「公共の福祉」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 公共の福祉とは

2019-04-12

現在ジェンダーバイアスがかかっていて規制されるべき作品を教えて

無くせと言うからには今現在ジェンダーバイアスがかかり世に流通させるべきでない公共の福祉に反する邪悪漫画があるんだろ。

それを具体的に挙げてくれよ。それをしないかバイアス意味がどうだのなんて無意味言葉遊びなっちゃうんだよ。

2019-04-09

景観保護表現の自由否定しない。

芦屋市日本一厳しい景観条例施行、「営業自由」より「景観」が優先される?

https://www.bengo4.com/c_1018/n_4863/

兵庫県芦屋市で、屋上広告全面禁止し、看板の色や大きさを厳しく規制する「屋外広告物条例」が7月1日施行された。広告制限で有名な京都市を上回る規制もあり、「日本一の厳しさ」などと報道され、話題になっている。

「実際に、今回の芦屋市景観条例や、これまで一番厳しいといわれていた京都市景観条例についても、『憲法違反である』という声が目立つという状況にはありません。

それは、景観条例による広告規制営業自由憲法22条)などが制約されるにしても、市民の良好な景観を求める利益を守るための条例なので、『公共の福祉憲法13条、22条など)による制約としてやむをえない』という見方一般的になっているからだと考えられます

また、憲法上の人権の中でも、営業自由などいわゆる『経済的自由』と呼ばれる権利は、他の種類の人権精神的自由生存権など)と衝突する場面では、ある程度制約されてもやむを得ないという考え方があります

このように、景観条例による広告物の制約については、国民市民に広く支持される状態になってきているように思われます

俺は景観政策・・・国土交通省景観行政団体を支持する。

景観保護はゾーニングと思えばいい。

自分敷地内で外から見えないようになら好きに家も看板電柱さえも好きに建ってていいだろうが。

見たくもない人に対しても見せて表現の自由にはならないと思うよ。

俺はエロ漫画を好んで読むけどフィクションフィクションとして自宅で読んでいるだけだしね。

ま、俺自身ゴミなんで景観が汚くてもまあ良いとしても問題はこれからを生きていく子どもたちだな。

せめて良好な環境で育って欲しい。

2019-03-17

anond:20190317081534

麻薬及び向精神薬取締法 第一条 

この法律は、麻薬及び向精神薬の輸入、輸出、製造、製剤、譲渡し等について必要取締りを行うとともに、麻薬中毒者について必要医療を行う等の措置を講ずること等により、麻薬及び向精神薬濫用による保健衛生上の危害を防止し、もつ公共の福祉の増進を図ることを目的とする。

たいていの法律は、第一条にその法律が何のために作られたか?が書いてあるよ。

まり麻薬をやると危ないと言う風に立法当時(昭和28年)は考えられていたわけだ。

2019-03-07

anond:20190306224134

結婚」を私的ものと考えるか公的ものと考えるか、その点がそもそも批判者/被批判者の間で共有されていないのが原因だよね。両者は同じ「結婚」という言葉を使いながら、全然違う話をしている。

結婚私的ものだ」派

相手自分も「わたしであることを前提に、その結びつきが結婚であり結婚生活である。従って、「わたしであることを装ったり「わたし」らしくないことを【私的ものである結婚】に対してハードルとするのはおかしい。私的結婚では「わたし」が受け入れられることが前提で、それをおかしいと批判するものおかしい。

結婚公的ものだ」派

もともと別々の人間であるあなたわたし」の結びつきである結婚は、人間同士が出会い関係する「社会」の最小単位であり、「社会」に参与するに際して個人の「わたし」の自由が「公共の福祉に反しない限り」という制限を設けられるのは当然であるパーティーにおけるドレスコードのように、その場に参与する人間がその場から利益を得るつもりならその場のコードに協力するのは義務であって、それ無しに利益だけを得ようとするのはフリーライドに過ぎない。服装だけでなく心構えも含めて、それは同じであり、【公的ものである結婚】に際して「わたし」を主張するようなまねをするのは控えめにいって常識に欠けている。

たとえて言えば私的な「まかない飯」の心得(手軽で安くうまければ文句なし)と公的な「レストランディナー」(状況を踏まえ食べる人に最大の満足感を)でのマナーとを、「同じ料理から!」という理由で(しかも違うものだとの認識も無しに!)その優劣を比較してるようなもんだよ。そんなん話合うわけないでしょ。「それ全然違う話ですよね?」ってこと。

でもって、最初ブログ立場である結婚相談所」がどういうものかつーと明らかに私的結婚から縁遠い人が利用する公的サービス」、つまりレストランへの案内所なんだよね。だから、そこに来る人の世話人が「ちゃんとした(この場合公的な)服装で臨まないと楽しめませんよ」「公的な場に私的ものを持ち込んで食事に集中しないのはおかしいよ」と注意するのは当たり前だし、レストラン利用者への注意として全く正しい。そして、自分とこのレストランでなくてもその心構えは有効だし、何なら人の家に呼ばれたという程度のプチ公的ときにも有効アドバイスだよね。

それに対して最初増田は「飯を食うのにそんなめんどくさいのとかおかしくね! 傷ついた!」みたいに鼻息荒くつっかかったわけで、それに対して「だからさー」とか「そういうとこだぞ?」的なツッコミが入んのは当たり前です。この件に関しては、元のブログ大人対応で「うんうん、自分ちで食べる私的ご飯に向けて言ったんじゃなかったんだよ?ごめんね?」みたいな、ものすご大人対応で幕を引いたのでこれ以上長引かせるのも意味ないけど、個人的には最初増田記事ものすごく失礼な一件だと思ってる。

物事分析的に捉えることができる増田なら、もう一度そういう視点で一連の流れを追ってみることをおすすめするよ。

anond:20190307120058

規定されているわけがないよ

でも規制派はその「規定されてない権利」を侵害されたからという理由表現の自由憲法第21条)を捨てよ、

それが「公共の福祉」だ、と言ってるわけだ。

anond:20190307115550

そりゃ「生存権」という最も重い人権同士のコンフリクトからだろ

レベル感を考慮してない議論だともっと極端な例が出てくる。

例えば「私(ら)が不快だ(=「好きなものだけ見て快適に生きる権利」を侵害した)から死ね」とかね。表現規制派とかはそういう意味で「公共の福祉」を使ってる

anond:20190307115109

ひとりの人権他者大多数の人権を侵す恐れがある時に調整するのが「公共の福祉

ひとりの人権他者人権を侵す恐れがある時に調整するのが「公共の福祉」って認識で合ってる?

2019-03-06

anond:20190305234125

表現の自由っていうのはねぇ、「公共の福祉」に反さない限り認められるんだよ。

民主主義の根幹たる表現の自由が万人に与えられていること、これに勝る「公共の福祉」などない。

ましてやただ「不快だ」というだけで他人人権を踏みつぶそうとする者のお気持ちなど。

不快だ」と感じる人がたくさんいるとしたら、その人たちに見える場所表現するのはやめましょうねってことになるんじゃないかな?

かつてナチ時代ドイツでは共産党員ユダヤ人を「不快だ」という理由排除したが、お前はそれに倣うのか?

不快表現であっても表現の自由は揺るがない。

不快表現だ」と切り捨てていって何の進歩議論があるのか。切り捨てられる表現が増え、しまいには何も残らなくなるだけ。


嫌なら見るな、は通用しないよ。だってポスターは多くの人に見てもらうためのものからね。わかったかな?

なるほど、であるならあらゆるポスターを「私が不快である」という理由排除していいことになるなぁ?

実際にはそんなことはない。不快に思った時点でお前は対象外だ。

2019-03-05

anond:20190305234926

そういう主張は当然可能であり、同時にそういう主張をする者が本当に公共の福祉を害しているか証明を求められる

当然のことではあるな

anond:20190304092856

表現の自由っていうのはねぇ、「公共の福祉」に反さない限り認められるんだよ。

不快だ」と感じる人がたくさんいるとしたら、その人たちに見える場所表現するのはやめましょうねってことになるんじゃないかな?

嫌なら見るな、は通用しないよ。だってポスターは多くの人に見てもらうためのものからね。わかったかな?

2019-03-04

anond:20190304105324

少なくとも、根拠一つない個人お気持ちが「公共の福祉」であったことなど全くないし、これからもないであろう。

増田人権人権言ってる話があったから、「公共の福祉に反するんじゃん?」って思ったんだよ。

あれ?でも「公共の福祉」って昔社会科で習ったけど、具体的にどういう意味だったっけなってWiki見に行ったんだ。

だって適当言葉使ったら、その言葉は正しくない!って噛みつかれるからー)

そしたら、

公共の福祉意味については、争いがある。

公共の福祉

って書いてあって更に混乱してしまった。

理解するのにしばらくかかりそう。

2019-03-03

表現の自由戦士公共の福祉

オタク人達にはロリエロマンガ等のコンテンツを作る・見る自由がある一方で、そのようなコンテンツを見たくないと言っている人にも基本的人権はある。

その両者のバランスを調整するために公共の福祉があるわけでしょ?

だったらその『公共の福祉によるバランスの落とし所はどの辺が妥当だと考えられるか』って話ができる表現の自由戦士の人っていないの?

2019-03-01

anond:20190301232723

別にそれは自由だろ

「その表現公共の福祉に反していて規制をかけるべきか否か」が毎回争点になるだけであって

anond:20190301153714

公共の福祉」とは私企業一方的に、民主的手続きを経ずに決めるもんだという法があったの?

そして法で認められてる以上の表現規制をしてるやつに対してはどう言い訳するの?

俺言ってるのは常にそういう人々だけど

2019-02-27

anond:20190227233602

公共の福祉充実して国民全員に住居の支給欲しい

公務員宿舎は不平等

管理されてる綺麗な国民と、野放し状態の無法民族くらい違う

2019-02-22

日本人ならいつでも海外へ行ける。諦めるのはまだ早い。

地球の全てが居場所だ。好きにしろ

 

日本国憲法第22条

何人も、公共の福祉に反しない限り、居住移転及び職業選択の自由を有する。

何人も、外国移住し、又は国籍離脱する自由を侵されない。

2019-02-08

anond:20190207004137

児童相談所 拉致 静岡市」などと検索すれば、当事者(親)が発信する記事を閲覧することができる。Twitter実名発信すら行っている。

彼らの主張と、裁判所認定事実とを対比しながら読めば、恐ろしさが伝わってくると思われる。

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損害賠償請求事件

東京地方裁判所平成21年(ワ)第25349号

平成25年8月29日民事第44部判決

口頭弁論終結日 平成25年4月25日

       判   決

(第1,第2 省略)

第3 争点に対する判断

1 認定事実

 前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)本件小学校入学前後の経緯

ア 原告Q1は,原告Q2及びQ9との同居を始めた平成19年2月頃,Q9が時間を守らないこと,嘘をつくことを矯正させる必要があると考えて,原告Q2との間でQ9へのしつけの方法について話合い,その結果として,原告らは,Q9が小学校入学した同年4月頃から,Q9が上記の点について原告らの口頭での指導を守らなかった場合には体罰を与えることとした。

 原告らの体罰は,当初は頭を軽く叩く程度であり,その後顔を平手打ちするようになり,同年6月頃からは,Q9に木製の子ども用バットを持ってこさせて,臀部をバットで叩くことなどがあった。

(甲4,75,原告Q1本人)

イ(ア)Q9の所属するクラス担任であるQ12教諭は,平成19年4月頃,Q9の顔に痣があったこから,その痣について聞いたところ,Q9は,タンスの角にぶつけたと述べた。Q12教諭は,その後,Q9の顔の別の位置に痣があることを発見した。

 Q12教諭は,同年5月下旬頃,Q9が忘れ物をして登校してきたため,どうしたら忘れ物をしないようにできるか尋ねたところ,Q9は泣き出して,自分学校の支度をしていることのほか,原告Q1は殴るので恐いこと,原告Q2はQ9を守ってくれなくなり,原告Q1と一緒に怒ってばかりいるが,以前はそうではなかったことなどを述べた。そこで,Q12教諭は,Q9に対し,先生はいつも君の味方であり,先生が守ってあげるなどと述べた。

 原告らは,同月31日,本件小学校担任教諭保護者との間での連絡帳に,Q9から先生が守ってあげるという発言があったと聞いたが,その発言真意確認を求める旨の記載をした。

(イ)本件小学校のQ13教頭は,同年6月5日,原告ら宅を訪れ,原告らと面談した。その際,Q13教頭は,虐待の疑いがある場合についても適切な対応をとる必要がある旨述べ,原告らは,今までQ9はしつけを行われずに育ってきており,Q9を良くするのは今しかないこと,しつけの方針として,悪いことをしたら殴ること,虐待を疑っていることは理解していることなどを述べ,Q12教諭上記(ア)の発言について,Q12教諭からの直接の謝罪要求した。これを受け,Q13教頭は,一旦本件小学校に戻り,Q12教諭と共に再度原告ら宅を訪れ,Q12教諭上記(ア)の発言について,誤解を招く発言であったとして謝罪した。

 Q9は,同日以降,Q12教諭に対し,先生が来てくれてから殴られなくなったと述べた。

(ウ)Q9は,同年6月29日,右大腿部,右肩に赤色の跡があり,Q12教諭が,Q9がプールに入る際にその跡について聞いたところ,Q9は,原告Q2から叩かれたと述べた。

 また,Q9は,同年7月2日,右目の下部に痣があり,Q12教諭からその痣について聞かれたところ,原告Q2に殴られたと述べたが,Q13教頭からその痣について聞かれた際には,Q9は転んで怪我をしたと述べた。そこで,同日,Q13教頭原告ら宅に架電したところ,原告Q2は,Q9が2日続けて許せない嘘をついたこから原告Q2が殴った,私も人間から感情的になると述べた。

 原告Q1は,同月3日,本件小学校架電し,Q13教頭に対し,原告らは冷静にQ9をしかっていること,同じ状況であれば原告Q1であっても殴っているはずであり,原告Q2も同じ方針であることなどを述べた。これに対し,Q13教頭は,殴らないで育てることをまず考えるべきであるなどと述べた。

(エ)Q12教諭は,同月4日,原告から,本件小学校教育方針等についての意見記載された手紙が送付されたため,同日午後3時頃,原告ら宅を訪問した。その際,原告ら及びQ12教諭居間にいて会話をしていたところ,原告Q2は,一旦居間を離れてQ9の部屋に行き,Q9を叩き,居間に戻ってきた際に,「今私,Q9のこと,叩きましたから,守って下さい。叩きました。嘘ついたから。」などと述べた。

 その後,本件小学校のQ14校長教務主任及び生徒指導主任原告ら宅を訪れ,原告Q1から学校で行う教育と家庭で行う教育区別をしたガイドラインを示してほしいという要望があったため,Q14校長ガイドラインを示す旨述べて,同日午後8時30分頃にQ14校長らは原告ら宅を離れた。

(甲11,17,18,乙ろ2の12,乙ろ15,証人Q13)

(2)本件一時保護に関する経緯

ア Q14校長は,同月6日,静岡市教育委員会に対し,前記(1)イの経緯を報告した。静岡市教育委員会は,同月10日,静岡市α区の要保護児童対策地域協議会児童福祉法25条の2参照)の定例実務者会議において,Q9を要保護児童として提示し,Q13教頭が前記(1)イの経緯をまとめた報告書(乙ろ2の12の1ないし6丁)を提出した。上記会議に出席した静岡市児童相談所の所員は,同日,本件小学校に対し,Q9は保護を要する児童であるため,今後Q9に痣等があった場合には児童相談所に通告するように指示した。

イ Q9は,同月13日の登校の際,左顎及び左目下部に痣があり,Q14校長がその痣について聞いたところ,Q9は,嘘をついたことを原告Q1に怒られて殴られたと述べた。そこで,同日「Q14校長は,静岡市児童相談所架電してQ9について通告した。また,同日のプールの授業の際,Q9の大腿部及び背中に痣があることが確認された。

 静岡市児童相談所は,同日,上記通告を受け,子ども虐待対応の手引き(平成19年1月23日付け雇児総発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知。乙ろ2の10)及び静岡県中央児童相談所作成家族支援ガイドブック(乙ろ2の11)に基づき,上記アの会議に参加していた所員等による緊急受理会議を開催し,Q9に行うべき支援及び援助の内容を判断するための虐待処遇アセスメント指標(乙ろ2の6)で判定をしたところ,虐待の程度は,5段階の上から2番目(打撲,広範囲の軽外傷等)であり,調査格付は,生命を脅かす(又は高い可能性がある。)状態として,直ちに立入調査を行うこととなる「R-1」と判定された。また,静岡市児童相談所のQ15主任主事ケースワーカー)等の所員3名が,本件小学校に立入調査をして,Q9の顔から足にかけて痣があることを確認し,Q9に聞き取りをしたところ,Q9は,原告からは,Q9が時間を守らないという理由毎日殴られること,原告Q2の方が多く殴ること,原告Q1からおもちゃバットでいろいろなところを殴られ,原告Q1から殴られた際に血が出たことがあることなどを述べた。静岡市児童相談所は,上記立入調査をした所員からの報告を受け,上記虐待処遇アセスメント指標及び所員の合議に基づき判定をしたところ,Q9の支援・援助格付は,直ちに一時保護必要となる「AA」と判定された。

 静岡市児童相談所長は,Q9に痣があり,Q9も原告から殴られていることを認めたこと,本件小学校から家庭訪問をした後も原告から虐待継続していることが確認できたことに基づき,Q9を一時保護し(本件一時保護),その後に原告ら宅に架電し,原告らに対して本件一時保護したことを告げた。

 Q9は,同日,静岡市静岡病院のQ16医師の診断を受けたが,同医師作成診断書には,「全身に打撲によると思われる皮下出血を認める」として,〔1〕両下眼瞼,〔2〕左顎部,〔3〕右肩甲骨上,〔4〕左大腿背側,〔5〕右下腿膝下部前面及び〔6〕両殿部について,「いずれも鈍器,または靴による打撲跡と考えられる」,「上記外傷について全治一週間と診断する」との記載がある。

 静岡市児童相談所は,同日,静岡県中央児童相談所の一時保護施設にQ9の一時保護委託した。

(甲11,乙ろ2の4ないし6・12,乙ろ15,16,乙は3の1・2,証人Q17,証人Q13)

(3)本件一時保護開始後の経緯

ア 原告らと静岡市児童相談所は,本件一時保護が開始された平成19年7月13日以降,電話等でやり取りをしたが,次のとおり,原告らは,Q9に対する体罰虐待ではなく,親である原告らの意思無視して本件一時保護継続することは不当であるとの意見を繰り返し述べた。

 原告Q1は,同月20日,静岡市児童相談所のQ15主任主事との電話で,虐待はしていない旨述べ,暴行肯定されると考えているかとの質問に対して「ええ,肯定されますよ。当たり前じゃないですか」「一時的感情だとかそんなことで虐待を繰り返してきているわけじゃないんだ」,「責任ある体罰っていうのだってあるんだ」などと述べ,静岡市児童相談所のQ18統括主幹との電話で,同月27日,「Q9をおたくらに任せますけど,やつが20歳ぐらいになったときにまともな,私らが考えているような大人になってなかったら,抹殺しますんで。おたくらも含めてよ。」,同月30日,「子どもがこう,おれらの考えてたとおりに教育できなくなったときに,おまえらどういう責任とる。とらなかったときは,おまえ,リンチしてもいいか」,同年8月1日,「根本からお前らの育て方とか教育論が間違ってるのに,何で間違ってる奴らと俺らが話し合わなきゃいけないんだよ。」などと述べた。また,原告Q2は,同年7月23日,Q18統括主幹との電話で,「私達は少なくとも体罰体罰だって考えてるんですね。私の思う虐待と言うのは自分憂さ晴らしですね。」,「体罰っていうのは暴力とは違う」などと述べた。

 静岡市児童相談所のQ19主任主事心理士)及びQ15主任主事は,同月20日から同年8月31日まで,一時保護施設を訪れてQ9と面談,行動観察,心理テスト等を行った。Q9は,同月8日以降の面接で,原告らと会いたくなく,施設から帰りたくない旨訴えた。Q19主任主事は,Q9について,同年9月20日開催の静岡市健康福祉審議会児童福祉専門分科会児童処遇審査部会に「現段階では,本児の家庭に対する拒否感が強く,両親と距離を置き,守られた環境下で,本児の話に耳を傾け,個別には母性的で受容的な対応が望まれる。」,「これまでの養育環境により本児の情緒面での成長が阻害されてきた結果が示されており,今後,両親の養育態度に改善が望めないようであれば,家庭との分離はやむを得ず,児童養護施設への入所が適当であると考える。」との心理診断の結果を提出した。同部会では,Q9の入所措置承認を求める申立てを行うことに異議は出なかった。

 静岡市児童相談所のQ20所長は,上記原告らの発言心理診断の結果及び上記部会の結果を踏まえ,原告らによる暴力継続される可能性が高く,Q9も帰宅拒否していることから児童養護施設への入所が適当であるとして,同年9月25日,入所措置承認を求める申立て(本件申立て)をした。

(甲11,14,乙ろ7の1ないし7)

イ 原告らは,同年9月28日,静岡市児童相談所を訪れ,Q20所長,Q17参事平成20年4月1日に静岡市児童相談所長となった。以下「Q17」という。)等の所員と面談した。この面談の際,Q20所長らは,本件一時保護の経緯や,Q9については児童虐待防止法2条1号所定の暴行が行われたもの判断していると説明したが,原告らは,「体罰虐待はこれ別物ですから」,「しつけの段階で,あざができるほどたたかなきゃいけなかった」などと述べてQ9の返還を求め,静岡市児童相談所はこれに応じなかった。

(甲9,10,乙ろ7の10)

ウ Q20所長ら及び原告Q1は,本件承認審判及び本件勧告がされた後である平成19年12月21日,静岡市児童相談所面談した。原告Q1は,本件承認審判の「二度と虐待に該当するような体罰をさせない」という文言から虐待に及ばない体罰については容認されたもの解釈している,体罰主体にしない努力はするが,目的によっては必要なこともあるなどと述べたのに対し,Q20所長は,しつけ自体否定するわけではないが,体罰を伴うしつけは子ども心理的な影響があり好ましくない,本件勧告を受けて,静岡市児童相談所から原告らに対する指導方法について年明けに提案する旨述べた。また,原告Q1が,原告らがQ9の通学している安西小学校に面会等を申入れることは問題となるか確認したのに対し,Q20所長は,今の状態だと問題となる旨述べた。

 静岡市児童相談所は,平成20年1月頃,上記提案として,Q9と原告らの家族統合に向けた「ご両親への支援プログラム」(以下「支援プログラム」という。)を作成した。支援プログラムでは,〔1〕目標は,「Q9君が安心して生活できるような家庭づくり。」であり,〔2〕方法として,原告らが静岡市児童相談所を訪れ、概ね1か月に1回2時間程度を目安に面接実施し,面接以外にも課題の提出をお願いすることがあること,〔3〕2月から3月頃にQ9の気持ち確認し,写真ビデオレターなどを通した親子交流を始めること,〔4〕Q9が原告らに会いたいという気持ち確認し,5月から6月に児童相談所内で原告らとQ9との面会を実施し,6月から7月初旬に親子での外出を実施すること,〔5〕面会・外出時の親子の様子,Q9からの外泊希望確認し,児童相談所所員による家庭訪問実施した後,7月初めに家庭への外泊を開始すること,〔6〕外泊が繰り返される中で,良好な親子関係が認められ,引取り後の支援のあり方について共通理解が得られれば,家庭引取りとなることが記載されている。

 Q20所長ら及び原告Q1は,同年1月11日,静岡市児童相談所面談した。静岡市児童相談所のQ21心理士支援プログラムについて説明するなどしたところ,原告Q1は,支援プログラムは本件勧告無視したものである原告らは体罰をしているのであって虐待暴力ではない,一時保護自体間違っている,おれは日常生活の中で普通にやっていく中で必要であれば絶対体罰は使う,まずはQ9を帰してもらいたいなどと述べた。そこで,Q20所長は,再度提案をする旨述べた。 

 Q20所長ら及び原告Q1は,同月24日,静岡市児童相談所面談した。Q17が,本件勧告に基づいてQ9を帰宅させるためには,虐待に該当するような体罰はしないことが条件になる旨述べたところ,原告Q1は,裁判所原告らが虐待をしていないと認めており,Q9をすぐに返してもらった上で静岡市児童相談所による指導を受けるというのが原告らとして譲歩案の全てである静岡市児童相談所原告らの意見を聞かずに一方的な主張をしているなどと述べた。

(甲9,10,乙ろ5の2,乙ろ7の11・12)

エ Q9は,平成19年12月31日,静岡ホームで転倒して頭を打ち,CT検査をしたが,脳に異常は認められず,頭部挫傷と診断された。

 静岡市児童相談所は,原告らに対し,上記転倒事故を通知せず,原告らは,平成20年3月7日に静岡市個人情報保護条例に基づき開示を受けた文書により,上記転倒事故の発生を認識した。

(乙ろ1)

オ 原告Q2は,同年2月1日,静岡市児童相談所に対し,Q9の毎日の詳しい言動や様子を報告しない理由等の回答を求める質問状を送付した。また,原告らは,同月8日,静岡市児童相談所を訪れ,本件抗告棄却決定に対して特別抗告申し立てた旨伝えるとともに,親権行使するとして,Q9の毎日の一時保護施設及び小学校での言動を報告することを求めた。さらに,原告Q1は,一時保護期間の7か月でQ9の身長が2.4センチメートル体重が1キログラムしか増えていないという理由で,Q9への精神安定剤等の投与を疑

2019-01-10

anond:20190110130950

お前、議論本質を分かってないな。

KKO問題ロリコンLGBTフェミオタクも全部「公共の福祉」という名前天王山を取り合ってるんだぞ?

「ある権利を認める」ということは「ある権利を抑圧する」ということで、それを可能にする唯一の錦の御旗が「公共の福祉」。

表現の自由を抑圧する権利を認めない」のも「公共の福祉」。

LGBT婚姻制度恩恵を受けてはいけない」のも「公共の福祉」。

「誰かを傷つける恐れのある表現は許されない」のも「公共の福祉」。

全部目指してるのは「公共の福祉」を自分色に染め上げることなんだよ。

公共の福祉」は変動する。それを分かってないようだ。

anond:20190110130950

人口を増やすことが公共の福祉につながるので、LGBTは性の在り方として認めない、って言われたらどう答える?

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