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はてなキーワード: 合理化とは

2021-04-15

anond:20210415093936

いや、WWII露骨特攻を賛美したのは日本だけだと思う

他国でも自己犠牲を賛美する風潮はあるが、露骨特攻命令するのは貴重な兵士というリソース無駄使いであり、普通はありえない

今の日本の政治家も悪党としては小物感が漂いすぎてて、こすいというかケチというか

WWIIもそうだけど、上層部は小悪党なのに強い言葉コロナに勝った証とか)を言うだけで、結局は全部現場に丸投げでしかない

現場に丸投げというなら米国ベトナム戦争もそうだったわけだけど、流石に特攻命令したり賛美したりはしない

ベトナム戦争北軍ゲリラ戦術が勝因ではなく、実際は中ソが米国への核攻撃を匂わせたため、米国は核による脅迫という外交で負けたのである

特攻が嫌で徴兵から逃げた息子を親が捕まえたり、特攻するために出兵する息子を親もご近所も万歳三唱したり、

GHQ支配されても、やっぱり日本人の本質は変わってないんだと今回のコロナでも思ったよ

国難というか、困ったことが起こると先に精神論に持ち込んでしま

から白人より頑張る系の自己啓発が大好きなんだと思う

日本人以外に頑張る系の自己啓発基本的に「ダルい」という反応しか得られれないと思う

(そうすると従業員やチームメンバーがついてこなくなるため、上層部妥協案や合理化を考える

良くも悪くも基本的に真面目、

から、上の人間にその真面目さを体よく利用されやすいのだと思う

付け加えるなら、ズルをしてでも敵国に勝つ、ズルをしてでも勝って支配する、領土を奪うという「欲」がない

強欲であることは日本精神性に反するのかも知れない

キリスト教だってプロテスタントは「合理的禁欲」という考え方が根本にあるため、

お金無駄使い散財しない→いざというときのために貯蓄する→資本主義

という流れがあったが、しかあくまで「合理的禁欲であり、仏教のような無欲を良いものとは考えていない

そもそも、無欲になりたい、という欲で座禅修行をしているというトートロジーがある(一休宗純

うろ覚えだが、アニメコードギアスでもシュナイゼルには「欲」がなかった

欲や執着心がないことがかえってルルーシュに負ける敗因になってしまった

自己啓発などで欲や執着を捨てようというネタもよく散見されるが、これはバランス問題であって、

欲や執着が自分を苦しめるなら量を減らすべきだが、欲や執着がなければなんの成功にもたどり着かない

老後になったらオレオレ詐欺で無一文になっても構わない、なんてことはない、

それでは明日から生きていけないわけで、死ぬまでお金や何かに人間は執着するべきなのである

そう考えてみると、この国はコードギアスシュナイゼル側に似ているとも思える

欲や執着心が足りないのに、「美しく」勝利しようとする

これが自分には良くないように思う

美しい国」だの「国家の品格」だの言い出した時点で、アベはシュナイゼルにどこか似ているように思う

持論だが、まず「美しく勝とう」などと考えてはならない

大切なのは「みっともない形でもまずは目標を達成する」ことである

これは戦争でも製品開発でも同じように思う

ダクトテープによるプロトタイピングとか、まずはみっともなくても完成させる、目的を達成することである

この段階から軍神」がどうのとか、戦場美的感覚を持ち込みすぎてはならない

勝利よりも何よりも、まずは目的を細分化し、その1つ1つをみっともないながらも達成していくことである

そして、そこから今度はそのみっともないものブラッシュアップしていくことである

私は格闘ゲームをやったことがほとんどないのだが、人間コンボ入力するのはバカげている、

キー操作を記録して一発のキー入力で技が発動できないか、みたいなことを考えるのである

WWII日本は、根性でみっともない形で達成しても、それを合理化単純化しようとしない傾向があるように思える

また、そういった合理化単純化を悪としたり、そういうのは美しくない、みたいな余計な美観が介入しているように思える

戦争は勝たなければ意味がないのである

ズルをしてでも勝たなければならない

軍神がどうの、天皇がどうの、そういう美観を戦場に持ち込んではならない

ドライに、ただ勝つことを考えるべきである

そういう意味で、仮想敵国である中国はやはり良くやっているように思わざるをえない

ホリエモンだったか、自著の自己啓発本で「真似される奴になれ」とか偉そうに書いているらしいが、

真似をするというのは一位の背中ピタリ追随してスリップストリームを利用して走る二位のようなものである

そんな二位がゴール手前で一位を押し倒して一位になってしまものである

しかに「真似される奴」はオリジナルであり、ブレイクスルーを作り出すものであり、偉大な存在である

しかし、ホリエモン起業家としてビジネス歴史をそれなりに知っているはずではないのか?

ビジネス世界で意外と最後勝利するのは二番手だったりすることが多いのである

シュナイゼルについてうろ覚えなのでググってみたが、この文を書いていて、ついアベ氏と似ていると書いてしまったが、

自分で言うのも何だが、言い得て妙に思えてきた

goldhead氏だったか安倍晋三氏がテレビ演説しているのを観て、

なんて空っぽ空虚な人なんだろう、みたいに思ったようなことをブログかに書いていたと思うのだけど、

それは自分も同感であって、

安倍晋三氏=シュナイゼルと考えると意外と彼という人物理解できる気がしてきた

シュナイゼル安倍晋三氏が似ているのはいくつかあって、

まず、生まれながらにしてすべてが揃っているため「欲」がない、執着がない、

そして、「周囲が望むことを喋り、実行するだけ」の、

ある意味、気味が悪いぐらいよくできた長男みたいな人物だということだと思う

まり自分に考えがあるようで、ない、

それが見える人には見えるのだけど、見えない人には見えない

なぜなら、安倍晋三氏が空虚に見えない人にとって、そういった一部の大衆が望むようなことを声高に喋るからである

自分フラストレーションを代弁してもらっているような気分になるから、彼が空虚に見えない

しかし、その崇め奉っている彼は単なる「鏡」しかないのである

端的に言うなら、二世から出自が恵まれすぎている、生まれてこの方金銭関係などで大した苦労もない、

それが人間性に反映されて「欲」がない、

しかし、悪い意味で「いい子ちゃん」だから、周囲の望んだことを喋る、

そうやって有権者中の有力者の気持ちを代弁することで味方を増やす勢力を付けるという戦法だったように思う

そう考えてみると、私はマシュマロ・テストというのがやはり解せないのである

シュナイゼルは確実にマシュマロ・テストパスするだろう

今はルルーシュにくれてやるとしよう、みたいな台詞うろ覚えだがあった気がする

もちろん、戦争であれ何であれ、意図的に負けてやる、忍耐みたいな姿勢大事であることは理解できる

しかし、マシュマロ・テストというのはあれも極論めいた話であって、場合によるのである

では、目の前のマシュマロを誰よりも先に奪わなければ死ぬとしたらどうだろうか?

もちろん、それはマシュマロ・テスト本質ではない

しかし、マシュマロを奪わないで死んでしまうような無欲な人間、これはこれである種のサイコパス、もテストパスしてしま

そう、無欲もまた、ある種のサイコパスのように自分には思える

もっとみっともなくマシュマロを奪い合う方が人間臭いというもの

2021-04-12

anond:20210412120426

経営合理化とか、「例え野党でも」言わせない前提でな

障碍者様を安全に乗降させるために、余剰人員必要だし

不採算路線と、利用密度が低い駅の高レベル設備維持コスト

「当然の社会福祉として」支払われるのだから

2021-03-29

anond:20210329070338

昔々はそうだったんだろうけど、

今は中の人であるはずの声優容姿だの歌唱力だのが求められるようになってしまって、

大変だなあと思ったり(コナミ

声だけで勝負するには、いわゆるヲタ受けするような絵柄のアニメとか避ければいいのかなあ

しかし、映画吹き替えだけで食っていけるはずもなく

そもそも声優って昔々は役者兼業だったりして、役者も食っていける仕事とは言い難いので、

バイト感覚というか食い扶持を繋ぐために声優だったりしたはずなんだけど、

歴史的経緯も色々あって、今は声優だけで単体の仕事になっている、ように思えるけど、

やっぱり現実ほとんどの人が食っていけてないというヤクザ商売だよなあ、と思ったり

考えてみれば、毎日外に出ていたときは昼は西友弁当も買うし、西友は重宝していたのに、

コロナになって無職になったら西友比率は減って、今はOKかに救われてるわけですが、

安値世界一の挑戦とか言う割にほぼ定価で販売しているのと違って、

メーカー品の食材毎日変動しつつ安価に入手できるのは凄い

店舗管理かにコストカット合理化を感じつつも、

店員にあまり負荷をかけない工夫?に思われることもしていて、

例えば、店を閉めて残業在庫管理とか棚への陳列、管理をするのではなく、

店に客がうろうろ歩いている状態在庫管理や棚を並列して行い、

特に夕方以降はバイトを拡充して大量に動員するのは、どうよという意見もあるだろうけど、

時間だけ働きたいとか、

いきなりフルタイムは辛いので短時間身体を慣らしたいという目的には適していたりして、

スーパーというブラック業界では比較良心的な方にも思えたりするのでした

2021-03-20

男は童貞卒業するとつまらなくなる

あると思います

小学校教室を思い出すと一人一人が個性的で魅力があるのに高校大学卒業して働き始めると皆似たような感じになる

それは何故かというと成長する過程のどこかで童貞喪失してしまたからなんですね

童貞で無くなるとモテるモテいかしか思考をしなくなってモテそうでない物は選択肢から除外される

その結果として無個性で平凡な人間へと自分を変えざる負えなくなる

多くの男はクラスの中で大人数で群れて無個性女子を内心で嫌っていたと思いますが成人後の男性はそれと同じになってしま

子供の頃は自分に受けるかで物を判断出来ていたのに大人になると異性に受けるかでしか判断出来なくなる

そうして多くの男が似たようなつまらない人間へと合理化されていく

童貞卒業とは童心卒業でもあるのだろう

2021-03-10

anond:20210310044902

14歳がどうとか元から何も思わないし、おめでとうやらありがとうやらが受け入れられないとか何とかも当時からよく分からんなと思ってたし、「おめでとうが侮辱になる・ならない」というのも今考えてもよく分からないし(侮辱ってなに??誰の何に対してなんだ??)、何もかもピンとこないんだよな。「自分たちを置いて一方的大人になりやがって」みたいなこと言ってるオタクも分かるようで分からんし、「大人になってしまった自分」みたいなことを言って陶酔してる奴らもよく分からん

うーん、なんなんだろうな。なんつうか、根本的に健常な魂を持った人間たちが、発達が遅かったせいでオタクになって拗らせけど最終的になんとか発達して普通を獲得したり、あるいは能力や運も持ち合わせなかったために結局健常で普通人生を上手く獲得することができなかったりして、健常な魂から来る普通になりたいという理屈なしの気持ちを充足できたかできなかったかで分離してしまったみたいなそういう感じなのかな??

