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はてなキーワード: 仕送りとは

2018-09-20

anond:20180920011754

似たような感じだったので親近感覚えた

ヤンキー中学ガラス割ったりタバコ吸ったりしてる奴が日常茶飯事でいたり

高校では周りが塾や予備校行かせてもらってる中自分で頑張るしかなかったり

大学入って親の仕送り暮らしてるやつ尻目に奨学金バイト掛け持ちで生活したり

そしたら就活成功して平均年収の倍くらいはもらえるような企業に入れた

自分努力次第である程度までは這い上がれる

てっぺんの超エリートは無理でもやり方さえ分かれば底辺に甘んじなくてもいいんだよな

なんか上の階層には行けないって言ってる奴いるけど元々マトモなところにいたからじゃね?

そういうレベルじゃないんだよな…

2018-09-11

息子の就活

息子が東京大学に入り、現在、4年である。無事に内定を得て、来春から名古屋に帰ってくることになった。

偏差値的な観点から東京大学へ行ったのではあるが、

結局、名古屋本社会社に勤めるのであれば、初めから愛知県内の大学に進学していてくれればと思う。

内定を得た会社も、名古屋市内の複数大学内定を出している。

学んだ学問も、別に名古屋市内の大学にもあるし、それぞれのカリキュラムや授業シラバスをみるとそれほど違いがあるとも思えない。


私の勤め先でも、別に何大を出ようと、内定を出すのは人物本位であり、

偏差値10高かろうが、5低かろうが、正直なところ関係ない。

仕事も、英語ができるとか、コンピュータが強いとか、人受けが良いとかはひとそれぞれであり、大学偏差値によってきまるものではない。


娘は名古屋市内の大学に通う。


息子には仕送り10万×12ヶ月+学費95万=216万、たぶん細々とあるので、250万ぐらい

娘には小遣い月3万×12ヶ月+学費53万=89万、こっちは細々がなく、アルバイトでよく稼いでいる

年間150万以上の差があるが、これを埋める経験学習の違いがあるのか、正直なところ疑問である

アメリカ高校生は、無理に高レベル大学を狙わず、まずは手近で、州民ならば学費が安くなる州立大学へ行くというが、

日本だんだんそうなってくるのではないだろうか。東京関西によほどの魅力がないと、親が子どもを出さないようになると思う。


あと2年もしないうちに、メインの子育ては終わりそうだが、偏差値予備校と塾の良い商売ネタという感じですね。

専門家でもないので、いい加減ですが、いま思えば、偏差値小数点第1位まで出すのは正気の沙汰とは思えない

ざっくり5段階か6段階くらいに分けたら、あとは地域、専門、校風ぐらいで考えるのが、よいと思う。

以上、雑感。


追記

都内勤務が確実な会社から内定ももらったようですが、名古屋に帰るそうです。彼曰く「東京でないとダメというコト、モノ、場所は、ボクにはなかった」だそうです。ちなみに私たち両親はもともと名古屋地元ではないので、名古屋に帰ってくることにまったくこだわりはない。

名古屋に帰るということで、2年間付き合った同じ学部彼女とは、風前の灯火状態らしい。これに関しても、「残念ではあるが、仕方ない」だそうです。

・勤め先で大学はあまり関係ないと書きましたが、いま流行りなのか高校の水準はかなり参考にしているようです。これについては名古屋にて会社(授業員400人くらい)を経営する友人が、尾張地区であれば○○高校以上を採用する方針会社に暗にあると言ってました。けっこう、こういう会社いかもしれませんね。

2018-09-05

家を建てたい

頑張ってかなり早めに奨学金を返し終わったので、次の目標として5〜10年以内にでも自分の家が欲しいんだけど、土地とか頭金ってどれくらい必要なんだろうか。どんな準備が必要なんだろうか。

色々あって家族自分から仕送りが無いと生活できないから、友人達のように親に頼る事はできないし、こんな事聞いても怒らない相手も居ないから誰か教えてほしい。

2018-09-01

ここで読む限りでもどんな親の元に産まれるかって本当に運だな…

うちは色々あって貧乏になって大変だったこともあるけど

親がマトモだっただけで儲けもんだよなぁと今になって思う

それにしても両親とも高卒地元たことないのに兄弟とも県外の大学出してくれたの凄い

お金いから諸々免除申請奨学金バイトで通ってて

仕送り何十万も貰ってる友人を羨んだりもしたけど

自分たち兄弟のやることを尊重して応援して送り出してくれただけありがたかったな

2018-08-31

親の年収が2000万円だった

先日帰省して、置いてあった書類をふと見てしまった。

父の年収が一千数百万。母(専門職パート)の年収を合わせたら二人で多分2000万くらい。

私の年収、400万くらい。

仕送りとかしなくていいし恵まれてると思うべきなのかもしれないけど、こんなできの悪い娘で情けなくて申し訳ない。

2018-08-30

漫画アシスタントをやめた

周りはプロ志望だけど自分趣味同人誌を描く程度の人間なのだ

デジタル技術を導入したいとのことで

プロ志望の友人が手伝っている大御所作家、O先生の手伝いを月末の土日にしていた

やめた原因は賃金で16時間働いて5000円しかもらえなかったか

平日は仕事をしているので土日しか手伝えないのだが

いつも進捗が悪く日曜日の朝8時から夜0時まで、

片手でパンを食べながらクソザコ性能PCで40ページ分のトーン貼りを一人でやっていた

背景を描かないからこれくらいしかもらえないのかと思ったが、

背景を書いている友人も同じくらいしかもらっていなくてビビった

通りで未だに仕送りもらってるわけだ

30にもなって

ちなみにその先生作品アニメになっていて

いわゆる腐女子の方に大人

仕事先もいい感じのマンションなのだ

自分らの日給は5000円である

2018-08-06

ベーシックインカム大学時代仕送り

実家比較的裕福な家だったので、

大学時代は月に15万ほどの仕送りをもらっていた。

家賃6万円程度、水道電気光熱費1〜2万を引いても

毎月7〜8万円は自由にできるお金があった。

もともと欲しいものが少なかったのもあり、

切りつめなくても男子大学生一人暮らしでは十分ではあった。

それでも、時々大きいものが欲しくなると、

リゾートバイトをしたり、家庭教師をしたりして稼いだりもした。

学業が忙しい時期は、バイトせずに過ごした。

で、ふと思ったんだけど、これってベーシックインカムだよな。と。

あの当時、仕送りをもらっているからといって

怠惰になったりしてなかったし、

バイトも時給よりも「面白そう」とか「雰囲気良さそう」とかい理由で選んでいたし、

うっかりブラックバイトに首突っ込んでしまっても

金銭的にはそんなに困らないので、サクッと辞められた。

もちろん貯金なんてできなかったけど、

時間サラリーマンで働いてる今よりもずっと自由だったか

ちょこちょこバックパック旅行したりなんかもできた。

ベーシックインカムは人を幸せにしない、怠惰にする。

って言ってる人もいるみたいだけど、

個人的経験ではそうはならないんじゃないかな。

働くこと含めて、いろいろな生活自由になるんじゃないかと思うけど、どうだろうか。

2018-08-05

東京医大不正の件で色々吹き上がってるけど

増田は都会のリベラル家庭出身の人が多いんだな~と思った

田舎じゃ女子の進学が抑制されるのは当たり前のことで全然珍しくもないありふれた話だから

うちの姉もテストじゃほぼ満点で学年一位から外れたことないけど父親高校進学ですら金出すの渋ってたし

百点満点で60点取れればいい方の俺は県庁所在地Fラン大学一浪して入ったけど

父親学費に関しても仕送りに関しても一度も文句言ってきたことない

田舎人間って女にはせいぜい地元公立高校いかせりゃ充分で

卒業後は親や親戚の伝手でJA役所に押し込んで適当結婚させりゃいいって思ってるから

ちなみに姉は高校ときに何か公的機関留学プログラム奨学金もらって

海外大学入ってそのまま現地で就職してほとんど帰ってこない

2018-08-01

anond:20180731123903

健気に仕送りをしてくれるパパのことを思い出してほしい。

まり、家に金はある。金持ちの家なんだ。

2018-07-31

子供育てられる人はすごい

子供最初の頃は純粋から可愛いと言っても

オムツや、食事の世話、洋服買ったり着せたりとか、遊びに連れて行ったりとか

何もかもやってあげないといけないんだよ?

無理無理。自分の世話すら面倒な私には無理無理。

たとえ、頼る相手が居なくて何時も自分を頼ってくるとしても

無理無理。

将来反抗期かになって

「産めなんて頼んでない!」「よその家に産まれたかった!」

「クソババア!」「小遣い寄越せババア!」って言われたり

万引きしたり、いじめられたり、もう色々問題起きそう。

無理無理。怒り抑えられなくて悔し泣きしそう。

産まなきゃ良かったって後悔しそう。

そんな強靭精神を持ち合わせていない。

子供大学行きたいと言って、「お金いか奨学金ね」と言うと

社会人になったらマイナスからスタートかよ!」

「何で俺が奨学金払わないといけないんだお前が払え!」とか言われそう。

仕送りもしないだろうし、育てるのにかけたお金1円も返ってこなさそう。

無理無理。自分お金自分で使いたい。

3000万かけるなんて無理無理。

3000万課金ガチャなんて無理無理。

収入を得ることが出来ずニートになって金食いつぶす子供とかもっと無理無理。

私は親に育ててもらって感謝している。

でも、実家に住んでいたとき家賃としてお金を入れたことくらいしかしなかったし

奨学金返済してるから「あーぁ、奨学金無ければな」って思うことは多々あるし

もう無理無理。将来家を買いたいし、3000万とか無理無理厳しい。

はーぁ。無理。

子育てする人尊敬する。

2018-07-24

手取り20万円、毎月実家に5万円仕送りしているがキツイ

実家賃貸から払わないと両親の居場所なくなる

2018-07-12

anond:20180712100800

コンビニバイトするような外国人ハイスペなんじゃないかなぁ。主に中国系だし。仕送り目的ではなく社会勉強でやってるんじゃなかろうか。

2018-07-05

恋愛は少なくともメンヘラとは両立できなかった話

 本文をうっかり読んでしまうのは時間無駄なのでいくらか前置きで警告をしておく。

 これは一人のクソ女の自分語りだ。

 多分恋愛をしている人にもメンヘラをやっている人にも響かないと思うので、ノンフィクション小説好きな人とかが読んで哀れむなり蔑むなりネタにするなりしてくれたらいいと思う。

 文章にすると落ち着くたちなので、一回字に起こして整理したかっただけだ。

 特に意見アドバイスを期待してはいないけれど、私が想像も出来なかったような現実を打開する魔法があるなら教えて欲しい。

 そうじゃないなら今はほうれん草を沢山使うレシピくらいしか知りたいことはない。

 石を投げたりして気持ち良くなるなら好きにこの文章の私を罵ってくれて良い。もし肯定したいとか共感したとか優しい言葉を掛けたいとか思ったら、それは上手く受け取れないので胸に仕舞うか何かしておいて欲しい。言って満足するなら言って満足して欲しい。

 それから、ぼかしたりフェイクを入れてはいるけれど一応念のため。私の彼氏さん。あなたがこれをもし読んでいたら、私にいい加減愛想を尽かして下さい。メールもしなくていいし、顔も合わせなくていいです。ここにはあまり書いてないけどあなたはすてきな人なので、きっと可愛くて気立てが良くて知的趣味の合う恋人や奥さんがそのうち出来ると思います。私抜きで幸せになって下さい。でも今までありがとう

 さて、数えてないけど多分これ五千字くらいある本文。

 私には彼氏がいる。中学生の頃男女混ざった仲良しグループに居た同士だったが、彼は当時テンプレ中二病クソ女であった私に親切だった。私はいわゆる愛情に飢えたメンヘラであり、被虐待児でもあったので親切な彼を好きになった。

 親に無理矢理突っ込まれ進学塾、殴られたくないから沢山勉強して、私が目指した志望高校は彼と同じ学校だった。志望理由は、当時不良やヤンキーが苦手だったのでそれでもやって行けそうな校風であることと、私のやりたい部活の成績が良かったこと。通える範囲で目指せる偏差値勝手に割り出されたその高校を志望していると自分に言い聞かせるために、彼と一緒に高校に通えるかもしれないことを考えていた。彼は頭が良かった。彼の頭が良いところにも好感を持っていた。

 結果として高校受験は失敗だった。兄弟が多い我が家は長子の私の滑り止めを用意出来なかった。模試きれいな紙に印刷された合格する確率が70%まで落ち込んだ。挑戦は許されず漫画のように家庭の都合で通いやすくそれなりの偏差値の親が決めた高校受験して合格した。

 妥協のご褒美に私は携帯電話を買い与えられた。猿のように熱中した。友達とひっきりなしにメールをするのが楽しかった。そんな携帯中毒に付き合ってくれたのが彼だった。

 彼は愚痴をうんうん聴いてくれた。肌寒い日にはコートをかけてくれて、雨の日は傘を差して家まで送ってくれた。

 彼は誰にでもそうする人間だ。

 そういう人間を私は好きだと思った。

 高校一年の夏、好意を伝えた。彼はいわゆる恋愛恋愛した面倒は嫌だけど、と前置きした上で私と付き合う返事をくれた。友達にも家族にも内緒だった。私はおおっぴらに恋愛満喫して盛大に恋心に振り回される友人たちのようになりたかったが、その夢は絶たれたと言ってもいい。

 彼は時折、家族が留守にしている放課後休日、私を自宅に呼んだ。彼の家は急な坂の向こうにあり、私は暑い日も寒い日も自転車こいで彼の呼び出しに応じた。二人でカーペットの床に並んで座って、他愛もない話をするのはとても楽しかった。彼はキスがしたいと言ったので応じた。こんなもんか、と思った。彼は私の胸や下半身に触れたがった。胸は触らせたが、下半身他人に触られるのは嫌だったので精一杯かわいこぶって断っていた。

 彼が満足そうで良かった。私にかわいいとか偉いとか頭が良いとか言ってくれるのは彼だけだったからだ。

 たまにデートなるものもした。彼は共通の友人にばれたら面倒だから地元ではないところで待ち合わせて、博物館などに行った。博物館が好きなので楽しかったが、多分一人でいても楽しかったとは思う。彼は理系なので解説をしてくれて、知らないことを知れたのは楽しかった。

 いわゆる中学生ぐらいのいじましいお付き合いは高校三年生になるまで続いた。

部活大会模試で顔を合わせたら、こっそり示し合わせて抜け出して会って話したりしていた。

 関係が、と言うよりも私が変わったのは高校三年生の秋頃だっただろうか。

 私は学校へ行けなくなったというより、身体が動かなくなった。

 鬱を発症していたと知るのは年明けに通院をはじめてからだ。高校卒業も危うくなった。彼のメール無視し続けた。友人たちのラインブロックした。手首を切った。酔い止めを何箱も一気に飲んだりした。苦しかった。とにかく早く死にたかったが、癇癪を起こすと椅子を投げてくる母親から兄弟を守らなければならなかったので死ねなかった。

 音信不通を続け、両親の説得も不登校支援センター保健室も諦め、私は精神科に通院することになった。

 高校三年生の一月、私はセンター試験どころか学校へも行かず精神科に通った。薬が効き始めるまでが地獄のように長かった。向精神薬睡眠薬がなんとか効力を発揮する雰囲気を醸しはじめた頃には、卒業はほぼ絶望的だった。

 私は主治医から診断書をぶん取り、校長などのお偉方と交渉を重ね、補講を組んでもらうことでなんとか、卒業から数日はずれが生じるものの年度内に卒業出来ることになった。周りの大人は私の想像はるかに超えて優しかった。同情し、時には私の身の上話に涙ぐんでくれた。そんなことで悩んでいたなんて知らなかった、と口々に言った。進学校だったので不登校前例が無かったのが幸いした。先生方は私一人のために会議室卒業式をやってくれた。

