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2021-04-18

教育格差がその人の人生を決めるのだから論には納得してやらん

納得できないのではない、納得してやらんのだ。

北海道人口100人にも満たない集落にある漁師の家に生まれ、将来は家を継いで世間知らずであり現金収入は少ないが食うのに困らない一生を過ごす。
そんな選択が俺にはあった。

だけれど、そんな人生に納得できなかった俺は中学卒業と共に実家を飛び出した。

小学校同級生3人、自転車で2時間先にある中学校は何とか1学年2クラスを作れるという少子高齢が進む地域
中学では腕っぷしの強くヤンチャな生徒、つまりは不良が幅を効かせているような文化圏はてブで都会住みの連中がイメージするステレオタイプなド田舎と言って良い。

その当時の大人世界では義務教育パソコンを習わせたほうが良いという機運が高まり、各校へパソコン配備されるようになってきた時代
しかしながらド田舎公立高校でそのような先進的な機械活用されることはなく、暇を持て余したガキだった俺のオモチャへとなるのがせいぜいだった。

田舎には田舎ルールがある。
それは例えば「中学では後輩は先輩に喧嘩で勝ってはいけない」というのもルールの1つだが、クソ真面目にも早朝から起きて実家の漁を手伝い、授業が終われば部活動野球へ日々精を出していた俺の身体能力は、年上であっても体育の授業をサボるような不良連中より劣っているわけもなかった。
田舎の古い価値観を持った父親のありがたい教育方針であった「男がナメられるんじゃねぇ」のもと、先輩たちが売ってきた喧嘩を買いまくり、不良の先輩たちを不登校へ追いやってしまった結果、晴れて俺は学校からハブられ中学野球試合にも出られなくなってしまった(野球部には所属してて毎日練習はしていた。先輩たちは卒業まで学校に来なかったが)。

ハブられてしまったため日々暇な時間を過ごすようになった俺が出会ったのが図書室の本と、前述したパソコンだった。
最初プリインストールされていたソフトで遊んでいるだけだったが、教員書類ワープロ専用機で作る時代だったのでパソコン知識がなく管理がザルで、俺はそのパソコンパソコン通信とインターネット接続できることに気が付いてしまった。

Yahooからリンクサイトを経由し、電子掲示板という存在を知った俺は日々電子掲示板サイトアクセスし、誰とは知らない人たちと会話をして時間を潰した。
話題には事欠かなかったし、専門性の高い話題が出ると「ちょっと待ってね。ここ図書室なんだ」と言ってソレ関連の本を引っ張り出して、パソコンの先に居るお兄さんなのかお姉さんなのか知らないが、興味深い話を日々聴くことが出来た。

増田クン、これからPerl時代だよ」
「いやボク最近やっと思い通りBASIC書けるようになってCの勉強中なんですけど」
「もちろんCは大事だよマイコンに使えるし。でもさサービス提供するならPerlが向く。DoCoMoiモードだって裏ではPerlだよ」
「ボクの住んでるとこピッチ圏外ばっかり、田舎だもん」
iモードピッチじゃないよ周波帯が違う」

特にコンピュータ関連の話は面白かった。
ゲーム自作できると教えて貰い、プログラミングを始めるようになり、BASICやC、PerlPHPJavaをよく触るようになった。
図書室が我が王国のようになり、問題児図書室に籠もっていてくれているし、図書室通いの結果から試験の成績も悪くないどころかトップクラスであり教員たちもずっと放置してくれた。

そんな生活の中で知れたのは学区に依存しない高校存在だった。
寮もしくはアパートなどで一人暮らしをしつつ通える高校が世の中には存在することを知ったのだ。
これだと直感的に思った俺は親父へ直談判することにした。
俺の故郷未来はないと薄々勘付いていて、正直なところ青二才だったため「じゃあ俺がいい大学入って故郷へ錦を飾れば良いじゃん」と出稼ぎ感覚でいた。
親父は俺の話を無言で最後まで聞いていた。

親父の回答は「勝手しろ

今思えば何をアホなこと話してるんだと思ったが、一応は国立高校だったため学費はそこまで高くなく、何だかんだで小さなから家業を手伝っていた俺がバイトしながら高校へ通うことに関しては古い価値観の「苦労は買ってでもしろ」的な面から了承されたのかなと思う。
おそらく一番困らせたのは高校入学祝いに当時の最新パソコン引越し先でインターネット回線を引く費用を求めたことくらいだったのではないかと思う。

右も左もわからない状況から一人暮らしを始め、訛りのひどさにクラスでイジられ、バイト先に勤めている大学生の兄ちゃんたちに世話してもらいながらも毎日新しい体験をして過ごした。
世の中は広く世間の移り変わりは早い。着メロ和音が鳴るしディスプレイカラー携帯電話電波田舎にまで届く。

