「救急車」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 救急車とは

2017-07-28

腰の左側が痛み、病院電話するも通話中。

救急車を呼びたらい回しにされた青年、自宅で一人虚しく息を引き取った青年

叫び声を誰も拾わなかった。

誰も大事にしなかった。だから彼らは生きる事を諦めたんだ。

俺なんて死んで当然だよな、死は人としての尊厳を諦めた瞬間に訪れる。

2017-07-26

https://anond.hatelabo.jp/20170726120823

911でも緊急通報に繋がるよ。

以前、救急車を呼ぼうとした際、気が動転して、たった3桁の番号が思い出せない。

何とか救急車を呼ぶ事に成功したんだか、後日、電話発信履歴を見ると911に掛けてた。

追記

2017-07-25

https://anond.hatelabo.jp/20170724225630

私有地内は道路交通法違反にならないから非常に面倒なんだよな。

傷害にはなるけど、点数つかないか警察も動きにくい。ナンバープレート通報するのは有効。とりあえずそれだけでも相手にはプレッシャーになる。

ただそこから具体的に刑事有罪とか慰謝料とか治療費とかまでもっていくにはかなりの労力がいると思われ。

この場合、「車に跳ねられた」ってことで救急車呼んでおけば警察にも話が言っておそらくスムースに大ごとにできたと思うのだが。

2017-07-23

搬送病院東京女子医大ではない理由

東京女子医大は、救急外来受診し緊急を要しない(軽症)と判断された場合、『時間外選定療養費』として医療費とは別に 『8,640円』を徴収している。

この時間外選定療養費に対して保険は効かない。

ちなみに、ここでいう「軽症」とは入院加療を要さないという意味である

元増田医療費8000ちょっとだったということなので、東京女子医大搬送されたとは考えにくい。

もし東京女子医大搬送されていたのであれば、支払い金額は合計で17000円近くになっていたはずだからである

当院は二次救急医療機関及び三次救命救急センタ-として重篤な救急を要する患者さんへ質の高い医療24時間提供しておりますしかし、夜間・休日救急外来では緊急性の低い患者さんの受診により本来の責務である「一刻を争う急病の方」「重症入院必要とする方」への迅速な診療に支障をきたしております

このような状況を改善するため、緊急を要しない(軽症)と判断した場合、『時間外選定療養費』として 『8,640円』を徴収させていただきます

《 以下に該当する場合などは徴収対象外となります

救急外来受診後そのままに入院となった場合

・当院で当日受診があり、症状増悪によって時間外に受診必要があった場合

・他院から救急外来受診のために紹介状をお持ちの場合

・当院医師より注射処置等のために救急外来受診するように指示された場合

http://www.twmu.ac.jp/info-twmu/emergency.html

ちなみに東京女子医大救命救急センター男性医師18名に対して女性医師11名。

http://www.twmu.ac.jp/hosp/ccmc/staff/staff02.php

元増田のケースでは、時間外選定療養費を徴収されていない点から救急車で運ばれた場合徴収対象外としている病院、あるいは一般病床数200床未満の二次救急病院搬送されたのではないかと推測する。

https://anond.hatelabo.jp/20170722101530

2017-07-22

厄年

業スーからの帰り。明日のお昼用に冷凍ミラノドリア2個入り320円を買った。

足らないと言われたら1個78円のコーンピザを付けてやろう。

そんなことを考えながら自転車家路を急いでいたら、パトカー数台に消防車道路を封鎖していた。

目の前の八高線踏切に、電車が立ち往生していた。

近寄ると、救急車が丁度こちらに向かって発車した。

あ、これは。事故だな。

救急車を避けるように更に左側に寄って踏切に近付く。ここを通らないと家に行けないのだが。

電車内の人達雑談しているのが見えるくらい近くに行くと、踏切を通れず同じく足止めされている自転車に乗ったおばさん達がいた。

犬の散歩をしている人もいた。

夫婦旦那さんがおばさんに聞く。

「何かあったんですか?」

「それがねぇ」

聞かない。聞こえない。

「どれくらい動いてないんですか?」

「もうだいぶ…かれこれ20分は動いてないわねぇ」

猛暑の中、そんなに待ってるのか。自分はまっぴらごめんだ。ミラノドリアが溶けちまう。

踏切の横に逸れ、まるひろの先にあるもう一つの踏切を目指してペダルを漕ぐ。

ふいに民家から何故か線香の香りがした。それを胸いっぱいに吸い込んだ。

嫌な感じだ。

遠い三原という駅の近くにある踏切そばに小さな祠があり、どれだけ朝早くてもいつも線香に火が灯されていたのを思い出す。

自分にとって踏切はいつも線香のにおいがしていた。

一つ先の踏切自由に通り抜け出来るようだった。駅からアナウンスが聞こえる。

『ただいま運転を見合わせております。お急ぎのお客様におかれましては大変ご迷惑をおかけしております。発車まで暫くお待ち下さい…』

こんなことが去年にもあった。

忘れもしない9月末日。帰省してクタクタだったのでレッドアローに乗った。

旦那のために駅弁を買って、指定席についてLINEを送る。

『19時前には帰るよ』

時刻は18時過ぎくらい。駅ビルで寄り道したって約束時間には帰れる筈だった。

突然、足元に大量の缶を踏み潰したような衝撃があった。音も凄かった。

電車に乗ってるのに床を凝視したのは後にも先にもあの時だけだ。

少しして、レッドアローが止まった。

あ、これは。ただごとではないな。

車内がざわついてきた。アナウンスは、異物と衝突したので確認の為しばらく停車するといった内容だったと思う。

あとひと駅なのに、最後最後で足止めを食らうとは。帰省の疲れもどっと出る。

背もたれに凭れて、旦那電車が動かないので遅れるとLINEした。

窓を見ると外は真っ暗だ。時折駅員のような人達が行き来していた。この暗い中、見えるのだろうか?

作業は難航しているようで、電車は一時間以上動かなかった。

辺りをキョロキョロ窺っていると、隣の席のおばさんがワクワクを隠しきれない様子で話しかけてきた。

自転車よね、あの感じ」

ああ、自転車。なるほど、言われてみればそうだ。ならばやはりこれは、人身事故なのだろうと思った。

去年。前厄だった。

レッドアローは30分に一本走っているので、ひとつ見送っておけば遭遇しなくてもいい出来事だった。

なぜ、よりによって。

親に初めて人身事故に遭ったと言ったらネックレスをつけとけと言われた。現在、そういえば全くつけてない。

珊瑚数珠リュックにしのばせて肌身離さず持ち歩いているのだが。

今回もソシャゲの体力使いきるのに一時間かかり、買い物がその分遅れたのが原因のように思う。

また何かあったらここに書きなぐりに来る。

https://anond.hatelabo.jp/20170722101530

ワイも熱中症救急車呼んで入院した経験あるけど

元増田のこれって結局熱中症じゃなかったんだよね?

検査と点滴しかしてないやん。

パニック発作心臓が止まるかと思って救急車呼んだとき増田と同じように検査と点滴くらいはしたで?

熱中症らしき症状で救急車を呼んだ

金曜日15:40分頃、アパートにて起床。だが、おかしい。

体がだるいし、目が開けられない。私の寝起きには良くあることだが、今回は一段と重い。

何とか体を起こして立ち上がるが、どうもふらふらするしかも動悸と吐き気がする。いつものように首筋に寝汗をかいていない。なんだこれは?

温度計を見ると30度とある熱中症や脱水症状に思い至り、冷蔵庫を開けてお茶を飲み、また横になる。リモコン扇風機を付けた。冷房は壊れている。

少し経ってもいずれの症状も治まらない。お茶では足りないのか。

どうにか起きてコップに水を入れ、塩を溶かして二口ほど飲む。まずいが仕方がない。

再度横になって様子を見る。

16:00分頃、周期的にこみ上げる吐き気と動悸は一向に回復する様子はない。悪化している?

意識はしっかりしているつもりだが、一人暮らしなので、もし失神でもしたら恐らくアウトだ。

私は緊急社会システムアクセスすることにした。即ち119への電話である

自己判断死ぬよりはいくらかましだ。

電話口の相手には救急であること、住所、アパート名、名前、症状を伝えた。

あなたご本人ですか?」「はい

熱中症とおっしゃいます思い当たる節があるんですか?」「30度の部屋で寝すぎました」

「わかりました。今救急車が向かっています。ドアの鍵を開けてお待ちください」

大体このようなやり取りで電話は終了し、私はベッドに倒れる。その後体感で5分程度でサイレンの音が聞こえてきた。

インターフォンが鳴らされたので出る。もう何も考えたくない状態になっており、救急隊員とのやり取りは覚えていないが、症状を説明して歩けるかどうか確認され、身分証が入っている鞄を持って戸締りをしたことは記憶に残っている。そういえば隊員の方に顔が真っ白と言われた。

寝巻きのまま自力で歩いて救急車まで行き、中のベッドに横になる。

そして指や腹部に何やら得体の知れないものを付けられる。どうやら指に付いたもので脈を取るらしい。

次いで血圧と体温をはかる。体温37度らしい。平熱34~35度の私にとっては発熱状態と言えそうだ。風邪でもないのにこんな体温になるとは。

搬送先の病院を見つけて頂く間、ライトで目の確認、痺れや神経の確認などをされる。

3名の隊員に来て頂いているが、常に1人は私の横にいて見張ってくれるようだ。大変失礼だがこの方の目は怖かった。口調は丁寧そのものであるのに。

「お名前言えますか?」「生年月日は?」「年齢は?」「今日の日付は?」「ご実家電話番号は?もしかしたらご家族に来てほしいということがあるかもしれません」「今の症状はいかがですか?」「ご職業は?」

質問には全て答えられたが、いかんせん体がだるい。喋るのも億劫だったが否やもない。

他には、今まで似たような症状を経験たかどうか、過去に何か大きな病気にかかったか、持病はあるか、普段何か薬を飲んでいるか、などだった。それ以外にもあったかもしれないが覚えていない。一週間前まで夏風邪にかかっていたことを確かここで話したか

質問最中には別の隊員の方が私の状況を年齢性別と共に病院に伝えてくれているのが聞こえてくる。2、3回、この病院はかかった事があるかと聞かれるが、全て初診の病院である。金曜午後4時とあってなかなか搬送先が見つからないようだ。付近で行った事のある病院を聞かれたので、以前風邪とき見てもらった個人のクリニックの診察券を見せるが、すでに診療時間外であった。

今思えばこの質問攻めとも言えるものは、必要情報を得ると同時に意識を失わせないようにするためのものだったのだろうか。

この間に動悸は治まりめまいも軽減したようだ。何も考えたくない状態は変わらないが、症状としては吐き気のみになっている。救急車の中の温度が功を奏したのだろう。

やがて搬送先が見つかり、移動開始。車内はゆれるので何かあったら伝えてほしいと言われる。

10分ほど揺られて病院に着いた。体に付いた器具は到着直前に全て外される。

どこにある何という名前病院なのかもわからなかったが、どうでも良いことだった。ベッドごと救急車から降ろされ、救急室へ運ばれる。

移動中、看護師さんらしき方が「大丈夫ですよ~病院に着きましたからね~」と声をかけてくれる。

救急室に入室。時計をチラッと見てみると、16:28分ごろだった。

救急車のベッドから救急室のベッドへ体を移動する。「ゆっくりで良いですよ」と優しい。

そして胸部腹部に器具を付けられる。心電図か。指にも脈を取るための何かを付けられる。たちまち救急車の中とほぼ同じような状態になった。

症状とそうなった経緯を聞かれたので説明する。もともとロングスリーパーで、前日の22時から寝ていたと言うと驚かれた。

ここで気付いたが、やたらと女性が多い。医師の方も女性であり、経緯と症状を説明している救急隊の方以外に男性がいない。

救急室で何をされたか、おぼろげにしか覚えていない。時系列がぐちゃぐちゃだが思い出してみる。

思考停止状態の私はなされるがままぼーっと目の前にある特徴的なライトを見ていたと思う。手術室にありそうなUFOのごときあれである

確か、もう一度目にライトを当てられる。首を左右に振られる、などだ。眩暈はしない。

採血しますよ。その後点滴打ちますからね」なんと。この状況で血を抜かれるのか。まあ、もう任せておこう。「アルコールはかぶれませんか?」かぶれたことはない。大丈夫だ。

じゃあ3本などと聞こえた気がするが、見ていないのでどれだけ採られたのかは定かではない。

点滴の後、それから看護師の方に心臓部に何やらローラーを当てられてぐりぐりと動かされる。なかなか終わらない。鈍痛的刺激である。私の体のせいか、どうやら目的を達しづらかったようだ。医師の方に交代するが、それでも時間がかかっていた。体を左に傾けるように指示される。よくわからないが、これで成功したようだ。

喫煙飲酒確認をされる。煙草は吸わないし酒は2週間に一度ぐらいだ。

あとは、目の前に指を出され、目で追ってくださいと言われる。問題なくできた。

めがねのような物をつけて天井を見るようにと言われる。とてもぼやけるレンズで、まともに外界を見ることが出来ない。気持ち悪くなったりしないかと言われるが、大丈夫だった。

「私の指先と自分の額を指で往復してください」これもできた。

親指に何かを打たれ、出血したときにその血を器具で調べるということもされた。結構痛くて指が震えてしまった。チラッと顔を確認される。「痛かったですか?」「はい少し」などと会話して気恥ずかしくなった私は目をそらす。

