「牧場」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 牧場とは

2018-10-11

息子がゲーム実況見すぎるのが気に食わない

小学3年生の息子がyoutubeにあるゲーム攻略実況の動画をいろいろと見ているようだ。いや、かなり見ているのかもしれない。ゲームについていつの間にかめちゃくちゃ詳しくなっている。

うちはそこまで自由奔放にゲームができる環境にはしていない。どちらかというと「ゲームは1日1時間」という神の教えを受け継いだルールを定めており「ゲームはやるべきだが他のこともやるべき」というスタンス生活している。

そんな中で、私がゲームしてると息子が横から「あっ!その先に行くと○○があるよ!」とか、「左の方にいるアイツを倒すと△△がゲットできるよ!」などと教えてくれる。すべてゲーム攻略実況動画で得た知識だ。ほんとめちゃくちゃ詳しい。とても細かく教えてくれるので、よくそんなことまで知ってるなと感心しきり。自分が持っていないゲームプレイしたことのないゲームのこともかなり知ってる。

「ハッハッハ詳しいなあ 記憶力いいなあ 我が子は天才かな?」ぐらいに思っていたが、次第にその容赦のないアドバイス 言葉を変えるとネタバレラッシュがちょっといろいろとまずいこともある気がしてきたので説明をした。

まさか小学三年生に、相手が望まないネタバレが人体に与える影響について語る日が来るとは思ってもいなかったが、今後の彼の人生をより円滑で円満ものにするために「ゲーム自分で謎を解くのが楽しいから答えが先に分かっちゃう面白さが半減するし、それを嫌がる人もいる」とか「聞かれたら教えてあげればいいけど、聞きたくない人もいるかもしれないから気をつけること」などと説明し、本人も理解したようだった。

気になるのは、彼が自分プレイしたことのないゲームに関してまで答えを知ってしまっていることだ。そしてやった気になっている風にも見受けられる。以前、youtubeで見たゲーム面白そうだから欲しいとしぶとくねだられたので、小学生的なノルマを課しその報酬として購入してあげるという取引きをしたところ、彼は努力してそれを達成したのでスライムランチャーというゲームを買ってやった。

しかし見ているとそこまで夢中になっているような感じでもなく、結局、スライムランチャーを一番プレイしているのは私であった。毎晩寝る前に牧場を整備し自動化デコり、翌朝その成果を息子に報告した。息子はすごく嬉しそうに聞いてくれた。

それはそれでいい。とても幸せなやり取りだと思う。ただ、なんというか得体の知れないモヤモヤがどうしても拭えない。

息子を見ているとなんだか「ゲームは誰かがプレイしているのを見るもの」という価値観デフォルトになっているように感じる。それが、私が持っている感覚に相反するものなのでどうしても気になる。

私はこれまでの人生、たくさんのゲームを自らプレイし、たくさんの感動を得てきた。それが他人プレイ動画代替できるものだとは、到底思えない。そして、それを息子に伝えたい。価値観押し付けは良くないのは分かっている。私の価値観はとても古臭くカビの生えた根性論なのかもしれない。

でも。

あの感動をダイレクトに味わえないのは、せっかくの人生における重大な機会損失な気がして仕方がない。

どうしたもんか。mn3

2018-10-10

キモいから叩く、排除~って

水脈さんと一緒じゃんか。

まあLGBT性的欲求マイノリティーってだけで、性的魅力はあって、他者から承認はされてるし、繁殖主義の方から敵意を向けられることも多いだろうが、味方もできやすいだろ。

今回の件で声上げてるオタク側?も、反撃できる元気があるだけいいよ。

本当にキモい人間は味方もいなくて、声も上げず。もう全方向から叩かれて、疲れきっていて、ただひっそりと暮らしていたいだけなんだがね…。キズナアイとか、くそほどどうでもいい。

存在してるだけで叩かれて、本当に疲れるよ。なんで生まれたんだっていつも思う。

結局、この世は遺伝子繁殖牧場しかいから、劣等遺伝子保有者って一目でわかるキモメンキモガール地獄だ。

ダウン症発達障害、先天性の病、顔面偏差値一定レベル未満の人間強制中絶くらいにしてほしいよ。

2018-09-16

死と骨と

私が最初に「死」を知ったのは、たぶん3〜4歳のとき

家族長野県にある小林一茶記念館で、親から小林一茶は死んでいる」ことを聞かされた時だった。なぜかその時のわたし小林一茶に親しみを感じており、かの一茶が既に「死んでいる」ことに大きな衝撃を受けたのだ。死ぬことがどういうことかよくわかっていなかったと思うが、自分の興味・親しみの対象がこの世から無くなってしまうことがあるのだと理解した(幼い子供は、あらゆる意味においてものごとが未分化状態にある。死という自分対象を引き裂く現象は鮮烈だったのかもしれない)。

その後も、私にとって死との遭遇は特異なものであり続け、不思議と私の興味をそそった。

5歳くらいの頃、家族高原ドライブに行ったときに、死に出くわすことがあった。

車を運転していた父が「あそこに死にそうな牛がいる」と、突然言い出したのだ。

父は路肩に車を停め、数百メートル先の牧場の牛舎を指し、ほらあそこに倒れている、という。私はどこどこ、と後部座席から乗り出してその牛を探した。

結局私は父がどれを指しているのかわからなかったが、家族4人で数分間じっとその牛のいる方向を見つめていたときわたしは何か畏れ多いものに触れるような感覚を覚えていた。

ドライブの帰り道も、帰宅した後も、あの牛はどうなってしまったんだろう、なんで死んでしまうんだろう、と想いを馳せていた。生き物の死に、ぼんやりとした悲しさと寂しさを感じていた。

また、こんなこともあった。小学校低学年の頃だったか実家敷地には昔、古い木造倉庫があった。祖父が細々と農業をしていたため、中には農耕具が雑然と積まれホコリとタールのにおいがしていた。その倉庫家族で片付けたときに、中に積まれていた段ボールの中で野良猫が息絶えていたのを、父親発見したのである

私は猫好きだったこともあり、死骸を見てしまたことにショックを受けた。と同時に、私は生き物の死に対してかすかな好奇心が湧き立っていたことに気づいていた。

当時の私は化石好きで、そこから派生してどういうわけか生き物の「骨」に異常な興味を持つようになっていた。道端に転がっていた骨らしきものを家に持ち帰り、これはなんの骨だと父に詰め寄ったこともあった。家の庭の土を掘っては、何か骨が出てこないかしたこともあった。

父達が猫の死骸を見つけ、枯れ木と共に段ボールごと燃やすという話を聞いたとき、実を言うと私は燃やした後の猫の亡骸がどうなるか知りたいという強い気持ちに駆られていた。もっと言えば、あの猫の「骨」がどうしても見たくなった。

時間後私はこっそり家を抜け出し、ことの始末を見に行った。枝で白い灰を探ると、何本も細い骨が出てきた。私はそのうちの1本を取り出し、家に持ち帰った。

骨は思った異常に軽く、脆く、青白かった。

自分の期待していた骨はこんなんじゃない、という落胆と、こんな形で容易く骨を手に入れてしまった自分に、ひどく失望した。それに耐えきれなくなった私は、結局その骨を元の場所に戻した。

それ以来、骨の蒐集への熱はパタリと止んだ。


しかし、骨は呪いのように私につきまとっていたようだ。

小学校高学年のとき、あるきっかけで小学生が書いた文集を読むことがあった。その中には身近な人を亡くした子どもたちの体験記が綴られていた。自分と同年代の子供が自分祖父母や親の死に直面し、火葬に立ち会う場面が幾度となく描写されており、当時の私に大きな衝撃を与えた。自分と歳も変わらないのに、そんな究極な場面に遭遇する子どもがいるのかと。

見事に骨への興味が再燃した私は、その頃普及しつつあったインターネットで、火葬場の仕組みや火葬場の写真検索した。調べれば調べるほど、人間の骨をこの目で見たくなった。

ちょうどその時期に父親が突然亡くなり、火葬の場面に立ち会うことになるとは、本当に皮肉なことだった。

40歳前半で死んだ父の骨は痛々しいほどそのままの形をとどめていた。金属の焼けたような鋭い匂いは、大人になった今でもあの記憶と共にかすかに鼻腔に甦ることがある。その場面は、11歳の私にとってあまり凄惨光景であった。頭蓋骨の2つの眼窩ポッカリ空いているの見た私は、もういい、許して、と心の中で叫び、浅はかな興味を持った自分を呪った。



あれから15年以上経った。今、比較的人の死に身近な仕事をしており(葬儀関係者ではない)、時には身寄りのない人の遺骨を扱うことも少なくない。

この前、つい好奇心に駆られ、事務所で保管している骨壷の蓋を開け、こっそりその中身を見てしまった。

やっぱり自分は変わらないな、と苦笑するしかなかった。

こわい、でも、みたいしりたい。自分の中で死と骨は密接に絡み合い、私を捉えて離さない。

2018-09-06

anond:20180906145126

増田がどこ住みかは知らんが、北海道牛乳の一大生産地だよ。

牛乳には子供の成長を促す栄養素とホルモンが入っている。

女の子牛乳を飲むことにより胸部に栄養を蓄積していく。

今回の地震により牧場冷蔵設備ダメになり、出荷しようとしていた牛乳の廃棄が相次ぐようになるだろう。

それは最終的に国内での深刻な牛乳の品薄状態を招く。

牛乳は高騰し、女の子牛乳を飲まなくなり、女の子の胸部に栄養は回らなくなる。

するとどうだ? 増田が好きな女の子動画の胸部が、大分貧しくなってしまうだろうよ。

しか直ちに影響はしないかもしれない。けれども、日本未来には重大な影響を与えているんだよ…!

2018-09-03

ケフィアで思い出すJM牧場

https://anond.hatelabo.jp/20140207230856

殆どネット情報が残っていないので、

破産手続開始決定 負債総額:約4億600万円

https://www.data-max.co.jp/2008/05/21/jm.html

今も同じ場所で別のご商売をされているようですが。

2018-09-01

anond:20180901052606

あぐら牧場も、ケフィアかぼちゃの馬車も、その事業がもし本当に上手く行っていたら、クロにはならなかったよね。

例えば、空前の牛肉消費ブームが起きて、猫も杓子も牛肉を求め出したら、あぐら牧場は今も続いていたでしょう。

かぼちゃの馬車だって、突然、世界中女性格安シェアハウスを求めて移住してきたら、被害者は今頃ウハウハだったんだよ。

これらの事例に共通しているのは、「未来の不確実性」を盾にシロクロつけられないものをシロだ、シロに違いない、シロになるだろう。

と期待させて騙してきたわけ。

これを無くすには、ヒトを騙してでも金を稼ごうとする欲望を消し去る以外にはない。

資本主義社会を無くし、貨幣過去遺物とする。

誰も働いて金を稼がなくても、ほとんどのものが手に入る時代になれば悪は消え去るだろう。

2018-08-10

コバルトブルー

明け方の空の色がとても似合う街。鳥のさえずる声と走る車のエンジン音は閉めっぱなしの窓が遮るが、なんとなく感じる。初夏の明け方の街はコバルトブルー。優しさと淋しさが半分半分の色。だけど果てしない色。まだ私が中学生の頃、初めてこの季節の空の色を意識した。その時にどう感じたのか思い起こそうとしたが覚えていない。だけどぼんやり思うのだけれど、明け方どんよりした気分になって疲れた気持ちなる。だから早く日が昇ってしまってほしい。

当時、夕暮れの茜色は私をひとりにした。母子家庭一人っ子だった私の母の帰りは日がまわってからだったので、毎晩ひとりで夕食を済ませ風呂に入り、眠りにつく。その繰り返しはいつも夕暮れに始まる。

ある日の孤独な晩、ベッドの上で眠れない私の片方の耳からビビビと聞こえた。蚊がでたな、そう思った。何か、羽のある小さな虫が羽をこすり合せるような音。

ひとりになると私は、誰から必要とされていない気がして虫の声すら聞きたい気持ちだった。虫でもいいから話し相手になってくれないかな。私は一面の緑の中に咲く孤独な花、この空からきっと嬉しく思われている。祝福されている。虫も喜んでくれる。

眠れないので、そんな素敵な世界の中に牧場を創り、羊を数えることにした。

ちょうど私が羊を7匹数えるとビビビと虫か鳴く。42匹目でビビビ、49匹目でビビビ。その音は優しくどこか懐かしく感じて、91匹、98匹、105匹目でその音は蚊の鳴く音ではないことに気がついた。耳鳴りなのかもしれないないと思いながらも確実にやってくるビビビをいつの間にか歓迎した。何度めかのビビビを聞いて私は眠りについた。

翌日もベッドの上で私は羊を数えた。だけど今夜、ビビビは来てくれなかった。私はとってもさみしい気持ちになって涙の海を作った夢をみた。

得体の知れないさみしさが、私の周りに海のように在って、私はとてもさみしがり屋だから私の周りの海はとても広大で果てしない。たまに舟がやって来て、それが紛れることもあるけれど、舟はどこかへ行ってしまったり沈んでしまったりで、私はコバルトブルーの海に浮かぶ孤島。朝になればコバルトブルーが白く覆われて孤島の周りに島が浮かび上がる。それまでの一晩中、ビビビと鳴くのは私の体。

本当はいつもビビビって鳴っているのかもしれない。だれかといる時も、ビビビと鳴っているけど、それは聞いていないだけなのかもしれない。

ビビビと鳴るたびに、なんだか安心してしまう。

心に感じるさみしさを埋めるように、ビビビとは、自分で創った音なのかもしれない。さみしさという海を畏れ、近寄ろうとしなかったが、さみしさに寄り添いあえば、さみしさはビビビと鳴き音を立てて、私を広大なその海で包んでくれて、ほら、もうさみしくないねって、ビビビは聞こえなくなっちゃう。

「こんばんは」

深夜に母がまた違う男を連れて帰宅した。明け方コバルトブルーに包まれて私は羊を数える。

2018-07-30

anond:20180730102229

そもそも恋愛・性欲切り離せる問題ってか、ズーフィリアってのは性欲だけハナシです!ってコトならそもそも俺の言及まるごと無視していいよ。リビドーは変えられないしどうやっても理解できないから。

LGBT場合は、人によっては恋愛観の面で共感することもできたので理解が及んだし、認められないのはつらいだろうなあと思えた。人間自分経験したことしかからいからな。エゴい。

ズーフィリアの人に関しては、法律がもうすこし整備されてウシや馬や犬なんかの風俗ができるといいね牧場みたいで楽しそう。

2018-07-19

anond:20180719100125

婚活という環境からそうなるんじゃないのか

ツラと若さがあればOK牧場、という需要婚活の外側にはありそう。

それで恋愛できたり結婚出来たりが幸せなのかどうかは知らん。

2018-07-06

製菓会社関係者によると、この工場では始業時刻の1時間~1時間半くらい前の出社が慣例になっているといい、颯人さんが定刻の30分前に出勤しても上司から社長出勤やなあ」と叱られていたという。

規格外チョコレート牧場提供するため、上司から「また牛のえさをつくってるんか」などと大声で怒鳴られた。

叱責(しっせき)は毎日のように続き、会社を辞めたいと伝えると「辞めたらもうおまえの学校卒業校)から採用しない」などと言われ、工場内で泣いていたこともあったという。

出典

神戸新聞NEXT総合|20歳男性自殺「過労パワハラで鬱」母が労災申請

2018-07-02

捕食者について

捕食者について、初めて読んだのはずいぶん前のことだ。十数年になるか。当時はへぇ面白いなとは思ったが、そのまま流した。まともに受け取らなかった。SFチックな話だといった程度の受け止め方だった。

そしてそれなりにいい歳となった今、改めてカスタネダ無限本質」を読み返してみると、今もなお私の心に響いてくる何かがある。突拍子もないフィクションだとは流せずにいる自分がいる。

  • 人の心には二種類がある。本当の心と捕食者の心。
  • 捕食者の心は苦悩と葛藤をもたらす。それが目的だ。苦悩と葛藤から人間は良質の感情エネルギーを生み出す。
  • 人を無意味行為に駆り立てる。およそ実現不可能な望みを人に抱かせ、それに向けて人は努力を重ねるがそれは結果に結びつかず、徒労となって終わる。人は絶望を感じて終わる。

今これを書いていて思ったのだが、成功者のいないマネーゲームシャインフェルド)を思い起こさせる。

ドン ミゲル ルイスロバート モンロー、EOも同様のことを書いているのだという。

ロバート モンローはヘミシンクを用いて「見た」のだろう。

捕食者という概念は多くあるものではない。

これを認識することが捕食者から脱するための大きな一歩だというのはたしかのその通りだ。

もしこれが本当のことなのだとしたら、私はすさまじいことを教わったことになる。たとえフィクションでも実際に私の人生に大きな影響を与えたことに変わりはないというReviewerがいたが、全くその通りだ。

2018-07-01

anond:20180626153040

老人牧場ならあるのでは

老人を飼って、過剰な医療を与えてお金を儲けたり、前金や家賃サービス費用名目でむしりとって

ゴージャス監獄に閉じ込めたりする。

2018-06-03

ベルサリア・オヴェリスは見た

 わたしベルサリア・オヴェリス。ひょんなことから王女になってしまって、愛する弟と離れ離れになってしまった悲しい女。いいのよ、笑って頂戴。

 わたし王女からいつも護衛の人がついているの。具体的に言うとミルディンがわたしの護衛になったのよ。別に大きな不満はないわ。イケメンだし、気がきくし。ただちょっと真面目すぎるのよね。わたしには自由がない。最近はそう感じるわ。

 日々の生活に飽き飽きしていたわたしは城から抜け出す方法をいろいろ考えたわ。でもどの方法もうまくいきそうにない。ミルディンの他にもわたしの見張り役はいるの。プレザンスとかウォーレンとかね。だからわたしはもうちょっと強引にやってみることにしたの。

ドミニオン!」

 時間を止める魔法わたしは使った。さすがにハボリムさんから奪ったペトロクラウドを使うのはためらったので。わたしミルディンが用を足してトイレから出てきた一瞬を狙ったわ。ミルディンはわたしを見て「なんです?」という顔をしたけど、何も喋ることはできない。時間が止まっているのだからわたしが城を抜け出そうとしていることだってからないでしょう。

 それからプレザンスウォーレン時間も止めてやっと城を出ることに成功したわ。王女が竜言語魔法を部下に使ったなんて知られたら大問題だけど、時間が止まってしまった彼らには何が起こったのかもわからないはず。わたしの部屋には鍵をかけて、ドアに「就寝中につき起こさないように」と張り紙もしてきたわ。帰ってきたら今度は彼らと顔を合わせないようにして背後からドミニオンを使って時間を止め、何事もなかったかのように部屋に戻り、しばらくしたら今やっと目が覚めたといった様子でミルディンに顔を見せればいいんだわ。

 外の空気はとてもいい。自由っていいわね。そうは言ってもわたし王女。顔は知られているし、多少の変装もしなければならないわ。人目を気にしながら、隠密のように気配を消し、わたしは誰にも見つかることなく話のわかるアロセールの家に向かった。アロセールわたしを見てびっくりした顔をしたけど、すぐに話を理解してくれたわ。わたしアロセールの服に着替えた。

今日一日だけ!」

 わたしは街に繰り出した。市場を歩きまわり、それから住宅地のほうへ歩いていく。人々の生活も活気が出てきたわね。知らないおばさんからアメちゃんももらったわ。最近たこ焼きブームらしく、羨ましそうに屋台を眺めていたら汗だくの店主が3個も味見させてくれたわ。なんて素敵な食べ物! 素敵な人たち!

 どんどん歩いてわたし郊外カノプーの家の辺りまで行った。遠くから眺めていると何か棒状のものを抱えたカノプーが出てきたわ。数歩歩いたと思ったら空を飛んで牧場の方に向かったようだった。わたしカノプーに気づかれないようにして追いかけた(わたしテレポートだって使えるのよ!)。

 そこはガンプが経営している牧場だった。カノプーはあっさり侵入すると(だって翼人からね)、とある小屋の横に降り立った。きょろきょろ周りを見回し、足音を殺しながら入っていった。明らかに怪しい挙動だったからとても嫌な予感がしたわ。でもカノプーに限って……

 数分すると何かを縄で引いて出てきた。よく見てみるとベルJrじゃないの! カノプーの手には麻酔銃らしきものが! レンドルに借りたのかしら? いいえ、そんなこと今はどうでもいいわ。カノプーは麻酔銃でベルJrを動けなくすると、縄で縛って小屋から引っ張り出してきたのよ、そうに違いないわ。カノプーはさっと飛び上がって家へ戻っていった。

 そこから先のことはわたしには何も言えない。でも後から聞いた話だと、カノプーはたこ焼き屋で一儲けしたそうよ。ミルディンはおいしかったって言ってた。ああ、神様

2018-05-23

anond:20180522225503

自分もまったく同じような遊び方とか人数増加でやってるなあ。

おっさん同士で温泉地行ったり僻地キャンプ場強襲して(泊まりはしないで)BBQ燻製だけやってみたり(40代ですまん)、渓流で石ころ品評会してみたり(なんか40代ですまん)、小岩井牧場で「うるせえソーセージだけあと二皿だ!」って注文したり(ほんと40代ですまん)。

史跡旅行に行っても本能寺で「匕デョシゎ走った…… ノッブがまってる…… でも……もぅつかれちゃった…でも…… あきらめるのょくなぃって…… 匕デョシゎ……ぉもって……がんばった……でも……ネイル…われて……イタイょ……ゴメン……まにあわなかった……」とか馬鹿言ってゲラゲラ笑ってたりしたし。

ボドゲサークルで全国にサークルメンバーいるので(オンラインサークルなので)、地方遠征して地方の過疎温泉旅館でその地方メンバーと合流してバカゲームしてたりするし。

楽しければそれでいいじゃん……。確かに宿の人に異常に気を使われたりする(いいんですか、うちの宿はそんなに良い温泉もないですけれど、とか、近くに観光地少なくてごめんなさいとか)こともあるんだけど、旅行楽しいってそういうことばっかじゃないと思うんだけどなあ。

名古屋に行ったときモーニング食べ歩きだけで三日とかつかっちゃったし。むしろ逆に内容なんてくだらなければくだらないほどいいと思うようになったよ。

2018-05-14

anond:20180514153010

ほら目を閉じて、大牧場にいる自分想像するんだ 音が聞こえるだろう、羊たちの悲鳴

anond:20180514151145

ほら目を閉じて、大牧場にいる自分想像するんだ 音が聞こえるだろう、羊たちの悲鳴

anond:20180514144853

ほら目を閉じて、大牧場にいる自分想像するんだ

音が聞こえるだろう、羊たちの悲鳴

anond:20180514140939

音に聞こえる大牧場

・「音に聞こえる大牧場」と言う名の居酒屋

・オトニーキコエール大牧場の誤字

屠殺叫び声が常に響き渡る大牧場

・「おお牧場みどり」を勘違いしている

答えはどれか

anond:20180514100125

横だけど「音に聞こえる大牧場」ってなんだ?

anond:20180513211925

音に聞こえる大牧場で働いていた時もそうだった。取り締まれ

2018-04-26

東京地方との格差」に対する違和感

「底辺校」出身の田舎者が、東大に入って絶望した理由(阿部 幸大) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

上記記事の内容を大まかに説明すると、教育における「親の年収格差」に加えて、「東京地方との格差」も大きいのではないかというものである

主張として同意できる部分があるものの、やや違和感を覚えたので増田に記したい。

上記記事阿部氏は、東大入学時に、阿部氏と同級生との家庭環境の違いにショックを受けたようだが、私の場合大学より前の高校入学時点でそれを体験した。

私は、公立王国である地方某県No.1高校から都内の某文系国立大入学した。受験難度的に、東大より下だが早慶よりは上の大学である

(大学卒業から10年以上経過している。)

まれから上京するまで、築30年以上2Kのアパート家族4人で過ごした。当時は受け入れがたかったが、控えめに言っても貧乏な部類に入る家庭だった。

地方と言えども、県No.1高校ともなれば、同級生の親は医者弁護士経営者等が多数を占める。大規模な牧場経営者などもいた。一流企業サラリーマン割合的に少なかったと思う。

(地方場合一流企業サラリーマン東京本社から単身赴任しており、子供東京に残しているケースが多いのかもしれない)

親の平均年収1000万を超えていてもおかしくない。言わば地方豪族である不動産価格物価が低いにも関わらず、年収は高いわけで、可処分所得東京の一流サラリーマンより多かっただろう。

私の家庭は貧乏だったので、高校同級生は違う世界の住人なんだと感じたものである

阿部氏の場合高校ではそうした格差を感じなかったのだろうか?

もし感じなかったとしたら、高校偏差値はあまり高くなく、何年かに一人現れる神童タイプだったのだろうか。

阿部氏は釧路出身とのことだが、釧路トップ釧路湖陵高校北海道全域で見れば、札幌光星札幌北・南・西・東などの高校なら、おそらく親の平均年収も高いはずだ。

まり地方の中でも平均年収教育関心の高い層が存在しているわけで、地方が全てダメというわけではない。結局のところ、「東京地方との格差」というよりは、「親の年収格差」のほうが遥かに大きいのではないかと感じる。

阿部氏の言うように、地方特有の閉塞感、都会に出るのを否定される空気は確実に存在するし、県どころか、町を出るのすら反対されることも少なくない。だが、こうした傾向は、年収の高い家庭、平たく言えば合理的思考ができる家庭においては当てはまらないことが多い。やはり、「親の年収格差」なのである

念のため説明すると、地方場合東京港区のような「年収が高い人が住むエリア」が少ない。というか、年収と住むエリアが密接にリンクしておらず、年収の高い層が片田舎に住んでいることが多々ある。東京なら、年収の高い層が港区田園調布などに集中しているのかもしれないが、地方場合、それぞれのエリア東京ほどブランド化されていない。「お金持ちの住む街」、「ガラの悪い街」という区分けが、そこまで明確には存在しないのだ。

繰り返すが、エリア格差よりも、「親の年収格差」のほうが大きいと思う。

まぁ、とはいえ、地方受験産業が発達していないのは事実である東京では有名なSAPIX地方ではほぼ見当たらないし、中学受験一般的ではない。受験してまで通うに値するような私立中学がない県も多いし、あったとしても、中学はあまり重視されていない。地方で重視されるのは高校であり、出身大学より出身高校学歴意味を持つことも多い。「どこ高?」とは聞かれても、「どこ大」と聞かれることは少ないだろう。

そうした意味で、阿部氏の言う「東京地方格差」に一定の理解はできるものの、それでもやはり、「親の年収格差」のほうがクリティカルな要因だと思う。地方年収が高い層は、地方の衰退していく現実直視しているし、子供東京の一流大学に通わせることへの抵抗が少ない。地方の有力経営者場合、いずれは子供会社を継がせる意志があっても、まずは東京大企業修行してこいというパターンも多いだろう。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん