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はてなキーワード: 水素とは

2021-05-10

anond:20210509102214

水素燃料のレシプロエンジンは、早期着火の問題があるはずだが、トヨタはどのようにクリアしたのか、資料を探しても見つからない…

2021-05-09

anond:20210509102648

現状は工業的には化石燃料を加工して水素を作ってるんだっけ。

anond:20210509102904

系統電力による水素製造をごく一部のように見せかけている詐欺的な説明やんけ

anond:20210509103019

蓄電できるなら水素かいらなくね?

電気でいいじゃん

anond:20210509102214

なんだ水素かぁ

ただの水だけで動けばいいのに

追記水素エンジンの車のワクワク感がやばい

水素クルマ=FCV(燃料電池車)だと思ってたのだが、

なんとガソリンエンジンと同じ動力水素で動くとのことで驚いた。

化石燃料の枯渇がまったく心配がなくなる

ガソリン車と同じだからこれまでの技術無駄にならない

・廃棄されるのは水だけ!んぎもぢいい!

ガソリン車と同じだから安全で低燃費MT車が作れる

日本車未来永劫売れ続ける

これもう最強じゃん。FCVがMT対応してくれればなーと妄想してたんだが、

妄想じゃなくなる可能性が高くなってきた。

https://www.youtube.com/watch?v=eQ7mDk5IIiI&ab_channel=RideNow

追記

いやー詳しい人の情報ありがたい。

EVと食い合うのでは?って話だけど、良い意味棲み分けになるんじゃないかな。

いまもAT車MT車では明確にポジションが違うでしょ。

前者はクルマを「足」としてみてるだけの一般ユーザー向け(ラクから)、

後者物流業者ファンドライビング向け(低燃費事故が少ないから)。

さらファンドライビングに欠かせないのがエンジン音。

上の動画にもあるけど、EVはそれが欠けている。

から水素エンジン需要は、クルマを楽しむ人間いるかぎり、存在し続けると思う。

あとはエンジンが使いまわせるから過去70年間の自動車エンジニアの業績が消えることもない。

追記2)

発展阻害要素があるとすれば、技術的にというよりは、

石油メジャーから政治的圧力だけだと思う。

2021-04-28

anond:20210428122316

トヨタ日本の政治に影響力がある大企業から

そもそもEV日本だけ進まないのトヨタ商売邪魔になるから触れてはいけない政治案件になっていて、

EVの話をするときは嘲りやギャグを挟むことが日本人全員の義務になっている

水素社会を賛美しないと白い目で見られたり立場を失ったりする

トヨタ関係者ブルジョワ生活するためにほかの日本人と将来の日本人全員が損を被っている

2021-04-27

anond:20210427182017

そっちの方がまだ可能性あるってだけで、ないなんて言ってねえだろぉ…

脳障害は頭にニッケル水素蓄電池詰め込んで燃え死ね

最近トヨタがんばってるな

個体電池とか、水素とか、自動運転部門を買収とか、人口光合成とか。

株、だいぶ前に売ったけど、売らないでキープしとけばよかったわ。

まあ今から買いなおせばいいけど。

2021-04-25

「シルエットが浮かんできたんです」←お前らバカにされてるだけ

46%っていう数字はどこから出てきたの?

https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4252977.html

ブコメでは誰も指摘していないから書いてみるが、2030年2013年比46%削減、というのは、2050年排出量0(カーボンニュートラル)として2013年から直線を引っ張ると、2030年に46%減になるという数字遊びに過ぎない。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021042301131

しろ46%という数字はガースーが所信表明演説で「2050年カーボンニュートラル」を掲げた時点で既定路線とも言えるし、

一部環境団体はいわゆるIPCC1.5℃シナリオをもとに、日本2030年50%以上の削減が必要としている。

https://news.yahoo.co.jp/articles/541363ed1b6ae6f6e451270e87c3057742b11383

カーボンニュートラル火力発電を全部太陽光・風力に置き換えれば達成できるの?

どうもこのあたりを勘違いしている人も多いんじゃないか

大局的にみると、日本エネルギーとして供給されているうち、発電に使用されているのは半分以下でしかない。

https://trienplus.com/energy-energy-flow-and-energy-resources/

残りは、自動車を動かしたり、家庭で都市ガスを燃やしたり、化学工場で窯を加熱するのに、直接ガソリン天然ガス石炭を燃やしているわけだ。

また、鉄鋼業の高炉(コークスによる酸化鉄の還元)や、セメント製造石灰石を加熱)など、プロセス上必ず二酸化炭素が発生する産業存在する。

これらをカーボンフリーに置き換えるのは、電力を再生可能エネルギーでまかなうよりはるかに大変だ。

もちろん、そんな産業には日本から出て行ってもらう、と主張する方もいるだろう

でもそれって、地球規模で見て意味のあることなの? ということを考えてほしい。

カーボンニュートラルに近づけるにはどうすればいいの?

カーボンニュートラルに近づける方法はいくつかある。

下記資料の5ページがわかりやすい。

https://www-iam.nies.go.jp/aim/projects_activities/prov/2020_2050Japan/2050_Japan_201214.pdf

ただし、「電化」と「電源のカーボンフリー化」は同時にやらないと意味がない。

ガソリンから電気自動車に置き換えても、火力発電で作ったエネルギーを使っているなら意味がない。

結局2030年に46%減らすなんて可能なの?

一番上のグラフを見て、2013年からの減少ペースでいけばいけるやん!と思ったかもしれないが、現実はそう簡単ではない。

2011年原発事故以来、原発を再稼働せず、火力発電を積み増したことで、2013年CO2排出量はかなり上振れしたものになっている。

https://twitter.com/ikedanob/status/1385950440135675906

これを、FITによる太陽光パネル設置や原発再稼働などで減らしてきたわけだが、

ここからさらに同じペースで排出量を減らせると考えることには無理がある。

理由はいくつかあるが、電力方面に絞ってみても、

  • 原発の再稼働がすんなり行くとは思えない

とこれだけの理由がある。

また、電力以外でのCO2排出については、これからの部分が多い。

たとえば高炉で還元剤として水素を使うことでCO2排出量を削減する研究がおこなわれているが、

実用化には10年以上はかかるだろう。

2030年に46%減、というのがどのくらいチャレンジングなのかはわかったと思う。

冒頭の進次郎のインタビューに戻ると、

「意欲的な目標を設定したこと評価せず、一方で現実的なものを出すと『何かそれって低いね』って。『金メダル目指します』と言って、その結果、銅メダルだったとき非難しますかね」

というのは、こういうことを指している。

ま、要するに日本全体がベンチャー精神でがんばれってことだけど、

それを外交的に利用されるのは勘弁してほしいよね。(京都議定書排出削減目標が達成できなかった日本は、中国ロシアなどから、官民合わせて排出枠を1兆円程度買っていると言われている)

最後に、希望の持てる話

再生可能エネルギーポテンシャルは、日本で見てもまだまだある。

風力と太陽光だけでも、日本の電力需要の何倍ものポテンシャルがある、と環境省は試算している。

https://www.asahi.com/sdgs/article/art_00097/

問題は、それが経済的に成り立つかどうかだが、

太陽光がいろいろとネガティブ話題を振りまいた(FITによる電気負担メガソーラー環境破壊など)いっぽう、

風力発電日本ではまだこれからという段階。

太陽光発電のコスト構造は、土地代とパネル購入費でほとんど決まってしまい、大規模発電所建設できない日本は不利かつ、技術進歩余地が少ないのに対して、

風力発電はタービンこそ海外製だが、設置工事メンテナンスなどで国内雇用を生む可能性が高く、浮体式が実現すれば規模もそれなりに可能性がある。

原発推進の本丸経産省もようやくそのあたりの議論を始めた。

https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/yojo_furyoku/001.html

2030年には間に合わないかもしれないが、できることを着実にトライしていってほしい。

2021-04-10

水素吸引

最近流行りの水素吸引ってどうなの?

やっぱり似非科学

検索すると慶應大学病院とかも出てくるんだけど…

2021-03-27

anond:20210327205719

理由」とは人間の脳が作り出した幻影で

ただ存在するから存在している

酸素水素に熱を加えると水になることに、「理由」が「無い」ように

あるいは「有る」ように

一連の化学反応があって秩序あるシステムが構築されて

その中のあるグループを「ウイルス」と人間が名付けている

2021-03-26

聖火ランナートーチの火って

これまではLPガスを燃料にしてたらしいな

で、今回は水素燃料を使ってるらしい

俺はてっきりギリシャ産の聖なるオリーブオイルを使ってるんだと思ってたよ

ひとつ勉強になった

2021-03-22

クワッカワラビーのゆーうつ

七、北十字とプリオシン海岸

「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」

 いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少しどもりながら、急せきこんで云いいました。

 ジョバンニは、

(ああ、そうだ、ぼくのおっかさんは、あの遠い一つのちりのように見える橙だいだいいろの三角標のあたりにいらっしゃって、いまぼくのことを考えているんだった。)と思いながら、ぼんやりしてだまっていました。

「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸さいわいになるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう。」カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、一生けん命こらえているようでした。

「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」ジョバンニはびっくりして叫さけびました。

「ぼくわからない。けれども、誰たれだって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。

 俄にわかに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛こんごうせきや草の露つゆやあらゆる立派さをあつめたような、きらびやか銀河の河床かわどこの上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射さした一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架じゅうじかがたって、それはもう凍こおった北極の雲で鋳いたといったらいいかすきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。

ハルレヤ、ハルレヤ。」前からもうしろからも声が起りました。ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶すいしょうの珠数じゅずをかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈いのっているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラの頬ほほは、まるで熟した苹果りんごのあかしのようにうつくしくかがやいて見えました。

 そして島と十字架とは、だんだんしろの方へうつって行きました。

 向う岸も、青じろくぽうっと光ってけむり、時々、やっぱりすすきが風にひるがえるらしく、さっとその銀いろがけむって、息でもかけたように見え、また、たくさんのりんどうの花が、草をかくれたり出たりするのは、やさしい狐火きつねびのように思われました。

 それもほんのちょっとの間、川と汽車との間は、すすきの列でさえぎられ、白鳥の島は、二度ばかり、うしろの方に見えましたが、じきもうずうっと遠く小さく、絵のようになってしまい、またすすきがざわざわ鳴って、とうとうすっかり見えなくなってしまいました。ジョバンニのうしろには、いつから乗っていたのか、せいの高い、黒いかつぎをしたカトリック風の尼あまさんが、まん円な緑の瞳ひとみを、じっとまっすぐに落して、まだ何かことばか声かが、そっちから伝わって来るのを、虔つつしんで聞いているというように見えました。旅人たちはしずかに席に戻もどり、二人も胸いっぱいのかなしみに似た新らしい気持ちを、何気なくちがった語ことばで、そっと談はなし合ったのです。

「もうじき白鳥停車場だねえ。」

「ああ、十一時かっきりには着くんだよ。」

 早くも、シグナルの緑の燈あかりと、ぼんやり白い柱とが、ちらっと窓のそとを過ぎ、それから硫黄いおうのほのおのようなくらいぼんやりした転てつ機の前のあかりが窓の下を通り、汽車だんだんゆるやかになって、間もなくプラットホームの一列の電燈が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度白鳥停車場の、大きな時計の前に来てとまりました。

 さわやかな秋の時計の盤面ダイアルには、青く灼やかれたはがねの二本の針が、くっきり十一時を指しました。みんなは、一ぺんに下りて、車室の中はがらんとなってしまいました。

〔二十分停車〕と時計の下に書いてありました。

「ぼくたちも降りて見ようか。」ジョバンニが云いました。

「降りよう。」

 二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口かいさつぐちへかけて行きました。ところが改札口には、明るい紫むらさきがかった電燈が、一つ点ついているばかり、誰たれも居ませんでした。そこら中を見ても、駅長赤帽あかぼうらしい人の、影かげもなかったのです。

 二人は、停車場の前の、水晶細工のように見える銀杏いちょうの木に囲まれた、小さな広場に出ました。そこから幅はばの広いみちが、まっすぐに銀河の青光の中へ通っていました。

 さきに降りた人たちは、もうどこへ行ったか一人も見えませんでした。二人がその白い道を、肩かたをならべて行きますと、二人の影は、ちょうど四方に窓のある室へやの中の、二本の柱の影のように、また二つの車輪の輻やのように幾本いくほんも幾本も四方へ出るのでした。そして間もなく、あの汽車から見えたきれいな河原かわらに来ました。

 カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、掌てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、夢ゆめのように云っているのでした。

「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」

「そうだ。」どこでぼくは、そんなこと習ったろうと思いながら、ジョバンニもぼんやり答えていました。

 河原の礫こいしは、みんなすきとおって、たしか水晶黄玉パースや、またくしゃくしゃの皺曲しゅうきょくをあらわしたのや、また稜かどから霧きりのような青白い光を出す鋼玉やらでした。ジョバンニは、走ってその渚なぎさに行って、水に手をひたしました。けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。それでもたしかに流れていたことは、二人の手首の、水にひたったとこが、少し水銀いろに浮ういたように見え、その手首にぶっつかってできた波は、うつくしい燐光りんこうをあげて、ちらちらと燃えるように見えたのでもわかりました。

 川上の方を見ると、すすきのいっぱいに生えている崖がけの下に、白い岩が、まるで運動場のように平らに川に沿って出ているのでした。そこに小さな五六人の人かげが、何か掘ほり出すか埋めるかしているらしく、立ったり屈かがんだり、時々なにかの道具が、ピカッと光ったりしました。

「行ってみよう。」二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処ところの入口に、

〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物せともののつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干らんかんも植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。

「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖とがったくるみの実のようなものをひろいました。

くるみの実だよ。そら、沢山たくさんある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」

「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」

「早くあすこへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」

 二人は、ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきの穂ほがゆれたのです。

 だんだん近付いて見ると、一人のせいの高い、ひどい近眼鏡をかけ、長靴ながぐつをはい学者らしい人が、手帳に何かせわしそうに書きつけながら、鶴嘴つるはしをふりあげたり、スコープをつかったりしている、三人の助手らしい人たちに夢中むちゅうでいろいろ指図をしていました。

「そこのその突起とっきを壊こわさないように。スコープを使いたまえ、スコープを。おっと、も少し遠くから掘って。いけない、いけない。なぜそんな乱暴をするんだ。」

 見ると、その白い柔やわらかな岩の中から、大きな大きな青じろい獣けものの骨が、横に倒たおれて潰つぶれたという風になって、半分以上掘り出されていました。そして気をつけて見ると、そこらには、蹄ひづめの二つある足跡あしあとのついた岩が、四角に十ばかり、きれいに切り取られて番号がつけられてありました。

「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡めがねをきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。

くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿のみでやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔むかしはたくさん居たさ。」

「標本にするんですか。」

「いや、証明するに要いるんだ。ぼくらからみると、ここは厚い立派な地層で、百二十万年ぐらい前にできたという証拠しょうこもいろいろあがるけれども、ぼくらとちがったやつからみてもやっぱりこんな地層に見えるかどうか、あるいは風か水やがらんとした空かに見えやしないかということなのだ。わかったかい。けれども、おいおい。そこもスコープはいけない。そのすぐ下に肋骨ろっこつが埋もれてる筈はずじゃないか。」大学士はあわてて走って行きました。

「もう時間だよ。行こう。」カムパネルラ地図腕時計うでどけいとをくらべながら云いました。

「ああ、ではわたくしどもは失礼いたします。」ジョバンニは、ていねいに大学士におじぎしました。

「そうですか。いや、さよなら。」大学士は、また忙いそがしそうに、あちこち歩きまわって監督かんとくをはじめました。二人は、その白い岩の上を、一生けん命汽車におくれないように走りました。そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝ひざもあつくなりませんでした。

 こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。

 そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電燈がだんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室の席に座すわって、いま行って来た方を、窓から見ていました。

知らぬか

五、天気輪てんきりんの柱

 牧場のうしろはゆるい丘になって、その黒い平らな頂上は、北の大熊星おおぐまぼしの下に、ぼんやりふだんよりも低く連って見えました。

 ジョバンニは、もう露の降りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。まっくらな草や、いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を、その小さなみちが、一すじ白く星あかりに照らしだされてあったのです。草の中には、ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もいて、ある葉は青くすかし出され、ジョバンニは、さっきみんなの持って行った烏瓜からすうりのあかりのようだとも思いました。

 そのまっ黒な、松や楢ならの林を越こえると、俄にわかにがらんと空がひらけて、天あまの川がわがしらしらと南から北へ亘わたっているのが見え、また頂いただきの、天気輪の柱も見わけられたのでした。つりがねそうか野ぎくかの花が、そこらいちめんに、夢ゆめの中からでも薫かおりだしたというように咲き、鳥が一疋ぴき、丘の上を鳴き続けながら通って行きました。

 ジョバンニは、頂の天気輪の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。

 町の灯は、暗やみの中をまるで海の底のお宮のけしきのようにともり、子供らの歌う声や口笛、きれぎれの叫さけび声もかすかに聞えて来るのでした。風が遠くで鳴り、丘の草もしずかにそよぎ、ジョバンニの汗あせでぬれシャツもつめたく冷されました。ジョバンニは町のはずれから遠く黒くひろがった野原を見わたしました。

 そこから汽車の音が聞えてきました。その小さな列車の窓は一列小さく赤く見え、その中にはたくさんの旅人が、苹果りんごを剥むいたり、わらったり、いろいろな風にしていると考えますと、ジョバンニは、もう何とも云えずかなしくなって、また眼をそらに挙げました。

 あああの白いそらの帯がみんな星だというぞ。

 ところがいくら見ていても、そのそらはひる先生の云ったような、がらんとした冷いとこだとは思われませんでした。それどころでなく、見れば見るほど、そこは小さな林や牧場やらある野原のように考えられて仕方なかったのです。そしてジョバンニは青い琴ことの星が、三つにも四つにもなって、ちらちら瞬またたき、脚が何べんも出たり引っ込こんだりして、とうとう蕈きのこのように長く延びるのを見ました。またすぐ眼の下のまちまでがやっぱりぼんやりしたたくさんの星の集りか一つの大きなけむりかのように見えるように思いました。

六、銀河ステーション

 そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍ほたるのように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃こい鋼青こうせいのそらの野原にたちました。いま新らしく灼やいたばかりの青い鋼はがねの板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。

 するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション銀河ステーションと云いう声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊ほたるいかの火を一ぺんに化石させて、そら中に沈しずめたという工合ぐあい、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫とれないふりをして、かくして置いた金剛こんごうせきを、誰たれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒まいたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦こすってしまいました。

 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄いろの電燈のならんだ車室に、窓から外を見ながら座すわっていたのです。車室の中は、青い天蚕絨びろうどを張った腰掛こしかけが、まるでがら明きで、向うの鼠ねずみいろのワニスを塗った壁かべには、真鍮しんちゅうの大きなぼたんが二つ光っているのでした。

 すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、せいの高い子供が、窓から頭を出して外を見ているのに気が付きました。そしてそのこどもの肩かたのあたりが、どうも見たことのあるような気がして、そう思うと、もうどうしても誰だかわかりたくて、たまらなくなりました。いきなりこっちも窓から顔を出そうとしたとき、俄かにの子供が頭を引っ込めて、こっちを見ました。

 それはカムパネルラだったのです。

 ジョバンニが、カムパネルラ、きみは前からここに居たのと云おうと思ったときカムパネルラ

「みんなはねずいぶん走ったけれども遅おくれてしまったよ。ザネリもね、ずいぶん走ったけれども追いつかなかった。」と云いました。

 ジョバンニは、(そうだ、ぼくたちはいま、いっしょにさそって出掛けたのだ。)とおもいながら、

「どこかで待っていようか」と云いました。するとカムパネルラ

「ザネリはもう帰ったよ。お父さんが迎むかいにきたんだ。」

 カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかし気持ちがしてだまってしまいました。

 ところがカムパネルラは、窓から外をのぞきながら、もうすっかり元気が直って、勢いきおいよく云いました。

「ああしまった。ぼく、水筒すいとうを忘れてきた。スケッチ帳も忘れてきた。けれど構わない。もうじき白鳥停車場から。ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」そして、カムパネルラは、円い板のようになった地図を、しきりにぐるぐるまわして見ていました。まったくその中に、白くあらわされた天の川の左の岸に沿って一条鉄道線路が、南へ南へとたどって行くのでした。そしてその地図の立派なことは、夜のようにまっ黒な盤ばんの上に、一一の停車場三角標さんかくひょう、泉水や森が、青や橙だいだいや緑や、うつくしい光でちりばめられてありました。ジョバンニはなんだかその地図をどこかで見たようにおもいました。

「この地図はどこで買ったの。黒曜石でできてるねえ。」

 ジョバンニが云いました。

銀河ステーションで、もらったんだ。君もらわなかったの。」

「ああ、ぼく銀河ステーションを通ったろうか。いまぼくたちの居るとこ、ここだろう。」

 ジョバンニは、白鳥と書いてある停車場のしるしの、すぐ北を指さしました。

「そうだ。おや、あの河原かわらは月夜だろうか。」

 そっちを見ますと、青白く光る銀河の岸に、銀いろの空のすすきが、もうまるでいちめん、風にさらさらさらさら、ゆられてうごいて、波を立てているのでした。

「月夜でないよ。銀河から光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえを吹ふきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどき眼めの加減か、ちらちら紫むらさきいろのこまかな波をたてたり、虹にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、或あるいは三角形、或いは四辺形、あるいは電いなずまや鎖くさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。ジョバンニは、まるでどきどきして、頭をやけに振ふりました。するとほんとうに、そのきれいな野原中の青や橙や、いろいろかがやく三角標も、てんでに息をつくように、ちらちらゆれたり顫ふるえたりしました。

「ぼくはもう、すっかり天の野原に来た。」ジョバンニは云いました。

「それにこの汽車石炭をたいていないねえ。」ジョバンニが左手をつき出して窓から前の方を見ながら云いました。

アルコール電気だろう。」カムパネルラが云いました。

 ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光びこうの中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。

「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネルラが、窓の外を指さして云いました。

 線路のへりになったみじかい芝草しばくさの中に、月長石ででも刻きざまれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。

「ぼく、飛び下りて、あいつをとって、また飛び乗ってみせようか。」ジョバンニは胸を躍おどらせて云いました。

「もうだめだ。あんなにうしろへ行ってしまたから。」

 カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。

 と思ったら、もう次からから、たくさんのきいろな底をもったりんどうの花のコップが、湧わくように、雨のように、眼の前を通り、三角標の列は、けむるように燃えるように、いよいよ光って立ったのです。

2021-03-08

泰平の 眠りを覚ます 電気自動車 沈む島国 ガラパゴ水素

 「泰平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん) たつた四杯で夜も眠れず」

2021-03-07

あれから10年、未だにオレは朝日新聞を購読できない

私は朝日新聞ニュースサイト asahi.comファンだ。

何か暇があればしょっちゅう asahi.com を見に行く。

ただ「有料会員登録」しての購読はしていない。

面白そうな記事が途中で「ここから先は有料です」と途切れると「ぐぬぬ」となる。

「会員登録ボタンを押せばいいのだが、なぜか押せない。気分が悪くなる。

その理由、そのきっかけとなった3.11事件から、ちょうど10年になる。

ここでそっと、当時のことを吐き出したい。

10年前、3.11 が起き、数日後、福島第一原発水素爆発事故を起こした。

今の新型コロナ禍に匹敵するほどの暗い空気を当時の日本は覆っていた。

日々、自問自答する。「なぜこうなったのか。我々はどうなるのか。」

それから数年がたったころ、朝日新聞スクープ報道をした。

曰く、「原発事故の原因は、従業員発電所所長の命令に反して逃亡したからだ。

そのことを詳述した非公開の『吉田調書』を我々は独自に入手した。」

日本は大騒ぎになった。

これまで、asahi.com はずっと記事無料だったのだが、

この吉田調書記事の頃を境に、スクープ情報記事単位で有料となった。

私は夢中でお金を払って、朝日原発スクープ記事を購入しまくった。

そして、日々、東電経営陣への怒りを顕わにした。

この朝日報道を多数の海外メディア孫引きし、日本名誉もまた地に落ちた。

そして、さらに数ヶ月が過ぎて・・・

その後の「吉田調書」に関する顛末は、覚えている方も多いだろう。

当時、すでに死亡していた吉田所長の希望により「非公開」であった調書は紆余曲折あり、公開された。

その内容は、朝日新聞記事とはかけ離れたものだった。

公開されたその夜、朝日新聞記者会見し、自らの報道ウソデタラメであったと認め謝罪した。

報告書で詳述された所員はみな、誠実・懸命に事故対処していた。

ときには現場無理解上層部政府に逆らいながらも、懸命に対処しようとしていた。

その後、国会図書館で調書と3つの福島原発事故調査報告書」を読んだ。

そこには、朝日新聞と当時の政府特に元首相の蜜月関係示唆されていた。

事故対応に陣頭指揮する菅首相肯定的報道する見返りに、朝日新聞記者が優遇されていたのだ。

朝日新聞誤報してたわけではない。記事を売るために、故意捏造していたのだ。

調書は「非公開」であることを利用していたのだ。

非公開であることを望んだ吉田所長はすでに当時、鬼籍に入っていた。

関係者が死んだ以上、「非公開」扱いの情報が公開されることはないと踏んで、好き勝手記事を書きまくったのだ。

そして私はそれに軽々しく乗っかってしまい、嘘の報道一生懸命課金したのだ。

私はとても悲しい気持ちに襲われた。

自分はとても愚かな存在だった。惨めだった。

私が朝日の舌先に載り、ウソ記事一生懸命払ったお金は、返金されることはなかった。

そのことがどうしても私の頭から離れることができない。

今となっては些細な金額だろう。

でも、一生懸命、「真実を知りたい、そのためにお金を払っても情報が欲しい」という自分の願いを

裏切られた気持ち・・・「売れさえすれば、真実はどうでもよい」というマスコミ本質・・・

迎合できない自分が、未だに朝日新聞情報に対して「お金を払う」という行為を躊躇わせている。

もちろん、この自分感情矛盾している。

なにしろ毎日3回は asahi.com に行き、散々無料記事を堪能しているからだ。

から自分の態度は不誠実なことも知っているし、きちんと金を払いたいと思っている。

しかし、どうしても本能で「有料会員登録ボタンを押せない。

色々なエンタメ情報サイトを有料行動していても、どうしても朝日だけは購読してない。

多分、これらのどのサイトよりも多くアクセスしているのに。

文章力は他のマスコミから抜きん出ている。

単純に文章面白いのだ。

真実を知るためではない、エンタメ課金すると思えばよいはずなのに。

2021-03-06

anond:20210306141542

水素じゃなければ原子核電子ワープする事は起きえるから、そのときに起きた

ということはありえるが

水素でそれはおきえない

ということは

そりゃ酸素必要になるからOHがいる

2021-03-04

anond:20210304182232

まっさきに肺がやられるだろうからな。完璧清浄酸素窒素二酸化炭素化学合成大気水素0とかな。

東日本大震災10年ということで当時はこうだった特集があちこちで出てきて少し辛い。

思い出したことをとりあえず書いてみる。

時系列じゃないです。

本震の後外に避難すると、それまで穏やかだった空がいきなり暗くなって雪が降ってきた

誰かが「この世の終わりか」と叫んだ。

幸い酷い津波は見なかったけど、原発事故範囲だった。

もう少し避難範囲が広がっていたら確実に避難しなくてはいけない距離にいた。

原発水素爆発したとき、多くの人は片付けや給水車に並んでいた。

爆発の速報を聞いてまずは「本当に死ぬのかな」と思った。

その後「でも多分死ぬならみんな一緒だから寂しくないな」と思った。

1週間家から出ることが出来なかった。

外に出る時は雨合羽羽織って行った。

ガソリンは枯渇していた。

古い家の瓦がボロボロ落ちていた。

物資はなくなって、謎の配給が始まった。

犬が不安になってずっと鳴いていた。

家の近くを自衛隊の大きな車があちこち走ってた。

近所の体育館遺体安置所になっていた。

避難所は津波避難原発避難混沌としていた。

ぽぽぽぽーん

毎日余震震度5弱くらいが来る。

揺れたら入口に走っていく。

割れ食器ゴミが多かった。

エネルギー節約で毛布にずっとくるまっていた。

野菜がなくなった。

風呂入った?」が挨拶みたいになってた。

衣装ケースを抱えて水をもらいに行った。

テレビは相変わらず首都圏電車情報津波映像ばかりだった。

ヘリコプターからの放水は見守ってしまった。

避難所でバラバラになった家族との再開があると泣けた。

必死家族を探す人がいた。

ストーブで沸かしたお湯で髪の毛を流した。

ヨウ素剤が送られてきた。

沿岸部の片付けであちこち花が供えられているところがあると聞いた。

おにぎりをたくさん作った。

差別的言動苦笑いした。

高円寺デモにムカついた。

mixi日記書いたらよく知らん人から「泣けました!」と言われた。

節水プロになった。

風呂に入るのはとても気持ちいい。

人間の嫌な面を見た。

それでもヘラヘラしていく図太さを知った。

いつまで経っても全国的報道なんかなかった。

思い出の海岸がなくなって泣いた。

何でこんなにたくさんの人が亡くならなければならないのか考えると死にたくなるから考えないことにした。

車を流された友人は津波を見ていた。

電話で当時の話を聞き、一緒に泣いた。

スクリーニング検査に行った。

近所の広場がみんな仮設住宅になった。

知らない人がたくさんいきなり移住してきた。

好きで来てるわけじゃないけど、好きで受け入れているわけでもない。

人それぞれに地獄があった。

当時の復興大臣にムカついた。

電車が開通したときたは嬉しかった。

桜が咲くのが遅かった。

私たちは生き残ってしまった。

未だに放射線量ニュース天気予報のコーナーで流れる



被災したと言うとおこがましいくらいの経験しかしてないけど、当時のことをつらつら書いてみた。

毎年3月11日はいい天気だ。

今年もいい天気だといいと思う。

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