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はてなキーワード: 美的とは

2018-10-22

anond:20181022094138

どっちでも同じだよ

モダンタイポグラフィ大家作品をモロにパクってるんだから美的センスあるに決まってるだろ

モナリザの微笑」の超精巧贋作を「これは素晴らしい!」と褒めてるのと同じ

「いやそれ贋作から」という突っ込みに「君たちはこの作品の素晴らしさを分からないのか!」と見当外れな反応してるのにすら気付いてないのがこの国のアート界隈のマヌケさなんだよ

傑作をパクった作品なんだから作並みの完成度があるのは当然の話なんだよ

2018-10-21

「若おかみは小学生」を褒めてる奴はネトウヨアンチフェミ

最後の方で宿を移ろうとしてる客を引き止めるシーンがあまりにもひどい軍国主義美的描写で私にはダメだった

あの「私は若おかみですから」という宣言主人公自我を殺してしま他者への奉仕を優先するということであって、戦中に少女小説が軍国少女生産に一役買っていた歴史を思い起こさせる

>>天使のごとく麗わしい女性と化す秘訣は、その女性芸術オブジェになろうと聖者になろうと、とにかくそ自我を、個人の喜びを、そして個人欲望を、あるいはそのすべてを放棄することである。それはまさに、その女性に死と、天国約束した犠牲意味する。無私ということは高貴であるというだけでなく、死んでしまっているということでもあるからである

サンドラギルバート/スーザン・グーバー屋根裏の狂女」<<

あのシーンで泣く観客は主人公実質的に「命」を差し出す自己犠牲精神に感動して泣いているということ

戦争美的で、反フェミニズム

きっとアベに投票してるような層が感動しているのだろう

占い師女性と仲良くなるのも気持ち悪い

「女は非科学的」というジェンダーロールの再生産になっている

女性科学者にすればよかったのに

2018-10-20

anond:20181020192139

んー、つかこれがパクリだとしても、美的センスという点においては、別に問題はないと思うけどね。

あのオリンピックエンブレムは、オリンピックエンブレムとして使うから機能を持つわけで、他分野からそれを引っ張ってきたのなら、それはセンスと呼ぶべきものでしょ。

2018-09-05

今日仕事で失敗したけど

独身だけど

彼女いないけど

趣味ないけど

土日はずっと家に籠もってるけど

友人あまりいないけど

同僚への劣等感が強いけど

毎日無為に過ごしているけど

お金ないけど

良い物持っていないけど

料理できないけど

掃除できないけど

美的センスないけど

論理的に考えられないけど

文学からないけど

個性ないけど

お酒強くないけど

運動できないけど

勉強できないけど

特技ないけど

自慢できる過去ないけど

英語できないけど

日本語もできないけど

なぜか生きてるよ

2018-08-01

植物に興味がある人と無い人

俺は観葉植物植物家庭菜園ガーデニングなどに興味がない

育てるのにも興味がないし、食べるのも興味がない

花は美しいと思うので一人でも花見をするが、インテリアセンスが皆無だから家には置いていない

ちなみに両親は興味があるタイプで常に何か育てている

 

この前飲んだ時に同じくおっさん2人が大変植物好きで熱く語ってたんだが

どうにもその差がどこから来るのか見いだせなかった

あるとしたら2人がインテリアに強い、美的センスがある人だということだ

植物好きな人センスがあるというか、インテリアエクステリアに興味があるんだろうか

 

そういえば、例えゲームであっても育てるとか、収穫系のゲームはやらない

効率戦略を練るのは好きだが、生産型のゲームもしない(工場とか)

RPGレベル上げはするが、人の育成系ゲームはやらない、面倒くさい

そこもあるかもしれない

 

正直言うと興味がある人が羨ましい

2018-07-30

芸術は制約の中にこそ美がある」という表現の自由主義者にとって不都合な真実

エログロや胸糞、ペドフィリア レイプ ホモフォビア レイシズム

こういう表現の自由の全てを詰め込んだところで

その作品美的に優れてるかっつったら全くそうではない

 

しろ芸術として今日まで語り継がれているのは

キリスト教の抑圧がバリバリあった昔の作品ばかりだ

画材も今よりずっと少ない

PCもない、表現の自由もない それでも我々は西洋絵画を見て感動を覚える

 

表現を制約されることでむしろ美が強調される」

これを感じるには

今すぐペンと色鉛筆を用意すればいい

いくつもの画材をごちゃ混ぜにして描いた絵より

つの画材統一した作品の方が遥に美しい

2018-07-08

三島由紀夫金閣寺」について


金閣寺』という小説が何を表しているのか、単刀直入に語るとすればどのような言い方になるだろうか? それについて敢えて率直に語る事はすまい。

 とは言え、勿論その文章の中心的な部分は割に簡単言葉で表す事ができる。つまりは「美しさ」と「地獄」という二語によってである。ただし、これだけだと余りにも簡単説明でき過ぎてしまう。実は、金閣寺はこの二語のみによって説明できる小説なのであるが、それではあまりにもざっくばらんすぎて、説明が詰まらなくなってしまいかねないのだ。その為、少しだけ読者を焦らす事にする。


 金閣寺1956年雑誌新潮』に掲載され、年内に単行本化し15万部のベストセラーとなった――また、現在に至るまで文庫を中心に300万部以上を売り上げる日本の伝統近代文学の内の一つである海外においては複数言語翻訳され、日本文化を緻密に描いた三島由紀夫文章は各地で絶賛を浴びた作品でもある。しかし、無論この小説には難しい部分がたくさんあって、一朝一夕で読み解くにはハードルが高い。

 しかし、繰り返すようにこの小説は二つのポイントをさえ押さえるならば十分に理解することができる。

 つまりは「美しさ」と「地獄である

 この言葉はあまりにもこの小説を語る際に便利過ぎる。

 金閣寺は美しさの象徴であると同時に地獄象徴であった。これが三島由紀夫がこの小説において語ろうとしていた全てである小説金閣寺』は1950年に発生した、青年僧侶による「金閣寺放火事件」を下敷きにしており、三島由紀夫はこの青年僧の犯行根底に「美への反感」があることを読み取った。そして、そのコンセプトを元に書き上げられたのが、当の大作『金閣寺』なのである


「美への反感」。

 つまり、人は美しいものを時に憎むのである。そのような感情一言に言って地獄の現出に他ならない。

 何故ならば、人は美しいものに中々なれないかである

金閣寺放火事件」の主犯となった青年は幼少より吃音の症状を呈しており、恐らくそ吃音症は彼の人生に薄すらとした重たげな影を投げかけていた。

 吃音症は美しいか否か、と語るとするならば、恐らく人は吃音症を称賛するよりも嘲笑するだろう。いや、これもまた偏見なのかもしれないが、少なくとも三島由紀夫はその吃音の症状一つ取るに、青年僧の人生に降りかかる薄すらとした影の姿をまざまざと感知したのであった。そして、青年僧は自身が美という観念からはやや隔たった存在であることを自覚すると共に、美に対する拭い難い憎しみの存在を抱え続けることになるのである。――自身の美への憧れの象徴として、自身父親から長く「美しい」と語られていた金閣寺存在を、憧れと同時に、憎悪対象とし始めるのである。やがて、青年僧は最終的に犯行に及ぶ――金閣寺放火し、その美の象徴たる美しい建造物を、焼き払ってしまうのであった。

 美に対する憧れ、そして憎しみ、そのような薄すらとした影が、青年僧の人生には降り掛かっていた――これが、この金閣寺という小説を書くに至って、著者である三島由紀夫本人が青年僧に対して抱いていたイメージ重要な箇所であるだろう。そして、もはやこれは自明のことであるとは思うのが、その薄すらとした影――つまりは「美への反感、憎しみ」――とでも言うべき影は、三島由紀夫人生のものをも固く包み込んでいたのである

 三島由紀夫本名平岡公威(ひらおかきみたけ)は1925年に父、梓。母、倭文重(しずえ)の元に生を享ける。

 幼い頃は虚弱体質であった三島が、長じてからは肉体強化のトレーニングに励んでいたことは周知の事実であろう。

 三島心中いかに「美」に対する執着と、そして同時に反感とが存在していたか推して知れることである小説仮面の告白』においても語られていた通り、三島由紀夫心中には鬱々たるものがあった。そして同時に、そこには複雑な、文章によって表現することの憚られるような感情が幾つも幾つも存在していた。恐らく、彼はそのような歪な感情存在する理由を、人生において追究していたに違いないと思われる。

 でなければ誰があん小説を書こうとするであろうか?

 ともかく、三島由紀夫はその人生において複雑な美意識を持っていたし、同時に、その美意識に対する反感を抱き、自分自身感情を飼い慣らすことに苦労していた――そこには美に対する憧れと、同時に美に対する反感、そして美を中心とした地獄があった――これはおおよその三島由紀夫研究者が抱いている彼に対するイメージであろうと思う。三島由紀夫は彼の小説において、彼の人生のものを率直に表そうとしていた。彼の人生というものは、恐らくは彼の書いた小説以上にわかやすものだったのかもしれない。


 金閣寺の作中において、柏木という名の登場人物が現れる。この人物は跛足であり、つまりは歩行に困難を抱える身体障害者であった。

 そして、小説金閣寺』においては明確にこの人物が、当小説における極めて重要な部分を語る鍵となっているのである

 作中における柏木キャラクターについてはここでは敢えて詳細に語らないが、しかし彼が主人公青年僧に対して口にしていた、『金閣寺』という小説の根幹を成す極めて重要台詞について語ることにする。それは、以下のような台詞であった。

地獄の特色は、すみずみまで明晰に見えることだ。しかも暗黒の中で!」(文庫金閣寺、p.129)

 柏木というキャラクターはいわば「地獄」に関する伝道者としての役割果たしている。「地獄とは暗闇の中で一切が明晰に見えることである」。この言葉意味曖昧模糊としている。そこには、語るまでもなく明らかな矛盾がある。暗闇の中では一切が曖昧で、決して明晰になど見えはしないのだ。しかし、このような矛盾物語の後半において一挙に解消されることとなる。そう、ここにおいて柏木の語った一節は、当小説重要テーマである金閣寺の「美的側面」、ひいては、金閣寺の「地獄としての側面」に対して、判明な解答を与える重要キーワードであるのだった。


 飛んで、物語の後半。主人公青年僧は、ついにその目的を実行に移そうとしていた。

 彼の中にある美への憧れの根源――金閣寺存在のものを一挙に焼き払おうというのであるしかし、時刻は夜であった。そこは全くの暗闇であり、暗黒であった――。しかしそれでも主人公の目には、暗闇の中にある筈の金閣寺がまざまざと視認され始めるのである

 そう、正に「暗黒の中で」「すみずみまで明晰に」金閣寺が浮かび上がったのだ。

金閣寺は雨夜の闇におぼめいており、その輪郭は定かではなかった。(p.318)

が、私の美の思い出が強まるにつれ、この暗黒は恣まに幻を描くことのできる下地になった。(p.319)

ついには昼とも夜ともつかぬふしぎな時の光りの下に、金閣は徐々にはっきりと目に見えるものになった。これほど完全に細緻な姿で、金閣がその隈々まできらめいて、私の眼前に立ち現れたことはない。(同)

 そう、ここで暗闇の中で明晰に知覚できたのは、美の象徴として語られる金閣寺の姿そのものだったのである

 金閣寺はここにおいて、彼の記憶に根差した「美」の象徴として語られている。そして、同時に、かつて語られた柏木警句が浮かび上がらせるのは、金閣寺の「美」としての側面と同時に立ち上がってくる「地獄」としての側面だったのである


 小説金閣寺』は、青年僧の中に存在する「美」への屈折した感情を描き切った名作であった。そして彼はその「美」をも、「地獄」をもまた共に焼き払ったのであった。

 そこには、純粋な憧れと同時に、地獄としての大きな側面が描かれていたのである

2018-06-26

anond:20180626104901

それは幻想だね。

科学的にも、大半は遺伝環境要因で決まると証明されてるから

サルトルとか三島由紀夫とかミシェルフーコーが、

ストロングビルドやら美的人生を訴えてたけど、

科学の前では否定されてしまった。

2018-06-24

anond:20180624194549

そもそも語ってる本人の美的基準セルライトとか足短いとかで

かなり女性の同性間競争っぽい評価基準なのに、お前らブサイクとか男をかなり想定してそうな叩きに来られてもなんかな・・・

anond:20180624125753

国内外ミスコンにどれだけ権威客観性があろうが、

  1. 容姿のみで評価するなら、誰が優勝するかは評価者に依存する

という事実に何の関係もないじゃないか

権威ある人物美的センスを同期して評価するわけじゃあるまいし

スリヴァーかよ

anond:20180624115458

残念ながら、1人の増田の君の美的センス

オフィシャル美人コンテストの結果より

尊重することは出来ないよ。

キミが何を尊重しようがしまいが知らないが、美的センス個人個人によって異なることを認めてしまった以上

容姿だけで選んだら誰が選ばれるかは、評価する集団構成依存していて一定しない」、つまり

本当に容姿だけで選んでるなら

モデルみたいなのしか優勝しない

は間違いというのが結論ですね

anond:20180624114837

モデル体型に拘りすぎでしょう。

残念ながら、1人の増田の君の美的センス

オフィシャル美人コンテストの結果より

尊重することは出来ないよ。

anond:20180624112402

そこらへんの大学生たちの美的センス国内外美人コンテスト美的センスと一致しないので、

そこらへんの大学生たちが容姿だけで選んだら美人コンテストの結果とは一致しない

anond:20180624111934

容姿だけで選ぶ」ことについて、

俺は素人から国内外オフィシャル

美人コンテストを想定したわけね

それらのコンテスト審査結果は、

増田で喚いてる君の美的センスよりは

信頼できるものなのだ

2018-05-01

高額ランチ

昼飯食べるところが固定化されてきたので、なんとなく普段来ることのないデパートの上層階のレストラン街に来てみた。

・・・高!!

ランチ 2,000円台普通なのか。。

今日みたいに時々食べにくるみたいならまぁご褒美的で良いんだけど、ぱっと見日常的に来てそうな奥様方がワンサカ。

いやいやどんだけ裕福なのだ

人生楽勝モードのようで何よりだ。

でも、もしかしたらその旦那カップラーメンを食っているかもしれないな。奥さんがそんな豪勢なランチ食べてるとはつゆ知らず。

2018-04-05

anond:20180405213109

本当にこのかばんが売れると思ったデザイナーもこれがお洒落だと思って買った人も美的センスを疑いますね。

このカバン存在価値はあるんでしょうかね。

2018-02-22

所属で差をつけるのが差別

差別の話で「奥さん美人だなぁ」っていうコメント自体

差別的だと騒いでるブコメスターを集めてた。

よく理解しないで言ってるんだと思うけど、

「個々人を見て、(極力色眼鏡をとって)評価する」ことは差別じゃない。

Aちゃん美人だ。

Bくんは勉強ができる。

Cさんは話が上手い。

これが差別になるわけない。ここに所属情報判断基準に入れると差別的になってくる。

黒人なのに)Aちゃん美人だ。

部落出身なのに)Bくんは勉強ができる。

ゲイから)Cさんは話が上手い。

これらの典型的な「○○なのに」が差別

しかすると批判した人は、その「○○なのに」という部分を勝手に読んだのかもしれない。

黒人なのに美人って言える俺かっこいい!って思ってる奴が差別だろ)と。

しかし、自分美的センスと異なる人が理解できないからと言って、揶揄するのは間違えてるだろう。

俺にはわからんけど、その人にとっては美人に思えるんだな。で良い。

個人レベルの「差別しない」ということは、

相手所属情報をできる限りさっぴいて個人を見てちゃん判断することだと思う。

それにはスゴく労力がかかるし、時間もかかる。

そういう判断ができない時(たとえばネットで見た情報など)は、

所属に向けての批判を容易に展開するのはやめるべきだ。

2018-02-15

日本人の外見が醜い、たった一つの理由

目の大きさが左右で違うから

あるいは、片目だけ一重、奥二重になっているから。

正確には、「そういう人が多い」って話だけど、明確に「外見が醜い民族」と言えるよね。

「一重がいい」とか「二重がいい」とか、「足が長い」「ケツがデカい」とかは、まだ美的センスの話かもしれないが、

左右非対称なのはどの民族価値観から見ても「醜い」でしょ

2018-02-11

日本人遺伝子なんかより

頭のいいユダヤ人

カッコいいその他コーカソイド遺伝子

女に孕ませた方が手っ取り早いじゃん

 

なのになんでこの国の人間

自分らの遺伝子にやたらプライドが高いの?

 

アジア人の中で比較的カッコよくても(嘘か真か)

結局世界コーカソイド美的価値観が美醜を決めるわけだろ?

邦画の大スターより

ハリウッドB級俳優の方がよほどカッコいいって薄々気づいてるわけだろ?

 

今の日本人の地のルックス欧米ナイズするのに

何世紀かかるんねんって話だ

2018-01-19

ハリウッドよ、最後ジェダイでもう懲りただろ

いい加減、日本人含む不細工アジア人

むやみに映画に出すべきではないということを

 

 

彼らの自閉症ダウン症じみた幼稚な顔が

世界美的価値観に及ぼす害は計り知れないものがある

西洋価値観崩壊もつながる

 

私はハリウッドの美しい世界

日本人アジア人の小汚い顔に埋め尽くされる様を見たくはない

退廃芸術ポルノアニメで充分だ

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