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はてなキーワード: 短大とは

2017-11-20

概念としての高校

今日は珍しく朝起きることができた。

私は少し統失っぽいところがあるのかもしれない。兄の独り言が頭の中に入ってくると考えていたことがかき消されてしまうから、この時は一生懸命考えた。

「将来はどの道に行くの?」

「何をやりたいの?」

ということを複数の人から聞かれるし、自分でもどの道に行きたいのだろうとこの時は自分なりに真剣に考えた。

祖母

大学に行くなら協力するよ」

と言ってくれているので行けばよいのだがプライドが高いのだろうか、もしくは評価されないことが怖いのかもしれない。

公立大学に行けるほど学力がなく、行けるとしたら私立大学で、勉強しなければ定員割れするようなところしか行けなさそうで、

勉強もしていないから、

自分大学なんかに行けるわけがない」と思ってしまう。

学校先生にもそう言われた。その言葉を言われたときは凄く傷ついて河原に転がってワンワン泣いた。

偏差値もない通信高校に嫌々通って卒業したが、嫌々通うぐらいなら通いたくなかったし、それならいっそ退学して親元を離れれば良かったのだけどそんな勇気は無かった。

高校生の間、ずっと全日普通高校に行きたいと考えていたので、将来の夢のポジションに「高校生になりたい」という気持ちが占拠してしまって、そこから動けずにいる。

「将来の夢は高校生になること!」

…な訳ないしな、それ将来やりたいことじゃなくて、今やりたいことだし(そう思ったまま人生を終えてしま可能性もなくはない)。

そもそも自分がどれぐらい勉強ができるのかも知らないので(高校特に勉強しなくても卒業できてしまった)、高校に行かないまでも勉強はしようと思って向き合ってみたこともあったが、分からない問題出会った時にどう解決すればよいのか分からず、それからやらなくなってしまった。

努力して勉強して大学に入る、では時間がかかりすぎるし、だったらすぐに専門学校短大で入りたいところを探してみようかな。

  

少しだけ前向きに考えがまとまったと同時に、スッと起き上がり布団を畳み、溜まった洗濯物を洗った。

久しぶりに部屋の掃除機をかけた。履歴書も書いて後は電話バイト面接を申し込むだけ、だったのだが特にこれといったことをそれからはせず現在に至る。

2017-11-12

anond:20171111203320

自分は数十年前に短大から四年制大学に移行したところに若い期で行ったけど、

やはり四年後に最初卒業生が出ると同時に修士課程ができて、

さらに二年後に博士課程が設置されたと記憶している

文科省事務次官が把握していないとも思えないが、

もう彼はこの方向で突き進むしかないのだろう

哀れではあるが

少し話は変わるが、1期生2期生の優秀さといったらとんでもなかった

評価不明な新設大学高卒段階で飛び込んでくるパイオニア精神を持った学生

教授陣や短大の先輩の研究を回すためってこともあり、

1年時から一般講義や実習実験に加えて研究室に配属されたそうで

必然的教育密度が高くなり、学生レベルも飛躍的に向上していた

もちろん短期間で潰れる大学もあるので

自分経験したのは相当にうまくいっていた例なのかもしれないが、

親族や知人の子供などが獣医志望でメンタルの強いタイプならば

1期生を狙う価値は十分にあると薦めると思う

2017-11-11

新設大学での大学院設置時期はいつか

前川喜平・前文部科学事務次官加計学園獣医学部博士課程が設置されていないかけしからん!と怒っているので、
近年の新設された大学において大学院はいつ設置されたか調べてみた。

「認可すべきではない」前川氏が疑問呈す(毎日新聞)

博士課程もないのに先端研究ができるわけがない」と加計学園教育体制に疑問を投げかけた。

新設が非常に多いので結論から言うと、非常に数が多いため一部しか調べられなかったが、
調べた限りでは大学新設と同時に大学院が設置されているところはなかった。

新設された4年後に設置されるかといったら、そうでもない大学もあるし、そもも未設置の大学も多い。
また『短期大学』が『4年生大学』に転換したところが多いため、新設大学が多いように感じる。

【参考情報新設大学等の情報:文部科学省

■21年度開設

千葉県立保健医療大学 ⇒ 未設置

新潟県立大学 ⇒ 平成27年度設置(6年後)

愛知県立大学統合学部学科の再編による新設

弘前医療福祉大学 ⇒ 未設置

日本赤十字秋田看護大学 ⇒ 平成23年度設置 ※大学院設置基準第14条特例の実施 (短大卒業者向け?)

東都医療大学 ⇒ 未設置

こども教育宝仙大学 ⇒ 未設置

東京有明医療大学 ⇒ 平成25年度設置

びわこ学院大学 ⇒ 未設置

大阪保健医大学 ⇒ 平成25年度設置

広島都市学園大学 ⇒ 平成30年度設置予定(9年後)

■22年度開設

新見公立大学 ⇒ 平成26年度設置

東北文教大学 ⇒ 未設置

日本保健医大学 ⇒ 未設置

ヤマザキ学園大学 ⇒ 平成28年度設置(6年後)

横浜美術大学 ⇒ 未設置

23年度開設

福山市立大学 ⇒ 平成27年度設置

日本映画大学 ⇒ 未設置

京都華頂大学 ⇒ 未設置

大阪物療大学 ⇒ 未設置

宝塚医療大学 ⇒ 未設置

純真学園大学 ⇒ 平成30年度設置予定(7年後)

新設時と同時に大学院設置された大学があれば教えてください。


<追記>
指摘を受けて追記。
北海道医療大学 ⇒同時に設置
 2013年 リハビリテーション科学部理学療法学科/作業療法学科)開設
 2013年 大学院リハビリテーション科学研究科リハビリテーション科学専攻修士課程開設

私立獣医学部に関しての大学院設置状況
同条件である私立大学獣医学部確認した所、基本的大学と院は同時設置されておらず、
博士課程に関しても後年に設置されている。
同時設置しなければならないと言う法律規則が無い以上、後年に大学院が設置されても問題いかと思われる

大学は届出設置制度である以上、大学設置時に大学院(修士博士)もまた設置しなければならない、
という規定が無い以上、前川氏の「博士課程もないのに先端研究ができるわけがない」という発言には
認可してはいけないという根拠は薄いと思われる


酪農学園大学11年後設置
 http://www.rakuno.ac.jp/outline/about/development.html
 学部 1964年(昭和39年)設置
 大学院 1975年(昭和50年)設置
 ※博士課程 1981年(昭和56年)設置

北里大学 ⇒4年後設置
 https://www.kitasato-u.ac.jp/jp/about/overview/history.html
 学部 1966年(昭和41年)設置
 大学院 1970年(昭和45年)設置
 ※博士課程 1972年(昭和47年)設置

麻布大学 ⇒7年後設置
 https://www.azabu-u.ac.jp/about/history.html
 学部 1950年(昭和25年)設置
 大学院 1957年(昭和32年)設置 (院設置のみ?)
 ※修士課程 1960年(昭和35年)設置
 ※博士課程 1962年(昭和37年)設置

日本獣医生命科学大学 ⇒歴史が古すぎるため参考。修士/博士同時設置
 http://www.nvlu.ac.jp/universityguidance/002.html/
 1881年(明治14年)設置 (日本最初私立獣医学校・獣医学校)
 大学 1949年(昭和24年) 設立  大学院 1962年(昭和37年)設置
 ※博士課程 1962年(昭和37年)設置

日本大学 ⇒設置時期不明
 院設置時期の記載が見当たらない

2017-11-10

彼氏元カノTwitterをチェックし続け1年が経つ

メンヘラなのはわかってる。自分でもストーカーっぽいとはわかっている

でも1年間の間チェックし続けると愛着が湧いてくる。

最初のうちは後釜なんて嫌、元カノの方が可愛いし見たくないと思っていたが、毎日変わっていく元カノ面白くなっていった。短大生になり、乗り換え先の彼氏と別れ、歌い手を目指して活動する元カノ

同じ人をどんな形にしろ愛して一緒にいたんだし、気も合うんじゃないか。ずっと見てるから他人だとも思えない。

劣等感だとか、嫉妬などの感情は一切ない。むしろ友達になってもいいかもしれない

彼氏に知らないふりして元カノの特徴を聞くのも面白いしね。

来年は逢いに行きたいな

2017-10-29

今の日本には、学歴デフレ必要

三行まとめ)

現在高校以降の教育が過剰な層がいる(小学校中学校の内容が理解できていないのに高校に行く意味がない)

・過剰な教育無駄コスト時間がかかる

中等教育もっと職業寄りにして高卒で働ける人材を増やすべき

ーーー

私は某高校数学を教えている。高校偏差値は46.この層では何が起こっているか知らない人も多いので紹介しよう。

中学の内容が理解できていない、ひどい場合分数の足し算が厳しい

・当然授業は中学の復習から入る。それでかなり時間を取られてしまうので、高校内容はさらっとだけしか触れられない。

・定期考査でもまともに点数がとれない。sin(30°)などを大量に出してなんとかしている状況。

こういう生徒に三角関数微分積分を教えるのが仕事である仕事からやってはいるけど、実際問題生徒が理解しているとはとてもじゃないけど言えない。

しかしこれでもなんと半分が四大に行くのである短大が15%、専門学校が25%、残り1割が就職と言ったところか。

明らかに高校内容を理解していないのに大学に行けてしまう。

その結果、大学でもアルファベットからとか、方程式からとかそういうわけのわからない大学ができてしまうのだ。

必要なのは、『学歴デフレ』だ。世の中のすべてみんなが大学に行く世界なんていらない。日本高校はほどんど普通科高校からこんなことが起こるんだ。

勉強ができないのなら、学校では技術を叩き込んで、腕で飯を食わせる方がよっぽどマシだ。

から普通科高校は約60%でいいだろう。約40%ぐらいの高校は全部実業科にして、高卒就職を前提にした工業商業農業などの実業科目を大幅に増やした学校にするべきじゃないか

さらに言えば大学もそうすればいい。就職前提の職業大学と、研究重視の研究大学。そうすれば、不必要一般科目を過度に叩き込まれることもないはずだ。

2017-10-26

パートより待遇の良い正社員2種があるといい

同じ正社員給料待遇も変わらないのに仕事が少ない、負担が少ない人がいたら、多い人から不満が出るのは当たり前。

なので、正社員1種、2種に分けて給料待遇を変えたらいい。社会保障生涯年収パートが嫌だけど、本気でバリバリ働きたくないという人向けに。

働きながら子育てをするのは確かに大変なことだと思う。一生懸命やっている人も一定数いると思う。

官僚とか夜中まで働いて、夜まで子供を見てくれる保育園幼稚園子供を入れているというし。

ただ、実はあまり働くのが好きじゃなくて、先のことを考えずに子供を作って産休育休とりまくって、同僚はフォローに追われて、という人もいないわけではない。

職場レベルにもよるが、こちらのタイプのほうが多い職場もあり、その場合フォローする側はかなりストレスたまる

このタイプの人はこの手の議論が出るとかなり感情的になってくるのだが、逆に自分他人私生活のためのフォローをするかと言えばするわけでもなく、口ではお互い様と言いながら実際はただ乗りという人が多い。それでさらに同僚から嫌われる。仕事に対する姿勢もいい加減で、何かと理由をつけて同僚に仕事押し付けてというのを平気でやる。そして耐えられない人がいなくなる。かつてであれば専業主婦パートだった人達なのだが、それが通らない世の中になって仕方なしに働いているという感じで制度のいいとこどりをしようとしてくる。国民活躍は本当は無理なのに、無理に働いている人達とでもいえばいいのか。

仕事は嫌い、でも給料はほしいというタイプ正社員2種として契約して、初めから仕事第一で働く人正社員1種の人たちは違う給料待遇にすれば不満も出にくいだろう。職種により可能なら、初めから2種だけ採用する職場、1種だけ採用する職場と分けてもいいと思う。独身の時は1種、子供ができたら2種、子供が手がかからなくなったら1種と変えられる職場があってもいい。

何回かこの話が出てわかってきたのは「まともに働く気がないのに育児をだしにただ乗りしようとする人たち」をどうするかというのが問題の中心にあるということだ。

かつてならば、短大などを出て腰掛OL結婚を機に専業主婦パートでいられれたのだが、今は男性給料が下がりそうもいかなくなり、やむを得ず働いている人達がいる。

仕事への意欲、能力が決して高いとは言えず、せめて性格がまともで周囲とうまくやれればいいが、それも難しい人がいる(自分を無給でフォローしてくれる人の気持ちが考えられない、配慮できないというのはまさにその問題。)

今のままだとそのタイプ人達正社員権利を主張して自分にいいように周囲を利用する。そして会社全体の士気が下がる。

なので、パートよりはよい待遇だけどバリバリ働かないという正社員の枠を作ればいいと思う。

一般職でもいいけれど、男性でこのタイプもいて、性差別と言われてしまうので、地域限定社員とか別の呼び方にしたほうがよさそう。

増田さんの場合は言いたいことはわかるけどいい方がちょっとなあ。無駄に敵を増やしてしまう言い方をして損をしているように見える。自分感情ももちろん大事なのだが、社会全体のシステムを考える方向性のほうがいろいろな人に話を聞いてもらえると思う。

https://anond.hatelabo.jp/20171026133336

2017-10-17

anond:20171017115405

マジレスすると、大卒以上の学歴を持つ人の数は女性の方が少ないけど

短大も含めた高卒時の進学率は女性の方が高い

高卒資格すら取れない(中卒&高校中退)人も男性の方が多い

まり男性の方が上と下の差が激しい、と言うよく言われてる結果となる

2017-10-12

anond:20171012141235

しろ今まで出来損ないである事に気付かなかったの?

自己愛強すぎるメンヘラだな

よっぽど親から甘やかされてるんだろうな

からしたら、クズの癖に長女というだけで両親から優遇されて

県外の大学行かせて貰った上に卒業出来なさそうな状況でも大目に見られている、

そのせいで自分地元短大しか行けずさっさと働いて稼がないといけない立場に追いやられている、

姉はさっさと死にやがれ、ってな感じだと思うが

いもうと

まれから20年経ってようやく自分が出来損ないだと自覚した。

私には1人妹がいる。小さい頃から喧嘩ばかりしていたけど、妹が私のことをあだ名で呼ぶようになった頃から喧嘩は少なくなり、今では毎日LINEをしている。

私は小学校のころ友達が居なかった。だから華々しく中学デビューを飾るため、隣市の中高一貫校受験することにした。私は私が誇らしかった。相変わらず見た目はクソキモオタク丸出しの銀縁眼鏡のボサボサ髪だったが、それでも中学受験成功したということは嬉しかった。まあそんな平和な日々も長く続かない。各地から集まったエリート小学生達がひしめきあう中で、私の成績は下から数えた方が早かった。友達も思うように作れなかった。中学から始めた剣道は辛かった。思い描いて居たスクールライフはもうめちゃくちゃ。そのあたりからリストカットを常習的に行うようになる。ストレスの捌け口としてリストカットをし、時には妹を蹴飛ばすような真似もした。最低な姉だ。しかし、ストレス解消法を見つけた私は、成績も部活動友達関係不思議なほど円滑になっていった。リストカットは私のおまじないのようになっていった。

中学3年生の頃、妹が同じ中学受験合格した。晴れて姉妹同じ学校に通うようになる。

その時期から私は妹を見下すようになった。

部活のためにベリーショートにしてモリモリご飯を食べていた横綱級の私と、原宿系のアシンメトリーにかっこよくカットされたショートヘアで痩せっぽちの妹。

「本当に△△△(私)の妹!?

などと言われるようになった。

しかった。

その上、妹は吹奏楽部のくせに足が速いし運動が出来る。陸上部スカウトされたのに、日に焼けるのが嫌だといって断った大馬鹿だ。私は近所の小学生に負けるほど足が遅いし剣道以外の運動は全くできない。可愛い話題になった妹の話を耳にするだけで不快気持ちになってくる。おまじないだったリストカットが、イライラを解消する捌け口へと逆戻りした。

でも、妹にも欠点がある。勉強が出来ないのだ。その年の志願倍率が下がり、かつ身内が先に入学しているというラッキーが重なり妹は合格した。(と思っている)

私は嫌な姉になった。上位20位内を常にキープしていた私は、成績表をこれでもかと家族に見せびらかし「〇〇(妹)は全然出来てないじゃん!ちゃんと勉強してんのぉ?」と煽り散らかすドクズになっていた。このクズ行為は私が高校を出るまで数年続けていた。それでも、妹は私に対し文句を言ったことはなかった。

時が経ち、私は本物のメンヘラになってしまった。大学進学して1年生の夏休み前に鬱病になった。軽度鬱ということで2週間に1回のカウンセリングと処方された薬を飲んで暮らしている。もう2年生も半分過ぎたが、順調に四年で卒業出来る見込みはない。進級への不安と、家族からプレッシャー、良くならない病状への苛立ちに包まれながら毎日を過ごしている。

私が薬を飲んで訳も分からない授業を死んだ顔で受けている時、妹が短大に受かったという報告を受けた。

短大で将来の夢のために学ぶらしい。オープンキャンパスに行った時も、受験の前日も、妹は「はやく卒業して勉強して働いて親に恩返ししたいな」と言っていた。

妹はメンヘラではない。(私の真似をして過食嘔吐じみたことをした時もあったが)リストカットはしてないし、常習的に薬も飲んでいない、不眠で悩まされることも、発作で学校を休むこともない。インスタを更新して、髪を明るく染めて巻いてヒールを履いて遊びに行って、休みの日は友達連中とスケボーバスケをしているらしい。彼女はよくモテるし、高校イベントがあれば後輩友達などに囲まれ幸せそうに微笑む写真SNSにあげている。

ああ、親はこういう子供に育つことを期待していたんだな、と思った。

リストカットのせいで貧血になって病院に担ぎ込まれたり、拒食と過食嘔吐を繰り返して低血糖になって病院にぶち込まれたり、朝に学校パニックを起こして夜7時までトイレから出て行けなくなったり。

親は、こんな出来損ないを作るために、汗水垂らして20年間育ててくれたわけじゃない。私は出来損ないだ。妹が大学卒業した頃、私はまだ卒業出来ていないだろう。もしかしたら中退して家に引きこもっているかもしれない。長女だから上京して大学に通っているから、そんなこと関係ない。家族が本当に期待してるのは、私ではなく妹だったようだ。

出来損ないだと気づかなかったほうが幸せだったんだろうか?

2017-10-11

強くなりたい

都内大学に通っている。

その講義キャパティ300席の講義室で行われていて、席は2/3ほど埋まっている。必修講義のそれは、2年から4年のどこかのタイミングで同学部の生徒は必ず取らなくてはならない。経済の授業。

毎回授業の流れで、その教授は今の世の中のあり方を否定する。若者公共機関で席を譲らない、モラルマナーもあったもんじゃないらしい。

たまたま、昨日はそれが「離婚したシングルマザー支援はいらない」という話だった。

日本貧困率シングルマザーの層が高いですね。DVとかでってのはわかるんですけどね。性格の不一致で別れる人もいるでしょう?そういう人たちが別れてから声高に"私たち生活が苦しいんです!国から支援されて当然です!"って言うんですよね。そして『真面目に』生きている人の税金がそこに注ぎ込まれる。真面目に生きてる人が割りを食う仕組みなんですね。なんかバカみたいでしょ?子供のためにって我慢すればいいんですよ、そんな人は。こんな人でもこの子にとってはお父さんなんだ、お母さんなんだって。もしくはもう最初から結婚しないでほしいですね」

愕然とする。2017年社会学部の授業なのに、18歳から受けられる授業で、教壇の上からこの言葉を発している人間がいることに。

ところで、私の母は今年の春に死んだ。直接的な死因は心臓発作だったが、慢性的アルコール中毒が原因だった。

死ぬまでの4年間くらいはまともに会話もしていないが、理由は15年前の父の浮気だったらしい。それがアル中理由になっていいわけも、子供に見放されていい理由にもならないが、そうだったんだな、と思った。

バブル景気恩恵を受け、寿退社前提の銀行受付嬢として短大卒後に入社結婚してからはずっと専業主婦だった母が、私と妹を連れて離婚して生きていけるほどの力があったように思えない。

それでも死ぬくらいなら、長く苦しむなら、離婚でもなんでもすればよかったのだ。そしてそういう女性はたくさんきっといて、そういう人たちが死なないための支援をやっぱりするべきだと私は思っている。そして、私が学んできた社会学はそれに力を貸すというスタンスだったんじゃなかったのか?

教授には教授の思いがあるし、生きてきた人生があり、考えを否定したいわけではなくて。けれど、教壇の上から権力を持った大人一方的言葉を話すことは、とき暴力になるように思う。少なくとも私は、あの瞬間絶望を感じたし、こうして匿名ブログお気持ちの表明などを女々しくしている。100分中30分授業に関係ない主張を浴びるのは体力を消耗する。

来週もあの講義に出なければならない。なぜなら大学の定める必修科目であるからだ。キツイ

2017-09-19

イケメンの姉

姉はイケメンだ。かなりぶっとんでるし、ちょっとどうかと思うような行動に走ったりもするけど、総じてイケメン性格姉妹正反対。私は人見知りで、基本的にいつもおどおどしている。今までいろんな局面で何度も姉に助けられてきた。そんな姉への感謝気持ち綴りたい。

まずは小学校入学式のこと。

うちは母が早く亡くなってる。私が5才になる年に喉頭癌でこの世を去った。姉は私より11才上で、私が小学校に入った年にはすでに高校生だった。

そんな姉が、私の入学式に母の代わりとして参加してくれたのだ。その時のスーツ姿がとても素敵だった。人指し指に緑色翡翠指輪をはめていて、それは母の形見だと教えてくれた。入学式の時の写真を見返すと、やはり姉は保護者の中で一人だけ幼げに見える。

姉は高校ではかなり目立っていた。たまに雑誌にも出てた。エルティーンという十代向けのファッション誌で、モデルみたいなことをしてた。私はまだ小学校に入りたてで、そんな姉を芸能人だと思い込んでいた。そのうちテレビにも出るんだと思ってた。その予想はのちに別の形で実現するんだけど、その話はあとに回そう。

姉はふだんはあまりエルティーンを読ませてくれなかった。小学生にはふさわしくないエロい特集が多かったのだ。そんな雑誌にちょくちょく載る姉の姿に、私は幼いながら、妖しい憧れのような感情を抱いていた。

父は土建業を営んでいたが、この頃には経営が苦しくなっていた。それまではずっと絶好調で、姉は何の疑いもなく「うちは金持ちだ」と信じ切っていたらしい。でもそんな幸福時代はあっけなく終り、父は一気に萎れてしまった。母に先立たれて、経営も傾き、悲嘆にくれる日々。父がお酒に溺れ始めたのはこの頃だ。それでも父は姉を私立大学に入れた。娘の教育は疎かにしない、それは母の遺言でもあったそうだ。

二つ目感謝は、このころの話。

当時、私がまだ9才の時。姉が私をあるイベントに連れて行ってくれた。姉の大学友達の中に、ひとりだけ9才の私が混ざるという、かなり無茶な形だった。野外で開催されるテクノパーティ。でもそんな詳細はすべてあとから知ったことで、当時は右も左もわからないまま、姉に連れられて、ただついて行った。そこはまさにカオス空間だった。広大な森林のいたるところで人々が踊り狂っていた。真夜中にトランス状態で踊り狂っている大勢大人たち。あの光景が私の音楽原体験になってしまったのは、なんかちょっとまずい気もしている。

夜、私は姉と並んで芝生に寝転んだ。遠くではドンドンという無機質なテクノビートが鳴っていた。私と姉はふたりで夜空の星を眺めながら話した。その時に姉がとつぜん言ったのだ。

ママはもういないけど、私がお姉ちゃんとお母さんの両方をやるから

後年、姉にこの話をしたら「そんなくさいドラマみたいセリフ言うわけない」と全否定した。でも私は完全に覚えている。ありがとう。あの言葉にどれだけ支えられたかからない。

三つ目は、話自体がかなりぶっとんでる。

私が中2の時、父の会社が潰れた。全てを整理しなければならなくなり、家族は家も失った。私たちアパート引っ越した。父はもはやアル中の一歩手前みたいになっていた。

姉はすでに大学卒業していたが、就職はしていなかった。なんと、カリスマキャバ嬢になっていたのだ。当時の某歓楽街ではかなり有名な存在で、テレビ取材も受けていた(冒頭に書いたテレビ出演の話はこれのことだ。ちなみに姉はこの後にもまた別の形でテレビに出るのだが・・・)。姉は客に媚びないSっぽいキャバ嬢という設定で、何度か深夜番組に出ていた。それはけっこうサマになっていた。

姉は家では父にハッパをかけ、とりあえず一労働者に戻って建築現場で働くことを勧めた。父は最初経営者という立場にこだわり、かたくなに拒んでいたが、やがてしぶしぶ従った。

ここから急展開が訪れた。カリスマキャバ嬢としてのブームが一段落して、父もどうにか社会復帰できたというタイミングで、姉がいきなり海外留学してしまったのだ。なぜこのタイミング?と思ったけど、どうも男絡みのようだった。色恋沙汰なら、もう誰が何を言っても無駄だ。姉の留学先はコスタリカだった。

姉は私に銀行カードを託した。「本当にやばくなったらこお金を使いなさい」と姉は言った。さらにもう一点、「絶対に父には秘密にすること」姉はそれだけ私に言い残して、さっさと異国へ旅立ってしまった。当時、私はまだ中2だった。おいおい、母親の代わりをするって話は?

預金は600万円だった。コンビニATMで残高を見た時、足が震えた。私はこわくなって、すぐにカードを机の引き出しにしまい、鍵をかけた。それは中2の私に背負える額ではなかった。

そのまま中3になり、受験の時期を迎えた。姉がいなくなってからというもの、家の中はめっきり暗くなっていた。父は働いてはいものの、お酒の量がどんどん増えていた。親子の会話もほとんどなくなっていた。学校でも、私の家が落ちぶれたという噂がうっすらと広まっていて、なんとも言えない惨めな気分だった。姉の600万だけが心の支えだった。まだ大丈夫、うちにはこれがある、そう言い聞かせながら日々を送っていた。とかいいながら、カードからお金を引き出す勇気なんてまるでなかった。私は根っからの小心者なのだ大金を前にして、完全に怖気づいていた。どうしても心細くなって、ひとりで布団をかぶって泣く日もあった。勉強にも身が入らず、だんだん授業がちんぷんかんぷんになっていった。高校に受かる気がしなかった。この時期は私の人生いちばんしかった頃かもしれない。

そんなときに、姉が帰ってきた。まるで私の危機を察するみたいに。姉は予告もなく、いきなり家に現れた。あの時、姉を見た瞬間、私の全身にぐわーっと広がった強烈な安堵感が忘れられない。自分いかに姉を頼りにして生きているのか、骨身に染みて分かった。

姉のコスタリカでの日々は、それだけで一冊のルポルタージュが書けるぐらい強烈だった。でも私がここに書くのはちょっと無理だ。筆力が足りなすぎる。姉はコスタリカ日本人恋人暮らしていたのだが、やがてその男と別れて、現地でスペイン人と付き合うことになった。交際から数日後に、ふたりパナマに小旅行に行ったら、国境を渡るバスから彼がいきなり逃亡してしまった。理由はわからない。ともかく姉は一人にされてしまった。それから姉は執拗警察の取り調べを受けたりしつつ、どうにか事なきを得て、家に帰りついた。後日、彼が麻薬組織幹部だということが発覚した。姉はそんなこと何も知らなかった。彼がなぜ逃げたのか、どこに逃げたのか、全てが謎に包まれていた。

そういう話が他にもたくさんあるんだけど、とても書ききれない。とりあえず姉は無事に日本に帰ってきた。そしてコスタリカでのエキサイティングな日々を迫力満点に語ってくれた。私はなんだか自分の悩みがバカらしくなってきた。受験不安だとか、ほんとに小さなことって気がしてきた。姉に相談したら「勉強しろ」と言われた。2秒で話が終わってしまった。銀行カードをいちども使わなかったと言ったら「あんたらしいね」と笑った。姉が相変わらず人差し指翡翠指輪をしていたので、私は「お母さんの指輪だ」と言った。姉はそっけなく「あれウソだよ」と言った。「蛍火の墓を見て、適当でっちあげた」「マジで!?」「うん」私は脱力した。

