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はてなキーワード: 学説とは

2020-05-17

フクロウから人間学説とは違うのかもって

この三年間ずっと科博の仕事忙殺されて最新の学説論文を追えていなかっただけなのだとしたら

悲惨まりない話だね

2020-05-03

anond:20200502235808

記事のここ。

これが良く分からない。

今年は岡村ミカン献血オタクも心を入れ替えて正しいフェミニズム勉強することになるんだけど、いざ勉強するならどの学説を正解として内面化すればいいんだろう。

典型的なのがセクシュアリティ(性)に関わるテーマだ。ポルノや性表現などは、今もSNS上で炎上しがちな大テーマだが、これについても「フェミニストポルノに反対している」「フェミニストは性表現を支持している」という両方の語りがあり、一体どちらなのか混乱する人もいるだろう。

だが実はこれはどちらも正しい。フェミニストには、性表現ポルノに反対する人もいれば、賛成する人もいる。どちらもフェミニズム観点からそう主張しているのだ。こんなふうに、対立する論が混在し、ともに意見をたたかわせるのがフェミニズムだと私は思っている。

2020-04-17

anond:20200417161857

から回収する、が子や孫の代になるのが国債やろ

返す必要すらなくて、インフレで無くなるものから大丈夫って学説もあるみたいやしな

2020-04-09

anond:20200409145806

え… 興味深い学説ですが… それはあなたの法的な解釈でいらっしゃるの??

2020-04-06

この話は

anond:20200406104418


今はウイルス性質も未知の部分が多く、特効薬もなく、治療法もワクチンも出来てないか危険


上記課題を乗り越えることが出来れば、コロナウイルス基本的性質としてはインフルエンザ並みの危険性になるはずだ。


という今までのコロナウイルスデータから学説的予想に過ぎず、本当にどうなのかは後々収集されたデータにより判断することだと理解していたが。

もちろん、感染しないようにできる限りの対策をとるのは当然とも理解していたが。


少なくともそこまで読み取れずに危険性は低い!対策不要! と言っていたのならどうしようもない。

2020-04-05

anond:20200405081023

は?分からいから聞いてるだけ?これが↓?(笑)

確証の無い都合の良い学説だけ信じてそうでないもの無視するいつものパターンね それだけ自明の事ならこんなに文句言われてないし国外から嘲笑されたりもしない はい終わり」

ってか、根拠なく適当かましてんのはお前の方なんだよ

自分無知で何も調べる能力もない馬鹿だって認めれば済む話だろ

それか早くお前が報告書を覆す根拠だせ

anond:20200405071701

確証の無い都合の良い学説だけ信じてそうでないもの無視するいつものパターン

それだけ自明の事ならこんなに文句言われてないし国外から嘲笑されたりもしない

はい終わり

2020-03-21

anond:20200321004157

求めていませんでしたか。それは失礼しました。

一般論というのは元の増田の話と言う個別論とは関係ない、と言う意味で、権威付けされた学説という意味ではないです。だから私が思っているだけで間違いありません。

2020-03-06

法律のことを勉強してみたい!」と少しでも思ったあなたへ

法学をかじった者として,法律に興味を持ってくれる人が増えるのは嬉しい。

ただ,独学での法律勉強は,険しい道である

ささやかながら,勉強に関するアドバイスをしたい。

どの法律を学ぶか

日本には,現在有効ものだけでも,約1万の法令がある。

初めて法律に興味を持った人は,その中でどの法令から学ぶべきか。

答えは,「上三法(うえさんぽう)」だ。

六法」という言葉を聞いたことはあると思う。

六法全書の「六法」だ。

六法」とは,憲法民法刑法商法会社法)・刑事訴訟法民事訴訟法を指す。

これらが基礎的な法律である

また,この六法のうち,憲法民法刑法は,まとめて上三法(うえさんぽう)と呼ばれる。

学者は,この上三法のどれかから勉強するのがとっつきやすいと思う。

では,憲法民法刑法のうち,どれから勉強すればよいか

それは,各自の興味や相性によって選べばよい。

参考までに,それぞれの印象を書いていこう。

憲法

押しも押されもせぬ「最高法規」。

学者にとってうれしいところは,時事問題との関連性だ。

性的ポスター表現の自由ヘイトスピーチ憲法9条,同性婚夫婦別姓緊急事態条項

などなど,憲法に関する時事問題はあふれている。

こうした時事ネタがとっかかりになるので興味を持ちやすいだろう。

デメリットは,条文の文言とはあまり関係ないところで解釈論が展開されるところ。

憲法だけ勉強して「法解釈ってこういうものか」と思うのは,ちょっと誤解を生むかもしれない。

民法

学者にとってうれしいところは,日常生活の関連性。

物を買うのも,部屋や金を借りるのも,民法上の契約だ。

交通事故やご近所トラブル民法問題になりえるし,親権相続民法の話である

暮らしの中で法律を生かすなら民法が一番良い。

また,民法債権法)は,制定以来120年振りの大改正がされており,改正後の民法は,2020年4月1日から効力を生じる。

そういう意味でも注目度が高いといえるだろう。

学者に厳しいところは,条文数や学習内容の多さだろうか。

親族相続を抜くとしても,なかなかに多い。

興味あるとこから勉強していっても良いかもしれない。

刑法

学者にとって良いところは,捜査公判ニュースへの理解が深まるところ。

どんなとき犯罪が成立して,どんなときに成立しないかを学ぶことが出来る。

学者に厳しいところとして,刑法総論は理論的側面が強く,最初は分りづらいかもしれない。

どんな本を読むか

大きく分けて,予備校系の本,学者系の本,その他の本がある。

これもどれしも一長一短がある。

予備校系の本

なんといっても分りやすい。

学者の独学は,何より挫折する可能性が高い。

その点,予備校には,初学者がどういうところでつまずきやすいか?どう教えればわかりやすいか?というノウハウが蓄積されており,それが本にも反映されている

例えば,伊藤真の入門シリーズオススメ

より深く学びたければ,その後,試験対策講座シリーズシケタイ)に進むのも良い。

予備校本の難点として

最先端議論カバーされていない

学説の良いところどりをして全体の整合性がとれていない場合がある

などがあるが,初学者は気にしなくてよいと思う

学者系の本

理論的に緻密(人にもよるが)。

参考文献からどんどんほかの本を読み進めていくこともできる。

難点は,難解で読みづらいところ。

最近は読みやすものも増えたが,それでもやはり予備校本などにはかなわない。

オススメは,以下のとおり。

芦部信喜憲法

高橋和之立憲主義日本憲法

内田貴民法Ⅰ」「民法Ⅱ」「民法Ⅲ」

佐久間毅「民法の基礎1」「民法の基礎2」

裁判所職員総合研修所「刑法総論講義案」

西田典之刑法各論」

山下純司ほか「法解釈入門」

・弥永真生「法律学習マニュアル

その他

読売新聞社会部「ドキュメント弁護士

久保利英明磯山友幸破天荒弁護士クボリ伝」

大岡昇平事件

横山秀夫半落ち

中嶋博行検察捜査

黒木亮「法服の王国 小説裁判官

・フェルディナント・フォン・シーラッハ「コリー事件

ジョン・グリシャム法律事務所」「ペリカン文書」ほか

法学が取り扱うは「○○法の解釈」だけではない。

興味があれば,個別法の解釈論とは違う側面から勉強するのも良い。

マイケル・サンデルハーバード白熱教室講義録+東大特別授業」

小林秀之 編「交渉作法 法交渉学入門」

福井秀夫「ケースからはじめよう 法と経済学 法の隠れた機能を知る」

森村進自由はどこまで可能か リバタリアニズム入門」

漫画で学ぶ

本を読むのが辛いという人は,漫画雰囲気をつかむのも良い。

オススメは以下のとおり。

ナニワ金融道

そこをなんとか

弁護士のくず

家栽の人

今度イブニングで連載が始まる「リーガルエッグ」も期待している。

傍聴に行く

百聞は一見に如かず。

実際に裁判の傍聴に行ってみるのも良い。

傍聴は誰でもできるし,予約なども必要ない。

ニュースで大きく報道されるような事件は,傍聴希望者がたくさん来て抽選になったりするが,それ以外の普通事件は,ふらっと行って自由にみられる。

ただし,事件の選び方などちょっとしたコツはあるので,あらかじめ下調べをしていったほうが有意義だろう。

傍聴マニアの人が本を出していたりするので,それで予習するのも良い。

おわりに

色々と書いてきたが,学校試験資格試験を受けるのでなければ,細かい条文や判例を覚えることにあまり意味はないと思う。

法律法学の考え方全体の根底にある基礎的な考え方や発想(大げさに言うと「リーガルマインド」)を身に着けることができれば素晴らしいと思う。

私自身も法曹にはなったものの,まだまだ勉強することだらけだ。

一緒に楽しく頑張りましょう。

anond:20200226015326


追記

特別法の方が興味持てるなら、たしか特別から勉強しても良いか

(ただ、理想はやっぱり一般法から

・憲民刑は広義の法令という意味では同一カテゴリでは?

リーガルクエストシリーズも好き

・誤字脱字を修正しました

2020-01-22

2007年浅野ふみ子は表現規制反対論者だったという事実



ツイッターで以上の発言話題になった浅野ふみ子、しかし、13年前は規制反対論者だったことをご存知だろうか。

表現規制に反対する非政府組織NGO-AMI」が、2007年7月参院選を前にして立候補者対象意識調査アンケート実施したことがある。その中には浅野ふみ子も含まれていた。以下に今回の話題に関連する回答を抜粋する。

■問3;

漫画アニメゲームなどフィクションによるメディア犯罪行為因果関係において、「メディアが主要因として犯罪を誘発させる」とする学説科学的に実証された研究はありません。こうした事実はご存じでしょうか。

A;知っている

■問4;

漫画アニメゲームをはじめ、表現媒体は、様々な要素が詰まって一つの物語構成しています。にも関わらず、性的描写ひとコマを取り、文脈無視して一律に『有害』として、『猥褻』・『有害図書』として取り締まることは必要だと思われますか?

A;不要である

理由文脈無視の一律規制表現の自由を侵す恐れがあります 〕

■問5;

外務省文化庁など様々な省庁でも、漫画アニメゲーム海外への進出をはかる政策実施しています。そうした「MANGA」「ジャパニメーション」の製作者には、かつて成人向け漫画アニメゲームを出発点として成功した方も大勢ます

私共はこのような多様な表現や幅広い創作活動がこの現在業界を支えていると実感しますが、それでもなお現在レーティングラベリングゾーニングなどがなされている『成人向け作品』を『猥褻』・『有害図書』として取り締まる必要性があると思いますか。

A;不要である

■問6;

有害情報から子どもを守るための検討会」(内閣府)において法規制必要との声が挙がっております

しか漫画アニメゲーム業界関係者からは、「既に自主規制を行っており、これまでに問題が発生した例はない」という声もあります

これら『有害情報』に対して「新たな法規制必要」と思われますか?

A;不要である

■問8;

猥褻」・「有害図書」などの問題についての個人的意見があればおよそ400文字以内でお聞かせ下さい。

日本社会の「文化」にかかわる問題ですから国家権力が「表現の自由」を奪い、取締りを強化することでか、解決する問題ではなく、社会自主的解決してゆくべき課題です。その国民的な議論の中で、子どもをどう守るか、人間性尊重をどうつらぬくか、などがしっかりと位置づけられてゆくことが大事だと考えます

https://web.archive.org/web/20101128015254/http://picnic.to/~ami/chibaken.html

2019-12-31

ある学説によると、男性女性の細い腰に惹きつけられるのは、妊娠中の女性との性的行為を避けたいと思うことが起因しているといわれている。

なるほど?くびれてないとモテないのはそういうわけか。お腹が出てくると、妊娠中と誤認しちゃうのか。

2019-12-11

女子スポーツ同性愛者を増殖させている実態

日本女子サッカー選手が「私はレズ」と中学生に向けてカミングアウトした記事を見て。

https://www.daily.co.jp/society/human_interest/2019/12/10/0012948808.shtml

その場でそんなこと言わなくても良いだろうと言うのもあるが、それはさておき。

まず、最近研究で、同性愛嗜好をもたらす遺伝的要素は「ない」ことが明らかになっている。

https://www.bbc.com/japanese/49520044

サンプルが500万人もいるので、この研究成果は同性愛後天的要素で発生するという学説として定着するだろう。

そして、女子サッカーを始めとした女子スポーツ選手にはやたら同性愛者が多い。アメリカ女子サッカー選手代表クラスは大半が同性愛者だし、ホッケーバスケットボールなど、集団競技を中心として同性愛者の割合一般人のそれよりも優位に高い。

これから分かることは、女子スポーツ同性愛を促進してしまうという側面だ。

なぜ女子スポーツ同性愛を促進するか?それは構造的な問題に起因する。

男子スポーツ選手活躍すると、女子が集まってくる。つまり異性にモテるようになる。寄ってくる女子の見た目もより取り見取り。したがって男子スポーツ選手同性愛に走りにくい。

一方で女子スポーツ選手活躍しても、男子ほとんど寄ってこない。あってもごく一部の美形な選手の周りにオタクが付く程度。これではスポーツを通じて異性との恋愛は発生しづらい。

そして、女子スポーツ選手は、異性恋愛代替品として同性愛に走るようになる。

これが、女子スポーツ選手同性愛者が多い理由だ。

逆に言えば、女子スポーツ同性愛者を増殖させてしまうことになる。娘さんを持つ人は、もし娘さんがスポーツをやりたいと言い出したら、全力で止めたほうが良い。同性愛に走り、嫁に行けなくなるリスクが高いからだ。

娘に同性愛者に育ってほしいと思う親御さんはまずいないだろう。超レアケースでいるかもしれないが。

2019-12-07

法学の楽しさを書くよ!!

楽しさの一つは、論理をこねくり回してるところだよ!

体系立った理論論理トレースしていくのは楽しいよ!

理路が整然とするのは面白いよね!

かつての法学者といったら、当代切っての天才秀才達だよ!

そんな人達が生涯かけて考えた理論だよ!

それを学ぶのがつまらないわけないよ!

しかしたら、それを自分が少しだけ進められるかもしれない、となったら尚更だよ!

続いて、各分野の面白さのイメージを書くよ!

まずは憲法学

70年以上改正のない「不磨の大典」だよ!

それにもかかわらず、いまだに次から次へと新たな議論が生まれるよ!

近年(?)でも、「これまでアメリカ流に解釈されてきた最高裁判例は、実はドイツ流に解釈した方が上手く説明できるのではないか」というコペルニクス的転回めいた説が有力に唱えられていたりするよ!

アメリカ流とドイツ流をミックスさせる説もあったりして、学説カオス面白いよ!

条文にあまり内容がないから、解釈自由度が極めて高いも魅力だよ!

憲法というと一般人には縁遠い存在にも思えるけど、例えば今年の司法試験憲法問題では「フェイクニュース禁止法が制定された場合憲法上の問題点」が問われたりしているよ!

次に民法学

120年ぶりの大改正来年から施行されるというアツい法令だよ!

その条文数は1000以上!

解説本が30巻近くかけて解説したりするよ!

1条1条にそれぞれ生涯をかけて研究をした学者がいると考えると途方もないよ!(注1)

日常的に行われている経済活動が法的に説明できたりするよ!

次は刑法学!

刑法学の面白さは、なんといっても緻密な論理だよ!

いくつかの基礎的な考えからあらゆる論点での解釈を導く様は、さながら数学公理系を思わせるよ!

数学ほどの論理の厳密さはないけど、そこにまた面白さがあるよ!

ピタゴラスイッチ的な犯罪を想定したりもするよ!

ちなみに、トロッコ問題の様々なバリエーションは、正当防衛緊急避難で全て結論が出せるよ!

法哲学

マイケル・サンデルの「これからの『正義』の話をしよう」の世界だよ!(注2)

正義とは何か」「法とは何か」といったことを論じるよ!

法学部法科大学院を出ただけで、きちんと研究をしたわけじゃないし、資格試験のために勉強してた側面も強いけど、個人的イメージとしてはこんな感じだよ!

あとは、訴訟法もあるし、法制史学とか、比較法学、法と経済学とかも色々あるよ!

(注1)

実際は、深く研究される条文は偏ってるよ!

一方で、「こんな法律あったんだ?」ってレベルのどマイナー法律にも研究者がいたりして、法学世界の広大さを感じることがあるよ!

(注2)

同書が扱う分野は法哲学以外にも及んでいるよ!

anond:20191201042646

2019-11-28

anond:20191128124225

一応僅差で北斗の拳らしいが、時代的には両者学び学ばれみたいなところはあったので相互に影響はあったとするのが割と正しそうな学説

2019-11-19

続・ヘイトスピーチ表現の自由に含まれるか?

anond:20191118184931

の続き

参考文献を挙げてほしいという声があったので挙げるよ!

検証やすいようにネットで読めるものだと以下のとおり!

http://repository.seinan-gu.ac.jp/handle/123456789/1642

http://repository.seinan-gu.ac.jp/handle/123456789/1667

https://ci.nii.ac.jp/naid/110006607327

ヘイトスピーチについて保護領域に含まれるかが問題になる点:②のp142

ほとんどの学説において、不特定多数人に向けたヘイトスピーチ保護領域に含まれるとされている点:②のp172

憲法保障する表現に含まれないとするアメリカ議論:③のp51-52,73-78等

ヘイトスピーチ規制違憲か否かにつき、学説が分かれている点:①・②の第1章

興味があれば、①・②に学説が整理されているので、そこから辿っていくと良いと思うよ!

あとは、法学セミナームックで色んな学者が書いてるのも、ざっとそれぞれの主張を理解するのには良いよ!

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8141.html

2019-11-14

京大博論を元にした本が東大紀要書評フルボッコされてる件2

(長く書きすぎたみたいだ。途中で切れてしまった。。。)

京大STAP細胞はありま~す?」

もう終わりにしよう。書評批判が当たっているなら、こういうことだ。超大物教員指導の元、こんな博士論文が書かれ、専門家達が「厳正な」審査をし、超一流の博士号が授与され、それをテコに大学で職を得た人がいる。これがわかったのは、本が出版されたおかげだ。ちなみにこの本、名もない出版からではなく、京都大学出版会が出している。もちろん、本の出版は著者が勝手にできることではない。本の最後に超大物元指導教員が「解題」を寄せているから、知らなかったはずはない。解題を見てみたところ、基本的にほめていて、特に批判らしい批判はなかった。実はその解題、公開されている博士論文審査結果の要旨とほとんど同じ。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/199376/1/ynink00705.pdf

審査結果からもいくつか引用しておこう。

論文は、個別言語における認知メカニズムの解明によって言語固有の形式文法カテゴリ創発する根源的理由説明を試みた意欲的研究であり、認知言語類型論という新たな研究分野の基礎を示した先駆的研究として評価することができる。

論文日本語文法事象を中心に扱っており、その記述分析の面においても、射程の広さと事例観察の綿密さが評価される。分析対象として、格、時制、主語目的語自動詞他動詞、態、形容詞といった広範な現象を横断的に扱い、本論文の主張する日本語の「主体化による認知モード」によって一貫した説明が試みられており、それらがいずれも西欧パラダイムによる言語研究標準的使用されてきた文法概念と完全な対応関係を結ばないことが、説得力をもって示されている。

日本語学で所与のものとして適用されてきた「動詞の自他」や「態」といった文法概念のものの再検討を迫るという点で、本論文日本語研究にも一定の貢献をなすものである。また、本論文日本語における文法カテゴリや語彙の変容にも照準を合わせたものであるが、その主張は単なる理論憶測ではなく、万葉集源氏物語などの主要な古典作品をはじめとする膨大な歴史的資料に基づいたものであり、言語研究において不可欠である言語データの観察の綿密さについても高く評価することができる。

論文共時的言語事例と通時的言語事例とを並行的に分析し、日本語言語現象全般個別現象の解明を目指した統合研究であり、認知言語類型論という新たな研究視点提供している点で、学術価値は高いと判断される。

よって、本論文博士人間環境学)の学位論文として価値あるものと認める。

また、平成26年11月26日論文内容とそれに関連した事項について試問を行った結果、合格と認めた。

まさにお墨付きだ。

最後ちょっと真面目な話。『認知言語類型原理』の問題は、この書評で間違いだと明らかになったことじゃない。学問は古い学説踏み台にして進んでいく。今の定説もいつかは否定され、乗り越えられていくかもしれない。だから、間違いを含んでいるとわかったこ自体問題じゃない。それまでの研究に新たな知見を付け加えたのなら、たとえ間違いを含んでいても価値ある研究だ。ダメなのは、従来の研究に何ら新しい知見を付け加えず、最初から間違いだとわかる研究だ。『認知言語類型原理』はまさにそのような本だと批判されている。もちろん、出版された本に対してそのような批判をする権利は誰にでもある。たとえ批判が当たっていなくても、ある。自由批判ができることは、学問の発展に不可欠だ。書評子が批判したことで将来不利益を被ることがあってはならない。

それにしても、どうして『認知言語類型原理』は『日本語主語はいらない』みたいに多くの言語学者から批判されていないんだ? 『日本語主語はいらない』は大手出版から一般向けに出たのに対して、『認知言語類型原理』は学術専門出版から専門書として出たからか? それにしたって、専門書でも専門家なら読むだろうし、なんならもっと真剣に読むだろう。他に書評は出てないのかとCiNii https://ci.nii.ac.jp/ で『認知言語類型原理』を検索したけど、ないみたいだ。もしかして京大とか超大物研究者とかの権威に怯んでるのか? 文系学問がそんな腐敗した世界なら、世間から不要とされるのも無理はない。この腐敗した世界に堕とされても、くだらないことでビビることなく「王様は裸じゃないか! 裸の王様、何を学んだの?」と喝破した書評子には拍手喝采を送りたい。だけど、こんなものを書くために生まれたんじゃないだろ…。

京大博論を元にした本が東大紀要書評フルボッコされてる件

日本大学特に文系学問に対する風当たりが厳しい昨今、文系学者達は自分たち存在意義を示そうと必死だ。大学で行われている文系研究は、どう役に立つかはともかく、それ自体研究としてちゃんとしたものなんだ!ということは前提となっているし、みんなそう信じている。文系先生達は決してSTAP細胞のようなデタラメをやっているのではないと。

だが、それは本当か? 証拠はあるのか? 最先端研究専門家でさえ評価が難しい。たとえばアインシュタイン一般特殊相対性理論を作ったけど、時代の先を行き過ぎていて正当な評価がされなかったそうで、ノーベル賞は他の業績に対して与えられた。文系研究基本的には同じで、研究の良し悪しを判断できる人は極少数だ。だから、知らないうちにトンデモない研究がはびこっていて、それに社会的評価が伴っていても、ほとんどの人にはわからない。専門家が厳正に評価してくれていることを信じるしかない。

パンドラの箱が開いた

本題に入ろう。最近、1つの書評論文東大言語学研究室発行の紀要に出た。

田中太一日本語は「主体的」な言語か―『認知言語類型原理』について―」『東京大学言語学論集』 41 (2019.9) 295-313

https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=53475&item_no=1&attribute_id=19&file_no=1

書評された本は『認知言語類型原理』(京都大学出版会)。

https://www.amazon.co.jp/dp/4814001177/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_6P9YDbPVN9WJ2

著者は、関西外国語大学 短期大学部 英米語学准教授中野研一郎先生

 

普通書評というのは基本的にほめるものだ。批判はあっても最後ちょっとだけ。しかし、この書評は、冷静な筆致でありながら、酷評酷評、ボロクソ、クソミソ、ケチョンケチョンフルボッコだ。一個もほめてない。批判が当たっているなら、トンデモ本に違いない。

こうすればあなた博士になれる

一番ヤバいのは、この本が博士論文を元にしたものということ! 一応説明しておくと、博士論文とは、最高の学位である博士」の学位を取るために大学院生が何年もかけて書く長大論文で、大雑把に言って本1冊以上の分量がある。もちろん、何でもいいからテキトーに書けばいいわけではない(はずだ)。自分オリジナルで、学術的に価値のあること、つまり、これまで誰も知らなかった知見を新たにもたらして人間知識を拡大するような研究の成果でなければいけない。どの分野でもそうだ。

そして博士論文原稿は、3~5人の審査委員審査する。審査委員は全員、その分野に詳しい大学教員だ。審査は3回くらいある。まずは博士論文の大枠ができた後、本格的な執筆にゴーサインを出すかを決める一次審査、そして論文が大体書けた後、論文大学に提出していいか審査する二次審査最後論文が完成し、大学に提出された後、博士学位を与えるか否かを決める最終審査がある。それぞれ少なくとも1時間はかかる本格的なものだ。ディフェンスと言われる最終審査の口頭試問は、公開で行われる。最後に別室で結果を審議した審査委員が会場に戻ってきて厳かに合格が伝えられると、みんな拍手で心から祝福する。

ミサト:おめでとう!

アスカ:おめでとう!

レイ:おめでとう。

シンジ:僕はここ(アカデミア)にいてもいいんだ!

研究人生のフィナーレではないが、1つのピーである。こうやって研究者の能力お墨付きを与えるのが大学存在意義の大きな一部分だ。

要するに、博士号を取るのはとても大変なのだ日本だと博士号を持っている人は1万人に1人くらいしかいないらしい。日本大学は入るのは難しいのに出るのは簡単だとよく言われるけど、大学院の博士課程はそうではない。入るのも修士課程ほど楽ではないし、文系では入っても博士号を取れない人の方が多いくらいだ。これだけ大変だから博士号はアカデミアでは評価される。大学教員になるなら、博士じゃないとエントリーすることさえほぼほぼ不可能。『認知言語類型論』の中野先生は、フェイスブックを見たところ、以前は高校先生だったみたいだけど、博士号をとってから、50歳を過ぎて関西外国語大学准教授になったようだ。周知の通り、大学終身雇用教員の座をめぐる争いは非常に激しい。博士号がなかったら就職できなかっただろう。

 

博士号はどこの大学でとっても価値は同じ、みたいなことを何度か読んだことがあるけど、あれはデマ。真に受けてはいけない。いい大学博士号ほど高く評価される(Why not?)。中野先生がお持ちの京都大学博士号は、京大が超一流なのと同様、超一流の博士号だ。50歳を過ぎて大学就職できたのも不思議ではない。しかも、中野先生師匠は、日本言語学界の大物中の大物、山梨正明先生だ。『認知言語類型原理』に山梨先生が解題を寄せているから間違いない。この大先生は、「日本代表する理論言語学者の一人」([wikipedia:山梨正明])。中野先生が在学していた頃には、日本語用論学会(2008〜2011)や、日本認知言語学会(2009〜2012)の会長を同時に務めもした大物中の大物だ。ちなみに、山梨大先生2014年度に京大を定年退官して、2015年から中野先生より一足早く関西外国語大学で教鞭をとっている。ちょっとややこしい話だが、博士論文審査が終わる前に京大を定年退官したようで、審査主査ではないが、審査委員には名を連ねている。https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/199376 博士論文を書くのに何年もかかるから、こういうことはよくある。

日本語に主語目的語、態、時制、格、自動詞他動詞はいらない?

さて、超大物お墨付き博士論文(を元にした本)はどんなもんなんだろうか。書評から拾っていこう。2節は専門的な議論でよくわからいかパス。3節「日本語に存在しないとされるものから見ていこう。まず、1節に同書のまとめらしき部分から引用がある。

日本語(やまとことば)」を深層とする日本語において、「形容詞 (adjective)」・「主語 (subject)/目的語 (object)」・「態(voice)」・「時制 (tense)」・「格 (case)」・「他動詞 (transitive verb)/自動詞 (intransitive verb)」といった、従来ア・プリオリに前提とされていた統語・文法カテゴリ妥当していないことも論証した。さらに、「膠着」言語の一つである日本語」においては、その語・語句・節の生成メカニズムは、「音」自体に「意味」を見出す「音象徴 (sound symbolism)」を基盤にしていることを論じた。

(『認知言語類型原理』[以下、中野 2017] p. 308、書評論文[以下、田中 2019]p. 295から禁断の孫引き。以下、同書の引用は全て孫引き)

昔、『日本語に主語はいらない 百年の誤謬を正す』[amazon:日本語に主語はいらない]という本が出て、言語学者に酷評されたことがある。金谷武洋日本語に主語はいらない』批判記事一覧 - 誰がログ https://dlit.hatenadiary.com/entry/20071216/1197757579

主語がいらないと言っただけでそうなったのに、『認知言語類型原理』は、ミニマリスト断捨離なんてもんじゃない。主語だけじゃなく、形容詞、態、時制、格、自動詞他動詞も、いらない、何も、捨ててしまおう~♪と謳っているらしい。全部なしで日本語の文法はどうなっているのかというと、「その語・語句・節の生成メカニズムは、「音」自体に「意味」を見出す「音象徴 (sound symbolism)」を基盤にしている」ということらしい。

「音象徴」の名の元に蘇る亡霊

これは熊倉千之氏の「音象徴理論に基づいているそうで、熊倉氏は、

膠着語にかんして、「イメージイメージを膠でつけるように、ことばができているのです。ですから、具体的なモノとモノをつなげると、言語(コト) としての「抽象」 性が生まれ、新しいことばが作られるのです (熊倉 2011: 18)と述べた上で、日本語の音素はそれぞれ何らかのイメージを持つという観察を根拠に、やまとことばの「音声と意味」には、ソシュールの説に反して、「恣意的」ではなく、密接な繋がりが感じられる」 (熊倉 2011: 30) と主張している。

(これも田中 2019: 309から禁断の孫引き

熊倉千之 (2011)『日本語の深層〈話者のイマ・ココ〉を生きることば』東京: 筑摩書房.

とのこと。

近代言語学の父、ソシュールの一番有名な恣意性原理否定しているが、それ自体はない話ではない。音象徴が当てはまる例として、ポケモンとか怪獣名前は、音と意味関係が全く恣意的なわけではない、みたいなことが最近よく言われている。ただ音象徴基本的オノマトペ擬音語擬態語)や新たに名前を付けるものについての話、しかあくま傾向性言語全体の「語・語句・節の生成メカニズム」になるようなものとして扱われてはいない。しかし、中野説はそういった主流の音象徴研究とは一線を画する。具体的に見てみると、

「あ/a/」は「空間出来の語基」 として、「い/i/・居」 は「様態化の語基」 として、「う /u/・続」 は「プロセス化の語基」 として、 「音象徴」 により語彙を創発させる機能を担っているのである(中野 2017: 247) 。

知らなかったー、日本語ってすごいですね(棒)。たとえば、「合う・会う」は、「あ/a/」+「う /u/」だから、「(出来)動詞」だそうだ。書評子が、

「「出来」が「プロセス化」すると「合う・会う」になるという説明は到底理解できるものではない」(田中 2019: 309)

と言う通りだ。「あい」(愛とか藍)はどうなるんだろう。中野先生によると、音象徴

日本語(やまとことば)」の同音異義の語の数の多さと、またオノマトペの豊穣さの、母体にもなっている」 (中野 2017:232)

そうだが、書評子は、ここに鋭く矛盾を見て取る。

この主張は、本書の議論を決定的に破綻させるものである。もし「音=意味」という恣意的でない結びつきが存在するならば、同じ音を(同じ順序で)組み合わせれば同じ意味になるはずである同音異義語存在が極少数に限られるならともかく、その数が多いのであれば、日本語の全体を「音象徴」に基づいて分析することが不可能であることは自明である。(田中 2019: 310)

かに。他にも、中野先生は「確かに」・「達する」・「頼みます」・「たった、これだけですか」・「立つ」・「経つ」・「絶つ」・「裁つ」などを例に、

日本語(やまとことば)」では、音部分が同根であれば、「音象徴」に基づき、その意味機能通底している 。 [中略] 「た/ta/」音を語頭とする語は「心的確定(確信)」を基に語彙が生成していることが理解できる。「日本やまとことば」の「た/ta/」音は、「音象徴」において「確信」を「意味」とする「音」なのである。 (中野 2017: 255)

と言っているそうだが、「立つ」とか中野先生自身の例でさえ、どこが確信関係があるのかわからない例もある。この説が無理なのはよく考えてみるまでもない。

そもそも、「音象徴」なんて流行りのタームを中野先生熊倉氏は使っているが、こういう説は「音義説」[wikipedia:音義説]と言うのがより正確だ。近代以前に唱える人がたまにいたけど、今ではググるとわかる通り素人が唱えているだけのものだ。ちなみに、このような形で同書に大きな影響を与えた熊倉千之氏とは、

1980年「『源氏物語』の語りの時間」でカリフォルニア大学バークレー校にてPh.D.取得。ミシガン大学サンフランシスコ州立大学などで日本語・日本文学を教える。1988年帰国後、東京家政学院大学教授1999年金城学院大学教授2007年退職

[wikipedia:熊倉千之]

という人。ウィキペディアでは一応「日本文学者・日本語学者」となってはいるけど、専門はどう見ても文学言語について言語学界とは関係なく自由思索著述をしている人のようだ。そういう独自言語論を唱える文学思想研究者はよくいるけど、普通言語学者はそういうのはまともに相手にしない。『認知言語類型原理』もその類の本だったなら、東大言語学を学ぶ書評子も取り合わなかっただろう。でも、これは京大言語科学講座で博士号をとるために書かれた論文(が元になった本)なのだ

驚愕の主張の数々

他にも同書には、業界震撼の主張が満載みたいだ。是非同書を買って私の代わりに確認してみてほしい。

日本語では論理的命題を表すことができない」(田中 2019: 305)
日本語は英語を含む近代ヨーロッパ標準諸語に翻訳できず、また近代ヨーロッパ標準諸語も日本語に翻訳できない」(中野 2017: 268)
科学数学物理学化学生物学法学経済学歴史学社会学言語学等)」と称せられるものの全ての言説は、日本語で書かれている限り、「日本語(やまとことば)」の論理によって、「客観的であるとする言語論理的根拠を維持できないのである。当然のことながら、この本自体も、日本語で書いている限りはその陥穽から逃れることができない。」 (中野 2017: 268)
日本語の「伝聞」というコミュニケーション様態においては、伝えられる内容は、伝える者によって「主体化」されており、したがって、その「主体化」された内容の真偽判断に関わっては、「権威」が必要となる。伝える者に「権威」が伴っていない場合、伝えられる内容は真と判断されない。」(中野 2017: 16)

しつこいようだが、これで5年前に京大博士号が取れたのだ。

ちなみに、なんで日本語が英語などと違ってこうなってるかと言うと、中野先生によると、日本語は歴史的文字を持たなかったからだそうだ。とはいえ英語だってそうだし、文字で残っている歴史の長さも日本語と同じくらいなんだけど。っていうか、どの言語も昔々は文字がなかっただろ!

ということで、書評の内容は変な言いがかりではないようだ。そもそもこんな空前絶後激辛書評論文大学院生が書くこと自体大きなリスクを伴う。(書評子、いろいろ大丈夫か?)無理なイチャモンをつけるためにそんな危険を冒すわけがないし、出版前に東大で止められるだろう。ま、『認知言語類型原理』は、博士論文審査から本の出版にいたるまで、誰にも止められなかったみたいだけど!

京大STAP細胞はありま~す?」

もう終わりにしよう。書評批判が当たっているなら、こういうことだ。超大物教員指導の元、こんな博士論文が書かれ、専門家達が「厳正な」審査をし、超一流の博士号が授与され、それをテコに大学で職を得た人がいる。これがわかったのは、本が出版されたおかげだ。ちなみにこの本、名もない出版からではなく、京都大学出版会が出している。もちろん、本の出版は著者が勝手にできることではない。本の最後に超大物元指導教員が「解題」を寄せているから、知らなかったはずはない。解題を見てみたところ、基本的にほめていて、特に批判らしい批判はなかった。実はその解題、公開されている博士論文審査結果の要旨とほとんど同じ。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/199376/1/ynink00705.pdf

審査結果からもいくつか引用しておこう。

論文は、個別言語における認知メカニズムの解明によって言語固有の形式文法カテゴリ創発する根源的理由説明を試みた意欲的研究であり、認知言語類型論という新た

2019-11-03

学知と異端

17世紀コペルニクス地動説を支持したガリレオ・ガリレイカトリック教会から裁判にかけられて2回有罪となり、今後地動説を唱えないことを約束させられ、著書は出版できなくなった。しかし後世の検証ではどちらが正しくどちらが誤っていたかは明らかである

このように、大勢人間が唱えるからと言って、それが学説として本当に正しいのかどうかはあとになってみないとわからないことで、この世は溢れている。それなのに現代の人々も自説とは異なる主張をする人々を愚か者呼ばわりし、罵倒する。

近年、GOSMIAではなくGSOMIAの方が正しいと高をくくって冷笑的態度を決め込む人々も、後世から裁かれる側の人間に属していることに気づかない。

誰がどのように騒ごうとも真理は変わらない。

GSOMIA誤記であり、正しくはGOSMIAである

2019-10-23

自由主義増田間違えすぎ問題

自由主義増田かい適当なこと書いてるやつが900user超えててビビるわ。

anond:20191016163058

anond:20191017201230

しか好意的な反応がほとんど。マジではてブの知性やばない?

Twitterでも消極的自由積極的自由についてさも前から知ってましたみたいな体で誤った知識を語りだすやつが増えてて笑える。

お前ら騙されすぎで本当不安になるよ。

*****

そもそも、今回の件は消極的自由積極的自由議論関係がない。

消極的自由というのはつまるところ自由権(=国家から自由)のことで、積極的自由社会権(=国家による自由)のことだ。ここはもう1回Wikipediaでも読んでくれ。

察しのいい方はこの言い替えだけで先のエントリ違和感に気づくかもしれない。

バーリン国家個人自由との関係を論じているのであって、個人間の自由が衝突しているのをどのように調整するかという議論である今回の件とは全く別問題

表現する自由」と「それを見たくない自由」は、どちらかを優先すればどちらかが損なわれるというトレードオフ関係性だ。

一方、自由主義増田が例示しているような「六本木から強制排除されない自由」と「六本木に住むための補助金を受ける自由」って別に衝突していないしトレードオフ関係じゃない。

強制移住させずに住む自由保証しても、補助金は出せるでしょ。実際出すかはともかく。

(というか、この例示も「消極的自由が優先される」という結論を印象づけるために恣意的に選ばれていて卑怯だよね。強制移住させられて居住の自由直接侵害されるような状況だと補助金重要じゃないのは当たり前。)

誤読マンが多いのも、自由主義増田国家個人自由なのか個人間の自由自由なのかを混同して意味分からんこと書いているから仕方がない。

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ちなみに、消極的自由積極的自由に優先されるのが現代自由主義の主流なんてことはなく、この点でも間違っている。

自由権社会権は両輪であり、一方を欠けば他方も真には達成されない。また、教育を受ける権利教育自由など、どちらにも峻別できない権利もあるし、環境権などのどちらの特色も持った新しい人権も出てきている。

こうしたことから現在では、この2つをある程度区別することに意義はあるが、厳格な峻別不可能だし両方重要だよねってのが一般的学説

バーリンの主張では、当初他者から強制干渉のみを消極的自由の欠如としていたが、貧困などの手段能力の欠如といった積極的自由の要素も含むことになった。こういう点でも当然批判も多い。

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自由主義増田の主張に従えば、献血ポスターが仮に適法的に作成されたヌードAVだって問題ないということになる。

なぜなら、今回の宇崎ちゃん表現者の自由とそれを見たくない人の自由と、より過激表現場合の、表現者の自由とそれを見たくない人の自由とに法益の差がないから。

「よほどの理由がない限り」消極的自由制限されない世界で、見ない自由子どもに見せない自由はよほどの理由じゃないらしいので、表現をより過激にしたところで条件は同じだ。

でも、実際のところそれでよしという人はおそらくほとんどいないだろう。

結局、国家による表現自由保証されている中で、どのような表現までならOKかというのは、市民の中で議論して線引きを決めていくしかない。

それが言論の自由市場要請でもある。

なお、私見を述べれば、今回のポスターは、場にふさわしくない程度に性的ではあるが、セクハラというほどではないと思うので、全く問題ないとも絶対にありえないという意見も持てない。

ポスターに反対しないという意味では自由主義増田と同じ立場だが、元増田のような健全な(=暴力的ではない)批判を誤った原則論封殺してしま自由主義増田は、むしろ悪貨であると言わざるを得ない。

2019-10-03

anond:20191003143545

なぜ法律があるかというのは学説思想や人によって考えが異なるだろが。

ある人は法律に対してAという考えを持っていて、ある人はBという考えを持っている。AかBかで罰せられるか罰せられないかが変わる。そんなことがあっていいのか。

主観を排して片っ端から通報する正義マン法治国家原則に沿っているとしか言いようがない。

2019-09-30

anond:20190930165429

ざっくりだからいいんだろ。

懇切丁寧な説明はそれこそ授業なり新書なりで学べばいい。

あと古い学説が残ってたりするけど監修は入ってるよ。

最新の学説なんかは後から知ればいい。

2019-09-20

知人の共通項が俺しかない

ぼっち奇人から知人は少ないんだけど、そうは言っても趣味の分野一つごとに一人くらいはいる。

俺も最低限の基礎知識はあって、そいつらは個別に時々呼んでくれて分野の知識披露してくれる。

新しい学説とか、新製品とか、世間の誤解とか。

ところが、分野Aと分野Bの知人の共通項・興味関心が「俺を知っていること」しかない。

AとBの間に仮に何か用があっても、すべて俺を通さないと動かない。事務的必要性の話でも俺を通るからもう勝手にやってくれと同じチャットに入れても極めて社交辞令的な会話しかなされないし、現実で引き合わせたら借りてきた招き猫を向かい合わせたみたいになってもちろん全く盛り上がらない。

友人関係ってこんなもんなん? なおホモではない。

2019-09-17

anond:20190917193105

こういう、歴史と共に積み上げられてきた社会学フェミニズム学説を前にして、ただちゃぶ台をひっくり返すことしか出来ない人々の言葉を読むと悲しくなる。

典型的なアホの物言い

歴史とともにいくら積み上げても嘘は嘘でしか無く、フェミがそれらの正当な批判に答えたためしはない。

結果ありきの妄想ストーリーと「ミソジニー」と言うレッテルはりだけを続けてきた。現に、彼女らが自然科学証明を行った試しはない。架空の「女性差別ストーリーを展開し、男性犠牲や労苦を顧みることなヘイトスピーチを続けて社会の持続可能性を破壊し続けている。

「通説」だろうがなんだろうが、ソースなき性差別学問とは言わないし、言うべきではない。

君はただの権威主義者。

丸暗記は学問ではない。疑うことから学びは始まる。

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