おおよそ処置が終了したようで、救急室にいる人数も少なくなってきたか

点滴が効いたのか、この頃になると吐き気もほぼなくなっていた。

実家電話して頂いたようだが、出なかったのだろう。連絡の付く時間を聞かれるが、今いないのなら深夜でないと連絡不能である。我が両親は忙しい。

迎えのための連絡先を聞き出される。

しかし、連絡先が入っているスマートフォンは持ってきていない(これがまずかった)し、普段の連絡はメールであるデジタルネイティブである私は両親の携帯の番号など全く覚えていない。「おじいちゃんおばあちゃんは?」実家にいるが、祖父はすでになく祖母は離れにいる。電話したとしても聞こえない。「他に近くに知り合いはいいか」いない。

いよいよ困らせてしまったようで、鞄の中のファイルに閉じられた紙に書いてある電話番号を見せられる。「ここは?」「それは職場人間の番号です」「よくわからないな~」申し訳ない。

そうこうしている間に別の患者が来たようで、私は車椅子で別室に移される。何かあったらナースコールをお願いしますと言われ、カーテンを閉められる。

ここでもぼーっと寝ていた。点滴を見る。かなり速いペースで滴が落ちていて、少し経ったら終わった。まさか25歳で救急車のお世話になるとは思わなかった。天井を見ながら、そういえばネットでふぐの毒にあたった人がこのような光景写真をアップしていたな、いやあれはただのネタだったか、などと考える。余裕が出てきたのか。

その後、先ほどの看護師の方がやってきた。曰く、連絡が付かないなら無理に付けなくて良い。血液検査の結果が出て問題なければ帰宅。と先生がおっしゃっていたということだった。

またしばらくして先ほどと同じ方がやってくる。「救急車で来た方は、病院荷物を預かったことになるんです。今回は靴と鞄です。お受け取りのサインをして下さい」なるほど。いつの間にか私の鞄も右に置いてある。気付かなかった。

さらに少し経って医師の方が血液検査の結果を持ってやってきた。2項目ほど異常値だが比較的きれいであり、問題は見受けられない。めまいには二つあって、脳か耳が原因だが、前者は考え辛く、後者をチェックするために耳鼻科受診お勧めする。それから、ご家族には今日救急車で運ばれたことを伝えるように。それから暑いので、クーラーを付けないなら窓を開けて寝ること。脱水は正直わからないが、水を2リットルほど飲んだほうが良いことを伝えられる。

次に医師ともう1人の方が水を持ってきた。「体を起こして、飲めますか」問題なく一口飲む。「込みあがってきたりしませんか」大丈夫だった。

最後確認として、点滴スタンドの取っ手を杖代わりにして立つことを指示される。立てるし、眩暈はない。そして、靴を履いて歩く。歩ける。綱渡りをするように、前に出ている足のつま先に後ろの足のかかとを持ってくる歩き方でまっすぐ歩けるか。できた。

大丈夫そうだ。医師も同じ判断らしく、帰宅の準備に入る。「お帰りはどうしますか?」「どうしましょうね……」「お金があればタクシーが良いですね」なるほど。

点滴を外され、消毒したガーゼを当てられるので、自分で押さえておく。太い針だったようで、少し待つ必要があった。その後テープで固定される。

荷物を持って靴を履く。会計場所説明されたので、医師の方に今回のお礼を言って移動する。

そういえばめがねをかけていない。視力が悪いので少し視界がぼやけているが、目を細めながら会計に到着し、救急で来たことを伝える。診断書を書いて提出して待つ。この間に時計を見やると、18:40分ごろだった。少し経つと名前を呼ばれる。

この病院の診察券を発行して頂いたようなので受け取って精算する。合計8000円と少しらしい。持ち合わせの現金では足りなかったが、クレジットカードが使えて助かった。会計後、タクシー駐輪場所を聞いてそこへ向かう。ちょっと迷った。

最初は寝巻きのまま外を出歩くのに違和感があったが、状況が状況である。気にしたところでどうしようもない。会計では、タクシー駐輪場所にいなかったら自分で呼ぶようにと電話番号を書いた紙を貰っているが、電話がないのでいないと困る。しかし、運良く一台のタクシーがとまっていた。

手を挙げて乗る意思を伝え、自宅アパートの住所を伝える。タクシー代は1700円と少し。現金で支払った。

帰宅後、何はともあれ水分補給をする。そして熱中症で運ばれたことを家族と友人に伝える。だが、ここで部屋の温度と湿度に気付く。間抜けな!この環境から事が起こったんだろう。

すぐに窓を開け、付けたままになっていた扇風機の風力を上げる。これで涼しくなる。

時間か休んだのち、着替えて近所のスーパーへ向かう。ポカリスエットと水とカロリーメイト、そして食料を買った。

ところで私が運ばれた病院はなんという病院なのか?診察券を見てみると……なるほど、女性が多かったのはそのせいか

なんとも稀有体験をした一日だった。直接お礼が言えたのは医師の方のみだったが、今回119の電話を受けて下さった方、私を運んでくれた救急隊員の方、処置をしてくれた医師及び看護師の方には心よりお礼を申し上げたい。


反省

・初期の対処

扇風機を付けただけでは足りなかった。すぐに窓を開けるべきだった。

・部屋の冷房が壊れたまま

早く直さなければならない。

病院に両親の連絡先を伝えられなかった

必ずスマホを持っていく。緊急時であればあるほど重要

めがねを忘れる

持って行く。

追記

暖かい言葉を頂いてとてもうれしい。私の部屋も暖かいぐらいの温度だったら良かったのだが。

こんなことで救急車呼ぶなと言われるのも覚悟していたが、全くの杞憂だったようだ。

30度でもここまでの症状になるのか。体質にもよるんだろうけど。

素人の推測だが、長時間睡眠で水分が取れなかったためだろう。目が覚めて良かった。

冷房使わなかった頃は2Lのペットボトルを凍らせてバスタオルに包んで寝てたな。500MLのPBでもタオルでくるんで脇の下、首筋、太もものいずれか(動脈のある部分)に充てるだけでも体内の温度を下げる効果がある。

発想がすごい。これはやってみよう。

じゃなかったオチだと思って最後まで読んじゃったけど熱中症だったのか?

あなた熱中症ですとははっきり言われなかったので真相はわからない。

重症だと意識障害や手足の痙攣などが起こるらしいので、私の場合熱中症だとしても比較的軽いものだったのだろう。

ロングスリーパーはい睡眠時間の長さが異常。別の病気も疑ったほうがいいような気がする。

まれ持った体質と思って諦めているが、確かに少し調べてみても良いかも知れない。

興味深かったが何故そうしたのかよくわからない箇所でぼかした記述が入ってる。増田肥満体型で搬送されたのは産婦人科だったのだろうか?

診察券のくだりだと思うが、女性が多かったことを説明するためにはこの病院名前を一部書く必要がある。

だが試しにそれをググッたら、一部と言えどもあっという間に特定できそうだったので一文字も書けなかった。

2017-07-17

会社を辞めた

ちゃんと仕事をしている人は本当に偉いと思う。

   

会社を辞めた。

会社には面目上は取り繕った理由を伝えたが、本音は本気で疲れたことが理由だった。

ある日突然全てが馬鹿らしくなった。私は一体なんなんだろうか。

30代、こんなバカらしいことを考えて会社を辞めてしまった。

  

好きで始めた仕事だった。中学上がるくらいにはこの業界仕事をしようと決めて大学にも行き、念願叶って始めた仕事だった。

入った会社長時間労働薄給スパルタ上司だった。

私はあらゆる業務が人より劣っているため、他の人の3倍4倍も努力しなければ仕事にならず、体力的にも精神的にもハードな日々だった。

それでも好きだから技術を身に付けたいからと我ながら頑張った。いいデザインができるようになりたい。限界までやる。自信をつけたい一心だった。

自分無能さに押しつぶされる毎日だった。

悔しさと情けなさで泣きながら終電の駅から足を引きづるように帰った日は数え切れない。

生理も何度も止まった、変な蕁麻疹が出た、救急車で運ばれたこともあった。

残業続きで仕事に没頭していて恋人ともうまくいかなかった。(これは仕事が原因だけではない)

「好きじゃないとできないけど、好きだけじゃできない」という言葉がこんなにもしっくりくるのかと自分でも笑けた。

  

気づけば10年近く経って、そんな中で何度か報われることもあった。

担当者に気に入れられ指名をもらうと、寝不足の辛さなんて吹っ飛んだ、

運良く素晴らしいチームで仕事ができ大きな結果を得た時は素直に嬉しかった、

納期に間に合った、いいねと励まし合えた、小さなことから大きなことまで。

  

ただ、今まで「好き」でやっていて気力と体力で粘ってきたが、圧倒的にわかったことがあった。

できない奴はできない。それが私だった。

  

ある時突然全てがバカらしくなった。自分能力の無さに、これ以上会社員でいても給料が上がりそうもないことに。そんな仕事必死になっていた自分とその膨大な時間に。

会社に勤める必要はあるのだろうか。疲れた。もう嫌だ、仕事なんてしたくない。上司も嫌いだ。何もかもつまらない。

そんなことばかり考えていると朝起きれなくなった。体調が悪くなり、出勤途中の快速電車を降りることが増えた。

電車の中で無意識に「もう無理」と呟いていた。これは寝言なんだろうか。

  

周りには素晴らしい仕事をする人がたくさんいる。

こんな人間に誰が仕事を頼むというのか。

引き継ぎのタイミングを見計らい会社を辞めて独立した。

  

どうにかやっていけている。

努力の仕方が間違っていたのかもしれない。勉強方法ももっと別のやり方があったかもしれない。

後悔しても、今目の前にいるのは疲れ果てた自分

どうにか頑張れと思う。(家賃を払わなければいけないのだ)

世の中甘くないというのは聞き飽きた。

働かないと生きていけないのも大変だなと思うようになってしまった。

  

夕飯を出汁からとって準備するような暮らしをしたい。

できれば笑って過ごしたい。

2017-07-13

バニラエア相手ちょっと本気を出して見た話(5)

バニラエア相手ちょっと本気を出して見た話(1)https://anond.hatelabo.jp/20170713011805

バニラエア相手ちょっと本気を出して見た話(2)https://anond.hatelabo.jp/20170713013049

バニラエア相手ちょっと本気を出して見た話(3)https://anond.hatelabo.jp/20170713030752

バニラエア相手ちょっと本気を出して見た話(4)https://anond.hatelabo.jp/20170713123253

 

○時、バニラエアから電話がかかってきた。

 

センター長:以下長)「お待たせして大変申し訳ございません。私、当コールセンターセンター長の(実名)と申します」

(おれ:以下俺)「一つ聞くけど、あなたがそこで一番偉い人?」

(長)「左様でございます

(俺)「今日の15:00までに回答もらえるっていう件は知ってます?」

(長)「存じております。ご回答を作るのに時間がかかっておりまして、申し訳ございません」

(俺)「回答を作る?私は本日中に回答できるかできないか、進捗を教えろと言っただけですよ?」

(長)「・・・しわけございません」

 

センタークラスでこれかよ。やれやれ

ちょうどいい機会なので、おれはこの件についてこいつに1から問い正してやることにした。

 

(俺)「私は、今回の件についてはメディア等で知りうる限りは調べました。車椅子のかたにも非があるのも知っています。その上でもう一度、一連の経緯を、あなたの口から説明していただけますか?」

(長)「はい。6月某日に、車椅子に乗られたお客様関空から奄美行きの便にご搭乗いただきました。その帰りの便も弊社をご利用いただいたのですが、あいにく奄美空港にはボーディングブリッジが1つしかなく、その時は他社が使用していたので、弊社の奄美便はタラップをご利用いただく形となっておりました。そのため、車椅子お客様には安全上の理由からご搭乗できかねる旨、ご案内差し上げました。ですが、お客様にはご説明がうまく伝わらず、自力タラップを登るという結果となってしまいました。誠に申し訳ございません」

(俺)「私に謝られてもしょうがないので、それは当事者間で行ってください。それより、質問があるんですけどいいですか?」

(長)「はい。どういったことでございましょう?」

(俺)「関空から奄美へは問題なく乗れたのはなぜですか?」

(長)「関空には障害者お客様用の搭乗設備が整っていたからでございます

(俺)「じゃあ、関空へは車椅子の人が”連絡なしに”行っても問題なく乗れるんですね?」

(長)「左様でございます

 

おい、聞いたか

設備が整ってる空港車椅子からと言って別に事前連絡入れる必要ないらしいぞ。

ネットでは「事前連絡を入れるのがルール」ってドヤ顔で書いてあったけどな。

ルール厨息してる?ねえ、どんな気持ち

 

(俺)「奄美ではボーディングブリッジ以外に乗る手段はなかったんですか?」

(長)「はい。弊社ではストレッチャーやリフトといった設備は導入しておりませんでした」

 

ストレッチャーってわかるよね?救急車で運ばれる人が乗るやつ。

https://www.ana.co.jp/service-info/share/assist/stretchers.html

こういうの。

 

(俺)「リフトはともかく、ストレッチャーなんて大した設備投資にはならないよね?なんでそんな物も用意できてないの?」

(長)「申し訳ございません。配慮が足りておりませんでした」

(俺)「おたく会社はいから開業してるの?」

(長)「2011年からでございます

(俺)「ふーん。もう7年も営業しているわけね。で、ストレッチャーもないと」

(長)「たまたま奄美空港にだけご用意していなかった次第でございます

(俺)「おたく国内便はいつの空港に就航してるの?」

(長)「・・・新千歳函館成田関空奄美那覇の6箇所でございます

(俺)「6箇所しか就航してなくて、7年も営業してて、未だにストレッチャー1つ準備できてない空港があったの?」

(長)「・・・そういうことになります

(俺)「おたく相当貧乏なんだね。そんなんで飛行機飛ばしてるわけ?」

(長)「・・・

(長)「・・・そういった厳しいご意見があることも承知しております。本件につきましては、2週間後にストレッチャーを導入いたしました」

(俺)「ふーん。まあいい。次。実際、その車椅子の人が乗ろうとしたときストレッチャーが無かったと」

(長)「はい

(俺)「じゃあどうすればよかったと思う?私は力持ちのスタッフを2~3人連れてきて運び上げれば済んだ話だと思うんだけど」

(長)「そういったご対応安全上の理由もあり、お断りさせていただいております

(俺)「安全上の理由とはどんな?」

(長)「万が一、お客様を落としてしまったり、そう言った危険性を考慮した上での配慮です」

(俺)「あなた、今自分が言った話に矛盾があるの分かってる?」

(長)「どう言ったことでございましょう?」

(俺)「自分発言を遡って考えてみなさいよ」

(長)「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

だめだ、このセンター長完全にフリーズしちゃったよ。

 

(俺)「あのね、人力で運ぶのは危険だって言ったじゃん。それでストレッチャー入れましたって、あれも人力で運ぶ訳じゃん。両者に安全性の違いはどこにある訳?」

(長)「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

よくフリーズするセンター長だなあ。こんなんで大丈夫かよ。

 

(俺)「まあ話をまとめるわ。奄美空港には介護用の設備がもともと無かったと。んで、車椅子人間を持ちあげりゃ済んだ話をめんどくさいからやりませんでしたと。これでOK?」

(長)「いえ、けっしてめんどくさかったからという訳では・・・

(俺)「じゃあ、そこまで気が回るスタッフがいなかったと」

(長)「その点については・・・配慮が足りなかったことは認めます

(俺)「もう1点。この件はたまたま奄美スタッフポンコツだったのか?それとも御社全体の問題か?」

(長)「弊社全体の問題として捉えております

(俺)「じゃあ、車椅子問題だけじゃなく、御社全体の取り組みとしての回答を頂けます?」

(長)「かしこまりました」

(俺)「いつまでに頂けます?」

(長)「来週の月曜日までには必ず」

 

おいおい、こいつ本当に事の重大さをわかってんのかよ。

 

(俺)「さっき、御社全体の取り組みとしての回答って言いましたよね?」

(長)「はい

(俺)「そんなの1週間でまとめ上げる事できるの?失礼だけどあなたの持ってる権限で」

(長)「どういうことでしょうか?」

(俺)「会社代表する回答ってことは、極端な話、社長以下全ての人間が内容を知っていなければならないよね?」

(長)「左様でございます

(俺)「そんな話を本当に1週間でまとめられるの?」

(長)「それは、私のことをご心配されていただけているのでしょうか?」

 

だれがお前の身なんか心配するかよ。

お前の能天気さが心配なだけだ。

 

(俺)「まあそうですね」

(長)「では、こうさせてください。今お客様がおっしゃった事が可能かどうかも含めて、金曜日の16:00までに一度ご回答させていただきます

(俺)「それで構いませんよ」

(長)「では申し訳ございませんが、それまで暫くお待ち下さいませ」ガチャ

 

つづく↓

https://anond.hatelabo.jp/20170713174738

 

意見クレームその他ツイッター(@be_n_te_n)まで

2017-07-09

anond:20170709011614

まだ生きてるか?

ホントに40度超えてまだ家にいるなら救急車呼べ。マジで

2017-07-05

父が発狂した

酒の飲み過ぎで前頭葉に隙間がある

アルツハイマーのように突拍子もないことを言っているのではなく

感情の起伏が大きくなっていて制御できない状態

それでも薬で抑えられるから退院して約1ヶ月後

母は父がストレスを溜め込んだ原因を

決して私のせいだと言わない

けど

私のせいだ 

昨日暴れて警察救急車が来て

縛られて 運ばれた らしい

精神病院

私が鬱気味だった高校生の頃

母に病院にかかりたいと相談したことがある

母は反対した

通院歴があると世間の目が、とか

お嫁に行く時支障がでたらいけないとか

あのイメージのままだろうか

必要以上に辛くなってなきゃいいけど

父が発狂しても 母のことを悪く言わなかったらしい、

そのことにホッとした

妹や祖母には暴言を吐いていたらしい

でも

本当に暴言を吐かれなきゃいけないのは私なのに

2017-07-02

https://anond.hatelabo.jp/20170702205144

酔っ払い保護警察が出動するので、その人件費、つまり国民税金が使われている。

急性アル中により救急車が出動すると、社会の中で稼働可能救急車を減らすことになるので、

本来助かるはずだったはずの命が、救急車不足によって失う可能性がある。

2017-06-23

都議会選に田舎者が思うこと

都議会選挙告示されて、東京の街はそれまで以上に賑やかになった。

24時間対応病院が少ない」

総合病院の不足」と候補者が声高に叫ぶ。

うちの田舎じゃ、夕方までやってる病院に行くにも車が必要

駅までも遠いし、バスなんて走っていない。

列車で行けない距離にあるから、近所の人の車に乗っけてもらわないと病院に行けないのが普通

しかも、内科外科しかない。

皮膚科産婦人科耳鼻科なんて、さらに車で走らないと無い。

妊娠すると、高速を使って産婦人科に通う。

別に名医いるからじゃなくて、もちろんそこが1番近くの産婦人科から

間に合わなくて、救急車タクシーの中でのお産を経験した人もいる。

東京にやってきて、病院の多さに驚いた。

田舎では中々病院に行けず、気づいたら手遅れになっていたり、

専門医がいないので、医療ミスのような出来事もざらにある。

人口比率から考えれば、当然のことなのかもしれない。

だけど、

もっと病院が近ければなあ」

専門医がいればなあ」

葬儀でそんな言葉を聞いてきた人間からすると、やっぱり贅沢だなあと感じてしまう。

都議会選挙なんだからさら都民暮らしがよくなるようにするのが当然なんだけれど。

なんだかモヤモヤしてしまった。

2017-06-18

#7119を早く全国に普及させてほしい

お婆ちゃんが体調を崩して、救急車を呼ぶべきか判断に迷った。

しかし調べたところうちの県は、救急車を呼ぶべきか相談できる窓口「#7119」に対応していないらしい。

4月現在 東京奈良大阪福岡の4都府県と札幌市など3市のみ対応してるそう)

他にも24時間対応している救急相談窓口を探したが、県職員共済加入者向けの番号しか見つからなかった。

当番医も営業前なので、仕方なく119。

電話がつながり、救急と伝えるとまず救急車を手配するか否か聞かれた。判断を仰ぎたい旨説明して状況を話した結果、救急車を手配してもらうことに。

(当たり前だが対応してくださった方は急いでおり、こちらとしても判断を仰ぐのは申し訳ない気持ちになった)

全国では救急車の出動回数が増え、半数は軽症の患者とのこと。救急車必要か否か、素人には判断に迷うことも多い(特に子供高齢者)。

適切な救急車利用のためにも、やはり全国に#7119を普及させてほしいと感じた。

気胸でもできる仕事

両肺の肺気胸なんですけど、それでも男でできる仕事って何がありますかね。何度も再発してしまう体質のようで、医者からは「救急車が呼べないところには行くな」と釘を刺されています

やっぱり事務職とかになるんでしょうか それとも独立

2017-06-13

また主語が大きすぎるといってみようか

anond:20170612211304

この増田死ぬって肉体死(老衰死)だろうとおもうが、他にも死が有る。

犯罪などを犯して世間からクズ扱いされ愚痴憎悪のはけ口にされる社会的死。

痛みがある肉体的死や病気

脳死

認知症による知性の死、

逆に知性があっても気力が失せて一時的に生きるのが辛くて死にたくてしょうがない鬱状態(気力の死)などある。

そうして考えていくと実は不幸だが肉体死が訪れなないまま生き続けなければならないのも

死ぬより怖い。

 

となると結局は「みんな元気で死なないのがいい」。

それは単なる半径5mの幸福で達成できる。

熱中症にかかると救急車で運ばれて5万円かかるし下手すると死ぬ

じゃあ1人1人が工夫して自分や半径5m内の人が熱中症にかからないようにすることで、病院のベッドを1つ開けて、他人が生き残るチャンスをつくれる。

常識ってそんな幸福への願いの積み重ねだ。

 

ピンピンコロリを目指すご老人の知恵で十分ではないか

丹波哲郎さんの死後世界説明が(宗教がない人にも)かなり受け入れやすいので調べてみよう。

 

追記

宗教でいえば、アイドルに全てを託して、アイドルに会えたり握手できたらその日死んでもいい、悩み苦しみもアイドルの一番好きな芝居してるとき写真にむかって告白してればなんか解消できちゃう。がキリスト教その他一神教

逆に徹底的草食系になって、宇宙とか意識して好き嫌い感情を常にフラットに保つことで死もこわくない。アカシックレコードの一部として生きるのが仏教多神教というか、無神教。

どちらにもそれなりの救いはある。

 

どちらにもハマれず急に本当に辛くなったら、そのときメンタルのお医者さんにかけこんだらいいよ。

お薬もいいのが出てる。薬飲んで寝て、しばらく暮らして辛くなくなったら医者いかなくなればいいだけ。

そのままほうっておくと肉体症状がでてきたりして、もっと辛くなっちゃう。

2017-06-11

婚活しまくってた10代の私

私は都内の中堅私立大学に在籍していた時、婚活をしていた。期間は途中の休止も挟んで3年くらい。

以下に当時の活動を列挙して行く。

婚活サイト

これを中心に婚活していた。大手ではyoubrid、Yahooお見合いブライダルネットあたりに入会していたと思う。あといくつか小さなところにも登録していたけどよく覚えていない。

どこのサイトもそうだが、何万人もいる会員のプロフィールを全て見ることはできないので、フィルターをかけて検索することになる。

私がかけていたフィルターは、

・25歳〜40歳

年収350万円以上

大卒以上

関東在中

とかだったと思う。

サイト意識していたことは、

・とにかくプロフィールを充実させ、話の取っ掛かりをつくる

マメ日記更新する

・フォトスジオで撮ったきちんとした写真をのせる

・1人の人とメッセージをやり取りするのは一日一往復まで。かわりに内容を濃くする

ハンドルネームをあるSF小説タイトルをもじったものにし、相手が気がついたらその話題で盛り上がり、気がつかなくても「ハンドルネーム意味はこれなんですよ〜」と言って話のネタにしたりした

検索していいなと思った相手にはメッセージを送り、何度かやり取りした後に会っていた。サイトはどこも一長一短で、合うか合わないかは人によると思う。私は街コンとか他の婚活方法よりも、メールである程度やり取りしてから相手に会える婚活サイトが一番性に合っていた。

街コン

合計10回くらい行ったかな。オタク向けのやつだと積極的男性割合が低く感じたし、そういった括りがないものの方が積極的な(暗に性的な接触を望む人含む)人が多かったと思う。

結婚相談所

サンマリエに一度相談に行ったら、ドン引きするくらいの勧誘を受けて怖くなって入会しなかった。お金なかったし。住所と電話番号を書いちゃったかDM電話死ぬほどかかってきて困った。

活動場所はこんな感じ。一番活動してた時は同時並行で10人くらいの人とやりとして、朝1人会って夕方もう1人に会うみたいなスケジュールをこなしてた。勉強してバイトして婚活するのは結構消耗した。

会った相手に必ずきかれたのが、「どうしてその年で婚活しているの?」という質問

相手によって答えを変えていたけど、端的に言うと私は、1人で生きて行く自信がなかったのです。

精神的に弱くて、実家がわりかし貧乏で、不器用で、人とも上手に関われなくて、高校中退して大検大学行って。

そんな私が、1人で生きて行くなんて到底不可能だと、それがわかっていたから、誰かに一緒に生きて欲しかったし、誰かに私と一緒に生きていきたいと思って欲しかった。

その誰かを見つけるために、より多くの選択肢がある場所で、「若い」というアビリティがある内に早く活動をしておきたかったんです。

ただ誤算は、婚活サイト出会う真面目な人はすぐ結婚したいと思っているし、私はすぐ結婚できないということだ。私は学校卒業就職というプロセス踏まないといけない。私がよく会っていた30代半ばの男性達がそんなもん待ってられんというのは当然の話であるわけだ。

(ちなみになんで大学で探さなかったのかというと、大学という「市場」で自分に優位性はないと考えたため。)

そんな中、私は婚活とは全く関係のないオフ会出会った男の人と友達になり、その人の友達とも仲良くなってよく数人で遊ぶようになった。

そのうちの1人が、今の夫だ。

夫は物静かで喜怒哀楽に乏しく、口数も少ないのでどちらかといえば苦手なタイプの人だった。ただ、なんとなーくグループで遊ぶ内に、なんとなーく2人で遊びに行くことになり、なんとなーく交際し始めた。結婚の話なんてしたことなくて、緩やかな付き合いが続いた。

就職して2年目。私は仕事である失敗をし、リカバリーするために朝から夜までぶっ通しで働き、食事を取れなくなって眠れなくなって死にたくなって救急車で運ばれた。

それでも休職はしたくなかった。一度止まってしまうと、もう働くことはできない気がしたから。

病院に毎週通いながら会社に行くのは大層しんどく、トドメADDだとか学習障害だとか診断されて、つらくてつらくて、夫(その時は結婚していない)当たり散らしてた。

夫は私が何を言っても一言も言い返したことはなかった。(あの時どんな気持ちでいたか数年後聞くと、「君が辛そうなのが本当に悲しくて、僕に何か言うことで、少しでも君が楽になれたらいいと思ってた」そうだ)

当時、狂ったように泣き叫ぶ私に夫は言った。

「つらいなら、病院に行かなくてもいい。会社に行かなくてもいい。病気でも障害があってもいい。僕は、君が生きていて、君が君であるだけでそれでいいんです」と。

夫は私の通院についてくるようになった。雨の日でも、待合室で二時間以上またされても、黙ってそばにいてくれた。

それは結婚した今でも続いている。

相変わらず生きづらいけど、しんどいけど、仕事続けながらなんとか夫と生きている。

今でもふと思う。

婚活サイトフィルターかけていたら、歳が離れていて大卒ではない夫に出会うことはなかったんだなあと。

以下の増田出会ったきっかけは?という質問があったため、馴れ初めを書いてみた。

http://anond.hatelabo.jp/20170126204733

2017-05-30

これをまさにプリントアウトして病院に持ってくのってあり?

アラサー女子。なんとかフルタイムで働けている。

10歳くらいから過食、爪剥がし、抜髪等の自傷あり

また自己管理が出来ず遅刻日常茶飯事、部屋は汚部屋が当たり前

このへんは全部自分がだらしなくて怠けてて、食欲とか衝動がおさえられないのかと思ってた

まあ何とかギリギリ大学卒業して、就職して自活してたんだけど4年前になんか辛くなっちゃって首吊り練炭自殺しようとしたけど救急車呼ばれて助かっちゃったんだよね

そこからちょっと入院して、メンヘラ病院カウンセリング通いが始まった

1年通ったあたりで両親の離婚が実はめちゃくちゃ悲しかったこと、そのとき離れて暮らすことになった父親のことがすごく好きだったこと(何故か大嫌いだと思い込んでた)、母の再婚相手と仲良くしなければいけないのが苦痛だったこと、母が過干渉なことを自覚できた

その話をしたあたりでカウンセラーにもう大丈夫なんじゃない?過食とかの自傷もおさまったでしょ?と言われ、おさまってないのにハイと言ってしまった

そのあとそのカウンセラー先生治療目的じゃなくて習い事感覚自己啓発グループカウンセリングはどう?と言われてそっちへ行くことになる

そこで知り合った2人は病気とかじゃなくてなりたい自分があってそれに向かって頑張るって感じだった

医療関係者以外に自分の辛かった気持ちとか聞いてもらうのは初めてで絶対話せないと思ってたんだけど通っていくうちに話せるようになった

グループカウンセリングで話せることが増えるにつれて今まで空回ってる感じしかしなかった人との会話が出来るようになって、友達も出来た

部屋の中整理して時々なら綺麗な部屋を保てるようになった

でも通っているうちに金銭的にもきつくなってきたし、行くたびに他のメンバーはちゃんとがんばってるのに私は...って思うことが増えてきてしんどくなっちゃって行かなくなった。

それから今まで何もしてこなかったんだけど自傷が治ってなくて日常生活に支障が出まくりなんだよね

過食でお金が飛んでくから昼の仕事じゃおっつかなくて風俗で時々バイトしてるし

過食するくせに自分の見た目にこだわりがあるから毎日自分の姿を見るたびに鬱になって何も手につかないことがある、だから仕事家事効率が悪くてもっとやりたいことあるんだけど出来ない、時間ばかり過ぎていく

やっぱりちゃんと自分のこと大事にしてみたい

過食とか自分のこと傷つけるためにお金使うんじゃなくて好きな本買うとか花を生けたりしてみたい

仕事だってもっとちゃんとできるようになりたいよ〜

(昨日見た夢)六月の月

六月。陽が紫陽花色の残滓を残し沈んだ直後、入れ替わりに空へ現れた低く大きな月と、

明滅する黄ばんだ街灯に照らされる薄暗がりの中、セーラー服を着た少女が廃品工場敷地に積みあがった錆びたガラクタの山を睨み付けていた。

帰宅途中、自転車で通りかかってその様子を見つけ、なんとなく立ち止まって彼女を眺めている私に気付いたのか、

彼女は一度、背後に停めてある彼女の銀の自転車越しに私の方を振り向いたが、すぐに興味を失ったように視線ガラクタの山へと戻した。

肩までかかるまっすぐな黒髪と、やや度の強い眼鏡をかけた彼女について、名前はわからなかったが、私は自分彼女同級生だという事をなぜか知っていた。

私は、人気のない工場入り口自転車に跨ったまま、声をかけるでもなく、しばらく彼女の背を眺めていた。

「ねえ。」

不意に彼女が口を開いた。

その言葉が私に向けられたものなのか確かめる間もなく、聞いていようがいまいが関係ない一方的な様子で、彼女は続けた。

「ユキのこと、覚えてる?」

ユキという名前には聞き覚えがあった。タニムラユキ。緩くパーマのかかった、明るい栗色の髪が印象的な少女

タニムラさんは、私と彼女の前年度の同級生で、明るく活発で誰にでも分け隔てなく接するタイプの、少し勉強が苦手な子だった。

成績が良く控えめな性格の目の前で背を向けている彼女とは好対照性格ながら、傍から見ても二人は特に仲の良い友人関係だったように見受けられた。

タニムラさんは、五ヶ月前、ちょうど冬休みが明ける頃に亡くなった。

朝、ご家族が起こしに行くと自室で首を吊って亡くなっていたそうだ。

遺書のなかった彼女の死は、二年生への進級を控え、進路や勉強についての悩みが原因の突発的な自殺として片づけられた。

私も通夜に参列し、学校では命の大切さを説く授業が行われ、現在も一部の生徒にはカウンセラーによる面談継続的実施されているはずだ。

もちろん覚えている、と私が口を開きかけた途端、彼女が先に口を開いた。

「ユキ、自殺する前日に『明日先輩に告白する』って言ってたんだ。」

「先輩?」

間抜けな私が、今夜初めて声を発して聞き返した。タニムラさんの死は、実は失恋によるものだったのか。

聞き返されたことが不快だとでも言いたげに少しの間を置いて、彼女は続けた。

「……シュート先輩。サッカー部の。このことは多分……ユキのご両親も知らないと思う。」

シュート先輩について、名前を聞いても顔が思い浮かぶほどの接点はなかったが、

私はその名前が、スポーツがとても得意で容姿の整った、女子生徒から人気のある一学年上の男子生徒だという断片的な情報は持ち合わせていた。

「ユキが死んだ少し後、私、シュート先輩のところに話を聞きに行ったの。

 少しでも、亡くなる前のユキの様子を聞きたくて。

 そしたら、部室の中から『マワしたのがバレるかと思って焦った』『まさか死ぬとは』って……。アイツら、笑ってた。」

その言葉を聞いて、私は言葉を失った。

ごくありふれた、思春期精神的な揺らぎに勢いが付きすぎて死んでしまったのだとばかり思っていたタニムラさんが、

彼女気持ちを踏みにじる、俄かには信じがたいような乱暴を受けたことを苦にして亡くなっていた、ということか。

「許せないって思った。絶対に、絶対にこいつらに復讐して、ユキの仇を取ってやるんだって……。」

絞り出すようにそう言うと、彼女は手に持っていた、どこかのご当地ものらしいキャラクターマスコットを、潰れるほど強く握りしめた。

マスコットを歪め、ガラクタの山の頂上を睨み付けたまま、彼女さらに語る。

「その後、シュート先輩やサッカー部の事を調べたら、結構いろんな噂があった。

 サッカー部の連中は、みんな共犯みたいだった。

 だから、アイツらに近づいて、油断させて、証拠タップリ掴んで、

 卒業まであと少しの……そう、ユキの一周忌秘密を全部バラ撒いて、あいつらの人生グッチャグチャにしてやろうと思った。」

「……そのために私は、都合のいい女になろうと思った。

 無条件に愛して、尽くして、学校でも街でも家でも、いつでも呼び出せて、身体を使わせる、そんな女……。

 男って面白いのね、最初は皆に使わせていたのに、何度も繰り返して、それでも私が離れないとわかると

 段々情がわいてきたみたいに、逆に独占したがって、優しくするようになるの。」

シュート先輩のその行為はとても認められるものではなかったが、その心情がどこか理解できるような気もしてしまった後ろめたさを、私は沈黙で隠した。

「それで、これからは、部活引退して、私が勉強サポートして、いい大学入学を決めて……その後、その後全部台無しにしてやるつもりだったのに……!」

彼女の語気が強くなり、嗚咽が混じり始める。不意に振りかぶるように上げられた右手に握られたマスコットが、更に変形した。

「なのに……なんであっさり死ぬのよ!なによ、遠征帰りのバス事故って!!」

「なんで、遠征先で私に、プレゼントなんか買ってんのよ……!!!

事故サッカー部バスが?そんな話を、私はまだ聞いていなかった。

しかし言われてみれば、昼間救急車が妙にたくさん走っていて、学校教師陣の様子が慌ただしかったような気がする。

驚き、展開を吞み込めないでいる私を置き去りにするように、彼女は続けた。

夕方病院で先輩のお母さんに会って渡されたの、この人形。『あの子が、あなたに。いつもありがとう。』って。」

「何よそれ!!ざまあみろ!自業自得だ!死んで当然だ!因果応報だって

 私が!ユキのために!言って……!笑って……!こんなもの、投げ捨ててやらなきゃいけないのに!!」

腕を振り上げたまま髪を振り乱す彼女の声は、最早完全に泣き叫んでいた。

「どうして、捨てられないのよ……!こんな……ものが……!!」

きじゃくり、肩を震わせながら、力なく彼女右手が降ろされていく。歪んだマスコットを握りしめたまま。

「どうして……」

なだれ、小刻みに震える彼女の背と、同年代人物から発せられたあまりに強烈な感情を前にして、

己の幼稚さが急に恥ずかしくなり、かける言葉も見つけられずただただ見つめるばかりの私を、

先ほどよりも濃さを増した夜と、少し高くなった月が見降ろしていた。


昨日風邪をひいて20時間ぐらい寝ていたら色々な夢を見たのだけれど、その中でも印象に残っているもの文章におこしてみた。

でも頭の中の映像ではもっと迫力あったんだよなー。うーん。やはり夢の話はしょうもないか。

実はシュート先輩の乗ったバス事故は、独自真実を突き止めた(学生が噂を拾えるくらいだし)

タニムラパパあたりが起こしてたりするのかなーとか、起きてから想像してゾワっとなりました。

私も9年前26歳のときに受けた暴行被害届けで訴えればよかったのにな

救急車病院に運ばれたし診断書持って警察行く手間を怠ったのがまずかった

あーあ

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170516174601

まあ、例えウチのおばあちゃんのように無気力になる方向へボケてもどっちにしろ悲しいよ。

ついに孫である俺の顔さえ分かんなくなったときは何のために老人ホームに足を運んでるのか分からなくなったからな。

結論からいうと安楽死必要だし本人の意思尊重するべきだと思う。

老衰餓死)に救急車呼ばないでほしい。

死にたくないと思うのはそりゃ生物として当然だけど

自分最後くらい綺麗に死にたいと思うのもまた人として当然の感情なのを認めて欲しい。

2017-05-14

医療関係者への質問

https://www.youtube.com/watch?v=Lsvmd7Kys3k

上記はyoutuberアナフィラキシーショックの症状が出たとし(症状の進行は穏やか)、救急車を呼ぶ動画である。(内容は見なくても良い)

しかし、周囲に彼を病院に運ぶことができる人間がいる状態であるにもかかわらず、

救急車を呼ぶという物珍しい動画を撮りたいという気持ちもあってか、

救急車を本人が呼び、それを待っていた。

 

それを動画にしたことに、私は疑問を感じる。

救急車は本人が病院へいく力がないなどの緊急時にとる最終手段のように考えている。

この時はよかったかもしれないが、場合によっては別の人の病院へいく移動手段を奪いかねない。

なぜ周囲の友人が彼をいち早く病院に運ぼうとしなかったのかが甚だ疑問であ。

 

動画コメント欄では小さな子がメインで、好きなものを守ると言う姿勢が強いため、

この疑問を動画コメントに残すことは不毛である

 

私のあくま主観だが、この場合救急車を呼ぶべきシチュエーションではなかったように思う。

が、それはあくま素人判断なので医療関係者意見を伺いたい。

拡散を願います

2017-05-13

成田エクスプレスの警告音(?)って

いっちょ突っ込んでみっか!って気分になる音だから事故が絶えないんじゃないかと思ってる。

ドップラー効果がかかった救急車サイレンがもう少し攻撃的になった感じ。

「昔追い詰められてた時に聞いたら危なかった」ですらなくて、だいぶ持ち直した今ですらそんな妙な気分になる

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