魂が健常なのにオタクやってるって完全に代償行為だろうし辛いだろうな。ましてそれをいい歳こいてもやってるとなると。あー、「救い」がどうとか言ってるのはそういうことか。ずっと代償行為やってていいんだよって言ってくれるかどうかっつーことか。猫だけど犬社会に合わせてワンワン言うべきかどうかの話ではなくて、犬なのに鳴くのが致命的に下手でニャワンニャワンとか言っちゃう奴が「自分は猫なのかもしれない」と合理化しようとしてるけど根本的に犬だから猫になるのも本当は居心地が悪いとそういうことか。

書いてたら何となく分かってきたような気がするわ。なるほどなあ。オタクも大多数はつまんねー奴らってことなんだな。自分の魂から来る欲求には素直になった方がいいと思うよ。能力はまあ訓練するしかないな。魂がそれを求めているのなら一定レベルまでは訓練でいけるだろう。魂を無視して代償行為に走ることに「オタク」という免罪符を与えてしまった(少なくとも当人たちにとってそう解釈して安心する余地を与えてしまった)のは業界の罪みたいなとこがあるんだろうなあ。庵野にもそういう罪の意識があったんかもなと思うと納得できてくる。いや映画見てないから知らんけど。

そう考えるとこういうやつも理解できてくるな。

https://anond.hatelabo.jp/20210309014735

ずっと普通になりたくて代償行為としてオタクをやってきたけどやっと普通になれたかオタクはもうおしまい。という話なわけだな。

2021-03-02

賃貸意味のない金取りすぎ

家賃よりもその周辺の意味不明な金が嫌。

礼金更新料意味わかんないけど、事務手数料っていうのが意味わからんし、安心サポートといって月2000円近く取るのも意味わからん

家賃保証会社意味わからん

意味わからん金多すぎなんだよ。

合意たからといって取ってる。道ゆく人が、「あなたは私に毎年10000円振り込むことに同意してください。いいことがあります。」っていって金取っていくようなもん。

何をするかはわからんけど、金は取っていく。合意たからって理由で取っていく。

電話料金より、住宅合理化してくれよ。

無理かな。政治家恩恵受ける立場だし。

2021-02-28

anond:20210227170643

私は二次性愛者(アセクシュアル一種)なので、増田のような異性愛規範擁護者も、「異性愛規範批判」をフィクションに持ち込む人も、等しく対人性愛規範擁護者として軽蔑してますね。

恋愛性愛は異性同士」という規範と同じくらい、「恋愛性愛人間同士」という規範批判して欲しい。

生殖に対する姿勢を明らかにした上で異性愛スタンダードとするなという主張をするならば全く問題ないのだが、してないのにそう言われるとモヤるというか不誠実じゃないかと思ってしま

異性愛規範」と生殖は「無関係」(増田自身が例を挙げているように、人それぞれのスタンスがありうる)のだから、それを表明するのは別に義務ではない。

ただまあ、それとは別に、「生殖に対するスタンスを決めあぐねている人が、その選択から逃げるために異性愛規範批判することで安心を得ている」という事例も少なくはないだろうなとは思う。

増田はその辺を言語が出来てないから、異性愛規範擁護することしか出来ないのだろうな。

なんなら貴方たちがフィクションの中で同性愛を消費するのを合理化する為に反異性愛規範を名乗っているだけなんじゃないのか……と邪推すらしてしまう(性格の悪い人間

まあそういう事例も少なくはないだろうなとは思う。

増田も含めて人類頭が悪いから自分が何を望んでいて、その為には何をしなければならないのかを言語化することが出来ていないのよね。


ちなみに私自身の生殖に対するスタンスは「現象としてはなるようになる。それ自体は善でも悪でもない。それはそうと個人的には人類には繁栄して欲しい」くらいですね。

「じゃあどうやって人類繁栄させるつもりなの? やっぱ異性愛規範必要じゃないの?」という問には、(別に答える義務はないが、答えなければ卑怯というそしりは免れないと思うので、提案という形で答えると、)そろそろ人工子宮実用化されそうなので、そちらで対応可能じゃないかなと思う。

2021-02-27

異性愛規範の人って生殖概念無視してない?(追記有り)

日々ジェンダーの話で盛り上がる増田自分の疑問をぼやく そこはこう思ってますよ!って意見があれば教えて欲しい。

当方二次元オタクなのでTwitter徘徊するのが趣味であり、ある日『性差別反対・トランスジェンダー差別反対』を掲げるオタクアカウントを見つけた。

そのアカウントは色々なコンテンツに触れてさまざまなBL・BG・GL萌えつつ、「この作品は家父長制度がキツくて悪」とか、「ここのシーンはミソジニーが作者に刷り込まれているのだなと感じる」といった風なコメントをしていて、そのフォロワー達もそれらの意見賛同する集団形成されているようだ。(いわゆるオタクツイフェミと呼ばれる存在なのだろうか)

私も「男だからしゃんとしろ、女だから健気であれ」とかの描写押し付けでよくないなあと思うし、同性同士の距離が近いシーンに「男同士で気持ち悪い」などと揶揄するようなセリフが入っていたら差別だろ、と感じる人間なので、彼女らのツイート群で改めてジェンダー平等を主張し、意識した行動を取っていくべきだと思った。

…と、そこまでは良かったのだが、段々とこの主張はなんか違くないか…?となる部分が出てきた。異性愛規範に関する考えについてである

異性愛規範とはざっくり言うと「男と女で結ばれるのが自然で唯一の恋愛!それ以外の恋愛同性愛)などありえない!」とする規範の事で、確かにその考えは同性愛蔑ろにするもので良くないと思うのだが、彼女達は「異性愛だろうと同性愛だろうと同じ恋愛なので異性愛スタンダードとすることはおかしい、よって異性愛規範は悪」という主張をするのだ。

………や、異性愛同性愛は違くない?

異性愛生殖(新しい命の生産)が可能だが、同性愛はそうでなくて、そこの差は大きくないですか?

それでいて、人間生物である以上種の存続が命題であるから異性愛スタンダードに据え置くのは自然というか、『そういうもの』じゃないですか?

上記思想は、彼女からすると「ヘテロマジョリティ側だから出てくる傲慢であり忌むべき思想トランスジェンダー差別なのだそうだ。

それはそうかもしれない…じゃあ貴方たちは生殖についてどう考えているのだ!?ということが知りたいのだが、彼女らはそこには一切触れていないのである………。

え〜〜〜そこの考えを教えてくれや!!!!!思想が変わろうが男女でセックスをする事でのみ子ども誕生するという人間の仕組みは変わらんやないか!!!!!

「同性同士で子供が為せる為の研究もっと進めて同性だろうと当たり前に生殖できる世になればいいよね」なのか、「早く人間進歩して自然ふたなりで生まれてくればいいのにね」なのか、「生殖目的とした恋愛時代遅れ、結果として少子化から人類の滅亡になろうとそれが自然」なのか、シンプルに反出生主義なのか……。

生殖に対する姿勢を明らかにした上で異性愛スタンダードとするなという主張をするならば全く問題ないのだが、してないのにそう言われるとモヤるというか不誠実じゃないかと思ってしまうし、なんなら貴方たちがフィクションの中で同性愛を消費するのを合理化する為に反異性愛規範を名乗っているだけなんじゃないのか……と邪推すらしてしまう(性格の悪い人間

本人たちのTwitterに問いただしてみたいが、レスバをしたい訳じゃないし、自分の言いたい事もまとまらないので増田に供養 マジで教えてくれると嬉しい


ツッコミ来そうな所に予め思想表明)

お前のその理論だと子どもができない関係性を繋ぐのは無意味って事か

そうではない、夫婦で話し合って子どもを作らないという選択をしている人は世の中には沢山いるし、そもそも身体理由で作れないって人もいるだろう。それでも婚姻関係を結んで家庭を作ることには現代社会で様々な意義・メリットがあるし、だから同性でも結婚もしくはそれと同等のパートナーシップ協定を結べる制度が整った世が理想だよね。ただ、全員がそうなったら人類は滅びるから社会としては「子どもを作ること」が組み込まれ異性愛基準というか、理想にしておいた方が…良くない!?なんかもうよくわからん

(2/28 21:25追記)色々反応ありがとうございます、長くなったので分けて追記です→ anond:20210228212243 (これで書き方あってる?追記したことがないので間違えてたらごめん)

2021-02-23

anond:20210223201136

架空なら内容が支離滅裂なのにも納得が行くからわかるけど。

いずれにしても、元増田の「気持ち」が「就活で上手く行かなくて劣等感を持ってた"都会の民間企業総合職"に対する合理化防衛機制)」であることなんて2秒で分かるし、しょうもないワークショップ」(それ自体フェイクだったとしてもとにかく何らかの表面的な交流だろう)の結果で無理矢理作り出した合理化なんて薄氷にも程があるってことも5秒くらいで分かることなわけで、そんなことで元増田の心の課題は何も解決しないこともみんな分かってると思うけど。

