「高度成長期」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 高度成長期とは

2017-06-25

結局高度成長期なんてもの

日本人再生産と介護のことを考えずに済んだ幸福なひと時に過ぎなかったってだけの話なんですかね

2017-05-31

高度経済成長時代の人のお人好しさ

http://anond.hatelabo.jp/20170531064938

ありがとう

じつは母親なのだよ。で、父親が寝たきりでもう余命いくばくみたいな。母が面倒見てる。

でも、少しづつ本人に考えさせるようにする。

で、思ったけど、先日、嫁の実家土地売買に立ち会ってきた。でも、ほんと仲介業者の言いなりだった。もちろん俺もそんな知識いからそうなのだけど、最初仲介業者をどこにするか、ほんと大事だと思った。

というくらい、なすがままで、でもたしかに、そういうことを、高度成長期世代の人たちは知らずに育ってきた人多いんじゃないかなと思った。当時はリスクなんて考えずに行動する人が多数だったんじゃないかなって。

ちなみに、うちの実家の、その寝たきりの父もクズだったよ。原野商法振り込め詐欺にあってる、クズというかお人好しだった。でも、そのお人好しが、今は、まわりに迷惑をかけちゃうのだよね。困ったものだよ。

お人好しは罪、って認識しないとだね。

ありがとう

2017-05-30

社畜には向精神薬麻薬などを即座に解放すべし

大麻ってなんで解禁されないんだろうね。

それどころかなんでマイスリーを売ったくらいで捕まるんだろう

最近じゃデパスマイスリーアモバンネット個人輸入で買えなくなった

そもそも向精神薬睡眠薬必要になったきっかけを考えて欲しい

一週間、休日なしで出勤して残業もして、それで上司から数字で詰められて

ストレスで寝れなくなった

高度成長期バブル期のように未来に夢があるわけでもなく

アラフォーで300万以下の年収結婚子供マイホームマイカー貯金

全て夢のような話だ

長時間労働ですり減らされているのにこんな希望も持てない生活をしていて、向精神薬でもない限り

生きているのがおかしいだろ

性的にだらしない目的快楽目的のやつは摘発して重罪でいいと思う

だが、私のように会社のため、社会部品として働くために必要な人に

癒しを与えるぐらいいいのではないか

夜寝る前にマイスリーを飲んで多幸感に包まれるぐらいいいじゃないか

これすら否定されたらなんのために生きてるのかわからなくなる

こんな社会に生きていて何が楽しいのか教えて欲しい

2017-05-21

高度成長期技術なんやらが否定され自尊心を保ち切れなかったおっさんたちが第二次世界大戦の頃の日本人SUGEEEEEを漁ってるという仮説が正しかったら悲しい

2017-05-14

http://anond.hatelabo.jp/20170514131908

400万を600万にしようとすると1.5倍だから

高度成長期でも実質10%成長だから5年かかるしバブルでも実質5%成長だから10年かかる

逆に言うと1%成長でも50年かければ(複利考慮すると少し短くなるが)できる

[] 労研饅頭

労研饅頭(ろうけんまんとう)は、愛媛県松山市内にある「労研饅頭たけうち」が製造販売している小麦粉を主原料とした蒸し菓子

一種和菓子饅頭まんじゅう)ではなく、蒸しパンまたは中華料理の甜饅頭ティエンマントウ、tián mántou)に似る。

  

直径10cm前後、重さ60g前後の、小ぶりで甘みのある蒸しパン状の菓子である

小麦粉をこねた生地酵母発酵させ、蒸し上げたものである。形状は種類によって円盤のものと、楕円形のものがある。

生地によもぎやココアなどを練り込んだものや、豆類や乳製品を入れたもの、中に小豆餡を入れたものもあり、種類も豊富である

太平洋戦争から続く製法で作られており、素朴な味わいで、地元一部の人に根強い人気がある。

  

