「見学」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 見学とは

2018-06-21

そういえば先生訴訟するって話どうなったの?

見学行きたいんだけど

2018-06-19

日曜日トーマス

もと南海電車からホームに降り立つと、千頭駅にはたくさんの親子連れがいた。

妻と、4歳の娘と、1歳の息子と、チケットがとれてから、楽しみにしていたトーマスに会える日だ。

子供だけではなく、大人が見ても、このトーマステレビから飛び出した等身大ヒーローだ。大きさだけのハリボテではない。ホンモノなのだ

トーマス種車はC11-227。かつてはテレビドラマや映画で大活躍裸の大将(雁之助の再放送)をよく追いかけていたのを覚えている。

正面にはトーマスの顔をつけ、ライトブルーに化粧をして、動輪までしっかりカラーリング

ベテラン子供の前で大活躍する姿をみて、Eテレ幼児番組みいつけた!ワンワンと中のチョーさんを思い出してしまった。

千頭駅では機回りをした後で転車台で方向転換。ちゃんと顔を新金谷方面に向けるためだ。周りには子供大人も集まっている。

転車台にのって、係員が人力で回すと、トーマス汽笛を鳴らしてアピールする。

ぐるぐるっと向きをかえ、止まるかと思ったら、あれあれ、まさかファイブフォーティ。魅せますトーマス。一回転半まわって転換完了

駅構内イベント会場に整備され、パーシー、ヒロに、方向転換を終えたトーマスが並ぶと、地方私鉄の構内とは思えない華やかさになった。

トーマス汽笛に合わせて、他の列車汽笛を鳴らす。効果音ではない。本物だ。

新金谷駅の売店で買ったお弁当をベンチで広げ、子供たちの声を聞きながらお昼ご飯を食べる。ホームに入る風は山岳ローカル駅の風だ。

ただ、駅全体に子供の声があふれている。混んではいるが、人道的な混み方だ。ちょっと並べば、トーマスの前で写真も撮れる。

ヒロの中の見学ができる。ミニSLやトロッコにも乗れる。

トーマスは発車直前まで写真撮影に応じている。煙突からは煙が出ている。発車が近くなると、黒い煙が増えてきた。

ゆっくりと動き出す姿を線路の高さで見送ることができる。

小型タンク機関車はいえ、1,600mmの動輪径は子供身長の倍。ホンモノのトーマスは、車輪の大きさも圧倒的だ。

みんなが並んでいるその前を再びゆっくり走り出し、再び客車に連結。

金谷行きのトーマス号が仕立てられると、いよいよ乗車だ。

鉄道界の老老介護最後尾の補機、電気機関車E10-2に感謝の黙礼をする。

そして、7輌の客車なかほどのスハフに乗り込む。

青いモケットのボックスシートに、トーマスのシートカバー。そして、所々にJNRマーク

娘は、窓が開く、扇風機があると大喜び。昔はみんなこれだったと喉まで出かかったが、トーマス号とは関係の無いこと。

トーマス号は近所の電車とは違うほどいいのだ。

千頭駅から新金谷駅まで1時間強。途中の鉄橋や通過駅ではみんなに手を振ってもらえる。

特急となっているが途中の駅に止まらないだけで、各駅停車電車と所要時間はほぼ一緒、のんびり走るのだ。

から、手を振ってくれる人の顔がよく見える。子供はもちろん、大人年寄りも、みんな笑顔だ。

レンズを構えたおじさんもお兄さんも、客車が通過するころにはシャッターチャンスはすぎたとみえニコニコしながら手を振る。

本命はこの後のC56-44かもしれないけど。

大井川にかかる鉄橋は見晴らしも良く、遠くから手を振る人もみえる。

吊り橋の上から手を振ってくれる人もいる。

河原キャンプから手を振ってくれる人もいる

茶畑のおばさんも手を休めて両手を振っている。

農道のおじさんも、軽トラから手を振る。

並行して走る国道473の車の中からも、バイクのお兄さんも。

新金谷駅に着くと、車両基地機関庫に入っていくトーマスみえた。

子供と近くまで歩いてみると、もと近鉄電車や他の蒸気機関車とならんで、トーマスみえた。

自然ではない。ホンモノのトーマスから、ホンモノの列車達と一緒に休むのだ。

自然子供と手を振って、家路についた。

2018-06-18

無職になって、20日ほど就活してるが、、、

5月に失業し、6月から無職となった。

当然、再就職を考える。

エージェントに3社登録した。

エージェントとの面接も3回した。

  

しかし、それからである

面接をセッティングしてくれるかと思えば、「7月にまず会社見学に来てくれ」

という会社ばかりだ。

7月だと、、、?

業種の縛りというのもあるが。

  

そうこうするうちに、大規模な就職会みたいなのがあり、それにも出席してみた。

いい企業がたくさんあるじゃないか

いくつかの企業には、是非1度見学に来てくれとのこと。

エージェントは何をしているのか。

  

もちろん、僕も悪いところはある。

ヘンなこともしていて、遊びに時間を使いすぎかもしれない。

それに、エージェント任せで、自分から職業ネットで探すことはしていない。

エージェントHPで、自分で見つけて、自分でアプライすればいいのだ。日雇いでもやればいい。

しかし、やらない。

やらない理由は、何か。

なんと、キャバクラで飲んだりしてるのだ。

  

こんなことで、20日たってしまった。

メールは100通以上送った。

成果はゼロ

会社訪問自体は、5つほど。

面接予定は無し。

  

恐ろしい。沼じゃなかろうか。

メモ

あっくん非正規雇用部落出身在日黒人ユダヤ人ゲイB型中国残留孤児の子供、天理教創価学会エホバ統一教会幸福の科学、箸が金属、コップがプラスチック保育園卒、帝王切開晩御飯17時、親が若い、家の壁に共産党ポスター、家の壁にマルフク看板、家の壁に100万円で世界一周の旅のポスター、川沿い住み、団地住み、実家肉屋実家靴屋実家焼肉屋遊戯王カード盗んで転売アムウェイ勧誘君が代歌わない、国旗を燃やす、車が軽自動車、車がヒュンダイ、毎月靖国に行く、風水に凝ってる、歯列矯正中、給食持って帰る、給食費払わない、苗字に金が突いてる、苗字に星が付いてる、苗字木下苗字が左右対称、苗字が一文字苗字がない、冷蔵庫は下の部分が冷凍室吃音肩に大量のフケ、左利き虫歯出来たことがない、自宅にパチスロ実機、ハンコ注射の痕がない、突然叫ぶ、食パンは8枚切り、目玉焼きコショウをかける、目玉焼きソースをかける、ローストビーフ食べたこと無い、パピコ両方食べる、ししゃもの頭残す、カルピスが薄い、カレー鶏肉、鮭の皮を食べる、鉛筆を箸代わり、ワキガ祝日国旗掲揚、小指がない、毎週日曜に教会行く、国会デモ国旗を燃やす、部屋に太極旗、最寄駅が信濃町、腕に根性焼き下半身に汗をかかない、友人のゲームソフト盗み常習犯友達カード盗み常習犯、家に固定電話がない、腕だけ毛深い、AT限定右手がフック船長みたいになってる、プールはいつも見学、体育はいつも見学、輸血拒否、腕に火傷、いつも両親が大喧嘩してる 、キムチ好き、飛行機乗ったこと無い、クチャラー、片親、爪を噛む、握り箸、体に虐待痕、車がヤニくさい、床に皿置いて食事、落ちたものを拾って食べる、兄弟がたくさんいる、コンビニ日用品買う、シングルトイレットペーパー選挙前にだけ電話かけてくる、スタートページがhao123裁縫セットがドラゴン身分証保険証

