はてなキーワード: えひめ丸とは
何やったのか当時の反応を含め記憶が曖昧なので内閣支持率を元にトピックスを書きだした。
前月と比較して7%以上内閣支持率の増減があったときのみ書き出した。
5%増減だと時事を調べるのが面倒で無理だった為。
2022年8月、2023年11月にも書いて、今回は首相も変わったのでここ1年分を追記。
しかし、1ヶ月で7%も支持率が増減したイベントは何もなかった。
トピックス以外の雰囲気を掴む為、次のようなものも合わせて記す。(適当に作った)
内閣支持率の出典
何やったのか当時の反応を含め記憶が曖昧なので内閣支持率を元にトピックスを書きだしたやつ。
去年の8月にも書いたが最近の岸田内閣で支持率の変動があったので追記。
前月と比較して7%以上内閣支持率の増減があったときのみ書き出した。
最初は5%増減で書こうとしたけど時事を調べるのが面倒で無理だった。
トピックス以外の雰囲気を掴む為、次のようなものも合わせて記す。(適当に作った)
内閣支持率の出典
毎年3月11日や9月11日を不謹慎だという連中や、「何らかの記念日だし普通の日とすべきだ」と書かれたアンサイクロペディア、全てにぶちぎれた増田が1年全ての日付(8月32日や11月31日なども含める)を不謹慎の日と扱うリスト
それがオールアンラーッキーデイズ(All anrakki days)だ
以下の順番でその日に起きた出来事をチェック
基本は日本縛りだが、あまりにもデカすぎる事件や事象の場合や、不謹慎がない場合は海外も対象に入る
前月にトラップだとかスルーだとかでうるさいから簡潔に説明してやったぞ
若い人は安倍晋三を支持してって話は度々話題になるけど、自分が若者だった頃は小泉純一郎を支持してたのよ。今となっては、はずかしい若い日の思い出だけど。
なにせカッコ良かった。
前任者が森喜朗で、まず見た目がいかにも旧来の小太りアブラギッシュな利権親父風で、えひめ丸の沈没事件をほっぽらかしてゴルフやってたとか、“日本は神の国”発言で支持率メタメタだったっていうのがある。
最近は、森喜朗も少し痩せてきたけど、総理の頃の森喜朗ってパンパンに太ってたんだよね。
で、妙に顔の余白が広くて目鼻が顔の中心に集まっていた。
あれ、太り過ぎで顔がふくらんでたせいたったんだよね。
そのことを強く思い知らされたのは、森喜朗の若い頃の写真が週刊誌かなんかに出たときだった。そこには痩せていて顔のバランスが普通な森喜朗が映っていた。
その記事は、森喜朗の若い頃の買春疑惑を報じる内容だったってのが、またアレなんだけど。
そんな森喜朗にくらべて、痩身で、独特なロマンスグレーのライオンヘアーをなびかせた小泉純一郎は、カッコよかったのだ。
で、“聖域なき構造改革”とか“自民党をぶっ壊す”とか、バブル崩壊後なかなか復活しない(けど、なんだかんだ言って日本には世界のトップの技術力があるのだから、古い遺産さえ整理すればなんとかなるはずと、まだみんななんとなく信じていた)日本には、こういう人が必要なんだと思ってしまったのよ。
で、自民党であろうと邪魔するやつはどんどん追い詰めて、中曽根や宮沢のようなベテランも引退に追い込んでガンガン戦う姿は頼もしかった。
かと思えば、北朝鮮に乗り込んで拉致被害者を連れ帰ってきたり。
今となっては、竹中平蔵や安倍晋三を重用しし、ワンフレーズ政治で細かい論点を覆い隠して世間を熱狂させ、その結果がなにをもたらしたのか、色々と思うところがあるけれど、当時は後々の日本がこんなことになるとも思っていなかった。
置き土産は進次郎だしな。
たがらまあ、分かるんよ。
民主党政権と東日本大震災で混乱したあとを継いで、初動では株価を上げてとりあえず景気を立て直した安倍晋三がヒーローにみえるのは。その呪縛がいつ解けるのかは分からんけど。
思い起こせば、小泉政権のあとは、第一次安倍、福田、麻生と短期政権が続き、リーマンショックの混乱の中で民主党政権になった。岸田は支持率再浮上することもなさそうだけど、これからどうなるんだろうね。
何やったのか当時の反応を含め記憶が曖昧なので内閣支持率を元にトピックスを書きだした。
先月末に同様の記事を書いたが今月大幅に支持率が下がったので追記して記載。
前月と比較して7%以上内閣支持率の増減があったときのみ書き出した。
最初は5%増減で書こうとしたけど時事を調べるのが面倒で無理だった。
トピックス以外の雰囲気を掴む為、次のようなものも合わせて記す。(適当に作った)
内閣支持率の出典
何やったのか当時の反応を含め記憶が曖昧なので内閣支持率を元にトピックスを書きだした。
前月と比較して7%以上内閣支持率の増減があったときのみ書き出した。
最初は5%増減で書こうとしたけど時事を調べるのが面倒で無理だった。
トピックス以外の雰囲気を掴む為、次のようなものも合わせて記す。(適当に作った)
内閣支持率の出典
元増田の世間のイメージってワイのイメージする世間とずれまくりやで
笑う犬みてたけど野中のコントは覚えてるけど小渕は覚えてないやで
小渕は株あがれとか言ってたのが印象に残ってる
森総理が支持率急落したのは神の国よりえひめ丸ゴルフ報道(実際には事故を知ってすぐやめたらしいが)の影響が大きかった気がする
安倍が支持落ちたのは消えた年金と郵政解散の造反組を復党させたのが大きかったはずや
福田は支持率落ちたから麻生に交代して支持率上がった内に即解散するような感じがあったが結局任期満了近くまで解散しなくてずっと民主党から解散しろと言われてたイメージ
鳩山は普天間や脱税故人献金で支持落として菅は選挙前に突然消費税言い出したり尖閣があったりしてやめそうやったが震災があってうやむやになった感じ
日本人は亡くなった人の遺骨の回収にこだわるという話を聞いたことがある
有名なのが、先の大戦で海外諸国に置き去りになった遺骨を回収して日本に持ち帰って遺族に渡すというやつ
日本は特にこだわると聞いたんだが、日本だけの話なのか本当にそうなのかわからないな
日本の船とアメリカの潜水艦が衝突して日本の船側が沈没して死傷者出た事故
その時に沈没船の引き上げ(≒遺体の回収)をアメリカ側が渋ったけど日本側は強く望んだという話があった
それってつまり、少なくともアメリカ人は遺体の回収にこだわりがないってことじゃないか
その時にこの日本人の遺体へのこだわりというものを初めて認識した記憶がある
というのも、ウクライナとロシアの戦争で赤十字を通じてロシア側に遺体を引き渡す準備があるというニュースを見たからこの疑問を思い出したのだ
え、欧米諸国も遺体の引き渡しにこだわるのか?という驚きがあった
土葬文化だとこだわらなくて火葬文化だとこだわるとかの違いか?
キリスト教文化圏とそれ以外でこだわりに差が出るか?
赤十字という第三者機関を通じて犠牲の数を客観的に計上するためなんだよ、とかそういう話は今は興味なくて
そういう建前があったとしても、遺体や遺骨が返ってきてほしいという感情が普遍的なものなのかどうかが知りたいねんな
海外の人々に聞いてみたいもんだ
・『教育勅語にも良いところはあった』『国体をどう守るのか(国民体育大会ではなく天皇中心体制のこと)』
・(拉致被害者のことは)行方不明者としてもいいから、例えば北京でも、パリでも、バンコクでも、そこに住んでいたということにすれば良いんじゃないか。
もともと気さくな性格で支持者をはじめファンに対してはサインも握手もツーショットも拒まない人であったが、あろうことか指定暴力団の稲川会に属する暴力団組員とツーショットを撮ってしまい
森内閣の政権末期は既に小泉純一郎の国民的人気がピークになっており、
一方で森内閣で裏の総理と言われた野中広務は国民から嫌われて森喜朗は現職総理にもかかわらず過去の人扱いになっていた。
高校1年生の1953年に、冷蔵庫、洗濯機、トースターなどがようやく登場する。
32歳の1969年に、第32回衆議院議員総選挙に立候補する。
選挙直前の一族会議中に、近隣の家から出火した。この時、森は決死の覚悟で家にとびこみ、仏壇を抱えて出て来たという。当時の北陸地方は仏教への信仰が篤い土地柄であったこともあり、この行動は風向きを変えることになった。
51歳の1988年に、日本が初めてIPインターネット接続をする。同年、リクルート事件発生。森は約1億円の売却益を得ていたとされ、一時謹慎する。
63歳の2000年に、当時の小渕首相が脳梗塞で倒れる。その3日後に第一次森内閣発足。日本国の長となる。
前任者の急病による就任であり、総裁になるための正式な準備無しでの登板だったため、内心「正直いってえらいことになったな」と思ったという
64歳の2001年に、えひめ丸事故発生。森はプライベートでゴルフ場におり、第一報が入ったとき関係者からその場を離れないよう指示されていたらしいが、第三報が入るまでプレーを続けた。ゴルフを続ける映像が繰り返しテレビ放送されかなりの悪印象となる。
同2001年、森は総理大臣を辞任する。約1年の任期期間だったが支持率は低く、前述のえひめ丸事故の印象やたびたびの「失言」が支持率低下の原因だったとされている。
73歳の2010年に、育ての母が亡くなる。
76歳の2013年に、アルゼンチンのブエノスアイレスで行われた第125次IOC総会に現地入りし、東京オリンピック (2020年)開催決定の瞬間に立ち会った。
77歳の2014年に、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長に就任する。
84歳の2021年に、失言により、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長を辞任する。
森が物心がついたのはいつ頃だろうか。仮に小学1年生の頃として、この頃は1944年である。母が亡くなった年である。
森が小学2年生のときに第二次世界大戦が終結している。どんな時代であっただろうか。戦後教育なので、今よりはるかに奔放な教育がなされていただろう。有り体に言えば体罰や、現代の倫理観では時代錯誤とされることが、当然の教育としてなされていただろう。
そのような教育を通して、森は育ったのだ。
日本にインターネットが誕生し、私達がWindows98でテレホタイムをしていたころには、既に森は61歳で定年を過ぎている。
森は内閣時代もとにかく失言が多いイメージであった。生来の性格とみるか?育った時代、教育、環境も影響しているはずだろう。
私達の感覚では、「時代に合わせて感覚をアップデートできないものは置いていかれる」「アップデートできないものが悪い」というのが通常だが、森にこれが可能だったとは到底思えない。
特別に森がというより、一般論としての森の世代がである。Twitterが誕生したころには70手前の世代である。
自分の母親や父親、職場の上司に「感覚をアップデートしろ」というレベルではない。それよりもっと上の世代の人間である。学生時代に戦後を経験した世代にである。
PCが使えなくて当たり前だろう。スマホが使えたら上々だろう。その世代の人間は、感覚をアップデートするのが嫌なのでなく、どう感覚をアップデートすればいいのかわからないのではないのか。
この世代の人達は恐れているのではないか。自分の古くさった感覚をアップデートできてないことは自覚しつつ、言葉ひとつで多くのバッシングが飛んでくるこの時代を恐れているのではないか。
哀れと思うこそすれ、責められないと思うのだ。私達も、いずれきっと行く道である。
ニュースを見てもネットを見ても時の宰相は常に批判されている。権力は批判されて当然という理屈なのだがそれも変ではないか。歴代の首相を考えてみてあいつもダメだこいつもダメだ、全員ダメだと思うなら、それはスケールのほうが狂っている。常に首相を批判する人は、誰なら満足するのか?その選んだ人はそんなに立派な人か?完璧な人間などどこにもいない。結局現実にいる人物からしか選択肢はないのだ。歴代の首相の半数は、半分よりも上の出来だ。そんな観点から歴代首相を採点してみた。
安倍首相 ○
アベノミクスは失敗だのなんだのとずっと言われているが、株価は上がって有効求人倍率も上がってパートの自給も上がってるので上出来なのでは。外交は近隣との関係が悪すぎてダメ。経済成長重視、外交は協調政策の政党はないのかな?民主と維新の野合の党が名称だけでも経済外交党にしたらそれだけで票を入れたいですわ。経済か外交かひとつでも出来たので○としたい。なんのかんのと3年以上続いてまだ支持率高いしね。
野田首相 ○
近隣との関係悪化が顕著になったのは野田首相の時期だし、経済政策も財政再建重視しすぎて景気悪化させちゃって、結果的に外交も経済もいまひとつだったのだが、この方は自分に厳しく人格的に立派な人だと思いますわ。安倍現首相もタジタジの解散の演説は名演説だったと思う。謹厳実直な人柄も良く出ていた。ただし経済政策は謹厳実直なだけではダメなのだ。
菅首相 △
敗戦以来の、という言葉は安売りされがちだが、本当に敗戦以来の大事件だった3.11と原発事故のときの首相。東電や福島第一原発に乗り込んだトップダウンは、むしろ現場を混乱させたとも言われているが、では東電に任せておいたら良かった?原子力安全委員会に任せておいたら良かった?どっちも無責任でしょう。東電撤退したらつぶれる発言は恫喝だとか撤退じゃなかったとも言われているが、首相の覚悟は見えたよね。東日本に人が住めなくなる可能性だってあったのだ。少なくとも最悪の事態は免れたでしょう。首相の手柄ではなく現場の手柄だけど、首相の覚悟も必要だったよ。でもこの方は人徳がないというか、人から好かれないよね。そこがなんとも。
鳩山首相 ×
よくこの人首相に選んだよね。何言ってるかわからないよね。一目見て変だよね。周りの人だってそう思ってるだろうに、この人が首相になれるのだからまだまだ政治は金の力なんだね。民主党政権時代の悪印象って多くはこの方の印象だよね。
麻生首相 ○
漢字とかバーとかどうでもいいことで批判されたけど、英語も堪能だしオリンピック代表経験を生かして海外首脳と個人として親しい関係を築く力があったよね。あと切り返しの上手さもなかなかだね。在任中はバラマキ気味だったことしか記憶にないけど、まあ悪い首相じゃなかったよね。リーマンショックもあり1年未満。地合いが悪かったね。
福田首相 △
典型的な番頭さんタイプが首相になっちゃったという状況で、首相になってもサラリーマンの部長くらいにしか見えなかった。官房長官のときはシニカルなコメントが面白かったけど、首相がそれじゃ人ごとっぽくて困るよね。よくも悪くも印象に残っていないし、在任期間も1年ちょうど。もう少し何か。
安倍首相 ×
今の安部首相と同じ人かとおもうくらい当時は頼りなさと弱弱しさがあったよね。担いでた人たちも子供じみてたし。強烈な小泉首相の後だったという不運もあれど、当初からうまくいかないだろうなという雰囲気満々で、そのとおりちょうど1年で退任。
小泉首相 ○
強烈な個性で賛否両論あっても、平成の大宰相だよね。在任期間もさらに20年前に中曽根内閣を上回ってるし。郵政とか道路公団とか、国鉄民営化みたいな目覚しい成果はあがらなかったかもしれないけど、よくやれたものだと思うよ。郵政民営化の、殺されてもいい、それぐらいの気持ちでやっているという言葉は国民の心を鷲掴みにしたよね。北朝鮮電撃訪問もあったね。ブラジル移民訪問でのヘリ降下エピソードも感動したし、変人で信念と合致しない部分では冷たいところもあるのだろうし、構造改革のせいかはともかく在任期間の自殺者数が最高だとかもちろん負の側面も多いが、20年に1人の首相であるのは間違いない。
森首相 ×
彼の話をきちんと通して聞いてみると世間で言われるほどにはおかしな人でも頭が悪くもないとわかるのだが、それでも水準以上ではないよね。えひめ丸の衝突事故のときに各局で流されたゴルフの映像は当日のものではなかったらしい。失言癖は目の前の人に露悪的なちょっと面白いことを言いたい気持ちが抑えられない(というかそういうトークでのし上がってきたから今更やめられない)のだろうね。
小渕首相 △
人柄がにじみ出ていて良い人であったのでしょう。一国の首相は特に国際政治の場ではもう少し貫禄があってよいとも思うけど。在任中は株価2万円台も赤字国債で公共事業をやっていたので賛否両論ですかね。公明党と連立を組んだのが小渕首相の時代。それも若干いかがかと。娘さんはPCをドリルで破壊しつつも議員の座に留まれています。ご冥福をお祈りします。
いわゆる1990年代後半の金融危機の頃ですかね。住専への税金投入は批判を浴びましたが後世から見れば妥当な施策であったと思います。消費税増税で退陣となり経済失政の例として語られるようになってしまいましたが、当時はやむをえなかったのではないかと思いますし、それ以外は難しい時代を乗り切ったのではないかと思います。山一や長銀がつぶれ日本はどうなるのかと当時は思いましたが、3.11や少子化で社会インフラ維持不能な現代の日本から見るとまだまだ余裕があったなと思います。強烈なナルシスティックな語り口は近くにいたら仲良くなれるかは疑問ですが、首相としての貫禄はありました。首相指名選挙の討論で若き小泉潤一郎が橋本氏相手に空回りして負けていたのを思い出すと、安部首相の1次2次の違いと並び、人は成長するのだと知りました。ご冥福をお祈りします。
たぶん森元総理のことだと思うがその時連絡あってすぐゴルフは中断してる