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2021-06-22

糞虫小僧という都市伝説

老舗掲示板ふたばちゃんねるには『糞虫小僧』と呼ばれる都市伝説的なコテハン存在する。(都市伝説なので実際の実在有無は不明だが、まあ概念としては間違いなく存在する)

話によると彼はふたば史上最大最悪の超大規模荒らしであり、ふたばの各所に存在した古今東西荒らしやクソコテは実はほとんどがこの糞虫小僧と同一人物であり、彼は膨大な数のSIMプロバイダーと契約し、更には日夜無料wifiを求め各地を転々とし、荒らしの名義ごとに回線人格を切り替え、ふたば中を荒らしまくり世論工作していたというのだ。

調べれば山程でてくるが、この話はネットの一部の層には本当に深く信じられている。(最近ではF9という名義で語られることが多い)

糞虫小僧は出現からしばらくするとどんどんと実態が膨張した。

まずは、5ちゃんねる(当時の2ちゃんねる)に伝播した。

5ch内の有名荒らし左翼思想の有名スレ立て人住民にはあめぞう時代から慣れ親しんだクソコテまとめサイト運営者、

なんなら過疎った特定の専門スレによく湧く『いつもの空気読めない奴』なんて小さな荒らし

そんな存在が次から次に糞虫小僧認定され、糞虫小僧同化されていった。

気づけば彼は5chすら飛び越え、ニコニコしたらば掲示板ガルちゃんYoutube、各所の迷惑存在が次から次へと糞虫小僧となった。

いつしか、糞虫小僧と同名義の存在は数百コテハンを超え、個人運営するのは物理的にありえない規模になっていった。一部では、これでもまだ糞虫小僧実態は極一部だと言われていた。

しかし糞虫小僧信仰者は彼の存在を信じ続けた。常識的に考えて物理的にありえないのにどうやってかって?

各所に存在する糞虫小僧信仰者はこう言った。

「この収集つかなくなった根拠のない糞虫小僧実態は糞虫小僧自身自分存在を悟らせないためにネット中を工作して作り出した虚像であり、この工作力こそが糞虫小僧が糞虫小僧たる所以なのだ。このスレ存在する荒らしこそが本物の糞虫小僧であり、他の糞虫小僧認定された荒らし情報は糞虫小僧工作に踊らされている情報弱者によるものか、それこそ糞虫小僧本人の別名義だろう」

こう解釈することで、各定点から視点で見れば『糞虫小僧物理的にありえない』という存在ではなくなった。

これによって各所の糞虫小僧信仰者は、直接対立しているわけではないが互いに互いを糞虫小僧に踊らされた存在か、糞虫小僧の手先だと思い込んだ。

ちなみに彼ら全員に共通して言えるのは、「じゃあこのスレ荒らしと糞虫小僧が同一人物だっていうIP一致した証拠ログとかそういうのあるんですか?」とか聞くと急にバグりだし100%何も答えることができなくなる点である

糞虫小僧実態今日もまた膨らみ続けている。

こんな記事を書いている自分は糞虫小僧かもしれないし、明日には貴方も糞虫小僧になっているかもしれない。

信じるか信じないかはあなた次第

2021-06-15

anond:20210615234639

いや、だから、「女が働かなくて良い社会」なんざ古今東西存在しないだろ?ってこと

女が働いて対価を貰える社会と貰えない社会の違いはあるけど

あとごく一部の上流階級で不労収入持ってるような階層はいるけど

anond:20210615113036

古今東西ガバガバは察しのいい煩わしくないヤツなんだよ

2021-06-08

anond:20210607231624

申し訳ありませんが、私には国語力なるものはないようです。

オッカム氏の主題なるものが「衝撃と畏怖」にあることと、そのツイートがその主題とは別の角度・視点から読解しえる事はそこまで矛盾するように私は思えません。あなたにとっては大事なのはそこなのだとしても、別の人間からすると、なぜ誤解を生みうるとしても、結婚という事象も絡めてその話をせざるを得なかったのか、それ抜きでは語り得なかった、それを一般化する余裕もないほど差し迫った衝撃と畏怖の背景にあるものとはなんだったのかと思う訳です。国語力という話があった通り、オッカム氏の文章国語教科書に出て来るエッセイのような自身経験に裏打ちされた、小説のような修辞的な良い文章でしたから、他の古今東西小説と同じく、作者の意図も超え得る裾野の広い解釈が出来る文章であったなと感じました。私はその意図で書いていないという話をされても、文章としてそれ以外の解釈が通る可能性があるなら(言語的に間違った字義解釈をしているのでもない限り)、時としてその解釈を書いた人間意図とは離れた解釈をされうるし、そして本人の意図埒外に見えてくる姿や批評性もあるというのが文章面白さでもあり、怖さでもあると思います

今回の件は私はオッカム氏を研究者の方だと思っているので、ご自身主観的経験文学的な修辞で飾る事よりも、社会構造に基づくものを語る際の姿勢として一般論を期待してしまっていた所があります。それはこちらの落ち度でした。申し訳ありません。

ただ、”トロフィーワイフなんて悠長な話をしている余裕は、彼にはない”というのはオッカム氏本人にしか分かり得ない事ではあると思いました。オッカム氏の”キャリア志向のない女性”の話と同じことですね。ご本人が直接同時通訳の方からキャリア志向はないんです」と打ち明けられたのか、あるいは”「〜から明らか」とか「〜以外には受け取りようがない」と主観依拠”して判断したのかは分かりません。同じようにあなたがオッカム氏にそんな余裕はなかったんだと打ち明けられたのでもない限り、もしくは”「〜から明らか」とか「〜以外には受け取りようがない」と主観依拠”したのでないなら、それは分からない事だと思います(オッカム氏はたくさんツイートされているので私がこれにまつわるつぶやきで何か重要な見逃しがあったらすみません)。

私が一連の話で思うのは”キャリア志向はない”とオッカム氏は何をもって判断されたのかということで、そこにジェンダー的な観点から語りうる問題があるように感じます

そして、「衝撃と畏怖」という話で言うなら今回のTwitterでオッカム氏に来ている批判主題もまさにそこにあるような気がします(これは主観依拠しています)。それは女性通訳者をはじめとした色んな方々の、ご自身境遇がこう見られているのかという「衝撃と畏怖」だと思います。オッカム氏にとっては批判者の主題なるものは”主観依拠”した事実誤認かもしれません(私は批判した方々本人ではないので分かりませんが)。

しかし、オッカム氏とは逆に、批判者にとっての大事なことというのは、「想像もできなかった」の前にある「迎えることは」の方だと思うのです。それはなぜか。というのは寄せられているジェンダー的な批判が答えだと思います

私はオッカム氏が故意ミソジニー発言をしようと思ってしたとは思っていません。しかし、寄せられた批判国語力のない誤読と一蹴できるほどのものなのかという点と、短時間でその人に対して人生設計の行く末と意志の事を話す気にさせるほど胸襟を開かせるような驚くべき特異な好人物エスパーでもない限り、通訳の方に対して”キャリア志向がない”と判断された事の背景にはジェンダー的な視点で語りうるべきもの存在していると思われる点、この二点はやはり思う所でありました。

先の文章といい、長文ですみませんでした。返信を下さって嬉しかったです。

2021-06-05

anond:20210605123711

人間みなクズというのは古今東西宗教で一致しており

おそらく人間本質なのだろう

皆仲間なのさ・・・🤝

古今東西馬鹿らしいNGワード

ネットサイトコメント欄オンラインゲーム

たまにわけわからない単語NGワード化されてる時があるのに気付く

エロゲー話題を話しているのに、コメント欄ではエロと打てなかったり

ロリと書き込む事すらできないのは杓子定規すぎてバカバカしい

あんたは私道敷地の外、で車を運転している時、交差点で徐行するか?しないだろ

原付で30キロ制限を守ってる人がどれだけいる?

そこでバカバカしいNGワードを少し紹介する

もっとあったら教えてくれ

工ロ ロリ 刺す パンツ レイプ 西洋薬 漢方薬

糞 DTB 巨乳 殺す ブス

薬は、コメント欄クスリの売買をされたらいやなんだろうね

殺人事件話題にしているのに、殺すって書き込めないコメント欄とか意味不明すぎる

たまに意味不明単語NGされて投稿できなくて、原因を究明するのに40分くらいかかるよ

なんなんだよ

2021-06-01

anond:20210601184637

まあそういう男が古今東西多いのは分かるんだけど

それをネットに当てはめるなら、「ネットで女が男に攻撃されるのはその女が悪いから」だよな(それはそれで大勢いるが置いておく)

でも「ネットで女を攻撃してるのは全部女、男を攻撃してるのも全部女」になるとまた一線超えてるというか

2021-05-21

友人から星野源について

ご無沙汰しております、親愛なる皆さん。(皆さんの方ではわかりませんが、私の方では、皆さんに対し、親愛の情を抱いています。)

本日は、一大ニュースが、ありましたね。

星野源と、新垣結衣ガッキー)の、結婚です。

お分かりでしょうか。これで、星野源も、負け組となりました。私は、彼のことをテレビで見るたびに内心、羨ましく、忸怩たる思いをしていましたのですが、今、私は、とても晴れやかな気分です。

星野源は、40歳ガッキーは、32歳なのですね。いえ、私は、8歳年下!ガッキー!などと、星野氏がひた隠しにしていた交際果実を、称賛するつもりは、ありません。

結婚

それが意味するところをご理解いただければ、私の言わんとするところも、自然と、ご理解いただけることでしょう。

結婚とは?男と女夫婦の誓いを立て、互いに互いを一生幸福にするために共同の生活を営み、子をつくり、産み、育て、その間、てんてこ舞いの、忙しさ。次に一息つけるのは、よる年端に打ちしだかれた、老後。と、こういうことではありませんか。

結婚

なによりも私が訴えたいのは、男女関係のことです。言うまでもありません。結婚をした男女に、男女関係など、ございません。夫は妻に飽き、妻は夫に飽くでしょう。一人の人間を愛し続けることなど、土台無理なことですからね。

なにより婚姻関係にある男女が、彼らの共同の営みの外にある人間と男女関係もつことは、不貞行為と呼ばれ、許されておりません。倫理上、法律上、そうであることは間違いありません。もろちん、実際上は可能でしょう。しかし外部と男女関係もつのであれば、そしてそれが露呈するようであれば、共同の営みは崩壊し、婚姻関係も破棄しなければなりません。もしそれが露呈しないとしても、それを露呈させないためには並々ならぬ努力必要となるのではないでしょうか。いずれにせよ、男女関係は困難です。それが死ぬまで続くのです!

私は、女の心は、わかりません。しかし、男の心、これであれば知悉しております理由は、ひとつは、私も男ですので、私の心を観察することで、手のひらのしわを数えるように、簡単理解できるのです。しかし、私の心と、他の人間の心、それがそっくりそのまま同じであるはずはないと、私は、念には念を入れ、古今東西物語小説学術論文さらにはインターネット上の言論までも読み漁りました。そして確信を持ちました。私の心が、男の心なのです。私の40年に及ぶ人生をかけて断固として言いますが、男に幸福をもたらすのは、新しい女なのです。いえ、正確に言いますと、新しい女体なのです。

権力をもった男がまずやることを、ご存知でしょう。とっかえひっかえ、女を寝間につれこむことです。それも若い女が好まれるようです。女に飽きたら、捨てます。考えても見てください。生物学的に、オスのやることは自分DNAをできる限り多く残すことです。女は一度に産める子の数が制限されますが、男はそうではありません。子種がある限り、いくらでも子孫を残すことができます。すべてのオスの本能が、新しい女体を求めている理由です。

強いオスが、新しい女体を求めるのは、自然の摂理です。結婚とは、それに反する行為です。人間が生み出したもっとも悪しき習慣だと、私は、思います結婚は、男にとっての最大の屈辱です。

今回の星野氏の結婚は、彼が女の軍門に下った、男としての負け組に堕ちたことを意味するのです。ですので、星野氏に良い思いを抱いていない私は、彼の結婚拍手喝采するのです。

屈辱万歳

私の、数年ぶりの投稿をここまでお読みいただきありがとうございます。よろしければこの投稿シェアしてください。もちろんフェイスブック以外にもかまいません。

私は、私の思想人間に対する正しい理解が、少しでも世の中に広がることを、願ってやみません。

2021-05-13

弱者男性かいネタ

弱者男性ネタである

そして、弱者男性ネタとして消費される以外の未来はない。

 

 

 

オマイラは老若男女・古今東西のあらゆるものネタにしてきたよね?

高齢者ネタにし、キッズネタにし、リベラルネタにし、フェミネタにし、ガイジンネタにしてきた。

真面目に答えず、真面目に応えずに、ネタとして消費する。

これがオマイラの育んできた世界だ。

これがオマイラの望んだ世界だ。

だったら、弱者男性なんてネタ以外の何物でもないやろ。

 

 

こんなノリが通用するとでも?

オマイ自身ネタにされても仕方がないよね?

ちょっと認識が甘すぎるんじゃないの?

まりにもオオカミ少年

 

 

ネタ乙。

ネット論客(=ブクマカ)もこんなネタにまでうまいこと言わないといけないのだから大変だな。

 

かに未来ではフェミニストの寛容な精神にて、あらゆる弱者をも共済されるであろう。

だが、救済するのも救済されるのもオマイラじゃない。

未来インターネットオマイラの居場所はない。

 

オマイラにはふたつの選択肢がある。

好きな方を選びたまえ。

 

だが、それでもオマイラはきっとネタ消費をやめないだろう。

ネタ消費とかいう、あの薄ら寒い光景は今後も絶えることはないだろう。

からオマイラの未来はすでに定まっていると断言して過言ではない。

anond:20210513104412

男性の家庭進出文化的制度的・技術的に後押しされるといいですね。

こういう言論を持て囃す弱者男性って多いけど、そもそも男性がまともにやる気ないんだから無理じゃね?

女性だって家庭のことなんかやりたくなくて出来る事なら他人押し付けたい人が大半で、

そんなの古今東西つの時代も変わらないから、いつの時代のどこの国も富裕層は家政婦やシッターを雇ってきたわけで

大多数の庶民女性は「やりたくないけど家政婦シッター雇えるほどの金はなくて自分でやらなければならないから嫌々やってる」だけなのに

今までやらなくて良いとされてきた男性でやりたがるのが出ないのは当たり前だよな

弱者男性が言う家庭進出って、単に家庭の仕事ってもの仕事だと認識してないか

家庭進出プロ家政婦やシッター必要ない程度に自力で家庭の仕事をやる、という前提ではなく

何も仕事をしないで生きていきたいってだけだろ

それは家庭進出とは言わんわ

2021-05-11

お前らに今絶対はてなでバズるネタやるわ

機械学習古今東西殺人犯の顔を学習させることで究極の人殺しの顔を生み出す

2021-04-26

悲しい事だ

男は殺され女は犯され、陰紋を入れられ、角やちくびチンポを生やされ、痴女シスター服を着せられ、網タイツを履かされ、使用済みコンドームを横に並べた腰みのを着せられ、へたくそな字で体にせいせいせいいちと書かれ、肌を黒く焼かれ、ひとみハートマークを焼き入れられ、首元にUD、と焼き鏝を当てられ、ハイグレ体操を踊らされては録画されて動画洗脳娘ってタイトルでdlgetchuで売られ、家は燃やされ、畑は塩を撒かれ、井戸は埋められ、衣類やカーテンシルヴァウェアは奪われ、ポチは主人を守ろうとした所を押さえつけられて犯された後に鍋にされて食われ、タマ征服者について行き、マックイーンは馬乗りにされ、MTGやYU-GI-Oのレアカはメルカリられ、プラモ抱き枕は捨てられる

戦争に負けるというのは古今東西本質はこれだぞ。

 

anond:20210426203652

男は殺され、女は犯され、戦争に負けるというのは古今東西本質はこれだぞ。

2021-04-11

願いを叶えることの「罰」は、その願いの内側に存在している

願いを叶えることに対する罪悪感は、この世の中に根強く息づいている。

例えば、願いが叶えられると同時に、代償として何らかの罰を受けるという物語古今東西、様々な例が見受けられる。

しかし、願いと罰がセットであるのは、願うことが道徳的に罪深い行為からではない。

単に、その願い方が未熟であるゆえのことなのだ。

すなわち、その願いが叶った上でも、願った人間意図せざる結果としての不幸が成立してしま余地があっただけだ。

願うことで「罰」を感じる人間は、その不幸が成立しうる未熟な願い方をしているだけなのだ

そのことはこういう例が分かりやすいだろう。

例えば、「お腹いっぱいにお菓子を食べたい」という願いが叶ったとすると、

体重が増えたり、ともすれば生活習慣病などの病気になったりすることがある。

それが、願いが叶うことの「罰」と呼ばれるもの本質だ。

別に、願いを叶えたことに対し誰かが道徳的な罰を付与したわけではない。

単に、その「罰」が成立するような未熟な願い方をした本人が悪いのだ。

(まあ、最近ネットだと、ネット上に何らかの意向を示して、将来的にそれに自縛されるパターンの方がわかりやすい例かもしれない。)

よって、願いが叶うことは個人幸せとは全く関係が無い。

未熟な願いであれば、その願いが叶うことこそ「罰」になりうる。

その「罰」は、知らずに自らに願いとして仕込んだものに過ぎない。

さらに言うなら、物語化されるほどに、願うことが「罰」を誘発する行為だと勘違いされるのは、

これまでの願い方には何かしら「罰」となりうる隙があったかなのだ

から、この世界はその願いが叶った上でも「罰」に転じることのない願い方を求めている。

それは「罰」が生じない点で、それ以外には自分のためにも世界のためにも願う必要はないのだから

いわば「最後の願い」と言ってもよいものだろう。なんなら、世界平和や人類繁栄とでも言い換えてもいい。

そして、その「罰」となる隙を埋めるためには、科学なり思想なりの目標であるだろう、

世界を最終的な解決に向かわせるという願いと同様、学問的な追及や社会との争いの解決など、

その願い方を、内(語意)からも外(状況)から合理的に詰める努力必要で、

それこそがこの世界の本当の意味での「進化」の方向性なんだと思う。

まり、「罰」を受けない正しい願い方のために世界は歩んでいくのだ。

そもそも、これまでの歴史というのはつまるところ、本当に正しい願い方を実現するためにあったのだから

それは科学なり思想なりの目標に至る過程でもあるが、何よりも個人がその願いを不足なく伝える語法を得るための営みだったのだ。

そこにおいて、個人科学なり思想なりとその実現をもって一致していくはずだ。

2021-03-31

女性の胸はサイズで偉さが決まるし実写の写真集想像の絵も古今東西でたくさんあるのに

男の世紀の大きさを比較した写真集はない

2021-03-16

anond:20210316014047

どうして女性を描くかって、人類の多くが美しいと感じる物が女体だからだろう。古今東西芸術家が描いてきたように。女体には劣るけどマッチョな男や美少年もよくモチーフになってるね。

嫌がるから描くなというのには、「あなたモデルに描いたわけじゃない、空想産物だ」って反論できるわな。

仕事をする人々を描いた絵に対して、農夫たちが「オラたちを勝手に描かないでくれろ」と文句言ってきても、「あなた方をモデルに描いたわけじゃない。集めた資料を元に架空人物を描いた」と反論するように。

2021-03-14

シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇で描かれなかったこと、その感想

もちろんのようにネタバレを含むので、注意してほしい。

見終わった感想は、「本当に終わった」だった。

すごく丁寧に「伝える」ことに真摯に向き合っていると感じた。

それは描いていることだけではなく、描かれなかったことも含めて。

これまでのあらすじ

きちんと振り返り部分がある丁寧さが、この映画象徴しているといっても良い部分。

復習して来いよ、ではなく、劇場でこれまでを振り返る。その丁寧さが全編にわたってある。

忘れてならないのは、これは劇場4部作ではなくて、エヴァンゲリオンの最終作ということ。

から題名からして「シン・エヴァンゲリオン劇場版」であって「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」でないところで主張してる。

そして、「まごころを君に」「世界の中心で愛を叫んだけものときて、「未来からのホットライン」で落としているところに、本当に最後なんだな、という気概を感じる。

NOTでも(NOT)でもなく、今までの否定でも追認でも無い、終わりが来たんだなという予感は正しかった。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版序破QはTVシリーズみたいなもんで、今回が劇場版」みたいな位置づけっぽくみえる。

Qの続き

パリでの、序の裏返った模倣

冬月副指令側はネルフパリ支部を守る陽電子砲側で、ヴィレ侵略する側。

派手なアクションシーンであるとともに、赤いヤツって戻せるんだアレというのをこれ以上ないほど明確に見せる場面。

第三の村

アスカケンスケと合流したのち。

直接の描写牧歌的なだけで、薄氷を踏むような生活というのが描かれずに表現されているように思う。

トウジは「医者の真似事」だし、ケンスケは「なんでも屋だが風車メンテはできない」。

まり、あの村にはまともな医者エンジニアも居ない。

食事配給制で、一軒家はトウジの医者という特権性に由来する特別扱いになっている。

綾波初期ロットはそのトウジの客人ではあるが、農作業にわりとしっかり従事させられている。

そしてそこにいるのは老婆が中心。

若い男女や男性は、綾波型の心の触れ合いのような農作業には出てこない。

銭湯図書館牧歌的ではあるが、つまり個別風呂嗜好品が持てない生活を、直接の描写なしに示唆している。

でも、並行複発酵である日本酒を飲める程度には豊かさがある。衣服も残ってる。(心の余裕はまず生活の余裕から

でも、味噌汁に口をつけないことで激昂する大人がいる程度には食料に余裕がない。

たぶん、ココを受け付けるかどうかはその人のエヴァンゲリオンへの思いによる気がする。

第四話の「雨、逃げ出した後」だよねココ。

ひどい経験をしたシンジ家出をして、ケンスケとキャンプする。

TV版では、その後無理やり連れて帰られるけど、ネルフから出ていこうとして、自分意志では電車に乗らなかったと言う流れ。

ケンスケの描き方はあの時からある意味で一貫している。自身の興味には忠実だが、相手の心情には過度に踏み込まず、黙って見守る。

「なんでみんな僕にやさしいんだよ」という嗚咽がほぼすべてだけれども、誰にも強制されることなく、しっかりと時間をかけてシンジだけで結論を出すのが良かった。

今までのシンジくんって、口ではみんな色々言うけど、それほぼ強制じゃんってのが多かった。

あなたが決めなさい、とか。それシンジくん考えられる状況か?その環境作るのが大人だろうっていう。

あの農作業をしていたのがシンジで、みんなの優しさに触れてこの村を守るために戦うんだ、だったらたぶん流石についていけなかったと思う。

で、今までのエヴァだったら絶対にあのアスカの「泣くだけ泣いてスッキリたか家出は終わりか」みたいなセリフ入れなかったと思うんだよね。

その後の、ケンスケとの見回りと治水管理で「基幹産業たる農作業免除されてる」とか「池が村の生命線」とか言わなかったような気がする。

村が赤く浸食されてない理由とか、ニアサーも悪いことばかりじゃなかったさみたいなのは、察しろよ、みたいな描写になってたんじゃないかな。

プラグスーツを着ていないと体を保てない綾波型が、その短い生の間に、様々な感情を駆け抜けていったのも象徴的だったように思う。

その一方で、加持さんの子供がしっかりと「世界をもとに戻す」実験従事しているというのも、良かった。

ミサトさんは、スイカの種を見るだけなんだよね。種をまいて育てるのじゃなくて、種を残す方。

あの村のシーンこそが、シン・エヴァンゲリオン劇場版の急所だと思う。

シンジ好意を持つように設計された綾波型が感情を受け入れるも、なお運命の通りになる。

シンジは誰からも放っておかれる状態で、本当に自分がかけたいだけの時間をかけて、やっと決断する。

最初こそアスカに無理やり食わされるけど、シンジくん自分レーション食ってんだよね。そして食うことに対して泣く。

自分で食い、自分で泣き、自分時間をかけて、最後無垢な問いかけに返す形で結論を出す。本当に良かったと心から思った。

アスカが途中で言ってたけど、そんなシンジくんみるの相当しんどいと思う。

で、そこは委員長の異様なほど優しい言葉綾波初期ロットとのやりとりでカバーされてる。

TVシリーズだったら赤木博士に「村での摩擦は死に直結するわ。学習性無力感一種ね」くらいは言わせたと思うんだよねマジで

落ち着いた後で、トウジと会話をしてお前は十分やったって言われたり、ケンスケからは親父とは話しとけよって言われたり、加持と出会ったり。

時間計ってないけど、かなり丁寧に時間をかけてあの一連のシーンが描かれてたと思うし、相当な比重じゃなかったのかなアレ。

でもなあ、序破ときて、Qでのカヲルくんとのやりとりって、アレまんま洗脳だろ。そらシンジくんでなくても壊れるよ。

親しい人と引き離して孤独にし、信頼を得てから既存価値観を壊し、そのショックが大きい間に新しい方向性を示す。

で、洗脳が解ける前に、信奉した教祖たるカヲルくんが自分のせいで目の前で死んだら、そら壊れるよ。

それをきちんと作品内で比重を置いて向き合って時間をおいてくれたの本当に良かった。

ヴィレヴンダー艦内

前後関係あいまい

アスカのDSSチョーカーみて吐くシーンは象徴的過ぎてインパクト強いけど、マリアスカも対爆隔離室内に自室があって爆薬増やされてるってことは、シンジくんと同じよね。

シトと一緒だからじゃなくて、エヴァに乗る適性がある人間に対しての強い警戒心。

あと、振り返って考えると「ワンコくんとの進捗どうだった」のあと、「年頃の男には興味ないか」みたいなことマリアスカに言ってなかった?

そういや、冷酷っぽくふるまってるアスカが、劇中ほぼ唯一恥じらってるのがケンスケにカメラ向けられたときなんだよな。

シンジくんって、ヴィレ判定で精神的に安定してるって言われてるから綾波初期ロットとの直接のお別れを経験後なわけで、親父すでに超えてるんだよな。

しかその前後で、冬月副指令が、「自分と同じ喪失経験させるのも息子のためか碇」とか言ってなかったかな。

あと、どのシーンでもマリって劇中で誰かと相対するときには、相手パーソナルスペース内に入ってんだよね。

破で、シンジくんの匂いを嗅ぐ、引きこもってるシェルター内のシンジくんを引きずり出す。

アスカには抱き着く、後ろに回って髪を切ってあげる。シンジくんの後ろから手を回してだ~れだっていかける。

古今東西書物を読み漁り、相手の懐に入り、どのタイミングでも余裕たっぷりなのはイメージとしては「魔女」だよな。

アスカ死に装束でしょと返したスーツを着た後、シンジにわざわざ会いに行ったのはどう考えても最後だと思ったからで、

そのタイミング再見って、もう一回会う気満々なのも強い。

新劇場版通してみて、マリだけ高次の存在に見えるんだよな。

ブンドド

わざとだよなあの艦隊戦とあの曲。

そういや、エヴァで誰を殺せば世界平和になるかって言ったら真っ先に冬月副指令だと思うんだよな。

Q以降、ほぼ単独組織的攻撃対応してるのとか、そもそも研究室の件と言い、このオッサン元凶だろう。

舞台を整えるの全部やり切ってるしな。

甲板上になぜかみんな集まる

セカンドの海の浄化サードの大地の浄化だったら、フォースって空の浄化じゃないんかい

あとゲンドウがきっちり葛城大佐赤木くんって呼んで反論しててちょっと面白かった。

ミサトさんに息子の話をするシンジくんは、はっきりあいつのこと好きだよって言ってるんだよね。

自分が人を評して、それを他人に伝えることに躊躇しない最初相手ミサトさんなのは結構グッと来た。

アレなニュアンスの旧劇ではなく明確に母親ポジションとして描かれているので安心した。

宇宙

ゴルゴダオブジェクトの上で、マイナス宇宙でヒトが認識できる形を記憶からLCLが作ってるんだっけか。

きっちり旧劇っぽく親子喧嘩メタっぽく描いてるのがエヴァだよねって感じで良かった。

よくよく考えると、わりと新劇場のゲンドウって、最初から甘いんだよな。

息子とは墓参りに行くわ、息子との食事会には行こうとするわ、わざわざ褒めるわ、本部壊すまで駄々こねた息子をギリギリまでやらせるとか。

聞けば答える、本当にコミュニケーションが苦手な親父として描かれている感が最初からあったけど、まあそうなるかなーという。

異様に手際の良い冬月先生と対抗するマリ

やるべきことを完全にやり切って、マリ必要ものも全部集めておいて、見届けずにL結解密度が高い中で無茶してLCLになる冬月先生

やっぱこの人が完全に元凶な感じがしてならない。

ただまあ、ユイさんってこうサークラじゃないけど、なんだろうこのワールドクラッシャーな感じ。

ゲンドウの話

ゲンドウが大人理解力表現力で、内面をきっちり吐露していくシーン。

ユイ出会い、楽しかった、ユイけが受け入れてくれた」みたいなところで、どの場面でもマリちょっかいかけてるのに一切触れられてなくて草生える

あの流れだけ見ると、昔ちょっと好きだったゲンドウくんの息子のシンジくんを迎えに行く女みたいになるんで、それはちょっとという気にもなる。

新しく作られたガイウスの槍のシーン、シュワッキマッセリーって流れてて、聖☆おにいさんを思い出しました。

ただ、ミサトさんの死と思いを受け取れるシンジくんはほんとにゲンドウじゃないけど、大人になったなって感じた。

最後に息子から歩み寄られて謝っておそらくは和解したゲンドウが、息子の中にユイを見出すの、

繰り返しになるけど、死を否定したり無かったことにするのではなくて、受け入れたうえで先に進もうとするメッセージ性を強く感じた。

渚カヲルの話

狂言回し、なんだろうな。ゲンドウが降りたらもう確かに誰もその位置に立てないしな。岸辺露伴ポジション

ここからは、シンジくんからの別れの挨拶なんだよね。

旧劇の場所アスカに思いを伝えるシーン、マリが出てくるのバグってるっぽいなー

カヲルくんと加持さんが出てくるシーン、ゲンドウとシンジとの両方の位置カヲルくんが居るんだよね。

シンジくんに依存しない世界でのカヲルくんの理想の世界は、加持さんと接してたところになるのかなー

加持さんは、ヒトの存続よりも種の多様性を残そうと尽力したって位置づけなんだろうな。神の使徒に愛される男。

時間世界も戻さずに、エヴァに乗らなくて良い世界に書き換える。

時間の巻き戻しではなく、違うパラレルワールドでも無くて、継続したまま治そうとする。

しかマリさんも迎えに来るからって綾波に伝えて別れを告げる。

てことは、アノ世界はなかったことにはならずに継続したまま、シンジくんにエヴァを消された世界に作り替えられるけれども、シンジくんは戻れないってことだよな、と思った記憶がある。

あれだけゲンドウがユイの胸で泣きたかったって言ってたのに、母さんを送りたかっただけなんだねって納得するのは、シンジくんの理解力大人で成長したなあと。

アニメーション世界

ヒトから高次の存在ってよく映画では描かれるけど、

それを、アニメーションセル画っていう低次(二次元)の存在に落としたうえで、マリに迎えに来てもらって元に戻すっていうのは、すごいな。

リアリティのある世界

マリに相変わらずいい匂いって言われたあと、相変わらず可愛いよっていうシンジに対して、

いっぱしの口を利くようになってといって、DSSチョーカーを外すのって、あれシンジの主時間時間経過してない表現だよな。たぶん。あれが入らないと、何年も経ってるように見えるし。

そのために甲板でDSSチョーカー嵌めたのかなあ、自ら進んで嵌めるって演出にも見えたんだけどヴィレ的には必然性ないよなアレ。

最後シンジから手を引いて階段を昇っていくのが、ああ、終わったんだなって。

というか、ぶっちゃけると、シンジくんが緒方恵美さんの声から声変わりしていた瞬間の衝撃が強すぎて、あとは流れるように見ていた。

ハッキリと明確に、彼が大人になったと感じた瞬間だった。

ああ、エヴァンゲリオンアニメーションとしての作品は終わったんだなと思った。

終わりに

一人一人に引導を渡していって、最後にあまり知らないが好意を持ってくれる女と手を繋いで階段を昇っていく。

この先どうなるかはわからないけれども、しっかりと大人になったシンジを見て、ああ、本当に良かったと思った。

鏡を見ろ現実に帰れみたいな突き放し方じゃない、同じ意味でも伝え方の違うアニメーションの力。

加持さんは裏で我儘を通し切ってた。ミサトさんは意地を押し通した。ペンペンはきっと殖えてる。

アスカは素直になれた。ゲンドウは折り合いを付けた。レイは居場所を見つけた。シンジ大人になった。

あり得たかもしれない世界の中ではなく、序破Qの世界継続した上でシンジ大人になったのが、本当に良かった。

2021-02-22

正直者がバカを見ると昔から言われているように

世の中善人が損をするように出来ている。

正しい人間が報われる社会古今東西存在しない。

そんな世の中でも人々が自分は正しい間違っていないと思いたがるのは何故なのか。

自分から不幸を望むようなものなのに。

そして自分で望んだ生き方で不幸になっているのになぜ不満そうにするのか。

いくら損をしてでもいくら苦しんでも正しく生きるという選択をして、その通りの結果になっただけなのではないのか。

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