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2017-08-18

人は自分理解できない存在に恐怖するし嫌悪感を抱くし差別的になる

職場にどーーーーーしても苦手というか理解不能な人がいるんだけどちょっと聞いてほしい

その人は自分入社して3ヶ月後くらいに入ってきてもうすぐ2年目になるんだけど、何がひどいって長くなるから箇条書きにするけど、

作業スピードが周りの倍以上かかるうえにミスが多い

・基本もできておらずその日の優先順位理解してない

・そのくせ短時間でアップしなければならない案件を3件も4件も一人で抱えて一人で目を回してる

・いつも眠そうにしてる(よく舟こいでる)

・机の上がぐちゃぐちゃ

トイレ休憩が長い&多い(一日510分くらい、まあこれは個人の体調もあるのでまだ許容範囲

・始業10分前の朝礼に間に合うように出勤しない(朝礼の途中で来たり最悪始業時間すら守れない)

作業確認のために引くマーカーを意味をわかって引いてない(確認したという意味で引くというルールなのに確認すべきところに前もって引くといってきかない)

社員に対しては弱気なのに同じバイトであるこちらに対してはなぜか強気(他の優先すべき作業を先にするように促したら「今これやってるんで!」といってきかない)

しかし注意されたことに対する言い訳はきっちりしようとする

・お世辞にも身なりが清潔とはいえない(猫の毛っぽいものはついてるわ髪テカテカだわ、ちゃんと洗ってるの?)

えとせとら、えとせとら。

自分は一時間遅い出勤の契約だけどほぼほぼ時間前には駅について近くのコンビニゆっくりするんだけど、まあ今日もいましたわ。通勤路に。

えっ今もう朝礼やってる時間だよね??ていうかその速度で遅刻しないの???やするでしょ???ってぐらいのんびり歩いててびっくりしたわ。しかヘッドホンしてなんか聴いてるし。そんな余裕あるなら急げよ。

しかもなんでこっちの方が歩くの速いんだよ。すぐ追いつくわ。(見つからないように別ルート取ったけど)

その手の人がいい気分しないの承知で言うけどたぶんその人発達の人で、そもそもうちの複雑な仕事向いてないんだよ。

でも新たに募集かけてもなかなか人来ないから仕方なく雇い続けてるだけで。

本音をいうとみんな辞めてほしいって思ってるよ。

こういうこと書くと差別ガーって言ってくる人いるけどさ、じゃああなたのところでこの人雇ってくださいよ、毎日毎日この地獄味わってくださいよ、って返したいよね。

こっちはできるだけ今の仕事辞めたくないけど、この人のせいで辞めざるを得ないかもしれない…

これ以上は正直ストレス限界

2017-08-14

何故プロブロガー様の大多数はいつもイライラしているのだろうか

やれ東京で消耗だの、やれ会社員奴隷だの。

ありがたいブログtwitterアドバイスをしているようでその実会社員という仮想敵を延々と殴っているだけ。

まあタイトルなぜなのかって書いたけど、結局人の目につかなければ始まらないので

そういう炎上を狙った芸だってことでほぼほぼ確定だと思うんだけどさ。

からないのが、東京で消耗!会社員奴隷! って声高に叫ぶことに対して共感するのが

自称東京で消耗している人、自称奴隷会社員たちということ。

仮想敵として殴られてる人たちが一番の信者ってどういうことなんだろう。

プロブロガーの中で面白いと思う人はやっぱり人生経験色々している人なんだよな。

会社に勤めました、なーんか合わねえなあと思いました、飛び出しました。

どこそこ行ったらこんなことあったわ。色々失敗もしたけど成功もしたし、そんでもって今があるんだぜ。

こういう人は見てて面白いし、すげえなって思う。

俺の偏見が多分に混じってるかもしれないけど、攻撃的な人って

会社に勤めました、自分から無能会社を切り捨ててやった。

こんなことをして成功したぜ。さらにはこんなこともやってまた成功しちまったぜ。

今ではブログで年間○○万稼ぐようになったわ。

このノウハウを教えてほしいだろ? ん?ん?

って感じでどこまでさかのぼっても自称成功体験しかなくて、なんかすっげえ浅く見える。

2017-08-07

恋愛相談的なコンテンツ男性向けの市場は少ないと感じる。

私のようなもてない男だらけの環境で育った、純正培養の僻み非モテ童貞にとって、恋愛は遠すぎる存在だ。

なので私のような弱者はどのように恋愛をしているのかを調べる為にコンテンツを探していたのだが、男むけ・童貞非モテ向けのコンテンツ

見つけることができなかった。もちろん私の検索力の低さもある。

けれど相談でもなく仮想非モテ自身過去体験をもんによりとした書き方でやっているだけのブログなどは見つかったのだが

そこまで多くは見つけることはできなかったのだ。

かたや女性向けは、はてぶにのってるだけでも、アルなんとかとかぱぷなんとかとかトイアなんとかとか割りと声の大きい人が多い。

声が大きいのはほぼほぼ悪いことが多いが、恋愛情弱にも届く可能性があるということで接点は多くなると思う。

もちろん仮想非モテ相手にしていたり、相談相手作家がついてるんか?と思うことも多かったが、私は男性なのでわからないし

正直女性の方が恋愛においては魔という認識はいる。

非モテに向けた相談ができる場所というのは、存在しないのだろうか。

非モテの男に人権は無い。というフレーズけが頭によぎるのである

2017-08-06

子供幸せにしたいなら中高一貫校に入れろ

私は中高一貫校に通っている高校3年生なのだが、6年間の中高生活を振り返って、自分は恵まれ環境で育つことができたと感じたので、プレゼンしてみる。

結論から言うと、そこそこ偏差値が高い中高一貫校女子校男子校ならなお良し)に子供を通わせることをお勧めする。

まず、メリットの一つに、「篩にかけられた」環境というものがある。

私の弟は公立中学校に通っているのだが、通っている者の頭の出来はピンからキリまでいるため、当然それに合わせた授業が行われ、進度は遅い。

加えて、社会理科に関しては、中学受験勉強中学レベルは終わらせてしまうので、そこでも更に差が付く。

高校になっても、そのアドバンテージを生かして中高一貫生は高2までで基本的学習は終わらせ、高3は演習講座を行ったりしているのだ。

にもかかわらず、大学受験の条件は中高一貫生も公立生も同じなのだ

小学校時点の進路選択でここまで差が付くのは残酷じゃないか

また、ある程度頭の良い人間集団はいじめが発生しにくい、というのが私の持論である。(私自身の経験しかソースに出来ず根拠が弱いが)

加えて、異性を排除した空間だと、マウンティングほぼほぼ起こらないので、女子校男子校おすすめだ。

女子校っていじめとか陰湿そう…」というのはメディアに植え付けられた誇張されたイメージだと私は思う。

実際はクラスカースト存在しない場合が多いように思われる(ただしそこそこ偏差値が高い学校に限る)

公立より施設が良い、勉強を優先するのでブラック運動部が生まれにくい、中1の時点で高3の先輩と関われるいうようなメリットもある。

デメリットとしては、学費が高いという点が挙げられるか?

教育資金贈与信託でもやってもらうといい。

小学生を何十時間勉強させるのはかわいそう?

小学生をあまり舐めないでほしい。ここで述べたようなある程度偏差値の高い学校に受かる子供メリットとそれにかかるコスト説明してあげれば自分でそれを秤にかけて選択出来るくらいの判断力はある。

それで本人が遊び暮らし公立に行くことを選ぶならばそれは子供責任から無理強いすることはない。というか無理強いされると勉強したくなくなると思う。

以上、私は中高一貫選んでよかった!という話でした。あくま子供側の目線なので、親にかかる負担考慮していないがそこは悪しからず。

2017-08-02

テレビ見なくなってワカルコト

それまで聞いたことがなかった新しい言葉が急速に使われ始めるとあーテレビ芸能人が使ってるのが伝染ったんだなってわかる

ほぼほぼとか

男二人で旅行

自分一人旅趣味で、それを知人に話したら、一緒に日帰り旅行に行くことになった

この前も、男二人で旅行にいったんだけど、ほぼほぼ会話がなかった

あるとすれば、名所を見て「いいね

ご当地グルメを食べて「うまいな」

土産物屋で「これ買う」

このくらいしか会話がなくて、あとは基本スマホいじったり景色見たり、ボーッとしてた

これは普通なのか?そもそも二人でいった意味はあるのか

2017-07-28

ドローン引退したおっちゃんの新しい趣味になるかも

ドローン関係仕事をしている。主に映像系。

テクニック的なものや、カメラ調子確認するために早朝川岸に行って色々とやるのだけれどほぼほぼ毎回、ウォーキング中のおっちゃんに話しかけられる。

とにかく

・飛ぶ

写真が撮れる

ということに食いつく。

ドローン用なので見た目はそこまで大きくないカメラなんだけど、2000万画素1インチセンサー搭載なのでそこそこ綺麗な絵が撮れる。

これにも驚くみたいだ。孫の写真をこれで撮りたい、他の写真仲間とは違う写真を撮りたい

とか色々語ってくれる。テレビでは叩かれることが多いドローンだけど、世間的にはどっちかと言うと興味の対象みたいで嬉しい。

空を飛ばすってのはいつでも男の浪漫だもんね。

アマゾンいかに狂ってるか

ジェフベゾスが世界一富豪になった。

なにを今更と言われることは承知だが、知らない人のために解説すると、ベゾスは金持ちであって金持ちではない。

アマゾンは無配だから配当収入があるわけでもなく、役員報酬だって大した額ではない。

金持ちではあるが、カネはもってない。

儲けた金は、1ドルも残さず、次の事業ぶち込みたい狂人だ。

ジェフベゾスは自分の金を持ちたいという願望がたいしてない。

アマゾンという会社に金を集めたいとも思ってない。

アマゾンという会社が集めた金は、全て次の事業にぶち込まれほぼほぼなにも残さない。

利益がないか税金さえ払わない。

普通会社事業活動は、金を稼ぐことが目的だが、アマゾンは違う、

金を稼ぐことは事業活動を拡大する手段にすぎない。

従業員から労働力を、顧客から金を絞り尽くし、自身からさえ絞り尽くし、いったいなにがしたいのか?

株価ものすごい割高だが、一般指標通用しない。

Amazonは稼ぐ気になればいつでも稼げるから

という理由だけで、馬鹿みたいに割高な株価

そもそもビジネスと言っていいのかすらわからない。

金を稼ぐことを目的としない時点で、ビジネスと言っていいのか怪しい。

やってることは、世界征服に近い。

マジで頭がオカシイ

追記

ところで、アマゾン株でいま200万くらい含み益なんだが、そろそろ売るべき?

さらに追記

しかオンライン本屋というアイディアは、ただオンラインで売ればもうかるっていう発想じゃなくて、

「本を買うような知識人層の志向を知ることが出来れば、なんでも売れる」

みたいな戦略で、そのへんがそのころ始まった、本屋も含めたオンライン通販とは一線を画してたようで。

実際、なんでも売れるは証明して、しかし一切の利益は出さず、次のステージに。

なんでも売ることで、知識人層のマーケットどころか、底辺層も掌握してるわけで。

読む価値がないクソみたいなブログ広告収入で飯が食える連中がいるのも、利益度外視であらゆるユーザーの流れをぶんどろうとしてるAmazon様のおかげで。

もうしばらくすると、あらゆるウェブショップAmazon代理店になり、街の小売店Amazon代理店になり、肝心のAmazonがそれで利益をだすかと思えば、その一切全てを他の事業にフルインベストするわけで。

ある意味税金を集めて公共事業をしてるようなものになるんじゃないかと。

2017-07-07

https://anond.hatelabo.jp/20170707010809

もう同じような意見出てるけど、これは普通にどこにでも起き得ることで、俺の意見ではほぼほぼPM戦犯なんだよなぁ。

から客のせいでっていうよりPMのせいで、ってのが正解。

お客さんがもっとシステム開発のこと知ってたらこんなこと起きないんだけど、システム会社PMができないことを客ができるわけない。

2017-06-29

権利」を謳う人間はなぜあそこまで意地汚く見えてしまうのか

今回ここで、「権利概念が放ってしま暴力性の起源について一人考えてみる

人権」の普及 ーアメリカ独立宣言



1週間もすれば3億人近いトンチンカンたちがまた祝うことになる、近代社会の幕開け=アメリカ独立宣言に遡ってみよう。250年くらい前のことだ。後にアメリカ人と呼ばれる極西の田舎者黒人奴隷を足置きにしながらヨーロッパ政治哲学を読みふけっていた。そして、英国議会に「植民地のくせに生意気だぞ」と言われてしまったあの時、彼らのイギリスコンプは爆発し独立宣言してしまう。この独立戦争とその後の歴史で彼らは「国家」を生み出しその中で「所有権」というもの不可侵性を「人権」として僭称したのだった。それまでもこの考え方は常にヤバい匂いを発してきたが「独立宣言」こそが全人類脳みそ侵入し始めるウイルスになった。彼らはこう言う。「君たち、実はな、人間は生まれながらにして権利というものを持っていたのだよ」「君たち、これは自明の真理だよ」。誠に蒙が開かれるようである。実際に驚くほどたくさんの人が啓蒙されることになる。

ところで、ここで彼らが行なった欺瞞としてまずよく言われるのは足置きにしている「黒人奴隷」についてである。つまり黒人奴隷人間の方にではなく所有物propertyの方に組み込まれしまったことである。ところが、今回に限ってはそこは重要ではないと私は言いたいのだ。というよりも黒人奴隷境遇があまりに深刻な問題であるから真の問題が後景化し見えなくなってしまっている。この深刻な問題をみたとき、我々、権利至上主義者の常識的感覚からいって、100年後、200年後に黒人へ与えられたように、人間権利、あるいは公民権解決すべき(解決した)問題だと思わされてしまう。

でもこれは糞の上に城を立てただけなのだ私たちの暮らす城の中はクソの匂いが充満している。「権利」などという考え方が、奴隷制的な、暴力的支配への渇望に支えられている。私たちはクソがあるなと思ったら「あっクソだ」と言わねばならない。「あれ?この部屋なんか、うんこ匂いしない?」は常に言いづらいセリフではあるが。


 人権を「持つ」とは ー「所有」についての2つの感覚




まりどういうことか。権利を「持っている」、という発想自体にその欺瞞が現れている、と言いたいのだ。一般におそらくは「所有権を持つ」という表現すらあまり違和感をもたれないのである独立宣言の下敷きになったヴァージニアで行なわれた会議草案にもその矛盾を観れるかもしれない

That all men are by nature equally free and independent and have certain inherent rights, of which, when they enter into a state of society, they cannot, by any compact, deprive or divest their posterity; namely, the enjoyment of life and liberty, with the means of acquiring and possessing property, and pursuing and obtaining happiness and safety.

この2つ目の下線部は独立宣言では省かれるのだが「所有権を持つ」という循環した考え方を恐れたから、ではなく国家による税金徴収を困難にするという理由であった。

何が言いたいかといえば、奴隷武器砂糖三角貿易が成立して以降のヨーロッパ社会では、「権利」が「持つ」ものとして想定されねばならなかったのである。それは単純には、ある種の人々から「奪う」こと(あるいは「捨てる」こと)のできるものでなくてはならなかったからだ。つまり所有権」が守るベーシック価値は「権利概念誕生の後に、「どんな種類の権利を作ろうかなー」と考えられて作られたものではなく同時に発生しているのである。そしてそのことは隠れたのだ。独立宣言に「自明真実ではあるのだが我らは不可侵権利を持っているのだと信じる」としれっと書き込むことで。じゃあ所有の意味を含む「権利概念が発生した時に生まれていたものは何か。ここが今回の主張であるが、「支配欲求自体への承認」なのである社会の一員として我々は「ある種の激烈な支配の形」を基盤にすることで社会を成立させている。それは「所有権」だけでなく「権利全般の話である

propertyに対しては当然そうだろう。犬猫などは黒人同様に解放が進みつつあるが根本的に我々は自分の所有する物をどれだけ傷つけても良いのである対象物に対して欲求したことは特別禁止されない限り全てぶつけることを許されている。私は自分の持っている熊の人形の腹を切り裂いてもいいしそこにペニスを突っ込んでも良い。それが所有権意味するところである。ここで、人形はなんかかわいそうだし除外しようかというのもあまり意味がない。僕が言いたいのは、我々は所有権を「propertyに対して私が欲求することならなんでもしていい力」として想像していて、思考スタート地点にそれをおいていることだ。この認識はもう一つ重要感覚を孕んでいる。それは「私が支配するもの他者が介入することは許されない」ということだ。この二つの感覚両方が「権利全般に流れ込んだのだ。そして実は我々の想像する「自由」のコアイメージでもある。自由にはこの欲望支配感覚が流れている。


 奴隷(property)の反乱 ー「権利」と「自由」に関する妥協と「身体」ー



しかしながらこの「自由」の感覚は「自由」を求める奴隷たちの反乱により一つの現実的妥協を産んだ。支配者はかつての奴隷たちと約束したのだ。我々はもはや君たちを支配しない。その代わりに我々は自分の体を支配するのだと。そして君たちもそうするのだと。人間なら誰もが己の体を支配できることにしよう。我々は平等自由じゃないか。(現実として多くの旧黒人奴隷は扱いの悪い賃金労働者として己の体を「自由」に売買した。ほぼほぼ売るだけであったが。)


上記の経路は思考実験の一つでしかなく、実際は数百年前の「権利概念議論でも既に流れていただろう。しかし、ここで誕生したのは一風変わった、世界人間に対する理解である個人他者からの介入=他者との人間的繋がりを切断できる独立した存在だという信仰なのだ。なぜなら自分の体を自由支配他者はこれに関与できないのだから。(工場で死にかけながら働く黒人労働者だって自由」に辞められると考えることはできただろう。)「権利」や「自由」というもの概念自体にこれは染みついたのだ。


奴隷製の足置きで本を読む農園主の頭の中で作られた「近代国家権利自由」は、国家軍隊というとてつもない力に囲われながら、同じ発想の知的エリート再生産し、根本思想解体は迂回しながら様々なヴァリエーションを増やしてきた。その実践形は司法行政の場から常に吐き出され、我々パンピー脳みそにも影響を及ぼしてきた。


権利概念は、「権利」とは「持つ」ものだという支配欲求肯定に支えられている、というのが基本的な今回の主張である。これが己の身体観や対人間観に影響を及ぼしてきた。実際皆が全く違和感なく自分の持つ時間労働力社長さんに売り払っている。基盤にある発想はまさに「権利」は「持つ」ものから「捨てれる(売れる)」のである。あるいは私は他人権利を「買える」のである。なぜなら私はその「権利」を「持っている」のだから。(一応断っておくが、これによって生まれる成果を否定するものではない。「支配/排除欲望」を根幹にする原理が一度は平等性/対等性 になりながらも、次の段階で一人の人間があらゆる人の時間と行動の自由支配し皆がそれに納得していることに注目したいのだ。この一人の人間も様々な人の投資で買われていてもう少し複雑だろうけれど。)

 まとめ ー「意地汚い」理由



長々書いてるのに平板な話になってるだろうか。ここに資本の燃料をぶっ込めばいくらでも非人間的な方向に暴走できるのは想像にかたくないし、読んだことないけど共産主義とかポモとかもこういう認識の型への反発からスタートしてるのでしょ。現実非人道的支配を読み取った人たちの反発からまれ社会「権」などは対抗力として機能しただろう。ただそのことに対しても言えるのは「権利」「自由」の枠組みがそのまま利用されたということだ。近代国家という装置がこの世界にセットされた1776年の7月4日あの日から人類脳みそはハックされた。今もなお屋台骨として社会を支え続けている我らが人権万歳自由万歳国家万歳


いま苦しんでいるマイノリティも、「支配欲望」の匂い漂う「権利自由概念を使って「国家よ行動しろ」と闘争せねばならない。あるいは彼らがそうでない社会活動を試みていても(例えば、他者との網の目を強化したり、国家ではなくコミュニティや人々の意識を変えるために動いていたとしても)、そのように立ち上がる姿をメディアでみた我々は、そこにまた「権利自由闘争の型を読み取っていないだろうか。「障害者が、また支配欲望を前面に出してるのか。今度は何を要求するのか。」と。そして人間の、恥を知らない無意識は、何かを奪おうとしているマイノリティを見てこう訴えてくるのではないか。我々はこいつらを「支配」し「排除」しなければならない、我々の「権利」と「自由」のために。

2017-06-28

転職活動をしている

いま転職活動をしているのだけど、活動している中で良い会社もあれば、ひどい会社もあるので、一旦整理したくて書いてみた。

業種・業界によっても変わるだろうけど、書いた人はIT業界で勤務する非エンジニア職です。

ちなみに人事ではないので、人事がこれらを意図的にしているのかどうかは分からんです。

ひどかった会社

応募者からすると「えっ?」となるし、この時点でやる気がなくなる。

応募してから早くても1日、普通は数日あるのに「なんで見てないの?何する時間だと思ってんの?」という気持ちになるし、会社レベル担当者レベルも自ずと分かってしまうし、何より応募者に対して失礼極まりない行為だと思うのでやめて欲しい。

ベンチャーとか少数精鋭の会社で、仕切りを立てた会議室会議スペースがないのなら仕方が無いし、社内の雰囲気も分かるので逆に良い点もあるとは思う。

ただし会議室があるのに「場所がないので、オープンスペースでお願いします」とか採用を何だと思ってるんだろうという気持ちしかない。

オープンスペース転職目的過去に勤めた会社など、それらを喋らせるのってちょっと無いなと思ってしまう。

こちらが聞こえる=こちらの話す内容は相手にも聞こえている、ということになる。

仕切りがあっても壁が薄いせいなのか、天井付近に仕切りのない空間があるからなのか、いずれにしても商談内容が聞こえるのもマズイだろうし、応募者にとっても良い気持ちではないことはたしか

転職活動をしている中で「面談正式に応募する前のお互いのフィット感や職務事業確認、応募者がOKであれば正式に応募して選考を進める」という認識でいたし、実際に「まずは面談を〜」と提案された場合はそのような流れだった。

ステップ数は増えるけど、お互いにざっくばらんに話ができて、面接での会話のネタにもなるし、会社の印象も分かるのでとても良いと思ってる。

  • 検討していないことが透けて見える

面接が終わって1時間も経たずに「社内で慎重に検討した結果…」とか応募メールを送って数分で「慎重に協議をした結果…」ということをやっている会社もあった。

特に後者求人媒体で深夜にWEBから応募したのだけど、その時間帯で数分に慎重に協議できる環境って何なんだよと恐ろしくなった。

きっと媒体側で学歴経験社数などでフィルタリングして除外しているだけなんだろうけど、応募者にとっては印象悪くなるだけなのでやめた方が良いと思う。

求人媒体から応募する際、返信がお祈りテンプレート(本当に文面が一緒だった)だと応募者に悪い印象しか与えませんのでやめましょう。

良かった会社
  • 面談面接前にある程度応募者の経歴や職歴を見ている

面接時に「簡単に経歴をお話ください」というのはもちろんあるけど、経歴を説明する前に「〜をしていたんですね、どうでしたか?」とか一言あると、応募者に対してちゃんと経歴見てるんだなという印象を与えるので、これはオススメです。

応募者側も気分が良くなるので、話が弾む展開になりやすい。

密室であるが故の心理的安心感は大きいし、声が漏れない密室からこそ聞いてみたいことや質問をし易くなるので、会議室など用意が出来る場合は用意した方がいい。

面談に進む=その後に応募すればほぼほぼ面接へ進む、という状況ではあると思うけれど、面談はざっくばらんに色々な話ができる場でもあるので、あまり堅くなりすぎない雰囲気相互理解を進めて、面接でもう少し踏み込んだ話をするための土台作りができた方が良い。

実際のところあんまりないけど、結果連絡にテンプレートを使わないだけでも、ずいぶん印象が変わる。

テンプレートを使わないといっても、単純にNG理由をやんわりと書くだけでも応募者側にとっては傷は浅くなる。

ただしダイレクトに書きすぎると、逆に印象が悪くなってしまうので注意が必要

実際にNGだった理由企業側の勝手思い込みであったり、事実と違っている場合もあった。(特に訂正しなかったけど)

ちょっと気遣いで印象がガラッと変わるし、IT業界なんて広いようで狭い世界なので、オフライン口コミ面接の評判も人知れず伝わってしまう。

落とした候補者転職希望先の面接相手になることもあるだろうし、面接担当するのは人事だけではないので気をつけていきたいものですね。

整理しようとしたきっかけは、先日とある企業の"面談"を受けたところ、面談の翌日に"面接結果のご連絡"という体でお祈りメールが来た。

最初から面接とも聞いてなかったし、そもそも面接一般社員仕事している席のすぐ近くでやるのかという点もあるし、(選考進める意思ゼロだけど)なんだかなぁという気持ちになったので書いた次第です。

2017-06-26

今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

今日応援している声優さんがお誕生日を迎えられたので、初めてTwitterでリプを飛ばしてみた。

できるだけ目立たないよう、当たり障りのない言葉を選ぶのに一生懸命になっていたら30文字程度なのに10分もかかってしまった。

けど、送れた。緊張した。

沢山のリプが来ているから、きっと埋もれてしまうだろう。表示数の上限とかに引っかかって見れないかもしれない。

けど、それでいいと思う。

それでいい、という事にしたい。

私は、その声優さんに関してはライトファンでいたいと考えているからだ。

私がその声優さんファンになってから、まだ1年も経っていない。

中高生の頃はアニメをよく見ていたけれど、2次元は随分とご無沙汰だった。



その、2次元から離れていた期間の事を少し話そうと思う。

私はとあるジャンル所謂「追っかけ」をやっていた。

ジャンルはぼかすが、お笑い舞台アイドルバンドなどの「ステージを観に行く」系のものだと思ってほしい。

元々高校生の頃からそのジャンルファンではあったのだが、大学生の頃にとある人に興味を持ち、その人を目当てに見に行く回数が増えていった。

便宜上、その人をaさん、aさんが所属する団体をAとする。

Aの規模は決して大きくない。

「若手」とか「マイナー」とか「インディーズ」とか、そんな感じだと思ってほしい。

aさんと出会うまでは同じジャンルももっと規模の大きなところに通っていた私は、Aでカルチャーショックを受けることになる。

距離の近さだ。

さな会場だと、一番後ろでも表情がわかる。目が合う。

Twitterでリプを送ると反応が返ってくることがある。

出待ちイベントで直接話すことができる。

そしてそういう事を繰り返していくうちに、相手自分を覚えてもらえる。

自分存在相手に影響を与えているということがあんなに嬉しいとは知らなかった。

そして、そういった体験は私をどんどんaさんに夢中にさせていくことになった。

当時を振り返って、私がaさんという「沼」の深みにはまってしまった原因はなんだったんだろう?と最近考えることがあったのだけれど、決定打(致命傷というべきか)を与えたのは「チケット」かもしれない。

私は、チケットを取るのが上手かった。

Aは規模が小さいのでチケット完売することはまずない。

なのでいつ買っても良いのだが、同じ席種のチケットでも優劣があるのは良く知られている事だと思う。

まり、「より良い場所で見られるか否か」。

座席が決まっているものでも整理番号入場で自由席でも、基本的には先着順で良いチケットは無くなっていく。

そしてそれは運の要素ももちろんあるのだが、先着順で先頭になるテクニックというもの存在する。

決して特別なことではないのだが、私はそれをするのがどうも一般的な人よりは上手かったらしい。

Aの公演に通い始めてしばらくして、初めてチケットの発売日にチケ発をしたら最前列でみれるチケットが取れた。

本当に特別な事はしていないので驚くと共に、私は不安に襲われる。

どんなジャンルでもそうだと思うのだけれど、最前列は熱心なファン、「強火」なファンが多いものである

そんなファンの中に、まだにわかな私が入っていっていいものなのだろうか。

いじわるをされたりしないだろうか。

そんな不安は、当日公演を見たらすっ飛んでいってしまった。

遮るもののない視界。

手を伸ばせば届きそうな距離

しっかりと私宛と認識できるファンサービス

やっべちょうたのしい。

こうして私は、だんだんと公演を見に行く回数が増え、「前方で見ること」にこだわるようにもなっていったのだった。

それから1~2ヵ月経つ頃には、一般的に「追っかけ」というレベルになっていた。

公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。

地方の公演にも行くようになった。

出待ちも毎回するようになった。

そうするうちに、aさんもAに所属する他の演者も私の事を覚えてくれて、お互い軽口を叩ける位の関係性になっていった。

そうなるともうやめられない。

結果として私は、1年間に70~80公演、イベントも含めると100回近く、それくらいのペースでaさんに会いに行くようになった。

どんなに時間や体力や懐が厳しくても、会いに行くことをやめられなかった。

その頃の生活についてもさらっと触れてみる。

1~3年目は大学生だったので、公演がない日は隙間なくバイトシフトを入れ、単位を落とさない程度に授業に出ていた。

キャリーバッグを持ってバイトに行き、終わり次第夜行バスに乗って地方公演に行ったり、

地方公演に行った後空港徹夜して、始発の飛行機で戻りそのまま大荷物大学に行ったりとなかなかアグレッシブだったと思う。

就活は一応した。就職を機に追っかけをやめようと思っていた。

しかし、結局就職先が決まらずにフリーターをしながら資格勉強をする道を選ぶことになる。

名前が書ければ入れるような大学ではなかったことと、その年の就活事情が「氷河期よりひどい」と言われるレベルだったことを一応言い訳させてほしい……首都圏大卒初任給額面15万(残業代出ない)の求人を蹴ったのは間違いではないと思うんだ……。勿論私が追っかけにかまけて就活を真面目にしていなかったことが一番の原因なのだけれど。

何となく察していらっしゃるかと思うが、フリーターになったことで追っかけはとてもしやすくなった。

よく働いた。そして給料は全てaさんのために。

2年後にようやく就職するまで、私は大学生の時以上に追っかけに精を出すことになってしまったのであった。

なお、資格は3ヶ月で諦めている。費用は全て自分持ちだったので勿体ないことをした。どうせならその費用を追っかけに使えばよかったと未だに思っている。

aさんの追っかけをしていたのは正味5年間くらいだと思うのだけれど、その内4年間くらいはずっと「強火」だったんじゃないだろうか。

さっき、「公演には9割方行っていたし、その大半は前方数列以内で見ていた。」と書いたが、前方数列以内では基本的に満足せず、最前列をいつも狙っていた。

理由は色々ある。

誰よりも近くで見たかったし、他のファンが目に入るのが嫌だった。

それに、最前列にいると「誰よりも近くにいる」という優越感も出てくる。

しかし、まあ、そうなってくると問題も色々起きてくる訳で。

Aでは、最前列で見ている面子ほぼほぼ固定されていた。

その面子の中にはもちろんaさんの他のファンもいる。

中にはAの他のファンと結託してチケットを取っている人たちもいたから、その戦争に打ち勝ち最前列を勝ち取るのは大変だったし、自力で良いチケットを取って最前列でみれたはいものの、他のファンから嫌がらせを受けて楽しめなかったりもした。

それでも、私はaさんを近くでみたかったし、元来勝ち気で負けず嫌い性格なので嫌がらせなんぞに屈する訳もない。

しろ火がついてより一層チケット取りに力を入れることになる。

テクニックで取れる先着順のチケットも、万全を期すために代行業者に頼んだりした。

抽選販売保険をかけて何口も申し込んだ。

手売りのチケットで順番がランダムになっていた時は30枚、50枚、100枚と良席が出るまで買い続けた。(流石に毎回は出来ないが。)

余ったチケットは定価か定価以下で譲りに出していたけど、譲り先が決まらなくて手元に結局残ってしまったことも少なくない。

今でも実家掃除するともぎられていないチケットの束が出てきたりするのはそのせいだ。

もう使えない意味の無いチケットなのに、なぜか捨てられない。

一応金券だからだろうか。いや、多分理由は違う気がする。

私が100枚買ってもチケット完売しないような状態だったから、きっとAにとっては良いお客さんだったろう。

おかげでAの演者たちから、私はそれなりに気に入られていたと感じている。

まあ、客だから悪く扱われないのは当たり前なのだけれど、他の「強火」のファンの中には割と問題児もいたりしたので「相対的に」ということだと思ってもらえればいい。

その問題児についても沢山書きたいことがあるのだが(なんせ面白い話が沢山あるのだ)、長い話になるため、まだ本題にも辿り着けていない今回は自重したい。

詐欺」と「下肢静脈瘤」と「亀によく似ている」いうキーワードだけ置いておくのでもし増田でいつかそんな記事を見かけたらその時は宜しくお願いします。

話を戻す。

私はaさんから、他のaさんファン比較して1番良い扱いを受けていたと思う。

相対的に見てまとも」

「他のファンと揉めない」

「毎回来てくれる」

チケットを沢山買ってくれる」

「気の利いた差し入れ(時に高価なもの)をくれる」

これなら気に入られるのは当たり前なんだけれども。

当時の私も、その事は理解していた。

理解していたからこそやめられなかった。

やめてしまえば、今の「特別扱い」は無くなるとわかっていたかである

私はそのポジションを守るために必死だったから、やってみて評判が良かったことは続けるようになってしまった。

チケットは、もう良いチケットを確保していてもまだ沢山残っていたら追加で買った。

差し入れは、たまにaさんだけではなく他のAの人にもさり気なく配って他の演者から評価も下げないように気をつけた。

他のaさんのファンとも積極的交流をもち、仲良くした。

出待ち自分が話す時間が無くなっても、他のaさんのファンの子を「話しに行っておいで」と送り出した。

全部、最初は打算なくやっていたこと。

たまたま、友人を誘う予定ができたから追加でチケットを買っただけ。

たまたま、お礼をしたいことがあったから他の人にも差し入れを渡しただけ。

私が他のaさんファンから嫌がらせを受けたことがあったから、私はaさんファンに優しくしてaさんファンを増やしたかっただけ。

でも、それに「ありがとう」と言われてしまうと、やめるのが怖くなり自分をどんどん追い詰めていくようになる。

それでも、自分特別だと思っていたし、自分が好きでやっている事だから何も気にならなかった。

けれど、

例えば、自分がどうしても譲れないと思っていた公演で最前列を取れなかった時。

例えば、自分はされたことのないファンサービスを他の人にしているのを見た時。

例えば、相手の機嫌が悪くて冷たくされた時。

_______辛かった。苦しかった。しんどかった。

Aの、aさんの熱心なファンが増えていくほど、そういう事は増えていった。

違うか。

私が、そういう事を前より気にするようになってしまっただけだ。

(だってAの客は5年間で殆ど増えなかったんだもの)(新顔が増えるのと同じくらい前からファンが離れていったから)

自分が強火になればなるほど、その火力は沢山の利益をもたらしたけど、それと同時に私の精神は焼け爛れていった。

幸いにも、5年間の間にAの他の演者ファンで、私と同じようなスタンス応援している信頼できる仲間ができて、その子達と相談したり協力しあっていたか孤独ではなかった。

これが辛いと愚痴を零せば「わかる、私もね……」と話をしてくれ、お互い慰め合い励ましあって。

1人でないことがどれだけ心強かったことか!

けれど、aさんはAで一番人気で一番ファン問題児が多くて一番気分屋だったから、他のみんなより私は苦労することが多かった。

事実はどうあれ、少なくとも私はそう思っていたので、その結果

「みんなはいいよね、私なんか……」

と思う事も一度や二度ではなかった。

その頃にはもう、お金を稼ぐ時間とaさんに会いに行く時間以外はなくなっていったし、稼いだお金はいくらつぎ込んでも足りなかったから、友人からの誘いも断ることばかり。

元々私は多趣味で他にやりたいことも沢山あったけどそんな余裕はどこにもなくて、私の世界はどんどん狭くなっていく。

そしてそうなればなるほど、「私にはaさんしかいない」という盲信は強くなる一方……

舞台の上のaさんをこれからもずっと見ていたい、応援していたい」

そう思って走り始めたはずだった。

それだけならそんなに苦しい道では無かったかもしれない。

けれど、道の途中で美味しい果物を見つけてしまって、気が付けばそれを探さずにはいられなくなってしまった。

道端に落ちていたりたまたま貰えたりすることもあったけれど、いざ探し求めるとその果物は高い木の上や険しい崖の上にあった。

手の届く所にあるものだけでは我慢できなくて、傷だらけになりながらそれを取りに行った。

同じaさんのファンを妬み、仲間を羨み、時にaさん本人すら呪い、正解も終わりもない「特別扱い」を求めて自分を追い詰めていった。



そんな日々の終わりは、意外とあっけないもので。

他のファンに、私が取った最前列の一番いい場所理不尽横取りされたというだけのことだったんだけど、そこで「あ、もういいや」となってしまった。

普段ならそれくらいのことで折れたりめげたりしないのにあの日はなんだったんだろう。

まあ、そんなこんなで私は頑張るのをやめた訳です。

徐々に公演に行く回数も減らして、就職をすることにした。

完全にファンをやめた訳ではなかったけれど、頑張らないというだけでとても気持ちは楽になった。

そうなると公演ものんびりと楽しめるようになる。

どういう訳だか、頑張っていた時のような興奮と感動を味わうことはなくなってしまったのだけれど、穏やかな気持ちでaさんを見られることは悪くなかった、と思う。

特別扱いは無くなるだろうと思っていたけれど、意外なことにそんな事はなかった。

たまに公演に顔を出せばいつもファンサービスをくれたし、たまに話す機会があっても今まで通り。

「そんな事をしても、もう前のようには頑張らないよ」

と言ったことがある。

しかし、そんなつもりはないと返ってきた。

それも含めて営業かもしれないが、私の5年間は一応何かしらの成果を出したのかも知れなかった。

そんなこんなで数ヶ月が過ぎた頃、aさんは突然Aをやめた。そのジャンルからいなくなり、普通の人になった。

最後の公演を観に行くことはなんとなくしなかった。その必要はないと思った。

そういえばその時、aさん宛にメッセージを集めたいとaさんファンの子に言われたけれど、それは断ったのを覚えている。断った理由は忘れてしまったけれど。

こうして、私とaさんの5年間は終わった。




随分と長い昔話になってしまったが、最初の話に戻ろう。

今私は、ある声優さんファンをしている。

去年、友人に勧められて見たアニメで好きになったキャラクターの声を担当していたのがその人だった。

その当時、中の人に興味がなかったので、本来であればそこで終わる話だったのかもしれない。

なのだが、そのアニメきっかけで2次元に出戻り、色々なアニメを見たりアプリゲーをするようになって、その声優さんキャラに惹かれることが多いことに気付いた。

まりにもその人が声を当てている子ばかり好きになるものから、その人の他の出演作を見てみたくなった。

その人本人にも興味が出た。

そんな感じでなんとなくそ声優さんを気にかけるようになって、やがて

「もしかしたらファンなのかもしれない」

と思うようになる。

出演作を追えば追うほど、ラジオやなんかで人となりを知れば知るほど、その人を応援したい気持ちは増していって、

ついに自分がその声優さんファンだと認めざるを得なくなった。

そしてここから、この記事の本題である私の悩みが始まる。

(そう、なんとここまで全て前置きなのである)

私は、「強火」なファンしかファンの形を知らない。

普通の温度で応援するやり方がわからない。

けれど、もう私はどんなジャンルであれ「強火」にはなりたくないのだ。

aさんを追いかけていた頃より歳をとってしまった今の私には、あの頃のような体力も行動力もない。

嫌な思いをしてもその人に会いに行くために全力を尽くすという気概もない。

もう、あんしんどい思いはしたくない。

更に、もし今その声優さんをあの頃の私の温度で追いかけようとした場合時間費用も体力もあの頃とは比べ物にならないだろう。

300人キャパの会場が埋まらなかったAと、売れっ子の若手声優さんでは色々な規模が違いすぎる。

イベントチケットを取ろうとしたってあの頃のようにほいほい最前列が取れるわけもないし、そもそもチケット自体激戦で取れないことだってある。

リプを返してもらえたり、出待ちやなんかで直接話す機会が沢山あったaさんとは違うのだ。

この先その声優さんファンをやってて、果たして直接話せる機会なんて来るんだろうか。

そう、つまり、あの頃と同じことは実際問題不可能

そんなことは私のスッカスカの脳みそでも理解している。

理解しているのだが。

では、どうやってファンをしたらいいのだろう。


ファンである自覚してから、最初に興味を持ったのは声優イベントだった。

元々「見に行く」ジャンルにいたせいだろうか、直接本人が見れるイベントに行きたくてたまらなくなったのである

正直悩んだ。

イベントに行く=ガチ勢、というような印象があったし、aさんを追いかけていた頃の悪い癖が出そうで嫌だった。

間違いなく、行けば深入りするきっかけになってしまいそうだと思った。

けれど、誘惑にはめっぽう弱い私なので、結局、とあるイベントに行ってしまった。

悩んだが、行ってよかったと思っている。後悔はしていない。

「うわーーー生きて動いて喋ってるーーーキャーー」

というクソみたいな感想しか出てこなかったが、実際に生で喋っているその人を見れて嬉しかったし、話し方や表情の動きを見ているだけで本当に楽しかった。

けれど、危惧していた悪い癖は案の定バドバ出てしまう。

その悪い癖というのは、他のファンを観察してしまうこと。

その人の服装、持ち物、連れと来ていればその関係性と会話の内容、

どの程度必死ファンなのか、人間性はどうか、マナー違反をしていないかファンサービスをされているか……など。

まりは、

「あっ、今あの人わかりやすファンサされた。最前列にいるし言動からして熱心なファンのようだし、もしかしたらあの声優さんから認知されている常連のファンなのかもしれない。やだなー、あの人さっき友達割り込ませてたじゃん、そんな人がファンサ受けるなんて……」

というようなことを考えてしまうということである

Aを見に行っていた当時は、

見ない顔があれば観察して、誰のファンなのか、aさんに認知されているのか、どの程度の頻度で来ているのか、最前列を狙うようなファンだろうか、迷惑行為をしたりするような人ではないだろうか……

と、毎回そんな感じで他のファンを観察していた。

観察する理由は色々だが、「知らない人がいるのが嫌」ということにまとめられる。

aさんのことはなんでも知りたくて、それは「どんなファンいるか、そのファンにどんな対応をしているか」という点についても同様だったのである

そして、観察対象自分比較して不安になったり安心したりするのが常であった。

その癖は対象がかわっても治らなかったようで、私はその日、他のファンを観察しては一喜一憂していた。

その声優さんファン層やファンサの仕方を知りたい、という好奇心だけならよかった。

けれど、自分よりも熱心で、沢山その人に会いに行っていて、更に自分より前列で見ている相手がいると勝手に妬み、勝手自分卑下して、勝手に傷ついてしまう。

そんな事をしても無意味なのはわかっている。

「好き」という感情を他人比較することも自分の定規で他人のものまで測るのも、無意味で無様で失礼なことだ。

またマウンティングゴリラになってクソの役にも立たない優越感を味わいたいのかもしれない。マウンティングする力なんてもうないのに。

こういう気持ちを打ち明けられて、相談できる同じ趣味の仲間がいたら、と思う時がある。

けれど、同じ人のファンとは表面上の付き合いしかできる気がしないし、例えば違う声優さんファンだったとしても、過去の私は違う人のファンにまで嫉妬をしてしまっている。

そもそも、こんな面倒臭くて考え方が危ない人間であることを受け入れてくれる人がどこにいるんだろう。

なので、声優ファンの友人を作るのがとても怖い。

先日、同じ声優さんファンの方からTwitterで声をかけられ相互フォローになったが、とても窮屈な気持ちになっている。

私の不用意な発言でその人を傷つけてしまうかもしれない。嫌な思いをさせたくない。

私のこんな澱んだ感情は隠し通さねばならないと思い、息が詰まる。

もうひとつ厄介なのが、Aを追いかけていた頃に培った技術がどうもこのジャンルでも多少有用らしいこと。

最近は二回連続イベント最前列を取ることができたし(これは指定席抽選ではないやつ)、ちょっと取りにくいチケット普通に取れた。

運による要素もとても多いのだが、つい「 このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2017-06-25

[]アキードリア

名前

アキードリア

Xboxハードでの出演作

Sine Mora

デザイン

ケモ(これ形くわしくないけど、猫とかトラっぽい)。女の子

ゲームキャラとしての特徴

・「時を操る能力

Sine Mora操作キャラクタ全員の特徴でもあるのだが、この時を操る力は

「敵の弾に当たっても、制限時間を消費し復活できる」

「ゲージを消費することで、敵や敵の弾がスローに見えるほど加速する」

のように、ゲームシステムとして再現されている。

○好きなゲームスキル武器

アジスバテリー

このゲーム、サブウェポンが妙にクセが強い操作キャラが多いのだが、

アキータのサブウェポンであるアジスバテリーは扇型に弾を発射するというシンプルな装備で、

範囲が広く、攻撃力も悪くはなく、とクセがなくて使いやすい。

○名台詞

「「来るべき日々の書」に我々の名前はない。

我々は死ぬのだろうか?」

エンキー族」のアキータの価値観はなかなかゲームからは読み取りづらいのだが、その価値観がよく伝わるセリフ

エンキーは支配者の「偉大な旅」によって全ての命を規定しているらしく、おそらくこの「来るべき日々の書」というのと「偉大な旅」というのが密接な関係にあるのだと思う。

Shine Moraストーリーとしては、タイムトラベルものらしいウロボロス的な展開を見せるロノトラ親子のストーリー面白い

しかし、個人的には、タイムトラベルというほぼほぼ無敵に近いような「逃げの手」を持ちながら、帝国と戦うアキータの姿と、

そのアキータが帝国と戦わざるをえないその独自価値観垣間見えるこのセリフは、とても印象に残っている。

2017-06-24

恋愛友情における時間配分について

いつも遊んでる友人が恋愛し始め、疎遠になってしまうっていう話について頭がこんがらがってしまった。

29歳男性の私は、飲み屋で知り合った22歳の女性Aにアプローチをして友達以上恋人未満関係になっている。

出会ったのは1年半以上前、その飲み屋にはAを含め学校の同じクラス女性4人組で来ていた。学生だったから出来たことだと思う。

それが卒業就職きっかけに4人で集まることが少々難しくなったのか、以前のように毎週末全員が揃うことがまれになった。

それでもAともう一人Bは毎週末ほぼほぼ欠かさずその飲み屋で飲む仲を維持しているようだった。

私もカウンターだけのその飲み屋には少々縁があってよく通っていたので、曜日が合っていたのかその子達とはよく隣になって飲んだ。

4人ともLINEを交換し、みんなで他の飲み屋や誰かの家で鍋パをするような仲になった。

そのうちに私はAを好きになり、Aと2人で会うようになる。

そうなると休日が似通っているAとBと私なので、置いてきぼりのBは寂しさを覚えるようなった。

そんな折、Aに誕生日が近づいていたある日、私はAを飯に誘った。

待ち合わせの繁華街、落ち合ってしばらくするとBと4人組のもう1人がその飲み屋で飲んでいるという連絡がAの元に入った。

共通の知り合いの誕生日だということで集まっているという。

その飲み屋も歩いて数分なのですぐにでも顔を出せたが、この時私はAと2人で居たい、Aに選ばれたいという衝動かられAを引き止めた。

Bを選ぶな、私を選んでほしいと強く思った行動だった。

Aは私との関係性と友人との関係性に揺られ決めあぐねる間も時間は過ぎ行き、とうとう終電を迎え、もう1人の方が帰ってしまったと連絡が入った。

その時わかったことだが、友人たちはAの誕生日サプライズを用意していたようだった。

それでもBは待っていて、Aは私も一緒に行こうと誘ったが、私は行く気にはなれず、Aがその飲み屋に行くなら私は帰ると言った。

とりあえずAと私は店を出て、繁華街を歩きながら、

私はAと一緒に居たいが、その飲み屋に行くなら帰ると言い、

Aは私と一緒にその飲み屋に行ってほしいと、その平行線のまま1時間が過ぎた。

すると飲み屋の方からBが駅に向かって歩いているのを見つけた。

両手にはAへのプレゼントを持っていて、顔をみると泣きじゃくった痕があった。

Bは感情を抱えてしま性格で多くは語らなかったが、目一杯の寂しさを感じていたことは誰が見てもわかった。





今回これを書いてみて改めて明確になったが、どうやら私はお邪魔虫のようだ。

集まっているという最初の連絡の時点でその飲み屋に向かっていればきっと良かったのだと思う。

誕生日サプライズを察するべきだったのか、いや事前にBにAの誕生日はどうするか聞いていればよかったのか。

それとも、Aが優柔不断から悪いのか、誕生日はAなのにもかかわらず。

はたまた、BがAに対しての依存が過ぎることが悪いのか?

私がAともっと深い関係を望むならAと友人たちの時間は奪うことになるが、それは悪いことなのか?

愛情よりも友情の方が尊く永い関係であるから友情が失われる愛情であれば愛情は切り捨てられねばならないのか?

恋愛友情における時間は配分されねばならないのか?

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620205746

神道って実際どうなんだろうな

天皇=神にできない以上は国教として必要ってのは分かるけど既に墓の形態変化を見ていくと

日本人にとってどれだけ拠り所となる宗教必要なのか疑問なところがある

既に葬式なんて俺の身内まわりだけでもほぼほぼ家族葬あの世とか仏とか文面で使う固有名詞しかなってなくて

義務的形式的にやってる感が年代性別わず、そんな感じの反応

コスパいいし家族葬でいいか的な感じで一族の繋がりとかも年々希薄になっていってる

友人に聞いてもそんな感じらしい

昔俺のおじいさんの葬式っつったら50名くらいは集まってたもんだけど今じゃ10名前後か

完全には要らないとは思わないけど結局今の平成天皇カリスマ性って平成天皇個人から来てるから

次の代でも保てるかどうか

早期セミリタイアのすすめ

5年前、40歳で早期セミリタイアに入った。

事情があってその時点で持っていたのは現金1600万円のみ。

年金国民年金を全納すれば月10万円は65歳から受け取れる見通し。

独身、子なし。

まず中古公団団地の一室を購入した。築45年だったが、メインテナンスはしっかりしてあって、まあ、二十年、三十年は問題なく住めそうだった。

ちなみに立地は首都圏政令指定都市である

エレベーターのない5階というのは難点だが、運動をしていると思えばいいだろう。ネットスーパーもあるし。

大型団地なので、役所図書館病院公園スーパーが整備されていて、環境はいい。

経費込みで200万円だった。管理費が月々2万3千円。

それまで住んでいたマンション家賃が8万円だったので3年住めば十分に元は取れる金額だ。

首都圏にはこういう物件が多数ある。セミリタイアにおいて家賃はネックになるので、こういう物件を探して生活費圧縮させたほうがいい。

1日10時間勤務夜勤の警備の仕事を週3日やっている。それで手取り13万円だ。

週休4日である

社会保険関係天引きされるので、別途支払わなくていい。

私は年金積立型の医療生命保険に入っているので、それの支払いが月3万2千円と大きい。その代り入院費はほぼほぼカバーしてくれて、65歳から85歳まで月々7万5千円振り込まれる。これを維持すれば老後の生活費は賄える計算だ。

管理費が2万5千円、食費が3万円、水道光熱費が1万円、通信費が5千円、雑費(小遣い込み)で3万円だ。それでも月1万円は残る。

余暇を利用して、ウェブライターをやっているが、無理なくやってこちらの収入が月2万5千円ほど。フルタイムできっちりやればひょっとしたら警備の仕事分くらいは稼げるかもしれないが、社会保障費の負担があるのでバイト勤務を続けている。

生活雑貨衣料費等々を含めてだが小遣いが月5万5千円はあることになる。何の不自由もない。

貯金は再投資型のインデックス投資信託にしていて、今のところ年利は税金経費を差し引いて4.8%は維持している。

少なく見積もって2%と見ても、60歳で2000万円、65歳で2500万円にはなっているはずだ。

2%というのはかなり控えめな予想だ。

数字で示した通り、私の条件は一般比較して必ずしも良いほうではない。それでも独身ならば、週休4日で無理なく暮らせているのだ。

若い人で結婚する気もなく子もいないならばもっと計画的に早期セミリタイアを狙ってはどうだろうか。

その間の年収が平均で400万円越えているなら、最初からきっちり計画して節約して投資していれば、35歳からセミリタイア可能年金が仮に月々5万円くらいになっても生活していくことは可能だと思う。

[追記]

投資信託は寝かせておくだけなので、日常的には何もする必要はない。

株式であれば安定して3%以上の配当を出している企業はいくらでもある。配当益めあてならばそちらに投資するというのも手だが、資産形成であれば投資信託の方がいい。

5階建てエレベータなし物件は何もずっとそこに住まなくてもいいのだ。3年住めば元を取れるので、もうすでに元は取った状況だ。

週三回、十時間勤務は基本的には私の都合である基本的には30時間以上の勤務実績が無ければほぼ社会保障負担をしてくれる会社はないからだ。

普通会社勤めが出来る人なら無理にこういう生活を送る必要はないと思う。

私は所詮アルバイトなので、煩わしい人間関係もないし、自由時間が大幅に増えているのは事実なので、せっかく独身なら「無理に稼ぐ必要はないよ」という意味でこの記事を書いた。

国民年金は満額支払っても月8万円くらいだが、厚生年金があるのでね。

一応最悪年金は月五万円でも、65歳から100歳まで月20万円の収入が働かなくても得られるように組んである

[追記]

住むならば首都圏がやはり有利。仕事も多いし、時給も高い。

ネットオークションというか、東京商品地方に発送する小遣い稼ぎをやってみたが、それでも15万くらいは稼げそう。面倒くさいのでやめたが。

それよりも割がいいのはマンガ週刊誌などを海外オタク向けに発送する仕事。私は英語ができるので、こちらも結構稼げた。

やはり面倒くさいのでやめたが。

何も考えなくていいと言う点では夜勤警備員バイトに勝る仕事はない。

[追記]

結婚は諦めたのではなくてもうしたくないのでござる。バツイチなのでござる。一人の孤独デメリットよりも一人の自由メリットの方が大きいのでござる。

生きがいやら人生の目的やらを重視している人が多くて驚いている。

そんなもの持ったこと今まで一度もない。やりたいことをやるよりもやりたくないことをやらない人生の方がずっと素晴らしい。

[追記]

国民年金を前倒して納付する制度はあるのかも知れないけど、ここでいう全納はそういう意味じゃなくて、40年満期で支払ったならば、という意味です。大学生の二年間、支払い猶予になっている人は多いけど、その場合は60歳までで38年納付計算か、65歳までは追加納付できるので、その期間中に納付するということです。

あと、老後の定期収入は一万でも二万でもやっぱりあったほうがいいよ。年金自体破綻しないよ。破綻しそうなのは生活保護制度の方だよ。

[最後の追記]

うん、まあ、これがセミリタイアじゃないっていうなら別にそれでも構わないんですが。

言いたかったことは、老後の備えと入院の備えさえある程度できているなら、独身ならフリーターでも十分生きていけますよということだ。

何も無理して稼いで子持ち世帯のために税金を納めてあげる必要もあるまい?みたいな。

日本場合正社員仕事フリーター仕事の、賃金就職のしやすさ、責任等々の格差が大きすぎて、ちょうどほどよい仕事ってのがあんまりないんだよね。

アルバイトならいつでもケツをまくれるわけだし、実際にそうするかどうかはともかくそうできるという自由は何にも代えがたい。

余暇ではイラストを描いてピクシヴにアップしています。そちらでも収入を得ようと思えば可能かもね。

夢、とは違うけど、ふわふわした憧れ職業みたいなのってあるじゃないですか。ミュージシャンとか。そういう夢を追いかけるのは若いうちだけみたいな風潮があるけど逆だと思うんだよね。

ある程度の資産を築けば、好きなことで生活ができるくらい稼ぐってのは難しいけど、小遣い稼ぎ程度稼ぐっていうのは十分可能で、そういう生き方も出来るんだよ。

孤独死とか(笑)、じゃあ定年まで勤めれば孤独死しないのかってことだわね。

人生を65歳以降のために生きるのって、そっちの方が不幸じゃない?

2017-06-14

映画を見て外国を知った気になってる日本人ってアニメを見て日本を知った気になってるような外人ほぼほぼ一緒だよな

2017-06-11

ある、担当編集者が使えない奴過ぎてひどい目にあった漫画家さんの

記録を読んでいたが、和解についてのページで、それほどの目にあったのに

「万一またこの出版社仕事するなら同じ担当がいい」と書かれていて、

はあ????と思った。

万一ってことはほぼほぼ「なし」と同じだろうけど、万が一にもない、でなく、

するとしたら、という言い方で・・・まだそいつかばうのか・・・??

わからん・・・!優しすぎるのも考えものだぞ・・・

今後同じような目に合わんように気いつけなはれや!!

人の結婚式いちゃもんつけたいわけじゃないけど、

友人の結婚式に行ってきた。

私もいい歳なのでそこそこ結婚式には行ってきたけど、こんな祝辞初めてだったので書いてみる。

新郎からは2名から祝辞があったんだけど、新郎のお父さんがわりと偉い人らしくて、なんというか、新郎よりそのお父様の偉大を永遠と語るっていうね。

あと、その業界の大変さと今後の展望

いや、いいんだ、それでも。旦那様が

そんなに素晴らしいお父様のもとで育ったとは知らなかったし。

でも話の割合的に、1人目は4:1、2人目は5:1くらいの割合でお父様の話ばっかり。もう少し新郎の話もしようよ?

終いには「私は新郎というよりもそのお父様と仲が良いのですが、」って、おいおい。

途中で飽きて、最後ほぼほぼ聞いてなかったわ。

一方、新婦側の祝辞は最高だった。

職場上司からだったけど「新婦◯◯さんの結婚式祝辞をするのが夢で、今日それが叶って本当に嬉しい」という言葉から入り、新婦がどんな人なのかはもちろん、新郎の良さ(定型文ではなく具体的なエピソード踏まえつつ)を語ってくれたり、新婦幸せ自分幸せだってことがにじみ出ていて、心が暖まった。

場は飲食店から私も行ったことあって、みなさん暖かいだってのは知っていたけど、大好きな友人がこんなにも愛されていることが私も嬉しくなった。

もちろん、祝辞ってのはゲストではなく2人に向けてのものからゲストがどうこういう資格はないけど、もっと新郎のことを知りたかった身としてはがっかり感。

こんな祝辞初めてだったけど、偉い人たちの間なら当たり前なのかな?体裁あったりてかさ。低学歴にはわからん…。

でも私だったら絶対に嫌だなあ…っと思った次第であります

結婚の予定ないか心配する必要ないんだけどねー

2017-06-06

32歳

http://anond.hatelabo.jp/20150601005527

私が↑の記事を書いて、もう2年が経ちますね。

あの記事にたくさんのブクマコメントをつけてくださってありがとうございました。

暖かい意見も厳しい意見も全部しっかり読みました。


あのあともまぁななかにこじらせ続けていたのですが、いくつかのキッカケがあったりや色々とタイミングが合ったりしまして、

数か月前から婚活を始めました。

いくつかのキッカケの中で、いちばん大きかったのは友人の結婚式でブーケをもらったことです。

それまでの私は職場の同僚や別の友人の結婚式で嫌な思いをしたこともあり、いつしか結婚のものに抵抗感を抱いていたのですが、

その友人の結婚式は本当に楽しかったんです。

ブーケはブーケトスやブーケプルズではない、くじ引きのような形で手にしたのですが、その時になぜか「私も結婚したい」と初めて強く思いました。


とにかく出会いがなかったので、婚活するぞと決めてからはすぐに結婚相談所に入会しました。

男性メッセージをやり取りしたり、実際にお会いして食事お茶をしたりと慣れないことばかりで大変でした。

こちからメッセージを送ってバッサリと断られたりして、それが何度も続くとさすがに心が折れますしね。


そしてついに先日、良いご縁があって交際を開始することになりました。

まだ付き合い始めて本当に日が浅いですが、とても優しくて素敵な方と出会えました。

私が交際経験ほぼほぼないので、お付き合いってこういうものなんだとこの年になって毎日が新鮮です。

あの記事を書いた私は自分恋愛結婚もできるわけないって決めつけてました。

婚活を始めるってかなり抵抗があるし勇気もいるけど、思い切って行動したらこんな私でも道が開けました。


今月、32歳の誕生日を迎えます

願わくば、今の彼との関係がこの先もずっと続いていけばいいなぁと思っています

2017-06-04

くりえいたー純血学

個人的に0から1を生み出す「くりえいたー」になりたい。憧れてる。

そういう人結構多いと思う。

でも多いからか、何か「くりえいたー」じゃないのに「くりえいたー」的な事言いはる偽物も多い。

純血を貶める、なんちゃって「くりえいたー」ども。

純血の「くりえいたー」と一緒にしてはいけない。

ミュージシャン

作詞作曲歌唱、全て行っているものが純血。

路上で一人取り残されても武器を失わないものが純血。

歌うだけのヤツは偽物。純血ではない。作詞だけ、作曲だけも同じ。

最終アウトプットが歌である以上、一人でそれを構成しなくてはいけない。

作詞家が純血気取りしたいなら、ポエムで客を取れ。

曲も歌にするなインストで売れ、歌うだけの奴はオペラとか古典歌って歌声だけで戦え。

それができない格下だから徒党を組んでいるのに純血ヅラするな。

漫画家

原作作画全て行っているものが純血。

原作家、作画家は純血ではない。

こちらも同じく最終アウトプット漫画なので、一人でそれを構成してこそ純血。

原作が純血ヅラしたければ小説家になれ。作画家絵描きになれ。

一人で漫画家になれないか徒党を組んでるくせに純血ヅラしてはいけない。

また、一人で書いていたとしても企画先行モノは論外。

受注制作しているものは純血ではない。ビジネスに飼われた負け犬

絵描き

己の書きたいものを書き、デザインオリジナルであれば純血。

最近数多いる有象無象商業イラストレーターの多くは純血ではない。

受注制作デザインの主導権がないもの負け犬

二次創作は純血どころか、かなりの劣等種。なぜかそのくせ声はでかい

アスリート

その多くが純血。

0から自分の体だけで感動を生み出しているので「くりえいたー」と言っていい。

己の体をくりえいとしている。

圧倒的な実力主義である点も非常に素晴らしい。

写真家

ほぼほぼ偽物。純血がほとんど見当たらない。

理由そもそも被写体が己の創作物ではないから。

どちらかと言えば「くりえいたー」の成果を掠め取る、「ぷろでゅーさー」に近い。

美しい被写体は、その被写体を創った者こそがえらい。

写真はあまりにお手軽に「くりえいたー」気取りになれるので

なんちゃってが数多蠢く地獄世界

シャッター押して出来合いのフィルタかけるだけで作った気になれちゃうインスタグラムがいい例。

金出せば手に入るくせに意識だけは高い一眼レフ信者も同じく。

映画

アニメ

ゲーム

勘違いされがちだがこいつらも偽物。

なぜならば、これら全て産業が巨大で一人で作り上げるのが不可能から

商業に染まり、多人数で創るものはどうあがいても純血ではない。

ましてや月給制の「くりえーたー」など基本的存在しない。

ただ、産業が巨大なので中にいる人間プライドは高く純血ヅラするものが多い。

でもたまに一人で作っている人も少なからずいる。

それはビジネスという汚泥に真っ向から立ち向かう本物の純血。



純血の定義は一つ。

「最終成果物を、誰から求められるでもなく一人で創っている」

それ以外は すべて偽物。まがいもの

純血ヅラしている人間は、今一度胸に手を当てて考えてもらいたい。

そして、

純血は純血のみとしか通じ合えない。

己を賭して、己の力だけで生きているスーパーサバイバー

己のエゴに日々命をかけている。だからかっこいい。

中途半端雑種が、同等に口を交わすことなどできない事を

尊敬と畏怖と共に、肝に銘じなければいけない。

http://anond.hatelabo.jp/20170604155419

痴漢の送検者は大体全国で年間6000~7000件(ただし、これはダフ屋行為などの迷惑防止条例違反者全体の数)だが、痴漢えん罪判決が出たのは2010年時点で過去10年で30件と圧倒的に少ない

ただ、これはあくまでも事件となった数であり、実際の痴漢数はその数倍と言われている。

また、痴漢えん罪を証明するためには単純に女性側の発言矛盾だけでなく、すさまじい数の状況証拠の積み重ねが必要である

現状では「割合は定かではないが、おそらくえん罪はたぶんきっと少数」「現状は痴漢として事件となれば、それが事実であろうと無かろうとほぼほぼ100%罪として確定する」と言うしか無い

2017-06-01

話題の全自動衣類折りたたみ機を作ってる会社に勤めてる友人曰く




  • 社長はともかく見栄を張るのが好き」


などなど。嘘をつく友人ではないのでほぼほぼ真実なのだろう。今後に注目したい。ちなみに友人は退職検討している様子。がんばれ。

2017-05-30

人の彼女を寝取ろうとした人間の戯言 2

まず彼女とKの関係は大きく改善され、彼女もKを好きだとはっきり言えるようになった。「今までで一番好き」だと。そしてKが彼女のことを一番に思ってくれることを感じるから本当に今幸せだと。今までKに対して抱いていたモヤモヤを僕のおかげで形にすることができ、そして本当の意味で互いに好きだと言い合えるようになったと。

それと同時にKは僕が彼女に手を出したことを知ってもう二度と関わりたくない、顔も見たくないと言っていることも知った。もう長い長い、本当に長い付き合いだった大切な友人が消えた。覚悟はしていたけれど、本当に心が痛んだ。ズキズキと痛んだ。そして僕がKの彼女に手を出したと言う情報は一部の間で広まっていて、僕は同期数人の信頼を失い、また友人を失った。

僕は彼女に対し、今でも好きだということを伝えた。伝えなかったら絶対に後悔しただろうから。それに対して返って来た答えは、「それは嬉しいけど、今はもう自分のKを好きだという感情がゆるぎなくなっていて、今まで見たいな不誠実なことはできないから、君の感情を受け止めることはできない」との答えだった。だから、「受け取っておく」と言う表現で終わった。

全てが終わったんだと僕は思った。僕は最大限の努力をもって、そして最大限の自己犠牲によって、当初達成する予定だったKと彼女関係改善を見事達成し、それどころか彼女の中の「好きという感情は何なのか」という疑問に対する大きなヒントを与えることに成功した。そして二人は真実の愛で結ばれたんだ。めでたしめでたし

僕は当初達成する予定だった目標を達成したに過ぎない。そう、そうなんだ。僕は立派に任務を果たした。

僕は彼女のことが本当に好きだったし、どんな話題に関しても面白い着眼点を与えてくれ、聡明な彼女のことを一種尊敬の念も含めて本当に心から愛していたし、彼女も僕のことをほぼほぼ好きになりかけていた気がしたけど、そんなもの幻想だったんだ。

彼女大学受験に関しても心から応援していたし彼女の夢を語る横顔も、彼女自分の状況に苦しむあの涙も、楽しそうに笑うあの笑顔も、そして時に僕を強い言葉で注意するあの強い眼差しも、何もかも僕は受け止める努力をしたけれど、そんなものは全部最初からあくまで添え物の一つでしかなかったんだ。

あくまで僕は主役じゃない。主役級の脇役に過ぎなかった。

もう終わったんだよ、僕と彼女は。

だってそうじゃないか。どんなに幸せイチャイチャしてても、喘ぎ声の中にKの名前がなんども混じってたじゃないか彼女は僕とKのことを何度も間違えたじゃないか。結局僕は永遠の二番手に過ぎなかったんだよ。なんでそれに気づかないふりをしてたんだ、僕は。結局代用品だったんだよ。そこにツッコミを入れると虚しくなるから、結局僕が代用品に過ぎないことを思い知るだけだから、見て見ぬ振りをしただけじゃないか。ヒントは最初から出てたんだ。

僕はやるべきことをやって、その結果いろんなものを失った。僕と彼女関係は友人関係に戻ったに過ぎないけれど、思い出までリセットされるわけじゃない。複雑な感情を抱えたまま元に戻れと言われて、仕方なく引っ込んだに過ぎない。

僕はカッコつけて、「君が幸せならそれでいいよ」とか言って、「君が僕に身を引けというのなら素直に身を引くよ」なんて言って。本当はそんなはずないのに。一歩たりとも引きたくなんかないのに。本当に好きで好きで仕方ないのにな。なんでそんなこと言ったんだろうな。多分嫌われたくなかったんだよな。優しさなんて糞食らえだ。なんでそんな状況に至ってもまだ僕は彼女に優しくしようとするんだ。

「今も僕は君のことが好きだ」って、なんだそれ。未練タラタラのしょうもない男じゃねえか。本当に本当に大好きなんだよ。どうすればいいんだよ、この感情は。

彼女との思い出は僕の中でずっと色褪せないし、忙しくて本当につらかった時も長期休暇で帰省してまた彼女と会えると思ったらどんな苦労も乗り越えられたし、僕はそのために必死になって頑張っていたのに。大学を辞めたいと思っていた僕は必死勉強する彼女を見て大学卒業するために努力したし、仕事だって残業休日出勤も耐え忍んだのに。彼女と見たい映画もあったし、彼女仕事愚痴だって話したかったし、彼女学校の話や思い出話を聞きたかった。

僕は遊びなんかじゃなかった。本気だった。でも同時に、彼女を落とす直前まで行ったのにそこであともう一押しができなかった。最後最後日和った。イチャイチャしてる時も、「早く私を落としてよ」って言われてたのに、最後の一手が指せなかった。

世界に女が何人いるかなんて考えても仕方ない。ここまで僕が好きになった人はいないし、一つ一つ、日常のつまらないことすらも共有し合って心から面白いと思えたのも彼女だけだ。他の女性とそんなことしたって、ただ退屈なだけなんだ。

でも僕は変なところで真面目と言うか、まあヘタレから、Kと彼女関係を引き裂くために努力することは絶対にできなかった。そんなことは僕の良心が許さなかった。その中途半端さ、中途半端な優しさが、結果として全てを失う結果を招いたんだ。

人の彼女に手を出しておいて何言ってるんだという話もあるだろうけれど、そんなこと言えるのは同じ状況に陥ったことがない人だ。ただのイマドキのJK興味本位で会ってみたら、そのJKが本当に僕と気があう人だったんだ。そんな状況で、しか彼氏との関係は冷え込んでいる。そこでそれでも手を出さずに努力できる人は尊敬するし、聖人だとも思うけれど、同時に僕は信頼できない人だとも思う。

女子高生だったから、可愛かったからじゃない。彼女彼女だったから、僕は好きになったんだ。

好きになってしまったことが悪い。でも好きになる以外選択肢がないと言う状況だったんだ。

ももう、全ては終わった。

もう僕はい彼女とまた恋人関係になっても構わないように、僕は自分人生を生きることにした。虚しい希望かもしれないけれど、今の僕にはその虚しい希望にすがりつくしかないんだ。彼女との関係が切れたわけでもない。僕はただ彼女に相応しい人間になることだけを目指そう。そうして生きていく中でいつかまたいい出会いがあるだろう。そう思うことにした。あの時の占いは正しかったのかなと思う。

こんなことになるぐらいならあの時連絡が来た時に無視していれば良かったとも思う。でもそうしたら僕は大学卒業することもないままフラフラしていただろうし、こんなにも自分が成長することはできなかった。父から「お前はこの数ヶ月でずいぶん成長した」なんて言われたけども、それだって結局は彼女出会たからだ。彼女にとって相応しい男になろうと必死努力した結果だ。

運命出会いなんて信じていなかったし、運命出会いなんて僕は一生使うことがない単語だと思っていたけれど、確かに彼女との出会い運命出会いだった。そして彼女出会えたことで僕は大きく変わることができた。

から僕は彼女出会ったこと、そして彼女に恋に落ちたことについて全く後悔はない。手を出したことについても何一つ後悔の念はない。

今はまだ全く諦めがつかないし、毎日LINEで「ただいま」って言う相手がいないというのは非常に寂しい。でもいずれこの寂しさにも慣れて諦めがつく。そうやって人は生きていくんだって。そうやってみんな少しずつ日常に戻っていくんだって。でもそうやって寂しさに慣れて諦めるということは、僕はそれをとても悲しいことだとも思ってしまうんだ。

それでも僕は、悪いですか?

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529080007

痴漢の恐怖ってのは力の弱い女がほぼほぼつのが無理な男に身体を触られる恐怖なわけで

ゲイだのレズだのは同性なんだから身体さえ鍛えてればボコボコに出来るし怖くもなんとも無いだろ

別に吉田沙保里痴漢してくる訳じゃねえんだから

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