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はてなキーワード: 切磋琢磨とは

2018-02-01

https://anond.hatelabo.jp/20180201110013

少なくとも平日日中中間層以上なる人たちと毎日会って話していて家族以外のコミュニティにも属しているんだけど…

切磋琢磨って具体的に何?

やれてる人間をすごいとは思うし少しは劣等感も抱くけど同じようにやろうという気は出ない

だってやったところで何が得られるんだ?

やりたくない。その時間を朝寝と昼寝とネットに使いたい。だからやらない

anond:20180201104856

中間層以上はしょっちゅう人と会って馬鹿みたいに切磋琢磨してるんじゃないんですかね

2018-01-18

女だけど若手俳優になりたい

若手俳優推しが何人かいる。推しみたいになりたいっていつも思う。

恋愛として好きなのは男だし、男装がしたい訳でもボーイッシュ女の子になりたいわけでもないけど

推しみたいなイケメン若手俳優になりたいな〜って度々思う。

女性モデルに憧れることはあまりないけど、それと似たような感情で。

スポーツブランドジャージ着てソールと紐まで真っ赤なスニーカー履いて稽古したい。

若手俳優稽古場用でよく使ってるNIKEスリッパが欲しい。

黒づくめのファッションマスクして渋谷歩いて共演した俳優仲間と服買いに行きたい。

推し御用達表参道美容室ヘアカットしてもらってインスタに上げられたい。

演出家にしごかれて同世代俳優稽古終わりに飲みに行きたい。

は〜推しになりたい。推しの顔で俳優がしたい。

量産若手俳優ファッション普通に好き。

俳優の、仕事なのに同世代と一緒に切磋琢磨できたりチームで頑張れる感じが熱くて好き。

まず昔からずっと、男子同士の集団青春したりばかやってるのに死ぬほど憧れる。

高校の時全国行くような部活の強豪校にいたけど、憧れるのは全然別。若い男子集団の輝きに勝るものはない。

あとは自分不器用から先天的愛されキャラ地頭とかカンがいい人に死ぬほど憧れる。

推しはおしゃれだしバカだけど才能があって誰からも愛されて2chオタクにも叩かれなくてスタイルも顔もいい。

イケメンなのに自分の顔に興味がないところがいい。なりたい。

そんで、無自覚ハイカーストに属したい。

私にとって愛情の最大表現は「なりたい」一択

2018-01-07

他人を拠り所にしすぎて失敗した

から一人でいることが多かった。

一人でいるのが好きだったし、他人といることはとても疲れた。一人でいても全然暇じゃなかった。むしろやることがありすぎて忙しかった。テレビを見たり、漫画を読んだり、親が使わなくなったパソコンディグダグマインスイーパーをした。スーファミドンキーコング2も64の時オカも何周しても飽きなかった。勉強もかなりやったし、成績が上がるのは楽しかった。

もちろん、友達とも遊んだ。それも楽しかったけど、遊ばなくてもよかった。半日以上他人といると疲れたし、それは年齢が上がるほど顕著になった。高校の時には親が相手でも長時間一緒にいると疲れるようになった。ただ、高校生までは嫌でも毎日かに会わなくちゃいけなかった。学校いかなくちゃいけないし、家には家族がいた。だから、一人でいられる時間は貴重だったし、とても大切にしていた。

それが大きく変わったのは大学に入って一人暮らしを始めたからだった。

本当に衝撃を受けた。

家にいれば誰にも会わないし、学校に行っても知り合いと会わないことは容易だった。そして大学入学祝いに買ったもらったノートパソコン無限時間を消費できる代物だった。はじめて開いた2ちゃんねるは常にスレッド更新されたし、親の足音を気にして見ていたエロ動画は何時間でも気兼ねなく見られた。インターネットは俺の一人好きを助長した。それは嬉しいことだったし、望んでいた環境だった。大学1年の夏休み、気が付いたら家を出ずに1週間たっていたこともあった。ご飯は宅配で頼んだ。大学で知り合った同級生から遊びに誘われても忙しいからと断ってテレビを見ていた。

今思い出しても、あの頃は本当に充実していた。

そんなことをしていると、時たま誰かに会いたくなる。一人でいる時間を9としたら、誰かに1は会いたくなる。夏休み明けは少しずつ同級生と遊ぶようになった。だんだん仲良くなっていった。そんなことを繰り返していくと、友達ができるようになった。友達と遊ぶのも悪くないなと思った。

大学4年になる頃には、一人でいる時間より友達といる時間の方が長くなった。楽しかった。本当に。

一人でいるときの楽しさと別のものだった。ふと、最近一人でいる時間が少ないな…と思った途端に怖くなった。もし、また一人になったらどうなるんだろう。あの頃のように一人でも楽しめるんだろうか。誰かがそばにいないことを不安に思わずにいられるんだろうか。そんなことを考えたけど、まぁ大丈夫だろうと見ないふりをした。いつだってそばにいてくれるだろうと思ってた。

そのうち社会人になって、環境が変わった。でも、大学の時と違って一人の時間は少なかった。会社って、本当にずっと仕事してるんだな。一人でいる時間なんてほとんどなかった。真面目だったし、さぼらず一生懸命働いた。そんなことをやってれば、会社人とは仲良くなっていく。同僚の枠を超えて、友達と呼べるような人たちも増えた。飲みに行ったり旅行したり、いろいろ遊んだ。俺にとって、自分自分であるのはその人たちと遊んでいる瞬間になった。

その人たちと遊ぶために生きるようになった。

残業も面倒くさい仕事も、友達と遊べるならと頑張った。空いている時間は誰かしらと遊んだ。寝ずに遊ぶことがかっこいいと思っていた。飲みすぎて吐くことがイケてると思っていた。一人でいる時間が少ないことが生きている証だった。

そんなことを何年も続けて、もう30手前。

仲いいと思っていた人間たちは、次々と自分の道を歩み始めた。

結婚転職独立

俺が他人だけを拠り所にして生きてきた中、その人たちは色々蓄えてきたらしい。

人脈、貯金能力

全然気づいてなかった。俺には友達しかいないと思った。でも、友達もいなかったらしいことが分かった。俺が自分人生をかけて仲良くなってきたと思っていた人たちは、他の人と仲が良くなっていた。俺は1番どころか、みんなのランキングにも入っていなかったらしい。

そうか、あれはうわべの付き合いだったんだな。

誰かと遊ぶために思考して、行動していた俺よりも、切磋琢磨している中で同じ時間を過ごしている人の方が仲良くなれるらしい。気が付いたら、俺だけ時間だけ過ぎていて何も得ていなかった。

思い出せば、昔一人でいるときは多くのことを磨いていた。勉強をしたし、絵も描いたし、ピアノもやったし、習字かいた。運動も一人でできることは何でもやった。そんな俺でも、誰かと会ったときは緊張しながらも話が盛り上がっていたと思う。

どうやらそういうことらしい。

他人を拠り所にした俺には、何も残らない。自分を大切にした人には、きっと色々集まってくる。

無駄時間を過ごしたと思う。他人を拠り所になってしなければよかった。

何より喪失感が大きい。寂しいってこういうことか。大学の時に恐れていたことは正しかったな。

けど世間から見れば、まだ、若いんだろう。

からでも、自分時間を生きていこうと思う。

他人ではなく、自分自身を拠り所にして。

2017-12-06

anond:20171206162034

半途中参加の仁義wwwwwwwwwwwwwww

やっぱ糞バカ無能アウトプットではなく心情的な要素に比重を置いてるのがわかるンゴwwww

からさ~~~

「心情的な要素に比重を置くのは糞バカ無能」なら

どーでもいい言葉遣い(!)にいきり立ちまくって血圧上がりっぱなしのどっかの誰かさんトップの糞バカ無能になるじゃん

ちょっと客観的になったらどうなん



どうでもいいとこで「この言葉遣いおかしい!」とか言って突然感情的になる奴なんて効率から言ったら1番要らないパーツでしょ

お前が延々妄想しまくってキレまくってる件について普通の人はなんにも気にしないわけだから

個人的にも「メール言葉遣いがなっとらん」とかくっだんねーこと真顔でキレ出すおじさんで無能じゃない人を見たことがない


実際に内心で迷惑がられてるのって

「横から失礼します」という言い回しなのか

どうでもいいことでボルテージが上がる妄想おじさんなのか

3回深呼吸してから再確認したらどうだろうか


どうせ成果を横取り!とかそういうクソつまらないのに怯えて切磋琢磨仕事してるのが職場なんですかね

非常にドンマイです

これも同じ病気がありありと現れてるけど

さっきからお前の主張について「過剰反応では?」「病気では?」って言われてるだけだよね

そんだけのことから注意してきた人について

「こいつはこういう職場に違いないんだ!」とか妄想が始まっちゃうわけでしょ

まあ自分がさも重要人物であり音を立てて入室しないと気が済まないクソバカなケースと

とりあえずときとば弁えず例え月の裏側でも言ってれば心象悪くならないと思ってる典型的勘違いアスペケースはそりゃあるけどさ

周りは何も言わなくてもこれ枕詞にしてるやつは使ってないやつから内心初々しいなと鼻で笑われてるから

このぶっ飛んだ妄想と全く同じ感じだよね


>あと「初々しい」ってのは好意的に見てる時の形容詞

から新人ならギリ許されるっつってんじゃん文章読めない馬鹿なのかこの馬鹿

どう見ても言い訳が成り立ってなくね?

内心初々しいなと鼻で笑われてるから

「初々しい」という言葉意味理解してればこの用法は成り立たないと理解する

これは国語力の問題だけどレベルでいえば中学生ぐらいな





まとめると

同じチームの人のちょっとした言い回しに異常に注意が向いてしまったり

その「裏」にある悪意を「鋭く感じ取れて」しまったりっていうのがお前の症状だよね

これは冗談抜きにかなり立派な統合失調もしくは発達障害の傾向


国語力が多少低い件はどうでもいいけど

統合失調傾向と異常に感情的になる部分はそのうち生活仕事に支障が出てくるだろ

いやもう出ていて内心で迷惑がられてる可能性も多いにあるレベル

診察を受けた方がいいかもしれない

anond:20171206161510

そういう経緯のアナウンスとしても半途中参加の仁義としても

半途中参加の仁義wwwwwwwwwwwwwww

やっぱ糞バカ無能アウトプットではなく心情的な要素に比重を置いてるのがわかるンゴwwww

仕事スムーズに終わるならどんなバックアップサポートでも快く受け入れるから

失礼どころかどんどん入ってきてよって感覚なのが普通じゃないんですか?

まあお前みたいな無能が参加したらそれこそ案件お荷物からまさに「失礼」だけどw

どうせ成果を横取り!とかそういうクソつまらないのに怯えて切磋琢磨仕事してるのが職場なんですかね

非常にドンマイです

 

つーか本当に仁義大事なら「こいつが参加してくれて助かるわ」と思えるような参加の仕方しろ

それがあったほうが横から失礼しますの何倍も失礼なく参加できっか

参加したところで無能から怯えて挨拶必要になんだろw

 

あと「初々しい」ってのは好意的に見てる時の形容詞

から新人ならギリ許されるっつってんじゃん文章読めない馬鹿なのかこの馬鹿

お前みたいな無能先輩は全く初々しいと思われずに良い歳こいて何言ってんだこいつ認識されてるって話をずっとしてますけど?

2017-11-29

ニコニコ(く)でニコ生は死んだ

1.ニコニコ(く)がニコ生崩壊の引き金を引いた

有料会員は、2017年11月に発表したデータによると、前年同期の256万人から28万人減少。

まるで、シャッター街と化した賑わいをなくした商店街のように、客と店が閑散とし、それが負のスパイラルとなって更に客と店が逃げていくような状況に陥っている。

思い返してみれば、2009年から2013年頃は配信者も、リスナーも勢いがあり、ニコ生には熱があった。

しかし、その熱は徐々に失われ、人々の感情を動かす熱情は冷めつつある。

もちろん、一部例外はある。七原くんや、加藤純一のように、未だニコ生を楽しんで盛り上げている人もいる。ここで指摘しているのは、サイト全体の空気感の話だ。

しかし現状は、Twitterを眺めても、ニコ生を愛し、毎日のように生主話題で埋め尽くしていた重度のニコ生愛好者のアカウントの多くが、ニコ生のことをつぶやくのをやめてしまっている。自分が2年前に作った、情報収集用のヘビーリスナーを放り込んだリストの3~4割が休止状態だ。

先の見えない、絶望感漂う現状に、ニコ生にしがみついている(過去の盛り上がりを忘れられない)人々は、再びニコ生の隆盛を、最後希望ニコニコ(く)に託していた。

しかし、期待はやっぱりと言うべきか裏切られた。

この発表で、乾坤一擲、人々の希望を与えられるような内容があれば、まだニコ生は数年持ったかもしれない。だが、ニコニコ(く)の発表内容は、サーバーが重い、閲覧がプツプツ止まる、とにかく見づらいという、一番利用者が望み、改善を期待していたところすら手がつかず、子供だましのようなお茶を濁した機能追加のオンパレードで、我々利用者最後希望を打ち砕いた。

もう、ニコ生に期待することはないと思うので、その死に水を取るキモチで、ニコ生が衰退した原因を考察しつつ、何故ニコニコ(く)がダメなのかを書いていきたい。

2.ニコ生衰退の原因

ニコ生が衰退した原因は、一体何だったのだろうか?

そう問われた時、その人の立場により、多様な回答が出てくると思われる。

外部サイトの隆盛、稚拙運営、逃げた配信者、通報厨、リスナーの変化、支援者…。

それらは、複合的に絡み合い、単純ではない。これらを少しでも払拭するような内容であったならと、慚愧に堪えない

(1)環境の変化
外部サイトの隆盛

2013年頃までは、競合サイト比較してニコ生の優位点が多く、ニコ生1強の時代が4年ほど続いていたように思える。石川典行渋谷キングなどの有力な荒らし配信者(当時)を外部に放逐しても、隆盛を保っていた。しかし、現状は違う。YouTubeLiveLINE LiveInstagram Storiesなどの、巨大SNSを基盤とした巨大な競合サイトの台頭が顕著になり、その他独立系ツイキャス、ふわっち、showroom、OPENRECなどがニコ生の牙城を日々切り崩し、今や見る影もない。マクロミル2017年7月に行った調査によると、これから配信をはじめる10代の視聴しているライブ配信サービストップはYouTubeLive、2位がニコニコ生放送配信しているトップInstagram Storiesで、ニコ生ツイキャスYouTube LiveInstagramLiveなどの後塵を拝し、LINE Liveと同率の6位となっている。

実感としても、配信者やリスナーの外部流出が著しく、1強を誇っていた数年前と比べるべくもなく、シャッター街となった商店街様相を呈しており、寂れた印象を与えている。外部に人が流出した上で、新規が競合サイトに吸われたため、サイトとしての熱や勢いを失ってしまったのだ。

スマホ利用者の急増

ニコ生の弱点として、よく上がるのが「スマホ対応の不備」だ。

若年層のインターネット利用の主流がスマホに移りつつあった2013年から、競合サイトであるツイキャスはそのニーズを捉え、低帯域でも閲覧が可能な高性能なスマホ閲覧アプリ提供していた。一方で、ニコ生は未だにバックグラウンド再生もできず、低帯域での再生は断続的な切断によるストレスが多く、基本機能であるアンケートにも参加できないなどのチープなスマホ対応しか行ってこなかった。

利用者の利用環境の変化に対応できなかったことにより、より使いやすツイキャスなどの競合サイト新規ユーザー獲得負けてしまった。

利用者層の変化

ニコ生サービス開始2009年から8年。8年という歳月は、中学1年生が成人するほどの環境の変化をもたらす。

配信者、リスナーともにライフスタイルの変化により、閲覧を辞めることもあるだろう。

それに加え、ライブ配信自体認知が広がり、よりライト層が閲覧を始めたことにより、2ch文化を引き継いだ、垢抜けないニコ生ギーク感(おたくっぽさ)は忌避され、よりスマートツイキャスLINE LiveInstagramなどに流れていった。(ここは、他サイト利用者意見を拾ったわけではないので、根拠に薄く、想像が含まれる。異論があれば教えて欲しい)

ニコ生時代に取り残されてしまったのだ。

(2)運営ドワンゴ
システム改善不備

ニコ生システムは今年実装された「新配信」になるまで、ここ5年ほど、ほとんど改善が加えられていない。

それは、無計画増改築を繰り返した上、低待遇技術者が大量に退職した結果、システム改修がほぼできなくなってしまたことに起因する。

 参考URLhttp://hiroki-uemura.hateblo.jp/entry/2015/09/01/230611

結果、超会議や町会議などの「イベント」を繰り返すことにより、利用者の不満をかわす方針を取ったドワンゴ。不満は見事抑えられたが、上記の外部環境の変化についていけず、緩やかに競争力を失っていった。

しかし、ツイキャスの台頭に危機感を覚えたドワンゴは、ツイキャスパクリのような「ニコキャス」をローンチするも、あまりのできの悪さに3日で閉鎖に追い込まれしまった。

それから2年、2017年システムの大幅な刷新を予告しているが、大幅な後手に回ってしまった感が否めない。

加えて、マネタイズ収益化)が競合よりも上手くいっていたことが、結果的に変化に対応するリスクを取ることができなくなったという面も考えられる。

ニコ生では、リスナーが「広告」を打つことにより、配信時間を延長できるチケット配信者にプレゼントできるシステムがある。これ、運営収益を上げることができ、配信者は延長料500円を払わずに延長でき、リスナーは目立つ形で広告を売って、配信者に名前を覚えてもらったり感謝してもらえるなど、「三方良し」の理想的システムだった。

しかし、競合サイト投げ銭システム一般的となった今、一部配信者は「自分の懐に入らない投げ銭広告)」に不満を感じ、上記Win-Win構造が崩れてしまっている。

技術的な問題と、成功体験による現状維持が原因となり、外部環境の変化に対応できず、ずるずると現状を維持し続けたことで、結果的競争力を失ってしまった。

サイト操作性(UI)とユーザー体験UX)が最悪

ニコ生は、同時閲覧数がある一定数を超えると「満員」状態になって配信をみることができなくなる。

それはシステム上の問題なのだが、ここで「プレミアム会員なら優先入場!」的なボタンが出てきて、プレミアム会員への入会が促される。渋々入会して「優先入場」ボタンを押すも、画面が1瞬切り替わって同じ画面に戻される。プレミアム会員にはいっても入場できない状態が続いているのに「こちらが入り口です」と入れない入り口への誘導が繰り返される。このような、利用者視点がまったくない操作性の悪さがサイト内に山ほど散見され、利用者ストレスを与える作りになっている。ストレスを抱えた利用者は、このような稚拙サイトを再度利用したいと思うだろうか?ユーザー体験UX)が全く配慮されていないのだ。

新規配信者のケア不足

ニコ生トップページをみると、他サイトと大きく違う点が1つある。

それは、他の配信サイトの多くが、盛り上がっている配信や、新規配信者をトップページで紹介しているのに対し、ニコ生企業配信の紹介が大きく割かれているのだ。これにより、新規配信者が配信をはじめても、ふらっと立ち寄るリスナーの数が減り、いつまで経っても過疎から脱せない停滞感が生まれる。

過去においては、ある程度の閲覧数を稼げば、ちくらん上位に掲載されてリスナーを獲得することが出来たり、ミラー大手のこざまミラー新規配信者を「発掘」してリスナーを獲得する機会があった。

また、ランダムでいろいろな配信を見せる「ニコ生クルーズ」や、配信者のコンテスト「ナマケット」などで配信者が発掘されることもあったが、今や殆ど機能していない。

現状においては、新規リスナーがただでさえ減っているのにもかかわらず、初見が最も訪れやすニコ生トップページ企業配信大手チャンネル配信に埋め尽くされ、過疎配信者は日の目を見ることもなく、ただ根絶されていっている。

ビジョンの欠如

ニコニコサービス追加は、これまで良い意味でも悪い意味でも、ノリと思いつきで行われてきた。

既になくなった機能ニコる」然り、マストドンの追加然り。

スタンプなど、ユーザーモチベーション維持に役立ったものもあったが、これらの機能追加は、裏を返すとシステムの複雑化を招き、システム改善難易度を高めていった。ニコニコ(く)において、ニコ生ニコキャスが並行して運用されるのも、複雑化した現状を整理できなかった苦肉の策だろう。

しかし、それらを今回の改定で、整理し、川上社長は、あるべきコミュニケーション像を、ビジョン提示すべきだった。

それらのビジョンなく、枝葉のどうでもいい機能追加に終始し、抜本的な根治を目指さなかったことが、今回のニコニコ(く)の失敗だと思う。

(3)配信

配信者の離脱マンネリ化も、ニコ生の衰退の一因であろう。

新規配信者の参入が困難な現状も相まって、リスナー大手配信者に固定化し、一部の大手はその座にあぐらをかいて惰性で続けている。それは、いつまでも「安泰」な地位約束されている、新規が伸びてきにくい環境からこそ、古参大手既得権益が守られ、切磋琢磨が生まれにくい環境にある為だ。

しかし、ニコ生全体の熱が失われた今、先を考えている配信者の多くはニコ生に見切りをつけ、配信環境が整い、収入源としても有望な競合サイトに流れていっている。

(4)リスナー

配信者だけでなく、リスナーも惰性で続けている人が多い。

惰性で配信を見続けると、様々な弊害が出てくる。

過去と同じことを見ていても、再放送のような気分になり、楽しみを見いだせなくなる。

しかし、配信を一度見るのを辞めると、「流れ」がわからなくなり、取り残されたキモチになる。

結果、面白くもないのに、飽きた配信者の配信をずっと閲覧することもなり、不満を抱えながら配信を見続ける。その中の歪んだリスナーは、楽しみを通報などの妨害行為に見出すようになったり、特定をして配信者を潰すなどの犯罪スレスレ好意に手を染めるものも居る。

リスナー流動性がある程度あれば、このような弊害は生まれにくいが、リスナー固定化された環境下では、このような現状になってしまうのも自明の理かもしれない。

3.ニコニコ(く)を「失敗」と断じる理由

これは簡単な話だ。

上記で掲げられた課題殆どこなすことができず、既存利用者失望を招き、期待感を生むことができなかったことにある。

期待感さえあれば、様々なニュースサイト露出し、SNS拡散され、人々の話題に上がって熱が戻ってくるきっかけになったかもしれない。加えて、一度外に出た配信者やリスナーが「古巣」を見に来ることも会ったかもしれないし、その流れで他サイトリスナーがやってきた「かも」しれない。

しかし、その機会は永遠に失われた。

この先、ニコ生は、数年前にmixi体験した、坂道を転げるようなユーザー離脱が待っている。

2017-11-24

ナイス忖度!!

今年の流行語大賞候補にもなっている「忖度」という言葉

元々の意味は「(相手気持ち、望むことを)思いはかって」行動するというものなので、

決してマイナスなことだけではないはずだけれど、

大物政治家やら、大手芸能事務所やら、権力を持つもの迎合するような

「しなくていい」忖度ばっかりが目立ってしまい、

正直良い印象を感じることは少ない。

そんな中で、昨夜、思わずナイス忖度!!」と叫びたくなるような出来事があったので記しておきたい。

世間はい夫婦の日勤労感謝の日というこのタイミングに、

私は妻も放置し、仕事に追われており、

ラジオを聴きながら、仕事場で机に向かっていた。

流れていたのはNHK-FM祝日にの放送している今日は一日〇〇三昧」

一人のアーティスト特定テーマについて、

日中、そのテーマに関する音楽をかけ続けるマニアック番組

アニソン特集ときなどはネットでもかなり話題になるので、

ラジオを聞かないという人でも、なんとなく知っているという人も多いかと思う。

で、昨日のテーマは「今日は一日、小田和正三昧」

オフコースとしてデビューしてからまもなく半世紀

古希を過ぎた今もなお、あの澄んだ歌声武器

第一線で活躍している小田和正さんを

実に10時間以上にわたって特集するという。

番組MCを務めたのは、

今春までNHKの朝のニュースの顔であった阿部 渉アナウンサー

実は学生時代からガチオフコース小田和正ファンでもあるらしい。

今夏にもNHKBSで放送された番組で、

小田さんへのインタビュー担当しており、

それに続いての登板である

通常、この〇〇三昧というシリーズでは、

そのテーマアーティストにまつわるゲストスタジオに多数登場し、

賑々しく放送されるパターンが多いのだが、

今回はなんとMC阿部さんと小田和正さん本人のみ!!

小田さんは途中休憩を挟んだものの、

から夜までほぼ出ずっぱりで、

その他のゲストは一切なし!!

年に一度、TBS系で放送される「クリスマスの約束」を除いては、

滅多にテレビラジオに出演しない小田さんが、

これほど長時間にわたって、しかも生番組にでるなんて・・・

(しかも正直この年齢で)大変思いきった番組だった。

が、そんな番組にもかかわらず、

特に大きく宣伝もされていなかったせいか

事前にはあまり話題にのぼっておらず、

私もたまたま偶然ラジオをつけて知った口である

(ある意味今日仕事をしていてよかった・・)

番組はひたすら小田さんの曲をかけて、

その曲にまつわる話をしていく

合間合間にリスナーからメールツイートを紹介したり、

小田さんにゆかりのある人物から

小田さんにあてたメッセージを流していた。

大学の元同級生、植樹しにいったという被災地の人、

さらに同時代活躍した元チューリップ財津和夫さんといった音楽仲間

心地よい歌の数々に癒されながら、

仕事を続けていたら、

終盤にさしかかった夜9時前

わず手を止めてしま事件が起きた。

オフコースとして1982年まで一緒に活動した鈴木康博さんが登場したのだ。

オフコースを知らない世代にはピンとこないだろうけど、

これは結構大事だ。

例えるなら先日のabemaTVにおける元SMAP3人と森くんの"21年ぶりの邂逅とでも言おうか・・。

小田さん鈴木さんは、中学高校同級生で、

そのころから一緒に音楽をはじめ、

それを母体に作ったバンドオフコースである

当時は大学進学率も低く、

まして国立上位の大学を出ているメンバー

ある意味エリートとみられ、

音楽の道で夢を追って生きていくなんて・・とかなり咎められたそうだ。

特に鈴木さんは上場企業への就職内定していたそうで、

その軋轢は大変なものがあったという。

当時のインタビューによれば、

そうした親や周囲の反対を押し切って進んだ道だからこそ、

絶対に「成功しなければならない。」という意識を強く持っていたそうだ。

小田さんもそれは同じで、建築を学んでいたのに

なんといっても卒論タイトルが「建築との決別」である

全てを投げうって音楽の道をまい進する決意を固めた二人は、

1976年に追加メンバーを迎えるまで、

二人組として活動した。

「僕の贈り物」、「でももう花はいらない」、

「眠れぬ夜」、「愛の唄」など今もよく聞かれている名曲もたくさん生まれているし、

それなりにファンもいたのだが、

今を基準にすればまったく無名といってよく、

今日番組でも、さだまさしさんからメッセージの中で、

「(当時)よく一緒にライブに出ていたが、オフコースの方が先輩にもかかわらず、

(さだの)グレープの方が先にヒット(精霊流し)して有名になってしまい、

前座のような状態にさせてしまって恐縮していた。」というような話が出てきていた。

苦労時代が長く続いたあとで、

オフコースデビューから10年経った

1979年に「さよなら」という曲が大ヒットしたことで、

一気にブレイクを果たした。

そこからヒット曲を連発するようになり、

武道館での連続10日間にわたるコンサートなど、

当時、日本一の人気バンドとなった。

しかし、その「さよなら」をはじめとしたヒット曲は、

すべて小田さん作品であり、

世間オフコース=小田和正というイメージ認識していく

長く続いた人時代は二人の関係は対等で、作品もそれぞれ作っていた。

そもそもレコード会社がつけた二人組時代キャッチコピーは、

(男二人にかかわらず)

日本カーペンターズである

私はそれを言うなら、本来日本レノンマッカートニーだろ!!と思うのだが、


それこそ同時期に、同じ東芝レコードに在籍したチューリップレコードに、

財津和夫さんが「和製ポールマッカートニーを自認」と書かれているので仕方がなかったのかもしれない。

それはさておき・・


レノンマッカートニーのような関係だったはずが、

メンバー、バックのギタリスト扱いになってしまたことは、

鈴木さんを相当に傷つけてしまったようだ。

鈴木さんはオフコースからの脱退を申し出て、

事実1982年6月武道館コンサート最後バンドから離れ、ソロへと転向する。

小田さんはその後も残ったメンバーオフコースを続けたが、

結局1989年バンド解散し、その後、本格的にソロ活動を開始。

そして「ラブストーリーは突然に」を手始めに、

小田和正としても大ヒット曲を連発していく

のちにオフコース解散について、

ヤス(鈴木さん)が抜けた時点で、もはやオフコースではなかった」と認めており、

解散までオフコースに残ったメンバーの一人、松尾一彦さんも

「僕らではヤスさんの抜けた穴は埋められなかった」と語っている。

脱退後、二人の間では交流はなくなった。

もともとは同級生で友人だったはずだが、

オフコースとして活動していたときも、

飲みに行ったり、一緒に出掛けたりといったこともほとんどなかったという。

実際、脱退の直後には、

鈴木さんが「別に友達ではない。電話番号も知らない」的なことを言っていた時期もあった。

そこだけ切り取ってよく不仲という見方もされるが、

どちらかといえば、仲のいい友達同士というよりは互いに一目置き、

切磋琢磨して、真剣音楽に向き合ってきたライバルであり、仲間だったのだろう。

(そのへんもなんだか、最近SMAPの一件と重なって見えないこともない。)

はいえ、

元・赤い鳥山本潤子さんや、

後輩・THE ALFEE坂崎幸之介さんなど、

小田さん鈴木さんの両者と仲がよく、共演するミュージシャン仲間がいたりもして、

願わくばオフコース再結成・・・ という声はあった。

しかしそうした話題がのぼるたびに、

ことなくピリピリした空気が流れていたのも事実

実際に数年前、TBSの「風のように歌が流れていた」というテレビ特番の中で、

暗にオフコース再結成は「もう、ないよ」と否定する発言もしている。


ただ、音楽を愛し、真剣に向き合ってきた二人だし、

互いにその存在を認めていた二人であったことも事実

から不器用で意地っ張りで、口下手な二人を

誰かが再びくっつけてくれることを、

ファンとしてはどこかで期待していたのだけれど、


それがまさに昨日で、

その誰かが阿部 渉アナウンサーだったというわけだ。

事前に小田さんにはまったく知らせていなかったらしく、

本当のサプライズであったようで、

鈴木さんからの肉声のメッセージが流れてきた直後、

「すごいところをついてきた」、「消化するのに時間がかかる」と動揺を隠せず、

そのあと思わず涙がこぼれていたようだ。

(ラジオなので見えないのだが、阿部アナも同じく)


鈴木さんからメッセージは、

オフコースとして一緒に音楽をやっていた時代が今では「宝物」に思えるとし、

あの澄んだ歌声や才能が羨ましかった、たくさんのことを教えてもらったと、

当時どんな想いで小田さんとその音楽を見つめていたかを振り返りながら、

最後は(お互いにいい年となったけれども)

それぞれの音楽を頑張ろう という形でまとめたもの


「もう一度いっしょにやろう、再結成しよう」みたいな発言は一切なし

それでも・・・、雪解けというか、

35年もの間、伝えられなかった気持ちが伝わった瞬間というか、

何かが変わるような期待と空気に包まれた瞬間だった。

人の気持ちを思いはかることはとても難しい。

でも誰かが動かないと、

動かないときもあるし、動けないときもある。

昨日はそんなことを考えることができた。

仕事の方はちょっと遅れ気味になったけど・・

(ごめんなさい。)

2017-11-12

小春ちゃん回の次に騎咲レイ回やるの狙ってるよね?

すぐ身近にいる最高のスターの卵にどういう形で並び立つかっていうスタンスの違いが描かれてるよね。

小春ちゃんドレスを一緒に作ることでゆめちゃんをサポートし、時にはステージに共に立つことを選んだ。

対して、騎咲レイが選んだのは新たなブランドを立ち上げて、エルザが頂点を競える相手となることを選んだ。

今まで表舞台への最後の一歩を踏み出すのを避けていた状態からステージへと踏み出したという点では同じなんだけどその中身には大きな違いがある。

小春ちゃんが選んだ道は分かりやすい。

子供の頃からのお互いの夢を叶えること。

小春ちゃんはゆめちゃんが最高のアイドルになれることを信じていたし、ゆめちゃんも小春ちゃんなら一緒にアイドルになれることを信じていた。

その夢の1つの完成形としてのペアライブだ。

同じ夢を共有した2人のアイドルの卵が長い時間をかけて叶えてきた夢の1つのゴール地点だ。

これからも手を取り合って更に高みを目指すという願いがそこにはある。

対して騎咲レイアイカツもっとずっと激しい。

騎咲レイの夢とエルザの夢は一致しているが、その夢の中に騎咲レイの姿はない。

エルザだけがいる。

エルザが最高のアイドルとなる事がお互いの夢であり、騎咲レイはその計画の一部にすぎず代わりの効く歯車だ。

その夢のために騎咲レイステージに立つ。

それはファンのためではないと宣言するのは、エルザを頂点に立たせるという目的意識の強さの表明だ。

ファンのためにステージに立ってしまえば、ファンのために自分が頂点を目指すことになる。

そうではない。

エルザのために、頂点を目指すエルザが切磋琢磨するに相応しいライバルとなるために自分ステージに立つのだと己に言い聞かせているようですらあった。

そう、騎咲レイ宝石を磨くための宝石、最高のアイドルを作り出すための最高のライバルであり、犠牲なのだ

騎咲レイナイトである

ゆえにプリンセスにならない。

己がステージに立ってもエルザなら絶対に己を打ち負かして頂点に立つと確信している。

その頂の高さを少しでもエルザの求める場所に近づけるための、エルザと拮抗し続けエルザを高みへと導くための砥石としてのライバルとなる事を選んだのだ。

七倉小春と騎咲レイは同じ夢を見ている。

自分が夢を託した相手の中にかつて見出した最高の輝きを現実のモノとすること。

だがそれぞれが夢を託した相手が見ている夢の形が違う。

虹野ゆめは幼いころに夢を語り合った2人がアイドル界を盛り上げることを夢見た。

エルザフォルテはかつて望んだものを手に入れることが出来なかった自分が、今度こそ世界自分を認めさせる最高のアイドルとなることを夢見た。

そうしたゆめとエルザの夢のカタチの違いが、それぞれの相棒がその夢を実現させる形を返させたのだ。

どちらが正しいかではない。

どちらも尊い

満を持して小春ちゃんとゆめちゃんのペアライブはそれはそれは尊かった。

夢を叶え、夢の続きを歩み続けることの喜びがあった。

とても温かいライブだった。

対して、レイとエルザの関係は少しだけ寂しい。

それゆえに、それでもその道を突き進んでいくという姿に気高さがある。

騎咲レイという一振りの剣が嵐を切り裂きアイカツ世界に切り込むという騎士道物語がそこにあった。



ねっ、やっぱこの2つの回を続けてやるのって絶対狙ってやってたよね?

絶対狙ってるよねスタッフ

https://anond.hatelabo.jp/20171112102114

アイドルオタクだけど、アイドル特にAKBG)はアイドル同士の人間関係の中で葛藤したり切磋琢磨したりするのを見て楽しむのが大きいから、宗教キリスト教)とは全然ちゃうよ。

何か比較するとしたら新日本プロレスに近い。

2017-11-06

anond:20171106154118

変圧器特許の塊りで、小型化高出力化に各社が切磋琢磨しているので、

規格化できなかったんだよ。

これ以上改良の余地のない枯れた製品がでてきて初めて、

他社も同じもの採用しようということになって統一される。

anond:20171106023456

ポンコツすみませんm(__)m

かに増田仕様は使いづらいと思っていたので、自分が使いたいWebサービスを開発してみます

日本発の2ch外国勢に乗っ取られて5chになっちゃたし、今こそ匿名掲示板は再発明されるべき時なのでしょう。

お互いアメリカIT企業に負けないよう切磋琢磨して、日本発の優れたWebサービスを開発しましょう!

 

https://anond.hatelabo.jp/20171105232946

自分サービスを作れとか言い出す低能っぷりはやばいなw

2017-10-01

我が輩は童貞である

我が輩は童貞である経験はまだ無い。

どこで道を誤ったかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめめした所で「さくらたんのエロ画像キボンヌ」していた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて美少女というものを見た。しかもあとで聞くとそれは美少女中で一番美しい少女であったそうだ。

何故こんな運命になったか判らぬと先刻は言ったが、しかし、考えように依れば思い当ることが全然ないでもない。人間であった時、己は努めて人との交を避けた。人々は己をキモヲタだ、根暗だといった。実は、それが殆ど逃避に近いものであることを人々は知らなかった。

己は彼女が欲しいと思いながら、進んでDQNに就いたり、求めてリア充と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大羞恥心との所為である。己のフツメンに非ざることを惧れるが故に、敢えて刻苦して磨こうともせず、又、己のフツメンなるべきを半ば信ずるが故に、風俗経験だけで女を語る素人童貞に伍することも出来なかった。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。

今思えば全く、己は己の有っていた僅かばかりの可能性を空費して了った訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、事実顔面偏差値の不足を暴露するかも知れないとの卑怯危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。

己よりも遥かに醜い容姿でありながら、それを専一に磨いたがために堂々たる妻帯者となった者が幾らでもいるのだ。30代真性童貞と成り果てた今、己は漸くそれに気が付いた。

それを思うと己は今も胸を灼かれるような悔を感じる。己には最早人間としての生活は出来ない。たとえ今、己が頭の中で、どんな優れたイチャラブ童貞喪失デートプランを作ったところで、どういう手段実践できよう。

まして、己は日毎に40代真性童貞に近づいて行く。どうすればいいのだ。己の空費された過去は? 己は堪らなくなる。

そういう時、己は、向うの山の頂の巖に上り、空谷に向って吼える。この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰もらえないかと。しかし、ブックマーカーどもは己の声を聞いて、唯、嗤い、見下すばかり。

山も樹も月も露も、一匹の童貞が怒り狂って、哮っているとしか考えない。

天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人己の気持を分ってくれる者はない。

ちょうど人間だった頃、己の傷つき易い内心を誰も理解してくれなかったように。

己の亀頭の濡れたのは、夜露のためばかりではない。

2017-09-22

夢のない理系

若者理科離れとか理系離れとか言うじゃない。まあそりゃそうだよねってのが理系就活生を観察しているとよく分かる。自分東京大学工学修士学生学内外問わず色々な人の状況を知っている。日本理系の現状はなかなかに酷く全くもって夢がない。

まず就職しても待遇が悪い。例えば大手メーカー研究開発職に就いたとする。修士卒業場合、だいたい初任給23万円/月だ。どんなFラン大学を出ていようと東京大学を出ていようが変わらない。一律たった23万円。もちろんここから上昇するにはするが非常に緩やかな上昇だ。年収800万〜1000万に到達する頃には40歳くらいになっているだろう。大学大学院勉強研究を重ね知識技術を磨いてもこの程度にしかならない人生だ。

一方、大学時代は遊びほうけ頭すっからかんのくせに就活中だけは意識高く振る舞いそれらしいことを言ってうまいこと商社広告マスコミ金融などの大手就職できた文系人達は30歳になる頃には1000万円をもらっている。これらの高給文系職は無駄に激務であることを踏まえてもなお、大学適当に遊んで文系就職した方がコスパが良いと感じる人は多いのではないか。更に悪いことに、メーカーでさえ文系総合職の方が平均年収が高くなる。あまり将来のことを考えず理系科目が好きだということで理系に進んでしまった学生就活する段になってようやく日本文系社会であることに気付く。技術立国とは名ばかりで学の無い連中の馴れ合い社会が動かされており文系社畜にならなければ良い待遇が得られないという事実に気付く。

そして博士課程に何の魅力も無い。優秀な学生が少なく、学生時代待遇が悪く、卒業後に希望がない。アメリカトップスクールなどにおいて博士学生というのは非常に厳しい選抜を勝ち抜いたエリートである。一方、日本大学院博士課程は東大ですら誰でも入れてしま無能が入り込む余地が多分にある。もちろん東大には超優秀な博士学生がたくさんいる。しかしそれ以上に無能博士学生の多さが目立つ。博士学生同士で切磋琢磨ということはあまり望めそうにない。

学生時代待遇も悪い。アメリカをはじめ諸外国STEMなPhDプログラムでは基本的給料が出るし、学費もかからない。一方の日本博士学生学費自分で支払う必要があり、さら給料基本的に出ない。もちろん学振を取ったりリーディング大学院奨励金等を受け取れば20万円/月程度であれば稼げるが、これらには研究専念義務(笑)というものがあり副業奨学金などによる追加収入を得ることは禁止されている。海外給料が出る大学院であればこのような制限はない。追加で奨学金を重ねることもできるし、RAをこなしたりインターンシップで稼いだりすれば(かなりうまくいけば)年600-700万円くらいの稼ぎは得られる。

20万円というのは20代後半の大人にとっては非常に厳しい額だ。実際には税金学費などが引かれ月15万円程度の収入になるだろう。東京で月15万円で生活することを考えてもらいたい。まず家賃で7万円は飛び、光熱水費で2万円、食費4万円はかかる。この時点でもう月2万円しか手元に残らない。ここから交通費やら何やら出していれば全く貯金できないことが分かる。月15万円というのはギリギリ生存できる最低限の収入である。ちなみに学振というのは世間一般からすれば一握りの優秀な博士学生しか獲得できない。アカデミアの未来を担うホープパートのおばちゃん並の価値であると見なし更に研究専念義務という謎の仕組みで縛り上げ貧乏を強いているのが日本だ。

耐え難きを耐え忍び難きを忍ぶと報われるかといえばそんなことは無い。諸外国ではPhDを持っていると基本的には良い待遇を得ることができる。自分プロジェクトを興し引導し対外発表ができ文章が書け更に専門知識を持つ者として高く評価されているかである。一方、日本博士はどうだろう。企業求人をみても月25万〜28スタートのところが多い。博士を取ることによるプレミアが皆無であるという企業からメッセージである博士号要求する職ではどうだろうか。研究所大学教職などがあるだろう。いずれも酷い待遇である。国を代表するような研究所であっても初任給400万/年くらいである。大学に至っては教授上り詰めても年収1000万程度しかもらえない。日本では研究が大好きであるということ以外に博士課程に進む理由が無い。

いやー夢が無いねえ。そりゃ傾くよねこんな国。高校生諸君、悪いこと言わないか適当早慶くらいで文系学生やって遊んでイキって暮らしていこうな。

追記(2017-09-25)

この記事反響を一通り読んだ。概ね当事者や元当事者など理系の実情を知る人には受け入れられているようであるしか文系の人や文系就職した人達、この記事に該当する優秀な理系学生でなかった人達には響かなかったようで彼らは少し筋違い批判をしている。この記事目的は現状の理系トップ惨状を伝えることにあり、筆者個人の進路選択は全く関係ない。特定を避けるために詳細は述べないが筆者は恵まれた進路選択をできる立場にあるので心配はご無用である。これらを踏まえてもらった上で、以下の批判をした人達自分がズレているということを認識してもらいたい。

商社マスコミに入れるのはごく一部であり30歳1000万円なんて人は希少

それはあなたレベル人達からしたらそうなのかも知れないが筆者の周囲では商社マスコミに入るのは別に特段優秀とは見なされていない。文系就職する人達はむしろ研究勉強でそこまで成果を上げられなかったりスキル能力に自信が無い人が多い。もちろん外銀やトップ戦コンに行くような人達はこの限りでは無い場合もあるが少なくとも商社がごく一部の超優秀なエリートというのは笑ってしまう。一学年に何百人いるんだよ(笑)(もちろん中にはすごく優秀な人もいる) このような批判をしている人達はさすがに大学に行っていたとは思えない。

理系には推薦があるじゃないかえんな

このご時世、優秀な人が推薦に頼ると思ってるのが凄い。推薦で採るような会社行きたくない人が多いという認識が無いのであれば世間知らずだと思う。更に推薦があるような企業でも優秀な人は推薦を必要とせず、選考正式に始まる前から企業に目をつけられリクルーターが付いていたりする。このような場合、推薦というのはあって無いようなものであり形式的馬鹿らしいものとなる。企業学科によっては推薦からしか受け付けないと言ったり最初自由応募で後で推薦に切り替えるなどと、企業側にも学生側にもあまりメリットのない意味不明運用が横行しており、推薦制度というのは優秀な人から馬鹿にされている。もちろんこの制度が無いと就職できないような優秀でない理系学生にとってはものすごくありがたいのかもしれない。

金が欲しければ金融に行けば良い

金が欲しい人は外銀に行きますね。もっとも、金融ものすごく興味があるだとか数学を活かした仕事がしたいだとかい意志がなく単純に金だけで金融に行くというのは金のために魂を売ることだと感じる人が多いことも認識しておこう。特に大学先生なんかはこう思う人が多く(夢のために貧乏道を選んだ人達なので当然といえば当然だが)外銀村から抜け出せなくなった人のことを馬鹿にしていたりする。

日本と金が欲しい人が行く道が(士業を除くと)金融しか無いのが悲しいところ。アメリカエリートウォールストリートシリコンバレーか迷えるのに日本だとシリコンバレーに相当する業界ダメダメで誰も憧れず実際に稼げない。

追記(2017-09-26)

こうすれば良いああすれば良いと個人の最適な生存戦略を挙げて悦に浸っている人が目立つのが気になった。それぞれの主張はそれなりに正しくはあるのだが、そのような状況自体が悲しくないか、夢がなくないか、という日本社会構造自体を嘆いているのがこの記事の本筋である

勉強していればお金をもらえると思っているなら間違い

基本的給料スキル熟練度よりも在籍している会社の業績によるところが大きいし、さら需要供給によっても変わってくるので、任意の分野において勉強すればするほど給料が高くなると考えるのは間違いであるという主張は正しい。しかし、もう少し上のレベルから考えてもらいたい。理系研究者技術者というのは新しいものをつくりだす人達である。これらの人達の扱いを酷いまま放置していけば社会が後退していくのは目に見えているだろう。それなのに状況が数十年前から一向に改善されないというのは社会進歩否定しているということを意味する。日本理系に進み酷い待遇を受け苦しんでいる人達自業自得と笑うのは簡単だが、それで良いのだろうか。個人選択問題にしてしまうのは頭良いアピールには良いかもしれないがもう少しマクロ視点からものを見て議論してほしい。

文系就職すれば良いじゃん

実際している人は結構いる。理系に進んだは良いもの理系職は暗い人が多く稼げず華やかさに欠け楽しくないので文系職も考えるかという人は特に社会的バランスの取れた性格人達の中には割といる。最近企業文系職でも理系人材を求めているということを前面に打ち出してきているし、理系に進むというのは将来の選択肢を広げ人生を有利に生きるという意味では悪くはない。しかしせっかく理系勉強研究をしたのに文系就職する方が良さそうに見えるこの状況に何の危惧違和感も覚えず「文系就職しろよw」と嘲笑するのは筋の悪い批判自己満足しかないと思う。

そんな文句いうなら海外に行けよ

その選択が最良と思える今の状況が悲しくない?という話だよね。個人レベルで考えるなら就職なり学位留学なりで海外行くのは(経済的能力的・ビザ的に可能であるならば)かなりアリだと思う。

日本企業に拘っているのが見苦しい、外資に行くという選択肢は無いのか

この記事を読んで全ての学生日本企業に拘っていると読めるのだとしたら一度病院に行って頭を診てもらった方が良い。外資に行くのも生存戦略としては大アリだとは思うし行き場のなくなった博士外資に拾ってもらうことが多いのも知っている。外資といっても色々あって外資投資銀行外資戦略コンサル外資ITコンサル外資メーカー外資IT企業、など様々な業界、その中でも様々な職種がある。また外資には米国系、欧州系、中国系などあってそれぞれ気色も違う。外資に行けとだけ言うのは本人は何か言っているような気になっているのかもしれないがその実何も言っていない。投資銀行コンサルのような文系職であればだいたいどの分野の学生も行けるだろうが分野によってはまともな外資日本理系職を採用していなかったりもするので無条件で外資外資と喚くのは世間知らずにもほどがある。外資理系職の採用をしておりかつ外資の方が明らかに待遇その他が良い分野の場合であれば優秀な人はみんな外資を目指し実際に行く人も多いか安心すれば良いと思う。(もちろん外資文系就職するのもアリでそういう人も多いが外資だと文系職は奴隷という色がより強くまた本社に行けることもあまりないので本人次第ではある。)上に推薦のことを少し述べたが推薦が眼中に無い人には外資内定を持っている人も多く含まれていたりする。ただ、やはり基本的外資に行くほうが良さそうに見える社会ってどうなの?というところはきちんと見つめられるようになってほしい。

2017-09-19

Hontoいいじゃん

KindleUIほんと満足してないか

競合して切磋琢磨してほしいわ

ほんと

2017-09-12

久しぶりに会う元上司からクラス設計すらできないJava技術者がいる」と聞いて最初はそんな馬鹿冗談かと思ったが最近はそれが普通なのかもしれないと思い直したりしてる。JavaHouseMLのような切磋琢磨できる場が今はないのが残念だ。無知嘲笑する人はそこには居なかった。JavaはもちろんITマナー等様々な知識をそこで得た。Qiitaがそれに該当するサービスなのだろうけどあくま技術ブログに特化したSNSにとどまってる感がして「そうじゃない」って思ってる。

2017-09-08

疲れました。

ふとした疑問なのですが普通の家庭ではどんな会話ができるのでしょうか?

私の家は一般的な家庭とは少し違うみたいで、純粋にどんな会話をしているのかが気になりました。

親は子供の好きなものを知っていますか?好きなもの話題になることはありますか?テレビ自由にみれますか?好きなもの否定されていませんか?怒られるならどんなことで怒られますか?

支離滅裂文章だと思います。けど最近毎日死ぬことしか考えられなくなるほどにしんどくなってきたので吐き出させてください。

私の家は、私が物心ついた時にはすでに家で騒がしくしていたら「ニュースが聞こえない。黙っていろ」と注意される家でした。公園などで遊んではしゃいでいてもみっともないと注意されました。小さい頃から友達になった子はいましたが一人一人、あの子の家はこうだからあんまり…と言われたりあの子は頭がいいから仲良く、と言われたこともたくさんありました。

私は小さい頃からペンと紙を持って絵を描くのが大好きでした。そして外で遊ぶよりも中で遊ぶ方が好きで、アニメを見るのも大好きでした。

勉強はそこそこで平均くらいでしたが絵は人並みに描けていたと思います

毎回絵を描くたびに「絵なんか描いて何になる」と言われ続けてきましたがやっぱり絵を描くことが好きだったのでやめられませんでした。

アニメ自分の知らない世界がたくさん広がっていて大好きです。見るたびに「こんなくだらない、つまらものを見て何になる。つまらいかニュースに変えろ」と言われてもそれでも大好きです。

年の近い弟が一人いましたが、弟は外向的でテニスがとても得意です。

弟は小学校からテニスクラブに入っていて、中学高校でもずっとテニス部遠征によく行ったり試合がある日は両親揃って弟の試合を観に行ってました。テニスの道具なども進んで買ってもらっていたと思います

弟の方が手間かかることがあり私のことはほとんど放置で一人でいることが多かったのですが、思春期だったこともあり放っておいてくれて良かったと当時は感じていました。

私も弟がテニスを好きだったのと同じように私も絵を描くことが好きだったのでイラストコンクールなどに参加していました。

その時に、私の作品入賞して主催の方から絵を学ばないか勧誘を受けました。いわゆる通信講座のようなものです。本格的に絵を学びたいと思い親にその旨を伝えてみました。

返ってきたのは「くだらない。そんな口車に乗せられて情けない」でした。挙句には勧誘してくださった方にくだらないことに誘いやがって、詐欺だ!!とクレーム電話を入れられてしまいとても誘っていただいた方に申し訳なくてたまりませんでした。今でもふとした疑問なのですが絵を描くことはそんなにくだらないことなのでしょうか?勉強する価値もないのでしょうか?弟もテニス用具だったりシーズン毎の遠征費はかかっているのですが全て親が払っています。私は水彩絵の具や絵筆、キャンパス学校で使う以外は全て自分お小遣い範囲です。そして弟のテニスについては一言もくだらない、と言われている記憶がありません。それどころかいつも褒められていてどこか他所に行っても毎回弟はテニスが上手で…、と自慢げに他の人に話しています。私は自分の絵をくだらないと言われたことはあっても褒められたことは一度もありません。不公平に感じるのは私の心が狭いからでしょうか?

高校生の時、大学をそろそろ決めないといけない時期にどうしても絵を学びたくて美術学科があるところを視野に入れていました。昔から絵を描くことはくだらないと言われ続けていたので言うに言えずに高校二年生の冬が来ました。頑張って美術学科に行きたいこと、入試デッサンがあるので画塾に通いたいことを打ち明けると渋々了承を得られました。そこから頑張って画塾に通って同じ受験生の子切磋琢磨して厳しくても毎日が楽しかったです。でも、通っていた時にも度々画塾なんてお金無駄、と言われていたので最後までいたやめさせられるかわからないと怯えながら画塾に通っていました。

話は変わりますが親は所謂アルコール依存症のようなもので一日中お酒を飲んでいました。朝や昼、夜も関係なくひたすら飲んで落ち着いたら寝て、目が覚めたらまた飲んでの繰り返しです。なので夕方から夜にかけて寝て、私が寝ようと思った頃(23時くらい)に目が覚めてテレビ大音量で付けて夜中まで騒がれていることがほとんどです。2リットルの紙パックの焼酎?も一晩で全て無くなるくらいにはずっとお酒ばかりでした。

からでしょうか、何か少し自分の気にくわないことがあればどんな理不尽なことでも怖いことや暴言をたくさん吐かれました。

弟と違い、私はずっと否定されてばかりなのでつい気になって私をどうして作ったのだと聞いたことがあります。「間違えだった」と返って来ました。そして私は本来双子で生まれるはずだったのですが生まれる前に一人流れてしまったことも同じ時期くらいに知りました。その時から今もですがずっと間違えて生まれて来た私に生きる意味まあるのだろうか?ずっと疑問でいっぱいです。また、あの子ではなく私が代わりに流れていたら良かったのではないか?むしろその方が良くて、あの子の方が私よりも出来が良くて怒鳴られずに済んだんだろうか?所謂普通の、好きなことを、好きなものを、ありのままでいられる、ビクビクしなくてすむ家族になれたのではないかとずっと思うのです。

そして、間違えて生まれしまった私は間違いだらけでどんなにあがいても普通人間にはなれないなと毎日感じています

せめて普通人間になれるように頑張りたいと思います

書いていて自分でも訳が分からなくなりました。

北朝鮮側にどんな正義があったとしても、日本環太平洋造山帯の片鱗だったとしても

毎日切磋琢磨している人たちの暮らしが脅かされて良い訳がない。

努力を無に帰すような事は絶対に起こるべきではないと思っている。今までずっとそうだった。

からこれから裏切りがあってはいけない。

北朝鮮の核保有絶対に認められない。

2017-08-31

野球部切磋琢磨し合った高校時代。その卒業から50年経ち晩年を迎えたかつてのナインは再会し草野球チーム「好好爺九」を結成した

2017-08-17

意識高い友人が車メーカー調達職で悪魔に魂を売っていた

もう何年か前の話になるけど,とりあえず書き出してみる.

ある程度脚色があるけど,どうせ増田だし皆さんの信じたいところまでお読み下さい.

あらまし


新卒就職して1年位たったある日,学生時代の同期たちと飲み会があった.

そこに,世間一般にいうところの意識高い系学生生活を送った文系女の子がいた.

の子は,国内自動車メーカーで,国内の協力会社相手とする調達職をしていた.

 

 

飲み会の途中で,各自が今やっている仕事の話になった

の子は,調達価格を下げて事業に貢献していると言っていた.

「今年は去年よりも値下げ率上げられたの?」と聞いてみると

「下げられた.下請けに買わないよって言うと下げてくれる」と.

 

 

下請企業の存続を左右できるほどの発注量のある企業が,

発注の停止を提示して値下げ要求することは,買い叩きとして下請法で禁じられている.

「以前から継続して発注してる部材を一方的に買い叩くのは違法じゃなかったっけ?」

「えーそんなことないよー,だってあの人達ウチらいるからやってけてるんじゃないの?」

 

 

自分は車に対しては下位サプライヤーとなる,基幹部品寄りの企業に勤めている.

『そういう立場にある発注元が,値下げを強要するのが違法だ』という言葉を飲み込み,

その日の会は和やかにお開きとなった.

この日感じた違和感


自動車メーカー調達にちゃんとした教育をしないのかよ」といった思いよりも,

彼女がとても生き生きと,下請けの値下げの話をしていた事が気になった.

 

 

しかしたら,彼女は,「下位カースト人間」を

与えられたから,あんなに生き生きしていたのではないだろうか. 

意識高い系努力教産業構造の融合

 

努力教人間は,「努力をしてこなかった人たち」に対しては,いくらでも残酷になれる.

彼らにとって,海外の貧しい人たちは,めぐり合わせの悪かった「施すべき人たち」だが,

国内にいる下位カースト人間は「努力をしてこなかった人たち」だ.

 

 

もちろん,努力教自己意識が有ることと,自分が実際に努力してきたことは別問題である

まれ環境によって,満たされた地位にある大学生は,学生活動()等を通じて,

互いに努力しあっている(切磋琢磨している!)集団演出し,自分以外の学生や,

他の集団に対する優越感を得ているように感じる.

 

 

彼女は,海外留学経験もあり,国際理解が深く,それなりに教養もある.

それは,現在日本では,恵まれ環境に生まれ育たなければ,与えられないものではあるのだが,

彼女は現状を「自分努力で獲得した」と思いたかったのではないか

   

  

そして彼女は,下請けに対して「努力をしてこなかった人間自分らが施している」と認識したのではないか

零細のサプライヤは,努力をして来なかったから現状があると思っているのではないか

そして自動車メーカーは,彼女自意識を見抜いて,現状を肯定してやり調達職として利用したのではないか

そんな疑問が,年月のたった現在でも,湧き上がってくる.

 

 

意識の高い若者が,得られなかった優越感,選民意識を,下請けと言う名の「下位カースト」を与えてやる事で満たしてやる,

これは,自動車に限らずサプライチェーン上位のメーカーとしては,全く適材適所の采配だ.

きっと,下請けに対していくらでも残酷になれると思う.薄ら寒い

2017-08-04

対戦ゲームはニワカがいなくなったら終わりだから

プロはニワカ駆除に励むよりもプロ同士で切磋琢磨したほうが建設

2017-07-27

もし今の免許制度に意味がなとおっしゃるのなら・・・

私は運転免許制度に疑問を持っています

毎年、飲酒運転などの交通違反、過失致死傷など多く起きている現状で、免許付与自体に意義があるのかと。

そもそも運転教習所で受けた教育問題があるのではないか

これは、警察による統計的手法調査するなど、やっていただかないといけないのでは?

自動車運転者資質が、免許取得後の切磋琢磨によるものか、あるいは教習所での養成プロセスによるものなのか確かめないといけないのです。

我々が現に聞いている方は、ベテラン高齢ドライバー、いわば社会的に見ても長いキャリアがないとなれない個人タクシーの方々で

その方々から複数お話を聞いておりますけれども、教習所免許は正直な所、運転する上では重要ではないと考えている方がほとんどなのです。

さらに具体例を上げるなら、無免許でも運転技術の高い方はいるわけです。

こういう方につい言えば、現在免許制度、教習所などの課程は受けていないわけですけれども、

それを受けていないことによって、そうでない方と違った特質なり、あるいは劣った特質を持っているのかどうか。

こういうことも調べようと思えば簡単に調べられるわけですね。

そういうことを私は検討していただきたいと思っているわけです。

少なくとも私は、日本交通制度議論しているわけです。日本の現に行われている免許制度の効果測定について、

実証的で科学的なものを私は募聞にしても一度も見聞したことがございませんので、

それは警察責任できちんと調べていただくべきものだと思います

2017-07-22

組織ってなんだろうね

人はそれぞれ質量を持つ

質量を合計すると組織質量、人数は組織の体積になる

人数が多いと組織の総質量は増加する

質量の大きい人が高い密度存在するほどエネルギーが高いので可能性が広がる

質量が大きい組織は外の人材仕事お金を引きつける引力を持つ

引力がないと何も近寄ってこない

自分で1つずつ集めないといけない状況は凄く大変でエネルギーが足りなくなる

近くに自分より総質量が大きい組織があるとそっちに取られる

自分組織から剥がれる事もある

大きな引力には質量の大きい人ほど引きつけられる

だけども引力なので引き寄せられるもの玉石混交

質量の高い人を引きつけられる引力をもち

なるべく質量の高い人を集めないといけない

鍛錬したり、自信を持ったり、仲間同士の切磋琢磨は体積を増大させずに質量を増大させる

人だけ増える、やる気を失う、惰性で能力が退化すると質量が減ってしま

競合に負けない質量を得るために規模を増やさなければいけない時もある

だけども体積に対して質量が足りないと崩壊をおこす

規模の増加が体積の増加よりも先行すると密度が低くなり、エネルギーが減少して可能性が狭まる、崩壊する

質量の成長が止まるといつか相対的に負け始めるので質的、量的どちらかは成長していかないとね

停滞する理由はない

さー、がんばろう

2017-07-05

拗らせている人をただ眺めている話

ところどころフェイクを入れる。だいぶ長い。

その女性とはもう10年ほど前に会った。

すごく綺麗で"大人の女性"という雰囲気があり、いつも颯爽としていてかっこよく、紫の光沢を帯びたヒールが似合っている人だった。3年ほどお世話になった。もう6~7年ほど会っていない。

私は慕っていたけど、その空白期間彼女に連絡する気はなかった。というのも、最後に私がちゃんと挨拶しないまま彼女がどこかへ行ってしまったので、やや気まずい雰囲気で終わった経緯があるからだ。

ある日なんとはなしに彼女名前検索したところ、彼女本名ブログを見つけて驚いた。独立して仕事をしていることが容易にわかった。私が慕っていた頃とあまり変わらない様子でやっていることがわかった。

「本当は、"〜〜したい"という欲求大事にしよう」

「びっくりしたなんて嘘でしょう。本当は傷ついて、怒っているんでしょう?自分感情と向き合おうよ。」

感激していた。自分が慕うきっかけになった人生訓時を、書いてくれている。コメントブクマも一切しなかったが、わりに彼女ブログを覗いていた方だったと思う。

率直に言って、ネトスト気質だと我ながら思う。

しかし私もただ彼女人生訓時を読んでいたわけではない。そこに2つの感情を抱いていた。

まず、彼女独立をして仕事をしていることに嫉妬を覚えていた。年齢差があるとはいえ、(私から見た限り)本人の特性に合ったことで働く彼女に、憧れや羨望以上に焦りがあったのだと思う。

そして同時に疑問の感情も湧いていた。「これでどうやって稼いで、生計を立てているのだ?」、と。

ブログを読む限り集客モデルはおろか、ビジネスモデルとして成り立っていないと正直思った。仕事の詳細は触れないが、言ってしまえば『綺麗な言葉を並べて、詐欺まがいに近い』と思っていた。コンサルタントというと言葉の響きはいいかもしれないが、一歩間違えば紛れもなくフリーターだった。彼女学歴も職歴も不確かな人間なのだ

そして彼女精神面に寄り添って更に言うと、「これは彼女ではないのでは」とも感じた。言葉が綺麗でポジティブになりすぎていたのである

彼女はどちらかといえば、ネガティブ人間臭さのある人で、けして綺麗な言葉ばかりを言う人ではなかった。

彼女が今までとは違う生き方を真に選んで生きていきたいなら、第三者の私は口出しをすべきではないだろう。

しかしそれも踏まえた上であえて書くと、「でも彼女は、そうしたポジティブな考え方を続けることができない人だ」と、直感が言っていた。

これは経験的な勘なのでこれ以上は説明できないが、私の感性はそのように告げていた。

そんな気持ちますますふくらむころ、前触れもなく彼女ブログ更新は止まった。

彼女の近況が知れなくなったのは寂しくもあったが、「もしかしていい人でも見つけて、結婚でもしたのかな」とぼんやり考えていた。

たまに彼女名前検索して、やや胡散臭い文章で止まったままのブログを読みに行っていた。

しかしあるときいつもの検索ページ上位に、違う結果が表示された。

そのページを眺めたら、よくわからないイベント主催者として表示されていたのだ。

「ああ、胡散臭いな」と思った。そう思わせるイベントだったのである

苗字も変わっていないので結婚はしていないのだろう。そんなことを知った。

そしてまたあるとき検索ページ結果上位が変わる。

彼女の新しいブログができていた。しかし、仕事内容とは関係がないように思えた。

"何か"をエントリーしたようだったが、すでに公開を取り下げたようだった。

それからまた、転機が訪れる。彼女が更に新しく作ったブログの、最新エントリが表示された。

その記事は1日前に更新されたようだったが、やはりすでに公開取り下げをしていた。

けれどタイミングよく私はそのエントリキャッシュを得ることができ"てしまっ"た。

そのブログはとても長い内容だった。

"ブログを始めるにあたり、自己紹介を始める。"

その書き下しで始まったのだが、本当にそれは"自己紹介"だった。

彼女本名・生年月日・血液型からまり、何に興味を持っているのか、何に興味を持たないのか、彼女はどんな人なのか。それはとても詳細に書かれていた。

「これは紛れもなく彼女だ。」、そんな気持ちを得たのに、文字を追うにつれて不安感が募ってきた。

・外見の印象は普通だが、中身はプライドが高い。

我慢も、所属も嫌い。

・社交性が低いのではなく、社交に興味がないのかもしれない。

・うわべだけの会話が苦手。社交辞令も苦手。

・本当でないものが、嫌い。

・究極、真実でないものが嫌い。

こんな感じの、箇条書きが続いた。

そしてこう続く。

・こういう自分が、本当に面倒臭い

・生きる理由がわからないけど、死ぬ理由もないから、とりあえず生きている。

読んでいて、どんどん辛くなってきた。

"面倒臭い自分と生きていく。"

そんな小見出しで、さら文章が続く。

ある友人から、「あなた自分自身の面倒臭い部分を見つめて、それと向き合って生きていける人」と言われたエピソードが本当に嬉しかったこと。

彼女が、いかに面倒な彼女自身人間性とどのように付き合っていくか、その哲学人生の半分を費やしたこと。彼女が今までにどのように行動を起こしたのかということ。

いっときは変わったとも思っていたが、周りの人から「素敵な人だ」「やさしい」といった言葉を受けるたびに、内面彼女と外面の彼女とが乖離している気持ちを受けたこと。

"自分はいかに愛されキャラポジションとは真逆で、いか他人と付き合いにくいキャラか。客観的自分を見て、自分友達になりたいかと言われたら、沈黙を選ぶ。けど、そんな自分も悪くないと思っている。"

そんなことを、ひたすら綴って終わっていた。

「これが、こじらせの末路か。」

そんなことを思った。

ほとんどの人は、うわべだけの付き合いなんて望んでいないだろう。

社交辞令は嫌い。本物の言葉が欲しい。」と彼女は言うが、彼女他者仮面を剥ぎ取るような努力を真に続けたのだろうか。

ほとんどの人が、いろいろな人間関係に揉まれて、切磋琢磨して、心が安らぐ人との真に揺るがない信頼や親愛を勝ち得るのである

彼女は、自分を開示するような努力を、したのだろうか?


「こんなに面倒臭い私だが、こんな私であるという唯一事実降伏して、生きていく。」

「こんな面倒な私だが、まんざらでもない。」


結びの言葉に、「ああ、この人は一人で生きていくしかないな」と素直に感じた。

自分の不完全を認めた上で、それを他者に補完してもらうことで、人と人は共生できる。

もちろん社会多様化した結果、自分一人で生きていける人もいるだろう。しかし、多くの人間がそうであれば、社会は成り立たない。

自分の不完全さを自分一人で完全に受け入れて、自分を愛しては生きていけないのだ。特に彼女のような人は。

(あるいは、彼女のような人こそ、一人で生きるべきなのかもしれない。)

彼女の不気味な自撮りで終わったそのブログをそっと閉じて、もう二度と会うこともないだろうと思った。

2017-06-23

国民の声なんか眠たくって聞いてらんないぜ by 自眠党もとい自民党

最近の国政自民党員は、たこつぼ状態で、世間ずれしていること自体も本気で分からないように思える。

国民の声聴くのではなくて、騙してでもいいか自分たち国民をついてこさせるから無視しておいてOK、と考えているんだろうな。

忖度するマスコミ電通にいい思いをさせて、批判いたことをしようとするマスコミには怖い思いをさせて...とね。

都の議員連中なんか、もっとひどいな。週刊誌記事をいままで読んできた感じだと、党員こぞって内田某に忖度して党名にある民主主義なんてどこいった?ってふうだった。この1年で多少は変わるかと思っていたが、むしろ逆。

よくわかるのは、去年あたりからとくに、自分たちの過ちに「誰かがハメた」だの逆ギレ臆面もなく公言するようになったこと。「法律なんてしったこっちゃない、マスコミ抱き込んででも票をとっちまえさえすればよい」と地で考えるようになったのだろう。現総理は「対マスコミ勝利!」と調子に乗ってのぼせて久しい。

今まで自民党員にもいろいろ幅があって、けん制したり切磋琢磨したりしあっていたけど、この安全弁がなくなったんだね。

といったことをきれい文書化したい。が、要領よく書くことがまだまだスキル不足で oTZ

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