「あさま山荘」を含む日記 RSS

はてなキーワード: あさま山荘とは

2019-07-20

新左翼科学哲学好きな人に『三体』を全力でオススメする

おい、そこのお前!あさま山荘事件が大好きすぎてカップヌードル食う度に機動隊気持ちになっているお前!なおかつ伊勢×戸田戸田×伊勢かで議論したい相手がいないお前!お前だ!お前に向かって俺は今書いてる!

『三体』だ!『三体』を買って読め!せめてKindle無料サンプルは落とせ!BGMRHYMESTERのThe X-Day無限リピートだ!

よし、Kindle無料サンプルは読んだか?読んでないよな。面倒くさいもんな。あんくらいWeb上で読めるようにしといてほしいよな。まあいい、せめてSpotifyRHYMESTERのThe X-Dayリピート状態にして以下の文章を読め!

『三体』は最高だ!一般的なあらすじは「文革物理学者の父を失った娘が云々」などとぬかしているが、無料サンプルで読めるその描写が最高であることはまったく紹介されていない。引用するぞ。

 シュプレヒコールがおさまるのを待って壇上に立つ男の紅衛兵の片方が批判対象をふりかえって言った。

「葉哲泰、おまえは力学専門家だ。自分がどれほど大きな合力に抵抗しているか、わかっているだろう。そうやって頑なな態度をとり続ければ、命を落とすだけだぞ! きょうは、前回の大会のつづきだ。くだらない話はもういい。次の質問に真面目に答えろ。六二年度から六五年度の基礎科目に、おまえは独断相対性理論を入れたな?」

相対性理論物理学古典理論だ。基礎科目でとりあげないわけにはいかないだろう」と葉哲泰。

「嘘をつけ!」そばにいた女の紅衛兵のひとりが荒々しい声で叫んだ。「アインシュタイン反動的学術権威だ。欲が深く、倫理に欠ける。アメリカ帝国主義のために原子爆弾をつくった男だ! 革命を起こす科学を築くためには、相対性理論代表される資産階級理論の黒旗(反動象徴)を打倒しなければならない!」

(中略)

「葉哲泰、これは言い逃れできないはずよ! あなたは何度も学生反動的コペンハーゲン解釈を撒き散らした!」

「それが実験結果もっとも符合する解釈であることは厳然たる事実だ」これだけ厳しい攻撃さらされても、葉哲泰の口調は落ち着き払っていた。紹琳はそれに驚き、畏れを抱いた。

「この解釈は、外部の観察者によって波動関数の収縮が引き起こされるというもの。これもまた、反動的唯心論の表れであって、その中でも、じっさいもっと厚顔無恥表現よ!」

思想実験を導くべきか、それとも実験思想を導くべきか?」葉哲泰がたずねた。突然の反撃に、批判者たちは一瞬、言葉をなくした。

「正しいマルクス主義思想科学実験を導くのが当然だ!」男の紅衛兵のひとりが言った。

「それは、正しい思想が天から降ってきたと言うに等しい。真理は実験によって見出されるという原理否定し、マルクス主義思想がどのようにして自然界を理解するかという原則に反している」

 紹琳とふたり大学生紅衛兵は、無言で同意するほかなかった。中学生労働者出身紅衛兵とは違って、彼らは論理否定することができなかった。しかし、附属中学の若き闘士たち四人は、反動分子を確実に攻め落とすための革命手段を実行した。

最高かよ!!! 時はあさま山荘事件の数年前だが、アカの本場中国でも似たようなどうしようもないことが起こっていたのだ!引用最後の部分で作者がたくみカメラワークを用いて批判者側の「論理の欠如」を指摘しているのがまた光り輝いている。そうなのだ。この手の議論には論理というものがまったく存在しない。あるのは連想ゲームだけなのだ(「物理学者のお前は自分がどれほど大きな合力に~」「アインシュタイン核兵器帝国主義=敵」)。あさま山荘事件でもそうであった。無色のリップクリームを塗ったことと、彼女が死ななければならないということの間にまったく論理的な関係存在しない(そもそも何かと誰かが死ぬということの間に論理関係が成り立ちうるのかという問題は置いておくとして)。そこにあるのは、「革命」や「自己批判」といったマジックワードを挟んだアクロバティックな地滑り連想ゲームだけである

しかし、しかである。われわれはそうした連想ゲームに時として身を委ねてしまう。どころかしばしば喜んでその中に身を投じさえする。あさま山荘の彼らが目指した「革命戦士」という存在にどうしてもワクワクしてしまうのは、そこからこれまでわれわれが目にした「革命」や「戦士」についての輝かしい言説やビジュアルがまさしく連想ゲーム的に引きずり出される快感にわれわれが抗えないかである

ベネディクト・アンダーソン国民国家を『想像の共同体』と呼んだ」と言われるとき、たいていアンダーソンが主張したかたことは無視されている。アンダーソンはこうも書いている。「国民国家は『想像の共同体であるからこそ強いのだ」と。どういうことか。例えばご近所たちは想像の共同体ではない。そこに想像力が働く余地はないからだ。近くてよく見えるがゆえに嫌いなところがよく見えてしまう。しか国民国家想像の共同体であるから、そうしたデメリット回避することができる。逆の意味で、人類もまた想像の共同体ではない。そこにもまた想像力は働かない。あまりに大きな対象であるがゆえに、想像することができないかである(それを想像できるように「地球市民」とかいろいろなレトリックが開発されては頓挫した歴史があるわけだ)。つまり国民国家想像するのに小さすぎも大きすぎもしないがゆえに、人間の持つ最も偉大な能力想像力創造力を刺激する存在であるがゆえに、これほど大きな存在になり得たのだ。世界大戦を二度経験して、戦後エコやらなんちゃらがあってメイクアメリカグレートアゲインな今、人類人類想像力対象にすべきであると誰も[誰?]がわかっているはずであるが、そうした方法は未だ見つかっていない。めっちゃナウい想像力を持ってそうなイスラム国ですら国を名乗る時代である

そうした状況にある人類に対して、「地球市民」としての自覚想像力を持たせるために一番手っ取り早い方法は、宇宙人に攻めてきてもらうことである映画インディペンデンス・デイ』があれだけ面白いのは、その「俺たち感」を徹底して純粋ものとして描けているからだ(もちろん「俺たち」と書いたようにそこから女性排除されているのだが、それもまた「俺たち」の盛り上がりを純化させるように働いている)。しかし、この方法には大きな問題がある。それはわれわれの知る限り宇宙人が当分の間攻めてきそうにないという点である。したがって二番目の方法が取られることになる。それが科学教育である。ひとりの神様とか王様の下で人類みんなが仲良くするのは無理だとわかったので、次は科学様の下で人類全員集合しましょう、というわけだ。まあ、承知のようにこの方法にもいろいろ問題はあるのだが、他に良さそうな方法もないので多くの人々からのんべんだらりと支持されているといってよい。

科学の持つ大きな問題として真っ先に挙げられるのが、それが神様よりも信頼可能か?というものだ。科学教の信者はそうだとなんの疑問も持たずに答え、異教徒たちはおらが村の神様の方が偉いと主張する。そこを調停するのが科学哲学者の役割ひとつであったが、どっちつかずとして双方の陣営から攻撃されるため調停役に名乗りを上げる科学哲学者はほぼ絶滅している。

(注:ネタバレ防止のため人名固有名アルファベットに置換している)

「Aくん、きみは仕事範囲を逸脱しかけている」Bが首を振りながら言った。「研究理論的なものだけに絞るべきだ。こんなに手間をかける必要が本当にあるのか?」

「Bさん、この実験は、大きな発見につながる可能性があるんです」とAは懇願した。「実験絶対必要です、とにかく、一回だけやらせてください。おねがいします」

「B、一度だけやらせてみたらどうかな?」Cが言った。「オペレーションはそれほど大きな手間でもなさそうだし。送信後、エコーが帰ってくるのに要する時間は――」

「十分、十五分だろう」Bが言った。

「だったらXシステム送信モードから受信モードに切り替える時間もちょうどある」

 Bがまた首を振った。「技術的にもオペレーション的にも造作ないことはわかっている。しかし、C、きみはどうも……、この手のことには鈍感みたいだな。赤い太陽に向かって超強力な電波送信するんだぞ。こういう実験政治的にどう解釈されるか、考えてみたことは?」

AとCは、どちらも茫然としたが、Bの反対理由荒唐無稽だとは思わなかった。逆に、自分たちがその可能性を考えもしなかったことにぞっとしたのである

 この時代、すべてのもの政治的意味を見出す風潮は、不合理なレベルまで達していた。紅衛兵は、隊列を組んで歩く際は左折のみ許され、右折は禁止された。信号機は、赤が進めで、青が止まれでなければならないと提案されたこともある(周恩来首相却下されたが)。

(中略)

そういう風潮に鑑み、これまでAが研究報告を提出する際は、Bが必ず綿密な査読を行っていた。とくに、太陽に関する記述は、専門用語であっても、くりかえし吟味し、政治的危険がないように修正した。たとえば、“太陽黒点”という言葉使用が禁じられた。太陽に向かって強力な電波送信するという実験については、もちろん、千通りのポジティブ解釈可能だが、たったひとつネガティブ解釈がなされるだけで、関係者全員が政治的な災難に見舞われるにじゅうぶんだった。Bが実験要請を拒絶する理由は、たしか反駁のしようがなかった。

イアン・ハッキングがイヤンと言いそうなくらいむき出しの「科学社会的構成である!ここでも論理連想ゲームに膝を屈している。このことを中国特殊ものだと考えるのは科学教の信者である。似たようなことはどこの国でも多かれ少なかれ起こっている(また国家がくくりとして出てきてしまった!)。STAP細胞論理を飛び越えればどんなものまでが「発見」されてしまうるか、という好例であろう。それでも科学教の信者は言うだろう。「STAP細胞は誤りであることがわかった!これこそが科学勝利ではないか!」と。残念ながら科学はそんな単純なものではない。たとえばケプラー理論はそれ以前の理論よりシンプルでもなければ正確でもなかった。そのあたりのことはスティーブン・ワインバーグ『科学の発見』に詳しく書いてある。「それでもわれわれは今はケプラー理論が正しいということを知っている!これが科学進歩だ!」という主張は残念ながらワインバーグとは仲良くなれるが歴史学者から異端扱いされるだろう。このワインバーグの本は、「ノーベル賞物理学者科学歴史について論じたら歴史学者から攻撃を食らった」というそれじたいSFガジェットとして出てきそうなシロモノなのだが、けしてトンデモ本でなくワインバーグ確信犯的にその地雷を踏んでいる。非常に面白い本なので『三体』を読んだあとにはぜひこの本を読んでほしい。『三体』に出てくる宇宙物理学理解の助けにもなるし。

話がそれた。『三体』である。まあ、歴史学者から異端扱いされようが科学者は科学者でやっているのである。……本当に?「科学をする」とはどういうことか説明できるひとは今のところ地球上に存在しない。どころか説明できるひとが今後現れる可能性もまた科学哲学者によってほとんど否定されていると言ってよい。では科学者は何をやっているのか?われわれのような皮肉屋に言わせれば「教義精緻化とその確認作業」とでも言い捨てられるだろうが、『三体』はそこに真摯に向き合っている。どころか、その先までをも作品の中に織り込んでいる。ネタバレになるので詳しくは話せないが、科学を「打倒する」ことを本気で考えてみた人はいるだろうか?いないだろう。『三体』はそれを本気で考えている。誰がなんのためにそんなことをし、さらにそれに抗うには何をするべきかを描いている。そしてその描き方がまた最高なのである。作中、ある「組織」が出てくるのだが、それがまたなんとも、「アカい」のである。もちろんそれは最初引用で出てきたような無知蒙昧なアカさではない。連想ゲームではなく論理によって貫かれた「アカさ」というものがあるとしたら、こういうものだろうという迫力がある。

作中にこういうセリフがある。「中国では、どんなにすばらしい超越的な思想もぽとりと地に落ちてしまう。現実という重力場が強すぎるんだ」と。これはおそらく作者の嘆きでもあろう。その重力場から逃れるために、作者はこれを書いたのだと思う。中国現実の重みは、隣にいるわれわれも知るところだろう。この作品は、その中国現実の重みを、実に力強く脱出していると思う。それがこの文章で伝わったかどうかは甚だ心もとないが、一人でも多くの、未だ北田暁大先生Twitterの件に心の整理がつけられていない人々が、『三体』を手にとってくれるよう望む。

2019-07-10

anond:20190710002547

昭和犯罪者アカのやつらのことや

あさま山荘?とか

駅の白黒の指名手配者とかとも繋がっとるんやろ

まれる前のことやしわからんけど、パッパがゴミムシみたいに言うから怖いわ

2019-01-05

あさま山荘

映画見てるけど、この人たちって今で言う中二病っぽい

ってのとITうぇうぇい言ってる連中と似た雰囲気に見えた

2018-09-11

anond:20180911214648

俺は次のあさま山荘がいつ起きるのか少しワクワクしながら経緯を見守ってる

2018-05-18

「怖い人たちが暴れているから、社会運動怖いと思う人がいたら、残念だな。」と反差別の人がツイートしてたけど、

そんなのあさま山荘やスト権ストのころからそうじゃないの?

当時を知る人がはてなにいるとは思えないが。

2018-02-04

なぜわたモテはこんなにも尊いのか、それを考える日々(2/7追記しました)

俺はゆりもこ派、

より正確に言えば

ゆりもこを成立させる

黒木智子となかまたち」

ゆり、もこ、吉田さん、まこ)

尊い派なんだ。

推ししんどい

つづいさん?へーって思ってたけどそれが今はよく分かる。

ページを捲る手がしんどい

というか、ページを捲る手を想像することすらしんどい

推し尊いというか、推し尊い様態を成立させている場が尊い

これはなんで尊いのか、

って時々考えるわ。

ゆりもこは打ち上げ会(後日談

ピークだ、

そういう意見をよく見る。

かに「まとまり」的な意味ではあれでいっちょ上がりかもしれない。

しかし俺は、

もここみゆう絶対的絆を、

ネモクロの運命をみてきたからこそ、

声を大にして「黒木智子となかまたち」が尊い

そういいたい。

つかの間の運命が終わると、

そこには「世界」が広がっていた・・・

しかしなおも「黒木智子となかまたち」は続く。

そんな感じが尊いんだな。

わたモテは、人類絶滅して20000年くらい経って、

宇宙人地球が来た時にほんとうの意味で託す作品

そう思うわ。

<h3>o- ****秘技コメント全返し*****</h3>

>>はややーよりはややー

はややーってなんだよ!!

>>うちもこ派だが気持ちは同じだ。だけど(ここからうちもこ語り)、うちもこにはまだまだ先がある。他のヒロイン比較して「好きな人いる」とまでの自覚さがあるのは、大きなリードだと思う。

性癖こそ違えど、志は同じだな。

うちもこがあるからこそゆりもこが光るし、ゆりもこがあるからこそうちもこが輝く。

そういう話だよな。

>>お、同志よ 俺もゆりもこ派だ 早くもこっちはゆりちゃんをあだ名で呼んで、修学旅行以前の表情豊かなゆりちゃんに戻してほしい このままだとゆりドンと握撃が止まらない|12巻発売前なのに知ったかする奴来たな

同志だな。俺的には、ゆりドンから尊さが増したと思う。

ももこっちはゆりちゃんをあだなで呼ばないほうが尊いのではないか?とも思う。

そこは意見の違いだな。

あさま山荘みたいな話だわ。

>>ガチ目の社交不安障害漫画から3学年目でこうなってるっていうのがいろいろすごいよね

あの時期があったからこそ今の尊さが有るよね。

しょっぱなからいまのをみせられても、?だと思うわ。

>>ほんとネット大人

見とけよ

>>ネモクロ派だけどどの関係尊いしんどい。初期のもこっちは良かれと思ってやったことが全部裏目に出てたけど、今は奇行が良い方向に転んでて読んでるだけで多幸感が凄い。凄い。

俺はゆりもこ派だがわかるよ。「多幸感」わかるよわかるよ。

わたモテという場全体が尊いしんどいよな。

もうなんか、キャラがいて、なんか喋って・・・尊いしんどい。みたいな。

増田ばっかりかいている俺みたいなのにも誰しも有る数ヶ月の尊い日々、

そういうのがギュッとつまってると思うわ。

>>レズは全てを浄化するからな。これだけ政治的に正しくなった社会でこの期に及んでまだ男が好きな女って意味わかんない

しかにそうだな。男は男と、女は女と恋愛するのがいいみたいなことを漫画キャラが言っている画像を見たことが有るが、一理あるわ。

まあ俺は黒木智子となかまたちは少年愛だという持論があるが。

>> ネット大人気は大抵なんJ大人気の言い換えだからな。それで売れてるんなら良いけど、わたモテ売れてるって話あんま聞かんのよな。アニメ化で以前の数分の1位しか売れてないって聞いた時可哀想だったな。

スレふたばでも爆発的な人気・・・って

ネットのコアな部分で、って事実は変わらんか。

でも、それでもいい。黒木智子となかまたちの尊い関係が続いていけるならそれでいい。

そう思える。

>>ネモモコトリックネモモコトリック

内さんいらないって

>>キャラが絡むだけでもはや面白い

これは本質的コメント

ゆりちゃんと岡田が絡んだらどうなるんだろう?

そういうゾクゾク感があるよな。

似たような雰囲気生徒会役員共でも感じたが、

こっちの方がほんきでやってる感ある。

>>(わたモテってどっちだ、どっちの話だ)というところからいつも始まる

それが増田を伸ばす原動力成る。そういうことだ。

>>作品としてはアニメ化以降の方が遥かに面白くなっていると聞く。

増田嘘つかず。8巻からまれよ。

2017-12-12

研究室内でハブられてて精神ヤバい

これはフィクションです.実在人物団体などとは関係ありません.

今,大学院研究室にいるんだけどハブられてるっぽい.なんとなくそれに気づいたのは向かいの席の奴が急によそよそしくなったこと.以前に一度いじめを受けているので知っているが,これは黄色信号.だいたいいじめとかって中核にいる奴と傍観している奴の2通りいて,向かいの奴は性格的に傍観しているタイプ.中核にいる奴らが陰口叩いているところを見て自分に矛先が向かないように保身のために無視し始めたりハブり始めたりする.今回は多分,中核にいる奴らがある程度大人なので,本人の目の前であからさまにハブいたりしていない.なのであまり気づかなかったが,傍観している奴があまりにも不器用であからさまな態度とってきたのでわかった.そんでもって今日陰口叩かれているのを聞いて中核にいる奴が判った.

で,今2つの意味ヤバい

1つは研究室内の同期が1人が数ヶ月前に中退たこと.彼は元々態度に問題があったため研究室内での評判が悪かった.で,まあありがちな話ではあるが,結束を高めるためのターゲットとなり,めでたくハブられて病んでしまってやめてしまった.特に彼と親しかったわけでもないが,陰口叩かれているのを見ててなんとなく居心地の悪さを実感していた.訳あって研究室内でちょっと外れているのがのが俺なので,次ターゲットにされるのは自分だなとちょっと思っていた.多分これから激化するだろうなということでヤバい

もう1つは俺が今,うつ病真っ盛りってこと.これとは別件で文字通り布団から出られなくなって病院行ってうつ病であることが分かってた.正直言ってこの件のせいでパフォーマンスがだだ下がりしてる.進捗がヤバい自殺願望はないが,研究室行くのがちょっとつらくなってきている.幸い,別のコミュニティにも参加しているので,そっちに逃げることでなんとかなるかもしれない.

で,感想なんだけど.人間誰しも合う合わないあるし,人間まれ一枚岩にはどうしたってなれない.そんなことは百も承知である.でも人の悪口を共有し始めると上記のようなことが起きるんだなあ,みんなそこまで他人に興味があるんだなあなどと思ってしまった.

こっから妄想.この状況で思い出したのが若松孝二の「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」.ここで描かれているような分派は言ってみれば人間の本性なんじゃなかろうか.研究室は言ってみれば研究内容で分かれたセクトなのかもしれない.当然その中は一枚岩たり得ないし,その中で不満が生まれるのもある程度は仕方のない.でも勘違いした連中が不満のない仲良しクラブを作りたがって枠に当てはまらない人を暗黙のうちに「総括」して,だから彼は研究室内で「敗北死」したんじゃないかな.決して死人が出たわけじゃないけど,なんかそう思った.

ああ,ここまで書いてて思ったが,やっぱり病んでるな,自分.全部被害妄想で,本当は誰も自分のことハブたりしてないじゃなかろうか.たまたまタイミングが悪かったりしただけなんじゃないだろうか.そう思いたい.大体,赤軍研究室を結びつけている時点でどうかしている.端的に言って頭おかしい.人間社会に向いてない気がしてきた.

訳が分からなくなってきた.

明日病院行ってきます

2017-09-23

70年代日本って本当に日本なの?

wikipediaで調べ物をしてるうちに何故か70年代事件のページに迷い込んでしまい、幾つか読んでしまったんだけど怖すぎる。

あさま山荘とかよど号ぐらいは知ってたけど、中隊規模の武装テロ集団機動隊がぶつかり合ったり爆破したりって西部警察じゃねーんだぞ。

朝霞自衛官殺害事件(1971)

幹部自衛官制服着ただけで侵入されたのもアホかと思うが、そもそも自衛官を襲って武器を奪うって発想がヤバい

連続企業爆破事件(1974)

神社本庁爆破事件(1977)

三菱三井帝人鹿島といった企業を爆破とかこれ本当にドラマじゃないの?と思ったが神社本庁まで標的とか本気すぎでしょ。

八鹿高校事件(1974)

政治的には社会党共産党対立があるようだけど、むしろ怖いのはこれだけの大事件を警察は見て見ぬ振り、マスコミは(すぐに)報じず。闇が深すぎる。

東京高裁長官乱入事件(1974)

東京高裁判事襲撃事件(1976)

いずれも狭山事件絡み。気に入らない判決が出たら襲撃って法治国家を何だと思ってるんだ。

東峰十字路事件(1971)

芝山町長宅前臨時派出所襲撃事件(1977)

成田空港管制塔占拠事件(1978)

成田関係東峰十字路事件とか完全に戦争だし、派出所襲撃とか文字通りテロだし、管制塔占拠とかなろう小説じゃねーんだぞ。



こんなのが終戦直後のドサクサでもなく、当時産まれた人がまだ生きてるぐらいに近い時代出来事って信じられる?

毎年のようにこんな事件が当たり前のように起きてたらそりゃ感覚は鈍ると思うが、当時の人はよく明日死ぬ不安を抱かずにいられたな。

こういうの、ちゃんと教科書に書いて近現代史として教えなきゃ駄目じゃないの?

右とか左とか興味なかったけど右傾化してるって言ってる人達が正しいのはよく分かった。

左寄り過ぎてこんな世紀末な状況なら、せめて中央寄りにしなきゃダメでしょ。

2017-08-10

からも助けてくれないかブサヨに走ったのか

なるほど~あさま山荘

2015-10-13

左翼臭さを感じさせる記事

exciteニュース記事について。

"43年間サバイバル生活"という単語に興味を持って開いた記事だが、左翼臭がして調べたらそうでしたというお話

「43年間サバイバル生活洞窟おじさん」注目すべき意外なポイント

ttp://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20151013/E1444675485206.html

最初違和感を感じたのは「戦争が終わったことに気付かずにジャングルにずっと潜伏していた日本兵とは大きく異なる。」と書かれていたところ。

なんでここでこの文を入れる必要があるんだろうという疑問と、書き方に思いがにじみ出ていた点で引っかかった。

戦後も何十年と潜伏していた人の話を対比のために出すのはいいんだけども、なくても違和感なく文章はつながる。

まぁ確かに他の事例を混ぜて深み(何て言えばいいのかわからない)を出すのは良いと思うんだけども、本来そういうのって絶対悪でない限り中立的に書くべきものだと思う。

それなのに「戦争が終わったことに気付かずに」という書き方をしていて、嫌悪感というかネガティブな印象を感じた。

そもそも戦争が終わったことに気付かなかったんではなくて、終わったと信じ込まなかったという話だったはずで。

その人のことをまともに調べたことのない俺でも知っている事を、ライターをやるような、話を引っ張り出すような人が知らないわけがない。

とすると、軍への忠誠心からくる行動を「気付かず」に置き換えた点で、"軍"というくくりに嫌悪感を持っているんじゃないのかと考えるに至ったわけだ。

さて、そんな感じで左翼臭いなこのライターとか思ってたら、「戦後復興東京オリンピック新幹線あさま山荘事件ディスコブーム、」とかい単語が出てきたわけだ。

戦後復興から高度成長」という点で例を出すのはいいんだけど、あさま山荘とか経済なの?ディスコ経済と言うにはちょっと違わないか?とか更に思いが強くなった。

で、この人の記事を見ると

株価経済成長幸せへの道でしょうか。半市場経済生き方ってなんだ」

同時多発テロから14年…イスラム教徒に対する偏見はどうなっているのか『日本の中でイスラム教を信じる』」

過労死ラインを超える企業が7割という実情『ルポ 過労社会』」

あぁ、やっぱりってね。

てかなんだよ「大変化時期」って。

そんな言い方聞いたことないぞ。脱字かね。

まぁ何が言いたいかというと、本のレビューとして書いているだけなんだから中立姿勢コメント入れればいれろよっていう。

思想を込めた文章ブロマガとかでやれよっていう。

でもどちらかに傾けた方が、同じ思想を持つ読者が付きやすいんだろうね。

2015-01-22

例の件で思い出したけど

あさま山荘の時に警察の制止を無視して特攻して殺された民間人いたね。

2013-05-02

有名はてなユーザーメモ

id:y_arim

自分の抱えるある問題が本質的には『自分ナードかつウィンプであること』に由来する、というのをある程度理解しつつも

それを抜け出すような選択が出来ない層(→要は、勇気がないんでしょ?)」

の心情を(かなり極端な形で)代表しているので、この層から常に支持がある。

あとは、そういう男の子が好きな女性からも。

id:ohnosakiko

精神分析好きのフェミニストしかし自身が「社会派フェミニスト」と呼ぶものとは距離を置いているようだ。

主張はうまく飲み込めないけど、

動物行動学的な意味合いでの「性」から人間社会逃げられないよ、という感じ……なのかなあ?

そういうエントリーを書いてはフェミニストからディスられ、

たまにフェミニストと共闘できそうなエントリを書くとヤフコメ臭の漂う男にディスられる忙しい人である。不幸だ。

また、「左派インテリ男性」にあまり厳しくないフェミニストは珍しいので、

必然的に取り巻きが増え、まとめて大野組などと呼ばれてディスられる。不幸だ。

id:hokusyu

はてなで最も戦闘的な左翼の一人。政治的な論争では常に攻撃的だ。

はてサ」が嫌いな人には、筆頭のような扱いで疎まれている。

Twitterアイコン暴力ポルノだったりするような(ある意味で)自傷的な姿勢からすると、

自分語りを増やせば「ありむー萌え」みたいなそれがこの人に起こってもおかしくないかなあ……

と一瞬思ったけど、やっぱりそれは無いような気もする。

何が違うんだろう?

攻撃的でも愛されるタイプの人って、どことなくヤケっぱちな姿勢があるよね。y_arimにはそれがある。

id:font-da

ずっと、本名本田さんだからfont-daなんだろうなあと思い込んでいました。fort-daか!

id:BUNTEN

自称極左……なんだけど、政治的な論争にあまり積極的に絡まないため、

はてサ」について言及される時でも大体無視されていてちょっと哀れ。

「妻にDVで逃げられたワープア」というアイデンティファイを何度も繰り返しているが、

これにはどういう意味合いがあるのだろう。

流石にこの属性を愛してくれる人なんかいないんだから無視されるのもしょうがないよ……

と思いつつも自分結構好き。

はてな村随一のynabe39フリークでもある。

id:kokorosha

常に懐疑的立場からライフハック(に絡めたジョーク)を書いている人、という印象がある。

ナード/ジョックの構図では明らかにナード側の人なんだけど、

ジョック論理を(後天的に)身につけてそれなりに対応できる、という点でナードを拗らせたクネクネ民とは大きく違うという気がする。

政治社会問題にはほとんど首を突っ込まないが、明らかにニヒリズムが伺える。

はてな戦闘的な思想家を疎んじている人々(=「ノンポリは体制」という言葉でディスられる人々)」は潜在的にはかなりいるはずで、

こういう姿勢も広く支持を集める要因なんじゃないかなあ。

id:jt_noSke

UO廃人になった結果、大学留年したことがある。

id:fromdusktildawn

マッチョ/ウィンプの構図を意識しつつ、明確にマッチョ寄りのライフハックを書いている。

もちろんウィンプからの反感はかなりあって、ことあるごとに叩かれている。

実はid:kokorosha姿勢が似ているんじゃないかと思っている。

id:kokoroshaがあまり叩かれないのは、自分さらけ出す(正確には、さらけ出しているように演出する)ことで、

リスクを取って喋っている」感が読者に伝わるからかなあ。

あと、ビジネスエリートであるという自己演出をする/しないの違いもあるか。

要するに「僕は君たちサイドの人ですよ~」っていう布石を打つか打たないかっていうのは

読者の反応を決定的に変えるのかな。

ところで、当初はなんでも相対化する人という印象だったので、id:ululunの人とはしごたん絡みの騒動で怒っていたのは少し驚いた。

同じメタと相対化を繰り返すタイプの人でも、ビジネス寄りの人とアカデミズム寄りの人は全然違うんだなあとか考えたり。

id:Paris713

アセクシャルを名乗る女性

フェミニズムに対してやや懐疑的エントリをしばしば書いて、微かな反発を受けていたのが記憶に残る。

最近は書いてないようだけれど、もう少しあなたの文章を読んでみたいです。ねえ、id:ohnosakikoさん?

id:asami81

薄く保守的感覚を持っていて、ややマッチョ寄りの思考をする人。つまり一般人

不幸なことにはてなでは異物であるため、結婚観についてのディスり合いに巻き込まれたことがある。

id:Midas

はてなで起こった政治的な論争を「あさま山荘的な何か」と位置づけ、

自分はそこから外れた存在である自己演出することで、一定の地位を得ている。

「今世紀はライフスタイルに基づく人種間対立の時代」という言葉が私の頭のなかをぐるぐる回っています

id:tomo-moon

id:takisawaみたいな人とは完璧に相性悪いのに(どちらも潔癖なタイプで、かつ方向性が決定的にズレている)

なんで仲良くできるんだろう、不思議だなと思いつつもほっこりしていたら喧嘩別れした。


もっと書けそうだけど、疲れたので寝ます

追記

ち、違うねん!

最初に30人くらい思い浮かべて、昔のことを先に書こうかなとか思ってただけなんです!

それと、paris713さんとohnosakikoさんが同じ人だって言ってるんじゃなくて、

いつも大野さんがエントリに真っ先に理解を示してたなあとか思い出したのです。

改めて読み返すと確かに今更感がすごい……

2012-04-04

思想にもブームがあるよな

第2次大戦とき右翼思想ブームは1945年の敗戦を期に、

次の左翼思想ブームは1972年のあさま山荘、山岳ベース事件を期に終わってるように見える。

歴史を見ても、右翼思想の隆盛と左翼思想の隆盛は交互にきている気がする。

今は移民問題イスラム問題のせいで世界的に右翼思想ブームかもな。

日本でもレイシスト的な中韓叩きとか、自衛隊礼賛が一定の支持を集めるので比較右翼思想の方がブームだろうね。

でもさ、ブームにある思想ってその思想のせいで急進的になった連中がなんかやらかしちゃうんだよね。

それでその思想が後退し始めると。

なんか思想のサイクルって30年位ごとに交代されるからさ、

左翼思想が隆盛になったネットっていうのを一度見てみたい。

今のネット中韓叩きや自衛隊礼賛ってどうなるんだろう?馬鹿にされるのかな?

それとも思っても見なかったことで昔の奴って馬鹿だよな~って叩かれるのかな?

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん