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はてなキーワード: 公共の福祉とは

2022-07-03

anond:20220703121605

言い換えたところで全く意味通じないよね。

表現物を出すときには「公共の福祉」に配慮しなければいけない」という

独自ルールが増えただけだし。

anond:20220703121348

どう読んでも公共コード=公共の福祉やろ。どんだけ悪意で文脈読めなくなってんのよ

じゃあ大真面目に公共の福祉表現の自由の話をするよ

公共の福祉とは

公共の福祉とは、原則として権利利益同士が対立した時にそれを調整するためのものだ。

ここで問題になるのは『権利利益同士』であることだ。決して権利を超えた❝公共の福祉❞があるわけではない。それでは結局、『権利を超えたもの理由にすればいくらでも人権を制約できる』ということになり、「日本臣民法律範囲内ニ於テ」権利を有していた大日本帝国憲法と何ら変わらないことになってしまう。

具体例~公共の福祉表現の自由

表現出版の自由公共の福祉によって制約された例としては、『ジャニーズ追っかけマップ裁判』というのがある。

かつて出版社が『ジャニーズ追っかけマップ』という書籍を出しており、そこにはジャニーズメンバーに会える場所としてスタジオなどの場所の他に自宅の最寄り駅、自宅の住所、電話番号といった個人情報掲載されていた。

このことについてジャニーズメンバーが『プライバシー権利侵害』として訴えたことに対し、出版社は『表現出版の自由』を主張した。

そして最終的に『ジャニーズメンバーのような社会的影響力のある芸能人プライバシー権利は著しく制約されるが、それでも自宅で静穏に過ごす権利は認められるから自宅の住所と電話番号は削除するべき。それ以外については出版社表現出版権利を認め、出版自体は認められる』という判決が出た。

公共の福祉刑法175条

[刑法 第百七十五条]

わいせつ文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。

電気通信送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。

わいせつ文書、図画を作ったり売ったりすると罪になるということは大抵の人が知っている。だが、この法律が何を目的にしているのかは案外と知られていない。

刑法のこの条文が保護しているのは、性的な物を見たくない人の権利……ではない。

では何を保護しているか、というと。判例上は”最低限の性道徳である。(この解釈については流石に時代錯誤を指摘する声は複数あるし、増田おかしいと思うが前提として現時点ではそうなっている)

わいせつ図画の判例では比較的有名な(高校公民教科書にも載っているかもしれない)チャタレー事件で「社会の平均ではなく、あくまで最低限」という解釈が出され、、四畳半襖の下張事件で「その時代に合わせた性道徳」を基準にすることになった。

フェミニズムに基づく創作物規制正当化されるか

当然ながら、『私はこの創作物を見て不快になりました』を主張する権利は当然にある。

あるいは、「萌え絵性犯罪と地続き」と主張するのは自由だ。現在法律上、誰かの権利侵害しているという扱いにはならない。

同様に、「日本画は戦争と地続き」だろうが「彫刻殺人と地続き」だろうが「洋画差別と地続き」だろうが”萌え絵日本画、彫刻洋画”といった抽象的なジャンルならば誰かの権利侵害しているという扱いにはならない。

ただし当然ながら、『その主張はおかしい』と批判する自由もある。

一方で、業務(※なお、刑法における”業務”とは「社会生活上、何度も繰り返して行われる事項」のことをいう。だから自動車で人を轢き殺してしまった場合プライベート運転していた場合でも業務上過失致死罪になる)

制作している特定作品について「この絵は性犯罪と地続き」や「このvtuber性犯罪を誘発する」のような発言ならば、その明確な根拠が示されない限りは偽計業務妨害罪が成立し得る。(実際に起訴されて有罪判決が出るかは分からない)

さて、フェミニストが主張するような創作物規制広告規制を行うとするならば、それは当然に『表現の自由』に対抗できるだけの権利利益が無いといけない。

なのでひとまず増田が思いつくものを挙げてみよう。

1.公共の場所で不快になる広告を見たくない権利

似たような『市営地下鉄不快になる広告放送を聞きたくない権利』を主張したとらわれの聴衆裁判で、『聞きたくない音によって心の静穏を害されることは、プライバシー利益と考えられるが、本来プライバシー公共の場所においてはその保護希薄とならざるをえず、受忍すべき範囲が広くなることを免れない。一般公共の場所にあっては、本件のような放送プライバシー侵害問題を生ずるものとは考えられない』という裁判官の補足意見がついている。

見たくない権利も同様だ。公共の場所ではむしろ受忍すべき範囲が広くなる。

2.女性尊厳

女性』には人権はない。これは何も「女性は二等市民からフルスペック人権は認められない」という意味ではない。人権があるのは個々の人物であって、『女性』という抽象的な存在の集団的人権は認められないという話だ。同様に「日本人は殺人狂だ」だろうが「在日朝鮮人人間のクズだ」だろうが「同性愛者は生産性がない」だろうが、現在のところ法律には触れない。

