はてなキーワード: コンバーターとは
コンバーターとコーンバター。この二つの言葉は、一見すると無関係な対象を指しているように思われる。しかし、その響きには微妙な共通点があり、現代人に与える感覚的な違いは、文化や歴史の流れを通じて形成されてきた感性の奥底に根ざしていると言える。人間の歴史の中で、技術や食文化の進化と、それらが生み出す美的な感動は切り離せない関係にあり、ここに「コンバーター」と「コーンバター」を媒介とした考察を試みることで、その深奥を垣間見ることができるのではないだろうか。
まず、「コンバーター」とは、一般的には何らかの機能や属性を変換する装置や技術を指す言葉である。電圧を変換する電源コンバーターや、信号を変換するデジタル・アナログコンバーターなど、その用途は多岐にわたり、現代社会を支える根幹を成す技術のひとつとなっている。これに対して「コーンバター」とは、穀物であるトウモロコシ(コーン)から作られるバター、あるいはそれに類する加工品のことを指す。日本においてはそれほど一般的ではないが、北米や南米など、トウモロコシを主食の一部として重要視する文化圏では、伝統的な食材の一つとして親しまれている。
一見、全く異なる二つの概念であるコンバーターとコーンバター。しかし、その歴史的背景に目を向けてみると、人間の知恵と工夫、さらにそこから生まれる美的な感性が反映されていることに気づかされる。コンバーターの登場は、工業化と技術革新によってもたらされた、変換や変容の技術に関する人間の知識の結晶である。これに対し、コーンバターは農業の発展や食文化の進化に密接に結びついている。技術の変換と食材の変換、いずれも人間が生活を豊かにするために築いてきた歴史の一側面であり、そこには特有の美的価値が含まれている。
人間は、常に物質やエネルギー、さらに情報の変換を行うことで、生活の利便性を高めてきた。コンバーターはその象徴的な存在である。例えば、電圧を変換するコンバーターがなければ、さまざまな電化製品を自由に使用することはできない。デジタル信号をアナログに変換することで、音楽や映像をスムーズに楽しむことが可能になる。これらの技術は、もともと無機的で冷たい印象を与えるものであるが、実際にはその内部に「変換」というダイナミックなプロセスを含んでいる点に美しさが宿る。変換の過程は、単なる物理的な操作にとどまらず、情報やエネルギーが形を変えて新たな価値を生む瞬間である。この「変換の美学」は、人間の手によって機械的な装置やデバイスに具現化され、現代社会の中で目に見えない存在感を発している。
一方で、コーンバターには全く異なる美的価値が内包されている。コーンバターは、トウモロコシという自然から得られる素材を加工することで生み出される、食品としての変換の結果である。トウモロコシは、古代アメリカ大陸の文明において神聖視された作物であり、その栽培と加工は生活の基盤を形成してきた。コーンバターもその伝統の一部であり、味や風味の中に先人たちの知恵が凝縮されている。食品としての変換過程は、技術的な効率を追求する工業的な変換とは異なり、味わいや栄養価を最大限に引き出すための工夫が重視される。ここに、人間が生きるために必要とする基本的な欲求と、それを超えて美味しさや楽しさを追求する美的感覚が交差する点が見出される。
また、コンバーターとコーンバターは、それぞれ人間の内面的な感覚にも影響を与えている。コンバーターがもたらす利便性は、私たちの生活を快適にし、さらには新たな表現の可能性を広げている。情報を自由に変換し、自在に操作できるという感覚は、無限の創造力を解き放つものであり、それ自体が一種の「技術の美」であると言える。一方、コーンバターがもたらす味覚の体験は、単なる食欲の充足を超えて、郷愁や安心感、さらには家族や共同体との結びつきといった、人間らしい感情を喚起するものである。口に含むたびに、自然の恵みを感じ、その過程に込められた労働と愛情を味わうことができる。このように、コーンバターは食文化の一端としての「食の美」を表している。
さらに深く考察を進めると、コンバーターとコーンバターの間には、「変換」という共通のテーマがあることに気づく。コンバーターは無機物やエネルギーを変換し、コーンバターは生の素材を加工することで新たな形に変える。この変換のプロセスには、人間が自然や物質に働きかけ、何かを新しい価値へと変える行為が見受けられる。この行為自体に、人間が美を見出してきたのではないだろうか。機械的な変換は冷徹である一方、そこには洗練された精密さや無駄のない機能美がある。これに対して、食品の変換には、温もりや手作り感といった情緒的な美がある。いずれも異なる美意識でありながら、共に人間の手によって完成される過程である。
現代のテクノロジー社会において、コンバーターはほとんどの人々にとって日常の一部であり、存在を意識することなく利用されている。しかし、それが果たしている役割は極めて重要であり、その背後にある技術的な進化は、実に人間の叡智の賜物である。一方で、コーンバターのような伝統的な食品には、技術的な進歩とは異なる価値観が込められている。ここには「不変の美」という要素が存在し、テクノロジーの進化とは対照的な、永遠に続く食文化の美が感じられる。コーンバターを口にするたびに、人々は祖先が歩んだ道を辿り、自然との共生を改めて感じることができる。
このように、コンバーターとコーンバターは、それぞれ異なる形で人間の生活を豊かにし、感性を刺激する存在である。どちらも変換という行為を通じて人間の生活に寄与し、美的な価値を提供している。そして、技術の進化と伝統の継承という二つの相反する要素が、私たちの感覚と美意識に新たな価値観をもたらしている。この二つの対象を比較することで見えてくるのは、人間が創り出す「美」の多様性と、その根底にある普遍的な美意識である。
LiFePO4の蓄電池をとりあえずいくつかあがなう。12V 12Ah
たしか可変電圧源がどっかにあったのでヘヤにもちこむことによってヘヤで充電してみよう。タイマー必須(・・?。それか尼で安売りしている充電ユニットみたいなやつ(・・?どうする(・・?
LiFePO4をリュックではこぶ。源としてデスクトップパソコンをうごかす。夕方からつかいはじめてLiFePO4がきれたらおやすみなさい。スリープタイム!!!!!!!!!!
12V 12Ahってことは、144Whってこと。デスクトップの消費電力っておそらく30Wくらい(・・?モニターをモバイルタイプに置き換えたほうがいいなぁ。だとして持ち時間が4時間弱。ちな、デスクトップが19ボルトドライブなのだ。直流コンバーター必要(・・?そもそも論なぜパソコンって19なんだろか(・・?マザボの説明書とかみると、5ボルトが主で、たまに12ボルトがある。19もいらんのちゃうか(・・?イラン人(・・?ペルシャじゅうたん(・・?ちゅーか今の時代ゲームや動画編集するわけでもないのに家にデスクトップいらんのちゃうか(・・?タブレット+キーボードでいいのでしょうか?
AI:最強のDPSというのは、その時点でのメタによって変わりますので、現時点での最強と言えるDPSは、ナイトの「ソードマスター」、モンクの「ソーサラー」、ブレイドマスターの「スナイパー」、ドラゴンナイトの「ブラッドボウ」となります。
AI:FF14には、ナイト、モンク、ブレイドマスター、ドラゴンナイトの4つのジョブがあります。それぞれのジョブには、DPSとして有用な技能がありますので、それらを駆使して最強のDPSを目指すことができます。
AI:FF14には、ナイト、モンク、ブレイドマスター、ドラゴンナイト、ウォーロック、ジョブコンバーター、学者、アルケミスト、裁縫、錬金術、精霊術、演奏家、ダンサー、植物学者、釣り人の14種類のジョブがあります。
【ボツ原稿供養〜昔話と中華ポータブルオーディオ(前編)〜の続き】
この派手を通り越した大げさなチューニングにこれはもしや?と思って映像作品へ手を出した。視聴するのはTVアニメ「機動戦士ガンダム 水星の魔女」の前日譚「PROLOGUE」。
これはもう優勝だ。キャラクターのセリフはよく通り、流れるBGMもシーンを盛り上げ、戦闘は大迫力!耳と心に響くラストシーンまで一気に観てしまい「もうヤメロよ・・・こんなの卑怯だろ・・・」と制作陣へ恨みつらみを吐き捨てた。
続いての視聴はTVアニメ「リコリス・リコイル」から「第2話 The more the merrier」。
銃撃戦が繰り広げられる第2話では発砲音や金属音などのキレの良い効果音はBA型が担当し、深く沈む重低音はDD型が担当することで見事に演出を支え、時おり見られるキャラクター同士のコミカルな掛け合いも耳のそばでしっかりと聴かせてくれた。
筆者は普段パソコンで動画視聴する際はDTMにも使っているYAMAHAのアクティブモニタースピーカー「MSP3A」を使って観ているのだが、もうZASはアニメ用イヤホンにしても良いのではないかと本気で検討をはじめている。
欠点はと言えば、その大げさな鳴りだろう。
原音忠実信者が聴けばあまりの脚色に気持ちの悪さを覚えるかも知れない。しかしやはり得手不得手の問題であって「俺は大人しい音楽なんて聴かねぇんだぜ!」と言う人にZASは最高のコスパを発揮するイヤホンになるかも知れない。
筆者は前述しているようにDTM小僧であったため、いわゆるリスニングよりもモニター的なサウンドを好む傾向にある。もしかしたらMDR-CD900STを長年使い続けているせいかも知れないが。
現在所有しているモニターヘッドフォンは前述したSONY「MDR-CD900ST」、Shure「SRH840A」、YAMAHA「HPH-MT8」、AKG「K701(初代 / いわゆる澪フォン)」、SENNHEISER「HD25(初代)」、beyerdynamic「DT990 Pro(250Ω)」というモニターヘッドフォンマニアかのような様相になっているが、筆者も気が付いたらこうなっていたので仕方がない。
筆者はふと思う中華イヤホンのモニターサウンドを聴いてみたい。
何ならたぶん一番のお気に入りになる可能性だってあると。
そこで色々ググって見つけ出したのがCVJの「Mirror」だ。
CVJはTRNとの関係性が取り沙汰される事実上のサブブランドではないか?と言われている、ちょうどKZに対するCCAのような存在だ。
届いて箱出しで早速聴いてみると、これまでの中華イヤホンとは明らかに違ったサウンドだ。そもそも派手なドンシャリじゃない。
ドライバー構成はBA型が片側2基でLR両側計4基、DD型が片側1基でLR両側計2基、全体計8基の多連装ハイブリッド構成だ。
これが7,000円前後で買えるわけだが今までの中華イヤホンのスペックからはあまり驚きのない。感覚が麻痺しているが20年前からするとあり得ない価格を実現している中華ポータブルオーディオの世界はすごい。
嘘を言っても仕方がないのでハッキリと言おう。Mirrorはステージモニターイヤホンだ。
