「不協和音」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 不協和音とは

2020-04-21

不協和音っぽい音楽聞くとちんちん勃つ

からそうなんだけど理由は心当たりがない

Eテレ0655って番組でやってるトカゲの曲が最高にちんちん勃つ

イカ天バンドのたまの曲もちんちんにくるのが多い

先生僕は大丈夫なんでしょうか

2020-03-26

anond:20200324121450

国民皆保険でそれなりに高い医療水準を概ね全国展開できているのは世界的にはかなり恵まれていると思うよ。

かいところでは色々不協和音があるのは承知してるけどさ。

角を矯めて牛を殺すようなことはしないほうがいい。

2020-02-03

どこにでもいるオタク映画CATSを観てきた話。

これはどこにでもいる普通オタクが「金を払って観る悪夢」「SAN値チェッカー」と名高いカルト映画CATSを観てきた感想文です。

ネタバレが盛大に含まれていますので、その辺りお気を付けて頂けると幸いです。

昨年12月の暮れに海外で一足早く上映が始まり、その評価を読み「絶対に見る」と心に決めて1ヶ月、私はようやく映画館へと足を踏み入れた。

やれポルノだの玉ねぎだのと聞いているので期待は最高潮、何しろ私はホラー映画が大好きで、そしてクソ映画が大好きです。

今日は一人で悪夢を観に来たことを忘れて売店で巨大なポップコーンジュースを買い、はやる心を抑えながら入場開始を待つ。

上映前に最後に流れた「それでは、夢のある映画の旅をお楽しみください」のアナウンスは、この後の展開が「悪夢であることを啓示しているかのようでした。

私はオタクの中でも日陰に生きる人間でありますゆえ、正直CATS本編と同じくらい実写オタ恋CMも滅茶苦茶キツかったんですが、この辺りについては口を閉ざし静かにスクリーンへと目を向けます

劇場の照明が落ち、暗闇の中映るのは夜空。

猫の映画ですよ〜!という事を示唆するかのごとき可愛らしい雲、ここからどうなるのか期待が高まります。ちなみにここが唯一ここからの110分の中で「これは猫だな」と理解できた部分になります

さて、開始して1分ほどですがここで早くも私の脳は処理の限界に達してしまいました。

ドラクエIIIの夜のピラミッドBGM不協和音にしたようなBGM流れる中、夜の街を闊歩するのは人間によく似た体躯にうっすらと全身毛のテクスチャを重ねた「何か」。

一瞬、誤ってメイドインアビスのシアターに来てしまったのかなと思いました。人間性の喪失の結果と言われれば納得も出来るのですが、そもそもこれは「人間」では無く「猫」らしいんですね。

BGMの中、四つん這いの合成獣キメラ)の集団道路をぐるぐる回る姿はムカデ人間の続編かと錯覚を覚える絵面ですが、その中心で蠢く頭陀袋も嫌な予感しかしないし、案の定悪夢が飛び出すし、今の所パンドラの箱なのですが果たして最後希望は飛び出してくるのでしょうかね。

そう言えば海外の評判ではやたらと性的な印象がありましたが、ただでさえ限りなく全裸に近い全裸なのに動きがこう猫々しいしやたらと柔軟性をアピールするし妙に動物的な飲食シーンを盛り込んでくるし、観客の無意識の奥底にあるなんらかの性的衝動を呼び起こそうとしてるのかなって感じは分かるんですけど。ですが、残念ながら扉のノックの仕方がシャイニングジャック・ニコルソンなんですよね。へただなぁ…欲望解放のさせ方がへた…こんなんじゃ歴戦のケモナーだって裸足で逃げて行きますよ。

さてなんの説明もないままに話は進み、ジャ…ジェ…?なんか分からないけど固有名詞がいっぱい出てくる、完全にルシがファルシパージ状態。私は原作CATSを知らないので、知ってたら話の流れが分かるんですかね?知ってたら開幕1分で席を立ちそうですけども。

さて墓場で歌って踊るシーンではふとBloodborneを思い出しましたが、ひょっとしたらこの夜は獣狩りの夜だったのかもしれません。私の啓蒙も爆上がりしていきます

トイレで歌うシーンは真っ先にトレインスポッティングを思い出しましたし、ひょっとしたらこ映画も薬でぶっトんでる狂人の見た夢かもしれないし、狂ってるのは私だったのかもしれないと思い始めました。

まだ始まって30分も経ってないんですけど。あんな猫やこんな猫の説明を歌っているけど私にとっては全てが邪悪モンスターしか見えない。

さて、かく言う私もだんだんと目と心が慣れてきました。

感覚的に言うと「有色はマシ」「服あると相当マシ」「全裸はほんとキツい」「白系マジで無理」、要するにヒロイン枠の生物が一番キツい。黒人の敵とマジシャン比較視覚へのダメージが少ない。それだけで若干好きになる、だから頼むから帽子を脱ぐなコートを脱ぐな。あと手先と足先が人間なのがマジで拒否反応を起こす、黒人の手の平が肌色なのでも認知が「?」ってなるのにこの生き物の手足見てると「??????????????????」ってなる。かといって靴だけ履いてるのも異常なんですけど、タップダンスだけ見たら凄い出来なのに他の全てが恐怖。

あと衣類については黒人っぽいキメラが首からbling-blingなおさかなネックレス下げてるのは良いなと思いました(数少ないポジティブ感想)。

この作品、猫だけでなくGの者等も等しくキメラになっているとの話はうっすら聞いていたのですが、正直全裸じゃないし着ぐるみっぽさあるからこっちの方がだいぶマシではあったんですけど、喰い始めた時は流石に驚愕のあまりポップコーン食う手が止まりました。

ネズミとか、子役?っぽく見えたんですけどこれを見たご両親は「可愛い〜💕」「◯◯ちゃんの演技最高〜!」って思うのでしょうか、人生開始してまだ間もないのにこのような罰を受けるのはあまりに酷ではないでしょうか。

あと犬の存在示唆されているのに画面に映らなかったの、犬はキメラじゃなく犬ですよってことなんですかね?製作陣や太いスポンサーの中に敬虔な犬好きでも居たんでしょうか。なんにせよ、助かった動物が居るのは良いことですね。

個人的認知的不協和を感じるポイントデザインや動き以上に「大きさ」があるんですけども。人間体躯に猫の動き、街並みは人間の大きさの中で人間らしき体躯の生き物が「猫のサイズと言うには高さは合っていても細身すぎて違和感」で「人間とは思えない位小さい」姿で街を這い回り走り回る。人間の脳には大きさや距離感自動的に調節してピントを合わせる機能があるはずなんですけどそれが全部ぶっ壊れる。

脳の機能に直接影響する映画感覚ダイレクトに伝えてくるこの作品はいっそ4dxでも上映してほしい。余談ですが私はこれを観ながら「TOHOシネマズ限定かっぱえびせんポップコーン」を食べていたので、こいつらがゴミ箱から拾ったエビ食うシーンでセルフ臭覚で新感覚映画体験をしてしまい大変不愉快な思いを致しました。

定期的にあったのですが、このキメラ達が猫の鳴き声で「ミャー」とか「ニャーン」とか鳴くのがかなりキツい。というか主役級は顔がアップになったりすることが多くて「あー、人間の顔と身体した獣のキメラだなぁ」って思えるんだけど、ヒキで後ろに映ってるその他大勢ヤバい意味不明物体が四つ足で這い回ってる、フォーカスが手前に当たってるせいでぼんやりボケた画面の奥で蠢いている人間ではない何か。私が観てたのってひょっとしてサイレントヒルだった?と誤認してしまいそうだし、私は悩める私に胸を張って「違うよ、CATSだよ」って言ってあげられない。

そこそこ話が進んでもストーリー理解できない。一番歌と踊りが上手い奴が選ばれるオーディションなのは分かるけど、選ばれたら転生って死ぬやつじゃん?あと黒人男性なんでよく分からない魔法使ってるの?確かに猫よりは魔獣って感じだけど、それやるとますます猫の概念から遠ざかるよ。観ていてふと私が思い出したのは「悪魔ネコ」でした、懐かしいですね。

ところでこいつら猫?ってことは乳首6つあるんですよねってふと思って心底ゾッとしたし、この時点で完全に食欲を失っているのでポップコーンは封を閉じられている。

この時点で唯一覚えてる名前ヴィクトリアだけだし、ヴィクトリアったら捨てられた飼い猫割には異様に順応高いな…こうやってこの映画に慣れてきてる自分もひょっとしたら既にヴィクトリアなのかもしれない…と正気を失っていたら家無き捨て猫で「子猫であることが発覚したのですが、私の中の子猫の概念がグチャグチャのベコベコに狂うのでこの件については早めに酒飲んで忘れようと思いました。

さて、物語の結末、私の刑期の終わり近付いて来ました。

ゲイビの男優インナー無くしたマリオみたいな格好のキメラが踊ったり、黒人キメラコート帽子も脱いだせいで一瞬マジで全裸かと目を疑いましたがそんなことは無く。あとヤク中の流れあったんでやっぱりヤク中の見る夢だったオチも考えたのですが残念ながら物語大団円へと向かいます

マジシャン無茶振りされる流れ観てると「いじめか?」と思いますが天下のハリウッドがそんなことをするわけが無いのです、ちゃんとなんとかなりハッピー的なエンドです。

ここまで観ていて、ストーリーの中の時間が夜から夜明けまでで12時間も経っていないことに恐怖を感じる。映画も2時間足らずだし、体感的には6時間くらい苦しんでるんだけど。

最後最後に、老いた猫は画面のこちら側ん見据えてこう言います

「猫はあなたそっくり

これは、ここまでこの映画を観続けた私にとって実質「死刑判決」でした。啓蒙が上がり過ぎて狂ってしまいました、私は人間のつもりだったけれど、実は限りなく画面の中の生き物によく似た「なにか」であると告知されました。

ホラーにある「次はお前だ」的なアレであり、告発シリアス社会派にある「他人事ではないぞ」みたいなアレを感じます。あと夜闇に紛れた姿も怖かったけど朝日の下よりは大分マシだったみたいです。朝日の下のキメラ達は、エグいアダルト作品を観た時のような性的興奮よりも先にショックに殴られる感覚がありました。もうこの辺りは感想メモすることも忘れました。

しかしまぁ終わってみて改めて考えると、歌のクオリティは当然の如く相当高かったです。私はあのビジュアル日本語ミュージカルやられると「理解できないおぞましいものを無理やり理解させられる」感覚に負けて脳が爆発四散してしまいそうだったので字幕で観ましたが、吹き替え役者さんが好きな方は吹き替えで観ても良いのではないでしょうか。あの生き物達が好きな人間の声帯で歌い喋っている姿を観て立っていられるのならばですけども。

一言感想をまとめるなら、「目を瞑って観たらそこそこ満足度の高いミュージカル」だと思います。ただ残念ながら、目を開けると死んでしまうので気を付けてください。神話ありがちな奴ですね。

見るなのタブーだと思えば納得できる作品です、いや無理だできねぇな。

ここまで色々書きましたが、最期まで走った身としては「マジシャンの猫ならギリ抱ける」と思いました。

どうやら私も完全に狂ってしまったみたいです、その内全身の皮膚に薄ら毛が生えてきて服を脱ぎ捨て夜の裏路地に四つ足で走って行くでしょう。まだ日本語を語れる今の内に、これにて文面を終えようと思います

ありがとうございました、それではさようなら、どうかお元気で。

2020-01-26

anond:20200124193534

不協和音』が大名曲だったのが運命変えた。『二人セゾン』とか『風に吹かれても』路線で進んで欲しかったなぁ。

2020-01-01

anond:20200101000858

米津玄師をさがせ!みたいな紅白だったらみたいー。

つのまにか不協和音歌ってたり。

2019-11-01

一晩で60万円を溶かした話 ーおっパブの恐怖ー

恐怖の一晩だった。戻れるなら10月31日の午前3時段階に戻り、おっパブへ通じるエレベーターを上がるなと忠告してやりたい。

貯金を積み上げるのには時間必要だが、崩れるのは簡単だということを痛感した。

本当に、辛い。

なんでもない1日だった。いつも通りに仕事を終え、急遽同期に誘われて居酒屋に行き、楽しく酒を酌み交わした。

いつも通り、なんでもない1日の景色

二軒目の居酒屋で同期が終電を逃し、我が街蒲田なだれ込んだ当たりから、徐々に不協和音がなり始める。

三軒目、蒲田居酒屋、深夜1時。2時間ほど飲んで、午前3時。

この時点で相当量の酒量を摂取しており、どだい冷静な判断ができなくなっていたのだろう。

どうせなら女の子と飲みたい。どうせなら、可愛い女の子と飲みたい。

彷徨うまでもなくキャッチに捕まり、選ぶでもなく吸い込まれて行ったのが件のおっパブである

付き合いで同業態店舗には何回か行ったことがあった。ある程度金銭感覚は掴んでいる自信があった。

そこまで極端な出費になることまでは想定していなかった。

女の子がくるなり、酒をねだられる。もちろん、応える。飲んでいいよ、飲んで飲んで。

やってきたのは、テキーラだった。ご丁寧にも人数分である

ショットで飲みほす。すぐ注文する。気がついたら女の子が増えている。

不用意に両サイドから体を弄られ、弄り、酒がなくなったと思えばテキーラ

いくつテキーラを重ねたのかわからない。

午前5時に店を出たらしいが、つれが40万、僕が20万の支払いを行っていたようだ。

「ようだ」というのは、まだ正確な金額不明である

二人合わせて、おおよそ、60万。蒲田の夜に、資本が落ちた。

時系列ではなんとなく把握しているものの、具体的に店内で何をしたか、ほぼ覚えていない。

ただ、口座から折半して30万ずつのお金がなくなった事実のみがゴロンと転がっている。

さらに言えば、昨日は極度の二日酔いに陥り、予定もオールキャンセルとなった。

たまたま休日だったからよかったものの、胃のなかに何かを入れたらそれがそのまま出てくる、ポンプと化した。

虚無だ。虚無でしかない。

女の子は可愛かったのだろうか。その記憶すらない。

30万も払って、酒を飲んで、何をするでもなく、二日酔いの坩堝に落ちて行った、ただそれだけか。

死ぬこと以外はかすり傷だと思っている。が、まぁまぁ重い傷を負った。

金で解決できることでよかったっちゃよかった。

吐き疲れた、胸の筋肉痛けが実感を伴った痛みとして残る。

2019-08-15

細身で、色白で、落ち着いたトーンで話す人だと思っていた。

滝クリキレイな人だとは感じていた。

たまにテレビで見るだけだったのに。

ハーフ知的雰囲気があって、フジテレビ生え抜きでは無くて子会社から引き抜かれて、夜の番組キャスターを勤めていた。

頑張り屋さんなのだろうと、思っていた。

東京オリンピックの「お・も・て・な・しプレゼンフランス語が話せるという、それは日本では希少なスペシャルな力を発揮していた。

  

アラフォーでずっと独身で、阿川佐和子みたいに60ぐらいでポッと思わず結婚するようなタイプかと思っていた。

妊娠までしてただなんて。

ああ。それが、結婚が決まった途端に。  

滝クリの魅力が分からなくなった。(というか、たまに見るぐらいだったのに他の女子アナとは違う感情を抱いていた自分本音に気がついたが、一瞬で変わった)

ふーん、そうなんだ。金持ちとか名のある家の男と一緒になりたかったのかい

そーかい

と、自分気持ちが明らかに変化することを感じた。

情報によって、自分気持ちが変化するなんて。

一度もあったことがない美女に画面越しに、憧れていただけなのに。

ああ。なぜだ?

お盆休みに、台風で、暇で考える時間があると、こんなものだ。

(そうか。これが、認知不協和音ってヤツか。一瞬で自分気持ちが冷めるって。すると、SNS滝クリネガティブコメントーーあざとい。計算高い女だ。ーーが目に入るようになった。今まで無意識のうちに排除されていた情報がが脳みそへとダイレクトに入ってくる感覚だ。)  

忘れよう。さようなら

  

2019-08-05

anond:20190804160822

元増田グダグダ書いたけど、俺が一番違和感を持つのは例えばこういう運動のこと。

「少女像」展示再開求めデモ集会に200人「表現の自由の弾圧だ」名古屋 - 毎日新聞

デモに来た埼玉県女性会社員(25)は「作品を見たかった。主催者側へのひどい脅しなどがあったので続けられない状態になったのだろうか。悔しい」。上滝浩子弁護士京都弁護士会)は「公権力を持つ立場にある人が干渉的なことを言えば、表現活動が萎縮する。そうさせないために憲法表現の自由保障している。許せない」と話していた。

繰り返しになるけど、表現活動が委縮したのは、ガソリン持ってくると脅されたからでしょう。

で、それに対して通常、対処しうる危機管理以上のことが現場可能だったの? 例えばガソリン怖いのをみんなで耐えるの?主催者だけではなく客も巻き込むんだよ?

できないものを無理じいして、できなかったら検閲だなんだって騒いで無理な注文をして困らせるのが表現の自由を守るってことなの?

そういう理由で起きる表現活動の委縮って誰かのどんな努力でどうにかできるものなの?というのが俺の最大の疑問。

委縮しないようには何をすれば?という観点でいうと、例えば、テロを抑止する、という話とよく似ていて、

社会にあふれる憎悪を鎮静化させる、みたいなフワっとした話にしかならない。

****

行政危機管理対応としたという話と、行政言論弾圧した、という話を混ぜるなよ。ナイーブすぎるだろ。

****

もう少し思想的な背景に突っ込ませてもらうとさ、

そもそも脅迫含めて暴力的言論というのは、表現の自由副産物として、

そういう過激行為が起こりうることは覚悟しておかないといけないかもしれないんだよ。

アメリカを例にとる。意見が異なる者同士が過激な形でぶつかり合う、というのは、17世紀ヨーロッパプロテスタント宗派争いで経験済み。

たとえ激しくいがみ合っていても、政府はどちらか一方が正しいとは言わない、と。

その経験があって、アメリカに渡った巡礼始祖が社会約束事として決めたのが、合衆国憲法修正条項に引き継がれ、表現の自由の原型となっていく。

1970年代連邦最高裁言葉を借りれば、社会不協和音に満ちていることこそ強さの証である、みたいな覚悟をもって、

ヘイトなど多少の過激言動を認容していく、というのがアメリカ的な背景としてはある。

まり、もし仮にアメリカ的な感受性対処するとすれば、脅迫があったが、ま、今回は引きますが、へこたれずまたやりましょうね!ということなんだよ。

ところが日本場合、そういう歴史もなければ、不協和音のなかで生きる覚悟もない。

しろ日本空気として強いのは行政による言論弾圧記憶なんだよね。

それならそれでいい。表現の自由を基礎づける歴史的な記憶というのは、その国の歩んできた歴史文化によって異なるのは当然だからだ。

なんでもアメリカ式ってわけにはいかないだろう。それはいい。

でもその背景について、客観的な整理と自覚がないと、ただ無意識にオブセッシブな態度を表明しているようにしかみえないわけよ。

だいたい横から出てきた名古屋市長なんてそもそも中止となんの関係もないじゃん。

こはちゃんと危機管理対応弾圧を冷静に切り分けてもらわないと。

展示が表現不自由テーマということで、ついでにひとつ言及しておきたいんだけど、

表現の自由ということでヨーロッパの事例で有名なのは、例えば

ハマン風刺画問題というのがあるよね、フランスで大きな騒ぎになったりもした。

これは、暴力行為表現の自由副産物だという文脈では読み解けない。

アメリカとはかなり異なる歴史的な背景があって表現の自由価値が基礎づけられているからだ。

簡単にいうと、カトリック絶対正義が猛威を振るっていた時代に、

こんなんじゃ、まともな社会設計ができん!という問題意識からスタートしている。

まずはカトリック批判する権利必要だということで「神を冒涜する権利」として始まったのがフランス表現の自由であり、例の過激政教分離なんだよね。

からハマン風刺画事件でも、フランスメディアは「涜伸の権利はいずこに」という形で問題提起をしたりしたわけだよ。

ただ、おれは別にそんな話を今回の展示に期待しているわけじゃ全然ないんだけどさ、でもなぁ。

表現不自由展?

そんなたいそうなタイトルを銘打っておきながら、さまざまな国の作品を展示しているのに、他人作品コピペみたいに持ってきてパッチワークかよ。

ネットでみつけた一般客のコピペした解説文や評価をみても、テーマである不自由”の背景がよくわかるものではなかったね。

そのうえ雲行きが怪しくなったら中止と。芸術監督は残念がってメソメソと泣いて、みっともないってちょっと思ったりした。

そんなことくらいリスク管理問題として想定しとけ。

行政もだよ。リスクを想定したうえで、あらかじめ退避の基準を明示しておくんだよ。この場合判断と行動のスイッチとなりうる事象リストアップしておくんだよ。

そのうえでリスクシナリオ判断基準について主催者合意しておく。

そうしないと、あ、ヤバいと思ったんで引き揚げました、みたいに、行き当たりばったりな説明しか主催者にできないだろが!

そりゃ、突然中止に追い込まれたと思うわな。

まとめると、

表現の自由という観点でも主催者問題意識は感覚的なものしかないし、

リスク管理という観点でも不作為がはなはだしい。

表現の自由についての問題整理とリスク管理、この二つをしっかり持っておかないと

なんだだ危なっかしいだけだ。

という感想をもった。

追記

大村知事名古屋市長憲法違反と批判している。

大村知事「河村市長の主張は憲法違反の疑いが極めて濃厚」…県には”京アニ放火”に言及した脅迫メールも | AbemaTIMES

まさに公権力行使される方が、"この内容は良い、悪い"と言うのは、憲法21条のいう検閲と取られてもしかたがない。そのことは自覚されたほうが良かったのではないか裁判されたら直ちに負けると思う」と厳しく批判

おおむね間違ってはいないんだけど、このあたりに、日本人が感覚的に扱う、表現の自由の手つきの危うさがある。

検閲というのは、基本的には”発表前の事前抑制”を指す。特に最高裁定義はそうだ。憲法違反だとか裁判で負けるとまでは言い切れないのだよ。

特にこの場合市長意思決定者でもなんでもないんだしね。

2019-06-26

「リトルゾンビーズ」という映画CMについて

「彼らは親が死んだのに泣かなかった」

「彼らは親が死んだのに歌いだした」

しか、こんな感じのドットが画面中央に出たと思う。

親が死んだら泣いて当たり前ってことか?泣かなきゃ感情の無い生きても居ないゾンビ認定か?

親が死んだのに歌いだしたって、親が死んだら歌っちゃダメってことか?

途中、不協和音でヘタクソな歌が流れたのも気持ち悪い。

意味わからん。すごく不愉快気持ちになった。

2019-04-23

時効を迎えた話をしよう。

プロジェクトから一人、ココロを壊して去った方がいる。自分と衝突した翌日に出社しなくなりそのまま。自分を名指しで理由に上げた。

以前から開発チームリーダー自分テストチームリーダーの彼とは仕事のやり方が性に合わなくて、度々折衝がそのまま針を飲み込むような泥沼の障害になっていた。そしてあの日も彼の、自分への指摘から始まった。「開き直るけどそのやり方は面倒くさいからやってなかった。変えてほしい。代替案はこうだ。少なくとも今の手順守りたくない。」。そう告げたら翌日から来なくなった。ショックで来れなくなったそうだ。上司経由で聞いた。

テストチームで独裁者のように振る舞っていたよな。奴隷が首を振らなくてショックだったか?そんな感想が浮かんだ。

自分サイコパスかもしれない。心が痛むより先にやはり納得がいってない。2週間穴を埋めるべく立ち回りして戻ってくるのを待ってこれかみたいな疲れもある。衝突したのも今回が最初ではないし、眠れない日が続いてゾピクロンを常用して死んだように眠っては無水カフェインで目覚めるようになった理由も半分くらいは彼にある。お互い様だ。プロジェクトは元より不協和音が鳴り響いていた。だがしかし、先方が潰れたら自分が?

パワハラですよ的な内容として、コンプライアンス研修によくある、分かりやすいことは言ってない。容姿も言ってない、性格プラベもそもそも知るほど関心ないからわからない、机もバンバンしてない、なのに。

小学校低学年で早々にいじめ経験して、皆仲良しなんて戯言を信じずにここまで来たがおかけで知人レベルですらまともにいなくなった。

それでも脳死レベルでここまで生きて来て、でも人間関係は酷く付き纏う。仕事には関心があるがお前には興味ない。なのに、知りたくもないことを知り、テストチームのレビューを通すべく対策を練った日々。ああ嫌だ。最悪だ。当時を思い出すだけで生々しい苦味が蘇る。

自分も逃げ出したい。壊れた心は戻らないが、薬を抜いたら眠れない夜がすぐにやってくる自分も十二分に壊れた。

その後すぐに年度が変わって自分は異動になった。新しい課長自分を引き抜いたと聞いたときは嬉しかったが、一方で元の部署では流刑のごとく言われてる。全然関係ない人に同情されたから知ってる。否定するのも可笑しかたか愛想笑いで流した。新しい部署ではまだ誰も壊してない。自分眠剤は軽いものに変わった。彼のその後?興味ない。

2019-03-11

anond:20190310214530

やり取りをみてて、ひとつ思ったこと。

表現の自由を守りたいという意見は、それを原則論として語りつつも、背後にある危機感はなんだろう。

ようするに、「快不快」によって表現流通が左右される社会が是か否か、ということが動機のように思えた。

そうであれば、すごくよくわかる。いや、わかるというのは、同意しているわけじゃなくて、なるほどな、だから日本表現の自由ってふわっとしてるんだなということ。

振り返ってみる。

日本表現規制の有り様は、戦前エロ・グロ・ナンセンス発禁にあるように、当局国民の大多数が不快と思うであろう「不健全」で「公序良俗」に反する表現対象としてきた。

そう、「健全」これこそがキーワードなんだな。たぶんね。

まり、割り切った言い方をすれば「健全」と戦っているのが表現の自由戦士だというふうに思える。

でも、ひとたび、「表現の自由」の思想的な出発点をヨーロッパアメリカ歴史から振り返ってみると、戦士動機づけとしてはあまりにも心もとない。

表現の自由とひとことでいっても、思想的な背景は、それぞれ背負っている歴史が異なる。

ここで、それを動機づけという視点比較してみる。

例えば、アメリカ合衆国。日本憲法がお手本とした国だ。

この国の憲法憲法判例が示してきた表現の自由は、ヨーロッパのそれとはかなり異なる。

17世紀にアメリカ最初に渡ったピルグリムファーザーズの世代特に、当時のヨーロッパプロテスタントに対する不寛容被害者であった。

メイフラワー号の協約に象徴されるように、お互いに異なるFaith信条)を持つ者同士が、どちらが正しいとして糾弾することなく、社会を構築しようという、社会多様性の確保が原点だ。

1970年代には、ヘイトスピーチを巡ってさまざまな紛争連邦最高裁まであがり、不協和音こそ社会の強さとまで判決意見で述べているものがある。

当時の裁判官のたとえを援用すれば、空気浄化しようとするやつが社会の敵なのだ

人間は不完全なのだから、正しいものなど、最初から先験的に決められない。ということから、この国では、思想の自由市場などという言い方も生まれてくる。

一方、大陸でも、表現の自由は大切な価値とされている。

しかし、他方で伝統的な価値観や習慣もそれなりに強い。いやかなり強い。

そういう土地柄では、動機づけとして、多様性の確保というのは、正直、あまりピンとこない。

しろ、彼らの原点は、教会から弾圧された経験であり、その反動としての「神を冒涜する権利」だ。

伝統的にカトリック教徒でありながらアンチクライストを叫ぶ、そんな権利を求めている。

とくにフランスでは、公共空間設計するにあたり、真理の判断権を持つかのように振る舞う教会がとてもまずい存在だった。

権力をふるいたがる教会に口出しをさせないことが重要テーマだった。

それゆえ、その解決のため、一方では、表現の自由というコンセプトで権利宣言し、他方で、政教分離という原則確立して、公共空間設計のための理論武装をしていく。

からイスラムスカーフ公立学校から排除しようとしたりする動きが起きるし、

ひとたびムスリムの神を冒涜するような表現したことで、襲撃を受けたりすると、社会は「涜神の権利はいずこに」とがぜん盛り上がるわけだ。



アメリカにしても、フランスにしても、それぞれ動機づけは異なるものの、表現の自由を守ろうとする信念というか確信の力は、

極めて強い。テロがあったり、社会情勢の変化で揺れ動いたりするものの、いざ事が最高裁までいくと、

じゃあ、国づくりの原点に戻ろうじゃないかという話になって、17世紀の悲惨経験が思い出として蘇ってくる。

その動機づけの強さにこそ、新大陸にしても、旧大陸にしても、表現の自由を将来に渡って確保しようとするエネルギー再生産があり、いわば持続性がある。



翻って、日本

健全なるものとの戦い、かぁ。うーん。

不快のような勝手基準で決めつけられたくはないよね、誰しも。

でも動機づけとして、やっぱり弱いんだよね。

ここで、仮に、日本は、アメリカ式の表現の自由を真似っ子しているのだ、としようか。

でも、日本社会は、アメリカほどには、多様性を求めてないでしょ。むしろ移民なんか大嫌いでしょ。

多様な意見なんか、どの組織でも出てこないでしょ。会議でも右に習えでしょ。

普段から多様性を確保しようというマインドベースにあって成り立っている社会とは全く違う。

そんな社会では、エロい表現ときだけ急に表現の自由だのと盛り上がるのは、歯が浮くような思いがする。

公共空間におけるエッチものの取扱なんて、はっきりいって、社会合意していればどっちだっていい。

じゃあ今度は、大陸が17世紀に経験した熾烈なコンフェッショナリズム、この思想的な背景を

表現の自由として日本憲法が参照している、と仮に想像してみる。

この場合仮想敵は、いってみれば、国家神道ファシズムかな。

(*ところで大河ドラマの「いだてん」って、健康ファシズム視点でみると面白いらしいね。みてないけど)

「国によって右へならえを強制され続けた結果、自分たち戦争に動員されてひどい目にあった思い出」とでもいうべき動機づけは

定期的に思い出す機会があるかぎりは、ある程度は持続的たりうるのかもしれない。

でも、第二次世界大戦を思い起こしてみると、国民国家キャンペーンに煽られて動員させられる、というのは、

なにも敗戦国ドイツ日本に限った話じゃないし、アメリカ含め、あちこちの国でウイルスのようにファシズム蔓延しかけていたのが現実

またファシズムコントロールできた国もない。その意味で、真の意味ファシズムに抗し切った国はないように思う。

表現の自由っていったところで、自然の摂理かのように、神がバランスをとってくれるわけじゃないんだよね。

流されるときは、人は流されちゃう。常在菌みたいなもの

そうすると、いざ日本にとって対外的な脅威(例えばアジアの隣あたりの国らへん)が増せば、

表現の自由なんか、どうでもよくなっちゃう程度のものなんじゃないか

他国の脅威に比べればファシズムのほうがマシだろ!みたいな。

このあたりの感覚は、動機づけとしては重要なんだけど、日本場合ちゃん思想として、自分たち言葉自分たちを守る武器として昇華してないんだよね。

敗戦で混乱していた時期にすかさず、日本憲法戦勝国からもらった、というところで思考停止になった、という面はあるかもしれない。

もらったもので、とりあえず勉強して運用してみよう、という時期が最初はあってもいいかもしれない。

でも、戦後30年、40年、とりいそぎ運用していたものが定着していく、という過程

例えば「思想の自由市場」ってよくよく考えてみると、日本社会では、あまりピンと来なくね?みたいな気づきがあっても良かった。正直、「思想の自由市場」って日本社会じゃ、なんの役にも立たない理屈だと思うんだよね最近

また、フランス公立学校でのムスリムスカーフ論争。大方の日本人は、何あれ?状態。背景となる歴史が違うんだから

歴史を知らないと理解できるはずがない。

それを知らずに無理やり、政教分離って憲法に書いてあることを適用しようとしてきて、実は消化不良を起こしているんだけど、

日本人は雑食なもんでなんとかなっちゃうという。。。

そういうことがよくわかったという話。

2019-01-29

夢も希望もないけれど

歌ってみたけど音痴って言われる

楽器を扱ってみたら不協和音って言われる

絵を描いてみたけど下手くそって言われる

文章を書いてみたけど意味が分からないと言われる

踊ってみたけど、ださいって言われる

ゲームしてみたけど、プレイクソすぎって言われる

釣りをしてみても釣れなかった

サッカーしてもすぐボールを奪われた

キーパーやってもセーブできなかった

野球打率0割、投げてもノーコンキャッチもできない

水泳はまったく泳げない

スキーも滑れなくて転ぶ

スケートも滑ればない

掃除するとむしろ汚す

料理をしても美味しくできない

洗濯もうまくできない

物事が覚えられない

歴史地理も分からない

国語もよく分からない

数学理解できない

理科も分からない

こんな俺にも夢がある

絶対神ラーオベリスクオシリスエグゾディアブルーアイズホワイトエルフ剣士になって世界支配することだ

みてろよ

2019-01-23

anond:20190123094944

陳腐表現について今更説明するのも気がひけるのだが、今後の君のために例を挙げてみようと思う。

拘る者にとっては同一の言い回しが続けて出てくることやありふれた表現嫌悪不協和音を感じるものだが、単純に数をこなさないとこれに気がつかない。

通常は編集者校正の手を経て修正されるためにより敏感になるものだが、昨今のなろう量産型には当てはまらないケースが多々あるようだ。

君がもし何らかの創作というものに関わる人間なら、自分の初期作品というもの稚拙さを見ることが出来るはずだが、この文章自体陳腐さを感じないなら見るべき所が我々と違うとしか言いようがない。陳腐とは誰しもがかつて通った道の途中で捨ててきた物なのだ

2019-01-09

インフルエンザになって

今後の知見として覚えておきたいことは、予防接種しててもインフルエンザにはなるけど、予防接種しないよりはした方がよっぽど軽度で済むこと(A型になったんだけど、寒気と怠さがちょっと重い風邪くらいだった。熱が37.5度超えることもなかった)と、

咳止め薬の「フラベリック」を摂取すると、耳に入る全ての音が若干下がって聞こえるようになること。

何を聞いても半音くらい下がって聞こえるので、テレビで聞き慣れたCMサウンドロゴ普段聞いてる音楽がせんぶ少し低いので、ずっとモゾモゾする日々だった。

で、思ったんだけど、

例えばこの状態半音下がって聞こえる音に合わせて歌うと、周りには自分の声が流れてる音楽よりも半音ズレてて、不協和音気持ち悪く聞こえるのだろうか?

この辺りは薬やこの症状に詳しい人がいれば教えてもらえると嬉しい。

何はともあれ、予防接種のくだりも含めてしない自衛よりする自衛だと思ったので、皆様今後ともインフルエンザには十分お気をつけください。

2019-01-08

anond:20190108192846

それ脳の問題みたいよ。門外漢ないし多いけどそれなりに専門の方は居るみたいだから医師を調べてかかれるならかかった方がいい

自分聴覚過敏と嗅覚過敏。目があまり見えないからかな~?未熟児だったから?

都市圏だけど3キロ先の新幹線の音は毎日聞こえてたし空気匂いで天気もわかる……はいいけど電車の中でワックス匂いで死にそう。メイクする人は論外。

でもインバータの聞き分けができて音楽みたいに楽しめる。車の音も聞こえるから事故には多分会わない、ただ雑踏で全部の音が不協和音になって会話出来んけどな。

プラスマイナス‐1位だから専門探してかかるほどではないけどまあまあ日常に支障あるよ。聾唖一種(軽度)らしいからなぁ

2018-11-28

脱退メンバーがいる頃の過去映像見てると悲しくなってくる

特にファンというわけではないけど(他グループ担当なので)、

昔のTOKIOKAT-TUN映像見てると悲しくなってくる。

この人もういないんだなー・・・と思ってしまう。

メンバーについてグループについて語っているのを見ると、あ〜・・・ってなっちゃう。

残されたメンバーが今頑張ってるのはなんとなく知ってるし、

過去過去、今は今で応援してほしいんだと思うんだけど

全部地続きで見てしまう。

グループ歴史や歩みも含めて長期スパン応援できるのがアイドルのいいところだから

脱退しちゃったら、その頃言ってたことややってたことに何か不協和音があったのかもとか

表で言ってることが全部信じられなくなったりとか

色々考えてしまう。


女性アイドル方面は疎いけど、あちらは脱退が普通文化なのですごいなぁと思う。

単体推しが多いかあんまり影響ないのかな?

2018-11-08

◆延近充

レーニン帝国主義論』(大月書店文庫版):帝国主義段階の資本主義論の古典

北原勇『独占資本主義理論』(有斐閣):独占資本主義段階の理論

◇同上『現代資本主義における所有と決定』(岩波書店):現代における資本家とは?

北原伊藤山田現代資本主義をどう視るか』(青木書店):立場の異なる3人のディベート

◇井村喜代子『現代日本経済論』(有斐閣):本文で述べたような戦後日本経済構造性格

平子友長『社会主義現代世界』(青木書店):現代社会主義問題点

◇重田澄男『社会主義システム挫折』(大月書店):ソ連東欧崩壊意味

◇延近 充『薄氷帝国 アメリカ戦後資本主義世界体制とその危機構造』(御茶の水書房2012年):アメリカ主導の戦後資本主義体制の特徴とその変質,世界経済不安定性との関係

◇延近 充『対テロ戦争政治経済学』(明石書店2018年):2001年9.11同時多発テロきっかけとして始まった対テロ戦争現在も続いている。この戦争はなぜ終わらないのか?そして日本はどのように対応すべきなのか?国際政治軍事経済総合した政治経済学視角から分析する。

斎藤幸平

ポール・メイソン『ポストキャピタリズム資本主義以後の世界

ナオミ・クライン『これがすべてを変える――資本主義VS.気候変動』

アントニオ・ネグリ=マイケル・ハート『“帝国”―グローバル化世界秩序とマルチチュード可能性』

◇デヴィッド・グレーバー負債貨幣暴力の5000年』

佐々木隆

◇久留間鮫造『マルクス経済学レキシコン 全8巻』

大谷禎之介

渋谷

◇ジョン・ベラミーフォスター独占資本主義理論

◇同上『マルクスエコロジー

ポールバーケット

隅田聡一郎

ヴォフガング・シュトレーク『時間かせぎの資本主義

同上『資本主義はどう終わるのか』

ケヴィン・B・アンダーソン『周縁のマルクス

マルチェロ・ムスト 『アナザーマルクス

ウッド『資本主義に抗する民主主義

アドルノ不協和音

グレーバー官僚制ユートピア

ジェイマルクス主義全体性

2018-11-05

オタクの友人が 「ヤバい

大学進学を機に地元を離れ十数年。

三十をもうだいぶ過ぎて戻ることになった。

十代の頃に築いたオタク仲間との付き合いは、帰省した際に会う機会もあり、すでにインターネット一般的になっていたこともあって途切れずにいた。

その友人たちに、仲間のひとりであるAについての愚痴を聞かされるようになったのは、大学卒業して社会人になった頃からだったと思う。

当時、自分はAが同人活動に忙しかたこともあって滅多に会わなかったので、伝聞を鵜呑みにするのもどうかと思い、愚痴に関しては話半分に聞いていた。

だが地元に戻ってAを含むオタク仲間との密な交際が再開されると、すぐに友人たちのいう「Aがヤバい」の意味がわかるようになった。

Aのヤバさは基本的に、オタク的なことを過剰に持ち上げ、オタクじゃない人間オタク的じゃないことを下に見るところにある。

オタクを持ち上げる」ではなく、「オタク的なことを持ち上げる」と書いたのには相応の理由がある。

Aの中のオタク像が、オタクの中ではより一層オタク的なものではあるかもしれないが、オタク全般に言えることとは思えないからだ。

例えばAからすると、オタクは多額の金を使わないといけない。経済的問題趣味に金を使えないが、対象愛情はあるというオタクもいるということは納得できない。

資産家の一人っ子独身実家住みで稼いだ金を全て趣味に使えるお前には分からないだろうが、一般的には家庭を持つと色々と物入りなのだ」という内容を遠回しに諭した友人もいたが、まったく無駄だった。

これは遠回しに言ったのがよくなかったのかもしれないし、「一般的」「家庭を持つと」などと言ったのがよくなかったのかもしれないが。

異性にもてるオタク交際相手のいるオタク恋愛結婚に興味を持つオタクは「向こうに行った」と言われる。

ファッションスポーツなどオタク的じゃない趣味を持っているオタクや、仕事熱心なオタクへの当たりもきつい。

結婚予定もしくは新婚のオタクにも厳しいが、なぜか子どもの生まれオタク結婚して何年も経ったオタクには厳しくない。

Aは人前に出る人間、目立つかっこうをした人間にも厳しい。それは相手オタクであろうがそうでなかろうが関係ない。

社会には容姿差別存在すると強く抗議するが、TVネットに限らず、とにかく自分容姿を見せて仕事をする人物、派手な服装をしたオタク特にコスプレ勢)に関しては「不細工は去れ」というようなことは平気で言う。

Aいわく「人目につくという選択肢を選んだ以上、容姿批判されるのは覚悟の上でないといけない」。

だが、人の前に出る仕事をしたり目立ったことをする人間容姿に自信のある人間でないといけないというのも、それはそれで容姿差別ではないのか。

そう言ったのだが、「好きで選んでおいて差別も何もない」で終わってしまった。

これだけでなく、AはAから見てニワカやライトオタクに見えるオタク、そして若いオタク特に若い女性)に異常に厳しい。

反対に、古参ジャンル歴だけでなく年齢も加味。自分より年上の同性のオタクにはひどく甘い)は賛美する傾向にある。

それでは「Aにとってオタクではないオタク」は一体何者なのかと言えば、Aいわく「ファッション(としての)オタク」だそうだ。個性もないのに個性があると主張したいがためにオタクを利用している連中、ということらしい。

個性であることとオタクであることに何の関係があるのだと思う人もいるだろうが、Aの中ではオタクとは個性的な人間ということになっているのだ。

Twitterをはじめてからは、ジャンル内でハタチ前後若いオタク(聞くかぎりはほぼ女性)に古参として親しく接する一方、彼女らのおかし発言収集している。

そうやって集めた若いオタク勘違いした発言馬鹿にして面白がれる発言を同世代以上のオタククローズドで共有しているという。

それを我々にもまるで悪びれずに言うのでさすがに咎めたのだが、「困ったファッションオタクについて情報共有をしているだけだ。危機回避手段に過ぎない」と抗弁されてしまった。

Aはふだん仕事に関する話はほとんどしないのだが、職場環境について一回だけ話してくれたことがある。

上司や同僚がオタクでないので無趣味で、趣味で充実して毎日楽しく過ごしている自分嫉妬して嫌がらせをしてくるので面倒くさいが気にしていない」ということだった。

嫌がらせについては詳細を聞かずに何も言えないが、絶対にそういう動機ではないと思うぞ。現状について見直した方がAにとってもいいと思う」とみんな口々に言ったが、これも納得してもらえなかった。

また友人たちが身なりについてやジム通いや婚活の話などの、Aが「オタク的でない」と考える話題をすると、いちいち水を差すようなことを言う。

しかった靴を手に入れたという話題には「靴はすぐ駄目になる」と言い、ジムに通い始めたという話には「知人もジムに入会したが全然行っていない」と言い、婚活を始めたという友人には「結婚相談所のいいカモ」と言う。

Aに面と向かって言わずとも、SNSで呟いただけでそう言ってくる。

今回の投稿は、これがバズってAに届けばという気持ちで書いている。

間接的にも直接的にも、Aのへそを曲げないかぎりの範囲で言ってきたが、もう限界だ。

他人の口であれこれ言われれば(なるべくならAが仲よくしている古参オタク批判してくれれば)、初めて真剣に考えてくれるかもしれない。

十代の頃を思い起こせば、我々はみんな社会性が非常に低かった。

それは今でいうコミュ障などではない。口下手、同世代話題やノリがわからない、そういう話ではなかった。

もっと根本的に人の気持ちに鈍かったし、気遣いがなかったし、そういう社交性を馬鹿にしてもいた。

それで通用したのはお互いそれを許容できたからだ。

なぜなら、みんなほぼ同じ境遇だったから。

進学校で家庭環境はそう変わらなかったこともあり、クラスの主だったグループに属せなかったメンツということもあり、みんな趣味嗜好も悩みも似通っていた。

気遣いしなくても、「自分はこう思うから相手もこう思っているはず」がそんなに外れなかったのだ。

だが今は違う。

大人になり、みんな進路も異なり、境遇も考え方も趣味嗜好も異なっている。

今はみんな、それを分かってつき合っている。

そこに一人、自分と同じ考え以外は認めないし配慮もしないという者がいれば不協和音が生まれるのは当然だ。

だけどみんな、Aを排除したくはないのだ。

特に賢いわけでもなく他の多くの10代と同様にアホでバカなのにそれを認めたくなくて、マイノリティであることに不必要に傷ついて、プライドばかり高かった頃に同じ傷を舐め合った仲間だからだ。

Aが優しくて寛容で友人想いだった頃のことを覚えているからでもあるし、Aがオタクだったためにつらい思いをしたことも知っているからだ。

Aに、考えを曲げろとは言わない。

だが、Aの言葉に傷つく仲間がいることをどうか分かってほしい。

(そしてAよ、お前が歩む道の先が光に照らされているとはとても思えないのだ)


そう正面切って言っても分ってもらえなかったのでこれを書いているのだが。

2018-11-02

新人をいびるお局になって、5年後

なんかの記事を読んで、久しぶりに増田に書き散らそうと思ってログインしたところ、5年前に書いた日記が出てきた。あまりの懐かしさに書こうと思っていたことを全部忘れたので、せっかくだし忘備録として、あの生意気な後輩のことを書こうと思う。

わたしはお局になってしまった

https://anond.hatelabo.jp/20130619155614

生意気新人が入ってきてひたすらイライラしていたという話だ。当時は社会人4年目、少しばかり仕事も覚えて、後輩もできて部署メンバーの仲も良く、仕事が楽しくなってきた矢先の話だったので、それはもう彼に世界をぶっ壊された気がしていた。今となってはお恥ずかしい限りだ。

ありがたいことにこの醜罵詈雑言ブコメも沢山もらって、4年目ごときの小娘がお局なんて片腹痛いわみたいなことも言われて、当時はナニクソこの野郎と思ったものだが、今思えばその通りだなあと感じてあまりのほほえましさに自分で笑ってしまった。

**

あの日記を書いた後、ブコメに小娘がどうこう笑われて腹が立ったので、こうなったら真のお局になってやるわ見てろよブコメどもと思った。返事が返ってこなくても毎日大声で挨拶をして、嫌な顔されても何かにつけてしょうもないことで話かけ、飴ちゃんはいるかと聞いていらないと言われても無理やり押し付け、顔色が悪ければどうした早く帰れと言い、空調の風で寒そうだったらショッキングピンクのど派手なひざ掛けを無理やり掛けてやったりした。もう半ば嫌がらせだった。

なんやかんやで結果的に、あの日記を書いて1年も経たないうちに、彼と打ち解け、すごく仲よくなった。

特に仲良くなるきっかけがあったかどうかは全然覚えてない。気が付いたら、彼の慇懃敬語はいしか消え、私にため口をきくようになったし、普通に笑うし、私の肩も軽口も叩くようになり、私の引き出しを勝手に開けてはお菓子をチョロまかすようになっていた。

これがもう、本当に滅茶苦茶嬉しかった。あ、なんか心開いてくれたっぽいぞ!ってわかったし、なによりすごく声がやさしくなったし、私のくだらない話に笑ってくれて、見たか私のお局力!ドヤ!みたいな気分だった(この時は、お節介おばさんとお局様の差が、あまりわかっていなかった)。

そうなると自然仕事でのコミュニケーションが円滑になり、何かあれば彼もすぐ相談するし、もともと地頭はいいのでこちらもいろいろ相談するようになり、頼り頼られみたいな感じで、先輩と後輩とも知らないうちに打ち解けて、彼が入社する前よりも平和な仲良し部署になっていた。

そういえば、店員への横柄な態度もいつの間にか丁寧な態度になっていた、というか、むしろ一番気を遣うようになっていた。飲み会も一番楽しそうで、酒の量はセーブしながらもいい感じに盛り上げてくれて、おまけにカラオケもうまかった。慇懃無礼で隙あらば睨んできていたやつが、明るく楽しい普通チャラ男になった。

**

私たちのいた部署親会社に吸収されることになった。

親会社はこの平成も終わらんとする時勢にあって非常に昭和的な会社だったので、女子お茶汲みコピー以外の枠がないらしく、私だけ一般職格下げで皆と一緒に親会社へ出向する、もしくは、全然関係ない部署配置転換、という選択を迫られることになった。

一応、専門知識必要部署にいて、それなりに経験を積んで勉強もして大きな仕事を任されたりしていただけに、この状況はすごく辛かったし悔しかった。ただ救いだったのは、私以上にみんなが怒ってくれて、上司も先輩もどうにかならないか上に掛け合ってくれたし、「今すぐタイでも行ってつけてもらってこい!」みたいな本気だか冗談だかわからない言葉もありがたかった。中でも一番怒ってくれたのは彼で、役員室に殴り込んでサーバーをぶっ壊す勢いなのを必死で宥めた。こいつ相変わらずだなと思う反面、これだけ私のために彼が怒ってくれるのがすごく嬉しかったのを覚えている。私のやってきたことは会社に認めてはもらえなかったけど、彼らがこうして評価してくれていたんだなと思うと、不思議と怒りは沸いてこなかった。

こうして私だけ去った後の部署は、これがもうびっくりするぐらい空気が悪くなった。理不尽な異動に腹立しながらも古い体質の役員から自分と後輩を守ろうとする先輩と、こんな時代遅れ差別断固許すまじ討ち入り上等の彼、その板挟みになった後輩に、親会社の無神経なメンバー仕事のできない別の上司が加わり、それはもうしっちゃかめっちゃかになっていた。最初は微かだった不協和音はみるみる大きな歪みになり、最終的には、先輩と彼は口もきかなくなった。後輩はオロオロするばかりで、3日に1度ぐらいお菓子をせびりに来ては、やりづらいと愚痴って帰った。さら上司もどうしたらいいのかわからず、ただただものすごく空気が悪く、もはや誰にも修復不能なまでになっていた。

私がいたらあん空気にさせないのにという無念と、私が異動したせいでああなったのだという自責と、ただ私の力ではどうしようもなかった無力感と、とにかくもう見ているだけで本当に辛く、人間関係ってスイッチ一つでこうも変わってしまものかと思って茫然とした。

私が転職することになって、元部署メンバーが集って送別会を開いてくれた。この時には、もはや会話らしい会話をしていない彼らだったが、私を気遣ってか以前みたいに、和やかで楽しい雰囲気を作ってくれた。会社を辞めるにあたって、彼らのギスギスがとにかく心配だったが、ぎこちないながらも言葉を交わす様子を見て、これで少しでも元の状態に戻ってくれたらと思った。だがその矢先、3次会で入った居酒屋で、些細な切っ掛け、本当に些細だったと思う、彼が先輩の胸倉をつかんでの怒鳴りあいになってしまった。親会社のやり方に不満を抱きながらも、後輩たちの立場が危うくなると感じて収めるように諭してきた先輩に対し、私や後輩(繰り返しややこしいが彼にとっては先輩)がここまでコケにされて言い返せない先輩に不満を抱いていた彼が爆発してしまった。周りの人も騒然として、何とか割って入ってことを収めたものの(なお後輩は気付いたら後ろに逃げていた。危機管理のしっかりした男だ)、これが決定打となって、彼らの関係は完全に決裂してしまった。その後、ドロドロの展開は私の去った後の話なので割愛するが、裁判沙汰にもなり、私が辞めた数か月後には彼も会社を辞めてしまった。

最後送別会で帰り道に彼が言った「(私)さんが上司だったらよかったのに」という言葉を思い出す。扱いづらくて癖の強い男だったが、可愛くて素直で優秀でまっすぐな男だった。なんでみんな、彼を上手に使ってあげられないのか、すごく不満だった。彼が私を認めてくれたことが嬉しかった半面、自分に彼を使ってあげられる力がないのがすごく悔しかった。仕事を頑張って、それなりの地位につきたいと思うようになったのは、それからだろうか。まあ、現実には失敗ばかりのダメ社員で、自分仕事で手一杯なので地位云々なんてもってのほかの話ではあるが、何かあれば人を守ってあげられる立場人間になりたいと思うようになったのは、彼の影響だった。

結局、彼がいまどこで何をしているのかは全然知らないのだが、さっき自分日記を読み返して、辛い思いをしていないかなあ、元気にしているかなあ、うまくやっているかなあと心配になってきてしまった。

2018-10-11

anond:20181009211420

ポルノ存在差別」という信仰女性性的に描く女性存在が生み出す不協和音があるんだなということが垣間見える気がする

2018-07-25

リトグリハモリってなんか違和感ない?

1人1人歌ってる限りはそれぞれ相当上手いと思うし別に嫌いとかじゃないんだけど、ハモった途端になんか変。

不協和音ってほどズレてる感じじゃないんだけど…

みんなで歌ってるから誰がその違和感音源なのかもわからなくていっつもモヤモヤする。

(※歌番組とかの生歌しかいたことないかCD音源問題ないのかもしれない)

2018-06-17

JPOPの吹奏楽アレンジラップ再現できるのか

吹奏楽には全く詳しくないのだが、文化祭のJPOPステージなどを聴いているうち、「ラップのある曲ってどこまで真面目に再現するんだろう?」とふと気になって調べてみた。

結論としては、ラップ部分を「再現するルート」と「回避するルート」の2つの方向があり、それぞれのルート内でもクオリティ差が激しく表れることがわかった。

私はそれを以下のようにランク付けした。

再現ルート

回避ルート

以下、具体例とともに見ていく。

なお、サンプルは全てミュージックエイトであるウィンズスコア最近の曲しかなく、私が最近の曲に詳しくないのでラップのある曲が見つからなかった。

再現ルートレベル1.お経

イケナイ太陽ORANGE RANGE

https://www.youtube.com/watch?v=7orX_pQ6l2Q

Aメロラップ

ラップ歌詞がほぼずっと同じ音階表現されている。

さらラップ独特の細かい節回しが整然と並ぶ八分音符に吸収されてしまっており、非常に単調なリズム

まさにお経と呼ぶほかない状態

同じオレンジレンジ「花」以心電信」もお経状態ではだが、上記よりはリズム感がある。

元の歌詞をなぞることを放棄し、独自リズム構成しているからだろう。

しかミュージックエイトオレンジレンジに何か恨みがあるのだろうか。

再現ルートレベル2.無理やりな音階

さくらケツメイシ

https://www.youtube.com/watch?v=n9Vu96KCUEs

Aメロラップ

原曲の細かい上げ下げを音階の上げ下げで頑張っている。

頑張っているのはわかるが、違和感が激しく、不協和音すら感じる。

そもそもラップ音階半音未満の細かい節回しや語尾のフォールなどが主で、単純になぞって再現できるものではないのだろう。

ただし、原曲がもともと音階感の強いラップであれば、そのままなぞるだけで成功する(例:ファンモンAqua TimezSEAMO)。

再現ルートレベル3.再メロディ

睡蓮花湘南乃風

https://www.youtube.com/watch?v=n18_CivUl1Y

テンポアップサビの後のAメロラップ

ラップ雰囲気を残した状態で、脚色してメロディ化している。

そのままなぞる以上の違和感消しを行っていて理想形の一つだと思う。

回避ルートレベル1.全カット

サクラ咲ケ/嵐

https://www.youtube.com/watch?v=noTqth_1t5o

2番が終わった後のCメロラップなのだが、その時間ごと消えている。

Cメロラップ以外でも飛ばされることがあるので、仕方ないと言えば仕方ない。

回避ルートレベル2.伴奏のみ

A・RA・SHI/嵐

https://www.youtube.com/watch?v=OWOoMukSiT4

原曲では冒頭にラップがあるのだが、その部分が前奏として処理されている。

さらにサビ後のAメロラップも同じく伴奏再現

ラップがあったことを言われないと気付かないほど自然アレンジ

ややオリジナル展開気味で、ちょっと短くなっているのも好判断だと思う。

ちなみに、「感謝カンゲキ雨嵐」も同じパターン。嵐のサクラップはひたすら回避されるのは何故。

回避ルートレベル3.オリジナル展開

AM11:00HY

https://www.youtube.com/watch?v=mMW2vFAMWGo

原曲では、2番の女声パートが終わった後ラップになる。

アレンジでは原曲ラップパートを完全に破壊し、各楽器に見せ場があるオリジナル展開。

しか原曲イメージはしっかり残されていて、これも理想形の一つだと思う。

2018-06-12

プロゲーマーのチームって規模が小さすぎるよな

サッカーチーム野球チームみたいに30人ぐらい在籍しててくれないと人間関係から不協和音が聞こえないじゃないか

2018-05-13

俺はそういうアイドル推したかったわけじゃない

2016年末にリリースされた「二人セゾン」は、アイドル素人の俺の絶妙な隙間に入り込んできた。

ストリングスの効いた美メロ4つ打ち制服姿のアイドルたちのコンテンポラリーダンスフォーメーション湾岸都市の無機質さに対比する彼女たちの笑顔

それまで持ってきたアイドルへのステレオタイプが崩れていった。

俺の彼女らへの感動がピークに達したのは不協和音カップリングエキセントリック」のMVを観た時だった。

普通/エキセントリック の対比に苦悩する主人公を謳う内容の楽曲

「僕は普通と思ってる みんなこそ変わり者だ」のタイミング彼女らのダンスは紛れもなく「エキセントリック集合体」を表現し、結局主人公や周りの人間らは見方によって普通にもエキセントリックにもなれてしまうという非常にシニカルな内容になっていた。

ここまでシリアスな内容を表現できる1020代女の子がいることにただただ脱帽する限りだった。

そしてバラエティに出演すれば素朴な笑顔ややりとりを繰り返のがまた彼女らの魅力だった。

しか2017年末の紅白出演から、俺の中で何かが変わっていった。

共演する内村光良が真顔で心配するほど平手友梨奈限界を過ぎたパフォーマンス、終演直後の一部メンバーが倒れたことは切実な他のメンバーの切実な表情を切り取った写真とともに速報された。

限界ギリギリで頑張っている少女性、俗な言い方をするならスポ根的な、そういう少女たちのアティチュード。

これは確かにアイドルにおいてとても話題になるし、アイドルを推す側にとっても「あの子たちが頑張っているから推せる」というモチベーションに一番つながる。

ただ紅白でのそれは正直限界というか、度を過ぎていた。

自身が多少ならずともパフォーマンスする側に立っていた人間からそそう思うのかもしれないが、演者舞台上で倒れるなどあってはならない。

そして運営からはいくらかのお知らせがあり、一部のメンバーからブログインタビューで「もう大丈夫です」といった内容の告知があり、この件は収束した。

収束した、ようにさせているようにしか見えなかったが。

2月に初めて全握に参加した。

昼ごろのミニライブ終了後、屋外に3時間待機してレーンのメンバーふたりに対して計6-7秒程度の握手

わかったのは想像以上に画面で見る本人らより実物はとてもかわいかったし、きれいだった。

ただそれ以上のことは特に感じられず、メンバーらを見世物のように感じてしまい、もう全握には行けないような気がした。

あの場に行って感じたが、いろんなものが過密化していて、それでいて握手して直接会っているにも関わらず結局メンバーとなにかコミュニケーションがとれているというわけでもない。

夥しい数の観客がいるのに、この中の一体何人が本当にメンバーコミュニケーションがとれたのかと思うと、ひどく虚しい環境のように感じられた。

そしてまた俺自身のそういう過熱しすぎた環境に加担してしまっているとかと思うと、もうどうしたらいいのかわからなくなってしまった。

その帰路で、たまたま日向かいの会場で行われていたももクロの有安卒業ライブ待機列との熱量を、どこか羨ましく思う自分がいた。

今年は平手友梨奈不在のライブが続いた。

そしてほか数人のメンバー欠席のままワンマンライブフェスへの出演。

その度に聞こえてくる「不在のメンバーがいても素晴らしいパフォーマンスが繰り広げられている!」という賛美の声。

そうだけどさ、そうじゃないんだよ。

全員選抜でずっとシングルリリースしてきて、21人でずっとやってきたんじゃん。

それでてメンバー足りなくてもすごいって、休んでる方も出てる方もどんな気持ちなんだよ。

それでも色んな意味での「運営」は滞りなく続いていくの、本当になんなんだよ。

俺はそういうアイドル推したいんじゃないんだよ。

21人がちゃん健康活動を頑張っている姿が好きだったんだよ。

それこそ二人セゾンのあの笑顔が見たいんだよ。

アイドル推すのってこんなに大変なことだって知らなかったよ。

2018-04-04

心理は友音に審理の中にあるって言ったのは確かにお前の中のくびれのはざまの重ね理の不協和音をくつろいだ時

おれは鬱にとらえられた

そして

死んだ

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