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はてなキーワード: ブルーハーツとは

2020-07-10

anond:20200710085339

良い奴ばかりじゃないけど悪いやつばかりでもない、ってね(突然のブルーハーツ)(キメ顔)(加齢臭)

2020-06-27

西城秀樹の没後にわかファンが「秀樹は90年代アーティストと違い反体制発言をしなかったかマスゴミ無視された」とぬかしていたが

わず下記のコメント投稿したがたぶん載らないと思う

はじめまして

まさにその90年代ミスチルスピッツユニコーン槇原敬之などをリアルタイムで受容した世代の者です

90年代J-ROCKアーティスト反体制っぽい発言メディアを喜ばせた」との事ですが

メジャーどころでは忌野清志郎くらいしか思い浮かびません

J-ROCKNo.1の売上のロッキンオンJAPAN常連アーティストエレカシなど)ですら反体制っぽい発言は見たことがありません

ブルーハーツ反原発っぽい歌を出してましたが直後のアルバム反原発運動バカにする曲を入れており

その後の作品政治的メッセージを極力排しています

それでもロッキンオンなどではロック代表扱いのまま今に至ります

戦後日本左翼マスゴミに乗っ取られた」なるよくあるネトウヨ妄想に過ぎないのではないでしょうか

できれば具体的なソースをお願いしま

2020-06-25

anond:20200625214351

うん……なんか過剰に反応してしまうんだよなキモいという言葉気持ちの悪さに関しての連関語りであることがその要因ではあるので……平たく言うとブルーハーツの『リンダリンダ』でじゃ無くてリンダリンダのようにじゃ無くてリンダリンダの如く加速する語りがキモいという発話とともに生じる感覚じゃ無くて間隔だよなぁと言うのが今んところの感覚

2020-05-29

変な訪問販売に引っかかった。

変な訪問販売に引っかかった。

よくニュースで老人が何百万円だまし取られてるのを見て、

いやそんなん引っかかんなよ〜とか思ってたけど

普通に若いのに引っかかった。

まず、8時と言うめちゃくちゃ不審時間インターホンが鳴った時点で追い返すべきだった。

いつもなら、「NHKが来たぞ!」と思いテレビを消して息を殺し去っていくのを待つのだが

今日は陽気に「人にやさしく」を歌いながらカレーをかき混ぜており、

間抜け歌声は確実に薄いドアの向こうへ漏れているので、観念して出た。

NHKじゃなかった。

気が緩んだ。

建物Wifi契約が切れるため、更新手続き必要。まだ済んでないので契約確認にきた。」

と言われて、そう言えばそんな感じのビラが来てたけど、見ずに捨てたことを思い出す。

なーんだ、と思い迂闊にドアを開けた。

これが悪魔の扉だった。

玄関へ出て、あ、この人もしかしたら部屋に押し入ってきて金銭要求したり乱暴する人かもしれん、とふと思った。

軽率だった。

業者を装った暴行事件は聞いたことがあるので、慌ててポッケに入れていたスマホを握り直し、

いつでも110番通報できるようにした。

普通うだつの上がらないサラリーマンっぽい人がいた。

Wifiのことを色々説明してきて、やたらとセールストークがうまく、この機に乗り換えればWifi料金が半額になると説明してきた。

その間、タブレットやら資料やらがしっかりしていたので、この人は強姦魔ではなく業者じゃん、よかった〜と思った。

え〜S○ft bank Airめっちゃお得でいいじゃん!と思った。

このあたりからわたし脳みそは正常に働いていない。

普通なら、夜にピンポン来る時点で真っ当な業者ではないことは明らかだ。

実際のところ、賃貸契約当初に付属していた割高なWifiを使っていたので、

ちゃんと乗り換えれば安くはなるっぽかった。

ただ、訪問してその場で契約させるのは、絶対おかしいでしょ。

その時は陽気なブルーハーツを聞かれた恥ずかしさ、強姦魔じゃなかった安心感

あと早くカレーを食べたかったので、さっさと手続きを済ませたい気持ちが強かった。

クレジットカード番号入力の段階があり、流石に「えっ今必要なの?!」と思ったけれど、

ブラウザURL確認したところキチンとソフトバンクのものだったので、

普段使っていない捨てカードの番号入力した。

業者は帰った。

モヤモヤしてたので、名刺に書いてある会社情報ネットで調べた。

普通に詐欺紛いの契約をさせる会社、って書いてあった。

うわ〜〜〜〜〜と叫んだ。

そりゃそうだ〜〜〜おかしかったもんな〜〜〜〜!!!

途端にカレーを食べる気が失せた。

厳密にはまだ契約完了しておらず、翌日本人確認電話がありそれで成立、と業者が言っていた。

その際に実際の割引価格とは異なる金額にて契約確認があるが気にしないでくれ、と業者が言っていたが

多分その電話口での金額契約させるんだろうな。

母親に報告したら、バカじゃないの、と100回くらい言われた。

わたしバカなことはわたしが一番知っているので、そうだよ!!!逆ギレしたら、

本当にね…と哀れな声を出されて、情けなさすぎて冗談じゃなく白目を剥いた。

まさか電話の向こうで白目剥かれてるなんて思ってないだろうな。

コロナでしばらく人と話していなかったので、業者とも母とも話す機会があり、なんだか疲れる1日だった。

詐欺に引っかかるなんてよっぽどの世間知らずちゃんなんだな〜と思っていたけれど、

文字に起こせばバリバリに怪しい契約に引っかかっている自分が恥ずかしすぎて

まじでやだ〜〜〜も〜〜〜〜〜〜!と一人で騒いでいる。

うちは壁が薄いので、お隣さんはバカな女が詐欺に引っかかって、

騙されたのに気がつき奇声をあげていることが筒抜けだろう。うわ余計はず。

クーリングオフできるのかな〜〜は〜〜〜〜。

それが気が気でなく、食欲が消え失せてしまった。

カレーは鍋の中で冷え切った。

2020-03-29

自分低能だという自覚を持ってからスタンスがわからない

機能が向上する運動でもあればいいけどそういうのもないわけで

低能は何をしても低能なわけじゃん

ブルーハーツでも聞きながら明日に怯えて震えて泣いてるしかないのか

2019-10-25

ブルーハーツチェルノブイリって曲

チェルノブイリには行きたくねぇ!

って歌詞だったけど、あれをフクシマってして出したらやっぱ叩かれてんのかな?

2019-10-03

ブルーハーツチェルノブイリって曲

チェルノブイリには行きたくねぇ!

って歌詞だったけど、あれをフクシマってして出したらやっぱ叩かれてんのかな?

2019-07-31

anond:20190731150300

さな恋のうたに決まってんだろ。酒入ると結局〆に歌っちゃうんだよ。ブルーハーツとかも。安居酒屋の〆のお茶漬けみたいなもんだよ。

2019-05-26

褒められたら嬉しい

正直仕事ではよく褒められるし、出世させてもらい地位お金もそれなりにはある。

ただ他人から褒められても正直嬉しくない。

しかし、子供が頑張って褒められると素直に嬉しい!

プレッシャーにならないように本人には言えないけど心の中でニヤニヤしちゃう

頑張れって部下に言う時は建前だけど、子供には心の底から頑張れって思う。

ブルーハーツの「人にやさしく」の歌詞が今更ながら凄く心に響くそんな40代男性です。

2019-05-16

今度、自分のことを嫌ってる人と二人きりで過ごさないといけない日があって、今から憂鬱

相手は気分で行動が変わるタイプで、落ち着いてる状態なら無視されるだけだからいいんだけど、躁というか行動的になった時が怖い

前に長時間ダメ出しされた時は、楽しそうで何よりだな…とか感じてしまうほどイキイキしてたわ

どうやってやり過ごせばいいか

脳内ブルーハーツでもリピート再生しとこうかな

2019-04-06

クラッシュって

演奏も歌も下手過ぎて聞いてらんない

ブルーハーツパクリ元っていうくらい

2019-02-06

相対的評価目的にしない事だよ

https://anond.hatelabo.jp/20190205131906

世の中でどれだけ結果を出して活躍し、

人に必要とさせるかってのは

その人なりに努力する前提で、運と才能で決まってるから

人間には器ってものがあるので。

からそんなもんどうでも良いと考えては。

どうにもならないことなんてどうにでもなっていいことって

ブルーハーツも歌っていたじゃない。

大切なのは自分が持って生まれポテンシャル

最大限発揮することかと。それができれば満足ですよ。

それ以上はわがままなっちゃう。

なんでお殿様に生まれなかったんだ!って

農民が嘆いてるのと同じ構造になる。

2019-01-07

寝れないから月の爆撃機を語らせて欲しい。

とても寝れないので月の爆撃機について書かせて欲しい。

俺はブルーハーツの月の爆撃機って曲がめちゃくちゃ好きだ。この曲の歌詞は(個人的解釈だが)絶対に譲れない男の中の一線を歌っているようでたまらない。古い表現かもしれないがシビれる。

歌詞の中の「薄い月明かり」は、個々の持つこだわりや譲れないポイントなんだと思う。

そういう心の中の明確に表現しえない「自分の在り方」をぼんやりと照らす月明かりになぞらえているんだと思う。

から、「友達恋人も入れない」譲れない一線を照らすのが「薄い月明かり」で

から、「どんな風に逃げようか、全ては幻と笑おうか」と諭す自分思考が「薄い月明かり」なんだと思う。

普段自分は、自分深淵にある白い月に照らし出された影なんだと思う。

からこそ、普段自分がどんなに悩んでも、そのルーツとなる「薄い月明かり」が不変だから「僕らの行く道は変わらない」んだと思う。

それは俺たち皆に適用されることで、色んな選択肢に苦しめられても、取るべき答えは自分のやりたいことでいいんだぞって訴えてるんだと思う。

自分人生に向き合って、色んな選択肢に悩まされた時、「手掛かりになるのは 薄い月明かり」なんだと思った。

ます

2018-12-28

怪談と隣人―波勢邦生「トナリビトの怪」を読む

【読んだもの】本を購入しようと思ったら、リアル書店ネット書店最近では出版社による直販(弊社もやってます)などさまざまなあるかと思いますが、今回ご紹介したい『アーギュメンツ#3』という評論誌は「手売り」、つまり関係者による直接販売というきわめて珍しい流通チャンネル選択した書籍です。売り方の時点でかなりチャレンジングな企画なのは明らかで、魅力的な論稿も多数収録されているのですが(レイ・ブラシエ(佐藤正尚訳)「脱水平化―フラット存在論に抗して」や、大前粟生さんの小説断崖」もすごかった)、その中の波勢邦生さんの論考「トナリビトの怪」が本当に本当にすばらしかった。ので、今回はそれについて書きます

当該論考のテーマをおおきくまとめると、理性的自己判断できる存在としての近代主体(いわゆる「強い主体」)の淵源にあるものとしてのキリスト教という一般的イメージに対して、ハワイ日本沖縄におけるキリスト教受容史をふりかえることで別の可能性(本書でいう「隣人」)がたちあがる場としてダニエル書・イザヤ書を読みかえすという試みといえます

いろいろ論じたい点はあるのですが、とくに筆が冴えるのは、小原猛『琉球奇譚 キリキザワイの怪』に紹介されている怪談ジーマー」の話です。曰く、ある男性が「ジーマー」という老婆に「神様用事の手伝い」を頼まれる。それは波上宮という砂浜で、彼女三味線に合わせて民謡を歌うというもの。そこで事は起きる。

知ってる歌は歌い、知らない歌は手拍子うつ適当にこなすうちに背後の砂浜に人が集まりはじめるが、おしゃべりの中に英語やうめき声が聞こえるなど、奇妙な何かがそこにあった。徐々に不審なおもいにかられたその男性は後ろを振りかえる。「すると、そこには誰もいなかった」やがて夜も明けて、ジーマーの三味線も鳴り終わったあとに砂浜をみてみると、声が聞こえた場所には子どもをふくめた無数の足あとが残されていたという。こうした情景に、その男性は戦争太平洋戦争のことか?)の傷跡を読みとり、波上宮鳥居を抱きしめて泣く。「みんな死んでしまった。父親も、幼馴染の友達も、学校の恩師も、みんなみんな死んでしまった。自分は生き残ったが、果たしてこれは良いことだったのだろうか。自分のようなくだらない人間が生き残って、優しく勇気のあった友達や、才能のあった人々が死んでしまう。この差は何なのだろうか?」(30ページ)

この「ジーマー」は沖縄固有の物語ですが、波勢さんはここに「死者との交換可能性」という「怪談本質」を見ます。生者と死者の想像力が同時に起動する場所、そこに怪談という物語は立ち上がる。そして同論考にとって重要なのは、この「怪談想像力」はキリスト教テクストにも見出されるという点です。

(「怪談として聖書を読む」というこの箇所は本稿でもっとも屈折し、そして読みでのある所なのですが、そこはあえて飛ばします。気になる方は「アーギュメンツ#3」をお買い求めください)

この怪談という想像力からみて、「西洋近代的自我による主体区分による解釈は、恣意的グロテスクな切断」(34ページ)となりますしかバベルの塔神話が示すように、神は常に「言語文化を奪われたものの側に立ち上がる」。つまり強き主体の側にではない、という点が重要です。

「神は奪われ排除されたものの側に立ち上がる。歴史と非歴史境界で『主体』と『弱い主体』を隔てる壁は消失し、ありうべからざるものが現れた。」「ぼくはそれを『隣人』という言葉に求めたい。なぜなら聖書において隣人とは、まさしく自他の交換可能性を示す言葉からだ。」「隣人が現れるとき、『神を愛せ、己を愛するように隣人を愛せ』というイエスの声が、聞こえ始める。隣人は、神の赦しを伝達するぼくらの似姿であり、またぼくらの赦しを待つ異形のものでもあったのだ」(35ページ)

ここで提示された「隣人」は、大仰で圧倒するような<他者>、私たち理解を拒む絶対的な<他者>ではないでしょう。どこにでもいるあなたであり、わたしであり、そして誰かです。これはブルーハーツの歌に出てくるような、といっていい。そう思います。(すこし恥ずかしいけれど、いや、しかしそう言ってしまっていい)

「隣人の思想」、波勢さんの論考が到達した地点をそう呼んでいいと思うのですが、ここで示された思想の内実とともに、この思想に至る論述あくまでもキリスト者としての波勢さんの信仰に貫徹されている。ここに本稿のもうひとつの傑出した点があります

たとえば「昨年11月、九三歳で祖父が死んだ」ではじまる本稿は、「キリスト教信仰告白せずに死んだ祖父天国でないどこかへ行ったのではないか不安になった」という文章地の文で、鍵括弧抜きで出てきます。たぶん信仰をもたない人にとってこの一文は、理解の遠い、「向こう側の人」の言葉に聞こえるのではないでしょうか。(本稿の最後、註のラスト文章も「神に栄光、地に平和、隣人に愛と怪。感謝して記す」です)

聖書怪談として読む」という本稿の試みをもし信仰をもたない人がするならば、さじ加減をまちがえたとき即座に「他者信仰否定」になるでしょう。でも、波勢さんはあくまでも信じることで聖典を読み替える(またはこれまで読まれなかったものを読み解く)という姿勢を貫く。そこにこのテクスト独特の緊張感と救いがあります

イスラーム法学中田考先生や、このたび『トマス・アクィナス』でサントリー学芸賞を受賞された山本芳久先生などもそうですが、これまで護教論や宗学として避けられがちだった信仰自身による学問考察のいくつかには、相対主義決断主義あいだでさまよう私たち課題を乗り越える何かがあるように思います。私にとって本稿はまちがいなくその一つです。そう断言していいものがこの論稿にはあると考えます

以上、編集Aは自社本を紹介していないどころか本すら紹介していないのではないか疑惑もあるのですが(広報誌とか、雑誌特集号の論稿とか)、これにて「トナリビトの怪」の長文の感想を終わります。ご清聴ありがとうございました。

2018-12-10

ブルーハーツってなんか尾崎豊あたりと同じ「夭折した天才アーティスト」枠に入ってない?

実際には現役バリバリだけど。

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