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はてなキーワード: 相撲とは

2018-08-17

anond:20180817103018

あいう奴らはちょっと昔にあった「女性土俵から降りてください」っていった相撲関係者と考えが同じだよ。

その2才児に飴をあげた人のツイートかのぼったら「女性土俵から降りてくださいなんてひどい!」って言ってたら思いっきり指摘してやれ。

眼の前で心肺停止状態女性が倒れているのを男性が心肺蘇生法をやったらセクハラか?

場合がある事を理解できていない。

2018-08-11

anond:20180811183526

どうなんだろう?

知人の例は、自分が多少なりとも我慢しているのに、それを守らないフリーライダーが許せない って言う話のつもりだった

相撲の例だと、自分女性土俵に上がりたいのを我慢しているのに、同じ女性のくせに土俵に上がろうとする人に腹をたてる というような?

うーん やっぱり公共マナー女性差別の話はしっくりこないな

電車での話に戻すと

他人の会話はうるさい、大声でなくとも内容が頭に入るのがそもそも煩わしい

片方しか聞こえない会話は一層耳障りだ

という感覚はあるので

電話を控えるマナーはあっていいとは思う

離れた場所の一人が電話していてもそう気にならないが

両隣前後で一斉に電話されたらやっぱり不快だとは思う

2018-08-10

anond:20180810170023

過去暴行事件で1人殺してるのに何も反省せずにまた暴行事件起こした相撲のおかげだな。

相撲のおかげで体育会系が救いようのない馬鹿の集まりだってことが露呈して、世間認識が変ったんだから

2018-08-09

無職としての学問

 特に文系において、大学研究を取り巻く環境が厳しいので、少し愚痴を書かせていただきたくお邪魔します。

* * *

 研究生活が実生活、ことに家庭生活に対し極度の不安定性を与えることは、今日に始まったことではない。

 例えばかの有名なマックス・ウェーバーによる1919年の講演の中では、「大学に職を奉ずるもの生活はすべて僥倖支配下にある」と語られており、「精神的に打撃を受けることなくこうした境遇に堪ええたためしは極めて少ない」とまで言われている。

 このような状況は、100年の時と洋の東西とを超えた今日日本においても、同様である。むしろ人口減少と学問に対する軽蔑——それはおそらく、ウェーバーが講演の中で強調した、学問がなんの「救い」も「啓示」ももたらさないということを、多くの人々が正しく認識たからに他ならないが——に直面している極東島国の方が、研究生活を取り巻く環境過酷であるといえるだろう。

 博士号を取ったとしても多くの人々には就職先がなく、あっても有期雇用で、しか低賃金であり、長期的な研究生活の途を描くことは全く不可能である

 日本より恵まれ研究環境を有する国、例えば博士課程から給与が出るアメリカや、高等教育がほぼ無償であるフランスの例を持ち出すことは簡単であるしかし、研究生活はその研究者が根ざしている言語文化、あるいは人的ネットワークにある程度は依存せざるをえない。また、他国研究環境は、一部だけを切り出せば外面的には羨望の的になりえるが、実際は、給与と引き換えに研究テーマ選択制限されたり、あるいは無償で得られる研究環境には限りがあったりするのである

 当然のことながら、研究者における研究成果はそれぞれのおかれた研究生活の諸条件に左右されるのであり、それは資本的な制約を大きく受ける理工学系のみならず、人文系についてもそうなのである

 ハンナ・アーレントのように、生地での生活を根こそぎ奪われ、新天地で大きな研究成果を挙げる例もないわけではない。大学官職への道を閉ざされてから活躍したカール・マルクスそもそも学歴のなかったピエールプルードンなども、偉大な思想家としてのちに崇められる存在であるしかしながら、すべての人が偉大な人、指導者のような人、あるいは預言者になることを目指して研究に励んでいるわけではない。実態はむしろ逆であり、陽が当たらない部屋で日がな一日、誰も読まないような古雑誌の1ページをどう解釈するかについて考え、その謎を解けた時に無常の喜びを感じる、そういう人が研究生活に入るのである。そのような、全くつまらないことこそ重要研究成果なのであり、むしろ大きな社会的反響を呼び起こす御宣託が科学的な研究成果とは全く呼べないようなものであることは、ウェーバーの指摘するところであり、歴史が度々証明してくれたところでもある。いずれにせよ、研究生活とは社会的名声や富と全く関係がないどころか、資本主義社会ではしばしばそれらは相反するものとなるのである

 尤も研究者も所詮人間であるからして、研究のものの「客観性」や科学位置付けとは無関係に、それぞれの求める研究生活上のあり方というのは存在する。名声や富を求めて研究に取り組む人もいるのかもしれない。しかしそれは明らかに悪手だ。羽生名人でも挽回できないぐらいの悪手だと思う。

* * *

 さて、反面、家庭生活はまさに「経済」の必要に駆られるところのものであり、十分な収入、定住可能な住居、そして可能な限り多くの家事労働自動化が進んだとはいえなお労働集約的だ)が投入されて、初めて成り立つものである

 収入がないなどもっての外であり、亡命収監失踪放浪なども、家庭生活とは相容れないものである

 歴史を顧みれば、自死発狂、子捨て、虐殺に至るまで研究に身を置いた人々の末路は様々であるが、なんとかしてそのような事態は避けたいと誰しもが願うところであろう。

 できれば平穏無事に、昭和時代理想とされたライフスタイル、すなわち夫婦円満子供と共にマイホームに住み、安定した立場で働き定年後は年金生活という人生を歩みたいところである(これは皮肉である)。

 しか今日の若き研究者は、子供はおろか結婚もままならず、マイホームマイカーも持たず、年金制度破綻を前に怯えながら年老いるのである

 もしあなた結婚したとすれば、それはパートナーの全く寛大な心によるものか、パートナー無知蒙昧で完全に誤った選択をしたかのいずれかであろう。

 さら子供がいるとすれば、当然あなた研究生活放棄するか、あるいはなんらかの安定した不労所得に拠って研究生活と家庭生活の両立を試みねばなるまい。(あるいは、あなたが非常に体制時代に順応的な研究をなしていたとすれば、すでに十分な収入に恵まれいるかもしれない。これこそウェーバーの言った「僥倖である。そういう人には心から祝福を送ろう。願わくば同じような僥倖が数多の迷える研究者たちにあらんことを。)

 多くの研究者たちにとって、結婚出産研究生活首にかけられた縄である

 女性研究者の研究生活性別役割分業的発想や家庭生活に対する支援パートナーから十分に得られないなどの理由によりすぐに縛り首になってしまうが、男性研究者の研究生活も同様に性別役割分業的発想や金銭支援パートナーから十分に得られないことですぐにギロチンにかけられてしまう。

 いずれにしろ他者にとって金にならず有用性のわからない行為としての研究は、家庭生活に直面すると挫折する公算が大きいのである

 だからといって、家庭生活を全く否定してしまうことも困難である穂積陳重来日本の身分法学者は、日本国民の位置付けを次の三つの身分のいずれかあるいは複数に属するもの定義した。すなわち、夫婦、親子、親族である

 しかし、親が死に、結婚もせず、親族との紐帯も弱いとなれば、その人は社会的にも法律的にも、全く孤立した存在となってしまう。

 その人は十分な社会保障の対象にならないことはもちろん、社会生活上の様々な面で制約や不利益を受けることとなる。

 実際上の問題として、社会的要請として家庭生活に入ることを我々は求められており、多くの人はその生活が全く不幸であり耐え難く絶望的なものだと感じていたとしてもなお、家庭生活に甘んじているのである

 当然、研究をしていなければ家庭生活が楽になるとは全く言うことができない。しかし、少なくとも研究生活が家庭生活と激しく対立することであることは自明であることのように思われる。

 あるいは「家庭」という理想像の崩壊高齢者二人世帯や単身世帯シングルマザーの増加、生涯独身者の増加などによって、家庭生活という名付け自体空虚ものになっているという批判があるかもしれない。

 しかし反面で、なお結婚出産経験する人は半数を占めており、「家庭」に代わるほど普遍化された結婚出産を前提とした私的領域生活モデルはいまだに存在しないわけだから、やはり家庭生活という呼称を用い、特に若い研究者たちにとってはそれを重視せざるを得ない現状もあるのだ。

* * *

 収入、定住、家事労働を求める家庭生活は、無収入、度々の転職と転居をもたらし、にもかかわらず時間の余裕を求める研究生活とは、完全かつ深刻に対立する。

 では、この間の解決はどのようにしてもたらされるのか。非研究であるパートナーの忍耐によってであろうか。あるいは研究生活の適度な抑制によってであろうか。

 前者はこれまでの男性研究者がしばしば採用した方法であり、女性人権がない時代であればよかったが、21世紀にもなってこの方法採用しようと思っている人がいるなら、その人は妻を見つけることができないであろう。

 後者方法は、実際には採用し得ないものであり、つまりそれは相撲レスラー炭水化物摂取を控えるとか、プログラマーが1日3時間しかモニターを見ないようにするとかいう話であって、研究生活を「適度に抑制する」などということは単に研究生活否定しかない。

 研究者はその人をして全的に研究に没頭せしめなければ、素晴らしい「霊感」を得られないものである。そうでなければ、特に人文学研究においては、それは単なるジャーナリズムに陥るであろう。

 そして、これもウェーバーと同じく声を大にして言いたいところであるが、そのような素晴らしい「霊感」、今日言葉であれば「イノベーション」などというものは、研究のみならず仕事や様々な形の労働の中でも、それに没頭し専心していなければつかむことの能わざるものであり、行政府が旗をふって労働時間の長短や職業訓練の有無をいくら弁じ扇動しようとも、生まれてこないものなのである

 家事労働ワークライフバランス長時間労働問題は、まさにこの没頭の可能性にあるのであり、特に家事労働時間を細切れにしてしまうために人をして何かに没頭させることを妨げること大であるワークライフバランスも、結局その目的とすることが明らかでないか低賃金かつやることのない中途半端余暇をもたらすだけである長時間労働改善しても、人々が自ら欲するところのものに取り組めるような労働時間の設定でなければ、それが長かろうが短かろうが、人々の不満は変わらない。いくら労働時間が短いとしても過労死は起こりうるし、長く労働していても過労死しない場合があるのは、この理由によるのである

 とにかく、家庭生活の求めるもの根本的に否定しなければ、研究生活は成り立たないのである

* * *

 では、解決方法は何か。家庭生活問題点は、それが夫婦という二者で成立するように想定されていることである。それゆえ、収入と定住を男性が支え、家事労働女性が支えるという構図が出来上がった。

 しかしこの想定は噴飯ものであり、シングルマザーは全て一人でやらざるを得ず、あるいは逆に親族から支援収入不安が軽減されたり、実家を譲り受ければ定住も可能というように、家庭生活の諸条件の実現は夫婦という関係性の外部で決まっていることが多い。

 もし家庭生活に関与してから研究生活継続するためには、家庭生活を成立するためのリソースを外部から調達することが最も望ましい。(逆にいえば、外部からリソース調達できなければ、ついにここで研究生活のお墓を立てるしかない。自分研究というアイデンティティよ、さようなら、と。)

 ただ、ここには二つの問題がある。一つは、リソース調達である大川周明のように徳川家から調達したり、大杉栄のように政治家からぶんどってくることができれば最高だし、あるいは明治時代のように女中を置いたりできれば最高だが、なかなかそういうわけにはいかない。もう一つは、その調達個人能力に帰せられることで、研究能力とは別にそれに取り組む環境規定されてしまうということである

 この二つの問題解決するためには、若い研究者同士で研究生活を支えるための生活ネットワークを構築するしかない。あるところには金がある人もいるだろう、あるところには手が余っている人もいるに違いない。

 どうせ研究生活に勤しんでいる人以外に若い研究者に対して同情を寄せてくれる人はいないのである

 アカデメイアリュケイオンがどうだったかはわからないが、古今東西大学に併設されている寮や大学街(カレッジ)では生活上でも学術上でも研究者のコミュニティ形成されていたはずだ。修道院のようなものである

 いま、若い研究者は官僚主義的な大学制度によって互いに分断され、地方に散住し、有能なもの国外へ出て行ってしまっている。もう最後タイミングである

 いま我々若い研究者が団結して助け合わなければ、この国の研究はすぐになくなる。もし研究のなくなり方が緩やかであれば、日本語で達成された学術的成果を、多少なりとも国際的に、人類のために遺す時間猶予が生まれるかもしれない。あるいは、国外から救いの手が差し伸べられるやもしれぬ。「タコツボ」を脱しなければならない。近くで助け合って生活し、なんなら雑誌なども出して(いまであればブログでいいのかもしれないが)、特に文系では消え掛かっている研究の灯火を、なんとか引き継いでいかねばならぬ。ならぬと思う。

いや、それとももう、研究生活を諦めるべきなのか。

2018-08-07

anond:20180807080534

五輪競技時刻をずらせないから?日本社会のほうをずらして誤魔化すのか。

相撲理事長日大に毎年91億も税金上納したり、日本国民スポーツ界の舎弟なのかって

2018-08-03

男女平等に雇え!というなら

男女平等に働かないといけないし

男女平等家事しないといけないし

何もかも男女平等にしないといけなくて面倒くさい。

介護なんてやりたくないし、相撲だってやりたくないし、チェス将棋もやりたくないし

本当にそれやりたい事なの?現在やりたいか文句いってるの?

LGBTの件で本人たちがあまり望んでいないのに外野が盛り上がって良い事した気になって、現実LGBTの株を下げているように

外野がギャーギャーいって男女の株さげたいだけなんじゃないの?

やりたいならやりたいひとが「STAP細胞は、ありまぁーす!」みたいに叫べば良いじゃん。

やりたくもない、特に望んでも無い外野が「男女平等!」って叫ぶってどうなのよ。

anond:20180803105654

しばらく前に相撲八百長疑惑とかあったけど、社会のあらゆるところで似たことが行われているんだろうな。

後の世のヒトたちには、昭和平成は野蛮に映ることだろうなあ。

2018-08-02

スポーツ業界ドン

全部集めて誰が一番強い(酷い)か評価してみたい。

動く金が大きい所ほど酷いことになってそう(相撲野球サッカー・・・)

2018-08-01

anond:20180801141559

なんか読解力ないブコメがちょくちょくあるな

「(世間的に)肩身が狭い趣味を持ってるはてなーいる?」じゃなくて、「はてブ迫害対象認定されている趣味を持ってるはてなーいる?」ってことだろ。

高校野球

オリンピック

相撲

うなぎ

煙草

あたりだな。

anond:20180801141559

相撲とかは?

はてなオタク語りが好まれる傾向もあるから、どんな趣味でも誰かが長文書き出せばそれなりに歓迎もされるとは思うが。

2018-07-31

anond:20180731164828

記者クラブ

(接待漬けの)官僚

(取り調べ可視化できない)警察検察

(クロスオーナーシップずぶずぶの)大手マスメディア企業

(政治ショーしかしない)政治家・政党

これらに比べたら旧態依然日大やら相撲やらは可愛いもんでは、よくないけど

民間で一番広範に邪悪なことしてるのは携帯3キャリアパチンコ企業だと思うね

2018-07-30

anond:20180730030319

1への反駁

拒否する自由はある」「ただし『差別』に当てはまると人権侵害」ってのが現実に両立していて、じゃあ『差別』がどこで定義されるかは難しいよなあと思いました。

性別だとか人種だとかLGBT入店拒否したらアウトらしいが、定義としては曖昧すぎる。宗教で断ったらセーフか?不細工から断ったらセーフか?逆にイケメンを断ったら?酔っ払い入店拒否していいのか?相撲女性が参加できないのは性差別か?黒人がいるだけで不快感が生じる人がいたら?食欲も失せるような見た目をしている障がい者がいたら?障碍によって悪臭が抑えられない人は飲食店に入っていいのか?どこに線引きをするか?

現実的な線引きとしては「求められる機能性に関係ない拒否はアウト」くらいか。断るなら飲食店機能としての明確な理由はあるべきだ。

この理屈でいくと、特に営業妨害になる理由がない今回の案件は断れなくなる。「飲食店」と「差別主義」に関連性はない。(ここでは「集客への影響」は無視する。悪評の多い彼を入店させることによって10割の既存客が消えたとしても彼を入店させることは正当なものだし守られなくてはならない。)

この理屈は一例としても、差別主義者は入店拒否と、そこに線引きを置く明確な理由はあってしかるべきじゃないか?そこを説明できるのか?

あと、自炊しろよ。

日本大好き番組を称賛する人に「凄いのは他の誰かであってお前ではない」と一喝しつつ、自分他人の褌で相撲を取って悦に浸ってる下田賢佑さん38歳

 

2018-07-26

anond:20180725175928

そんな事より「同い年の相撲親方がいる」という現実にショックを受ける。

すべては貴乃花のせい。

2018-07-24

anond:20180724045946

で、出た~性別透視奴www

 

 

ぶっちゃけ宝塚くらい歴史の浅い文化なら

批判出りゃ男も普通に受け入れるだろ

 

逆に歌舞伎とかあそこら辺の伝統芸能()は絶対女受け入れない

相撲醜態さらしてくれたしな

2018-07-22

コミケ話題になるとオタクは守勢に回る

熱中症で全方位正義マンと化していたオタク

ビッグサイト責められるとダメなのに声が出ちゃう❤し

 

表現の自由云々抜かす癖に

真木よう子創作物は「プロの手ガー」とか言って否定

 

オタク民度高い!」みたいなこと言っても

コミケでは集団心理ゴミの山と深夜待機にラブライバー()

 

漫画村どうこう著作権どうこう言う割には

他人の褌で相撲を取る同人誌ばかり

 

普段コイツらのクソ傲慢さにイラついてる奴ら、

このイベントだけは見逃すなよ?w

anond:20180722084559

サッカーハンドにせよオフサイドにせよビデオ判定できるじゃん。

相撲だって「足の裏以外が地面についたら負け。土俵から出たら負け」という単純明快ルールで、それを行司以外に何人もの人が見張っている。

陸上の走る系は「タイム」で判別するから誰が見ても速いやつが速い。

はっきりしてる。

2018-07-20

anond:20180720075039

相撲力士も、タニマチ支援に支えられて活躍してるからね。

女・男関係なしに、カネに結びつかない活躍をしてる人の裏には

それを影で応援する人が居るってことじゃね?

2018-07-16

ポリティカル・コレクトネス

全ての差別偏見を殴り続ける必要があるのか。大変だな。男女の扱いを均等にする。

看護師保育士キャビンアテンダント宝塚男子校女子高、歌舞伎相撲

差別偏見ではない合理的理由であれば、男女の区別をつけるのは、OKということか。

https://www.weblio.jp/content/%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%AC

ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness略称PCポリコレ)とは、日本語政治的に正しい言葉遣いとも呼ばれる、政治的社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別偏見が含まれていない言葉用語のことで、容姿身分職業性別文化人種民族信仰思想性癖健康障害)・年齢・婚姻状況などに基づく差別偏見を防ぐ目的表現を指す

2018-07-12

anond:20180712194249

でも相撲でまわしつける時も女子特権シャツにハーパン着るじゃん

同じにしてから言って

もう女子禁止というスポーツのくだらない決まり廃止しろ

相撲もそう、野球もそう。

現代女子平等立場であって良い。

そりゃ、女子自体があれだこれだとヒス気味に喚く時もあるし、なら黙ってろ!と女子に言いたい時もある。

が、伝統行事だし危ないし女子ダメだ、マウンドは危険から女子ダメだなんだと、くだらない決まりが多すぎるんだよ。

今の女子は、そんなにやわじゃない。

そんなにやわっこいなら、事前に危険についての学習でもさせればいいだろ。

危険度に関してなら男子だって変わらんよ。当たりどころが悪ければ、誰だって怪我をする。

ホントくだらないと思うよ。

特に騒ぎ立ててる割にツッコミされるとだんまりするか言い訳するだけの協会連盟なんてのはくだらないの象徴すぎる。

anond:20180712144907

でも土俵の勇敢な女性新幹線の勇敢な男性も殴ってるのは男なんだよなぁ

特に土俵は何も悪いことしてない勇敢な女性オカルト理由リアル攻撃したのがネットでの理不尽攻撃トリガーになったのに、反省するどころか伝統的に女児ができてたちびっこ相撲まで急にルールを変えて女をつまみ出す方針に走るというゲスっぷり

友達市民団体トップだった

幼稚園の頃に仲が良かった同級生(A)が市民団体トップを張ってた。いわゆる発起人だ。

Aと遊ぶときは決まってぼくの家だった。Aはかんしゃく持ちで、少しでも気に食わないことがあると暴れた。幼稚園児にしてまさか出禁を喰らうが、そのたびに「ごめんなさい」と詫びを入れてきた。

小中も一緒だったけど、クラスが違うので疎遠になった。傍から見てるとAはいじめられっ子というより珍獣的なポジションやんちゃ同級生がAをわざと怒らせて楽しんでいた。指相撲に負けて学校の壁に穴を開けたこともある。

その後は交流が完全に途絶えた。ある日ふとAのことが気になってフルネームでググってみると、タイトルの通り。9条を守る!脱原発差別反対!自民政権は許さない!といった具合。ことさら差別に関してAの個人的言及は凄まじい。

Aは、生きがいを見つけたのだと思った。Aが認めてもらえる場所は、そこにしかなかったとも思えた。また、自分の痛みを政治批判にすげ替えている。彼はよりよい日本を目指しているのではなく、自分の痛みを知ってほしいだけなのだ

市民団体はよく絵空事を抜かす節がある。政治批判をしても代替案が欠如している。あからさまな無茶ぶりだ。だけど、彼らにとってそれはどうでもいいことなである無意識下で、政治自分の痛みをのせている。抑圧された幼少期だったり、Aのようであったり。何も聞き入れてくれなかった親や世間の代わり。単純な憎悪。ぼくらは、彼らの痛みを、政治というフィルターを通して聞いているだけ。

そんなことを考えたとき市民団体の無茶な主張に、はじめて合点がいった。

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