甲子園を目指したが強豪校はやっぱり強く負けてしまい、人生で初めて望んだ結果が得られないことを経験した。
しかしそれでも俺は何となくコレは真理なんじゃないかと思い始めていた。
そして国立大学合格したことを期にコレは真理だと確信したんだ。

人一倍努力人生を豊かにする。

今の俺は別に故郷へ錦を飾れたわけでない。
しかし俺は不良が風を肩で切るようなド田舎出身脳筋漁師の子だ。根本は変わってないと思っている。
それが今やG社に勤めているって言うんだから人一倍努力は裏切らねぇなと。

自分が持ってないものが欲しいならば努力するしか方法がない。
学歴が欲しいならば年収が欲しいならば地位が欲しいならば努力するしかないんだよ。
誰もお前のために人生なんかかけてくれない。
お前の人生にかけてくれるのはお前自身しか居ないんだよ。

俺はネット上で忌み嫌われる努力教徒だろう。
でもこれだけは忘れてくれるな。
俺の献身的努力を捧げた先は俺自身だ。

2021-04-14

最近カニを食べたかな…久しぶりに食べたいな

カニなら剥くのに集中するから感染リスクも低いと思うんだがなあ

カニ漁師さんたちも助かるかもなあ

会食はカニならオッケーにしよう

カニを食べるときは無言であるから飛沫が飛ばない

偉い人が中心となりカニ争奪すれば庶民にいきわたらず会食は限定的である

高級料亭カニ漁師継続した事業が出来る

2021-04-07

男女の幸福度格差の正体と、それを解消する方法

俺はもっと家事をしたい。家事労働はヒトを幸せにする。掃除洗濯や修繕や調理を通じて、また、傾聴や会話やスキンシップを通じて、妻や子どもに尽くしたい。それこそがヒト(俺に限らない)の幸せに直結することだからだ。

幸福は「与えた」愛情で決まる

ヒトは群れで生活する動物だ。他の構成員ケアし、食べ物を分け合って一緒に食べることに幸せを感じる。これは本能だ。また、ヒトは子育てする動物だ。同じ性質を持った他の生物と同様、子育てに喜びを感じるようにあらかじめプログラムされている。

ベンジャミン・フランクリン効果(助けた相手のことを好きになるという認知的不協和)も無視できない。手がかかる子ほどかわいい、という結果は、手をかけたという事実が生むものだ。家族に尽くせばつくするほど、家族への愛着は深まる。

幸せというのは、受け取った愛情で決まるのではなく、与えた愛情で決まる。愛されているか幸福なのではなく、愛しているから、愛を表現しているか幸福なのだ。実際に手をかけて、家事をし、話をし、食卓を囲むことで、そのように愛情を行動に移した者の幸福度が上がる。家事はその担い手幸福にする。

男性家事育児事実上の制限を受けている

しか現実、俺の家事負担は小さい。週にわずか6回、土曜の昼食から月曜の朝食の調理(買い出しと後片付けを含む)を担当しているのと、家や家財や車や自転車などの修繕全般担当しているほかはすべて手伝い程度で、家事らしい家事は何も担当できていない。俺が長時間の賃労働に縛り付けられているためだ。

家事だけではない。育児限定的だ。子どもの世話をしたり、子どもとともに食卓を囲んだり、さまざまな話をしたり、勉強料理スポーツを教えたり、宿題を手伝ったりといった、育児にかかわる時間の大半を賃労働に奪われている。これもまた、俺のヒトとしての幸福を大いに損なっている。

本邦の男女には世界一幸福格差女性幸福度が高く男性のそれは低い)がある。これを男性視点説明するなら、賃労働負担の大きさと、家事参加の少なさという両面が原因だ。とりわけ家事の少なさは重大だ。我が国男性世界一家事をしない。多くの男性幸せを賃労働に奪われているのだ。

男性が恒久的に時短勤務やパート勤務をする道は狭い

我が家結婚当初は、夫婦両方がフルタイムで働きつつ、平等家事を分担し、夫婦の両方が幸福を感じていた。だが子どもができて夫婦で話し合った結果、俺がフルタイム労働さら残業を増やして家計を支える中心となり、妻はパートタイム労働兼業主婦になることにした。

俺がパート主夫になる案も真剣検討したものの、却下せざるを得なかった。理由は、当時30代前半だった俺が昼間にパートまたは時短で働けて、家から近い職場がないことだった。ジェンダー平等を実感したのはこのときだ。オッサン兼業主夫になるのは非常に難しい。

結果、俺は大半の家事を妻に任せ、ごく一部しか担当できなくなってしまった。うちの場合家事全般について妻より俺のほうが得意であるあくま自己評価だが)にもかかわらず、だ。逆に、賃労働能力は俺よりも妻の方が高い(と俺は思う)にもかかわらず、彼女フルタイム労働を失った。

俺は、この国のジェンダー平等を恨んでいる。俺を賃労働に縛り付け、家事子育て(つまり俺の幸福)を奪ったからだ。

また、ほどよく分担できていれば、家事労働はそれをする者を幸福にする。だが、過分に割り当てられてしまえばそうも言えない。俺の妻はそれほど家事全般が得意でないにもかかわらず大半の家事負担しており、せっかくの家事労働の多くが単なる面倒なタスクになりがちだ。これは幸せなことではない。

ジェンダーギャップ労働問題に過ぎない

ジェンダーギャップ幸福格差不公平家事負担、結果としての男女の賃金格差などはすべて、要するに労働問題だ。男女で賃労働家事を公平に担当しにくい現行制度に原因がある。なので以下のようなことを強力に推進すれば、諸問題はすべて(少なくとも我が家が抱えているものはすべて)解決する。

意識アップデートでは男女平等は実現しない

俺は「意識アップデート」だの「意識改革」だのというものには期待していない。そんなものに期待していたら、ジェンダーギャップ永遠に解消しない。なぜならジェンダーギャップは、制度的な介入をせずに放置していれば自然に拡大していく性質を持っているからだ。

これは良い悪いの話ではない。生物としての自然本能と、適応の結果に過ぎない。

まず女性上昇婚志向がある。これは世界中のどんな社会にもあるものだそうなので、生物としての本能と言える。より多くの資源を獲得する能力を持つオスに魅力を感じることは、生物としてまったく自然だ。そして、ヒトのオスがそれに適応しようとするのもまた本能であり、生物としてまったく自然なことだ。

ただし社会全体でこの本能適応すればするほど、ジェンダーギャップは拡大する。女性上昇婚志向適応した男性たちは、すべての資源男性たちだけで独占し、資源へのアクセス権を女性から剥奪する。前世紀まで、まさにそのような社会世界中で構築された。

このようにヒトの本能ジェンダーギャップを拡大し固定化する方向に作用するため、ジェンダー平等自然に実現することはない。相手無意識下の本能だ。意識改革では解決できない。制度改革しか実現できないものだ。

クオータ制による解決

現実的な解は、強制的なクオータ制の導入だ。繰り返すが、意識本能は変えられない。だから制度を変えるのだ。クオータ制は、結果平等観点で厳格なものであればあるほどよい。

政治家企業役員はもちろん、あらゆる職種で男女比が1:1なるように枠を設け、罰則付きで厳格に運用する。外科医も、看護師も、消防士も、保育士も、研究者も、レジ係も、漁師も、助産師も、土木作業員も、歯科衛生士も、自衛官も、すべて男女同数にする。当然、仕事内容も拘束時間賃金男女平等にする。

当初は各職業における職能水準の低下が問題になるだろう。しかしそんなものは、ほんの20年か30年もすれば解消される。学齢期や新卒時を見ればわかるとおり、平均的な女性能力は平均的な男性のそれを上回っている。クオータ制の導入で一時的に起きる職能水準の低下の問題は、ほどなく時間解決するだろう。

労働家事労働も、男女がどちらか一方に押しつけることなく、平等負担し合う。夫婦のそれぞれが週に20〜30時間ほどずつ賃労働負担し、あとの時間生物として家族としての幸せを追求できる世の中になるのが理想だ。

夫は兼業主夫、妻も兼業主婦だ。

こうなるともはや、主婦主夫)という概念崩壊だ。だがそんな概念産業革命以降にでっち上げられたもので、男性を賃労働で使い倒すための便利な、そして非人道的ジェンダー・ロールだ。こんなものは徹底的に破壊し、すべてのヒトがヒトとしての幸福を追求できる社会を目指したい。

男女がともに幸福を追求できる世界を望む

最後にもう一度強調しておく。家事労働制限されることは、幸福制限されているに等しい。より多くの賃労働負担している者は、幸福度において劣後する。

しかし、現行の制度の中で各家庭が個別部分最適化を進めれば、多くの家庭では、夫は賃労働奴隷、妻は兼業主婦、という形をとることになる。これは不幸なことであり、制度のものを改めるべきである。そして、ここまで述べてきた制度改革の過半は、すでにアイスランドなど北欧諸国において実施されている。

で、こういう男女平等を目指す社会運動ってある? あったら参加したいんだけど。

2021-03-22

anond:20210322223105

本業はともかく三浦瑠麗芸術について何の知識もないのは明らかで

信じられない!