2018-06-13

[] #57-3「ナントカさんはカントカしたい」

5カントカ 「ヤイノちゃんはせっつく」

今日ナントカさんは、カントカをしなやかに嗜んでいた。

ブラーくんも、毎度ナントカさんに振り回されつつも、そのノリに慣れてきた……どころか心地よくなりつつあった。

そう、ブラーくんは受動的な人間なのだ

???「たのもー!」

そんな二人の間に、今日は珍客の来訪。

部室に入ってきたのはピンク髪の少女

その髪の色に見合ったドギツい声色で有名な同級生で、みんな親しみをこめて「ヤイノちゃん」と呼んでいる。

ブラーくん「うわあ、ピンク!」

しかし、この国の、この学校文化に馴染めていないブラーくんは、彼女を頭のおかしい人と認識していた。

ヤイノちゃん「な、なにこのハーフハーフっぽい人」

ナントカさん「新入部員です」

ブラーくん「仮入部ですけど……」

ヤイノちゃん「え、まさかカントカ部に入ったの!? 頭おかしいんじゃないの」

ブラーくん「仮入部ですって。それに頭おかしい人に、『頭おかしい』って言われたくない」

ヤイノちゃん「失礼なヤツね……ふん、でも一人増えたところで事態は変わらないわ。さっさと教室を明け渡しなさい。部員の少ないクラブに、勝手に空いた教室を使わせるわけにはいかないのよ」

ナントカさん「だから、ヤイノちゃんにそんな権限ないでしょ。先生にも許可は貰っているし、空いた教室を他に使う予定もないのだから、やいのやいの言われる筋合いはありません」

理由は分からないが、ヤイノちゃんナントカさんを目の敵にしているらしく、時たまこうやって部室に押しかけてくるらしい。

ナントカさん「はあ、小学生の頃はあんなに大人しくて可愛らしかったのに、どうして今はこんな風になっちゃんでしょう」

ヤイノちゃん「こ、子供の頃のことは関係ないでしょ!」

二人の関係は数年以上前から続いており、いわゆる幼馴染ってやつだ。

きっと浅くて深い因縁があるのだろう。

ナントカさん「残念ながら、今日はヤイノちゃんと遊んでいる暇はないんです。なんてたって今日は、カント製造工場見学に行くんですから!」

ブラーくん「え、初耳なんだけど」

ヤイノちゃん「そういって逃げるつもりなんでしょ。そうは問屋が卸さなわ!

ブラーくん「『自分もついていきたい』……って意味です?」


ナントカさん「というわけで、カント製造工場に来たわ!

ブラーくん「まさかジャポンの、しかもこんな都会のド真ん中にあるなんて……」

ヤイノちゃん「ふん、見せ掛けだけの工場に決まっているわ!

工場内人「今回、工場を案内させていただくサスタと申します」

ナントカさん「よろしくお願いします」

ヤイノちゃん本日は急な見学に応じていただきまことありがとうございます

ブラーくん「さっきあんなこと言っておいて、よくそんな対応が出来るなあ」

ヤイノちゃんは外面だけは良かった。


キャラ紹介

ヤイノちゃんピンクツインテールがキマッている。ナントカさんの幼馴染。最近は疎遠になっていたが、ブラーくんを巻き込むナントカさんを止めるという名目で、ことある事にやいのやいの言う。だが、最終的にはカントカに満更でもない感情を抱く。一応はツンデレ属性ということになっている。

(#57-4へ続く)

2018-06-11

[] #57-1「ナントカさんはカントカしたい」

1カントカ 「ブラーくんは部活に入りたい」

ここは普通高等学校

留学生ブラーくんは、部活選びで戸惑っていた。

なんと彼の国では最も活気のあるスポーツゲートボールが、この学校にはなかったのだ。

ブラーくん「まいったなあ。僕の特技をみんなに見せて、一気に打ち解けようという目論見が瓦解しちゃったよ」

からといって、帰宅部という消極的判断は彼の選択肢存在しない。

このままだと自らの青春時代は、何とも言えない感じの思い出ばかりになってしまうからだ。

長い人生において数%の思い出ではあっても、これから大人になったとき、そのイケてない出来事を何度も思い出すことになる。

それは耐え難いものであった。

ブラーくん「とはいっても、野球とかは熱血臭くてちょっとなあ。サッカーも、現実世界で優勝できないからって、フィクション世界で勝たせるような国だしなあ」

ブラーくんの各スポーツに対するイメージは、もっぱら日本製アニメ漫画から得たものだった。

そうして、ピンとくるような部活出会えないまま、学校中をウロチョロしていた、その時である

???「危なーい!」

どこからともなく女性の声が聞こえた。

しかし、その声がブラーくんに届いた時には既に遅かった。

ブラーくん「うっ」

ブラーくんの頭部に何かが直撃する。

しかし衝撃も痛みもほとんどなく、本当に当たったのか疑うほどであった。

???「ごめんなさーい! 大丈夫ですか?」

先ほどの声の主が駆け寄ってきて、ブラーくんの頭を撫でる。

ブラーくんは一瞬だけ、その人物に目を奪われた。

黒の長髪、凛とした出で立ち。

大和撫子現存していた、とブラーくんは思った。

それが錯覚だとすぐに気づいたのは、彼女が持っていた馴染みのない物体のおかげだ。

ブラーくん「こ、これ何?」

???「あ、『カントカ』に興味あるんですか?」

ブラーくん「か、『カントカ』?」

ナントカさん「そう、そして私は『カントカ』をこよなく愛するナントカ。よしなに」

これがブラーくんと、『カントカ』をこよなく愛する「ナントカさん」の出会いだ。


ナントカさん「きみ……えと、名前は何です?」

ブラーくん「ブラーです」

ナントカさん「そう、ブラーくん。我が『カント研究クラブ』に興味はない? と言っても、今は私一人ですけど……」

ブラーくん「カント研究クラブ?」

ナントカさん「カントカってのはね。カンダイをアブダンするために出来たものなんです」

ブラーくん「ああ、あれってカントカって名前だったのかあ」

ナントカさん「ちなみにカントカの名前の由来は、居間にいるカント夫人のお尻に蚊が止まったことが由来とされています。それまでは“ミシダ”って呼ばれていたんです」

ブラーくん「へえー」

聞いてもいないのに豆知識ねじ込んでくるナントカさんに、ブラーくんはそう返事するしかなかった。

ナントカさん「嘆かわしい。カントカのことを知っているようで知らない人たちが、ここにもいるなんて……」

ブラーくん「つまり、そのカントカを普及を兼ねて研究しているクラブってこと?」

ナントカさん「察しが良い。カントカの素質がある。是非、入部の検討を!」

ブラーくん「えぇ……?」

ブラーくんは戸惑った。

部活に迷っていたとはいえ、まるで知らないものに対して自分青春時代を一部でも捧げてよいのかと悩んだからだ。

ナントカさんの見目麗しさはブラーくんの美的感覚をくすぐったが、だからといって入部については慎重にならなければならない。

ブラーくん「生憎ですが、僕は……」

ナントカさん「見学見学だけでもして! カントカの魅力がきっと分かるから」 

ブラーくん「こっちの話を聞いてくれない……」

ブラーくんはナントカさんの押しの強さにやられ、無理やり開いている教室に連れて行かれた。


キャラ紹介

ナントカさん:黒髪ロングがキマッている白光美人初見では大和撫子のような印象を周りに与えるが、実態カントカのことになるとキモヲタばりにテンションがあがって饒舌になる。カントカが絡むとやや非常識になりやすく、ブラーくんは巻き添えを食らう。

(#57-2へ続く)