元増田が本当に心の課題解決したいんだったら、さっさと「都会の民間企業総合職」に転職でもすればいいわけよ。

親がどうとか家族がどうとか、地方を離れられない理由があるのかは分からんけど、結局最低でもそれをやらない限り、しょっぱい優越感で無理矢理納得させようとしても無理だろ。

anond:20201201184650

この増田の話、「自慢したい相手がいない」というところに集約されていて、私は地方暮らしを楽しめない人間ですという吐露東京age合理化してるだけなので皆さんもう解散するよろし。

東京圏(日常的に、山手線の駅まで概ね1時間で到達できる駅くらいの立地まで。概ね国道16号の内側)で生まれ育った人か、そうでないかで反応は大きく異なるのではないかと思う。大阪は住まったことがないのでわからないが概ね環状線内ということになるのだろうか。生まれてこの方自動車などが家にあったことがないというひとならそれがデフォルトから自動車生活の基盤に吸えるという発想自体そもそも無かろう。自動車があって当たり前というところで生まれ育った人ならばそれがデフォルトになるし、非都市部では車がないと著しく不便な生活を強いられることを知っている。以降、めんどくさいので車の不要大都市圏「東京」と一緒くたに呼ぶことにする。東京では「駅まで徒歩何分、そこから何分」の世界が非東京では「自宅から車で何分」という世界だ。別の国だ。だからこの増田東京という別の世界の別の国の別の国民の話である

人口6千人ほどの関東近辺に生まれ育った私は高円寺あたりのアパートに数年住んだがあそこは無理だった。狭い。部屋も道路土地も果ては人の心までも狭い。もっとも部屋が狭かったのは私が貧しかたかであるが。「老人と運転免許」の問題もつながるが、行きたいところに安価に短い時間で好きなときに行けるというのは極めて価値のある「自由である東京ではそれは主に公共交通でなされる。自家用車依存しているところは東京ではない。では駅からバスで十数分みたいなところはというと、そこはやはり東京都内にあっても東京ではない。ところでlibertyとfreedomの違いはあんまりないと言うが、ここで言う自由はたぶんlibertyのほうがしっくり来る自由である

東京では公共交通がないか極めて貧弱であるハイハイから二足歩行に移行してようやく人らしくなるように、徒歩と自転車のみから卒業自動車という二足歩行生活することが自立した人間の証明となる。車がないと人間ではないか自由がない。この増田は車持ってないし買うつもりもないという。人権を手に入れてないのだからそれは辛かろう。

東京最高っていう意見には郊外志向の私も賛同せざるを得ない。ADSL草分けである東京めたりっくもFTTHも、東京からだった。非東京に便利なものが来るのは常にあとだ。それがインフラともなればなおさらだ

といっても、私は根が田舎者なので土が見えない世界で暮らすのはつらい。将来的には郊外に移っていくことだろう。といっても、東京からちょっと行けば色んな所に行けると言っているように、私は「ちょっと行けば東京」という場所を選ぶだけの話だろう。電気都市ガス上下水道光ファイバーau携帯電波(ドコモ電波日本である限りどこでも入る。彼らのプライドである。)、あとTBSラジオがあればそれ以上は過剰な贅沢というものだ。5Gの電波・・・初めて聞いた頃はまた新技術かと思ったが知ってみればうわーこれ劣化PHSじゃんかと思ったから多分死にそうになる頃まではいらないだろう。この増田は人気(ひとけ)のないのがつらいという。人が作った色んなものがないのが寂しいという。私には東京は人気(ひとけ)が過剰である自然の作ったものが少ないのが寂しい。育ちによって培われた志向の違いとはこういうものである

根源的にはライナスの毛布問題である。慣れ親しんだボロ毛布、捨てられると思ってたけど実は捨てられなかったというだけの話。多くの人間はそんなもんなのだがこの増田東京にあるいろいろなものがそれであったということである

2021-02-22

元増田より、古典を義務教育で扱う理由について

元増田です。はてなでは定期的に出る話題であり、この仕事をしていれば生徒に必ず聞かれることでもありますね。すでに質問増田氏への反応でかなりの部分が議論されていると思います国語先生ごとに考えが多少異なるとは思いますが、現場にいる者として、同じことを生徒に聞かれたと思って、自分なりに誠実にお答えしたいと思います

以下、常体で失礼。


・まず、この疑問への論点はたくさん含まれていると思う。自分なりに整理してみると

日本という国家義務教育で(貴重な時間を割いて、他の教育されない分野を差し置いて)古典を扱う理由教育制度論)

上記の上で、古典選択科目ではない(または高校教育現場で「選択させられている」)理由

学校における古典学習時間は適切な長さであるのか?

学校における古典学習内容は適切なものであるのか?

古典を学ぶことは何かの役に立つのか?(個人レベルでのメリットはあるのか?)

……などなど。


しかし、増田氏の質問古典は、なぜ義務教育の科目なの?」に対して、学習指導要領等を引き合いに出しながら上記のぜんぶに答えても増田氏は納得しないように思う。なぜかと言うと、それ以前の「義務教育(および後期中等教育)とはそもそも何か?」「義務教育に求められているもの本来どのようなものか?」という重要命題増田氏は考えていない(もしくは適切な答えを持っていない)と思えるからだ。


質問増田氏に足りていない視点は「教育とは多様性を前提にしている」ということだ。学校にはあらゆる子供が来る。子供たちは、あらゆる適性・資質長所性質個性能力を持って、学校へやってくる。その多様な子供たちに国から一律のシステムとして授けられるのが義務教育である

子供たちの多様性、というのは学校に勤務していると本当に感じるところであるが、それでなくても、皆さん小中学校にいたクラスメイト、同じ学校にいた児童生徒の「多様性」というものに思いをはせていただければある程度イメージできると思う。

この多様な子供たちに、一律に与える教育が「義務教育普通教育)」というものだ。これは「全国民共通の、一般的・基礎的な、職業的・専門的でない教育」を指す。この時点で、小中学校とは原理的に「個人個人資質能力に合わせた教育を行う」場ではないということが(その是非はともかく)わかると思う。程度の差はあれ、後期中等教育高校教育)も同じようなものである


・そして、ここで注意すべきポイントは「教育経済的効率という尺度はなじまない」ということである

これについて(はてなでは評判悪いが)内田樹がわかりやす説明しているので一部引用してみる。


教育アウトカム単位時間を区切って計ること(つまり効率」を論じること)には何の意味もない。教育を受けたその直後にきわだった成果を示す人もいるし、同じ教育を受けたのだが、その成果が現れたのが卒後50年してからという人もいる。死の床において来し方を振り返ってはじめて「私の人生がこのように豊かなものであったのは、小学校ときに受けた教育のおかげだ」ということに不意に気づくということだってある。 

(中略)

これほどに学びの機会が多様であるのは、「自分が何を学んだか」についての決定権が最終的には個人に属しているかである。同じ教師に同じ教科を同じ教室で学んでも、それによって震えるような感動を覚える生徒もいるし、何も感じない生徒もいる。そのときは何も感じなかったが、何年も経ってから電撃的にそのとき教師言葉意味がわかるということがある。人間はそのつどの成長レベルに従って、自分経験の全体を「私をこのようなものにならしめた要素の必然的連続」として再編集する。必ずそうする。過去出来事意味現在自分状態に基づいて、そのつど改訂されるのである

(中略)

自分が何を学んだかを決定するのは私自である。そして、「誰も同じその人から私と同じことを学ばなかった」という事実こそが私たちひとりひとりの代替不能性、唯一無二性、この世界に私が生まれなければならなかった当の理由形成している。

http://blog.tatsuru.com/2012/03/10_1013.html


そもそも、これだけ多様な生徒に対して同一の教育を与えるのならば、それは最大公約数的なものにならざるを得ない。けれど一方で、そういった最大公約数的なものをどれだけ集めても、一部の児童生徒にとって「役に立たないもの」は、多様性に対して共通教育提供する限り必然的に発生してしまう。そして、「~の勉強は役に立った」「~の勉強は役に立たなかった」という『後付けの、結果論的な』評価もまた、その生徒児童によって異なってくる。例えば元増田にとって数学は役だっても、国語教員の私の役にはあまり立っていない。逆も然りで、古典を学んで僕は役立っているが、元増田の役には立たなかったのかもしれない(けれど、今後の人生で役に立つ機会が訪れる可能性もゼロではないよね?)。「役に立った/立たなかった」という言葉は、それぞれの人生の差、多様性が生み出した、結果論的な、後付けの評価しかない。


・まとめると、その教育が役に立ったかどうかは、後付けでしか評価できないが、多様な生徒全員に「役立つ」教育はごく一部の基本的ものに限られる。よって、多様性を前提にした普通教育は「役に立つかどうか」を基準とすべきではない、という前提が、義務教育を考える際には必要である


・では上記を踏まえ、改めて、義務教育とは何か考えてみたい。おそらくたくさんの学者先生議論されていることだと思うけれど、自分なりの表現をさせていただければ「児童生徒たち(と国全体)への、将来のための、大規模な投資であると思う。(もちろん、これは上記の前提を踏まえた、ある種の比喩表現であることに注意していただきたい)


・前述の通り、ある生徒にとって何が「役に立つ」かは分からないし、卒業後であってもそれぞれの人生様相が変わればその評価も変わりうる。どの教科がいつどのような形でリターンとなるのか(または全くならないのか)わからない、ということだ。

言い換えれば、義務教育の内容選定にはあらかじめ「(ある生徒には)役に立たないかもしれないが、それでもやるべきなので、やる」という前提が入っているし、その前提があるために「全員の直接の役には立たなくても、間接的には多くの生徒の役に立つようになるといいな」という思想が入ってくる。また、「それを扱わないということは、全員に機会損失リスクを与える」という側面もある。

から、リターンがどれだけあるかわからないにせよ、限られたリソースの中で、できるだけ多くのリターンが生徒に(ひいては国全体に)返ってくるような投資を考える、という設計思想になってゆく。


・このような条件を満たす科目としては様々に考えられるが、特に古典思考根本たる母国語に密接に関わっているという点は大きいと思う。そして質問増田氏含め多くの増田議論で指摘してくれていたように、古典は以下のような理由上記の条件を多く満たしている。


・「自国の古の言葉から国民として学ぶべき」「愛国心の育成」(国家というアイデンティティ形成

・「文化の発展」のため(「春はあげぽよ」で笑いを一つ作るのも文化の発展の一つの形)

歌舞伎などの歴史ある文化和歌集などは誇れる文化である

人文学研究の基礎体力として(研究者は国家必要で、大学等で研究を進める際に古典ゼロからだと困る。)(たとえ研究しなくとも、国民知的レベルを上げられる。ちょっとググりたいとき学校で学んだ知識があると有用なことも多いし、知らないことは検索もできない)

学習すべき内容が時代によって大きく変わらない(日進月歩学習内容の変遷が激しい分野は義務教育には不適)

現代日本語に繋がる、語学学習として。(現代語をより豊かに用いるため)

・「故きを温ねて新しきを知る」、長年読み継がれてきたものを読む(教育において、精神論の何がいけないんだろう?)

古典籍という膨大な一次情報に各個人アクセスできる(源氏物語などに顕著だが、現代語訳がすべてのニュアンスを残せているわけではない。また、現代語訳のないマイナー古典籍が例えば古い災害の記録になっていることもある)

・「論理的な推測」を学べる(「~の気持ちを答えよ」問題はよく槍玉にあがるが、大抵は本文に論理的な推測の範囲で心情が書いてあるので、読解問題であるそもそも言語を扱うという行為じたい「論理的な推測」を行う行為なので、よほどひどいものでない限り、最近のものは全文をきちんと読めば適切な出題だと思う)

教養(あるいは常識)を学べる



・あとは、自分にとって古典がどのように「役に立つ」のか(あるいは現時点で役に立っていないのか)、各個人評価をそれぞれにすればいい。そして今度は、より大きな視点に立ったうえで、改めて教育の中の古典位置づけやあり方、内容を考え直すということを考えてしかるべき、そんな時代であると思う。もちろん、法律情報処理の勉強大事なのは言うまでもない(ただし、プログラミング教育導入される方向でどんどん進んでいるし、現行の公民分野にも法律はそれなりに入っているはず)。他にも様々なことが教育には要求されていると思うし、その中での取捨選択優先順位の付け方は、きっと社会全体でなされるべきなんだろう。けれど、それは「役に立つ」という価値観に縛られるべきではないということは強調しておきたい。

あえてここでポジショントークをするならば、古典学校で扱うべき理由は、先ほどの条件を満たしていることに加えて、「千年単位で変わらない本質的事柄」とは何かを生徒に示唆してくれ、時間的なスケール感の大きさに思いを馳せる時間を持てるという点だと思っている。(そう思って前の共通テスト古典分析を書いていました。授業でもよく言うんだけど、千年前に妻を亡くした人間が、現代人とおんなじようなこと考えてるって、結構安心しないですか?)


・これが生徒に対してなら、上記の話はやや難しく話が長すぎる。自分担任をした生徒(物事意味について考えようとする人物だった)には、例えばこう話したことがある。

「今あなた意味を感じていない世界史を、例えば学ばなかったとしましょう。(あなたにとって何が意味を持つのかは今の時点では分からないので、それもあなた自由ではあります。)そしてそのまま大人になります。その時、あなた世界史の知識を元とした発想やアイデアを失うだけでなく、その発想を失ったことそのものにさえ気づけないことになります。つまり自分可能性が狭まっていることにさえ気づけないでしょう。あなたなら、その怖さってわかるんじゃないですか」

(いちおう、この話をしたこの生徒は、世界史の勉強について、成績は別にしてもこの生徒なりに考えてくれたようではある。後から他の先生にこの言葉意味について話していたらしい。)

これが古典なら、別な増田が言っていたように「矛盾語源を知らない」ことの機会損失について話すことになるだろうか(矛盾故事は中一の教科書に載っている)


・おそらく質問増田氏にとって(多くの生徒と同じように)古典は役に立ちもしなければ面白くもない科目だったのだろうと思います自分はなるべく古典面白さやエッセンシャルな部分を伝えるべく授業で努力をしていますが、もちろんそうでない先生もいます。また、今回は触れなかったけれど「入試対策」という四文字が実際の古典学習に与える影響は計り知れず、本質から外れた苦行的な暗記学習パターン学習が強くなってしまっている現実には自分ジレンマを感じないわけではないです。古典という科目が抱えた問題点や古典嫌いを生むこの構造的な病理は、なかなかに根深ものがあるのもまた事実最初に挙げた①~④の論点あたりにはかなり課題もあるでしょう。

(少し話題はそれますが、前回の共通テストエントリを書いてから他教科の同僚と話していて至った結論は「共通テストはより学問エッセンシャルな部分に近づけられている」というものでした。大学入試が変われば高校進学校勉強も変わるので、これは良い兆しです。共通テストには今回のような学問エッセンスを込めた入試問題を作り続けていただきたいと思います。)


・ただ、今回の質問増田氏のような生徒に対して自分が感じるのは、もっと広い視野物事を見て欲しいという気持ちです。綺麗事かもしれないけれど、自分にとって意味がないものに見えても他人にとって意味があるものもあります。もしかしたら自分にとって後々意味が出てくるかもしれません。けれど、そのように意味をとらえなおすことができなければ、いつまでも古典仮想敵のままでしょう。国語教員である自分がどれだけ古典の魅力をここで語っても、それはやはりポジショントークに過ぎません。意味というのはやはり自分で見つけるものだし、見つからないことだって往々にあるでしょうから、それを受け入れることや合理化することだって大事な「勉強」です。

(今回の話題に関連して、最近読んだ本だと、SF作家森博嗣が出した「勉強価値」(幻冬舎新書)が、ツッコミどころも多いながら興味深かったのでオススメ。)

それに、自分にとって意味が無いと思っていたものがこんなに深く豊かな世界内包していたんだと気づければ、それは素敵なことです。少なくとも、それを認めることが多様性をはぐくむ態度であると思います


P.S.

これを読んでいる生徒の皆さんへ(元生徒さんでもいいです。笑)。


自分にとってイヤだったり不得意だったりしてもいいし、つまらないと感じることもいいです(わからない・つまらないは教育する側の問題なので、どんどん声をあげてください)。けれど、だからといって排除することは、自分可能性が消えるという別な問題を生みます自分がイヤだったものをイヤなまんまで自分の中に置いておくのもしんどいことだろうなと思うので、ちょっとだけ面白ものを紹介しておきます

からでも、古典に関する自分評価を変える機会になればいいなと思います。頼めそうなら、複数の生徒で担当先生もっと面白ものを扱ってもらえるようにお願いしてみるのもいいかも。先生は案外、そういう授業に飢えています


https://kawadeshobo-blog.tumblr.com/post/129340109097/町田康訳奇怪な鬼に瘤を除去される宇治拾遺物語より

↑これを読んで


https://www.koten.net/uji/gen/003/

https://www.koten.net/uji/yaku/003/

↑その後、これと見比べる。これだけでも立派な古典勉強です。

2021-02-20

anond:20210220130728

これは教科書的な回答としては、資産ポートフォリオ、つまりお金・物(車とか高級ワインとか金とか)・株式債券とかを、バランスよく分配しましょうという考え方に基づいてるんだろうね。お金日本円だって価値が変動しているわけじゃない?円安とか円高とか。意識する機会が少ないだけで、1000円持ってるだけでも価値がゆるく変動するギャンブルに乗っている、とも言える。

バランスが偏っていると、たとえば円がゴミ同然になってしまったら、全財産がパァだ。だから分散ときましょうね〜、どのみち大なり小なりギャンブルしてんだから。という感じ。(異論は認める。)

経済成長を前提としている、はその通りかな。富の移動が富を産む、その総量は人口増大と経済活動合理化によって担保されている。ということになってるんではないか

2021-02-12

話題独身税たっぷり触れてます。【移民と置き換わり、消滅しゆく日本人への「逆説の少子化対策」】

https://yt3079.hatenablog.com/

日本人は毎年数十万人単位で急減の一方で、移民外国人住民)は毎年増加(コロナ渦で数年はずれるが)を続ける

日本人移民人口比逆転は時間問題「40年後の40才以下の3人に1人は移民?」

出生率に変化がなければ、将来の人口動態もほぼ推計通りになる) 

◎約90年で人口が半減するスピードしか子供が少なく老人が多い)。人種単位の持続性の観点では有事であり、危機非常事態。それなのに対策は後手後手

→例えば、ウイルス蔓延現在進行形悪化スピードが早く、人権制限してでも効果的で思い切った対策をとる機運も生まれやすいが、少子高齢化ダメージ時間スピードが遅いために、切迫感が低く、結果、対策が「常に」後手に回る。

◎現状の育児支援中心で自由意志に期待した少子化対策は30年以上、毎年失敗の連続政府自治体対策対象世帯である「産みたくても産めない人。結婚したくてもできない人」はどれだけ存在するのか。被害者感情に流される対策効果が出ていないのが現実

→本当はお金ではなく、大変だから子作りをしたくない。面倒だから結婚したくない。だから育児支援保育所いくら作っても、育休を増やしても結婚に結びつかず、子供は増えない。(平均年収の倍で待機児童のない東京都千代田区出生率は全国平均以下)

出生率低下の要因は未婚率の上昇と多産の減少。その原因とされる「格差拡大説」はどこまで正しいのか。

独身低所得者が多いのは「原因ではなく、結果」。1970年代までは、低所得者年収200万円以下)でもほぼ結婚して子供がいたが、現在戦時中よりもはるかに低い出生率日本を含む先進国生活多様化しており、コスト要因の結婚必要性優先順位の低下により、低所得者から結婚回避するようになった。

◎子作りしたい人への環境支援ではなく、子作り「したいと思っていない人」に子作りを促す対策重要

→既婚者の完結出生児数は約2人であり、現実として子作りをしたい人は支援関係なく、子供を作っている。問題出生率低下の要因である未婚者の急増であり、結婚を諦めている人、意欲に乏しい人にどう働きかけるかがカギ。結婚個人自由だが、その自由により、社会の持続性を大きく損ねている。

動機に働きかけ効果だけ求めた少子化対策は次の通り。「3大義務同様に子作りの努力義務化の指針」「第3子以降に1000万円超など、多産ボーナス」「子作り負担のなく福祉を受ける40才以上の独身増税実質的独身税)」

→早婚に金銭メリットが生じて、相手理想ハードルが下がり、これまで結婚できなかった層も結婚相手対象に。育児放棄など社会問題の増加より、少子化放置で起こる社会問題の方がはるかに深刻。消費性向の高い育児世帯と若年人口が増えれば内需が復活。

少子化対策の失敗は、効果でなく倫理的視点(受け入れられやす育児支援のみ)で選ぶから失敗する。本来負担の大きい子作りに対し、反発のない対策効果も期待できないはず(作用反作用法則)。先祖の多大な負担があったからこそ、現代人が存在する。現代人が身勝手倫理モラル負担回避正当化すれば、将来世代は先細りの一方。

目的少子化解消)は手段人権問題があるが効果を見込める対策)はを正当化するのか。メリットデメリットを上回れば導入すべき(人が減り続ける悲惨社会になっても、子供を作らない自由意思尊重大事なのか? 倫理観や同義性の遵守より、手段が受け入れ難くても「問題解決を優先」すべき) 

★本稿のポイント

少子化対策の「思い込み=(人権モラル少子化解消よりも重要)」を解消し、少子化対策にの人権モラル我慢すれば、効果的な対策を実行でき、少子化問題解決可能。昔の子沢山を成立させていた周囲のプレッシャーや後継、労働担い手などの子供が生まれる要素が無くなった現在、「法律一本の施行」で制度を作り、子作りに動機を与えて出生率の上昇に繋がる具体策を提案する。それを実行するには、いかにしてハードルとなる人権倫理観を我慢してもらうのかの説得が少子化対策本質にして、本稿の最大のテーマだ。少子化が解消し子供が増えれば、内需が復活し日本経済回復する。本書では、このままの少子化状況が続いた場合日本人に訪れる悲惨運命とそれを回避するための、効果を優先した対策提案解説する。

〜〜〜〜〜〜

近代社会学の祖オーギュスト・コントは「国の未来人口構成で決まる」と見抜いたそうな。人口を減らしながら常に高齢者が多い逆ピラミッド状の人口構成では、衰退は避けられません。合計特殊出生率1.36(2019年)と低迷を続ける日本。このまま人口が減り続ければ、国の発展以前に現日本人が将来的に存続できなくなります。存続できない可能性が高いのではなく、日本人出生率が2を切り続ければ将来的に存続できなくなるのは物理現象です。それに対し、どこか他人事日本社会政治問題意識を投げかけたいと思います

問題解決するより、発見する方が困難です。個人組織も、自ら気づかない潜在的問題により、傾いていきます少子化問題は極めて深刻な問題にも関わらず、政府少子化対策関連予算先進国の中でも総予算に占める割合が低く、口では声高に危機感を高めていると言っても、財政支出観点からは本気度が極めて低く、問題視していないレベルと明確に言えるでしょう。2019年末に決まった26兆円(真水4.3兆円)の経済対策でも少子化関連には1円も使っていません。使い先は電線の地中化など。。

現状の少子化対策育児支援など環境整備の観点しかなく、30年間も同じような方向性政策しかとられておらず、改善兆しが全くないのに、「地道にやるしかない。環境整備が大事だ」と言い続けています。一方、日本人が減り続ける中で、近年の政府実質的移民政策に大きく舵を切りました。100年後の日本列島は日本人移民の混在する国になっていますさらに、それ以降も出生率が大幅に回復しない限り、容赦無く日本人は減り続ける一方で移民割合は増え続け、その時の日本国籍のルーツ海外由来になっている可能性が物理的に極めて高くなります公用語中国語などに変わっている可能性も十分あるでしょう。

そうはならない為の少子化対策。現状の育児環境改善策以外にも、視点を変えれば効果のある対策はあるはずです。出産育児個人権利に関わる問題ですが、残念ながら環境支援だけで結婚、子作りの有無を自由意志に委ねた現在少子化対策では増えていない現実があります。それを改善するためには、より、子作りの動機付けに導く政策必要であると考えますしかしそういった対策は、個人自由意志に反する可能性のある対策であり、モラル倫理観の問題で実行に大きな障壁がありますしかし、動機付けの対策有効性があって少子化改善される可能性があっても、現代人のモラル人権を優先すべきなのでしょうか。その優先順位がどうあるべきか、問題提起したいと思います

少なくとも現状の育児支援中心の対策より、効果が見込めそうな対策を、モラル現代人の自由権利理由放棄してもいいのか。現代人のモラル価値観はその人種の存続や持続性以上に重要価値観なのかーー。

このように、少子化対策の具体策だけでなく、タブー視される少子化対策問題に対し、「どう向き合って、どう考えるべきか」。そういった観点を問いただすような内容になります現在出尽くしている対策論点とは違った観点と具体的な対策提案し、実効性のある少子高齢化対策に繋げたいと思います

【要点・トピック

現状の少子高齢化改善しないまま、実質的移民外国人労働者を受け入れ続けると、いずれ日本人移民が「人口比で逆転」する事になる。日本人の為の日本ではなくなり、多民族国家に変わる。日本人外国由来の国民住民人口構成逆転に繋がる現象はすでに進行しており、人口構成比の逆転は時間問題。不可逆になる前に手を打つべき。

政府自治体育児環境支援ばかりの少子化対策は結果が出ておらず、失敗との結論けが必要国民自主性に任せれば、少子化は進行する一方。少子化構成要素である未婚率の高まり少子化現象の原因ではなく結果。日本を含む先進国が直面する少子化の原因は文明化による価値観多様化で、結婚と子作りの優先順位が下がった事による晩婚化、非婚化が進んだ影響。現状の育児支援中心の対策方針を「大幅に変えないと」今後もさら日本人は減り続ける。子作りの動機付けをアメとムチの両面でやるくらいでないと解決は難しい。効果的な対策を打てば「翌年から出生率は著しく反応する事が過去の事例からも分かっている。子供が増えだし、出生率が2を越えれば、日本の将来は明るい。

モラル倫理観、自由意志を優先して、負担感のある少子化対策をせず、現状の効果が上がってない対策をなおもやり続け、その結果このまま滅びるか、逆にモラル人権をある程度我慢して、有効性のある対策を実行し、安定した持続性のある社会にするかーー。

続きは以下にて

https://yt3079.hatenablog.com/

ーー第一部//「現日本人が少数派になる日」ーー

第一章・日本人が少数派になる日

◆このまま人口が減り続けると、どうなるのか

政権関係なく、労働や消費の担い手不足という現実問題対応するため、政府経済団体は、外国人労働者という形態で、実質的移民国連定義では1年以上住む外国人)の受け入れをさら推し進めるようになるだろう。実際、2018年の「骨太の方針」でも外国人労働者受け入れ拡大の方針が決まり、2019年4月には改正入管法施行された。彼ら外国人高齢者になった時、どうなるか。もちろん追い返す事はできず、いずれは外国人移民高齢化問題も出てくる。

このまま、日本人人口減少分を外国人で補おうとすると、コロナ渦で数年はずれ込むだろうが、基本的には時間の進行とともに、日本人外国人比率が相反し、やがて逆転することになる。この点ははるか先の未来の事として、ほぼほぼ論じられていない。このままでいいのだろうか。すでに東京都内ではかつて外国人が多かった街は新大久保観光地くらいだったが、今や主要繁華街で昼夜問わず、その割合は静かに増え続けている感がある。

出生率数字は「人口が減っていくかもしれない」危険指数ではなく、数値が2.0を下回る状況が続けば「いつまでに人口ゼロになるか」の確定年数を導ける指数内戦中のシリアアフガン北朝鮮より先行きが危ない少子化日本

出生率を人に問うても、いまひとつ危機感が薄い。出生率低下と言っても、「人口ゼロになる事は無いだろう」「単なる警告信号のような数字だ」と、漠然認識する人は多い。しかし、出生率の1.41という数値は男女2人の親から約30年後の次の出産サイクル時の出生数は1.41人しかまれてこない計算だ。これを分かりやすく1人に置き換えると約0.7人になる。1年間の出生数が87万人(2019年出生数)だとすると、この世代が、第一子を生む頃の30年後は87万×0.7の約60万人、その30年後は約42万人。その30年後は約30万人とどんどん減り続ける。そんなバカなと思うかもしれないが、実際、第二次ベビーブームの1973年は209万人の出生数で、彼らが出産適齢期になった30年後の2003年あたりは不景気の影響もあって、出生率が1.26程度まで減っており、その結果、113万人と親世代の半分程度の出生数に落ち込んでしまった。団塊ジュニア世代就職氷河期世代不況と重なる運の悪さがあったが、現実的に、出生率が2を切ると、容赦なくその数値の割合だけ、出生数は減り、人口が減り続けるのである

この危機感の無さには、「出生率」と言う単語にも問題があるのではないか。2018年に国会を通過した「働き方改革」も「残業代カット改革」なら法案は通らなかっただろう。それほど名前大事だ。言葉は悪いが「人口半減期」のような数字で、出生率人口が「半減する期間」で示した方が分かりやすいのではないか。例えば、今の出生率が続くと人口半減期はおよそ80~90年だ。つまり、2100年ころには日本の総人口は6000万人に半減している計算だ。今の出生率が続いた場合に、半減するまでの期間を書いた方が、危機感は伝わり易いだろう。

内戦シリアアフガン独裁政権下の北朝鮮はいずれも出生率が2を上回る。いくら内戦政治不安経済状態が悪くても、それにより大規模な内戦に発展しない限り年間1万人も死亡する事はない。しかし、日本では団塊世代平均寿命を迎える2030年頃は年間170万人程度の人口減を経験することになる。そして、今後70年かけて日本の総人口が6000万人に減少すると予測されている。結果的に早く滅びる国がいい国と言えるのだろうか。

◆現日本人外国人実質的移民)に徐々に置き換わり、日本人はやがて少数派に転落して、いずれゼロになる・・・100年後に純粋日本人消滅へ。アメリカではすでに16歳未満で白人過半数割れ

移民が来ても、混血化するから日本人の血は残るはず」というのは大きな誤解である出生率が2を割っていれば、人口減少は続き、その減少を補うために、時間の進行とともに、外国人移民が入り続け、日本人の血はゼロになるまで混血化しながら希釈化され続けていく。

2020年6月には国勢調査局の統計を基にAP通信がまとめた情勢によれば、アメリカではすでに16歳未満で白人人口が初めて半分を割ったという。流入が急増するヒスパニック黒人アジア系に対し、白人人口が増えなかったためだ。アメリカでは1990年に75%だった白人割合は2020年現在は60%に急減。たった30年で約20%も人種割合が低下したことになる。さら2045年までに白人人口が半分を割るという推計がある。白人出生率が2を切り続けて増えず、白人人口ゼロに向かい減っていく一方で、ヒスパニックアジア系流入がその穴を埋めているためであるアメリカ出生率は2を上回っているが、それはヒスパニックを中心に移民出生率が高いためである現在アメリカ多民族国家だが、そのうち白人が減り、やがて黒人ヒスパニックだけの国になり、逆に多様性は少なくなっていく可能性が高い。

日本は今のPermalink | 記事への反応(1) | 02:50

2021-02-05

朝マック

いつもより2時間早く起きて、朝マックを持ち帰りで買ってきた。

どうしてもソーセージエッグマフィンのあのパンが食べたくて仕方なかったからだ。

通勤する人並みとすれ違いながらマックを持ち帰るのは忍びないと思いながらも、久々の朝マックに浮かれていた。

家について、まずは付属ハッシュポテトを食べた。

ハッシュ”というより”マッシュ”寄りのポテトだった。

それはさておき、やっとマフィンを食べられる。

袋を開けてはみ出るチーズを見ながら一口


。。。ソーセージが入ってない

かに頼んだのは”ソーセージ”入りだったし、レシートにも”ソーセージ”は入っている。

まあ、いいんだけどね。朝早いし、マッククルー眠いだろうし、そもそも食べたかったのはパンの方だし。

合理化する人間が嫌いなのは自分同類からと気づいた朝だった。

2021-01-28

anond:20210127013251

介護を続けるうちに見えてくる、普通人生では気づけない幸せがあるって聞くけどね。

弟が知的障害者だけど、そんなもんねえよ。馬鹿じゃねーの。

そういうものがあると思い込んで心理的合理化しないとやっていけないというだけ。

2021-01-27

anond:20210127105550

消費税は払ってんだろ。つまり納税行為のものはしている。

で、機械学習など自動化王者Amazonが、そこまで多額の法人税になる活動をしているという根拠としてどんな活動国内でしているんだ?

金額や規模ではなく、何をしていくら儲けたかに対して課税しないと、金儲けをしたら、高い税率を個人主観で払え、自動化による合理化なんて認めない自動化により高い利益を得たんだから、より高い税金を払えという主張になるよ

2021-01-22

詐欺被害にあった

詐欺被害にあった。

警察事件として立件できなかったら、厳密に法律的意味において「詐欺にあった」と言えないものの、自分の中ではもう99%クロである

・・・長文ですが、他の人のためになれば。


概要

1.マッチングサイト出会った中国人女性に、仮想通貨取引所誘導され、ビットコインが引き出せなくなった。

2.被害額は25万円ほど、身分証登録もしてしまった。


女性との出会いから、気づくまでの経緯】

1. 大手マッチングアプリ中国人女性出会い、ラインアカウントを交換する。

2. 女性と何日か他愛もない会話をする。話の中で、女性自分仮想通貨投資をしていると言及あなたもやってみたら?と誘われる。

3. 仮想通貨取引所リンクが送られてくる。スクショなどを見ながら、サイト登録をする。

4. 登録後、ビットコインをそのサイトの口座に送金し、USドルに換金する。

5. ラインメッセージのやりとりで実際に誘導を受けながら、long short をする。150ドルほど利益が出る。

6. 「1万ドルくらいあれば君はもっと稼げる」と発破をかけられるが、そんな大金はないので、渋る。

7. やや女性の口調が荒くなり、もっと金額を増やすべきだと言われる。面倒なのと、long shortで儲かったので、資金を引き揚げようと思う。

8. しかし、引き出し実行をするが、withdraw failed となり引き出しに失敗する。

9. 理由がわからないので、カスタマーサービスに連絡しようと思い、サイトメールマークカーソルを当てても何のリンクもないただの画像。問合せ先見当たらず。

10. そういえば、資金の追加を渋ってから女性からレスポンスが悪いことを思い出す。

11. ここでようやく嫌な予感に襲われる。「サイト名+scam」でググって調べ始める。

12. まったく同じ事象記述発見パニックになる。いてもたってもいられず警察署に相談に行く。

13. 小部屋に通される。事情を話す。「確かにかなり黒いと思う。しかし、詐欺が確定した状態ではない」と警察官。「お金も取り戻せなさそうですね・・・

14. 「マッチングサイト出会った女性とのトラブルは多いようですね。中国人に限らず、日本人でも」と警察官。

15. くたくたになり帰宅気持ちの整理をつけるためと、周知をしたいので、はてな匿名ダイアリーに経緯を書く(いまここ)


反省点】

読者は「何で初めの段階でおかしいって思わなかったの?」と思うかもしれない。私は、正直に言うと、最後最後まで、何の疑いもなくメッセージのやりとりを続けていた。自分でも、唖然としている。まさか自分詐欺に引っかかるとは思いもしなかった。だが、起きたことは事実なので、なぜ自分は怪しいと思わなかったのかを考察し、次に活かしたいと思う。そうすることでしか自分を慰められない。

1. 仮想通貨に関して、一般的な人より知識があったため

 私は、かつて仮想通貨関連のサイトの開発などを行っていたことがあり、ビットコインブロックチェーンについても一般的な人より知識がある。

 仮想通貨取引所が、裏側でシステム的にどういう処理をやっているのか、何となく想像がつくくらいの知識がある。

 しかし、なまじ知識があることで、抵抗感なくサイト誘導される結果となった。「ふーん、海外にもこういうサイトはあるよね」「へえ、投資やっているんだ」というように得意になっていたのだ。

2. 出会った女性が優秀である無意識判断していたため

 金融的な知識生計を立てているというところに、優秀さを感じてしまった。優秀な人の言うことだから、優秀な人はこういうツールを使っているんだ、と無意識的に判断し、何も疑わなかった。

3. 女性発言もその人の性格なのだ合理化していたため

 今思うと、金額を追加しろと強い語調になっていると感じるが、実際にやりとりしているときはこれは海外女性だし、気が強いんだろうくらいしか思っていなかった。また、「これはあなたのためです」というような前振りもあったため、自分のためを思った発言なんだな、と解釈してしまっていた。

4. テキストだけのやりとりに抵抗がないため

 今やリモートワークでチャットズームのみという会社の少なくない。そういう社会の流れや、マッチングアプリSNSが当たり前になっていくなかで、テキストだけのやりとりで人を信用するということを無意識のうちに行っていた。習慣化されていた。

5. まとめ

 まとめると、ほとんど自動的に行動を起こしてしまうような条件がそろっていたことがわかる。自分自身の考え方の傾向、仮想通貨のものに対する抵抗の少なさ、習慣化されたオンラインでのコミュニケーション。様々な無意識的な癖が、今回の事件引き起こしたと言える。


懸念点】

1. 一番の懸念点は、身分証画像サイトアップロードしてしまたことだ。他のサイトで私を騙るために悪用することは容易だろう。これはもはや止めようがない。これ以降、不審なことがないか気を付けるより他ない状況である

2. メールアドレス、パスワード登録してしまたこと(パスワード流出懸念)。メールアドレスはいつも自分がメインで使っているもの登録してしまった。また、パスワードもいくつかのサイトで使いまわしにしているものである。この手のサイトパスワード暗号化しているはずないので、サイト運営からパスワードが見えてしまうだろう。


【よかったと思える点】

金額が25万円なのは、まだましだったか。それこそ1万ドルもつぎ込んでいたらと思うと、ぞっとする。

重要アカウントとそうでないアカウントで、パスワードを使い分けていたこと。アマゾンのような売買があるサイトは、長めのパスワードを設定していた。それ以外の気軽に始めるようなものは、短いパスワード使用していた(ちなみに、私が利用しているサイトのすべてのパスワードは変更済みです)。

重要アカウントは二段階認証にしていたこと。このおかげで、パスワード流出しても不正ログインが防止できる。幸いなことに、まだ知らないデバイスからアクセスの通知はない。


【じゃあ、どうする?】

一連の出来事を受けて、私はナシーム・ニコラス・タレブの『ブラック・スワン』のデブのトニーのエピソードを思い出した。

次のようなものだ(NNTとは著者のナシーム・ニコラス・タレブのこと)。

------------------------

NNT:お二人さん、ここに公平なコインがあると思ってくれ。つまり投げた時に表が出る確率も裏が出る確率も同じだ。さて、99回投げたら全部表だった。次に投げた時に裏が出る確率はどれだけだろう?

ジョン:くだらない質問だ。もちろん半分だ。オッズは50%で、一回一回結果は互いに独立だって仮定したよね。

NNT:トニー、君はどう思う?

トニー:もちろん1%もないよ。

NNT:どうして?公平なコインだと言ったでしょ?つまり確率は毎回50%ってことだよ。

トニー:てめえ、いい加減なことを言うんじゃねえよ。さもなきゃ「ごじゅっぱあせんと」商売に金を出すようなカモだろ。コインは細工がしてあんだよ。公平なんてありえねーっちゅうんだ!(翻訳:99回投げて99回表が出たコインが公平だというあなた仮定は、間違っている可能性が高いです)

NNT:でもドクター・ジョンは50%だって言っているよ?

トニー:(私の耳にささやく)銀行いたころ、こういうオタクがわんさかいたよ。こいつらトロすぎる。ちょろいぜ。みんな簡単にだませるぞ。

------------------------

私は間違いなくドクター・ジョン立場人間だった。私は目の前で起きた事象仮定)そのものは疑わずに、そのまま受け入れた。

結果、詐欺師が与えた枠内でしか物事を捉えられなくなっていた。つまり、もうその時点で、術中にはまっていたのだ。

気づけるか、気づけないか意識できるか、意識できないか。この差は無限と思えるほど大きい。

別に、これは詐欺に限った話ではなくて、日常でありふれたことでもある。私の場合詐欺だったが、新興宗教にはまってしまう人、ギャンブルにはまる人、自分思考の癖に気づかず溺れる人、社会構造的につらい立場に立たざるを得なくなってしまう人・・・人生落とし穴なんて色々なところにある。脚にヒルがくっついていても、たいていの場合、それに気が付くのは、ヒルが血を吸ってブクブクに太った後である。私は賢く振舞っているつもりだったが、25万の損失と個人情報悪用リスクを負ってしまった。正直なところ、今後、また同じような状況に出くわしたとき、うまく振る舞えるかどうか、自信がない。しかし、これから生活をしていかなくてはならないし、仕事もある。落ち込んでいても仕方がないので、教訓を活かして、リスクを減らすように生活を続けていきたいと思う。


【教訓】

・稼ぎたいなら自分で稼ぎなよ。一番信じられるのは自分だよ?どうして知らない人についていくのさ?(=枠を自分創発する)

デブのトニーの教訓。「現実」をわかっているかどうか。提示された情報、作られた状況は加工されてない?

・これまで交流のあった友人と話す機会を作ろうよ。他者視点を入れよう。今までは何事も自分は一人で考えがちだった。




【その他】

詐欺だと半ば確証したのは、このサイトhttps://sites.google.com/site/cryptokarakuchi/index)を見つけてから。これを見つけて、ようやく詐欺だと気が付いた。

警察署に向かうタクシーの中で、運転手に慰められた。

・「まだ会ったことのないチャットだけでのやりとりの人を安易に信じるべきではなかったですよ。画面の向こう側に誰がいるか知りようがない」と警察から言われたとき、ようやく目が覚めた思いがした。こんなこと昔からずっと言われていたのに。

犯罪国境をまたいで複雑化している。犯罪は身近にある。悪の法則という映画を思い出してしまった。怖い。


追記

・確かに写真美人でした(笑)。下心はないと言えばウソになりますが、ガツガツはしていなかったですね。そもそもコロナだし、気軽に出歩けない雰囲気もあったですね。冬が過ぎたら飯でも行こうくらいの感じです。

・ほんとにかなり軽いノリで事を進めてしまったので、相手としてもサクサク行き過ぎて驚いていたかもしれないです。

2021-01-14

anond:20210114165852

労働だって昔は奴隷だったのが奴隷解放が起きて人権ができ、資本家搾取されていたのが労働革命で法的に規制されるようになり、労働法や企業法によって使用者権力制限が設けられ労働者の権利が守られるようになってきたわけじゃん。

子育てについてはその労働であるところの親の権利保証みたいな話にはなっておらず、それどころか社会要求水準の上昇と格差の拡大で教育負担は増すばかりで、ダウン障などの子供を産んだ日には原則的人生全部突っ込んで一生面倒見てくださいねという感じになってるわけじゃん。

労働基準法の名目としては一応、どんな人間でも1日最大8時間労働したら生きていけるということになってるわけだけど、子育てはそういうの無いじゃん。まあ労働の方も実質的にはあんまりいかニートかいるわけだけど。

知らないけどたぶん、奴隷時代にもいたんじゃないかと思うよ。生粋奴隷一族で、奴隷としての生き方心理的合理化内面化していて、それに反発する人に「働けるならきちんと奴隷として働いておくべきだ」みたいなことを言っていた人が。

anond:20210114104835

なんか改めて見るとフリーランスプログラマって感じの思慮の浅いリモート化だなと思ったw

スマホを持ってない人は顔も見れないってそりゃ言われた通りだしそれを素人に指摘されてる時点でIT分野でも完全負けてんじゃん

  

実質、祖父の顔見て別れの言葉をかけることができるのは増田と母と父の3人だけ

その爺さんに生前お世話になってる人もいるかもしれないのに「リモートで顔みれるからいいじゃん、どうせお前らは祖父が死んでも悲しくねーだろ、二親等以下なんだから」って本音丸出し、そりゃ非難されるわ、怒らないだけ相当大人だよ

そもそもITにおける情報伝達の原則って目の見えない人やお年寄り義務教育の子供、それら満遍なく情報を行き渡らせるための手段の一つでしょ

合理化効率化だけに注視して情報を取得できない人と情報を取得できる人にわかれちゃったら意味ないじゃん

合理化合理化リモート参列以外一歳認めん!スマホがないか葬式くんな!面会禁止!」じゃなくて「遠隔地で参列が難しい人やコロナにかかりたくない人のためにもリモート対応できる、結果的必要な人だけが参列し葬式人口密度は抑えられる」ってのがITのやり方だろ

そしてどんなに後悔しようが故人はもう燃やされて遺骨になって取り返しもつかない。

やり方がなんかプログラミングスクールでかじっただけの人がプロを名乗ってんなって印象、官公庁法人案件とかやってたらここまでユーザーを切り捨てるやり方はしない

  

あいいんじゃないの?娘にあたる母親だけは見送りができたんでしょ?

逆に動画面会で済ませて後悔してたら笑い物だわ。たった一度のお別れを無駄にしちまったなw

2021-01-13

シルバークリーンルーム開発者

コンピュータプログラムに係る種々の権利とその煩わしさ。それを回避するためにクリーンルーム設計存在する。まったく中身を知らないものが元のプログラム実装すれば、できあがった新しいプログラム権利関係をクリアしているという理屈だ。

しかし、ソフトウェア開発とノウハウソース共有の合理化が行くところまで行った昨今、「まったく中身を知らない」なんて奴はいない。そう、シルバー人材以外は。

彼らは医学見地から、完全にボケており、記憶力が0であることを保証されているプロボケだ。さらに、彼らは元IT奴隷であり、記憶力がなくてもコーディング所作は身に染みついているのだ。

今日シルバークリーンルーム開発者キーボードを叩く。何をさせられているかも分からず叩く。惰性で叩く。奇しくもその光景は、診断書が鬱かボケかという違いだけで、まったく現役時代と同じなのだ。出来上がったものがめちゃくちゃで、詰められ、償いをさせられるところまで。彼らは死してなおIT産業軋轢コミュニケーションの誤差率の体現であり続けるのだ。

2020-12-28

anond:20201228071112

とりあえず、これ以上同音異義語(&古用法、新用法)を増やしても、ややこしくなるだけでまったく合理化はされない、が答えでは。

それより、漢字について、繁体字簡体字日本漢字統一提案した方が将来的な利益は大きい。

文字レベルで、台湾日本ファンおにゃのこ中国13億人のなかのかわいいおねいちゃん自在に会話できるようになるんよ。

2020-11-30

アラフォーオヤジが今の時代に続くであろう当時を懐古して一人語りす (追記

今の40台位の人々は、バブル絶頂機を小学校高学年から中学生くらいの間に経験し、大学を出た辺りで超絶的な氷河期に入った、という経験をしている。俺もその中の一人だが、日本社会で印象的だったことをなんとなく懐古してみる。そして、今の時代伏線は30年前にすでにはられていたのだな、というふうに感じた、ということも書いておきたい。

最近パソナの某がどうしたとかそういう企業による国民搾取問題になっていると思うんだが、「こうなるための準備は30年かけて着々とされてきた」ということだ。我々の親の代にはすべて始まっていた、と言ってもいいかもしれない。

バブル絶頂

まず、自分にとって最も印象的だったのは以下の2つだ。

1. 職業選択の自由アハハン

2. バイト探しが週二回

この2つを覚えている人は多いだろう。つまり、「なにか特定仕事をやるんじゃなくていろんなこと片っ端から好きなようにやっていこうぜ」という社会的な機運づくりだ。たしかどちらもリクルートがやっていたと思う。リクルート賄賂かなんかで大変なことになったという印象が強いのはこの辺のせいだと思う。

これまでは、一つの会社新卒から定年まで勤め上げていく、ということが美徳であり、給料年功序列会社はアットホームだった。今でいうとどれも警戒されてしま単語になっているのだが、この頃の会社は本当に一種共同体として機能していた。バブルお金に余裕があったからというのもあったとは思うが、この点は本当で、誰一人ここに疑問を持っていた人はいなかったと思う。

会社運動会をやり、社員旅行があり、ゴルフ大会なんかもあったりと今では信じられないような状況だった。だが、同時に過労死であるとか、24時間働けますかとかの過剰労働問題視され始めた時期でもある。

まだ、軍国主義の発想も強かった時代で、過労死した社員は2階級特進で部長待遇退職したことにするみたいな、会社がそれに報いるとか、なんかそんなこともしていた気がする。この頃は俺は小学生からテレビで見た印象、ドラマで見たネタなんかも多分に混ざり込んでいるかもしれない。

タクシーなんかも無礼で、乗車拒否の嵐だったとか、彼女がほしかったらなんとかいアクセサリーゴールドを渡さないとだめとか、とにかく金、金、金、の社会だった。なんたら言うアクセサリーシルバーだと女に「だっせ!どっかいけよ!」とか罵倒されていた。

この頃になると、あまりお金を持っていない男性たちはアッシー、メッシーとか言われて単なる移動手段や金づるにされていた。この辺りフェミニスト女性陣はどう思ってるんだろうか。とにかくひどいのだ。ある女性彼氏デートするので自分のことを好きらしい別の男性に長時間列に並ばせてチケットを買わせるとかそんなのをドラマでやれて問題視されない程度にはこのへん行き届いていた。

この頃は女子高生ブルセラショップなる店で自分パンツとか売っていた気がする。この辺から確か援助交際かに続いていっているのかもしれない。とにかく老若男女ブランドしか目に入らない、ブランド物が手に入らないことは恥、春を売ってでも手に入れるべき、みたいな価値観蔓延していた。この辺は今もづついているかもしれない。

新築マンションも棟の単位10億円とかで売っていたし、ゴルフ会員権とかも何百万円で取引されていた。とにかく金が余って仕方ない、金を使わなくては、という時代だ。

若者たちが努めている会社にいる50代60代はこういう社会で生きてきた人たちだということは肝に銘じたほうがいいかもしれない。

バブル崩壊

さて、バブル崩壊だ。バブル崩壊、という言葉自体自分にはなんの印象もない。当時の経済状況をバブルと言っていた人はテレビには出ていなかったと思う。そもそもガキ過ぎてニュースを見ていなかったというのもあるだろうが。なんにしてもバブル崩壊した直後に起きたのは「リストラ」だ。

この辺りで自分たちは家族だと言っていた企業が突然社員に牙を向き始めた。

いきなりやってきて「君クビね、さよなら」くらいカジュアル社員をクビにし始めた。バブルで家を買ってローンもかなり高いものを組んでいた家庭の大黒柱がいきなり収入を断たれる、という状況だったのだが、社会としてそもそもリストラをきちんとルールにしていないので、とにかくやったもんがちだと言わんばかりにどの会社社員をクビにし始めた。そして代わりに台頭したのが「職業選択の自由謳歌していた人々」だ。

彼らはとにかく働いた。アルバイトを何個も掛け持ちして月収100万円なんていう人もいた。いつねてるのかはわからないが、バイトがとにかく儲かっていた。彼らは企業に雇われてしまうと自由がない、自由職業を選べて好きなときに好きなだけ働けて、休みたければ休めばいい、こんな人生最高じゃないですか、というように言っていたが、彼らが今も息しているかはわからない。

バブル崩壊を契機に正規雇用から非正規雇用企業は主軸を移し始めた。正規雇用はクビにしようとすると大変だが、非正規雇用は単に契約を打ち切れば終わる。正社員への登用をちらつかせることで企業は優位に立つこともできる。多分この辺は今も残っている。制度だけ残して給料は極限まで減らしているということでもありそうだが、移行期間というのは企業お金を出すので、この頃はバイト結構儲かった印象が強い。当時の経済状況でも時給800円くらいだったのだから結構出していたと思う。考えてほしいんだが、携帯電話インターネッとと言ったものは無いのだ。生活にかかるコストなんかそんなに高くなかったのだ。

同時に問題になったのは銀行不良債権だ。バブルときには土地の値段はとにかく上がっていくので、銀行土地にどんどん融資をした。この辺金融機関としてリスク管理できていなさすぎだと思うんだが、とにかく金を貸した。例えば土地を買うので1億円貸したとする。この1億円はもはや回収できなくなった。なぜなら土地を売っても数千万円にしかならない。日本不良債権問題銀行がこの状況を受け入れてしまうとどの銀行債権が取り返せなくなるのでどんどん倒産してしまう、というところにある。この頃になると俺もある程度ニュースを見たりするようになるので、なんとなくだが覚えている。

返してもらうこともできない、精算してしまった時点で大損確定する債権が大量にある、という状況だ。この辺りはよくわからないんだが、よくある含み益、含み損、と言うやつのことを言っていた。そして、債務者お金を返せない。債務者破産していき、債権者はどうしようもない債権ばかりが溜まっていく。そこで何が起きたか、国による救済だ。この不良債権に対して国は税金を注入して銀行を救ってしまった。資本主義世界であれば、この辺は銀行自己責任倒産するのが正解だが、もしそうしたら、日本銀行は一行も残らなくなってしま可能性が高い。

銀行金融庁による介入を受け入れて国は銀行を救済した。とはいえ、いくつかの銀行証券会社倒産してしまった。

このとき銀行は「もうこれで銀行倒産しないことになった」という認識を得たかもしれない。国による救済というのは、ある意味で半分銀行国営化するようなものからだ。今後銀行倒産すれば、国が損を被ることになる。そして熾烈な不良債権処理が開始された。

とにかく債務者から引っ剥がす。貸し剥がしというのが確かそれだ。銀行自分たちが損したくないのでとにかく徹底的に国民から搾り取った。国民がどうなろうがお構いなしだ。少なくとも日本において債権者と債務者は全く公平ではないということがここに現れる。

ところでなんでこんなにひどいことになったのか、というはなしだ。どの国でもバブル崩壊することはあるだろうが日本のそれはとにかく深刻だった。国が支配力を強めるためのシナリオでもあったのかと思うくらいにひどい。

おそらく当時の人々は何も考えないで借金して先物取引していたんだろう。借金先物取引の組み合わせの極悪さは想像すればわかるだろうが、当時の人々はとにかく酔っていた。国はちっとも諌めなかった。

この辺は都市伝説だが、あるときユダヤ系資本が急に日本から引いてしまったらしい。日本アメリカ重要ものまで買い取り始めたからかもしれないとかいろいろ言われているが、俺の中にある投資に対する不信感はこの辺にあると思う。「ある時更に力を持つものが食い荒らすだけ食い荒らしていなくなってしまう」ということだ。

就職氷河期

さて、このリストラが吹き荒れたことで企業正規雇用を徹底的にダンシャリして非正規雇用に走った。就職氷河期というが、これは正規雇用企業がひどく渋ったことによる。使い捨てバイトがたくさんいたほうが企業としては助かる。だが、国民メンタリティ社員になってなんぼ、というのが強かった。

更にこの頃になるとIT一般的になり、これまで10人でやった仕事が1人でできるくらいに合理化されていった。もはや人間はそれほど必要ない、という時代突入したと言ってもいい。コンピュータならぶっ壊れるまで酷使しても違法じゃない。この大きく時代が変わるときプログラミングが少しでもできた人は大いに特をした。20年後の今は結構苦しんでいるが。周囲が仕事のなさにあえいでいるとき適当会社仕事を手に入れることができた。多重請負地獄があるとも知らずに。

時代が変わるときは、大きく得する人と大きく損する人が出てくる。就職氷河期仕事を見つけられなかった人々の現状はさんさんたる物だ。変な話だが、WORDEXCELができれば仕事があったのだが、それを受け入れられなかった人(ここには仕事EXCELタカタやるもんじゃないという反発する人もいたかもしれない)との間で命運が別れたと言ってもいいかもしれない。

2010年くらい

この頃になると、旦那の小遣いなんか0でもいいがそれだと死んでしまうから日500円くらいは渋々許す(収入殆ど旦那なのに!)という変な歪みが出てきたように記憶している。お金子供習い事や塾、そして、日々家事に忙しい奥様のたまの贅沢に主に使われるようになった。旦那は家に収入100%を吸い取られるようになった。お金がない旦那似合わせて飲食店も値下げを始めた。ワンコインランチというのを出すようになった。

この辺は鶏と卵の話かもしれないんだが、男性社会還元するお金を持てなくなったこととデフレの開始は無関係ではないかもしれない。もうちょっと言うならば、お金の行き先が特定業務に行くようになってしまい、ほかは旦那の少ない小遣いの獲得合戦になっていったように思える。

そして値下げ合戦が始まる。マクドナルドなんかは何でもかんでも100円とかで出すようになった。アルバイトたちが激務になることはお構いなしだ。値段を下げる、商品もしょぼくなる、デフレスパイラルの開始だ。

吉野家の肉なんかは露骨に減った。

デフレスパイラルに入り、企業お金が手に入らなくなった。手に入らないのだから給料も支払えない。年功序列型の給料をもらっていた中年層が今度は槍玉に挙げられた。日本ではリストラ絶対にできないと言われているが、実はできる。

2020年

こうしてみると、今の状況は変な話だがバブル崩壊から始まっていると思う。もっと言うなら明治時代から始まっているかもしれない。パソナ竹中平蔵に対するバッシング最近すごいが彼の経済学者としての歩みを見ると、1990年くらいから始まっている。彼はおそらくバブル崩壊経済とそれが崩壊することの意味をわかっていたのかもしれない。

小泉内閣から急に出てきたように見えるが、実は小渕内閣の頃にはすでにいろいろやっている

追記

びっくりするくらいブクマされてんのね。

よく調べてかけとか言う人々、嫌だよめんどくせえ。

はっきりいうと自分記憶と印象だけで書いている文章から、間違いや事実誤認、正確性の欠如、だらけだろうね。気になるならこの辺の正確な経緯でも書いてみてくれ。

誤字脱字が気になる人、どうやら俺は老眼らしいので、画数の多い漢字は正直あまり良く見えない。

本当にアラフォーか?っていう人、アラフォーって、40プラマイ5歳でいいんだよな?不安になった。

2020-11-06

リベラルって何だろう?

リベラルって人間平等人間自由、それが無理でも人間の最低値としての人権保障じゃん?

これ全く性別とか関係ないじゃん?

リベラルとしての範疇の話をするとそもそも全てにおいて男女だの肌の色だのが全く出てこないのがええ訳じゃん?

自分から男だの女だのって叫ぶの既に矛盾入ってね。

自主的努力団体として合理化するのはお国大事仕事ではあるけれども、要望出すのが全員リベラルだったとしても、それはそもそもリベラルの基本とは外れてる。

リベラルって大変だなって思いました。我が属性リベラル団体作るとき解散条件絶対最初に決めとく事にしよ

2020-11-03

anond:20201103212015

わたしは」って何度も書かれてるし「性的に見られたくない人も尊重されるべき」ってわざわざ入れてるのに「女はみんなこうなんだ!」って思われるとしたら、もうそつの認知が歪んでるからどうしようもない。

自分欲望合理化させるための結論ありきだから何言っても「女は喜んでる」に帰結させるでしょ。

元増田文句いうのお門違いでは。

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