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はてなキーワード: 救急車とは

2021-05-11

いち大阪府民の見える景色2021年春)

特にオチなどない)要約するとここ数ヶ月で大きく変わらん。

2020年末に大阪引っ越してきたがニュースで見てた数字の深刻さとは違い、目に見える景色は大変そうではなかった。

団地に住んでるが、ここ数ヶ月で敷地内に入ってくる救急車を3回見た。

少し位置が違ったので、3回とも違う人。そのうち2回は1時間以上動くことないのも見て、今大阪で見てくれる病院がないっていうのを実感した(結局どれくらいで救急車が行ったのかは見届けなかった)

幹線道路近くだからか、非常事態からかはわからないが救急車は1日何台もサイレンが聞こえる。

子どもの通う小学校先生方は感染対策をとてもよくやってくださってると感じる。連絡も早い。しかしすぐ隣の市内小学校でも、入学式形式などが違い、自治体単位でなく学校単位対策の仕方が違うことを知った。

親たちは目に見える範囲では穏やかに過ごしている。習い事プールとか体操教室)が緊急事態宣言出ても中止にならないので自主的に休むか、月謝払ってもったいないから危険承知で行くか悩んでた。

保育園では中止になる行事もあったが、選択式でフェイスシールドつけて親も参加の発表会してたり、結構杜撰だと感じた。クラスターが出て休校になる小学校に通う子どもの親が、クラス全体ラインに「自由参加でお花見しよう☆」と連絡を入れてクラス半数の親子が参加してた。自分含めやんわりでも咎めてる人はいなかった。

吉村知事に関しては、自分の周りでその評価を口にする人はいない(という人付き合いしてない、近所のママさんくらいしか会話しない)自分自分の親は否定的評価をしている。

買い物は9時から開いてた店が、まん防を受けた時から10からしか開かなくなってちょっと不便というくらい。でかい公園体感4割くらい減ったけど子どもは遊んでる。

自分は完全リモートワークで休日公園行くくらいで外食ゼロだけど、ちょっと調子悪いって時に熱測ると38度前後なのが数日続いたのが今まで2回ほどあった。PCR受けられる気がしないのでどこにも連絡していない…。

そんな感じ。

いち大阪府民の見える景色2021年春)

特にオチなどない)要約するとここ数ヶ月で大きく変わらん。

2020年末に大阪引っ越してきたがニュースで見てた数字の深刻さとは違い、目に見える景色は大変そうではなかった。

団地に住んでるが、ここ数ヶ月で敷地内に入ってくる救急車を3回見た。

少し位置が違ったので、3回とも違う人。そのうち2回は1時間以上動くことないのも見て、今大阪で見てくれる病院がないっていうのを実感した(結局どれくらいで救急車が行ったのかは見届けなかった)

幹線道路近くだからか、非常事態からかはわからないが救急車は1日何台もサイレンが聞こえる。

子どもの通う小学校先生方は感染対策をとてもよくやってくださってると感じる。連絡も早い。しかしすぐ隣の市内小学校でも、入学式形式などが違い、自治体単位でなく学校単位対策の仕方が違うことを知った。

親たちは目に見える範囲では穏やかに過ごしている。習い事プールとか体操教室)が緊急事態宣言出ても中止にならないので自主的に休むか、月謝払ってもったいないから危険承知で行くか悩んでた。

保育園では中止になる行事もあったが、選択式でフェイスシールドつけて親も参加の発表会してたり、結構杜撰だと感じた。クラスターが出て休校になる小学校に通う子どもの親が、クラス全体ラインに「自由参加でお花見しよう☆」と連絡を入れてクラス半数の親子が参加してた。自分含めやんわりでも咎めてる人はいなかった。

吉村知事に関しては、自分の周りでその評価を口にする人はいない(という人付き合いしてない、近所のママさんくらいしか会話しない)自分自分の親は否定的評価をしている。

買い物は9時から開いてた店が、まん防を受けた時から10からしか開かなくなってちょっと不便というくらい。でかい公園体感4割くらい減ったけど子どもは遊んでる。

自分は完全リモートワークで休日公園行くくらいで外食ゼロだけど、ちょっと調子悪いって時に熱測ると38度前後なのが数日続いたのが今まで2回ほどあった。PCR受けられる気がしないのでどこにも連絡していない…。

そんな感じ。

大規模接種で副反応が増えて、救急車が不足する事態に陥るとか、

あー、そういうこともありうるのか

これからワクチンを1日100万回だの24時間対応で接種だの言ってるけど、

増えた分だけ1日に副反応救急車を呼ぶ人が数人、数十人レベルでも激増すれば、

その対応救急車が呼ばれて、既存交通事故とか病気対応にも支障が出る

でも、今の段階で副反応ってどれぐらい出てるんだろう

医療従事者だと救急車呼ぶ必要がないってのもあるし

あと、ワクチンメーカーによって副反応の数が違うだろうし、

比較安全というのと副反応意味が異なると思うんだよなあ

副反応が多いからって危険とはかぎらないというか、

寧ろ副反応が出る方がワクチンとして効く可能だってあるんではないかと思うわけで

というわけで、無闇にスガとか政府が二倍!三倍!って布団のCMみたいに言うのも、

ちょっとどうなんだろうなあ、という気がしないでもないのだけど、

いずれにせよ何よりもかによりも何がなんでもオリンピックみたいに自民党は思ってるみたいだし、

王蟲の怒りは止められないし

2021-05-09

anond:20210509180516

副反応アナフィラキシー起こしたとき

救急車呼べばいいって

から医者がいろと

10万人打ったら一人は救急車をどうやって、看護師だけでやるんじゃ

anond:20210509123751

一般国民合法的弾圧できる

オリンピックはすべてに優先されるから

庶民救急車に乗れず苦しんでいるさまをタワマンから見下すの楽しいだろ

増田にも五輪関係者と思われる人が困窮する人をあざけるコメントがたくさんある

2021-05-08

anond:20210508173819

救急車呼べないなら住むところじゃないんだけど

五輪辞退の記事

水泳選手好意的文章ではないです。

今日夜勤コロナ患者さんを看取った。救急車を受け入れて受け入れてやむを得ず断って、断られた患者さんはどうなったんだろうと思いながら見記事

出場予定の選手五輪辞退を求める声ってやつ。選手に言ってもしょうがないとは思うけど悪いのは選手じゃないっていうのは本当にそうなのかな。

今の状況のなか国のお金使って、感染拡大の危機を冒してまで参加するなら多少の責任はあるんじゃない。参加を辞退するべき開催中止するべきってとこまでの話じゃなくて、参加するなら今の世界情勢や反対意見自分の考えを表明しておくのは社会人なら当然じゃん。表向きだけでも、代理人に書いたにしても。

「これまでの努力を」「皆さんに希望を届けるために」「期待に応えたい」とか判で押したようなお気持ちコメントじゃなくてね。

自分意見を言って辞退した選手が損してる。

注目されるときは画面に映って、開催が危ぶまれると「応援して」「盛り上げて」「辛い」「悲しい」だけ言われてもな。

スポーツ選手スポーツだけに集中するのが仕事って言っても選手が気に食わないことがあると自分意見は言うじゃん。なのに自分たちに反対意見が集まると被害者面するんだ。選手やってる間はそれでいいけどそのまま権威ある立場になると某会長みたいになるのか。

彼女病気になったとき献血にすごくたくさん人が来た。献血関連のイベントも開かれて彼女きっかけで献血を知った人も多いと思うし、その血液治療に使われただろう。

一連の病気経験したうえで五輪に参加するのはって意見が出ても仕方ないんじゃない。スポーツ仕事からってあれもこれも許されすぎじゃない。

個人アカウント攻撃する問題と、頑張った人だから病気を乗り越えた人だからって問題五輪開催についての問題はそれぞれ別。

夜勤明けで感情的に書いてしまって文章がめちゃくちゃで申し訳ない。誰にも会えないし誰にも言えないのでここで吐かせてくれ。

にしても今回メダルを獲ったところで「あのコロナ渦で開催した東京五輪メダル」って思われるのはむしろ恥じゃないんかね。

2021-05-07

救急車搬送される人のイラストいらすとや

https://www.irasutoya.com/2015/10/blog-post_88.html?m=1

ちょwwwwwwww

この救急車、後ろの扉ないしwwwwwwwww

専業主婦妊婦救急車不正利用!陣痛タクシーがあるんだから使え!」

専業主婦陣痛タクシー対応してない地域とかありえないでしょ。アタシの意見共感しない人は全員無職

  

最近見かけた人。ドン引き

2021-05-05

anond:20210504195537

ワイの近所はバイクヘリの音はめったにしないけど救急車は一日中うるさいやで

anond:20210505102105

救急車の9割以上が実際には必要ない出動だから、どれだけ増える事やら

anond:20210505101551

大阪は他のICUコロナ用に変えても病床足りず救急車数日待ちやから間違いなく超過死亡は発生してるぞ

2021-05-04

息が出来なくなる夢を見た。吸っても吸っても楽にならなかった。横になってもうまく息が出来なくてずっと思いっきり息を吸ってるのにずっと肺が苦しくてしんどかった。なにかの違法薬物を過剰に摂取してしまったみたいで、医療者の知人にLINE相談したら「それは病院で胃洗浄をした方がいい」と返される夢だった。大阪に住んでいるせいか夢の中なのに、「でもどうせ今は救急車が来ても搬送される先はないし酸素ボンベも不足してるからこのまま息苦しさがずっと続くんだろう」と考えていた。夢の中まで逼迫している。

起きてからも脈拍が早くて、ずっと苦しくて大変だったけど二度寝したらケロッとしてた。コロナにかかりたくないなあ。

2021-05-03

anond:20210503143456

でも「なにを助けてほしいかからないけどとにかく助けてください」にはみんな飽き飽きしてるんだよね。

病院があるのにどの科に何時にたどりつけば治療うけられるかわからないしちょっとググればでることを調べもしないで「病院がこっちに来い」しかたなく救急車呼んできたらきたで「おまえじゃない」と喚くのがセルフネグレクトの果てなんだろ。

もうこういう子供大人セルフネグレクトからの「他人ネグレクトする」と喚く虐待には世間は飽き飽きなんだよ

5歳だったらあらあらかわいそうねよしよしってなるだろうけどおまえら何歳だ

 

お 前 ら 何 歳 だ

 

丁寧に自分内面をみてググるくらいのことはしろ

どうしてもとっかかりがわからなかったらクロワッサンでもなんでも手当り次第見ろ

差別弱者はいはいはいはい

車椅子の人は歩けないという弱点をちゃんといってたよね

おまえらなにが弱いの??頭?意志

一般府民救急車にも数十時間待ちとか言われる中で、維新の会議員さんは熾烈な競争かいくぐってあっという間に入院できるのな

2021-05-02

オッスオラ主婦

連休どこにも行けないかドライブついでに普段行かないちょっと遠めの複合施設家族食料品買いに来たぜ!

密にならない範囲施設外を散歩した後、密になるから旦那けが食料品の買い物に行って主婦幼児と赤子が立体駐車場の車で待ってることになったぜ!

幼児大人しく本を読み始めたけど、主婦車で待機し始めてから腹の調子が悪くなってきたぜ!

ピンチになった主婦旦那に鬼電したけど、店の中が混んでいて旦那は結局電話に出なかったぜ!

大人しく旦那の帰還を待っていた主婦幼児が「おしっこ」と残酷台詞を吐いたぜ!

トイレに行きたいのはお母さんじゃこりゃあ!

急いで赤子を抱えて幼児の手を引っ張って車の鍵を締めて駐車場を爆進したけど、店舗と反対側に止めていたか店舗までが長いぜ!

何とか連絡通路まで来た!

トイレマーク発見

主婦お腹カラータイマーはもうすぐ三分だ!

しかも赤子を抱きながら幼児の手を引くというお腹に集中できないステータス異常!!

間に合うのか!!!

トイレマークの下に「この階にトイレはありません」の非情文字

主婦無事に死亡。

しか主婦は死んでも幼児がいる。

幼児は万が一のことを考えておむつを履かせていたのが救いだ。

主婦は無の境地で施設の1階に向かったぜ。

なんでエレベーターしかないのだ階段を設置しろよぉとかエレベーター待ちながら思ったぜ。

1階のトイレにも「工事中。3階のトイレをお使いください」の非情文字

主婦幼児に「頑張って」と言いながら3階のエスカレーターを登ったぜ。

3階に到着してトイレマークを探したけど見つからないぜ。

途中で100均見つけて後でお世話になることを確信したぜ。

100均の前を通ってトイレマークを探して、50mくらい歩いたぜ。

多分旦那が帰還していても主婦は死んでいたと思ったぜ。

しばらく歩いてやっと多機能トイレを見つけたぜ。

その時旦那からやっとコール

時既に全てが終わって始まるところなんだぜ。

とりあえず赤子をオムツ替えシートに縛り付け、幼児おしっこの世話をしたぜ。

幼児おしっこ我慢できてたんだぜ。

おむつしていたのにすごいぜ。

ちゃんとは大違いだぜ。

旦那トイレ場所を伝えるも、別のトイレに向かってしまったようだぜ。

おむつ替えるわけでもないのにいきなりオムツ替えシートに乗せられて泣く赤子。

おしっこ終わったのにトイレから出ない母を訝しがる幼児

「赤子の泣いてるトイレに来い」と告げ、主婦被害状況を確認

パンツだけ何とかすれば何とかなる。

主婦旦那の到着を待つ。

数分後、悲惨社会情勢を憂う旦那登場。

「これは初見殺しの無理ゲーだったな」と苦笑い

主婦幼児と赤子を旦那に任せて100均ダッシュ

必要物品と幼児向けのプレゼントを購入しトイレに帰還。

処置を済ませ、何事も無かったように車に帰還する主婦と一同。

「何が壊れたり誰か他人が傷ついたわけじゃないからヨシ!」と旦那

かに主婦はよく緊急事態に陥るので慣れっこだけど、ここまで過酷ミッションは今までなかったぜ。

救急車沙汰にならなかった分本当によかったんだぜ。

しかし「007 主婦は二度死ぬ」という感じだぜ。

主婦は死んだけど幼児は本当によく頑張ったぜ。

赤子もすまなかったな。

そしてそんな緊急事態にも冷静に対応してくれる旦那には頭が上がらない。

誰も悪くないんだ。

悪いのはお腹見積もりを誤った主婦と運だけだ。

運か、そうかもな、HAHAHA。

2021-05-01

GWなのに10代で新型コロナ

東京大学生


4月は仲間とフツーに遊んでた

周りにかかったやつがそもそもほとんどいなかったし

そもそも若いからかかっても大したこと無いんだろ?って高をくくってた

このとき、俺はコロナ現実感を感じていなかった

危機感がマヒしていた



4月中旬に仲間の一人が熱っぽいなんて言い出してて

おいおいコロナかよーなんて、からかってたんだけど

次の日からLINEの返信がなくなった



あいつは本当にコロナだったのか?

だとしたら俺は濃厚接触者じゃないのか?

こうなってついにコロナというもの現実感危機感がふつふつと沸いて来た

今にして思えば、危機感を持つのが遅すぎた



友達から返信なくなって次の日

俺はご飯を食べるとき匂いや味がしなくなってることに気づいた

どうしたらいいのかちょっとパニックになった

病院に直接行っていいのか?まず保健所なのか?街のPCR検査にいくべきなのか?

そうこうしてるうちに、どんどん熱が上がって、どんどん気分が悪くなっていく

昨日まで無症状だったのに進行が早すぎないか

若い人は大丈夫なんじゃないのか?

考えがまとまらず、意識朦朧としていく

そこで俺の意識は途切れた



俺は救急車病院搬送された

やはりコロナだったそうだ

進行が急激だったことや、俺は若いのにかなりの重症になったのも

最近変異型の特徴だそうだ

どうりで仲間も突然音信不通になるわけだ

今、俺の体は点滴と酸素吸入器がつけられている

血栓が沢山できるのも特徴で、体中に紫色の痣が浮かび上がっている

意識がいつ回復するかもわからないらしい

このGWはずっと酸素吸入器をつけて過ごすことになりそうだ



俺みたいなことにならないよう

緊急事態宣言飽きたなんて言ってないで

ちゃん危機感を持ってこのGWを過ごしてくれ

頼む

2021-04-30

anond:20210430211532

ワイの近所は爆音で走るバイク・車は皆無やで

救急車が昼夜問わずずっとピーポーなってるけどな

2021-04-29

anond:20210429134530

地震を怖がる人は少なくとも311までは腰抜け扱い、津波警報を見て逃げる人は異常者あつかいされた

病気にしたってそうで、感染症が怖かったら風俗店に行けないが、高額料金が証明する通りそういう店は勝ち組男性が主な利用者

大きな会社に入ったら浴びるほど飲み会をし、救急車で運ばれるリスクを受け入れなければ自主的に辞めることになる

少なくとも前例があることについては、チャレンジして無意味に命を張らないと、日本ではボッチになる

疑問や違和感を感じる男は脱落して消えていき、残っている人はそういう人だ

マッチョでタフな人が頭脳派だろうと残るアメリカと変わらん

2021-04-28

維新を選んだ大阪人wwwwwwwwwwwww

看護師もない呼吸器もない麻酔薬もないwwwwwwww

救急車で一晩過ごすwwww急性アル中で死亡wwwwww

トリアージ始まってんね。命の選別。大阪人が命を選別してもいいよって政党に入れたんだから仕方ないね。好きでしょ?自己責任

維珍なんかを選んでた大阪人自業自得から。苦しんで死ねば?それかリコールでもしろよw大村にやってたみたいにさw

あれも維新議員がかかわってたらしいね

維新議員って中国ホテル会社金もらってたよね?秘書が車で人をひき殺そうとしてたりしたらしいね。ねえなんで支持してるの?

野党に対して売国政党とかレッテル貼ってた結果だよ?

何をもって売国と言ってたの?日本政府批判したら売国?「貶めた」ら売国維新愛国心にあふれる素晴らしい政党なの?韓国とか在日とか、それお前の生活関係ある?

イラつくとかそういう感情抜きにして。いい?慰安婦像作られてイラッとするのは単なる感情なの。わかる?その感情って、今まさに大阪で命の選別が行われてるけど、それよりも大事ことなん?

愛国心でバチーンと死ねよwww

anond:20210428100551

結局、本来なら呼ぶ必要のなかった救急車ってことでしょ

死んでないんだし

anond:20210428100046

事故にあって救急車呼んだら48時間待ちですって状況だけど

大阪センスが光る救急

たぶん無意識ツッコミをやってる。

大阪市消防局救急隊員の男性

救急車で待機する患者さんが10人いてますと。順番待ちですと言われるわけです。救急じゃないじゃないですか

評価したい。

https://www.ktv.jp/news/articles/1fefc22e_3bdc_4763_8b02_05ed23cbb8e3.html

もうさ、ホント限界超えた状況なんんんだよマジで

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

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