それから受験勉強に身をいれて、私は無事に第一志望の高校に受かった。姉は父の酒浸り生活も、きびしくたしなめた。父は何だかんだ言いながら、姉には従う。酒の量を控えるようになり、少しずつ生気を取り戻していった。やがて昔の仲間と一緒に、また小さな会社を発足させた。最近土建以外にも手を広げて、高齢鞭打ちながら、建物管理資格勉強なんかをしている。

姉はコスタリカで築いた人脈を駆使して、某国大使館アルバイトをするようになり、そこで能力を見込まれて、正規職員になった。大使館について詳しく知っているわけではないけれど、私は漠然と「超エリート仕事」だと思っていた。姉のイメージとはどうしても結びつかなかった。最初に聞いた時は、女スパイ組織に潜入しているような姿が頭に浮かんでしまった。

姉の最後テレビ出演は、この大使館バラエティ番組取材を受けたときだった。姉は有名な芸人さんにおいしくいじられていた。姉は完全にキャラ変して、シャイで生真面目な妙齢職員を演じていた。「あなた、かなりの箱入り娘でしょ。男性経験も少なそうだな」芸人さんがそんなようなことを言って、姉をからかっていた。姉は恥ずかしそうに両手で顔を隠した。『かわいぃ~』みたいなテロップが入った。いやいやいや、と私は全力でテレビに向かってつっこんでしまった。

そんな姉も、長く勤めた大使館をやめて、今はスペインバルオーナーマネージャーとしてバリバリ働いている。ほんとはここにお店のサイトリンクを貼って、微力ながら宣伝したいんだけど、それをするには姉の許可を得なくちゃいけない(というか、こんなの宣伝にならないか)。

ちなみに私は普通に高校を出て、短大を出て、今はOLだ。ほんとに波風のない人生。何から何まで姉とは対照的だ。そのうち私にも、めくるめく冒険の日々が訪れるのだろうか。

結局、姉への感謝はたくさんありすぎて、とてもここには書ききれない。何でこんなことを書こうと思ったかというと、このあい何気なく実家で昔のアルバムをめくっていたら、幼い頃の姉の写真を見つけたから。3才ぐらいで、まだ私が生まれる前。姉は母の腕に抱かれていた。泣き出す直前みたいな、絶妙な仏頂面。姉を抱く母の人差し指には、緑色翡翠指輪が光っていた。なんだ、やっぱり形見じゃん。本当だったんだ。きっと照れくさかったんだろう。いかにも姉らしいと思い、うれしくなってしまった。それで姉への気持ちをまとめてみようと思ったんだけど、うまくまとまらなかった。無理もない、姉自身がまとまってないんだから

2017-08-18

うわっ、、私の年収低すぎ!!サクラクエスト

サクラクエスト』(SAKURA QUEST)は、P.A.WORKS制作日本テレビアニメ田舎町の観光大使就任したヒロイン達を中心に、廃れた“ミニ独立国”を再興するために奮闘する物語(wikipedia)

主人公の「ゆきのちゃん」こと、木春由乃は、派遣会社から給料をもらっています。一体のどぐらいの年収相場から計算してみました。

サクラクエスト登場人物推定年収

木春由乃こはる よしの)(20才)

スペック 

木春の雇用条件
富山周辺の観光協会派遣される相場
福利厚生フェルミ推定
【参考】

【ケース1】貯金出来ないぐらいカツカツな状態

支出
家賃30,000円ログハウス
食費30,000円
日用品5,000円
被服費15,000円
交際費20,000円
水道光熱費15,000円(電気/ガス/水道)
携帯料金9,500円
光回線6,800円
交通費15,000円(バス,乗合のガソリン代等)
小計146,630円
健康保険8,423円協会けんぽ
厚生年金4,697円
源泉所得税4,810
雇用保険830円
小計18,760円
①+②小計165,060円
残高4,940円

更に冬に暖房費追加で、赤字になります

灯油10,000円10月3月
合計175,060円(△5,060円

【ケース2】家賃水道光熱費タダ、ネット使い放題で、月5万円貯金できるケース

家賃0円ログハウス
食費30,000円
日用品5,000円
被服費15,000円
交際費20,000円
水道光熱費0円(電気/ガス/水道)
携帯料金9,500円
光回線0円Wifi使い放題
交通費15,000円(バス,乗合のガソリン代等)
小計94,500円
健康保険8,423円協会けんぽ
厚生年金4,697円
源泉所得税4,810
雇用保険830円
小計18,760円
①+②合計110,960円
残高50,040円

更に冬に暖房費追加

灯油10,000円10月3月
合計120,960円(39,040円)黒字
1年後の貯蓄額

アニメの中では、由乃ほとんどお金に困った話は出てきていないので、順調に行けば1年後には50万円近く貯金できているはず(帰省込みで)

もしも、木春由乃格安スマホ(Freetelあたり)を使っていれば、携帯料金は月2500円程度だとして、114,000円節約。60万円近く貯金できる(帰省込みで)

他のメンバー収入は?

月収17~20万円 ボーナスあり(1か月*年2回)

月収10万円~30万円 ボーナスなし
月収0円(無職組)
月収17万円 ボーナスなし
今後の展開の妄想

-

おまけ


ウワっ、、私の年収低すぎ・・・

よしのちゃん、だんないよ〜 

アニメーターの人や、まちおこしで、タダ働きさせられている人に比べれば だんないよ


(追記)2017-08-18 19:28


(追記)2017-08-19 14:37

(追記)2017-08-22 8:50

実際に、地方創生コンサルNPO組織地域おこし協力隊では、学生社会人わず無給の労働や、低賃金労働問題になっています

人材使い捨て問題や、意図的成功事例の話を盛っていたりするので、各地の地方創生の実績は常に疑って見たほうがよさそう

中には、著名な大学教授や、公職地域活性化伝道師などの役職等についている場合もあるので、相当な注意が必要という印象

2017-08-12

変な学歴社会学歴偏重日本ダメにしている。

変な学歴社会学歴偏重日本ダメにしている。

<現状>

1.戦後日本経済発展を続け(高度経済成長)、高等学校進学は当たり前となり、さらに上位の

  高等学修機関大学短期大学専門学校等)への進学率も上昇してきた。

2.上述の高度経済成長の最終期であったバブル景気崩壊)までの約20年間(1972年~92年)

  は、女性社会進出の影響もあり、女性の進学率は上昇傾向にあったが、全体としては30%

  台で推移してきた。(それ以上は上昇しない20年だった)

  http://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/

  http://www.garbagenews.net/archives/2014387.html

3.バブル崩壊の影響が出始めた1993年以降、進学率は急速に上昇し続け、2000年代中期に

  は50%を超えた。(大学進学率も2009年に50%を超えた)

4.一方で、少子化の勢いは加速する中で、主に私立大学が急激に増加しており、上述の進学率の

  上昇とも相まって、近年では大学進学が当たり前という風潮が生まれた。

5.しかし、これも上述のように長引く不況非正規労働者の増加といった雇用環境の変化により、

  親の教育費への負担感は一層増大し、奨学金の乱立により、貧困状態に陥る学生が増加する

  という社会問題も出てきている。

6.また、日本大学は、「入学しにくいが卒業はしやすい」、「唯一学生らしく遊べる時期が大学生

  時代」という独特な文化もあり、企業就職面接においても、本業であったはずの学んだ事や

  研究してきた事は重視せず、「部活動リーダーを務めた」、「ボランティア活動をやった」など

  という学問とは関係ない事を重視する傾向がある。

7.上述の大学進学率の上昇の原因をしっかりと研究した者は少なく、ネット上にも諸説あるが、

  バブル崩壊後の長い不況雇用環境の変化(失われた20年)により、それまでは高等学校卒業

  で就職していた層が、「大学卒業」という資格を得るためだけに大学に進学するようになったと

  考える事ができる。

8.大学数が増加し、いわゆるフリーパス入学できる大学(Fランク語源)が増加した事も背景

  にある。

9.企業においては、採用時にも、採用後にも、学生時代学習してきた事を活かそうというシステム

  になっておらず、新入社員研修でその会社の社風に合致した人材の育成を開始する。詳細な業務

  ついては配属先に丸投げという文化が定着している。

提言

1.仕事を創出している企業経営者人事部門などの採用する側の意識から学歴に対する昔の

  イメージをなくし、高等学校卒業者、短大専門学校卒業者、大学卒業者を、それぞれの年代

  ごとに、何を学んできて、どういった成績だったのか、しっかり確認する。

2.「リーダーシップがある」、「コミュニケーション能力がある」、「ストレスに強い」などと

  いった、いわゆる人間力判断する事をやめる。

  (なぜなら、それは採用時には測定不可能から

3.上記にも言える事だが、人事は「思考停止」してはならない。そして、真の意味多様性を求

  めるべきである。即ち、高等学校卒業者、短大専門学校卒業者、大学卒業者、ひいては大学

  院卒業者も含めて、必ず一定数は採用するように努める。

  そして、新卒者に限らず、既卒者も希望によっては、新卒と同等の扱いをする事を可能とする。

  これは給与なども含めて全ての面で、という意味である

2017-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20170808175530

ウチの弟はストレート最高学府出て一流企業に入り結婚子持ち 運動神経もそこそこいい

そんな奴でも90点以上取らないといけない自動車免許の筆記2回も88点で落ちてたよ

一方ふらふら短大出の姉、運動神経人並みは筆記も実技も一発合格だけど物忘れとボケ酷くて夫にADHDとか言われてるので

元気出せ&関係ないと思う

2017-08-07

https://anond.hatelabo.jp/20170807163425

増田何歳なんだ?

私の母親@70オーバーは、短大でて大手保険会社事務員やってたらしいけど、

その給料じゃとてもじゃないが自活出来るもんじゃなかったらしいけど。

母は東京で自宅があったからよかっただけで結局23お見合いして結婚したさ。

2017-08-03

https://anond.hatelabo.jp/20170802221409

うちの母親現在還暦越え)で、

26歳で第1子産んでるけど、

当時の感覚では結構遅い方だったそうな

短大出て商社入って1,2年で結婚みたいな世の中だったそーな

母親愛嬌があって可愛いタイプなので多分普通にモテたはず

(今も友達めちゃ多くて家族内圧倒的随一のリア充

しかし、陽キャ寄りの母は3人姉妹の真ん中だし、

次に陽キャなのは弟で3人の真ん中だし、

長男一人っ子の父と、長女ワイは陰キャだし、

やっぱ真ん中っこって要領いいんだろうなっていう

末っ子は堅実だけどちょっとワガママです(未婚)

2017-07-27

例のAさんって若くないよね?

結構勘違いしてる人いるような気がするけど、Aさんって短大卒業したての20歳くらい、とかではないよね?

どっかに『大学でて、その後アルバイトしたりしてお金貯めたあとに、看護学校入学して今年卒業』って見た気がするけど、てことは20代後半とかでしょ?

(そして失礼だと思うけど、見るからに老けて見えた、20歳よりも)

というのも、なぜ彼女擁護する声が多いのかが不思議なんだけど(もちろんN氏も擁護する気はないけど)、

高校生出たてくらいの、社会がよくわからないような年齢(=子供)の娘、対大人が犯したミスなら、

まあわかんないよな…

子供だもん感情で突っ走ることもあるよな…

大人の方がしっかりしろよ!

みたいな気持ちになるけどさ、

二人ともだいぶいい大人なわけじゃん…?

判断能力を持たなければならない、いい大人が犯したミスなんだからふたり平等に拭っていくべきだと思うんだけど、どうして女性の方が擁護されてるの……?

それなりに知名度があるN氏だから、みんな妬いてるの?そんな感じ?

二人ともたくさん間違えたし、いろんなものを失ったんだよ。

片方が負いきれる責任じゃないんだし、実際のところ二人は出会ってはいけなかったんだろうけど、もう終わってしまって取り返しはつかないし、二人がこれからそれぞれに等しく後片付けしていくのが大人として、そしてこの世をもう一度生きていくための使命だと思う。

ブラック化の最大のリスク疲弊による「文明社会のものの突然死」

ブラック化が指摘されている業界が、遊園地ブランド品の店舗のようなどうでもいいものではなく、国民日常社会を成り立たせるるうえで必要不可欠なものばかりなのが気になる。だって鉄道なければ人が都市に住めなくなるし、銀行がだめじゃ大金管理が大変になる。

地元駅前いくらでもあるスーパーマーケットのうち1店舗レジ打ちを用意できなくなって休業しても誰も困らないが、警察署警察官を失えば、学生自転車の修理をする人間がいなくなれば、社会人オートバイ自動車を整備する人がいなくなれば、それだけで現代人の生活にかなり支障が出ると思う。

ブラック化が炎上しまくっている最大の原因は、昔のように閉鎖的だからではなく、むしろ逆。社会があまりに厳格過ぎて、その割に理想現実乖離しているため、誰もが不満を許せなくなっているということである。つまり適切な解決方法は、「社会にゆとり」を構築するしかない。

かつては退屈そうに本当に客を運ぶだけだった鉄道が、今はぜいたく品販売でもなんでもやってくれるし、私鉄の駅では旅行代理店業務もある。便利にはなったが、客層の質は昔と変わらず、不満要素もそのままならそりゃあ誰も使わなくなる。

そんな社会現実を魅力に思う人はどこにもいないわけで、たまに運よく鉄道好きな人がいても、年齢や身分に見合わないくらい張りきれる者(前者)ではなく、耐えがたきを耐えて村八分になるまで地元にしがみつく後者でもないなら、末期のソビエト東ドイツみたいな勢いの環境についてこれなくなる。

彼らがそのペースについてこれなければ、ただでさえ仕事を背負いながら子育てだってやらなければいけない大人たちもストレスをぶつけ、暴力まみれになるだろう。そうするとどちらも疲弊することになる。それで、消える。誰かが消えると増えたストレスの量を残ったメンツが背負う。これが繰り返されると、最終的には鉄道商売のもの疲弊するんじゃないか。膨大な収入をいっぺんに稼げる会社もけっきょくは公共交通なのでどこかで不満が爆発して潰されてしまう。自分よりもずっと貧しい客層に「邪魔だ!」と言われながらも観光列車にのるお得意様やオタクももちろん潰れる。そういう風な突然死が今後各地で起きる気がする。

景気が特別よくなってないのに公務員希望者が企業に流れているのは、試験ではねられるわけではなく、職場の現状に耐えられないからだろう。エリート大学からエリート公務員を目指す人に貧乏出身者が多いのも同じことだろうし、若者が娯楽を離れていること、大都会社会人二輪車自転車日用品として持っている理由も同じかと。

ブラック問題キモは、つまりそういう社会空間機能不全にあって、仕組みが成り立たなければやがては産業のものが突然死する(どこかの先進国専門学校がある日突然、若者専門学校離れなどをきっかけに、ある学校は潰れ、ある学校大学になったように)。運よくどんな理想的な現状であっても、この論理のままでは行き着く先は死だ。

専門学校はまだいい。なくても世の中成り立つから大学短大代用できるし、学費大学のほうが安いから。でも、この構造問題がもし出版業界で起きたら誰が作家の面倒を見るの?もしある日突然どこかの街の公共交通破綻したら、市民生活はどうなるのか。

ブラック社会の最大のリスク疲弊による「文明社会のものの突然死」。改めて多くの人が認識してほしい。公共に大きな影響を与えている仕事であれば、官業でもサービス業でも関係なく、一律に現状改善のための策を講ずるのが政治役割だと思うのだが、何もしてなくね?

あるとすれば決まりを変えるというやり方だ。これから知的障碍者精神障碍者でも公務員になれる流れだという。地方公務員はすでに身体障碍者採用が進んでいる。このままいけばいずれは学歴中小企業に入れるくらいのスキルがなくても「ブラック企業レベル雇用環境で」公務員として働けるようになるんじゃないか。人を選ばないなら誰でもできるようにすれば本当にいいのか?

そんなことをすれば、あらゆる人を選ばない職場機能不全に陥るだけではないかと思う。最近相次いでいるベストセラー書籍電波化は、売れっ子でありながら出版社にその利益還元されていないことが指摘されている。ブラック系の出版社から世間で時をきらめく有名人ドル箱作品が世に出たのだよ。

このままいけば、高卒以上の日本人かつ筆記試験面接に受かるだけでエスブリシュメントになれるようになって、街のそこら中で役人タメ口市民に応対する事件が頻発するようになるだろうし、現役の役人サイコ野郎横領とかやりまくって自治体のものを潰すことだってありえる。これじゃあ、まずいよ。

そうするとまともな人は支配層になることがバカバカしくなってしまう。バカバカしすぎてエリート層が民間に流れてしまう。あらゆるセクター同時多発的にそうなって、文明全体の質が一気に低下し、以前は考えられなかったトンデモ事件が頻発し、文明社会が突然死することは絵空事ではないだろうね。

2017-07-25

母を亡くした話

先月、母が亡くなった。

母を亡くしてからとても寂しくて時々私も死にたくなる。

早く死んでしまいたい。

私には父がいない。いないというより、いるにはいるが私が生まれる頃から別々に暮らしていて、あまり面識がない。あまり会ったことのない人を父親だと思えないので、父がいないということにしている。

から、私の家族は母と姉の2人だ。

私は昔から内弁慶で外では大人しく良い子のように振る舞うのに家ではワガママ自己中だ。母には何度もワガママを言った。母が私を生んだ歳は初老に近い歳と言ってもいいと思う。その為、私が小学生に上がる頃には母は子育てだけではなく、更年期とも戦っていた。更年期で気分の下がる中、私のワガママはうっとおしかっただろう。更に気分の下がった母はよく、「死ぬ」ということを口にしていた。その母の口癖がうつったのか、中学に上がる前には「死にたい」とよく言う子供になっていた。

小学校高学年のとき、私はいじめにあった。今思うと、いじめではないのかもしれない。ただ、「からかい」の延長線なのかもしれない。クラス男の子から見た目のことをよくからかわれ、それが嫌で嫌でたまらなく、自殺をした。「死ぬ」という言葉が身近だったからつらいことがあれば死ねばいいのだと思った。でも自殺は失敗した。遺書まで書いたのに、首を吊ろうとしたロープは途中で千切れ、ただ首に痣を残しただけだった。死ねなかったことがあまりにも惨めで寂しく感じ、母に、男子いじめられてること、自殺しようとしたことを伝えたら母は泣いた。「気付いてあげられなくてごめんね」と言いながら泣いた。なんだか余計に自分が惨めだと感じた。

中学の頃もいじめられた。これももしかしたらいじめられてはないのかもしれない。ただ、私は人付き合いが苦手で上手くクラスの子と話せず、完全にクラスで浮いてた。親友だった子は他の子といっぱい喋っていた。親友を取られたように感じた。

私は被害妄想が激しい方なのでもしかしたらそれは妄想かもしれない。でも、私を菌扱いしてる男子いたことは事実だし妄想じゃないことははっきりしている。

この時も死にたくなった。でももう失敗はしたくないし、あんな惨めな思いはしたくなくて、なんとか学校に行って生きてた。

学校から帰ってきて、家の庭で何度も泣いた。家の中で泣いたらいじめられてることが母や姉にバレるから。なぜか家族にバレたくなかった。理由はよく覚えてないけど、とにかくバレたくなかった。

でも精神不安定から家の中で横暴な態度を取り続け、母に当たっていた。何かを察した母は「またいじめられたの?」と聞いてきた。私が母に当たる度に母はそれを聞いてきた。私はそれに腹がたって更に母に強く当たった。

そんなことが続いて、ある日母と大げんかをした。私は何かを言った。言った内容は覚えてないけど、何か、母をとても傷付けることを言った。それを聞いて母は私に「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言った。私は泣いた。産まなきゃ良かったと言われたことではなく、母にそんなことを言わせてしまったことに泣いた。私があの時母に言った言葉は覚えていないが、私が母に「産まなきゃ良かった」と言わせるような、誘導するような言葉を言った気がする。私は母をすごく傷つけただろう。

私が高校にあがり、しばらく経った時、母は癌になった。家族でいっぱい泣いた。みんなで頑張ろうと言いながら泣いた。

何度か入退院を繰り返し、発症から約1年後、母は頑張って癌を治した。

それで安心したのも束の間、私が高校卒業する頃には母の癌が再発した。脳腫瘍だった。

私は高校卒業した後、短大に通うために少し遠くで一人暮らしをした。母が再び闘病する姿は近くでは見ていない。姉や母がたまにかけてくる電話で母の様子を知っていた。

私が短大卒業し、地元に戻って来る頃、二度目の闘病を母は乗り越えた。

でも、後遺症は残っていた。

身体の左半分は思うように動かないし、少し認知症のような感じの言動も見られた。

母の闘病を間近で見ていない私は認知症のように幼児退行した言動を時々起こしたり、理不尽なことを言う母を自分の母と思えなかった。

別人のように感じた。

どうしても受け入れられず、また、キツく当たってしまった。

最低だ。恥ずかしい。そんな思いはあったが、気付くとキツく当たっていた。本当にバカだと思う。

私がバカから、母はとても辛かっただろう。

母の脳腫瘍はまた再発したのだ。

もうこれで三度目の闘病だ。担当医は「もうダメだ」というようなことを言った。

そのことは母には伝えなかった。だからなのかわからないが、母は、担当医が予想するよりも長く生きた。最後の方は意識ほとんどなかったがそれでも生きていた。

それでも私はバカから母との残された時間大事にしていなかった。

母が死んだのは朝方だった。病院は家から車で1時間ほどかかるところにある。寝起きの姉と私は母の最後に間に合わず、看取ることができなかった。私達が病室に着いた時、母はもう冷たかった。

「なんで私達のことを待ってくれなかったんだろう」そう思ったとき、母の「あんたなんか産まなきゃ良かった」という声が頭の中に響いた。

姉は献身的に母のことを見てたが、私は違う。バカから母を沢山傷付けたし、悲しませた。

しかしたら母は死に際に私の顔なんて見たくなかったのかもしれない。

通夜葬式で沢山泣いた。

一番泣いたのは火葬場で母を焼くときだ。声をあげて泣いた。

周りの、親戚や母の知り合いはそんな私のことを慰めた。

「お母さんはあんたたちのような娘がいて幸せだっただろう」

ありがたい言葉だ。でも、そんなの他人の予想でしかない。母の本心はわからない。私にあんなに傷付けられ、本当に幸せだったのだろうか。自分が授けた命を無駄にしようとし、酷い言葉を投げるような娘など本当は大嫌いなのかもしれない。

だって、「あんたなんか産まなきゃ良かった」と言わせてしまった。

母の本心が知りたい。

私はバカからまた、母を傷付けるようなことを口にしてしまう。死にたい

また命を無駄にしたいと思っている。

でも痛いのや苦しいのは嫌だから楽をして死にたい

今夜眠りに着いたら明日の朝、目が覚めなければいいのにと思う。

死んで、母に会いたい。母に会って母に謝りたい。沢山傷付けた分、沢山沢山謝りたい。

そして母の本心を知りたい。私のことを許さなくてもいい。私のことが嫌いなら罵倒されたって構わない。「あんたなんか産まなきゃ良かった」ともう一度言ってくれたっていい。なんで私達を待たずに死んでしまったのか聞きたい。

母の本心を聞いたら私のこの不安定気持ちは落ち着く気がする。早く死にたいという漠然とした不安も無くなる気がする。

さっさと死んで、母に会いたい。

明日の朝、目が覚めなきゃいいのに。

2017-06-19

ゴミ捨て女子エロい

早朝にウォーキングをしていると、パジャマすっぴんで髪の毛もままならないような女子ゴミ捨てに出てくる。

これが絶妙エロい

流石にノーブラということはないのだけど、だぼっとしたパジャマから動く度にボディラインが浮かび上がる様がなんとも言えずに良い。

すっぴんの顔を隠すでもなく見られないようにするちょっと仕草もなんとも言えずに良い。

恥じらいをなくした中年はきつい。醜さは外見だけの問題ではない事を思い知らされるばかりだ。

住宅街もいいのだが短大女子寮付近も良い。

すでにしっかりと身なりを整えているのに手にはゴミ袋をもっている姿もまた良い。

ごみ捨て女子。早朝ウォーキングはまだまだやめられそうにない。

2017-06-14

私は忍耐がないだけなのか

自分は、今年25歳になる女である

仕事が続かなくてつらい。

今回は転職3回目、4ヶ月目に入ったところだが、数日休んでしまっている。

(電話で欠勤連絡はしている)

また、急にだめになった。仕事休みの日に友人とご飯を食べに行った。そして帰宅し、いつも通り仕事の用意をして寝るだけだった。でも、できなかった。

行きたくない、どうしても行けない!」

と大声を出して泣いてしまった。いい年した大人なのに情けない。

実家暮らしなので母が、「誰だって仕事行きたくないよ」と言う。私だってわかっている。わかっているのに、この気持ちが止まらなかった。

やめろ私! やめろ私! 情けないぞ! と内なる自分が言うのだが、止まらない。

実はこういうのは初めてではなく、過去に何回も起こっている。

冒頭に、また、急にだめになった。とあるように、前の仕事でもそうだった。そして前の前も。

一種衝動性を孕んだ感情制御不能になり、暴走してしまうと、もうだめだった。

この日は一睡もできず、家族が寝静まった後落ち着かなく家の中をウロウロして過ごした。多量の薬(風邪薬や胃薬、鎮痛剤のたぐい)とにらめっこして、多量に服用して(いわゆるOD)少しだけ楽になろうと思ったり、2階のベランダから落ちてみようと思ったりした。小期間失踪するのはどうかとも思ってみた。

見てわかるように、私は死にたいとは思っていない。全く死にたくないし、まだ生きていたい。でも、逃げたかったし、消えたかった。

夜は人を不安にする。色々なことを考えてしまう。薬とにらめっこし、どうしよう、どうしようと考えていたら、寝室で寝ている母の顔が浮かんだ。短大時代、これ以上に追い詰められ精神安定剤を多量服したことがある。そして、救急搬送され、母に迷惑をかけた。前みたいなことはあってはならない、いい年なんだからしっかりしないといけない。そう思い自室へ戻り朝を待った。

やはり一睡もできなかったし、気分の落ち込みとやる気のなさ、自己嫌悪感がやばかったので仕事場電話をして、当日欠勤した。人手不足なのに申し訳ないが、とてもじゃないが仕事できそうになかった。

その日の午前中に、かかりつけの内科医院に行って「しんどい」と伝えると泣いてしまった。

女医さんなのだが、すごく優しい先生で、少し休んだ方がいいと言ってくれた?「うちの息子は鬱になってひどい状態になった」と笑顔で話してくれた。

心療内科にかかっていた話をしたら、少しの精神安定剤と、診断書と、別の心療内科への紹介状を書いてくれた。

そのことを職場に伝えると、とりあえず19日まで休んでいいよと言ってもらえた。

心療内科へは、明日行ってきます

でも、心療内科に行くのは少し怖い。

高校の時にインターネット性的誹謗中傷を受けてから、私はおかしくなった。もともとおかしかったのかもしれないが、この件があるまでは、なんとか普通を保っていたはずだ。

食事の味がしなくなったり、実際の被害+被害妄想が強くなったり、自傷行為に走るようになってしまった。

そこから心療内科スクールカウンセラーにかかり、

社会不安障害パニック障害適応障害など病名がついてしまった。

通院するのは苦じゃなかったが、薬を飲むのは嫌だった。怠薬したり、まとめて服用したりもしてしまった。

通院を続けていると、統合失調症になりかけているかもしれないと言われ、怖くなり通院を辞めた。薬も服用しなくなった。

でも、大丈夫だった。幻聴なんかは聞こえないし、多分聞こえたこともない。

人の目が気になったり、人が自分のことを悪く思っているのでは、と感じてしまうことくらいしかなかったし、それでしんどくなる日もあったりなかったりで、段々普通生活を送れるようになった。

結局のところ、自分が本当に病気なのかわからないし、ただ忍耐がないだけじゃないのかとも思った。

鬱なんかでは絶対にないと思うし。

(鬱の方は私なんか以上に苦しんでおられるだろうし、申し訳ない)

そして短大を1年留年(留年した理由精神的に疲れてしまい)したが卒業し、新卒として就職した。

新卒から就職していたところでは、自分自身が馴染めず5ヶ月目で異動となった。そこから約1年後に、お局からいじめに負け退職してしまった。

そして次に就職したところも1ヶ月で退職し、今に至る。

どうしてこう、うまく行かないのか。とりあえず、NARUTOでも読み明日を待つ。

2017-06-09

増田の話、単に今がトップにある売り手市場からっていうだけの話

http://anond.hatelabo.jp/20170609081119

今はぶっちゃけ高専だろうが短大卒だろうがまともにキャリア積み上げてれば

誰でも就職できるんだよ

高専奨学金でなんとか高学歴?になって、感じた・思ったこととか

社会人3年目が終わったので、どうやってここまで来たのか書いてみることにする


一応ほぼ自分の金? で高等教育?の高専大学大学院までは卒業したので

金がなくて大学とかどうしよって思っている人とか

金がなくて子供学校にやれねーなと思っている親とかが見てくれればと思う



まず最初自分の家庭環境とか進学時の経済状況とかだけど

中学高校を選ぶときにまず、私立にはとてもじゃないけどやれないと言われた

まあ兄弟が5人いてその長男から仕方ない感じはあった

よくもまあこのご時世に5人も作ったって話ではあるんだけど

で進学先は公立国立しか選べんかった

国立高校近畿の某大都市までいかないとなかったし

公立高校県内だと最高70くらいの偏差値場所しかなかったか

対して偏差値も変わらなくてお得な工業高等専門学校とやらに行くことにした

からしたら早く働いて欲しかったみたいだからそこを進められたってのはあったんだろうけど


この『高等専門学校』略して『高専』は工業高校短大を組み合わせた?みたいな感じの学校

だいたい全国の都道府県には1つづつ(ないとこやいっぱいあるとこもある)あって

基本的工学系の学科電気電子機械情報建築物質化学なんて種類がある

五年間勉強して、そっから就職か進学することになる


卒業できれば工業高校とか工学部と同じくらいに就職はしやす

どのくらいしやすいかて言えば面接一回で受けた次の日に内定が決まるとか

学生一人あたりへの求人件数が30~100倍とかそんな感じ

基本的大企業(メーカインフラ)の現場職として就職する

でこれが就職の話で次に進学の話



高専からの進学は基本的国立大学工学部への3年次編入になる

難易度的には普通にセンター試験?(私は受けたことがないのでわからない)で入るよりも簡単らしい

それと高専学費自体普通高校よりも高いんだけど

大学4年間と高専の4・5年+大学3・4年だと高専大学の方が安くなる

高校大学高専大学でみても後者の方が安い

(具体的な額とかはだんだん変わるだろうから調べてください)

あと高専には専攻科っていうのがあって

高専+2年間、高専勉強することで大学相当資格を貰える

ぶっちゃけ難易度お金の面で言えば専攻科+大学院の方が簡単で安い

ただ、人や金の面で言えばあんまり専攻科はお勧めはしない

しょぼい国立大学でも専攻科よりはましだと思うので




で、高専5年間で感じたことを書いていきます

まず自分には工学自分で選んだ学科がクソほどつまらなかった

交流とか電磁気とかやるわけなんだけど

とにかくつまらん、数学もつまらない

歴史とか語学講義もないことはないんだけど

高専カリキュラムではそういう講義二の次三の次

ぶっちゃけ中学の時点で道を狭めたことは後悔したし

そもそもあってないことを続けるというのはかなりの苦痛だった

もし高専に進もうとか考えている中学生とか

高専に行かせようとか考えている親御さんがいらっしゃるのなら

この先40年近くそういうことと付き合うことになるということを考えてから進学して欲しい


とにかくつまらんかった

高専先生が良く言うのが君たちは技術者になるんだっていうこと

この技術者ってのが私にはすごくつまらなく聞こえた

高専を出て、キャリアを積むこともできずにこのままつまらない技術者になるのは嫌だった

(技術者の人には申し訳ありません)

かといって研究者になろうとか起業しようとかそういう考えがあったわけじゃないけどとりあえず進学することにした






さっき高専大学はお得っていいました

でも、親は当然大学お金なんてだしてくれません

それどころか高専4・5年のお金自分でなんとかしろって言われました

さて学生の私はどんな手を使ってお金を集めればよいのか?

から金がでない場合

奨学金

授業料免除

アルバイト

この辺が妥当だと思う

ということで奨学金を借りてアルバイトして授業料免除申請しま

これが割と辛い

まず肉体労働して勉強するのは想像以上に辛い

夜中のバイト生活リズムが崩れて講義中辛いし

割のいい肉体労働(引越し配達仕訳)なんかは肉体的に辛い

勉強面では

授業料免除しようとおもったらまあクラス5番以内には入っておきたい

奨学金一種(利子無し)を貰おうとすると10番以内には入っておきたい

さて、肉体労働も頑張って、成績でも頑張って

自分に残るのは?

奨学金で膨らんだ借金だけです

親にははよ働いて欲しいといわれて

いくらバイトしても金は残んなくて

周りのみんなはバイト代バイク買ったり

スキーやらスノボに行き初めます

マジで辛い

私も車の免許みんなと合宿で取りに行きたかったし

バススノボに行きたかった

でけえバイクにも乗りたかった

携帯も新しくしたかった

なのに残るのは借金いくら万円なわけです

とういことで自分の金で大学に行くというのは中々辛い

高専からルートなので高校からルートよりは楽だと思いますがいやあ辛かった

なのでもし自分の金で大学に行きたい人とか

金がないのに大学に行かせたい親とかがいたら

まあ覚悟して頑張って下さい

さて、ここまでは高専の話です

次は大学編入のお話です

高専から大学編入は正直私には難しくありませんでした

自分で金を稼いで高専に行っていた二年間の間の勉強で十分大学には入れました

ちなみに基本的大学編入は3年次編入なのですが

某T大学とK大学高専生には『教養』が足りないとうことなので

2年次編入になります

自分は2年次は嫌だったので別の大学しましたが

あと、高専生が良く行く大学技術科学大学があります

愛知県豊橋新潟県長岡にあるのですが

この二つの大学高専時代の席次が3番以内だと入学料・授業料全額免除特待生になれる可能性があります

自分も割と迷って結局いきませんでしたが、お金に困っている場合はかなりアリな選択だと思います

ちなみに編入試験は国立大学でも試験日程さえ被らなければいくらでも併願可能です

そのため、ぶっちゃけ余程勉強していないような同級生でも

国立大学バンバン編入していたので国立大に入りたいだけなら高専コスパがいいと言えると思います

普通高校からだと大学受験時に予備校や塾に行くのが普通だと聞いているので

そういう場所に全く行かない高専生は大学に行かしたい親から見れば凄くお得な教育機関だと言えます




では晴れて、高専かい監獄を抜け出して

工学部とは言えなんとか歴史ある国立総合大学様に編入できたわけですが

まあ工学部隔離されてましたので

はいねえし、高専生を少しお上品にしたみたいなやつらでいっぱいでした

サークルってやつにも3年生ながらに参加させて貰って楽しかった

ただ、高専とは別の意味で色々辛いことがありました


まず研究室です

理系学部の人はだいたい4年次、早ければ3年次に研究室に入ることになります

研究室によって辛さは変わります

まあ電気とか機械とかこの辺はだいたい辛いです

就職のしやすさと研究室の辛さはだいたい比例です

とにかくコアタイムとか辛いし

週報とか辛いし

実験はつらいし

論文はつらいし

学会とかつらいし

講義でて、バイトして、研究して、なんとかサークルして・・・

からだがいくつあっても足りません

正直就職したら楽になったって人の方が多いです

なんで自分金工面して理系でやっていくというのはマジのマジで辛いと思います

(文系とか工学系以外はやったことないので比べようがないですけど)