2018-06-09

秋葉原事件から10年経ったらしい

10年前のあの日、私は上京した親と結婚式場見学都内をまわっていた。

あらかた決まったので秋葉原に行って家電でも買ってやろうかという話になったが、断って親と一緒に空港でぶらぶらしていた。

あの日秋葉原に行っていたら今この場に自分はいなかったかもしれないと思ってる。

それこそ「婚約が決まっていたのに悲劇の死」として格好のワイドショーネタになっていたかもしれない。

2018-06-07

先生裁判はぜひ見学に行きたいので決まったら教えてください

anond:20180606171719

スーパーで「新たなる次元にお待ちの大いなる星の守護者ウォキャク=サメィ(別名:ドラグニウム)死にたくなければ、大人しくすることだ」と言われた時

神に見放された孤独時間レジで銭投げ中の『金づるα(脚本グルガン族)』

αのすぐ後で己を主観的しか認識できない愚者ヴァンを首を洗って待っている『混沌世界で迷いし精霊達β』

βのすぐ…そして、帝国士官学校女子寮たっぷり見学した後で、他の人間から見れば害悪しか過ぎない自分の番を待っている『”招かれざる者”γ』

γのすぐ――オメガ神竜を倒した後で己の番(全身強化済)を待っている『フォーリナーΔ』

定められしステータスで我が剣の間合いのギルガメシステムから「新たなる次元にお待ちの”神”の名を騙りし者どもどうぞ」と神託を宣告された時どうするのがミラージュベスト

2018-06-05

教師クズが多い

教員だが教員には本当にクズが多い

授業では天皇

授業中の生徒の生殺与奪権を握っているから好き放題できる

1年めのペーペーだとしても授業中は天皇

生徒は生徒で先生に従うものと教えられているので

多少のおかしいことでは従ってしま

結果、自浄作用のない教員はどんどんつけあがってしま

授業は聖域

授業中は他の教員見学することはないのでやりたい放題

たまーに授業研究とかあるけどやる気がある教員しかやらない

進学校以外は成果を問われるわけでもなし

首にならない程度しかやる気の無い教員はいくらでもいるし

それをとがめ空気でもない

定期的な転勤

その地域1番の部活指導をしているとかよほどの事情がないと

公立校は約3年周期で転勤する

業者との癒着を防ぐという意味もあるらしい

中途半端になるので思い切った改革なんてできないし

結局は前例主義になる


民間では通用しないクズばかり

ま、民間で求められるのとは違うスキル必要から

2018-06-03

あれは鬱だったんだろうな

今でもたまに思い出す。

心の整理のために綴る。

=====

大学入学を機に一人暮らしを始めた。

ある年の12月31日、近所のお寺さんの年越しのお手伝いをしてから1月1日の朝の電車に乗って実家に帰ることを予定していた。

両親にもそう伝えていた。

年越しの手伝いだったので深夜の2時ごろ自分の家に帰ってきた。

手伝ってくれたお礼としてお菓子をもらっていた。

昼頃には実家に着きたいと考えていたので、逆算して朝6時には家を出なければいけなかった。

これはもう寝れないなと考えた。

そしてまだ帰省の準備もしていなかった、すぐに手を付けた。

ノートパソコンを持ち運ぶための、カバンが見つからなかった。

残っていた仕事をするために、パソコン絶対必要だった。

家中を引っ掻き回した。絶対にそんなとこから見つかるわけないとこまで引っ掻き回していた。

捜索のためというより、アレは物に当たっていただけなんだと思う。

パソコンを、ただ実家に持っていきたいだけなのに、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだろうと考えてたことを覚えてる。

もちろん家中がぐちゃぐちゃになった。

深夜とかどうでもいいくらいめちゃくちゃに泣き騒いでたと思う。

途中でカバンが置いてる場所にも気が付いたけど、それで落ち着けたはずもなかった。

とにかく片付けをしなきゃいけないし、でも帰省の準備もしなきゃいけない、深夜まで働いていたかシャワーも浴びたい。

そんな色々なことを考えていたかどうかは覚えていないけど、でも気づいたら放心状態になっていた。

散らかったままの部屋で、なんかもう全部めんどうになって、布団を被って寝た。

実家には帰らなかった。

1月1日の昼頃に、母から連絡がきた。

このあたりはあんまり覚えていないけど、

後で、心配させるようなことを言ってしまった自分の迂闊さには気付いた。

母が家に来ると言った。

来ないでほしかった、理由はいろいろあった。

こんな状態を見られて、母が心配しないわけがないと分かっていた。

来ないでと伝えることすら甘えてるみたいで嫌だった。

母は結局家に来た。

部屋の片付けはぜんぜん出来てなくて、ぐちゃぐちゃのままだった。

心配してもらいたいみたいで嫌だった。

母はやっぱり心配そうな顔をしていた。

なんで?って言われたし、どうしたの?って聞かれたし、いつから?って呟いていたのを聞いた。

全部に答えるのが億劫だったし、私はとにかくずっと泣いたり鼻水を出したりしていた。

そんな私の姿を見て、母も泣いてた。

やっぱりなって思った。

から来ないでっていったじゃん!!って、心の中でめちゃくちゃキレてた。

何しに来たの?ってめっちゃ聞いた気がする。

心配たから来たって言われた、それでも何で?って思った。

それから、おもむろに私の部屋を掃除しだした。

鼻すすりながら。

何しに来たの?って聞いた。

母さんは私の部屋の掃除をしに来たの?って聞いた。

心配されるって分かっていて、母を迎え入れた自分が嫌だった。

今でも嫌だと思う。

どうしたの?って聞かれて嫌だった。

どうしたのかどうかなんて、自分が知りたい。

色んなことが積み重なってこうなってるんだと思うけど、説明がぜんぶ面倒だったし、それを全部説明してもどうにもならないのは分かってた。

母は私の救世主ではなかった。

自分でもそれは分かっていたはずなのに、心配させるようなことを言ってしまった自分が嫌だった。

心配させたくてこんなふうになった訳ではなかった。

母は少しの間だけ滞在していたと思う。あんまり覚えていない。

時間が経って少しだけ私も動けるようになってたと思う。あんまり覚えていない。

レンタルしていたDVDを一緒に見た気がする。

母の帰り際をよく覚えている。

人生でも、あれほどに「寂しい!」と思ったことはない。

頭の中で、ずっと大声で寂しい!寂しい!寂しい!という声が鳴っていた。

気が緩んでしまったら、すぐにでも泣き叫んでしまいそうな衝動だった。

けど母にも仕事がある。

私は結局寂しいとは言えなかった。行かないでとも言えなかった。

かわりに私は近くのバス停まで母を見送って、来てくれてありがとうみたいなことを伝えたと思う。

部屋に戻って、シンクに残った母が使ったコップを見て、また泣いたことを覚えている。

この日のことを覚えいている。

結局、私は一番に信頼する母にすら素直に何も言えないんだと痛切に思い知った。

自分のそういった性質をわかってるつもりが、分かってなかった。

この日のことを今でもたまに思い出して、泣きそうになる。

---

その日こそピークだったが、それ以前にもずっと前兆はあった。

私はレジ打ちのバイトをしていたのだが、人手が足りず希望時間よりも少し早い時間シフトに入ることが増えていた。

学校研究に費やす必要のある時間を削り、バイトに足を運ぶ日々が続いていた。

そんな生活なのでもちろん、学校研究がままならなくなってきた。

教授には「バイトが忙しくて」と(今考えるとあんまりな)言い訳をしていたが、「バイトも大変だろうけど、研究ちゃんとしようね」と言われた。

温厚な教授にそのように言われて、さすがにマズイと思ってバイトを辞めることを考え始めた。

一度母に相談して、「辞めるのはやめたら?」と答えられた、

そうかあと思っていた。

1ヶ月の収入が無くなるのは確かにキツイ

でも、そうだね、辞めていいんじゃない?って言葉が欲しかったんだと思う。

バイト先の店長に、来月のシフトは少し減らしてくださいと伝えた。

学校研究が大変になってきたので、と理由も伝えた。

3~4日後のシフトの時に、「シフトは調整したけど、そういうことはもっと早く伝えてね」って言われた。

なぜかその言葉にめちゃくちゃ悲しくなったことを覚えている。

大学教授からも、店長からもどちらからも封じられたような感覚があった。

ある日レジ打ちのバイト中、商品の袋詰の途中でお客様から「袋2つにまとめてくれます?」と注文された。

ミニ鉢のようなものだったことを覚えている。

10個くらいあって、ミニ鉢の他にも普通商品もあった。

で、全然うまく袋に詰められない。

ウンウン唸って、最終的にすごい適当に詰めた気がする。

すみませんって謝りながら、会計をした。

そのお客様笑顔のままで袋を手にとって去っていった。

そんなんでいいのかよ、じゃあいちいち面倒な注文つけんなよ、って薄暗い気持ちがワッと湧いたことを覚えている。

めちゃくちゃに涙が浮かんだ。

でも、バイト中だし、なんなら今会計中のお客様は全く無関係だし、ぐるぐる考えれば考える程、手が震えていった。

さっきのお客様から3人目くらいのお客様会計の途中で、急に

急に全部めちゃくちゃな気分になって、その場にしゃがみ込んでしまった。

もう気付いたら涙が止まらなくて、前も見えないし、立ち上がれもしない。

パートさんが社員さんを呼んでくれた。

でも「これでやっとバイトを辞められるな」って冷静に考えてる自分もいた。

バックヤード社員さんと話をして、バイトを辞めたい意思を伝えた。

別の日に、店長と話す機会ももらった。

「なにか、悩みでもあるんじゃない?」と心配言葉をもらった。

何もありません、と答えたらきっともっと心配されると分かった。

いいえ、とにかく研究が忙しくて。と答えた。

12月の末にレジ打ちのバイトは辞めることができた。

バイト先の先輩後輩、社員さんもパートさんも本当にみんな良い人だった。

ただただ私の心の問題だったと思ってる。

あんなに良い職場を離れたのは、すこし勿体なかった気が少ししている。

---

本当に先に辞めるべきはこっちのバイトだった。

レジ打ちのバイトの他に、もう一つバイトをしていた。

先輩から紹介された。

自分研究を活かせるような業種だと思って、快く受けた。

いつかレジ打ちのバイトを辞めて、こっちのバイトに専念できるようになったらいいなと思ったのだ。

(紹介された時期、「なんかうつっぽいな」という気持ちがあったので、なにか新しいことを始めて気を紛らわそうという思惑もあった気がする)

在宅でできるらしいし、きっと気軽にできる気がすると思っていた。

このバイトが最悪手だった。

もうあんまり詳しいことは説明がたいへん面倒になるくらい、今でもよく分からない職場だった。

簡単説明すると、デザイン会社で、デザインを手伝う仕事だった。

最初面接と聞いて、学校で話すのだろうと思っていたら車で隣の職場まで見学?することになった。

履歴書などの提出もなく、契約書を交わしたりもしなかった。

私は一体どのように雇われてるのか、まったく宙ぶらりんのままで、気付いたらたぶん私は働くことになっていた。

デザインの現場はそういうものなのかなと思って、とくに何も口出しはしなかった。

(今でもよく分かってないが、そういうものなんだろうか。

だとしたらすごく不安業界だなと思う。)

ある工場ロゴを作って欲しい、と言われた。

何もかも、今でも納得がいっていない。

何に従えばよかったのか今でも分からない。

なにも分からなくて、ただただ疲労した。

在宅なので自分で働いた時間計算して、作業報告書を送った。

時給、800円くらいだったと思う。(これも聞かされてなかった)

ぜんぜんお金にならない。

あなた勉強にもなると思うから

なにが勉強だよ、ふざけやがってと今は怒ることができる。

もう遅いけど。

1月1日に母が来たあとのこと、自分でもこれはだめなやつだと自覚し始めて、この仕事ちゃんと辞めようと決意した。

たぶん1月中旬頃、電話メールで辞める旨を伝えた。

契約書も交わしていないのだし、気軽に辞めてやった。

上司からLINEが来たが、今でも未読状態だ。

---

あれは鬱だったんだろうな、と思う。

私はあの頃、「鬱にでもなってしまいたい」とよく考えていた。

病気と診断されてしまえば、楽になる気がした。

精神科に言って、鬱ですよって診断書を貰えれば、なんか全部解決するんじゃないかなって思っていた。

ちなみに結局のところ、精神科心療内科には行けなかった。

近所の病院は人気で予約して1週間から3週間くらい期間が必要だったからだ。

基本的に昼間は元気に動けていた。

でも夜になると急に泣き出したりしていた。

たまに昼間も元気が出なくなって、布団をずっと被るだけの日があた。

寝て起きて泣いて寝てを繰り返す日があった。

あれは鬱だったんだろうな。

ずっと頭にモヤがかかっているような感覚がある。

集中力があった頃を思い出せなくなっている。

たぶん病気にかかっていたんだと思う。

もう元には戻れないんだと思う。

今、バイトは全部辞めて、お金が無いなりに楽しく過ごしている。

それでもたまに、色々なことを思い出して動けなくなる。

中学高校にあった悲しいことまで思い出す、あれももしかしたら、鬱だったのかもしれない。

私はこれと、一生付き合わなければならないのかもしれない。

2018-05-25

部活、あるいは体育会系

数年前、とある大学に通っていた。

日大ではない。が、様々なスポーツ大会日大と当たるような学校。ニッコマ早慶のどこか。

大学一年の時、俺は昔からやっていたスポーツ部活に入ろうとした。その世界プロを目指すほどではなかったが、大きな大会で優勝した経験もあった。

しか部活見学に行ってみたら、基本的スポーツ推薦の新入生しか受け付けてないと言われてしまった。

まぁそれは仕方ない。自分の下調べが足りなかったし、できれば部活が良かったけど、同じスポーツサークルもあったから、それでもいいやと思った。ただ見学自由と言われたので、大学部活はどんなもんなのか見て帰ろうとした。

そこで気になったのは、上級生と思われる面々が部活終了後に煙草を吸っていたこと。

練習場の外で、じゃない。

野球におけるグラウンドボクシングにおけるリングに当たる場所でだ。

下級生は直立不動愛想笑いを浮かべていた。

別に煙草が悪いとは言わない。四年生は成人だろうし。ただ、その場所で吸うことはいくらなんでもナシだろ…というのと、全国を目指すような部活所属している人が吸ってることに驚いた。あのEXILE(LDH)でさえ、今はどうか知らないけど、最高のパフォーマンスの為に煙草禁止と聞いたことがある。

次はどうしようかと、新入生向け部活サークル紹介の冊子を探してみた。そこそこの規模がある大学なので、読みきれないほど沢山の団体が載っていた。

俺はやっぱり部活がやりたかった。大学サークル部活に入っていた人は知ってるだろうが、部活として大学に認められていると、部室とか、部費とか、練習場所とか、教授から認識とか、就活とか、色んなものちょっとずつ優遇されていたのだ(当然学校によるだろうが)。

でもそんなのはどうでも良くて、ただスポーツが好きだったから、同じスポーツ好きな人や、向上心のある人と知り合いたかった。

それで別の部活見学に行ってみた。そのスポーツ身体の動かし方は自分経験してきたスポーツに似ていて、「やる気があるなら誰でも歓迎」だったので、体験入部してみることにした。

練習は楽しかったし、皆真剣にやっているように感じた。

新歓があって、そこでは煙草を吸う先輩もいれば新入生に酒を飲ませるノリもあったけど、決して無理強いではなく、想像範囲内だった。先輩達は男性女性も優しかった。

ところが。

体験入部が終わった頃、二年生の先輩が新入生を集めて、こんな話をした。「三・四年生煙草を吸う先輩がいるから。皆ライターを持ち歩いてね。先輩が吸おうとしたら必ず火をつけてあげて。忘れたら同期や二年生に借りればいいから」

ん?なんだそれは……

新入生のほとんどは煙草を吸う習慣が無いのに(そもそもほぼ未成年だし)、常にライターを身に付けろと?これはおかしいぞ、と気づいた。当然女子が男の先輩に対応することもあり、キャバクラかよ、と憤っていた。

それでも一旦は皆ライターを買った。

先輩達はあくまでも優しかった。

そのうち実際に先輩が煙草を吸う場面に出くわして、同期達は馴れない手つきで火を差し出した。上級生は実にナチュラルに、「おう、ありがとな」と火をもらっていた。

俺はすぐ馬鹿らしくなって、退部の決意をした。それを二年の先輩に話したら、「俺らが4年になったらこういうのは止めるつもりだから」と話してくれた。でも、たぶん上級生も下級生の頃にはそう考えていたことだろう。四年生交渉しようかとも考えたが、正直怖さはあった。万が一交渉成功しても、その後部活に居づらいだろうし。今思えば四年生も22そこらのガキなのにな。

俺は夏前に部活をやめて、適当サークルに入って大学生活を謳歌した。

これはパワハラではなくて、単なる酒と煙草の話だ。だけど酒を注ぐ、煙草に火を就ける、「それぐらいのこと」は拒めない、異議を唱えられない、そうやって少しずつ権力構造が作られていくのかなと思った。

日大ニュースを見て、加害者である学生さん被害者「でもある」と言えるかどうか、ずっと考えてた。

俺はあの世界、無理だなと思ってすぐ逃げたけど、それは特に強い思い入れが無かったからだ。あの日部活愛想笑いしていた一年生、スポーツ推薦で入学したであろう18,9の彼らは、「おかしい」と思っても反論できない、逃げられない構造に組み込まれていったのではないか想像してる。一度権力構造に組み込まれしまったら、「おかしい」「嫌だ」と思った時点で異議を唱える、というのは中々難しい。じゃあせめて加害者になる前に逃げて、と思うけど、一度抜けたらもうその道に戻れないのはしんどいよねぇ……強豪校の部員って人生をかけてるようなものから……

少なくとも彼が法で裁かれるなら、精神薄弱精神錯乱・被脅迫等の理由での軽減があってほしい。

あんまり上手くまとまらなかったけど、体育会系部活は大抵クソ。そんでこういうところでうまいこと順応してった奴らがいい会社新卒で入っていく。つまり体育会系部活をどうにかしない限り日本はクソ。

2018-05-24

自分について

高校生の時、周りが就職や進学などでいろいろ騒いでいる中、自分は何がしたいのか、まったくわかっていなかった。また、それに対しての焦りも感じておらず、どうにかなるだろうと、漠然と思っていたものだ。では、その高校生の時になにをしていたかというと、特になにもしていない。中学校の頃はバスケットボールをしていたのだが、高校に入ってからはやめてしまった。友達と遊ぶのが楽しかったのだ。

自分友達というのはいわゆる「悪友」で、よく酒を飲んだりタバコを吸ったり夜遊びしたりしていた。(もちろん、シンナー暴走族といった、本格的な悪友では無かったが。)週末になると「ドーバン、ドーバン(土曜の夜のこと)じゃけーけーや(だから来いよ)」と呼び出しがかかり、深夜の駅前の街で違う学校の奴や女の子たちと酒を飲んだり、道の真ん中に円状に座ってボケ合戦をしたりして盛り上がっていた。2年生の頃から付き合っている彼女がいたので浮気することはなかった。

あるとき、町中に「fan」というファッションビルができた。スカスカファッションビルで、小さな舞台テレビ局内包しているもので、ヒマ人だった自分たちは、そこに女子校女の子たちがよく遊びに来るという情報を聞きつけていたので、学校帰りによくそファンクに立ち寄っていた。女の子とも仲良くできるし、行けば誰か知り合いがいたので、ファンクに行くのは楽しかった。そんな日々を過ごしていると、小さな舞台撮影をしているのを見学していたら、「漫才師募集テレビに出てみませんか」という告知が。趣味コンビを組んでいた(学校旅行とかで披露するため)自分おもしろがって応募する。そしてその場でショートコント3分ほどやった。コンビ相方が変わったがテレビに隔週で出れる事になった。なぜかギャラはいつも3000円分のお食事券だった。

そんな生活だったから、もちろん成績も悪く、また、勉強する気もまったく無かった。周りも同じだった。

卒業後、とりあえずなんの目当ても無く東京上京する。親の知り合いの娘が自分と入れ違いで岡山に帰るということで、そのままその部屋を借りることになる。家具スクーターをもらって、経堂という世田谷区小田急線沿線の駅に住む事になった。

本当になんのアテも無かったので新宿ビアホールアルバイトをしていた。始めてのアルバイトはけっこうきつく、ビアジョッキをよく落としたりお客さんにかけてしまったりした。それでもあまり怒られる事はなく、東京って優しい人が多いなーと思っていた。アルバイト大学生ほとんどであったが、友達大学生が増えてきても、まだ大学に行ってまで勉強する意味がわからなかった。いまだにあまりからないのだが。アルバイトは他にも飲食店を何度かやった。

高校卒業時、服、特に裏原宿系」と言われるものに興味を持っていた。そこでそういった服を扱う広告制作会社就職一年間ほどそこで営業広告制作取材などしていた。れっきとした下働きであったが自分用のパソコンも与えられ、そこでコンピュータの使い方、(イラストレーターフォトショップなど)を覚えた。しばらくして、なんか違うということで、やめた。それが20歳のころ。

とりあえず働かなければ、ということで派遣アルバイトプレイステーション2メールサポート、という非常に地味な派遣バイトを始める。時給が1500円とすごく良かった記憶がある。そのバイトでは、周りにパソコンに詳しい人が多かったから、ホームページの作り方を教えてもらう。プログラム視覚的に色や形になるのが面白い。なかなかホームページを作るのは楽しく、そのころ友達趣味で作っていたTシャツインターネットで売り始める。けっきょく一枚しか売れなかったのだが、インターネット面白さに目覚めたので、ウェブ制作会社就職する。半年ほど働いて、会社がつまらない仕事ばかりするので辞める。22歳。

ウェブ制作派遣アルバイトをしつつ、個人グラフィックウェブ仕事を受注しはじめる。そのころフラッシュサイトを作れる人が少なかったらしく、仕事にこまることは無かった。グラフィックフライヤーメモ帳DVDパッケージなどを作った。ウェブサイトはいくつかコンペに勝って受注することができた案件もある。しかしながら、クライアントディレクタープロデューサーと、、、何層にもなっている仕事の進め方にうんざりして、つまらなくなってきていた。

2018-05-23

おんなのこは癒し

職場見学小学生かなんかを案内するおんなのこ

ヽ( ・∀・)ノ「はーい、みんなこっち来てねー」

それを見ている俺

(普段抜けてる感じのこなのに、先生ぶってかわいいな)

それに気づかれて、「あ!ほーら!増田くんもこっちおいでっ!おはなし聞く?」手招き

「だれあれー」騒ぐ子供

いやいや、マジでやめてください

あとでおはなし聞くから

…せんせいモードのおんなのこまじでかわいい

2018-05-20

大企業辞めて起業した会社退職して、再就職した話

妻が寝ちゃって暇なので、深夜に私の転職した話を書くよ。

■経歴と話のまとめ

WEBメディアとかやってるIT企業就職イメージは、楽天リクルートYahooサイバーエージェントDeNAGMOかその辺りで考えていただければと。そこを7年ほど勤めた後に、大学時代の友人に誘われて共同で起業。ただ、とあるきっかけで起業した会社を離れることになって、転職活動を新たにして無事内定もらって働いているって話。

起業の経緯

自分で言うのもあれだが、最初会社ではかなり評価されていて同期の中では昇進早い方だった。年上のメンバーマネジメントしてたし、IT企業なりの実力主義みたいなのにうまく適応できて、トントンと昇進して年収も900万円前後だった。

ただ、そんな中で大学時代の友人に起業に誘われ、共同創業起業することになった。もともと起業には興味があって、何かやるネタがないかなと考えていたところだったので、仲の良い友人から何度も熱心に誘われたこともあり抵抗なく起業の話にの会社をやめることにした。起業します!って行って辞めていった時の、なんとも言えない高揚感は今でも思い出す。資本も入れてるし株も筆頭ではないが十分持ってたよ。

起業した会社を離れた理由

シンプルに2つ。

・産まれ子ども障害があった

・そのことを、共同創業者と分かり合えなかった

まれ子どもに、身体的な障害があったのさ。そこまで重い障害じゃないけど、まあ矯正しないと生涯に渡って付き合っていかないといけない障害が体に残るようなレベルの。

もう、青天の霹靂

うちは夫婦共働きだったけど、妻も理解があってベンチャーやってる俺の忙しさを知ってるから家事育児などはかなり頑張ってやってくれていた。ただ、子ども障害があるとなると話は別で、やっぱり子どもへのサポートを最大限にしたい。となると、私も当然働く時間などに制約を持ちながら(と言っても普通に深夜ではなく夜には家に帰ってきてくれ、と言う程度のもの)働かなければならなくて、創業期にがむしゃらに起きてる間ずっと仕事してる、みたいな状況はできなくなってしまった。

で、そのことを共同創業者に相談したときそいつの反応。いまでも思い出すよ。

「そうか、まあお前のプライベートには興味ないけど、結果だけ出してくれたらいいよ(笑顔)。俺に期待することある?ないよね」

で話が終わったんだよね。

もう、愕然

もともとクールなやつだったけど、こっちが相当参っているとき申し訳なく泣きそうな思いで打ち明けたことに、↑みたいな反応されると、固まるしかなかった。

と言うことがあってからは、感情を共同創業者に出すこともせずに淡々仕事をこなしていたり、とはいえ家庭との板挟みで(俺はもう完全に家庭に心が向いていた)睡眠時間がどんどん削られて行ったりで、身体精神ともに参ってしまった。ので、家族相談して起業した会社を離れることに。辞めることを伝えたときには、共同創業者は最後まで怒り狂ってた。「家族を裏切れないって言うけど、俺のことは裏切れるのか」とか言われたけど、そう言うことをいうやつだから一緒にやりたくないんだよな、と思った俺は後悔はあれどスッキリし、心のもやが晴れていくようだった。

転職エージェント登録

正直、今度は自分自身起業しようかななんて思いもちょっとあったんだけど、まずは収入を安定させねばという思いでサラリーマンになることにした。起業してると、給料日お金が出ていく日だけど、給料日お金もらう日にしたかった。これだけで心の安定が相当違う。

上記みたいな経緯だったので、もうとにかく辞めることを優先して、転職活動は後になった。結果として、30代既婚子持ち職なしの爆誕である。無事起業した会社退職した後に、信頼できる年上の知り合い(=最初会社の元上司)にだけ打ち明け、信頼できる転職エージェントを紹介してもらった。取り急ぎ2社登録したけど、結果的に2社くらいで私はちょうどよかったと思う。

案件は、大体似ている

(よっぽど特殊スキルを持っていたりするなら別だけど、私のようにWEB系だったらまあ似たり寄ったりの求人も多く、被っている求人も山ほどある)

自分相場観が多面的にわか

(私の場合、狙える年収みたいなのがエージェントによって差があった。「新卒で入った会社の900万円レベル全然いけますよ!起業していた経験などはプラスに見られますよ!」みたいな意見と、「起業していた時の給料がほぼ皆無だったということであれば、無難に750万円くらいだったらいけますよ」という意見が両方あって、どちらも真実だろうなーと思いつつ転職活動していた)

志望動機などの相談多面的にできる

(これも、私の場合上記のような経緯だったので、起業した会社退職理由をどう話そうかと迷っていた。一方では「正直に言った方が、自分自身の納得感も大きいし、本当にFITする会社を選ぶためには話すべきです」という意見と「子ども理由だけで十分なので、創業者と分かり合えなかった〜みたいなことは言わなくていいですよ」みたいな意見があった。私は、性格的に隠し事が好きではないので前者の意見採用してありのままを伝えることにしていた。これは前者のアドバイスに救われたと思う。)

■以下、いろんな会社を受けて思ったこ

大体各エージェント10社ずつ、20社ほどエントリーを出した。最初ビビって多めに出したけど、書類落ちたのは2社くらいで、面接に忙しくなってしまった。印象的な会社を下記に述べる。

①某数千億規模のオーナー企業。3年前に役員に、某外資から鳴り物入り転職してきた常務が手腕を振るっている。常務意気投合して内定しますね、って口で言われたのに、5日後くらいに「オーナーに人を取りすぎだ」って言われてどうしても内定が出せない、申し訳ないって断られた。なんだそれww って思ったけど、俺以上に転職エージェントめっちゃキレてた。一度口で内定って言った以上、出さなくなるなんて本当に失礼だと。そりゃそうだ。

②某六本木ベンチャー。無借金経営でそれなりに名前を知ってた。会社に入ったらみんながみんなしっかり挨拶してくれて、それだけで印象がめちゃくちゃいい会社挨拶大事新卒4年目みたいな人と面談だったが、よくいうと非常にビジョナリーな感じの人で、悪くいうと地に足がついていない感じ。悪い印象もないんだけど、肌に合わなかったのでこちからお断り

③某六本木ベンチャー2。ベンチャーで有名なビルに入っていた。ここはもう最悪だった。人事に清潔感がなく、面談中もずっと髪の毛を触っていた(女性)。それで、30分くらい面談した後に「それでは、詳しい求人票はまたエージェントからもらってくださいね」とか言われた。思わず「今この場でないってことですか?」って聞いたけど、そしたら「いろんなエージェント求人票出したりしてるので、そのエージェントさんの最新のものは、エージェント自身確認してもらった方がいいんですよ」とか言われる。もう話す気もなくなったのでそれ以上質問せずに終了。大体、職務経歴書履歴書を紙で印刷してもってこいとか書いてあるのに、こちらが渡そうとしたら「データであるので結構ですよ」とかさらりと言ってくる時点で、求職者への扱いがぞんざいなんだなって印象である会社でた瞬間、お断り電話エージェントにした。

渋谷AIベンチャー。本当にあけっぴろげに会社課題や求める人材を語ってくれて、1時間面談が本当に充実した時間になった。結果的に、私がやりたいことと違ったのでお断りする形になったが、お断り電話エージェント経由ではなく俺から直接電話でさせてくれと頼んだほど、真摯採用に向き合っている方で本当に好感触であった。こういう人と会えるなら、転職活動は貴重な経験になるなと実感した。

⑤某港区大企業。1兆越え。採用システマチックで本当にうまくできていた。後一次面接から役員が出てくるとか、採用にかける本気度をの高さを非常に感じた。後、毎回面接の後に、エージェントを経由してくる俺の評価言葉を尽くしてくれるので本当に嬉しかった。「マネージャー経験しかないが部長レベルも担えるポテンシャルを感じる」とか「物腰柔らかで好印象」「新しい領域でも安心して任せられる安定感」とか、そんなことを箇条書きで毎回伝えてくれて次の面接に進んでいくので、こちらも嬉しい気持ちで進められた。内定をもらったけど、最後まで悩んだ会社である。やっぱりどういう評価をされているのかがわかるとこちらはとても愛着がわくし興味を持つ。