 さて、話を恋愛に戻そう。私はなんとか卒業証書をぶん取り、彼は第一志望の難関大学合格していた。サイゼリアで久し振りに会って彼は「元気そうで良かった」と言った。

 私は全くもって元気では無かった。

 恋愛どころじゃない、何度も死にかけた。

 人に説明する元気もあまり無かったので、かなり端折って私はことの顛末説明した。ずたずたの腕を見せて「メンヘラと付き合うとろくなことがないって言うから、別れるなら今だと思うよ」と彼に提案した。彼は「それは別れる理由にはならない」と言った。

 そういうことでお付き合いは継続されることになった。

 彼は大学入学した。私はそれを祝福した。彼が受験勉強を頑張っていたのを知っていた。とても尊敬している。

 私はといえば、自分を殺そうとする自分に耐え、病状を必死家族説明し、ひたすら精神科に通った。

 彼は以前と変わらず家族が留守の合間に私を家に呼んだ。私は行かなかった。外に出る元気も無かったし、当日朝「今日家誰もいないよ」と言われても動き出す頃には翌日の昼間だ。

 彼はサークルが忙しかった。理系から男ばかりで可愛い子いないよ、と言っていた。

 私達はあまり会わなくなった。

 彼は学業を、私は治療を、お互い頑張っていた。

 彼は私が死んだら悲しむだろう。優しくて弱い人だから自殺だけはしてはいけないと自分に言い聞かせた。

 色々なことがあった。

 死なないために意識を失うことが必要だった。私は酒浸りになり、睡眠薬はどんどん強いものに変わった。早朝起きて、Amazonで買ったウォッカを水で割り、それで頓服を服用して眠り、昼過ぎに起き出して母に罵倒されながら(これは10年来の日課だ)食事をとり、薬を飲んでまた眠った。眠れない夜は頓服を酒で服用した。そうすれば眠れる。眠っている間は死にたくならないので楽だった。

 私某居酒屋で酒を飲みすぎて意識を失い救急車に乗った。倒れたはずみに骨折もしていたのでそれを治療するため更に入院した。入院中は母に罵倒されず三食昼寝付きだったので手術の痛みを差し引いてもお釣りが来るくらい快適だった。

 退院してからはまた酒を飲んで眠るだけの生活をした。

 そんな状況を医者は許さず、私は精神科閉鎖病棟入院することになった。彼は見舞いに来たがったが、私は断った。誰にも会いたく無かった。自分自身と二人きりになりたかった。何もかもに疲れ果てていた。

 入院生活幸福だった。

 看護師さんは優しい。変な人が沢山いるけどそれぞれが自分のことで精一杯だから誰も干渉してこない。

 母の罵倒が無いなら、現実逃避するためのスマートフォンは要らなかったので無くても困らなかった。

 少しの本、ポータブルCDプレイヤーと何枚かのCD。それだけで完結した生活は確実に私の心を癒した。

 これが人生の正解だと思った。誰も、何も要らない、天国だと思った。

 あらかじめ定めていた期間が過ぎ、私は退院した。

 閉鎖病棟入院したことがあるレッテル付きの私は母から罵倒が少しは薄まったと感じた。もう死にたくならないために一人で十分だった。

 そして同い年の彼が大学二年生になると同時に、私は大学一年生になった。

 母が勝手に推薦入学に出願して受験料も払い込んでいた。仕方がないので面接に行ったら大学に受かった。入学した。

 彼はおめでとうと言ってくれた。

 新調したスーツきれいなキャンパス、好きな学問、新しい友達

 私はまともな人間に戻れるかもしれないと期待した。

 アルバイトもはじめた。友達徹夜で飲み明かしたりした。

 しかし、ゴールデンウィークが明けた頃には既に私はくたびれていた。夏休みが明けて、大学へも行かなくなった。アルバイトはクビになった。

 主治医からストップがかかり、休学する事になった。

 私はただ家で時間を潰し、母の(以前よりはマシな)罵倒に耐え、薬を飲み生活していた。もう死のうと思っていた。

 大学で新たな人間関係を築いた彼は、私の死を受け入れるキャパがあると思った。

 そういえば私は彼とセックスしていなかった。

 呼ばれても家に行かない、共通の友人たちと遊ぶ以外では会わない、そんな恋人であったから、私はなんだか彼に申し訳が無かった。

 セックスすることでそれを清算できると思った。

 セックスする前に私は酒を飲んだ。

 薬の副作用で性欲は無く、彼とキスしても気持ち悪いと思ったからだ。

 彼が取ったホテルで私は彼と昼間からセックスした。

 こんなもんか、と思った。

 彼は別にセックスたからといってこれまでより優しくなる訳でも冷たくなる訳でも無かった。

 その日私からやや強引に誘い、夕食を食べながら話をした。私は彼と話がしたかたからだ。彼と話すのは楽しかった。

 それが数ヶ月前のこと。

 それ以降、私は彼と一度も顔を合わせていない。

 なんだかひどく億劫で、気の許せる女友達しか話したくない。

 精神科に通い続けて、自傷行為をやめられた。アルコール中毒も治った。睡眠規則的になった。

 兄弟が進学と同時に一人暮らしを始めた。もう自分の身を自分で守ってくれる。

私の生きる価値は無くなった。

 ある夜母が癇癪を起こして私に出て行けと怒鳴り、私を家から蹴り出そうとした。

 終電が無かったので私はははに頭を下げて「一泊止めてください、明日出て行きます」と言ってその場をおさめた。

 翌朝、私は最小限の荷物だけを持って逃げるように家を出て、何度か遊びに行っては掃除をしてやったりしていた兄弟一人暮らしをしている家に転がり込んだ。

 それから紆余曲折あり、結局兄弟仕送りで私は生活している。兄弟大学に行き、私は自分兄弟の二人分の家事をしている。おそらく幸せなのだろう。私が欲しかった暮らしは手に入ったのだろう。

 もう死んじゃおっかな。くたびれた。もう何も要らない。

 今死んだら同居している兄弟がショックを受けるだろうから、死んでないだけ。

 彼と連絡を取っていない。

 これが自然消滅と言うのならそうなのかもしれない。

 私は多分もう駄目だ。大学は妹宅から距離的に通えないので中退する。アルバイトでせめて食い扶持を稼ぐのが目標だが、達成出来るのはいつになるやら。

 こういう駄目な人間恋愛などしても彼に何の得も無いだろう。

 だから自然消滅であってもさよならを言っておきたい。

 もう恋愛感情がどういうものなのか思い出せないのだ。

 自分異性愛者ではないのかもしれないとも思ったが、同性も好きにならないのでたんに今恋愛をしたくないだけだと思う・

 彼は人間としてすてきだから好きだけれど、セックスはしたいと思わない。それじゃあ社会的地位の高い彼にぶら下がりたいだけの厄介メンヘラだ。しかセックスさせてくれないときた。そんなクズになってまで恋愛かいフィールドに立っていたくない。情けないし申し訳ない。

 友達に戻って彼と飲みに行きたい。手を繋がないで一緒に博物館に行きたい。一緒に食事がしたい。でも今は会いたくない。

 さよならを言うために約束を取り付けようと思って、彼が通う大学夏休みの期間を調べている。

 でも何だか会うのも連絡するのも嫌になってきた。

 こうやってぐずぐずしたまま、付き合い始めてこの夏で四年。嫌だ。

 生活が忙しくて、朝起きて夜寝るのが精一杯で、恋愛なんかやってる場合じゃない。

 そろそろ死んじゃおうと思っている。

 メンヘラはよく人生を虚無虚無言うけど例に漏れず私もやはり虚無を感じている。

 恋愛には向いてなかった。

 多分健康でいることが出来なくなった段階で恋愛なんかやめにしておけばよかったのに、彼の優しさでそれは人工的に延命措置を受け続けている。

 罪悪感はそれだけで健康を害するから排除しなければ、と、病気治療する上で判断出来る。だからさっさと別れようってメールを打てば良いのだ。

 参ったなあ。

 

2018-06-29

仕送り

仕送りくらいドバーッとできると思ったけど

毎月数万って結構きついな

anond:20150820192614

育ての親と縁切るべき。

あと仕送りもやめたほうが良い。その分自分に使いな。

2018-06-26

無期懲役ですむならよかったよ

しろ外に出ても生活保護になるだけだし

増田のみんながネタ仕送りするからいい生活が送れるだろう

低能先生には仕送り送るわ

刑務所内と出所後の生活の足しにしてほしい

2018-06-10

是枝監督の件は多くの人に誤解されすぎ

http://www.kore-eda.com/message/20180607.html

Twitterとか見ると変な部分に突っかかって是枝監督に怒りをぶつけてる人が多い。

多分元の文章をまともに読んでないせいだと思うので、きちんと整理しておきたい。

祝意」ってなに?

一般的には「喜びを祝う気持ち」のことを指すけれど、文脈を見ると

国会参院文科委員会野党議員が「(是枝に)直接祝意を表しては?現場をとても鼓舞する。総理に進言を」と文科相に問いただしているやりとりを目にし、更にその後「林文科相文科省に招いて祝福したいという意向を示した」と伝えられたとNHKニュースで目にしました。

実は受賞直後からいくつかの団体自治体から今回の受賞を顕彰したいのだが、という問い合わせを頂きました。有り難いのですが現在まで全てお断りさせて頂いております

まりどこかに呼ばれて表彰、みたいなことは断るよ、ってだけの話なんだよね。

是枝監督は「おめでとう」を受け入れられない人?

デマ

実は受賞直後からいくつかの団体自治体から今回の受賞を顕彰したいのだが、という問い合わせを頂きました。有り難いのですが現在まで全てお断りさせて頂いております

顕彰の問い合わせ」に対して「有り難い」って書いてあるじゃん

何を勘違いしたのか

から仕送り貰って、大学卒業したり優秀な成績残した時に親からおめでとうと言われた際に「親から言葉は受け入れない」とか言ったら批判されるよね。

からの「おめでとう」を断るのがカッコイイとか、それが許されるのは反抗期まで。 成人でもみっともないと言われるのに、還暦近い人がそんなの言うとか流石に度を越している。

から給料貰っておきながら、国家も歌わず日の丸に敬意を示さないどっかの教員連中も同じ精神構造なんだろうね。いつまで経っても反抗期の子供なんだよ。

ママからのおめでとうを受けたらマザコンと思われママの言う事何でも聞くと思われるのが嫌だから、って感じですかね。


こういう感じで、ツイッター上は変にひねくれた発言が多い。

親と子供関係に例える人なんか特に多いが、その例えは明らかに間違っている。

文化庁は親ではないし、お金の出処は税金または文化庁への寄付であって"親"が汗水たらして得た金ではない)

から何らかの助成をもらっている人間が、公権力批判するのはいけないこと?

まず、「告発目的とした映画ではない」と発言していることは知ってもらいたい。

この「公権力批判」というもの。人によって想定してることがぜんぜん違うんだけど。

公権力のもの否定する」というようなアナキスト思考ならともかく、「社会問題点を指摘する」レベルのことは独裁政権以外なら誰だってやっているよね。

以下の文にあるように、是枝監督が「映画を撮りながら考えていたこと」は「それほど目新しいものではない」。

単身者孤立」とか「自己責任論」とか、多くの日本人がすでにテレビ新聞ネット上で共有している。

助成金もらっているからってこのレベルのことも言ってはならない、なんてことはないはず。

取材の中で「何故社会からこのような“不可視の”家族が生まれると思うか?」と作品の背景としての社会的、政治的状況を聞かれた。その告発目的とした映画ではないことを前提に自分の考えを述べた。あくま私見としてではあるが。今回僕が話したのは「共同体」の変化について、であった。日本地域共同体が壊れ、企業共同体が壊れ、家族共同体三世代が一世代単身者が増えて脆くなっている。この映画で描かれる家族のひとりひとりはこの3つの共同体地域」「企業「家族」からこぼれ落ち、もしくは排除され不可視状態になっている人たちである。これが物語の内側。そして孤立化した人が求めた共同体ひとつネット空間であり、その孤立した個を回収したのが“国家主義的な価値観(ナショナリズム)であり、そこで語られる「国益」への自己同一化が進むと社会排他的になり、多様性を失う。犯罪社会貧困が生むという建前が後退し、自己責任という本音世界を覆う。恐らくあの「家族」はそのような言葉視線によって断罪されるだろう。…ということも話した。これが背景。これは『映画を撮りながら考えたこと』という拙書でも既に述べている考え方である。まぁそれほど目新しいものではないだろうことは自覚しているが。

http://www.kore-eda.com/message/20180605.html

2018-06-09

anond:20180609114041

毒親”というのは、親が毒なわけです。肉体的、精神的に暴力を振るうような親です。

から、そういう親に虐げられてきた人には、そんな親は愛さなくていいよ。早く逃げちゃいなよ。というわけです。

でも大事に育てられて月に20仕送りもらいながら一人暮らし私大に通ってるお坊ちゃまが、自分の親を“毒親”なんて言ったらどうですか?

あんまり良い気がしないですよね。そこまで言うなら親の援助を受けないで独力で生活しなさいよ。もう大人なんだし。って言われてもしょうがないです。

今度は国の話です。まず愛する必要はないです。愛さなければいけない、なんて言う人はごくごく少数です。そういう人は声は大きいかもしれませんが、愛とはそういうものなので。

でもあなた日本人として生きてきた以上、インフラ教育治安など、日本という国の恩恵を受けずに生きてきたとは考えづらいです。

それなのに、日本愛する人を貶めたり、最低な国だ、なんて言うなら、そこまで言うなら別の国で暮せば良い。と言われて当然ですよね。

仮にあなた日本という国に虐げられてきたと感じていたとしても、いつまでも文句を言ってないで他の国に逃げたら、としか言いようがありません。日本は少なくともそれができない国ではありません。

それができない国もこの世界には存在します。そんな国は、“毒国”と言われてもしょうがいかもしれません。

なにより国は親ではありません。あなたは国の構成員で、国の行うことの責任の一端はあなたにもあります自分たちの力で国自体を変えていくことができます

そのことを自覚せずに文句ばかり言っているとしたら、国を愛する、と言う人よりもすこし子供っぽく見えるかもしれませんね。

2018-06-02

親ってすごい

毎日ご飯を作り

赤ん坊の頃から変わらず欠かさず毎日面倒を見てくれ

家を清潔に保ち

働いたお金を、自分ではなく家族還元する

そして津軽海峡を隔てた遠くの地へと進学した子に、仕送りという形でまだ面倒を見てくれる

という有り難みを親元を離れてから初めて感じるようになってきた

時間お金もどうしてこんなに割いてくれるんだろう

私は親のために何も犠牲にしてきてないのに

己の娯楽のためにしかバイトしてないのに

なんか少し悲しくなってきた

2018-06-01

anond:20180601143040

大学からは、一人暮らし家賃生活費授業料仕送り

結婚したらお式の費用も親もちって話もよくきくし、

車の免許はたいがい大学夏休みにとるので親持ちの場合が多いし。

子供さんとずーっと同居の人なんてそうそういらっしゃらない感じだけど。

Uターンして親御さんの近くに住む子持ちさんに優遇とかやってるけど

子供がたくさんいた家庭も、独居老人多い。

社会人まで育て上げた時点でもう家が20年以上経ってるし。

子供を育てる喜びより、子供に不足なく育てあげる経済力覚悟のほうが必要な気がする。

まれた時点で、親としての責任ずーん、って感じ。

もちろん素晴らしい事。

尊いと思います。親としての人生

子供=素敵なイベントを運んでくる、という発想に違和感あったのであえて書かせていただきました。

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