東大を出て、このようなコメントを平気で出すのはおかしい。

これでは北海道第一次産業漁師と同じレヴェルではないか


よく私の世代では「京大はかつての同志社最上位層、東大はかつての首都大学東京最上位層、阪大はかつての立命館最上位層で、名大はかつての名工大最上位層ね」ということをいう人がいる。

もちろん100%がそうとは言えないが、40%はそうなんじゃないか


何も知らない人を侮蔑対象にしてはいけない。

何も知らない人がいたら、「こうですよ」と教えるのが筋ではないか

今の日本で、私の専門分野をきれいにくまなく解説できるのはもう3人ほどだろう、だから最初から教えるようにしている。(こいつがスターなんですとか)


日本教科書の質が低いのも、その魚拓から、なんとなくわかる気がする。

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

人生アドバイス罪

アラフィフKKOだけど、人生に失敗したので親の葬式出すぐらいしか残りのライフイベントがなく、ド底辺で最低限の生活費稼ぎながら休日パチスロ打ってる。

で、俺はギャンブルのものではなくパチスロという娯楽が好きなので、低レートで打ちながら台の仕様とか演出なんかに増田愚痴を垂れたりするんだけど、たまに「お前はそんなことに無駄に金と時間を費やさずにもっと文化的なことをしたらどうだ」みたいな説教をされることがある。いや、「増田やってるお前も大概だろ」とは思うが、なんかこう、人生有意義に使われなければならないみたいな人がはてなには多くて疲れる。

そういう人達って大抵プログラミング覚えろだの自己啓発しろだの言うけど、コンサル漁師コピペみたいにしか思えんのよね。今から高卒おっさん一生懸命何かをしたからって賃金上がるわけでもないし、もう好きなパチスロ打って暮らせてんだから別にいいじゃんっていう。他は質素なもんだし。

時間の浪費の仕方なんて本人の裁量で決めるのが当たり前なのに、いちいち前向きな何かをしろとか言ってくる奴マジでウザい。ああい人達って何がしたいんだろう。

追記

パチスロお金かかるから中古本体買った方がトータルで安くない?って話したらそういうことじゃないと言われた。でもアーケードは基板とか買うじゃん?

実機買わんのはクソでかいのとメダル払い出しがめっちゃうるさいからで、集合住宅じゃ無理・・・田舎の一軒家に住んだら家スロ派になるかもしんない。正直検定切れの台とかもう一度打ちたいし。ラグランジェとか。

それと、ギャンブルが主でないにしても、少しでも賭けてやるのはやっぱ違うのよ、麻雀を点5で遊ぶ感覚というか。

あと地味に補給面倒くさい。

パチスロってお金からなくても楽しいと思う人が居るんだな。初めて知った。

俺はレアタイプだと思うけど、設定1(打ち続けると長期的には必ず負ける)前提で負け予算組んで遊んでるから。もちろん出れば楽しいけど、それだけではないのよね。

あとブラックボックスソシャゲと違って確率にだけは嘘がないのもポイント行政喧嘩売るメーカーはさすがにもうないので。

2021-03-17

anond:20210317041005

水産業者は、漁獲量規制規制といいながら守っていない大企業漁師隣国達とかの問題を考えると

転職というアプシャンもありだし、

なんなら瀬戸内海とかの安全な海に移住するってアップシャンもある

2021-03-11

原発溶接工の話を読んだ

原発は確かに設計上は安全に作ってあるが、原発工事するのは高卒中卒である。何も理解せずに言われた通りに作るわけだが、作る過程監視してる職員もまた、原発とは関係ないところからやってきた(農水省で米の検査なんかをやってた)役人。だから間違いがあっても誰も気づけない。

というか、原発みたいなでかい建設物でヒューマンエラーなく建造するのなんか普通にめちゃくちゃ難しい。

完成した原発検査をしても、エラーには気づきにくい。しか検査に来るやつも素人からよくわからんけど判子を押すばかり。

定期検査工事をするのも、季節柄ひまな漁師とか。もちろんど素人

原発第三者委員会は、通産省天下りから第三者でもなんでもない。専門知識のある本当の第三者がいないとやばい

あと、10年耐久と言われた原子炉を、解体廃炉ができないから30年以上使っててやばい原子炉は止めると、冷却用の水で金属が錆びて放射能漏れちゃうから止めておくことができない。燃料を取り出しても、放射能が減るまでずっと冷却し続けなきゃならないけど電気も作らないのに動かすようなことは電力会社がしたがらない。

