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はてなキーワード: エンターテインメントとは

2021-05-31

ウマ娘馬券を買うようになったオタクについての観測メモ

増田オタクだ。

俗に言う所の「所属ジャンル」というべきものがかなり老若男女入り混じってるタイプで、5,60代のオッサンからピチピチのJKまで揃ったタイムラインで過ごしている。

天ぷら胃もたれして苦しい思いをしているオッサンのすぐ真下に、試験前なので浮上減ります><が流れてくる愉快なタイムラインだ。

さて「ウマ娘」はかなり大衆にウケており、「ウマ娘クラスタ」と括るべき熱烈なコミュニティの外でも、サブの趣味としてこれを置く人間も多い。

我々のジャンルでもかなり大勢人間ウマ娘ダウンロード、そしてプレイしているように見られた。

ゲームやそのファンアートを楽しむだけでは飽きたらず、馬券に手を出す人間も確実に増えた。

なので、馬券を買うようになったオタクの周辺について色々観測したメモを書いてみることにした。

元々競馬をやっていた勢力

主にオッサンである

一部のオッサンたちはウマ娘が始まる前からいつも特定の日時になるとアイマスの「全然違うじゃん!もう私競馬辞める!」のコピペツイートRTしてきた。

ウマ娘色々にかかわらず、まったく元から競馬をしていた人たちである

やはり仲間が増えた事が嬉しいのか、ギャンブルの後ろめたさが軽減されたからなのか、知識をひけらかすのが優越感があり楽しいのか、

そんな要因でいつもより競馬に関するツイート数は増えたように感じる。

とはいえ彼らはもともと競馬をやっていたので、ウマ娘の影響を受けた変化率はかなり少ない。

競馬をやっていない勢力

当たり前のことだが、オタクが皆競馬をやっているわけではない。

この話題と直接は関係ないが、このまま続けるとあたかオタクが全員競馬をやっているかのようなバイアスが入るので、彼らについても一応触れておきたい。

そもそもウマ娘をやっていないオタクは(元から競馬趣味だった場合を除き)競馬をやっていない。馬のうの字も喋らない。まあ当然の事である

たまーに「最近ウマ娘流行ってんね」ぐらいの事を口にすることがあるかないかぐらいのものである

またウマ娘はやっているが競馬をやっていないオタクも当然存在する。

この勢力自分観測範囲からいくつかに分類しみるとこうである

無課金派:ギャンブルにもソシャゲにも金は払わない価値観で、ゲーム無課金範囲適当プレイしている。エンジョイ勢

貧困派:無課金派に近いが、その理由価値基準というよりは金銭的な問題である場合生活が困窮しているかもしくは学生である

美少女派:美少女には興味があるが、現実の馬そのものには全く興味がない層。

創作派:主にクリエイティブタイプの人で、競馬なんか覚えてる暇とリソースがあったら絵描きたいよみたいなタイプ

自虐派:自分頭脳・要領・運に全く自信がなく、まず自分の予想が当たるかもしれないという希望を一切持っていないタイプ

ウマ娘競馬を始めた勢力

そしてウマ娘競馬を始めた勢力である

これも大きく分けるとこんな人が観測された。

・利用派:自らを爆死芸人にしたてる事で、エンターテインメント意図的提供していそうな人。元からフォロワーが多かったりプチ有名人であることが多く、あざといけど流行りのコンテンツを上手く利用してるなと言う印象である競馬を金儲けの手段としたいというよりは、フォロワー稼ぎやコンテンツ提供に対する投資のような側面が大きいように見える。

パズル派:とにかく予想すること自体がクソ楽しい勢力。昔からソシャゲの次のイベント予測とかナンプレ懸賞とか大好き。新しいパズルを買ったぐらいに思ってる。

推しお布施派:予想を立てるのではなく、推し及びある程度関係する馬に対するお布施だと思っている。金が余ってる。

・本気で金稼ぎできそうだと思ってる派:単純にアホ。ギャンブルは必ず主催者側が得をするように出来てるのを知らない。

文化知りたい派:なんとなくどういうものなのか見識を広めたくて1回やってみる人。見識を広めたいだけなので払うのは少額だしだいたい1回で辞める。

そんで、上記のどれにも当てはまらないやつ。

インフルエンサーではないし』、

普段からパズルが大好きという訳でも無ければ』、

推しからという理由で買ってる訳でもなく』、

『ましてや本気で金稼ぎできそうだとも思っていない』、

『けど何回もやる』

派。

こいつらが一番、増田は怖いと思っている。

上記に述べた利用派・パズル派・推しお布施派は、あくまで大損こいても目的は果たせるので、それに同意して金を払っている。

ただそうでもなくて、なんかぼんやり競馬をはじめた勢力がいる。なんか満たされてなくて、なんか満たされそうで、宝くじを買う心理に近いのかもしれない。

で、こういう奴がどんな奴かって言うと、大体伸びてない絵師とかメンヘラ童貞喪女とかそういう人。

ギャンブルってこえーを体現する存在である

個人的にはこういう人がどうなっていくかを少し懸念しているんだけど、ウマ娘競馬を始める事自体は悪い事ではないと思うんだよね。

増田自身価値基準は「文化知りたい派」に近いんだけど、オタクやりながら艦隊名前覚えたり博物館刀剣を見に行ったり地方聖地巡礼したり世界史にやたら詳しくなったりするのは結構楽しいからね。

まあ後はただぼんやりギャンブルの魅力に引っ張られて悲惨な事になる人が出ないようには祈るだけだ、と思う。

2021-05-29

俺がほしいのは2.5次元アイドルなのかもしれない

俺は昔からアイドルというものが好きではなかった。

それはリアルな部分を含めてアイドルを愛するような思想や売り込み方が気持ち的に重たくてついていけないかなのだけど、単純にエンターテインメントとして歌がって踊りがあってというのは普通に楽しいし、表現として素晴らしいなとは思っている。 

あと単純にクオリティが低いと気になって楽しめないというのもある。

でもそういうのって男向けの2.5次元アイドル存在すれば解決するんじゃないのかって。

歌があって踊りがある。でも、設定は作られたものだし演じているのはプロ物語はすべて作られたもので、一切現実的ものを挟まないし、見ている範囲のみで物語は進行する。

これなら俺の心も受け入れられるんじゃないのか?

2.5次元は女向けばかりだけど、男だって作られた可愛さの中だけでそういう踊りやダンスを楽しみたい、そういった気持ちはきっとあるはず。

2021-05-28

最近増えてるが

3年前くらい前までエロゲシナリオライターやってて、その縁でDLsite交流会に出たときに白い帽子かぶってたここの社長に会いに行ったんだけど

「今どきエロゲ出しても売れないし音声作品ならファン脳死で買ってくれるから儲かる。エロゲなんてやめやめ」みたいなこと遠回しで言ってた。

ここのメーカーにあこがれてシナリオライターになったし、社長あいさつに行ったっていうのに、そんなことを笑いながら言われたもんだからエロゲを作る人間としてオレ、笑顔のままブチギレたよ……内心。

あの頃からDLsiteと「数年後にまいてつアニメ作るときに音声作品宣伝よろしく」って言ってたらしいし。

あと同人音声のwhispとCANDY VOICEって同一に見られてるけど、後者は実際にはまいてつの音響担当したHMRエンターテインメントってところらしいよ。この前あのアニメスタッフ飲み会の席で言ってた。

これはエロゲだけじゃねえけど、最近パトロンCF

客を押せば金が出るATM程度にしか思ってやつ多くねえか?

2021-05-22

anond:20210522194804

エンターテインメントならゼメキスとかもっと大作に出なきゃならなかったし、ちょっと変わったやつならベッソンとかスコセッシあたりに出なけりゃならなかった。一見深そうに見えて毎回薄っぺらアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督と組んだときくらいじゃないの、まともなの。

2021-05-19

こういうところで差がつくんだよ

ガッキー結婚ネタ


ツイッターキモい上につまんねー絡みをする、にじさんじ底辺ライバー

肉叩き配信エンターテインメント昇華する、ホロライブ天音かなた


この差は大きいな。

2021-04-22

anond:20110422153045

今やってる、パームスプリングスという映画ループものなんよ。

https://palm-springs-movie.com/

こういう映画世界ウケるということは、まだまだタイムループものにはエンターテインメント余地が残ってると

皆かんがえて企画してると思うよ。

2021-03-20

NHKエヴァ特集するらしいけど

4年も密着取材したんだそうな

その一方で政治スクープ週刊誌の100分の1も行わない

労力はエンターテインメントに全振りしてるのかな

今や災害時にはネットLINEの方が役に立つ

それでも一般人が払う最も高い強制サブスクNHK

公共放送ってなんの存在意義があるんだろう

2021-03-16

くぅ~疲れましたw これにて完結です!

実は、結婚したらリビルドしたくなったのが始まりでした

本当は純粋エンターテインメント路線だったのですが←

コアなオタク層を無駄にするわけには行かないので旧劇のネタも仕込んでみた所存ですw

以下、シンジ達のみんなへのメッセジをどぞ

シンジ「みんな、見てくれてありがとう

ちょっと乳好きなところも見えちゃったけど・・・気にしないでね!」

マリ「いやーありがと!

私のかわいさは二十分に伝わったかな?」

アスカ「見てくれたのは嬉しいけどちょっと恥ずかしいわね・・・

ゲンドウ「見てくれありがとな!

正直、作中で言った私の気持ちは本当だよ!」

レイ・・・ありがとって何」ファサ

では、

シンジマリアスカゲンドウ、レイ、俺「皆さんありがとうございました!」

シンジマリアスカゲンドウ、レイ「って、なんで俺くんが!?

改めまして、ありがとうございました!」

本当の本当に終劇

2021-03-09

シン・エヴァの乗り切れないところ

ネタバレあります

TVシリーズも旧劇もリアルタイムでは見ていないが、新劇の前には一通り見ていた、程度の思い入れ

解説サイトとかはつまみ食いするけれど、資料集とか一次資料などにはほとんどあたったことがない。

からガチ勢からしてみたら頓珍漢なこと言うかもしれない。

 

シン・エヴァ観て率直に思ったことは、普通になったな、と。

いや、面白かった。観てよかったし、何度も観に行くと思う。

特にミサトさんが良かった。撃たれるシーンや突撃のシーンとか泣いたよ。

(撃たれて壁によりかかってるシーンは、アウトレイジ大友の「何かってえと腹やられるな」というセリフがふと浮かんだ)

終盤のそれぞれのストーリのところは。右隣のオッサンがいちいち嗚咽してたから急に冷めたけど。

それはよいのだが、乗り切れないのはラストシーンだよ。

 

俺が、特に旧劇を観てエヴァがいいなと思ったのは、ハッピーちゃんちゃん♪で終わらせてない点だった。

普通映画なら「色々辛いことはある。でも、他人がいる世界を望むんだ!」となったら

エンディングアスカと手を取り合って世界を再建していくみたいな雰囲気で終わるだろ。

でも、ホント現実はそんな生易しいことはない。

他人と触れ合えて幸せを感じても、結局ひとりになる瞬間はあるし、恐怖を抱く瞬間も必ずある。

それに映画ラストシーンで終わるが現実死ぬまで続く。その人生終焉が不幸で終わるということもある。

その両面性を見せずに美味しい上澄みだけ掬って提供されるのが普通映画だと思っていた。

エンターテインメントとして、そのような楽しさは理解しているし好きではあるのだけれど、

「でも虚構よな。現実はこんなんじゃないじゃん」という心の声が常に響いていた。

 

だけれど、旧劇は「気持ち悪い」で終わった。

ハッピーだけじゃなぞ甘ったれるな、という現実っぽさも入っていた。

からエヴァが好きだった。

キャラクター映像も好きだったけれど、俺にとってリアリティがあったから好きだった。

からこそ、逆に救いみたいなものを感じていた。

 

