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2018-10-06

anond:20181006020439

おおーお薦めまでありがとう増田

透明感あるのにパワフルでめちゃくちゃいい声だ 晴れた空っぽ

若い頃もいいけど最近の感じの方がかっこよくて好きかも 時々入る掠れ声もいいね

イタリア語って結構発音がはっきりしてる感じなのかな 伸びやかさはそういうところからきてるのかも

youtube数珠つなぎでこの人やイタリア人歌手の曲たくさん聴いてみるわ 楽しみができたよーありがとう

だいぶタイプは違うんだけどインドにもパワフルなボーカル女性シンガーが多いよ よかったら聴いてみてね

https://www.youtube.com/watch?v=GHnP54VDXDM

内省的な北欧シンガーもなかなかいいよ

https://www.youtube.com/watch?v=-69dDbwRuvk

2018-10-03

anond:20181003190757

こういう内省なんて概念のかけらもないような煽りレスしてくる時点で上の見込みないわな…

2018-09-30

日本師弟関係がなぜ理不尽暴力的になるのかについての覚え書き

身毒丸』について検索していた時に見つけた、

折口信夫への旅 第1部 ~小説身毒丸」をめぐって(歌舞伎批評家山本吉之助)

http://www.kabukisk.com/geitohito33.htm

という折口信夫身毒丸解説文の中に、日本師弟関係がなぜ理不尽暴力的になるのかについての興味深い示唆があったので、

もしかして既によく知られていることかもしれないが、自分は初めて知ったので、覚え書きとして残しておこうと思う。


日本師弟関係

最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。

例えば最も古い感情を残している文楽座人形遣いなど、少しの手落ちを咎めて、弟子を蹴飛ばしたり、三味線弾きは撥で殴りつけたりした。

そういうことは以前はよくあった。そうした躾を経ないでは一人前になれないと考えられてきたのです。

なぜ、そうした、今日の人には無理だなと思われるような教育法が行なわれてきたかということが問題になります。(中略)

それはある年齢に達した時に通らねばならない関門なのです。(中略)

子供または弟子能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。』

折口信夫座談会日本文化の流れ」・昭和24年12月)


■例えば…

七月に入り一座は泉州のある村の盆踊りに迎えられますが、源内法師は身毒丸の踊りに若い女たちの面貌がチラついていることを認めて、その晩、師匠身毒丸自分の部屋に引きずっていって「龍女成仏品」に一巻を渡し「芸道のため、御仏のため、心を断つ斧だと思って、血書するのだ」と厳しく命じます

しかし、出来上がったものを持っていく度に師匠はこれを引き裂きます

「人を恨むじゃないぞ。危ない傘飛びの場合を考えてみろ。もし女の姿がちょっとでもそちの目に浮かんだが最後、真っさかさまだ」と師匠は言います

身毒丸は血を流しながら一心不乱に写経を続けますが、身毒丸脳裏には彼の踊りに熱狂する若い女たちの面貌がなかなか離れません。

一心不乱に写経を続ける身毒丸の姿を見ているうちに師匠の頬にも涙が流れてきて、五度目の写経を見た時には師匠にも怒る気力は失なわれていました。


春琴の教え方は 非常に厳しく、

あかんかかん、弾けるまで夜通しかたかて遣りや」と佐助を激しく叱咤し、

時には「阿呆、何で覚えられんねん」と罵りながら撥で頭を殴り、佐助がしくしく泣き出すこともしばしばであったと云います


芸道小説としての「春琴抄」~谷崎潤一郎・「春琴抄」論

http://www.kabukisk.com/geitohito72.htm


『昔は遊芸を仕込むにも火の出るような凄じい稽古をつけ往々弟子に体刑を加えることがあったのは人のよく知る通りである

本年〔昭和八年〕二月十二日の大阪朝日新聞日曜のページに「人形浄瑠璃の血まみれ修業」と題して小倉敬二君が書いている記事を見るに、


摂津大掾亡き後の名人三代目越路太夫の眉間には大きな傷痕が三日月型に残っていた

それは師匠豊沢団七から「いつになったら覚えるのか」と撥で突き倒された記念であるという


また文楽座人形使い吉田玉次郎の後頭部にも同じような傷痕がある

玉次郎若かりし頃「阿波鳴門」で彼の師匠大名人吉玉造が捕り物の場の十郎兵衛を使い玉次郎がその人形の足を使った、

その時キット極まるべき十郎兵衛の足がいかにしても師匠玉造の気に入るように使えない

阿呆め」というなり立廻りに使っていた本身の刀でいきなり後頭部をガンとやられたその刀痕が今も消えずにいるのである


しかも玉次郎を殴った玉造もかつて師匠金四のために十郎兵衛の人形をもって頭を叩き割られ人形が血で真赤に染まった。

彼はその血だらけになって砕け飛んだ人形の足を師匠に請うて貰い受け真綿にくるみ白木の箱に収めて、時々取り出しては慈母の霊前に額ずくがごとく礼拝した

「この人形折檻がなかったら自分は一生凡々たる芸人の末で終ったかも知れない」としばしば泣いて人に語った。』

谷崎潤一郎:「春琴抄」)


日本古代の、理不尽に怒る神と無辜民衆との関係

自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」という強い思いです。その場合・何に対して彼は意地を張るのかということが問題になります

世間に対して意地を張る場合もあると思いますが、あるいは神に対してという場合があるかも知れません。


ここで神に対して意地を張るということは、神に反抗するという意味ではないのです。

そのように考えるのは近代人の捉え方でして、古代人の場合には絶対者である神に対して反抗するという発想は考えられ ません。

自分に対する神の仕打ちが不当であると感じた時に、古代人は自らの清らかさを神に示すように控え入るのです。

「神よ、この清い私を見てくれ」というようにです。

まり表面 上は畏れ入っているのですが、内心には自分に対する神の仕打ちは不当であるという強い思いがあるように思えます

(中略)

神に対して自分が清い(あるいは正しい)ということを示そうという気持ちを失ってしまえばそれは不信仰ということになります

から理不尽な神の仕打ちに耐えて・彼がそれでもひたすらに生き続けることは「神よ、この清い私を見てくれ」ということになるのです。

それは神に対して意地を張るということでもあ ります


折口信夫座談会神道キリスト教」において次のようなことを語っています

折口は憤りを発することが日本の神の本質であるします。

神の憤りとは人間がいけないからその罰として神が発するものではなく、神がその憤りを発する理由がどこまでも分からない。

神がなぜ祟るのかその理由が分からない。

このことが重要である折口は言うのです。


神が憤るのは人間がいけないからだ・人間が何か悪いことをしたから神が怒ったに違いないと考えるのは、道徳倫理が完成した後の時代の人々の感じ方なのです。

既成の道徳基準があれば、人々はそれに照らし合わせて・神がこれほど怒ったのにはこんな理由があったに違いないと後で納得できる説明を付けようとします。

しかし、道徳がまだ成立していなかった古代人には照らし合わせるべき倫理基準などまだなかったのですから、人々には神が怒る理由など全然想像が付きませんでした。

古代人にとって神の怒りは唐突で・理不尽で、ただただ無慈悲ものに思えたのです。


『神の怒りに当たることと言う怖れが古代人の心を美しくした』(折口信夫・「道徳研究」・昭和29年)


古代人にとって神の怒りはただただ理不尽ものでした。

そのような理不尽な怒りを神はしばしば・しか唐突に発しました。

例えば地震台風洪水旱魃・冷害などの自然災害がそのようなものです。


このような時に古代人は神の怒りをみずからの憤りで以って受け止めたのです。

みずからの憤りを自分の内部に封じ込めて黙りました。ただひたすらに耐えたのです。

そうすることで古代の人々はみずからの心を倫理的に研ぎ澄ましていったのです。

「神よ、この清い私を見てくれ」と言うかのように。


古代人の 生活というものは、風雪災害飢饉病気など、現代人が想像するよりもずっと過酷で・辛く厳しいものであったということなのです。

そのような時に古代人は神の理不尽かつ無慈悲な怒りを強く感じたのですが、そこをグッと持ち耐えて自己を深い内省と滅却に置くことはまこと殉教者以上の経験したことになるのです。

折口はそのような過程から道徳のようなものが生まれて来ると考えました。


貴種流離譚というもの民衆に与えた印象というものは「身分の高い人が落ちぶれて哀れな姿になって・・」というものでは決してないのです。

民衆貴種流離譚に見たものは神の与えた理不尽かつ過酷な試練に従順に耐える殉教者の姿なのであり、それは過酷な生のなかに生きる民衆自身の姿と も自然に重なって来るわけです。

民衆貴種流離譚を愛したのはそれゆえなのです。


神は別に何もするわけではないのです。

しかし、神がたまらなさを感じて涙を流してくれるならば無辜贖罪者は何かしら救われることになる・ 実はそのことだけで十分なのです。

これが古代人が神に対する時の態度です。


源内法師は身毒丸無慈悲折檻を強いながら、それに抵抗することなく・懸命に師の言いつけを実行しようとする身毒丸の健気さ・ひたむきさのなかに無辜殉教者の姿を見たのです。


最近ではそういうことはだんだんなくなって行きましたが、日本師弟関係はしきたりがやかましく、厳しい躾(しつけ)をしたものでした。

まるで敵同士であるかのような気持ちで、また弟子や後輩の進歩を妬みでもしているかのようにさえ思われるほど厳しく躾していました。(中略)

子供または弟子能力を出来るだけ発揮させるための道ゆきなのです。

それに耐えられなければ死んでしまえという位の厳しさでした。』

折口信夫座談会日本文化の流れ」・昭和24年12月)


折口がこのように語る時、折口日本伝来の師弟関係なかに理不尽に怒る神と・神を信じてその仕打ちに黙々と耐える無辜民衆絶対的関係をそこに重ねて見ているのです。


神はしばしば理不尽な怒りを発して、我々に謂れのないひどい仕打ちします。

我々には神の意図することがまったく理解できません。それはただただ理不尽ものに思えます

しかし、それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩むということことです。

過酷仕打ちを受けてもなお神を信じて神に従う人を見る時、神はそのような人々に対して賜らない愛おしさを覚えるであろう。慈悲の涙を流してくれるであろう。願わくば我々を悲嘆のなかから救い上げてくれるであろうということです。

折口はそのような気持ちから道徳のようなものが生まれてくるというのです。


そこには正しいとか・間違っているという倫理基準など存在しません。

善とか悪というのは道徳が成立した以後にある基準なのです。

あるとするならばそれは「清い」とか・「清くない」という感覚的(あるいは生理的な)基準です。


源内法師と身毒丸理不尽に怒る神と無辜民衆との関係無意識のうちになぞっていることになります


まり


神の理不尽な怒り(地震台風洪水旱魃・冷害や飢饉病気など)

→「自分にはこのような仕打ちを受ける謂われはない」と思う

→それでも神をひたすら信じ・神の指し示す道を黙々と歩む

 「神よ、この清い私を見てくれ」


これが、古代の神と民衆関係であり、師弟関係はこれをなぞっていると。


なるほど、自分がそういう目にあうのはいやだけど、ドラマ物語で接するとなんとなく納得してしまうのは、そういう古代から宗教的感覚が今も心の中にあるからなのかもしれない。

2018-09-20

普通になれない

子供の頃から体力がなくて慢性的に疲れがち

加えておそらく遺伝癇癪持ち

仕事内容や環境の変化に体がついていか会社に行けなくなってきた

無理して出社した時点で神経が摩耗しきっているため、ストレスを受け流したり社会的振る舞う余裕がない。

視覚過敏と嗅覚過敏と聴覚過敏が悪化してイライラ他人が許せなくてイライラ、1人になりたくてイライラ本音を言わないよう気をつけてイライラ、土足で距離を詰めてくる人にイライラ仕事が合わなくてイライラ取引先に嫌味を言われてイライライライラを受け流せない自分に1番イライラ。。。の無限ループ

全ての出来事に脳が過剰反応してしまい、苛立ちと内省爆速で繰り返していて休まる時が全くといっていいほどない

眠りも浅く夢でもストレスを受け続けているため小さな物音で何度も目が覚めてしま24時間疲れている

これが毎日繰り返されていて本当に本当に本当に堪える

心が休まらいか気持ちがどんどん攻撃的になって何もかも許せなくなり、余裕がないので失言も増える。

みんなどうしてそんなに楽しそうに優しく振る舞えるの?何故毎日人と顔を合わせて問題なくやっていけるの?どういう仕組みで人間生活が送れているの?

もともと社会性があるからストレスが少ない?1人がさみしいから?飲み会が好きだから不安を感じにくい?先読みをしない?よく眠れるから子供いるから?大人から

社会生活の大抵がハードルが高すぎるし結果よりもストレスが勝ってしまう。人の気持ちが慮れず大人になれない自分が一番クズってことはこれまで生きてきて嫌という程わかっているのでこれ以上自覚したくない。

自然に人に優しくできる人と話していると思考回路が全く違うことに驚かされる。社会性の有無や性格の8割は生まれながらの素質で決まるのだと思う。自分は小さなから一人遊びの割合が多かった。

脳の過剰な働きを弱める薬とかあるのだろうか。でもそんなもの飲んでたら働けないし。どうしたらいいのかわからない。

進んでも引いても地獄

早く消えたい

2018-08-30

夢の海外就職で夢破れて帰国した、この身は最早ただの死体

「もう、夢なんか見ないでね。」

帰国してからの母の言葉絶望だった。

諦めること、期待しないことを骨身に染み込ませて生きてきた人の言葉だった。

ああ、こんな言葉生き方から離れたくて国を出たのに、どうして戻って来てしまったのか。

帰国からたった三日目で泣き叫ぶほどの絶望を感じた。

母の近くにいてはいけないと、帰国10日で家を出た。

とりあえずの生活仕事を得るために、住み込みで縁もゆかりもない土地に流れ着く。

外国人として制限を受けながら模索するよりも、一度祖国でやり直した方がいいだなんて、

やり直しを是としないこの国で、私は何を期待していたのだろうか。

この閉塞感が嫌で、年齢や学歴身分対外的にも内省的にも息がつまる環境から出て行きたくて、

「のたれ死んでも本望だ」って鼻息荒く飛行機に乗ったのに、海外生活に疲れ死にたくなるほど思い悩めば、

死体だけは帰国させなければ」と、生ゴミのような自分自身飛行機に乗せて、なかば逃げるように帰国したのだ。

老いた母に、訳の分からない、英語ですらない外国語の街まで娘の死体を引き取らせる訳にはいかない。

親不孝をしてはいけないからと、死体を持ち帰るのだ、その気持ちだけで飛行機に乗っていた。

生ゴミが腐敗しないうちにと、即座に履歴書で包み隠しては、せめて堆肥にならねばと死体再利用を試みた。

アルバイトパート派遣社員契約社員ヒエラルキーパワハラ理不尽ブラックまっくろくろすけ

夢もクソもないって?そこらじゅうがクソだらけじゃないか、あるよ、あるある

いつから自分自身がまだ動くだけの死体であると考えるようになった。

ほとんど死体だけども、私はまだまだ生きている、もう一度生きられるかもしれない。

そんな気がしていた。死体祖国に届けたら、欲が出たんだ。

死体ジャケットを着せて、真っ当なことを喋らしては椅子取りゲームに興じる。

でも、やはりあの街で最後の一呼吸をついて、のたれ死んでおけばよかったよ。

夢破れた街で、夢の最後を嘗め尽くして、自分勝手に終わらせておけばよかったよ。

スーツケース一つに収まる荷物を、そのまま粗大ゴミに出してから朝一番電車に乗ろう。

行けるところまで行って、のたれ死ぬ場所を探したい。

「もう夢なんか見ないでね」の呪詛に縛られて、馬鹿正直に

「夢もないのだから生きる理由がないね」と結論を出す。

ねえ、お母さん。

私たちは夢を見て生きてこればよかったのかもしれないよ。

夢があるから欲が湧いて戦って勝ち取って生きていけるんじゃないのかな。

夢すら見れない日常の中で、死体として生きるよりもずっとよかったんじゃないかな。

君死に給うことなかれ。

2018-08-29

人間の条件

自分自分を適切に信じたり認めたり慰めたりできること

・状況に応じて自分に本当に非がないか内省し、次に活かせること

・仮に非があるとして、それでも譲れないことがあるならその理由は何かを分析できること

相手が何を理解でき、何をまだ理解していないのかを正確に捉え、(喧嘩マウントの取り合いではない)冷静な「話し合い」ができること

・その際、先入観偏見に囚われないよう心がけること



このへんができるようになったかどうかテストで測って合格点をもらえた人だけに「人間免許」を与えてほしい

免許がなければ労働育児・その他諸々の社会活動ができないようにしてほしい

相手プライドやら個性やら理解能力の有無やらメンタルの強弱やらにムダに気を遣って忖度して人間関係こなすのつかれた

2018-08-28

anond:20180828062750

俺は「ネット連載だから」だと思った。

画力がなくて情報が少ない、各回ごとに盛り上がりどころをつくってないし、表現内省的で地味。

これらの短所は、刺激に疲れず延々とスマホで読み続けるのに向くという意味長所にもなる。たぶん、素早く連載を更新することもできた。

まあ単行本は売れないし、週一ランキングレースにも勝てないよね。

2018-08-21

働くという事

久しぶりに会った大学時代の後輩が以前と見違えるようになっていた。

夢見がちで、地に足をつけて働くという事に興味がなく、バイトと酒に明け暮れていた奴だったのだが今は希望業界で生きていくことを明確に決めて勉学に励んでいる。

後輩ながら尊敬と羨望を禁じえなかった。

すげーよ、本当にすごい。

もちろんそれが夢物語のまま終わる可能性は低くないだろうが、話を聞けば今できる努力はどう考えてもやっているようであり、今後5年の将来像もかなり明確だった。

私も年齢で言えばほとんど差がないのに、夢を語る若者の横顔にドキッとしてしまった。

まりにもまぶしく美しい表情で今後の計画を話すその姿を単純に素敵だと思い、また今の自分の姿を”誰か”に咎められるような感じがしたからだ。

私にだって夢はある。

私は大学卒業後、別大学大学院で研究をしている。

割と頑張っている方だとは手前みそながらそう思う。

卒業後は食品化学系の企業普通に就職して、それなりに生きていくつもりだ。

しかし、現在は燦然たる若者の姿に触発されてこの選択が誤りでないか内省するに至っている。

幸運なことにこの若者たちは私の持つ彼らの夢に関するセンス知識を高く評価してくれているのである

心のどこかで彼らに憧れていて、高い評価を受けて喜んでいること自覚しなければならないだろう。

情けないと思う反面、あちらの道に興味を惹かれている。

自分がどこで何をして何を目的として生きていくのかを考える時間がまだ残されている。

私は私として生きられる選択肢を選び続けたい。

anond:20180821111237

要はフェミの別動隊ってだけだもんな

でもそういう「女様ごめんなさい」という内省ポーズ取ってアピールできるのも、男社会とやらの勝ち組男だけという皮肉

2018-08-12

anond:20180812210431

もう退くに退けないんだろうなあ

「閉じろ」って言われたのが刺さったのか、

増田を閉じて、内省をしなさい

なんて言い始めてるし

anond:20180812205933

ムキになるなって

お盆休みだろ?

増田を閉じて、内省をしなさい

anond:20180812203553

増田は俺か。

話すと必ず相手(自分場合は母)が、自身言葉に刺激されて昂りスパイラルに入る。

そうなった時、指摘すると激昴する。そして母の近くにいる父は、俺が刺激したと勘違い電話口の向こうで激昴する。

指摘しなくても、勝手に昂るので、ピークに達するまでの時間が長いかいかの違いでしかない。

話すだけ損だし、自分らの行動・言動はすべて正しいもしくはやむを得ないもの認識しているから自浄・内省機能がない。

こちらが意見すれば、偉そうに映るようで。

もうどうしようもねぇなと思いながら三十路を迎えたわ。

2018-08-10

anond:20180810215259

それは要は他人自分ドーパミンスイッチ押してもらってギモヂイイイっていう現象なので

日記を書いて静かに内省というのとは違うよね

anond:20180810210356

お前そんなアフィ御用達サービス利用するとか騙されやす過ぎだろ

もっと内省してから行動しろ

自分の強みを知るテスト

ストレングスファインダーという自分の強みを知るテストをやったんだが一番が内省とでた。内省って何に活かせばいいんだ?

2018-07-18

anond:20180718022926

内向内省思索的な人間はこれからどんどん辛くなるよ。

後生大事に抱えた内面成果物(知性も感性自己憐憫批評精神も)も、言葉にするしかない以上、ネットから逃げられないし、

賢しい連中に語りつくされ解剖されつくし陳腐ものであることが明らかになるだけだし、小賢しい連中にはあくちゅありてぃの添加物として似ても似つかないもの解説され置き換えられる。

酒でも薬でも賭博にでも、早々に依存リタイアすべし。

上手く立ち回れば一緒に堕ちてくれる人間は現れる。

2018-07-05

anond:20180705174554

だな

批判のための批判内省しろ批判することを批判する態度に常に批判的態度を持つべ

2018-07-02

捕食者について

捕食者について、初めて読んだのはずいぶん前のことだ。十数年になるか。当時はへぇ面白いなとは思ったが、そのまま流した。まともに受け取らなかった。SFチックな話だといった程度の受け止め方だった。

そしてそれなりにいい歳となった今、改めてカスタネダ無限本質」を読み返してみると、今もなお私の心に響いてくる何かがある。突拍子もないフィクションだとは流せずにいる自分がいる。

  • 人の心には二種類がある。本当の心と捕食者の心。
  • 捕食者の心は苦悩と葛藤をもたらす。それが目的だ。苦悩と葛藤から人間は良質の感情エネルギーを生み出す。
  • 人を無意味行為に駆り立てる。およそ実現不可能な望みを人に抱かせ、それに向けて人は努力を重ねるがそれは結果に結びつかず、徒労となって終わる。人は絶望を感じて終わる。

今これを書いていて思ったのだが、成功者のいないマネーゲームシャインフェルド)を思い起こさせる。

ドン ミゲル ルイスロバート モンロー、EOも同様のことを書いているのだという。

ロバート モンローはヘミシンクを用いて「見た」のだろう。

捕食者という概念は多くあるものではない。

これを認識することが捕食者から脱するための大きな一歩だというのはたしかのその通りだ。

もしこれが本当のことなのだとしたら、私はすさまじいことを教わったことになる。たとえフィクションでも実際に私の人生に大きな影響を与えたことに変わりはないというReviewerがいたが、全くその通りだ。

ブログ普通の人を傷つけるのをやめたい

普通の人が読みたくないもの

「筆者の深い内省」 (尊敬できないだめな人)

「読者への内省が含まれる」(こっちを傷つける敵)

「(読者から見て)悪対象への理解」(悪の手先)

「(読者から見て)善対象への批判」(悪の手先)

普通の人が読みたいもの

「筆者の正義証明」(尊敬できる)

「読者そのままの肯定」(癒やされる)

「悪対象への攻撃」(スカッとする)

「善対象への応援」(この人は味方である)

こういう形で自分普通の人が読みたくないものを書いてるのかな。

単純な善悪で捉えず物事のいろんな視点をどんどん深く追求して行くと、自分矛盾性まで掘ったり読んでる人が善悪どっち側かに立ってるので、その人を批判したような気にさせているかもしれない。

これから増田思考ツールとして、物事を深く考えていったほうがいいか

これまでの思考ツールだったブログはどうしよう、、、

読者が読みたいものだけで組み立てたら、それは本質から気持ちのいい一部だけ見せた嘘で騙してるような気がする。

物事を深く考えるようになる前はまさに読みたいものが書かれて喜んでもらえたブログなので、いつか傷つけずに考えたことを伝えられるようになりたい。。。のか?

いや、ここで思考を深めて、ブログでは読者が読みたいものだけを提供するのがいいのかもしれない。

多分能力的に足りないのが、言葉圧縮、わかりやす抽象化、、、

はてなハイクというところいってみたら、あれはTwitterみたいなフローか。

思考ツールとしては難しいかな?

なるほど、ブログは下書きのまま公開しなければいいわけね。

ここで内省するのは他の人に邪魔かな?

みるとみんな結構短文だし、ここもそれなりのコミュニティか。

2018-07-01

空気がわからないアスペ教科書通りマナーと礼節をわきまえて対話したら

自分が格上だから格下のこいつがビビッてこびていると勘違いして障碍者にどこまでも上から目線で接するのが健常者

健常者のくそどもは内省して弱者差別をやめろ

2018-06-28

anond:20180628202836

皆が自分低能を受け入れて人に偉ぶらない世界

その世界には自分の心の卑劣さを認めて常に内省して生きる人がいる

ひび低能と唱えて自分のちっぽけさを自覚せよ

それが低能先生の教えだ

2018-06-01

自己肯定感のスキマを恋愛で埋めるの、あまり不毛バカみたい

恋人、ほっし~とおもってなんとなく行動してもなかなかどうして上手くいかない。

頭がはげるまで色々考えた結果、

自分対象者もいないのに恋人を欲しがるときは、自己肯定感のスキマを埋めたいからだと気がついた。

わーよくない!誰かに愛されているというためだけに人と付き合おうとするなんて。相手にも失礼だしそれはなんだか不健全な心の持ちようだ。空しいだけだ。

あとなんだかずっとそういう場がいたたまれなくて苦手だったのも、めちゃくちゃ内省したら答えが出た。

相手の方みなさんの長い人生をぽっと出のわたし評価できなくないですか?失礼だ。わたしはそんな身分でないし、そんな評価をされたくないし。

傷つけないから傷付けられたくないし、評価しないか評価しないでほしい。もともと恋愛にむいてないのかもしれない。

から寂しくなったり、恋人が欲しくなったりしたときは本を読んだり勉強するなりして自己肯定感を高めた方がなんだかいいな。のちのちいいことあるだろうし。死ぬときはみんなひとりだし。


自己肯定感のスキマを埋めるために恋人を欲しがってできないって嘆いたり、不倫とかセフレとかワンナイトかに傷ついてる人はなんか勉強するなり資格とるなりしたら気が晴れるかもしれない。

あと「セフレが切れなくて困る」とか普通に言ってると、他の人にも舐められて「こいつならいける」って人たちが誘ってくるから悪循環

自分価値は自ら下げない方がいい。

ずっとこんなことを考えていたら、将来は結婚して出産するんだなと漠然と持ってた固定観念最近もうどうでもよくなった。

結婚にも出産にも相手はいるはずなのに、そういうレールに沿ってだけ考えるのは失礼だし、ちゃんとひとりの「人」だと思っていない気がする。

ゼミ先生大学と院で教えてて独立事務所も持ってる素敵なマダムなんだけど、最近3歳の男の子里親になったみたいで楽しそう。

めちゃくちゃに働いて成功して落ち着いたら子供を引き取って育てる。そういう生き方もあるんだな、いいな なんかみずみずしい。

いろんな生き方をしてる人、常識とかとっぱらってて楽しそう。

あとできることなら人を傷つけたくない。

まだ気がついてない固定観念とか、無駄な心の動きとかもっととっぱらって生きていきたい。

あと、ハゲが治りますように。

こんなちっぽけなお願いくらい叶えろよ神様

2018-05-19

ロリコン権利向上に向けられる差別意識理解できない

twitterで、ロリコン権利向上を訴える人に向かって、子供大人権力構造があるから云々と的外れ非難を浴びせ、それに反差別リベラルを掲げる面々が賛同リツイートしまくってたのが気味が悪くて限界だった。もうほんとおめーらのそのロリコン差別意識をどうにかしろよ。

実在の子どもとセックスするのは(たとえ子どもの「同意」があっても)犯罪オーケー。異存はない。

実在の子どもを被写体にしたポルノは取り締まられねばならない。オーケー。別件捜査の口実になるとかそういう運用上の懸念はあるが、単純所持禁止それ自体異論はない。

個人的には2回目までは廃棄命令で済ませて3回目以降はじめて送検するというスリストライク方式でもいいんじゃないのと思うが、それは処罰のやり方への異議であり単純所持禁止のものには賛成する)

ゆえにロリコンに冷たい目が向けられるのは仕方ない。これは差別ではない。ホワット? ちょっと何言ってるのかわからない。

ロリコンだろうがゲイだろうが成人に欲情する異性愛者だろうが、子どもセックスしたり子ども被写体にしたポルノを持ってはいけない。この主張は明瞭でまっとうだ。

なのに、なぜそこにロリコン差別を混ぜ込む必要があるんだろう?

子どもレイプした男が「いや俺には同年代の妻がいるし、学生時代も同年代の人とばかり付き合ってきたから、俺はロリコンじゃないんだ!」と言ったら罪を軽くすべきとか思うの?

小児にしか欲情できない、というのは、異性にしか欲情できないとか、同性じゃないと性愛対象として見れないとか、どんな人をも性的欲望対象にできないとか、そういったものと同じ、単なる性指向一種にすぎない。

その属性をまとめて蔑視し、彼らの権利向上に反対するのが差別じゃなくてなんなんだろうか。こんな主張が反差別リベラルの側から流れてくるというのは、反差別を掲げるリベラリストとして地獄感がある。

ゲイは対等な相手恋愛セックスすることが可能だけど、ロリコンはそうじゃないかゲイとは違う」という議論もある。

えっ? ゲイの人たちが求めてたのって「好きな相手と堂々と恋愛セックスする権利」だけだったの? 違うでしょ?

ゲイであるからといって社会的差別されない、ゲイ向けの表現ゲイ向けであるという理由排斥されない、ってのもゲイ権利向上で、ロリコンがそれらの権利を求めることはまったくおかしくないよね。

それこそゲイの中にも非モテとか結婚する気のない人とかはいるだろうけど、だからといって彼らは同性婚には縁がないんだからゲイ権利向上を訴える理由はない、なんてわけがない。

もっと言えば、仮に実際のロリに手を出したやつだったとしても、ロリコン差別に怒っていいんだよ。男をレイプしたゲイだってゲイ差別に怒る権利があるのと同じ。

なぜなら、そいつらの罪はレイプしたことであって、ロリコンであることやゲイであることじゃないからだ。

そいつらは性犯罪者として刑務所に入れられるべきだが、誰もロリコンゲイであることを理由に投獄されるべきじゃない。

ペドファイル権利ゲイ権利は切り離せないんだよ。ロリコン変態蔑視していいなら、伝統的価値からいえばゲイだって変態だろ。で、ゲイ差別するその伝統的価値観は間違ってるよな?

子ども性的に見るなんてこわい、という主張をする人も見かけた。悪いが、ゲイ入団を認めたらロッカールームでケツ掘られる! とかわめいていた連中のことを想像してしまう。

中学校の頃、近所の公園ゲイのハッテン場だから気をつけろ、と言われて、夜に通るときなんかはビクビクしていたが、冷静に考えたらあれは差別だよな。

こわいと思うのは仕方ない、生理的反応だもの。それこそ、ゲイを見てうわキモッと内心で思ってしまうことまで止めることはできない。

でもそれを公共圏に持ち出して特定集団差別していいはずがない。

というか公共圏じゃなくても、差別的な反応は内省した方がいいし、内省しないにしてもせめて表に出さない方がいい。もうちょっと自由主義的にいうなら、出してもいいけど、出すなら差別者だと馬鹿にされることを覚悟してね。

何度も言うけど、実在の子どもへの性虐待とか、もっと広範に、立場が上の者、権力を持っている者から虐待ハラスメント積極的に罰していくべき、あるいは重罰を科すべき、という主張なら賛同する。

でも、それを口実にしたペドファイル差別には、断固として反対する。

頼むから、もうちょっと真面目に反差別リベラリズムコミットしてほしい。

2018-04-29

女性セクハラ問題、「コミュ力」か「気にしない」かのどちらかで頑

ニュースではなく、私の姉の話をしてみたい。

姉は勤め人で、私や実家とは離れて暮らしている。

姉の上司(既婚者の男性らしい)に当たる方から、ある腐女子需要があるアニメに「興味がある」と話を振られたそう。

それからというもの、二人きりでそのアニメ関係している場所に二人きりで旅行していたらしい。

姉は土壇場で勘のいい方で、宿泊先で同じ部屋で、という話になった時に「さすがにちょっと」と断り、事なきを得たらしい。

上司としてはその日に関係を持ちたかったらしく、姉にとっては致命的な過ちを犯さずに済んだようだ。(まあ、その上司ストーカーまがいになって転勤する羽目になったようだが)


私としては、そもそも異性が都合よく自分好きな物を好きになる可能性あるか?とかまず疑問に出てきた。そこから色恋沙汰には疎いとみて、こういう時の男の心理を教え、厄介事がまた降り積もらなくする程度の協力はした。

我が姉は悲しいことに、乙女ゲーム自然気持ちでやると、なぜか誰からも振り向かれない系のバッドエンドに行き着いてしまうらしい。(筆者でも好感度調整という発想ぐらいは出てくるぞ…)

思ったこととして、世の女性は、父、他の家族、あるいは元カレなどから、どういう男がマズいか、男がいかケダモノか、正しい知識を身に着けているのか?

わかりやすく極端な例を挙げてみよう。

不動産投資営業に対するあなたイメージはどうだ?銀行の窓口で勧められる定期や投資信託あなたの為を思っての銀行の厚意か?

あなたの僅かな銭を増やす為に、なぜ彼らはあなたに大真面目に勧めるのか?

あえて答えは挙げない。

もし男性からのそういった行為に拒絶するなら、ラグビー部テニス部主催する飲み会に参加するべきでもないし、二人きりになりたがる男と一緒になってはならない。

なんか危なそうな空気になったら、なりそうなら逃げ道を確保しておくのも重要だ。

万が一そんな男の絶滅を望むのであれば、それはオタクの5000兆円欲しい!ぐらいの態度で日々に臨んでいた方があなたのためだ。

必然的に、社会とはラグビー部相撲協会のようなメンタリティーの男性を望むので、彼らの絶滅ゴキブリ絶滅並みに絶望的だ。)



レイプとかではなく、より身近な、結婚しろとかケツ触られるとか、こういうのが嫌な場合もあるだろうが、これは気にしない方がいい。

しろなぜいちいち腹を立ててしまうのか、私には理解しがたい。

私も歳が歳なのもあって、しょっちゅう結婚彼女について聞かれるようになった。

そういう時には、私は決まって「なかなかいい人がいないんですよー。誰か紹介してくれませんかー?」と答えることにしている。

大抵はそこまで深くは突っ込まれないし、もしお見合いにでもなれば儲けものだ。

(お前を見る限り、今結婚できなきゃ一生結婚できないぞ、と暗に注意されていることには申し訳ない気持ちでいっぱいになる。)

ケツを触られることについては、男である私が語るのは僭越なのだが、会社内ではワンタッチ100円、みたいな割り切りで済ました方がいいのでは?と思ってしまう。

耐え難いなら、私の家系プロテスタントでうんたらかんたら、みたいなめんどくさいこと言っとけばいい。

いちいちお冠にならず、相手は天気を聞くつもりでやってる、程度の認識でいい。


総括すると、まずはコミュ力を身に着けた方がいい。

危なそうな空気、とか、情報共有とかを含めてのコミュ力だ。

後は、もっと人の悪性を学んだ方がいい。

あなただってDQN一般ヤンキー)やキモオタマナーのなっていない老人やリア充など、あなたにとって腹立たしい存在に向ける眼は、きっとあなたの悪を象徴しうるほど酷薄ものだ。

その悪性をどうして時と場合に応じて活かせないのか、内省すべきだ。

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