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はてなキーワード: 権力者とは

2019-04-20

anond:20190420184808

無作為に選ばれた検察審査会をどうやって権力者操作するんすかねー?

てか、証拠は?

司法は不起訴判決してるし、況や政権の介入をどう証明するの?

anond:20190420184627

典型的権力者レイプしてもみ消すという事件じゃん。

対抗馬が経済政策グダグダと、一応リフレで成果出てるからともかく、そうじゃなかったらあれ一件でも政権飛んでもオカシクなったぞ。

anond:20190420123116

当方メカニズムの解明を試みたに過ぎない。

対策権力者当事者が考えるべきことだろう。

anond:20190420022210

警察官僚グルになってレイプをもみ消してもらえる権力者がいい男なんだよ

昭和生まれのじいさんは知らないだろうけど

2019-04-18

リベラル」、その理想矛盾

「リベラル」はそろそろダブルスタンダードを止めよう(橘玲) - 個人 - Yahoo!ニュース

今まで当事者以外誰もが分かっていて、しかし言わなかった事。それが上の記事には書いてある。

要約はたった二言ですむ。「じゃあお前らからやれよ」「自分が出来もしない事を求めんな」

リベラル

1.自由なこと。

2.自由主義的。

3.《名》自由主義者。

リベラル」。この言葉を名乗るもの日本にも米国にもいるが、しかしそこに見える大多数が全く自由主義的でもないのは私の錯覚だろうか?

先日の杉田水脈応援演説妨害も顕著な例だろう。

【2019/4/16】松浦たけあき候補「杉田水脈議員を呼んだことを後悔しています」「皆さんに謝罪します」 #会いに行ける杉田水脈 - Togetter

見るがいい。この暴虐な行為を。

彼らはかつての「反差別から膨れ上がり、逆らう者は全て悪だと称しているが、 それこそ悪であり、人類を衰退させていると言い切れる。(唐突シャア並感)

この行いのどこに、自由があろうか?寛容があろうか?

自由のため」と称して、人々の自由を奪い去ってるのは誰であろうか?

そこに「リベラル」はあるのか?

いささか話が脱線した。元に戻そう。

リベラル」は夢みたいな目標を持ってやるから、いつも過激な事しかやらない(唐突アムロ)。

しかもこの「過激な事」というのは、実は全くその「目標」に近づく事になってないのだ。

先にあげた杉田水脈の件なんか見てみればいいよ。ドン引きである

権力者の横暴を止める」という御旗の元に、数の力でもって黙らせる。これがリベラルか?自由か?

こういうと、「リベラル」諸氏は言うであろう。

不寛容には寛容であらねば寛容は失われる」、と。昨日の増田も「「不寛容」は追い出すのが「寛容」だ」と息巻く者がいた。

これこそ、冒頭の二言を突きつけるべき思想である「じゃあお前らからやれよ」「自分が出来もしない事を求めんな」

リベラル自身が自らと異なる思想を「不寛容」と断罪し、弾圧する。それは「寛容」と名乗っているものの、実態不寛容である

異なる価値観を受け入れないその姿勢のどこに寛容さがあろうか?

不寛容」に対して不寛容になった時点でもう寛容さなどどこにもありはしないのだ。自分に出来ない事を、なぜ他人に求めるのか?

それは「寛容」な思想以外は社会存在を許さなというファシズム、究極の不寛容ではないのか。


トランプの問いはこれをもっと現実的な形で「リベラル」に突きつけたものである

美しい理想を振りかざし、他人を殴るのは幸せである。みな、心豊か(になった気になれる)であろうから

だが、現実にその負担を、我慢を、自ら背負う覚悟はあるのか?

いや、覚悟だけじゃなく、実際にやって行けるのか?10年、20年と。

自分の守ろうとした「可哀想な者」が血の通う人間で、しかエゴも悪意もあると実感したときにこそ「リベラル」の真価は試される。

その嫌悪感、怒り。それは「不寛容」とされたものの抱えるそれと同一である。それを飲み込む事が、本当に出来るのか。

現状の「リベラル」の不寛容さを見るに、それは不可能だと私は思う。

2019-04-17

anond:20190417003046

なぜ部外者肯定させようとするのだろう

命令形で彼を知りもない人の内心と価値観をなぜ無理強いするのだろう

1.「だからおまえは馬鹿だって言われるんだよ」

2.「全然違うに決まってんだろ。てめーは池沼か?」

3.「明日自衛隊謝罪して、靖国神社を参拝して来い。」

この言葉は何を意図しているのだろう?

日本を守るために戦闘機に乗って命を捧げたことに価値があるとなぜ私が肯定するのだろう

彼を知らない

F35戦闘機としてどうなのか知らない

全部どころか一部も彼が飛行機に乗って何をしていたか何も知らない

そんな私がどうやって彼が命をささげたことを肯定できるというのだろう

軍事上の秘匿情報一般庶民は知りえないことを知らないから彼がわからないし何をしたかも知らない者に何を言えというのだ

もしかして

何も知らない私がおびえて媚びてご機嫌を取ろうとおべっかしてる姿を見ること自体目的なのだろうか

彼の仲間すら報道で顔を出さず彼が意義があることをしたと語らないのに

なぜ私が知りもしないことを肯定できると思うのだろう

権力者が言ったら全部正しいですと肯定しろとでもいのだろうか

anond:20190417011330

国は悪くないし権力者も悪くない

正社員結婚していて子供がいる男が悪いんだ

彼らこそが悪の権化

彼らを妥当しない限り俺たちに明日はない

2019-04-15

anond:20190414192423

天皇権力者グルだよ

摂関政治天皇にもメリットがある制度

陛下は騙されてると軍部政治家責任転嫁

政治家軍人天皇認証された俺様は偉大なりと臣民を虐げる

表面上のきれいごとを言っても簡単にできる王権返上絶対にしない

なぜならば阿部天皇その他はマブダチだから

anond:20190415182632

リア充KKOと違って厳しい環境自分を鍛えてるから転落して負け組扱いされて女から無視されて

権力者からなんで君は安楽死しないのと言われたら笑顔自殺するんだろ知ってるぞ

anond:20190415095147

から弱者を盾に権力攻撃してるならまだいいって言ってるんだよ

実際に彼らが最近攻撃してるのは権力者や強者にはカテゴライズ出来ない人達(彼等自身弱者としてカテゴライズしてそれを侮蔑理由にしている)が多いと

馬鹿は誰か

馬鹿という日本語の由来である中国故事には大雑把に分けて3種類の登場人物がいる

自分の力を誇示するために皇帝に鹿を馬だと言って献上した権力者

権力者に媚びて立派な馬だと褒めそやした群臣

それは鹿だと真実を言い権力者暗殺された臣下

馬鹿権力者を指す言葉らしいが、今の日本では皇帝以上の力を持ち自分敵対勢力あぶり出し暗殺した権力者馬鹿と言うだろうか、むしろ有能なのでは。

しろ鹿だと言った臣下空気を読めない馬鹿になるのでは等と思った。

2019-04-14

上野千鶴子祝辞批判してる連中は東大権力者側にすり寄るネトウヨなのでは?

まあ大した祝辞ではないと思った

当たり前のことを言ってるだけ

受験戦争に勝ったただでさえ調子に乗ってるエリート候補たちを増長させるような言葉をかけるわけないじゃん

当然、そこは大人として自覚覚悟を求めるよ

しゃきっとせいと

批判側の精神性がネトウヨだなあと思った

やっぱりというか批判してるのはラノベばかり読んでるオタクばかりみたいだし

批判もなんていうかとにかく幼稚

基本スタンスとして日本人東大批判するべきなんだよ

実際今でも東大は様々な問題を抱えているし、今の衰退した日本を作ったのは東大なのだから

「お前たちは偉い! 素晴らしい!」なんて祝辞存在するはずがない

そこは東大なんだから

批判者たちは俺TUEEEラノベ読みすぎなんだよ

新入生たちはこれから権力者側になる人間なんだから、人文社会科学の者としては当然掣肘を加えるし、これこそが大学バランス感覚というもの

ぼくちゃんを祝ってくれないよーなんて言ってるやつらは精神が幼稚すぎる

しゃきっとしろ

エリートとしての自覚を持て

それに東大から文学部が消えたら権力にすり寄る御用学者しかいなくなる

まあネトウヨオタク的には御用学者の方がいいんだろうが

なんかほんとにオタクって幼稚だよなあ

2019-04-10

日本人宗教とか信じてる奴ってきもいよね」

外国人日本仏教は後期密教が入っていない点に加え、海を隔てているという地理的な条件により周辺国からの影響が少なくチベット仏教と並んで特異な仏教文化を育んでいる」

日本人「俺たちの国すげーだろ?俺たちの文化ってすげーんだわ」

日本人歌舞伎とか能とか見たことねーし」

外国人Oh! Kabuki is great!!」

日本人「だろ?歌舞伎とか超しぶいよな」

日本人日本文化ってすげーかっこいいよなー!」

外国人あなた日本文化のなにに興味がありますか?」

日本人「えーっと、んー、仏教とか?神道とか?あと歌舞伎とか?(どれも知らんけど」

外国人神道って何ですか?」

日本人日本の伝統的な宗教です!雅楽とか神道ベース日本で育まれた素晴らしい音楽もあるのです!キリっ」

外国人「迦陵頻伽などの演目仏教由来ではありませんか?色の配置など極めて仏教的な要素が強い上に、神という概念仏教とともに中国から渡ってきたという日本人論文があります

日本人「」

日本人サムライジャパン!!サムライかっこいい!」

外国人鎌倉時代のような実力主義から儒教が中心に据えられて権力者には歯向かわない牙を抜かれた犬がかっこいい?儒教年功序列は捨てた方がいいですね」

日本人儒教なにそれ?」

日本人ってなんだろな。

2019-04-06

anond:20190406131516


 

緊急寄稿

「令和」から浮かび上がる大伴旅人メッセージ

品田悦一

 

 新しい年号が「令和」と定まりました。典拠文脈を精読すると、〈権力者の横暴を許せないし、忘れることもできない〉という、おそらく政府関係者には思いも寄らなかったメッセージが読み解けてきます。この点について私見を述べたいと思います。なお、この文章は「朝日新聞」の「私の視点」欄に投稿したものですが、まだ採否が決定しない時点で本誌編集長国兼秀二氏にもお目にかけたところ、緊急掲載のご提案をいただいて寄稿するものです。

 

 「令和」の典拠として安倍総理が挙げていたのは、『万葉集』巻五「梅花歌三十二首」の序でありました。天平二年(七三〇)正月十三日、大宰府長官大宰帥)だった大伴旅人が大がかりな園遊会主催し、集まった役人たちがそのとき詠んだ短歌をまとめるとともに、漢文の序を付したのです。その序に「于時初春令月、気淑風和」の句が確かにあります。〈折しも正月の佳い月であり、気候も快く風は穏やかだ〉というのです。これはこれでよいのですが、およそテキストというものは、全体の理解と部分の理解とが相互依存し合う性質を持ちます一句だけ切り出してもまともな解釈はできないということです。この場合テキストは、最低限、序文の全体と上記三二首の短歌(八一五~八四六)を含むでしょう。八四六の直後には「員外思故郷歌両首」があり(八四七・八四八)、さらに「後追和梅花歌四首」も追加されていますから(八四九~八五二)、序と三八(三二+二+四)首の短歌の全体の理解が「于時初春令月、気淑風和」の理解相互に支え合わなくてはなりません。

 

 さらに、現代文芸批評でいう「間テキスト性 intertextuality」の問題がありますしかじかのテキストが他のテキスト相互に参照されて、奥行きのある意味を発生させる関係に注目する概念です。当該「梅花歌」序は種々の漢詩文を引き込んで成り立っていますが、もっと重要かつ明確な先行テキストとして王羲之の「蘭亭集序」の名が早くから挙がっていました。この作品書道の手本として有名ですが、文芸作品としてもたいそう味わい深いもので、「梅花歌」序を書いた旅人知悉していただけでなく、読者にも知られていることを期待したと考えられます。「梅花歌」序の内容は、字面表現された限りでは〈良い季節になったから親しい者どうし一献傾けながら愉快な時を過ごそうではないか。そしてその心境を歌に表現しよう。これこそ風流というものだ〉ということに尽きます。「蘭亭集序」の語句構成を借りてそう述べるのですが、この場合、単に個々の語句を借用したのではなく、原典文脈との相互参照が期待されている、というのが間テキスト性の考え方です。「蘭亭集序」は、前半には会稽郡山陰県なる蘭亭に賢者が集うて歓楽を尽くそうとするむねを述べており、ここまでは「梅花歌」序とよく似ていますが、後半には「梅花歌」序にない内容を述べます。人の感情は時とともに移ろい、歓楽はたちまち過去のものとなってしまう。だからこそ面白いともいえる。人は老いや死を避けがたく、だからこそその時々の感激は切なく、かついとおしい。昔の人が人生の折々の感動を綴った文章を読むと、彼らの思いがひしひしと伝わってくる。私が今書いているものも後世の人にそういう思いを起こさせるのではないか……。

 

 「梅花歌」序には、人生の奥深さへの感慨は述べられていません。続く三二首の短歌も、〈春が来たら毎年こんなふうに梅を愛でて歓を尽くしたいものだ〉(八一五)やら、梅の花は今が満開だ。気の合うものどうし髪に飾ろうではないか〉(八二〇)やらと、呑気な歌ばかりが並んでいるのですが、そしてそれは、旅人大宰府役人たちの教養の程度を考慮して、「蘭亭集序」を理解したうえで作歌することまでは要求しなかったからでしょうが旅人自身は「蘭亭集序」全体の文脈をふまえて歌群を取りまとめました。その証拠に、上記「員外思故郷歌」は

  わが盛りいたくくたちぬ雲に飛ぶ薬食むともまたをちめやも(八四七)

   ……わたしの身の盛りはとうに過ぎてしまった。空飛ぶ仙薬を服用しても若返ることなどありえない。

  雲に飛ぶ薬食むよは都見ば賤しきあが身またをちぬべし(八四八)

   ……空飛ぶ仙薬を服用するより、都を見ればまた若返るに違いない。

というのです。人は老いを避けがたいという内容を引き込んでみせている。

 しかも、ここには強烈なアイロニーが発せられてもいる。旅人にとって平城京はもう都でないのも同然で、「都見ば」という仮定自体が成り立たなかったからです。

 

 都はどうなっていたか皇親勢力の重鎮として旅人が深い信頼を寄せていた左大臣長屋王――平城京内の邸宅跡から大量の木簡発見されたことでも有名な人物――が、天平元年つまり梅花宴の前年に、藤原四子(武智麻呂・房前・宇合・麻呂)の画策で濡れ衣を着せられ、聖武天皇皇太子呪い殺した廉で処刑されるという、いともショッキング事件が持ち上がったのでした。この事件は後に冤罪と判明するのですが、当時から陰謀が囁かれていたでしょう。旅人もそう強く疑ったに違いありませんが、遠い大宰府にあって切歯扼腕するよりほかなすすべがなかった。『万葉集』の巻五は作歌年月日順に歌が配列されているのですが、梅花歌群の少し前、天平元年のところには、旅人藤原房前に「梧桐日本琴」を贈ったときのやりとりが載っています事件は二月、贈答は十月から十一月ですから、明らかに事件を知ってから接触を図ったのです。〈君たちの仕業だろうと,察しはついているが、あえてその件には触れないよ〉〈黙っていてくれるつもりらしいね。贈り物。はありがたく頂戴しましょう〉と、きわどい腹の探り合いを試みている――あるいは、とても太刀打ちできないと見て膝を屈したとの見方もありえるかと思いますが、とにかく、巻五には長屋王事件痕跡が書き込まれている。

 

 巻五だけではありません。巻三所収の大宰少弐(次席次官小野老の作

  あをによし寧楽の都は咲く花のにほふが如く今盛りなり(三二八)

は、何かの用事でしばらく平城京滞在し、大宰府に帰還したときの歌でしょうが、『続日本紀』によれば老は天平元年三月、つまり長屋王事件の翌月に従五位上に昇叙されていますから、たぶんこのときは都にいて、聖武天皇から直接位を授かったのでしょう。すると、大宰府に帰った老は事件後の都の動向を旅人らに語ったと考えられる――そういうことが行間に読み取れるのです。また巻四には、長屋王の娘である賀茂女王大宰府官人だった大伴三依との交情が語られていて、三依は事件に憤慨しながら大宰府に向かったようです(五五六)。さらに巻六。歌を年月日順に配列する中で天平元年に空白を設け、直前に、長屋王嫡子事件ののさい自経した、膳王の作を配しています(九五四)。

 これらはみな、読者に長屋王事件喚起する仕掛けに相違ありません。偶然の符合にしては出来すぎている。

 

 「梅花歌」序とそれに続く一群の短歌に戻りましょう。「都見ば賤しきあが身またをちぬべし」のアイロニーは、長屋王事件を機に全権力を掌握した藤原四子に向けられていると見て間違いないでしょう。あいつらは都をさんざん蹂躙したあげく、帰りたくもない場所に変えてしまった。王羲之にとって私が後世の人であるように、今の私にとっても後世の人に当たる人々があるだろう。その人々に訴えたい。どうか私の無念をこの歌群の行間から読み取って欲しい。長屋王を亡き者にした彼らの所業が私にはどうしても許せない。権力を笠に着た者どものあの横暴は、許せないどころか、片時も忘れることができない。だが、もはやどうしようもない。私は年を取り過ぎてしまった……。

 

 これが、令和の代の人々に向けて発せられた大伴旅人メッセージなのです。テキスト全体の底に権力者への嫌悪と敵床心が潜められている。断わっておきますが、一部の字句を切り出しても全体がついて回ります。つまり「令和」の文字面は、テキスト全体を背負うことで安倍総理たちを痛烈に皮肉っている格好なのです。もう一つ断わっておきますが、「命名者にそんな意図はない」という言い分は通りません。テキストというものはその性質上、作成者意図しなかった情報を発生させることがままあるからです。

 安倍総理政府関係者は次の三点を認識すべきでしょう。一つは、新年号「令和」が〈権力者の横暴を許さないし、忘れない〉というメッセージ自分たちに突き付けてくること。二つめは、この運動は『万葉集』がこの世に存在する限り決して収まらないこと。もう一つは、よりによってこんなテキスト新年号の典拠に選んでしまった自分たちはいとも迂闊(うかつ)であって、人の上に立つ資格などないということです(「迂闊」が読めないと困るのでルビを振りました)。

 

 もう一点、総理談話に、『万葉集』には「天皇皇族貴族だけでなく、防人農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌」が収められているとの一節がありました。この見方はなるほど三十年前までは日本社会の通念でしたが、今こんなことを本気で信じている人は、少なくとも専門家あいだには一人もおりません。高校国語教科書もこうした記述を避けている。かく言う私が二十年かかって批判してきたからです。安倍総理――むしろ側近の人々――は、『万葉集』を語るにはあまり不勉強だと思います。私の書いたものをすべて読めとは言いませんが、左記の文章はたった一二ページですから、ぜひお目通しいただきたいものです。東京大学教養学部主催の「高校生のための金曜特別講座」で語った内容ですから高校生なみの学力さえあればたぶん理解できるだろうと思います

 

【記】

品田悦一「万葉集はこれまでどう読まれてきたか、これからどう読まれていくだろうか。」(東京大学教養学部編『知のフィールドガイド分断された時代を生きる』二〇一七年八月、白水社

2019-04-04

anond:20190404204548

工場とか倉庫の中のものが奪い合いになった後の世界から

いい装備を付けている=権力者強者相手がひれ伏すってのはあるよな

2019-04-03

元号陰謀論

とかなんとか色々見ましたが私ぐらいの財務省陰謀論者になります

解釈するわけですよ。平成ってそもそもインフレ率を絶対ゼロにするぞ!」って意味でしょ。それでロスジェネはたくさん死んだしロスジェネの子は生まれすらしなかった。大学疲弊企業ボロボロに。

財政再建とかクソだな!やっぱ財務省解体だな!中国みたいにインフレ率頑張って8パーセントに維持しようぜ!なんなら現代貨幣理論だって採用してやらあ!

2019-04-02

馬鹿

大臣宮中において絶大なる権力を振るうようになり、自らの意見に逆らう者をことごとく処刑して排除していくという恐怖政治を敷いていくことになるのですが、

ある時、大臣は自らの権力の大きさを廷臣たちに見せつけようとして、試みに二世皇帝の前に令の字の元号を献上して、

「これはめでたい字でございます

と言い放つことになります

二世皇帝は、これは何の冗談かと笑って、周りの臣下の者たちに、

「これは国民を見下す字ではないのか?」

と尋ねることになるのですが、

これに対して、

多くの人々は、大臣の権勢の大きさを恐れて、彼の意見に黙って従っていれば問題ないと考え、

「いえ、めでたい字に相違ありません」

と答えて、その元号はめでたい字とされたまま皇帝へと献上されてしまうことになるのです。

そして、

このように、絶大な力を持った権力者を前にして、明らかな誤りであっても誰もそのことを正すことができない状態が続いていくことによって、王朝政治方向性を見誤ったまま没落の道を進んで行くことになりました。

anond:20190402130704

本当は頭いいけど表向き反知性主義者こそが真の権力者ポジションじゃないか

みんなそうなりたいんだよ

あなたの仰っている~意味が分からないっ!」と人を突っぱねる身分全日本人の人生の夢

なりたい自分

anond:20190402144915

言っている意味が分からないは上位者権力者なら無敵の言葉なのにね

ナイフ以外なら勝てる

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