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2018-04-26

自分が変に感情的だったので、自己分析をした。

家庭環境が主な原因だった!!

そりゃそうだ。当たり前。

大学生活で書いてきたもの抜粋した。

書きなぐった物そのままなので、非常に読み辛いけれど、

こんな人間も居るということを、ここに垂れ流しておく。

言いたいことはこの後に書いてあるので、

面倒くさくなったら飛ばしてください。


まれから今まで、直ぐに感情的になる癇癪の権化みたいな姉を持つと、

こういう人間が家庭にいなければ、もっと余裕のある生活を送れたのになあと思ってしまう。

女ばかりの家で、説得しようにも長い話ができず、本当に辛い思いをしたので、上のような性格人間は苦手すぎる。

というか、自分に伝染して変に感情的になってしまった。

本当に家庭は選べねえなあと思った。

仕事漬で鬱になり家にいる父、姉妹の長女で人の話を聞かない割に偉そうにする母、

人間関係がうまく行かなくてストレスが常に溜まり、母とよく衝突する姉。

せめてまともな男がいればなあと思ったが、そういう人間は足早に出ていくもんだろう。

普段は同じ空間にいるだけで、たまに母側の親戚が来る。

高卒姉妹が固まり田舎田舎による超閉鎖的な噂話をする。

何が楽しいのか分からないし、行きたくなかったが、

その場に行かないと飯が出なかったので仕方なく行ってた。

周りのように旅行に連れていけという姉が言う。

金は無いが時間があるので、結局車で大型ショッピングモールに行く。

姉は一時的に満足するが、しばらく経つと金がない、旅行に行きたいと同じように繰り返す。

自分のせいではないものを指摘することで、自分の弱さを隠している。

女の口喧嘩というものは絶えない。

毎日同じようなこと、くだらないようなことを言い合う。

翌日には忘れ、繰り返す。

家に”離れ”というものもなく、この拷問休日もなく毎日浴びせられる。

女の女による感情的な場からは、逃れられなかった。

感情的で閉鎖的な家庭で育ったことが、いか自分精神に影響し、

自分の進路に影響して、今の今まで悩ませていると思うともう嫌になる。

小学校3年までは小説子供向け科学雑誌学校でよく読んでた。

将来の夢は科学者だった。物質が小さい粒のようなものでできていることに感動した。

そんなことを親や先生に言っても取り合ってもらえず、科学者なんて無理と言われた。

から肯定されないし、好きになっても、役立たないものだと思えてきた。

小説も読まなくなった。誰も読まないし、話題にならないからだ。

そして何より現実味がない。あっても雑学程度にしかならないと思えてきた。

感動するものもあったが、自分環境見直しとき絶望感が怖くなった。

誰も何も誰しも自分気持ちなんてわからない。他人理解しようとしない。

そうなった子供はどうするかというと、周りに頑張って迎合しようとする。

文脈が薄い一時的な笑いと理解しつつ、こうしなければ普通になれないと自己暗示をかける。

この頃から訳もわからず泣くようになり、泣き虫扱いされる。

中学まで続けると割と周りが自我が芽生えてきていることに気づく。

自分はどうなったかというと、自己暗示を解けきれなくて、自我が地中に埋まってしまって、

ぼーっとすることが多くなった。何をやっても楽しくない。

小説を読んでいたせいか地頭は少しは良かった。

自分本位の行動なんて肯定された経験がない。夢なんてない。

全てがくだらない。

成人式とき自分宛てに送る手紙は、

絶望的な気持ち査読する先生に気づかれないように書いたのをよく覚えている。

地元工業高校に進むことになった。

何か面白いものを求めていた。

現実から離れられ、実用的な技術を身につけようとした。

でも、周りと馴染めなかった。

勉強も何が面白いのかよくわからなくなった。

資格勉強のような授業。適当に過ごす。

高1の冬、高校を辞めて勉強して大学と親に泣きついても、

何いってんの、うちには金が無い。高校卒業したら働くって行ったでしょ?

人間の考えが変わらないと思いこんでいる親に対しめちゃくちゃ腹を立てる。

勉強をしても大学なんて行けない。大学に行く人間なんて、

自分より頭が良くていい環境で育って塾とか行っている人間なんだろうな。

うちに生まれた時点でそんなものできないことは決まっていたんだ。

満足できない思いを反芻しながら、納得行かない家庭から与えられたことを無理やり正当化しようとする。

そんなことをしながら、何のために勉強しているかからなくなったまま勉強を続け、高3までそれなりの成績をおさめる。

その後突然大学に行きたくなる。少しは希望を持ったらしい。

勉学というよりは社会に出る前に、自由な身と力を手に入れられると思った。

難しい話は通用しないことはわかっていたので、

から出て、高校の延長線上の分野で、大学しかできない勉強をしたいというが、反対される。

金がないから、心配から不景気からあんたのために言ってるから

は?結局オメーの都合だろうよ。俺の何を見てきた?

大学卒業してから年収を見ろと返す。

大卒就職率が低いってニュースでやってたし、高校卒業して安定した職を付けたほうが良いんじゃないと言われる。

お前、45年間、何を見て生きてきた?本当にいってんの?

ニュースで得た情報自分身の回りを見て、適当に集めた情報から意見を言っているだけじゃん!と返す。

めちゃくちゃ怒って、お前は社会の何もわかっていないと返される。

お前じゃい!

その後担任との三者面談をしたり、大学説明会に足を運んだりして、

なんとか格安の寮がある国公立受験することにした。

勉強は続けたが、やはり高1のとき高校をやめればよかったと言う思いが引っかかる。

何より自分大学進学を許した親に対して、姉が私も家を出て学校生活送りたかったと毎日激昂し、

感情的空気ヒートアップしていた。

何をやってんだかわかんなかった。家にいるのは人間じゃないとわかってていても、

ストレスを感じてしまう。

そんな生活を送っている中、父がなんの前触れもなく自殺する。

家に自分と2人で居たときに突然自殺。その第一発見者となる。

もうなんだかよくわからなかった。救急車警察も呼ぶ気になれなかった。

30分ぐらいしてから、ようやく呼ぶ気になる。

パニックと言うか、この状況に対して自分は何を考えているのか、全くわからなくなった。

恨み積もった家庭にどう抵抗してやろうかと思っていた矢先の理解できない死。

もう何がなんだかわかんなかった。

自殺した父に対して、苛立ちが積もりに積もって吐く。血も吐く。

悪気がなく、自然法則のように動く肉親に腹が立って仕方がない。

だんだん気分が落ち込み、抑うつ状態になる。

自分が違うのか?田舎に生まれ自分田舎に埋もれなければいけないのか?

精神科に行ったが本当に自分が何を言っているのかさえわからなかった。

自殺したのはもちろん原因だったが、そればかりを話すだけで、

自分の育ってきた環境問題があることを分析できなかった。

正直父が死ぬ前に、無理やり不登校になって、心療内科に行くべきだった。

もちろん今まで書いてある期間は絶え間ない感情を浴びせられている。

どれもくだらないものだ。居場所もない。捌け口もない。

周りの人間が信頼できないこともあり、相談できないことがどれだけ苦しいか身を持って感じた。

子離れできない親から親離れできない。

何をしたらこ気持ちが収まるかがわからない。

なんとか大学合格し、家から出た。

試験会場でも途中退室したくて仕方なかったことを思い出す。

大学生活は最初から精神を病んでいた。

毎日感情的な刺激を受けてきたせいで、隣の部屋の騒音などの刺激に反応してしまう。

頭の血管が触ってわかるほど浮き出て、ズキズキして、眠れなくなる。

さら自殺した父の死体をよく思い出して、生理的に気分が落ち込む。

実家を出て数年経った今でも、文を書きながらこの症状が出ている。

講義課題をこなすのが精一杯である文字も読めない。

あーもう何もしたくない。考えたくない。

人の気持ちを考えるってことはこんなにもよくわからないものなのか。

こうも時間無駄なのか。

悩まない人間にとって悩んでいる人間気持ちなんかわからない。

逆もまた然りだ。一生分かり合えない。

本来人間はお互い抽象的なもの部分的しか理解できない。

自分は具体化しすぎなのだ人間とか今見える環境とかを具体化しても、精神が辛くなる。

記憶を消し去りたい。

せめてこの性格学問に向けられたらと何度も思う。

他人理解できない。他人なんているのか?

自分理解できる他人なんているのか?

からある不満が積もるとこうも気分が落ち込むのか。

降り積もる不安は階差数列のように増え、それが積もっていく。

この問題解決するのか?本当はどこか解決策がわかっているんじゃないか

わかっているけど、この先の未知の刺激に耐えられるか不安で仕方ないんじゃないか

本能的に楽しめるものをまだ知らないだけじゃないか

なんでこんなこと考えるようになったんだ?


最近になり、かなり昔から、閉鎖的実家からの膨大なストレスが、

自分性格にかなり影響しているということが、かなり明確に示すことができた。

自分にとってこの問題が、

いか無意味不快で人に相談しにくく、

時間精神無駄に消耗し、

自分を納得させるためのものしかないとわかってても、

納得いく解釈を探しつつけてたのは、

親との思想が合わなかった事実をどうにか納得したかっただけである

生来性格と言うのは恐ろしい。

でもこうするしかなかった。

こうしないと、その場に居なくても襲ってくるからだ。

自分気持ちを書いてそれを見直し、また書く、という生活を数年繰り返してわかったのは、

早々に自分気持ちに蓋をして、自分気持ちに嘘をついてきたということだ。

頭の中身をタイプしたり、図に書いたりして、ようやくわかった。

くよくよする性格は、自分本位で動いていないからだ。

気持ちが落ち着いてくると、文字をよみ、抽象的なものも冷静に理解できる様になる。

他人が書いた物語を見て感動する。専門知識が頭に入って感動する。

俺はここまで何も知らなかったのかと落ち込む。

でも、今までよく生きてきたと、無条件な自己肯定感が芽生えてくる。

そんなことが少しづつできるようになることが、大学に入ってからの生きがいである。

自分本位で生きたことがない」人が、心から人に好かれるということは難しい。

皆どこかで「他人に従ってもどこか違う」と思い、自分表現をするのだ。

それが自我形成というやつだ。

それを乗り越えてこなかったことが十分、身にしみてわかる。

素粒子でできている肉体に、生きる意味なんて無いってことは十分わかった。

からこそ本能が指す、好きなことをしていいと思えるようになった。

ほどほどに好き勝手に生きていいと思える。

自分のことを文字にする行為は、できて妙である

結局こうするしかなかった。

よくもまあ何日もこんなに長くて下手な文章を書き連ねられたもんだ。

最近落ち着いてみると、なんで落ち着いていなかったんだろうと思ってしまう。

その場しのぎで余裕がなかった。

焦りからくる選択ほど後悔するものはない。

後ろを見ると後悔した経験しかない。

自分の焦りに気付けることなんてあっただろうか。

いや、なかった。あっても解決策がわからず、もとに戻る。

これに関しては納得行くようになってきた。

自己欺瞞を重ねるほど自分がわからなくなる。

自分本位で行動していない。自分がないのと同じである

不安から行動するが、結局疑問を感じストレスを感じる。

書いてみると1ページで終わるような話を、どうしていままで耳にしなかったんだろう。

これは終わったことだし仕方がない。



見直すと、気が合わない肉親と18年間いたことが原因だったと今見返すとよくわかる。

原因がよくわからない鬱と診断されて、4年経ったが、

はじまり小学生からだよなーと思う。

自分が書いたことは超悲観的だが、これまで経験してきたこと全てではない、

と納得できるのは、自分自身に対する姿勢が変わったからだと思う。

最近ようやく治る兆しをみせている。

何度か兆しを見たが、今度は本当に、今までになく楽になれそうな気がする。

学校も肉親もただランダムに振り分けられた人間が配置されていただけと、やっと、心から解釈できた。

漫画とか映画とか小説かには本当にお世話になった。

本を読むのを辞めてしまったのがいけないなあ。


あれもこれも、過ぎたことだと思えるようになれた。

自分気持ちを書き表さないと立ち止まってしまうことも、よくわかった。

やっと人間らしさを取り戻した気がする。

今までどこか、頭を何かのタイミングリセットできると期待していた。

まあ解決しようにもできないもんな。

からいから。でも、もがかないと、掴めるものがあっても見逃してしまう。

放置するほど、もがく力が弱くなり、流されてしまう。

自分に近しい人にアドバイスするなら、誰もいない、静かなところで正直な気持ちを書きなぐるということかなあ。

自宅が嫌なら喫茶店でとかでいい。

環境が用意できたら、書き始める。媒体は紙でもPCでもなんでも良い。

初めてみると止まらなくなって、気がついたら4時間以上立ってたということも珍しくない。

時間がもったいなかったとは思えない達成感がある。

見直すと何に悩んでいたかよくわかって、どこか整理できていないことが悩みの種だっとことに気づく。

苦しいとは思うが、自分内面で見てこなかったことに対して、対面することだ。

対面して初めて分かるもの自分だけの発見であり、自分で掴んだものから信頼できる。

こうしてどうにもならないことに納得し、物事への姿勢は変えられる。

あと、外部の情報に目を向けるべき。

漫画喫茶で見たことのないジャンル漫画を手にとって、一日過ごすのも悪くない。

まあとにかく、映画館や図書館など、場の空気を感じられるところに行く。

そうすれば外部に注意が向く。

そこで他人創作したものを見て、視界を広げて、

自分一人がこんな思いをしているというわけじゃないということ、

他の人の、物事への解釈理解しようとする。

そうすると、だんだん自分に近しい物がわかってくると、信頼できる著者という対話相手が出てくるので、どこか楽になれる。

結局他のことを考えてもいいということ、その行為自体自分のためになっていると思うこと。

そんなことで、案外心が落ち着いて、人間そんなもんだと思えてくる。

とにかく、今の気分がずっと続くことはなく、

人は変われるということを知るには、自分の頭で行動することだ。

書きなぐるだけでも、十分自分の頭を使っている。考え方も変わる。

そのことを忘れないでおきたい。

(追記)

終わりに

自分体験から言えることは、

カウンセリングや薬だけで完治するものではないということ。

薬は脳内流れる伝達物質の取り込みなどを制御し、

カウンセリング患者気持ちを引き出す手助けをしてくれる。

風邪薬のように特定の菌を殺して治るもんじゃない。

カウンセリング適当にしても治るもんじゃない。

内面気づきを報告するとフィードバックを貰えるのは非常にありがたい)


全体を見ると、自分内面にあるものがわからなくなっているという状態に対し、

気になるもの自分の中で見つけ、解釈し、納得していくかということをひたすら繰り返していた。

ネットや本にあるものは参考にはなるが、それをすっぽり当てはめて自分が治る。というわけじゃない。

他人にとっては経験談で、参考になる手法しかない。

趣味などの気分転換でやっていけるなら、その対処法も良いと思う。


湧き出てくるものは人によって違うし、参考になる意見も人によって違うし、考え方も違う。

これを理解するのは、自分のような人間にとって難しかったし、これが頭になかったから病んだとも言える。

どういう形であれ、このような考え方を獲得することは、生きる上で重要だと思う。

2018-04-25

anond:20180425164618

誰でも病人にはなりえるし、救急車に乗ることはある。

だが性別は(基本的に)不変。

全く別物だよ。

anond:20180425164519

ある属性の不幸を除くために、関係ない属性我慢するのは許されない。

そんなこと無いよ

病人には席を譲ろうね

救急車には道を譲ろうね

anond:20180424120521

うちの父もそうだった。共通点は多い。

通院するも行かなくなる、長期断酒はたまにしてた、一見アル中とわからない、酒を隠れて飲む、酔って大けが救急車病院に行かない理由をいろいろ言うので本人の意思に任せる、・・・などなど。

病院に行かせようとするとケンカになるので、あまり言わなくなる。

「おれはいつでも断酒できる」と言い、実際にそうなので、ずるずると病院に行かないのを肯定してしまう。

うちは、母が最後には折れるから増田の父のように、精神的に追い込まれ失踪したり、近所も巻き込むほどの大問題にならなかったのだろう。


通院は本人の意思に任せられる。行かなくなって病院相談するといろいろアドバイスはくれる。しかし、「まずは本人といっしょに来て」と言われる。

問題を先送りしてる人(家族)は、けっこういるんじゃないかと思う。

うちの場合肝臓ガンになって、がん治療を始めたら依存症専門の病院には行かずにやめれたが、時すでに遅しだ。

かつての同僚にもアル中がいた。2回長期入院をしたが、退院すると結局飲んでしまった。

今は抗酒薬(飲酒をすると身体が強烈に不快になるので、その恐怖を利用して心理的飲酒を断念する薬)を毎日飲むことにより、酒を断っている。

彼の奥さんが薬を管理して飲ませているが、彼一人だったらその薬を途中で止めて、飲酒を再開しているだろう。

アル中自分意志で治すのは、ほぼ無理なのではないかと思う。

家族は大変だろうけど、少しでも早く病院に連れて行くようにしたほうがよい。

増田のように家族だけでなく警察や近所まで巻き込んだり、うちの父のようにがんになってしまう。

増田のお父さんが、無事に退院して以前のような生活できるのを陰ながら応援しています

2018-04-24

アルコール依存の親父を強制入院させた

先日親父を力づくでアルコール依存病院入院させた。

国立大学卒業している親父は知的で落ち着いた性格だ。

商売は得意ではなかったが学問愛する人だった。

家はそれほど裕福ではなかったが喧嘩はまったくない平和家族だった。

僕が結婚して、子どもが生まれ中古の一軒家を購入。

当時、賃貸暮らし商売がうまくいかなくなっていた親父とおふくろを呼んで同居することに

このときは親父がアルコール依存症なんて知らなかったし

アルコール依存がどんな病気かも全く知らなかった。

一緒に住みはじめて1年で親父は救急車で運ばれた

原因は栄養失調

しか栄養失調の原因は酒で食べ物を受け付けない状態になったことだ。

この時はじめてアルコール依存であると分かり

病院に通うことになる。

当時の親父はまだ理性的だったし

僕も仕事が忙しく子どもが生まれたばかりでアルコール依存について勉強することもなく

お袋にまかせていた。

今考えれば

この時にもっと真剣に向かい合うべきだったと思う。

親父は1年間、断酒した。

今なら分かるがこれはとても凄いことである

外来のみで断酒するのは非常に難易度の高い

しかし、知り合いの葬式で親父は飲酒をしてしまう。

それから病院に行かなくなる。

病院は頭がおかしいやつのあつまり

薬を飲むと精神おかしくなる」と批判が始まる

僕らも説得できず親父の意志にまかせることにした。

そこから

断酒→隠れて飲酒救急車

を繰り返した。

最初は信じていた家族

次第に疑うようになった

親父は自分アルコール依存ではなく

躁鬱病

鬱病を治すとアルコールコントロールできるといい始めた

徐々に上手く行かない全ての原因を自分ではなく

回りや環境転嫁しはじめた

アルコールの話をすると感情的になり

病院に行こうと諭すお袋に暴言を吐き

それを止めようとする僕に殴りかかってきた。

その時の記憶基本的には無くなるから

反省ができない

アルコール依存は最悪の病気だ。

徐々に親父が壊れていく

子どもが大きくなってきて

おかしな状況を感じはじめる。

僕は家族で腹を割って話し合う必要があると思った。

しかし、話合いは待ってくれと

色んな理由をつけて時期を伸ばされた。

ある日、トイレにワンカップが隠してあるのを見つけた

親父は今は断酒してるから信じろ!と怒っていたので

僕は腹が立ってその酒を捨てた。

次の日

親父がいなくなった。

おふくろに聞いたら

外で暮らす。といって出ていったそうだ。

近くの公園転々としながら

1日に2~3回お袋に会いに来た。

このままどうなるんだろう?

家族は疲れ切っており

いっそのこと失踪してくれたらいいのに

など僕は考えていた。

ある夜、事件が起きた

深夜1時ごろ

玄関のドアが開いて

浮浪者のようになった親父が入ってきた

そしてお袋の部屋に入っていった

その後、暴れだし暴言を吐き

椅子をひっくり返した

家の回りを発狂しながら

荒らし始めた

家族はみな気が動転して

命の危険を感じた。

僕はカギを締めて警察を呼ぼうとした。

それよりも先に近所の人が呼んだ。

しかし、警察が来たときには親父はいなくなっていた。

この日から親父は完全におかしくなった。

いきなり家に来て

警察を呼んだのはだれだ!ぶっころしてやる!」

と言ったと思ったら

孫に向かって

「かわい〜ね〜」

と言ったり。

凶器を持っている可能性が高かったので

僕は家のカギを締め切って入ってこれないようにした。

夜中にいきなりドアを開けようとする音や親父の怒鳴り声が聴こえる。

みんな寝れないし常に緊張状態にあった。

その時僕はもう

強制入院警察保護してもらうしかないと考えていた。

兄貴と親戚のおじさん(大阪から駆けつけた最強のアウトロー

を呼んで事情説明したら

おじさんが

「俺が話す、病院に連れていく準備しとけ」

と言って親父を探しに行った。

近くの公園に親父はい

それはもう僕の知ってる知的学問を愛する親父じゃなかった。

ただただ虚しかった。

家に連れて行くのは危険なので

車の中で親父を説得することになった。

おじちゃんがどんなに説得しても

親父は病院に行く事に納得しなかった。

話し合いの途中で何度も暴れて

逃げ出そうとした

兄貴とおじちゃんが話し合ってる間に

強制入院可能病院を探した

兄貴から電話があって

「もう限界かもしれない、病院に連れて行こう」

強制入院可能病院が見つかる。

暴れて危険場合警察を呼んで一緒にきてください。

と言われた。

説得してる駐車場に向かった。

親父を発狂して暴れているのを兄貴が車に押し込んでいた。

僕は警察電話した。

しかし、車に乗った親父は動けなくなっていた。

兄貴は180cm80kg以上でずっと格闘技をしてたゴリラのような男だ。

おじちゃん柔道二段で今はムエタイをしている。

親父は完全に固定されていた。

おじちゃん

「いいから出発しろ

と言ったので

警察事情説明病院に行くことになった。

病院までの30分は

僕が今までの人生経験した一番最悪の時間だった。

親父は僕達を罵倒し続けた。

僕は今まで親父に怒られたことがほとんどなかった。

自分仕事成功しはじめて

家族全員が幸せになる方法を考えて

家を買って

みんなで住んで

呪い言葉のような罵倒を聞きながら

病院まで運転する中、ずっと思い出してた。

そして親父はアルコール依存病棟入院した。

アルコール依存

本人だけじゃないくて

家族病気だ。

お袋は親父をかばって嘘をつくようになった

僕は気付けば親父とお袋を常に疑い、監視するようになった。

仲が良かった家族がどんどん崩れていった。

入院期間の三ヶ月

どうなっていくか分からない。

その間、みんなでアルコール依存について学び

親父と戦うのではなく

親父と共にアルコール依存と戦うための準備をしなければいけない。






【追記】

今回はじめて投稿してのですが、こんなに沢山ブックマークが付くとは思ってませんでした。

沢山のご意見ありがとうございます

入院させてしまったあと、言いようのない気持ちを一気に吐き出してしまったため

いろいろな部分を端折ってしまったり説明不足な部分があったり、

今後同じような状況になってしまった人が少しでも参考になるようなことを追記したいと思います



・嫁さんついて

嫁さんは僕には勿体無いくらい良い人です。元々両親とも仲が良く、同居の際もきちんと話し合って決定しました。

僕にとって彼女は全てを話せる妻であり、気の合う友人であり、優秀な仕事仲間であり、頼りになる母でもあります

同居はじめてアルコール依存問題以外にも色々な問題が起きましたが全て隠さずしっかり話し合って解決してきました。

逆に嫁さんに何かトラブルが起きたときは僕は全力で問題解決します。


・こどもについて

親父のアルコール依存最初、非常に分かりにくいものでした。

飲酒量が少なく、呑んでも顔にも出ず、性格も変わらないので

相当近くにいかないと酒を呑んでいることが分からない状態でした。

ただ、躁鬱があり、落ち込むときはひどかったのですが

孫達と遊ぶことで元気になりました。

孫のおかげで躁鬱はかなり良くなったと思います

親父がおかしくなってきたのはこの1年くらいでしたが

孫達には最後までその姿を見せることな病院に行きました。

もし良くなって帰ってきた時のために

僕らも子どもたちと親父の距離感説明については細心の注意を払ってました。





家族関係について

同居する理由ひとつとして

実家賃貸で、部屋のひとつを使って家業を行っていたのですが

両親は貯金年金もない状態で、雨漏りするようなボロボロ事務所だったので家業の売上もどんどん下がって

お金が貯まらないので広告テコ入れもできない、毎月仕送りをしないと家計が回らない状態でした。

そこで、解決策として

家を購入して家業事務所の内外装をリニューアル

きちんと広告計画を立てて売上を伸ばすことを考えました。

一緒に住めば仕送り必要なくなりみんなのお金も貯まります

実際3年間で家業の売上は1.5倍くらいまで回復しました。

親父は躁鬱を治すために何がいいかなと考え

僕のPCをあげました。

そして操作方法ネットの楽しさや

SNS登録したりしました。

晩年父は全く人との交流がなくなってしまったのですが

SNSで昔の友人と繋がったり

僕の友人と仲良くなったりで

とても充実した毎日になりつつありました。

アルコール依存がなければ

親父は本当に幸せ人生を送れたと思います

親父は僕が小学生の頃くらいか仕事が非常に忙しく

家に帰っても不機嫌で中学生になるまでほとんど会話らしい会話をしてない状況でした。

なので僕は小さいこ母親毎日遊んでいました。

悩みも母親相談することが多く

同居してから毎日何かしら話してます

アルコール依存についても最初は任せていましたが

状況は常に聞いていました。

お袋は親父のことをアルコール依存だと思ってませんでした。

親父がアルコール依存じゃないと理論的に説明するので

説得されていました。

おそらく共依存になっていたんだと思います

僕も当初アルコール依存知識がなかったので

お袋の話を信じて、通院せずに自分の力で治すことに納得してました。








アルコール依存という病気について

この1年間、沢山の本を読み、話を聞き、病院先生の話を聞きました。

アルコール依存絶対に治らない病気です。

最終的には死に至る進行形病気です。

最初は変化が見えにくく

進行が進むと嘘をつくようになり

約束をやぶり

攻撃的になります

親父のSNS投稿

最初は孫との幸せ生活で溢れています

後半は世の中や政治批判ばかりになりました。

家族の絆はどんどん壊れていきます

信じたいけど、本当かどうかわからない。

アルコール依存で一番やっかいな症状が

否認

です。

否認についてとても分かりやす記事

https://www.dansyu.jp/アスクヒューマンケア/

親父はこの否認がかなり強く出る傾向にありました。

頭が良い人なので、飲酒理由環境を作るための理論武装が上手でした。

家族は、この「否認」を見抜くのがとても難しい。

それは信頼関係が構築されていればいるほど見抜けません。

仮に見抜いて指摘をしても

アルコール依存の人は認めないし逆上し

敵対します。

抑圧すればするほど攻撃的になります

家族関係が悪くなる前が勝負です。

その時ならアルコール依存認識やす

通院する可能性が高いと思います

家族に対して不信感を抱く段階にくると

どんなに説得しても病院に行くことを拒みます

そうなると強制入院か底付きで死にかける(もしくは死ぬ)結末が待ってます

これは家族ダメージ半端ないので出来るだけ避けて欲しい。

力づくで病院につれていけない状況の人もいると思います

そういうとき警察に連絡して一緒に病院まで連れてきてもらってもいいと病院で言われました。

アルコール依存の後期は非常に危険状態です。

運転している最中に暴れて事故をおこす可能性も高いと思います。(運転している人も気が動転してますし)

このアルコール依存という地獄のような病気苦痛が少しでも和らぐ人たちが増えることを願います

2018-04-19

精神障害だった自分は。

今日も「なんで恋人できないんだろうね」と言われた。

私が「恋人ほしい」と言っているからだ。

私が、人当たり良くて、性格にも特に問題なくて、友達が多くて、明るくて、見た目だって不潔じゃない。

なのに、ずっと恋人ができなことを、ときどき、不思議がられるときがある。

 

だって、みんな、数年前まで、

私が一人でいるときは頭を壁に打ち付けたりしていたことを、知らないから。

過食症で、土日は「食べては吐き、食べては吐き」を1日中繰り返していたことを、知らない。

何度も何度もコンビニに行って菓子パンアイスお菓子を異常なほど買って、

「もうやだ」と思いながら、毎日大量のお菓子の空き袋を出していたなんて、絶対に信じないと思う。

 

数年前、鬱病になったってことも、信じないだろう。

私は、人前では驚くほど普通の人を演出していたから。

でも、確かに病院でそう診断されたし、薬も飲んでいたし、あの頃のことはよく覚えていないけど、

いつも頭に靄がかかっていて、過呼吸によくなって、謎の腹痛で救急車で運ばれたこともあったな。

ストレス毎日、1日10個ぐらいのニキビができて顔中白い塊ばかりで、

今は驚くほどニキビができない体質になったから、あの頃の写真を見たら心底驚くだろうね。

私も、ニキビ体質だと思っていたので、ストレスが原因だったなんて思いもしなかった。

 

引っ越す前に住んでいた前の部屋も、生ゴミこそきちんと処分していたし、水回りも清潔にしていたけど、

どうしても、物が片付けられなくて、部屋中に物が散乱した暗い部屋にいたのも、想像できないでしょう。

物を片付ける時間があるなら、コンビニ行ってあまいものかって食べて吐いていた。

あの頃のことも、思い出したくない。そのちょっと前は、顔面麻痺になった。

あれも、多分、その頃のことを考えると、ストレスがある一銭をこえちゃったんだろう。

 

書き切れないけど、「第三者がいないところ」では、私は精神障害者だった。

二度と戻りたくない。

不思議もので、本当に、根本原因が解決した5年ぐらい前から少しずつ改善していった。

もう2年ほど、こうした症状はほぼマシになっている。

でも、吐けなくなったけどお菓子は未だにやめられないし、

大好きだったアイロン掛けは、まだ、思ったほどできない。

部屋は片付けられる日もあるけど、何もできずに散乱していく日の方がまだ多い。

当時、本当に一人でいるのが怖くて、今はシェアハウスに逃げ込み、共用部分はすごく普通にできている。

汚部屋のころよりはずいぶんマシだ。

でも、このシェアハウスから引っ越して、第三者の目がなくなったら、

前見たいに戻るかもと思うと恐ろしくて引っ越せない。

 

多分、ずいぶん大丈夫になった、ふつうの人に戻れた、と思う。

でも、でも、まだ、ときどき、昔の自分がでてきそうなときがある。

そんな自分を鎮める術は、原因がなくなった今はいくつか持っている。

でも、恋人って、一緒にいる時間が長いでしょう。

そんな、乱れた私が、バレてしまうかもしれないと思うと、

「ほしいな」という気持ちはあるけど、怖くてその境界線を越えられない。

セックスは、恋人じゃない人とすれば、数回程度なら、隠せる。

でも、恋人は、違うじゃん。しのげばいいってもんじゃないじゃん。

まだときどき現れる、おかしかった自分がいる限り、私は人と付き合うなんて無理だなと思う。

2018-04-17

people(ピーポー)と救急車ピーポーをかけたダジャレを誰か考えてほしい

正月の歌の替え歌

ラストが「おんぼろ救急車 ピーポー」だったのは覚えてるけどそれ以外がぜんぜん思い出せない

自殺に失敗した

衝動的にカルモチンと同じ成分の入った薬を200錠くらい飲んで自殺を図ったけど普通に失敗した。

もっと計画的にやればよかった。

っていうかそもそも手段が悪すぎる。何故寄りにもよってカルモチン…

そもそも実家ぐらしで自殺しようとしたのが間違いだった。

普通にみつかって救急車呼ばれるに決まってる。

薬の空箱は飲んですぐゴミ収集所に持っていったのにな。

3日間意識不明入院4日目に意識がもどったらしいが

記憶があるのは入院して1週間くらい経ってからしかない。

しかもその記憶が正しい記憶かどうかもわからない。

何故か物心ついた(?)とき

自分放浪の旅に出た途中で宿代わりに入院した」と思い込んでいた。

家族が見舞いに来たときも「どうやって入院先を連絡したんだっけ?」とか聞いてしまった。

目の前の父が救急車呼んだんだよ…

その後転院したりとかいろいろしながら2ヶ月くらい病院暮らし

去年母も自殺した(母は成功した。マザコンなので凄く泣いたし羨ましいと思った)せいか

父は自殺にひどく敏感になってしまった。

都合が合えば精神科の通院にも付いてくるようになった…というか

ほぼ毎回、無理やりにでも時間を作って付いてくる。

突発自殺だったので身辺整理を何もしなかった。

フリーランス仕事をしていたので、突然の音信不通で信用ガタ落ち

自殺前とくらべて貰える仕事が格段に減ってしまった。年収二桁万台になった

自殺に失敗して生き残った結果、物凄く辛いので次は失敗したくない

しかし父の監視により前より自殺企図ハード

監視カメラを設置するレベルで警戒されてる

2018-04-16

体を重ねるよりピロートークをずっとしていたい。そんな思いを汲んでくれて、

あずまんが大王桜蘭高校ホスト部の話で盛り上がれる泡姫の元に今日もまた通ったら、六月で辞めるねと告げられた。

お嬢いわく、小学校の頃はドッジボール男子ボールキャッチしてガンつけるのが好きだった。

お嬢いわく、背の順と名前順は表面上の公平さを歌いつつ実際は不平等社会に初めて出会った瞬間だった。(どっちも後ろの方だったらしい)

お嬢いわく、小学校低学年の時にお兄ちゃんタンスにあった、蔵馬と飛影のBL18禁同人誌を読んじゃって受けた衝撃が今でも忘れられない。

お嬢いわく、Mステの曲をカセットで録音すると、ガシャコンって音だったり救急車だったりバイクの排気音だったり、時々家族の声も入った曲をいつも聞いてた。

汲んでも汲んでも干上がる感じはなくて、昔話は続いていく。そんな話をずっとしていた。

まれ変わるなら17才ー18才の女子高生がいいというお嬢に、僕は13歳だと言ったときお嬢の表情を観て、

お嬢はなんでも話を合わせてくれるのだけど、ちゃんとひくこともできるんだなとそんなことを考えながらずっとその顔を観ていたくてガン無視して話しつづけた。

店頭イリヤの空、UFOの夏を持って行ってレジお姉ちゃんにドキドキしたその感情をまた取り戻したいんだと早口熱弁は止まらない。

お嬢言葉にわかる、それな、せやな、知らんけどと相槌を打つたびに強く滾る感情に、今日も不発だった短小銃の代わりだと思った。

昭和生まれも後一年で二十代から消える今、一昔前のオタばなで花を咲かせることもだんだん難しくなってきた中で、歳を隠さな彼女には救われ続けている。

スマホ入力の打ち方がフリックでもなぞり書きでもなくてガラケー打ちなのを見るたびに、auのイチマツを使って初めてメールを顔も忘れたクラスメイトに送った当時を思い出してまた、話が止まらない。

世界広しといえども今日もお世話になったあの人だけだろう。深く深く感謝したい。しながら寝る。決して安くはないが、今日途中で盛り下げたおそ松さんの話をするためにまた再来週あたり行くだろう。

2018-04-14

電車で倒れた日

駅員さんに救急車呼びますか?って聞かれて「仕事行かなくちゃいけないので呼ばないでください…」って言った瞬間救急車呼ばれた

マジで人生終わったと思ってボロボロ泣いてたらあのね、仕事より大事なことがあるでしょう…って諭されて、人ごみのなかを担架で運ばれながらあぁ…もしかして社畜精神に蝕まれてたのか…とようやく気づいた

仕事に穴開けたか上司にしこたま怒られたけどあのときの駅員さんありがとう お陰でとっても健康ニートになれました

anond:20180412085039

熱だけについてはまあ軽症の場合が多いのもそうだが、

「激しい胸痛」→心臓絡みの病気可能性がある。急がないと死ぬ救急車

「激しい頭痛」→脳絡みの病気可能性がある。急がないと死ぬ救急車

「お父さん、ろれつが急に回らなくなって泡吹いたんだけど」→脳絡みの病気可能性がある。急がないと死ぬ救急車

「突然倒れた」→脳も心臓もどちらもある。急がないと死ぬ。それどころか、即救命措置をしないと。もちろん救急車

一見軽症でもでも実は重大な病気が隠れていることがある。

救急車を軽症に使うな!という問題が起きたが、こういう一見軽症に見えるが重大な病気まで救急車使わなくなることがおきてる。

から最近は「こういう症状なら即救急車」というポスターが出回るようになったね。

ああ、あと、人倒れてるのに女が土俵に上がるなとやじとばしてる他の客も重大だって気づかなかったか野次飛ばしたんだろ?

それとも、はじめから重大なのわかってて市長殺すつもりで野次飛ばしたのか?

ということで、素人判断は当てになりません。

なので、まずはじめ診療所かかるハードルは低くしたほうがいい。はじめに判断できる人にかかりやすくするほうがいい。診療所医師判断する人という役目もある。

2018-04-11

酒に頼ってる同僚が救急車に運ばれたわ

お前らも気をつけろよ

2018-03-31

anond:20180331121621

かに休まなくて済むのは助かるな。

地域にそういう病院複数あってもいいと思うんだがね。救急車の呼び出し件数も減るだろうし。

医師会規定とか暗黙の了解とかあったりするのかなあ。

2018-03-28

anond:20180328031500

続き

今日は三回くらい家の前を救急車が通り過ぎていった

家が大通りに面しているので毎日救急車が通り過ぎていく

風呂換気扇のほうがうるさいけど

2018-03-26

通勤電車の中で隣のおっさんが急に倒れた

今朝の通勤電車

隣に立ってたおっさんがふらふらっとして、座り込むような体制になった

身長165センチぐらい細身で70歳くらいか

気分が悪くなったんかなと思ったけどどうも様子がおかし

口は半開きで白目むいて、天を仰いでる

とぉちゃんしっかりして!救急車呼んで下さい!心臓が悪いんです!

隣の奥さんらしき人が慌てて叫んでる

心臓麻痺か!やべーな、救急車って電車から呼べんのかな?頭揺らさない方がいいのかな?それは脳卒中か?

こっちも若干パニックになってすぐに動けなかったけど

とりあえず電車から降ろさなきゃ!と思っておっさんを抱えてドアの方まで運んだ

どうやらおっさん半分意識あるみたいで、大丈夫ですとか言いながら、手すりを掴んでなかなか降りようとしない

別のおばさんが手すりから指ほどいてくれて、最後おっさんお姫様抱っこして何とかホームに下ろせた

すぐに駅員が駆けつけてきて、病人です、汗をかいます。みたいなことをピンマイクで報告してた

駅員に引き継いだからもういいかなと思って車内に戻ろうとしたらおっさんの奥さんが

名前だけでも教えて下さい!みたいなこと言ってたけど、気恥ずかしくて、大丈夫です。つって逃げこむように車内に戻った

社交性低くてうまく対応できなかったのがちょっと心残り

でもとっさの時にちゃんと動けたし、電車も2、3分の遅れで出発できてよかった。

おっさんは結局どうなっただろ?あのままポックリ逝ったかな?

良い事して嬉しい様な、悲しい様な気持ち

でもとりあえず、人1人ぐらい軽く支えられるようにもっと筋トレしようと思った。筋肉は人を救う。

2018-03-25

家族で父を見殺しにした

21歳。忘れてしまう前に、死んでから2年少し経つ父の話をさせてくれ。

家は二代続いていた自営業で、祖父が亡くなった時に父はサラリーマンをやめ、三代目になったそうだ。

昔はけっこう上手くいってたんだって。儲かって儲かって仕方がなくて、お金を入れてた地元信用金庫の人からは未だに感謝されてるぐらいだ。儲かったお金祖父連帯保証人になってた親戚のせいで吹っ飛んだので俺におこぼれがくることはなかったがな!

でも俺が7才ぐらいのときかな、事業は上手くいかなくなってしまった。石油が値上がりしてな。夫婦仲は最悪になり、毎日喧嘩が聞こえてくるリビングと自室が離れていることが唯一の救いだった。すべてが最悪になってしまい、父は家を避けるように日中仕事場にこもり、帰るなりビールを煽る。高校生ときには家族が見てないところで酔った勢いで殴られてたので父のことは大嫌いだった。縋るように手を出した新事業も失敗。もともと健康だった父は日に日にやつれてしまった。

そんな家庭環境が続いて十数年、転機が訪れる。廃棄木材を大量に譲っていただけるツテが見つかったのだ。これなら石油に頼らずやっていける。でもこの10年で父の身体ボロボロで、病院で貰った血圧の薬をビールで飲む毎日。そんな父に廃材を運んだりバラしたりする体力があるはずも無かった。

そんな父に家族は冷たかった。母は心配するそぶりを見せているが全くそんなつもりはない。最大の関心はジャニーズと毎週のドラマである。上の兄弟大学生活をエンジョイしてるので家には全く関心がない(しかし母に同調するのが上手かったので母のお気に入りだ。それは今も)。

そう「家族は」と書いたからには俺も含まれる。苦しかった大学受験が終わり、新たにはじまった大学生活は楽しくて楽しくて仕方がなかった。家のクソさに嫌気がさして、大学理由に門限ギリギリまで外に出て、帰るなり自室にこもる生活だった。

廃材を使い始めて1年。案の定、父は倒れた。倒れているところをお客さんに見つかり、救急車病院意識朦朧の父が担架に乗せられたときの「ア、だいじょうぶで……」が最後に聴いた言葉だ。脳出血。なんと植物状態。ここで家族延命措置を取るか否かを迫られる。

まあここまで読んだらわかると思うが即決だった。

葬式で涙を流しながら親戚と話していた母と兄弟は忘れられない。お前が、いや、俺たちで殺したんだろ。愛情もなく、正直死んでホッとしたと思ってるだろう。生命保険もたくさんかけてて良かったな?ウン千万だって

親戚もすべて憎かった。父が家業を継いだ経緯を知ったのは父を殺した少し前のことだ。曽祖父祖父が死んだときハイエナのように遺産を奪いに来た親戚から必死家業を守ったのが父だった。サラリーマンをやめ、家業を継ぐから売却しないでくれと。家業は、大企業エリート営業マンだった父がそれを捨ててまで守りたかったものだったのだ。

俺は父のことが嫌いだが、親戚も同じぐらい嫌いだ。そんな親戚達が「あの人は立派だった」「お前は父に似ている」など涙ながらに語るのでハラワタが煮えくり返りそうだった。

そう、もうすぐ父の遺産が1/4手に入るからその金で家を出るんだ。父が死んでからの家はこれまた最悪で。縁をさっぱり切ろうと思う。大学はまだ一年残ってるけど、まあ何とかなるだろう。

以上。家族の愛を受けて育ってきた人たちが羨ましいぜ。俺は家族も親戚も大嫌いだ。

追記 増田投稿するの初めてだったので多くの人に反応していただけてとても嬉しい ありがとうブコメ全部読みました。増田カテゴリーとかあったんだな。全然おもしろ」じゃなかったわすまん。父のかわいそうな部分を後半書き連ねたので誤解してる人がいるが、俺は父の死について「内心ホッとした、もっと言うなら嬉しかった」人間だぞ ということだけ追記。それを踏まえて読んでもらえると本当に伝えたかたことが伝わるのかなぁ。

2018-03-24

anond:20180324172130

4、タマ(男性)を握り潰す直前の状態を3秒おきに繰り返す感じ

その状態ならずっとうずくまって一歩も動けない、出勤どころか自室から出ること自体不可能なので甘えとか言われる余地ないですね

電話が遠かったら救急車を呼ぶこともできない

 

完全に行動不能状態の人に甘えと言う人はそうそういないと思います

2018-03-21

過去自分の書いた増田を見返してみたら、「妻に嫌気がさした時の愚痴日記」になってた。いや、ひどい。

でも、将来離婚する事になったときのために増田事実自分が感じたことを記録しておくのも悪くないかなと思った。

ここ数日あったこと。

  • 息子が骨折。私は入院、手術、退院まで3日間ずっと病院で家に帰らず付き添い。仕事も2日休んだ。初日の夜は息子は痛くてまともに寝られなくて私もほぼ睡眠なし。
  • 妻は病院に息子の様子を見に来たのは手術後5分程度だけ。あとははじめに一緒に救急車に乗って病院まできた次女を迎えに来たのと、退院の時の迎えだけ
  • 長女の小学校卒業式はいいとして、謝恩会という名の飲み会にもしっかり参加。「すごく楽しかった」。
  • 息子を心配している様子はゼロ(少なくとも私にも、息子にも表現無し) (※自分父親が癌の手術をするときも何も言ってなかったし見舞いにも行ってなかったし、なんとも感じないんだろう。)

家族病気になると自分の面倒が増えたとばかりに機嫌がわるくなる妻だが、骨折して、気をつけないと片手がうごかなくなってしまうかもしれない

手術を本当はすぐにしたほうがいいんだけど、混んでてすぐにできない…息子は痛くて怖くて泣いてて夜も眠れない…というような状況で自分の子供を(俺がついているとはいえ)会いもせずほおっておけるのは本当に凄いと思ったしわかりあえないと思った。

手術が終わった直後、まだ目もまともに覚めてないうちにちょっと顔を見たくらいの状況で実質の飲み会にいってそれが「楽しかった」と俺に言えてしま感覚もほんとうにわからない。

いや、小学校が終わる記念のイベント、そのあとの先生への感謝の会なんだからそれはそれでいいし、それがおかしいとは言わない。

でも自分自分の妻がそういう感覚であることが嫌だ。

抗生物質の薬の飲み方の指示は退院時のやり取りの中で妻が受けたのに、忘れていて一食分ぬかしちゃうし…。

俺が息子のギブスがお風呂に入る時に濡れないように色々と保護している中でラップを使ったら「もったいない」と言い、俺が自分ラップを補充するからと言っても不満そうにしたこと

ちゃんとやらないと細菌感染してワイヤー抜かなきゃいけなくなって、骨がずれて、再手術になっちゃうから気をつけろって医者からも言われているなかで、本当にそれはひどいと感じた。

こういうのって結婚する前にはわからないんだよな。困ったことに。

2018-03-19

この世ってつくづく思うけど、地獄のものだな

はてな匿名ダイアリーだけでもそうだけど、

幸せを持たざるものは、どうやっても救われないで地獄絵図を作るキャストしかない

一方、幸せ人生を送る側は地獄絵図なんてほぼ視界の外にして生きている

簡単に言えばアフリカ飢餓孤児お茶の間テレビで眺めながらホットケーキメープルシロップかけて食ってる構図だ

もし真横に異常に腹の出た飢餓孤児がいれば内心穏やかでなく満足に食事も取れずに、

自分が食べる予定だった食べ物を分け与えるか、もう少し頭が良ければ救急車を呼んで入院させ点滴させるだろう

ところがどっこい、これは起こり得ない

何故なら遠いか

ただ遠いから、自分生活と関わりがないからという理由で平然と無関心になれるしご褒美スイーツを食っても心を痛めない

 

今30歳、当時中学生1年の頃にアフリカ飢餓孤児TVで見たときはフーンと思っていた

しばらくそんな国もあるんだと思っていたがふとしたとき気づいた

「俺と孤児のどこが違うの?」

肌の色とか民族とかDNAとかそういうのは割とどうでもいい話で

もしアフリカの民と日本の民がそっくりそのまま場所を入れ替えたら、

俺が飢餓孤児になってアフリカの子どもが食卓目玉焼きを食いながら俺をTVで見ていたんじゃないか

人によっては「日本アフリカ人が住んでもアフリカのようになるだけだ!」みたいなことを言う人もいるかもしれない

もちろん現実アフリカ人を急に移せばそうなるだろう

じゃあアフリカ人が日本列島にたどり着いて日本人がアフリカ大陸に残った別の歴史世界の話でもいい

それとも俺の魂がアフリカの子どもで、アフリカの子もの魂が日本人の体の中で入れ替わって産まれてきた世界でもいい

とにかく、完全に、運なのだ

なのだ

こればっかりはどれだけ取り繕ったところで人生は運に支配されている

努力すれば変えられるという人も勿論いる

だが努力が公平であればあるほど、天才努力に凡人の努力は勝てなくなっていく

甲子園に出場した甲子園球児が全員プロ野球選手になれないのと同じ理屈

プロ野球選手は圧倒的に眼の才能によって大きく分けられる

眼球の筋肉(眼筋)は後天的に鍛えにくい部位であり

ドーピングは単純な筋肉量ではなくこういった鍛えにくい部位の筋力を増強させている

こうすることで恐ろしく早い速度のボールを肉眼でとらえることができヒット率が上がるのだ

結局、ボールバットに当てる才能は天から授かりしものであり、

凡人はドーピングを使った「努力」をしなければそこまで到達できないのである

しかしその努力スポーツ界では認められていない、ただし公には。

 

では逆説的にすべての人間が同じ能力を持つクローン人間だったとしたらどうだろう?

どこにいてもどんなとき出会うのは自分と同じ人間

発想も発明ファッションも日々の生活も何もかもどこを見ても似たり寄ったり。

嫌いなものはこの世から消え去り、自分の好きなものしか残らない。

大した争いも起こらず同じ権利のため競争も起こらない。

ベースとなる人格がよほど凶暴でない、疫病が流行らない限りは一見平和世界に見える。

しかし彼・彼女にとってその世界は本当に楽しいものだろうか?

好きな物・嫌いな物が混在し自分理解を超えたもの存在し、

異文化があり自分と違う価値観があり、日々体験更新していく方が個人人生において充実しているのではないか

自分が作った映画小説など、所詮自分想像以上の産物にはならないだろう

娯楽に頼ろうとしても自分日記を振り返って読む感覚しか得られないだろう

なぜならその経験解釈でさえも彼らは同じような解答しかできないからだ

もし増田に俺しかいないとしたら絶望である

明日明後日も「この世は地獄だ」という日記を見かけるであろう

俺たちがそう思ったタイミングが別々に訪れ、別々のタイミングで同じ投稿をするだろう

そしてそこには同意トラバさえつかず、なぜなら自分が分かり切ったことだから自分独り言に反応する必要性すらなく

ただ独り言が流れ続ける暗闇へと変わるだろう

それもまた地獄と言わずに何というだろうか

 

ここで理想的解決としては運の最低の期待値をせめて飢餓孤児や産まれた瞬間殺される子どもでないように世界を作り替えることだろう

重大な疾患を抱える子ども遺伝的コーディネイトしても良いかどうかは倫理観が問われるところだが

個人的には行ってもよいと考える

なぜなら、元々生まれ必要などこの世には無いからだ

人間原理的に生存繁栄肯定され、そこに疑問の余地を挟まないのが当然だと思われている

しかしそれは誤りである

宇宙地球人間がいつ死んでもいいと思っているし、

絶滅しようがどうなろうが知ったこっちゃないというのが至極当然の感想だろう

この広い宇宙知的生命体が人間しかいないという考えも妄信的で霊を信じるよりも俺にとってはオカルト思想

また宇宙から寵愛を受けているか人間誕生したというのもまた妄信的で人間原理によりすぎた思想

人間宇宙から無関心であることに感謝しつつ、人間選択のものによって理想的世界を手にするべきだ

理想的社会を手に入れるためならば人間は産まれ必要性あるかないか選択することができ

まれた知能と肉体を一定以上備えた状態の子孫を望んだっていいのだ

なぜなら宇宙も神も世界も誰も人間について無関心だから

関心があれば産まれときから不幸な孤児をこの世に産むわけがなく、何らかの救済を宇宙法則として残しているはずである

仏教には輪廻転生という言葉があり罪を減らすために現世に産み落とされるという

では産まれた瞬間からコンビニ袋に入れられ、トイレに捨てられ死んだ赤子はどこに罪を減らすチャンスがあった?

全く宗教が信じられないのはどれも神は人間に寵愛を与えているという観点である

俺は全く信じられない

俺が安心してホットケーキを食うことができるのは飢餓孤児地球から存在しなくなった瞬間だ

それ以外では頭の隅から追い出して生活する逃避行動を取る以外にない

もしくは俺が自分の行動に矛盾性を排除するためには隣に飢餓孤児がいても無視して締めパフェを食う神経を身に着けるしかない

俺がどうしても神を信じて感謝することができないことはその1点だけでも十分すぎることだ

故に神や宇宙人間そもそも無関心であるという解釈を俺は信じている

そしてその上で神や宇宙人間にとって安全装置として機能しないのであれば

人間にそれを作る選択権があることを人間自身が認める権利があるということだ

人間人間必要権利自由を決める上で最も重要なのは法だ

法について話をするのは、また別の機会にしよう

 

話を戻すがこの世は地獄のもの

人間生命は単に誕生することができたか

可能性の隙間があってそこを通り抜けたか存在しているのであって

寵愛を受けたわけでもなければ選ばれた存在でもない

宇宙天体・この世の物理法則自分らの隙間に入り込んだ生命に対しては無関心であり

自分らが身をよじってそれらが絶滅しようが全くの抵抗がない

故に生命は神や宇宙に頼らずに自分たちで選択しなければならない

でなければいつまでも地獄に閉じ込められたままだ

もっと具体的に言えば俺が真に幸福ホットケーキを食べる瞬間は未来永劫来ないことになる

この世は地獄

観念崩壊セミナー

観念崩壊セミナー(かんねんほうかいセミナー)は、オウム真理教で行われていたセミナーの一つ。麻原彰晃逮捕後の信者の引き締めを目的として、麻原彰晃の三女である松本麗華が中心となり1996年8月24日から10月下旬まで断続的に行われた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E5%BF%B5%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC

内容は次第にエスカレートし、縛り蓮華座では足を紐でぎっちりと縛りつけられあまりの苦しさにのたうち回ったり、絶叫する者もあったが「逃げてどうする。地獄に堕ちてもいいのか!」と言われ「地獄に堕ちてもいいから、ほどいてくれ!」と叫び出すものなどが続出。長時間にわたる「縛り蓮華座」の結果、足部のうっ血が原因で毒素が内臓に達し、救急車病院へ担ぎ込まれ、その後もびっこをひく身体障害者となる者、両足切断寸前となる者、酸素吸入を受ける者、熱射病にかかる者、死にかける者、意識不明となる者や負傷者も続出、脱会者も多く出したという。

2018-03-17

痔になったので

ちんちんが立つと肛門が痛いから、アダルトサイトを見られないようにiPhoneの設定を変えた。

あと、酒は厳禁らしいから、月曜日から飲んでいない。

大量出血した月曜日は、和式トイレの中で10分以上出血していて、このまま救急車呼ぼうか迷った。でも今は少しずつ良くなり、大きなオナラもできるようになった。

返って健康になりそうだ。

2018-03-16

友達彼氏携帯チェックの様子をSNSにあげている。

正直、こわい。

画面のキャプチャかにスタンプおしたりしてSNSにあげている。

鍵付きだからいい、という想いなのかもしれないけれど、

私は人の携帯を見る趣味がないので、

関係ない人のものだったとしてもタイムラインに流れてくるのは抵抗がある。

 

「この間帰りが遅かったのは先輩とご飯だったみたい〜LINEで判明(はーと)」とか、

「なにこの女とのやり取り、浮気!?」とか、

「きゃーん!式場の検索履歴あるー!プロポーズ間近!?

などとおっしゃっているのだが、これをSNSにあげるってどういう心境なのだろう。

し、正直、最低だなと思ってあまり仲良くしたくなくなってしまった。

これ、SNSにあげて誰が得するのだろうか。

 

そして、多分だけどこういうことをしている女性は多いんだろうなと思う。

私は元彼の携帯を見たことはあるけど、元彼が倒れて救急車読んだときに使って、

友達に「ひとまず大丈夫」って連絡するときに見たぐらいだったな。

不安になるような人と付き合ってないから、友達気持ちがわからないのかな?

まぁ、その友達彼氏浮気するタイプではないはずだから、単なる好奇心なんだろうけど。

そこからはもみくちゃの大乱闘に発展。「アイドルからってナメんじゃねぇぞ!」地元藤沢で鳴らした不良の血が騒ぎ、啖呵を切る中居。その直後、カメラの前に歩み寄るキムタクの背後で、ある光景が映し出されます。森クンが自慢の長い脚を目にも止まらぬ速さで旋廻させ、上段廻し蹴り一閃! いきった素人の即頭部を打ち砕き、一撃にしてノックアウトしたのです。

そのスピード・正確さ・鮮やかさは、00年代前半、PRIDE活躍したクロアチア総合格闘家ミルコ・クロコップにも引けを取らないクオリティアクション俳優の道を歩んでいたなら、ショー・コスギを超える国際派スターとなっていたに違いありません。

ハイキックされた素人救急車搬送されたため、この一件は当然かなり問題になったそうですが、同時にメンバー間の絆が強まったとも後に語られています空中分解してしまった今のSMAPには、もう一度この「森クンの一撃」を見てもらい、結束を誓った日の記憶を思い起こして欲しいものです。

http://youtu.be/15jcqwQqK5E

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