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はてなキーワード: 採血とは

2021-06-14

新型出生前診断(NIPT)の説明で印象的だった話。

NIPTとは

血液中に含まれDNA断片を分析し、赤ちゃん特定染色体疾患を調べることができる検査

主に、ダウン症候群18トリソミー、13トリソミーを検出できる。

従来の非確定的検査と比べて精度が高い、採血のみで検査ができるため流産死産リスクがない、妊娠周期の早い時期(妊娠9~10週以降)から検査可能、というメリットがある。

費用は高額(20万円ぐらい)ではあるが、精度が高い。

 

遺伝子検査するので、性別もわかる。

性別には男女以外に、染色体異常による生殖能力のない男女がまれにいるという説明をされたのが印象的。

受けたところは様々な観点から性別は伝えない方針のところで、こういうケースがあるのだということだけ教えてくれた。

大人になって子供ができずに染色体を調べたら異常があることがわかるケースがあるのだという。

そのケースも事前にわかるが、人として生きることには支障はないので命の選択につながらないよう伝えないと言われた。

 

うちのケースは、先天性の異常がないことだけ伝えられ、無事に出産することができた。

2021-06-03

採血とき注射器に溜まっていく自分血液を見れない派の男女比知りたい

2021-05-14

婦人科に行った話

ガチ月経周期が終わっている。もう80日ぐらい出血が来ていない。その更に前の出血は77日前、82日前、56日前、99日前─────と、ざっと年4ペースでしか生理が来ない!

という旨のツイートをしたら、フォロワーからマジで婦人科に行け」「むしろなんで1年も行かなかったのか」と説教があったため、渋々行くことにした。

なんで病院に行かなかったのか

生理痛が全然無いし

生理以外での不正出血っぽいやつも無いし

・その他、目立った体調不良っぽいやつも無いし

・女しかいない空間があまり得意ではない

だいたいそんな感じ

とりあえず行ってみた

「紹介のない予約NG」つまりぶっつけ来院がスタンダードという、予定をすっぽかしがちなADHDにも優しい感じの診療所があったので、問診票を出し、診察を受けてきた。

院長先生からコメント:

「今時の若い女の子月経が多すぎるだけ。年4で排卵があれば十分です」

妊娠したい時期になったら治療すればいい」

念の為採血してホルモンバランスを見ます

え?

採血

そんな

当職

メチャメチャ注射針苦手なのに

気が付くと自分は左腕を机の腕に置いていて、血管を浮かせるためのチューブ的なやつを上腕に巻かれていた。ヤバい!針!針メッチャ苦手なのに!刺される!ウワ…!これが腕に入る…ってコト?!ワァ〜!!…ってコト!?!?!…ってコト?!!!??!ワ………!!!!!注射針…拷問器具医療器具…両方の性質を併せ持つ❤️ …ってコトーーーーーーー!?!?

看護師が「苦手なんですね〜!左のくまちゃん見ててくださいね〜」って言ってカレンダーのくまちゃんの絵を指差したけど全然落ち着かへんねん 自分畜生嫌いやねん いわゆる哺乳類って感じのマズルがあって 胎生で 大事子供育てるやつが特段嫌いっちゅーか もうね お肌スベスベのハクジラの仲間しか勝たんねん マズルが無ければいけんねん カモノハシ割と好きやし あとウマ娘がただのケモ耳女で助かった 安心してマンハッタンカフェを推せます

ってこと考えてる間に針がポチ!!!!!って腕にインですよ 痛ーーーーーー!!!!!!!! しかも多めの採血から中々針抜いてもらえなくて表情が“壊れ”てしまった(イメージとしてはマチカネフクキタルGII以下レースに勝った時の顔で耐えていたけれど、途中からバカリズム笑顔モーダルシフトしていたと思う) 3000秒ぐらい後に「抜きますね〜」とか言ってようやく針抜かれたけどその瞬間もバカ痛くて

そうか

これが

心か

いやこれ心か?血でしょ…

みたいな感情になったしもうその時の顔はみさくらなんこつの絵柄だった

ついでに子宮がんと各種感染症の検診もした 「回転しながら上昇します」っていう検診台の音声カッコ良すぎてテンションブチ上がっちゃった 下半身晒しながら戦いに出撃するのが性癖な人はぜひ検診台に座ってみてください!^^

結果は再来週出るそうです

さいごに

皆さんも、婦人科に、行くときは、注射針を、腕に刺される、覚悟を、持ってほしい。

anond:20210514132132

桜井玲香さんが ドラマ採血シーンがあるから 練習台になって

 ↓

合法 どう見ても任意

 

あなたが、コロナでなぜか 発症を抑える体をしているから 採血させて

 ↓

違法可能性あり

2021-04-26

anond:20210425210135

元増田末梢血幹細胞提供日記を読んだので、のっかってみる。元増田家族提供、私は骨髄バンク経由なのだけど、日記の内容は殆ど違いがない。

「あー、そうだったそうだった」と思いながら書いている。

私の時はだいたい

入院初日(水曜日):健康診断自由時間→夕飯→自由時間→寝る

・2日目~4日目:朝一採血・回診→飯→9時頃G-CSF自由時間→昼飯→自由時間(朝の採血結果をこのあたりで聞く。)→夕飯→自由時間→寝る

・5日目:朝一採血・回診→飯→G-CSF10時ごろ末梢血幹細胞採取開始~13時過ぎ終了→車椅子で部屋に戻る(昼飯は時間が過ぎているので、院内売店で事前に購入しておく)→自由時間→夕飯→自由時間→寝る

・6日目:採血・回診→「既に患者さんには投与されました。必要量あったので問題なしです。明日退院」→昼飯→自由(以下略)

・7日目:退院→帰り道で宝くじを買う→家に帰る

・8日目:出社

みたいな流れであった。暇すぎる。

ドナーになるとどうなるか?

1. ドナー手帳交付される。 https://www.jmdp.or.jp/documents/file/02_donation/donor_techo202008.pdf みたいなやつ。

 これは骨髄移植でも末梢血幹細胞提供でも中身はおなじ。家族提供でも同じものをもらうみたい。ここに注意事項とか記載されている。

自分提供スケジュールとか、提供までの緊急連絡先(事故などで提供できなくなった場合バンク病院への連絡先)を書く。

2. 骨髄バンク経由の場合、かなり頻繁にコーディネータから現状確認電話がある。風邪引いてないかとか、不安はないかとか。オカンかってくらい心配される。

3. 骨髄バンク経由の場合提供にかかる費用原則負担しない。

私の場合田舎にすんでいるのだが、ドナー候補者としての説明(これだけ最寄りの大規模な病院であった)、提供意思確認提供後1ヶ月検診まで、提供のために必要となった交通費支給された。入院中、個室になったがこれも私は負担していない。

 患者さんが個室料金を負担されたようだが、高い負担で大変だなと思う。ドナー健康な体なので病院側としても病人怪我人と同じ部屋にするのにリスクを感じるのだろうな。

4. 骨髄バンク経由の場合提供後に事実証明する書類を発行してくれる。近年は市区町村条例で骨髄・末梢血幹細胞提供すると補助金を出してくれたり、医療保険請求できる場合があるが、このとき使用する書類である

・これまで質問されたことがある質問と、それへの回答

1. なぜ提供したのか? …… ①骨髄バンクのことは過去何度か献血をするなかで、パンフレットなどをよくみたため知っていた。 ②知人がバンク経由で骨髄移植を受けて復職した。 提供してみようと思ったのはそういう理由

2. 骨髄提供か、末梢血幹細胞選択できるか? …… 原則できない。どちらが患者さんの状況に適しているのか、によって採取する方法が決定される。

3. 仕事はどうしたのか? ……有給使用した。提供時期はたまたま忙しくない時期だった。これもまた、患者さんの状況によって決定される。このあたり、ドナー選定時に確認されるため、「忙しいけど提供させられた!」みたいなことはない。提供できるような時間的余裕があるときにだけ応じたらよい。

4. 入院中は何してた? ……自由時間はだいたい読書動画。個室なのでテレビカードなくても見放題だったが。あと、飲酒喫煙を除き飲食殆ど制限がないので、おやつ食ってもいい。

元増田も書いているが、ドナーには医療上の特別制限ほとんどない。病院入院上のルールくらい。なお、入浴は他の患者さんとの調整が必要なので、若干制限されることがあるかも。

5. 提供中は何してるの? ……末梢血幹細胞提供は両腕に針刺して、片方から血を抜き、幹細胞を分離してからもう片方の腕に返すため、なにもできない。

  暇潰しの準備をするようアドバイスされる。元増田も書いているが、タブレットとかノートパソコンを持ち込んでもいいし、飲食も準備しておけば手伝ってもらえる(今はどうなんだろう、コロナの件もあるからだめかも?)

ちなみに、そうやって暇潰しの準備をしたが、立ち会いの血液内科医看護師お話しするほうが面白かった。

6. G-CSFってなに? どうなるの?……簡単に言えば、血液中に幹細胞などをたくさん放出させるためのお注射インフルエンザ予防接種くらいの痛み。毎日注射してもらう腕を交互に変えてもらった。

あと、3日目くらいから、骨のいたみがあった。私の場合は腰だけでなく、胸の間の骨(胸骨圧迫するときに手をあてるあたり)。この痛みはロキソニンが欲しくなるくらいズキズキくる。

  注射を止めて1週間くらいまで残った。

7. 宝くじあたった? ……全部外れた。

・ 今どうしているか

1. 患者さんとドナーとは1年間で2回まで手紙のやりとりができるが、1回だけした。正直書きたいこととかはあんまりなかったし、どうされているかとかもあまり知りたくない。患者さんが元気になってくれればと思うだけ。

2. ドナー登録は削除した。提供後は自動的に保留となるが、1年経過後はまたドナー候補となる。これ以上提供しようって気にはならない。

 これは患者さんがどうとか今回の提供がどうとかっていうより、自分家族のことを考えての判断。あと、ドナー候補に選定されてから、抹消血幹細胞提供しおえて採取から車椅子で運びだされる瞬間までの緊張感(何かあったら患者さんの命が! とか思うと、寝られん日もあった)はけっこうつらい。

3. 厚生労働大臣感謝状を貰ったが、スッポンスッポンする賞状入れの筒にはいったまま。飾ってどうってはなしでもないしね。

4. 市町村補助金を頂戴した。上でも書いているが、市区町村条例で骨髄・末梢血幹細胞提供すると補助金を出してくれる場合がある。ドナーとして活動するために必要な日数×単価みたいな内容なので、1ヶ月後の検診もカウントしていただいた。あと医療保険ドナー給付金も。頂けるものは頂いた。

