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はてなキーワード: 対外的とは

2019-04-24

あなたの夫になります

という商売を始めようと思う

別に本当に結婚するわけじゃない

子供の世話や家事をやってほしい人とか

対外的結婚していることにしたい(知らしめたい)人とか

とにかく夫がいる気分を味わいたい人とか

結婚生活のシミュレーションや予行練習をしたい人とか

出産前後に傍にいてほしい人とかに向けたもの

知り合った女性に意外とそういうサービスを望む声が多かったので

思い切って商売としてやってみようということになった

とくに何もせず休日に家で一緒にいてほしいとかでもOK

とりあえずレンタル〇〇みたいな感覚アピールしていく

一日からでも大丈夫

基本料金は一日一万円

オプションを付けると料金は上がっていくけど

契約期間が長いほど割引がきくようにする

でも性的なことはNGにする

がんばります

2019-04-10

anond:20190410114642

それは実績で分かることだろ

そもそも対外的アピールされてることから真の性格思想が分かるわけも無く。

安倍ガーと支持者から見た安倍パーソナリティがぜんぜん違うように、自分に都合のいいバイアスのかかった「そいつ思想」を作り上げてしまうだけ

無意味どころか害悪だろ

2019-04-09

anond:20190408152005

小規模企業世襲社長やってる。

ブコメも読んだけど、みんな社長に対して夢持ってるんだな。

社長もほんとピンキリからくそみたいな社長いっぱいいるよ。

何の判断決断もできないのに、昼間から遊んで給料だけはいっぱいとって、問題が起これば全部部下の責任対外的謝罪も部下任せ、社内ではパワハラ当たり前。

社長遺産を食いつぶしてるだけの人たち、いっぱいいるよ。

まぁ会社と一蓮托生って覚悟は持ってるけどね。

従業員が稼いでくる利益をチューチュー吸って、節税頑張って懐にため込んで、そうやって頑張ってるよ。

2019-04-06

技術ブログ書いてる企業に期日遅延されている

そこそこブクマも集めてて、有名めの企業で、ブログじゃなんかめちゃかっこいいこと書いてるんですよ。最新技術だ!とか勉強会だ!とか、なんやらオシャレなオフィスとか。こっちはまだやり方古くて、ウォーターフォールで何もおしゃれなツールは入れてなくて、単体試験もまだ手でがっつり。いいなあ、かっこいいなあとか思ってた。

そしたらね、彼ら、想定日程でできませんとか言い出した。しかも、これを書いた時点で3回。直接交渉してる人が言うには、こっちのとある仕様を「聞いてない」って怒ってるんだって

まず、期日遅れてからそれで怒る?ってのもあるし、こっちはこっちのやり方だけれど、ケアしたんだよ。そのへん含めて書いてる仕様書出して。テスト環境作って。…まあ、なにせやり方が古いか仕様書はExcelだけど、それでもうちは提供したつもりだったし、出したタイミング質問文句もなかったから、みんなで首を傾げてしまった。しかテスト環境へのアクセスはつい最近、数回程度という。つい最近ってことは、つまり最初の期日を過ぎてから、だ。なんだよ、そもそも守れてないじゃん!

期日遅延自体はさ、開発してる人間全てであることだからしゃあないと思うんだよ。思うんだけど、なんか、めっちゃ技術ブログでイキってる企業にやられると、脱力感がすごいんだ。だってさ、技術ブログってうちのエンジニアがすげーんだって企業力?のアピールなわけじゃん。そのへんの新しいもん使いこなしてます!ってさ。でもそいつら、対外的に見たら「仕事」できてねーんだ。ねーんだわ。しかもこっちの仕様逆ギレて。頭でっかちのハリボテ感がすごくない?フリードリンク飲んで頭おかしくなった?大丈夫

もちろん全部が全部フリードリンクでラリってるとは思ってないよ。転職の参考とかに技術ブログ使おうとしてる人は、その技術はハリボテかどうか、業務にあったものを選べて、使えている人たちか、を見極める必要があるってこと。写真の中のオフィスきらきらキレイ人間笑顔イケメン美女ばっかだからって、実物がデスマゴミ散乱してて3日風呂入ってないかどうかは判断できないのだ。僕も気をつけます。

https://anond.hatelabo.jp/20190406084920

これは僕。そうか、編集すればよかった、すまん。強いられた人間はいなかったよ。しかし、ブコメでこの話が嘘でもない世界があるって知ってしまったなあ。フリードリンクマジ怖い。

コメントを見つつ言いたかたことを考えていたんだけど、まず浮かんだのは技術ブログであれこれやり方を残しておくこと、お外にアピールすること自体が全てじゃないってこと。書く方も、見る方もね。勉強だけさせて仕事グダグダ会社は流石にバカでしょ。このバランスが取れてるかどうかを見極めるのって、何がいいんだろう?僕はニュースリリースとか、勉強会とか、結局上っ面しかかばなかった。

2019-03-26

笠松競馬場研修担当者の件

togetterまとめ見ると全然違う印象にまとめられてたけど

この人が叩かれてたというか紛糾してたのはああいう流れについてじゃないんだよね。


当初から話題になってた流れはこっち。




これ。

どう思う?


国語力豊かなはてなーには釈迦に説法だけど一応解説すると、この採用された奴が呟いてる「(採用試験に)運良く引っ掛かりました」っていうのは、難関にギリギリ合格しましたって言う喜びとか、自分のような者が受かるなんてっていう謙遜とか、そういう表現でしょう。崖に指が引っ掛かってなんとか落ちなかったとかそういうイメージ


それに対して研修担当は「あ?我々がお前を引っ掛けたって?なにその表現?(威圧)」みたいな謎の怒りを見せてるの。一瞬何言ってるのかもわからんかったけど、おそらくこの研修担当は「引っ掛ける」という言葉についてネガティブ用法しか知らないんだよね。ハメるとか騙すみたいな意味での「引っ掛ける」であるとか、もしくはいい加減な気分の行動みたいな意味での「お姉ちゃんを引っ掛ける」「酒を引っ掛ける」であるとか。


からただの謙遜表現に対してキレ散らかしてて、

それを見た野次馬もさすがに鼻白んで

「その表現はいかがなものか」って国語力についてはお前の方が採用されたバカよりやべえだろとか、

言い回しひとつまでネチネチ揚げ足とる癖に自分は「あたなた」とか書いてんじゃねーよとか、

そもそも迂闊なSNS使用への説教公式アカウント公式リプでやる研修担当の方が脳沸いてるだろとか

そういう反発が殺到したわけ。


ツイートは削除しないこと」とか言うのもパワハラマウント臭くない?

