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はてなキーワード: 墓地とは

2020-05-24

寝てる間に死にてえ

ワイは23、一郎一留しとるからまだ大学生や!

もう終わりや!

働きたくないねんな

ヘタに彼女作ってしもうたか自殺もできんし八方塞がりや 公務員試験受けるってことにしとるが勉強する気も全然でえへん

特技もない この前受けたTOEICがなぜか950点くらいあったのが唯一の自慢やが、正直ビギナーズラックや 英語わからん センスない 喋れへんし聞き取れへん 使いもんにならん

体力もない コミュ力もない 頭も悪い やる気もない 何もないね

ADHDの傾向があるんやが病院決めて予約するんがめんどくさくて先延ばしにし続けとる

この先延ばし癖が曲者で、年金の支払いを滞納し続けてアパート税務署の人が来たこともあんねんな 殺してクレメンス

毎晩このまま目が覚めなければええのにと思いながら寝とる それが一番ええねん

公営墓地管理人かになりたいわ 基本ボーッと座ってて、時々掃除したり応対したりする そういう仕事はあらへんやろか

ないなあ もうダメや ワイはこの世向いてないねん ホンマに堪忍や

コンビニ店員は色々やらなで大変そうやし、トイレ清掃は腰いわしそうや 介護やったらワイは植松くんみたいになることが目に見えとる せやかて生活保護も甘えや言われて貰えなさそう 

ホームレスになるくらいなら死にたいねんな 

死ぬことは怖くないねんけど、彼女邪魔やねん  ホンマに悪いことしたわ ワイみたいなクズと付き合うてしもて…

なんとか愛想つかしてもろて、振られて、連絡断てたら死ねるかな いまのところそれが最適解やけど、まあ振られたくないねんな

ワイは…終わりや 今晩にでも心臓発作で死にたいわ 彼女には悪いけどな

2020-05-21

増田に居座るKKO (黒)

クリーチャー 人間

あなたのアップキープの開始時、増田に居座るKKOを生贄に捧げる

あなたの対戦相手は1点のライフを失う

あなたの対戦相手のアップキープの開始時、あなた墓地増田に居座るKKOがある場合場に戻す

しつこいんだよなこいつ

増田

1 / 1

2020-04-30

自粛間中新聞の折り込みチラシ

スーパー特売の広告は人が集まるから(あと商品が揃わない可能性がある)ダメデパートちっくなショッピングセンターは休業なので広告出す意味なし・・・

などで新聞の折り込みが激減していたのですが、

ある日1枚だけ入っていた広告

墓地


セールス宣伝でした

2020-04-13

[]隠亡

これも江戸川乱歩を読んでいて知った言葉だ。

おんぼう、と読む。地域によりオンボ、とも。

火葬場で死者の遺体荼毘に付し、墓地を守ることを仕事とする人のことを指していた。

人の亡くなった場に立ち会う大切な仕事なのに、差別されたり賎民扱いされたりと、不当に扱われてきた歴史があり、この言葉自体は差別用語となってしまった。

インド写真を見ると、よくガンジス河で火葬をしている人々を見るが、こちらも差別されているらしいし、ヨーロッパ小説では墓掘りがでてくるときも、どうも扱いがぞんざいである。「ハムレット」に出てくる彼らは、ブラックジョークかまして場を盛り上げてくれるのだが。

2020-04-03

UV灯に人工呼吸器にマスクとか衛生資材の増産支援

ロックダウンに伴う治安維持要員の健康確保と人数増強

ICU増床など医療施設機能強化

電気ガス水道通信などインフラ維持要員の隔離後方支援

遠隔教育基盤整備事業の早期実施

大型公園医療支援施設

火葬施設墓地拡張

産業セクター技術継承支援

コロナ感染する犬猫殺処分

美術芸術音楽など文化支援

とりあえずここらはやらないといけないのは解るけれど

それより前に俺に10万円くれよ!あと和牛

2020-03-29

anond:20200329200842

スペイン経済原則停止へ コロナ感染で死者6500人超

3/29(日) 19:31配信

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共同通信

スペイン経済原則停止へ コロナ感染で死者6500人超

スペイン首都マドリード墓地で、新型コロナウイルス犠牲者の埋葬前に祈る葬儀関係者28日(AP=共同)

 【パリ共同】スペインサンチェス首相28日、新型コロナウイルス感染拡大阻止のため、30日から4月9日まで国内経済活動を必須の一部を除き全て停止すると表明した。地元メディアが伝えた。10日は祝日のため、週末を含め事実上2週間の停止。29日の閣議正式に決定する。

独 圧倒的な死者抑制寄与したのは「人工呼吸器」の充実ぶり

 欧州ではイタリアが既に同様の措置適用している。スペインは、感染による死者数が最多のイタリアに次ぐ規模で、29日には6500人を超えた。スペイン保健当局は、感染拡大はほぼピークとみているが、政府は一層の経済的打撃を受けてでも確実に大流行を抑え込みたい考えだ。

2020-03-03

アプリ作るのってどれくらい時間かかるの

こんなの作りたいなーってアプリの絵を書いてたら一日が終わってた。

しかもまだまだ物足りないし。

でもそう言ってメチャクチャな規模のアプリになると作るの大変だからまずは必要十分な機能で抑えなきゃ。

そのあと一人でコーディングするのかー。大変だ。仕事コード書くのは楽しいけど、個人的制作物となると億劫になる。

普通逆かな?でも会社だと何か問題が起きてもどこかに出口があるという安心感が俺を支えてくれる。

それが個人ではない。

ぶち当たった問題回避策が浮かばず、浮かんでも「気に入らない」という気持ちが俺を回避させてくれなくなる。

そしてやる気は削がれ、またひとつ新たな作りかけアプリ墓地に埋葬されるのだ。

2020-03-01

はじめての自損事故

電柱接触

墓地に続く細い急な坂道でやらかす

四つ葉マークの車がよく上り下りしてるから行けるだろうと思ったら無理だった

老人の車は危険だけど一定の操縦に熟練しているのも事実

現場検証は1時間弱で終了

電力会社に連絡して調査してもらうと特に損傷はないので弁償しなくていいらしい

良かった

2020-02-28

住民票ぬすめてよかったな

書類ぬすめてよかったな

しかけられるだけで信じない人をつくってたのしいか

むかしからなくなっちゃいけないものをとられる

そういう人間だったはかもとられた

ありがとう

もう墓地もてらもない

いえもなくなりこせきもなくなり全部盗まれておわるんだろう

うそつきにしてくれてありがとう

2020-02-25

翳(原民喜

センター試験話題になったけど、全文読めるところが見つからなかったので)

底本:原民喜戦後小説 下(講談社文芸文庫1995年8月10日第1刷発行

     I

 私が魯迅の「孤独者」を読んだのは、一九三六年の夏のことであったが、あのなかの葬いの場面が不思議に心を離れなかった。不思議だといえば、あの本——岩波文庫魯迅選集——に掲載してある作者の肖像が、まだ強く心に蟠(わだかま)るのであった。何ともいい知れぬ暗黒を予想さす年ではあったが、どこからともなく惻々として心に迫るものがあった。その夏がほぼ終ろうとする頃、残暑の火照りが漸く降りはじめた雨でかき消されてゆく、とある夜明け、私は茫とした状態で蚊帳のなかで目が覚めた。茫と目が覚めている私は、その時とらえどころのない、しかし、かなり烈しい自責を感じた。泳ぐような身振りで蚊帳の裾をくぐると、足許に匐っている薄暗い空気を手探りながら、向側に吊してある蚊帳の方へ、何か絶望的な、愬(うった)えごとをもって、私はふらふらと近づいて行った。すると、向側の蚊帳の中には、誰だか、はっきりしない人物が深い沈黙に鎖されたまま横わっている。その誰だか、はっきりしない黒い影は、夢が覚めてから後、私の老い母親のように思えたり、魯迅の姿のように想えたりするのだった。この夢をみた翌日、私の郷里からハハキトクの電報が来た。それから魯迅の死を新聞で知ったのは恰度亡母の四十九忌の頃であった。

 その頃から私はひどく意気銷沈して、落日の巷を行くの概(おもむき)があったし、ふと己の胸中に「孤独者」の嘲笑を見出すこともあったが、激変してゆく周囲のどこかにもっと切実な「孤独者」が潜んでいはすまいかと、窃(ひそ)かに考えるようになった。私に最初孤独者」の話をしかけたのは、岩井繁雄であった。もしかすると、彼もやはり「孤独者」であったのかもしれない。

 彼と最初に出逢ったのは、その前の年の秋で、ある文学研究会の席上はじめてSから紹介されたのである。その夜の研究会は、古びたビルの一室で、しめやかに行われたのだが、まことにそこの空気に応(ふさ)わしいような、それでいて、いかにも研究会などにはあきあきしているような、独特の顔つきの痩形長身青年が、はじめから終りまで、何度も席を離れたり戻って来たりするのであった。それが主催者の長広幸人であるらしいことは、はじめから想像できたが、会が終るとSも岩井繁雄も、その男に対って何か二こと三こと挨拶して引上げて行くのであった。さて、長広幸人の重々しい印象にひきかえて、岩井繁雄はいかにも伸々した、明快卒直な青年であった。長い間、未決にいて漸く執行猶予最近釈放された彼は、娑婆に出て来たことが、何よりもまず愉快でたまらないらしく、それに文学上の抱負も、これから展望されようとする青春とともに大きかった。

 岩井繁雄と私とは年齢は十歳も隔たってはいたが、折からパラつく時雨をついて、自動車を駆り、遅くまでSと三人で巷を呑み歩いたものであった。彼はSと私の両方に、絶えず文学の話を話掛けた。極く初歩的な問題から再出発する気組で——文章が粗雑だと、ある女流作家から注意されたので——今は志賀直哉のものノートし、まず文体研究をしているのだと、そういうことまで卒直に打明けるのであった。その夜の岩井繁雄はとにかく愉快そうな存在だったが、帰りの自動車の中で彼は私の方へ身を屈めながら、魯迅の「孤独者」を読んでいるかと訊ねた。私がまだ読んでいないと答えると話はそれきりになったが、ふとその時「孤独者」という題名で私は何となくその夜はじめて見た長広幸人のことが頭に閃いたのだった。

 それから夜更の客も既に杜絶えたおでん屋の片隅で、あまり酒の飲めない彼は、ただその場の空気に酔っぱらったような、何か溢れるような顔つきで、——やはり何が一番愉しかったといっても、高校時代ほど生き甲斐のあったことはない、と、ひどく感慨にふけりだした。

 私が二度目の岩井繁雄と逢ったのは一九三七年の春で、その時私と私の妻は上京して暫く友人の家に滞在していたが、やはりSを通じて二三度彼と出逢ったのである。彼はその時、新聞記者になったばかりであった。が、相変らず溢れるばかりのもの顔面に湛えて、すくすくと伸び上って行こうとする姿勢で、社会部入社したばかりの岩井繁雄はすっかりその職業が気に入っているらしかった。恰度その頃紙面を賑わした、結婚直前に轢死(れきし)を遂げた花婿の事件があったが、それについて、岩井繁雄は、「あの主人公は実はそのアルマンスだよ」と語り、「それに面白いのは花婿の写真がどうしても手に入らないのだ」と、今もまだその写真を追求しているような顔つきであった。そうして、話の途中で手帳を繰り予定を書込んだり、何か行動に急きたてられているようなところがあった。かと思うと、私の妻に「一たい今頃所帯を持つとしたら、どれ位費用がかかるものでしょうか」と質問し、愛人が出来たことを愉しげに告白するのであった。いや、そればかりではない、もしかすると、その愛人同棲した暁には、染料の会社設立し、重役になるかもしれないと、とりとめもない抱負も語るのであった。二三度逢ったばかりで、私の妻が岩井繁雄の頼もしい人柄に惹きつけられたことは云うまでもない。私の妻はしばしば彼のことを口にし、たとえば、混みあうバスの乗降りにしても、岩井繁雄なら器用に婦人を助けることができるなどというのであった。私もまた時折彼の噂は聞いた。が、私たちはその後岩井繁雄とは遂に逢うことがなかったのである

 日華事変が勃発すると、まず岩井繁雄は巣鴨駅の構内で、筆舌に絶する光景を目撃したという、そんな断片的な噂が私のところにも聞えてきて、それから間もなく彼は召集されたのである。既にその頃、愛人と同居していた岩井繁雄は補充兵として留守隊で訓練されていたが、やがて除隊になると再び愛人の許に戻って来た。ところが、翌年また召集がかかり、その儘前線派遣されたのであった。ある日、私がSの許に立寄ると、Sは新聞第一面、つまり雑誌新刊書の広告が一杯掲載してある面だけを集めて、それを岩井繁雄の処へ送るのだと云って、「家内に何度依頼しても送ってくれないそうだから僕が引うけたのだ」とSは説明した。その説明は何か、しかし、暗然たるものを含んでいた。岩井繁雄が巣鴨駅で目撃した言語に絶する光景とはどんなことなのか私には詳しくは判らなかったが、とにかく、ぞっとするようなものがいたるところに感じられる時節であった。ある日、私の妻は小学校の講堂で傷病兵慰問の会を見に行って来ると、頻りに面白そうに余興のことなど語っていたが、その晩、わあわあと泣きだした。昼間は笑いながら見ものが、夢のなかでは堪らなく悲しいのだという。ある朝も、——それは青葉と雨の鬱陶しい空気が家のうちまで重苦しく立籠っている頃であったが——まだ目の覚めきらない顔にぞっとしたものを浮べて、「岩井さんが還って来た夢をみた。痩せて今にも斃れそうな真青な姿でした」と語る。妻はなおその夢の行衛を追うが如く、脅えた目を見すえていたが、「もしかすると、岩井さんはほんとに死ぬるのではないかしら」と嘆息をついた。それは私の妻が発病する前のことで、病的に鋭敏になった神経の前触れでもあったが、しかしこの夢は正夢であった。それから二三ヵ月して、岩井繁雄の死を私はSからきいた。戦地にやられると間もなく、彼は肺を犯され、一兵卒にすぎない彼は野戦病院殆ど碌に看護も受けないで死に晒されたのであった。

 岩井繁雄の内縁の妻は彼が戦地へ行った頃から新しい愛人をつくっていたそうだが、やがて恩賜金を受取るとさっさと老母を見捨てて岩井のところを立去ったのである。その後、岩井繁雄の知人の間では遺稿集——書簡は非常に面白いそうだ——を出す計画もあった。彼の文章が粗雑だと指摘した女流作家に、岩井繁雄は最初結婚を申込んだことがある。——そういうことも後になって誰かからきかされた。

 たった一度見たばかりの長広幸人の風貌が、何か私に重々しい印象を与えていたことは既に述べた。一九三五年の秋以後、遂に私は彼を見る機会がなかった。が、時に雑誌掲載される短かいものを読んだこともあるし、彼に対するそれとない関心は持続されていた。岩井繁雄が最初召集を受けると、長広幸人は倉皇と満洲へ赴いた。当時は満洲へ行って官吏になりさえすれば、召集免除になるということであった。それから間もなく、長広幸人は新京文化方面役人になっているということをきいた。あの沈鬱なポーズ役人の服を着ても身に着くだろうと私は想像していた。それから暫く彼の消息はきかなかったが、岩井繁雄が戦病死した頃、長広幸人は結婚をしたということであった。それからまた暫く彼の消息はきかなかったが、長広幸人は北支で転地療法をしているということであった。そして、一九四二年、長広幸人は死んだ。

 既に内地にいた頃から長広幸人は呼吸器を犯されていたらしかったが、病気の身で結婚生活飛込んだのだった。ところが、その相手資産目あての結婚であったため、死後彼のものは洗い浚(ざら)い里方に持って行かれたという。一身上のことは努めて隠蔽する癖のある、長広幸人について、私はこれだけしか知らないのである

     II

 私は一九四四年の秋に妻を喪ったが、ごく少数の知己へ送った死亡通知のほかに満洲にいる魚芳へも端書を差出しておいた。妻を喪った私は悔み状が来るたびに、丁寧に読み返し仏壇ほとりに供えておいた。紋切型の悔み状であっても、それにはそれでまた喪にいるものの心を鎮めてくれるものがあった。本土空襲も漸く切迫しかかった頃のことで、出した死亡通知に何の返事も来ないものもあった。出した筈の通知にまだ返信が来ないという些細なことも、私にとっては時折気に掛るのであったが、妻の死を知って、ほんとうに悲しみを頒ってくれるだろうとおもえた川瀬成吉からもどうしたものか、何の返事もなかった。

 私は妻の遺骨を郷里墓地に納めると、再び棲みなれた千葉借家に立帰り、そこで四十九日を迎えた。輸送船の船長をしていた妻の義兄が台湾沖で沈んだということをきいたのもその頃であるサイレンはもう頻々と鳴り唸っていた。そうした、暗い、望みのない明け暮れにも、私は凝と蹲ったまま、妻と一緒にすごした月日を回想することが多かった。その年も暮れようとする、底冷えの重苦しい、曇った朝、一通の封書が私のところに舞込んだ。差出人は新潟県××郡××村×川瀬丈吉となっている。一目見て、魚芳の父親らしいことが分ったが、何気なく封を切ると、内味まで父親の筆跡で、息子の死を通知して来たものであった。私が満洲にいるとばかり思っていた川瀬成吉は、私の妻より五ヵ月前に既にこの世を去っていたのである

 私がはじめて魚芳を見たのは十二年前のことで、私達が千葉借家へ移った時のことである私たちがそこへ越した、その日、彼は早速顔をのぞけ、それから殆ど毎日註文を取りに立寄った。大概朝のうち註文を取ってまわり、夕方自転車で魚を配達するのであったが、どうかすると何かの都合で、日に二三度顔を現わすこともあった。そういう時も彼は気軽に一里あまりの路を自転車で何度も往復した。私の妻は毎日顔を逢わせているので、時々、彼のことを私に語るのであったが、まだ私は何の興味も関心も持たなかったし、殆ど碌に顔も知っていなかった。

 私がほんとうに魚芳の小僧を見たのは、それから一年後のことと云っていい。ある日、私達は隣家の細君と一緒にブラブラ千葉海岸の方へ散歩していた。すると、向の青々とした草原の径をゴム長靴をひきずり、自転車を脇に押しやりながら、ぶらぶらやって来る青年があった。私達の姿を認めると、いかにも懐しげに帽子をとって、挨拶をした。

「魚芳さんはこの辺までやって来るの」と隣家の細君は訊ねた。

「ハア」と彼はこの一寸した逢遭を、いかにも愉しげにニコニコしているのであった。やがて、彼の姿が遠ざかって行くと、隣家の細君は、

「ほんとに、あの人は顔だけ見たら、まるで良家のお坊ちゃんのようですね」と嘆じた。その頃から私はかすかに魚芳に興味を持つようになっていた。

 その頃——と云っても隣家の細君が魚芳をほめた時から、もう一年は隔っていたが、——私の家に宿なし犬が居ついて、表の露次でいつも寝そべっていた。褐色の毛並をした、その懶惰な雌犬は魚芳のゴム靴の音をきくと、のそのそと立上って、鼻さきを持上げながら自転車の後について歩く。何となく魚芳はその犬に対しても愛嬌を示すような身振であった。彼がやって来ると、この露次は急に賑やかになり、細君や子供たちが一頻り陽気に騒ぐのであったが、ふと、その騒ぎも少し鎮まった頃、窓の方から向を見ると、魚芳は木箱の中から魚の頭を取出して犬に与えているのであった。そこへ、もう一人雑魚(ざこ)売りの爺さんが天秤棒を担いでやって来る。魚芳のおとなしい物腰に対して、この爺さんの方は威勢のいい商人であった。そうするとまた露次は賑やかになり、爺さんの忙しげな庖丁の音や、魚芳の滑らかな声が暫くつづくのであった。——こうした、のんびりした情景はほとんど毎日繰返されていたし、ずっと続いてゆくもののようにおもわれた。だが、日華事変の頃から少しずつ変って行くのであった。

 私の家は露次の方から三尺幅の空地を廻ると、台所に行かれるようになっていたが、そして、台所の前にもやはり三尺幅の空地があったが、そこへ毎日八百屋、魚芳をはじめ、いろんな御用聞がやって来る。台所の障子一重を隔てた六畳が私の書斎になっていたので、御用聞と妻との話すことは手にとるように聞える。私はぼんやりと彼等の会話に耳をかたむけることがあった。ある日も、それは南風が吹き荒んでものを考えるには明るすぎる、散漫な午後であったが、米屋小僧と魚芳と妻との三人が台所で賑やかに談笑していた。そのうちに彼等の話題は教練のことに移って行った。二人とも青年訓練所へ通っているらしく、その台所前の狭い空地で、魚芳たちは「になえつつ」の姿勢を実演して興じ合っているのであった。二人とも来年入営する筈であったので、兵隊姿勢を身につけようとして陽気に騒ぎ合っているのだ。その恰好おかしいので私の妻は笑いこけていた。だが、何か笑いきれないものが、目に見えないところに残されているようでもあった。台所へ姿を現していた御用聞のうちでは、八百屋がまず召集され、つづいて雑貨屋小僧が、これは海軍志願兵になって行ってしまった。それから豆腐屋の若衆がある日、赤襷をして、台所に立寄り忙しげに別れを告げて行った。

 目に見えない憂鬱の影はだんだん濃くなっていたようだ。が、魚芳は相変らず元気で小豆(こまめ)に立働いた。妻が私の着古しのシャツなどを与えると、大喜びで彼はそんなものも早速身に着けるのであった。朝は暗いうちから市場へ行き、夜は皆が寝静まる時まで板場で働く、そんな内幕も妻に語るようになった。料理の骨(こつ)が憶えたくて堪らないので、教えを乞うと、親方は庖丁を使いながら彼の方を見やり、「黙って見ていろ」と、ただ、そう呟くのだそうだ。鞠躬如(きっきゅうじょ)として勤勉に立働く魚芳は、もしかすると、そこの家の養子にされるのではあるまいか、と私の妻は臆測もした。ある時も魚芳は私の妻に、——あなたそっくり写真がありますよ。それが主人のかみさんの妹なのですが、と大発見をしたように告げるのであった。

 冬になると、魚芳は鵯(ひよどり)を持って来て呉れた。彼の店の裏に畑があって、そこへ毎朝沢山小鳥が集まるので、釣針に蚯蚓(みみず)を附けたものを木の枝に吊しておくと、小鳥簡単に獲れる。餌は前の晩しつらえておくと、霜の朝、小鳥は木の枝に動かなくなっている——この手柄話を妻はひどく面白がったし、私も好きな小鳥が食べられるので喜んだ。すると、魚芳は殆ど毎日小鳥を獲ってはせっせと私のところへ持って来る。夕方になると台所に彼の弾んだ声がきこえるのだった。——この頃が彼にとっては一番愉しかった時代かもしれない。その後戦地へ赴いた彼に妻が思い出を書いてやると、「帰って来たら又幾羽でも鵯鳥を獲って差上げます」と何かまだ弾む気持をつたえるような返事であった。

 翌年春、魚芳は入営し、やがて満洲の方から便りを寄越すようになった。その年の秋から私の妻は発病し療養生活を送るようになったが、妻は枕頭で女中を指図して慰問の小包を作らせ魚芳に送ったりした。温かそうな毛の帽子を着た軍服姿の写真満洲から送って来た。きっと魚芳はみんなに可愛がられているに違いない。炊事も出来るし、あの気性では誰からも重宝がられるだろう、と妻は時折噂をした。妻の病気は二年三年と長びいていたが、そのうちに、魚芳は北支から便りを寄越すようになった。もう程なく除隊になるから帰ったらよろしくお願いする、とあった。魚芳はまた帰って来て魚屋が出来ると思っているのかしら……と病妻は心細げに嘆息した。一しきり台所を賑わしていた御用聞きたちの和やかな声ももう聞かれなかったし、世の中はいよいよ兇悪な貌を露出している頃であった。千葉名産の蛤の缶詰を送ってやると、大喜びで、千葉へ帰って来る日をたのしみにしている礼状が来た。年の暮、新潟の方から梨の箱が届いた。差出人は川瀬成吉とあった。それから間もなく除隊になった挨拶状が届いた。魚芳が千葉へ訪れて来たのは、その翌年であった。

 その頃女中を傭えなかったので、妻は寝たり起きたりの身体台所をやっていたが、ある日、台所の裏口へ軍服姿の川瀬成吉がふらりと現れたのだった。彼はきちんと立ったまま、ニコニコしていた。久振りではあるし、私も頻りに上ってゆっくりして行けとすすめたのだが、彼はかしこまったまま、台所のところの閾から一歩も内へ這入ろうとしないのであった。「何になったの」と、軍隊のことはよく分らない私達が訊ねると、「兵長になりました」と嬉しげに応え、これからまだ魚芳へ行くのだからと、倉皇として立去ったのである

 そして、それきり彼は訪ねて来なかった。あれほど千葉へ帰る日をたのしみにしていた彼はそれから間もなく満洲の方へ行ってしまった。だが、私は彼が千葉を立去る前に街の歯医者でちらとその姿を見たのであった。恰度私がそこで順番を待っていると、後から入って来た軍服青年歯医者挨拶をした。「ほう、立派になったね」と老人の医者は懐しげに肯いた。やがて、私が治療室の方へ行きそこの椅子に腰を下すと、間もなく、後からやって来たその青年助手の方の椅子に腰を下した。「これは仮りにこうしておきますから、また郷里の方でゆっくりお治しなさい」その青年の手当はすぐ終ったらしく、助手は「川瀬成吉さんでしたね」と、机のところのカードに彼の名を記入する様子であった。それまで何となく重苦しい気分に沈んでいた私はその名をきいて、はっとしたが、その時にはもう彼は階段を降りてゆくところだった。

 それから二三ヵ月して、新京の方から便りが来た。川瀬成吉は満洲吏員就職したらしかった。あれほど内地を恋しがっていた魚芳も、一度帰ってみて、すっかり失望してしまったのであろう。私の妻は日々に募ってゆく生活難を書いてやった。すると満洲から返事が来た。「大根一本が五十銭、内地の暮しは何のことやらわかりません。おそろしいことですね」——こんな一節があった。しかしこれが最後消息であった。その後私の妻の病気悪化し、もう手紙を認(したた)めることも出来なかったが、満洲の方からも音沙汰なかった。

 その文面によれば、彼は死ぬる一週間前に郷里に辿りついているのである。「兼て彼の地に於て病を得、五月一日帰郷、五月八日、永眠仕候」と、その手紙は悲痛を押つぶすような調子ではあるが、それだけに、佗しいものの姿が、一そう大きく浮び上って来る。

 あんな気性では皆から可愛がられるだろうと、よく妻は云っていたが、善良なだけに、彼は周囲から過重な仕事を押つけられ、悪い環境機構の中を堪え忍んで行ったのではあるまいか親方から庖丁の使い方は教えて貰えなくても、辛棒した魚芳、久振りに訪ねて来ても、台所の閾から奥へは遠慮して這入ろうともしない魚芳。郷里から軍服を着て千葉を訪れ、晴れがましく顧客歯医者で手当してもらう青年。そして、遂に病躯をかかえ、とぼとぼと遠国から帰って来る男。……ぎりぎりのところまで堪えて、郷里に死にに還った男。私は何となしに、また魯迅作品の暗い翳を思い浮べるのであった。

 終戦後、私は郷里にただ死にに帰って行くらしい疲れはてた青年の姿を再三、汽車の中で見かけることがあった。……

2020-02-07

50代の貯蓄が無いという記事を読んで、死ぬまでただ働き続けるよりも例えば65歳以上選択安楽死というのがあればいいのにと思った。

一応共同墓地用意するよーとか言っておけば、虚無感で生き続けるよりよっぽど幸せではないかと。

2020-01-31

墓地の明かりが

とてもきれい

ひとだま

ブルーライトひとだま

2020-01-02

遊戯王初心者に厳しいと思う

暇だったので、久しぶりに友人と遊戯王を遊ぼうという話になった。

昔、エクシーズが出たあたりまで遊んでいたけども、そのときカード処分したので、今はもう持ってない。

から適当構築済みデッキでも買って遊んでみたけども、構築済みデッキってカードが1枚ずつしか入っていないハイランダー仕様からデッキ全然回らず、友人が持ってる古いデッキボコられてしまう。確か、構築済みデッキは3つ買ってデッキを組めば戦えるという話があったので、同じデッキをもう2つ買い、デッキを組もうとしたけども……。でもなあ、デッキを組むとなると当然だけど、カードの取捨選択をする必要があるわけよ。目の前に知らないカードをポンと置かれて、さあデッキを組め!と言われても無理だろ。それぞれの効果確認するのが面倒くさいし、シナジーはどうなっているのかとか。

というか、今の遊戯王テキスト文字って自分が遊んでたことより、さらに細かくなってる気がするし、読むのが辛い。

そして、とりあえず強そうなカードと関連性のありそうなカードをぶち込んで、デッキを組み、友人の古いデッキデュエルすると、デッキがまあまあ回って強い。今回買ったのは最新のシャドールというデッキだけど、こいつらは墓地カードが落ちると誘発して効果が発動する。融合モンスターが多く収録されていて、それをメインに使う感じだけど、融合すると融合元のモンスター墓地に落ちるその瞬間に効果が発動する。条件が揃えば、場や手札ではなく、山札のカードを融合素材にできる魔法カードもある。

から融合して強いモンスターを場に出しつつ、墓地に落としたモンスター効果を繋げて、場を制圧するみたいなデッキだろう……と思う。どうにも立ち回りの上手さを要求されるデッキみたいで、ちょっと遊戯王で遊んでみようという軽い気持ちで扱うデッキじゃねえな。

今回、久しぶりに遊戯王を遊んでみて、ふと思ったけど新しく遊戯王を始める人って一体どうやって始めてるんだ?というところ。とりあえずデュエルしようとなったとき、する手段が乏しい気がする。スターターデッキもあるけど、収録カードを調べてみると今回買った構築済みデッキと同じくカードが1枚ずつしか入っていないハイランダー仕様なので、完成度は低そう。

となるとみんなやっぱり構築済みデッキを3箱買って、効果の解読にうんうん悩みながらデッキを組んでるのか。

他のカードゲームだと、安価初心者デッキが売られてるけど、ああいうのを遊戯王でも採用した方がいいんじゃないのかと。安価初心者デッキってのは、とりあえず暇つぶし程度は遊べるデッキだしな。

2019-12-21

[] ユニバーサルデザイン墓地

はてブユニバーサルデザインと言えば、トヨタタクシーが度々批難されているが。

それよりもユニバーサルデザイン化が急務なもの

それが墓地ではなかろうか。

車椅子墓石の前までつけられるUD墓地が何時だったかはてブホテントリしてた。

それが理想だが、そこまでは無理としても。

駐車場墓地が同一平面にあるのが望ましい。

昔ながらの墓地、急な坂道階段を上ったところにあるものが少なくなく。

足腰衰えてきた高齢者には厳しい。

で、水汲み場が坂道階段の下にあったりして。

水汲んだ重いバケツ持って急な坂道階段、益々厳しい。

じゃあ足腰元気な若い世代が代わりに?

若い人達、お年寄りほどの頻度で墓参りしないし。

結果どうなるか。

生花の代わりに造花を供える墓が増えてきた。

これなら水を運ばなくて済むし。

夏場でもすぐ枯れたりしないし。

いや、安価ドローンの普及が進めばなんとかなるか。

水汲み場に自由に使えるバケツ柄杓が置いてあるみたくドローンも置いてあって。

水汲んだバケツと、ついでに持ってきた生花お供えドローンで運んでもらう、みたいな。

でも200gドローンじゃ無理か。

いや、積載量多いドローン運行できる特区にして運行径路もプリセットした区間のみタブレット画面上のボタンポチッと押すだけ、みたいな。

無理?

2019-12-18

anond:20191218080525

田舎で歩くのって

墓地を深夜一人で歩くとか

装備無しで登山するとか、そういうのと同じイメージ

2019-12-11

anond:20191211194731

それがいやでhatenaポイントだって換金性なくしたんやもんな

おまえの書き込んでるここがはてなポイント墓地

2019-12-02

子供喧嘩に親が出て自身監獄へ送ることをコストとして相手墓地へ送ったらどうか

2回まで喧嘩に勝てるぞ

2019-11-12

飯塚幸三の散骨を許すな!

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191112/k10012173811000.html

書類送検されたが、検察がまた時間をかけて飯塚幸三被疑者寿命待ちをしそうな勢い

もちろんサクサク進んで刑事裁判の刑が確定するかも知れないが、内容的に懲役禁錮間違いなしだが年齢を鑑みて恐らくは罰金刑に収まるのではないか

そうなると飯塚幸三は多くの家族に見守られながら寿命を全うすることになる

恐らく家の墓はあるだろうが、どこから漏れ出て荒らされることは間違いないし、寺側も監視カメラ警備員を設置することも難しい

共同墓所や室内墓地プライドが許さないだろう。室内墓地など嫌がらせ電話も頻繁にかかってくるかも知れない

そう考えると遺族は散骨希望するのではないだろうか?

海や大地に飯塚幸三が撒かれ、それが行き渡り飯塚幸三を含んだ動植物が産まれ、やがて人の身体に入る。あれだけの事故を起こした人間に許されてはいけない内容だ!

飯塚幸三にお似合いなのは、骨壷に入り墓にも入れられず、家の押し入れの隅にでも置かれる事だ

飯塚幸三の散骨を許すな!

2019-11-07

子供部屋おじさんの翔んで埼玉 ~あるいは異世界も割といい世界R1

「後悔などあろうはずがありません!」

 俺は胸を張って女神に答えた。

 ――国道H31号線。

 ――幼いこども。

 ――迫るトラック

 ――飛び出す俺。

 短い人生ではあったが、最期に命を守る行動を取れたことに悔いはない。

「よくわかりました。それでは功績を認め、あなたを新たな世界に翔んで埼玉させましょう。その世界は今、上級国民の手によって闇に覆われようとしてます。どうか勇者として世界を救ってください」

 ……こうして俺は、異世界――管理ナンバーR01――に翔んで埼玉することとなった。


///////


「あれから随分と色々なことがあったな……」

 冒険者ギルド隅の汚いテーブル

 キー―ッと音を立てて回転するにわかファン真下で、俺は感慨深げに呟く。

勇者がこのホワイト国に来てから半年近くも経つんですね」

 ONE TEAMのひとり――聖騎士が目を細めて笑みを浮かべた。

 一方、もうひとりのメンバー剣士は落ち着かない様子で野太い声を響かす。

「おいおい、いつまで思い出話に浸っている気だ? さっさと冒険に出かけないと、腕がサブスクじゃねーか!」

落ち着け、竜剣士。休むことも冒険の一部だ。今日計画運休だと言っただろう」

 俺はギルド特製のおしぶこドリンクをずずずっと啜り、その甘さを十二分に堪能する。

 だが、俺の至福のひとときを奪うかのように、ONE TEAM最後のひとりが甲高い声で反駁する。

「ククククク。とはいえとはいえ勇者殿ぉ。冒険に行かなければ、いずれ吾輩どもはキャッシュレス! 揃って飢えタピることになりかねませんぞいぞい!」

「……お前は黙っておけ。闇営業

「お前が俺達に意見していいのは4年に一度じゃない。一生に一度だ。」

「…………」

 沈黙ギルド支配した。

 だが闇営業の指摘自体は的を射ていた。

 結局、俺達は闇営業意見に従って、のそのそ街の外へドラクエウォークすることとなったのであった。


///////


「あれが上級国民の住むという洞穴か」

「あな番はいないようです」

「よし、慎重に奥へ進むぞ。さくせん<命を守る行動を>だ!」

 …………。

 俺達は襲いくる上級国民れい新選組撃退しながら、ついにダンジョンの最深部に到達した。

観念しろ上級国民! もはやお前に逃げ場はない!」

「ふはは。逃げ場がないのは貴様たちの方だ。さあ、行け。わが忠実なるしもべ達よ!」

 合図の声とともに無数のジャッカルたちが現れる。

「多勢に無勢です、勇者!」

「なーに! この程度のハンディファンがなけりゃ、面白くねぇじゃねーか!」

「ククククククク……」

 そして死闘が始まった。

「うぉぉっりゃあぁぁぁぁっ!!」

 竜剣士の一太刀れいわ旋風を巻き起こし、ジャッカルの群れが切り刻まれる。

「祝福の女神よ。彼の者の傷を癒やしたまえ。――ポエム!――」

 聖騎士の膨大なMGCポイント還元によって、蓄積された肉体の#KuTooが一気に軽減税率されていく。

「ククククク。あなたの◯◯ペイで拙者の〇〇ペイを〇〇〇〇ペイしてもらいたいですぞぃ!」

 笑わない男でさえもスマリングシンデレラへと変えてしまセールストークプロフェッショナル――闇営業セクシー発言が、上級国民の神経を逆撫でする。

 ……皆が死力を尽くして戦っている。

 今だ! 今こそ決着のときなのだ

 俺は、王女から授かった「パプリカナイフ」に聖なる力を免許返納して、渾身の一撃を解き放った。

世界の令和は<俺>が守るっ!!!!!」

 肉肉しいあんちくしょうの顔めがけ、聖なるオーラが閃光となって突進する。

 光属性攻撃が闇属性相手まばゆい光で包み込む。

「おああーーーっ。あーっ」

 断末魔をあげ、消滅していく闇の肉体。

 やがて、光はゆっくりと減少していく。

 光が完全に消失したとき、そこにはただ、生き延びた仲間たちの姿と、おむすびころりんクレーターけが残されていた。


///////


 勇者たちの旅は終焉を迎えた。

 上級国民の魔の手は消え去り、世界は令和を取り戻したのだった。

 聖騎士は将来の脅威に備えるため騎士団へと戻り、竜剣士さらなる強敵を求めて放浪の旅へと出立して行った。

 そして……。


「君の崇高な犠牲のお陰で、世界は令和になったよ。ありがとう、闇営業……」

 寂しい墓地の片隅で、勇者はそっと花を手向ける。

 闇属性であるがゆえに聖なるオーラの巻き添えで消滅した闇営業最期を思い返しながら、勇者は静かに目を閉じ思う。

あかんな。闇属性やっぱあかんな」と。

2019-2

https://anond.hatelabo.jp/20191108151727

2018

https://anond.hatelabo.jp/20181109213637

2017

https://anond.hatelabo.jp/20171109235515

2016

https://anond.hatelabo.jp/20161203164152

2019-11-01

都市開発までいっちゃったか

巨乳奇形」の青学教授、「6年で960回痴漢された」「絵師風俗女」「税金金持ちへの嫉妬」「美少年の光り輝くお尻」「昭和天皇を燃やしたのはあの世との交信のため」等々の名言製造機だった

https://togetter.com/li/1423736

あいトレ検証委員岩渕潤子氏、今度は秋葉原を壁で囲むのはゲットーではなく都市開発だから言い訳→当然批判がでる

https://togetter.com/li/1424221

そりゃあ、美大芸大でも都市計画とかもあるけど、設計士でも都市計画や建築界隈って、かなり色々な意味ガチ人達が多いから、あの人達の前でこんな話をしたら、それこそ裏で失笑されると思うんだけどね。

普通に現場行ったりするし、それこそ場合によっては生態学辺りの知識もいるしね。

あの手の人達特に西洋建築歴史辺りは常識って言う位は詳しいしな。

公園やら墓地とかその手の話は面白い

当時、ネタになったまなざし村なんて、あくまフェミが言い出していたのをシミュレーションしただけのネタだったんだけど、こいつはゲッt-…じゃなかった、自称ハンザとやらと言う珍妙な代物をガチで言っているからな。

色んな意味で凄いわ。

本当にね。

凄いとしか言いようがないよ。

そりゃフェミもサラっとアレはフェミじゃないからセーフ理論出し始めるね。

大真面目にもうこの人が別の所に隔離されるべきじゃないかなと思った(素

2019-10-07

anond:20191007175723

他人に購入した墓地用の地所を荒らされても年単位で気づかない

泥棒浮浪者みつきなどで先祖代の財産を減らすと普通に損するじゃん

管理用の見回りも含めて昔は「参る」っていったんだぞ

まあ墓参りにも参加せず親の財産を減らすこともおおごととは思わないおまえ自身が親戚全員にとってのおおごとになりたいというのなら止めはしない

それも一つの生き方から

2019-09-24

遊戯王のDP6が主人公強化らしいけど

漫画版キャラオタしてるから漫画版の要素拾わねえかなあ

十代は下級マスクドがいいなあ、漫画HERO捏造しまくりだから、手札や墓地から発動してチェンジ魔法サーチしたりサルベージしたり、なんならそもそも変身召喚させたり?

遊星はシンクロチューナースターダストが欲しい、ってかこれシフルやクロニクル側に漫画スタダをチューナーとして使える効果テキストもたせとけよな

遊馬はRUMいいねシャイニングフォースだっけかな。そのままだと流石に使い道ないから、墓地から発動でホープ5枚戻して1枚ドローさせて

遊矢は言わずもがなヴェネミーだよな、これ捕食で出せないから出し渋ってんのかね

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