それがシン・エヴァでは、徹底的に破壊された世界がいつの間にか再建されて平和日常になっていた。

(実写だからイマジナリーという演出でもないんだろう)

そして未来に向かってつがいが走っていくという陳腐ラストシーンだった。

最後最後でそれかよとズッコケた。

エンターテイメントとしては100点なんだろう。爽快感はあるし。

でも、庵野丸くなったなあと思って、イマイチ乗れなかった。

2021-02-16

anond:20210216024717

先般ブームになったNiziU然りハロプロ起源とも言えるASAYAN然り、ファンアイドルが歯を食いしばりながら困難に立ち向かい成功する(または挫折し涙する)姿に感情移入して応援したい気持ちを育みます

ファンアイドルが奮闘する姿にこそ作家性を見出すのです。

リアリティーショーの先駆けとも言えますが、彼女達の普段の姿も含めてエンターテインメントとして見ているのです。

リアリティショーならなおのこと彼ら彼女らが恋愛しててもリアルで盛り上がるじゃん

そりゃ男アイドル彼女殴ってるとかだとまったく応援できんしなんだこのクズ男ってなるし、女アイドルが金のためにすげー歳の離れたおっさん愛人やってるとかだとキメーってなるけど、本当に好きな人恋愛を育んでるとかなら別にいいんじゃないかなーー 

だってラブソング歌ってんのにそれがリアル恋人いるとかの方が盛り上がるじゃん

なにがダメなんだ

別にそのアイドルと付き合うわけでもないのに。

日本教育の、学生が男女で付き合うなんて不純です!みたいな価値観の名残りなのかな

まるで万引きしてるとかイジメ主犯だったとかみたいに、恋愛してること=いけないこととされてる理由が知りたい

anond:20210216041253

商業フェミニストは、お金儲けのためにフェミニズムを利用しているので、

本物のフェミニストとは区別して考える必要があります

商業フェミニストは、世の中の些細な出来事面白おかしく取り上げることで、

フェミニズム信奉者向けのエンターテインメント提供します。

正しい正しくない、良い悪いは関係なく、フェミニズム信奉者が楽しめればそれでよいのです。

2021-02-15

アイドル恋愛禁止の是非

先日、ハロプロの某グループメンバーが文春に恋愛スキャンダルとして撮られてグループ脱退、活動終了しました。ツイッタートレンドにも恋愛禁止が上がり盛り上がっていたのでそれを眺めながら考えた事をまとめてみます

まずは、アイドルという商売について考える必要があります

道楽ではない以上、ビジネスとして稼がなくてはいけない訳ですが、アイドル活動における売り上げの大半はCD音源販売ライブチケット、グッズ販売が占めます。そして顧客であるファンにそれらをより多く買ってもらわなければいけません。筆者のように気に入った曲のみ150円払ってitunes音源を買うようなライトな層は大して売上の足しにはなりません。アイドルを支えているのは「推すメンバーとの握手券や2ショットチェキ目当てで同じ曲が収録されたCDを何枚も買い、一回でも多く会うために出演するライブを全国足繁く通い、グッズを全て買い集めるファン」です。月に何十万もかける姿は傍から見ると尋常ではありませんが、そういった太い客を無視してこの話は出来ません(極端な例ではありますが、リピーター重要だという事です)。

ファンがそれ程までにアイドルに熱中するのは容姿が好みだという単純な理由だけではありません。先般ブームになったNiziU然りハロプロ起源とも言えるASAYAN然り、ファンアイドルが歯を食いしばりながら困難に立ち向かい成功する(または挫折し涙する)姿に感情移入して応援したい気持ちを育みます。実際、容姿歌唱力が優れたメンバーが必ずしも1番人気になる訳ではなく落ちこぼれから勝ち進んでいくメンバーが1番人気になったりするところが面白くもあるのですが。

歌って踊るアーティストではあるものの、作詞作曲もしない作家性0のアイドルにおいて、ファンアイドルが奮闘する姿にこそ作家性を見出すのです。メンバーが予期せず脱退すればまだまだ私たちはやれると一念発起する歌で腕を振り、卒業していくメンバーがいればまたいつかみんなで集まろうと穏やかな曲調に包まれますリアリティーショーの先駆けとも言えますが、彼女達の普段の姿も含めてエンターテインメントとして見ているのです。グループ危機があればカメラを回し、大きい会場でライブを行えば舞台裏まで公開し、ファンはそれを欠かさずチェックします。一般的商売における売り手と買い手の間で行われる営業行為ではある訳ですが、それらは多少なりともアイドルプライベートを侵したエンターテインメントと言えます。何せ枠組みが決められた番組ではないので境界線がはっきりしないのですから。そんなアイドル普段の姿をチェックするファンにとって、恋愛に興じるアイドルはどう映るでしょうか。まだまだ未熟なのに練習もせずに遊び呆けている?恋愛にかまけているかダメなんだ?好きだったのに幻滅した?どう思おうが個人勝手ですが、大金を叩き少なから好意を寄せている応援しているファンがそれで離れるのも個人勝手です。しかしそういったファンに離れられるとアイドルにとっても困る筈です。彼女達を売上を支えているのですから自らの行いで自分の首を絞める事になりかねません。

恋愛禁止とはあくまでもアイドル所属する会社と、アイドルと、ファンとの間に交わされた暗黙の了解です。もしアイドル一般人のようにSNS交際している人との2ショットを載せたり、寄り添う姿を投稿すれば大金を落とすファンは素直に応援するでしょうか。大金を落とすファンがいなくなった場合アイドル活動継続出来るのでしょうか。人気商売である以上、恋愛をしていても隠し通す必要があるのはここにあります。バレた場合、その皺寄せはアイドル本人に来るのです。