次に世界の違いです

高専はまあ偏差値自体はそれほど低くもないのでいうほどアレな人はいません

私は高専の中でも割と貧乏でしたが、高専の連中とは割と話とかは合いました

しかし、まあ大学で会う多くの連中は『違う』気がしました

そりゃあ私と同じく奨学金を借りて、授業料免除を受けて大学に通ってるやつもいます

でも大多数の人間基本的に割と裕福な人が多いです

そして努力もするし、自分投資しま

なぜなら彼らはそれが帰ってくることを知っているからです

それが価値あることだと思い知っているからです

私の地元中学同級生には彼らのように勉学にお金努力を賭ける人はあまりいません

そんなことするくらいならヴェルファイアでも買っていると思います

私の地元同級生と何が違うのか

なんで、頭のいい大学生がそういう風な考え方でやっていけるのか考えれば

やっぱり親とか友達とか周りの皆がそのように考えて

彼らがやったことを褒めて価値を認めるからだと思います

そんな下地がある上に個人個人能力も高いのです

から私はすごく視点が違う場所に来たと感じました

そして、私はそれを凄く羨ましいと感じました

それで自分と彼らを比べてスゴク辛くなってきます

私もそんな環境ならもっと上にいけたんじゃないかとか情けないことを考えてしまます

彼らは普通のことをやっているだけなのに環境や考えの違いを思い知らされます

彼らは私と普通に接しで普通に喋っているだけなのに

その結果、家賃携帯代を学費を食費を『自分時間』を払っていることにやるせさなや怒りを感じて

まあ中々辛いです

色々思い知らされて

そんなこんなで大学卒業しました

それでまあ工学自体は嫌いでしたが結局大学院までいくことになりました






大学院までいくころにはもう親はあんまり何も言わなくなりました

からすれば大学院なんてもう聞いたこともないような世界だとかなんとか

自分の金で行ってるんだから勝手しろとのことでした

さて、大学院基本的研究をする場所です

高専のころに言われた『技術者から離れて

技術者の『マネージャー』とか『研究者』になることが現実的になってきます

また、学会海外に行ったり

海外雑誌論文投稿して自分名前を載せることができたり

ついに勉強してきたことと実際の世界がしっかりとリンクしていることを感じることができます

やっとこさ高専のころのクソ詰まんなかった電磁気イオンの動きやなんやかんやがついに意味を帯びてきます

まあつまんないことに変わりはなかったんですけども

ただ大学院研究成果は奨学金免除に直接影響しま

英語論文2本出しとけば修士の分の奨学金は全額免除くらいは行けるでしょう

なんで貧乏場合は割と大学院は楽です

研究成果も出しやすくなっていますので

ただ、研究自体さらにきつくなります

正直、バイトよりも奨学金借りるだけ借りて研究して

免除を狙った方がコスパがいい気がしま

就活です

正直言って、工学部なら就活は余裕です

工学部には学校推薦制度があってかなりの確率内々定を貰うことができます

大手でも推薦一本でも十分行けます

ただ、私は工学あんま好きじゃなかったので自由でいろんな企業を受けてたら

夜行バス学割在来線を使っても交通費10マンくらいかかってしまいました

あとスーツとかカバンとか靴とか色々高いです

ただなんだかんだ言って高いモノかっても安いモノかっても就活には影響しないのかなという感じです

私は某巨大スーパースーツに某ブラックで有名なチェーンのシャツニット帽で有名なチェーンのネクタイとかで

就活してましたがなんだかんだ大手5社くらいから早々に内定者はもらえました

でまああとは研究頑張って修論書いて終わりです

修論は無茶クソ辛いです

就活の百倍辛かった



こんな感じですね

就職してから三年たってやっとこさ奨学金を返し切りました

だいたいアクアが二台くらいですかね?

そのくらいの金額でした

やっとこさ同期のみんなと同じスタート地点に立った感じです

高専の同期は結婚したり、でかい車かったり、下手をすれば家を建ててます

大学大学院の4年間と奨学金を返し切る3年間で高専の同期とどれだけの差が開いてしまったのか

大学院の同期に三年間でどれだけおいて行かれてしまったのかわかりません

でも高専から現場技術者になってもそもそもなにか違うという考えがずっとよぎっていたのではと感じます

原チャ廊下を走り回っている中学ちょっと頭のいい高専、頭のいい大学とたどってきたおかげで

いろんなことを考えることができたと思います

学歴がなくても生きていけますけど学歴がないと見えない世界もあります

逆に学歴があると見えなくなる世界

からもし、貧乏だけど大学にいくとか、今勉強してることがなにか違うと感じてるとか

そういう人に見てもらえればと思って書きました

2017-06-06

母がしんどいみたいな話

毒親ディスるバズると聞いたので、くだらない承認欲求のために親を売ります

私は大学四年生

一般的にはやや高学歴大学に通っています

就活は進捗ダメです

母は専業主婦

田舎の裕福な家で箱入り娘として育てられ、短大卒業後、親のコネ就職

3年くらいで父親社内結婚寿退社

すぐに妊娠出産

という、日本女性ロールモデル典型のような人生を送っています

母は過保護干渉なきらいはあるものの、ここまで私を精一杯育ててくれたと思っています

ただ、どうにかしてほしいのは、宗教に入れ込んでいる点です

一応カルトとかではなくお金を騙し取られたりとかはありませんが、時間精神支配されているように見えます

母は、毎日座談会やら講演会やらの勧誘のためにお宅訪問したり電話したりと大忙しです

そしてもちろんですが、家族の私にも勧誘の手は迫ります

家でテレビを見ているとき、ご飯を食べているとき勉強しているとき。母は隙を伺って座談会やら講演会やらを勧誘しま

ねえねえ、座談会があるんだけど…

増田にもタメになると思うから

お母さんも若いとき助けてもらったのよ

洋服でも買ってあげるから

親孝行だと思って、ね?

何よその態度、可愛くないわね!

そんなんだと社会人としてやっていけないわよ!

増田、何でお母さんの言うこと聞いてくれないの?

お母さんのこと、嫌い?

母は、あの手この手を使って勧誘してきます

時には、私の人格否定のようになることも少なくありません

私自身も、どうしてそこまで母の勧誘に応じたくないのか今一つはっきりしないのですが、娘の私を必死勧誘する母親嫌悪感があります

父も、母の宗教否定的ではあるものの、自分を巻き込まない範囲では許しています

私も、同じスタンスでいたいのですが、母は母という立場行使して、私を支配しようとしま

また、私も、娘である以上、母を傷つけたくない、母に嫌われたくないという思いもあり、強く否定もできません

おそらく私の自立のためには、一度母にマジギレでもして、強制的に親離れ子離れするのが良いんだと思いますが、私が母を拒否たらこの人どうなっちゃうんだろう…なんて思ってしまます

まあたぶん別に思ってるほどダメージないだろうけど

ブチギレるのは良心が痛むので、就職を気に家を出て母と物理的に距離を置こうと画策しています

書きながら心を整理してて思いましたが、宗教ってのはきっかけに過ぎなくて、問題は親からの自立ですね

遅れてきた反抗期かな

さっさと母親との共依存状態から抜け出して大人になろう

2017-05-19

これからどうしよう

短大はなんとか卒業したものの思った通りの就職先がなく、今は精肉卸で配送ドライバーをしている。

堅苦しいルールもなく女性は珍しいからと重宝されてはいるけど、まわりはおじさんばかりで楽しいことは一つもない。

給料いいわけでもないけど仕事がつらいわけでもなく何となく辞める理由も続ける理由もない毎日を送っている。

飲食店開店前に配達しなければならないから、朝の6時前には積み込みを終わらせて軽トラを走らせる。

会社のすぐ近くにあるしばらく続く桜並木は毎朝の配達ルートで、ランナー散歩をする人ばかりでこの時間から仕事をしているのなんてわたしくらいのものだ。

そんな中で、先月のはじめころに彼を見つけた。

中肉中背、とくべつ顔が良いというわけではないけど、要するに一目惚れだった。

姿勢が良かったとか、父親ちょっと似てたとか、朝の木漏れ日に走る姿が素敵だったとかそれくらいの理由だ。

退屈な毎日の繰り返しに、何かしらの刺激をもとめていたのかもしれない。

彼はこの道を往復しているらしく、正面からかい合うときも後ろから追い越すこともあった。

車道歩道の境目もないような狭い道なので、わたしも気を遣って走ってはいるのだが、どんな車や歩行者に対してもしっかりと身体を避けて道を譲る姿が印象的だった。

配達に急いでいる時に限って避けようともしない歩行者ランナーが多いこの道で、彼のような存在は貴重だ。

特に愛想が良いわけでもない、それなのに誰かれかまわず道を譲る彼への興味は日に日に増していくばかりだった。

どうすれば話しかけられるのかと色々考えてみたけどなかなか良い案が思い浮かばない。

彼を追い越して途中のコンビニに立ち寄ってみたりもしたけど当然振り向いてくれるわけもない。

何の理由もなく話しかけることはこれほどまでに難しいものだったのか。

散々悩んだ挙句にふと思いついたことがあった。

追い越し際に彼にサイドミラーを軽く当てて、急いで降りていって謝ればそれをきっかけに話ができるし、あわよくば連絡先を聞き出せるのではないか

ちょっと危ないし、うまく行かなかったら最悪に嫌われてしまいそうだけど、でもきっと一生懸命謝る姿を邪険にするような悪い人ではないはずだ。

はいつも耳にイヤホンを入れている。後ろの車も気づくくらいだから大音量で何かを聞いているわけではないにしても、多少は聞こえづらいはずだ。

そう思って何度かアクセルをすごく静かな状態にして後ろから近づいてみたところ、彼は気づかない様子で避けようとしなかった。もうこれしかない。

いよいよ今日が決行の日。いつもみたいに汚れてもいい服はやめ、いつもより少し化粧にも気を遣った。

彼がいつも折り返す曲がり角はちょうど会社入り口から見える位置にある。

彼がいつも通り折り返したのを確認すると、わたしは急いで軽トラに乗り込んだ。

鍵を刺そうとしたが緊張しているのか床に落としてしまい慌てて拾い上げる。

朝日木漏れ日が輝く桜並木を彼に気づかれないようにゆっくりと走リ出す。

彼の背後にゆっくりと近づく。案の定彼はわたし存在に気づかない。

自分を落ち着かせようと一つ深い息を吐いて、ふかしすぎないようにアクセルに軽く足をかける。

これでサイドミラーだけを彼の身体にぶつければうまくいく。はずだった。

突然彼は、何かを避けるようにわたしの車の前に半歩だけ飛び出してきた。

ミラーけが当たるはずだったのに、そのせいで彼は片足を巻き込まれ道路に倒れ込んでしまった。

計画とちがう。焦ったわたしは急いでブレーキを踏んで止まろうとした。

その瞬間、景色は止まるどころか猛スピードで流れていった。

それが踏み間違いだと気づくまでにかなりの時間が過ぎてしまったような気がしたが、ブレーキを踏んで止まった距離は思っていたより長くはなかった。

ミラーを覗いて急いでバックで戻る。

声をかけるが反応はない。ただ、何となく反応がないだろうことは声をかける前からわかっていた。

特に出血が見えたわけではないが、身体の半分が明らかに低く潰れていて、手足は見慣れない方向に曲がっていた。

誰かに助けを求めようと周囲を見回すも、運の悪いことに近くには珍しく誰もいなかった。

冷やせば悪化を免れるかもしれないと、急いで冷蔵庫を開けると配達荷物の横に彼を置いた。

これ以上大変なことになってはまずいからと、ひとまず配達だけは済ませてきたのだが、これからどうしよう。

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