 上記の緊張感とか仕事を調整することの負担を考えると、こんなお金を目当てにするのは割にあわないと思うよ。

5. 献血は、ドナーとして選定されてから提供半年くらいまでできない。半年ちょっとたってから再開した。最後献血したときとかわらず、とくに異常はなかった。

おしまい

2021-04-25

白血病患者の為にドナーになった体験記

記事タイトルに「ドナー提供」と書いてたところ人売りやんけというツッコミをいくつか頂いたので修正しました。

白血病へのドナーっていうと腰に針刺して採取した骨髄を移植ってイメージあると思うけど今回は末梢血幹細胞移植っていうやつです。

これを行う為の機械医師たちが少ないっぽくてどこでもできるって訳ではないらしい。

このエントリ入院中の暇つぶしも兼ねてその日感じた事をだらだらと書き綴っただけのものなので読み物としては優れていないと思うのでご了承を。

入院中の様子のみを主観的に書いた記事になります

・1日目

午前に入院手続きを済ませた後、病室へ案内されて身長体重・体温・血圧採血と諸々を計測、採取される。

今日白血球を増やす薬を21時に使う以外はただただ時が過ぎるのを待つのみ。

昼食は酢豚焼売酢豚から味を感じなかった。

16時現在寝不足だったし軽く寝ようと思っても看護師やお世話になる先生挨拶に度々来るので断続的な眠りになってしまう。ねむい。

ドナー側は朝に採血して夜に薬を使うサイクルを採取の日まで続けるだけなのでとにかく暇との戦いである。

18時に夕食。炊き込みご飯・焼き鮭・ふろふき大根わかめサラダオレンジというメニューであるが、デザートとしてオレンジが用意されているというのにみかんわかめサラダに混ぜられていた。

21時、消灯前に薬を2本皮下注射される。2本も打たれると圧迫でじんじんと痛みが出るんだって知見を得た。

その後意識は飛び飛びに、深夜3時に完全に覚醒。暇を持て余し虚無る。

・2日目

朝早くから2本採血人生で一番血液抜いてる気がする。

この日の朝ごはんはなかなかに雑なものだったが、初めて汁物が付いた。

お昼はカレーと味のしない野菜&玉子フルーツゼリーヨーグルト掛けみたいなやつ。

朝の血液検査の結果を聞くと順調に白血球が増えているらしい。

そうした事の副作用として発熱頭痛、骨の痛みなどが起きる場合があると説明された。

説明された途端にそんな症状が出てる気がしてきたが恐らく気の所為

・3日目

深夜3時前には覚醒。暇を持て余しながら朝まで過ごす。

朝食は今までで一番塩分を感じる献立だった。

腰や背骨の骨痛について、痛みはあるが薬の副作用による物か半信半疑だったので朝は言わず

昼前ぐらいに何をしても痛いことに気づいてこりゃ駄目だって事で痛みどめ貰って多少落ち着いた。

痛み止めを飲んだ後、暇だったので入院前にNETFLIXで予めダウンロードしてた「告白」を見る。

半分ぐらいまで見て、これは病院で見るべき映画ではないなって思いつつそのまま最後まで見た。

・4日目

3時頃に目覚め、6時頃に採血、8時に朝食のいつものルーティン

初日と2日目の病院食は食べるのキツかったが、舌も慣れたのか3日目からマシになってきている。

特に3日目からは限られた塩分使用量でやりくりする中で美味しくしようという意図を感じる部分もある。

この日は日勤に推し看護師が来てるので少し気分が楽になった。

翌日に末梢血幹細胞採取を行うということで医師から説明があった。

説明内容は基本的には自分で調べても見つけられる情報とそう変わらないのでスムーズに頭に入ってくる。

白血球等を増やすためのG-CSFを打った後ってほっとけば自然に戻っていくか?とだけ、

不安でもないけど質問したところグラフに例えて説明してもらえた。今は毎日打って数値を上げていってるが打たなければスゥーと下がっていくらしい。

説明を受けてからどの血管から取るかを決めて、ペンで印を付けてもらった。

その後は夕飯→寝る→消灯前に注射→寝る→3時起床で暇を持て余すいつもの流れで5日目へ。

・5日目

3時起床してからフロアの共有スペースで時間潰したりして採血やら朝食の時間を待つ。

朝食は少なめに食べてほしいと言われていたのでご飯半分ぐらい残す。

10時30分からついに造血幹細胞採取になるのでそれまでに絞り出すように排尿しておいた。

そして採取。まずはベッドに寝かされ、機器の準備を医師たちが進めていく。

人工透析用の機械に似てるが県内に5台しかない代物らしい。

血液を遠心分離すると3層に分かれて真ん中に目的造血幹細胞を含む白血球血小板などの薄い層ができ、それを回収して残りを体内に戻すって感じ。

患者側の暇つぶし用にノートPCなどを予めOK貰っていて、医師がわざわざ電源など配線してくれてとても助かった。

ヘッドホンの装着までして患者の暇を潰す準備が整ってから腕の血管を品定め。

左腕の血管がキレイに真っ直ぐですぐに出てくるって事で医師たち3人にめっちゃ褒められた。

両腕の血管に管を通し、右腕から機器へ吸い出し、左腕から体内へ戻す。始めは血管をスゥーっと冷たい感じが流れていく。

抗凝固剤としてクエン酸使用している関係で体内のカルシウムへの影響があり、身体の一部が痺れる場合があるという説明を事前に受けていたが開始直後にそうした症状が現れた。

副反応が出るの早すぎて焦ったが、「温かいの入れます」との事で何らかの操作によって身体の血管を温かい感覚が駆け巡り、その感覚の最終地点は何故か股間であった為にまるで漏らしたかのようなジンワリとした温かさを股間に受けてソワソワするなどした。

(その温かいやつについて終わったら質問しようと思ってたけどし忘れて後悔してる)

そんなこんなでしばらく採取を続けているうちに、痺れについても検査の数値上問題ない範囲であるが出ているという事で感受性が高いっぽいという話になった。

無理に我慢するつもりもないが、極々軽い痺れ感については自分スルーすることにした(数値上誤差レベルしか変わってないっぽかった)

右腕は動かせないまま4時間は暇になるのでノートPC適当音楽再生してリラックスしながら採取することに。

一応NetflixDLしてた映画もあったけどどうせ見るならもっと集中できる状況で見たい。ので音楽のみ。

初めてということもあってか割とあっという間に4時間が過ぎたという感覚だった。

身体から血液の送り出しがどうもなかなか安定しなくて腕の角度を変えたりとか、クッションをにぎにぎしたりで安定させていった。

後半は寝落ちしそうになると「にぎにぎしてー」という声で起きてにぎにぎした。

送り出しも安定するならそこまで手間掛けずともリラックスして寝てれば終わるみたい。

終わった直後、痺れについて患者によって表現が違うから症状の伝達が難しいと医者と談笑してた。

終わった後は立てなくもないし歩けるが、ちょっと不安を覚える程度には万全ではない状態

車椅子で病室に送ってもらいこれで採取は終了。明日の結果を待つのみ。

採取した成分量が足りなかった場合に備えてこの日の夜もG-CSFの投与がある。翌日の結果次第では翌々日に再度採取→更に翌日に退院となる。

この薬による骨痛にもすっかり慣れてきてしまい、別に全然えれなくはない痛みだけどあったらあったで微妙身体が怠く感じるしとりあえずロキソニン飲んどくか、って感覚

地味な痛みでしかないんだけど看護師からは「痛くなったらすぐナースコールして」と言われてて、しかしそこまでするほどの痛みじゃないので深夜は遠慮してしまう。他の患者起こしちゃうし。

・6日目

4時ぐらい起床。3~4時ぐらいに見回りに来る看護師に毎回会釈してしまう。

朝の検温等&採血時に(骨痛による)腰の痛みについて10段階でいくつか、と聞かれて「3ぐらいで全然耐えられるけど耐えたところで徐々に痛みが強くなったり別の場所も痛くなる」と答えた。

事情は分からないけどあんまりロキソニンを出したくなさそうな雰囲気を感じてる。

この日は前日採取したものにどれだけ移植に使える細胞が含まれいるか検査待ち。

15時ぐらいに医者が病室に結果を伝えに来てくれ、移植7回分の細胞が取れたらしい。

ということで明日退院となる。することは終わったし、飯食って一泊してからでなくこのまま今日退院でも良い気がするんやけどな…

まぁ病院側の手続きの都合もあるんだろうと勝手に納得しておく。

・7日目

いつもどおり4時半ぐらい起床して共有スペースでまったりして時間潰して、ベッドに戻りだらだら。

検温・血圧・血中酸素を計ってしばらくまって朝食。

退院から約一ヶ月後に検診をということで日程確認して予約。

あとは退院時間を待ち、病衣代などの会計を済ませて家族の迎えを待つ。

迎えが来て無事退院ナースステーションに一言感謝伝えたかったけど道中で移植コーディネーターの人に話しかけられて忘れてた…

退院

先日の採取の影響か体力が落ちてて、なんとなく動き回ったらすぐに息切れするんじゃないかってのが感覚的にあった。

そして帰宅シャワーを浴びたらそれだけで疲れてしまった(入院中の垢を念入りに落としてたのもあるが)

シャワー後、午後2時に横になったらそのまま寝てしま20時。

適当ゲームして過ごす。

翌日は夕飯を友人と外食にした。

安価チェーン店であるが個室の焼き肉食べ放題なので今のご時世でもまぁまぁ安全ははず?

食べ始めはあまり食欲はなかったが、食べ進めていくうちに食欲が湧いてだいぶ元気になった。

その翌日からは体力はかなり回復したように思えたのでやはり肉は偉大である

退院後など気分が落ち込んでる人は肉を沢山食べよう。肉には人間幸福感を与える物質が含まれてるみたいな話をどっかで見た。

医療処置による特別制限特に無いので、一般的入院による不便が大半を占める。

G-CSFって注射副作用が人によっては強く出るかもしれないのでそれによる体調の変化はしつこいぐらい確認してくれる。

ドナー主観的な内容でも公益性あるかなって思い、これを書かせていただきました。

そんな感じで、今回のドナー体験記を締めます

(4/26 11:20頃)追記

沢山のブクマありがとうございます

ドナーになるキッカケについて気になっている方もお見かけしたのでそれだけ説明します。

ドナー側の体験ということで意図的に記述を避けていたんですが、実は骨髄バンクでの提供ではなく親が白血病になり、骨髄バンクに完全一致のドナーがなかったために必ず白血球の型が2/4一致する子である自分ドナーとなった形です。臍帯血バンクには候補となるドナーがありましたが、臍帯血の場合細胞量が少なくて生着しない恐れがあるが末梢血幹細胞移植なら生着不全のリスクが低くなるので医師相談の上そちらを選びました。(しかし型は半分一致なのでドナー免疫患者身体攻撃するリスクがあるので薬によってそれを抑える方針)

ですので骨髄バンクからドナー提供とは少し前後の流れが違うかもしれません。

なんでそれについて書かなかったかというと、Twitterフォロワーに共有しようかなと思ってたけどあまり重く受け止められてもお互い気を使っちゃうしと考えてました。

投稿してから結局共有しなかったのでまぁいっかってなってます

2021-04-22

anond:20210422075303

賛成。15万/hなら看護師さんや元看護士が手を挙げてくれると思うのだが。

採血注射するより、コロナ筋肉注射のほうがずっと簡単だろう。大規模な会場を借りれば、医師一人で複数看護師をチェックできるし。

つか医師会がゴネてるせいで接種が進まないのなら、なんちゅう悪の組織かと。

2021-04-13

anond:20210413194333

意外と若い看護師上手かったりするよ

採血よく失敗するなら、腕の筋トレしよう

健康診断おれ「(ババァ来い…ババァ来い…ババァ来い…!)」

若い女看護師「それじゃ採血しますね~♪」

おれ「」

2021-03-30

実家を出て母の声が怖かったと気づいた

表題通りです。

実家を出て初めて、私は母の声が恐怖の対象だったと気づいた。

2階の自室にいるときに母の声に呼ばれた気がして慌てて下に降りて「呼んだ?」と聞くと呼ばれてない時がある。でも、気づかないでいると、あるいは気のせいだと思っていると2回目には怒号が飛んでくるから怖くて無視出来ない。

母は声が大きかった。そして常に苛立っていた。

私はただ母が怖かった。

近づくと「来ないで!」と怒られるのでなるべく近づかないよう、話しかけないよう息を潜めて生きた。それでも、子供から限界もあった。私は毎日母にはしゃぐたびに怒られていた。

いっぱいいっぱいだったのだと思う。子供を育てるのは大変だってネット上でいくらでも見る。

子供自分勝手で親の気持ちなど知らず利己的で理性が無くて甘ったれで騒々しい。親はそれに苛立つのなんか当たり前なのだと教わった。1日も早く「人間に成れ」と言われていた。

またそれを補完するためなのかネット上の育児ブログなんかもよく読まされた。ブログの中でも概ねそのような内容だった。どの母親子供の未熟さに悩んでいた。生きているだけで迷惑をかける生き物なのだと思った。

虐待の記録を目の前で読み上げられ「あんたはほんと幸せね」と言われた。

本当は私も虐待を受けていたのだと気づいたのは大人になってからだった。

私は小学校の頃、母に「子供を堕していいか?」と相談された。「お金がないの。この子を産むことも出来るけど、そしたらあなた達にかかるお金がなくなっちゃう。それでも○○は兄弟が欲しい?」

私はそう問われ、何日も体調が悪かった姿や、すでに金銭的な悩みを日常的に相談してくる母のことを思い出して「兄弟はいらない」と答えた。

婦人科まで私も一緒に行った。

母は妹が先に産まれていれば私など産まなかったという。

祖母お金を借りるのに、母が行きづらくて私が行ったこともあった。

母は金銭的な悩みでよく私の前でだけ泣いていた。慰める言葉の出ない私は黙って「そう…」と言うしかない。

子が近づくことを許さない母に名前を呼ばれる時は、大体悪い出来事前兆だった。

幼少期から不眠症夢遊病、また自傷癖があった。口の中は常に血が滲んでいて頭はマダラに禿げていた。

何度も体調不良を訴えては病院で「気持ち問題ですね」と言われて、いつしか病院に連れて行ってもらえる機会は減った。

メンタルクリニックは「頭がおかしい人みたいだからやめてよ」と言われて行けなかった。成人するまで、保険証は母が携帯していた。

成人してから親に内緒病院に行きまくった。3ヶ月連続採血された。

一人暮らしを初めてから一気に不安過去の恐怖が溢れ出す。

くつろいでいて、隣人の声が聞こえると「呼ばれた」と思って焦って飛び起きるがそもそも母はここにはいない。実家を出る時も見送りも何もなかったし、興味もなかったから、私が住んでいる場所も知らないはずなのに。

過去のことを思い出す時間が増え、不眠症悪化し、メンタルクリニックで入眠剤をもらおうと思った。

そこはカウンセリングが初回で行われる医院だった。

常に思い出す過去のことを一通り聞いたあと、カウンセリング心理士は言った

「その家庭で育って、よくもっと大きな病気にならないでいてくれましたね」

私の家、おかしかったのか……と思った。

ていうかもっと大きな病気ってなんだろうと思った。

過去を振り返ると、母を、父を助けてくれる人は周りに誰も居なかった。両親も様々な虐待を受けていて、でも子供が産まれしまたか祖父母に頼らざるを得ない環境だった。

今でも私は「私の家がこうだったのは仕方なかった」と思う。そう思うしかなかった。心の壊れた父や泣き叫ぶ母を見てもっと頑張れなんて子供身分では言えないししっかりしてくれよとも言えない。

ただ怯えて隅で固まっていただけの役立たずだった私がいまさら言える不満なんてない。

何も言えないまま、助けにもならないまま、大人になって逃げ出した。

ネット毒親や、被虐待児の相談を見て、回答で言われる「自分人生を生きて」「子供を産んで優しくしてあげて。自分がして欲しかたことをしてあげれば癒しになる」「子供を産めば親の気持ちもわかる」

そして失敗した両親を私はよく知っているのだ。

色々調べて、家族は要らないなと思った。子供も欲しくない。親の気持ち理解する努力20年間ずっと続けてきたから、もうわかっている。

自分子供を持ったら同じことをすると思う。

悲しいが、私は専門職給与は多くない。

私に出来るのはせめて両親を祖父母にしないこと、もう苦しませないこと、この血筋を終わらせることだけだ。

もう何代前からこの血は虐待を受けているのだろう。親戚の話を思い出しても、虐待虐待虐待戦後世代から養子を受け入れ兄弟をたくさんもうけても、一人しか結婚しない。親戚には初老にまでなった独身者が異常に多かった。

呪われているんじゃないかとすら思う。

さて、私は血を残さず死ぬまでの自分人生を歩み始めた結果、このようにいきなりつまづいてしまい薬の世話になっている訳だが、なんとか頑張って生き抜きたいとは思っている。

だが、どうしても、一人で部屋にいると「もうどこにも帰れないのか」「私には頼れる、愛してくれる人は誰もいないのだ」と思ってしまい眠れなくなっていく。

寂しさに負けたら同じ歴史が繰り返されるとわかっているのにただ寂しい。

それだけがまだ辛い。

2021-03-26

31歳で糖尿病になった

かに摂生だったんですけどね。

ストレスがかかるともう食べることが我慢できないわけ。

会社入ってすぐは、もういじめられていじめられて。休みもなくて。欲するままに食べまくって、すぐに10kg太った。

30になって健康診断採血が加わったおかげで、血糖値引っかかって、投薬と食事療法始めて。2ヶ月やっただけでもHbA1だいぶ改善したけど。それで病院行脚してたらついでに見つかったけど、目も病気なんだって緑内障糖尿病合併症とは関係ないけどここ緑内障です、ってさ。しかし一人の人間の中に病気が2つあって、関係ないですけどって言われてもね。それにしてもまだ31なのにね。

それでもまだ過食に関しては、ちょっと自制が難しい。食べることに罪悪感を感じて病的に食べない時期と、反動のように食べまくる時期がある。

パワハラされて休みも潰されて、一生懸命働いてさ、もう10年もやっているから、ずいぶん認めてくれる人もできてきたけども、とにかく仕事がつらければつらいほどどか食いして、結果的病気になってさ。…自業自得なのは分かるよ。分かるけどなんかやりきれんのよね。

結局何もかも引き受けるのが自分自身であるならば、後悔しないようにやりたいことをやらないといけないし、意に反する状況に甘んじていてはだめだってことだね。

まだ31歳で気づけてよかったなぁって、思うことにしようかな。

2021-03-19

コロナ禍で正直メリットの方が多い

飲み会 → 全員と話せない5人以上の飲み会なんてナンセンスだと思ってたし、打ち合わせのついでに飲み、みたいのも大体クソなので全部無くなってよかった。友人とはたまに飲むが、必要最低限に最適化された。やたら人数呼ぶアホや、二次会三次会までダラダラ飲み歩くアホも淘汰されて素晴らしい。

打ち合わせ → 全部リモートになって超楽。そもそも対面の打ち合わせってすぐにググったり出来ないし、場所によってはその場の空気に飲まれることもあるしでデメリットしかない。リモートでの会議セットアップは割とめんどくさいらしく、そもそも打ち合わせの頻度も減った。これでいい。

出社 → フルリモートになって毎日時間以上時間が空いたので部屋を整理したり家族サービスできるようになった。

散策 → リモートかつフレックスなので平日に出歩けるようになった。どこも空いてていい。もうコロナ前の休日繁華街とか歩けないかもしれない。

病院 → 持病があるのだが、採血以外ほとんどリモート診療可になった。できるから最初からやれよクソが。

その他 → ブランド品の先行予約とかラーメン屋行列とか、整理券を導入する所が多くなった。こいつらは元々「人が集まってる風」を演出したいからこうしなかっただけで、クソ。

こんな感じで、コロナ禍で正直メリットしかない。コロナ収束してもリモートは辞めないでくれ。オフィスで働くなんてのは二十年くらい前に終わっておくべきだった。

2021-03-12

311の思い出

被災地から離れた中部日本にいたので特段なにもないといえばない。

子供が11歳で小学校にいるときにゆれた。

その翌日は健康診断を受けに行ったがずっとニュース津波映像がながされていてそこで採血したらストレス肝臓悪化していた。

後にも先にも肝臓Cが出たことはない。

被災地に近い子育て家庭の親戚に「安全な水」を

おくってあげたりした。無事間に合うようにとどいたのだろうか。

 

そのあとも鳥インフルエンザだったり、コロナだったり、大変な世代だったなとおもう。

1999年には恐怖の大王なんかこなかったけど。その後に何度か来た。

2021-03-11

10年前のこと

震災に関し、信じてもらえなさそうな体験談を書く。私自身を含む実際の情報への配慮のため、事物のいくつかを、適宜別のものに置き換えている。

10年前のあの日、発災の瞬間は丁度、ある所用のため、走る列車に揺られながら、某県の長大鉄道トンネルの中にいた頃だった。私は携帯電話スマートフォンを持っておらず、その瞬間、地震速報を知る機会がなかった。地震の揺れは感じなかった。列車は走り続けた。

夕方目的地の駅に着いた。ダイヤは一切乱れず、駅界隈は平穏のものだった。直後、「○○市が震度7……」と、どこかの店先のテレビラジオの音声が伝えるのを少し聞いたような気がしたが、過去に起きた地震のことを伝える防災特集か何かか、あるいは聞き間違えだと思って、そのまま忘れてしまった。

私の目的は2泊3日の、ある医薬品治験ボランティア参加だった。規則のため、参加者は、ベッドと窓と電源ソケットの他には何もない個室に収容され、情報端末は昼間の数時間を除いて回収され、あらゆる情報から遮断された(このルールはいずれにせよ私には無用のことだった。後述する)。これは私が参加を始めた当初からすでにあった規則で、おそらく情報遮断を厳守させているのは、興奮とかの感情の動きが薬効に影響するのを防ぐためだったのだろう。普段の私はむしろ、この規則を「情報断ち」するいい機会、ととらえていた。この期間私は、報道メディア上の娯楽を自ら禁じ、数冊の文庫本音楽プレーヤーだけで過ごすのをいつも楽しみにしていた。携帯電話を持ち込まなかったのもその理由によった。食事は、普段食堂に集まって食う場合もあったが、そのときは個室で食う取り決めだった。食堂には漫画本がたっぷり並んだ本棚と、将棋盤があったから、そこに入り浸り、雑談のうちに仲よくなる参加者もよくいたが、自分で本を持ってきており、かつ友達作りが下手な私には用がなかった。

今思うと、センタースタッフたちが普段の落ち着きを欠いていたような気もしないでもないが、私としては察しようがなかった。なぜなら、あとで思うに、1時間おきに投薬の指示や採血に来るスタッフが、この災害のことに一切触れず、まるで何もなかったかのように振る舞っていたからだ。もちろん、他の参加者PCスマートフォンポケットラジオといった情報端末を持ち込んでいただろうから、このことについては、センター内の私以外の人間にとってはおそらく自明のことだったわけだが、あれだけの大惨事に直面して、誰も私の前で話題にしなかったことは今になっても不思議だ。口にしたくないほどショッキングなことだった、ということなのかもしれない。また、他の参加者言葉を交わす機会も、このときはなかった。私が、だけでなく、誰もがだった。私だけでなく、全員がずっと個室に引きこもっていた。誰も何かを話す気にならなかったのかもしれない(12未明、このときはじめて小さな揺れを感じて目覚め、何か恐ろしいものを感じたが、手がかりにはならなかった)。

まり私は、あの日日本にいながら、発災の瞬間の衝撃、というものを知らなかったばかりか、それから2日後まで、報道特別番組など、この災害に関する情報に、一切触れることができなかったのだ。あらゆることを知り、強いショックを受けたのは帰宅後、日曜日夕方になってからだった。

国家国民の団結と再生のためにおそらく不可欠な、感情の共有、という場から、私だけが取り残されている、あるいは、放り出されている、私だけが他の人々より「2日遅れ」の距離時代を送っている、という疎外感が、この10年ずっと続いている。また、不謹慎レトリックかもしれないが、もしあの日治験に参加せず、そのまま逆方向の列車に乗って、ふたたび暗いトンネルを通れば、私は「あのさまざまな災害が起きなかった日本」に戻れたのではないか、という非現実的な考えが、この10年ずっとよぎり続けている。

2021-03-07

anond:20210307190523

通常値を抜くだけではここまで体調が悪化しない

採血するときに気圧を挙げないでくれ

anond:20210307104250

おまえも貧血にしてやろうか(ふっとい採血針を手に)

2021-03-05

注射したくない

なんか普通にワクチン出回ってきたら接種受けるのが普通みたいだけど絶対に嫌だ

年一回の健康診断採血ですら嫌で嫌でしょうがないのにあんな痛そうな腕に垂直に打つ注射なんてまっぴらごめんだ

周りのみんなが接種するなら少しくらい注射打たないやつがいても平気だろ

2021-03-03

特に理由なくうつ病自分が許せない

なんやかんやあってクリニックを受診した。

うつですね、との言葉と一緒に採血された。

鉄が足りないのが原因と言われ、

鉄不足をどうにかする薬と、よくわからない薬と、精神をどうにかする薬と、眠りやすい薬と、頭痛薬をもらった。

眠りやすい薬は自分に合わなかったので、早々に別の薬に変わった。

少しずつ整った生活習慣に戻って行き、

希死念慮は薄くなっていった。

鉄不足をどうにかする薬と、精神をどうにかする薬と、眠りやすい薬と、頭痛薬は徐々に減って一部なくなるのに、

よくわからない薬はずっとあった。

受付の人が噂話をして笑っていた。

怖かったのでそのクリニックには行かなくなった。

行かなくなってしばらくして、

人に暴力を振るった。

(と、自分は思っていたけど実際には近くの壁を殴っていただけだった。平手で)

整ってきた生活リズムは少しずつ崩れ、

希死念慮がずっとこっちを見てくるようになった。

さすがに前のように「父」が死んだら楽になると神託を下すことはなかった。

けれども危ないと思った。

2件目の病院にいった。心療内科だった。

そこでは発達障害ADHD)が原因の可能性を指摘された。

発達障害を持っているわけではなかった。

けれども忘れ物が昔から多かったのは事実だったし、

先生の言う傾向に当てはまらないことはなかった。

発達障害うつ病、と言うことで薬がでた。

ADHDの薬、精神を和らげる薬、眠りやすくする薬、頭痛薬をもらった。

ADHDの診断を受けるように言われ、初診の数ヶ月後に受けることになった。

受けた。

結果は平均。

かに能力に差はあるが、生活に大きな支障はないと言う。

色々な感情がせめぎ合った。

ただの怠け者とか、努力が足りないとか、無能とか、そういう言葉ばかりがよぎった。

発達障害ではなさそうなのに、

ADHDの薬と頭痛薬は出され続けていた。

精神を和らげる薬と、眠りやすい薬は減っていった一方で。

その時に「どうして発達障害ではなさそうなのに薬は出るんですか」

とはなぜだか口が重くて聞けなかった。

行くのをやめた。

うつ病になった理由はなくなった。

もちろん、鉄不足や発達障害が原因ではなかったと言うことが、

イコール理由がないには繋がらないことはわかってる。

わかってるけれども、

理由なく、怠けて、努力をせず、他に苦しい人もいるだろうにめそめそ泣き、

眠れないからを理由に起き上がらず、生活と学びと仕事をおそそかにし続ける自分が許せない。


一番最初、色々あってクリニックにかかる前に、

もっとずっと努力すべきだった。

頭痛とか、文字が読めないとか、頭が回らないとか、言い訳せずに。

そのまま努力を続けるべきだった。

そしてそのまま果てるべきだった。


努力不足な今の自分もっとも許せない。希死念慮がずっと見ている。

理由がないなら、自分うつ病ではないはず。」

その思考には脈略がないのに(理由がないイコールうつ病ではない、にはならんやろ)

さっぱり消えない。

どしたらいいんや。

って思うとやっぱり希死念慮が見てる。多分、そのうち囁いてくる。

2021-02-06

注射怖い

副反応とか痛いとかじゃなくて、体に針が刺さることにものすごい恐怖を感じる。

最近ニュースワクチン話題ばかりで、腕に針が刺さる映像を何回も見せられて辛い。

健康診断採血も寝てやらないと、緊張で倒れるので無理。

2021-01-27

俺は人に針が刺さってるのを見るのが苦手だ。実際に見るのはもちろん映像でもダメだ。針が刺さってるというのは注射とか採血とか点滴とか針灸とかもそういうの。

最近テレビワクチン摂取映像がよく流れるようになった。ワクチン接種も注射されてるのと同じだ。

あーあ、せめて注射だけでいいから事前に注意書き出ねえかなあ

2021-01-25

anond:20210125132017

とりあえず腫瘍マーカー検査だけでも受けてみたら?

採血するだけで肺がんとか大腸がんとか前立腺がんとか体内のほとんどのがんの検査が出来るよ

そこでひっかかったら要精密検査ってことになる

費用も数千円で済むから手軽に受けられるし

2021-01-19

凸ロ大学病院20210112

看護師はきちんと、正しく手袋をされてないので、手元が狂い、採血を失敗される可能性が高い。

看護師の、技術の差が、大きすぎる。看護師一年生なのであれば、仕方ないとも、諦めがつくが、何年経っても、技術的な問題がある方が、何人か含まれる。

17:00以降の医事課において、会計時、パソコン会計時のお金など、パソコン、金庫周りがぐちゃぐちゃなので、個人情報ダダ漏れで見放題である。わたくしがお金を出しても、トレーの中や、きちんとした場所で、書類お金を、管理確認を、されてないので、医事課職員の方の手元に、先程渡したお金があるにもかかわらず、何度も、精算を要求される。初心者の方ではない。ここ数年見かける方だが、向上心が、見えない。それとも、そういう人なのか?

病院長、医学部部長看護師部、医事課部長など、偉い方は、理想を掲げ、「患者さんの個人情報保護方針について」「病院理念目標」等、凸ロ大学病院は、パンフレットや、web等で、立派なことを、表明されているが、大学職員側に、校訓、理念など、伝わっているのかと思う。

病院運営側は、職員に伝えようとしていても、人間性質上伝わらない、わからない、理念などを理解しようとしない職員もおられる。伝わらない人は、どんなふうに言っても伝わらないので、そういった方は、大学病院職員としては、ふさわしくないと思う。

大学病院というところは、その他の病院と違い、患者に対しても、制限が、大きいので、職員の方も、患者リスクを考えて欲しい。

もちろん、全ての職員ではなく、立派な、看護師さんも、もちろん、いらっしゃるので、感謝してますメンタル面など、優しい看護師の方も、もちろん、たくさんいらっしゃるのも事実です。

以上は、コロナ禍だから、そうなのだ、というわけではなく、ここ何年も感じて、日々考えていたことです。医事課職員の方、看護師の、正しく手袋をされないことによる、技術、手元の狂い、技術面での格差等です。

閑話休題

コロナ禍において、エッセンシャルウォーカーの方に、このようなことを言っても良いのか?

しかしながら、17:00以降医事課会計の方においては、見るに忍びない、あまりにも、ひどい状態無責任戦犯な、業務態度には、遺憾を覚え、不愉快である

看護師の方は、仕方ないのだと、諦めている。技術面は、その人の、センスなので、現状は、向上しないと思う。数をこなすのが、解決策の一つだろう。

しかしながら、何度も繰り返すが、大学病院というところは、患者にとっても、制限が多く、リスキー患者患者家族も抱えているといことを、大学病院職員側、大学病院運営側も、理解することが、必要だと思う。

そういう事が、考えれないのであれば、凸ロ大学病院理念や、凸ロ大学病院目的、凸ロ大学病院においての患者様への尊厳などと、偉そうに掲げるな。理想など無視し、地方医療などの使命など考えず、淡々業務をこなすだけのセクションに成り果ててしまえ。

馬鹿野郎どもが。

以上を踏まえて、わたくしが何を言いたいのかというと。

馬鹿に殺される!』      

です。

2021-01-13

anond:20210113161329

採血ときから出てくるの赤いけどあれはどういう仕組みなん?

2021-01-09

anond:20210109114433

手技は対象千差万別な上においそれと練習できないか

上手い人を尊敬はできても下手な人をあまりこき下ろせないなぁとは

毎月採血されてる身としては思う

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