3.そもそも不快にされない幸福追求権

そもそも表現に限らず自由権の本質は『他者不快にして我慢させる権利』なのであり、「近所にユダヤ人が住んでいて不快です幸福追求権の侵害ですbyネオナチ」や「聞きたくもない韓国音楽を聞かされて不快ですby在特会員」や「『男と寝るように女と寝る者は殺されるべき』と書いてある旧約聖書不快ですby同性愛者」は配慮されないし、配慮されるべきではない。

将来、脳波脳内物質から人の現在感情を読み取る技術さらに発達し、「黒人を見ると気分が著しく落ち込み半日動けなくなるのですbyKKKメンバー」を同意の上で検査した結果、脳波脳内物質うつと同様のパターンになっていて主張が事実であることが判明したとしても同様に配慮されないし、配慮されるべきではない。増田はそれを自明のことである確信する。

4.『男性中心社会』を脱却するための平等権

萌え絵やそれを含めた女性アイキャッチャーにする広告現在男性中心社会を拡大再生産する」というモデルのもの小宮友根氏や牟田和恵氏によっていくつか提唱されている。だが、それだけだ。

現実には男性中心社会を拡大再生産するもの候補萌え絵広告以外にも『周囲の保守的な親戚・教員・友人などから意見』『私企業採用活動実態』『女性向け創作物刷り込み』など無数にある。

その中から広告効果無視できないほど大きい」こと、および「それを打ち消す手段が他に存在せず、禁止以外の手段がない」ことが証明されない限りは規制されるべきではない。

なぜならば経済的自由権金銭補償可能であるが、表現や内心といった精神的自由権規制しようという動き自体が萎縮効果を生むため、より慎重になるべきだからだ。

以上のように、今フェミニストが主張しているような創作物規制は『公共の福祉』の観点からは成立しないと考える。

anond:20220702142927

2022-07-02

anond:20220702142927

近年でも例えば中国共産党によるゲーム規制という名の当局から圧力は、基準曖昧で結局のところ年配の党員たちが考える正義のようなふわふわした概念による裁量的な制裁にほかならず、そういった不透明ものが絶大な影響力をもって蔓延ることで業界自体が萎縮し明確で建設的な筋道が示されないままゲーム会社への新規ライセンス発行が止まる(ゲーム製作販売免許制であるということ自体非自由主義国家の異様さを示す重大な注目点だが)ことで数万社が倒産したという事態に陥っていることを思うと、リバタリアンいや自由主義者が訴える「裁量よりルール」の重要性が分かることだろう

自分はヴァに釣られてきただけの横増なので公共の福祉なんたらの話はまったく追っていないが

その公共の福祉というのはひょっとして中国共産党圧力をかけているような「同性愛者や男の娘みたいな性的倒錯ゲームで描くな、偉人女体化するな」みたいな、頭が時代に追いつけない為政者偏屈にすぎない、過剰反応にすぎないものになっていく危険性を孕んでいないかよく考えてほしい。公共の福祉という題目で、価値観自然な変化を阻害していないか商業文化的交流障害点を老人たちが作り出して若者の足を引っ張っていないか。変化を恐れすぎることは人類にとってマイナスの側面が強いということが想像できる人とできない人がいることは仕方がないのかもしれないが、恐怖に支配されず本当に排斥するに値するものなのかを冷静に考えられる人が増えて欲しい。

anond:20220702140822

公共の福祉という言葉を使うならそれに反しているか判断するのはフェミでは無いというのを理解しているのかと言いたくなるけどね

anond:20220702121319

こういう無責任リヴァタリアンの自由論って公共の福祉ちゃん理解してんのかみたいなのばっかやな

2022-06-30

なんではてな左翼ってこんなにスルー力ないの?

君たちがスルーしてれば少なくともはてな民赤松健発言なんか読まないのに。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/KenAkamatsu/status/1542366137979400193

実際、はてな左翼の人しかはてブしてないしね。

学校裏サイトでのいじめを見たような嫌な気分になるわ。

tekitou-manga ディストピア実現しようとする党の尖兵ディストピア煽りで票集めとか地獄感ぱねぇぞ。オラわくわくしてこねえだ

warp9 表現の自由と言いつつ、規制側で立候補する意味は?俺には理解できない。

nowa_s ネットは広大だからTwitter辺りではイラストけが表現物」で、表現の自由対象だと思ってた人もいた。そういう人にとっては、例えば批判言論表現じゃないんだよね。赤松候補がそのレベルじゃないといいけど 表現の自由

Arturo_Ui それ保坂展人枝野幸男の前で言える? マジレス

tokatongtong で例えば 「ぶっかけられた精液で全身ドロドロな、化け物レベルに胸強調された少女体型の童顔女性」みたいな表紙絵の同人誌があるんですが、そのような表現物の無制限公共露出についても守るべきとお考えですか?

2022/06/30 リンク

haruyato 赤松支持者の大半が表現不自由展を批判していそうなのがなにより怖ろしい。赤松本人に表現不自由展への意見を誰か聞いてくれ。

2022/06/30 リンク yellowyellowyellowyellowyellowyellowyellowyellow

yabusaki アトムやり玉に挙がった1955年悪書追放政府が先に動きだしたとも言われていて、当時の政府与党自民党前身日本民主党自由党。「中から変える」ができるほど聞く耳を持ってるなら入る必要もないのでは

2022/06/30 リンク yellowyellow

cj3029412 何ひとつわかっていない……「一切の表現の自由を守る」とか。

2022/06/30 リンク yellowyellowyellowyellow 1 clicks

haniwa 赤松さんが言うからにはこの国ではそれが信実なんだよ。逆らう人間現実が見えてない。そういう国なんだ。

izure この人の街頭演説野次ったら、安倍晋三の時みたいに警察排除されたりするのかな。

BigHopeClasic 刑事裁判で国と戦った伊藤整澁澤龍彦の墓前でそれ言ってどうぞ 憲法

cartman0 いい加減、公共の福祉にも触れればええのに

cha9 表現の自由戦士自民党候補投票するディストピアを超える場面って歴史上そうそうないと思うやで。あ、年代最後2019年山田太郎規制寝返り出馬2022年アカ松健カン違い出馬が抜けてる。自民規制派だから規制歴史がまた1頁…

tobalno1 これらの批判が全部難癖で表現の自由は全てに勝るって言うなら、選挙カーコンビニエロ本の表紙印刷して走ってみてほしいわ。別に自分漫画エロいコマでもいいけど。

meowcatwings 「『一切の表現の自由』を守る」というのは、ゾーニングレーティング撤廃したいということなのだろうか。 考える

hitoyasuhitoyasu 自民党Twitter

demakirai Twitterは140文字まで投稿できるんですけども、冒頭20文字ちょいですぐバレる嘘つくのやめてもらえます

grdgs いや君や山田を含め表自戦士が、いつでもどこでもエロ表現の自由しか興味ないことはわかりきっているのだが。はてなの表自戦士も、市民から企業への批判は悪だとして、言論の自由を抑え込むのに躍起だし。

urandom たぶん極端に視野が狭いか、何が表現で何がそうでないかを判定する目線から一切の表現の自由を守る(!)というすごい言い切りができるんだろうなあ。頼むから表現の自由という用語を使わずやってほしいなあ。

yas-mal

2022/06/30

cinefuk 2002年のビューティ・ヘア事件松文館裁判)の契機となったのは自民党平沢勝栄」によるもの。今まで「自民党を内部から変える」と主張した人で、改革成功した人は存在しない https://www.amazon.co.jp/gp/aw/cr/486086011X 表現規制 自民党

mn36555023 とりあえず 赤松健

2022-06-28

anond:20220628163621

行き過ぎた表現の自由なんてもの存在しない

日本国憲法二十一

一項、集会結社及び言論出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

「一切の表現自由は、これを保証する」ってある以上、少なくとも今の日本に行きすぎた表現の自由存在し得ない。

公共の福祉を挙げるやつもいるだろうけどただこれは他人人権を侵す人権制限されうるっていうもので、雑に語れば人権同士の矛盾を発生させないためのものから

行きすぎた表現の自由なんて言ってるやつは行きすぎた生存権とか言い出してもおかしくないなw

anond:20220628091815

日本国憲法12

この憲法国民保障する自由及び権利は、国民不断努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

2022-06-18

反出生主義・性的同意AEDについて

俺は反出生主思想開陳するのが大好きで、中でもTea Consentと絡めた「生誕のプロセスには生まれてくる子供自身意思が一切介在していないので、泥酔レイプと似たようなもんであり、大変まずい」という論が好きなんですよ

一応言っておくと、俺は泥酔レイプ正当化するために生殖批判してるんではなく、本当に心から泥酔レイプダメだと判断できる論理性があるなら生殖なんかできねえはずだろ!と思っている

紅茶の例えでいうなら、子供は眠ってすらいなくて、存在していない状態なのに、生まれから毎日ずっと紅茶を飲まされることを決められてるようなもんで、……まあこの話はいいや

 

ただ、最近話題AEDで思い出したんだけど、AEDも本人の同意がないって意味では同じようなもんなんだよな

普通発作で死にたくないだろ!みたいな反論をしたくもなるんだが、それはあくまで「普通」の話であって、「発作で死にたい」「絶対に体に電流を流したくない」「AED使用のために服をはだけられるのは死ぬより苦痛だ」みたいな人がいる可能性は否定できない

発作で死にてえなら街に出るな、家で死ね/お前普段電気信号で動いてんだから一緒だろ/じゃあ服にでもそう書いとけ!

と思うんだけど、そんなこと言っちゃうと、本質的強姦魔強産魔と同じ主張をすることになってしまう気がする

そうなんだ

思想一貫性を保つためには、俺は同意なきAED使用否定しないといけない

「"普通に考えて"AED使われるより放置されて死ぬ方がいいなんて奴はいない」「いたとしても、圧倒的に数が少ないんだから公共の福祉を重視してバンバン使っていくべきだ」

この理屈採用すると、特に反出生主義を同意の有無方面アプローチで主張するのが結構キツくなってしま

本丸・ベネターさんはまったく別のアプローチでやってんだから別にいいといえばいいんだけど、俺は、誰にでも分かりやすくて否定しにくいTea Consentがそのまま生殖に刺さるという構図が大好きだから、生誕に同意ねえじゃん問題をできるだけ擦っていきたいんだよな

なんか、うまいこと、AED肯定して生殖否定できる理屈ってねえかなあ

2022-05-18

anond:20220518172515

いや納税だって財産権侵害ではあるけど公共の福祉のために許容されているにすぎないだろ。

2022-05-16

から見た男女平等とはどういう事か

男性に限る」「女性に限る」と言うことが無い状態。現状では男性制度的に排除されていることはあってもその逆は無いので、女性加害者であると言う意味において男女平等ではない。

まり結果の平等は求めていないし、求めるべきでもないと思っている。男女の格差制度的な悪意設計によるものではなく、単純に女の不適合さによるものだと見なしている。

女の不適合さは最終的には「産む性である」と言うことに帰結するが、当たり前の話だが男性は「それは別に俺のせいでは無いし」と考えている。基本はこういう考え方だ。ただしそこから対応は分かれる。

第一障害者保護するように女を保護するのを受け入れようとする考え。女性性を障害と見なす考えだ。

第二はそれは生まれつきのものであるし、多数派女性多数派であるがゆえに障害者ではないので、女性性を能力(の欠如)と見なす考え。究極、嫌ならば子宮をとっちゃえばいいのに、と言う考えである

いずれにしても女性被害者とみなし、「男はゲタを履かされている論」はかなり限界に来ている。フェミニズム理屈事実そのままではなく、単に女性の劣等性と女性自尊心を両立するためのプロパガンダに過ぎないと男性気づきつつあるからだ。

基本、他のありとあらゆる能力は生まれつきの要因に起因し、それらが肯定されているのに、なぜ女性性のみを生まれつきの能力として扱えないのか、実はアプリオリ根拠はない。自分たち公共の福祉から受益をしながら、別の弱者公共の福祉への負担胎児など)に対しては女性拒否するのであれば、女性障碍者と見なす「優しい女性容認主義」も存立を危うくするだろう。

フェミが無理やり生き残ろうとして色んな方向どころか女性にすら迷惑かけてるあたり、フェミニスト禁止っていうのは将来的に公共の福祉に照らし合わせれば合憲になりそう。

2022-05-12

anond:20220512181947

統計があるんならガイドラインなんて温いことやらずに

公共の福祉に反するともっと真っ向勝負しないといけないんじゃない?

統計があるって何で証明できるのか知らないが

どうな資料があるの?

2022-05-10

anond:20220510003340

ゾーニング意味理解してなさそうなことだけはわかった。

表現自体咎めるんじゃなくて、ここではやるなというだけだよ。

陵辱だろうがリョナだろうが、そういう表現はあっていい。

それに、一般ゲーがエロゲーになるのは今に始まったことじゃない。

アニメパチンコになるわけだし、一般向けのコンテンツ大人向けのコンテンツになるのは、よくあることだ。

そして、大人向けのコンテンツ存在自体否定してはいけない。

たとえそれが気に入らなくても存在否定せずに認めるのが自由というものだ。

// 公共の福祉に反しない限りね。

凌辱表現っていつから大手を振って世間から認められたものになったんだ?

参考:健全な格ゲが突如R-18エロゲコラボ ヒロイン陵辱に阿鼻叫喚

https://togetter.com/li/1883270 )

初めに言っておくんだけど、俺はあすか120%もエデンズリッターもこのニュース以降に知った野次馬だ。だけどこの一連の流れで違和感を感じたから、それをふんわり言語化してここに残してみる。グダグダ書いちゃったけど、下の文章結論

「成人向け作品の中でも特に凌辱ものレイプという極めて重大な性犯罪を題材にする以上、慎重に取り扱うべきカテゴリであるしかし本コラボのように商業作品上で一般向け作品キャラクターを導入し消費することは加害表現ゾーニングを飛び越えて陸続きにする愚行であり、公共の福祉に反する。こうした作品の出現を止められる手段がない以上はカテゴリごと表現規制されてもやむなしと考えるに至った」

ということ。

———

90年代の有名な格ゲーだったらしい”あすか120%”というゲームキャラクターがなんの脈絡もなく突如、エデンズリッターという異常性癖凌辱ゲーにコラボ出演し、フルボイスでバチクソにレイプされたらしい。

ゲーム内でのシーンの内容は攻略Wikiを見るに触手姦/首絞め/化け物からの二穴責め/快楽堕ちから服従アヘ顔描写という異常性癖オンパレードしかキャラクター制服を着用していて設定も明らかに高校生で、未成年と思わせる描写で正直、怖いもの知らずでビックリした。

未成年に対するレイプ表現なんて昔っから表現規制一丁目一番地な訳じゃん。

2009年強姦表現に対するソフ倫規制https://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/05/news064.html

規制が怖いから例えば同人でもBLリョナロリコン向けも検索よけみたいな独自ルール一般層に見つからないように隠れてやってるわけで。

凌辱ゲーだってレイプっていうめちゃくちゃ重い性犯罪を取り扱う内容だけど、慎重に内部だけの文化でやってきていたから「not for me」で済まされてたと思うんだよ。

それなのに一般向けの作品キャラを題材にして商業作品としてネットで大々的に宣伝するなんてヤバすぎでしょ。成人向けで特に凌辱なんて普通の国なら規制対象のものと、一般層のコンテンツを混ぜて陸続きにするあたり、ゾーニングに対する配慮が足りてない。

人物凌辱したり虐待拷問することを主題に置いた表現は、攻撃性を含んでて不快感が強い反社会的表現なんだから、その存在自体公共の福祉に反していて、だからこそ法的な権利関係なく、絶対一般層と混ぜちゃいけない。

だけどこのコラボは異なる文化を混ぜちゃったわけだから、こうやって棲み分け情報の完全なゾーニングができなくなって、結果的阿鼻叫喚するファンが出てるし、これこそよくTwitterフェミニストが言っている「加害性のある有害表現」そのものな訳だよね。

そりゃ、今回のコラボ企画は法的には何の問題もなく、古い作品が故にファンの母数が少なくてそこまで炎上してなくて、期待以上の広告効果もあって商業的には大成功企画ですよ。

からこそ今後、モラル意識の薄い企業IPが同じようなことを繰り返すんじゃないか危惧してる。悪意がある例で悪いけど、例えば売れてないVTuberなんてそういう憂き目に会う確率が高い気がする。その時に表現者の気まぐれで好きなキャラクターが股から脳天まで串刺しにされたり、四肢切断されたりしなかったらいいね

今まで非実在青少年権利侵害だの性犯罪を誘発するだの鼻で笑ってたけど、自分思い入れのある好きな作品がある日突然、こうして大手を振って悪趣味な加害性のある表現で何の配慮なくメチャクチャにされたら、気を失うと思う。

国連はしょーもない新聞広告いちゃもんつけてる場合じゃなくて、こうした表現を徹底的に問題視するべき。今度ネット上で表現規制が騒がれた時、俺は10年後、20年後自分の好きな作品の思い出を守るために賛同する。

こいつらがやった事はオードリーヘップバーンを墓から掘り返して、レイプして捨てたようなもんだよ。

2022-05-06

中絶禁止の流れへの反論の何がおかしいのか 反論への再反論

https://anond.hatelabo.jp/20220503215621

アメリカ宗教右翼言及していない等等』

言及する必要が無い。人権敷衍してこの問題を考えれば、プロライフ派になりやすく、胎児人権人間規定恣意性と言う重要問題を孕むこの問題を、女権拡大の意味合いからそれらの問題をまるっきり無視しているのがプロチョイスである

宗教的頑迷問題になるのは、宗教的教義信条が、近代法根底にある人権思想人権原理毀損する場合であって、そうではない場合からクレームは、単に個々人の思想信条に過ぎない。善意からであろうが悪意からであろうが法理的に矛盾があるのであればそれは矛盾があるのであって、個々人の内面の思いにフォーカスするのは、それこそ宗教的悪魔である。内心のことは証明可能性が皆無であり、相手悪魔視してリンチしてやろうと言う下種な自身の心情をまずは問うべきではないか

プロライフ派とプロチョイス派の争いは人権派と女権派の争いである。近代法に適合している人権派が、自らの内心の潔白を証明するべき理由は何もない。

女性人権無視している』

無視していない。女性身体自由権胎児生存権比較して胎児生存権により重篤公益見出しているだけである

すでに体制ビルトインしているので女性意識しない傾向にあるが、男性に対する法的優遇措置は皆無である女性に対する法的行政優遇措置は多数ある。女性専用車両についても、その経済的負担身体労働からの転換物であるので、より寿命の短い男性たちに「女性権益のために奴隷労働を課している」と言う面が多々あるが、それらは公益のためには正当化され得る受忍限度内の責務とされているのである

中絶の件は、一方に乗せられているのが生存権と言う極めて最重要権利であるため、通常一方的保護される立場女性が、公共の福祉において市民的な負荷を課せられるべきであるというだけのことである

昨今、問題になっているトランスジェンダーの扱いの件、ハーグ条約関連の問題重要人権案件のほぼすべてが女権と人権対立周りにおいて生じている。これは女権が人権に根差しているのかどうか、女性市民社会の構成員としての責務を果たす覚悟があるのかどうかが問われているのである人権に根差さない女権は人権毀損するのでナチズムのものである

かに寿命の短い男性に課せられている負荷は受忍限度内とみなされるのであれば中絶案件受忍限度である。子を産んだからと言ってマクロでは女性寿命は1年も縮まない。そもそも子を産むかどうか、それに至る行為をするかどうかの選択肢を与えらていての話である

私は女子大学存在性差別のものでありとても問題があるとは考えているが、男性である私が支払った税金女子大学に注がない選択肢はない。

徴兵制アナロジーがしっくりこない』

徴兵制アプリオリ人権侵害と見なされていないこと自体問題なのである徴兵制の根幹は、不可避性である逃げられないと言うことだ。

徴兵で生じる給与はその不可避性を正当化しない。また、「ならば妊婦にも給与をくれ」と言う言い草ナンセンスなのはことことから自明であるが、母体保護法やそれ以外の立法措置行政支援において、既に給与相当分は得ているとも見なせる。逃げられないのは無関係第三者だ。

もしこのアナロジーで男女対立を煽るのであれば、それは中絶問題ではなく「産む性」としての保護優遇女性が得ていること自体問題視されるべきであろう。そして「負担をイーヴン」にするのであれば、産まなかった女性たちは、徴兵忌避者や脱走兵がそうされるように収監されたり銃殺されることを甘受すべきであろう。

それらの反論がまったく成り立っていないのは、そもそも不可避性を満たしていないからだ。

食べて働いて眠って、だけであれば絶対妊娠しないのである妊娠することをしない限りは絶対妊娠しないのだ。

それでいうならば徴兵制中絶禁止よりも「ひどい」と言うことになる。そして徴兵制アナロジー自体は今も公式非公式に残っている。「男は女を守れ」と言う強制である

男性にも罰を与えよ』

与えればいいじゃないか、としか思わない。ただそれは妊娠した女性vs妊娠させた男の間で発生するものであって、どうぞ好きに民事裁判でも何でも起こしてください。現行法でも可能だ。

中絶コンフリクト妊婦胎児との間で発生するので男は、胎児にとっては無関係、というだけのことである

※元記事は間違いなく私が書いたものであるが、私は5/3には記事は書いていない。つまり現在ブクマされている元記事赤の他人が私が書いた複数記事をまとめて、再アップロードしたものである

2022-05-04

中絶禁止フェミニズム市民社会に適合できるかどうかの試金石

フェミニズムを巡る疑念糾弾齟齬の根幹は、結局はそれが「女権のみ拡張主義であるのが普遍的人権思想に根差しているのかによる。「○○のみ拡張主義」はナチズムが「アーリア人権利のみ拡張主義」であったように最悪の結果をもたらすし、それによって公共が左右されることはファシズム以外の何物でもない。

「ならば男性男性自分たちで男権を主張してください」

この種のフェミナチたちは、誰かが対抗理屈(と言うか対抗屁理屈)を発明するとそれに群がって考えもせずに多用し始めるが、これが問題であるのは、「○○のみ拡張主義」で公共を左右しようとする試み自体ナチズム/ファシズムとして糾弾されるべきだからであって、常に公共への働きかけは普遍的人権思想に基づく公共の福祉の調整でなければならないかである

まり普遍的人権思想に根差して、公共の福祉の調整と言う観点に基づかない権利主張はすべてファシズムなのであって、他者に対する人権弾圧である

これが「女権のみ拡張主義」「ならば男性男性自分たちで男権を主張してください」の人たちが言葉の正確な意味合いにおいて社会害悪であり、積極的排除されなければならない根本的な理由だ。また、これが世界の主流派フェミニズムが急いで、ユニヴァーサリズムに方向転換しようとしている理由でもある。

ナチズム下においては、人権定義が大きく制約されることになった。通常の殺人範囲に含めないことでユダヤ人大量虐殺可能になったのである

従って、アフターナチス世界で求められるべき「人間」とは定義恣意的意図によって左右されない絶対性によって規定されるべきであろう。死刑廃止運動とはまさしくこの観点から為されている。死刑囚人権擁護のためではなく、「人間」の不可侵性を守ろうとする思想である死刑廃止運動においては、このことを理解しているリベラル中絶問題になれば、まったく態度を翻すのは理解しがたいことである

人間定義には政権イデオロギー恣意性に基づく冗長性があってはならないのであって、アプリオリ絶対的なものでなければならい

現在は、胎児は「全身が母体から出てからが人であってそれ以前は物」と言う考えが主流であるが、これは恣意性のもの定義である。例えば頭部のみが出ている段階で、赤ん坊ナイフで刺せば器物損壊罪で、1秒後に全身が出たところで刺せば殺人罪と言うのは科学的な説明がつかない。物体それ自体は同じだからである栄養従属であるかどうか、つまりは臍の緒でつながっているかどうかであれば、帝王切開をするかしないかでも他者による恣意性が入り込むことになる。

1秒前までは物、1秒後は人間、と言う科学的なアプリオリに基づかない恣意性から脱却するためには、結局のところ受精卵に人間性を求めるか、少なくとも胎盤への着床後にそれを求めるしかないのであって、理屈の方は中絶禁止派の方が科学的には通っている。

「女の体は女の物」

「私の体の決定権は私にある」

レイプされて子を産めなんて自殺する人も出てくる」

と言う人たちは、徴兵制によって徴兵されて死を強制されて来た男性兵士たちのことを考慮してみた方がいいと思う。彼らもまた、同じことを言いたかっただろう。現在徴兵制があるかどうかは問題ではない。それがあり得る政策として現在も許容されているということが問題なのである。そしてこれは、同時に、「女性のみが男性リソース負担をかける形で体育成績で優遇されている」「女性のみが需給法則雇用自由に逆らって男性の機会リソース負担をかける形で男女雇用機会均等法がある」「女性のみが男性権利侵害する形で女性専用列車がある」「女性のみが男性税金雇用機会に負担をかける形で女性センターがある」等など数え上げればきりがないが、最終的には男性身体性を毀損する形で、公共の福祉の観点から調整が図られているのだ。その結果が著しい性差が偏った寿命格差幸福度の差、自殺率の差であっても、許認されているのである

まり、利害が対立する局面において、他方の損失が生存に負荷をかけるような重篤性がある場合は、「女性がこの社会により適合性を持たないのは男性のせいでは無いが」、公共の福祉の観点から調整が正当化されるのである

それが市民社会なのであって、中絶問題はつまり女性が、他者利益のために公共の福祉を成立させる自己犠牲を受け入れられるかどうかが問われているのである

女性身体自由性、女性の心身の健康もかなり人権的には重篤レベル権利ではあるが、それが胎児生存権に優先され得るかどうかが問題になっているのだ。

胎児から人間ではないので胎児人権それ自体存在しない」

という主張は、既に見たようにアプリオリものでも無ければ科学的根拠に基づくものでもない。恣意性に基づいていると言うこと自体批判されるべきであるが、恣意性に基づいているのであれば別の恣意性によって動かし得るものなのである。そしてこれを免れ得ないので、中絶賛成派は、アプリオリ定義科学に基づく議論には決して深入りをせずにただ相手キチガイ呼ばわりしてそれでおしまいにするのだ。

女性身体不都合胎児生存権、どちらを優先するかは人権思想に基づくのであれば、後者とせざるを得ないのである。なぜならば私たちは二度とユダヤ人人間定義から外した恣意性に戻ってはならないかである

フェミニズム流派が言うように、フェミニズムヒューマニズムの一形態であるのであれば、ここが女性人権思想を本当に尊重し得るのか、市民社会プレイヤーとして相応しいのかどうかが問われる試金石になるだろう。他者生存権を尊重できないようであれば、フェミニズムイコール関係においてナチズムに他ならないのである

2022-05-03

中絶禁止の流れへの反論の何がおかしいのか

アメリカテキサス州で、実質、人工中絶不可能になる州法が成立したらしい。

まず、これに関するリアクションのうち、それは間違っているよ、と言う諸々を指摘する。まず、この州法違憲、あるいは脱法的であると言う見解について。

そもそも合衆国憲法で、中絶権の規定は無い。今日妊娠中絶合法化連邦議会レヴェルでの立法措置も経ておらず、1972年のロー判決根拠としている。レンクイストホワイトは、ロー判決に関しては、「司法による立法措置であることを理由として、ロー判決に反対している。

まりそこにあるのは、司法解釈であって、法律や明確な憲法規定ではないわけだ。だからそもそも違憲」になりようがないし、脱法的にもなりようがない。そして司法解釈に過ぎないから、司法解釈で変更され得る。現在最高裁に今回のテキサス州法の案件が回れば、ほぼ確実にロー判決司法解釈棄却される。

違憲だ」「違法だ」と言うけど、保守派法廷闘争を待ち望んでいるのだ。法廷闘争になれば、負けるのはリベラル派であり、そうなれば「違憲だ」「違法だ」と指をさされるようになるのはリベラル派の人たちであり、人工中絶した女性はめでたく犯罪者だ。

ここ40年、おおむね最高裁保守派優位で推移してきたけども、ロー判決を廃棄できる機会が何度かありながら、それが出来なかったのは、レーガン指名されたオコナーケネディ、スーターの3判事が、最高裁陪席判事になってからスタンス保守派からリベラル派に変えてしまったせいだ。そもそも合衆国憲法自体リベラルなので、ごりごりの保守派とみなされていたスカリアでさえ、憲法原理主義的な解釈をする人なので、判決としてはリベラルになることもあった。

それの前例も踏まえて、今の保守派判事たちは、かなり強固な保守派が選ばれているので、最高裁長官職務にあるロバーツが職責上、敢えて中立的スタンスをとることもあるのを除けば、リベラル寄りの判決を出すことはまずあり得ない。今は最高裁は6対3で保守派が優勢なのだ

保守派にしてみれば、法廷闘争ばっちこい、と言う感じであるとはいえ、その6対3の保守派優勢の最高裁が、トランプ要求したオバマケア違法化にはNOを突き付けたように、100%党派的な思考をとるわけではないが、中絶は、命の問題から、そうそ簡単妥協する余地も無いのだ。

 中絶に関する議論で、男女平等と言う観点からもっと言えば「男も逮捕しろよ!」的な意見から立論する人もいるが、根本的にその人たちの論理が間違っているのは、これが公共の福祉の調整案件だと言うことを認識していない点にある。胎児人権女性の間での公共福祉の調整案件が発生しているのであって、そこには男性権利と調整しなければならない必然性は全く無いのである

 これは言うなれば過去徴兵制における男女不平等が、「機能的な軍隊必要とする政府必要」と「徴兵されることによって著しい負荷がかかる男性の諸権利」との間に発生したものであって、それは男女不平等ではなく、「女性関係がない」案件であったのと同じことであるロジカルにはそうでもあるし、歴史的に言えば、徴兵制のように女性には他人の命を犠牲にして、法益享受してきたと言う「実績」もある。

 言ってみれば中絶禁止は、「女にとっての徴兵制」であって、徴兵制の名のもとに、徴兵された男性たちの「戦死」を見守って来た女性たちには、「女にとっての徴兵制自体批判するロジカル資格は無いのである

 そして、中絶に関して言えば、どこからがヒトとみなすかと言う難しい問題はあるにしても、1月1日13:00に新生児誕生するとして、13:01に新生児を殺せば殺人で、12:59に”胎児”を殺せば器物破損に過ぎないと言うのは、機能的にも倫理的にもかなり無理がある。自然着床した受精卵にヒトと同等の、あるいはそれに準じる人権を想定するのは、最も無理が無い解釈だろう。放っておけばいずれヒトに至るのだから

 そして胎児受精卵はDNAが違うので、女性の一部ではないし、女性付属物でもない。他人の命を女性に無条件に与えていいのかと言う問題でもある。

 胎児人権生存権)と女性身体自由権比較した場合、どちらが重篤な損害を被るのかと言えばそれはもう生存権であるのは間違いないので、人権を重視すれば重視するほど、中絶違法化する以外には考えられない。この袋小路女性が逃れ得るとすれば、「胎児はヒトではない」とするか、より根源的な人権思想ではなく、単なる女権思想を至上としてその上に立脚して「女性に損害をもたらすから中絶禁止こそが違法である」とするしかないのである

 どちらもナチス的なファシズムに陥っている。つまり機能的には既に自立しているような胎児に対しても、ヒトではないと規定し得ると言うことは、障碍者、LGBTQ、ユダヤ人などをヒトではない、少なくとも生存が許され得るヒトではないと規定出来る権能を、政府社会に与えると言うことである人権思想の上に女権思想を置くことは、ナチズムのものである

 宗教保守から中絶禁止の動きが一方的に起きているわけではなく、リベラルの内部においても、人権思想観点から中絶には批判がなされていることには留意すべきである

 とはいえ強姦の結果としての妊娠出産まで強制するのはプロライフ派の大多数にとっても本意ではない。それは、性的被害記憶と結果が多大な負担と共に長期化し、心身ともに女性生存レベル危険に追い込むことに他ならないかである。この場合は「緊急避難」が想定されるだろう。誰も他人の命を救うために、死や死に等しい損失を甘受する義務はないのだ(徴兵制はこの意味でも、最も過酷で最も非人間的な強制であった。そして女性はそれを放置していた)。しか現実中絶案件ほとんど、かなり緩く見積もっても95%以上は、強姦案件ではない。性行為をしなければ防げるものであるし、避妊器具を用いれば防げるものであるし、ピルを飲んでいれば防げるものであるし、アフターピルを用いれば防げるものである。数多くのルート回避方法があるにも関わらず、それらの回避をしなかった結果の妊娠中絶である。当然、胎児生存権を上回る法益性がそこにあるとは考えにくい。

 私は、強姦案件での中絶合法、それ以外は違法、とするのが妥当だと思うが、その妥当な落としどころが「女性身体権の絶対性」主張派とは築くことが出来なかったがために、より人権原理的な立法措置が、アメリカヨーロッパでも徐々に取られつつあるのが現状である、と言う認識である

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