はてなキーワード: 守護とは
俺が守護(まも)はねばならぬという話
俺が守護(まも)らねばならぬ
俺が守護(まも)らねばならぬ
表現の自由の戦士はエロの自由を守ってるとかフェミに笑われてたけど、実際そうだった。
それでもエロ起点だろうと表現の自由を守護してることには変わらない。立派だ。
エロが許されてるのに XXX はなんでダメなの? って言えるからね。重要な意味がある。
俺のフォローしてる絵師様たちが Pixiv で次々にツイッターが凍結されたと嘆いてる。
先週2人。今週で5人。
主戦場を Pixiv に移すらしい。ただ FANBOX は表現したいものが規約に触れるかもだから中止するって人がいた。
終わる。終わってきてる。
ある日、弱者男性ユウトは、突然異世界に転生してしまいました。この世界では、恐ろしい魔王が支配しており、人々は恐怖に慄いていました。転生直後、ユウトは不思議な力を身につけ、運命の導きにより、魔王を倒す使命が与えられました。
ユウトは、異世界で出会った仲間たちとともに、困難な冒険を続けました。彼の仲間には、知恵と魔法の使い手である巨乳女性ミナがいました。ミナは、ユウトの弱さを見抜いていましたが、彼の隠れた勇気と成長する可能性を信じて、彼をサポートし続けました。
冒険の過程で、ユウトは自分の力を磨き、強い戦士に成長しました。ついに、仲間たちとともに魔王の城にたどり着き、激しい戦いの末に魔王を倒すことに成功しました。人々は喜びに溢れ、ユウトと仲間たちは英雄として称えられました。
しかし、その後、ユウトはある秘密を知ってしまいます。魔王を倒したことで、世界のバランスが崩れ、新たな災いが起こることが判明したのです。ミナは、実はこの世界の守護者であり、ユウトを倒すことが、世界を救う唯一の方法であることを告げました。
ユウトは、ミナが涙を流しながら自分に襲いかかるのを受け入れ、彼女の手で力を失い、命を落としました。その瞬間、世界は元の平和な状態に戻りました。ミナはユウトの犠牲に涙し、彼の勇気と友情を忘れることはありませんでした。
この物語は、勇気と犠牲を伴う英雄譚であり、ユウトが最後に自分の命を犠牲にして世界を救ったことを示しています。また、友情と信頼に満ちた仲間たちの関係が、困難な状況でも互いを支える力になることを教えてくれます。
第一章:謎の力
颯太は、アルシア高校に通うごく普通の高校生だった。彼は友達と学校の話をしながら帰宅すると、突如空が暗くなり、街に緊張が走る。遠くで爆発音が聞こえ、何かが起きていることに気づく。
颯太「おい、何だこれ?」
その時、彼らの前に現れたのは、同級生の陽菜だった。彼女は颯太たちに言った。
颯太「えっ?なんで?」
陽菜「今は説明できない。とにかく、家に帰って家族と一緒に避難所に行って!」
颯太は、戸惑いながらも陽菜の言葉を信じ、家族とともに避難所へ向かう。そこで彼は、街を襲撃している敵の正体が、アルシアにある古代遺跡「エスカリオン」の秘密を狙う者たちだと知る。
避難所で無事に家族と合流した颯太は、陽菜たちが「能力」を持っていることを知り、彼女たちに協力することを決意する。陽菜は颯太に、彼女たちが持つ特殊な力の秘密を明かす。
陽菜「実は私たちは、エスカリオンから力を授かった者たちなの。だから、この街を守る役目があるんだ。」
颯太「そんな力、僕にもあるのか?」
颯太は、陽菜たちと共に訓練を始める。彼は身体能力の向上や戦術の習得に励む一方で、仲間たちとの絆が深まる。颯太たちは日常の中で、お互いが大切な存在だと認識し始める。
颯太は次第に力をつけ、遂に覚醒の兆しを感じるようになる。彼は、これからの戦いに備えて、自分の中に眠る力を見つけ出そうと決意する。
第三章:恋と裏切り
颯太と陽菜は、共に戦いながら次第に惹かれ合い、恋仲に。しかし、その幸せも束の間、新たな敵が出現する。
颯太「誰だ、こんなに強い敵は初めてだ!」
しかも、その黒幕は身近な存在だった。街を守るため、颯太たちは命をかけた戦いに挑む。
颯太はこれまでの伏線を回収し、新たな力を覚醒させる。彼は陽菜たちと共に、最後の戦いに挑む。
超パワーで敵を撃破し、問題は山積みながらもひとまず解決する。颯太と陽菜は幸せなキスを交わし、第一部が完結する。
正妻ありのハーレム状態となり、颯太とヒロインたちの日常が描かれる。彼らはこれからもアルシアを守るため、力を合わせて戦い続けることを誓い合う。
彼らは新たな日常に笑顔で向かい合い、絆がさらに深まっていくことを感じる。
そして、物語は幕を閉じる。だが、彼らの冒険はまだ終わらない。新たな敵や試練が待ち受ける未来で、彼らは再び立ち上がり、アルシアを守るために戦い続けることを誓うのだった。
くぅ〜、疲れましたw。まずは、この作品を最後まで読んでくださった皆様に心から感謝いたします。私はこれまで何度も挫折しかけましたが、読者の皆様や周囲の支えがあったからこそ、こうして一冊の作品として形にすることができました。
近況報告としては、私は先日、愛犬と一緒に新居に引っ越しました。新しい環境に慣れるのに苦労しましたが、愛犬の存在が私の心の支えであり、本作品の執筆にも大いに影響を与えてくれました。
この作品を完成させるにあたって、多くの方々に支えられました。まずは、校閲やアドバイスをしてくれた友人たちに感謝の意を表したいと思います。また、私の元気を支えてくれた愛犬と、遅くまでお付き合いいただいた家族にも感謝申し上げます。
最後に、次回作について触れさせていただきます。次回作は、本作品の世界観を引き継ぎつつ、新たなキャラクターや展開が登場する予定です。また、颯太たちが抱える未解決の謎や伏線も、次回作でさらに深く掘り下げられることでしょう。
俺が守護(まも)らねばならぬ
「ふはは、見たか。俺が奴らをパクるまでもなく、奴が俺をパクりやがった。ホ○ケン最高」
悪魔崇拝者のタカシは、今日も悪魔を崇拝した罰として地獄ツアーを100周した。その上での発言がこれである。
ハナコちゃんはタカシにいやらしい質問があるらしい。タカシが聞かない理由はない。
タカシは吠えた。
「はい♡」
アホくさ...とタカシの守護妖精ジェニファーは言いたかった。だが、悪魔崇拝者に絡むとろくなことが起きないので、タカシから数光年の距離を置いたのだった。
「質問ですが、私たちの目の前にこの魔界の扉があるでしょう?その先には何があるんです?」
「そんなの君が生まれるよりも前から決まってることでしょ。全自動の世界生産工場だよ」
ハナコちゃんはちょっと驚いた。なぜなら、その先にあるのは間違いなく便所だと思っていたからだ。
タカシはハナコちゃんをファッ○できる回数のカウントを指で「はい♡」と示した後、説明をした。
その中では、無限とも言えるほど膨大な種類の生物が、想像を超えるようなあらゆる方法で交尾をしていた。
「キャー!」
とタカシが突っ込んだが、ハナコちゃんは魔法使いなので、アバダケダブラの呪文を唱えてタヒぬと、上からハナコちゃん第二号が落ちてきた。
とその時だった、生物の中から見たことのある生物がスタスタと駆けてきた。
「どうも、アンダーソンです。マ○リックスに飽きたからここにやってきたんだ。すごい場所だよ」
「ハナコちゃん、説明しよう。こちらはあの有名なアンダーソン君だ。挨拶しなさい」
「どうも、アンダーソンさん、ハナコです。なぜ扉から出てきたんですか?」
アンダーソンは答える。
「僕は人間と交尾するのが飽きたのだ。マ○リックスじゃ、操り人間共をプログラムしてファッ○するなんて簡単だからね。でも、こうやって人知を超える存在と交尾する場所にやってきたようなんだ。ザ○オンにはマ○リックスをシミュレートする機械があるが、ここはちょっとどういう世界なのか実は全くわからない。迷い込んだ先がバラ色だったという話さ。」
「はーい♡3回目!では説明するよ。例えば、あそこに象と芋虫を合わせたような生物がいて、これを仮にポチ君と呼ぼう。ポチくんは、あのトマトと人間のオスを合わせたような生物、つまりタマちゃんと交尾しているだろう?こうやって受精してできた存在が、ザ○オンさ。」
「なるほど、ポチタマね。幼稚園児にもわかる科学ね。算数より簡単ね。」
とハナコは冷静に答えた。
「ど、どういうことだ、僕らのザ○オンが、あの生物の受精の結果だと言うのかい?」
アンダーソン君は不安そうに、おしっこちびりながらタカシを見つめた。
「そうだよ。そして、アンダーソン君はさっきあの豚と蜂を合わせたようなメスをファッ○してただろ。そうして生まれる存在が、ドラゴ○ボールの世界だよ。」
「あらやだ、タカシさん素敵♡」と、アンダーソン君とハナコちゃんはハモりながら同時に言った。
「はい♡」
アンダーソン君とハナコちゃんはパンツを脱ぎ捨て、四つんばいで尻を向けた。そして、タカシはウィンガーディアムレ○ィオーサを唱えると、2人に分身した。
「さあ、挿れるぞ...」
2人のタカシは同時に挿入した。
「おらおら、馬のように暴れろ!」
俺が守護(まも)らねばならぬ
俺が守護(まも)らねばならぬ
俺が守護(まも)らねばならぬ
俺が守護(まも)らねばならぬ
立法するのは立法機関だし、そこにもたくさん女性議員がいて、日々様々な社会問題に取り組みながら必要な法整備のため活動しています。風俗営業には多様なものがあり、少女を対象とするものもあれば少年を対象とするものもあります。その全てを不正な業務と断じて取り締まれば社会はよくなるのか? もしそれらを一斉に網羅的に取り締まる法律を作ったとすれば、その影響は不正とまでは言えない多様な業務にまで及びかねません。また、ひとつ穴を塞いでも、悪質な人は次なる法律の隙間を探して移動し、不正とまでは言えない業務に関わっていた人は塞がれた穴のせいで面倒になった業務に、社会の不公平を嘆くことになる、というのも容易に想像できる状況です。決して「明らかに不正」であり「さっさと立法すればいい」で片付くような簡単な問題ではありません。ましてや、そこから「さっさと立法すればいいのに立法しないのはなぜか? →女性への蔑視があるからだ」というのは、ほとんど陰謀論者(「俺たち社会弱者を救うのは簡単だ、金を配ればよい。なのにそれをしないのは社会が俺たち弱者を搾取し差別しているからだ!」「日本を脅かす連中を片付けるのは簡単だ、さっさと○●すればよい。なのにそれをしないのは、支配層が実は敵と結託しているからだ!」みたいな。)の理路で、ずいぶん危うい理屈です。イジメ問題にしてもね。誰かが怠慢だとか何もしてないだとか、外から気楽に批判して分かった気になるのは簡単ですが、それらの解決は決して「簡単」じゃないから、なかなか解決しないのです。
社会も、そして司法も立法も学校も、望めばなんでも「簡単」に解決してくれる魔法の守護者ではありません。平たく言えば「司法は『パパ』じゃない」のです。あなたに、おそらく伝わるような言い方を選んで言うならば、そういうことを無意識に望んでしまう自分の中の隠れたパターナリズムに、あなた自身自覚的であるべきではないでしょうか。人と人がもっと連帯するためには、仲間内だけで通じる言葉ではなく、対立する相手にも届くような理路に基づき、議論することが必要だと思います。
お前が覚えればいいことは二つ
法律を理解したいなら最低限でも1万時間かける必要がある。素人は法律判断について自己判断は勧めない。専門家のアドバイスを聞く方が絶対に良い。
弁護士や検察官は、人権の守護者、法の番人、社会秩序の護り手である。依頼人に不利益なことはできず、国家資格は義務でぐるぐる巻きにされている。
「鼠」は「風の歌を聴け」に始まる「鼠四部作」に登場する。主人公の友人であるが、ある日突然行方をくらまし、「羊をめぐる冒険」では自ら死を選ぶ。語り手と主人公の仲は深く、あたかも語り手の半身のようである。己の半身が半ば死の世界にいるというモチーフはこの後に何度も繰り返される。
この半身のように親しい友人は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」のなかでは幻想パートの「影」に姿を変える。彼は語り手の半身であり、語り手の記憶を保持している。壁の中に閉じ込められた世界を脱出するためには二人がそろっていなければならないが、土壇場で語り手は壁の内側にとどまることを選び、影は死ぬことになる。
「ノルウェイの森」では彼は「キズキ」になる。物語の序盤で排気ガスによる死を選んだことが語られ、交際相手であった直子の死の遠因となる。
また、直接の半身ではないにせよ親しい友人で自ら死を選ぶ点で共通しているのは、「ダンス・ダンス・ダンス」の「五反田君」だ。彼は連続殺人犯であったことを明かして死ぬ。このあたりのくだりは恐らくチャンドラーの影響が深い。
このように、半身はしばらくのあいだ無力な存在だったが、「海辺のカフカ」以降では様子が変わる。「カラスと呼ばれる少年」は、「カフカ少年」のもう一つの人格のように見えるが、彼は「カフカ少年」を客観視し、適切なアドバイスを与える。一貫してサポートしてくれる存在だ。半身が異界の住人であるというモチーフであり、「鼠」の系譜に属しているが、そこに自ら死を選ぶような面は見られない。「海辺のカフカ」は主人公がとても若い点でも特異だ。
ただし、佐伯さんが現実感を失った生活をするきっかけとなった、東京の大学紛争で殺された友人は、佐伯さんがノルウェイの森の「直子」の系譜に属するとすれば、「キズキ」のもう一人の子孫だ。
キズキと直子が、そして佐伯さんとその恋人は幼い頃から自然に性交をしていたが、まるで思春期の完璧さを求める性向が現実によって打ち砕かれるかのように、その関係が死によって断たれる点でも、この二つのカップルは類似している。
村上春樹の小説には一貫して何らかの精神疾患を患った、少なくとも感情的に不安的な女性が出てくる。
デビュー作の「風の歌を聴け」の時点から、「小指のない女の子」として出てくる。彼女は話している途中に突然泣き出してしまう。また、周囲の人々がひどいことを言うとも語るが、これが事実なのか、精神疾患ゆえの妄想なのかどうかは判然としない。
この系譜が「1973年のピンボール」の中ですでに亡くなっているかつての恋人「直子」につながり、さらに「羊をめぐる冒険」の「誰とでも寝る女の子」につながっているかどうかはわからない。ただ、「ノルウェイの森」の「直子」には直接つながっているだろう。語り手の過ちによって感情を失った「国境の南、太陽の西」の「大原イズミ」も、彼女の裏面だ。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の「白根柚木」もその子孫だ。
また、恋人または妻の一つのアーキタイプとして、「ねじまき鳥クロニクル」の「クミコ」「加納クレタ」や「スプートニクの恋人」の「にんじん」の母にも発展しているようにも思える。
より明確な形としては、「海辺のカフカ」の「佐伯さん」が子孫のようだ。前述のように恋人の死をきっかけに精神を病む、少なくともある種の現実感を失ってしまう点が共通している。ただし、佐伯さんは後述の老女の系譜にもつながっている。ピアノができたことを考えると、「スプートニクの恋人」の「ミュウ」も「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の「白根柚木」も同じカテゴリに入れていい。
そもそもこのキャラクターの流れについての記述は、誰が後の作品の誰に直接発展したかを明確に追うことではない。おそらくはいくつも混ざり合っている。むしろ、これは村上春樹の作品を解釈するための補助線として見るのが適切だろう。
彼女がやたらとタフになったのが「1Q84」の「青豆」かもしれない。あるいは、生命力にあふれている点では後述の「ミドリ」だろうか。
直子とは対照的な心身が比較的健康なタイプの女性の系譜もある。
性に対する好奇心の強い「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の「太った娘」もそうだが、彼女は後述する「少女」の系譜につながる面もある。
同じく制に対して罪悪感を持たない「ノルウェイの森」の「ミドリ」、「国境の南、太陽の西」の「島本さん」、「スプートニクの恋人」の「すみれ」、「海辺のカフカ」の「さくら」(どうでもいいがこのキャラのせいでおねショタに目覚めた)、「1Q84」の安田恭子へとつながっている。
村上春樹の作品を時系列順に読み返すと、ある時点で突然新しい属性を持ったキャラクター群が登場する。それは、どことなく巫女的な力を持った若い女性である。
前兆としてあらわれるのが、「羊をめぐる冒険」では耳専門のモデルをしている21歳の女性だ。彼女は不思議な力で主人公を羊へと導くが、物語の終盤を前に姿を消してしまうので、いくばくか影が薄い。しかし、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」に出てくる肥満の17歳の女の子は語り手を「やみくろ」の支配する東京の地下世界にいざなう。
より少女性が強まるというか、単純に年齢が幼くなるのが「ダンス・ダンス・ダンス」に登場する13歳のユキで、彼女は五反田君の殺人の痕跡を巫女のように感じ取ることができた。
「ねじまき鳥クロニクル」での「笠原メイ」は、映画「ロリータ」を思わせる登場の仕方をするし、終盤では主人公を救う力の源であるかのように描写されている。月光の下で裸身をさらす姿は、今までの村上春樹にはなかった描写である。確かに「ノルウェイの森」で「直子」がそうするシーンはあるが、彼女は成人した女性だ。
「海辺のカフカ」では夢の中に現れる十五歳の佐伯さんの姿を取る、ここでは少女との性交が初めて描かれる。
巫女的な少女の系譜がより明確になるのが「1Q84」に出てくる17歳のカルト教団育ちである「ふかえり」だ。彼女は何らかの学習障害を患っていて独特の話し方をするが、彼女との性交は異世界との経路となる。
村上春樹が歳を重ねて少女との性交を書くのをためらわなくなっていったのは面白い(【追記】「ふかえり」にいたっては巨乳の文学少女という属性!)。というのも、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」では肥満の女の子から私と寝ないかと誘われて断っているからだ。
大学の先輩がこう述べていた。ある種の作家は自分が生まれる十年ほど前の出来事をテーマにすることがある。なぜなら、自分が参加できなかった「祭り」だからだ。これが事実かどうかはわからないが、村上春樹は古くから第二次世界大戦と中国がテーマに含まれている。「鼠」の父親も戦争とその後の混乱で金持ちになった人間だ。興味深いことに村上春樹の父は中国に従軍している。
(余談だけれどもこの先輩は村上春樹作品にしばしば出てくる井戸は「イド」つまり無意識を示唆しているのではないかと言っていた)
さて、老人がキャラクターとして物語の信仰に深くかかわるようになったのは、「羊をめぐる冒険」の「羊博士」からだろう。彼はいるかホテルにこもったきりで、外に出ようとしない。しかし、探し求めている羊がどこにいるかという重大な情報を指し示す。
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」でも、現実パートには「老博士」が出てくるし、幻想パートには退役した「大佐」がいる。
軍人という属性が前面に出てくるのが「ねじまき鳥クロニクル」の間宮老人だ。彼はノモンハンにて過酷な体験をするし、そこである種の悪しき力に取りつかれる。
「海辺のカフカ」には「中田老人」が出てくる。彼もまたある種の不可解な力(後述の闇の力?)の犠牲になり、記憶や知性の多くを奪われてしまう。一方で、彼は「カフカ少年」に代わって父殺しを遂行する半身でもある。
「1Q84」では少し特殊で、これは近過去SFであり、戦争の経験者やその前後に生まれた人々が相対的に若い。それゆえ今までのパターンを単純に当てはめるのが適切かはわからない。
天吾の父がこの系譜に属するだろうか。「1Q84」では善悪が入れ替わることが多い。幼い天吾を無理やりNHKの集金に連れまわす点でネガティブに描かれていたにもかかわらず(村上春樹はこうした巨大組織を一般に「システム」と呼んであまり肯定的に扱わない)、後半では声だけの存在になった彼が助けに来るのだ。
なお、戦場に行っていたという点を考慮すると、これらの老人たちは村上春樹の父親の世代に当たるだろう。
米軍基地にいたという点でジェイもここに属しているかもしれない。
一世代上の女性が出てきたのは「ノルウェイの森」の「レイコさん」だ。彼女は心を病んではいるものの、主人公たちを導いてくれる。「直子」のルームメイトとして、彼女の心身の安定に寄与している。
それがおそらく「ねじまき鳥クロニクル」の「赤坂ナツメグ」になるし、「海辺のカフカ」の「佐伯さん」を経て「1Q84」の「緒方静恵」になる。
彼女たちの多くは戦争をはじめとした暴力の中で深く傷つき、その中でもある種のコミュニティ・安全地帯を運営し続けている。「レイコさん」は精神病院の患者たちのまとめ役だし、「赤坂ナツメグ」は女性向け風俗(?)で女性の性的空想を現実にし、「佐伯さん」は図書館という静謐な環境を守護し、「緒形静恵」は性暴力を受けた女性の避難所を運営して、しばしば法を破ってでも報復を行う。年齢的にはかけ離れるが、「スプートニクの恋人」の「ミュウ」もこの老女の系譜に属するか。
彼女の息子たち(血縁があるかどうかはともかく)の系譜は、「赤坂ナツメグ」の息子「シナモン」、「佐伯さん」の図書館で司書を務める「大島さん」、それから「緒方静恵」の柳屋敷でセキュリティを担当するタマルだ。セクマイであることが多い。
「1973年のピンボール」の双子の女の子を除いて、概して二人組の登場人物は不吉な前兆だ。体格は対照的なことが多い。
「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」では「大男」・「ちび」の二人組が語り手に刺客を差し向け、第三勢力になって儲けようとだましに来る。「ダンス・ダンス・ダンス」ではまるで「長いお別れ」みたいな嫌がらせをしてくる「文学」「漁師」と語り手があだ名をつけた警官が出てくる。「海辺のカフカ」に出てくる二人組は、軽率な発言から「大島さん」を傷つけてしまう自称フェミニスト二人組だ。「1Q84」には「さきがけ」のリーダーの警備をする坊主頭とポニーテールの二人組がいる。
ただし、何度か繰り返すが善悪のシンボルを意図的に逆転させることが多いのが村上春樹の作品で、おなじ「海辺のカフカ」でも「カフカ少年」を森の奥に導くのは同じように体格が対照的な二人組の日本兵だ。
また、よくよく考えてみれば、「風の歌を聴け」の時点でも、「小指のない女の子」には双子の妹がいたのである。直接姿を見せず言及されるだけだが、このモチーフの萌芽とみていいだろう。
村上春樹はある時点で純粋な悪の起源はなんであるかについて語ろうとしている。
それは悪しき登場人物の姿だけでなく、クトゥルフ神話的な怪物としても姿を見せる。
現に「風の歌を聴け」に出てくるデレク・ハートフィールドの伝記は、ラブクラフトやバロウズをはじめとしたパルプフィクションの作家たちを混ぜ合わせたものだ。
「鼠四部作」のなかでは「羊」がそれに該当する。不可解な暴力や権力の中心に存在し、人間に憑りつくことで現実的な力をふるう。あるいは、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の現実パートの「やみくろ」たち、幻想パートの「門番」。「ねじまき鳥クロニクル」の「ねじまき鳥」や、綿谷昇の属する政治の世界。そして「海辺のカフカ」に登場する「ジョニー・ウォーカー」や、「中田老人」の口の中から出てくる不可解な物体。
非人間的な力ではないが、「ノルウェイの森」の「レイコさん」の精神を悪化させる原因となった少女も、この系譜に属していると見なしていいかもしれない。
だが、「1Q84」のリトルピープルの存在は解釈が難しい。今までとは異なり、単純な悪ではないようだ。初読時には「これは人が複雑な現実を物語化する能力の具現化で、善にも悪にもなりうる、ある種の単純化する力ではないか」と思ったが、再読したら違う印象を受けるやも知れない。また、「牛河」も悪しき力の手先のように見えるが、離婚した妻子がおり、生きた人間であって化け物ではない。
善悪が曖昧と言えば、「海辺のカフカ」では「圧倒的な偏見でもって強固に抹殺するんだ」が主人公サイドと敵役サイドのいずれでも使われる。
こんな風に、村上春樹はある時期から善悪を意図的にぼかし、単純化を避けるようになった。
【追記】アフターダークの暴力を振るった深夜残業してたサラリーマンもここにいれていいかも。
村上春樹後半期のテーマの一つをまとめるとしたら「どれほど不適切な養育環境で育ったとしても、その現実を受け入れてスタートするしかないし、ときとしてそこで学んだことに結果的に心が支えられてしまうケースがある」だろう。言い換えると「歴史・過去を消し去ることはできない」だ。
あと、「国境の南、太陽の西」の「にんじん」はうまくしゃべれないけど、「海辺のカフカ」の「カフカ少年」の造形に影響を与えたかもしれない。
別に結論はない。ただ、こういう順で発展していったのだなと考えながら読むと楽しいだけである。
もう一つ興味深いのは、親が亡くなるかそれくらいの年齢に近づくと、ちゃんと親と向き合ったような小説を、みんな書き始めることだなあ。