⑥某社。Newpicksのジョブオファーを見ていて、面白そうだったから話を聞いていってトントン面接が進んで内定をもらった。ただし、Newspicks求人票に書いてあることと違う条件でオファーが出てきて(本社募集だったのに、子会社採用みたいな)、そのことを質問するともごもご言い訳をしていたので、気持ちが離れてしまった。一言面接過程で、意思確認しながら別ポジションでのオファーとなることがあります」くらい書いておけばいい話なのに、内定しますね〜っていって面談に言ったら違うポジションで、とか、印象悪くなりすぎる。

⑦某社。これもNewspicksジョブオファー。一度面接にいって、面白そうなので2次面接に進むときに、途中でメールが途切れてしまい(あっちの候補日程提示に対して、俺が返信しても返事がなかった)、そのまま当日を迎えてこちからメールをすると「(要約すると)ごめん忘れてた、ほんとごめん」みたいなメールが返ってきて、すでにいくつか内定をもらっていた中なのでもういいやとなりお断りダイレクトリクルーティングを頑張るのはいいが、人手足りないなら最低限のアレンジくらいはアシスタントなど雇わないと回らないのではないかと思った次第である

⑧某ヒルズの大きめベンチャーオフィス綺麗かっこいい。すっごい早口面接官で、2次面接の後に「よかったらオフィス見学していきますか、時間オーバーしてますけど」みたいなこと言われて、志望度それなりに高かったのでしっかりオフィス見学させてもらった。でも3日後くらいに落とされた。「優秀な人材で非常に残念だが、今のチームへのフィット感がないため泣く泣く断念する」みたいなことを言われた。非常に便利な断り文句だなと思ったw ことと、事実オフィス見学までさせてもらっての不採用なので、その会社のことは全く嫌いになれない(むしろ今後も応援したいなと思った)。断り方ひとつとってもエクセレントだなって感じた。

結論的に

で、そんな俺だけど、結局転職したのは20人くらいのベンチャーだった。

起業した会社退職した経緯が↑みたいな理由だったので、今度働く会社は、お互いのプライベート尊重しながら、困ったときには支え合えるような会社がいいなって思っていた。

そんなことを面接で伝えても迎え入れてくれて、3回面接をしてオファーをもらった後にも何度もランチを設定してくれたり、「もしベンチャーということで不安になることもあれば、私から奥様にお話をすることもできますので、何なりとおっしゃってください」みたいなことを社長自らが言ってくれたり。入社前に社員半分くらいに会わせてもらって、シンプルに「いい会社だな」って思ったんだよね(入社してから今もその印象はかわらずむしろ高まっておる)。もちろん会社課題感なども隠さずに伝えてくれるし、その課題に対して自分が貢献できそう、と確信できたことも大きかった。

ちなみに年収は、オファーをもらった中では一番低かった。800万を超えるようなオファーもあったけど、お金じゃなくて働きや働く人が大事だなって心の底から思えていたので、そこはそんなに問題ではなかった(ベンチャーはいえ、決して低くはないので。後半年働いたらSOオファーがある、というのも大きい。)

ということで、チラシの裏に書くような話なんだけど、転職活動中の人に参考になれば嬉しいです。後中途採用やってる人事の人にも役立てば嬉しい。

2018-05-15

ヨガをやると彼女が出来る

ヨガをやると彼女が出来る。ヨガ教室は女がほとんどだから、まず出会いの機会が圧倒的に増えるのだ。

音大生の男はどんな外見でも、例外なく音大生の可愛い彼女がいるのと同じ理論である

男一人だけだと浮くのでは?と思われるが、最近日本でもヨガをする男が増えている。まずは見学や初回無料or割引体験をしてほしい。

ヨガは女だけのものではない。

ヨガをすることにより国際的現代的なイメージがつく、圧倒的にカッコいい。

学校職場合コンでもモテるようになるだろう。

女「趣味は何ですか?」

男「ヨガです」

パターンA 女「私もやってるんですよ」→話が弾む

パターンB 女「ヨガって素敵ですよね。私もやりたいです」→話が弾む

パターンC 女「ヨガですか?男性で珍しいですね」(この時点で相手は男に圧倒的に興味を抱いている)→話が弾む

ヨガをすることにより、健康・脳の活性化リラックスなどの効果があるのは言うまでもない。

あなたの魅力は外見に内面も、ヨガにより圧倒的に向上するだろう。

仕事学業好転し、素敵な女性出会い生涯年収もあがり、寿命も長くなる。

ヨガあなた人生を変えるのだ。

2018-05-12

anond:20180512231057

https://www.tamiya-plamodelfactory.co.jp/20180421-modelerssquare-entrypass/

2018年4月21日(土)より18才以上のお客様男性)は当店2Fモデラースクエア ミニ四駆コースのご利用が有料となります

1Fレジカウンターにて「モデラースクエア入場券」(500円・税込)をご購入の上、ご入場ください。

※18才未満のお客様女性、ご家族連れ、見学無料です

18歳以上の男性だけ有料化だってさ。

チバニアンを巡る泥沼の争い

千葉県市原市田淵の地層「千葉セクション」を中期更新世(77万年前~12万6000年前)の代表地層とし、この時代を「チバニアン」(ラテン語千葉時代)と命名するかどうかを決める国際学会の審査が4月から中断している。

茨城大や国立極地研究所などの研究チームが「チバニアン」を申請したのだが、

研究チームとは別の地質学者らで作る「古関東深海ジオパーク認証推進協議会」が今年4月、

「(地磁気逆転の根拠に)約2キロ先の別の地層のデータを使っており、捏造だ」などと主張するメールを同連合イタリア研究チームに送った結果、審査が中断したとのこと。


ちなみに、「古関東深海ジオパーク認証推進協議会」は、地層に勝手コンクリート階段をつくった団体

チバニアン」斜面に見学コンクリ階段 市は困惑

https://www.asahi.com/articles/ASL223T3WL22UDCB00F.html

2018-05-09

レンタル花嫁レポート

行ってきたのでレポ

私:四国在住(30代前半)

派遣先東京

相手の年齢:30代前半

報酬:私一人で32万円(打ち合わせ、式の合計4日間、交通費宿泊費込み)

式:神前式披露宴

派遣範囲:私(花嫁役)、両親役、親戚友人役多数、スピーチ代行業者

情報共有範囲:夫(本人)の両親まで、祖父母は花嫁派遣だと知らなかった

派遣理由不明

その他:打ち合わせ、式以外の時間日新郎の母親東京見学した。母親は周囲を気にする様子有り、私を別の名前で呼んだ

備考:遠方在住でピアノが弾ける女性希望したとのこと、二次会披露。私以外の友人派遣などは東京派遣会社から

2018-05-08

一億円の純資産を手に入れる方法 その7

人間本質について学ぶべきこと

ギャンブルには一切関わらなかった。賭け事は胴元のみが儲かるようにできている。宝くじも同様である還元率が五〇%未満であるあたりいっそうたちが悪い。宝くじを買うような人は十中八九お金持ちにはなれない。やればやるほど損する仕組みになっているのだから当然である。そして合理性に欠けた人は、偶然大きな金額が当たったとしてもすぐに散財して終わる。

マカオは二度訪れて、いずれもカジノ見学を楽しんだが、1パタカも賭けることはなかった。やってもいいかと思って足を踏み入れたのだがからだが賭けることを拒んでいた。カジノ運営される様を見ることができたのは有意義であった。カジノでは一つの洞察が得られた。すなわち人間とは合理的な生き物ではない。そして人間は、意識的にせよ無意識にせよ、その本性として不確実性を好む。

もし賭け事に関わらざるを得ないとなったならば、賭ける側ではなく、賭けさせる側、ギャンブル主催する側に立ちたい。それ以外の選択肢はない。

楽して儲けたいとは誰もが思うことだろうが、その欲求に流され丁半博打で儲けようとするようでは、お金が貯まるわけがない。愚かな人間お金は居つかない。

仮想通貨も同様である仮想通貨を巡る人々の様子はバブルに伴う狂騒そのものであった。

そういえばバブルについて学んだことはたいへんためになった。バブル歴史テーマにした本は数多く出ているので、これらは読んだ方が絶対に良い。そこには人間本質についての洞察がある。バブルは案外、頻発する。人が一生を生きるなかで何度も直面する事象なのだ

要するに、人間についての理解が全てといえる。人間を観察し人間とは何者なのか、どんな存在なのか、それを通じて自分自身とは何者なのかについての理解が得られる。自分自身理解が土台となって初めて、自身人生意識的に形作ることができるようになる。

(次)一億円の純資産を手に入れる方法 その8「常識を疑うべきこと」

https://anond.hatelabo.jp/20180509000814

(前)一億円の純資産を手に入れる方法 その6「精神世界をばかにしない」

https://anond.hatelabo.jp/20180506093300

2018-05-06

アマオケの選び方

あくまでも個人的な考え方です。

特に首都圏では多くのアマチュアオーケストラがあります4月から就職、進学、転勤等で活動の場が変わった人は新しい団体を探す人もいると思います

また、楽器を習っていて始めてアマチュアオーケストラを始めたい、と思う人もいると思います

知り合いに直接紹介してもらうという手も無いわけではありませんが、特別理由(紹介してくれた人と活動したいなど)がなければ自分で探すことをお薦めします。

今時はHPを持ってない団体は少ないです。

まれHPがなかったり、更新が滞っているところもありますが。

こういう団体HPメンテナンスが出来ないほど人不足か、募集をしていない(内輪だけで活動したい) のだと思います募集をしていないような団体であれば知り合いのつてがなければ入団不可能でしょう。

アマオケの人不足は技術力不足と鶏と卵の関係にあります。人不足だけど技術力は高い団体があれば、それはもっと大きな闇を抱えているに違いありません。

例えば、指揮者が横暴であったり、一部の中心人物が牛耳っているなど。

さて本題の、自分にあった団体の見極めかたですが、まずはHP過去演奏会履歴を調べます。これによりだいたいの団体の規模(人数)が分かります。大きく分けて2管編成なのか4管編成なのか。

次に曲の選び方として弦楽合奏あるかないか協奏曲あるかないか協奏曲ソリストは団内か否か。

どのような曲が多いかロシア系ばかりを取り上げている団体北欧系ばかりを取り上げている団体などもあります

年に何回の演奏会があるか?

練習回数はどれくらいか半年程度の期間で20回程度の練習が組まれていると多い方で、少なければ4~5回という団体もあります

練習場所自分が通いやす場所であればラッキーです。

これで、自分の好みでなければ他を探します。

演奏会を見に行きましょう。

観点は、エキストラ割合プログラムメンバーリスト記載されている場合があります記載されていない場合は動態調査しかありませんが、慣れていないと難しいでしょう。

次に演奏方向性。これは好みになります演奏雰囲気が気に入るかどうかです。

次に問い合わせをします。

まず募集があることを確認して、入団検討しているという意思を表明し、質問します。

一回の演奏会あたりの費用チケットノルマの有無。その他必要となる費用

その他としては、団費といったり、合宿費であったり遠征費であったりします。

本来、これらをすべてひっくるめて演奏会費だとおもうのですがね。

一回の演奏会費用が引っくるめで3万円を越えるとかなり高い方だとおもいます。安いところでは2万円以下です。

しかし、高いところは有名指揮者が来ていたり、高額なソリストを使っていたりするならばありえます

ホール使用料は似たり寄ったりです。東京ではサントリーホールが飛び抜けて高い以外は。

団員の数とエキストラ割合

これが曖昧な答えしかこなかったり、先に見た演奏会と辻褄が合わなければ、怪しいです。

次に見学となります

見学といっても弾かされることが多いです。こちらが団を選ぶように、団側もあなた査定します。

これで(見学で)お断りされることは滅多にありません、オーディションでなく。私は一度経験がありますが。

見学に行った時期が次の演奏会の時期と比較して、完成度がどのようであるか?を見ると仕上げかたの方向性が見えます。このとき演奏会を見に行って完成度を確認してあることに意味が出てきますしかし、ほとんどの団体練習期間によらず、最後の2週間程度で一気に仕上げます

このようにすれば、入団前にだいたいのことが見極められます。お試しあれ。

2018-05-04

18歳 無職

高校三年の夏 色々あって父親解雇された。母からは弟か私のどちらかしか大学に行かせてやれないと言われた。

弟はスポーツ推薦で高校入学勉強二の次スカウト入学スポーツテスト大学へ入る予定だった。私は全日から通信高校転入。それでも大学へ行くために実費で塾へ通っていた。

どうせ弟は国立になんか入れない。

悩まなかったかと言えば真っ赤な嘘になる。けれど、極力悩んでいないフリをして、母を支えるために、弟を大学へ行かせるように言った。当時は就職なんて考えていなくて、「大学が無理なら専門学校でもいいや」とさえ思っていた。しかし、父がもたらしたのは専門学校へ通うことも出来ない経済状況だった。

担任就職に変更することを届け出たのが秋。事情は全て伝えた、はずなのに。東京本校にある校内求人を求めても送って寄越してはくれなかった。地方の協力校へ通っていたのだが、「なぜ東京で働きたいのか」と責められた。親が納得してくれているのになぜ第三者から止められなければならないんだろう。

なんとか説得して希望したビューティアドバイザー職の会社見学に行けたのが冬の始め。華やかな店内。明らかに高級店。福利厚生も充実していて、絶対にここで働きたい、と思った。

面接が冬の終わり。他に面接に出向くほどのお金はなかったので、この会社一本で勝負していた。完璧な志望理由を書いた。こんなにも熱くビューティアドバイザーになりたいと願う学生あなたは落とすのか?と思わせるほどの熱量で書いた。簡単自己分析テストのようなものを終えた後、面接からこのような事を言われる。

「当店はエステ業務を主に行っております。志望理由にはビューティアドバイザーについての記述が多いようですが…。」

ちょっと待ってくれよ。HPにも求人にもビューティアドバイザー文字があった。なんならエステ業務なんて一言も書いてなかった。どういうことだよ。

その後も挽回出来ることなく、面接を終えた。ビューティアドバイザー仕事ならせめて綺麗にして行こう、と睫毛をビューラーカールさせて行ったら「当社ではマツエク禁止です」と言われた。ちげーよバカ

担任から当然の如く縁がなかった、と連絡が来た。この時期に内定落ちする生徒にはもう仕事を紹介出来ない、とも。周りは大学専門学校への進学が決定していて、なんなら進路が決まっていないのは私だけだった。好き好んでこの時期まで就活を引っ張ったわけじゃない。自力就活をしようとしたら、担任から学校を通せと言われた。矛盾している。そしてそのまま、卒業の日を迎えてしまった。

4月同級生達が新生活スタートを切る中、私は未だ地元にいた。申し訳ない気持ちは当然ありながらも3月中に母へ「先に物件を探しておきたい」と言うと、「仕事も決まってない人には住まわせられない」と言われた。「早く仕事を探して。あなた就職にするって言ったんでしょ?」とも。母が言うことは至極当然だが、そんな仕打ちはないのでは?と思ってしまった。いつ私が就職希望したのか。

そんなこんなで5月になってしまった。

私は今、イオンレジを打っている。将来の夢は天文学者言語学者だった。それがダメならビューティアドバイザー料理人だった。叶えたい夢はたくさんあった。本当に、抱えきれないほど。

父は私へ謝りもしなかった。

2018-04-24

FAKE野郎

情弱のオッサン相手企業が「うちはAIとかIoT, ビッグデータやってますんで!!^_^!!」みたいな説明するのは仕方ないのかも知れないが、見学とか就活で来た学生相手にそれをやるのはマジで勘弁してくれ…。

単なる初等的最適化とかマクロとかフィードバック制御とかだったりするのが大半なのは学生でも分かります

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん