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はてなキーワード: 忘年会とは

2018-09-19

会社飲み会

飲み会がなく、社員全員が集まるのが年に一度の忘年会しかないとこに勤めてるから想像つかんわ

会社飲み会ってどんな感じよ

もちろん人や環境にもよるだろうけど、会社の人と飲みって辛くね

2018-09-16

仕事をしたいと思ったことが一度もない

一度もというと大げさだけど、主観的にはそれほどに、仕事をしたいと思ったことがない

漫画家とか作家になりたい、という気持ちはあった

が、漫画を創りたい、小説を書きたい、ではなく、褒められたい、社会的ステータスが欲しい、有名になりたい、権利収入で楽したい、という動機だった

金銭欲や名誉欲で志望してもいいだろう

資質はなかったから相応の努力必要だったのだが、どちらの欲求もそこまで強くなかった

社会人になっても、生活費と娯楽に必要金銭を得るために、仕方なく仕事をしているんだという気持ちは変わらなかった

仕事を通じて社会貢献とか、この仕事やりがいを感じてますとか言う人もいるし、その気持ち尊い

でも、自分には全く持ち合わせていない感覚

まして、ブラック企業とか、そこまででなくとも残業休出、新忘年会とか、まっぴら御免

なぜ俺様の貴重な人生時間を、そんなことに使わせられなければならんのだ、としか考えられない

などと思って生きてきたが、同年代と比べて低収入結婚どころか恋愛も出来ず友人もおらず、受け取れる年金も少なくなる

あれこれと御託を並べて生きてきたが、仕事をしたくなかった、というより人並みの仕事ができるほどの人間じゃなかったということだった

2018-08-27

うちのクソ上司48のくせにクソ感情的で機嫌次第でキレっぽくなるヒス持ちなんだけどなんなの?ババアなの?ババアの方がまだマシだわ。

入社したてで仕事上のかかわりがあまりなかったころは忘年会とか社員旅行セクハラされたりセクハラ発言されたりコンパニオン扱いされても平気で笑って流してたけど、今はなに都合のいい時だけ調子よく性的搾取してくれとんじゃ泥酔して下水道にハマって葬式悪臭垂れ長しながら氏ねっていう感情しかない。

辞めてやるぞこのクソジジイ

さっさと結婚したい

2018-08-24

【本編】ダジャレ10スター貰わないと出られない部屋

ズキズキとした後頭部の痛みで、目が覚めた。

目に入ってきたのは、真っ白な天井と壁の殺風景な部屋。

俺が着ていたのは、入院患者が着るような水色の服だった。

部屋にも服にも見覚えがない…。

あわてて、昨日の記憶を探ってみても、なぜ、ここにいるのか思い出せない。

会社忘年会の帰り、自宅の最寄り駅までは覚えているが、そこから記憶がない。

記憶が飛ぶほど飲んだわけでもないのに…。


連絡もなしに朝帰りとは、妻にどれだけ怒られるか…と心配し、携帯を探したところで、手荷物がないことに気付いた。

昨晩、転んで頭でも打って病院に運ばれたのか?

とりあえず、看護師さんを探そう。

そう思って部屋から出ようとしたが、ドアが開かない。

鍵がかかっている…?

混乱しているうちに、人工音声のアナウンスが室内に響き渡る。

「この部屋からは、ダジャレ10スターを集めないと出られません。

繰り返します。この部屋からは、ダジャレ10スターを集めないと出られません。」

一体、何を言っているんだ…?


時間の混乱の後、俺は、この狂ったアナウンスが、どうやら本気だと悟りはじめた。

部屋でどんなに大声を張り上げても反応はなく、施錠されたドアを開ける方法は見当たらない。

外部に連絡を取る方法もない。

部屋の隅にあったノートパソコンは、かろうじてネットに繋がる。

しかし、アクセスできるのは、はてブ関係のページ(ご丁寧にも、俺のはてブアカウントログイン済みだ。)とブクマされたページだけ。

webメールログインや、ブコメ以外の書き込みなどはできなかった。

設定の裏をかけば、他のページに行ったり、助けを求めたりできるのかもしれないが、ITに疎い俺にはどうしようもない。

俺は、どこかの狂人監禁されたのだ…。


この狂人が理性に目覚める可能性や、警察がこの場所発見する可能性にかけるよりも、スターを集める方が良さそうだ。

そう思い始めたのは、数回の食事(ドアについた郵便受けのような小窓から支給された)と、数え切れないほどの脱出のための悪あがきを終えたあとだった。

他にやることもないし、ここは、狂人論理に従っておこう。

そいつ刑務所にぶち込むのはここを出てからで良い。

こうして、俺は、ダジャレスターを集めることにした。


試しに何日かブコメをしてみると、いくつか分かったことがあった。

第一ブコメで助けを求めようとしても、コメントは反映されない。

俺のブコメは全て、反映までに少し時間がかかっていた。

問題ないコメントけが投稿・反映されるのかもしれない。

第二。ダジャレスターをもらうと、その日の夜に、パソコン上に表示された数字が減る。

最初は、100000と表示されていたから、解放までに獲得すべきスターの数ということだろう。

第三。ネットに繋がるのは、午前9時から午後5時までだけ。

それ以外の時間は、暇を持て余した。

第四。ダジャレ以外でスターをもらっても数字は減らない。

政治関係過激コメントスターを荒稼ぎしようとしたが、その試みは無駄に終わった。

セルフスターダメサブアカ・複アカの利用もダメ

その他、ありとあらゆる抜け道を試してみたが、全て徒労だった。

結局、地道にダジャレブコメしてスターをもらうしかないようだ。

考えないようにしてはいたが、1週間も経つと、10スターという数字の途方もなさに直面せざるを得なくなる。

1日に数十スターというペースでは、10万に達するのはいつになることか…。

数を撃つにしても、限度がある。

やりすぎて、垢バンされれば、それで終わりだ。

妻は、子どもは、一体どうしているだろうか…。

仕事はどうなっただろうか…。

俺の失踪ニュースになっているのだろうか…。

焦りをつのらせた俺は、効率よくスターを集める方法を考え始めた。


監禁されて数ヶ月。

俺は、ダジャレについての思索を深めつつあった。

ネットに繋がらないのは、午後5時から午前9時まで。

時間だけはたっぷりあった。

ダジャレブコメにつくスターの数は、大まかにいって、ダジャレの完成度とブコメの閲覧者数に依存する。

面白くないコメントには、当然、スターはつかない。

どんなにスゴいダジャレでも、数人しか見なければ、多数のスターは望めない。

ブコメにおけるダジャレの完成度は、①困難性、②新規性、③内容関連性で構成される。

①困難性とは、そのダジャレを思い付くのが困難な度合いだ。

基本的には、文字数が長いほど困難性が高い。

濁音・半濁音・促音・長音符を無視せずともダジャレが成り立つ方が、高度でもある。

例えば、「布団がふっとんだ」より、「アルミ缶の上にあるみかん」の方が難しい。

新規性は、既に人口膾炙しているダジャレでないか、の基準である

上記の2つのダジャレは、有名過ぎて新規性ゼロだ。

また、イカ関連のダジャレイカ娘などで使い尽くされているので新規性が低い、といった具合である

③内容関連性とは、そのダジャレが、ブクマ先の内容にどれだけ関連しているか、というものだ。

どんなに困難で新規性のあるダジャレでも、ブクマ先と無関係では、閲覧者に感銘を与えられない。

ダジャレがなくても完全なマジレスとして成り立つような内容が理想的といえるだろう。

スターを集めるには、ダジャレの完成度を上げつつ、ブコメの閲覧者数を増やすことが重要だった。

ダジャレの完成度をあげるに、絶対必要もの。それは、語彙力。

ダメ元で、「ダジャレのために辞書をくれ」とブコメしたら、コメントは反映されなかったが、食事と共に広辞苑差し入れられた。

同様に、Wikipediaや韻検索サイトへのアクセスも認めさせ、語彙力のアップに努めた。

振り返ってみれば、ダジャレのためを装って、脱出のための道具を調達することも出来たのかもしれないが、この頃にはもう、破壊による脱出など頭になくなっていた。

ブコメの閲覧者数をあげるには、ホッテントリに入るページをブクマすること、早期に人気のコメントに入ること、お気に入られ数を増やす重要だ。

ブクマが伸びるページを早い段階で見極めて、ダジャレねじ込む必要がある。

また、お気に入りに入れてもらうには、ダジャレブクマカとしてのブランディング必要だ。

暇を持て余してもマジレスすることはやめて、ダジャレブクマしかしないことに決めた。

そのうち、俺は、尊敬するジェイ氏と並び、ダジャレブクマカとして認知されていった。

ネットができる時間をフルにダジャレのために使えることも重要だ。

夜の時間には、筋トレをして体力作りに励んだ。

ルームランナーダンベルは非常に役立った。

昼の集中のためには、栄養ドリンクスマートドラッグ差し入れさせた。

腰痛対策アーロンチェア重要だ。

もはや俺は、ダジャレのために全てを注いでいた。

やがて、そのときは来た。

獲得したスター10万に達したのだ。

扉が開く重厚な音のみが部屋に響いた。

自由の身になったということだろう。

しかし、そこでふと考える。

くろうして入ったのに、ブラックだった会社

女子にだけ人望 がある 常識のない上司

妻子の世話も面倒くさいし、

室外に行ったら、ブコメの質が維持できない。

至高のダジャレ志向するには、たゆまぬ試行思考必要だ。


俺は、10万1個目のスターを得るべく、ブコメを書き込む作業を再スタートした。

https://anond.hatelabo.jp/20180822170557

2018-08-14

anond:20180814113849

東京カレンダーを穴が空くほど熟読するとか、普段行かないタイプのお店でも週一から通ってみるとか。

普通に常識がありTPOが読める人」と思われたい、ってレベルの話だし、

別にそこまでしなくても、食べログぐるなびデート向けの店検索して

場所価格帯が丁度良くて無難そうな所に行けばいいだけでは…

それすら出来ない人って、仕事どうしてるんだろう。

接待で使う店探せとか忘年会幹事やれとか、どうしてるんだろうか?

2018-07-18

i-憎

所属するコミュニティ全部の中でなんとなくの「好きな人」を作るのやめたい

狭いコミュニティの中で手っ取り早く恋人を作るのをやめたい

いい雰囲気になった時好きでもないのに「私も大好きです♡♡♡」みたいな挙動とるのやめたい

それを全部秘密にするのもやめたい

どんどんどんどん首絞まってくよ〜〜〜

忘年会は気まずいし、研究発表の集まりのたびにヒヤヒヤしたくない

こんなことばっかしてるから、本当に好きな人には見透かされてるんだわ

だったら思わせぶりな行動すんなよな、同族かよ

からこそわかるし、わかってるんでしょ〜なんでそんなことするか

きじゃない人であっても好意を持ってもらえるのは嬉しいし、嫌われるのは苦しいんだよね

でも、好きでもないのに好きなふりするのは傲慢だよ〜優しさなんかじゃない

どれもこれも独りよがりだったってわかったときのしんどさ知ってるくせに

同族から苦手だし、分かり合えるつもりになっちゃったんだろうな〜〜〜〜切腹!!!!!!!!!!!!

2018-07-15

担降りするよ

別にこれといった確証みたいなのは無いけど。あぁ、でもきっと降りるってこういうことなんだろうなぁ。私は最近それをゆるゆると実感している。あ、なんだこんなに呆気ないものなんだ。と思うと同時、こんなにも好きな気持ちを引きずるものなんだ。なんて、驚きと未練。いや、この気持ちを未練と呼んだら彼にかわいそうだ。私はきっとこれからも、この先も多分神山くんのことが好きだと思う。

素敵な人を所謂担当に持てたなと思っている。今でも。最初はどっちかというと、んん、ちょっと無いなって思ってた。なんていうの、インスピレーションというよりももっと単純な所謂第一印象最初なんて軽く重岡くんから入っていったからね。そのまま重岡担になってたらどうなってたんだろう。今の一文を書くまで考えたことがなかった。けれども可能性は十分あったと思う。昔人に話したことがあった。私が神山くんを好きになったのはわりと確率としては低いもので。ありとあらゆる平行な世界線の中でも数少ない一本だと。友達、何言ってんの?って顔してた。うん、私もそう思う。でもそうなんだ。好きになった可能性を言葉に当てはめるとこうしかない。数ある世界線のうちの、一番可能性の低いものだと。

所謂自担くんがもう一人いるんだけど、その人はきっとわりとどの世界線でも好きになってたと思う。顔が好きだし。え〜!なんで今日もこんなに顔がかわいい?!っていつもおもってる。対する神山くんの顔は、綺麗だし、かわいいなーって思うけどめちゃくちゃ好き?って問われたら。んー…って濁すと思うなぁ。あ、でも世界で二番目に好きな顔がリバーフェニックス。顔の輪郭だけならちょっと似てる?……いや、似てないか。まぁそんなこんなで私はまずこの人の顔は好きになれないなって初めて見た時思った。

思ったんだけど!!!!いやー、人生何があるか分からない。だってさ、そう思った数ヶ月後ジャニショ写真買ってシングルの予約してるんだよ。神山くんが好きだからって。好きになる前までの少クラカットしてなくて良かったって自分感謝した。

重岡くんの昔からシンメって知って。(オタクあるあるシンメに弱い)ダンス見て、アクロバット見て、歌聞いて。その他諸々知って。あ、この人のこと愛さなきゃなって。

しかったなぁ。神山担してた時。だいたい二年くらい?そんなんでこんなの書くなってツッコミ絶対あるだろうけど。これは初めて降りるという概念を肌で感じた一人の人間メモです。好きになったらすぐおっきな舞台仕事来て。えっ、脚本あのクドカン?!大手劇団?!座長生田斗真?!そんな中で演技するん?!夜中に見てビックリしてその後ベッドでごろごろ喜んだ。次の日寝不足だった。でも嬉しくて。その日の午後くらいにはチケット取れるか不安だったけど。ほんと〜にチケット取れるか不安だった。最初の方の抽選ことごとく落ちて。神頼みしてたのに。もう今後チケットが当たりますようにって神棚には頼まないことにした。これ見に行けないのでは??と項垂れてたらとりあえず一般取れて。やったー!って思ってたら大阪追加公演当たった。え、自分大阪公演行くの???とか思ってたら友達から急にLINEきて神ちゃん舞台いける?って。行けるよー大丈夫!って返したら友達チケット余らせてるんだけどって話で、行きます!ってもうすぐに言った。あの時の現在は濵田くん担の方ありがとうございます。話は前後するんだけど、神山くんを好きになったばかりの頃。ちょうどしんどいな〜って思う時期で。基本的に寝たら忘れるあぱー!みたいなタイプなんだけど、その時はまぁ今考えると病んでるみたいな感じで。家でも耳にイヤホン突っ込んで話し掛けないでみたいな雰囲気出して。後に母親から精神科連れてこうかと思ってたとか言われたりして。これ笑い話。でも神山くんも頑張ってるからと思うと自分もなんとかしようって。理想とは違う今だけどあの時自分なりになんとかしようと動いてこの生活があって。わりと人生楽しいから悔いはそこまでないよ。そうさせてくれた神山くんには頭が上がらないなぁ。いつも動画漁って、こんなに頑張ってるんだと考えると自分も。とか思っちゃうよね。で、話を戻して舞台の話なんだけど。三劇場で見れて。神山くんがどんどん成長していくのが見れて良かった〜!!いつも公演終わる毎にもう胸いっぱいで。掌痒くなるくらいに拍手してた毎回。この人のこと好きで良かったなぁとつくづく感じた。こんなにこの人のこと好きで良かったなぁと考えたの初めてだよ。

神山くんのこと好きになれて本当に良かった。ダンスが上手くて歌が上手くてアクロバットが出来て。料理も出来るし、メンバーに優しいって言われるし、挙げだしたらキリないよ。器用だから器用貧乏みたいに言われることもあった。うるせー!!不器用より器用の方がいいだろ!!って。好きだなぁと思わせてくれることをいっぱい出来るし持ってる神山くんが好きだ。きっとこれからも好きだと思う。

でも、多分降りる、きっと。神山くんのことが好きだ。これまでもこれからも。これを読んだ誰かがそれは好きじゃないと考えればそれはそれで別に構わないけれど。でも私は声を大にして言いたい。神山くんのことが、これまでもこれからもきっと好き。

追い掛けるって言うのかな。それが出来なくなった。DVDCDを買わなくなった。一応稼いではいる身なのでオタクとして最低限の費用は出そうと考えてオタクやってる。CDは全種類買う、Blu-rayは特典が被らない限りは初回も通常も買う。でも出来なくなった。お金が無かったわけでもないけれど。でも買わなくなった。ちゃんと見るかな。見ないなら買わない方がマシでは?と考えてしまい買わなくなった。シングルは、言ったら怒られるだろうけど音楽性がなんて言うか、買いたいなって思えなかったものが続いた。

グループは限りなく一本に近い平行線の集まりだ。自論。その線の集まりから抜け出すにはグループから抜ける他は方法が無い。個人担の人すごいなって思う。自分絶対自担を見る時にその後ろにいるグループも見るから。それらを全部引っくるめて飲み込んで咀嚼して。そしてようやく好きかどうか言える。グループが嫌いになったわけではない。神山くんが愛しているグループが好きだ。忘年会やろうって言って神山くんの家へ集まった。そんなグループが好きだ。でも、それだけでは私の心は追い掛けようという気持ちになれなかった。グループがやりたい方向性を肌で感じて、ようやくその人が好きでじゃあ追い掛けようとする私だから

正月明け早々横浜アリーナに行った。westivalを見に。地元が笑えるくらいの悪天候でこれ間に合うかな?とか若干心配してたけど余裕で間に合った。ペンライト電池忘れてたけど。(三十分前に思い出した)時間になって七人が出てきて。神山くんかわいいな〜!って思ってた。ちょうどバクステ側のアリーナだった。センターじゃないよ。バクステ側の席が好きだ。ちょうど構成が分かりやすく見えるから。おまけに横アリで言うアリーナだったので万々歳。自チケはその公演のみで、でもやっぱりまだ行きたいなって思ったら別の公演のチケット探そうって思ってた。探さなかった。

あぁ、多分もう合わないんだろうなぁ。って公演の途中から肌で感じてしまった。文句というより、不一致。それが文句だろうと誰かが言うのなら文句で良いです。私の中では不一致だけどね。彼らがやりたくてやろうとしていること。それが今の私には些か合わなかった。ううん、些かじゃないんだろうなぁ。七割くらい合わなかった。びっくりした。コンサートでこんなこと思うんだ!って。入ったことに関しては後悔ないよ。だって神山くんかわいいしかっこよかったし。でも、いつものかわいい!かっこいい!よりも盛り上がらなかった。それは好きな人が私とは合わないなと思うことをしていたからだ。何処がどういう風に。と明確に返すのは難しいけれど。兎にも角にも、少なくとも私はこういう演出や魅せ方を見たいわけではなかった。グループ否定ではない。むしろ彼らが本当にやりたいことの答えがwestivalであるのなら。それを貫き通してほしい。貫くと言っても改良を重ねて。本人達にとって、より良いものになることを祈りたい。でも私には残念ながら合ってなかった。悲しかった。腹立たしかった。どうしてそうなの?って。なんでこんなに私の感性は捻じ曲がってるの?って。自分も見たものも、どちらにも納得は出来なかった。でも私一人なんかの我儘。そもそも本人たちの耳にまず届かないであろう声。それが万が一聞こえたとして。それだけで自分たちの信念を曲げないでほしい。絶対に。自分たちがしたいことをして、そしてファンを楽しませる。それが私の中のアイドル理想の一つであって。あの日、後ろにいたまだ若い高校生くらいかな?)女の子たち。楽しそうだったなぁ。ドラゴンドッグ歌うって時に、え、ヤバイヤバイ!みたいな。ヤバイ連呼で内心出川哲朗になってるよ><ってちょっと笑った。パラチャーの前の映像でめちゃくちゃキャーキャー言ってて。若いなぁ、楽しそうだなぁって。すっごい大きな声出してて。でも全然辛くなさそうで。むしろ楽しそうで。あぁ、彼らにこういう女の子たちのファンがいて良かったなとつくづく感じた。そしてあまり盛り上がれなかった自分。惨めだ。

それから電車乗りながら考えて。チケットは探さないこと。それと、多分もうコンサートは行かないだろうなぁ。なんて結論が出た。自分が合わないなぁと思うものの中でアイドルをする神山くん。どんな彼も好きではあるけど、応援し続けたいかと問われたら素直に首を縦には触れない。神山くんが、それらを自分のやりたいこととするなら口出しなんて出来るわけない。むしろ頑張れって言うよ。でもそれを追い掛けることは多分出来ない。残念ながらそこまで感性が豊かでないというか。神山くんをひたすら純粋に素敵と思う前に色んな邪念を持つだろうから。色々なものも買わなくなったし、ここら辺が潮時なんだろうなと。ぼんやり。帰り道、だんだん地元に近付く景色を見ながら考えていた。

でもやっぱり神山くんのことは好きだ。彼の何がすごいかって、見る度に好きだなぁと思わせてくれる所。すごくない?見る度に私この人のこと好き!好きで良かった!と思えてしまうの。そんなアイドル、きっとなかなかいないよ。みんな心の何処かで大好きな人に対して多かれ少なかれ受け入れない部分がある。そりゃあ神山くんにそれが無いとは言い切れないけど。でも姿を見て、歌ったり踊ったりする姿を見ると好き!って感じてしまうのだ。好きって気持ちサイコーサイコーだけど、でもも応援することはしない。私が理想のしない神山くんの理想の中でアイドルとして彼は生きていくから。残念ながら私はその齟齬を飲み込めるほど心が広くない。もうファンでなくなってしまうなと同時に考えた。

それからちょっと楽になった。もう追い掛けないと決めたら、その前まで番組を見逃したりしてファンとしてどうなのと思ってたけどそれが無くなって。気持ちが軽くなった気がする。CDDVDを買わない後ろめたさから解放された気がした。見たい時に見て、見たくない時は見ない。それだけでかなり楽になった。ちなみに今まで買ったものはまだ売りません。無意識のうちに楽じゃない好きを持ち続けないといけないって考えていたことに気付く。でも今は楽だ。もう降りるから

ここまでつらつら書いたけど。もー文章支離滅裂でびっくり。担降りブログ書く人、よくもまぁあんな端的に且つおもしろく書けるよね。ジャニオタ文豪。一理ある。とりあえずは九月の舞台を見て。ちょうど九月がFC更新時期だから。このまま更新せずに。そうしていずれメールが来なくなることを思い描いている。でも舞台には行く。一回くらい行きたいって思った。好きだから最初に肉眼で神山くんを見たいのが舞台から。それで舞台は見たいと思ったんだろうなぁ。チケットは本当にドンのケツって感じの一番後ろの一番値段が優しい席。そこで好き!とはなる。きっと。けれど、じゃあまた追い掛けよう!とはならない。気がする。どうなるか分からないけどね。でもとりあえずは舞台見て。神山くん好きだなぁとしみじみ思いながら降りる。でも好きだよ。これまでもこれからも。

神山くん担してて楽しかった。ラキセはギリギリ行けなくて。次のなうぇすと入ったらドラマと被って髪が黒かった。もしかしなくとも黒髪神山くんを肉眼で見れてしまう?案の定そうで。本人は黒は子供っぽく見られるからと言うけど、私は黒も大好きだよ。茶色も、金も、たっくさん他の色も。そう、なうぇすとでさ、トランペット吹いてたじゃん。一応音楽齧ってて、そんな自分の耳で聞いた神山くんのトランペットの音はもうとびきり柔らかくて優しくて。ちょっと荒削りなところがあって。こんな優しい音を出せる人が好きなんだ。そう考えると誇らしかった。自担すごいでしょ、って。あと先陣切って花道歩いてたのもかっこよかったなぁ。あとタオル落とした人に対して落としたタオル拾って、汗拭ってから返してた。返された人、崩れ落ちて。あと頭にリボン付けてたのもかわいかった。ええやんけェ!だ。私が珍しく振り付け覚えたやつ。あと、あと、そう。七人で並んだ時ね、重岡くんと神山くんが隣で。前の曲の余韻でちょっかい出す重岡くんを神山くんが柔らかく笑いながら、ちょんっと押し飛ばしたの。それがもう二人の世界で。見ちゃったな、なんて気分になって。それと同時に胸がきゅうっとして、見れてしまたことが幸せだった。神山くんを好きになるきっかけ(?)である重岡くん。神山くんに対して普段ちょっと遠慮がち(?)なのに。ああいう時には二人だけの世界なっちゃってさ。見てて幸せだったよ、ありがとう

あとドラマ日曜日、楽しみだった。同じクールで他に好きな人ドラマ出てて。今年の冬終わらないでって三月に入ってからずっと願ってた。こぐちゃんかわいかったよ。特別目立つわけではないかもしれない。でもちゃん存在感があって。この子はどんなキャラクターなんだろ?って視聴者に印象付けするのが得意な人だなと思った。全話通してかわいかった。だから偉い人お願い、円盤出して。今からでも遅くないよ。それは買うから。ここで言わず手紙書こうね自分

他にも色々と書きたいことあるだろうけど。とりあえずは浮かばいからここまで。これまでもこれからも、きっと神山くんのことが好き。そうでいたいな。そしてこれは単なる我儘だけど、見るたびに好きと思える神山くんがずっと続きますように。

あと遅くなったけど誕生日おめでとう!

2017.7.15

2018-06-23

バーで社会勉強した話

増田には、初カキコなので、長文乱文は許して欲しい。

数年前の話になる。

当時は、30代前半、未婚子なしで、独身まっしぐらだった。

出張も多く、年間半分以上は海外という状態

会議が深夜から始まることが多く、日本の家も寝るだけの場所だったので、解約した。

実家が近かったけれど、ウィークリーマンションを借りるか、ホテルに泊まるようになっていた。

ふとしたきっかけで、御飯が充実しているバーを見つけて、

会議で帰りが深夜2時くらいになると、そこでご飯を食べるようになった。

私は飲めないのだが、申し訳なかったので、ビールを一杯か、ノンアルコールカクテルだけは飲んだ。

そこで、酔っぱらった彼女に話しかけられたのが出会いだった。

彼女は、50代くらいのシングルマザーで成人したお子さんが3人いる。

綺麗な人で、姉御的な雰囲気がある、柔らかい印象だった。

彼女まったりした雰囲気に癒されていた私は、自分の話はしなかったけれど、

気分転換になっていたことは確かだと思う。

子育てがひと段落し、バーで出会ったらしい彼氏と、恋を楽しんでいるようだった。

彼女の生い立ちや恋バナを聞いていたら、連絡先を聞かれた。

「こういうの私、普段しないのよ、今度ご飯に行こう、会わせたい人がいるの、気があうと思う。」

若いバーのマスターが「あの人はいい人だよ」と言うので、ご飯に行った。

誘われた場所に行くと、彼女より10歳くらい年上の男性がいた。

彼氏というその人は、かなり上下関係に厳しい人で、上司とその奥さんと飲んでいるようだった。

地元と言うのは面倒で、

その彼氏ともれなく共通の知人がいたり、若干の仕事上のつながりがあったりで

無下にも出来ず、深夜に呼び出されたら、行くようになった。

イエスマンと化して、ただ時を過ぎるのを待ち、飲めもしないのに、飲むふりをして、

かなり苦痛時間が続き、限界だなと思い始めていた。

そして、少しずつ、彼女に対して、疑問に思う事が出て来た。

タクシー移動の時や、彼氏お土産を買うと言っては、

「小さいお金持ってる?」と言ってくる。

もちろん、大した額でもないので、最初は気にせずに渡していた。

一緒にご飯を食べても「いくら払ったらいい?」と聞いてくる。

いくらって、半額でしょ?しかも飲んでるのそっちでしょ」

と思いながらも、そう聞かれたら、半分下さいとは言えなかった。

働いている様子はあったが「携帯代払えないから、息子に連絡しよー」とか平気で言う。

「私もあなたくらいの時にやりたい事がたくさんあった」

と言うのが口癖で、海外の話をよく聞いて来た。

実際、仕事なので、観光には縁がなく、あまり答えられなかったけど

苦労したんだろうなと思って聞いていた。

すると、「母親が具合が良くないんだけど、息子たちが旅行に連れてってくれるよ!だから頑張ろうって言ってるの」

と言った時「自分が連れてくんじゃないんだ」とかなり引き気味になっていた。

もうだめだ、やめよう。と思っていたが、

なぜか、その時は、2人を無視出来なかった。

ある時、同僚と入った出張先のホテルのバーで、その話をしたら、

「バーでは珍しい話ではありません。水商売の人も不倫も多いしですし、

 お金ルーズな人も多いです。 

 でも、君は普通の人でしょ。元の世界に帰りなさい。」

と言われた。

そして、「バーに入る時は、ある程度、高級なところに入った方がいいですよ」と忠告してくれた。

同僚も「金づるとダシじゃん、バカなの、お前」とキレた。

その時、初めて、それに気づいた。

2人は、別々に来たし、別々に帰って行っていた。

彼女から子供の話は聞いたけど、彼氏から家庭の話は聞かなかった。

私は、アホだった。

それから、速攻で電話番号を変えたので、その後のことは知らないが、

年末忘年会で、違う居酒屋に行ったら、

2人はかなりの有名人だった事がわかった。

そして、件のバーは、マスタークズで、女の子に手を出しまくり、犯罪で捕まって、潰れた。

彼らにあっていた時、かなり苦痛だったのに、

全く状況を理解出来ず、使命感のようなものに囚われて(うまく言えない)

半年くらい無駄にした。

今でも、何がどうなって、そうしていたのか、よくわからない。

私は、友達があまりいない。

から何まで話す人もいないし、聞いたりもしない。

深入りした人間関係ばかりでなくても、それでもいいと思って来た。

でも、こう言う形で、人間関係勉強するとは思っていなかった。

2人が悪い人かどうかは、わからないけれど、

爆弾て落ちてるもんだなと思った出来事でした。

読んでいただいた方、ありがとうございました。

2018-06-07

anond:20180607192410

歓迎会忘年会送別会の類は普通にあるだろ。

それ以外に日常的に同僚同士で飲んでる人は女性高齢男性だと元々少なかっただろうし。

2018-06-04

会社の鍋で直箸って普通に気持ち悪くないですか?

去年の会社忘年会しゃぶしゃぶだった。

職場には女性は私しかいなくて

他の参加メンバーは25~60歳くらいの男性7,8人。

ちなみに私は20代半ばです。

かに11月頃「鍋でいいか?」って確認してくれた覚えはあるんだけど。

経費でおいしいもの食べられるし喜んで「はい」って答えたんだけど。

でもまさか直箸だなんて思わなくない?

その前にお呼ばれしていった会社取引先との忘年会も鍋だったんだけど

ちゃんとみんな菜箸とおたまを使っていたので普通にそれが普通だと思ってた。

あっ、この人たちみんな直箸のつもりだってなんとなく気づいて

さりげなく飲食店が持ってきてくれた菜箸を置いたりしたんだけどだめだったなあ。

個人的に本当に生理的に無理な人もいて、その人は「確認したでしょ!?」って文句をぶつけてくるし。

本当に気持ち悪くてなんか雰囲気悪くするのもあれだなって我慢して食べようと思ったんだけど黒豚のしゃぶしゃぶ1枚が限界だった。

数か月経ったけど今でも吐きたいと思ってる。

どうなんですかね?

いやでもやっぱり職場中年男性と一緒に鍋をつつくの本当無理でしょ。

まあ何が一番気持ちいかって「お願いなので菜箸使って下さい」って頑張って言ったのに

それを聞き入れてもらえなかったことかな。

そんなんだからお前はハゲなんだよ、ハゲ

2018-06-02

世界摂食障害の日

初めて投稿します。

.

みなさんは6月2日が何の日かご存知ですか。

世界摂食障害の日だそうです。

私もそれを知ってから今年で2回目。

せっかくの日なので、私も少し、摂食障害のことをみなさんに知ってもらえたらという思いで書き綴ります

自己満足です。

ただ自分過去をこの機会に振り返ろうと思って記す備忘録です。

ある程度道が拓けたと感じている今の思いも綴れたらと思います

.

摂食障害というと、拒食症が有名でしょうか。

異様に痩せ細った身体がよくメディアに取り上げられますよね。

でも摂食障害はそれだけではありません。

大量に食べては吐く過食嘔吐

また大量に食べるが吐くことができない非嘔吐過食もあります

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私は高校生の頃、拒食症でした。

きっかけは1kg増えてしまった体重を落とさなきゃとダイエットを始めたこと。

たったそれだけです。

でも何も食べなかったら4kgくらい落ちたのが気持ちよくて、

また何も食べず体調を崩してしまったのを周囲に心配してもらえたのが嬉しくて、

どんどんハマっていきました。

.

当時は難関の大学を目指しており、寝るとき食べるとき意外は言葉どおり全て勉強に費やしていたりして知らず知らずにストレスが溜まっていたこと。

家庭環境が複雑だったこと。

母親から強く責められることが多く、もともと自己否定感が強かったこと。

完璧主義だったこと。

色んな私の性格に、ダイエットというきっかけが合わさって、拒食症世界に引きずり込まれて行きました。

大学合格とともに手に入れたのは、身長164cm体重37kgの身体でした。

拒食症としてはそこまで軽い体重ではありませんが。

.

当時は自分が大好きでした。

ダイエットを頑張れる自分は凄いと思ったし、

大学合格のため一日中誘惑に負けず勉強できる自分もすごいと思いました。

もちろん口には出しませんが、自分の周りの人たちはそれができない心の弱い人だと内心見下していました。

今思えば、一番心が弱かったのは自分自身です。

摂食障害ドーピングしないと、生きていけないほどに心が弱かったんです。

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大学入学後、一人暮らしを始めました。

入学後しばらくは本当に楽しく過ごしました。

完璧主義だった私に、一人暮らし大学は、良くも悪くも色んなことを教えてくれました。

授業でSを取らなくても、単位がもらえること。

部活練習後、夜遅い時間友達ラーメンを食べに行くこと。

勉強のため毎朝5時に起きなくてもいいこと。

夜遅くまで友達と飲んで、ときには昼の12時に起きたっていいこと。

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そんな中で完璧主義は多少和らいで、そのせいなのか体重も5,6kg自然に増やすことができました。

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大学1年生の夏、家族が私の住む家へ遊びに来ました。

そこで、私がどんなに高校生の頃自分の首を絞めて生きていたのか、思い知りました。

から色んなことを言われました。

「〜ちゃんは少食だから、このお店の定食全部は食べられないでしょ?」

「〜ちゃんは今でもきっと朝早くから起きて勉強してるんだよね、えらいね

「部屋いつも綺麗にしてるのね、えらいね

自由に生き始めた自分を押し殺して、少し高校生の頃に戻って「いい子」で過ごした4日間はとても苦痛でした。

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このあたりから父と母の関係が更に悪化したこともあって、家族とは連絡を極力取りたくないと思うようになりました。

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そして時は流れて12月。

忘年会シーズンで、色んな団体忘年会に参加しなくてはならず、体重は更に増え、拒食になる前の体重をついに超えました。

そこからどうしたらいいのかわからなくなってしまいました。

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もともと、飲み会など食べ物がたくさん出る場は、何をどう食べていいのか分からず、苦手でした。

からいからこそ、人以上にたくさん食べ過ぎてしまます

飢餓から解き放たれた獣のような感じで、たくさん食べて、翌日後悔します。

だいたい今までは、その翌日に断食をする事でなんとかやり過ごしていました。

そう振り返ると、大学に入ってからも完全に拒食症から解き放たれていたわけではありませんでした。

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12月は飲み会続きで、翌日断食をすることもできず、不安と恐怖だけがつのりました。

自分自分制御が効かなくなり、気付けばコンビニスーパーで大量に買い込んでは、一度に食べるのが習慣になりました。

その頃新しく始めたバイト先で、毎日暴言を浴びていたストレスも原因にあったと思います

そこからは、非嘔吐過食の始まりです。

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ここで忘れないで頂きたいのは、非嘔吐過食に苦しむ人たちは、いつも頭の中は「痩せたい」でいっぱいなのだということです。

行動と照らし合わせたら、信じていただけないかもしれませんが、誰よりも痩せたいと思っています

いつも「痩せたい」で頭が支配される病気、それが摂食障害なのかもしれません。

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拒食症の時から一変、非嘔吐過食の時は何もかも頑張れなくなりました。

朝起きるのもつらく、おしゃれをするのもつらく、化粧もしなくなりました。

勉強も頑張れませんでした。

学校休みがちになりました。

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そして拒食症の頃、自分で内心バカにして来た対象自分のものとなりました。

ダイエットすら頑張れない。

勉強も頑張れない。

過食して家にこもって涙を流してばかり。

そんな自分が大嫌いになりました。

高層の建物に忍び込んで、飛び降りようとしたこともありました。

犬のリードを買って、首を絞めたこともあります

すべて死に切れないことが怖くて、最後まではやり遂げられませんでした。

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医者にも行きました。

初めて行った医者では摂食障害は専門には診ていないところだったからか、個人的に心が傷つくことを言われ、薬を出されて帰されました。

そしてまた誰もわかってくれないという思いで、過食が酷くなりました。

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ただそんな私も、色んな人に支えられて、あれから1年以上経って、普通食事を取れる日は増えて来ています

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2回目はすがるような思いで専門病院を訪ね、そこで良い先生出会えました。

「過食しないと生きていけないくらい、心が辛いんだよ。過食は悪じゃない、ないと生きていけない大切なものなんだよ。」

そう言われてからスッと心が軽くなり、過食は減ることはありませんでしたが、罪悪感で心がはち切れそうになることはなくなりました。

今は授業の関係上、病院に通うことはできていませんが、今でもたまにまた話を聞いていただきたいな、と思うことがあります

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また大学休みがちになった時、1人だけ熱心に私に電話をかけたり、家を訪ねたりしてくれた友人がいました。

の子は私とは対極的の楽観主義者で、今はどんな状況でもその子に励ましてもらって頑張ることができています

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今の自分の体型はとても、嫌いです。

今でも痩せたいといつも思っています

メンタル完璧ではありません。

特に生理前は特に気持ちが崩れやすく、学校に行けない日もまだまだあります

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でも私は摂食障害経験できて良かったと、心の底からと言ったら嘘になりますが、少しだけ、思っています

もし摂食障害にならなかったら、私は挫折経験せず、自分より劣る人の気持ちなんて考えず、内心バカにして生き続けたでしょう。

そんな私の心を広くしてくれました、また人の気持ちがよりわかるようになりました、思いやりを持てるようになりました。

神様から「お前はこのままではいけない」と与えられた試練だったのではないかと、今は考えています

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先ほども述べましたが、私もまだまだ万全ではありません。

身体健康的になりましたが、時には辛くて辛くて仕方ない日もあります

過食が止まらない日もあります

まだまだ自分が大嫌いです。

人と自分を体型や成績、全てのことで比べがちです。

まだまだ課題が沢山あります

摂食障害と私のおつきあいは、きっとこれからもしばらく続くんだと思います

それでも平穏にお付き合いをして、いつかはお別れをしたいです。

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一番伝えたいのは、「一見健康そうに見えても、摂食障害と闘っている人は沢山いる」のだということ。

これは摂食障害の9つの真実、というものにも取り上げられています

http://peerful.jp/articles/eating-disorder/7255.html

あなたの周りにももしかしたら、闘ってる人がいるかもしれません。

気づいたらそっと、見守ってあげてください。

辛そうな時は寄り添ってあげてください。

それだけできっと救われます

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上長々と失礼しました。

少しでも摂食障害への理解が深まりますように。

2018-05-07

日本人は酒弱いんだから

強制参加の忘年会とか

あいう悪習断ち切るべき民族なのに

なんでいつまで続けてんの?

 

マッチョ気取りのデブジジイ上司忖度して

いつまでも社会悪を放っておくつもりか?

 

普段、やれ「LGBT生物学的に間違ってる」とか

「女は産む機械」だのの

くだらない自然の理を振りかざすのなら

アルコールに弱いモンゴロイドだという自覚をもって

文化から離れるべきじゃないんですかね? 

日本人さんよ

2018-04-15

AV女優にすら拒絶されて童貞のまま死んだAV男優

二〇〇二年十月。V&Rのスタッフが出演依頼の電話をかけたとき母親らしき女性が「あの子は家のマンションから飛び降りて死んだ」と呟いた。鈴鹿イチ ロー(33)という特殊AV男優が、絶望を背負ってベランダの柵を越え、自らの命を絶った。生を受けてからひたすら負けて、屈折に屈折を重ねて、徹底的に 後ろ向きであり続けた男の悲惨な結末だった。無職恋人を一度ももたことがなかった。毎晩、巨乳ビデオを借りてオナニーする。それだけが女との接点だっ た。揺れる乳を触ってみたくて、どうしても柔らかいあの乳に顔を埋めたくて、AV男優になろうと決意したとき、AV界のイチローになろうとイチローという 名前をつけた。飛び降りたのは十五階建て高層マンション最上階、黒いアスファルトに頭から落ちて即死だった。早朝五時近くの出来事だった。誰にも気づか れることなく、孤独自殺したのである鈴鹿イチローはAV男優になっても一発すらセックスできず、絶対に夢や理想希望が叶うことのないこの世界を呪っ て、仕事友達恋人も楽しかった思い出もなにもなく、溢れんばかりの大きな絶望だけを抱えて、この世から消えていったのだった。

 二〇〇三年九月九日。鈴鹿の死から一年が経った晴れの日、将来は時代劇に出演して有名になりたい無職石井ちゃん(44)、無職で激寒な中川 (35)、先日倉庫解雇になって女とセックスしたいか男優志願したミソピーナツ村田24)、元V&R社員で重度の鬱病小林(26)、そしてイン ジャン古河(32)らが巣鴨スタジオに集結した。あのキチガイ飲み会ビデオ『うわさのミスコンパニオン』の撮影のためである。男たちは心が沈んでくるマイ ナスだけの奇妙なオーラを発していて、「ネプチェーンは2人か3人か?」という話題を笑ったり悩んだりしながら30分以上話していて、もはや普通じゃな かった。山ほどの缶ビール焼酎の3リットル瓶が用意され、『追悼 鈴鹿イチローお別れする会』という特注の立派な看板鈴鹿イチローが無表情でピースし ている写真が掲げられ、インジャン古河の「かんぱぁぁぁ~い!」という高らかな声でコップを重ねて飲み会が始まった。最初から一気飲みだった。口に運ぶ手 が休めば、「鈴鹿は飲みたくても飲めないんだぞ」と拳を振りあげる元暴走族暴力的インジャンに脅され、全員が怯えながらもの凄い勢いでアルコールを摂 取していった。宴会はあまり盛りあがらなかった。鈴鹿の死を初めて知った石井ちゃんは、健康に気を使ってるよう学習したようで「これ以上飲むと死んじゃ う」と吐く前に飲みを辞め、中川はいものように開始十分間で「もう飲めません」とお酌を拒絶。赤、白、黄色コンパニオンを投入して、乳を触らせてあげ ると色仕掛けにでるが、2人は頑なにインジャンのお酌を払いのけた。異常なペースで飲むのは、小林だけだった。焼酎ストレートを水のようにあけ、一瞬で ボトルがなくなってしまう。異常なペースだった。鬱病小林は「なんで飲まないんだよ、飲めよ。俺は頭狂ってるけど飲んでるんだよ」と寒い中川に絡みだ し、「飲めよ飲めよテメー飲めよ」ととまらなくなった。前々作、小林は悪酔いして病魔が襲い泣いていた。鈴鹿に「元気だせよ」と励まされた経験あるが、あ いつは死にたいから死んだんだよ、だからどうでもいいんだよ、鈴鹿なんかより飲めよと、冷たい死についてのコメント酔っぱらいながら簡潔に言っていた。 インジャンは「勘弁して下さい」と土下座する石井ちゃんにキレてしまって、グーで思いっきりぶっ飛ばししまった。吹き飛んだ石井ちゃんは壁に頭をぶつ け、ゴンと鳴って倒れた。石井ちゃんは「ポカリポカリ」と命乞いで決死洒落をかましたが、インジャンは「テメー飲め」と最終宣告してさらに拒絶した石 井ちゃんの上に乗って、顔面パンチを乱打。頭から血を流す凄惨な流血沙汰となった。さらイカれてるインジャンナイフをだして、銀色の刃を光らせて 「飲まないと刺し殺す」と不気味に呟いて、石井ちゃん絶望して一口だけビールを飲んだのだ。なにも聞かされてない女たちは、ずっと怯えきっていた。一口 しか飲まなかった石井ちゃんは、回し蹴りの決定打を喰らい、足下から崩れるように倒れてしまった。インジャンはダウンした石井ちゃんの口を無理矢理こじあ け、オマエなんて死んでもいいんだと焼酎を大量に流し込んでいる。鬼より非道い男だった。

 可愛い女の子セックスできると指折り数えて撮影を待って、念願の初出演を果たしたミソピーナツは、あり得ないキチガイ沙汰を呆然と眺めて涙を流してし まった。石井ちゃんリンチしたインジャンは、前にいたミソピーナツに酒を勧めた。ミソピーナツインジャンが近づいてくると「ヤダヤダ……」と言って震 えて「帰りたい、帰りたい」と泣きだし、怯えながら飲むふりしてコップを置いた。インジャンの目つきが変わった。再びナイフを出したインジャンはミソピー ナツの頬にナイフを立てて家族構成を聞き、「飲まないと、親を殺して妹を犯す」と宣言した。これ以上ない絶望的な表情のミソピーナツ小林が「飲めよ、テ メー飲めよ。チビ飲めよ」と抱きつき、震える裏声で「ママ~助けてぇぇ」と最後の声を振り絞って崩壊してしまった。当たり前だが、ママは来なかった。

 

 俺が初めて鈴鹿イチローに会ったのは五年前、『東京セックススタイル2』の撮影ときだった。出演男優オーディションがあった変わった企画で、そこに 鈴鹿イチローがやって来たのだった。鈴鹿は「なぜAV男優に?」というモデル質問に「有名になりたい。アイドルになって、みんなを見返してやりたい」と 真剣に応えていた。狂ってるけど前向きな人だな、と思ったのが鈴鹿最初の印象だった。それから忘年会撮影現場でたまに鈴鹿を見掛けることがあった。 「生きていて、なにも良いことがない」と時間が経つほど、ネガティブ発言が目立つようになった。二年後には自律神経が壊れて、舌が絶え間なく痙攣する病 魔に襲われキモチが悪かった。竹本から鈴鹿イチローの死を聞いたときあいつなら死にそうだなと驚きはなかった。しかし前向きにAV男優を志願した鈴鹿イ チローは、なぜ死を選択するまで追い詰められたのだろう。

 鈴鹿実家は、神戸である。ために撮影に呼ばれると、電車上京していた。死に場所となってしまった実家は、一階に映画館がある神戸新開地の超一等地。 裕福な家庭に生まれている。幼い頃から勉強だけはそこそこできたようで、将来は医者になりたいという夢があった。初めての挫折は、高校受験神戸の有名な 進学校受験して、有名進学校というブランドとそこからエリートとして羽ばたく華麗な人生妄想したが、落ちた。妥協した中堅校からリベンジ医学部を 受けたが、また全滅。妥協をして、水産大学校という国立大学に進学した。鈴鹿水産のようなマイナー職業では、医者ほどの華麗な将来の想像はできなかっ た。なんで俺は上手くいかないんだ、屈折は胸の奥底で脈々と育っていた。鈴鹿がまず欲しかったのは、圧倒的なステータスである社会的地位があり、みなか ら羨望の眼差しにみられ、勝者で女にモテまくるような人間にどうしてもなりたかった。

 医者を諦めてから、まったくヤリたいことは見つからなかった。目標ないままあるメーカー就職した。また妥協選択だった。営業部に配属され一日で嫌に なり、一週間後に「なんでこんな仕事をせなあかんのや」と上司に叫んで辞めてしまった。人に頭を下げるような低いレベル人間でない、鈴鹿はそう思ってい た。会社を辞める頃、頭がハゲてきた。シャンプーすると毛がゴッソリ抜け、だんだん頭皮が見えてくる。ハゲは女にバカにされる。ハゲは嫌いという女の声 が四方八方から聞こえ、勝者になれぬうちにハゲてきたことに焦った。不幸な運命を呪った。女にモテ目標もつことすら困難になり、新しい職業も見つから ず、家に引きこもるようになった。鈴鹿趣味は、貯金ゲームであるバイト代や親からお小遣いを一銭も使わず貯めて、通帳を眺めて少しづつ増えていく 数字を眺めてささやか優越感に浸っていた。貯金好きの鈴鹿は、本当にケチだった。竹本シンゴプライベート神戸に遊びに来て会ったとき、「オマエ、奢 れよ」と言われたことがあった。清水の舞台から飛び降りる思いで、駅前立ち食いソバ屋に竹本を連れていき、なにが食べたいかを聞かず、百八十円のかけう どんを注文した。鈴鹿イチロー自分のぶんと、三百六十円を支払った。

 長年無職が続き、焦っていた。すべてを一発逆転できる職業への憧れが強まった。職歴ない若ハゲという弱者が逆転できるのは、有名人しかなかった。歌手タレントになって誰もが知る存在になり、一刻も早く屈折だらけの人生ピリオドを打ちたかった。雑誌立ち読みして、芸能事務所テレビ局オーディショ ンの宛先に応募した。ハゲている。成功を手に入れたいと一通、一通、合格してデビューする想像をしながら、書類記述したが、ジャニーズのようなアイドル 系は名前すら読まれことなく秒殺で書類落ち、俳優系もいくら送っても連絡は来なかった。歌も喋りもどちらかといえば苦手で、鈴鹿最後希望も実現はあ まりにも厳しかった。どれだけ落選しても、目立ちたいという情念は強まるばかりだった。テレビ番組エキストラ素人企画にも送り、少しでも自分が画面に 映った場面を録画して、テープがすり切れるほど眺めるのが好きだった。

 夜と昼の生活は逆転していた。昼過ぎまで眠って夕方までゲームして、夜は新開地繁華街徘徊する。それが恋人はもちろん、友人すらいない鈴鹿生活の すべてだった。ラブホに消えていくカップルを恨めしそうに眺めて、唇を噛みしめてアダルトビデオを借りて朝方までオナニーして寝る。その繰り返しだった。 心から巨乳が好きだった。飯島直子の胸の膨らみで、何回絶頂に達したかからない。芸能事務所から何年間も無視された鈴鹿は、AV男優で有名になる変化球 を思いついた。社会的地位が低いのが玉に瑕だが、大好きな巨乳を舐めて吸って顔を埋めて、お金もらえて有名になれれば最高までいかないが、プライドの高い 鈴鹿も納得できる範疇だった。

 二十九歳。V&Rに男優志願した。若ハゲキモチ悪いルックス竹本テンプルすわに受けて、出演を果たした。竹本とすわは顔がキモチ悪くて、ハゲてる から面白がって呼んでただけだったが、鈴鹿加藤鷹のような圧倒的な存在を狙っていた。何本出演しても女のコに嫌がられ、セックスまでたどりつかない。予 定と全然違う男優生活だった。女はホストみたいな男優が触ると喜ぶくせに、鈴鹿が触ると睨んで「キモイんだよ」なんて言いだす。社会的地位が低い男優すら つとまらない現実絶望し、悩みすぎて神経を崩壊させていた。三十一歳。『うわさのミスコンパオン3』の頃は舌の痙攣がとまらない神経症に冒され、やるこ とない生活が災いしてアルコール依存になっていた。ハゲがつむじまで達して、恐ろしくおでこが広い波平さんみたいなルックスになったとき鈴鹿はようやく キムタクみたいな圧倒的勝者の芸能人になることを諦めたのだった。

 ナイフをだしたインジャン古河脅迫暴行まらず、小林アルコール過剰摂取で狂いだし、石井ちゃんは流血して、ミソピーナツは怯えて泣きだして、コ ンパニオンは女の子同士で手を取りあって震えるばかりで、拉致が明かなくなり撮影は一時中断した。下手くそな字で第二部と描かれた張り紙が張られ、再び乾 杯となって全員強制的に一気飲みとなった。ガクガク震えがとまらないミソピーナツはコップすら持てない状態だったが、インジャンに親を殺されてたまるか と、泣きながらビールを胃に流し込んだ。「テメー飲めよ。俺は竹本シンゴが好きだから、頑張ってるんだよ。精神安定剤と酒はあわねえんだけど、頑張ってる んだよ。竹本シンゴが好きなんだよ。俺は竹本さんが……」

 気味が悪いが小林は、竹本シンゴ恋愛感情を持ってるようだった。小林独り言の絶叫はとまらなくなり、何百回と竹本への愛の告白しながら拳を握り「テ メー飲めよ」と暴力行為に走り、誰もとめられなくなった。すぐに暴れるので撮影ができない。小林ガムテープで口と全身をグルグル巻きにされ、動けなくな り、芋虫のように顔を真っ赤にさせて転がるだけの存在となった。無理して乾杯した石井ちゃんは、頭をもたれて死んだように動かなくなり、思いだしたように 突然痙攣しだして、口から大量のゲロが噴射した。紫の奇妙な色彩を放ったゲロだった。コンパニオンたちは「キャー!」と絶叫してゲロから逃避したが、反対 側で待ちわびてたかのように芋虫状態小林が吐きだして、口に頑丈に巻かれたガムテープ狭間からゲロがピューと勢いよく噴きだした。窒息死してしまうと 慌ててガムテープを外すと、「俺は竹本シンゴが好きだから、頑張ってるんだよ。俺はそれが言いたいんだよ、俺の話を聞けよ」と絶叫しながら吐くという荒技 を披露し、地獄絵から現実逃避するにはセックスしかないと、生き残った男たちはコンパニオンのカラダに触れて乱交となった。石井ちゃんは真っ直ぐ歩けな い状態で立ちあがり、ふらふらして壁にぶつかり鈴鹿イチロー写真を落として踏みつけてしまって、無表情でピースサインする鈴鹿は破れてゲロまみれになっ てしまった。ミソピーナツインジャンらのセックスを眺めて、さっきは「ママ助けてぇ~」と泣いたくせになんの前触れなく白コンパニオンの乳を揉みだし、 驚いた白は「チビは嫌い」と冷たく言い放って突き飛ばした。飲まないのに乳に触れたことがインジャンに発覚して、ビールを投げられ照明で頭を割られそうに なって、「ひやぁぁぁぁぁー」と断末魔に声を発して柱の影に逃げてしまった。もはやゲロしかしない飲み会乱交現場観念絵夢とゆみ&りえのババア2人を 投入して、現場はこの世の現象と思えない地獄絵図なセックス現場となった。自然と男たちは強い順にいい女をゲットしていて、インジャンは一番美人の白と個 室での情事となり、観念は青とベット中川とミソピーナツババア相手となった。風俗しか女性経験のない中川はどんなに丁寧に責められても一切勃たず、ミ ソピーナツはようやくエッチとなって張り切って全裸になったが勃たず、デブ肉体の入れ墨ババアが「私に魅力がないのね」と寂しげな呆れ顔から怒りだして、 フニャチンを握ってやけくそ気味に乱暴な生フェラして、ミソピーナツのチンポは千切れそうになった。ミソピーナツ勃起しなければ殺されると思ったのか目 を瞑って念じるような表情になり、小さなチンポは申し訳なさそうにピンと勃った。同じく命の危険を感じた中川は、ゆみババア性器に舌を這わせて長時間吸 いついたが、とことんダメな男で「風俗行き過ぎで、ダメです」とチンポは萎縮するだけだった。飲めない、勃たない、喋れないの三重苦の中川が最も救えな く、罰としてスタンガンで襲撃されて肛門ロケット花火が打ち込まれた。ギャーと絶望的な悲痛の絶叫声が聞こえて、花火は破裂した。

 個室からインジャンにハメられてる白のキモチ良さそうな快感声が聞こえる。今日初めてのマトモな人間らしい営みだった。石井ちゃんは全身ゲロまみれのま まババアたちの乱交突入して、デブ入れ墨にチンポをしゃぶらせた。ミソピーナツはあちらこちらでの乱交を眺めて逃れるように消えて、服を着て逃げようと した。セックス最中インジャンに見つかり、親を殺されて内臓業者腎臓が売却されることが決定した。「ヤダヤダ、ヤダヤダ」と真っ青な顔して泣いてる。 ミソピーナツは、恐ろしい決定を信じているようだった。中川肛門ロケット花火を連発され、ゆみババア顔面ウンコされ、波乱まみれの『追悼 鈴鹿イチ ローお別れする会』は終わったのだった。

 鈴鹿イチロー最後の出演AVは、「いじくり絵日記」という作品だった。神戸から青春十八切符を買って各駅停車東京に行くと、紋舞らんという巨乳女がい た。柔らかそうなお椀乳は鈴鹿が長年妄想し続けた巨乳のものだった。今日だけはセックスしたいと強く願ったが、舌の痙攣で口元が締められない鈴鹿が近づ くと紋舞らん露骨に嫌な顔をした。出演者たちに笑い者にされ、い

2018-04-03

機械室で働いて心と体がぶっ壊れた一年後の話(追記あり)

 月手取り17万円、残業代交通費は別途支給賞与なし。

 人に誇れる収入ではあるまいが、ワーキングプア定義年収200万円以下」は辛うじて上回る。下を見ればきりがない昨今、地方都市女性派遣社員としては恵まれ待遇かも知れない。

 一年と少し前に、私はこういう記事を書いた。

https://anond.hatelabo.jp/20170315161240

 今回の記事は、その後日談だ。





 前の記事には「5月くらいには再就職するはず」とあるのだが、一年以上経った今も、私は無職のままブラブラしている。情けないと思う一方で、当然だという気もする。

 何しろ就職希望面接に、ノーメイクで行くような非常識な女なのだ。その理由が「道々涙が止まらなくなり崩れたメイクを落とさざるを得なかった」という、年齢不相応の情緒不安定である面接の途中で気分が悪くなって退出し、トイレまで我慢出来ずに廊下嘔吐したこともあった。私が人事担当者なら、こんな人間採用しないし、それを採用するような企業で働くのは私も不安だ。

 どうやら私の精神は、重度の労働アレルギーになってしまったらしい。病院先生は「軽いアルバイトから始めてみたら」と仰るのだが、やはり面接中に泣き出してしまった。

 一年前の私は「自分で思っていたよりダメージを受けていた」という記事を書きながら、心のどこかで「すぐ回復する」と、やはり事態を軽く見ていた。バカは死ななきゃ治らない、というのは本当かも知れない。





 このアレルギーの原因は、前の職場環境だけではなく、退職後の傷病手当失業保険生活していた期間にもあると思う。

 傷病手当にせよ失業保険にせよ、支給額は「働いていた時の給与の何割か」という式で算出されるため、収入は激減する。

 その期間中に、私の貯金は随分増えた。おかしな話だが、収入が減って、貯金は増えた。

 理由簡単。働かなくなったことで、収入以上に出費が減ったのだ。

 仕事着のスーツを買わなくていい。当然クリーニング代も不要であるオフィスサンダルパンプスも、ストッキングも要らない。通勤電車でもみくちゃにされないので、服も鞄も傷まない。

 疲れて帰ってきて惣菜で夕食を済ませたり、寝坊してしまって昼はコンビニ弁当、ということもなくなった。冷凍食品も買わなくなった。残業帰りの夜道が不安バスタクシーを使うこともないし、楽しくもない忘年会歓迎会の会費とも無縁だ。

 娯楽にしても、平日の昼間はほとんどの施設安価で、映画レディースデー料金で観られる(働いていても夜の部を観れば良いのだが、私にはその余裕がなかった)。友達とたまにしていた夜の外食は、相手職場付近でのランチに置き換えてもらった。1回あたりの話せる時間は半分になったが、2回会っても出費は夕食の半分以下だ。

 通勤時間に読むための本を、無闇に買うこともなくなった。代わりに図書館に通ったり、書店で読む時間たっぷりあるので、通読して気に入ったものだけを買う。読み終わっている本を買うの?と怪訝に思われるかも知れないが、本好きとしては極限レベル妥協である

 そうした出費の減少が積もり積もって、私の総支出額は激減した。

 働いて得た収入の大部分を、働くために使っていた。仕事をやめる前と後の家計簿を見比べると、そういう結論に辿り着く。職を失って節約を心掛けていたにせよ、それだけで出費が半減するはずはない。

 私は確かに、月の半分は自分が生きるために働いていたが、残りの半分はそうではなかった。





 最近、人に食われる夢をよく見るようになった。私の内臓を食べている人は、前の派遣先上司であったり、PC操作を覚えようともせずに丸投げしてきた社員であったり、派遣会社担当者であったりする。

 私が自由に使えるはずの時間と体力、心の健康。それらを犠牲にした対価であるはずの雀の涙ほどの給与までもを、仕事が、彼らが貪り食ってしまった。夢の内容をそう解釈してしまうのは、私の心が病んでいるせいだろうか。

 夢に出てくる人たちのことを、悪い人だとは思っていない。だからといって、私自身も生きながら内臓を食われなきゃいけないほど邪悪人間ではないと思う。他に呪うべき相手は思い付かないけれど。

 子供の頃、仕事とは誰かの役に立つことだと思っていた。その時生じる「ありがとう、助かりました」を、お金に変換したものがお給料である。「えほんがすきだから、しょうらいはさっかさんになるの!」と同じくらい、子供らしくて純粋で、現実度外視した世界観だった。

 でも、人の役に立つって、本当はこういうことなのかも知れない。

 はらわたを食われる夢の中の私は、大抵そんなことを考えている。腸が滑らかに引きずり出されていく様、それが相手との間でぶらんと垂れ下がる様を、冷静に観察している。がらんどうになった胴の軽さ、残された骨の軋みを感じている。

 傷病手当も、失業保険も切れた。貯金が尽きる前に、労働アレルギーを治して、また彼らに食わせるための肉をつけなければ。そう思うのだが、それを出来る自信がない。





【同日22時過ぎ 追記】

 こんな文章を深夜に書いているのはおかしいと自分でも思い、一晩眠って心療内科に行ってきた。ついでに足を伸ばして博物館特別展を見て、一旦帰宅した後、五キロジョギングを終えてPCを起動させ、反応の数に驚愕した。

 深夜の病んだ精神状態をも発信出来てしまう、インターネットは怖いツールだ。

 職と収入を失ってから一年間で、私が更に失ったものがある。前の記事に書いた「たっぷり寝て美味しいもの食べてジョギングしてプール行って本読んで映画観てカラオケに篭もる」を実践した結果、体重が少しだけ、体脂肪率は5%も落ちた。

 失われた贅肉を惜しむ気持ちは勿論なく、体調に限って言えば自分史上、最も体が軽くて健やかな部類である

 心の方も、そう悪くもない。本文の通り、金はないが時間が有り余る生活謳歌している。

 あの夢は確かに不快だが、私が己の内臓差し出すような働き方をしていたのは事実であり、夢の中=過去の私は現実現在の私とは別人なのだ。夢は一年前の出来事を離れた所から、多少冷静に見られるようになった証のようにも思える。せっかく夢が警告してくれているのだから、次の仕事を探すときは、同じ過ちは繰り返すまい。

 その冷静さのせいで、家計簿を見て凹んだりもしたが、渦巻く気持ちネットの海に吐き捨てたら憑き物が落ちたようにスッキリした。この記事を読んで心配してくださった方、すみません。揺り戻しで自己憐憫に溺れることもあるけれど、私は元気です。

 吐き出しついでに考えてみたところ、労働アレルギー発症しているのは私の心ではなく、体のように思えてきた。

 犬を「散歩に行くよ」と騙して動物病院に連れて行くと、その後「今日は本当に散歩だよ」と飼い主が誘っても、「またぶっとい注射を打たれるんでしょ?」と拒絶することがある。

 あれと同じで、私の理性が「もう働けるよ、今度こそいい職場探そうよ」と呼び掛けても、動物的な部分は「また暗くて寒い場所に閉じ込められるんでしょ?」と尻尾を巻くのだ。動物から言葉による説得は通じず、泣いたり吐いたりして拒絶を示す。体の記憶は強固である

 労働環境はともかく、仕事の内容も職場の人も、私は結構好きだった。少なくとも理性の部分では、そう思えるようになった。あとは体が追い付いてくるのを待つだけだ。

 まず来てくれるのかが心配ではあるが、時間を掛ければ大丈夫だと、先人たちが証明してくれている。それまで貯金が持つよう祈りつつ、在宅の仕事支援制度についても調べてみようと思う。

 今度こそご心配なく。死にさえしなければ生きて行ける。






 ところで最寄りの書店ソファで昼寝している人がいるような大らかな雰囲気の上、店員さんには「読み終えようがレジには来る」という情報込みで顔を覚えられている。元々常連だったこともあり、いつもニコニコ対応される。

 が、書店迷惑ではないにしろ、本を買わずに読むという行為情報窃盗には違いない。図書館の利用にも似たような罪悪感がある。就労云々とはまた別に、早く好きなものを心置きなく買えるようになりたい。

2018-03-30

anond:20180330130114

知り合いの経理のお姉さんが、いつも社長大学からの友人らしい)が不倫してるってネタばんばん話してて、

忘年会でもそれでいちゃくらしてるらしくて、いつも話題になさってて、

でも私その会社自体知らないので毎回、あ、はい、凄いですねーとしか言えなかったけど。

(まぁ他人事から

あるときそのお姉さんのお身内がなくなって、

なんと、そこの社長さんが列席されたんですよ。一生そういう「お姉さんのお話中の人に過ぎなかった人」が。

不倫プロみたいな社長さんだ~!」

最初からそういう目でみてしまいました。やっぱりそういう見かけの人でした。

Rockやってる人って、ほんとそういう話ばっかり。

乱世乱世。

2018-03-29

anond:20180108230124

格闘技ジムかいいんじゃん?

うまいこと気が合う層(DQN層とオッサン層と女子層)でコミュニティ形成されていて

忘年会くらいでたまに混じり合う感じでよかった

2018-03-25

anond:20180324215049

俺は忘年会送別会も出ないよ

俺以外全員無能からおk

なんか4時に手作業でがんばりましたメールが来るような職場だしなw

2018-03-24

https://anond.hatelabo.jp/20180324215049

どこの会社でも、はないとおもう


そんなこと気にしない人が多いところだと何も言われない

うちなんて10人ほどいていつものメンバー2,3人しか言ってなかったりするし


歓迎会とか忘年会になると会社からお金でるからご飯代浮くからと言って普段参加しない人もしたりはするかな

2018-03-06

飲み会文化

飲み会という名の社内接待歓送迎会新年会忘年会、決起大会、そして、出張者のアテンドなどは、プライベートの予定がない限り参加していた。

それが会社員としてのマナーだと、若手の義務だと、そう思ってきた。

勧められるままにお酒を飲み、相手のグラスが空く前に注ぎまくってきた。幸いなことに、飲んでも飲んでも、顔色は変わらなかった。

入社して職場飲み会に出席した時に、自分飲み屋のネェちゃんか、とかと面食らったか、それにも慣れた。

月日が流れ、結婚したり、妊娠したら、飲み会を断りやすくなった。

まず、理由を詳しく言わなくても納得してもらえる。

特にこれといった用事がなくても、出席できない理由ができたため、私本人の問題だけど、断りやすくなった。

さらに、引き止められることがなくなり、断ることが面倒ではなくなった。

飲み会は付き合いだ、といって家庭のことをせずに飲み会が多いのが、会社員旦那ステレオタイプだけど、それが事実なら、その旦那は、仕方なく参加してるのではなく、望んで参加してるんだと思う。

自宅でも飲まなくなったのは、夕飯時にアルコール飲料を一本でも飲むと、夜中にトイレに目が覚めて、その後、眠れなくなってしまうことに気づいたからだ。

飲み会でたらふく飲めば朝まで目が覚めないけど、自宅で少量嗜むと、そうなる。

そして、何より、お酒を飲まなくなって、体調が良くなった。睡眠の質もよくなった。そして、自然お酒を欲しなくなった。

今までは、飲み会ではお酒は飲めるうちは飲むの、自宅で飲むのが大人、だと思っていた。今は、飲みたければ飲むべきであって、惰性で飲むのは止めた方が調子が良い、と思ってる。

早く結婚たかった。

2018-03-05

個人的推しとの関係性について

とても憧れている人がいる。私はその人のことを影で「推し」と呼んでいるのだが、たまに本人にぽろっと言ってしまうことがある。

実際は部活卒業生で、出会ったのはなんてことのない部活忘年会だった。うちの部活は縦のつながりが強く、よくOBさんが来る。遅れて来たその人をちらっと見たとき、「めっちゃかっこいい」「仕事できそう」と思ったのと同時に「怖い」と思った。フルオーダーのスーツを着てツーブロの髪の毛をオールバックにして、GUCCI眼鏡をかけた社会人が怖く見えないわけがない。

ずっと同期と先輩と話していたのだが、2つ上の先輩から言われて先輩と交替でその人の隣に移動することになった。仕事ができて怖そうな卒業生に一人で立ち向かう勇気は流石になかったので、同期を引き連れて挨拶しに行った。いざ話してみると結構フランク面白かった。こんなに仕事できそうで見た目怖いのに話面白いってすごくない??とか思っていた。ギャップ萌えというやつだろう。

会話が弾み、現役生が3人しか参加しなかった二次会で、同じく3人だけになった卒業生たちとそれぞれタイマンで話すことになって、結局最初から最後までその人と話していた。2時間くらい。コミュ障な上に他人をひねくれた目で見がちなので、初対面の人と会話を続けることが結構苦痛なのだが、その人は話が上手くて面白く、ずっと話して(聞いて)いたかった。話の内容もかなりぶっ飛んでいて、「この人を人生目標にすればいいんだな」と強く思った。6つ年上の社会人からそういうこともあると思ったけれど、何度か別の卒業生と話しても同じ気持ちにはならなかったか特別感は増した。

初めて会ったその日に心臓をぶち抜かれて、なんとかして次の予定を作ってもらわないともう会えなくなる!と思って、ご飯の約束を取り付けた。

その後も1〜2ヶ月に1回とか2週間に1回とかのペースで会って、ご飯に行ったり遊びに行ったりした。

もう1年くらいこんな感じが続いていて、この間2人でディズニーランドに行った。何故!?自分でも思うのだが、何回か推しディズニーに行きたいと言っていたし、推し in ディズニーの絵面が想像できなかったのもあって魔が差ししまった。完全にデートだった。行動だけ見れば完全にカップルなのは百も承知なのだが、付き合ってもいないし、もちろんキスセックスもしていないし、なんなら最近終電よりも前に解散している。

ここまで恋人ごっこをしておいて言うのも気が引けるのだが、自分にとっては「推し」であって、実際に付き合いたいとかセックスしたいとか思ったことがないし、むしろこの人はこういう人と結婚するんだろうな〜と考えることが多い。もちろん推しから、付き合ったらどんな感じなのかと妄想することはあるが、絶対現実にならないからこそできるのだ。勝手男性芸能人が好きな感覚と似ていると思っている。もし違ったらごめんなさい。

今の関係がずっと続くとは思っていないが、向こうが何も言ってこない限り(終わりにしろ進展にしろ)ずっと続けたいと思っている。推し結構モテるらしく(モテないわけがないのだが)、自分から告白したことはなくて、セフレのような人もいなくはないらしい。恋人は、割く時間が十分にないか就職してから別れた後は作っていないと言っていた。

自分としてはかなり可愛がってもらっている後輩というポジションにいたいのだが、最近外堀を埋められているような気がして、そうも言っていられなくなった。プレゼントやご飯から帰ったあとの母の反応を聞いてきたり(母には推しのことをほとんど話しておらず、推しと出かけるときは嘘をついて家を出るので期待された回答はできなかった)、ディズニーお土産家族友達に渡したり(案の定友達には根掘り葉掘り聞かれたらしい)、インターン先の紹介のために弟さんに紹介されたり(これは必要からだけれど)した。

また、ここ数ヶ月で頻繁に一緒に旅行に行こうと言われるようになった。国内外色々提案されたが、行ったら最後なし崩し的にセックスして、なし崩し的に付き合うことになるのは目に見えているので(失礼なのはわかっているのだがそれが推し手法(本人に聞いた))、一緒に旅行には行ってみたいが断り続けている。

少なくないお金時間投資してもらっているのに進展させたくないと思っているのはわがままだし、付き合う気がないのなら言うべきなのかもしれないが、関係性についてはお互い口にしないので言わずに済んでいる。

友人や後輩にこの話をすると必ず「そこまでしておいて付き合っていないのはおかしい」「いやもう付き合っているだろう」と言われるのだが、それでもキスセックスはしたくないのだ。なんなら推し含め異性に性的魅力というのをあまり感じたことはない。エロいな、とかセックスが上手そうだな、とかは思うのだがそこ止まり自分とどうこうなるところまで考えられないのだ。想像力はなくはないので、推しが綺麗でスタイルのいい女の人とセックスしている想像は十二分にできる。エロい。実際に見たいくらい。でも、どうしても自分に置き換えられないのだ。自分が未経験からなのかもしれないが、当分経験する相手も見つからない。

推しはそのことを知っているので「そのままでいいんじゃない?」と言うが、自分は世の中の人ほとんどがしていて、なおかつ繰り返しできるほどハマっているセックス体験してみたいと思っている。正直相手推し以外なら誰でもいい(セックスの先にお付き合いがなければ推しともしてみたい)のだが、推しより優先順位の高い人ができると思えない上に恋人を作る気がないので選択肢ワンナイトラブセフレしかない。ワンナイトにもセフレにもいまいち踏み切れない理由は、未経験であることに尽きると思っている。そこらへんの薄っぺら人間自分を明け渡したくはない。それにセックスコミュニケーションから、心を開けない相手とハマるほど気持ちのいいセックスはできない。知らんけど。妥協して初体験を思い出す日が来たときに頭を抱えたくない。初体験からこそ妥協すべきなのかもしれないが。

ここまで推しが外堀を埋めてくるのでなければ、推しセフレになったってよかったのだ。なにしろませた小学生の頃から理想初体験は「取っ替え引っ替えしていてセックスの上手い、恋人でない異性の知り合いと」だったのだ。推しは最適解だったはずなのにチキって断ってしまった半年前の自分を殴りたい。

なんだかもう付き合えばいいのではないかという気持ちになってきたし、なんかもうセックスとかノリでよくない?求められたら拒まずで。もし無理なら別れて本当の偶像として崇拝するしかないんじゃないかな。

2018-02-27

もう2月も終わるというのに

はてなさくらはまだ忘年会やってるのか。

2018-02-25

27のOLだけど昨日初めてセックスした

 

 

相手は今年初めてできた一つ上の彼氏だった。こんなパッとしない女にも彼氏ができるとは思わなかったし、セックスがこんなに幸せだとは思わなかった。私はいままで告白もされたことないし、したこともない典型的モテない女だった。

私は大学卒業後に実家を出て一人暮らししながら、とりあえず就職して働いて転職して食って寝て一人で酒飲みながらゲームYouTube見てときどき増田見ながら生きてるって生活をしてた。

私と彼氏さんは職場出会った。部署は同じだったけど、お互い最初はそんなに気にしてなかった。親しくなったキッカケは去年の部署忘年会たまたま席が隣だった。どちらも洋楽が好きで、あるアーティストファンだった。それからちょくちょく職場で話していくうちに連絡先交換をして食事に誘われた。

 

 

セックスときの肌と肌が触れ合う感覚はまだ忘れていない。男の人の裸を生で見るのは初めてだったし、「あぁ、なんか女の人より筋肉すごい」って感想だった。他人の肌の温度を感じるのも初めてですごいオドオドしてたと思う。彼は「緊張しなくていいよ」って優しく言ってくれたけど、「あ、はい…」ってとりあえず返事しただけで、この言葉を思い出したのも帰ってきてから風呂に入ってたときだったし。

「あぁ、そっか、私ってそんなに緊張でカチカチだったんだ」って一人反省会してた。彼はいままで2人ほどお付き合いしたことがあるって言ってたか経験はそれなりにあるのだろう。でも私は相手経験はそんなに気にしないので別にどうも思ってなかった。

 

私はすごいマイナス思考自己評価の低い人間なんだけど、こんな性格他人からもめんどくさがられるとは分かってる。だけど、彼はそんな性格の私を受け入れてくれた。

 

初めてのセックスに至るまでは結構長かったと思う。裸になるのも怖かった。自分に自信がなかったから。ムダ毛の処理とか日頃からめっちゃ頑張ってた。剃刀も5枚刃買ったって言ったら腹抱えて笑われた。「女で5枚刃使ってるやつ初めて見たわ」って言ってたし。うるさいわ。

普段自分を見せるのも怖かったから、彼から「会ったら毎回、2つだけでいいか褒め言葉を言い合おう」と約束させられた。最初は「この人何考えてるんだろう」って思ったけど、今思えば私に自信を持たせるためだったんだと理解した。

例えば、デートの待ち合わせ場所で会ったときには「今日も髪の毛がキレイだね」とか「ネイル変えた?かわいいね」と言ってくれる。私はその一つ一つに「ありがとう」と言って、「今日の服かっこいいね」とか「香水のいい匂いするね」とか言う。私は初めこそ褒められることも褒めることも慣れてなくて「今日は来てくれてありがとう」とか意味不明なこと言ってたけど、彼は「こちらこそありがとう」って優しく笑って言ってくれた。こうすることで私のマイナス思考は少しずつ治っていった。鼻が低いところだったり、一重だったり、唇が薄いところだったり、貧相な乳だったり、声が低いところだったり、おでこが広いところだったり。でも、彼はそんな私のコンプレックスを少しずつ褒めていってくれた。そして自分が思ってるより他人はそんなに思ってないことを教えてくれた。

セックスときも同じだった。お互い裸で正座で向き合って、「なんか改まって言うのは恥ずかしいね」なんて笑って言いながら「肌が白くて綺麗だね」とか「その下着かわいいね」とか言われたり、私は「腕のスジや血管がかっこいいね」って言ってた。そしてお互いに「ありがとう」って言った。

お互いに褒め合うことで相手を敬う精神やお礼を言う習慣を育んでいってたんだと思う。褒める言葉とお礼の言葉の力は大きいと思う。他人に認められるってこういうことだったんだと思った。セックスときに「好きだよ」と何度も言ってくれたし、キスもいっぱいしてくれた。すごい幸せだった。ほんとセックスってすごいと思う。なんだろう精神的に満たされる感じ。

最後まで読んでくれてありがとう

 

2018-02-14

anond:20180214153325

飲みニケーションに強い人が世渡り上手なのはわかるけど、毎回同じようなメンバーで同じような店で飲んでいて飽きない連中の気持ちが分からない。あとやたらと人の悪口ばかりで盛り上がる飲み会キライ。

自分お酒に弱いけど、給料はそこそこもらっているので、一度飲みに行くと直属上司の次ぐらいの金額を払わねばならず、余計損した気分になる。何かのイベント打ち上げとか忘年会歓送迎会とかの節目とか、その他月1回ぐらいまでならいいけど、これといった理由がないのにやたら飲み会が多いと時間お金無駄にしている気がする。

別にアルコール強要されるようなことはないので、ソフトドリンクで過ごすのはOKなんだけど、飲んでハイになって上司悪口とかで盛り上がっているのを見るとこっちの気持ちは冷める一方だ。悪口を言われる連中は確かにそれなりのことをやらかしてくれているが、そういう話題で盛り上がる連中もレベル低い気がする。

こっちはアルコール弱いだけでなく、朝の早起きも苦手なんだよ。毎日遅刻しないような時間に起きて出勤するだけで一苦労なんだよ。やっぱり無駄に多い飲み会お金時間無駄だと思う。

anond:20180214153026

酒飲みだけで花見新人歓迎会納涼会忘年会も全部完結してくれるならそれでいいよ

強制参加の飲み会ですら「断れない奴が悪い」って言うなら、自分がどれだけ理不尽なこと言ってるか少しは自覚した方が良いぞ

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