筆者が想定していたスタジオモニターイヤホンではなくミュージシャンなどが大音響のステージ上でパフォーマンスをする際にバックバンドや自身の声を確認するために利用するステージモニターイヤホン。DTMなどで音の確認へ利用するスタジオモニターイヤホンではなくだ。
競合するのはまさに代表格Shure「SE215」「SE215 SPE-A」、そしてSONY「MDR-EX800ST」、audio-technica「ATH-E70」あたり。
鳴りの傾向は名は体をあらわすか如くの鏡面的なフラットだが、DD型を採用しいるためかスタジオモニター基準で考えると少々低音域が前へ出ている。
実際に比較した聴感上はステージモニターとしても低音域が少々強調されリスニングにも合うとして人気を博すSE215 SPE-Aよりも低音域が深い。
ただもしかしたら機械計測などをするとSE215 SPE-Aとほぼ同等の可能性も捨てきれず、これは高音域から中音域をBA型が担当しているため聴感のコントラストから低音域が強調されて聴こえているのかも知れない。
そもそもステージモニターイヤホンはスタジオモニターイヤホンなどよりも低音域が強調されがちで、これは音楽を演奏する際にリズム隊の音をよく聴くためのチューニングとなっており低音域が強調されていることは別にデメリットではない。
必要とされてそうなっており、SE215から派生した更に低音域強調版のSE215 SPE-Aも特にHIPHOPシーンなどで低音域が足りないと要望があり生まれたものだ。
そう考えるとSE215 SPE-Aよりも輪をかけて低音域がほんの少し前へ出ている気がするMirrorは、中華イヤホンの派手な鳴りの傾向から考えて派手な鳴りが好まれる中華市場を想定したチューニングなのかも知れない。
ただ我々日本人日本市場のDTMerからするとステージモニターであっても余計なチューニングと言わざるを得ず、ハイレスポンスでタイト、音の分解能、粒立ちの良い優れた高音域〜中音域があるのに勿体無いなと思ってしまう。
せっかく買ったので色々と活用方法を模索したのだがコレだわ!むしろ唯一無二じゃないか!?と評価できる活用方法を発見したのでお伝えしたい。
CVJ Mirrorはモニターイヤホンとして活用するのではなく、マスタリングイヤホンとして活用すべきなんだ。
何を言っているのか?と言えば音楽制作には大まかにレコーディング・ミキシング・マスタリングという段階がある(細分化するともっとある)。
いわゆるスタジオモニターが活用されるのは主にレコーディングやミキシングの段階であり、音声メディアとして納品する前段階のマスタリングでは消費者の視聴環境を考えて一般消費者向けのスピーカーヘッドホン・イヤホンで音を確認する場合があるのだ。
実際にプロミュージシャンの中にはApple「AirPods」や「iPhone(のスピーカー)」をマスタリング用と言う人も居て、プロミュージシャンだからと言って弩級の機材を最終段階まで使って納品しているわけではないのだ(もちろん最終段階まで目が飛び出るような価格の機材を使って納品する人も居る。その辺はこだわりの方向性の違い)。
このMirrorはステージモニターとしても少々低音域が強調され気味だが、とは言っても間違いなくドンシャリではないフラット傾向な鳴り。
モニター系でなければリスニング系でもない何だかちょうど中間の鳴りをしているMirrorの用途を考えるならばバラバラな視聴環境である消費者の平均値を取るためのマスタリングイヤホンとして絶妙な立ち位置にあったのだ。
消費者にはSONY「WF-1000XM4」ユーザーが居れば、Beats「Beats Fit Pro」ユーザーも居るだろう。有線イヤホンや中華イヤホンユーザーだって居るはずだ。
そこで役立つのがMirror。フラットな鳴りと高い分解能を持ち、消費者が好む低音域もしっかりと演出する。
例えば音楽制作が趣味でなくともYoutubeなどの動画投稿でも視聴者の環境の平均値を取って聞きやすくするという用途にも向く。
耳に刺さりがちなサ行発音などMirrorで刺されば他の視聴者の環境でも刺さる可能性が高いと予測できるわけだ。
ではMirrorに欠点はないのか?と言えばある。
ここまで推しておいて難だが最大の欠点は「日本で売ってない」んだな。
正確に言えば日本で正規流通しておらず直ぐ入手しようと思えば筆者のような好事家から中古で購入するか、時間がかかっても良いならばAliExpressを利用することでしか日本で入手するのは不可能。
消費者からウケの悪いフラットな音質傾向のイヤホンを全世界で展開しにくかったというのは理解できる話であり、確実に良い製品でありながら日本国内ではある種プレミアムな存在になっているMirrorはおそらく今後もまともに評価されることがない。
騙されても良いからマスタリング用として欲しい人は是非ともチャレンジして欲しい。
これはイヤホンではなく、イヤホンやヘッドホンを駆動するためのアンプ、いわゆるヘッドホンアンプと呼ばれるもので、KA3はD/Aコンバーター内臓のUSB DACヘッドホンアンプだ。価格は1万円ちょっと。
昨今のスマートフォンはイヤホンジャックが廃されていることが増えてきており、有線イヤホンなどを活用しようと思うとUSB-CコネクタやLightningコネクタを経由して有線イヤホンを接続する必要がある。
KA3はそんな現状の需要へ応える製品であり、筐体サイズも成人男性の親指ほどの大きさという小型でかつ十分な性能を持った製品だ。筆箱や化粧ポーチにも収まるサイズ感は特筆に値する。
この手のUSB DACヘッドホンアンプは本体とケーブルと一体型のものが多い中、KA3本体にUSB-Cコネクタを持っており、利用中のスマートフォンがiPhoneだろうがAndroid OS端末だろうが変換ケーブルなどを介さず気にせず利用することができるのは嬉しいポイント(付属品にLightningケーブルが含まれておらずUSB-Cケーブルのみ含まれているので注意)。
実際のところスマートフォンだけではなくUSB-Cを備えるデバイスならばラップトップ端末だろうがタブレット端末だろうが利用できるのも良いポイントだろう。
特にギターを趣味としている者ならば知っていることだがアンプというものは音量を上げれば歪む。
それもまた味と言えば味だし、真空管アンプなんてのは歪みこそが旨味なのだと言うような製品。人間は何ともテキトーだ。
ただ何でもかんでも歪ませるのはどうなのか?原音忠実こそ至高!と言う意見も当然のようにあり、そういう観点から見ると大半のスマートフォンへ搭載されるオペアンプは音量変化による歪みの変化幅は相当に大きい。
と言うかアンプにもレスポンスというものがあり、命令された音の強弱大小の変化にスマートフォンのオペアンプが追従しないというのは普通にあることだ。
筆者はイヤホンジャックを持つ格安中華スマートフォンを所有しているが、この中華スマートフォンのオペアンプはまぁヒドイ。音量の変化幅が大きい高速なEDMなんか鳴らすとオペアンプがまったく追従しておらず音量を上げれば歪みまくって割れ、ド素人でも子供でも判別でき、オペアンプが暴れていると言って良いレベル。ドン・キホーテで鳴っている呼び込み君のほうが良いオペアンプを積んでることを確信するほどだ。
まぁ音質なんて最初から期待してなかったのでピコーンと通知音さえ聞こえれば別に良いっちゃ良いんだけれども。
比較すること自体がおこがましいがKA3は例えそれがハイエンドスマートフォンと比較しても非常に品質の良いと断言できるオペアンプを積んでいる。
試しに筆者が所有するUSBオーディオインターフェースミキサーYAMAHAの「MG10」と比較してみよう。YAMAHAのMGシリーズミキサーは綺麗に鳴らしすぎてつまらないと言われるほど歪みの少ない発音が特徴で、味付けのない音源ソース本来へ非常に近い音が出る。
MG10へCVJ Mirrorを接続し、前述でも登場している様々な音源ソースを再生・試聴した後にKA3でも同様に再生・試聴する。
この小さな筐体から驚くほど低ノイズでクリアな音が鳴る。普通にスマートフォンでの音楽制作に使えるレベルで音色の変化がない。ヘッドホンアンプのレビューでは暖かみが出ただの高音域の煌めきが増しただの艶やかだのと言うレビューが散見するがKA3に関してはそういうのが筆者の耳には一切ない。艶ってなんなんだ。
ただただCVJ Mirrorとはこういうイヤホンなんだと忠実に鳴らす、それがKA3というヘッドホンアンプだ。
レスポンスはどうなのかと音楽制作用スマートフォン向けDAWのRoland「Zenbeats」で試してみる。ZenbeatsにはRolandの銘機「TR-808」由来のステップシーケンサーが内蔵されており聴感上のレスポンスチェックに便利だ。
BPM200というハードコアなドラムラインを作成し、ピッチをリアルタイムでわざとグチャグチャにイジり倒してみる。更には人間には不可能である超高速な乱高下を実現するためLFOをピッチへアサイン。
音楽的にはどうであれ無茶な変調にも機敏にKA3は応えてくれた。
もうスマートフォンで使うお手軽ヘッドホンアンプはFiiO KA3で十二分すぎると太鼓判を捺そう。
もちろん上を見ればキリはない。ハイエンドなヘッドホンアンプやMG10と比較すると出力が違いすぎるし便利機能も少ない。
iOSユーザーへ残念な話をするならばユーティリティアプリがAndroid OS向けにしか提供されておらず細かな設定が出来ない(ユーティリティアプリは別に必須ではない。挿せば鳴るのがKA3の良いところ)。
しかし結局のところイヤホンジャックが無くなったスマートフォンでほんの少しまともなオペアンプ使いたいよねという需要に応えるための製品なので上を目指したい人はそういうの使えば良いだけなのだ。
「でも有線イヤホンは結局ケーブルがわずらわしいよね」という意見もあろう。ごもっともだ。
じゃあ無線化したら良いじゃない。
実はここまで紹介した中華イヤホンはすべてケーブル交換、いわゆる「リケーブル」可能なイヤホンなのだ。
ただケーブルのコネクタにも規格がありCVJ Mirrorは「CIEM 2pin」で、それ以外は「QDC」という規格だ
KZの「AZ09」は主にQDCへ対応したイヤホンを無線化できるレシーバーで価格は約3,000円だ。桁を読み違えないでほしい3万円ではなく3千円。激安すぎるだろう?
例えば低音マニア向け・アニメ試聴にもと紹介した同社のZASと一緒に買っても1万5千円あればお釣りが来る。
AZ09の秀逸な点はイヤホンをAZ09に接続したまま、AZ09の充電ケースへ収納できる点だ。比較的大きめなハウジング筐体を持つイヤホンでも収納できるのでコレは便利だと言わざる得ない。
そして「安かろう悪かろうなんじゃないか?」と言いたくなるのもわかるが、・・・まぁ正直言って流石にアタリハズレがある。
小ハズレだと音楽を流せば気にならない程度のノイズが常に小さく乗る。大ハズレだとBluetooth接続がかなり不安定(混雑空間だと少々安定感が悪いのは仕様)。
ただ3,000円なので大ハズレを引けば買い直せば良いし、無線イヤホンの宿命として長期間使用すると必ずバッテリーがダメになり結局いつかは買い直すはめになるので個人的にはそこまで問題視してない。どうせ3,000円だし。
ちなみに「AZ09 Pro」というのもある。価格は約5,000円。
違いはと言えば対応コーデックにaptXが加わっているのが主な違いで、無印AZ09はSBCとAACのみではあるがiOSではaprXは使えないので多くの人は価格も安い無印AZ09で良いと思う。まぁ筆者はAZ09 Pro使ってるんだけど。
ここまで昔話と中華ポータブルオーディオを長々書き連ねたのだが、あまりにも長過ぎるということで自分の中ではボツなのだ。
でもせっかく書いたし供養しようと思って増田へ投稿してしまった。
中華イヤホン有識者センパイは色々と言いたくなるだろうことは予測できるので言いたいように言ってくれて構わないッス。
「BA型じゃなくて今は平面駆動型が」とか「磁力補助駆動静電型も良いよ」とか「僕は、水月雨ちゃん!」とか色々と語って欲しい。
気になったオススメをマジで買うので。自分がオススメしたものを買って貰えるのってやっぱり嬉しいよねっていう。
APEXの上位陣男だけだなぁって思ったので、女性で活躍してる人が居ないかな?って思ったので色々調べたのだが、
基本的に「技術的に素晴らしい女性プレイヤーはいない」という結論になった
上手い人はプレイ講座を出してくれたり、プレイで魅せてくれる人が多いのだが、女性にはそういうのは居ない。
基本的にコンバーターか、代行か、姫プレイで上位に食い込んでいる人が多い
「プレデター」という上位500人しか入れないランクがあるのだが、そこに居る女性は上手いと思いきやそうではない
仲間をキャリー、リードするのではなく、リードされて上位に行ったプレイヤーしかいない。
「プレデター女性」というのはプレミアがあるので見に行くが、実際見てみるとプレイ自体はちょっとうまい配信者レベル。というより、ゲーム配信者だと下手糞レベル。
女性ゲームプレイヤーは肉体的なハンデとかは殆どないのだから、もっと活躍して欲しい。
でも現実は、男性の上位プレイヤーに連れて行ってもらって「ランク上位」って言っているだけ。
間違いなく今の女性プレイヤーは、本当にうまい女性プレイヤーの成長を阻んでいる。
10年後とかに「私たちは差別されていた」ムーブをすると思うけど、女性という下駄を履いて活躍?していた女性が居たことを忘れてはいけないし、
何もやる気ないからYouTubeダラダラ見ていたが、自分はapexとかいう中毒者量産ゲーをやっているのだけれど、今度有名配信者がたくさん出る大きな大会があって。
いろいろなタイトルから人が集まってるゲームだから層が厚いのはわかるけど、上手い人は本当に上手い。
最近コンバーターが話題になってて、確かにそういうの使う人も絶対いるんだけど、普通に人外に上手い人ってやっぱり結構いるからさ。
本当にゲームうま男なやつは、本当になぜそんなことができるのかわからないくらい上手いのよ。
それがわかった上で、自分の限界に挑んでるんだよな。できることが増えるのは楽しい。
それにしても俺は下手くそである。加藤純一とかなんちゃらあくあのが断然上手い。プレイ時間がまだまだ全然足りないってのはあるが。
ゲーム楽しくて上手くなりたくて没頭してると、世の中のクソさとか不安とか忘れられる。
没頭してなかったら、酔ってなかったら、生きていけないよ。
仕事とそういう遊びの分別が、いい年して未だにあんまりついていない。
そのくらい没頭できる仕事してぇけどな。
丁寧な説明をありがとうございます。カメラとしての操作系とかファインダーの見やすさなどを考えるなら、今まで使っていたCANONのEOS 80Dの方が良かったような気がします。ただ、山登りとか長期の海外旅行などで首にぶら下げて歩くときの負担感が半端でなかったので、軽いカメラを求めてα6600を買った次第です。
カメラ屋で相談したときは、私の手持ちのレンズと今まで使っていた機種からしてEOS 90Dを推されたのですが、「それじゃ今までと何も変わらない」と思ってソニーにしました。カメラ屋は有無を言わさずマウントコンバーターを付けてきました。その時は高倍率のキットレンズが付いてきただけでそれ以外のEマウントレンズが手元になかったので良い買い物でした。
私は某写真サークルに属していますが、その中でも熱意や腕前やセンスの違いがあり、一所懸命早起きして有名撮影スポットに出かけ、極力人のいない時間帯に撮影に行って写真を撮ってくる人はマイクロフォーサーズ機でも素晴らしい作品を生み出すことができます。
私はそこそこの機材を持っているつもりですが、「アマチュアなのに睡眠時間を犠牲にして撮影に行くのは無駄」程度の熱意しかないので、仮にお金をかけてフルサイズ機を揃えたとしても、そんなに良い写真を撮れる気がしないのです。
むしろ高性能のカメラを追求するより、気楽に持ち歩けるカメラを持つことで、シャッターチャンスを逃さないとか、身近なところで良い被写体を探す努力をした方が良いのではないかと思っています。その写真サークル内にソニーのフルサイズ機ユーザーが何人かおり、その動体撮影性能に感動したのでソニーにしたところはありますが、フルサイズ機を持つことにこだわるあまり機材が重く、持ち歩くのが負担になってしまったら意味がないと思います。
フルサイズ機と大型レンズの組み合わせの方が高画質の写真は撮れると思いますが、小型軽量というのも重要なスペックだと思います。いただいたアドバイスに対するお答えにはなっていないかも知れませんが、とにかく今ある機材を使い倒すことから始めるのが良いと思っています。「やっぱりフルサイズが良い」と思ったらそれから買えば良いのです。水族館のように光の少ないところで撮ると「APS-C機はノイズが多くてイヤだ」と思いますが、光が十分にある屋外で撮るならば、軽くて持ち歩きが苦にならないというのは大きなメリットです。
ソニーからCANONに戻すとか、ソニーのフルサイズ機を買い足すとか選択肢はいろいろありますが、外出自粛期間からのリハビリとしては、とにかく軽いカメラで写真を撮る習慣を取り戻すのが大事だと思っています。自分でも何を言いたいのかだんだん分からなくなってきましたが、画質オタクになるよりも撮りたいものを撮ることを優先したいというのが今の気持ちです。
Amazonのレビューを見る限りMC-11は対応していると思われます。コンバーターとレンズを持参して、ヨドバシのカメラコーナーとかで「試してみたいです」などと声をかけてみると割と試させてくれます。(秋葉原のヨドバシならまずまいがいなく試させてくれる)
基本的に、レンズをコンパクトに纏めるということは、周辺減光や色収差、樽型歪曲などが起こりやすく、それらをデジタル補正することが前提となります。
そこまでこだわらないよーというのであれば、フルサイズにこだわる理由もぼやけてしまうようにも思えます。
また、ミラーレスは一眼レフに比べると操作系で多くの部分を犠牲にしています。
ただし、一眼レフの操作系はファインダーを覗いたまますべての操作ができることを前提に進化してきたものなので、そもそも液晶を見ながら操作するミラーレスにおいては、タッチ操作など採用によって余計なボタンは削除される方向になりつつあるようです。
実際、α7IIと比べても、α7Cにはモードダイヤルやカスタムボタンなどが減っています。おそらくこの辺は、液晶のタッチ操作でまかないきれるという判断だと思います。
これについては使用目的や被写体によって変わってくると思いますが、実際に店舗で手にとって試してみるのがよいと思います。
フルサイズ信者というのはどうしても一定数いますので、あくまで、自分が何を撮りたいのかということを前提に組み立てていくのが良いと思います。
私の想定とは違う方向性のアドバイスなのですが、CANONの資産を有効活用しつつ、そこそこフルサイズ機が安く買えてAFも爆速とのことですので、参考にさせていただきます。
ちなみに私が持っているマウントコンバーターはシグマのMC-11だと思いますが(記憶があやふや)、これを使えば大丈夫ってことでしょうかね。
現在の環境でもマウントコンバーターを使えばCANONのレンズは活用できる状況なのですが、できればマウントコンバーターなしでカメラに直接レンズを装着し、コンパクトにまとまると良いなというのが私の願望でした。ただ、そうするとひたすらEマウントのレンズを買う必要があり、しかもそれらのレンズはCANON機で使えないので不経済といえば不経済ですね。
ブクマを見ると、思った以上に「とっととフルサイズ機を買え」「やっぱりフルサイズの方がAPS-C機より良い」という意見が多いのですが、今回みたいに突然大胆に小型軽量化しちゃった機種というのは今までの機種にあった何かを省略して使い勝手を犠牲にしている可能性があるので様子見した方が良いのかと思った次第です。
ちなみに私はケチなので、発売されたばかりの新型機をご祝儀価格で買うのは嫌いです。発売後半年ぐらい経って価格が落ち着くべきところに落ち着いてから買いたいです。アドバイスしてくださった増田氏へのお返事だけでなく、ブクマに対する私見までここに書いてしまってすみません。