させることに成功している。

『人工培養の菌を自然にある樹木に植え付けて』という表現は正確ではない。菌に感染した苗木を人工的に作り出し植樹することで自然下で発生させた、とするのが正しい。既に自然化で定着している樹木に植菌を施すのと、無菌状態の苗木に植菌するのとでは似て非なる技術だ。(ところで同様の研究マツタケでも行われており、無菌培養の松苗木の感染には成功しているものの、植樹後のマツタケ発生については再現性に乏しい。理由としては自然環境化においてマツタケ菌が他の害菌に負けてしまうこと、マツタケの発生にはまとまった菌糸量とそれを支える大きさの松が必要なことが挙げられる。例えば自然下でマツタケが生えるためには一般20年生程度の松が必要とされる。)補足になるが、奈良県森林技術センターバカマツタケ栽培研究農水省委託事業で、2015年より森林総合研究所(国立)との協働で進めている。要するに国策が3年の歳月を経て文字通り実を結んだかたちだ。今年の2月頃に、はてブでも話題にのぼった。しかし本件とは全く関係のない別個の案件であり、おそらく情報の共有などもされていなかっただろう。奈良県森林技術センターが松の苗木を利用するのに対し、多木化学は菌床を用いた完全人工栽培に取り組んだ。研究テーマアプローチも全く異なり、時期も多木化学のほうが先行している。

これがバカマツタケ栽培の第1号で、今年も継続発生させて実用化に一歩近づけた。ところが多木化学は(中略)木クズなどによる人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結させたのだ。これは画期的なことで、キノコ栽培常識を覆す大発明かもしれない。

菌根菌(樹木との共生関係を結ぶ集団)とされるバカマツタケで『人工培地(菌床)で培養から生育までを室内環境で完結』、つまり”完全人工栽培"に成功したというのは実に画期的なことである。この成果は偉業と言っても差し支えないものであると思う。三重大学の菌学者白水先生も、

とその成果を讃えている。

しかし本文にある『キノコ栽培常識を覆す大発明』というのは誇張にあたる可能性が極めて高い。なぜなら「菌根菌の完全人工栽培成功」という点においては既に先行研究があり、実はとうに商品化もされているのだから。例えばホンシメジの人工栽培がこれにあたる。

とくにマツタケ類は、植物との共生必須と考えられてきた。これまでマツタケ菌糸の培養成功した例はいくつかある(私もその度取材に行って、いよいよマツタケ栽培成功か、と期待していたのだが……)が、子実体(傘のある姿のキノコ)を出すことに成功していなかった。だが多木化学は、とうとう菌糸から実体を出させるシグナルを見つけたのである。この研究成果は、これまでの定説を破るものであり、学術上も大きな成果だろう。

繰り返しになるが、多木化学の成果が学術上も大きな意味を持つ可能性は高い。しかし、その成果がどのレベルかという点については当該記事では説明不十分なので、詳しく補足する必要がある。一般きのこ栽培はざっくり以下の工程をたどる。

a. 優良品種の選定・組織分離

b. 菌糸の培養

c. 原基形成

d. 原基の成長肥大

e. 子実体きのこ)の発生

ごく簡単に一連の流れを説明する。はじめに野生のきのこをたくさん採ってきて、それらの中から有望そうな株の組織(胞子ではない)を切り取って培養する。具体的には寒天培地というデンプンなどの栄養素を添加し固めたものを使う。きのこ組織を切り取り培地に置くだけで(コンタミを防ぐ必要はあるものの)、比較的容易にクローンである「菌糸体」を得ることができる。無事目的の菌糸体が得られたら、それらを培養して増やす必要がある。従来は木くずの他に、米ぬか、フスマなどを添加し水を加え固めたもの(=菌床)を用いる。菌糸体は、適切な温度、水分、光などある条件が重なると原基(きのこの基)を形成する。原基は一般に、低温、水分供給、切断などの刺激により成長をはじめ、十分な菌糸体の量と栄養供給を伴って肥大し、きのこの発生に至る。

ここで問題になるのは、b. 菌糸の培養、c. 原基形成、d. 原基の成長肥大という三つの工程それぞれに、全く違ったメカニズム存在することであるマツタケを例にとると、これまで少なくとも半世紀以上もの研究蓄積(野外での観察研究の記録を遡ると実に70年以上)がある中で、c,dについては再現性に乏しく、bについてもまともな成果はあがっていない。マツタケ栽培の難しさにして最大の課題は実はここ《b. 菌糸の培養》にある。とにかく菌糸の成長が遅い上に、どのようなメカニズムで菌糸が栄養素を取り入れ増殖するのかということがほとんど未解明なままなのである

理由は当該記事にあるとおり、マツタケ樹木共生関係を結ぶ「菌根菌」であることが大きい。マツタケ菌糸の生育には生きている樹木必要で、実験室での再現ほとんど不可能といっていい。それではなぜバカマツタケは完全人工栽培可能だったのか。

マツタケなどの樹木共生する菌根菌に対し、シイタケナメコなど、倒木や落ち葉などを分解し、栄養源とする菌類は「腐生菌」と呼ばれる。腐生菌の多くは菌床による栽培可能で、多くが一般に出回っているのは既知のとおりである。実は菌根菌は、腐生菌が進化過程樹木共生する力を獲得し、腐生的な能力を失った集団だと考えられている。ところが菌根菌の中には、完全に腐生的な能力を失っておらず、腐生と共生、いわば両刀使いが存在するのである。その代表ホンシメジであるホンシメジは「香り松茸、味しめじ」と言われるように、我が国における代表的な食用である。菌根菌とされるホンシメジ栽培は、マツタケ同様に長らく不可能と考えられてきた。しか系統により極めて強力な腐生的な能力を備えるもの発見された(研究により、これまで同種と考えられてきた本種が実は様々な系統もしくは別種に分けられることがわかってきた)。1999年タカラバイオなどにより菌床による完全人工栽培法が確立され、その後商品化もされており、少量ながら現在一般流通している。

多木化学バカマツタケ栽培は菌床を用いた完全栽培なので、上記ホンシメジ栽培成功と同様である。つまり、本件はバカマツタケの中から腐生的な能力を持つ系統を選定し、培養から実体を発生させるまで成功したということだ。リリースにあるとおり、今後は栽培の安定化と供給体制の構築が図られ、数年後にバカマツタケ食卓に並ぶことの実現性は極めて高い。それではマツタケ栽培への応用についてはどうか。

勘の良い方には察しがつくと思うが、前述のc〜eの工程については応用が効く可能性が高い。他のきのこ栽培でも成功しているように、十分な菌糸体と栄養を確保することさえできれば、原基形成〜子実体に至るまで管理可能なことを初めてマツタケ類においても示したことは大きい。ただし、最大の課題である《b. 菌糸の培養》については、ほとんど応用が効かない可能性が高い。なぜならマツタケにおいては既に膨大な先行研究があり、当然ホンシメジバカマツタケ同様に”両刀使い”が存在する可能性も、その系統選びも、菌糸培養を促進する成分や菌糸の栄養源についても、少なくともバカマツタケよりは遥かに詳しく調べられているかである。それをもってしてもまともな菌糸培養に至っていないのが現状なのだ

つまるところ、多木化学による本研究の主な成果は以下の二点にまとめられる。

繰り返すがこれらが偉大な成果であことに疑いの余地はない。一方でマツタケや他の菌根菌の人工栽培を実現するには、それぞれの種類において腐生菌的能力もつ系統の発掘と培養法の確立必須となる。その意味において本研究の応用範囲限定的となる。田中淳夫氏は今回の研究結果により、さも菌根菌の栄養吸収のメカニズムが明らかにされ、あらゆる菌根菌の人工栽培可能になるかのような書き方をしているが(あるいは本当にそう思っているのかもしれない)、残念ながらそうではないことはここまで読んでくださった聡明ブクマカ殿にはご理解いただけたかと思う。

菌床栽培なら、植物共生させないので培養期間が短く、室内の環境を調整することで季節を問わず生産できる。また室内栽培から虫の被害にあわず収穫時も混入の心配がない、収穫も簡単……などのメリットがある。

逆にデメリットを挙げるとすれば、野生のものとは全く異なる味わいと食感になることである。つまるところ、野生の品と菌床栽培のものとでは全く別物と考えるべきである養殖ブリと天然ブリの味わいが全く異なるように(それでも近年の養殖技術進化は素晴らしく、季節によっては天然物を凌駕するものさえある)、それぞれの美味しさと楽しみ方があると増田は考える。今回の成果によりバカマツタケ普通に食べられるようになったら嬉しいし、美味しければ普及すると思う。ただし、仮にマツタケの完全人工栽培確立されたところで、天然松茸価値のものは今後も揺るぎのないものである消費者がどう捉えるかはさておき)。

菌根菌のキノコの中には、マツタケ類だけでなく、トリュフポルチーニホンシメジタマゴタケなど高級キノコが多い。今回の成功が、これらの人工栽培技術もつながるかもしれない。

トリュフポルチーニは、日本におけるマツタケ同様にヨーロッパで盛んに研究がなされているが、今のところ菌床での栽培成功したという話は聞かない。ホンシメジは前述のとおり既に栽培法が確立されており既に商品化もされている。

これらの菌根菌の人工栽培可能にするには、ひとえに”両刀使い”の系統発見と、それらの培養方法確立である。ちなみに本家マツタケにも、実は”両刀使い”の存在示唆されており、引き続き研究が進められている。また、マツタケ類は世界中に似たような種が多数存在しており、マツタケ(Tricholoma matsutake)の中にも、例えば中国の山奥には広葉樹共生する系統があり、更にはそれらが日本ナラやカシと共生関係を結ぶことがわかっていたりもする。種の中にも多様性があり、それらをしらみつぶしに調べていけば、そのうち栽培可能ものに出くわさないとも限らない。その点はトリュフだろうがポルチーニだろうが同様である。ただし、その研究がどれほど途方もなく根気のいる仕事なのは間違いない(ちなみにトリュフポルチーニ国産種が知られており、積極的に狙うマニアが相当数いる)。ところで、遺伝子組み換え技術により、これらの菌根菌に腐生菌的能力を付加することも可能とする研究者もおり、そのうち遺伝子組み換えマツタケの完全人工栽培実験レベル成功する日も来るかもしれない。

まとめ

参考文献

https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakaatsuo/20181006-00099530/

http://fs.magicalir.net/tdnet/2018/4025/20181003413938.pdf

http://www.kinokkusu.co.jp/etc/09zatugaku/mame/mame04-3.html

https://www.ffpri.affrc.go.jp/pubs/bulletin/424/documents/424-1.pdf

http://www.jsmrs.jp/journal/No31_2/No31_2_167.pdf

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjom/50/2/50_jjom.H20-07/_pdf/-char/ja

トラバブコメに反応

見た目 味も 香りも 同等以上なら 偉業

あくまで野生産同士の比較なら、やや下位互換という感じではないでしょうかね。栽培バカマツタケは食べてないのでわかりませんが、うまくすればそこそこ美味しいものができる可能性はあるかなと。ただ、マツタケって単体で食ってそんなにうまいものじゃないと思うので、一般家庭での調理には手を焼く気がします。炊き込みご飯するにも炊飯器臭くなるしね。料亭とかでマツタケ代用品として普及する可能性はあるかもしれない。<

2018-10-07

トップバリュの当たり製品

俺もトップバリュは基本マズイ認識だけど、

トップバリュ ベストプライス 毎日食卓 レーズンバターロール

普通にうまかったかおすすめ

基本マズイのは知ってるから、そんな玉石混交の玉を知りたい

2018-10-02

今日の夕飯

鶏もも肉の皮を剥がして細かく刻む

フライパンに油を敷かずに刻んだ鶏皮を弱→中火で炒める

鶏皮から出た油で鶏皮がフライされる程度に鶏油抽出したら、

鶏皮はフライパンから出して塩胡椒をして食卓

フライパンに残った鶏油に、刻んだニンニクネギを入れて香り立つまで炒める

香りが立ってきたら、皮を剥がし鶏肉に塩をしてフライパンへ投入

鶏肉フライパンで表面に焦げ目が付くまで炒める

鶏肉が炒められたら、深い鍋にあけて、フライパンもやしを炒める

もやしも炒められたら鍋に移して、鍋に鶏ガラスープを注ぐ

一度沸騰させて浮いてきたアクを取る

胡椒ごま油香り付けてして出来上がり

2018-09-20

松屋カレー好きだったんだけど

なんだか塩辛いなあと思って成分表示を見たら、塩分相当量5.4グラムと書かれていてちとやばいな、と思った。日本の1日基準の半分、欧米基準ならそれだけで約1日分、毎日食卓にするにはキツいかな…

ちゃん情報掲載している姿勢評価できる。そんな意味応援します。

2018-09-19

食卓での蘊蓄

まさお

ハムベーコン買う位なら、肉コマ買った方が安いし栄養価も高い。

ひき肉でわざわざハンバーグ作るくらいなら、さっと肉コマ焼いた方が安いしお手軽。

料理がめんどくさいんじゃなくて、わざわざめんどくさいことをするからめんどくさいんで、

めんどくさいのは料理ではなくて、その人の思考だよ」

ちひろ

「わざわざ言わなくても言いことまで言わなきゃいいのに」

まさお

「君が合理的じゃないから言ってるんじゃん」

ちひろ

「もういい」

まさお

「君を攻めてるんじゃないよ、一般論として言ってるんだからね」

ちひろ

「もういい」

2018-09-15

anond:20180915172929

邦画から漫画映画化TV製作映画を抜くと

北野武園子温黒沢清是枝裕和あたりの作品ばかりになるから

薄暗い食卓でボソボソ喋って役者が急に大声あげる映画になるのも事実だよね

ラノベも同じような所があるんじゃないだろうか

邦画イメージ→「薄暗い食卓でボソボソ喋って役者が急に大声あげる」

こういうこと言ってる人に限って邦画なんかほとんど観てない現象ってなんなんだろね

他にも「ラノベ萌えよりも硬派を追求しろ」とか言ってる人に限って特に硬派なラノベを読みふけってるわけでもなし

エロゲエロだけやってりゃいいんだよ」とか言ってる人に限って抜きゲーについて大して語れもしなかったり

2018-09-13

食卓に並んだ瞬間、食欲が失せる一品がまた追加されやがったか

豆腐ハンバーグなみにふざけた一品が追加されたわ。

ニラ卵焼きしかニラの方が卵部分より遥かに多い。

こんなもんオカズになるわけねぇだろ!

と思いながら、モグモグしてる。

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