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はてなキーワード: 多数決とは

2017-07-21

老人有利の時代に生まれてつらい

価値観多様化する以前の老人の数が圧倒的に多いいまの日本

選挙多数決だし有力政党は老人に支持される政策打ち出すしで、全く自分意向は反映されないことが確定してる

ある程度色ろんな価値観を持ってるのが当たり前って世代が多数を締める時代に生まれたかった

こんなことな王政にでもなった方がまだ希望が持てるのかもしれない

2017-07-12

お前ら多数決で俺を殺せ

元一級障害者

せっかく、数千人に一人の、放置すれば幼児のうちに死ぬ病気を持って生まれてきたのに、お前らが日本医療は素晴らしいとかもてはやすから、俺は幼児の頃に受けた手術で生き残ってしまった。

挙句の果てに、健常者と変わらなくなるまでに回復したのに、障害者資格も失った。しかし、30代のオッサンになって、ようやく、子供の頃の手術の影響が現れてきた。

俺が社会にやったことはなんだ?体悪く生まれて、医療費を増大させただけじゃないか挙句の果てに医療費を増大させ出るのは障碍者だ、みたいな目で見られて批判される。俺は批判されて苦しい、お前らは俺が生きてるのが不愉快、どっちにも得はない。俺はこんな思いするぐらいなら助からなくてよかった、助けてって頼んだ覚えもない。俺は助かるべきじゃなかった、幼児のうちに死んでおくべきだったんだ。

それがなんだ。せっかく俺は、幼児のうちに死ぬ病気を持って生まれてきてやったのに、俺を助けて医療費を増大させたのはお前らだ。医療費増大の責任を俺たちに押し付けるな、死ぬと分かってたのに俺を助けたお前らの責任だ。

この国は民主主義国で、人口の大多数は健常者だ。数千人に一人の確率で生まれてきて、ほっとけば確実に死ぬ俺たちをなぜ助けるんだ?この国の主は大多数の健常者であるお前らなんだから死ぬ体で生まれてくる俺達なんて放置して殺せばいいだろう。

この国は民主主義国で、人口の99.9はお前らだ。俺達は圧倒的少数派だ。お前ら健常者で団結して、先天性の障害者幼児のうちに殺す法律を可決させろ。そうすれば、俺は苦しみが何かを知ることもなく死ね、この国から先天性障害者は消えて医療費も減り、健常者だけの国が出来上がる。みんな得する。

先天性の障害者は、生まれてきたこと自体が悪なんだ。存在のもの社会の害なのだ。俺は生まれてくるべきじゃなかった。

俺のような思いをする子が今後も生まれてこないように、健常者のお前らが多数決で法を変えて、俺を殺してくれ。

俺の病気簡単スクリーニングできる。レントゲン写真さえあれば、健常者が取り違えられて死ぬことはない。

日本人口の大部分を担う健常者の力で、健常者による健常者のための国を作ってほしい。民主主義国かつ法治国家理念体現して欲しい。そうすれば、社会厄介者である俺は、喜んで殺されよう。どうせ、障害によって、誰からも嫌われる、生まれてくるべき人間ではなかったのだから

2017-07-09

何がエロいかなんてどう理屈つけたって結局単純に多数決にならざるを得ないんだよ

本当に理屈で決めるつもりならうんこの何がエロいのかスカトロマニア連れてきて説明させるぞ

2017-07-05

https://anond.hatelabo.jp/20170705123904

邪魔じゃない、という主張を持ち主がした時点でこの話は終わり

公共ってのは多数決ではなくて

インフラ安全経済騒音国防などの万人が無視できない問題をいって

プラモがあっても平気な人間がいる以上はこれは公共でもなんでもない

単に許せない人間がその家庭で多数派になっただけ

多数少数の関係性だけで個人自由侵害されるのは明確な憲法違反

それならLGBT排除されるべきだろ

お前の言う事はそういうこと、ダブスタやめましょ

2017-06-17

合意形成について思ふ

どんだけワークショップしたって議論したって合意形成と言う名の多数決しかない。

多数派の利害が一致した結果なだけで、その他の利益無視され続ける。

格差は広がる一方だよ。

2017-06-15

こんかん

民主主義の根幹って多数決じゃないの?

https://anond.hatelabo.jp/20170614093327

id:kamayan1980

「許してはいけない表現もある」ねえよ、という立場です。

http://b.hatena.ne.jp/entry/340096756/comment/kamayan1980

スナッフムービーとかも全然OKという立場なんですかね。

たとえばフルCGで作られたそういう動画流通してたとして何の問題もないと?

(ここでいう問題とはそれを見て真似する人たちが出てくるということに限定しません。)

追記:

なんか思いのほか、ブコメトラバが付いててびびるなど。

まさかホッテントリ

適当に書いた増田がこんなことになって正直びっくりしてます

ブコメトラバは一通り読みました。

とりあえずホラー映画とかとっくにあるじゃんという意見には、あなたはスナッフムービーが何か知らなさすぎですとしか言えません。

人の体を破壊して殺害することそのものを楽しむものと疑似的な恐怖感を安全場所で楽しむものは一緒に扱えるものではないと思います

SAWシリーズは好きな映画の1つです。)

単純に考えて欲しいんですけど、「許される」派の人たちは深夜番組CGのスナッフムービーが流されても問題ないと思ってるんですか?

この例え自体現実味がないから考える価値がないというのであれば、かつて放送されていた深夜のアダルト番組がなくなったのはどうしてだと思ってますか?

「許されない」とされたからじゃないんでしょうか?

そもそも「許されない表現がある」とはどういう意味なのか。

単純にそのような創作物作成してはならないという意味で考えている人もいるかもしれませんが、私はそういう意味では考えていません。

元の増田id:kamayan1980がどう考えていたのかはわかりませんが、私はゾーニング年齢制限なども表現の自由への制限だと思ってます

一般表現の自由というのは創作活動のものだけでなく創作物公表流通も含むものとされています

なので、許されない表現などないというとき、それは単に創作物作成だけでなく流通への規制も一切ないという意味だと考えています

現代社会で、アダルト物や暴力表現過激であるものゾーニングされていたり年齢制限がかかっているのは、そういったものについて自由流通は許されないと大多数が考えたからですね。

違いますか?

CGスナッフムービーの何が問題かについて、まずCGであっても本物と見まがうようなスナッフムービーはその視聴により人の脳にダメージを与える効果が他の映像作品よりも圧倒的に強いという点、成長途中の児童に見せることがその後の発達によくない影響がある点、創作物と偽って本当の犯罪が行われうる点(レイプものAVでありました)、見たくない人が作成流通広告放送などの様々な段階で目にしてしまう点(見たくもないアダルト広告規制されるべきでは?未承諾広告規制されました)

追記2:

正直、自分でも上に書いた問題点中途半端だし弱い気がする。何なんだ。結局自分不快からやめろっていいたいだけなのか。(でも逆にすべての物事判断はは感覚的な良し悪しを事後的に理屈を付けているだけとも思う。)すまない。自分でもよくわかってないんだ。表現の自由は最大限尊重されるべきだと思うよ。でも許されないものってあると思うよ。ブコメにあったけど差別発言とかヘイトスピーチとか。

流通の話じゃねーだろという指摘もあるけど、流通しない創作物のことを考えても意味ないよね?それは思想の自由とでもいうべきもので。

がんじがらめの流通ゼロ規制なしの野放図も間違ってると思う。とりとめなくてすまん。

あと本物のスナッフムービーがだめなのはそれが殺人という犯罪からというのはわかってるつもりで、だからこそ次の行に「たとえばフルCGで」と書いたんですが、そこんところに誤解のあるブコメが星を集めてるのは、やはり自分の書き方が悪かったんですかね。いろいろすまんかった。

追記3:

いまだにこれがどうしてこんなにブクマが付いたのかわからない。他の増田と何が違ったのか。

「許されない表現」とはどういう意味なのかについて、多くのコメント元増田id:kamayan1980は「存在が許されない表現」という意味だったんでしょうか。

たとえそうだとしても私は存在が許されない表現はあると思いますよ。

本物のスナッフムービー殺人からだめだというコメント結構あって評価も高いみたいですけど、これは存在が許されない表現ということなんじゃないんですか?

表現犯罪を切り離せ?表現行為のもの犯罪だったとき、それは切り離せられるんですか?切り離したとして作成自体はだめでも流通自体OKになりますか?

IS公開処刑とか秋葉原池田の目立つためにやった集団殺害とかこれは殺害行為を周知することが目的で行われたもの表現行為と言えると思いますが、これは存在が許されるとでも?

テロだって思想信条表現でしょ。

表現の内容によって「許される」程度というものがあると思います

犯罪行為など存在自体が許されないものから、誰が見ても問題のないものまで、いろいろな表現があって、それぞれに適切な公開範囲や公開方法があるんじゃないでしょうか。

誰が許すのか、多数派とは何かというコメントもありましたが、正直そこからかよと思います

誰が許すのか、そりゃ私達ですよ。民主主義社会に生きているわけですから、なんだって決めるのは私達自身であって、私達自身責任を負うんですよ。

少数意見だって尊重しますけど基本的には多数決で決めるんですよ。そういう社会で生きてるんです。いろいろあってそういう社会がましってことになってるんです。

私はこれくらいならこれくらいの規制妥当だと思うみたいな意見を持ち寄って落としどころを決めるんですよ。

もっと規制を強めた方がいいという意見や弱めた方がいいという意見があって、互いの意見を聞いた上で社会全体にとってどれくらいの規制がいいか判断するんですよ。

嫌なら目をつむっとけ?それこそ自分の快不快だけで人の意見を聞かない態度では?

自主規制しろ法的規制しろ結局のところ決めてるのは自分達ですよ。

再びスナッフムービー殺人から犯罪からだめなんだという意見について、

じゃあそもそもなんで殺人はだめなんですか?犯罪からですか?刑法に書かれているからですか?

違いますよ。

犯罪からだめなんじゃないですよ。

めだか私たち犯罪として規定禁止してるんですよ。

殺人を許すと自分たちの直接的に間接的に生存が危ぶまる状態になるから禁止してるんですよ。

結局のところ自分が嫌だから禁止してるんですよ。

あと単純所持ですら犯罪である児童ポルノですが、これも表現としては許されるんですか?

これについても犯罪からだめなんだって言いますか?わりと最近まで犯罪じゃなかったんですよ。

許されていた表現が許されなくなったわけですが、それでも許されない表現はないと言いますか?

何が犯罪かどうかって絶対的ものじゃないんですよ。

犯罪からだめなんて思考停止してたら、せっかくの表現の自由が泣きますよ。

許す許さないの判断規制権力装置と結びついたとき問題は、表現規制手法検閲問題であって、許されない表現があるかどうかとは別の話だと思いますよ。

2017-06-09

人類の発展、社会環境

市民意見専門家意見多数決マイノリティ

市民教育倫理正義感情

人の為、神の視座

一人一人に役割があって各個人が自ら責任尊厳を感じて、緩い信頼で結ばれた社会

2017-06-06

多数決の基本は全会一致なんだから民進党民進党でちゃんと主義主張すればそれが政策に反映されるはずなのだよ。本来はね。

ナイフ十徳とその増田不毛さウモフ出す間の租特とっゅ地の不意な(回文

ビクトリノックス十徳ナイフ

ギネス世界記録は141徳なんだけど

それをはるかに上回る

256徳ナイフにしたくらいの

便利さと優しさと愛しさと切なさが欲しい

トゥーシャイシャイボーイ

そんな篠原涼子的な朝。

おはようございます

ごきげんよう

ところで、

不毛な人との飲みは岸部一徳のほか

なにもだれも三文どころか一得をしない。

その上の人だって

かつては下っ端だった頃、

上の人に連れられて、

そんなだれ岸部一徳をしない、

83階で行われる焼き肉大会の、

誰も得をしない不毛飲み会をやってたのを

知っているはずなのに。

なぜ歴史は繰り返されるのであろう!?

民主主義と言いながら選挙では

わず比例代表制度で6%の民意で、

それが果たして多数決的な民主主義のそれと言えようか?

ああーブルータスおまえモカ!

レアイスコーヒー!!!

まったく、

世の中には不毛ものが多すぎる、

そう思わないかしら?

さもありきな、

さもサモハンキンポー不毛さよ。

ああ、

今日のお昼は

ブルーマウンテンのモカを急に飲みたくなってしまう。

やはり流行のそれは

人類不毛さ故、

藤田ニコル今日カラコンぶち込んでいく感じの、

それと近いような気がした。


今日朝ご飯

いつもの誠実なサンドイッチ

私の朝に応えてくれるわ!

タマハムサンドベーコンポテサラサンドよ。

そのサンドイッチには一切不毛さがないわ。

香り高いレタス高原の風を感じ

草を食む牛が歩むようよ。

デトックスウォーター

ピンクグレープフルーツウォーター

炭酸割り。

そういえば、グレープフルーツって

いつも果物屋さんにあるけど、

旬な季節っていつなのかしらねって思っちゃったわ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2017-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20170603000111

理解されたいのなら話を続けろ。「あほすぎて話にならん」と言っている増田多数派であるのか? そうじゃないんじゃ無いか

ならば自分多数派になれるように他人物事理解させる必要がある。

確かにワイはアホかもしれない。だが、決してオンリーワンのアホではない。このクラスあほが今の日本中には山ほどいるのだ。

から、アホだからといって話を停止してはならない。アホによって多数決を取られないためにも、今目の前のアホを説得するのだ。

幸い、ワイは増田の話を聞く構えがある。理解はできないし反論するかもしれないけどな。

これは、対話のチャンスなんだぜ?

2017-06-02

禁煙or喫煙ではなく、小池百合子政治手法を問う選挙だ!

 屋内全面禁煙公約だそうなので、私は小池新党には投票しない。

 子どもがいる家は家の中も禁煙だとか言っている。人の自由を奪おうとする発想反対。

 だが、問題は、禁煙喫煙かではなく、その政治手法だ。

 彼女は、豊洲問題では移転でも中止でも、大多数の支持は得られないと考えた。そこで争点を変えて、明らかに過半数の支持が得られる屋内禁煙問題に切り替えたのだ。だが、少数意見無視して強行するのは政治家本来仕事ではない。

 五輪誘致なら多数決による決定も分かる。しかし、禁煙は、禁煙派が喫煙派の権利を奪うという点で、もともと多数決はそぐわない問題なのだ少数民族権利を奪う法案だって、単純な多数決なら通ってしまうのだ。つまりは、イジメだ。

 当然この政治手法は、今度他の問題でも適用されるだろう。今後あなたが少数派に属するような問題が争点になったとき小池百合子は同じように数の論理人気取りで強行突破する可能性が高い。

 従って、有権者は、「禁煙喫煙か」ではなく、将来、タバコ以外のことにも応用されるであろう、この女の政治手法に対して、YesかNoかを票で投じるべきだ。

 もう分かるだろう、Noでしかあり得ないことが。

2017-05-13

教師はなぜいじめ助長するのか

私は、小2から小3にかけていじめを受けていました。

きっかけは、小2の時にクラス女子メガネケースが机から落下し、壊れてしまう。ということでした。

その様子を遠くで傍観していると、赤井さん(女子)が教師にこの事について話しているようでした。

赤井さんは、「近くにいたから」という理由大石さん(仮名)と何故か私を指名しました。

その後、緊急の学級会が開かれ、教師が明らかに私に対して不利になるような言葉を並べ、

柳沢さん(仮名・私)と大石さん、どっちが悪いか多数決しましょう。」

と言い出しました。

クラスの大半が私がやっていた。と手を挙げ、私は反論しました。

しかし、それは無意味もの教師はなにも認めてはくれませんでした。

下校後、学校から連絡が来ていた。ということもあり、親から様々なことを言われ、私は「絶対やっていない。そもそも、その場所に行っていない。」という趣旨のことを伝えた後、同じクラス友達の親から電話がかかってきました。

柳沢くんは、やっていないらしいね。私の子供が言うには、『大石くんがやってた』ということだった。詳しく話聞きたいからおうちに来れる?」

かけてきた友達の親の家は、とても近所で電話がかかってきたあとすぐに親が私を連れ、到着後話し込んでいるようでした。

次の日、教師から「もうあなたが認めれば、ことが丸く収まるから赤井さんに早く謝って。」と言われ、私は、赤井さんに「ごめんなさい。」と言ってしまいました。

帰宅後、親から「どうだった。」と聞かれ、「謝ったよ。」と伝えると、「何で謝ったの! あなたやってないんでしょ! それは罪を認めることだよ!」と言われました。

この時、小学2年生だったため、「謝る」という本当の意味を知らなかったためです。

これらのことがあった後、クラス内で1人でいることが多くなりました。

3年生に進級し、新たな楽しい生活が送れると思い、とてもわくわくしていました。

しかし、現実はそうではなかったのです。

クラス担任を中心とする、酷いいじめを受けるようになりました。

相談する相手も居ず、学校が嫌いになってしまいましたが、「とりあえず学校には行け!」と言われ、抵抗はしたものの通じず、仕方なく学校に行きました。

このときの私は太っていて、担任からおなかを直に触られることが数え切れないほどありました。

また、クラスメートから悪口や陰口、さらには過度なちょっかいなどがあり、とてもこのクラスはいられない気がしてきました。

給食の際にも、いじめを受け、給食を食べないということもありました。


小学3年生の夏、私は自殺を試みました。

しかし、担任が止めてくれましたが、それがきっかけで、さらいじめエスカレートしていきました。


小学4年生に進級しました。

担任は、私のすべてを受け入れてくれるとても優しい先生でした。

今まであったことをすべて話した私は、泣いていました。

小学3年生の時と同じクラスメートでしたが、その先生の支えもあり、クラスになじめていたような気がします。

私はパソコン趣味で、その先生IT系に強い先生ということもあり、Excelの話やPPの話など様々なことで盛り上がりました。

ただ、先生はそこまで甘くはありませんでした。

毎日職員室に行って先生から様々なことを聞いていたり、教室プリントを運ぶ手伝いをしていたりしました。

突然、「お前はもう大丈夫から、朝職員室には来るな。」と言ったのです。

私は、少し悲しくなりましたが、自分に自信を持っていたため、「わかりました。」と返しました。

小学5年生の時、いじめが再発しました。

担任は、とても優しかったものの、その事が理由クラス雰囲気は崩れ始め、学級崩壊・学年崩壊とまでいくようになりました。

秋頃、小2の時に私は大石さんと喧嘩をして、感情を抑えきれなくなり、教室にあった水槽を割ってしまうということがありました。

その後、私はクラスから省かれるようになりました。

小学6年生の時、すべてが変わりました。

担任は、少し厳しい先生が入り学級・学年がまとまってくるようになりました。

私がパソコンに強い。ということを知っていた担任先生は、放送委員会の引き継ぎを私に優先していただきさらには委員長までになりました。

その先生は、ダメなことはダメ。というはっきりした性格で、私の曲がってしまった心を矯正してくれる、恩師でした。

さらには、「小2の時にメガネケースが破損した」という事に関して、真犯人が出てきたこともありました。

卒業式の呼びかけの際には、担任の計らいで、私と大石さんがラストラスト2という大役を任されました。

中学校1年生から自分感情を抑えきれるようになり、中学校2年生の時には、学級副委員長にもなりました。

中学校3年生の時には、学級副委員長文化祭実行委員をやるようになり、いじめコミュニケーションも控えめになっていましたが、それが改善されるようにまでなってきました。

現在は、中学2年生の時から志望していた高校合格入学し、部活勉強にのめりこむ毎日を送っています

私は、絶対小学2・3年生の時の担任教師が許せません。

その人たちに、会っていなかったら私はとても楽しい小学校生活を送っていたと思います

何故教師たちは、いじめを隠しているのでしょうか。

何故教師たちは、いじめ助長するような言葉を発するのでしょうか。

何故教師たちは、いじめを認めないのでしょうか。

いじめは、受けている側が「いじめ」と思った瞬間にいじめになります

まだ「いじめ」という考えが浸透していなかったこともあるのでしょうか。

しかし、苦しんでいる人たちはたくさんいます

しかしたら、今も苦しんでいるかもしれません。

教師たちは、現実ありのまま教育委員会に伝えるべきです。

学校の評判が下がる? いじめに関わったらいい役職に就けない?

それは、学校教師の話であり、苦しんでいる人たちはさらに苦しむことになります

もし、あなた教師なのであればその考えを絶対に捨ててください。

子供が好きだから教師になったのでしょう?

教師子供を守ることは当たり前です。

いじめ絶対に許せない。

2017-05-06

子どもがいる人生といない人生のどちらを選ぶか決められない

同棲期間も含めるともう5年以上妻と一緒に暮らしている。自分は30代後半、妻は20代後半。

他の家庭がどうかはあまり知らないけど円満にやっている方だと思う。

今でも毎日笑いが絶えないし、お互いのパーソナリティについてまだまだ新しい発見がある。

お互い好きすぎて何をやるにも一緒だ。友達もそれなりにいるけど妻と遊ぶのが一番楽しいと感じる。

GWに妻の実家に行くとたくさんの子どもたちがいた。

子どもは好きだ。私も妻も実家にいる間、ずっと子どもたちと遊んでいた。

妻は姉妹や従姉妹の中では一番年下で、妻以外の女性陣はここ数年で出産ラッシュだったようで親戚の人数がだいぶ増えた。

次は妻の番、とご両親含めて親戚の誰もが思っていることだろう。

だけど私達は、子どもを作ることを決断できていない。

妻と2人で過ごす時間は最高だ。どんな出来事も2人ならば楽しめる。

土曜の朝に突然電車に飛び乗って遠出したり。深夜まで映画館に篭って1時間以上歩いて帰ったり。

家でゴロゴロするのも、そのままリビングセックスするのも楽しい

共通趣味もあるしその繋がりで友達も多い。みんなで朝までワイワイ騒ぐのだってまだまだ好きだ。

子どもを作ればこういった時間は激減するだろう。

妻は手に職系の仕事をしていて、そこそこの給料をいただいている。

職場での信頼も厚く本人もやりがいがあって楽しそうだ。最近はやればやるだけ評価があがる状態らしい。

子どもを産めば今までとはワークライフバランスが全く変わってしまうだろう。

自分は在宅で出来る仕事なので融通がきく。

今も家事の分担は自分の方が多いし、子どもができたら最大限支えるつもりだ。妻を支えられることは嬉しいし、そこに不満はない。

だけどどんなに協力して頑張っても産むのは妻だし仕事への影響をゼロにすることはできないと思う。

はいわゆる効率厨的なところがあるので、子どもがいることで仕事が今までのように進められなくなった場合ストレスを感じてしまうのではと不安である

今の生活ものすごく充実している。毎日幸せだ。

子どもが生まれたら今まで経験できなかったような喜びを得ることができるだろう。一緒に遊ぶの、すごく楽しいだろうなあ。

でも代わりに失うものも確実に存在している。

きっと子どもを作ったことを後悔することはないだろう。だって私は妻がいればなんでも楽しいのだ。

それでも、いつかその失ったものに思いを馳せてしまうかもしれないと思うと決断ができないでいる。

ちなみに作るなら3人は欲しい。

1人だと親が不甲斐ないとき愚痴を言う相手がいなかろう、

2人だと偶数になってしまうので多数決機能しなかろう、

3人いれば誰かが中立になって場を収めてくれそうだ。

世の中の人達はどんなタイミング子どもを作ろうと決心するのだろうか。

しかしたら時の運に任せるという選択肢もあるかもしれないが、

自分たち子どもを作るならば不妊治療必要だということだけはわかっている。だから余計に腰が重い。

年齢的にも経済的にもなんのハードルもない、ただ自分たちにとって子どものいる人生が最良なのかどうか判断つかない。

2人だけの人生もとても楽しくて幸せだと思う。

2017-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20170505163221

君がキモくて金のないおっさんであること、それ自体問題がない。

しかし、世は民主主義である多数決によって全ての善悪は決められる。君が自分キモくて金のないおっさんから助けてくれと叫ぼうとも、他の一億人人間がNOといえば君は暗黙の内に処分されることになる。

世間から同意を得るためには、世間を味方にする必要がある。

俺はその「世間」の一人である

散らばってゲリラやるよりは、多少思想は違っても纏まって戦った方が戦果は挙げられると思うがどうかね?

2017-05-02

[]鈴木淳司法務委員長の不信任動議は当然

 国会ウォッチャーです。

 今日法務委員会は、開始10分ほどで、野党議員から鈴木淳司法務院長への不信任動議(追記:よく考えたら解任決議案の提出ですね。不信任動議しろってずっと思ってたかタイトルから間違ってら)で、おそらく9日の本会議でその採決を行うまでは、「暫時休憩」となります。これを与党議員ネトサポが「審議拒否」といっていますが、ちゃんちゃらおかしいですね。審議拒否っつーならまずお前らの親分もの答弁拒否をなんとかしろ

鈴木淳司法務委員長委員会運営はひどいのひとこと

 民進党現在対応を求めているのは以下の三点のはずです。GW中に開催するなとかいう話じゃない。

(1) 質疑者が要請していない政府参考人に答弁させること

(2) 1を解決しないまま委員長が職権で委員会を開催し続けること

(3) 土屋正忠議員不規則発言謝罪

 (1)は衆議院規則に反します。衆議院規則によると、

第四十五条の二 委員会審査又は調査を行うときは、政府に対する委員の質疑は、国務大臣又は内閣官房副長官副大臣若しくは大臣政務官に対して行う。

第四十五条の三 委員会は、前条の規定にかかわらず、行政に関する細目的又は技術的事項について審査又は調査を行う場合において、必要があると認めるときは、政府参考人の出頭を求め、その説明聴く

 階猛議員が、立法趣旨や、立法事実捜査の開始時期といった、法案の骨子、基本的事項について、政務三役への質疑を行ったところ、林刑事局長を指名する、ということを繰り返し行っています。45条の2の主語委員会ですので、政府参考人登録までは、当然、委員会、つまり多数決委員長職権で決めることはまぁ仕方がないかな、と思いますが、基本的に質疑は政務三役が答弁する、を無視するならばは衆議院規則違反との批判妥当だと思いますさらに、政府参考人登録は、毎回委員会の合議で決めてきていたところを、審議期間中ずっと登録することとする、というやり方も姑息です。なぜ政務三役が答えないといけないのか、というのは、それが議会制民主主義の根幹だからです。官僚あくまで、政治家意思決定に基づいて、その意志を具現化するための機構にすぎません。政治家が、その法案の骨子について説明できないという法案は、もうその時点でだめなんですよ。実際には、法改正法整備議員立法や、重要法案を除けば、そのほとんどを、課長補佐クラスでなされる弾出しを元に作られますしかし、大臣はじめ、政治家がそれをチェックし、問題ないことを確認するからこそ、大臣名で署名し、公布するんでしょうが大臣がわかってない法律を通す、ということは、建前ですら、議会制民主主義放棄するということを意味するから大臣理解しているか説明する能力があるかどうか、ということそのものが、審議マターになるんでしょう。

 前に書いたように、この法案理解をし、説明をすることに関しては、盛山副大臣井野政務官金田大臣の順です。金田大臣の答弁をまずさせると、それが政府参考人の答弁とも矛盾するし、盛山副大臣が質疑にまじめに答えると、それも金田大臣安倍総理大臣の答弁と矛盾する、という事態が起きています。これをさらしたくないから、安倍さんは、通告がないから答弁しない、とか民進党批判自分支持率の話とかで話をそらす、といったことを繰り返すし、金田大臣は成案が出た後にと先送りしてきたのにも関わらず成案が得られてもまともに答弁できない、刑事局長にまず答弁させて、「○○議員にお答えをいたします。××××とのご質問でございましたが、ただいま刑事局長が答弁したとおり、△△△△であります。」という時間稼ぎをしてるんですよ。これを正常化しないまま、審議がつくされた、とされたらたまったもんじゃないよ、という民進党共産党の主張は真っ当そのものではないですか。

 (2)について言えば、委員会の開催は、基本的与野党合意によって行われます委員長議事運営公平中立に行うこと、というのは、与野党の申し合わせにおいて確認されていることです。まぁ委員長人間ですから、そりゃあ完全な公平中立なんて幻想だということはお互いにわかってるわけですが、ものには限度というものがあるでしょう。求めてもいない答弁者がたって、政治家とは違う答弁をする(「一般の方々が捜査対象とはならない」とかね)、政府参考人登録必要に応じて最低限行われるべきものという原則に反した通期での登録土屋正忠議員不規則発言説明を求める階猛議員要求を退ける等、とにかく早く委員会採決に入りたいという欲求しか見えませんよ。

 (3)の土屋正忠議員不規則発言階猛議員の質疑中、呼んでもいない林刑事局長が答弁しだしたので、質疑を終了し、次の質疑者である枝野幸男議員階猛議員が質疑の打ち合わせをしていたら、土屋正忠議員法務委員会理事)が「テロ準備行為じゃないか」といったことに、階猛議員が激昂し「誰だ今言ったのは、誰に向かっていったんだ」と土屋議員の肩をついて、つめよった件です。この土屋議員の肩をついたことに関しては、階猛議員は先週金曜の質疑の中で正式謝罪をしています。私は、今日法務委員会がセッティングされてるのをみたので、せめて理事会の中でぐらい謝罪してるのかと思ったら、民進党ブリーフィングによると、謝罪どころか、「階議員がやったことそのものテロ等準備行為なんだと、ご本人も発言されていた」(逢坂誠二・談)だそうで。微塵も反省しとらんどころか、「林局長の机をたたいたので、やりすぎと思い、発言したが、内容は覚えてない」というコメントも嘘じゃねぇか。この発言が出たのは、階議員が、枝野議員とこそこそ話していた場面なので、要は「こそこそ話しているかテロ等準備行為だ」というアホみたいな主張をこの段階でも引っ込めてないってことでしょう。当然、委員会の場なり、院外でも結構ですが、何らかの謝罪があってしかるべきでしょうが、どうもご本人が反省していないということの模様。

審議予定時間は30時間

 もし、私が書いてきた共謀罪に関する記事なり、共謀罪関連の委員会質疑をご覧になっていれば、この共謀罪に対する政府側答弁ですら安定していないことはご理解いただけるかと思うんですが、東京新聞によると、

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201705/CK2017050102000116.html

共謀罪法案は、四月末までに衆院法務委員会参考人質疑を含め約二十二時間の審議を行った。与党同法案を採決するには、三十~四十時間の審議時間必要だとみている。

ということでした。実質審議入りの前の段階で、与党議員が「衆院では30時間も審議すれば十分」と発言していたと報道され、また逢坂議員もそういう発言をされていましたので、これはまぁ多分事実でしょう。私の個人的な予想では、GW前に、この法案衆議院で採決してしまたかったんだろうと思っていました。どんなに強引なやり方でも、皆さんすぐ忘れてくださるので。今日の審議予定時間9:00-12:00、13:00-17:00ということで、7時間の予定でした。これまた私の勝手な予想では、今日の審議が終わったら、採決の動議がされてたんじゃないのかな、と思っています。大体30時間なので。わざわざ5月2日に職権開催したのは、ここで強行採決すれば、一番目立たないと考えたからじゃないのかなと。単なる予想ですが、参考人質疑も終わっていますから、この、政権側がまともに答弁もできない状況でも、もうほんとにいつでも採決されうる状況だということはどうぞ知っておいて欲しいです。

2017-05-01

クリエイター職の待遇改善されない理由


人間多数決というやつが大好きで、頭の足りない人間は数をかき集めて賢しい人間社会的にはたき落とし、

そうすることでしか満たされない自己承認欲求生存戦略を満たし続けるわけだが、要はこれが極まった現代社会では無理という話である


アニメーター日本において人間扱いされない。やりがいではメシを食えないということが忘れられている。

あまりにも有名な話なので、アニメーターにおける例はまあ語らずともという感じだろう。

CD売上に対する作詞作曲家マージンはよくて10%、普通は5~6%が目安だ。

残りのすべては小売・広告制作レコード会社が暴利とも言える勢いで持っていく。

広告代理店下請けとなったデザイナー動画制作、末端のアシスタントディレクターなど、

その辺りの闇も同様に深い。学生時代バイト先に派遣されてきた元テレ業界末端の方の話がいまも忘れられない。


娯楽関連に限らず、後付された仕組みや制度によって辛酸ぶっかけられているような製造業

たとえば農家の方々やら下請け工場IT業界関連も広く捉えればこの例にあてはまるだろう。

とにかくどこを見ても、損をしているのは「一次生産を担う末端の人間である


アニメーター問題にはこれまた様々な対策や、どうにかしろという風潮はあるものの、

少なからず向こう30~40年は解決することは絶対に無理であろうと見ている。

社会構成人員が総入れ替えされなければ達し得ない、そんな目標であるからだ。


ここで、「きっと何者にもなれない人々たち」の話をする。

特別な才能を持たず、一般的な家庭に生まれ幸運にも恵まれず平均水準の環境で育った人々のことを指す。

他国は知らないが、日本国内においてはこの種類の人々は年々増加し、おそらく現代は9割がこれにあたるだろう。

筆者もまたこの部類に属する、「きっと何者にもなれない人々」である


現代社会というのは、「新しい価値創造提供できる人間」が継続的に現れないと立ち行かない。

これは「運命に愛された人々」で、優れた才能を持ち、裕福な家庭に生まれ幸運にも恵まれ高水準の環境で育った人のことを指す。

必ずしも裕福である必要はなくて、要は能力値が120/100くらいになるという結果があれば条件を満たすところだ(貧乏家庭から出世)。


こうした種類の人々はぽつぽつと存在していて、決してそこまで珍しいものではないと言える。

その辺の人を10人並べれば1人はいるくらいの割合だ。真に傑出している人物もっと少ないだろうが。


そして現代社会というのは、この「運命に愛された人々」によって支えられている割合と、

その重要であるはずの彼らに対しての報酬バランスが崩れている――という話である


一次生産は誰にでもできることではない。彼らの仕事を見ていると本当に感服するし、

尊敬せざるを得ない人間性を抱えている方も多いし、自分とは違う領域に住んでいると実感することも多い。

自らの意志ねじ曲げることができず、不器用ではあると思うが、それでも圧倒的に「強い」人間なのだ


そんな彼らがなぜ迫害とも言える攻撃力で、社会的に低い身分に甘んじなければならないのか?

簡単な話である。そうしなければ「きっと何者にもなれない人々」は満足に生きていけないからだ。

なぜそのような雑魚風情が「運命に愛された人々」を差別できるのかというと、これも単純で、

数の暴力がいとも容易く通用してしま人口構成比だからである


アニメ業界を例にあげて考えてみよう。

日本動画の線が引ける人間というのは、おそらく製作委員会構成する会社それぞれが抱える、

社員全員とその家族の総数よりも圧倒的に少ないだろう。この時点で容易に想像できるが、

原画を描ける人間さらに少なく、作監クラスさらに、一握りである監督を務められるような

すばらしいセンスを持った人間は、その辺の駅にいる通勤ラッシュ構成する人々よりはるかに少ないはずだ。


単純に考えて、アニメーター監督という「運命に愛された人々」は、

製作委員会にいる無数の「きっと何者にもなれない人々」を少数で全員支えていると言っても過言ではない。

なぜなら、優れたアニメーターたちがいなければ製作委員会以下の社員たちは稼ぎを失って死ぬからだ。


アニメーターたちは「線を引いてアニメを作る」という仕事価値よりも、

「彼らでなければ生み出せない」という希少価値製作委員会提供していると言える。

この唯一無二性はもっと評価されるべきであり、しか社会はここから目を背け、

運命に愛された人々」に対して尋常ではない差別を平然と行っている。


かい理屈を抜きにして考えれば、アニメーター製作委員会利益を7:3くらいで折半すべきで、

これは左右の総数に差があろうとも適用されるべき比率であると思う。彼らの仕事は代え難いもので、

アニメーター(500人):製作委員会10000人)であっても正当な理屈であると考える。

しか現実社会はそれで回らない。それは低賃金化で生活レベルの維持が困難になるとかではなく、

単純に人間が持つ「劣等感」や「嫉妬心」などによって、この7:3は維持が不可能からである


である製作委員会側に属する人間圧倒的多数で、その中にはご存知のとおりどうしようもないダメ人間

おそらく2割くらいは含有されていて、彼らがまず率先して大きな声をあげる。

卑怯である」と。「あいつらは好きなことをしてメシを食っている」と、「自分たち差別している」と。

ダメ人間である自分社会にどれだけの価値提供できるかなど考えず、感情で彼らはアニメーターを殴る。

しかし、ここで製作委員会側に属する8割の人間は、そのダメ人間を止めることはしないのだ。

彼らのなかにも同様の心理がある。「卑怯である」と、「自分たち差別している」と。

価値創造できないことの何が悪いのかと、この時点で、己の怠惰を棚にあげて内心で「差別」が始まっているのだ。


この不当な差別は、500:10000という圧倒的大差による数の暴力通用しまかり通ることで増長してきた。

安く買い叩かれ続けて20年30年、現代では立派な「常識」としてこの差別根付いてしまっている。

手塚治虫がなんとかという話もあるが、それは「きっかけとなるひとつの隙」でしかないと言っていいだろう。


作曲家に関しても同じことが言える。バラエティ番組全盛の1970~80年代というのは、

本当に有能なごく一部の作曲家が大量の案件を安く引き受け、一件ごとの単価を引き下げていた。

その頃は生楽器による演奏音楽主体であったため、アカデミック知識センスを併せ持つ、

打ち込み全盛である現代とは一線を画する、優れた能力を持った作曲家けが仕事を得ることが出来た。

その結果として「きっかけとなるひとつの隙」が与えられ、やがて現代マージンに収まっていく。



別に、何も「運命に愛された人々」に常に7割のマージンを与えろという話ではない。

現在のままでは、彼らに対するリスペクトがあまりにも低く、報酬水準も0.1:9.9くらいのものであり、

これはさすがにおかしすぎるという話である仕事必要能力給料が合っていない例として、

一時期どこかの美術館での募集話題になったことがある。そのときは「人脈が」「経験が」と言われていたが、

そんな「社会的価値」を生み出したのは他でもない「きっと何者にもなれない人々」の醜い嫉妬心であり、

ここに搾取構造があるという大前提完璧に見落としているから、あの件はそこそこ話題になったのである


日本では、何かを作ることで大富豪になった人間小室哲哉くらいなのではないかと思う。

それ以外の人間は、「きっと何者にもなれない人々」が「きっと何者にもなれない人々」のために作った、

まりにも無能であるゆえに複雑怪奇と化している社会的システムを利用したごく一部の人である

彼らは何も作り出すことは出来やしない。事実がどうあれ、どうしようもないほど不快存在だと思ってしまう。



自分たち「きっと何者にもなれない人々」は、「運命に愛された人々」をもっと尊重しなければいけない。

嫉妬心劣等感から彼らを差別するのではなく、少しづつでいいから、彼らに対するリスペクトを醸成して、

世代が入れ替わるごとに新しい価値観をなんとか育て続けなければいけない。現代社会で育ちきってしまった、

変化を極端に忌み嫌う現代大人などに期待できることは何もない。若手が変えていかなければいけないのだ。



そのための啓蒙となっている現象は、ツイッターをはじめインターネットでよく起こっていると思う。

運命に愛された人々」のすごさを、捻じ曲げずに直接触れることができるのだ。

これからに期待してはいけない、ということはないと思う。






GWなので日々思っていたことをクソ長文にして吐き出した。これで休める。

2017-04-29

日本はなぜ若者大事にしないのか」

これ言っちゃう人は中学校からやり直したら?

いか、まずこの国は民主主義なんだ。

そして、この国は今、少子高齢化だ。

ここまで言って分からいか

なら小学校からやり直しだな。

いか民主主義ってのは多数決だ。

そして、この国は今、老人が多くて若者が少ないんだ。

まだ駄目か?

ならもう幼稚園からやり直すしかないぞ。

すまんな、幼稚園児に多数決説明するほどの根気は私にはないんだ。

ママ保育士さんにじっくり教えてもらってくれ、間違えても諦めず何度も教わるのがコツだぞ。

職場で「親睦会はウンチにして欲しい」という声が上がったので上司多数決提案

 

2017-04-28

職場で「親睦会はランチにして欲しい」という声が上がったので上司多数決提案女性や若手社員の賛成多数で可決→その結果

多数決とは…

https://togetter.com/li/1105035



親睦会をランチでやる場合って、土曜日とか休日の昼に集まるってこと?

平日の昼休みにやるってこと?

このまとめだけだと前提がよくわからん

2017-04-24

海外は知らないけど日本の終わってるところ

一番終わってるところが

「みんながそう言ってるから正しいに違いない」

これ本当にやめろ

例えお前以外の70億人が「お前は死ぬべきだ」って意見を出してもお前だけは反対するだろ

選択の正解・不正解多数決関係ないんだよ

箱を空ける前に中の猫が死んでるという確信があったら周りの意見なんてどうでもいいから死んでるってアンサーしろ

お前だけが気づいてるなら言えよ

この国はとっくの昔に死んだ猫を生きてると言い張ってるから狂っている

俺のミーちゃんは去年の7月31日に死んだ

最後まで傍にいて欲しかったのか

それとも一人で死なせてほしかったのか

その答えはわかりゃしない

アンサーを出せるだけありがたいと思え

お前が生まれてきた正解を選び続けろ

お前の正しい答えには必ず誰かが賛同してくれる

数が多い少ない関係ない

お前の味方にさえ分かればいい

それがお金にならない価値になる

2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170417220632

真面目に出席して対案出したりなんかしても、結局多数決与党法案が通っちゃうからなあ。(当然だけど)

から野党にできるのはなるべく審議を拒否して引き延ばして会期切れ廃案を狙うしかない。

民主主義否定でもあるけど、それしかいからそうしてる。なんなんだろうね。

2017-04-14

自民党政治結果責任を負う非自民支持者

選挙権を手にして以来、一度も自民党投票したことはないんだけどさ。

それでもオレは、自民党やらかしたアレコレについての責任の一端を負っているんだよね。

民主主義(=多数決)を肯定するっていうのはそういうことだ。

から、後世の人々に前もって謝っておく。

オレが多数派暴走を止められなかったせいで、お前らに迷惑掛けてゴメンな。

差別区別差別なのか?

差別とはその対象構成する何らかの身体的特徴,性格出自思想,その他肉体/精神を問わない何らかに対しそれをあげつらうことだとする。

一方,区別はその対象は同じだが,そこに線引きをする,ということに差別との違いがある。

たとえば,遊園地におけるアトラクション身長制限安全上の「区別」であり,これを「差別」と捉える人はまず居ないだろう。

また,男女でトイレを分けることも,身体的特徴からくる排泄行為の違い,及び盗撮などの各種犯罪行為抑制するための「区別」と捉えることができる。


しかし,差別区別を分ける本質的な線引きは存在しない。なぜなら,何らかの発言措置をどう捉えるかは個人によって大きく異なるからである

たとえば,(文脈にも依存するが)「バカ」と言われて喜ぶ人もいれば,烈火の如く怒る人もいる。電車バスにおいて席を譲るにしても,

「私がそんな年寄りに見えるか!」と怒る人は少なから存在する。

では,なぜ男女でトイレを分けることが「区別」で,人種によってトイレを分けることが「差別」とおそらく一般には広く認識されているかと言えば,

それは圧倒的多くの人,つまり世間がそう考えているからに過ぎない。世間時代が変わればその境界は大きく揺らぐだろう。

たとえば低身長でも完全に安全アトラクションが導入されたとして,そのアトラクションに対し「120cm未満の身長のお子様はお乗りになれません」という

ルールがあれば,119cmの兄は121cmの弟を逆恨みし,これは差別だと断じるだろう。


ここで重要なのは,ある発言を「差別」と受け取るか,「区別」と受け取るかはそれを言われた本人にしか決定できない,ということにある。

まり,「ヘイトスピーチ」が世間構成する人の殆ど差別的だと捉えたとしても,「ヘイトスピーチを行う人は差別主義である」という発言

ヘイトスピーチを行う人がその発言差別だと認識する限りにおいて,「差別は常に行うべきでない」という前提があるのであれば,

ヘイトスピーチを行う人は差別的」だからと言ってそれを「差別」することはできなくなる.ここにパラドックスが生じる。


これらから導かれる1つの思想は,「他者危害を加えない限りにおいて,あらゆる思想言動は許されるべきである」という自由主義的発想である

この思想に従えば,「他者危害を加えない限り」ヘイトスピーチも,反ヘイトスピーチも共に許容されるべきである

ここで,「他者危害を加える」ということがどこまで含むかをよく考える必要がある。

仮に,「反感を覚える」ことまでも「危害を加えられた」と定義する場合,反感を覚えるかはやはり主観によるため,

原理的にあらゆる思想言動規制することが可能となる。従って,ノイローゼになったとか,躁鬱病になったといったような

より別の基準を設ける必要があると考えられる。ここにはまだ議論余地がある。


そもそも,なぜ議論必要かというと,人間の発想・思想は不完全であり真理ではない,という理由が挙げられる。

従って,あらゆる批判相互に許し,良いところは伸ばし,悪いところは修正を図ることで真理に近づくことができる,というのが

自由主義の考え方であるしかし,自由批判を行うためには論理的思考能力,互いの尊重感情的発言の極限までの抑制などが

必要となる。それらの能力はどこでどのように身に付けるべきなのか。


義務教育において教え込むことで,非常に長期的視野に経てば数世代交代する頃には「大多数」がそのような能力を身に付けることが

可能になると考えられるが,そもそも,論理的思考能力を身に付けるべきというこの自由主義的発想そのものも常に正しいと言えるのか,

批判対象でなければならない.そのような対象義務教育によりある意味では洗脳のように教え込むことは,所詮多数派による

体制の維持に繋がる行為であり,自らその必要性を強く感じ,そのような能力を獲得することが望ましい。

しかし,その必要性を感じるには,論理的思考能力必要である。それはどこで身に付けるのか。


最近,このようなことをずっと考えている。


2017/04/14 10:52 Typo修正劣化ミルというよりも完全にミルの考えそのもの


2017/04/14 10:52 ミルは『自由論』において多数派小数派を多数決で圧殺することを無効化するため,

立場によらず,是々非々相互批判可能にするために「他人危害を加えない範囲であればどのような自由も許される」という原則提示している。

ただし,この前提として「分別がある」ということを挙げ,子供発展途上国はその例外から教え込むしかないと言っており,

この前提はたしか現実的な前提ではあるものの,私は懐疑的立場を取っている。

分別」はどこで付くのか.たしか小学校の頃はないとしても,大学生ならついていると言えるのか。高校生はどうか?

また,この自由主義が「多数派」にもしなったとき教育によりその体制を維持するというのは自由主義による「圧政」ではないのか?


2017/04/15

追記した。またね

http://anond.hatelabo.jp/20170415091825

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