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はてなキーワード: 都落ちとは

2017-07-02

トンキン馬鹿(主に東北土人江戸期以前の流刑人・都落ちしたクズもの末裔)は、米トランプ・英EU離脱を笑えない「投票権行使するうえでの選択の失敗」を行なった

民主党政権交代、自民党政権奪還の2回に渡って繰り広げられた「国民の愚劣行為」を体感しつつ、

かつ米英選挙のクソっぷりを見ているにも関わらず、たかだか自民都議」とは全然関係のない「党トップの失態」につられて、本日都議選で誤った選択を行なった。

 

今は泡沫の勝利に、右翼左翼自称無党派自称中道中立も、掌を返しながら喜んでいることだろう。

だが、このツケは4年後まで続く。せいぜい苦しめ。

2017-06-13

俺には東京生活するのは無理だ

東京に住んでたこともあって

東京で働く人たちの話よく聞くんだけど

そのたびに「あー俺には東京で生きるのは無理だなー」と思う

だって当たり前のように深夜残業してるんだもん

早朝に出て深夜に帰ってくる(超満員電車で)

最近は働き方改革とやらで残業なくて21時くらいに帰れることもあるよ」

とか普通に言ってくる

それもよくわからんベンチャー企業とかではなく

誰もが羨む超大手社員

俺にはそんな生き方無理だなーと思う

最近思うんだけど

高卒地元にある大企業工場なんかに正社員で入るのが一番いいような気がしてる

あるいは大卒公務員地方銀行Uターンするとか

結婚して子供が二人

日中保育園に入れて

庭付き一戸建てに住んで

毎晩夕食は家族一緒に

みたいな(これを「いい生活」と思うかは置いといて)東京高学歴エリート様でもなかなかできないような生活

田舎では工業高校卒が余裕でできちゃう

そりゃあ仕事はクソつまらんが

そんなに仕事に「やりがい」やら「刺激」を求めてる人っているのかな

しろ増田にいるような人は特にバブル時の「窓際族」みたいなのに憧れるほうが多いんじゃないか

勘違いして欲しくないんだけど

決して東京生活してるやつは情弱みたいな

「まだ東京で消耗してるの?」

的なことを言いたいわけじゃない

しろ東京で俺と同じ状況(既婚子持家有)の生活できる人はマジでスゲエと思う

増田にこんな事を書くのも

就活に敗北し、地元Uターンすることになった無能負け組都落ちした俺」

自己肯定したいという気持ちもあると思う

ただ俺のようなやる気も能力も体力もない人間

普通」の人生を歩もうと思ったら東京拠点とするのはあんまり(極ミクロ範囲での)賢いとは言えないんじゃないかなあ

ってね

確かに田舎だとマイルドヤンキー的な文化に巻き込まれたり、地域行事への強制参加があったりなんてこともある

俺のような「三代目ナントカ」とか「湘南乃風」とか聴くだけで蕁麻疹でそうになる人間にはつらい環境かもしれないけれど

そんな月に一度あるかないかのことで

毎日の定時退社を捨てれるかと言われれば捨てられない



東京は極一部の超人特権階級以外が生活するには厳しすぎるんだよ




最も

これから地方は間違いなく少子高齢化崩壊していくと思う

今の現役世代ですら「逃げ切れる」かどつかは微妙なとこだろう

なので自分の子供にも地方で生きる道を勧めるかと言われれば

それはまた別の話

2017-06-04

山川出版日本史の何がすごいのか、さっぱり分からない

山川出版の日本史いかに凄いかについて情熱的に説明する」

http://blog.tinect.jp/?p=40198

はてなブックマークの人気記事だったので開いてみたのですが、驚くほど中身のない記事でした。

これ、おっさん居酒屋でしゃべっているレベルですよね??

『詳説日本史』を引用するなり参照するなりして、具体的にどこがどうすごいかを語ってほしかったです。

僕も10代の頃はあれが本当に理解できなかった。けど今ならああい教科書が作り続けられる理由がよくわかる。物事を語るにあたって、中立を維持しようとするとなると、事実しか語れなくなるのである

ストーリーというものは、基本的には何らかの価値観を元に構築されるものである日本民族いかに優れているかという視点で歴史を分析すると、それは右翼的な記述にならざるをえないし、平等であろうとすれば、それは左翼的価値観を元に記述せざるをえなくなる。

客観的な記述がされている、左右に偏向していない、中立だからすごいゾ、という感想には呆れ果てました。

いったい全体、どこが情熱的ですか? 教科書を読み返さず、いい加減な記憶をもとに語っても、多分これくらいのことは言えると思います。 

  

クソ記事を読んでしまい、あんまりにもムシャクシャしたので、私が自分で『詳説日本史』を引っ張りだしてきて調べました。

例えば「源平の騒乱」という項目は、次のように記述されています

平清盛後白河法皇幽閉し、1180年に孫の安徳天皇を位につけると、地方の武士団中央貴族・大寺院のなかには、平氏の専制政治に対する不満がうずまき始めた。この情勢を見た後白河法皇皇子以仁王と、畿内に基盤を持つ源氏源頼政は、平氏打倒の兵をあげ、挙兵を呼びかける王の命令(令旨)は諸国の武士に伝えられた。

これに応じて、園城寺(三井寺)や興福寺などの僧兵が立ち上がり、ついで伊豆に流されていた源頼朝信濃の木曾谷にいた源義仲をはじめ、各地の武士団挙兵して、ついに内乱全国的に広がり、5年にわたって騒乱が続いた(治承・寿永の乱)。

平氏は都は福原(現・神戸市)へと移したが、まもなく京都にもどし、畿内を中心とする支配を固めてこれらの組織に対抗した。

しかし、畿内西国を中心とする養和の飢饉や、清盛の死などで平家の基盤は弱体化し、1183年(寿永2)年、平氏北陸で義仲に敗北すると、安徳天皇を報じて西国都落ちした。やがて、頼朝の命を受けた弟の源範頼義経らの軍に攻められ、ついに1185年に長門の壇の浦で滅亡した。

この一連の内乱の行末に大きな影響をおよぼしたのは地方の武士団の動きで、彼らは国司荘園領主に対抗して新たに所領の支配権を強化・拡大しようとつとめ、その政治体制を求めていた。

ここには明らかに編者の歴史観と、因果関係説明が詰め込まれています

  

まず、平清盛後白河天皇幽閉したこと、安徳天皇即位させたことは、この教科書では「平氏の専制政治」と評されています

当時の人たちがそう感じていたのか、それとも教科書の編者がこの評価を下しているのか、どちらなのか判然としませんけど、ともかく本書はこの評価にもとづいて記述がされています

  

次に、この「平氏の専制政治」が地方の武士団中央貴族・大寺院の不満につながって、 以仁王源頼政はそういう情勢を見たので挙兵したと書かれています

これはまさしく因果関係に言及しているわけです。

  

このように、教科書は単なる事実の羅列ではありません。歴史に対する評価因果関係がしっかりと述べられているのです。

そこにどういう学問的な裏付けがあるか、歴史学に無知な私はよく知らないです。あのブログ記事ではそのへんの話を説明していると思ったのですけど、まったくの期待外れでしたね。

  

なお、この教科書とおなじ編者がつくった参考書『詳説日本史研究』(山川出版社)によると、次のように説明されています

治承・寿永の乱は、一般には源氏平氏の戦いといわれている。しか歴史学的にみた場合、この全国的な動乱を単に源氏平氏勢力争いとみるのは正しい理解ではない。以仁王挙兵以降、軍事行動を起こすものが相次いだ。美濃近江河内源氏若狭越前加賀の在庁官人、豪族では伊予の河野氏・肥後の菊池氏である。彼らはあくまでも平氏の施政に反発したのであって、はじめから源氏、とくに源頼朝に味方したわけではない。彼らの背後には在地領主層があり、在地領主たちは自己の要求を実現するために各地で立ち上がったのである

彼らの動向をまとめあげ、武家棟梁となる機会は頼朝以外の人、例えば源義仲源行家、あるいは平宗盛にも与えられていた。頼朝が内乱に終息をもたらし得たのは、彼こそが在地領主層の要望に最もよく答えたからである。この意味で幕府の成立は、時代の画期ととらえることができる。

教科書である『詳説日本史』では、これがたった一文にまとめられているのです。

この一連の内乱の行末に大きな影響をおよぼしたのは地方の武士団の動きで、彼らは国司荘園領主に対抗して新たに所領の支配権を強化・拡大しようとつとめ、その政治体制を求めていた。

こういう史観が妥当なのかというのは、私にはちょっと分からないんですが、この点を強烈にプッシュしているのが『詳説日本史』の特徴と言えるでしょう。

他の教科書を読んでみても、三省堂の『日本史B 改訂版』(日B 015)を除き、この史観はあまりプッシュされていないと感じました。

  

【参考文献】

山川出版社『詳説日本史』(日B 001)

山川出版社『高校日本史 改訂版』(日B 017)

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)

東京書籍日本史B』(日B 004)

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

桐原書店新日本史B』(日B 011)

(このエントリは上記7冊を参照しています。いずれも平成22年ごろ購入。)

  

  

  

余談:教科書の読み比べ

  

山川出版社新日本史B 改訂版』(日B 018)

伊豆に流されていた源義朝の子・源頼朝も、妻・北条政子の父北条時政とともに挙兵して南関東を掌握し、10月には源氏根拠地鎌倉に入った。頼朝は父祖以来の結びつきを背景に、三浦千葉上総氏などの有力な東国武士主従関係を結んで御家人とし

頼朝の挙兵が、東国武士との「父祖以来の結びつき」を背景にしていたものだったということは、他の教科書ではなかなか分からないと思います

三浦千葉上総という武士名前が沢山出てくるのもおもしろいですね。(三浦氏名前が出てくる教科書は多いですが、それはこの時点ではなく幕府成立後、十三人の合議制か、宝治合戦ときに唐突に登場します。)

[寿永二年十月宣旨から義仲滅亡までの]この間、鎌倉の頼朝は没収した平氏の所領(平氏没官領)を法皇より与えられ、経済基盤を固めていった。また御家人を統制する侍所を設置し、その長官である別当には和田義盛を任命した。これに加えて、行政裁判制度を整えるための公文所(のちに政所)・問注所がおかれ、その長官にはそれぞれ京から招かれた朝廷の役人である大江広元三善康信就任した。前後して、義経軍らは一の谷・屋島平氏を追い、1185(文治元)年に壇ノ浦平氏を滅ぼした。

[]は引用者註。

この教科書の特徴は、幕府の政治機構の形成過程を、治承・寿永の乱の進行に併記していることです。

鎌倉幕府の成立が1192年(いいくに)なのか、1185年(いいはこ)なのかという論争は、世間でよく知られているぐらい有名になりました。どちらが正しいかは諸説あるとしても、ただ一つ言えることは、どこかの時点でいきなり幕府が完成したというわけではありません。治承・寿永の乱が続いていた期間に、徐々に幕府の政治機構が形成されたのです。この教科書はその史観が反映されています

  

  

  

桐原書店新日本史B』(日B 011)

北条時政の援助によって挙兵した頼朝は、東国武士たちに支持されて、富士川の戦い平氏を破ったが、その後は鎌倉にとどまって、東国地盤を固めることに専念した。これに対して平清盛は一時、都を福原神戸市)に移して態勢を立てなおそうとしたが、まもなく京都に戻り、1181(養和元)年に病死した。一方、義仲は1183(寿永2)年、北陸方面から急進撃して、平氏一門を京都から追い出した。しかし、義仲は後白河法皇対立したので、法皇は同年、頼朝に東海東山両道(東国)の支配権を認め、義仲追討を命じた。頼朝は弟の範頼・義経らを上京させて、義仲を討たせた。範頼・義経さら平氏追討に向かい、1185(文治元)年、長門壇ノ浦平氏一門を滅ぼした。

この教科書歴史用語の詰めこみを回避しているようで、内容は簡単、文章としても平易です。

上記引用でも分かるとおり、「頼朝に東海東山両道(東国)の支配権を認め」という記述があるくせに、寿永二年十月宣旨というキーワードがありません。治承・寿永の乱、一の谷、屋島の戦いなどは年表に記載されていますが、本文中に記載なし。養和の飢饉、平氏都落ち安徳天皇を伴ったことも言及なし。

というわけで受験生には不向きですが、他の教科書にはない特色もあります

  

鎌倉将軍に尽くして家人となった武士のことを、鎌倉御家人といった。鎌倉御家人になる目的は、将軍面接して(見参)、先祖伝来の所領を承認してもらい(本領安堵)、さらに勲功のあった者は新たな所領を恩賞としてうける(新恩給与)ことにあった。

教科書の中では唯一、桐原書店けが「見参」を掲載しています。これは鎌倉幕府の権威の構造がどういったものであったかを知るための手がかりになるかも。

(他の教科書ではこの用語がないどころか、「将軍面接して」という説明も省かれています

  

["新恩給与"についての註]

土地のものよりも土地に対する一定の支配権と、それにともなう収益権を与えられるのが普通で、そのおもなものが地頭職であった。

これは「職の体系」のことを言っています。他の教科書とは違って、地頭をあえて「地頭職」と見なす視点を紹介し、その意味するところを簡潔に説明しているのがすごい!

所有権が重層的に重なりあっていたというのは、中世土地支配構造を知るうえで一番大切なポイントだと思います

なお、山川出版の『日本史B用語集』には「職の体系」という用語は不掲載で、かわりに「職」の項でそれを説明しています

職(しき)②:一般に職務に伴う土地からの収益とその職務自体を指す。荘園場合、有力者への寄進が何回も積み重なり、下記のような複雑な職の改装秩序を生じた。

本家職①、領家職②、預所職②、下司職②、荘官職①

  

[引用者註:丸の数字はこの用語を掲載している教科書の数]

山川出版『日本史B用語集』より

この説明は悪くないと思いますが、桐原書店は「土地のものよりも土地に対する一定の支配権と、それにともなう収益権」のことと明記しているので、その方が的確です。

しかも、いかんせん、『日本史B用語集』は「職」の用語説明を「院政期の社会文化」のページに掲載しているので、これと鎌倉時代の地頭職との関連が全然分からないです。そして「鎌倉幕府の成立」のページにある「地頭職」の用語説明は、次のようになっています

地頭職(じとうしき)⑤:職とは役職に伴う権益意味。地頭職は御家人が地頭に任命されて認められた兵糧米の徴収や免田(給田)経営などの権利

  

山川出版『日本史B用語集』より

これは間違っていませんけど、この説明を読んで、重層的な土地支配構造があったことを理解できますか? 絶対に不可能ですよね?

せめて「職」「地頭職」という用語同士を紐付けて相互参照させてほしいです。ふざけんなってかんじです。

  

さて、桐原書店教科書に話をもどすと、欄外にこういう豆知識も載っています

幕府とは、近衛府の唐名であるが、転じて近衛大将の居館のことをいった。のちには近衛大将とは関係なく、武家政権意味する語となった。頼朝は1190年に上洛し、右近大将に任ぜられたが、まもなく辞任した。

[ふたつの源頼朝像]

Aについては南北朝時代武将とする説もあり(伝・藤原隆信筆,京都神護寺蔵)、Bも注目されるようになった(山梨甲斐善光寺蔵)。

とてもユニークですね。受験には使えないかもしれませんが、知っておいて損はないです。

  

  

  

東京書籍日本史B』(日B 004)

養和は平氏政権が用いた年号で、これを認めない頼朝の支配する関東では、ひきつづき治承の年号が用いられた。

網野善彦著作『東と西の語る日本の歴史』に、たしかこの話があったと思います

他の教科書には載ってませんが、ピンポイント東大入試に出題されました。

  

源氏鎌倉の関係は、源頼信のころに源氏氏神となった石清水八幡宮を、前九年合戦の際、子の頼義が相模国由比郷に勘請して鶴岡若宮八幡宮前身)を建設したことから始まった。鎌倉は前面に海をもち、三方を山にかこまれた要害の地で、切通によって外部と結ばれていた。

鎌倉という土地をこれだけ情熱的に語っているのは、東京書籍教科書だけです。

上記引用とはまた別に、「コラム 武家の都鎌倉経済流通」というのも掲載されています

東大入試では、「院政時代から鎌倉時代にかけての京都と鎌倉都市の発展」について論述させる問題が出されたことがありますが(1990年)、この教科書はその答案を書くうえで非常に役立つものだと思います

  

  

  

山川出版社『高校日本史 改訂版』(日B 017)

こののち、後白河法皇義経を重んじ、頼朝追討の命令を下したが、これに失敗すると、頼朝はその責任を追及し、逆に義経追討の命令を得た。さらに頼朝は義経をかくまっていた奥州藤原氏を滅ぼそうと朝廷に追討の命令希望したが、法皇がそれを拒否すると、1189(文治5)年に頼朝は追討の命令を待たず、大軍をもって奥州藤原氏を滅ぼした。ここに全国を平定し、その後、法皇死後の1192(建久3)年に頼朝は念願の征夷大将軍に任じられた。

頼朝の悪人っぷりがこれでもか!?というぐらい強調されています

あいつは自分の野望を実現するため、ときには法皇に逆らって圧力をかけたり、朝廷命令無視して独断専行する奴だった、ということを言いたげな記述です。

  

それはともかく、奥州藤原氏を守ろうとした法皇朝廷側と、それを潰そうとした頼朝の厳しい対立がわかるのは、この教科書だけでしょうね。

両者のぴりぴりした緊張関係が伝わってきます

関西にある政権東北地方を使って、関東独立の動きを牽制するというのは、日本の歴史において繰り返し出てくるパターンなので、この視点を漏らさず記述しているところはアッパレ

  

  

  

実教出版日本史B 新訂版』(日B 014)

平氏安徳天皇を奉じて西国に落ちていったが、後白河法皇は京都にとどまり、新たに後鳥羽天皇をたてて政権を維持した。法皇は義仲には平家追討を命じるいっぽう、頼朝には上京をうながして、京都の義仲に対抗させ、武士たちをたがいに牽制させて政局の主導権をにぎろうとした。しかし頼朝は、東国の安定に意をそそいでみずからは鎌倉を動かず、弟の範頼・義経を上京させて、1184(元暦元)年、義仲を討たせ、源氏一族の長となった。ついで義経らは、その当時勢力回復して都にせまっていた平氏を一の谷・屋島などの合戦でやぶり、さらに翌1185(文治元)年にはこれを長門壇ノ浦に追いつめて滅亡させた。

この時代に2人の天皇が同時に存在していたとする視点を取り入れているのがナイス

都落ちした平氏はそのままあっけなく滅んだわけじゃなくて、京都にいる天皇とは違う天皇を奉じて勢力を盛り返していたのです。

どちらの天皇が正統かというのは、つまるところ結果論にすぎません。この教科書はそんな歴史観に基づいて書かれています

  

ちなみに、この教科書の編者は、大半が関西教育機関に属する人たちみたいです。後白河法皇平氏を主軸にした書き方は、編者の関西びいきが反映した結果なんでしょうか。(笑)

例えば奥州合戦について、「奥州進撃のために頼朝は東国だけでなく西国武士もひとまず鎌倉に動員し、これを機会に国ごとに御家人組織の整備をいっそうすすめた」とありますさら西国御家人東国御家人とどう違うかを説明しているのもおもしろく、この教科書関西中心っぽい史観は独特です。

  

  

  

三省堂日本史B 改訂版』(日B 015)

  

……って、おい!? 増田がここで文章を掲載できなくなったんだが??

せっかくこの先が本番なのに、文字数の上限なのだろうか。

つづき→http://anond.hatelabo.jp/20170605001028

2017-05-12

製造業新卒で入って数年経過したけどもうダメかもしれない

新卒製造業に入った。

大学では工学部ではない理系だったので右も左も分からないなりにがんばってみようと思っていた。

悪く言えば自分能力絶望して夢を諦めることになり都落ちした気分での就職だったのでやぶれかぶれだったというほうが近いかもしれない。

相性というか、背景の差とか常識の差みたいなものがあって、自分から見ると無駄の多い職場だなあと感じて研修期間が終わり本配属された。

無駄が多いという感想は本配属後も変わらなかった。

本来業務はいわゆる故障解析で、歩留まりを上げていくのが使命だった。

せっかくだから色んな所に首を突っ込み改善できそうなところは提案をしたり、自動化したり、それらのドキュメンテーションを書いてみたりした。

プログラミング経験は皆無だったが、理論系卒が工学部に負けられんという謎のプライドVBAから、Rやら自社製品の解析用環境の割と珍しいタイプスクリプト言語など(特定されそうだからぼかすけど。)

とりあえず手が出せそうなものは何でも調べてみてありものを改造してみたり勝手作ってみたりして提案していた。

物怖じしない新人がぎゃーぎゃー騒いでいるぐらいのものだったと思うが、何にせよいくつかの改善が上手く実務にハマって成果として認められたりしだしたのが1年目。

この辺で気付いたことだが、製造業ITリテラシーは驚くほど低い。製造業一般化するのはフェアじゃないかもしれないから厳密に言えば弊社の、という意味だが。

なんせまともにプログラムを書いたことが無い新人半年で身に着けた程度のスキルで書いたプログラムで、1日かかってた仕事が1時間で終わったりするのだ。

ようするにMS officeの達人みたいなのがいっぱいいて、Ctrl+CとCtrl+Vが機能のすべてだと思っているということだ。

(そして彼らの口癖は「忙しい」だ、会議中も左手はCtrl+CとCtrl+Vを叩き続けている。)

2年目に気付いたのは、弊社エンジニアITリテラシーが低くとどまっている要員のひとつに、実はITインフラチームがことのほかマトモだということがある、ということだ。

製造中のセンサーデータやらテストデータやらETL的にはおそらくえげつない部分で、かなり優秀な人間が居て上手くぶん回し切っている様子だった。

無骨だが使いやすイントラ上のwebページが用意されて、グロテスクな部分を気にせずクリックだけで上述のデータを整ったものとして引っ張ることができた。

から逆に言えば下々の人間コピペでなんとか恰好を整えられるのだった。

彼らはモダンな発想があって、あるいはお偉いさんが「ビッグデータ」とか言い出したのかもしれないが、ともかく、HadoopやらAWSやらそういったものを導入しようと試みているらしかった。

私はそれに感動した。なんせWebスクレイピングみたいな方法他人が社内プラットフォーム社内WIKIに上げた報告をまとめたり、製造データと紐づけたり、それからグラフ描いたりみたいな業務が増えていたからだ。

それっぽく表現すればデータ分析屋さんということになるのだろうが、どぶをさらっているという表現のほうが近かったかもしれない。

何にせよそういったもの一気通貫自動化できるポテンシャルがあると感じられた。

SQLjavaも書いたことなんて無かったが、1年前やっていたことを考えれば同じことだ。何にせよ歓迎だった。しか管理IT持ちだ。餅は餅屋に頼むべきだ。それもできれば美味い餅屋に。

ところがその「ビッグデータプロジェクト人手不足か、資金不足か、あるいは生みの苦しみか、ことのほか時間がかかっていた。(あとで聞いた話、外部コンサルで外れを引いたらしい)

自分ドメイン知識からの助言とか想定される使い方についての意見を伝えていったし(有難迷惑だった可能性は否定できないが)、もう少し待てばモノになると信じていたし、実際そうなった。

具体的な話ができないのだが、客先で起こった不良の原因をつきとめ、その改善効果確認の為に数十億行のデータ活用された。彼らの力が無ければ常識的時間では終わらなかった仕事だった。

残念だったのは彼らの優秀さの割に一般エンジニアスキルがあまりに低かったということだ。つまりそのプラットフォームを使いこなせる人間が著しく少なかったのだ。

そして上述の足踏みをしていた期間に心象を悪くしていたという問題もあった。とっかかりが難しい割に不安定だというレッテルを張られてしまっていた。

このころ私は入社3年目に突入していたが、

もうすこし悪いことに、同時期に企業買収が起こった。我々は黒字を出していたが同業他社(厳密にはその親会社に)に買われることになった。

そういう時に起ることは不要冗長性の削減だ。子会社として存続する場合は知らないが、競合他社に吸収合併ということは、多くの部署にとってそのカウンターとなる部署相手側にも存在するということだ。

まりどちらにもある部署統合するか一方を無くすかという戦争が始まるのだ。IT例外ではない。(ITインフラ部署の無い会社はさすがに無いはずだ)

一方で製造業の本懐である製品を作り、売る」という部分は比較的守られる。それこそが根源的な資源であり、利益を生む仕組みであり、既存顧客への説明必要からだ。

そして私の仕事は歩留まり改善であり、故障解析であり、データ分析だ。何が起こったか

(ここで簡単のために旧弊社を(旧)A社、買収した側の競合他社を(旧)B社と呼ぶことにする。)

今の旧A社から引き続いている業務をB社のプラットフォームで行えるように転換せよという下命である

旧B社の製造データに対するアプローチはA社とまったく異なっていた。Web UIは美しく整っており、それっぽいグラフ簡単に表示され、A社側のお偉いさんからも好評を得ていた。

だがそのバックエンドは控えめに言って酷いモノだった。いくつもの情報を正常に保存できておらず、「それっぽい何か」を素早く返答することを第一義としているように見えた。

そして上述のように器用貧乏街道を歩んできた私に投げられたのは次の言葉

増田くん、B社のプラットフォーム使うことは決定事項だから、君が自動化してたやつ全部そっちで動くようにしといて。よくわかんないけどプログラムとかてきとうにできるでしょ?」

もちろんhtmljavascriptphpRoRも一行も書いたことが無いのが当時の私である

果たして旧A社のプラットフォームはB社のプラットフォームデータソースのような扱いを受ける羽目になり、私はjavascript本格入門を片手にB社の事業所に出向くことになった。

そこで散々「旧A社のプラットフォームは遅い・使いづらい・不安定」と貶されながらチマチマとグラフを表示するページを書いている。

クオリティの低いバックエンドを作る集団が書いているサーバーサイドphpの酷さは素人目にも分かるレベル筆舌に尽くしがたいものがあるが、

反面教師だと思って耐える日々だ。

最近分かったことは旧B社のバックエンドスクリプトデータを引っ張るついでに意図的に旧A社のプラットフォーム攻撃しているということだ。DDoSとまでは言わないが、悪意100%である

いわく旧A社のプラットフォームを畳むためには旧B社のプラットフォームが優秀であることを示す必要があるとのことである。(つまり旧A社プラットフォーム不安定かつ重くなることを意図しているらしい)

旧A社から継続されてる業務はまだそこ使ってるんですけど・・・

それはもちろん旧A社の上司に報告したが「見て見ぬふりをしろ」とのことだった。旧A社のITで何度もお世話になったひとに伝えると「知ってるけどね・・・」と悲しい目をして苦笑いしていた。

旧A社ITはその優秀さでそれらの攻撃をいなしつつあるようにも見える(私も素人に毛が生えたレベルだが、ソフトウェアエンジニアリングレベルが二回りぐらい違うように見える)

この不毛な戦いはいつ終わるのだろう・・・つらい・・・

そして私はいつまでソフトウェアエンジニアの真似事を続けてキャリアを消費していけばいいのか、もうダメかもしれない。

そもそも私はエンジニアなのだろうか・・・少なくとも職位にはそう書いてあるけど・・・

2017-05-07

そんなに東京がいいんだろうか?

先日結婚した友人に会った。

友人は現在大阪で働いていて奥さんは東京にいて毎週末東京に帰ってきている。交通費だけで月に10万ほどかかっているらしい。

当初は結婚したら奥さんが大阪に行って一緒に暮らすという話であったが、やっぱりそれはやめて関東への異動希望が通るのを待つことにしたらしい。ちなみに関東への異動願いが通るのは難しいんだとか。

また別の知人も大学ポスト地方で得たにも関わらず、住民票東京で、毎週末同様に東京に帰ってきていたりする。

東京は確かに様々なイベントが毎週のように行われていたり、東京しかないお店や博物館はたくさんあり魅力的な街ではある。ただその反面、家賃などは高いし、電車バスも道も人が溢れていて、とても窮屈な街である

地方仕事がないから…という人は多いが、上に書いた友人や知人は少なくとも地方仕事はある。多分拘っているのは文化的な部分や子供が生まれたりした場合教育面だろう。

地方には何もない、地方ではポケモンGOのような最先端のものを楽しめない。

東京一極集中是正は最早無理で、現実世界でも東京以外で暮らすことが都落ちなどと呼ばれる日は遠くないと感じた。

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418170933

退職歴 - ゲーム企業

1 契約社員 2.5年 マスター前に三か月連泊したりしてキャンプみたいで楽しかったが、給料安すぎて退職

2 契約社員 2.5年 給料倍増で大手転職会社都合にて退職

3 契約社員 5年 同じく大手企業に誘われてスライド、辞職までに給料トータルで150万位上げてもらった(途中、50万下げられた時もあったけど)

事情で1年くらいフラフラしながら自然とともに田舎で暮らす

4 正社員 3年  ソーシャル系に都落ち給料が200万位あがった。現職

ゲーム企業給料安いって言うけど、そんなことないよ~

コンシューマ系の中小ディベロッパは割と地獄な期間もあるんだけど、それ以外は普通にちょいブラックなくらいで、上下関係や勤務体系とか緩いし気楽に働けていいぞ

2017-04-17

住みたいところに現実的には住めないなんて、そこまで騒ぐことなのだろうか。

もちろん横暴な政治家乱暴によって強制移住させられるとかなら騒ぐべきだが

自分努力不足で都落ちするとかは、同情はするし、なんとかできるならしてやりたいとは思うけど

救済されなければ基本的人権蹂躙とまで果たして言えるかは疑問だと思っている。

もちろん、極端に遠すぎるようなところに飛ばされるのなら仮に本人の責任であっても、たしか問題かもしれないが

例えばで東京を離れて千葉に行くことになったぐらいのこと、

人権を持ち出すほど大騒ぎされるべきことなのか。

ちょっと郊外に引っ越す羽目になったぐらいのことで過剰に騒ぐ人を見たからこう書いてみたが

やっぱり東京至上主義のはテナーからすれば、

どんな理由であろうと都内を離れることは許しがたい人権蹂躙なの?

2017-04-09

ああ、今日も、現代都落ち貴族田舎を嘆いてる

http://anond.hatelabo.jp/20170409002605

都会には消費者を満足させられる質と量を供給してくれる「文化的お店」がある。

田舎に「文化的お店」がないから駄目、

よし田舎もの俺様文化的飢えを満たすために、お前ら高崎田舎もの文化活動して俺様を楽しませろよな 

さすが生まれも育ち横浜市民、まさに貴族の考え

都落ちした貴族様は、都に似せた小京都作りたいなら金使え、自分が動かないと・・・

なんで高崎民より文化的に優れた土地から来たのに平民に期待してんだろ?

平民には平民の遊びがあるし、生活があるし、それで満足してる。

もし貴族の遊びが無くて退屈なら、貴族は散財して小京都自分の金で作ってくれ、

2017-04-06

http://anond.hatelabo.jp/20170406021823

結局「都落ちした」というコンプレックスなんじゃないの?

比較対象早稲田東工大出してるってことは都内としては中堅になってしまうけど全国的に見ればまだまだ高学歴な部類だし

京都大学工学部というのは関東理系学生からするとコストパフォーマンスはかなり良い学部であると思う。

(中略)

「近場にあった中で一番レベルの高いと言われている工学部」という理由近畿圏進学校から入学したような地頭の良い人たちを見ると、「京大生」というワードはきっと彼らのためにあるのだろうと思う。その結果、大学名を言わなきゃいけない時には無意識に「一応」とつけてしまう。

この辺りから関東出身なのに都落ちして京大に入った、本来的には京大関西圏人間のための大学なのに。とコンプレックスがチラリと見える。

地方旧帝大出身だが、都内出身の後輩が「関東圏外の大学に行ったレアキャラ扱いされる」と以前話の中でこぼしてたことがある。

同様の雰囲気しかも更にネガティブ感情増田からは感じる。

2017-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20170219203703

はてなでダベってる奴らは選民意識の高い落ちこぼれから気にするな。せいせい30過ぎたら都落ちして小さい下請けはじめて昔話してるって。

2016-04-03

遠距離恋愛中の彼女が、どうやら裕福であるようだ

http://anond.hatelabo.jp/20160403125547

こちらの増田を読んで、俺とちょうど逆だなと思ったので書いてみる。

俺にも付き合って2年になる女性がいる。

SNSの友人を経由して知り合って、そのままずっと友達のままで、2年前から付き合うことになった。

もう30歳を超えるが、俺の手取りは14万。

25の時に身の程知らずにも友人と会社を立ち上げ、見事に散った。

その時のストレスから2年ほど半ニート状態に陥り、都落ちして地元会社になんとか拾われた。

新卒で入った会社給料を超える金額を手にしたことは、一度もない。

会社を始めた時に彼女と知り合い、地元就職したときに付き合い始めた。

手取り14万の中から生活費借金の返済をしなければならない。ついでに持病もあるので毎月5000円は医療費がかかる。

生活費で70000。

借金返済で20000(弁護士に入ってもらい、長大な返済計画を立ててもらった。故に俺は借金もローンも組めない)

医療費で5000

両親の医療費で20000(二人共重い病気だ)

仕事上の付き合いで15000

この他、勉強のための本を買ったり交通費で見事14万。残るものはない。

突発的な病気と怪我が何より恐ろしい。

保険も何も入っていないから、とにかく不安を抑えてやり過ごすしか無い。

しか女性と違い、身だしなみにかかる費用はかなり少ない。

髪を切るのは2ヶ月に一度で済んでいるし、服は2年に一着買うというくらい。

シャンプーボディソープは使わないし、掃除雑巾でなんとかなっている。

靴は1年に一回修理に出す。金に余裕があった時に服も靴も良い物を揃えておいて本当に良かったと思っている。

良い服は10年着られる。靴はもっと行けると思う。

ミニマリスト流行っているのにも助けられている。切実さはずいぶん違うが。

彼女は俺が貧乏だということを知っている。健康問題も、信用情報的なことも知っている。

そしてその上で愛してくれている。

誕生日ホワイトデークリスマスなんかのイベントも、「手作りパンを焼いてほしい」といったもので、こちらが申し訳なくなってくる。しかし正直なところ、そういう女性で良かったと思っている。無理な贅沢をしたり、見栄をはったりしなくてもいい、安心できる恋人。俺は彼女のことがとても好きだ。愛している。結婚もしたい。そのためには金を稼がなければならないが。

彼女自身も贅沢な暮らしには興味が内容で、装いも物凄くシンプルだ。買うよりも自分で作ったり工夫したりするのが好きで、たまに会うときデートというよりは、二人で何かを作ることが多い。レンタル工作室を借りきって一日そこで過ごすということも普通にする。

からてっきり、彼女も俺とそれほど変わらない経済状況なのかなぁと、思っていた。彼女仕事とか、収入も大体は聞いていたし。彼女も「家庭の事情が複雑で、生活が大変」と言っていたので。

しかし違ったようだ。

彼女実家は大変裕福で、「家庭の事情」というのは相続のことだったらしい。

いわゆる地元の名士の一人娘で、見合いの話が雪崩のように舞い込んでいるとのことだ。

と、ここまで長々と書いてきたが、そろそろ苦しくなってきたので要約する。

金、金がない。金が無い。金が無い。金がない。

金が、金が、金さえアレば金があるのに金がないから金がない。

教養も知識も勉学も金の前では無力だ金が、金が金がすべて金。英語中国語を話し海外出張も毎年こなしているのに14か。ふざけるな。健康な体があれば、金がアレば、不安は金で消せるのに。彼女は毎週手紙をくれる。直筆の手紙が好きだと。毎日LINE身の回りのもの写真も送ってくれる。残酷写真だ。車が写っている。俺には買えないものだ。部屋が写っている。俺の部屋はその半分だ。服がかかっている。俺の生涯の服を合わせても届かない数だろう。美しい花が飾ってある。その横に俺からの枯れかけの押し花がおいてある。彼女食事が写っている。本当にそんな食事でいいのか。毎日サラダと硬いパンを食べているミニマリストに合わせているんじゃないのか。折り鶴が写っている。綺麗な和紙だ。畳が写っている。良い香りまでもが写っているようだ。彼女笑顔で写っている。俺は得てはいけないものだ。

金がないというのは、かくも心を歪ませるな。馬鹿馬鹿しい。

彼女とはもう別れた。

彼女実家にうず高く積まれ見合い写真のどれかを選び、手に取り、決めたのだろう。見合い結婚というのは意外と長く続くものらしい。下手に恋愛結婚するよりいいだろうな。

今年、手書き年賀状が届いた。無地の年賀状に綺麗な字で。贈った押し花も貼られていた。他の年賀状にはきっと幸せ写真印刷されていたのだろう。俺が贈ったもので形あるものはこの枯れ果てた押し花だけだった。すげえな。完全にオチがついた。

どうすればよかったんだろうな。

全ては金なのか。

金がアレば解決する問題だったのか?

お互いに、同程度の資産であれば、問題なかったのか?

しかしそれだと、二人は恋愛関係に発展しなかったのではないか?

やるせない気持ちしかならないな。

元増田幸せになるといい。

2016-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20160215165445

大富豪でひたすら畳みかけることを楽しんでいた。

当時、我々の界隈のローカルルール都落ちあり、2とジョーカーおよびそれを含んだ連番上がり禁止

ジョーカー1枚は3のスリカードで切れる、連番は同じマークのみ可能で4枚以上は革命扱い、

8切り・10付け(後で知ったが、極めてマイナーらしい)などなどだった。

後に縛りや階段イレブンバックなどといったルールが割とメジャーであることを知ったが、

あんもの私に言わせれば邪道だ。

弱いカードが強いカードに縛りで勝ったって面白くない。

それらが複数枚集まることで強くなり、革命で一発逆転することこそが、大富豪醍醐味なのだ

そんな私の大富豪は、ひたすらゴミ札を捨てることから始まる。

気の早いのが超高速で上がっても、あまり気にしない。

下手に前半で賭けに負けて、最後まで何も出せず空気になるのは何よりの屈辱からだ。

私の目標は、その上で高確率で上がれるパターンを構築し、そして駆け引き無用の状況を作ることである

確実に上がれる状況を作り、そこに相手を追い込むことができれば、順位のものはどうでもよかった。

要は、対戦相手人間として見たくなかったのかもしれない。

2015-07-30

http://anond.hatelabo.jp/20150730192651

早慶マーチ関関同立などから都落ちした人ならともかく、出身地国立大私立大学を出てそのまま同じ地方地銀に行った人はエリートだと感じていそう。

http://anond.hatelabo.jp/20150730130143

したら、高卒ばっかりになって、都会ですみにくくなって、1980年くらいに、逆に都市から田舎人口流れたんだって田舎のほうが暮らしやすくて仕事もあったんだよこのころは。

横だが、それは角栄以後の日本列島改造やね。

田舎のほうが暮らしやすい」のではなく、その時代はまだ上京自体が「東京に行って一旗あげ、故郷に錦を飾る」的な意味合いが強かったんよな。

当然、一旗なんであげられるわけもなく、普通に都落ちみたいに地元に帰る人間が大半だったわけだけど。

からまあ君の言う「都会で就職」が「Uターン」とセットっていうのは正しい。

東京に残った人も、「帰らなかった」というよりも「色々な意味で帰れなかった」という側面も強いし。

2015-05-04

 また、原告韓国人であつて、昭和二六年四月一〇日頃日本国密入国し、昭和

二七年九月東京大学理学部物理学科に研究生として入学し、昭和二九年九月まで同

大学において理論物理学を専攻していた者であること、原告昭和三七年八月頃密

入国の容疑で、東京入国管理事務所に収容され、同年八月一二入国審査官aより

外国人登録令一六条一項一号に該当するもの認定されたので、右認定に対して口

頭審理を請求したが、同年八月一九日特別審理官bから認定に誤りはない、と判

定されたことおよび原告が右判定に対し、即日法務大臣に対して異議の申立てをし

たところ、その頃、同大から右異議の申立てを棄却する旨の裁決がなされ、同三

七年六月二九日主任審査官cから退去強制令書の発付を受けたことは、いずれも当

事者間に争いがない。

第二 原告密入国後の行為韓国政治情勢

 成立に争いのない甲第三号証ないし第五号証、同第八号証、同第九号証、同第一

七号証、原告本人尋問の結果により成立を認める甲第六号証、同第七号証、証人

w、同x、同yの各証言並びに原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨総合すれば、

つぎの事実を認めることができ、他にこれに反する証拠はない。

1 原告は、日本国密入国上京し、在京韓国人の援助を受けながら受験準備を

続け、前記のとおり昭和二七年九月東京大学理学部研究生として入学を許され、

以来同大学において理論物理学研究従事していたが、学問上の方法論について

独自見解を抱くに至り、独学を志し、昭和二九年一〇月同大学研究生を辞し、東

京都武蔵野市以下略>にある在日韓国人留学生のための寄宿舎「○○荘」におい

て、理論物理学カント哲学を独力で学習していた。

 時あたかも、韓国においては、北緯三八度線をもつて南北に分断されたまま、昭

和二三年八月一五日独立を宣言したP1政権朝鮮戦争ますますその反共的色彩

を強め、反政府勢力指導者zの秘書で、南北平和統一を主張するP2を北朝鮮

スパイ容疑で逮捕し、国家保安法違反の罪名をもつて起訴し、一審で同人無罪

となるや、控訴し、さら昭和三三年zの率いる野党進歩党容共であるとの理

由でその幹部らを逮捕した、いわゆる進歩党事件が発生し、これに連座することを

恐れたP2は日本を逃れたが、zは死刑判決を受けるなど緊張した政治状況であ

つたので、当時日本国にあつて民団中央本部組織次長をしていたeは、zおよ

びP2らの南北平和統一の主張に深く共鳴し、東京におけるz助命嘆願署名委員

会の代表者となり、強くこれに抗議し、その助命運動に奔走したが、同人に対する

死刑執行されたばかりでなく、みずからも右助命運動のため、韓国外務部および

民団幹部から、反政府運動家と睨まれ民団中央本部組織次長の職に留まること

ができなくなつて退職し、民団栃木県本部事務局長の職をえて足利市に転居するの

やむなきに至つた。

 ところで、原告は、昭和二八年前後からeを知るようになつたが、同人南北

統一思想やその人格に傾倒し、特に上記のように同人が職を賭してzの助命

動に挺身したことに強い感銘を受け、同人民団中央本部の職を追われて足利市

にいわば都落ちをするにあたつてこれに従い、昭和三四年八月民団栃木県本部文化

講師として、同市に移住し、韓国人子供や同国人結婚した日本婦人らのための

朝鮮語講習会を開いていた。

 ところが、韓国においては、昭和三五年四月一九日、学生によるいわゆる四・一

革命が起こり、P1政権が倒れ、同年七月二九日韓国民議院総選挙が行われる

ことになつたので、eは、これに立候補すべく韓国渡り社会大衆党から立候補

したが落選し、一旦日本に帰つて来たが、当時東京で統一朝鮮新聞を発行して南北

平和統一論陣を張つていた前記のP2から奨められ、同人資金の援助で韓国

内において右統一朝鮮新聞と同様に南北平和統一と勤労大衆権利擁護するこ

とを目的とする新聞の発行を計画して再び韓国渡り昭和三六年一月二五日ソウ

ルに民族日報社を設立し、みずからその社長就任し、言論活動を行つた。たとえ

ば、同年五月一六日の民族日報紙上に「民族的自主的努力南北協商の段階まで攻

勢を発展させよ。」との論説を掲載したほか、同紙に、韓国中立化、政治的平和

統一に先立つ南北の協商経済文化交流および学生会談の開催等を積極的に推進す

べき旨の社説、論説、記事等を掲載した。そして、このような状況のうちに、昭和

三六年五月一六日いわゆる軍事革命が起り、P9内閣崩壊してP4政権が成立

し、同政権は、国家再建非常措置法、特殊犯罪処罰特別法反共法、集会臨時措置

法等を制定して、反共軍事体制を固め、昭和三六年六月二三日特殊犯罪処罰特別

法を公布し、公布の日から三年六月までさかのぼつて適用することにした。かくし

て、P4政権下の革命裁判所は、eらの民族日報による言論活動特殊犯罪処罰

別法を適用し、eら民族日報社の幹部逮捕のうえ起訴した、いわゆる民族日報

件が発生するに至つたのであるが、右の革命裁判所は、同年八月二八日eに対し、

同人がzの東京における助命嘆願署名委員会代表者であり、zの秘書北朝鮮

パイの容疑で公判係属中日本亡命したP2から資金援助を受けて革新系代弁紙の

発刊を計画し、民族日報社を設立した者で、韓国中立化や政治的平和統一に先立

南北経済文化交流および南北学生会談開催の提唱等が韓国民族的交流および

援助をもたらすものであるとの仮面のもとに、漸次的に赤化する機会を虎視耽々と

ねらつている北朝鮮合法仮装した赤色侵略方法として彼らが一貫して主張宣伝

している、いわゆる平和攻勢すなわち間接侵略政策にほかならず、北朝鮮利益

なることの情を知りながら、北朝鮮の主張内容に相応した前記のような論説等を民

日報紙に掲載発刊させて国民宣伝し、これを煽動したことは、反国家団体であ

北朝鮮活動鼓舞し、これに同調したものである、との理由のもとに、特殊

処罰特別法六条適用して、同人に対し、死刑判決を言い渡し、同年一二月二

一日その刑は執行された(その他の民族日報幹部に対しても、死刑を含む重刑が

言い渡された。)。

2 原告は、昭和三五年九月、前記のような事情韓国に渡つたeの後任として、

民団栃木県本部事務局長就任したが、同事務局長在任中、その職務につき、つぎ

のような行為を行つた。

(一) 原告は、昭和三六年四月に行われた民団栃木県本部団長選挙にあたり、

韓国社会大衆党の党委員で、昭和三五年七月二九日に施行された前記韓国議院

総選挙立候補して落選したP3を推薦し、その選挙責任者となつて選挙運動

一切を指導し、同人をして同団長当選させた。

(二) 原告は、昭和三六年四月頃日本社会党栃木県支部から親善を申込まれ

際、これに賛同し、同党が同年五月頃宇都宮スポーツセンターにおいて、労働者

演芸会を行うにあたり、民団栃木県支部より金二万円を寄附し、そのとき受取つ

た右演芸会の切符二〇〇枚を民団各支部に分配送付したが、その際、組織部長名を

もつて、日本社会党共産党と一線を画し、韓日親善促進を申し入れてきたので、

民団としては、若干の留保条件を付しながらも、右申入れの趣旨賛同することが

できるから、右演芸会に積極的に参加するように、との文書を添えた。

(三) 原告は、前記のとおり、eに深く傾倒し、同人がいわゆる民族日報事件

連座してついに死刑求刑を受けるや、同県本部長P3らとe救命嘆願署名委員会

組織して同人助命活動を開始し、民団栃木県本部において、民衆大会の決議に

よる陳情書を民団中央本部を通じて韓国政府に提出し、また、民団中央本部

対し、民団各県本部が同様の陳情書を本国の要路に提出するように指示することを

建議し、同月二八日前記革命裁判所によつて死刑判決が下されるや、民団関東地区

幹部招集して、同人助命嘆願の決議をし、九月八日東日比谷野外音楽堂

おいて、抗議民衆大会を計画、主宰し、民団中央本部幹部らの執拗妨害のため

に右民衆大会が流会のやむなきに至るや、さらにe救命嘆願署名委員会名をもつ

て、同日、本国韓国)の国家再建最高会議議長P4宛に、「一、軍事政権は、e

氏以下民族日報関係者に対する有罪宣告を取り消し、全員を即時釈放せよ。一、軍

政権は、言論出版結社の自由を抑圧する一切の弾圧政策を中止し、国民の基

本的権利保証せよ。一、軍事政権は、すみやかに退陣し、国民の総意による民主

かつ合法的政権と交代せよ。」との内容の抗議文を発送し、また、同日、「本国

民に送るメツセージ」、「日本国民に送るメツセージ」を発表し、eに対する死刑

判決の不当性と同人救命運動への参加を呼びかけ、なおも民団栃木県本部機関紙

韓民栃木新報に「e氏の死刑に反対する。」(同年九月一五日)、「e氏の助命

訴える。」(同年九月二五日)等の社説を掲げて、eの助命運動を展開した。だ

が、原告民団栃木県本部のeの助命運動がP4政権に対する反政府運動的色彩が

濃厚であることを重視した民団中央本部は、在日韓国代表部の意向をも考慮し、

同年一〇月、民団栃木県本部に対し、臨時大会の開催と同本部団長事務局長ら、

執行部の辞任を要求し、もしこの要求に応じないときは、同県本部中央本部

直轄とする旨を明らかにしたので、同臨時大会において、原告民団栃木県本部

執行部は辞任するのやむなきに至つた。

2014-11-29

Iターンなんか絶対やめておけ

特にイケダハヤトなんかに影響を受けたような、意識高い系(笑)若者Iターンなんかしないほうが賢明である絶対に後悔することになるから

仕事が無い

首都圏中京圏近畿圏以外はとにかく仕事が無い。いや、厳密に言えば選ばなければ仕事ある。

例えば介護、ホテルや飲食、建設土木業などはどんな不景気地方都市でも仕事はあるし、年間休日80日のブラック営業なんかの仕事はいくらでもある。

しかし意識高い系のやるような仕事、WEBとかIT系技術者広告代理店などはもちろん無いし、電機や自動車メーカー工場現地採用給料やすさの割に競争倍率が高く、とても就けるものではない。

あなたがまだ第二新卒MARCH駅弁大学卒業したぐらいの学力の持ち主でコネがあれば、市役所や県庁、あるいは地方銀行地方紙ローカル局などに潜り込めるかもしれないが、それらがないならやめておいたほうがよい。大卒でも東京高卒初任給レベル給料で使われるのが落ちである

イケダハヤトクラウドソーシングなどを活用してフリーで仕事をとれというが、残念ながら東京発注主は東京近郊在住のフリーランスにしか仕事をよこさない。あったこともなければ、いざとなった時にあうのに莫大なコストがかかる人物に仕事を頼むほど、世の中のクライアントは甘くないのだ。

レベルが低い

さて、ある程度妥協してそれなりの仕事についたとして、今度は職場に不満を持つことになるだろう。こう言っちゃなんだが、地方というのは全体的に仕事のレベルが低い。

例えば仕事外部に発注するときに優先するのは、単価でもクオリティでも納品スピードでもなく、地縁やら血縁やらコネやらまず人間関係が優先される。たまに地方都市コピー機やら光回線やら広告枠やらを飛び込みで売っている営業マンを見かけるが、彼らは首都圏の2/3ほどの給料首都圏の1.5倍の苦労をしなければ稼げないのである

そんな調子なので、仕事をしている連中のレベルも低くなる。地方のエリートが集まっているはずの地銀ローカル局ですら、いわゆる「都落ち」みたいな連中が多く、やたらエリートぶって威張るくせに仕事ができない連中がのさばっている事が多い。

都落ち」以外では、いわゆる一度も地元から出たこともないような、本格的な世間知らずも多く、こいつらもはっきり言って仕事のレベルは低い。レベルが低い上に、他人の足を引っ張ることに情熱をす注ぐので、ますますレベルが下がっていく。彼らにとって仕事は何かを作るとか、何かを成し遂げるとか、そういう目的ではなくただ時間だけいて給料をもらう行為なのである

エリートどころか、そこら辺のショップの店員のレベルもはっきり言って低い。注文したものを何日も連絡もされず放置されたり、間違えられたりなんてこともよくある。おかげでネットでしか買い物をしなくなるのだが、今度は配送員のレベルの低さに悩まされることになる。

給料安くて休みも少ない

Iターンを目的とする連中は、東京疲れたとか田舎のんびりとかそんな理由なんだろうけど、はっきり言って地方は給料が安い上に休みも少ない。下手すれば労基に引っかかるような求人がまかり通っていたりする。

あなたがもしIターンを画策していたなら、Iターン先のハローワーク求人ネットで見ることをおすすめする。一例として、とある県のバス会社求人情報をここに引用してみよう。

求人職種 バス運転士養成制度

雇用形態 正社員以外

求人広告内容 ・乗合路線バスの運転業務・就業時間内での6時間前後の運転(バスの運行時間により出退勤時間が変ります)*大型2種免許がない方でも養成いたします。*正社員登用あり(採用時45歳以下の方で、約1年半の期間を経て審査となります)※大型2種免許養成期間(9日~3週間)の賃金は時給675円となります

募集資格 保有資格普通自動車一種運転免許AT限定可) 経験について:不問 学歴:不問

勤務地 **県**市、**県**郡**町、**県**郡**町

勤務時間 変形 1ヶ月単位05:30~01:30の間の7時間程度(残業月10〜20時間程度)

休日 5働1休を基本とした勤務割*有給休暇は、入社2ケ月後より付与となります 年間休日:66日

給与 日給月給 a 基本給(月額平均)又は時間額150,400円~150,400円

b 定額的に支払われる手当a + b150,400円~150,400円

c その他の手当等付記事項拘束手当他20,000円~60,000円

勤務待遇 加入保険雇用 労災 健康 厚生  通勤手当:実費支給 上限あり 月額:6,500円  マイカー通勤:可会社敷地内に無料駐車場あり 定年制再雇用:なし 育児休業取得実績:あり 入居可能住宅

上記の求人は大体月の休日が平均5〜6日(良くて隔週、下手をすれば週休1日)で、月の労働時間残業が有った場合250〜260時間、手当を含めても手取り20万行くか行かないかというところである。ちなみにこのバス会社は去年事故連発で行政処分を何回も食らっている。

こういう、ウンコ見たいな求人が当たり前のように転がっているのが地方都市である。年間120日休めて、手取り300万円を超える仕事はないと思った方がいい。イオンに入っているようなショップで、年間休日105日で、手取り200万円代といったところか、これでもマシな方である

もっとわかりやすい話をすると、北東北県庁所在地ファストフードの時給は680円、東京都中央区ファストフードの時給は1200円である

決して安くない生活費

「そうは言っても物価は安いだろ」と思うかもしれないが、安いのは家賃生鮮食品だけであるイケハヤなんかは一戸建てが1万円で借りられるぞとアジっているが、築60年で上下水道なし、10年ほど前に老夫婦他界して以来空き家ほとんど廃屋なんて家にあなたは住みたいだろうか?そういう家に住もうとしてらリフォーム必要になるし、浅築物件だとせいぜい東京より2割安い程度の家賃になる。

更に地方は自動車必須になるので、自動車本体とその維持費がかかる。走行距離も伸びるので、保険料タイヤ代・オイル代で大体年間40〜50万円ほど、もちろん車本体は別である。そのせいか、東京じゃまず見かけない2代目マーチや初代デミオ、5ナンバー時代カローラやすでにモデル自体生産されていないサニー、車検が通るかどうかも怪しい軽トラ軽バンが走っていたりする。

更に東北北陸などの場合は、光熱費がかかるので結局家賃や食料品の部分で浮いた部分を引いても、生活費東京と変わらないぐらいとなる。

排他

イケハヤが「近所の人が野菜をくれる」なんて嘘を言っているが、よそ者にくれる野菜などもちろん無い。秋田県には上小阿仁村という、よそ者医者老害がいびって追い出し続けている、絵に描いたようなクソ田舎無医村があるが、はっきり言って首都圏以外近畿圏以外の地方都市はあれよりマシという程度の排他である名古屋京都ですらあやしい

あなた豊臣秀吉田中角栄水無灯里級のコミュ強で、地元消防団入団したり、知らないばあさんを病院へ送って行ったり、知らない爺さんの葬式に出たりすることが苦痛でなければやっていけると思うが、意識高い系には無理だろう。地元消防団マイルドヤンキーみたいなのがゴロゴロしてるし、ジジイババア不条理存在である

バカとブスこそ東京に行け

ちなみにドラゴン桜三田紀房も、岩手県へのUターンに一度失敗し漫画家デビューして再上京している。

よく「何の能力もない人間は東京になんかこないで地方でおとなしくしてろ」的な言説を見かけるが、むしろであるバカとブスは大げさかもしれないが、平凡な人間こそ首都圏で仕事して生活するべきである。確かにブラック企業倒産寸前の零細企業労働条件は、日本全国どこでもいいものではないだろう。それでも、首都圏では地方都市に比べればそういうハズレ会社に当たる確率は大幅に低い。少なくともウンコみたいな労働条件で、事故行政処分を連発するようなバス会社は、東京では存在すら許されないのだ。

何も東京都港区千代田区生活しろということではない。埼玉県所沢市でも東京都町田市でも、神奈川県藤沢市でもいい。大都市圏にいる人は頑張ってそこで生活すべきだし、駅弁大学若者は一度大都市圏で生活してみるべきだし、大学から首都圏に出てきた若者は、そのままそこで就職したほうがよい。国は地方再生など諦めて、都市化をもっと進めるべきである

t*追記

結構気合を入れて書いたのに、全然トラバブコメもつかなかくてがっかりしてたらいきなりホッテントリ入りしてびっくりした。

id:sardine11

いやいや、お前のほうがいい加減だろ。こっちは地方のハローワーク求人状況と家賃相場公共交通機関ダイヤとか、人口動態統計ともろもろの地方経済統計データとかを調べながら書いたのに、そんな特殊成功例を2個あげられてドヤ顔されても困る。島根県海士町とか徳島県神山町とかDMMとかそういう「地方で成功した企業」とか「成功した町おこし」の裏には、ウンコみたいな地方零細企業と失敗した役所町おこしの屍が山のようにつまれてるんだから

ちなみに県庁所在地レベルならITの仕事もなくはないが、技術レベルがアレなSIer東京本拠を置くWEB系企業オフショアセンターみたいなのになる。もちろん薄給激務。技術も身につくかどうか微妙。そういうのも含めれば、無くはないといえる。

2014-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20140605174851

紀貫之土佐に流されてたし、イケハヤにふさわしい場所かもしれねーな。

まぁ、都落ちには違いないが。

2014-06-05

イケダハヤト都落ち、を指摘したら大阪土人が発狂してたけど、あいつどこいった?

天子のおわす東京が、いまの都であることは間違いない。

からいくら京都が何か言ってきても、

過去の栄光おつ、

でろんぱっぱー。

大阪は土人の住むところだから

何を言ってもきくみみもたなくていい。

http://anond.hatelabo.jp/20140605173216

そりゃそうだ。

高知ベンチャーにぜひきてくださいと頼まれました、という理由なら、

自慢エントリで自慢しまくるに違いない。

都落ち、で間違いないよ。

2014-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20140601194303

大阪人東京コンプレックス、うざい。

大阪でええならそれでええやんか?

幼い頃から新宿界隈よりも高層ビルが集積する梅田

東京のほうがサイズの大きい都会であることは知りつつも憧れもなければ住居を移して住みたいとも思っていない属性人間である



こういうの、ほんまいらん。いちいち比較しないとダメ東京コンプレックス、まじうざい。

あと、金で買えるモンドセレクションのような、他者の評価がないとダメ気質くそだよな。

世界で住みたい都市に数年前に選ばれたけど、

あれも金ばらまいんたんやろ?

東京は気にしてない。」

東京人はいちいち大阪ことなんて考えないで?だって、眼中にないから

そう、アウト・オブ・眼中。

大阪は平松もクソだったけど、橋下もクソだし、ほんとどうしようもないよな。

いや、東京都知事くそなんだけどさ。

東京都知事がクソでも、日本イコール東京、ができてるから問題ないわけ。

大阪は、すごいチャンスあったやん。

日本ナンバーワンになれたやん。

ところが橋下がクソすぎて、もうわけわかめやん。

東京から大阪、って都落ち以外の何ものでもないで?

おれたち胃の中のかわずで十分、言うんやったら、

日本イコール大阪

地位になれるよう、大阪人でがんばれよ。

なに仲間内で足ひっぱりあってるの?

おまえら韓国人かよっ!!

2014-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20140325203530

その他読書感想

★「三四郎」の中に「明治15年以降生まれ」と「明治15年以前生まれ」が世代ギャップがあるような記載があり、脳内が「???」となった。

 調べてみたら、明治15年以前生まれは「漢文素読」を叩きこまれた世代

 以降は「近代教育を受けた世代」で、モノの考え方に激しくギャップがあるらしい

 今で言えば、「1~2歳の時にスマホ経験した世代」とそうでない世代の差みたいなものか?

三四郎を読んでると、西片町辺りが舞台で出てくる。

 東京に詳しい人でも、西片町を知ってる人は少ないのでは?あの辺り、今でも明治香りがする。

 25年前の悪い東大駒場生は、本郷キャンパスに所用で出掛けた際、西片町を経由して帰ってた。

 (ルート東大正門→西片町三田線春日新宿線笹塚明大前井の頭線

 悪い東大生は、井の頭線定期券と、春日駅の初乗り切符で(以下自粛)

 自動改札のない時代お話である

 ※西片町って、三浦展によれば「第一山手」なんだよな

★「三四郎」読んでると、本郷エリアじゃなく大久保に住むことを「都落ち」的な書き方されてる。

 まあ当時大久保東京市じゃなく豊多摩郡だったろうから、さもありなん。

三四郎の友人が貸家を探すエピソードが描かれてる。

 裏返せば、「不動産仲介業」という職業が当時はまだ確立してなかったことがわかる。人々は口コミ人ツテで空き家を探してた

 田端とか荻窪とか馬込とかに「文士村」として作家が集住してたのは、作家口コミ人ツテで空き家を探した結果、知り合い同士固まったから。

 いわば「不動産仲介業の未成熟」が「文士村」を生んだ。

 ※トキワ荘も、不動産仲介業の未成熟の賜物?

 不動産仲介業が発展するまでは、「同郷者が、同じアパート・同じ街に集住する」というのは、割と見られた光景だった。

 逆にいえば、不動産仲介業は「同郷集住による街の単一化」を防ぐ役割を果たした、と言える

★「三四郎」で、本郷エリア寄席に行くシーンがある。戦前まで本郷寄席があったと聞いている。

 その後映画館になったようだが、戦災で消失し、東大界隈は映画レスな街になった。

 戦後映画の全盛期に映画館ゼロというのは、他の学生街だと、あったのだろうか?

 元々東大って「学生門前町」の類が発達しない。

 映画館がないほか、雀荘なんかも少ないし、学生向け大衆食堂も少ない。

市電が急速に発展したせいで、三四郎市電に乗り間違うエピソードがある。

 当時の市電網で誤乗するくらいだから、2014年の東京圏鉄道網って、地方出身者にはカオスで、乗り間違い多数なんだろうなあ

★「三四郎」読んでたら、「適齢期は女性過剰」的表現があった。

 日露戦争でそんなに男性犠牲になったとも思えないので、感染症栄養失調で夭逝する男児が当時は多かったんだろう。

 適齢期性比が男性過剰に転じたのは、実は高度成長以降だったりする。

2014-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20140212113833

うわーつらいわ。嫁さんの状況は手に取るように想像できる。

京都滋賀移動かね?

京都の人は東京であれ国内の他都市に出ることを都落ちって思うからな。

まず、その日中寝てるっていう鬱っぽい生活は改めないと重症化するよ。

生活はとにかく立て直すべし。

といっても、新婚早々生活が崩れ、仕事に行く気もないというタイプであれば

自力で立て直すのは難しかろう。

一番は何らかの勤めを再開して、時計に沿った生活をすることだろう。

勤めるのが難しいなら、ボランティアでも趣味サークルでも習い事でも、

1週間に1度でいいからリズムを作ること。

このままでは子どもができたとしても

乳児につきあう不規則生活から鬱一直線になっちゃうぞ。

2013-08-22

田都専業主婦は、旦那に「痛勤」させることを希望している!

http://anond.hatelabo.jp/20130822113352

因みに郊外評論家三浦展氏の著書によると、

三浦氏首都圏民に住まいアンケート実施したところ、

首都圏痛勤ナンバーワン路線で、かつ高年収ゾーンでもある田都沿線住民が、

 職住近接に否定的」という皮肉な結果が出ている。

田都住民は、

年収的には、都心タワーマンションを買える経済力があるにもかかわらず、

 『敢えて』痛勤路線である田都沿線を選んでいる」という人種で、

「勤務先が丸の内港区から二子玉川ライズとかに近づくことを、有りがたがらない」人種らしい。

また、三浦展氏は

田都沿線学歴大卒以上の男性比率首都圏一」だが、

女性大卒比率はかなり低い(=短大卒、高卒専業主婦が多い)」として

ジェンダー論者が嫌がる街」と分析している。

(因みに、男女ともに大卒者が多いのは武蔵野市

なので、田都沿線は、

ダンナ丸の内港区などの「ブランドエリア」に勤務していることをステイタスに感じていて、

 勤務先が「二子玉川ライズ」なんかに「都落ち」して欲しくない

ダンナが「痛勤」していることについては、「大変ね」とも思ってない、

 むしろダンナの『家族への自己犠牲』を確認できるモノサシ、象徴」とすら感じている

 都心居住でダンナが楽になってしまうことには「家族への奉仕心を確かめられない」から反対。

という「サディスト専業主婦マゾヒスト旦那」の街になっている。

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