回文春に撮られ脱退することになったメンバーですが、彼女グループの結成メンバーであり現役ハロプロの中でも上から5本の指に入るくらいの古株です。最近はその類稀なる歌唱力でピン仕事もするようにはなったものの、人気はトップではなく長年グループ縁の下の力持ちでした。グループ結成当初は、無理難題とも言えるライブ数をこなしたり必死に頑張る姿とパフォーマンスレベルを着々と上げたことで人気を博したグループでしたが、彼女はその長いアイドル人生の中で良くも悪くもルーティンを卒なくこなせるキャリアにいました。研修生の頃のように必死に汗水垂らす姿を見せる時期はとうに過ぎています。同じ結成メンバーが次々に卒業していき、彼女自身セカンドキャリアについても考える時期でしょう。

そんな中で起きたこの度のスキャンダルです。同様な理由で辞めた先輩後輩と仲良かった彼女恋愛スキャンダルを起こした場合どうなるか予想出来ない訳がありません(恋愛感情に理性云々という話ではなく、頭をよぎらない訳がない)。発覚した場合辞めるつもりであったことは、報道から脱退発表までの早さからも推測出来ますハロプロの他グループ恋愛スキャンダルを起こしたメンバー謝罪した後に活動を続けているのですから継続選択肢もあった上で彼女自身がそれを望まなかったのではないかと思います。それによって新曲発売延期や諸々の調整作業必要になってきたとしても。そして、脱退が決定してから最後ブログに「軽率な行動」と書かれていましたが、半同棲している相手の家からコンサート劇場に通う事は決して一時の迷いからくる「軽率な行動」ではありません。もちろん、彼女が書いたのか会社意向によるものなのかは定かではありませんが、「彼女の行いは軽率な行動だった」と公式に発信したという事実がある以上、会社としては決して認めていませんよと顧客であるファンメッセージを送った訳ですね。今後も恋愛禁止という暗黙の了解有効だと言えます

恋愛解禁してもアイドルという事業をやっていけるかは、アイドル所属する会社現在ビジネスモデルを変えられるかにかかっています握手会や2ショットチェキで、1体1で向き合わせてアイドルに対するファン好意助長させ、そこからくる売上を享受している会社には難しいと思いますが。

あ、あと毎回こういった時にスキャンダル相手のことを悪くいう人がいますが、誰が誰を好きなるかはお前の知るところじゃねーぞ。

2021-02-13

anond:20210213112938

理解できないのはいいんだけどとりあえず叩けば数字伸びると思ってるのが害悪

教養のない芸能人コメント時間を削って法案の成立過程政策の審議過程時間を入れてほしい

ただ国民バカが多いか芸能人意味不明コメントのほうがエンターテインメントとして受け入れられるっていうのが最低な文化だと思う

2021-01-28

anond:20210128095128

それが理想ですが、現実にはなかなか難しいでしょう。他のTVゲームより授業が面白いのであれば、授業が「娯楽」になってくれると思いますが、一般学問的な内容はエンターテインメントには「なり難い」ものでしょう。

2021-01-26

不要不急うるせー

医療従事者の苦労に比べたら大したことないって言われるだろうがなんとかプリンスがどうっていう話をしていた頃から業種的にもう仕事全然ない

ずっと真綿で首を絞められている気分

不要不急の外出するな、外でメシ食うな、エンターテインメント摂取するな、家にひきこもれ

倒産でもしない限り毎月コンスタントに金貰えるサラリーマンの友人達にそう言われるとやるせなくて死にたくなる

考えはご立派だが仕事無くなってる立場の俺にわざわざ言うな

あとサラリーけが経済回してると思い上がるな、全部自粛して色んな奴が失職して経済止まったら絶対お前ら割食う日が来るからなわかってんのか

不要不急不要不急うるせーんだよこっちはそれで切実に飯食ってきたんだよ

一度も俺の仕事に救われたことが無い奴だけが石を投げろよ

死にてー

2021-01-22

anond:20210122110427

何言ってるの。

世間はみんな喜んでるでしょ。

さいとうしほを救えとか、盛り上がってるじゃん。

今日のさいとうしほは何を投稿するのか?とか気になってるじゃん。

炎上っていうのは、極上のエンターテインメントなんだよ

2021-01-19

anond:20210119020747

西野のやり口が上手いとか同意できるところはあるけど

>>俺には『えんとつ町のプペル』をめぐるプロモーションと、他のエンターテインメントの仕掛け方の本質的な違いって正直わかんねえんだよな。

ここが意味からなさすぎてこわい

西野亮廣商売について解説しま

連日西野亮廣話題世間を賑わわせているのでそろそろ彼の戦略商法について解説しようと思う。

私は西野亮廣研究家の一人で彼のサロンに入っている。

立場を明言しておくと、サロンには入っているがメンバーとは特に交流もなく、クラウドファンディング支援することもなく

彼のビジネスロジックが書いてあるサロンブログを読むだけにとどまっている。まだ0プペである。(追記・ついにプペった)