 

みたいなことを書いてて、ちょっと怖くなった。

良く考えたら原発について何にも知らないし、危険安全判断するような材料は何もなかった。誰かが安全と言ってるから危険と言ってるからぐらいの判断で生きてたが、どう考えても非科学的な思考停止だった。反省

2021-03-10

震災10年目のシン・エヴァンゲリオン

シン・エヴァンゲリオン

震災モチーフリアリティに驚いた。

たぶん私は第三村に行ったことがある。

リアス式海岸漁村は平地が少ない。

海側の居住地が壊滅し、新たに山あいに細長い集落を作った。

おんなじ形のコンテナを並べてできた仮設住宅団地

その風景がかつて数年通ったあの村にそっくりだった。うん。そっくりさんだ。

港は壊滅的なダメージを受けていた。コンクリート建物がごろりごろりと転がっている。

電車も車も船も、そこかしこに転がりのっかり、刺さっている。

海に向かって破壊された巨大なケージのような建物があった。漁船に氷を積み込む基地だったという。

そこから見る海はどこまでも澄んでいた。漁師のお爺さんもこったら綺麗なのはたことがねえという。

夜の海は真っ暗で、星が海面に映って宇宙にいるみたいだった。

木造の古い小学校を、病院役所集会所として活用していた。

わずかに残された古い家に何家族も集まっていた。

集落から離れて、ぼろぼろのガレージで暮らす人もいたなあ。。。

慣れた土地から離されてくしゃくしゃに集められ、無理やり仲良く暮らしていた。

そこに訪ねていくと、大人子供津波がどんなだったか・・・を話し続けるのだった。

僕のせいで津波が来た、私のせいで街が壊れたという子供がいた。

何人もいた。なぜかそのように強く信じているんだ。

津波ごっこにキャアキャアと全力疾走で遊んで、ふと俺のせいなんだっていう。

何もしゃべらない人もいた。

田植えは楽しかった。おやつお茶をもって田んぼに集合!

どろだらけになって植えていった。さすがに機械だったけど、はじっこの方は手で植えた。

水と風の青いにおい。ずーっとおしゃべりしながら笑いながら。

そして疲れるとおにぎりやおかずを山盛りにして食べ、昼寝をした。

ただ何度かおじゃましただけの村。

今はもう解体されてない村。

震災10年目のシン・エヴァンゲリオン

シン・エヴァンゲリオン

震災モチーフリアリティに驚いた。

たぶん私は第三村に行ったことがある。

リアス式海岸漁村は平地が少ない。

海側の居住地が壊滅し、新たに山あいに細長い集落を作った。

おんなじ形のコンテナを並べてできた仮設住宅団地

その風景がかつて数年通ったあの村にそっくりだった。うん。そっくりさんだ。

港は壊滅的なダメージを受けていた。コンクリート建物がごろりごろりと転がっている。

電車も車も船も、そこかしこに転がりのっかり、刺さっている。

海に向かって破壊された巨大なケージのような建物があった。漁船に氷を積み込む基地だったという。

そこから見る海はどこまでも澄んでいた。漁師のお爺さんもこったら綺麗なのはたことがねえという。

夜の海は真っ暗で、星が海面に映って宇宙にいるみたいだった。

木造の古い小学校を、病院役所集会所として活用していた。

わずかに残された古い家に何家族も集まっていた。

集落から離れて、ぼろぼろのガレージで暮らす人もいたなあ。。。

慣れた土地から離されてくしゃくしゃに集められ、無理やり仲良く暮らしていた。

そこに訪ねていくと、大人子供津波がどんなだったか・・・を話し続けるのだった。

僕のせいで津波が来た、私のせいで街が壊れたという子供がいた。

何人もいた。なぜかそのように強く信じているんだ。

津波ごっこにキャアキャアと全力疾走で遊んで、ふと俺のせいなんだっていう。

何もしゃべらない人もいた。

田植えは楽しかった。おやつお茶をもって田んぼに集合!

どろだらけになって植えていった。さすがに機械だったけど、はじっこの方は手で植えた。

水と風の青いにおい。ずーっとおしゃべりしながら笑いながら。

そして疲れるとおにぎりやおかずを山盛りにして食べ、昼寝をした。

ただ何度かおじゃましただけの村。

今はもう解体されてない村。

2021-02-17

なめろう小説

私は漁師町に住む漁師の妻。

遠洋漁業で家を空けることが多い夫。

次帰ってくるのは半年後だ。

今日は夕飯になめろうを作る。

鰹のなめろう

鯵は骨が細かく取りづらいので我が家では鰹でなめろうを作る。

まな板で鰹を叩いていると肉片が四方に飛び散る。

28の若くも老けてもいない、ただ数年前より確実に瑞々しさがなくなった二の腕に肉片が付いた。

その肉片をふと眺める。

口を近づけ、肉片がついた二の腕に吸い付く。

口の中で舌をナメクジのように這わせ、二の腕についた肉片を食べた。

まだ味付けをしていない生臭い肉片。

ふと旦那との情事を思い出す。

あれはいつだっただろうか。

あの時も夕飯はなめろうだった。

味噌生姜を入れてもまだ鰹の生臭さは取りきることはできない。

私はごめんねというのだが、旦那は「海の男にはこれくらいが丁度良い」と笑い飛ばす。

私は良くないのだ。

歯を磨いても取りきれない生臭さ。

その生臭い舌が私の舌を舐める

頸を舐め、乳首を舐め回す。

二人の時間が終わった後、私はシャワーを浴びた。

鰹臭くなった身体を洗う。

なんでこの日に限ってなめろうなんて作ったのだろうと後悔した。

ただ、鰹の臭いを洗い流す時間、それも幸せだったのかもしれない。

今はそう思う。

叩いた鰹に味噌醤油生姜大葉を入れる。

大葉あの日以来入れている。

2階にいる息子を呼ぶ。

なめろうは息子の大好物だ。

風を切るように降りてくる息子から海の香りがした。

美味しそうになめろうを頬張る息子は何故我が家なめろう大葉が入っているのか知らない。

2021-02-09

anond:20210209103945

坂田金時は、武士なので、苗字があります

浦島太郎桃太郎は、苗字がありません。

漁師百姓(の拾われっ子)ですから

浦島太郎は、浦島子が由来です、

浦島の男の子 という意味でしょう、苗字ではなく。

2021-02-03

anond:20210203131445

その辺は教育ではなくて、社会の変化の問題なので、どうにもならないね

 

例えば「経済力があればよい教育を受けられる」なーんてことは有史以来一回も変化したことがないよね実は。なのになんで増田経済力教育力にプレッシャーを感じるかというと、「成功」の定義のほうが変わっているからなんだよね。

実は母親だという増田自身が、エリートにならない人生は失敗だ、などという思想に染まり切って、疑いすらしていない。高卒で手に職つけて工場職人農家漁師になって嫁さんをみつけて幸せになりなさい、みたいな人生負け組か一部の特殊事例と決めつけている。

無理もないよ。だって世の中がそう言ってきてるんだもん。

そして世の中がそう言ってくるのが一理ある程度には、社会現実がそうなっている。

 

教育生存戦略に特化している、との指摘のほうは、なかなか的を射ているけど、基本は同じだね。

の子供はサバイバル競争念頭に入れて生きているとされるが、昔からそうだった。

ただ、家業ってものがあった時代には競争生存なんて考えなくてよかったんだよな。農家の息子は農家に、貴族の息子は貴族になればいいし、そのレールが用意されていた。でも現代っていうのは、自由の名のもとにレールを取っ払った時代だ。まあレールを走るのはうんざりする面があったから無くしたことは望まれていたのでそれはしょうがない。

でも、家業とか持たないや人たちはもとからサバイバル人生していたからね。

あるいは増田家業を用意することだってこの現代普通にできる。自由選択して生きるってことを自明の前提みたいに社会に言われて、それをそのまま信じてるから、そうじゃない選択肢もあることが目にはいらなくなってると思う。

まあ、そうはいっても難しいわな。現実から言えばやっぱり自分の代で家業つくるなんて無理かも。

 

 

そういう全部を教育対応したいっていうのは、まあ願望だよ。

でも願望をかなえたいと思っているのが増田で、だから経済力意識力の差で悩むんだよ。

可愛い子には旅をさせよ、親は無くとも子は育つ、ある程度まではだけど、そういう認識こそが増田には必要とされているんじゃあないかな。ある程度、虐待にならない程度まではの話だけど。

2021-02-02

夫に隠さず恵方巻を食べている。

先月、徒然なるままに「夫に隠れて寿司を食べている。 anond:20210112213223 」を書き綴ったところ、非常に多くの方から反応を戴けた。

妖怪寿司女なるなかなか的を得た、夫に自慢したくなってしまう名も頂戴してしまいとても嬉しかった。美味しいことは良い事だと常々思う。

しかしその所為で夫が出張から無事に帰宅した今日までの間に何度自分日記を見せぬようにと我慢たかは計り知れない。

夫は然程怒らないだろうが、この美と背徳の味は私の胸に秘めておいた方がきっと幸せだろう。

 

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「101」は、恐らく私が初めて覚えた数字だ。青森県から秋田県へ続く文字通り一本しかない国道名前

私は大半の大人漁師猟師をしながら漁業に務めているような限界集落で育っていた。バブルも弾けた平成前半の事。

 

恵方巻は、元々西日本の一部地域文化である

故に、なかったのだ。

節分2月2日家族揃って恵方を向きながら容赦ない太巻きを無言で食べる文化概念は、北の外れに存在しなかったのだ。

から節分とは、玄関落花生をばら撒き、そそくさと片付け、雛祭りの前祝い程度の雰囲気ささやかな夕食を取る健康的行儀。

その程度の認識しか、なかったのだ。当時は。

 

しかし、私は気付いてしまった。

私は、節分2月2日は、お小遣いでお寿司が買える。それに気付いてしまった。

企業努力の賜物である小学生お小遣いでも当時は恵方巻が買えたのだ。

しかも、ピンクのでんぷが入っている一番安い太巻きなら、2本買える。2本。

大好きなサラダ巻か、或いは量の太巻きか。

高級感と憧れのハッピーセットというとんでもない行事があると、当時小学生は気付いてしまったのである

それこそ普段ちょっと高くて、輪切りになっていて、綺麗にパックされていて、なんか微妙に物足りなさもあるサラダ巻が、一年に一度の節分の日だけは威風堂々丸かぶりする事が許される。なんということか。

そのうえ「これぞ西側文化なり」とでも胸を張って主張すれば、行儀が悪いと窘める母もなにやらおとなしくなってしまう。

恵方巻、あまりにも強すぎる。

そして何故か祖父がとても嬉しそうだったのをぼんやりと覚えている。

 

そして、現在

恐らく夫は今日の事を

 

海産物寿司に対して並々ならぬ執念を抱いている妻による年に一度の恵方狩りの日」

 

とでも思っている。

概ね間違ってはいない。何年も付き合っていれば、この習性はもはや隠せる類ではない。

 

休みには「恵方巻食べれた?」とラインが来た。「夕方から出て、4ヶ所くらい確認できたら良きかな。サーモンサラダ巻、いと美味し」と返事をした。

 

仕事は早めに切り上げて、大型スーパー2件と小型スーパー1件、近所の個人経営居酒屋の4件を巡り、先程帰宅した。ふと誰かが、これは増田に書けよと、耳元で囁いた気がした。

 

エコバッグの中を開けてみると、何故だか少し寂しくなった。

年々、中身が軽くなっている気がするのだ。

豪華な海鮮巻や奇抜な肉の海苔巻が増え、値段自体も毎年上がっているように感じた。

美味しい事は良い事だ。適正価格なら仕方が無い。

今年はウーバーイーツにハマってあまり恵方貯金できていなかったからなぁと思い、取り敢えずサラダ巻とマグロ納豆巻を用意する。

先程、夫から職場緊急事態が発生した為、今夜は現場に泊まるかもしれないという連絡を受けた。

会える範囲の友人たちもコロナ禍の下、確かに無言・黙食とはいえ恵方飲食に誘うのは気が引ける。平日都会のベッドタウンを過ぎゆく風は、まだあまりにも寒いのだ。

色々と考えながら、猫を撫でる。しかし今夜は恵方巻がある。

冷蔵庫を圧迫する恵方巻をどういう順で食らおうか、何度も何度も考えていると、だいたいの悩み事はあとでもなんとかなりそうだという気になってくる。

 

恵方巡りどう?ちゃんといい感じで買えた?」

 

からラインに私は大型スーパーで買ったスパム巻の写真撮影し、夫に送った。夫は喜んでいるようだ。

しかしこのあと思い知るだろう。恵方巻スパムだけではないことを。

深夜か明日が、夫が冷蔵庫を開けた時にいかなる反応をするか、本当にとても楽しみだ。恵方 is サプライズサプライズ is プライスレス。つまり恵方 is プライスレスということ。

 

先程、マグロ納豆巻を食べ終えた。

まだまだ冷蔵庫には恵方巻が眠っている。

そう考えると、なにやら不思議と強くなった気が沸いてきて、夫の不在を良い事に家事でもするかと思ってしまう。

そして、そのついでに、もう少し遅くなってから、値引きシールのついた恵方巻散策にでも乗り出そうかと思うのだった。

サーモンサラダサラダ巻とマグロ納豆恵方巻は、とても美味しかった。

 

 

 

 

 

 

妖怪寿司女:寿司を食らう量は恐らく人より多い為、概ね間違ってはいない。ありがとう

落花生:投げる豆が落花生大豆かで戦争が起きるらしい。自分落花生派だったが、夫は大豆である

※99円の海苔巻:あらゆるものが値上げしていく世界価格を維持してくれる心の友

桜でんぶ桜でんぶ雛祭り恵方巻運動会くらいでしか見る機会がなかった気がする。美味しいし可愛いしなんだか嬉しくなる

祖父20人くらい乗れる船を持っていた漁師本名文字面が「寿司」にかなり似ている

サーモンサラダ巻:サーモンがぷりぷりですごく美味しかった

※夫:西日本出身の為、恵方経験は人並みにあるらしい

サラダ巻:ヘルシーじゃないのにヘルシーな気がする

恵方貯金:今年は全くできなかったので、800〜1000円クラスの高級恵方巻を買うことはできなかった。でも毎年サラダ巻を中心に色モノ系と定番中心で高級品は買ってなかったから平気だった

恵方巻:年々価格の高騰がすごい

スパム巻:初めて見た

恵方南南東位置的には猫のトイレがある方角の為、細かいことは考えないようにしている

恵方巻食品ではなく嗜好品の扱いの為、私の財布から生まれる。結果、食費が少し浮く

※猫:マグロの切れ端を少しあげたが無視された

恵方巡り:今年はDQウォークしながらスーパーを歩いてまわった。心から美味しく食べる為には減量大事だと思う

マグロ納豆巻:もしかたらこいつは恵方巻じゃなかったかもしれない

冷蔵庫恵方巻があると思うとわくわくしてしま無意味に何度も開け締めししま

※予約恵方:基本現物を見て美味しそうだと思うものだけ買うタイプなので滅多にしない

居酒屋恵方巻:今年唯一の予約恵方。お会計をする時に現物見せてもらったらついテンションが上がっちゃって「美味しそう!え、これ、めっちゃ安い!すごい!」ってはしゃいでしまった。店長が笑ってたからよかった

恵方巻:なるべく早く食べる方が美味しいのは当然だが無理して今日中に食べきらなくてもよいので、2,3日くらいは強い気持ちでいられる

※値引き恵方学生時代は値引き恵方が中心だったので昔の血が疼いてしま

恵方巻スーパー次第では2月3日に半額で買える場合もあるが、現在住んでいる地のスーパー2月2日のみ販売を貫いている

恵方巻:実はあまり魚介系は買わない。漁村出身補正を抜いても、価格に対して合ってないと感じる場合が多い

野菜山本ゆりさんや有賀薫さんのレシピにはよくお世話になってます

恵方巻しかしながら改めて書き起こすととても二人暮らしとは思えぬ量である

 

 

購入恵方

サーモンサラダ巻 498円

ヒレカツ巻(ハーフ) 250円

サラダ巻(ハーフ) 200円

海鮮恵方巻ハーフ) 398円×2

恵方巻ふつうの) 298円×2

スパム恵方巻 398円

エビタルタル恵方巻 398円

照り焼きチキン恵方巻 398円

焼き肉恵方巻ハーフ) 398円

サラダ巻 298円

恵方巻海鮮居酒屋) 630円×2

マグロ納豆巻 250円

2021-01-31

anond:20210131225518

都市部高齢者は働かないけど地方猟師漁師農民はみんな高齢者で八十になっても働いてる

彼らが死んだら一次産業死ぬ

2021-01-25

漁師にぷろぐらみんぐさせれば速いってじいちゃんが言っとったで

2021-01-08

飲食業の衰退で忘れられてること

・割りばしとか食器とかのメーカー

業務冷蔵庫とか業務調理メーカー

飲食店に卸してた農家

飲食店に卸してた漁師

このあたりも影響受けて衰退するわけだから

忘れがちだよな

anond:20210108013912

なんか勘違いしてる奴多いが

そもそも利害調整をするために、「代表が」議論するのが国会だろ

農家代表漁師代表土建代表飲食代表

利益誘導を謳って選挙に出るのはいいんだよ

失敗すれば次はないのだし

「不当に」利益供与するのがまずいってだけなんだぜ

2021-01-04

anond:20210104132917

人間の胃袋に入る量はそこまで変わらないはずだから農家漁師がそこまで変わるか?

飲食店無駄な廃棄が大量にあるってんなら別だけど。

anond:20210104130053

飲食店潰れる→食品売れなくなる→農家漁師稼げなくなる→国産価格上がる→自給率下がる

2020-12-27

鯨漁禁止したのが失敗だった

禁止する前は年々漁獲量が減って、放置しておいたら、今頃地方漁師町で細々と小型鯨の肉が売ってる程度になってたのに禁止したらなリョナリズムに火がついた。

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