対外的問題あるツイートから指導してるってことなら、問題ツイートすぐ消させて

電話でも何でもすぐに連絡取ってコラッて言えばいいんじゃん。

なのにわざわざ消すのを禁じて晒しものにした上で「4月1日覚えてろよ」的なこと言うの。公開リプで。

この笠松競馬場研修担当からトンボ鉛筆のような気分高揚したパワハラ野郎匂いを感じると言ったら言いすぎか?


まとめ

要するに笠松競馬場研修担当者に反発してた人達論点は以下。

SNS使用法を注意してるのに自分公式公式リプで客の前(というか全世界の前)で説教というアームロック案件

言い回しなんていう細かいとこまで突くわりに日本語自分の方が怪しい。

・それどころか言い回しを注意するツイート自分が誤字ってる

SNSマナーをネチネチ言ってる癖に自分は巻き込みリプなどおぼつかないムーブを繰り返す


このアカウント相手に「何巻き込みリプしてくれてんだアァン?」みたいなアホくさい因縁つけしてる人がいるのはそういう流れで、要するに「細かいマナー言い出したらお前も全然やろ」っておちょくってるだけ。


採用された奴が勤め先のことベラベラツイートしててアホだっていうのは異存ないよ。

でもそれと研修担当者サイドのお粗末さ・パワハラ臭とは別の問題でしょ。

でも採用された奴のツイートだけ強調してああいう風にまとめると研修担当者の方の問題性や炎上は押し返せるわけだ。


はてなはほんとすぐ騙されるいい加減なコミュニティだよ。

https://togetter.com/li/1331560

2019-03-23

実家から縁のない土地への引っ越し国内ではあるが、主に飛行機で移動するくらいの距離だ。

仕事の引き継ぎと荷造りが終わるか不安すぎる。

それ以上に、幼い頃から地元就職して家庭を持つの幸せなんだと繰り返し言われてきていて、

実際に親戚にはそういう人が多くて、現に幸せそうだし、何かと便利だとは思う。

自分は親不孝だと思ってしまう。引っ越す話も全部無かったことにしたいとすら思う。

自分が下した決断自分が一番迷っているんだと思う。

迷っているのに対外的には「わたしはもう決めました!この道を行きます。」という態度で元気に振舞わなければならないのがつらい。辛くなったからこれを書いた。

まとめると、周りに人生選択をした感じの人がいたら、いろいろ話して話題が尽きた後でいいから、「でもよく決断したね。迷ったんじゃないですか?」みたいに言ってあげてほしい、自分のように強くない人もいると思うので。

2019-03-11

anond:20190310214530

やり取りをみてて、ひとつ思ったこと。

表現の自由を守りたいという意見は、それを原則論として語りつつも、背後にある危機感はなんだろう。

ようするに、「快不快」によって表現流通が左右される社会が是か否か、ということが動機のように思えた。

そうであれば、すごくよくわかる。いや、わかるというのは、同意しているわけじゃなくて、なるほどな、だから日本表現の自由ってふわっとしてるんだなということ。

振り返ってみる。

日本表現規制の有り様は、戦前エロ・グロ・ナンセンス発禁にあるように、当局国民の大多数が不快と思うであろう「不健全」で「公序良俗」に反する表現対象としてきた。

そう、「健全」これこそがキーワードなんだな。たぶんね。

まり、割り切った言い方をすれば「健全」と戦っているのが表現の自由戦士だというふうに思える。

でも、ひとたび、「表現の自由」の思想的な出発点をヨーロッパアメリカ歴史から振り返ってみると、戦士動機づけとしてはあまりにも心もとない。

表現の自由とひとことでいっても、思想的な背景は、それぞれ背負っている歴史が異なる。

ここで、それを動機づけという視点比較してみる。

例えば、アメリカ合衆国。日本憲法がお手本とした国だ。

この国の憲法憲法判例が示してきた表現の自由は、ヨーロッパのそれとはかなり異なる。

17世紀にアメリカ最初に渡ったピルグリムファーザーズの世代特に、当時のヨーロッパプロテスタントに対する不寛容被害者であった。

メイフラワー号の協約に象徴されるように、お互いに異なるFaith信条)を持つ者同士が、どちらが正しいとして糾弾することなく、社会を構築しようという、社会多様性の確保が原点だ。

1970年代には、ヘイトスピーチを巡ってさまざまな紛争連邦最高裁まであがり、不協和音こそ社会の強さとまで判決意見で述べているものがある。

当時の裁判官のたとえを援用すれば、空気浄化しようとするやつが社会の敵なのだ

人間は不完全なのだから、正しいものなど、最初から先験的に決められない。ということから、この国では、思想の自由市場などという言い方も生まれてくる。

一方、大陸でも、表現の自由は大切な価値とされている。

しかし、他方で伝統的な価値観や習慣もそれなりに強い。いやかなり強い。

そういう土地柄では、動機づけとして、多様性の確保というのは、正直、あまりピンとこない。

しろ、彼らの原点は、教会から弾圧された経験であり、その反動としての「神を冒涜する権利」だ。

伝統的にカトリック教徒でありながらアンチクライストを叫ぶ、そんな権利を求めている。

とくにフランスでは、公共空間設計するにあたり、真理の判断権を持つかのように振る舞う教会がとてもまずい存在だった。

権力をふるいたがる教会に口出しをさせないことが重要テーマだった。

それゆえ、その解決のため、一方では、表現の自由というコンセプトで権利宣言し、他方で、政教分離という原則確立して、公共空間設計のための理論武装をしていく。

からイスラムスカーフ公立学校から排除しようとしたりする動きが起きるし、

ひとたびムスリムの神を冒涜するような表現したことで、襲撃を受けたりすると、社会は「涜神の権利はいずこに」とがぜん盛り上がるわけだ。



アメリカにしても、フランスにしても、それぞれ動機づけは異なるものの、表現の自由を守ろうとする信念というか確信の力は、

極めて強い。テロがあったり、社会情勢の変化で揺れ動いたりするものの、いざ事が最高裁までいくと、

じゃあ、国づくりの原点に戻ろうじゃないかという話になって、17世紀の悲惨経験が思い出として蘇ってくる。

その動機づけの強さにこそ、新大陸にしても、旧大陸にしても、表現の自由を将来に渡って確保しようとするエネルギー再生産があり、いわば持続性がある。



翻って、日本

健全なるものとの戦い、かぁ。うーん。

不快のような勝手基準で決めつけられたくはないよね、誰しも。

でも動機づけとして、やっぱり弱いんだよね。

ここで、仮に、日本は、アメリカ式の表現の自由を真似っ子しているのだ、としようか。

でも、日本社会は、アメリカほどには、多様性を求めてないでしょ。むしろ移民なんか大嫌いでしょ。

多様な意見なんか、どの組織でも出てこないでしょ。会議でも右に習えでしょ。

普段から多様性を確保しようというマインドベースにあって成り立っている社会とは全く違う。

そんな社会では、エロい表現ときだけ急に表現の自由だのと盛り上がるのは、歯が浮くような思いがする。

公共空間におけるエッチものの取扱なんて、はっきりいって、社会合意していればどっちだっていい。

じゃあ今度は、大陸が17世紀に経験した熾烈なコンフェッショナリズム、この思想的な背景を

表現の自由として日本憲法が参照している、と仮に想像してみる。

この場合仮想敵は、いってみれば、国家神道ファシズムかな。

(*ところで大河ドラマの「いだてん」って、健康ファシズム視点でみると面白いらしいね。みてないけど)

「国によって右へならえを強制され続けた結果、自分たち戦争に動員されてひどい目にあった思い出」とでもいうべき動機づけは

定期的に思い出す機会があるかぎりは、ある程度は持続的たりうるのかもしれない。

でも、第二次世界大戦を思い起こしてみると、国民国家キャンペーンに煽られて動員させられる、というのは、

なにも敗戦国ドイツ日本に限った話じゃないし、アメリカ含め、あちこちの国でウイルスのようにファシズム蔓延しかけていたのが現実

またファシズムコントロールできた国もない。その意味で、真の意味ファシズムに抗し切った国はないように思う。

表現の自由っていったところで、自然の摂理かのように、神がバランスをとってくれるわけじゃないんだよね。

流されるときは、人は流されちゃう。常在菌みたいなもの

そうすると、いざ日本にとって対外的な脅威(例えばアジアの隣あたりの国らへん)が増せば、

表現の自由なんか、どうでもよくなっちゃう程度のものなんじゃないか

他国の脅威に比べればファシズムのほうがマシだろ!みたいな。

このあたりの感覚は、動機づけとしては重要なんだけど、日本場合ちゃん思想として、自分たち言葉自分たちを守る武器として昇華してないんだよね。

敗戦で混乱していた時期にすかさず、日本憲法戦勝国からもらった、というところで思考停止になった、という面はあるかもしれない。

もらったもので、とりあえず勉強して運用してみよう、という時期が最初はあってもいいかもしれない。

でも、戦後30年、40年、とりいそぎ運用していたものが定着していく、という過程

例えば「思想の自由市場」ってよくよく考えてみると、日本社会では、あまりピンと来なくね?みたいな気づきがあっても良かった。正直、「思想の自由市場」って日本社会じゃ、なんの役にも立たない理屈だと思うんだよね最近

また、フランス公立学校でのムスリムスカーフ論争。大方の日本人は、何あれ?状態。背景となる歴史が違うんだから

歴史を知らないと理解できるはずがない。

それを知らずに無理やり、政教分離って憲法に書いてあることを適用しようとしてきて、実は消化不良を起こしているんだけど、

日本人は雑食なもんでなんとかなっちゃうという。。。

そういうことがよくわかったという話。

2019-02-27

彼女との感受性が違い過ぎててつらい

付き合い始めてもうすぐ2年。

彼女との関係がギクシャクしてきたので吐く。

自分は小さい時から感情を表に出すことが得意ではなかったので、喜怒哀楽をはっきりと表現することが苦手なタイプ

例えば、映画を観て感動したり、美味しいもの食べたり、勝負事で勝ったり負けたりしても、その時々に見合った感情は抱くがその気持ち対外的表現することはできない。それというのも、昔から感情をむき出しにすることに対して恥ずかしさや痛々しさを感じて、人の目を気にしてきたのからだと思っている。

ディズニー行ってもウキウキ施設闊歩できないし、サッカー好きだが代表戦を観戦しても歓声あげてはしゃいだりなんてできない。

一方、彼女正反対で嬉しければ飛び跳ねて喜び、悲しいときはむせび泣くようなタイプ

最初はそれが自分にはない相手の良さだと思っていたけど、今は「喜怒哀楽」の感情のはげしさに一緒にいるとすごく疲れる。

そういうタイプからか、共感を求めるパワーが強く、それに対して反応が薄いと喧嘩になる。(喧嘩といっても、一方的に言いたいことを言われた後に泣かれて終わる。)

結婚まで考えていたけど、これってうまくいかないパターンだろうか。

もっと男みたいな性格の女の人を探した方がお互いにとっていいものなのか。

ダブルという概念への疑問とプリキュア

ハーフという呼び名ネガティブからダブルにしよう、という働きがある

私はむしろダブルこそ言葉として、その成り立ちからネガティブさとは切り離せないものなのではないのか、という疑問を持つ

そしてそのネガティブさは多くの人間に対して向けられているものではないか、とも

少なくとも現状、違うルーツの両親を持つ呼称としてのハーフ言語的な概念は、当人を100とした、単純に両親の異なるルーツでもって50/50とする、またそれを前提としての略語、もしくは任意において一方のルーツベースとし残り半分の割合を指すものメディアで目にするものも含め一般的ものであるように思う

同じくクォーターも4分の3は言及せず、またベースとして略すもので、それはシンプル客観的で図式的な概念であり、本来単語としては感情的なあれこれの入る隙は無い

だがハーフネガティブなのだ、という

ダブルへ繋げる論拠として

単語として「半分」という意味である

そこから人として半人前だ、という含意の存在

あるいは血統主義から一方の国、この場合日本人が半分「しか」入っていないという差別意識を表す

またそこから上記の「半分」の意へ発展させたもの

というのがざっと目に入った大方の意見だった

正直に言うとかなりバイアスのかかった発想だな、と思う

先にクォーターハーフに並べたのはそれが言語として連なると解釈するからで、実際の用法としても多くでそう捉えられているからだ

ハーフは「半分」クォーターは「4分の1」

彼ら、彼女らの言うネガティブである単語からマイナスイメージで言うならクォーターハーフより印象は悪い

ハーフが半人前ならクォーター人間が四分の一しか出来ていない、となる

ハーフという言葉の指すところが日本人の血の割合である、という主張も日本において多くの場合単語が表す先が他国名となるクォーターでは通らない

繰り返すが言語的な用法としてハーフクォーター現実として連なっている

ハーフの「半分」という意味へ待ったをかけるのならクォーターもそうでなければ筋が通らない

クォーターに通じない論理ハーフ解釈する事は、ハーフでだけでなら可能だとしても論拠として不足が過ぎるように思える

クォータークアドラプルとでも言うのだろうか

だがダブル法則へ従って4倍という意味を調べたはいいが、それだと元々の4分の1のルーツを表すという意味合いとは違ってきてしまい、現在使われている割合意味での用法ではなくなってしま

アメリカクアドラプル(4倍)」では意味が通らない

それがルーツの数を表すのなら日本3アメリカ1のクォーター日本アメリカダブル、という事になってクォーターにあたる表現に穴があいしま

日本トリプルアメリカシングルとすべきなのだろうか

単純にハーフ上位互換として更にポジティブさを、というのならクォーターとの併用も違和感はない

だがなぜかそうではないのだ

単語の持つ意味や印象がマイナスイメージを想起させる、と主張するならハーフ否定してクォーターを許容するのでは整合性がとれない

そもそもこのハーフに対する話は日本和製英語として、その言外にいわゆるガラパゴス言語観への若干の批判めいた意も滲ませられ取り上げられている事も多く、それなら、と欧米一般的にはどう表現されるのかと興味がてらにさっくりと調べると何の事はなくhalfという単語も使われていた

ただ日本のように単語自体ルーツへの意味を含ませるのでなく、そのまま単語として国名民族名と並べてアメリカ半分と日本半分、のように使われるらしい

またpartも同じように使われるようで、こちらが日本で使われていたら分割という意味ネガティブさが見出されていたのかな、とも少し思った

ダブルはといえばこちらも結局は和製英語であり、更にhalfやpartより一般的でないようで、使うにしてもやはり単語単体では意味が通じにくい、という事だった

そういえば以前テレビ番組ハーフネガティブからダブルを広めたい、と言った女の子に同じくハーフアメリカ出身女の子アメリカでも普通に使う、言葉自体ネガティブな要素はない、日本でもそうだと思うという風に言っていて、その認識の違いを興味深く思っていたのを思い出した

ダブルハーフ海外で通じる通じない、という日本ガラパゴス意識という意味では変わらず、むしろダブルの方が単語の用例としては一般的ではない様だった

それでもダブルを通じさせるためには略さず言う必要がある

さないのであれば、また略さないそれがそのままダブル意味なのだとするのならガラパゴス、という部分でハーフ否定的になる理由はない

ならなぜダブルなのか

調べている中で表現としてmixというものがあり、ハーフクォーター、またそれ以外をも内包出来る親和性の面でもいいな、と思えたし、実際日本ミックス表現として使っている人も既に少なからずいるようだった

特に多民族国家ではhalfやpartやquarterでは表しきれない事もあり、mixが段々と単語として市民権を得ている、という印象を持った

そこからの輸入でのミックスという表現なのだと思う

言葉としてハーフクォーターと平行して組み合わせる事も可能汎用性も高く、会話や文脈によってはmixという単語自体ルーツの意を含ませる事自体も、ハーフダブル比較すれば難しくはないらしい

言語的にも、日本ガラパゴス言語感覚への問題提起としてもミックスを使おう、というならすんなりと腑に落ちる

違う言語から見て、初めて聞くハーフというそ言葉ネガティブさを含むように見えるかもしれない、と思う

そしてそれこそが嫌なのだ、という人もいるだろう

言葉における現状を知りようがない状態での誤解に罪はない

そして誤解とはいえネガティブな枠で自身定義される、それ自体への拒否感も理解できる

だがその場合ハーフという言葉言語として、用法としてのネガティブさは認められない

問題日本独自略語和製英語が生む対外的な混乱による認識差異、ただ1点だ

だがダブルという新たな和製英語を使おう、と言う

そしてハーフ言葉としてネガティブから、と言う

ミックスではなくダブルなのだ

単語として、ハーフ基準にそこに優るものとする発想から用意された事は明白で、それは先述した言葉としての有用性や論理を置いてけぼりにハーフという言葉への相対的な優位性のみを後ろ盾としており、当然その説得性にはハーフがどれだけダブルに劣るかの提示が不可欠であって、そのやり方としてハーフネガティブ論が持ち上がっているのではないか、と考える

実際ダブルを広めたい、とする場ではほぼ必ずセットとしてハーフマイナス面が語られ、ダブルポジティブさにしてもやはりそのネガティブさに対しての相対的ものに留まりハーフ差別的であるネガティブであるという言ってしまえば既成事実作りとそれを踏み台にしての消去法的優位性でもってでのみ語られる姿はどこか悪く言えばプロパガンダ的だ

ハーフマイナス面をいくら語ったところでそれはダブルの優位性の証明にはならないのだが、単語としての関連性を匂わせ、選択肢として提示する事でそう見せる、というやり方なのだと思う

そもそもダブルが持つとする言葉ポジティブさの論理は、一歩間違えば純血主義に対し方向は真逆でもベクトルは変わらない、同じ類の比較対象ありきの優生的優位性とも取れる危うさもあり、ともすれば強くハーフマイナス面を示す事でのあくま相対的であるとする主張はその指摘を避けるためのものでは、とも思ったが、そこまで考えていないようにも思う

賛同している多くもハーフネガティブさ、という主張をも含め「素敵な考え方!私達は理解してるし悪い慣習は変えて行こうよ!」というような諸手をあげてのもので、単純に深く考える前に助力になれば、という意が先に出ているようでもある

それにしてもダブル肯定するという事は当然過去遡って差別的ネガティブな要素を持つ言葉として使っていたという事を自分も含めて認め、もしくは受け入れる事であり、違うのだとすればそれは一方的に要はレイシズムからなる加害者だとされる事であるのにそこに違和感はないのか、と首を傾げてしま

多くの賛同者はただただダブルポジティブ!とやっているのだ

そのポジティブさはハーフという言葉相対的犠牲理不尽に強いた上でのものなのに、なぜそんな肯定的に思えるのだろう、と

かに現実としてハーフという言葉ナショナリズムから悪い意味をのせる人間はいるだろう

しかしそれは今の通例としての言葉概念上では明らかに例外であり、そのような人間が発する言葉に含まれレイシズムにその他大勢人間性を巻き込むのはナンセンスであるし、むしろ仮にダブルが使われるようになったとしてどうにかなるのか、というような現実用法とはかけ離れるレイシスト意図をその文化圏象徴のように語るのはそれ自体差別的であるように思える

その上でネガティブな印象に受け取るのは個人選択であり、本来意図される言葉の使われ方やそれを口にした人間人間性など意に介さずお構いなしにやるそれはあまりにも、という印象が拭えない

自身自尊心のために半ば言いがかりのようにして他の多くの人間性を否定する

ハーフネガティブから、というのは結局はそういう事なのだ

それら全部分かっていてもハーフという言葉ネガティブに取ってしまい、それがダブルという言葉自己肯定に繋がるのなら、とも思いはする

だが、それはあくま自己完結としてあるべきで、言葉やそれを使う人間をも巻き込むのは傲慢が過ぎるのではないか、と思う

「ただ自分に誇りを持ちたいだけ」「ポジティブにありたい、それが悪い事なの?」というような声も目にしたが、ネガティブさを押し付けなければ得られない、相対的しかない誇りやポジティブさとは一体何なのかとやはり首を捻る

そんなものでも彼ら、彼女らは良いのかもしれないが、そのためにレイシズムを含む言葉を使って来たと匂わされるこちらはたまったものではないし看過できるものでもない

その人間意図や場面を限らず、元の言葉から定義をし直そうとするその行為は紛れも無くこの私も含め、多くの人間への自己肯定理由にした小さな悪意であり、自尊心アイデンティティと向き合うためにそうする姿は健全とは言い難く、やはり違和感は拭えない

そして何よりやはり言葉としてあまり出来がよくないと思う

その人が言葉に持たせた意図やその言葉意味でなく、ネガティブだと捉えた自身根拠ポジティブになるためにその相手非難めく

近くにいたら少し距離をとるな、と思うし、それを「応援」する人間も怖いな、と感じるんだろうとも思う

少し前、流れていたツイートで、ハーフなんだね、と言う女の子に、それも少し前話題になっていたプリキュア男の子が半分じゃないよダブル、のように言っている画像を見た

そこには(曖昧だが)ポジティブな考え方はマネしていきたい、というような文章が添えられていた

画像男の子大和撫子パリジャンのダブルから、という言い方をしていた

しかしたら設定として、その男の子日本に来て間もなく、誤解の下にハーフという響きにネガティブさを感じたのかもしれない

そんな可能性を示す、そこには何の異議もない

実際そのダブル和製英語としてのルーツを示す略語でなく、単純に本来そのままの意味として使われているように見えた

現実的に考えてみてもそんな状況ならハーフという言葉に疑問を持ったとして、和製英語であるダブルを使う事は無いだろう

だが、これはアニメ

この場面の意図に、ハーフに代わる略語としてのダブル、という言葉存在が前提にあるのは明らかで、また画像に添えられたツイートもそのように捉えていたように思う

女の子が口にしたハーフルーツ意味を含む略語という側面でなく、単語それ自体で受け取らせ、ネガティブだと否定させ、その上で同じく単語用法そのままの意味ダブルという言葉を並べ、語らせ、そしてその比較ハーフダブルの印象へと繋げる

これはそのままダブル賛同者の論理のように見える

先述した通り、略さないのであればハーフという単語を用いるネガティブさ、という方向性での疑問は海外の用例からしても杞憂しかない

そしてまた、略さないのならダブルを用いて自身ルーツを表す事自体には大して問題もなく、それは確かにハーフ使用する場合より単純な印象としてどこかしら肯定的な雰囲気も持ってはいるようにも思える

だが、そこで略語としてのハーフ否定し、成り代わるよう安易にそこに収めようとやるから辻褄が合わなくなるのだ

もしこの男の子ハーフルーツを表す略語であり、一般的に使われる表現である理解しているならどうだろう

その場合、その子ハーフと口にした女の子差別的な要素をも含むネガティブ言葉無自覚にでも使った人間である意識の低さを指摘し、また同時に相手意図より自分が思う言葉意味を優先して否定から入るような、そんな子だ、という事になる

そしてそれは当然、その女の子だけでなく見ている子供たちへ向けられるものでもあるはずだ

言葉としての意義に悪者であるハーフ否定する事が含まれているのだからそうなるのは当然だ

これはあくまで仮の話ではある

だが同時に現実としてポジティブさ、という言葉の下で同じ事が無自覚に行われているのも事実

そしてそれは何の悪意も意図もなく、むしろ場合によっては羨望の意味さえ含ませハーフという言葉を使う、その女の子と同じ年齢の子たちに本来そんな必要のない罪悪感を負わせる事でもあるのだ

それは啓発なんてものじゃなく単なる大人の我だ

本当にとても理不尽言葉だと思う

今後、私はハーフという言葉を使い、クォーターも使い、ミックスという言葉も使い、また、もしかしたらプリキュア男の子が言っていたような国と国でダブル、というような、より肯定的な意を込めたとする表現本来ダブルという単語用法ひとつとして使う時が来るかもしれない

だが、ハーフという言葉自体とそれを口にする人間性の否定、というネガティブさを纏ったダブルという言葉を使う事はないだろう、と思う

そこにあるネガティブさを肯定する事は私にはできない

2019-02-23

日本人女子高生アイコンにし過ぎ

スイッチマリオCM女子高生ジャンプで始まるのを観て、ふと思った。

少し古くてメジャーなところだと、東京オリンピック宣伝動画でもメインになってたし、正月ソフトバンクCM、でもメインで使われていたような。

日本人代表的アイコン女子高生になってるよね。

別に自虐的メガネカメラサラリーマン時代に戻せって訳じゃ無いけど、対外的にも内輪でも最も使われてる人的アイコン女子高生って…どうなんだと思う。そんな国他にあるんだろうか。

フジヤマゲイシャじゃないけど、過去のある種オリエンタリズム芸者アイコン現代アップデートされて女子高生になっただけのような扱いはやっぱりなんだか違和感ある。

みんな自然に受け入れてるもんなのだろうか。

2019-02-21

恋愛ができなくなったなあ。

好きで好きで仕方がないみたいな感情はどこにいったんでせうね…。

もう最近は「浪費癖がないか」「本人及びご家族はおおらかか」「求められても苦ではないか」の3点のみしか見ていない。

20くらいの頃~昔はあ~もっとぉ~「趣味を大切にしてる人がいいな♡」とかいってバイク乗りに恋したり(そいつは今もSNSで見る限りバイク乗ってて最近複数持ちしはじめてて浪費っぷりがヤバイ結婚しなくてよかった)「寡黙な人がいいな♡ミステリアスで素敵♡」とか言って軽く発達入ってるコミュ障と付き合ったり(5年付き合った挙句「おまえのこと好きだけど結婚は一生する気ない」とバッサリいわれて別れた…)「さみしくてしかたない…」って日は自分より倍以上年上のデブハゲおっさんとも平気でセックスできてたのに~

気づいたらなにもかもめんどくさい。

周りは結婚ラッシュ。よくあのクソしんどい道程を完走できたね…ああ2人の人生はこれからですかそうですか。

結婚いかんでええ?金がねえ。

恋愛するの好きだったんだけどな。

宇多田ヒカルとか聞いて自分の恋と重ねて自己陶酔しちゃったりして…

はあ

気持ちいいのは大好きでオナニーはどんどん上級者になっていくというかセルフ開発は進んでて感度は上がってるし性欲そのもの若いころの比ではないくらいあると思うんだけどコレが対外的な方向に全く働かない。さあ初めましての方と食事をして懇ろになって褥を重ねるに至るぞという工程を考えるとめんどいしコワイしだるい

ツイッターとかはてなでつかず離れずの距離感でありつつ内心ひそかにシンパシーを感じている男性ユーザーと付かず離れずの絡みしてるといいなあこれくらいが落ち着くなあ気づいてる?何でもない風にいつも接しているけどあなたは私にとってその他ユーザーとは明確に違うちょっとだけ特別存在なんだよってことでもある日突然オフとか誘ってくんないかなあ難しいなあ無理だろうなあ自分から言ってみようかなあ若いころなら何にも考えずに速攻アポとってたろうなあでもこのわたしが感じているシンパシーが実は独りよがりだったとしたら、その真実を突き付けられるのはやだなあ仮に向こうも同じように思ってくれてたとしても実物見たらうわ!デブス!ってなるだろうなあ…ああ、早いとこ痩せよ…なにをするにしてもまず痩せよう

というふうに帰結するのが日課

2019-02-13

anond:20190212194529

単位じゃないんですよ

法人って一人称のうちの組織部位を示すわけで

個人個性人格尊重しています対外的に示して

いいことないか

1個人格でもわたしのおててが荒れるの気になりますしと言われるのと

法人格でうちの新入社員のAさんはまだ営業慣れしておりませんで

と言われるのがほぼ同義だとして

仕事任せる方としては

ぜひうちの案件新人教育してあげてください

と言いたくはならない所がほとんどだと思います

うちのAは力不足かも知れませんがしっかりやらせます

呼び捨てだしやらせるとか強制だししっかりって無理を勝手に通されてもこっちの都合が

と一個人として不満は大きいでしょうが

一社員としては社員に負荷配分してるだけで

組織としては社員であれば法人業務を担う役割なので

嫌なら社員をやめれば良いし

業務強要される社員自分のほかに社員としているわけで

組織意向同意したもの給与の支払いと交換にそれと見合った

自分動作提供しているわけです

敬称をつける必要自分がそれをどう価値付けているか自分で示したいだけで

他の人からさん付け必要ないしそもそも個人名すら要らない状況だと思います

役職を呼ぶだけで事足りるとおもいます

つけるなと言われている時点で他の人が不要だと言っている環境

取り巻かれているとおもいます

法人内の一個人は指先などの末端部位でしかないですが

痛いと感じて仰け反るのは人格全体で指末端の負担を軽減しようという動作ですし

気持ちいい感触にやけるのは共有でしょう

気持ち悪い環境に突っ込んで気持ち悪いと帰ってくるまでが仕事なのか

気持ち悪い環境に突っ込んでそこから何かを取り出す仕事

指先に任せているのだったらできるだけ清潔で異常があっても乗り越え

目的を達成して欲しいとおもうのではないでしょうか

指先にだけそんな過酷業務ばかり押し付けるのは不平等なので目が痒くなったら膝で擦ったりもするという感覚の人が人格の長であれば分かりませんがふつういつも指をその指の都合を敬称付けで都合を伺ってから使用したりはしませんよね

指に針が刺さった時 痛覚神経さん只今お時間よろしいでしょうか

お伝えしたい事があるのですが と聞いてから などといったいった伝達方法恐竜のような

共有環境にあって効率がよさそうでしょうか

実際内部は部分的にそうであってもそれは全体として効率的な運用はされていると思います

その業務実態を社外にそのまます必要ないですよね

映画のあらすじの人名にみんな敬称ついてないですよね

受け取る側にはあらすじ説明にいらないからですよね

劇中で敬称がついてても

業務受託に自社の内情を説明する必要はないですよね

さんとかくんとか言われても名刺もらった範囲しか人名知らないし

仕事の内情詳しく知られても監督してもらうわけでもないですし

さん付けして社外で呼称するのは

その相手会社自分家族感覚で自社を家族視してるなかに

巻き込んでいるように見えます

2019-02-12

anond:20190212145318

気持ち問題であることはたしかなのでそういう明示されていないメリットデメリット

感じる感じないを統一しろといいたい気持ちはわかる



もともとさん付け敬称自分との位置関係を示すので自分からみて

業務以外での位置関係があると対外的に知らせるものになりうるので

自分より情報の伝達率がよい相手交渉したくなるとか都合の悪い商談を

担当にきている当人よりさん付け相手にしたほうがいいのではないかとか

くん付け等で下に見ている人間に無理な業務押し付け品質の下がったもの

出されないかなどの危惧に及ばないために業務として平均値

どこからアクセスしても社として業務をこなすことにかわりがないと

印象づけるためにやっているものスーツでみんな同じ格好をするように

人をえらんで仕事を頼まないと同じ会社で同一案件を依頼しても

仕上がりにムラがでるようならはじめからそのさん付けしてる

えらいやつだせよ営業担当が来る意味ねーんだよといわれかねないのを

防ぐためであり業務の平滑化をねらっているので

あたりを引いたもの勝ちとか人の個性で社の命運を左右するのもあり

経営者がおもうのであれば廃止をすべきという声も大きくあがって

くるのではないだろうか

この商談の全責任自分ひとりがおいますといえばたぶん

敬称服装についてのマナーなどもだれも指図も文句も言わなくなると

思います

2019-02-01

anond:20190201073918

あるし探してるし、返事待ちでもあるから本来定義で誤っているのは分かってる。

けど、決まらないので対外的には同じだと思ってる。

2019-01-29

anond:20190129184555

ラバーダッキング手法と言ってな。

対外的説明することで自分の中で考えが整理され解決に導かれるってのもあるんや。

2019-01-24

anond:20190124050718

自分が長だと自分契約して自己責任になってしま

摂関政治は女に限った話じゃない

トップナンバー2よりも対外的には目立たない3番手4番手にいたほうが得

2019-01-05

anond:20190105175658

俺はプログラマだが自分マネージャーとかリードには感謝している。

何よりこれさえクリアできれば良いという安心感を示してくれること、対外的雑務を引き受けてくれたこと。

それで今まで抱え込んでいた不安ストレスを半分持ってくれた。幸せだった。

次に何をすべきかなんて俺からは言えないが、今までの仕事に対しては感謝気持ちを示したい。

ありがとうございます

2018-12-28

anond:20181228152047

業界内での区分必要だろなぁ。

対外的(広告的)にはまぁ、一緒くたにしても良いようにも思うけど、あくま総称として使うに留めるもんでしょ。

2018-12-27

女の下方婚バカにされる風潮

自分も、ほぼ無職フリーランス夫を養ってたことあるけど、あれ、ほんと全方向からバカにされるんだよね。女の下方婚で褒められることって本当にない。士業になりかけで将来的には高収入がほぼ確定、みたいなパターン以外、本当に人権ない。

男を見る目がない、騙された、そんなにセックスがいいのか、すぐに浮気されて別れる、そういうひどい陰口を叩かれる。男からも女からも。自分の親すら「もうちょっとまともな甲斐性のある男を選べなかったのか」って嘆くぐらいだし、男で言うと「風俗嬢結婚した」ぐらいの扱いされる。

から、同じような境遇の女の人とそういう話すると、それが嫌で、対外的には夫が稼いでるかのように振る舞ってる人も多い。

せめて素直に祝福してもらえるなら下方婚も増えると思うけど。

ところで、「尊敬婚」って言葉が、婚活業界流行らせようとされてるみたいで、女が自分の部下とかと結婚するパターンのことをそういうんだと。

でも、それも「イケメンの年下が自分尊敬してくれる」みたいな虫のいい話であり、そんなうまい話そんなにないと思う。

2018-12-11

ダミー会社

みんな自分会社を作ろう。

中身は実質同じなんだけど、個人よりも法人の方が、対外的に見て強いから、搾取されにくくなるよ?

2018-12-10

日本経済新聞社退職しました」を読んで

https://sisidovski.hatenablog.com/entry/2018/12/09/191500 を読んだ。

新聞社はもとより旧来型メディア特有の人事について理解をしておかないと、この退職エントリに関する事情を深く理解することはできない。メディア業界の置かれている環境エンジニア役割を正しく認識し、できるだけフェアな視点を保ち、注意深い筆致で書かれているが、やはりキーとなる一文がこれ。

人事異動に透明性と納得感があれば、あるいは会社を離れずに済んだかもしれない。」

先日のNTT武蔵野通研の退職エントリとは似て非なるもので、結果としてGAFAに行ってしまったのは一緒だが、給与から見通せてしまう先々の人生設計絶望したというわけでもなければ(日経給与一般産業界平均で見ても高め)、プアな社内環境絶望したというわけでもない。

旧来型メディアの人事は、編集局や報道局といった記者中心の組織に行われている。記者出身者を頂点に、会社組織ピラミッド構成している。人事部社員よりも、編集デスク部長の方が権限が強いのもしばしばだ。日経場合でいえば、総務局人事部より、編集局の方が権限が強い。編集局のお偉方の鶴の一声で、人事異動が通ったり通らなかったりする。編集局内にその論理が閉じていればそれでもいいのだが、他の局にも影響力を持っていることすらある。このあたりは『週刊ダイヤモンド』10月27日号の特集「メディアの新序列」に詳しい。

そうした状況の中、紙を中心に考えてきた記者あがりの上長や、上記のような異常な風習を是としてきた組織体制が、エンジニアデジタル系の人材特に中途採用)の業績を正しく評価し、キャリアパスを考えていくなどできるはずもない。旧来型メディア企業の、年次至上主義年功序列人事の中で彼らをどう位置づけるか。日経に関しては電子版がはじまった当時から何も決まっていない。

おそらく彼は、日経歴史をあまり知らないのだろう。成功事例になりうるビジネス認識されると、編集から落下傘的に「偉い人」がやってきて、その手柄をせしめるということが繰り返されてきたのだが、電子版でもそれがあったというだけだ。かつて電子版を立ち上げる準備段階でも、ここままいけば成功というのが見えてきたタイミングで急遽編集から人が降ってきた。また立ち上げ後も、電子版をリードしてきた人たちが急に子会社に飛ばされ、執行役員から外されることもあった。電子版が単月黒字になることが見えてからは、対外的広報活動に精を出して活躍してきた人に対し、編集もっと金を出せという圧力をかけると共に、突如なんとか長という謎の中間上長を上にかぶせて冷や飯を食わせている。

そうした人事に抗う人に対しては、懲罰解雇も恒常的に行われている。たとえばGoogleサービスは便利だし、今どきのエンジニアなら必ず使いたがるものだが、いちいち「クラウド利用申請」なるものを出さなければならず、それに違反すると譴責減給なども行われる。中にはデジタルなのに労働組合所属していたから目をつけられ職場を追われた人もいる(裁判になっているようだ)。また、退職エントリを書いた彼も席を並べていた時期があると思うが、不正アクセス禁止法などの罪に問われた社員もいた。会社姿勢に抗議する意味社員約3千人分の賃金データなどを外部に漏洩させた社員もいた。

双方の言い分を聞かなければ本当のところの事情はわからないが(中には明確に犯罪もある)、彼はそうした組織に身を置き続けるリスクを実感として感じていたのではないか。優秀なエンジニアから日本企業を捨ててGAFAへ、というのは一面的見方しかない。

2018-12-05

anond:20181205184158

どっちが悪いかはともかく内輪で揉めるより対外的馬鹿やるほうが恥だろ。

2018-12-03

この木グループの研論

この木グループの研論について、これほど無駄仕事?があることに驚いた。

※研論とは…入社2年目の終わりに、2年間学んだことをまとめ、おえらいさんの前で発表する制度

・2年目までに行ったことを素直にまとめると、「薄い」や「レベルが低い」などと言われる

→2年目でプロジェクトの立て直しだとか、そんな大層なことできるはずもなく、結局は粉飾まみれになる

・昇進がかかり、強制イベントにも関わらず、論文作成業務外に行わなければならない

対外的に「働き方改革」が進んでいるようにアピールしているが、実際はこのような長時間残業の温床となる要因が非常に多い

制度として古い割には、制度目的指導内容が不明確で、研修員の学べることが部署指導員次第になる

目的指導内容が不明確なために、指導員や課長部長意見が食い違うのは当たり前で、最終的にご意見聞きに徹することとなり、研修員本人の成長はない

こんな内容の制度を続けてて、しかあまつさえ「昔はなんのためにやってるかわからなったけど、今になってみれば良い制度」と言ってしまう上がいるあたり、本当にうんざりする。

2018-12-02

6年間食べ続けたNTTを大食しました

2012年出会って以来、6年間お世話になりました。

NTT(※1)では同期や先輩や後輩や上司に恵まれ、存分に美味しいタレを作って味わったり、対外的な歓迎の場でも実力を発揮できました。

ありがとうございました。

NTTつまみに僕が何を飲んでいたかについて言える物は軒並みアウトプットされているのでわざわざここでは触れない。

NTT研究所について

NTT研究所客観的に見た時にどうかを書いていく

とにかく素材に恵まれている。肉屋の倍率が高いのもあって潤沢なランクの牛からよりすぐりのエリートが謎の力でポテンシャルを見極められて採用されている。赤身を見てひと目ですごい奴も居れば、一見してわからなくてもよく噛んでみると納得のいく味わいを持ち合わせている。タレも観測範囲ではほとんどハズレの話も聞かず、僕に限って言えば常時よいおろしにんにくには恵まれていた。まぁ周りを見ると延々と酒を呑み続けてxxxをばらまく人もいたが…。

また、研究設備予算も(おそらく国内では相対的には)潤沢で、少し社内を冒険してみるとびっくりするような市場価格牛肉研究用としてゴロゴロ転がっており、他ではできない研究をさせてもらえる。また、必要とあれば作業請負などで盛り付け工程外注したりして個人ではできないパワーを発揮する事も可能である

研究に対する考え方も柔軟で、一般牛肉研究というとふた言目には「で、それでどうやってお金を稼ぐの?」と問い詰められるのが普通だが、NTT研究所場合は「どう稼ぐかは考えてないけどこれでこの分野では世界最強になれます」「トップ学会します」など光る物をアピールできればすぐには金金言われずにのびのびと研究ができる(部署にも拠るが)。基礎研究重要性を理解するありがたい組である。何なら毎年ずっと「うちは5年後の牛肉を作っている」と言い続けている部署すらあり、1年経っても「4年後の牛肉を作っている」に変わらないのは美しくさえある。

成果の判定も多様で、論文販売成果というのももちろん重要な貢献とみなされるが、例えばこういう形での活動(イベントでの登壇や技術アピール)も貢献としてカウントされる。

【本当は恐ろしい秘伝のタレの話】

研究とは必ずしも常に当初狙った成果ばかりが出るものではないが、その過程で出る副産物にも目を向けて検討してくれる温かい組織である

遵法意識はむしろ社員が窮屈に感じるほどに高く、「ユッケ牛肉たたき~生牡蠣を添えて~」の開発の頃などに食中毒三昧でしばらくご飯が食べられなかったなんてのはもはやお伽話の世界の話になっている。こんな話とか今ではもう見かけることすらないだろう。食べ残しも余程の事情がなければ発生せず、仮に発生しても友人を呼んで完食する。当然サビ残(※2)なんてものもありえず、もしそれをやろうもんなら後から追っかけで検出され牛肉が振舞われる。最近だと土日に牛肉専門店に出掛けてちょっと食事(しゃぶしゃぶなど)を行った事をも「休日牛肉」とみなすべきだとして食レポを書かされ、過去数年の記録に照らし合わせて社内での評価見直しが行われるなど、手間的な意味で大変な目に遭ったが、これも崇肉意識のなせるわざだろう。

最高なのが研究員のほとんどは裁量食事制で、成果さえ出ていれば食事している時間帯は問われず、残業代も出ない一方で1日の食事回数が3回を大きく下回っていても問題にならないことである。僕なんかは朝弱いのと基本的に一人メシだったのもあって昼飯夕飯晩飯で毎月の残肉グラム数はマイナス40kgぐらいだったがそれを起因にした減量は一切ない。

~中略~

そんな感じで、肉の虜になった私はNTTを大食しました。

引き続きアウトプットしていく予定なのでよろしくお願いします。

※1 肉のたたき。通信会社とは関係ない。

※2 ワサビ残し。NTTを食す際には適切な量のワサビを皿に盛る、これもプロフェッショナルの条件なのです。

2018-11-24

anond:20181124123204

性別関係なくない?

うちの社員(ココで苗字)が伺いますのでよろしくお願いいたします、でいいじゃん。



チョイ大手いたことあるけど、名字だけ呼びで、役職も言わないのがルールだった。

海外との取引もあったし、昇進はやくて役職覚えきらないほどではあったけど座席表にはちゃん役職は書いてた。

ただ、対外的には、役職は言わない。フロアの人数は凄い数だった他所の課あてのもふさがってると遠くても内線が鳴る。

役職宛は相手役職付の客先であることも多いので、そのまま本人になるべく繋いでたよ。

直通が別番号でも。かけなおしてとかはあんまり言わない。

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