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はてなキーワード: 敵対者とは

2022-01-19

anond:20220119225848

そもそも本来敵対者でもないはずだよね。通り魔社会的立場を失ったら、通り魔被害者利益を受けるの?せいぜい、マイナス幅が少し小さくなる、くらいじゃない?

anond:20220119225456

さえぼうさんは利益を受けているわけではないです。

敵対者社会的に葬り去るという利益を得ていますね。法的にいう反射的利益という形でしょうか。

偽造の署名に関しても、いたずらの被害者です。

⇒いえ、それを公表した時点で加害者です。

2022-01-13

UCLAロースクール卒業した海外サイトZelda Dungeonのアレクシス・S・アンダーソン記者が、「『ゼルダの伝説』のゼルダ姫を黒人にすべき」と力説している。

https://www.zeldadungeon.net/diversity-in-zelda-what-if-zelda-was-black/

https://i.imgur.com/KikdaYM.png

・35年の歴史の中でゼルダ姫は変わらず白人でした。これでは黒人女性伝説になれることを示せず、残念なことです

アメリカ黒人女性は、劣っていて尊敬に値しないと絶えず言われ攻撃されています。そこでゼルダ姫を黒人化すれば、黒人女性が単なるマイナーキャラ敵対者ではなく、重要英雄人物であるというメッセージを送ることができるでしょう

ゼルダ姫とリンク白人として描かれる『ゼルダの伝説』は、白人けが世界を正しく管理し守っていく存在であるということを示唆しているのです

・『ゼルダの伝説シリーズは主要キャラ人種ほとんど説明なしでも変えることができます

メディアではこれまで何度も、有色人種やLGBTQ+の人々が腹黒く不道徳侵略者として描かれてきました。黒人キャラが前向きな役割を習慣的に与えられるようになれば、社会にある固定観念払拭し、人々が自己像を高めるのにとても良い影響を与えるはずです

ゼルダ姫の黒人化は、黒人が華麗で大胆な英雄であることの確固たる証拠になります任天堂社会から抑圧されてきた人々やゲーム業界なおざりにされてきたコミュニティへの支援を表明する一手になるでしょう

2021-11-21

キモオタ叩き」は左派が団結するためには必要不可欠

つい先日まで揉めに揉めていた 仁藤vs米山の泥沼戦争が「温泉むすめ」という共通の敵の出現により一気に鎮火した。

なぜ左派オタクを叩くのか?という疑問の答えはやはりこれだと思う。

インターネット上で意見の異なる人々が団結するためには、「キモオタ叩き」は有効なのだ

キモオタは非常に良い性質を持っている。

・いつでも叩ける

・叩けばキモオタが群がってきて反論してくれる

オーディエンスキモオタ醜悪さを共有する際、オタク絵だけを表示すれば良い

特に重要なのはネットにはキモオタが常駐しており、叩けばすぐに群がってくれるということだろう。

これによってSNS上のアテンションを一気に集めることができ、他の話題を中断して対オタクでの共同戦線に持ち込みやすい。

また、他の政治的話題だと叩く論拠としてどうしてもある程度の長さのテキスト必要になってしまう。

しかキモオタ叩きは画像+キャプションだけで成立するので非常に簡単オーディエンスを稼げる。

オーディエンスの基本使用デバイススマートフォンである事を考えれば望ましい性質と言える。

叩くならやはりキモオタ一択だ。

ネトウヨ叩きは一時このポジションだったが、とくに20代以下の世代では熱心なネトウヨが減少しており、反論アテンションを集めづらくなってきている。

いくら叩かれても消えないキモオタという存在ますます重要政治的資源となっていくだろう。



異なる意見を持つ人間議論によって団結することは非常に難しい。というかほぼ不可能である

しろ議論すればするほど敵対者が増え、内ゲバのような構造になってしまうのが左派歴史だった。

よって共通の敵を用意して叩くことは非常に重要である

政治史を紐解けば、人間が真に団結できるのは共通の敵をもったときだけ、と言うのは決して誇張ではない。

これから時代においては、キモオタ叩きによって団結することは左派重要戦略になりつつある。

2021-11-11

anond:20211111183405

とはいえ米山というか左派全体がフェミ相手商売やってて

敵対者にけしかけるムーブでさんざん利用してきたので自業自得感はあるわな

右派が昔ヤクザをつかってたら無限にゆすられるのと同じ

まあヤクザはだいぶ潰せたみたいだけどフェミはどうだろううね

2021-11-04

「悪政に対する怒り」を忌避する有権者

 先日の選挙立憲民主党共産党議席を減らした結果について、その原因を「若年層の有権者は、野党及びその所属政治家たちのことを『怒りっぽい人たち』『振る舞いや言動パワハラっぽく見えて嫌だ』と見做して、支持せず忌避している」という仮説によって説明しようとした記事が、はてブコメントで猛烈に批判されている。

 上記記事に対して、多くのリベラルはてブユーザーたちは、よほど腹に据えかねたのか「自民党の悪政に対しては、怒ったり反抗したりするのが人間として正しい当然の振る舞いであり、怒らないのは愚か者の証」という反発を示している。

 すでに他の多くの人が指摘しているが、現在の若年層の多くは、非常に平和的で真面目であるパワハラ研修クレーマー対策教育などの機会を通じて、現代若者たちは「たとえ自分の側に正義があっても、乱暴言葉や態度をとるのは良くないことである。また、悪人や間違った行動をする他人批判する時であっても、節度を守らねばならない」と教育を受けている。中高年の集団では「悪い人間能力が劣った人間に対しては、多少は怒鳴りつけたりするのも許される/仕方が無いことである」とか平気で言う人間がまだまだ少なくないが、そんなことを表立って言う人間が若年層の中に混じったら、よほどのDQN集団(お笑い芸人クレーマー行為自慢を面白がるようなタイプ人間たち)でない限り白眼視されるのがオチである。したがって、上記の仮説は非常に説得力があると私は思う。

 「自民党の悪政に怒らない方が異常だ!怒らない若年層はおかしい!彼らは愚か者だ!」と吹き上がっている多くのはてブユーザーたちは、おそらく日頃からリアル若者と接していないのではないだろうか?リベラルはてブユーザーにとって、上記のような若年層の存在は、理不尽不愉快なことかも知れないが、まず深呼吸して心を落ち着けて、現実現実であると認めるところから始めてみてはどうだろうか?

 長年に渡ってリベラル知識人メディア国民に対して「たとえ侵略を受けようと、平和憲法に殉じて無抵抗主義を貫くべきである」「戦力差があって勝てないことが分かっているのに、戦いを挑むのはカミカゼ特攻以外の何物でもない愚行である」「集団よりも個人が優先されるべきである」と説き続けてきたのである。悪政に怒らない国民絶対多数派与党政権に戦いを挑まない国民、我が身かわいさに声を上げるのを控える国民の出現は、無抵抗主義的な平和教育帰結とも言えよう。今になって「怒らない/反抗しないのは間違いである」と言うのであれば、まずは「これまでの無抵抗主義を説く教育は間違いであった」「たとえ勝てないと思えても、戦いを挑まねばならない時はある」「集団のために個人犠牲になる必要はある」と素直に認めるのが筋であろう。

 リベラルはてブユーザーたちは、現在の若年層が「もしもリベラル系の人たちが政治行政の実権を握れば、どのような世の中になるか?」について、どのように想像しているのかを知っているのだろうか?現在の若年層は「リベラル系の人たちが実権を握った社会で『悪人』として認定された人間は、人権剥奪される」と考えているのであるリベラルはてブユーザーたちは「それは違う。そんなことはせず、自分たちは敵対者人権も守るつもりである」と言うかもしれないが、そうは思われていないのである

2021-11-01

現代政治運動における嘲笑効果戦略

政治運動において敵対者への嘲笑時代地域を超えて普遍的である

SNSにおいても、特定政治家のみならず支持者や大衆への嘲りは、もはや見飽きた光景だ。

だがその効用は明らかとは言い難い。

嘲笑することは一見敵対者への攻撃にはなるが、第三者の反応はまちまちだ。

一緒になって攻撃するか、逆に攻撃者への批判を呼び起こすか、そういった争い自体忌避して場を立ち去るか。

とくに、最後効果、つまり政治自体忌避させる原因を、政治運動における嘲笑帰結する分析もある。

支持を拡大するという目的マイナスにもなりうるのにも関わらず、なぜここまで嘲笑が溢れているのだろうか。



社会学において支配関係類型化した初期の学者であるマックス・ヴェーバーは、政治運動上層部運動員に与える精神報酬ひとつだとしていた。

選挙活動などの強力な支配行動に人々を動員するには当然、従わない人間よりも多くの報酬必要である

しかし、(とくに猟官制の廃止された後の)民主主義では、大衆を動員するときに直接的な経済的見返りを与えられない。

それ故に様々な精神的見返りを与えることが必要であり、「嘲笑のための大義名分」がそれにあたるのだと。

この描像だと、嘲笑あくま精神的な見返りのひとつであり、怒りや復讐心の発散なとど同列とされ、そこまで重視はされていない。

政治家トップダウンで操る戦術オプションとして扱われている。



現代的な心理学の描像だと、嘲笑もっと政治に直結したものだとみなされる。

そもそも、「笑い」という行為や付随する情動は、自他の思考や行動の間違いを指摘するために獲得されたと考えられている。

人は、社会的に正常な状態だと思いこんでいた状態が間違っていると発見したとき、その気付きに対して笑う。

自分が間違っていたと自分で気づいた場合には行動を改めるだけだが、重要なのはこれが仲間に、かつ攻撃的に向けられたとき(すなわち嘲笑)だ。

期待されている効果は、間違っていた人間が態度を改め、仲間に従うことだ。

だが、仲間の「間違い」に気づいたとしても、実際に正しいのは自分なのか、相手なのか。それはどうやって決まる?

社会的な正常さを決めるのは、群れの政治力学だ。人間原始的社会は単純な多数決でもないし、かといってリーダー強者による完全な序列制でもない。

たとえば、強く序列が高い人間の笑いには追従の笑いをもたらす効果がある。これによって周囲から笑われた人間は態度を改める。

しかし、リーダーが明らかに間違っている場合には、群れの全員から嘲笑され、リーダー側が反省を強いられる場合もある。

場違いな場面で他人を笑った人間が、逆に間違いを笑われることもあるだろう。

このように、嘲笑とは複雑な政治行為の最も原始的な発露であり、人間特有の行動である



無論、現実、とくにSNS上の政治言論における嘲笑はこの2つの描像の中間にあるというのが実際のところだろう。

特定政党政治家言論人が嘲笑行動を種々の政治目的扇動する場合もありうる。

そういった目的を持たない、無意識の笑いが政治シーンに影響を与えることもある。

もちろん、この無意識なかに個人政治信条も含まれている。

ただ、そういった背景を無視して効果だけを見れば、ひとつほぼ明らかな事実がある。



嘲笑多数派を固めるためだけに有効であり、それ以外の場合には逆効果になる、ということだ。

集団的に行われる嘲笑は、味方には精神報酬をあたえ、仲間関係確認し、支持を固めて動員する効果がある。

また、怒って反応する敵対者あぶり出し、敵として認定することもできる。

日和見派のうち気の弱い人間には追従笑いを引き起こす。彼らはすくなくとも言論の場では逆らわないことが期待できる。

そして、何よりも重要なことに、それ以外の無関心層を遠ざける効果がある。

これによって、多数派勝利を確定させる一方、少数派にとっては確定するのは敗北となる。


さて、ここから考えると、もしあなたがすでに多数派だとわかっている場合だけ、集団嘲笑戦略をとるのが合理的である

という非常に単純な戦略しか導かれないように思われる。

だが現実には、少数派が集団的他人嘲笑し、かえって袋叩きに合い、劣勢を固めてしまうという現象はありふれている。これは何を意味するか?

まず、自分多数派か少数派かを判断するのは、大半の人間には難しい。

社会調査などの客観的指標でなく、周囲の人間意見を重視してしまバイアスは容易には逃れがたい。

次に、感情を抑えてまでマクロ合理的政治行動を行うほどのインセンティブ個人にはない。

感情進化的な意味では合理的であったとしても、それは過去環境適応したものであり、現代政治における合理性とは相容れない。

これらはそもそも戦略的に振る舞えない個人がいるという問題だ。



が、真に重大なのは、この理由により「少数派に属している時、味方が嘲笑という不合理な選択をとりうる。そしてそれに対する良い戦略がない」ということだろう。

その味方は自身多数派だと意識的あるいは無意識に考えている。

嘲笑追従しないことは、対象孤立させるシグナルとなるし、たしなめたり批判したりすれば敵対行為だとみなされるだろう。

よって追従することが局所的には合理的だが、それにより嘲笑は拡大し、多数派敵対者日和見派の目にとまり、敗北を拡大することに貢献してしまうのだ。



この問題にたいする回答は筆者の力量では思いつかない。

SNS上において政治言説をひろめたい、政治的に少数派であると考えている人々は、この現象対応する戦略を考案する必要があるだろう。

2021-10-29

anond:20211029185408

全体的によくわからん

意識高い系はなるべく早く死んでください。

SDGsを推進するのは意識高い系国連世界銀行日本政府も国際金融機関も全部消滅すべきってこと?アナーキーだなあ。。

MDGs成功を誇るにせよ、その過半は未達でSDGsに衣替えしただけの腐った先延ばしだということも認めてください。

先延ばしなのは確かだけど、なんで「腐った」?できなかったら改めて目標設定するしかないと思うんだけど。全部目標通りに達成されないと許せない潔癖系?

あとは成長率逓減のリアル考慮してください。

んー、まあねえ。MDGs達成にあたって、2000年代ブームは大きかったと思うけど、SDGsって成長率があまり必要じゃないものばかりだと思う。

ついでに歴史絡みで言うと西側自由主義陣営東側に対する精神性の優越喧伝するために達成してきた成果こそがMDGsに先駆けてあり、そうした古き良き資本主義自由民主主義果実破壊したのが敵対者亡き後に台頭してきた新自由主義なのも踏まえたうえで、それが中国というキメラを生み出してしまたことの反省と総括もなしに先に進めるなどとは思わないでください。

かに中国プーさんヒトラー越えを狙っているのかみたいな大悪人ルートだし、自由民主主義的なトピックSDGsに入っていないのは中国圧力じゃないかと思うが、最近は再分配頑張りだしたよね?毛沢東とか考えると、中国暴走しているのは西側責任、みたいなのは白人の影響力を過大に見てるんじゃないかね。中国はでかい国だし、自分の都合で動くだろう。

新自由主義のもたらした意識の変革を再度転換しうる、と考えるのはあまりにも楽観的。

新自由主義」って何を指しているのが具体的によくわからないんだよね。国際金融資本利益だけを求めて世界中荒らしまわる的な話だったら、本文で書いたように国際金融資本利益至上主義はすでに変わって、社会的責任を考えるようになってるよ。

https://koken-publication.com/archives/1126

anond:20211029160423

意識高い系はなるべく早く死んでください。

MDGs成功を誇るにせよ、その過半は未達でSDGsに衣替えしただけの腐った先延ばしだということも認めてください。

あとは成長率逓減のリアル考慮してください。

ついでに歴史絡みで言うと西側自由主義陣営東側に対する精神性の優越喧伝するために達成してきた成果こそがMDGsに先駆けてあり、そうした古き良き資本主義自由民主主義果実破壊したのが敵対者亡き後に台頭してきた新自由主義なのも踏まえたうえで、それが中国というキメラを生み出してしまたことの反省と総括もなしに先に進めるなどとは思わないでください。

新自由主義のもたらした意識の変革を再度転換しうる、と考えるのはあまりにも楽観的。

2021-10-22

自由民主主義と「“儲からないよね”という合意」と

プロローグ

話をしよう、あれは今から36万・・・いや、1万4000年前だったか まあいい 私にとってはつい昨日の出来事だが、君たちにとってはたぶん 明日出来事

過去の手口

ある政党が言った

どう解決していくかはクリエイターも含めて国民的に議論していくべきだ。具体的には、子どもたちや一般の人たちの目に触れないような場所に置くゾーニングというやり方もあると思うし、“こういう表現は本当にまずいよね”“儲からないよね”という合意ができれば、クリエイターの皆さんも作らなくなると思う

君たちはこれが未来の話だと思ってるだろう?違う、昔これをやった連中がいる。なに、昔話だ。ある国ある政党。彼らは敵対者を葬りたかった、出来るだけ体裁よくね。

どうしたか?まず敵を徹底的に悪魔化して、晒し上げました。同時に国民運動を仕掛けて不買・契約拒否実体的な企業価値の棄損をします。金融網にも当然圧力をかける。資金繰り死ぬよね。これを側面支援したのが配給条項改訂敵対者企業への配給を絞って、チェーンのどこかに居られなくしました。まあ配給についちゃ昔のことだから勘弁してほしい。もっとも今でもサプライチェーン攻撃することは、同じ手法可能なんだ。

さて、どんどん敵対者企業価値は棄損されました。そうなったらおまんまの食い上げだから敵対企業はこれを売らざるを得ない。でもそれはあくまで「民間の商行為」という体裁なわけ。さらに買い叩いた御用銀行最後には「ヤツらがいる企業には企業価値原則認められない」という判断が通り、二束三文なんで目じゃない価格で、党シンパが手に入れました。看板を付け替えただけ。ピーク時には買い手より売り手が多くなってマーケット破綻がちらついたほどだった。

最後にどうなったって?奴らが買っている実力部隊が究極のボイコットとして、企業襲撃をやりました。それを「民衆の声」だとして、敵対企業は全て国(≒党)が接収して、シンパに払い下げることになりました。この襲撃、商店ガラスが散らばったのが水晶みたいで綺麗だったよ。

勘のいい諸賢ならもうお分かりだよね、これはナチ党がやった「経済のアーリア化」という政策。襲撃はいわゆる水晶の夜」です。

いかい?これが

本当にまずいよね”“儲からないよね”という合意

の究極の姿だよ。

今の手口

そして、君たちはこれが未来の話だと思ってるだろう?違う、彼らはまさに今それをやっている。

思い返してごらんよ。彼らの上澄みの主張は

子どもに対する性暴力絶対さな

だよたしかに。そして、それはまあ全員の合意を得られる話題ではある。

でも実態は支持者が「死ねロリコン」「表現自由戦士ガァァァァ」ってやるわけ。最近デマを元に「あいつらはカルト!」「カルトと完全に手を切った証明がない限り、疑いは晴れない!」ってやらかしてたよね?こうやってちょっとづつ信用を棄損していくんだよね。

これがある日「萌え絵を使う企業犯罪企業」「お宅は犯罪企業取引があるんですか?ならちょっと考えたいなぁ」「なんで犯罪者に融資実施されているんですか許しがたい」に化けないと思うかいしかも「民間の動き」で「政党関係ありません(支援してるけどヌルヌル否定)」とくる。彼らは「民間の声だから」という理由責任なんか取らないよ。そのために直接動かないんだから

思い返してみよう、彼らが何を「ポルノ」と罵ってきたか。ただの絵。しかもヤッてるところじゃなくて、ただただ女性を描いたいわゆる萌え絵、というだけで彼らの突撃隊が火をつけて来たよね。その上で、不買と周辺企業行政への圧力を繰り返している。あれあれ、(今はまだ)規模はしょぼいけど、やってることはナチと同じだよね?

もう信用の棄損をする試みはだいぶ前から始まっている。むろん統一した指導があるわけではないが、それを利用しようという機会主義というものはあるだろうね。それが今可視化されてきたという訳さ。

そして、手数と民主的正当性を糊塗し、対行政絶対的な圧力を振える手先議員暴力理論立ててごまかす御用学者リアル暴力であるしばき隊etc.。もう共産党の手元には、ナチ再現をするだけの兵隊が揃ってるんだ。彼らがそれを再現しない理由動機もないよね?

いや、今度はもうちょっとうまくきれいに見せかけるかもしれない。でも起こることは、本質的に同じだ。

最良の選択は?

彼らは散々言っていた。「民主主義破壊する○○だけは排斥していいのだ、奴らはパブリックエネミーなのだ」と。ならばすでに自由の敵・民主主義破壊である共産党とそのシンパをどう処遇してやればいいのか、答えは一つしかない。彼らの理屈最後に彼らに適用すればいいのだ、お前たちこそパブリックエネミーなのだと。

補助線1 

一つ、ヒントを置いておこう。

かつて、クレムリノロジーという概念があった。これは全く情報がないソ連共産党権力構造を解明するため、あの国の重鎮の並び順でそれを推測する(そしてまあまあ当たる)というものだ。ソ連亡き後、ほそぼそ生き残っているのが北朝鮮の内部序列観察である

ところで、共産党フェミにはちょっと怒られただけで秒で焼き土下座を敢行した。一方で表現自由に対しては一切の応答を見せちゃいない。これがつまりどういうことか、彼らの党内序列於いて何が最重視され何が軽視されているのかよくわかるよね。身内には謝るけどそれ以外にはシンパ支援砲撃を利用しつつぬるぬる逃げ切る。誰が誰より偉いのか、どういう態度を見せているのか、きちんと理解すべきだよ。

2021-09-25

件の青識氏とおぎの議員に関しても、表現をめぐる問題議連批判する立場であっても、他の部分でこの社会女性差別があり、それは解消されるべきで、そのためなら議連とも連帯していきたいというメッセージがあるのであれば彼らを支持するのも全くやぶさかではないと思う。私が彼らを支持しないのは、差別是正して社会を良くしたいという動きに対して、方法論の違いで衝突しているのではなく、敵対者としてその理想のものを腐し足を引っ張る為に、自分が支持していない敵対者思想論理だけを借りて相手批判し、批判に使った論理の元の思想フェミニズム)が目指す理想のもの唾棄して見もしないような輩だと思うからだ。今回の件で彼らの影響力が増しても彼らはそれを上記女性差別の解消には向ける気はないだろうし、そんな人間フェミニズム論理フェミニズム議連批判し、そしてフェミニズムに興味のない人間からは彼らの方がよっぽどフェミニストだと思われるであろう現状が死ぬほど馬鹿馬鹿しい。

青識とかいクズ普段姿勢がそういう感じであることは否定しないが、今回ばかりは違うだろ。

まして、おぎの議員まで一緒くたにするのホント何も理解してないんだなと絶望するよ。マジで

「あの青識が、今回ばかりはまともなことを言ってるな」という感覚が共有できないとなると、もう本格的に話が通じないと匙を投げるしかない。

(正確に言うなら、「まともなことを言ってる」というよりは、「誠実に、自分の考えを伝えようとしている」だけで、精緻に組み立てられた正論を述べているとは全く思わないけど。)

で、それに便乗して「何が悪いの?」と逆方向に何も理解してないバカが現れるまでが様式美

anond:20210925061319

anond:20210925122847

もうバカバカ同士一生殴り合ってろよ。議論にならないレッテル張り応酬を繰り返してさ。


まあ青識に関しては、クズしぐさが板に付きすぎて真面目に議論しようとしてもやり方わからなくなってんだろうなとは思うが。

anond:20210925061319

「私が彼らを支持しないのは、差別是正して社会を良くしたいという動きに対して、方法論の違いで衝突しているのではなく、敵対者としてその理想のものを腐し足を引っ張る為に、自分が支持していない敵対者思想論理だけを借りて相手批判し、批判に使った論理の元の思想フェミニズム)が目指す理想のもの唾棄して見もしないような輩だと思うからだ」

全く同感である。 彼らが言葉の上で何を語っているかではなく、その言葉の下敷きになっている真意とはなにか? それは敬意に値するものなのか? って話なのだ

https://anond.hatelabo.jp/20210925061319

敵対者思想論理だけを借りて相手批判

ここがよくわかんないんだけど、同じ理屈批判されて、その批判有効であるなら、

問題があるのは批判する側じゃなくて理論側なんじゃないですかね。

理論普遍性そもそも足りてなかったってことじゃないの?

anond:20210925061319

そこまで分かっていながら、おぎの議員や青識氏への評価はあまり政治的というか、アンフェアに過ぎる。

彼らが敵対しているのは、フェミニズムのものではなく、

これまでフェミニズム表象問題対峙する時に使用してきた、その「文法」や「理路」なのだと、増田も分かっていそうじゃないですか。

↓この辺のくだりは、悪意しかありません。悪質なレッテル貼りです。

例えば青識氏がフェミニズム理論を借用するのは、明らかに同じ土台で議論を行うためじゃないですか。

表象問題以外については、彼らはフェミニズム理想を共有していますよ。

私が彼らを支持しないのは、差別是正して社会を良くしたいという動きに対して、方法論の違いで衝突しているのではなく、敵対者としてその理想のものを腐し足を引っ張る為に、自分が支持していない敵対者の思想論理だけを借りて相手批判し、批判に使った論理の元の思想フェミニズム)が目指す理想のもの唾棄して見もしないような輩だと思うからだ。

女性表象をめぐる問題というフェミニズムにとっての”鶏肋

1. ある程度既に議論されているかもしれないが、今回の件が今まで問題視された公共空間広告における性的女性表象への批判と決定的に違うのは、Vtuber身体は今まで問題とされたような二次元キャラクターのような意図をもって製作された純粋な”デザインのもの”なのではなく、中の人と結びつけられた疑似的な肉体でもある点だと思う。今までであれば、女性の描かれ方、デザインに関しての作り手の意図という点に着目して、性的に扱う意図をもってデザインされたもの公共空間公共広告で扱われることを問題視する事に理があったように思う。描かれ方・デザイン(その意図)の問題であって単純に胸が大きいとかい問題ではないという話だったからだ(だから宇崎ちゃんの件も現実の胸が大きい人への逆差別”ではない”というフェミニズムを支持する側の理屈にもなっていた)。

 それが今回の件に関しては、Vtuber身体デザインでもある一方、中の人間の動きと外のガワが一体になって(今回の件では)3d空間で動いているVtuberという存在にとっての肉体そのものでもあるというのがややこしいというか、議連批判が今までのフェミニズムから公共広告における性的女性表象への批判と比べて明らかに大きく反発を受けて逆に批判を受けた部分だったなと思う。

 議連の人たちはVtuberを3Ⅾアニメーションぐらいにしか認識していなかったのだろう。そして、今までの広告で扱われる性的女性表象問題においては、その作品がどういう作品なのかという文脈を知る必要はない、その作品を知らない人も目にするのが広告であるから広告それ単体で女性表象がどう扱われているかのみが問題であるという理路が使われていたように思う。それはそれが二次元にとどまる話であれば正しかったように思う。だからこそVtuberがなんなのかよく知らなくても批判するという事が当然の帰結として起きた、今回の件は起こるべくして起こったと思う。

 今回の件はフェミニズムという思想依拠した批判炎上問題の中でもとしてかなりフェミニズムに分が悪い出来事だったなと思う。Vtuber身体とは何かという話は正直自分もきちんとした答えを持っていないし、この文化が今後も発展していけば学術的な議論も深まっていくんだろうなと思う。そんなまだ学術的な議論も深まっていない分野でフェミニズムの名を冠した人々が理論構築の甘い批判をしてしまった(少なくともそう思う人が過去の似た事例に比して格段に多かったと思う)。私はVtuber好きな人間でもあるが、フェミニズムに興味がない人間だったとしたら、フェミニズム自分の好きな文化にとっての敵だとしか思わなかっただろうなと思う。

 Vtuberはなりたい自分になれる文化というのは特に2018年ぐらいの初期の頃のVtuberとは何かという話においてはまさしくその通りだったと思うし、今も個人VとかVRチャットとかの文化ではそうなんだと思う。この世界観Vtuberに親しんでいる人が共有しているというのも議連への批判が大きい点だろう。ただ、企業Vは必ずしもそうじゃない。デビューした後の別の新衣装とかは本人の意を汲んだものになることが多いけれど、最初は既にデザインとしての肉体(ガワ)は決まっていて、そこにオーディションを経て中身が決まっていく流れだと聞く(個々の企業によって差異はあるかもだが)。なりたい自分の姿を選んでいるとは限らない。

 でもさらにややこしいのは、中の人間のプロポーションとガワの肉体のプロポーションをある程度同じにしている企業もあるらしいことで。胸が大きくてすごく揺れるVtuberがいて、そして更に中の人も胸が大きくて、中の人の動きをガワたる3dモデルに反映させている以上、3dモデルの胸の動きも中の人の胸の動きとある程度リンクしているとする(モデルと中の肉体で動き方が同じとは勿論限らないというか多分違うと思うが正直詳しくない)。そしてこのVtuber警察とのコラボのような公的広告に出ることがあった場合、今回と同じような批判フェミニズム立場からそれになされて、企業Vの中の人自分モデル不適切だと批判されることは自分の肉体に対しても差別だと抗議した場合自分は正直フェミニズムから批判を支持できないなと思ってしまう(起きていない仮のケースを想定して支持できないと述べるのは不誠実だとは思うが、起こり得ることだと思う)。今回議連批判している人にとっては、私が例に出したケースと今回の事はほぼ同じだろってなりそうだけど(私にとってはそうではないが)。

 Vtuber文化は今後も発展して警察のような公的機関や催し事とのコラボも増えていく事と思う。そしてそれに付随して、公的ものに相応しくないという批判から炎上も今後も目にしていくのではないかと思う。オリンピック小山田氏やラーメンズ小林氏のような過去不適切発言での問題が、もしVtuberで起きて、そしてそれがVtuberとして活動する前の、Vtuberたるその人ではない純然な中の人間としての過去発言だった場合、それはVtuber〇〇としての問題として扱われるのかどうかとか、そういった事を最近考えている。Vtuberの肉体とはなんなのかというのも、もっと議論必要な部分だし、容易に結論がつくものでもなさそうだ。だからこそ、もし批判するなら真剣理論を立てないといけない分野だと思う。普段思想が近しい人同士でも、Vtuber世界観(個々のVの世界観ではなくVtuberという文化認識の枠組み)を共有している人とそれを知らない人の間で今回かなり意見の相違がある話だったと思うのだが、オタクの内輪の論理Vtuberを知らない人には分からない世界観認識)を持って来られても困るというのは一理あると思うが、この内輪の論理を共有する方が多数派になってしまったら結局そんな言葉もかきけされてしまうんだろうなと思う。知ろうとしない方が悪いとか言いたいのではなく、ただそういう未来がありそうで嫌だなと。

2. 現代日本にはフラワーデモが起こったきっかけでもあった性犯罪判決や、知識の不足や劣悪な環境に置かれたことでやむなく堕胎も出来ず病院にも行けずに一人で出産して赤子を死なせてしまった女性犯罪者となり父親は何も責任を問われないような司法での女性の扱われ方に関する差別問題がある。医学部受験における差別措置記憶に新しい。女性政治家の数は少ないし、女性総理大臣も0だ。ジェンダーギャップ指数世界ランキングなんて参考にしなくても、日本には是正されるべき男女差別があり、その為にフェミニズムという思想がまだまだ必要である事は前提として認められる社会になってほしいと私は思っている。

 公共空間広告における女性表象の扱われ方の問題は勿論大事問題であるし、フェミニズムにとってなおざりにしてよい問題であるとも思わない。だが、先に挙げたような女性差別問題に比べると、人それぞれ色んな価値観があるし、フェミニズムを支持する人間の間でも一番意見バラバラに感じるトピックだと思う。私としては女性表象問題フェミニズムという思想にとっての”鶏肋であると常々思っている。鶏肋とは三国志で有名なエピソードが由来の言葉で、意味は「大して役に立たないが捨てるには惜しいものである

 私は少なくとも今までの女性表象に関する問題フェミニズム立場から批判側に理があると思っている。しかし、一連の女性表象批判は繰り返す度にフェミニズムを嫌う人間を増やしこそすれ、フェミニズムを支持しようという新しい賛同者をそこまで増やしているようには、少なくとも嫌われる人数を上回る程には新たな賛同者を増やしているトピックには思えない。思想政治的勝利するためには賛同者が増えなければいけない、いくら理論で勝っていたとしても民主主義においてはその賛同者の数が力になる、政治で勝つためには賛同者を増やす戦いになる。批判する側が悪いと言いたい訳ではない。これを批判する人々自体必要であるとすら思う。女性表象に関する事で傷つけられた人も過去現在存在していて、その人たちの事を考えたら決して役に立たない問題なんかではない。ただ、女性表象批判賛同者の増減に関しては基本的に分が悪い戦いで、基本的に負け戦を強いられるものだなと見ていて思う。女性表象批判フェミニズムを敵視する人間の声が大きくなる風景がどんどん広がるばかりだ。嫌われるから批判をやめろという話ではない。嫌われるのだからこそ、理屈で負ける批判をしない事が大事だと思う。フェミニズムに興味のない人間にとっては、娯楽への批判なんてのは繰り返せば繰り返す程嫌われるものだ。いかに損害を出さずに負けるかという負け戦なのだと思う。今回の件がニュース番組新聞など今までに比べて大きくメディアで取り上げられているのは、今回の件が華々しい(無惨な)負け戦だからだ。フェミニズムを嫌う人間にとってはこれほど溜飲が下がる事はないであろうし、メディアフェミニズムが叩かれている所が人々の耳目を集める格好の餌だと分かっているから宇崎ちゃんラブライブ!アツギタイツとは比較にならない程大きく取り上げる。自分は今回のメディアの取り上げ方にも不信感というか、怒りというか、やるせなさというか、とにかくいやな気持がした。

 楊脩は”鶏肋”との言葉を聞いて「鶏のあばら骨は捨てるには惜しいが、食べても腹の足しになるほどの肉はついていない。この戦もそれと同じだ」と解釈して軍を撤退させた結果、曹操に首を切られた。私は自分を楊脩になぞらえるような真似をしたい訳ではないが、上記自分意見フェミニズムを支持する人から批判されるだろうと思うし、それは甘んじて受けるつもりだ。正直言って自分が正しいかどうか自信がない。でも、この表現をめぐる問題で一致が見られなくても、社会是正すべき女性差別があるという点で一致できれば連帯していく事が出来ると思う。もっと言えば、件の青識氏とおぎの議員に関しても、表現をめぐる問題議連批判する立場であっても、他の部分でこの社会女性差別があり、それは解消されるべきで、そのためなら議連とも連帯していきたいというメッセージがあるのであれば彼らを支持するのも全くやぶさかではないと思う。私が彼らを支持しないのは、差別是正して社会を良くしたいという動きに対して、方法論の違いで衝突しているのではなく、敵対者としてその理想のものを腐し足を引っ張る為に、自分が支持していない敵対者思想論理だけを借りて相手批判し、批判に使った論理の元の思想フェミニズム)が目指す理想のもの唾棄して見もしないような輩だと思うからだ。今回の件で彼らの影響力が増しても彼らはそれを上記女性差別の解消には向ける気はないだろうし、そんな人間フェミニズム論理フェミニズム議連批判し、そしてフェミニズムに興味のない人間からは彼らの方がよっぽどフェミニストだと思われるであろう現状が死ぬほど馬鹿馬鹿しい。

 山田太郎議員のようなオタクというアイデンティティナショナリズムのようにくすぐって、あおって、票にしていくスタイルは、おぎの議員の登場により今後アンチフェミニズムと結びついて、それだけでシングルイシューとしてオタクから票を集められるような政治勢力に発展していくのだろうなと思う。「フェミニズムから表現を守るオタクの会」なんて党が出来て議席を得るのも時間問題だろう。今後この問題アンチフェミニズム立場から定期的に引き合いに出されるだろうことも想像に難くない。Vtuberという若い文化が今後発展していけばいくほど、この文化若い人間が参加していけばいくほど、「フェミニズムとは僕たちが愛する文化排除しようとする敵なんだ」と先輩オタク達が後輩に囁く風景が見られることだろう。暗澹たる気持ちだ。どうしようもない負け戦だった。

2021-09-22

敵対者の住所を突き止めた知り合いの議員が居るのだが

何か変な事をするんじゃないかと内心冷や冷やしている

2021-09-04

anond:20210904141446

やまぬ雨はない。

そして、雨降って地固まるともいわれるものだ。

同じように増田永遠に続くレスバはない。

最初のうちはお互い熱が入っているが一晩寝ると大抵片方はどうでもよくなってくる。

さら局外者面白がって相手のふりをして書き込みをしてくることもある。

しか局外者局外者ゆえに当時の熱気や経緯を共有していない。この時点で既に連続性は途絶えているともいえる。

そうやって相手のふりをした書き込みは、ふりをされた人間にとってもその人間敵対者にとっても当惑的な内容になりがちだ。

ようするにとんちんかんなのだ。だからこのようにして水を差された時点で当事者はお互いに興ざめとなるか気勢をそがれてしまう。

そしてそのレスバツリーはついにそれ以上伸びなくなってうやむやに争いは終幕する。

それはまるで疑獄事件のよう(違うか)。

ところで知恵袋では回答や返信がついたことを知らせるアラート機能があってこれにより回答者質問者レスバトルが助長されている嫌いがある

増田にはトラバがついたことを知らせるアラート機能がない。もしも増田にこの機能があったらトラバ無限に続けられるという仕様もあってさらに泥沼化する傾向にあったことだろう。世の中よくできているものだ。

2021-08-30

anond:20210830105818

団体名が書いてあるとインパクトがあるな

敵対者の数の多さに脳が震える

2021-08-23

anond:20210823105548

やまぬ雨はない。

そして、雨降って地固まるともいわれるものだ。

同じように増田永遠に続くレスバはない。

最初のうちはお互い熱が入っているが一晩寝ると大抵片方はどうでもよくなってくる。

さら局外者面白がって相手のふりをして書き込みをしてくることもある。

しか局外者局外者ゆえに当時の熱気や経緯を共有していない。この時点で既に連続性は途絶えているともいえる。

そうやって相手のふりをした書き込みは、ふりをされた人間にとってもその人間敵対者にとっても当惑的な内容になりがちだ。

ようするにとんちんかんなのだ。だからこのようにして水を差された時点で当事者はお互いに興ざめとなるか気勢をそがれてしまう。

そしてそのレスバツリーはついにそれ以上伸びなくなってうやむやに争いは終幕する。

まるで疑獄事件のよう(違うか)。

ところで知恵袋では回答や返信がついたことを知らせるアラート機能があってこれにより回答者質問者レスバトルが助長されている嫌いがある

増田にはトラバがついたことを知らせるアラート機能がない。もしも増田にこの機能があったらトラバ無限に続けられるという仕様もあってさらに泥沼化する傾向にあったことだろう。世の中よくできているものだ。

2021-08-21

クボユウスケという人がマジですごい

 #kutooo 運動創始者である石川優実氏が、ここ最近ビジフェミ界の猛り狂う邪神と化しているのを知って以来、野次馬根性から彼女を観察するのをやめられなくなってしまった。「こうすれば炎上するに違いない」という打算と本物のヒステリックな怒りが入り混じった意味不明言動、そしてそれを用いた猛獣の如き全方位攻撃は“”社会運動“”の神輿にまつりあげられてしまった人間がどう壊れていくかの貴重なサンプルであり、ドキュメンタリック臨場感に溢れている。

 彼女はいわゆる“界隈の姫”であり、石川氏がレスバに興じるさいにはフェミニストを自認する大量の男性アカウントがわらわらと湧いてきて彼女援護射撃をしたり後ろから撃ち抜いたりしている。基本的男性男性であるというだけで異常に嫌悪し、「男は性欲のみを原動力とする恐ろしい化け物であるから彼らの娯楽は全て取り上げ檻にでも閉じ込めておかねばならない」と定義するツイッターフェミニズムを全面的肯定しているというだけでかなり歪な哲学を持っていることが自明だし、その上で「自分はそのような怪物ではなく、フェミニズムによって浄化され女性を敬うようになった解脱者だから大丈夫」とでも言いたげな彼らの姿勢を見ていると“名誉男性”ならぬ(ラディカルフミニズムにおける)“名誉女性”とでも呼びたくなってくる。

 その男擁護者たちの筆頭にクボユウスケ氏が存在する。

 彼はとてもすごい。

 クボ氏は石川氏と親しい間柄のようで、頻繁にリプライでやり取りしている姿を見ることができるし、ここでは特に言及しないが、石川氏のTwitterアカウント運営に携わっているらしいという疑惑さえ出てくるほど石川氏に近しい。


 では、彼の何がすごいか

 彼は人を苛立たせる才能にあまりにも長けているのだ。

 石川氏が誰かを燃やしたり逆に誰かに燃やされていると気づくや真っ先に駆けつけ、侮辱的な屁理屈を投げつけるのがクボ氏の仕事なのだが、その鋭さたるや並大抵のものではない。

 彼の言葉は、それを投げつけられた側がどうしてもカッとなって買い言葉をぶん投げてしまったり、なんか変な受け取られ方してると感じて誤解を解こうと一生懸命返信したりしたくなってしまう魔力に満ち満ちている。言い回しも刺々しく上から目線で、絶妙相手の話を聞かずに少しずつ論点をずらし、勝手に勝ち誇る。また石川シンパ以外のフェミニストにも積極的喧嘩を売ることで、人々の義憤喚起やす選民思想も鮮烈に見せつけていく。あまりに技巧的だ。

 そして彼が敵対者に貼り付けるレッテルもまた、非常に的確に反論をさそう「ズレ」で彩られており、本当に攻撃力が高い。

 まともな思考回路人間はたとえば「通り魔事件被害者を悼むサイレントデモ行為をなかば揶揄した形の支援金募集活動Twitter上ではじまる」→「この支援活動に金を落とした連中は全員アンチフェミオタクで声を上げる女性をおちょくりたいだけの粘着アンチなんだな!」という連想ゲームはできないし、ネタで思いつけたとしてもうっかりツイートしたりしない。むろん彼がこういうぶっ飛んだレッテル侮辱をするのはこれが初めてではない。

 いくらなんでもそんな喧嘩の売り方しちゃダメだろと思うようなやり口のさらに下を行く、侮辱とか以前にあまり倫理観に欠ける言葉ポンポン思い付きポンポン投擲できるのは間違いなく正常な精神に基づく行いではない。

 クボ氏自身存在それ自体もこの優れたヘイト管理能力の一部だ。彼のツイッターアカウントは、いわゆる“意識高い系アカウント”そのものの見てくれながら何をしている人なのか全くわからず、不気味さとあまり綺麗ではないビジネス臭いを放っている。これによりそういったもの本能的に嫌悪し警戒しがちな人間が多数を占めているアンチフェミ界隈の、クボ氏および彼の擁護するものたちへの対する怒りを更に煽ることができるのだ。Googleでクボユウスケを調べようとすると真っ先に「クボユウスケ 何者」と出てくるのが良い。「職業」とか「経歴」とかそういうのではなく「何者」というなんとも言い難い問い。まさしく彼の立ち振る舞いを見た多くの人が「何様なんだこいつ……(ドン引き)」と思ってきたことの証左であろう。

 ここまで読んで「こんな特徴を持つ石川親衛隊はいくらでもいるだろう、つーかだいたいそんな野郎ばっかりじゃんか」と思われる方もおられるだろう。確かにそれはそうなのだが。そうなのだが、だからこそトゥギャッターなどで彼がレスバをしている姿をきちんと見れば、他の騎士たち、そして何より石川氏の言動とも一線を画すクボ氏の横柄さ、異様さに圧倒されるはずである

 石川氏の“売り言葉”には、彼女の少々ゆがんだ価値観にもとづく失言鬱憤わがままや憤りなどが詰まっており、ある種の人間くささがきちんと感じられる。クボ氏以外の騎士団員の言葉もやはり、石川氏を思いやる気持ち純粋さ故の間違った怒りが彼らの人間性を照らし出しているのを見てとれる。

 翻ってクボ氏の発言を見てみると、彼はもしや人間を苛つかせるために開発されたAIなのかとさえ思えてくる。他の男性に見て取れる石川氏への媚びもほとんどなく、むしろ敵対者を的確に逆上させることで石川陣営とのレスバをさらヒートアップさせるための布石を丁寧に並べていることが多い。そこには彼の驕り高ぶりと“まちがったふぇみにずむ”のあまり恣意的すぎる印象が輝いているだけだ。機械的ですらある。なぜこんなに的確に人を怒らせ愕然とさせることができるのか。

 それは分からないが、一つだけ確かなのはクボユウスケ氏のようなヘイト発生装置エンジンとなっていなければ、石川氏は今のように暴走ロケットの如くブッ飛び続けることはできなかったであろうということだ。クボ氏がレッテル爆撃を行うことで呼応する様々な属性義憤を掘り起こし、それらすべてを自身およびフェミニズムに対する攻撃とみなして迎撃しようとする石川氏の狭量さと溢れる攻撃性が両輪となって“フェミニズム”を彼方まで運び去り続ける。

 ゆえにクボユウスケは#kutoo 運動における最大の功労者であり、拡散立役者でもあり、世間への浸透後の歪な軌跡の象徴とも言えるだろう。


追記:石川氏のことをラディカルフミニスト(女性を魅力的にとりあげたコンテンツエロであるか否かに関わらず全て地上から一掃しようとしていたり等するヤバいひとたち。いわゆる“フェミ”の内でも抜きん出てイカれている。思想的には現代のそれよりも過激カトリックイスラム教などに近い)であるかのように書いていたが、彼女はその陣営ではない。当人リベラルフェミニストだと思っておられるようだが、石川氏の行動は上野千鶴子氏などのそれとはいろんな方向であまり似通っていないので何と呼ぶべきなのかはよくわからない。間違えて書いちゃったのを思い出したので訂正しておきますすみませんでした。

2021-08-12

立憲支持者「候補者パワハラ疑惑デマ!」

山中 パワハラ デマ」辺りで検索すると恐ろしいものが見える

人権を重視する政党だけどリベラル論者のハラスメントは全部敵対者陰謀です、という姿勢かな

2021-07-19

anond:20210719160744

最近フェミニストも大変だよ〜

敵対者との闘いばかりじゃない

支持者同士の揉め事が増えちゃって板挟みなんだ

チェンソーマンの作者の読み切りが公開されたそうで、ツイッターのTLをにぎわせていた。

「すごい」「感動」「震えた」と絶賛の嵐なので、あまり気は進まなかったが職業柄もあり一応目を通しておこうかと読んでみたのだが、いまひとつぴんとこない。自分ももう歳ということだろうか。そもそもこの人の作品は、個人的にあまり好みではないのである

しか個人的に好みでないからといってそれで済ますのもなんなので、もうちょい反応を探ってみようかと検索して気づいた。

読み切りストーリーには京アニ放火事件を想起させるような不条理な展開がある。あの事件の時も、ずいぶんヒステリックな動揺があった。失ったものは戻らない。長く丁寧にバックボーンを描かれた主人公喪失感に読者はシンクロする。

要するに遠くの悲劇をあたかも自らのものとして嘆き、同じ感覚を持つもの同士でいたわりあうゲームが展開していたということであった。時期的に狙ってやっているのは間違いないし、目論見は見事に成功している。しかし何の参考にもならなかった。

まあなかには“異常者”を安易に悪として描く単純な構図に苦言を呈したりとかする者もいるだろうが、被害者とそれに寄り添う心清らかな人々の興を削ぐ敵対者の言説が聞く耳を持たれることはなかろう。そしてみな心行くまでカタルシスを味わったあとは、すっきりしていつもの日常に戻っていくのである

物語効用とはそういうしたものなのだ

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