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はてなキーワード: 恍惚とは

2019-02-18

猫と歯ブラシ

猫の顔を歯ブラシで撫でるといいらしい。感触が猫の舌に似てるから、他の猫に毛づくろいされていみたいで気持ちいいとかなんとか。せっかくなのでうちの猫にやってみた。

例に漏れずどハマりしたしたようで、今では歯ブラシの棒を近づけるだけで既に気持ち良さそうな「待ち」の顔をするようになった。

それだけに飽き足らず、この間なんか勝手に洗面台に登って、家族歯ブラシが何本か立つ歯ブラシ置きに顔を擦り付けていた。

恍惚の表情で歯ブラシに顔を擦り付ける猫。

見てはいけないものを見た気がした。

歯ブラシは新調して猫の手が届かない場所に移動した。

2019-02-13

パンツ脱いだ人格変わった

風呂を出て、替えのパンツがないことに気付いたときにはもう遅かった。何日もためた下着はすべて、洗濯機の中で回っていた。

パンツがない。それはおれの35年の人生で初めてのことだった。潔癖症のおれは家の外はおろか、家の中でもパンツなしにズボンを履くなど堪えられない。舌打ちをした。コンビニに行けば買えるだろうが、どうせ朝になれば生乾きくらいにはなっているだろう。たった数時間のために金を無駄にするなど主義に反する。

運の悪いことに風呂に入る直前、レンタルDVDの返却期限が今日だったことに気付いてしまった。歩いて10分のところにあるその店舗に行くのが、今日はたまらなく億劫だった。なにせノーパンで外をうろつかなければならないのだ。下手をすれば逮捕されてもおかしくない。

何の因果で、と苛立ちながらいつものジーンズを履く。股間が擦れる初めての感触は思いの外悪くないが、ドアを開けた途端、ただ布一枚減っただけの股間は猛烈な寒気に晒される。さっきした小便の残りがいままた数滴流れ出たような気がする。何の因果で、とおれはまた呟く。

少し歩けばすぐ人通りの多い繁華街だ。いつもおれはこの道を無表情に歩く。会社からの行き帰りも、休日に遊びに出るときも、この道を通らないことはない。ときどき、歩いているおれを人はどんな目で見るだろうと思う。おまえの無表情は怖いから、笑顔でいた方がいい。会社上司にそう言われたことがある。そのとき余計なお世話だと思ったが、あれから何年も経っているのにいまだに童貞を捨てていないということは、上司が正しかったということなのだろう。おれの無表情は怖すぎる。誰からも好かれることはない。頬や口角を上げたりして、どうにか柔和な表情になろうと努めもするのだが、気が付くとまたいつもの硬直した顔になる。

ふと感じた股間のあまりの寒さに、もしやチャックを閉め忘れたのではと不安になる。信号待ちのときに下を向き、たしかめてみるとちゃんと閉まっていた。安心すると同時に、パンツがないと股間がずいぶん盛り上がるのだなあ、と驚く。おれは決して自慢できるようなものは持っていないが、ジーンズに浮き出る形はまさにそのもので、これほどはっきり出ていたら他の人もおれがノーパンということに気付くんじゃないかとまた心配になり、周りを見回す。だが誰もおれの股間凝視する奴などいない。

信号が青になり、人々が歩き始める。おれはつい笑ってしまった。おれはこの繁華街を、ノーパンで歩いているのだ。なのに誰もそれに気付かない。「選ばれてあることの恍惚不安」という言葉がふと頭をよぎった。誰に選ばれているのかわからないが、おれは幸福だった。いつもはこわばった無表情で歩いているこの道で、おれは隠しようのないほどの笑顔を浮かべていた。それは傍から見れば単なる精神異常者か、卑猥なことを思い出しているエロ中年しかなかったかもしれない。だがおれにはそのとき、ただの無関係他人である通りすがりの人すら愛おしく思えた。何年も過ごしてきたこの徒歩10分の世界と、初めて調和できたような気がした。十代の頃から、心から幸福を味わうのは愛する人と結ばれたときだろうと思っていた。だが違った。おれに必要なのは女の前でパンツを脱ぐことではなく、大衆の前でパンツを脱ぐことだったのだ。

DVDを返し、帰宅した。もちろんベランダパンツは濡れたままだった。

ノーパンなんて考えられない。三十分前までのおれはそう思っていた。だがいまはもう、明日が朝から晴れることを願う気持ちはなくなっていた。

もしあなたが街で、電車の中で、それともオフィスの中で、場違い笑顔を浮かべている中年男を目にしても、どうか不審には思わないでほしい。

その人はきっと、ただパンツを履いていないだけだから

2019-02-11

女って顔面ちんこ当てて喜んでるのなんなの?

卑猥すぎだろ

なんかプラチナみたいな光沢のあるマイちんこ携帯して

顔に当てては恍惚とした表情して

完全に欲しがってんじゃん

2019-02-01

中和するもの

広河隆一という人権派フォロジャーナリストの裏の顔、みたいな記事がでている。

長年の性的な加害が明るみに出されつつあるが、この人は案外、裏も表もなかったのかもしれない。

戦場というひどく人権蹂躙される生々しい環境がうっとりするほど好きだったのでは。

そして、戦争を後押しする先進国市民として、自らも加害性をもってしまう、その背徳的な感情恍惚としていたのでは。

今回、海外取材先で「二週間毎晩襲われた」と告発した女性の一人は、女性差別をテーマとする大学集会で、講演した広河氏と知り合ったのだという。

女性人権蹂躙される状況を想像すればするほど欲望が目覚めて興奮するので、その背徳的な感情に浸るために、女性差別問題に関心を抱いていたのでは。

そしてより、リアリティあふれた現場の味わいを堪能するため、紛争地域という異常な状況に身を置き、退路を立たれたジャーナリスト志望の女性に対して、自ら性的な加害を加えたのでは。

左翼思想というのは、醜悪かつも美しい人間の営みに魅了される自分補償するための中和剤として浸ってきたんじゃないだろうか。

これはあたかも、世界セレブたちが自家用機を乗り回し、無駄エネルギーを浪費する一方で、

環境問題に強い関心を抱いていたりする心理と少し似ているような気がする。

2019-01-21

36歳にしてドMでないことが判明した

から痛いのに強かったし、痛い目にあうスポーツとか格闘技かばっかりやっててたのと、控えめな性格から、周りからドMドMだと言われ、自分でもそう思って生きてきた。

シモの話で申し訳ないのだが、先日初めてM性感というものに行ってきた。

ドMならばきっと素敵な経験ができると思ったのだ。

そこで出会ったのは、今まで会ったことのない真性のドS女で、僕が早くイカせて欲しいと言っても、そこは触るなと言っても、嫌がることばかりする。

それどころか僕が嫌がるのを見て、やばいぐらいの恍惚的笑みを浮かべていじめてきた。

僕はだんだんイライラして、「いや、もう良いから終わらせて」と一言冷たく言ってしまった。

どうもこれまでMだと思ってきたのは勘違いで、人にどうこうされたり指示されるのは嫌いなようだ。

ドMのはずなのに、なんで人に何か言われるのは腹がたつのだろう?

と思っていたけど、合点がいった。

僕は攻撃性が低いだけで属性的にはSなんだと。

思い返してみれば、嫁との夜の生活も僕が動いていることがほとんどだし、仕事だって指示されるより自分でやったり教えてあげる方が好きだったりする。

すごく納得がいって気持ちいのだけど、これまでの人生ドMで通してきてホント損した。というか気づくの遅すぎて泣きたい。

とりあえず、ドはつかないかもしれないけどS属性なので、これから自主的に動くことに気持ち良さを見つけようと思う。

あとは友人たちの間に染み付いている僕のドMイメージをどうするかだな。

ちなみに言っておくけど、Sというのは人を傷つけるのが好きな人のことじゃないよ。

ひどいことを言ったり殴ったりするのは、ただ性格が悪いやつだから

2019-01-06

彼女と僕の最期

 彼女は上気させた表情を浮かべながら、僕の上に跨がり、右手に握りしめたその銀色流線型を、勢いよく僕の胸へと突き立てた。薄く、冷たい金属が体内を侵し、一瞬の間をおいたあと、苦痛の代償として血液排出され始める。苦痛。それを意識した瞬間、思考が痛みに塗りつぶされる。視界が、赤と黒の斑な色彩に変わっていく。心臓の音が大きく響き、脈を打つたびに血液が失われていくのを感じる。見上げると、既に彼女は僕の方を見ていない。微かに残る視界には、恍惚とした表情を浮かべながら、中空を見つめる彼女けが映っている。そういえば、家の鍵を締め忘れていた気がする。指先の温度は完全に失われた。昨日はゴミ出しの日なのに出していなかった。洗っていない洗濯物が溜まっていることを思い出した。呼吸ができない。冷蔵庫に入っている牛乳賞味期限が一昨日だ。書店で取り寄せていた本をまだ受け取っていない。そろそろ、髪を切りに行かなければ。走馬灯と呼ぶにはあまり陳腐思考は、しだいに全身の感覚と共に薄れ、淡い痛みだけが胸元に残る。僕の意識は、そのわずかな感覚同化し、死という悠久の悦楽に身を任せるのであった。

2018-12-20

ぼくたちは、恋していく。

ぼくたちは、恋していく。

中学生ぶりに最終兵器彼女を呼読んだ。中学生の時にはまどろっこしいくらい甘い、

ファンタジー恋愛ストーリーとしてしか感じなかったふたり関係性が、

こんな気持ち、本当にあるんだと身近に感じることになるとは思いもしなかった。

見た目とか、自分肯定してくれるからとか、理由はあるようでわからない。

ただ2人ともすでにかなりいい歳なのに、

会うと大学生とか、高校生みたいにめちゃくちゃセックスしている。

セックスしているときは、本当に、世界相手自分しかいないような気持ちになって、

しろ二人しかいなければずっとこの幸福気持ちが続くのに、

なんて幼稚かつホラー思考にもなっている。

もしかしてこんな恋愛、みんな中高のときに済んでいるんだろうか?

だとしたら、なんてうらやましいんだろう。

この感覚を知った上で学生時代を過ごしてみたかった。

きっといろいろな出会いが、違ったものに見えただろう。

わたしらしくない、そんな夢さえ考えている。

甘美な・すばらしい・夢のような・恍惚とした・力がみなぎるような・

そんな風に表現される恋をしてみたかった。

だけれどそんな体験自分にはあまりにも遠くて、

あこがれていたことも、あきらめていたことも気づかなかった。

指がふれるとぴりぴりする。キスをされるとなにも考えれなくなる。

にっこりと笑う顔がいとおしい。散歩にさそうと喜んで来てくれる。

外でごはんをたべてすこし酔って、暗い部屋にもどるとまた体にいっぱいキスをして、

彼の体を自由にしだす私を向こうは怒らない。ただ、きもちいい、と言ってくれる。

ほっぺやおでこにもたくさんのキスをされて、それはわたしがすごく大好きな人にする表現とおなじ、と思う。

ずっとされたかったんだ。自分がひとにするように、わたしもずっとこうやって愛されたかった。

そうか、誰と付合っていても、私はずっと寂しかったのか。

だとしたら学生時代にこんな恋愛をしている人は

多かれ少なかれ生きていく寂しさを感じていて、

それを誰かと一時的にでも分かち合えたと感じたんだろうか?

だとしたらやはりうらやましい話だ。

2018-12-14

anond:20181214132023

馬鹿かお前?

騎乗位で下から突き上げてくださいと

からおねだりをされたあと

いっきピストン運動を繰り返すんだ

女は恍惚の表情で媚びた声をあげて

もっと激しくと懇願するんだ。

そして俺の邪王肉棒白濁波でフィニッシュ

2018-12-04

腹立つわ

短小おじさんの素人ハメ撮り氏デストロン3号と、女の趣味かぶる

サムネ見て、いいなと思うとデストロン3号。

ブサカワだなと思うとちゅぱ王。

女の趣味デストロン3号が勝つけど、ボッキちんぽの大きさと女の恍惚具合はちゅぱ王が勝つ。

いっそ女取り替えろ。

2018-11-05

不倫相手の子どもが欲しい - GOOD GENES と GOOD DAD を知った話 -

まさか自分不倫をするとは思わなかった。しかもそれが2年半も続くなんて、想像もできなかった。

ニュースで、不倫が原因で仕事を干されたり、活動休止を発表する有名人の話をよく目にしますよね。そういうニュースを見ても、自分の身には関係のない、理解共感もできない話だと思っていました。

夫(当時はまだ彼氏)とのセックスに不満はあったけれど、一緒に暮らすのは楽しくて、別れるつもりはなかったし、他の人となんて考えられなかった。

でも、「その時」は簡単に訪れた。

そうなることが当然であるかのように、台本でも用意されていたのではないかと思ってしまうくらい自然に、私は他の男の人とも寝るようになった。

セフレといえばそうかもしれないけど、その呼び方はどうもしっくり来なくて

私が結婚してから不倫なのだけど、その呼び方もしっくり来なくて

人に話したことはないけれど、誰かに説明するとしたら、そういう関係と言わざるを得ない男の人が、私には3人いる。

自分がどういう心理状態なのか分からないので探してみた

からしゃべることが苦手な私は、自分気持ち言葉にするのがすごく苦手で、というか、そもそも自分がなにか感情を抱いているのかどうかも分からなくなることが、よくある。

自分のことが、分からない。

結婚して挙式や新婚旅行を終えて落ち着いた今、自分の将来をどうしたいのかが分からない自分に(今さらながら、改めて)気がついた。

彼氏(夫)以外の男性と会うようになってから、本当に自分でも驚くくらい、毎日身体も心も満たされている感覚がある。純粋恋愛を楽しんでいるような、味わったことのない感覚恍惚としていた。それは、彼氏(夫)といる時にはなかったような新鮮な刺激だった。

一方で、彼氏(夫)と暮らす毎日は、それはそれで別の次元幸せである。何が幸せかというと、「衣食住の価値観が合う」「頼れる」「かわいがってくれる」ということに集約されるような気がする。とても楽で、とてもQOLが高く、なによりも幸福を感じられる。

性的に満たされない、という部分を除いて。

このままでいいわけがないと思いつつ、このままでいたいような気もしていた。

普通じゃない道を進んでいる気もするし、よくある話のような気もした。本能的には、間違っていないような気さえしていた。

今の自分をちきんと捉えて言葉で整理しないとどんどん苦しくなる気がして怖くなった。

そこでようやく私は、自分客観的に見ようと思った。

自分言葉で考えるのが苦手な私は、世の中に溢れる情報の中に、答えを求めたのだった。

良い遺伝子(グッドジーン) と 良い父親(グッドダディ)

恋愛系のお悩み相談ブログとか、分析系の記事というのはネット上に溢れていて、そういうものをいくつか読んでみたり、専門家の本を読んでみたりした。

不倫 なぜ 」とかってひたすらググった。笑

一番しっくりきたものとしては、

「人はなぜ不倫するのか」という、様々な学問専門家インタビュー形式不倫について語ってもらうという内容の新書があり、次のような話が載っていた。

女 =メスにとっては 、 「グッドジ ーンとグッドダディ (よい遺伝子かよい父親 ) 」は両立しにくい問題です 。だからこそ 、適当な男を確保しておいて子を産み 、あとから別の男と浮気してよりよいグッドジ ーンを取り入れるメスがいるのはうなずけます本来 、女にとっては夫よりいい男との子を産むことに躊躇はないはずですから

モテる男の要素として"good genes, good dad" という考え方があるらしい。

この考え方は恋愛工学という類の書籍でも目にした。提唱者が誰なのかは分からないけれど、不倫をしている(夫がいて、夫以外にセックスするパートナーがいる)私にとって、今の自分が揺らいでいる根本的な原因を言い表しているのはこれだ、と思った。

まり、私にとって夫は圧倒的にグッドダディであり、不倫相手は圧倒的にグッドジーなのだということです。

そういうことか・・・

と納得するうちに、今の自分が何をしたいと思っているのか、分かってきた。

そしてそれはとんでもなく恐ろしいことだった。

気づいてしまった自分本音

「夫と暮らしていたい、そして不倫相手のこどもがほしい。」

グッドジーン、グッドダディの話を読む中で、自分の中でもやもやとしていた思いが言語化されていくのを感じた。

グッドジーである不倫相手の子どもがほしいという気持ち自分の中にあることを、はっきりと自覚したのだ。

しかもその子はグッドダディである夫と一緒に育てたいと思っているということにも気付いた。

自分気持ちに素直に向き合って、言語化してみると、恐ろしい本音が浮き彫りになった。

そういうことか。

なんということだ。

しかにそう思ってるかもしれないけど、

改めて言葉にするとすごいやばい

当事者同士で解決するしかない

自分気持ち、望んでいることをようやく言語化することができた。

では、どういうアクションを取るのが最適解なのだろうか…

夫に黙って不倫相手のこどもを作る?

そんなの、隠し通せる気がしない。

でも、不倫相手のこどもがほしい。

でも、離婚するのはいや。

離婚が嫌というか、夫との暮らしを手放すのが嫌だ。

結婚しなければよかったのだろうか。

この先、夫とも不倫相手ともうまく付き合っていく方法はないのだろうか。

自分客観的に整理してみた結果、

より深い迷宮

足を踏み入れることになったような気がする。

2018-09-24

anond:20180924135053

俺には単なる内ゲバしか見えんのだが・・・

みんなで仲良く安倍晋三悪口大会に参加して恍惚としてりゃいいだけなのに、いったい何を争う必要があるのか理解出来ない

2018-09-15

最近ラノベの表紙の絵柄

全部が全部そうじゃ無いことは前提とした上で。

今回の騒ぎで昔のラノベだって扇情的だったと言っていくつか写真が上がっているが、

いくつか見たものの布面積こそ少ないが奇乳とか恍惚とした顔とか局部の強調とかはほとんど無かった。

シュトルムの写真に写っていたラノベの表紙のような絵柄とポージングはおそらくエロゲ発なのかなと思ったんだが、どうなんだろう。

ちょうどエロゲが男オタクの基礎教養扱いされだした頃にオタク界隈から離れてしまったので、リアル体験した人の話を聞きたい。

15年前には奇乳が揺れるアニメが流れていたのを見てるからその頃にはオタク界隈では定着していたんだろうけど。

エロゲの絵を描いた痛車とかが話題になったのもこの頃だったように思うし。

あと乳や局部の強調の一般化というか感覚麻痺にお尻マウスパッド関係しているのかどうか。

発売時点では一種ジョークグッズ扱いで、開発者とうとう狂ったwww扱いだったように思うから

それ以前にはあれを日常使いする感覚はなかったんじゃ無いかなと想像したんだけど。

2018-09-10

精神干渉拡声器地域別韻踏み音楽戦闘

これは足を踏み入れるまでは本当に得体の知れない世界だったのですが、知人にふんわりとすすめられかなり前に該当コンテンツ楽曲を拝聴いたしました。(夏休み前か夏休み中だったと記憶しています)

韻踏み音楽は荒々しく勇ましい男達の物である認識していましたので、韻踏み音楽戦闘というテーマは私の認識バチコイはまり、各楽曲方向性にもバチコイはまり、今も気分をバチコイ高揚させながら聴いています

物語音声も楽曲を概ね聴き尽くした辺りで拝聴いたしました。

私は乱暴言葉遣いばかりする架空キャラクターがとても好きなので、楽曲物語音声も非常に好感触かつ癖になるものです。

物語音声の言い争いを聴いている気分は、まるで駅などで目もあてられないほどの口喧嘩をするオッサン方や、そのほか関わりたくはないけれどなぜか目を向けたくなってしま揉め事を直に耳へぶち込まれているような気分です。恍惚

そして、楽曲を聴いていて心から思います。この世の揉め事、言い争い、喧嘩から暴力が消えて韻踏み音楽で埋め尽くされればいいのに、と…。

韻踏み音楽は、邦楽洋楽とは全く違う音楽であると考えています。(優劣ではありません)

ましてや、韻踏み音楽戦闘するのなら尚更違います。言えば、韻踏みは攻撃なのです。戦闘相手を全力で潰すという感情が荒々しい言葉(韻踏み)になり、精神干渉拡声器を通して拳や剣や弓矢、剥き出しの暴力へ変わるのです。これほど興奮するものはありません!!ヤバいです。

とは言っても、物語音声の中で語られている通り、人物皆が韻踏み音楽攻撃として扱う訳ではありません。攻撃や防御や回復、色々な風に韻踏み音楽を扱うのです。ほとんどの人物攻撃手段としていますが。

精神干渉拡声器というものが人々をなぜ熱狂させ、時に狂わせ、溺れさせてゆくのか。そもそも、この世に存在するあらゆる架空コンテンツすべてはなぜ人々を夢中にさせるのか…。

いやもうこの際そんな事はどうでもいいです。韻踏み音楽で敵を次から次へ潰し自分たちの信念を貫くための戦闘を続ける。そんな彼らを本気で応援したい。むしろ精神干渉拡声器による効果さえ受けたい。

見世物認識し彼らを見るのも良いです。そうやって何度もわたしは思いを馳せました。ですが、最近は「軟弱な癖に口は達者な殿方になり彼らにちょっかいをかけ韻踏み音楽で生きることが困難になるまで攻撃をされたい」という感情がより強いのです。

もちろん楽しみ方は人それぞれ。私のような方もいれば真逆の人もいるでしょうし、まだ楽しみ方が見つからない方もいるでしょう。大丈夫です。音の前では皆同じです。

地域別韻踏み音楽戦闘の最終戦闘の告知もあったと聞きました。燃えます。灰になるまで韻踏み音楽を楽しもうと思います

この日記、書いていてとてもたのしかったです。チラシの裏のものではあります自分の「好き」を言葉にするだけでもその「好き」は何倍にも何十倍にも何百倍にもなるものです。

刺激の足りない日々のなか希死念慮に追われるばかりでしたので、本当にこのコンテンツ出会えてよかったです。楽しいです。私はこれらがとても好きです。

ありがとうございました。

2018-08-19

「私は色んな価値観を受け入れられる人間だ」

「あひぃきもてぃー!!」(恍惚

って人多くね

同調オナニー」と名付けよう

2018-08-18

自分幸福を喜んでくれる人がいるのは幸せなことだというけれど、

わたしにとっては、自分の不幸を誰も悲しまない状態に持っていくインセンティブのほうが高い。

苦しみは喜びと相殺せず、

喜びもそれが消え去るときには苦しみに変わる。

私見だが、生きるという状態にはもともと傾斜がついているのだ。

坂を登れば喜びが増え、

坂を下れば苦しみが増える。

しかし、だれもが最後には坂の上で一人で立っている力を失って、

坂を転がり落ち、苦しみの底を踏み割って、

最後にようやく安寧を得ることが出来る。

生きるとは変化することだ。

そして、何もしなければ坂の下に向かって引く力によって、自動的に苦しみが増えていくことになる。

わかりやすいのが飢餓だ。何も食べなければ飢えに苦しむことになる。

いつか、ディック小説に「キップル」という言葉が出てきた。からっぽのマッチ、ガムの包み紙、きのうの新聞、いつかそういう役に立たない無秩序から使者が、人生をまるごと埋めてしまわないだろうかと危惧する男性台詞があった。

あるいはこれを、エントロピーと呼びたがる人もいるかもしれない。何もせずとも増大していく無秩序を取り除いて、快い状態を保つのは骨が折れる仕事だ。取り去っても取り去っても、床の上には髪が落ち、埃が積もる。わたしたちは秩序を快いと感じる。しかしわたしたちの体や生活は、継続的努力なしでは無秩序へ堕ちていく。

実のところわたしディックのような想像力はないし、エントロピー概念をきちんと理解しているともいえない。わたしに見えているのは、単に「ひとたび生を得たなら、何もしなければ苦しみは増える一方だ」ということだけだ。

生についている傾斜の角度は人それぞれだ。その勾配を決めているのは生まれや育ち、能力容姿親の金、生への適性といった要素のように見えるが、それでも傾斜が付いているということには変わらない。どの人間平等に、「何もしなければ苦しむ」のだ。そのルールだけはどんな金持ちも器量好しも変わらない。

あなたがもし死にたがっている誰かを前にして「生きることは素晴らしい」と主張しようとするならば、自分相手の間にある生の勾配の差には留意したほうがいいかもしれない。勾配が大きければ大きいほど、「ただ生を維持する」ための労力は増大する。

あるいは、人間脳みそには現状を肯定する強いバイアスが掛かっている、ということにも注意を払ったほうがいいかもしれない。

わたしには、「苦しみがあるからこそ喜びがある」「苦労したからこそ今がある」という考えはまさにこのバイアス産物のように思える。

連休明けの出勤のように、喜びもまたそれが失われるときには苦しみになる。苦労はその「今」が永続することを保証しない。いつ不運が巡ってきて、労苦を支払って手にしたものが水泡に帰さないとも限らない。わたしにはむしろ、「恍惚の一瞬には苦悩で支払いを」というディキンスンの詩のほうがしっくりくる。

我々は変化する。

その方向は我々が外から力を加えない限りにおいて、決まっている。

どんな人間最後には苦しみの底に落ち、その底を突き破って死なねばならないと決まっているならば、わたしわたしの苦しみが、せめて誰かを苦しめないようにしたい。

そこで話は冒頭に戻るのだ。

わたし幸せを喜んでくれる誰かが多い状態というのは、裏を返せばわたしの不幸を悲しむ存在が多いということでもある。

からわたしにとっては、わたし幸せを喜んでくれる人が多い状態より、

わたしの不幸を悲しむ人が少ない状態のほうが好ましい。

シャーデンフロイデ。いい言葉だね。上等だ。少なくとも、わたしにとっては。

2018-08-01

anond:20180801095258

こんばんは、カマキリのオスです。今まさに愛する妻に食いちぎられている最中、これを記述しています

私には人間の営みがどのようなものであるのかは皆目見当も付きませんが、自分宿命はわかっています。もちろん、生まれときからわかっていたわけではありません。つい数分前までは恍惚でした。憧れの女性をようやく自分のものにできたのですから

思えば彼女クラスでは目立つ方ではありませんでした。しかし、自らの中に芯のあるような、そんな態度が私の心を惹きつけて離しませんでした。彼女も私もハナカマキリではなく没個性的オオカマキリですが、私にとって彼女世界に一人だけの高嶺の花でした。

きっかけは「ハリガネムシ、ついてるよ」でした。陸上部所属していた彼女は卓越した身体能力で、私に寄生しようと試みていたハリガネムシ殲滅したのでした。きっかけは彼女の単なる善意から彼女意図せず作ってくれたそのきっかけを私は逃さず、その日から少しずつ彼女との会話を紡いでいきました。そういう意味では私はあの憎きハリガネムシにさえ感謝をしているのです。

私たちは会話を積み重ね、いつの間にかスキンシップによって愛情確認し合うようになっていました。私たちはもはやいい大人です。その日がやってきました。

私の観察した範囲によると人間とやらはいつも衣服身体防衛しているので、一体全体どうやってその行為に及ぶのかわかりません。試合開始のゴングが鳴ったら互いに服を脱ぎ捨て、「さあやるぞ」という感じで事に及ぶのでしょうか。謎です。

その点、私たちカマキリは何しろ手がカマなので着衣・脱衣はおろか、そもそも縫製をする器用さを有しておらず、服を着ていません。煩瑣な手順を省いてスムーズ行為に至ることが可能です。

賢者モード」を知っていますか? 行為後に訪れるあれです。噂には聞いていましたが、その賢者モードが発現しました。彼女に。

私が未曾有の快楽恍惚に浸り切っており、オーガズムが緩やかに下降しながらも未だに全身の痙攣・頭が真っ白になる感じ・「君を愛している」と声高に叫んでやりたい衝動を心地よく感じている最中彼女は私を文字通り蝕み始めました。幸い、脳内ではエンドルフィンが過剰分泌されていましたので、痛みは感じません。

むしゃむしゃ、と彼女は私を味わっているようです。昔から彼女は花や昆虫をとても美味しそうに食べ、その姿が私は大好きでした。嗚呼。私の愛する女性が、賢者モードと呼ばれるはっきりとした理性をもって私を食い散らかしている。

人間幸福を神に祈ると聞きますカマキリ世界に神はいませんし、いたとしても無条件に幸福をもたらしてくれるような存在ではないでしょう。私は今、幸福です。

運命を乗り越えることが勇敢であり幸福をもたらすという言説がありますが、私は違うと思います宿命を黙って受け入れること。それこそが私にとって素晴らしい在り方です。

説教をするつもりはありません。もうあと数秒の命でしょう。私には最後に伝えなければならない言葉がある。君を愛している。出会ってくれてありがとう

2018-07-01

珪藻土キンタマ吸いプレイ

珪藻土マットにあぐらをかいてしばらく座ると、立ち上がる時に金玉珪藻土にくっついて

持っていかれるんじゃないかという不安恍惚がやってくる

やってくる

2018-06-29

一番気持ちいいのはかゆいところを掻くこと

これに勝る恍惚はない

保証する

2018-06-10

佐久間まゆ」を好きになってしまうことは、ズルい。

これは俺が自分自身への戒めとして考えたことであって、

全てのP達への侮辱批判の類では一切ないが、

佐久間まゆ」を好きになってしまうことは、ズルい。

彼女は”一目惚れ”と”運命”を理由に、すべてを投げ出して俺達の元へ来た。

そう、そんな理由で俺達を愛してくれるのだ

一途に、献身的に、盲目的に、ひたすらと。

俺達は何も考えられなくなって、瞬く間に彼女に惹かれてしまう。

底なしの泥濘だ。足を取られたら急激に沈む。

もがく気すら起きずに沈み続ける。恐らくは恍惚に。

さて、俺達はどうしてこんなにも彼女に惹かれてしまうのだろう?

彼女の魅力を一言で表すなら、”無償の愛”だ。

彼女盲目的に俺達のことが好きだ、愛してくれている。

から俺達がどんな外道だろうと、歪んだ性癖の持ち主だろうと、

精神疾患を患って無職ヒモになろうと…とにかくなんであろうと、

持ち前の無償の愛で受容し、肯定し、愛してくれる。

例え彼女にとってどれだけ悲しいことを俺達がしようと、

最後には許し、愛してくれる。

これは母性共依存などとは似て非なる、別次元の愛だろう。

極端に狂った愛とも言える(愛は肥大化すると狂う傾向にある)。

けれども、彼女真剣に狂った愛をやってのける。

だが、なぜこれほどまでに彼女は俺達を愛してくれるのだろうか。

常人が人を愛する上では何らかの理由必要だ。

価値観の一致、一定期間の付き合い、魅力がある、信頼関係出産した我が子…etc.

しかし、「佐久間まゆ」が俺達を愛する理由は”一目惚れ”と”運命”だ。

そんなものはハッキリ言って、人を愛する理由とは言えない。

いや、仮にそれを理由に人を好きになったり愛したりしたとしても、

これ程までに無償の愛を捧げ続けられる人間がいるだろうか。

ここが重要点だ。

彼女は明確な理由がないまま、即座に、必ず愛してくれる。

俺達が現実世界でどんな人間であろうと、決して蔑んだりせず、必ず愛してくれる。

気づきだろうか。

佐久間まゆ」は現実存在しない。

社会学校、家庭、あらゆるところで虐げられ、愛に渇望した人間達が生み出した存在だ。

決して否定しない、そのままを肯定し、受容し、無条件に甘美な愛を捧げてくれる…

そんな存在を求める人間が沢山いたんだ。

その思念バンダイナムコ天啓として下った。

そう、それが愛の具現化「佐久間まゆ」の正体だ。

から佐久間まゆ」を好きになってしまうことは、ズルい。

これほどの愛は、そんなに簡単に手に入るものではないから。

愛を愛してしまうと、一生、抜け出すことはできない。

2018-06-02

高級寿司屋彼女

はじめて彼女を高級寿司屋に連れて行くと彼女トロばかり注文しとろとろのトロ上品でなく食べ僕はもうやめてと吐露しようかと思うがトロにとろけたような表情をする彼女にそれをいうことはついにできなかったのだ。

とろとろしたトロの味は僕にも感情吐露させ、恍惚とした表情を醸したのだけどけだし勘定彼女の前で吐露するには至らなかった。

ととろで、会計は全部が僕もちであったことは当然で彼女は店を出るとすぐに帰ってしまうので僕は落ち込みとろとろした足取りで帰るほかにない。

2018-06-01

俺たち差別に反対しててかっこいいぜ(恍惚)→何も変わらず

なんJ民「ネトウヨ潰したろ!えい!」→ネトウヨチャンネル閉鎖

差別反対勢の無能っぷりよ(笑)

2018-05-24

たまごだいすき

たまごマンの朝は早いレンチンしてアツアツになった冷凍ご飯お茶碗にあけて箸で真ん中をほじほじってしてそこに生たまごを割り入れる。はじめは白身だけごはんと混ぜて(絶対に黄身はつぶさない)醤油をぽたりと垂らしてずるずると食べる。ごはんがあつあつなのでそうこうしてるうちに黄身は徐々に固まりやややや半熟に。そこでようやく箸でぷっつと黄身を割る。どろりとしたところに再度醤油をぽたりぽたり。米・たまご醤油・熱の作る芸術にしばし恍惚となる。

たまごマンの昼は適当。忙しいからね。立ち食い蕎麦デフォ。昔、食券買うタイプの店で月見そばの券とたまごの券を買ってカウンターに置いたら受け取ったおばさまから「あ、月見というのはたまごの入ったおそばのことよ?」というカウンターパンチを食らって(カウンターだけにねってやかましわ)それ以降たまご2個のせ蕎麦の夢はまだ叶っていない。でも!!人の夢は!!終わらねえ!!終わらねえけど2個たまご注文できずにふつう月見そばを、先述した黄身つつかないで温めソッドで食べる。

たまごマンの夜はたまごマンだって飲みたい夜はある。家で酒を飲む。ここはふつうに宝焼酎ハイボールエッグノッグとかは飲まない。ちびちび飲んでるとつまみが欲しくなる。家にはたまごしかない。なので常に目玉焼きたまご一個分ちょうど焼けるちいさいフライパンでじりじり焼く。はじめからずっと弱火。油はほんの少し。3分くらい弱火でじりじり。そうすると下がカリカリになってひっくり返しやすくなるのでさっと反転する。黄身がつぶれないように慎重に、でも大胆に。2、3秒焼いたらすぐ皿に。ちょっと表面が固まればいい。これによってまた箸でぷっつと黄身を割ることができるのだ。どろりとした黄身を箸で白身にまぶす。醤油をぽたりぽたり。

今日もいいたまごばかりだった。

2018-05-21

anond:20180521124517

よくわかる。恍惚した表情で食うのも嫌いだけど

淡々と飯の美味さ実況するようなのも嫌い

2018-05-02

子どもを産んで失ったもの、あるいは初夏の四条烏丸

最近四条烏丸をうろつく夢をみた。

地下鉄の駅を出て路地を入り、大丸の裏にある紅茶がおいしいカフェを外から眺める。中華料理屋のメニューを眺め、錦市場に足を踏み入れ、適宜左折して京都で一番おいしいケーキ屋さんに入る。そういう夢。

学生の時分に何度も歩いたコースから、夢からさめても鮮明に思い出せる。あの頃私はいつも新規開拓を目論んでさまよっては結局あの店に通っていた。タルト生地ナッツとを噛み砕く感触もまだ感じられそうだ。

こっちに引っ越しから数年来、その界隈からは足が遠のいていたのでとても懐かしい。夢にみてから、あの街並みを、そこに差し込む日差しを思い返しては眩しく思う。

しかし再訪できるのはずっと後のことだろう。なぜならうちには乳児いるからだ。少し前に私が産んだ小さな赤ん坊彼女がふにゃふにゃと頼りないうちは、500kmを移動した後よさげカフェを探してあてどなく散歩するなんてのは難しいだろう。

それに今はあまりそうしたいとも思わない。子連れで移動が面倒だとか、家族が預かってくれないだろうとか、そういうことではない。

もっと根本的に、行きたいという気持ちが起きないのだ。

はいま、温かいものに浸っているような恍惚の中で生きている。

それは授乳によって分泌されたプロラクチンオキシトシンをそう解釈しているかなのだろうけど、脳を直撃される側としてはなかなか悪くない感じだ。人間という動物はよくできている。

かように問答無用幸福感に押し流されているためか、あまり新規性の開拓ということにうまみを感じない。新しいものに触れるとわしゃわしゃ出るのはドーパミンだけど、今はそのあたりが優勢でないのだろう。

産前から理屈としてはそのことを聞いていたので、そうなる前にと急いで色々なことをしておいてよかった。具体的には少しでも行きたい企画展があれば行っておいたり、一度やってみたいと思っていた読書会主催をしたりなんかだ。

産後は新しいことに踏み出すハードルが高くなるし、新雪足跡をつけるみたいにやっといてよかったと思う。産後の手数も増えるし。

産前にもっていた、外へ外へと自分駆動させるものはなくしてしまった。まあ、それでもいいんじゃないかと思う自分がいる。

日々ふくふくとかわいくなっていく我が娘。先週くらいから笑うようになってきて、そのかわいさはもはや暴力的である。笑おうと思って笑ってるわけではない、単に顔が笑顔を形作るだけの生理的微笑ではあるのだが、その破壊力はすさまじい。父母祖父祖母を次々と陥落させてゆく。

追記

娘の寝顔を見ながらふと、この日々を懐かしく思い返す時がくるのだろうなという確信が訪れた。

日々重たくなる娘を夫と代わる代わるだっこしながらきゃあきゃあ騒がしく過ごした夢をみて、その頃のことを大きくなった娘に繰り返し話してはうんざりさせてやろう。今からそれが楽しみだ。

2018-04-15

プールに行ったら更衣室でしょぼくれた中年おじちゃんちんこまるだしで股間をエアコンに当てて恍惚な顔をしているのが見えて、清潔感真逆を見た気分だった

見るに耐えない、ああい大人にならないようになりたいと思った

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