昭和初期、松山市は深刻な不況に襲われ、夜学生が学資を確保することが困難であった。それを見かねた私立松山夜学

現在私立松山城南高等学校)奨学会は、夜学生の学資を供給する事業がないか模索していた。

その頃、岡山県倉敷市にあった労働科学研究所満州現在中国東北部)の労働者主食であった「饅頭」(マントウ)を

日本人向けに甘くアレンジし、これを岡山県京阪神業者販売していることを聞きつけた。

小麦粉で作る饅頭安価製造できるため、これを松山製造販売し、学資を確保するとともに夜学生の主食にもしてもらうことを

企画したのである

こうして1931年松山で「労研饅頭」の名で販売が開始された。「労研」とは労働科学研究所の略。また、饅頭を「まんとう」と

読むのは中国東北部主食マントウ」が起源からである。なお、当時は4個で5銭、松山市内の学校や軍内で販売され、夜学生の

学資確保に貢献したという。

  

なお、労研はこれを、当時の女工の厳しい労働環境配慮し、手を汚さず、素早くエネルギー補給できる食品として開発した。

労研は、当時、クラボウ社長であった大原孫三郎が、労働者環境改善のために設立した研究機関だった。

  

その後、労研饅頭個人営業竹内商店現在販売店「たけうち」の前身)が製造販売するようになったが、戦火の拡大により、

1943年には小麦粉も入手難となり、販売休止に追い込まれた。しかし、受け継いだ酵母は守り通され、1945年終戦後には早くも

販売が再開されている。一方、岡山京阪神では戦火によって労研饅頭酵母が途絶えてしまい、京阪神では労研饅頭のもの

復活することなく、消えてしまった。こうして、戦後唯一残った「たけうち」が1952年に「労研饅頭」の登録商標を取得した。

高度成長期には洋菓子などに押されたが、保存料などを使わない自然食であることが見直され、松山名物菓子として定着している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%B4%E7%A0%94%E9%A5%85%E9%A0%AD

2017-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20170430230131

戦後高度成長期専業主婦という立場の人がたくさん現れた時に出てきた価値観じゃないかなあ?

家事労働は直接的に金銭を生み出さないし、誰も褒めてはくれないか

自尊心ややる気を持ってもらうためにそういう言い回し尊いものだと納得してもらうみたいな。

2017-04-24

http://anond.hatelabo.jp/20170424222446

日本製造業が週40時間労働を切るっていうのは本当だと思うよ。

前にそういう職場にいて、周辺に似たような会社がたくさんあったから多分全国の高度成長期に大きくなった製造業は大抵同じ道を辿っていると思う。

日本中小製造業が高い技術研究して成長していたってのがもう40年前の発想で、今は製造拠点はすっかり中韓にもってかれてるから本当に仕事がない。

来るのは短納期で仕方がないオーダーメイド製品か、自治体発注するインフラメンテ工事系だけ。

暇すぎて補助金貰って週に2~3日自宅待機させられたこともあったくらい。

例の記事日本を支えてきた製造業仕事をしないなんてけしからん!我々は寝食を削って研究に明け暮れたのだぞ!ということを言いたいんだろうけど、今じゃ製造業地元低学歴の受け入れ先にしかなってないし、新製品製造は全部海外でやってるから製造技術も全く備わらない。

40~50年前に導入した旋盤やら金型を使って十年一日の仕事をしている労働者に何を期待してるんだかって感じ。

2017-04-23

http://anond.hatelabo.jp/20170422230227

はい団塊ジュニア子供の頃に親世代から散々刷り込まれた「高度成長期しか実現不可能価値観」の呪縛から逃れるのはなかなか難しいよ。生まれときから右肩下がり(それはそれで辛いけど)の世代には理解できない苦しみというか。

俺は手に職持ってドロップアウトしたクチなので双方の言うことに納得感がありモヤモヤする。

2017-04-06

http://anond.hatelabo.jp/20170406172925

そのちゃっちいプライド昭和後期の専業主婦という勘違いフェミニズムを生み出した温床にもなってる。

専業主婦フェミニズムってのが既に意味不明

専業主婦自体昭和どころか明治以前からあったし

戦後高度成長期に増えたのは、全体的に豊かになったとか子供大事にするようになったとか

職住分離が進んで働きながら育児不可能になったとかそういう環境の変化故だし

2017-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20170405152245

フェミニズムバカものにしたのは高度成長期以降の専業主婦たち

こっちで合ってるよ和製フェミニスト

現時点で日本で間違ったフェミニズム流行らせようとしてる団体個人のことで使ってる

 

世界フェミニズム目的女性を強化してステータス向上を図り、同時に機会均等で男性と同じ土俵で戦えるようにすること

和製フェミニズム在日特権しかり、女性そのままで特権を与えることで女性優位の社会にしようとすること

そして男性女性対立を煽ってゼニに変えること、これを女性がすることで男性から女性から批判されないようにしている

http://anond.hatelabo.jp/20170405151934

和製フェミニスト」ってたぶん上野千鶴子とか北原みのりとかあのあたりの奇人変人のことを指して言ってるんだろうけど、

日本におけるフェミニズム黎明期女性たちの本とか読むとものすごい哲学持っててびっくりするよ。

フェミニズムバカものにしたのは高度成長期以降の専業主婦たち。

2017-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20170317125026

昭和30年代位まではそれが普通だったんだよ。

結婚して子供産んでも何かしらして働いてたの。

農業とか商店とか。

嫁が店で接客、畑耕してる間は同居のじいさんばあさんが子供の面倒を見て交代で店番してたんだよ。

高度成長期企業に務めるサラリーマンが増えて専業主婦という身分ができてからそのシステム崩壊しちゃった。

転勤とか核家族化で無理になった。

でも、昔には戻れないからさ。

女も会社というところで働いてたら保育園他その間に子供を見てくれれば個人差はあれ早い人で産後1ヶ月位で働けるでしょ。

自営業だったとしても保育園必要でしょ。

精神的にも肉体的にもマッチョなだけじゃ無理よねえ。

2017-01-17

電子書籍を取り巻く日本事情

業界の程よく中心から距離のある関係者視点で、電子書籍を取り巻く日本事情について書いてみます

ここ数日話題になってる「全部電子書籍でだせっていってんだろ」「くそ業界滅びろよ」っていう読者の声と、それに対する業界いいわけじみたコメントに対するメモですね。

スタンスとしては、業界側の視点ではあるんですが、業界擁護するつもりはありません。すべての業界や消費物と同じように、必要とされなければ声を荒げなくても滅びると思っているので(そして出版業界斜陽であるのはもう周知の事実ですので)、ことさら擁護必要もなければ罵声を浴びせる必要もない、というのが個人的気持ちです。

読者側にも業界側にも各論はそれぞれあるとおもうのですが、今回述べたいのは、総論として「日本出版業界は、日本書籍市場に過剰適応してしまった」という点です。

この場合日本書籍市場」っていうのは、取次ぎのシステムであるとか、再販規制であるとか、書籍の値段分布であるとか、日本人読書傾向であるとか、まあ、そういうもろもろです。

さらに誤解を恐れずにいうのならば、「日本書籍読者の皆さんと、日本出版業界は、共依存の状況にあります」というのも加えたい視点です。

日本書籍読者の皆さん」というとなんだかすごい人数いるような感じがしますけれど、統計から見ても、「年間一冊以上、字ばかりの書籍を買う人」なんてものは、日本人口の20%もいません。もっと頻繁に本を買う人、書籍を買うというのが日常行動になってる人の数の統計は見たことがありませんが、体感で言えばその20%の数分の1ではないでしょうか? 「書籍のヘビーな読者」というのは、もはや不特定多数ではなく、特定多数なのです。

そういう非常に熱心な読者の方の存在を前提に、どっぷり浸かって過剰適応したのが日本出版業界です。

世界的に見て、日本出版業界は、出版物の値段、出版物バラエティ出版物の点数、印刷クオリティ、全国配送網、書籍へのアクセサビリティなどの点で、類を見ないほど高いレベルにあります個人的には、変態的で気味が悪いほどレベルが高いと思っています。こういった点は、日本読書文化とさきほどの「熱心な読者の皆さん」に支えられて、長年かけて進化してきた成果でしょう。

そしてその進化は、過剰適応の段階にあるのです。

出版という視点から離れてただのビジネス的な話として判断してほしいのですが、つまりそれは高度成長期を何度も経験して人口も増えて、中間層が発達して、娯楽に可処分所得を投入可能になった国が、「親にしかられない文化王様」として書籍を愛して、業界側もせっせと面白楽しい本を矢継ぎ早に出した結果です。そういう設備投資、そういう人材発掘、そういうスキーム作りをしたのです。再販規制も、広い意味で言えば「そういうスキーム」の一種しかありません。

現在出版不況は(個人的にはそんなに不況だと思っていないのですが)、このシステムのものがが、時代の流れに置いてけぼりになってしまったというだけのことです。少子化であるとか住宅事情の変化であるとか、読書文化の変遷(ここに電子書籍は含まれます)についていけなくなっているのが、現在業界を取り巻く現状です。

では、そういう仕組みを変えればいいじゃないか! と皆さん思うでしょう。

もっともです。時代に合わない企業は淘汰されるのが自然の仕組みです。

しかしながら前述したとおり、出版業界適応を超えて、過剰適応の段階にあります出版業界が今の時代に合わせる難易度は非常に高いです(それはみなさんも、出版業界の動きからうすうす察していますよね?)。イノベーションを起こす人的な余裕も経済的な余裕もほぼありません。大手がのろのろ動いていますが、この速度は何も出し渋っているとか、一部の読者の皆さんが言っているような嫌がらせなどという陰謀論ではありません。過剰適応して余裕がないだけです。

個人的見解でいえば、大手出版社が華麗にイノベーションを起こしてパラダイムシフトを達成するよりも、非出版業界会社が新しいスキームで参入するとか(Amazonはこれにあたります新規出版社になるというほうが、実現速度はずっと早いと思っています

まあ、とにかくイノベーションですから、壊して作るしかないのです。が、過剰適応しているので壊しづらい。それだけです。

この辺の話は、ビジネス書を読めばいくらでも出てくると思いますが、今回指摘しておきたいのはその先の「過剰適応」と「共依存」についてです。

電子書籍への移行を求める読者の皆さんはおそらく書籍愛好家ですし、今まで出版業界を支えてくれた皆さんだと思います

これを書くと炎上してしまう気もするのですが、出版物の値段、出版物バラエティ出版物の点数、印刷クオリティ、全国配送網などの利益を得てきたのも、皆さんなのです。あえて言いますが、読書家の皆さんはそれを「既得権益」だと思ってはいませんか? 共依存と指摘したのはこの点で、読者の皆さんはそういう環境を当たり前だとは思っているように感じるのです。自分日本人子供のころから日本の豊かな出版文化に首までどっぷり浸かっていましたので、それが当たり前の光景だという感覚はよくわかります。が、世界のすべてがこのように豊かなわけではないということを、ビジネスを通して学びました。

こういう書き方をすると、「出版業界脅迫」というコメントがつく気もするのですが、考えてもください。「脅迫だと感じる」ことこそ「あって当然の権利だと私は思っている」という告白なのです。

重ねて言います脅迫でもないし出版業界擁護でもありません。不要判断されれば業界が消えるだけだと思っています

イノベーションを起こして業界を変革するというのはよいことで、最終的にはユーザー利益になるような調整が行われるのが市場原理ですし、最終的にはそうなると思いますが、当然「破壊」するからには失われるものもあります。たとえば電子書籍なので物理書籍より安くなるのが当然だと皆さんは考えていると思いますが、それが未来にわたって保障されるとは限りません(そもそも安くならなければいけない理由もありません)。出版点数についても、このようなバラエティ保障されるとは限りません。

過剰適応というのは、安定した市場に向けてサービスフォーカスしすぎて余裕がなくなった状態ともいえますうつりゆく市場になったからには、投資においてリスクヘッジをしなければならなくなるでしょう。

読書人口というのは限られていると指摘したとおり、それはたとえて言えば、地方自治体のようなものです。電子書籍サービスをすぐしろ! いや無理だ! というのとは関係なく、斜陽業界なのですから物理書籍も含めて、もはや「今までと同じようなサービスは望めなくなるのが当然」なのです。

もちろん、業界側(出版印刷書店も)利益を上げるためにやっているので、今までより低コストによいサービスを目指してやっていますスタッフを少なくしても同じ仕事ができるように効率かも進めますしかし、それでも吸収できないときがくれば、当然ですけれど、価格への転嫁ライン出版点数)の絞込み、地方配本の削除などが行われるでしょう。これは、どんな業種でも同じことであって、出版業界は聖域ではないのです。

一連の応酬を読むと、どうももやもやするのがこの部分で、新刊が出るのもそれが配本されるのも面白い本がでるのも、全部ただの商行為であって、信仰とか正義とか哲学とか、そういうのとは何の関係もありません。出版業界人自分たち文化人な変なプライド持ち過ぎだと思いますし、読者側は出版自分読書ライフ絶対視し過ぎではないでしょうか? ただひたすらに、その取引の瞬間、やり取りが成立しただけで、永遠も持続もその取引には含まれていません。「続刊を必ず購入してもらえる保障」も「続刊が出る保障」もその取引に含まれていないのです。

ビジネス的な観点で言うのならば、大規模な投資をしてイノベーションを起こすのであれば、「熱心ではあるけれど人口の少ない旧来の読者」などは相手にせずに、「今まであんまり書籍を買わなかったけれど、イノベーションによって買うようになった新しい読者」をターゲットにすべきでしょう。

「早いところ業界をぶっ壊せ、イノベーション起こせ!」というのは非常にわかるのですが、業界の歩みが遅いのは「熱心な読者」に執着しているからなのです(なにせ過去から現在に渡るメインのお客様ですからね)。これが、業界から熱心な読者に対する「依存」です。

ぶっ壊せと叫んだ結果、「自分の好きな出版物出版文化がなくなる」というのは、当然のリスクとして織り込むべきだと思います

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170111134213

来てるどころか、昭和初期以前には確実に格差があった。と高齢者見てると思う

使う立場と使われる立場で別人種みたいに接し方が違う。

高度成長期一時的に見えなくなってただけでは?

2016-12-19

http://anond.hatelabo.jp/20161219224832

え!そうなの?

少年漫画テンプレってラスボスが実の父親パターンが多いのかと思ってた。刃牙とか、幽白とか、あと細かい作品いろいろ。

H✕Hは父親を「絶対に追いつけない偉大な存在」にしておいて、作者が年食ったらオヤジ目線シフトしていったのが面白いなと思ってた。

今40~50代くらいの男作者って戦争経験者のジジイとか、高度成長期一財産築いた団塊世代父親プレッシャーかけられて育った世代から父親を「超えられないもの」みたいに萎縮しちゃってるみたいでキモいと思ってたんで、それに真っ向からアンチテーゼ唱えたジョジョはやっぱすげえな、先見の明があったなって素直に感心するわ。

2016-12-16

もしかして悪いのはPTAではなく会社なのかもしれない

少し前までは、PTA無駄が多い上に平日に集まるなんて仕事してたらできないじゃんと思っていたが、

もしかして会社拘束時間が長すぎるのが悪いんじゃないか最近思ってきた。

日本では高度成長期を経て女性専業主婦男性会社員という性別役割分業が一般的になっていた。

そして、その性別役割分業で生きてきた世代が徐々にリタイアして明るみに出てきたのが、

仕事だけしてきた男性が定年後、暇を持て余しているという問題

専業主婦女性PTAや、ママ友地域での交流等を経由して交友関係を作る機会があるが、

男性は「仕事だけ」をせざるを得なかったのでそういった機会もほとんどない人が多い。

それに加えて、通勤時間も含め朝から晩まで仕事、加えて飲み会残業があれば、

現役時代趣味を楽しむ余裕もないし、趣味を通じて交友関係を広げるのも難しい。

そんな男性が定年後は会社さようならと追い出されたら、途方にくれるのは当然だろう。

面倒くささや人間関係の煩わしさもあるので、PTAは素晴らしい、地域交流は素晴らしいと手放しには言えないが、

交友関係下地を作る機会の1つとしては必要なのかもしれない。

そしてこれから日本で恐ろしいのは、

これから夫婦の大半は共働き生計を立ていくのが主流だという事。

まり、今現役で日々「仕事だけ」をせざるを得ない男女は、

定年退職後に暇を持て余している男性と同じようにならないかという問題

結局、会社拘束時間が長すぎて「仕事だけを考える」人間が量産されている気がする。

会社にとっては都合のいい話だが、終身雇用崩壊した今、「仕事だけを考える」事に意味があるのだろうか。

既に定年退職後の男性については問題になっているが、

社会人は一刻も早くこの問題気づいて、会社拘束時間を短くしてくれと訴える流れに変わる事を切に願う。

2016-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20161208125800

本当にその通りだなと!

新卒ブラック企業入社して、

サービス残業休日出勤当たり前で鬱を発症して休職後退社。

その後病状が回復してから資格取って再就職したけど、労働環境酷くて辞めたっていってんのに何故続けれなかったかとか復職しなかったのかとか面接で散々言われまくって、再び病みそうなレベルだったわ。

今は結婚して夫の仕事関係海外在住のパートだけど、

こっちの人は年齢さえ聞いてこないし、今あるその人姿を中心にそこから未来を考えていると思う。

その代わり日本みたいになんでも便利じゃないし腹が立つことも多いけど、圧倒的に今の環境のほうが幸せ

周りの人も日本よりずっと充実した生活を送ってるように見えるよ。

こういうこというと、でも海外は~だからみたいな意見出るだろうけどさ、純粋比較しようとしまいと悪しき習慣や風習改善すべきだと思う。

しろ元々そういう穏やかで柔軟な文化だったんじゃない。

もう高度成長期バブル終身雇用時代もとっく終わったんだから、古い凝り固まった考え方で自分の保身に走るんじゃなくて、もっと後の世代の生きやすさも考えようよ中高年。

2016-11-08

http://anond.hatelabo.jp/20161108000949

実際、思春期の頃も全然嫌悪感抱かなかったし、父親ウザイキモイと言ってる友人も一人も居なかった。

あくまで私の周りの話だけだけども。

高度成長期遺物であるテレビが「娘は父親を嫌うものである」という意識を刷り込んでると思う。

娘が父を嫌う理由は、ピラゴラスの原理で取り消せる。

日本ではなぜか、娘が父に嫌悪感を感じることは正常な働きであるといった俗説が信じられ、その俗説に沿った娘側の行動もみられる。

〇この「娘が父に嫌悪感を感じる」意識は、昭和の初期、中期の文学文芸などにはみられない。

〇つまり昭和後期に作られた、比較的新しい意識だろう。

 

●なぜ昭和後期に作られたのか? 嫌悪感が膨れ上がったのか? 

高度成長期、家庭を顧みない(といわれた)ビジネスマンセクハラパワハラ常態化社内、80%を超えた喫煙率など、さまざまな連想が働く。

まり、もとは昭和のオッサンが悪いんじゃん? 人口ボーナス自分の実力と勘違いした狂ったクズオッサンども死になさい。

http://anond.hatelabo.jp/20161107130534

2016-11-07

何で稼がないの?論的な何かについて

将来的な貧困云々を予想する人も共通する特徴は、国民の平均所得の変化だけを論じて、

その変化に応じた社会システムの変化に /まったく/ 無頓着なところ。

日本人の異常なほどの持ち家志向は、高度成長期住宅に異常なほどの供給不足が生じたことから

例えば賃貸において需要側が不当に不利な契約をさせられる、といった社会問題が続発したため、

「持ち家がなければ生活が安定しない」という社会的コンセンサスが背景にあった。

だが、当時と社会状況が大きく変化した現代ですら、まことしやかに「持ち家がなければ高齢者になってから路頭に迷う」と喧伝され続けている。

ところが、現実賃貸物件全国的な空き室率が5割に近付きつつあり、よほどの好立地でない限りは需要側が不利になることはない。

持ち家を所有するにしても、かつてはほとんど見られなかった中古物件リノベーションするパターンが増えている。

状況が変化すれば、消費行動が変化するには当然なことだろう。

多くの人間は不利な状況になっても現状を維持し続けるほどにはバカではないので、環境が変化すればそれに応じて社会システムも変化する。

から現在の状況が完全に維持されるという謎の前提で将来予想をしても、実際の結果とは全く異なった予想にならざるを得ない。

若者特有の消費行動や価値観というのも、環境の変化に応じた社会変化の一種であり、適応の結果である

中高年世代はそれをしばしば批判するが、それは旧世代環境に応じて身に付けた価値観現実齟齬を来たしている結果に過ぎないのであって

端的に言って旧世代社会的不適応を起こしている事例としか言いようがない。

2016-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20161020185200

昔(と言っても程度によるが)は社会流動性が少ないから、

あるコミュニティにおける許容度が今とは比べ物にならないくらい高かったので、孤独孤立する人は少なかったはず。

自殺者数も成人の自殺率も、高度成長期以後より以前の方が少ないし。ま、自殺率は複合的な要因があるだろうけども。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん