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2017-06-17

ミカミカクってマンガ知ってる?

モノを食べる必要がない異星人のクミカが、

初めて食べ物を食べて感動するって話なんだけど、

そもそもその異星人の星では、食べ物を食べるって超贅沢なわけ

んで、クミカ実家貧乏から実家仕送りするために

地球出稼ぎをしてるんだけど

周囲がクミカに飯を食わせようとする

 

 

もうグルメマンガから仕方ないけど

でもこれ周囲が超余計なお世話じゃね?

貧乏人に贅沢覚えさせて

贅沢なしで生きていけなくさせるって

マンガ買ったはいいけど

抵抗感がすごくて読むの辛い

2017-06-14

なぜ私は彼女ではないのだろう?

※この増田創作です。

私には憧れの女性がいる。彼女仕事が出来て、学があり、身なりもきちんとしている、ものすごく立派なキャリアウーマンだ。

一方の私は、仕事普通で、学もなく、身なりは気をつけているけれどもブランド物の服は持っていない。

時々思う。なぜ、私は彼女ではないのだろう?と。

私は貧しい家に生まれた。うちは貧乏なんだから我慢しなさい、と物心ついた頃からいつも口すっぱく言われていた。

ご飯は少なく、着るものも誰かのお古で、本を買ってもらうのは絵空事しかなかった。

そんな私だけれど、小さなからとある夢を持っていた。

それは、都会の大きなビルバリバリ働く女性になって、一生仕事を続けるんだ、という夢だ。

田舎に生まれた私にとって、大きなビル摩天楼、そこで働く人は天上人のようだったのだ。

けれども、そんな夢を叶えるには何が必要なのか、私にはわかっていなかった。

私の学校の成績は悪かった。両親から勉強しろと言われたことはなかった。そのまま勉強せず、中学同級生ほとんどが進学する地元の不良高校に進学した。

高校では中学からの持ち上がりの友人たちとバカやって楽しく過ごした。

そして就職用の進路指導が始まり先生にどんな仕事がしたいのか訊かれた。

そこで私は、子供の頃からの夢を語った。都会に出て、大きなビルバリバリ働ける仕事がいい、と。

私はその夢を非現実的ものだとは思っていなかった。高校卒業したら働くというのは私にとっての現実だったし、ならば都会のビルキャリアウーマンになるのがいいと思っていた。

しかし、先生の反応はいものではなかった。

お前の成績で大学に行くのは無理だ、と言われて混乱した。

私は大学に行きたいんじゃなくて働きたいのに、なぜ大学のことを言われるのかわからなかった。

そう言ったら先生は、なんだか可哀想ものを見るような目でこちらを見て来た。

そしてこう言ったのだ。

「都会の大きなビルキャリアウーマンになりたいんだったら、勉強をしていい大学に行かないと無理なんだよ」

と。

私はその言葉ものすごくショックを受けた。そんなこと、誰も教えてくれなかった。

私の夢は働くことで、そりゃお医者さんや先生になるには勉強をしなくちゃいけないけど、そういう特別仕事以外は普通にしていれば成れるものだと思っていた。就職をする段階で、普通に都会の大きなビル会社を選べばいいだけだと思っていたのだ。

家に帰ってから、そのショックを素直に両親に話した。そうしたら両親はこう言った。大学に行かせるようなお金はない、働くなら都会の大きなビルじゃなくてもいいじゃないか、と。

一旦はその言葉に納得して布団に入った。けれども、どんどん納得しきれない思いが生まれて来た。小さなからの夢がこんなことで叶わなくなってしまうのは許せない、そう思った。

誰も教えてくれなかった、誰も学歴必要だなんて教えてくれなかった、学歴なんて意味がないという言葉は嘘だった。

からその翌日から、私は大学を目指すことにした。

幸い高校に入ってからバイトして貯めたお金がそこそこあったから、入学代にはなりそうだった。後の学費バイト奨学金でなんとかすればいい。

そして猛勉強を始めた。進路指導先生は親切で、今まで勉強をしてこなかったバカ自分に、たくさん勉強を教えてくれた。どのくらいの大学に入れたら大きな会社に入れるかの相談にも乗ってもらった。その大学に入るには、何を勉強するのが効率がいいのかも教えてもらって、私は言われたことをひたすら勉強した。

その猛勉強甲斐があってか、奇跡的に現役で大学に受かった。うちの高校では、このくらいの大学に入るのは数十年ぶりのことらしかった。

とにかく嬉しかった。あとは無事に大学卒業すればいいだけのはずだった。

両親が言っていた、大学に行かせるようなお金はない、というのは本当のことだった。だから奨学金に申し込み、バイトをいくつか掛け持ちして、なんとか大学に通っていた。

でも、大学に入ってとてもびっくりしたのは、周りの人がとてもお金持ちばかりに見えることだった。

身なりがきちんとしていて、親から仕送りをもらって、学費も払ってもらってる。

子供の頃、親に「うちは貧乏だ」と言い含められてもどこか信じていなかったが、大学同級生達を見ると、その言葉が本当だったのだと思い知らされた。

特に学祭ミスコンに出ていた同級生はとてもキラキラして見えた。

私はこんなに苦労しているのに、この差は一体なんなんだろう?そう思うと勉強もあまり手につかず、私はどんどんひがんでいった。

そんなある日、事件が起こった。バイト結構大きな怪我をしてしまったのだ。大学は休学せざるを得なくなった。

それだけで詰んだ

大学は休学するのであっても学費の納入が必要だ。でも、怪我のせいでバイトはいけない。奨学金も休学中には出ない。

から、退学せざるを得なかった。

後には、奨学金という名の借金と、叶わなくなった夢のカケラけが残った。

怪我が治っても、私は無気力だった。今まで一体なんのために、そんな思いが心を支配していた。

けれども、奨学金の返済日という現実は毎月やってくる。

から、とりあえず誰にでもできそうな仕事適当に見つけた。そして毎日仕事と、毎月の返済日には虚しくなるのを繰り返していた。

しかしそんな仕事も、運悪く会社経営的に傾き、解雇された。

次の仕事は、配送関係仕事だ。

大きなビルメール室を回って、荷物の授受をするのが仕事になった。

子供の頃に憧れた都会の大きなビルに足を踏み入れる機会をついに持った、と思いはしたが、それを無邪気には喜べないくらい私は消耗していた。

それに実際仕事を始めて見ると、配送屋というのは大きなビルの裏口から出入りさせられるのだ。

でもある日、私は再会してしまった。

大きな封筒を持って慌ててメール室に飛び込んできた女性は、大学時代ミスコンに出ていた同級生だったのだ。

彼女は、もう帰ろうとしていた私に、これもお願いします、と大きな封筒差し出してきた。

私の顔は覚えていなかったらしく、それだけで去って行った。

私は思わず、私はその会社メール室の人に、今の〇〇さんですよね?と訊いていた。

メール室の人は、よく知ってるね、優秀なので有名な人だよ、と答えてくれた。

どこで知ったの?と訊き返されたけれど、昔遊びに行った学祭ミスコンに出てて綺麗だったから覚えてた、とだけ答えた。

同じ大学にいたんだ、とは、なぜか言えなかった。

ビルから出るとき普段はしないけれども正面口にちょっと回って、ガラス張りの高いビルを見上げた。

これは子供の頃に夢見ていていた大きなビルのものだ。そこで彼女はどんなふうに働いているのだろう?私が夢見た通りに働いているのだろうか?

そして考える。なぜ私は彼女ではないのだろう?と。

最初から何もかも違っていたとは思う。それでもいっとき肩を並べたはずなのに、またこうして何もかも違ってしまった。

でも、最初から何もかも違っていたのはただの運の問題ではないのか?

私が彼女で、彼女が私という世界もきっとあったはずなんだ。

けれどもそうはならなかった。そうはならなかったんだよ。

2017-06-11

http://anond.hatelabo.jp/20170610102357

分かる。自分もそういう気持ちを持っている。でもそういう嫌いと思う気持ちが救われることは自分が生きている間は来ないとも思っている。生まれてくる時代が300年早かったか、生まれてくる星を間違えた。

あと、元増田は違うかもしれないけど、自分場合自分の現状が酷いので、何も考えてなさそうな人たちは何も考えていなくても自分より恵まれ人生をのほほんと送っているんだろうな羨ましいなみたいな嫉妬感情も持っている。

また同時に、中学生だった頃スーパーファミコンドラクエ3リメイクが出て最初勇者性格頭脳明晰になった時に言われた内容が脳裏をよぎったりもする。⇒http://anond.hatelabo.jp/20080926094443

神経質な自分改善できるなら、そっちの方が手っ取り早い。その余地自分場合は、まだある。

  • 奥歯の詰め物が取れた虫歯(×3)を放置
  • 狭い部屋を広く使うために買ったセミシングルの折りたたみベッドは色んな所が曲がっていて、これで寝るのは明らかに体に良くない。酷い時は3時間で体が痛くて目が覚める。
  • 月給18万(これでも昇給した。昨年度は16万)。会社保険料を半分負担してくれないから実質はもっと低賃金。週休一日。
  • ちなみに自分同性愛者で普段それを隠していることも不幸だと思っているけど、これは変えられそうにない。

など。こんな現状に陥っているのは自業自得なところも多分にある。沢山ある中から一つ挙げると、去年まで酒飲みの誘いにはなるべく断らないでいたか貯金はできなかった。他は惨めすぎてここにすら書けない。

去年の10月から500円玉貯金を始めたり、会社弁当を持参するようになったり(これは今はサボってるけど)、今年は一年禁酒宣言したりして、たぶん来月末には500円玉10万円貯まる貯金箱を満たしそうである。一時期は年金も滞納しがちで郵便受けピンクの紙で警告が来たりしていた。その頃よりはだいぶ回復した。

10万円貯まったら寝具を一式新調する。敷布団?にも穴が開いて綿が露出していたり酷い。その後は歯医者に通う。16年使っている冷蔵庫が壊れなければいいのだが。

その後はこれを書いているPC(Windows XP)を買い換える。普通にインターネット使うのも罪悪感あるし、一応会社ではWeb制作をやるので、色々試してみたいことがある。自分含め、会社技術レベルが低い。バージョン管理ファイル名でやって全部FTPでやるし。レビューとかテストとか何それ?みたいな。元々趣味Web制作やってたけど、4年以上やってる仕事を通して趣味以上にレベルが上がったみたいなのが、期待していたのと比べると遥かに少ない。レベルが低すぎて恥ずかしくて転職活動もできない。

実家にいる両親のことも気がかり。親戚関係が全く無ければ貧乏でも不健康でもレベルが低くても困るのは自分だけだから、もうちょっと気楽に生きれるのに。両親がいるうちは間違っても自殺だけはしないとは思っているので、仕送りもせず帰省した時に逆に小遣い貰うダメな息子だけどそれでなんとか許してほしい。

あとこれも自分改善余地かもしれないけど、怒りを感じたときに、自分の歩く姿勢自分の呼吸に意識を持っていくようにしている。猫背になっていたり口呼吸になっていたりする。天気が良いときは空の青さに注目するのもいい。オカルトめいているけど、街路樹テレパシー愚痴ってみるのも最近試している。万が一植物意識があってフィンドホーンみたいな奇跡があるなら助けてもらえるかもみたいな妄想をしつつ。植物的には自分みたいな腹黒い人間は嫌いなのかもしれないが。

2017-06-08

貧乏人には死を

私の家はとても貧乏です。実家と呼べるところは田舎にある2DKの家賃3万のアパート母子家庭で親の収入が年300万のよくある貧困家庭でした。

幸いにも大学は毎年授業料免除(免除されなかったら即大学という条件)と奨学金により満足に学ぶことができました。中高くらいまでは自分の家庭状況をあまり理解してませんでした。自分普通大学に行き、普通会社に勤めるのかと思ってました。

大学に入り地元以外の人と話すことが多くなりやっと自分の家庭状況が理解できました。まず仕送りを貰ってない人が居ない、しかもみんな家賃とは別に仕送りを貰ってる、3分の1くらいは車を持ってる。そりゃ、世帯収入が5,6倍(800万のダブルインカム)離れてればその通りだなと思います

また年300万を稼ぐのは簡単で、大学卒業する頃にはアルバイト研究費で親と同じくらいの収入になりました。そして社会人一年目にして親の年収の倍になってしまいました。

社会人一年目になったと同時に親は会社疲れたといい、退職してしまいました。そこから仕送り始まったのです。最初は貯蓄があるようで月3万でした、次の年から月6万でした。年金はもらってるようですが、厚生年金の月4万のみです。65になるともらえる国民年金になると月10万になる様なので少し減らせるみたいでした。

年収600万もらってる人ならわかると思いますが、月6万は相当きついです。しか職場都内にあるため、生活費を削るため遠方に住み毎日人権がない電車通勤を強いられます。私も親を見捨て他の同期のように海外旅行に行ったり少し高額な趣味に走りたいとは思いましたが、そこまで非人間的に離れませんでした。ちなみに奨学金の返済も別途月2万あるため貯蓄なんてできません。大学の頃の貯蓄を削ってます

ここから脱出するには、年収を上げるか65になり年金が増額されるのを待つか親が死ぬのを待つかです。もし私が年収300万程度の稼ぎしかなかったと想像するとゾッとします。

どうか私のために私の親を殺してください。

2017-05-17

一人暮らししたい

現在就活

就職を機に家を出たい

特に家庭環境に不満があるわけでもないが自立したい

母親は割と古い考え方だから嫁入り前の女の子一人暮らしなんて!って言いそう

父親理屈っぽいから、理不尽な反対はしないだろうけど、高い家賃払ってまで一人暮らしする理由説明できないと許してくれないか

実家東京郊外都心には割とアクセスいか新宿勤務とかになると家を出るメリットなくて説き伏せられる気がしない

実家から通えるのに一人暮らししたら仕送りは出してくれなさそう。それは別にいいけど

全国転勤ある会社とかに入りたいけど無能から大手は難しい

地方会社ってのもアリかなとは思ったけど、一生地方ってのはちょっとな…縁もゆかりもない地方に居着くのは結構大変な気がする

就活中旬のこの時期に考えるのは遅すぎるんだけどね

今受けてる会社は、新宿本社のみで異動なしとかばかりだから、このままだと結婚まで実家暮らしになりかねなくて危機感がある

しろ実家暮らしのせいで婚期が遠のきそう

生活力をつけたい

http://anond.hatelabo.jp/20170517133542

どう過剰なんだ?首相以上の重責おってて自由は無いぞ。

生活支えてあげても良いじゃないか

嫁いだ一族未来永劫仕送りとかしてるならその通りだけど、戦後は無いでしょ

2017-05-07

自分はまだましだと下を見て安心してしま自分が嫌になる

FGOで5万円(今回計15万円)つぎ込んで当たりが出ず消費者庁に連絡しようと言った人が叩かれて取り下げる

https://togetter.com/li/1108014

こういうガチャに何万円つぎ込んだとかいう人を見て

自分は親に何万円仕送りしてるから自分の方がマシだ」

安心してしま自分が嫌になる。

別に彼らは書いてないだけで、他に寄付だのなんだのしてるかもしれないし、

そもそも金額を比べるようなものでもないのに。

何だかんだ言いつつ、今年のGW帰省して親に5万円渡してきた。

2017-04-23

高校入学直後に死んでおけばよかった

多分、ネットで何万回と繰り返されてきた話。

22歳、男性無職正社員歴無し、童貞

毎日ネットで誰かを攻撃して留飲をさげるだけの人生を送っている。自殺したいが、する勇気もない。

そんな人間が己の人生を振り返ります


小学校中学校では「神童」と呼ばれた。勉強ほとんどした記憶がない。でもテストはいつもほぼ満点だった。クラスの他の奴が100点を取れない理由が、当時は本気で理解できなかった。

高校県内一の進学校に行く事にした。さすがに塾には通ったが、似たような問題を反復練習して精度を上げるだけだった。入試問題はあっけない程に簡単で、合格通知が届いても特に感慨もなく、淡々入学手続きを済ませた。

私はこんなだったが、両親、特に母親は喜んでくれた。両親は2人とも学がなく、特に母親小学校すら満足に通っていない。私が幼い頃から、「人の2倍給料が欲しいなら、人の2倍働くしかない」が両親の口癖だった。

おかげで物心ついた頃にはいつも家にひとりでいた。両親は昼も夜も働いていた。土日も働いていた。たまに日曜日の晩に家族揃って晩御飯が食べられる時があるが、私はそれが何よりも楽しみだった。

そんな母親から高校合格した時には、ご近所に「○○高校になんとか受かりまして…。」と吹聴しまくっていた。私はそれが大層恥ずかしかったが、母にとっては自慢の息子だったのだろう、私が「あまり自慢するのはやめてくれ」とせがんでも、静かになる様子は一向になかった。

だが、テンプレ通り、私は高校でアッサリと堕落する。周囲は本物の天才揃いで、しか努力家が圧倒的多数だった。他校の授業は受けた事がないので一概に比較もできないが、通っていた高校の授業内容もかなり独特だったらしく、授業はかなりハードだった。

中学までの学習貯金はアッサリ底をつき、1学期の中間テストで壊滅的な点数を取った時、自分は選ばれた人間ではない事を知った。

そこからは早かった。学校には出席日数ギリギリしかわず、あとはバイト三昧の学生生活だった。バイトで稼いだカネはほとんどゲーセンで使った。高校までロクに遊びを知らなかった人間が「遊び」にハマった時の行動は極端で、学校よりも自宅よりも、駅前ゲーセンにいる時間の方が長かった。

さすがにこれじゃいかんと高校3年の時に慌てて勉強を始めたが、当然の事ながら宮廷だの地底だのといった大学には引っかかる事もなく、東京の某大に受かるのが精一杯だった。

この時に何か思うところがあれば、私は変われていたのだろう。だが皆さんのご想像通り、私は変わることができなかった。だからこんな文章をダラダラとタイプしている。

大学に入ると、当然一人暮らしになる。東京大学に入ったんだから、当然そうなる。私のような人間一人暮らしをするとどうなるか。答えは簡単だ。大学に行かなくなる。

起きたらバイトゲーセン大学に行くのはたまにである。その「たまに」が起こって大学に行ったとしても、サークル棟の奴らとダベって終わりである単位は3つぐらいしか取ってないんじゃないだろか。結局、大学は1年休学した後に辞めた。

大学を辞める時、母親に連絡しようか迷った。私は休学している事も告げず、毎月毎月仕送りを受け取り、盆も正月も帰らなかった。休学中も仕送りを受け取るのは心苦しかったが、都会の誘惑に負けた。しかし、さすがに大学を辞めるとなると連絡をしない訳にもいかない。

もしもし?俺だけど、働くことにした。」

大学のみんなと会社を立ち上げる事にしたんだ」

「だからもう、仕送りはいいよ。」

「今までありがとう。」

正直、会話の内容はあまり覚えていない。嘘と見栄と虚飾で糊塗した言葉をひたすら吐き出して、仕送りはもういいと言って一方的電話を切ったような記憶しか残っていない。

大学を辞めても、特に何も変わらなかった。休学中から特にやる事も変わらず、バイトゲーセンに通うだけの人生

いつしかインターネットで誰かを攻撃する時間が増えた。会った事もない、話したこともない、顔も知らない人間が、twitter失言する。ブログ炎上する。そんな人間を、自宅のPCから延々と責めたてる時間が増えた。「叩いてもいい」人間が目の前にいて、圧倒的正しさをもって思う存分叩ける。叩いている時は快感だった。自分正義執行であることに酔った。当初は目についた炎上案件を叩いていたが、叩く対象を探すようになり、失言文句暴言呪詛をすすんで検索するようになった。

見つけた後は、すぐに騒ぎ立てずに、対象個人情報収集にはげんだ。twitterfacebookなどの交友関係から年齢や地元を割り出し、実家写真などをgoogleマップキャプチャする。twitterなら鍵垢になってもいいようにフォローも飛ばす。フォローされやすいように、常時40個前後アカウント管理していた。様々な大学企業趣味嗜好についてのアカウント作成し、1日1回はアカウントに沿った内容で何か呟く。そうやって「育てた」アカウント対象に滑り込ませ、まんまとフォローされてから炎上→鍵付きとなったアカウント情報キャプチャで取得し、ネット拡散する瞬間には無上の快感があった。

そんな生活も2年近く続けてきたある日、実家から荷物が届いた。食べ物だった。段ボールの蓋だけ開けて放置していたが、翌日に母親から電話がかかってきた。「ご飯は食べているか」「元気でやっているか」「たまには帰って来いよ」基本的母親電話上の発言はこの3パターンしかない。なのでいつもは会話もそこそこに電話を切るのだが、この日の母親は違っていた。いつも通りの居心地が悪くなる会話を終わらせようとすると、ふいに

食べ物だけじゃなくて、少しお金も入れといたから、たまには彼女とおいしいものを食べてね。」

「いつ帰ってきてもいいんだからね」

「じゃあね。まだ寒いかも知れんから、温かくして寝るんだよ」

と言って、最後に「おやすみ」と言って、母は電話を切った。

母親から電話を切ったのは、今のところ、この時が最初最後だ。

すぐに箱の中身を確認すると、底の方に封筒が入っていた。中には20万円入っていた。


私は封筒を握りしめて嗚咽した。何もしていない、何もしていない、何もしていない。なんの努力もせずに、ダラダラと時間無駄に過ごし、他人攻撃ばかりしている。こんな何もしていない人間に、生きている価値があるのだろうか。これから何かを成し遂げる気概があるのだろうか。

消えてしまいたい。そう思ったが、自殺する勇気もない。だいたい、自殺できる人間は「自殺する」と強く願って成就しており、私のようにネットでダラダラと「死にたい」「自殺したい」と言っている人間自殺しない。

高校の頃に交通事故か何かで死んでおけば、将来有望若い命として、両親に多額のカネを残すことができた。「惜しい人を亡くした」と皆に同情してもらえた。ところが今はどうだ。今死んだところで、正社員でもない、学歴もない、才能もない。葬式を開いても誰も来ない。働きもせず、ネットで誰かをいびり、母親にお情けの仕送りを送ってもらう。そんな人生になんの意味がある?

特にオチもないが、私の自分語りはこれでおしまいである荷物が届いたのが数日前、それからバイトに行く元気もなく、体調不良と言って休んでいる。遠からずクビになるだろう。

できれば私はどうするべきなのか、教えてほしい。

追記:cj3029412 様、idコールするのも恥ずかしいので追記にて失礼します。食事のお誘い、本当にありがとうございますインターネットの優しさを感じました。しかしながら、GW実家に帰り、両親と今後についてきちんと会話する事になりました。まだ何もしていませんが、少しだけ前に進めたような気がします。これもcj3029412様、トラバブコメを頂いた方々のおかげと思っておりますありがとうございました。

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170409000604

返信が遅くなりましたが。

整理して書けなくて悪いのですが。書きながら順番が前後しました。

まず、質問にお答えしてみます

適応障害で療養してたとのことだけど、今は働けるぐらいに回復したの?

通ってる心療内科先生は、働けるって許可を出してくれてるの?

一応、先生病院ケースワーカーさんへは伝えています

特に問題はないようです。

去年の11月から、月に1-3回、一回につき2.5時間-5時間のペースでイベント会社アルバイトしていました。(ただ、3月までやってみて、そのイベント会社は、もう辞めた方が精神衛生上いかなと、という風に感じています。)

また、週3程度の職への応募も先月から始めていますが、ストップは掛かっていません。

4月から新たに、軽作業バイトに切り替えて、先日1日働いてきました。

それほど、職場環境が悪くなかったので、前向きな気持ちになれました。

  

私としても、「最初は無理にでもやろう」という気持ちと「悪化するのが最悪、何の為に療養してきたのか?」という両方の気持ちがあります

じゃあどうするのか?っていうと、まず考えられるのは生活保護

年金暮らし親族母親から、去年の秋より送金をしてもらっています

ただ、月々の健康保険料や家賃光熱費通信費仕送りの8割ぐらいが経費として出ています。それまでは、幾らか手元にある貯金を崩したり、なんだかんだで、なんとかなったのですが。

親にも呆れられていて、もう、お金送らないから、下旬まで耐えなさいって言われているところです。

→いまここ。ここの部分を切り取って、書いたのが元増田の状況です。

仕送りのある今月の下旬まで、どうやってバイトをこなして過ごそうか」という状況です。

なので、私に必要なのは家計管理というか、きちんと身の丈に合った生活を送るということなのでしょう。

家計簿をつけるとか。節約のために、安価栄養の良い調理方法を身につけるとか、スーパーは割引の時間帯を狙うとか。

ここ1年半程は、生きる気力がなかったです。

仕事を休む・辞めるとか、言うときも、自殺願望というのですか。未遂まではしていませんので、さほど重症ではないのかもしれません。

通院を真面目にやってさえいればなんとか、なるのかな、ぐらいに2年前には考えていました。

制度の利用については、先月まで傷病手当受給していました。

職場を辞めた後、一月以内にハローワークで、手続きを行えば、失業手当の受給資格の延長が出来たようなのですが、もう、1年半が過ぎました。自分でも治療にこれだけの期間を要するとは、夢にも考えていませんでした。)



働くってのは凄くエネルギーのいることだから、体調が悪化するリスクもある。

このリスク私も、充分に承知しています

寄り添う形で、コメント頂いて助かります

  

以下、余談になるかもしれませんが。

制度の利用について。

2年ほどから自立支援医療(精神通院医療)の適応は受けています

役所福祉担当者から、その手続きをする際に、

増田さんは、精神医療への通院実績が1年あり、休職もされているので障害手帳等級で言えば3級への申請が出来ますよ』

と言われたことがあります

私としては、ショックを受けたという体験しました。

心が動揺してましたし、医師には眠れなくて辛いとか、仕事への意欲が出ないという症状は訴えていたのですが。

私の心情としても、生活保護申請に当たって、色々と話を聞かれたりするのも、辛い面があります

2017-04-07

仕送り8万5000円はキツイと思う・・・

首都圏私立大学下宿生の平均仕送り額が8万5000円らしいが、これで生活するのは相当キツそうだ。

家賃でまず5万円くらいはなくなると、3万くらしか残らん。。

スマホも当然持っているだろうからそこから1万くらいは飛んでいくし。

自分は親が裕福だったこともあり、仕送り17万円貰っていた(家賃込)。

おかげでアルバイト殆どしなくて済んだけど、別に贅沢三昧が出来るような感じではなかったし、

ちょっと遊ぶだけですぐに金欠になってしまった記憶がある。

学生アルバイトだと時給1000円くらいだから月5万円稼ぐには50時間くらい働かないといけない。

結構時間生活していくために使わなければいけないのかな。

地方から東京私立大学に行けるだけでもそこそこ余裕のある家庭じゃないと無理だと思っていたけど、そんなに余裕は無さそうだ。

「金はないが時間がある」のが大学生だと思っていたけど、「金も時間も無い」のが今の大学生なのか・・・

2017-04-05

溢れる涙とこれから

「ど、どうしたの!?

前の席に座ってる先輩が驚いている。

自分の頬を涙が伝うのがわかった。

ただパソコンに向かって仕事をしていただけなのに、涙が溢れるように出てきた。

この出来事半年前、俺は新しい部署に異動してきた。

それまでやっていた仕事とは全く違う仕事をすることになり、

自分には合わないな…大丈夫かな…」という気持ちが強かった。

だけども、なんの能力もない俺は割り当てられた仕事をこなすしかなかった。

仕事自体への不適応感があったのと同時に、

新しい上司への拒否感も強かった。

でも自分に言い聞かせてた。

大丈夫大丈夫」「仕事たーのしー!」

上司とも先輩ともうまくいってないけど、たーのしー!」

本心ではそう思っていないけど、何とかそう自分に言い聞かせて、

毎日を乗り切れるように精神を保とうとしていた。

休みの日には仕事のことを考えずに好きなことをして、

仕事が終わったら頑張って気分転換をしようとしていた。

俺の趣味銭湯へ行くことだ。

近所の古い銭湯へ行って、大きな湯船に浸かるのが至福の時だった。

普段銭湯へ行くのも月に2回とか3回に抑えていたんだけど、

頑張って気分転換をしなければと思っていた時はほぼ毎日仕事終わりに銭湯に駆け込んでいた。

銭湯通いが1ヶ月を超えたある日、通勤電車の中で泣いていた。

泣くというよりも涙が溢れてた。

周りに必死に気づかれないように涙を拭き、会社へ向かった。

その次の日には会社から数百メートルのとこで佇んでいた。

会社へ行く気になれなくて、しばらくベンチで腰を落ち着け

涙を流し、缶コーヒーを流し込んで、会社へ向かった。

その次の日は、そう、冒頭の日だ。

このままではいけないと心療内科電話をかけまくった。

どこも予約がいっぱいだそうだ…。

一週間後、二週間後、果ては一ヶ月後なら空いてますよ、と。

日本、どうなってんだよ、大丈夫かよ。

そうして何軒も連絡した後にようやく診てくれるところが見つかった。

俺はどうやらうつ病になってしまったらしい。

会社は休むことになった。休職かいうのだろうか。

会社を休んでも心は晴れたり、曇ったり、

はたまた土砂降りだったりする。

頑張ろうと思えた次の日に、「…死ぬか」と思っていたりする。

これからどうなるかはわからない。

いつ復帰できるかもわからない。

仕事を続けられるかもわからない。

でも幸せになりたいなぁって思うんだ。

母親仕送り続けたいなぁって思うんだ。

母親をこれから先も旅行に連れてってやりたいなぁって思うんだ。

でも、もう…限界なのかなとも思うんだ。

2017-03-28

知人のこどもが有名私立中に受かった話を聞いて

去年の春休みに丸丸さんのこどもが塾に通ってたのは知ってた。中受したのかな、とは思ってた。

丸丸さんは会社の上の方の管理職で奥さん専業主婦

今日、丸丸さんと久々にばったり会って、お子さん元気?という話になり、

かなり上位の私立中合格したという話をきいて、さすが丸丸さんの子だなと思った。

お金だけじゃなくて素質もあったろうが、色々持ってる人のところに生まれたこどもはもつように育っていくのかなと思った。

自分の子供の勉強は気になるけど、夫婦とも忙しすぎて

正直物理的に向き合える時間は少なく、子の成績はいまいち。

老親への仕送りなどもあり経済的には余裕なく、私立中なんて子の成績はもとより金時間の面からして無理。

公立バンザイ

ただもうちょっとこどもと向き合った時間を増やした方がいいよなと思った。

そんな丸丸さんの話をきいた後に、

外国人だけど働けなくなって生保を受けてる話(池上さんの番組)を思い出したり、ネット貧困家庭の話を読んだりするとやるせない。

丸丸さんは何にも悪いことしてないし、税金もたくさん払ってるだろう。

丸丸さんは決して悪くない。でも貧乏な人は自業自得なのか。

8億円値引きとか将来負の遺産になるオリンピック施設つくるとか

そういうことしなきゃ救われるこどもが何人いるんだろうか。

保育園はたらないままだし、国民のことをよくしたい熱にあふれた政治家はいないのか。

2017-03-27

anond:20170325194531

友達上級家庭育ちで上京した大学生、俺は貧乏育ちの高卒ワープア

あっちは実家から送られた仕送りでやり繰りしてて火の車、それに比べたらまだ余裕がある

よく金があっていいな、と言われるけど企業に入ったら大卒高卒なんてすぐ年収が逆転する

金だけが友達のつながりじゃないし、増田の話は極端すぎるとは思うが

年収が変われば環境が変わりワープア特有の悩み、高年収特有の悩みを持ってくうちにすれ違いが起きることは否定できない

ワープアだけど仕事相手に現役並み所得者のじいさんばあさんが良く来るから知ってるが話す内容が年金暮らし高齢者世界が違い過ぎる

2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-15

http://anond.hatelabo.jp/20170315123630

大学生の財力なんざ、学費生活費自分で出してる人から

実家近いのに別にマンション買って貰って仕送りたっぷり不自由無しなんて人までいるわけで

好きにすれば

医療関係者放射線技師じゃなくてレントゲン技師と書く人、初めて見た

2017-03-07

弟が嫌い

弟が嫌いだ。

まれた時からなんとも言えず弟のことが嫌いだ。

大きな理由は無いが、強いていうならば、

ちょっと鼻にかかった声が嫌いだ。

くせげっぽいカールした髪の毛も嫌いだ。

いつもお小遣いがもらえる前に使い切って、母にお小遣いたかる弟が嫌いだ。

スキー家族へ行った時、弟のはいているスキー板の色も嫌いだった。

おにぎりの好きな具が、シーチキンマヨの弟が嫌いだ。

お兄ちゃん大好きといってくるあざとい弟が嫌いだ。

私立中学校受験した弟が嫌いだ。

その私立中学を不合格になって、ろくに勉強もしてこなかったのにワンワンと親の前で泣く姿が嫌いだ。

地元公立高校へ進学した時に、たいした学校でもないのに、浮かれて線路に寝転がった自分の姿を撮影していた弟が嫌いだ。

大学には国立を目指すといいながら2浪して、東京の私学へいった弟が嫌いだ。

大学にも結局ろくにかよわず6年目に中退した弟が嫌いだ。

中退後に家にはかえってこず、仕送り引きこもりのような生活を3年続けていた弟が嫌いだ。

小説家になるといって、何一つ作品をつくれない弟が嫌いだ。

家にかえってから引きこもりのような生活を続けている弟が嫌いだ。

帰ってきてから10年も引きこもっている弟が嫌いだ。

親の葬式にも部屋から出てこなかった弟が嫌いだ。

壁をカリカリカリカリ音をたててくる弟が嫌いだ。

時々ガサガサガサガサと音をたててくる弟が嫌いだ。

寝ている時に、顔に油を垂らしても起きない弟が嫌いだ。

お兄ちゃんが目の前で罵っても嫌がらない弟が一番嫌いだ。

2017-03-03

ダメな子ほどカワイイ

うちは片親で、母は女手一つで私達をよくここまで育ててくれたと思う。

その点では尊敬している…というか感謝しているのだけど、

借金しか作らない金食い虫で貧乏神の兄の肩を持つから、本当に嫌気がさす。

うちはさっき言ったように片親で、割りと本気で金がない。

私は、大学に行きたかったけど経済的理由でやっぱり行けなかった。

今思えば、奨学金でもなんでも使ってみれば良かったんだろうけど、当時はそんな考え全然思いつかなかった。

うちは金がないから、とにかく学校は諦めて、さっさと働きに出ないとって、すぐ諦めたのがいけなかったのかな。

まぁいいや。

でも、兄は専門学校に行ってる。親の金で。そのせいでうちには余計金がなかった気がする。

親が働いて働いて、年に200万くらいする学費を払ってた。

本当にギリギリになった時、ちょっとから流行ってる「過払い請求」の手続きで、まとまった金が入った。

これで少しは楽になるかなって思ったら、その返ってきた金で母は兄にバイクを買った。

100万だか200万だかするような、何が良いのかわからん煩いバイク

おかしいと思った。

専門学校を出て、兄は仕事のために大阪一人暮らしを始めた。

そこでの仕事を「どうしても苦手な人がいた」という理由で、一日だかひと月だかで辞めた。

母は兄に仕送りをするようになった。

兄はそれでも金が足らなくて、母が買ったバイクを売った。

仕送りをするのにも苦しくなって、結局兄は地元に帰ってきた。

暫くはこっちで仕事してたけど、そのうち彼女妊娠させたとかで結婚した。

まぁ、その結婚は結局、仕事を辞めたかっただけの女に騙されただけで、妊娠もしてなかったし半年離婚したけど。

兄は婚姻中に、女の方が全然働かなかったから、生活費がどうので結局またアホみたいに借金してた。

一人暮らしの期間も含めてたかだか一年とかだし、金の使い方おかしいんだと思う。

母にそこまでの金がないのも分かってたからか、親戚に金を無心しに行って借金が発覚した。

どうにもならなくなり、結局債務整理手続きをして、今も地道に借金返してるらしい。

私は当時、破産をしたという話を聞いていたけど、破産ではなく債務整理だと。

いっそ破産にしてりゃあ今頃もう少しまともだったかもしれないのに。

離婚後、少しして、母に金が勿体無いと説得されて兄は実家へ戻った。

破産したって聞いてた時期に、仕事するにも何するにも車が必要だとかで、以前過払い請求している関係で、もうローンが組めない母に頭を下げられて、私の名前で兄が車を買った。。

私はびた一文払っていないけど、母の負担が増えただけだし、こんなことしなきゃ良かった。

当時は、もう本当に関わりたくない一心で、これで縁を切ってもらうって話だった。

結局縁は切れてない訳だけど。

なんで日本法律って、親兄弟の縁が切れないんだろうね。切りたい。

結局、今は債務整理やら何やらで、月々8万くらい返済を続けているらしいけど、クソみたいな仕事しかしてないせいで母への無心が尽きない。

先日、仕事から帰った母が、仕事に行っている筈の兄が家に居たことに驚き事情を聞くと、2月いっぱいで仕事を辞めたらしかった。

金もないのに。

結局、一時しのぎの為に私名義で買った車も売られた。

300万したのに。50万にもならなかった。買ってまだ2年?3年経ってないくらいだと思う。

一回事故ってるから事故車扱いで価格が低いとかそういう話されたけど、絶対もうちょっと頑張って探せば値は上がったと思う。

本当に悔しい。

こんなのと血が繋がってることが悔しい。

母は「もうお金はない」って言いながら、兄への援助をやめない。

何年もやめない。

自分の息子だから」と借金の肩代わりもやめない。

もう手を切れって言っても、見捨てない。鬼にもならない。

そのために、あなたは娘と絶縁する事になるのに。

将来、あなたの面倒なんか絶対見れないようなクズのために、定年まで、定年しても働き続けるんだね。

私は、もうすぐ地元を離れる。友人は寂しがっているけど、もうこの家に関わっていたくない。

親戚へも誰にも行き先を告げるつもりはないし、もう二度と連絡も取らないつもり。

金を搾取され続けるのは、もうこりごり。

どうして母も、親戚も、あんクズ大事にしたがるんだろう。

どうしてあいつにばっかり金かけるんだろう。

2017-02-25

何も出来なくて大変な事になりそう

携帯の電源が入らなくなったかauショップに行ったら代替機なので借りたお店ではないと修理出来ないと言われた。

そういえばこれ代用機だった。もう3年くらい借りっぱなし。その代用機を借りたショップに行けない。きっと延滞金ものすごく取られるのだろう。

そもそも引っ越す前に借りたものから返しに行くので高速バスでも2万円くらいかかる。

でも払うお金もない。何もする気が起きなくて、財布の中身は1000円で借金はちょうど30万円。

もう何年も布団を干していないから布団がぺったんこで寝てても疲れが取れないし逆に疲れる。布団を干せない。干す気力がない。

そもそもベッド以外の部屋のスペースはゴミで埋まってるから窓も開けられないし布団を外に出せない。最低限の片づけすら出来ない。

ごはんを炊くことすら出来ない。米は仕送りでもらったのに開けもせずamazonで箱買いしたパックご飯を食べている。

本当なんにもやる気が出ないししんどい。何もしていないのに疲れる。金もない。

知り合いには甘えだと言われたけど否定できないし、でも否定できないけど何もできない。

それを言うとお前それ精神病んで一時期引きこもってた友達に似てるから早いとこ心療内科行ったほうがいいよって言われたけど金もいか病院もいけない。

働く気が起きない。去年一時期だけ元気になって日雇い派遣登録したけど、携帯がぶっ壊れたから仮にやる気が出ても働けない。

どうすればいいのかわからない。とりあえず精神的に、あと何もしてないのになぜが肉体的にもしんどい。辛い。

このまま何もしなかったらどうなるんだろう。大変な事になりそうな気がする。でも何もやる気がしない。ゲームすらも。人にも会いたくない。しんどい

2017-02-17

http://anond.hatelabo.jp/20170217092349

そんな頻繁に両親に自分の子供をみせなきゃならんの?

仕送りとかもらってんの?

2017-02-13

13万仕送り学生の件を見てて、つらい(追記)

地方公立理工だけど

学費も5万近い家賃も含めて12仕送り受けてて

借金バイトを親に認めてもらえず

どうにもならなくて退学して

 

関連記事が出るたびフラッシュバックしてつらい。

バイトできても理工だから時間的にどうせ無理だったんだろうけどさ

 

追記

 ブコメ

 自由な金が月3万あれば暮らせそうなものだけどな。(ただし就活等は除く)/いまなにしてるのか気になる。

 

無理無理

教科書もほしいし服もほしいし

なにより下痢血便が続いても

いくらかかるかわからいか

病院に行けないのがつらかった。

 

やめたあとは働けるところで働くだけで何もいいことはない。

苦しいところから成り上がったみたいなのは表になりやすいけどね。

売春する女子大生

大学学費は高騰し、仕送りは減少している。

女子大生を取り巻く環境は年々悪化しつつあるが、この問題には優れた解決策が存在する。

そう、売春である

女子大生」というブランドだけで、そこそこの顔でも手軽に高時給を得られるのだから売春する女子大生が増えるのも無理のないことだ。

「お父さんが学費を払ってくれないから、代わりに『パパ』に学費を払ってもらいます」(女子大生X)

「まだ処女は残ってるから大丈夫です。はい、この処女は愛しのカレに高値で売るつもりです」(女子大生Y)」

かつては大学に通うために両親が田畑を売っていたが、今では女子大生は自らの身体を売っている。

これは進歩なのだろうか?

2017-02-09

13万の仕送り炎上する理由が分からないし可哀想

13万の仕送り本名晒され炎上した子をすごく気の毒に思う。

23区内で一人暮らしをしてたら家賃だけで7万くらいするだろうし、食費など諸々全て含めて仕送りを月13万もらってる学生はかなりいると思う。そして13万もらってるからと言ってすごい高級なマンションに住んでるとかごちそうを食べてるとかでなく、6畳くらいの狭いワンルームに住んで、コツコツ自炊してるような生活レベルだろうに…

私はほんの数年前大学生だったが周りのリアル金持ちはタワマンとか、一人暮らしなのに2LDKとかに住んでたぞ。そういう明らかな金持ち炎上するならまだしも、都区内ではごくごく平均的な一人暮らしをしてる子が炎上するのは本当に気の毒でならない。

2017-02-08

anond:20170207165933

ちゃうねん。別に13万仕送りもらっている事自体問題があるわけちゃうねん。

13万仕送りもらっていることに突っ込んでるやつもおるけど、本質はそこちゃうねん。

だって別に金持ってるやつ(親)が何使おうが勝手やん。むしろ娘(息子)が学生の本分である学業に専念できんのやったら仕送り結構やん。

Twitter晒し上げられてるやつが叩かれている理由はな「誰にも甘えられない環境に身を置きたかった」って太字で堂々とコメントしてるからやねん。

「13万もろてて、甘えられない環境て。ほんま何を言うとんねんコイツは!」ってことやねん。

まぁ、折角バイトとかせんでもいい、えー環境におんねんから、しっかり勉強しーやー。


P.S.京都の拝観料はほんま高いな。でも、高いだけあってええ庭のある寺が多いわ。

  学割効くところも多いからできるだけ今のうちに行っておいたほうがええで。

東京住んでると月の仕送りが三十万でも足らない

 光熱費ぬきで三十万。

 二週間に一度は飲み会があるからそれで最低6000円。

 大学勉強に使う本(教科書以外)に1万5000円。

 趣味の本に3~5万円。

 食費は週末になんだかんだで計一万は使ってしまうので9万?くらい

 映画を週二本観るので1万2000円。

 暇なときに色んなとこぶらつくのに三万円。


 あれ? なんだかんだ十万くらい残るはずなのに

 なんで毎月全部消えちゃうんだろう?

 よくわからない。

 東京はおそろしいところだべな。 

 

2017-02-07

大学生時代仕送り記憶

13万仕送りで騒いでいるようで。

自分学生の頃というと20年位前になるだろうか。

神奈川某所のひとり暮らし、車持ち。携帯電話保有

この状況で家賃6万位は親払い、食費光熱費もろもろで月初に5万。

以降は金が尽きる度に連絡するシステムで実質上限無かった。

バイト給料も含めると、毎月20万程度は使ってた気がする。

今考えると親の財力スゴイ。実家中流の上、程度かと思ってたがとんでもない。

親となった今の自分子供に対して同じ事言えない。

ありがとう両親。

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