どちらかというとNプペしてキャッキャしてる人たちとは西野に対する温度差がかなりあるのでとても交流できそうにないと思っている側である

ただ、個人事業主としては彼の戦略は大いに参考になる部分があるのでそれをシェアする。

ということで、どうやってここまで彼が支持者を獲得していったかというところを解説していきたい。

まず最初に挙げられるのがチケットの手売りというところ。

https://www.jprime.jp/articles/-/7174

https://news.mynavi.jp/article/20140917-a468/

https://www.oricon.co.jp/news/2031508/full/

彼は2千枚あるチケットをわざわざファンと1対1で直接会って手渡しするということをしたそうだ。

曰く、SNS等で不特定多数に告知するより、もはやファン一人一人を狙い撃ちしてそれを繰り返したほうが一見効率が悪そうに見えて結果的効率が良いと彼は語っている。

こういった地道な活動の繰り返しが彼の信用を高め、「濃いファン」獲得の源流になっていると見ている。

そして絵本を売った実績を元に、その売り方のネタバラシをした『革命ファンファーレ』を上梓することによってビジネス層にもリーチ

彼が手売りで獲得した濃いファンだけで構成されていたサロンに、彼のマーケティングに興味があるビジネスマンや経営者個人事業主が加わっている。

彼の絵本の売り方を解説すると、彼は「絵本お土産化」ということを行って絵本の売上を伸ばしている。

人は生活必需品にはお金を払うが、生活必要ない娯楽にはあまりお金を払わない。

しか生活必需品ではないはずのお土産や、映画劇場パンフレット等にはやたら金を払う。

まり旅行先やイベントの「思い出を形として残すもの」には、それが本当に必要かどうかも深く考えずその場のノリで人はお金を払ってしまう。

そのことに目をつけた西野自身個展などで「絵本お土産として売る」というビジネスモデルにすることで絵本の売上を飛躍的に伸ばした。

岡田斗司夫による解説引用しておく。

引用開始>

西野くんの描いた絵本は、本屋さんに置かれているだけだと、西野くんのファンマニアック絵本ファンしか手にとってもらえません。

でも面白いことに、縁あって西野くんのマイクロ個展を見て、絵が気に入った人は絵本もほしくなるんです。

美術館に行く人ならわかると思いますが、いい作品を見た後は、ちょっとしたグッズを買いたくなります

展示会のパンフレットを買ったり、絵が印刷された絵はがきを買ったりして、余韻を味わいたくなるんですね。

映画パンフレットもそうでしょう。

から西野くんの個展を開催するファンは、原画だけでなく西野くんの絵本10冊、20冊とリクエストすることになります

人間は、よい体験をしたら、それを思い出すためのおみやげがほしくなる生き物。

その習性を、個展から絵本販売につなげたわけです。

</引用ここまで 出典:https://ch.nicovideo.jp/ex/blomaga/ar959962

この手法について詳しくは西野自身動画解説している。

https://www.youtube.com/watch?v=YG7-Hn0cOug

たこ動画内でタレントの「信用」という部分にも触れており、自身クラウドファンディングがなぜお金を集められるのかのタネ明かしもされている。

認知タレント人気タレントは大きく違って、前者は認知されているが直接お金を払ってくれるファンが少ないタレント後者は直接お金を払ってくれるファンがいるタレントだ。

有名人からといってクラウドファンディング成功するとは限らない。

ロンブー淳が募った1000万円目標クラウドファンディングでは、400万ほどしかまらなかった。

もちろん400万でも十分すごいのだが、淳は知名度バツグンで100万人を超えるフォロワーを有するにも関わらず彼にお金を出してくれる支援者は2ヶ月で117人しかまらなかったのだ。

まり有名人であればお金を集められるというのは幻想だ。

西野いわくお金とは信用を数値化したものであり、クラウドファンディングは集金装置ではなく、『信用をお金両替するための両替機』と語る。

お金=信用

クラウドファンディング=信用とお金両替

まりクラウドファンディングお金を得ようと思ったら日頃の「信用」がないと成り立たない。

テレビで上辺を取り繕って当たり障りのない事ばかり語っているテレビタレント認知タレントにはなれても、視聴者からの信用を得られないので直接お金を払ってくれるファンが付きづらいのだ。(認知タレントが得てるのは同業者広告業界からの信用で、そちらからお金が出る)

認知タレントの対極として、信用経済典型例としてホームレス小谷という人物が挙げられている。

ホームレス小谷50円自分の1日を売っているという。

仮に50円で買った小谷に、家の庭の草刈りをさせるとする。

これが8000円とかであったら、やってくれて当然と思うところ、使用者50円でこき使っているがために、申し訳ないという罪悪感や返報性の原理によって小谷にお返ししたくなる。

まりホームレス小谷お金は全く稼いでいないが感謝(信用)を稼いでるのだ。

こういった日頃の信用の貯蓄があってホームレス小谷一般的無名にも関わらず結婚式費用クラウドファンディングを募ったところ、20日間で150万円も集めている。(https://camp-fire.jp/projects/view/862

支援者の人数は述べ273人と、100万人を超すフォロワーを持つロンブー淳支援者117人より多いのだ。(一口金額が違うにしても知名度に対してのファンの数の差は歴然だ)

また彼は現在においても無名にも関わらず彼のサロンに毎月500円払ってくれるメンバーが400人超いるようだ。(https://community.camp-fire.jp/projects/view/14055

一方通行テレビに出ているだけで日頃からファンとの交流のない人が突然、今から私のためにお金を出してください!と募っても集まらないのだ。

話を西野に戻そう。

冒頭で解説した通り、西野はすでに売れっ子であるにも関わらず自分時間を1人のファンのために割いて対面で直接チケットを手渡ししていた。

こういった部分が信用(感謝)となりクラウドファンディング成功秘訣になっているのではないだろうか。

ここからサロンメンバーがなぜ自主的西野映画宣伝活動をしてしまうのか、という解説に移る。

ここで彼らの行動への理解について必要になってくるのが「セカンドクリエイター」という概念だ。

作品に関わった人間自分の関わった作品を広くしってほしいために周囲を巻き込む性質がある。

例えば何かのゲーム作品があったとして、そこに加わったイラストレーター作品の発売時などに自分の関わった作品宣伝する。

これをめちゃくちゃゆるくして関わる人間を増やしたものセカンドクリエイターだ。

作品の主なクリエイターではないけど、少しは自分関わったよねというくらいの関係人間を大量に増やす

関わった人間を増やせば増やすほど拡散される。サロンメンバー自分作品に関わっているので、宣伝をしたいのだ。

タレント特に冠番組を持ってる者を起用するのもそういった狙いかもしれない。(宮根、芦田愛菜

特に月~金までの帯番組を持つ宮根の拡散力は尋常ではない

そして問題の、一番嫌悪のされている「お金を払ってるのに作業させられる」というクラウドファンディングの特典について解説する。

彼は現代エンターテインメントを2種類に分類している。

レストランエンタメBBQエンタメというものだ。

プロが作った料理をお客さんにお出しする』のがレストラン型で、『お客さんが食べるものをお客さんと一緒につくる』のがBBQ型だ。

プロ集団ハイクオリティで作ったもの提供するディズニーレストラン型で、サロン内でみんなで作り上げるプペルはBBQ型といった図式だ。

BBQはまさに参加型エンタメだ。

自分お金を払っているのに食事を作るのも後片付けも自分でやらないといけない。

しかしそういった事に対して搾取と呼ぶものはいない。それが楽しみのためにやっているからだ。

お金を払ってるのに作業させられるというのも外部の見方で、実はあれもBBQ型、参加型エンタメとして売られているのだ。

また前述した思い出にはお金を払うという部分とも被っている。後片付けに参加した事がその人の思い出ともなるのだ。

オリンピックボランティアに近いかもしれない。





追記欄】

プペった https://anond.hatelabo.jp/20210121001626

俺たちはたぶん、キングコング西野氏的なものに勝てない話(追記

こうやってわざわざ文章に取り上げている時点で自分の負けをさらに引き寄せるようなものだと思うんだけど、こりゃあ敵わねえな、と思ったから書いておく。

いま話題のプペルじゃなくって、西野氏がある大学卒業式講演に来たときの話。俺も現場ではもちろん、動画を視聴したわけでもないんだけど、twitterキャプチャで見たのね。

それで、たぶん最初に登壇したとき学生たちの反応が、そこまで芳しくなかったんでしょう。西野氏がこんなことを言う(経緯は俺の推測です。念のため)。

「みなさんには二つの選択肢がある」

「今みたいなバラバラ拍手西野を迎え入れるのか、それとも全員立ち上がって、西野あらためて迎え入れるのか」

「僕自身はどっちでもいいんです」

ってやつです。

俺はこの画像を見たとき、これは敵わねえな、と思ったよ。というか、なんだろうな、この世界で「西野氏的なもの」にしてやられないように、こいつを回避し続けるのは、相当至難の業だな、と思った。

「どっちでもいいんです」と言いつつ、西野氏の希望は当然、万雷の拍手でみんなが自分を迎え入れてくれることなんだけど、西野氏はたぶん、仕切り直すことで学生たちが自身を全霊で歓迎してくれることを確信していたと思うんだ。なんでかというと、それは別に西野氏がスーパー人物からでも、彼へのはちきれそうな期待を学生たちから感じたからでもなくて、むしろ反対に、学生たちにとって西野氏なんて、特に興味もない、当初はそれこそどっちでもいい相手だったからで、西野氏もそれをよく理解していたからだと思うんだ。

たぶん、学生たちにとって西野氏なんてマジでどうでもよかった。だから最初登場してくる西野氏に拍手していたときも、自分がどんなテンションで手を叩いてるかなんて意識しないで、漠然と手を叩いていただろう。「空っぽ」だったんだ。

それが、登壇した直後の西野氏のひと言で、まず自分たちに思わぬ選択肢が与えられていることに気付かされた。西野氏をもっと歓迎してあらためて迎えるかどうか、という選択肢だ。

そして、みんなで一体になって西野氏を歓迎した方が、どっちかと言えば雰囲気的にハッピーだな、ということを、ここではじめて「想像させられた」。

悪い言い方をすれば、それまでがらんどうのまま椅子ぼんやり座ってたところに、気持ちの部分で血肉が入ったんだ。

俺はその後のことを知らないけど(動画を観たくないから)、たぶん、二度目は割れんばかりの喝采で迎え入れられたんだろう。まるで魔法のように大勢の人を操ってみせた話だけど、こんなの良くも悪くも人間を冷静に観察し続け、相手をナメてかかることができる人物なら手のひらの上の話だ。たぶん、西野氏にしてみれば楽勝だっただろう。

「どっちでもいいんです」という登壇直後の発言も上手い。これが例えば、自分から拍手を強いるような言動があれば、学生の方にも抵抗感がある。歓迎するかどうか、あくま学生の側に選ばせることで、かつ、自分たちでこの場をハッピー雰囲気で満たすことができると想像させた時点で、西野氏の勝ち確だったのだ。

そこには「ほとんどの人間は通常何も考えないで生きているし、何にも興味を持たずに生きている。だからこそ、自分たちが主役として何かを選び、決定することができる機会を与えられたとき自分たちこそこの場を盛り上げられると確信したとき、その魅力から逃れられない」という冷静な人間観がある。これは敵わねえよ。俺もその場にいたら拍手してると思う。きっとね。

そういう西野氏が『えんとつ町のプペル』をひっさげてエンターテインメント業界数字を出せるか…はまた別の話なんだけど、それは西野氏が卒業式で見せたような手法が通じないからじゃなくて、反対に、エンターテインメント世界こそ、西野氏的な方法跋扈する世界からだと思うんだ。西野氏の特異性って、そういう技法を非演芸的な空間一般ピーポーに容赦なく使用したところにあるんであって、業界としてはありふれた手法人間観だと思うんだよな。

こういっちゃなんだけど、どの作品ブームを仕掛けるのも、「人間ってやつは99%空っぽで、何も考えていなくて、でも自分には特別な見識や機会が与えられていると信じていて、自分で何かを決めることができるという幻想があって、人生を楽しむ権利があると思い込んでいて、できればそれを周りの人たちと共有できたら最高!」的な人間観で消費者を見てないと、市場になんて参戦できないんじゃねえかな。

具体的な作品名とブーム出したら不快にさせるだけだろうけど、例えば『ジョーカー』みたいなダークで暴力的作品も、文芸的な邦画作品も、屈折はしてるけど、結局はそういう手法で仕掛けられてると思うんだ。俺には『えんとつ町のプペル』をめぐるプロモーションと、他のエンターテインメントの仕掛け方の本質的な違いって正直わかんねえんだよな。

もちろん、作品としての評価は別かもしれない。でも、俺たちが感じるような「ああ、いい作品だった!」「うーん、クソだった!」が、はたして、俺たちを無意識にがんじがらめる商業的な網から、いったいどこまで自由なもんだろうな? って気もする。

商業的なアプローチから自由って話のひとつの余談として、俺が浪人とき、気まぐれで古本屋に入ったことがあった。11月ぐらいのことだ。街も全体的に灰色だったし、俺の心も灰色だった。俺はこの受験に失敗したら死のうかな、と思っていた。

たまたまカフカの『審判』という本が目に入った。新潮版だ。レア(たぶん)。

俺はカフカなんて『変身』しか知らなかったので、興味と呼ぶにも希薄感情のまま、本当にたまたま、それをレジに持ってった。200円ぐらいだったと思う。

審判』は俺の人生を完全に変えた。どちらかと言うと悪い方にだけど、とにかく、他のどんな作品とどんなかたちで出会ってもあり得ないくらい、深く俺をゆさぶった。

あれこそ、商業の魔の手から完全に自由体験だった。そして、ああい運命と呼べる体験しか、人と作品出会いは本当には成立しねえんじゃねえかな…というのはロマンチックすぎるかもしれないけど、俺は割と本気でそう思ってる。

ところで、あのとき審判』を手に取る代わりに、西野氏のオンラインサロンに参加していたらどうなっただろう?

それでも俺の人生はきっと「完全に変わった」だろうな、と思う。むしろ審判』で三日間くらい飯の味がしなくなるような体験よりよっぽどハッピーだろう。

結局、そんなもんなんだ。キングコング西野氏的なものはこの世界の至るところに、程度の差こそあるけどあふれているし、おおよそ感動はオンラインサロンの充実感で代替される。だから、俺たちはたぶん、キングコング西野氏的なもの永遠に勝てないだろうと思う。

追記

トラバで、「『審判』のくだりでお前が言ってる、商業的に自由っていうのは、仕掛けられたマーケティング接点では無い出会いだった(古本屋の偶然)という意味か、『審判』の中身・題材に関連したことか?」という質問をいただいて、これは前者のつもりで書きました。

ただ、カフカという作家についても、おそらく、「再発見された天才カフカ」「俺たちの代弁者カフカ」「いま、イケてるやつはカフカを読む! カフカで他のみんなと差をつけちゃえ!」的なかたちで仕掛けられたムーブメントがきっとあだたんだと思います

審判』もきっと、その延長上で古本屋の棚に並んでいたわけで、そう考えると消費者小馬鹿にしつつも心理の隙間に入ってこようとする商業ってやつからは、千切っても千切っても完全に自由にはなれないのかな、と思いました。

ところで、上記の「『審判』の中身・題材に関連したこと」という部分で思いついたことがあるので、それを付記しておきます

審判』のネタバレになること、作品解釈あくまで俺によることをことわっておくのですが、『審判』は、「自分という存在について徹底的に考え続けた者は、必ず破滅する」という話です。

カフカにはたぶん、いわゆる「自分探し」を揶揄するつもりはまったくなかったことをふまえて考察するんですが、物語の冒頭でなんの脈絡もなく訴えられた結果(罪状も明かされない)、

自分はこれまで、どんな善行(悪行)を重ねてきたか

自分の将来にはどんな可能性が残されているか

そもそも自分とはこの社会世界)において何者か」

を考え、自分無罪を信じぬいた結果、得体の知れない訴訟にハマりこんでいき、破綻する話です。

自分を「信じ抜いた」結果、破滅を迎える。俺が増田に『審判』の話を書いたのは本当にたまたまですが、『プペル』のキャッチコピーを考えたとき、ああ、この対比は面白いな、と思いました。

で、この面白いという感覚には続きがあります

俺は上で、あえて「自分探し」という表現しました。なんでかというと、こう思ったからです。

審判』の「自分という存在について徹底的に考え続けた者は、必ず破滅する」という一つの解釈について、次のように補足・換言してみる。

自分という存在(の可能性)について徹底的に考え続けた(諦めなかった)者は、(社会的に)必ず破滅する(≒冷遇される)」

…こうしてみると、この増田でも話題にしてきた別の「作品」が見えてこねえか? ということです。

俺は何十回でも強調するつもりなんだけど、俺は『審判』と『プペル』を同列に見ているわけではなくて(『プペル』も別に、読み終わった後しばらく飯の味がわからなくなるくらい衝撃だった、って言われたくはないだろうし)、ただ、この辺ってけっこう曖昧で危ういんじゃねえか、ということです。

自己」「孤立」「理解不能なマジョリティ」「困難な戦い」、こういった要素を含む物語は、例え真逆メッセージを送っていたとしても、じゃあ全然違う別モンだぜ、と胸を張って主張できるかと言うと、「いや、うん、全然違うよ、違うんだけど…ちょっと小一時間整理させてくんねえか」というところがある気がして、それが面白いな、と思いました。

強いて言えば、俺は子供に『審判』は絶対読ませたくないし、『プペル』は別にいいんじゃねえの、という感じです。

それは、『審判』が俺にとってスペシャルなのと、あと単に理解できても暗い気持ちになるからで、自分の子供がそんなんなったらイヤだからです。

2021-01-18

書店にいる青木さんを増田訪ねてネズ糺すまをン咲緒ある委任てょし(回文

おはようございます

たまにはさ、

知らない街の知らない大きな書店

プディングが突然食べたくなる現象青木まりこ現象になりがちなほど、

リアル書店に行ってきたわよ。

すっかりオンラインネットチューモン的なアマゾンでお馴染みで、

書店の中の歩き方も忘れてしまいそうだったわ。

なんとか歩けたけど、

やっぱり大きな書店のたくさんある書籍は圧倒されるし

あの物量で攻められたら守れないわ!

ってよく分からないけど、

すっかりネッツに慣れてしまうと、

あんまり面白そうな本に出会わない自分好みの検索結果しか反映されないマイハート

物理的な本の手触りとかものとしてのありがたみを感じるんだけど、

まりに本ばかり積み上がってるマイルームをみるとうんざり

電子書籍のものの重みのなさはNASA研究題材として、

いか宇宙空間でもエンターテインメント性を欠くことな生活できるかってことに重きを置くべきだと思うし、

宇宙空間の低層だと地球からWi-Fiが届くから

エンターテイメント性には困らないのかもね。

でもああい宇宙ステーションには本とか持ってけないわよね?

よく知らないけど、

きっとそう言った物は二の次ネッツエンターテイメント性は調達してねってお達しかもしれないわ。

宇宙ステーションに居る人の休日って気になるわね。

でね、

私は壮大な宇宙SFを書くべく、

宇宙コーナーへ足を運んだ書店だったんだけど、

これから宇宙食とか考える未来の本は1冊もなかったわ。

既存宇宙食のレシィピの本ぐらいしかなくて、

何かの研究家の人が将来の宇宙食、

まり炭素が循環する世界的なことを語ってる研究はなかったのよね。

これから研究されるのかなと思うけど、

野菜は育てられるとしても、

野菜ばかりじゃタンパク質不足に陥る問題はやっぱり昆虫食これしかりだと思うんだけど、

あ!じゃ

未来宇宙食は昆虫食流行ってる前提で、

郷土料理昆虫食を見ても、

あのバッタ佃煮の本しか出てこなくて、

ああ大きな書店にまできてもまさか青木まりこなのねって少しがっかりだったわ。

炭素循環社会的SFといえば!

私もう一つあるの。

これは絶対出てくると思うけど、

現在二酸化炭素であふれる世の中は地中に埋められた二酸化炭素を探すSF

カーボンハンター!って職業が現れると思うの。

未来はもう化石燃料も使わなくなって、

すっかり空気は綺麗になったけど、

今度は逆に二酸化炭素不足問題が勃発!

過去地中深く埋められた二酸化炭素を求めて世界を駆け巡るカーボンハンター!って

ありそうじゃない。

近い将来そう言った未来もマジありえるかも知れないし。

軌道エレベーターだって

前書いたっけ?

端っこに浸ける重りのカウンターどうやって持ち上げんだよ!って問題もあるし、

軌道エレベーターって運用したとしても

地球はぐるぐる回るから

巻き尺みたいに巻き取られないかしら?とか

仮に上手く軌道エレベーターが成立するとしても、

慣性地球の自転がおそくなっちゃったりして、

それなんてニュートン!?って私が逆に聞きたいところよ。

まあちょっと宇宙コーナーの書店の棚には私の探していた本はハヤカワだったけど、

昨日美容院に行ったとき美容師さんとの会話で、

今年の目標何か建てましたか?って

あーこの時期までギリギリ聞いていい質問キタコレ!って

私喰らったんだけど、

わず手帳買っても私手帳を超つけないのよねーって話をしていて、

ついには今年は手帳を買わなかったわ!ってところまで話したの。

本当のことを言うと、

手帳のことを忘れていて思い出した途端ほら!

また欲しうなっちゃう現象青木まりこってあるじゃない。

からその書店に行った際、

手帳コーナーをすかさずヘッドスライディングすらする勢いで、

もう1月も半ばだし半額割引手帳を私は1冊ゲットした訳なの。

あー、

美容師さんと話した私の今年の目標手帳を付けるって

有有言言実行してしまいそうな自分が怖いわ!って

手帳を買ってその晩から書こうと思ったけど、

いきなりもう書かなかった日1日目を迎えて、

本当に私の今年の目標は達成できるのであろうか?って

ちょっと不安になる今日この頃よ。

今年こそは今年こそは、

手帳をなんとか充実させたいところね。

あー思い出した途端にそうよ。

うふふ。


今日朝ご飯

タマサンドにしたわ。

これっきゃないでしょ!ってことで今朝はこれで玉子キメました。

ホッツヒーコーと一緒に頂くと美味しいわよ。

デトックスウォーター

林檎買ってきたので少しスライスして、

リングウォーラーしました。

リンゴミントも相性いいから、

ミントの葉っぱも少々適宜入れてみたわよ。

ドライミントでもいいわよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2021-01-14

anond:20210114182425

それはマジであると思う。

WWEの後追いしてもWWEには到底適わない。

新日本プロレスエンターテインメントじゃなくてプロレスというもの大事にして欲しい。

ヘビーとジュニア境界曖昧になってきてるってのはあるな。

100kg超えって相当な大男のはずだけどそんなレスラーばかりってわけじゃないし。

2021-01-04

正月駅伝神事である

皇居ランが宗教的な営みであることは、周知の事実であろう。

皇居は、龍脈を流れるエネルギーが吹き出す龍穴のある場所にして、祭祀王の住まうところである

その周囲をランナーがぐるぐると回ることで、マニ車を回すがごとく、スピリチュアルエネルギーが生ずるのだ。

そうでもなければ、あん排気ガスを吸うだけのランニングに人々が夢中になるはずもない。

駅伝(その名称は「易伝」に由来する)は、皇居ランで生じたエネルギーを更に高める行為である

からこそ、正月駅伝は、皇居近くの大手町から始まる。

ランナーは、タスキにエネルギーを蓄積し、箱根まで行き、また戻る。

タスキを繋げないことは、エネルギー喪失する悲劇だ。

中には、走りながら経を読む者もいる(読経大学)。

世俗的には一見無意味にも思えることこそが、宗教的意味合いが存する所以である

時には、人々に混じって山の神宇宙帝王が参加していることもあるという。

駅伝を見てもつまらないのは、ある意味で当然である

誰が葬式エンターテインメント性を求めるだろうか。

神事るか神事いかは、あなた次第です。

2020-12-29

ジブリアニメ界の天皇批判することが許されない

面白いのはラピュタナウシカトトロ程度なのに、

以降の芸術家気取りみたいな解釈のややこしい作品を客がなぜか絶賛しないといけない

ジャニーズやJPOPやお笑いみたいに、知らないやつをダッセエwwwwと馬鹿にして作品押し売りする古典的典型的日本エンターテインメント

鬼滅の刃』が面白いとは思わないしポケモン同様に子供向けのアニメだと思うけど、アニメって本来こんなもんだろ

ポケモン鬼ごっこに流されてジブリはどこか遠くの世界に行ってほしい

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