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はてなキーワード: 起源とは

2017-09-20

anond:20170920194439

オタク」の言葉起源をたどればコミュ障なんて話にはならんよな

破産様になってすいよう

まずは根と会うためにラケットを買ってくれ。コートに入るためのポケットだ。四次元はない。根の前にはぐれた龍すべてを氷河期する。

根は冬に見合う様々な穴を蔓延る。起源仮定、いつまでだって没。死に方がわからなければ重なりに震えよう。ときトラックが立ちはだかるかもしれないが、自販機ならボッチでいられると青ざめている。

黒潮マグロ暖流で支払う。きっとあなたは成長したハマチサザエを持ち、田舎に立つ喜びに泣き咽ることだろう。多くの魚をこなせば、浜で自炊することも、弓の合う鳥とゾウリムシを求め旅立つこともできるようになる。少しだけ死んでくれ。

根はあらゆるゾーン存在する。あるときは糞便のコーン畑、あるときは如雨露蜘蛛のふところ、またあるときトタン屋根の錆として。さあ、落人の時間だ。自販機とのが待ち遠しい。根が自販機のご破産様になってすいよう。

2017-09-18

ヒトをルーツ差別する人

ヒトのルーツ理由差別をする人は、"ヒトのルーツ"をどのように解釈しているのだろうか。

親の親の親くらいまでがヒトのルーツなのか。それとも日本黎明縄文弥生時代までがルーツなのか。はたまた、人類起源と言われるアフリカまで遡るのか。

よく分からないけど、ルーツ理由差別をするのは不毛なんじゃないかと思う。

水原希子さんの騒動(?)を見て読んで、金城一紀『GO』が頭の中で回想された。

ルーツって難しい。

毒親という言葉起源とは何ですか?

onimotu1478さん2015/10/1215:30:36

毒親という言葉起源とは何ですか?

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ベストアンサーに選ばれた回答

tg777littleさん 2015/10/1315:23:16

スーザン・フォワードというセラピスト(心理カウンセラー)の方が起源です。

著者「毒になる親」により、さらに広まっていきました。

それから毒親という言葉日本でも知られるようになりました。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13151366868

Toxic Parents by Susan Forward. Bantam Books, Inc.,1989

https://www.amazon.com/Toxic-Parents-Overcoming-Hurtful-Reclaiming/dp/B000U2Z0WQ

毒親(1989~)

2017-09-17

anond:20170917102216

うそ

漢字が漢の字と書くから中国の漢に由来する字だと勘違いされがちで

左翼教師はそこを悪用して漢字中国起源だと嘘をつく

主人公が変なTシャツを着てるマンガ

聖☆おにいさん』とか『僕のヒーローアカデミア』とか、主人公が変な文字の入ったTシャツをよく着てて、それが小ネタになってたりする。

主人公以外だと、『よつばと!』の風香とか。

他にパッと思いつくのだと『背すじをピンと!』『ヒナまつり』『ちはやふる』あたり。

変なTシャツキャラ起源ってなんなんだろ。わかる人いたら教えて欲しい。

ここに挙がってない作品を挙げてくれても可。

2017-09-14

https://anond.hatelabo.jp/20170913234644

「ふむ、"絶対結界"か。これはちとやっかいじゃ」なんて相手評価したりする。

しかしそうしないと敵が新しい技を出すたびに、

「な、なんじゃ あの技はーー!」

「ぬう、あれぞ世に聞く"絶対結界"」

「知っているのか、雷電!」

……というやり取りが必要になることは言うまでもない。

      ――民明書房刊『ワザの起源中国武術スキル~』より

2017-09-05

anond:20170905015534

起源

正確な時代不明だが、ずっと昔、まだどの学校も陸の上にあったころに、来るべき国際化社会のために広い視野を持った人材を育成し、学生自主独立精神を養い高度な学生自治を行うために、これから教育海上で行うべし、と唱えた人物がいたらしく、その人物私費を投げ打って最初学園艦を作ったらしい。

こうして作られた最初学園艦は良好な結果を挙げたほか、様々な災害にも強いことが分かり、次々と学園艦が作られることになった。

その歴史は非常に古く「大航海時代から続く学園艦」や「400年の伝統を誇る学園艦」なんてものもあり、欧州では少なくともローマ時代には学園艦があったとシーザーが書き残しているとか。

他にも、海洋国家たるヴェネツィアは古くから学園艦があったらしく、同じく古くから学園艦があったイギリスが、今のような学園艦を完成させたといわれている。

また、近年においては産業育成の名目もあり、巨大な学園艦を建造することによって重厚長大産業活性化させ、国を豊かにするという目的もあった。

これでいいじゃん。

2017-09-03

独身税の話あるけど

元の主張からはずれるかもしれないけど、 子供の育成にかかる費用社会全体で負担すべきという考えには賛成している。

(ここから先は明らかにディストピアSFの話です)

そもそもの始まりは親子の関係が、 人類起源(よりもずっと前)から存在する社会的特別人間関係から それに引きずられた社会システム上(経済上)の問題がいつまでたっても解決できないのではないか

からこそ、 親子の関係特別視することをやめるほうに進むべきではないかという主張だ。

民族風習や個々人の生まれによってはそうではないこともあるが、 現在の主要国のほとんどが親が子を育て、 子は親に育てられることが当然のこととして社会が成り立っている。

生みの親と育ての親が違うということはあるし、 いわゆる孤児というかたちで育った人もいるが、 社会的には弱者(少数派)としてとらえられることが多い。 (実際どうかではなく、多数派の人々が彼らにその社会観を押し付けるのだ)

そういう価値観のもと社会形成されているので、 親は子供を産めば育てなければならない義務を負うことになり、 子供も親に育ててもらっている以上、 家族として拘束されるという力関係生まれる。

子供が一人、成人するまでにかかる費用は莫大だ。 実際のところ、日本でもこの経済的問題認知されていて、 教育費の無償化子供手当、だとかまあ色々な経済対策は取られている。 (独身税というのが導入されるとしたら、この一環になるだろう)

ではなぜ親が子供を育てるのかという議題もあるが、 それは人の価値観それぞれなので省略する。 ここでは、教育無償化子供手当さらにいうと独身税とやら)を負担する社会側にとって、 出生率が下がり人口バランスが崩れることが、 社会全体にとってリスクや損失になることを考慮しておく。

では、親が一切子供を育てる費用を出さなくてよいと仮定してみよう。 これなら子供出産できる環境にある人が、 経済的理由で出生を拒むことはないだろう。

残念ながら、子供が一人で生活していくことも困難だ。 そもそも働くだけの十分な能力を持っていることは稀で、 能力が十分だったとしても、児童労働法律制限されている。 他、子供は多くの社会的活動に「親の許可」が必要だ。

親は子供を育てることで、かなりの経済的負担を強いられているが、 子供はそれ以上に親によって自分人生を左右されているのだ。 (奪われていると言っていい)

の子育てに対する経済的負担の軽減は、当然主張されるべきことだが、 これは、親が子供人生にどれだけ影響を与えるか考慮しなければならない。

親ではなく社会子育て経済的負担を支払うようになるなら、 親が子供から搾取しないことが担保されなければならない。 仮に子供を産んでから成人するまでの費用育児時間含)を100%社会負担するなら、 親が子供職業選択や進学選択に口出ししたり、 老後の介護を期待することはナンセンスになる。

ここまでの主張はこういう形でまとめたい。

という認識のもと、生みの親・育ての親に対して十分な報酬を与え、 さらに親が子供自分の所有物だと誤解しないように、 子供経済活動社会側が支援し、親に搾取されないようにする必要がある。

かつて、生まれによって土地仕事制限される時代があった。

今では私たち自由経済活動謳歌できるようにっている。 職業選択自由になり、手続きを踏めば住居の移動や国籍を変えることだって不可能ではない。 同性婚は認められつつあり、かつての社会的性差による不自由は取り払われてきている。

次は親子の関係による不自由が取り払われるべきではないか

親子の関係から経済的な拘束を取り払おう。 そして、出産育児に携わった人に対して社会から十分な報酬が支払われるようにしよう。

さて、最後にここまでの話を前提のもと、具体的な施策をまとめる。(時系列順)

おしまい

2017-09-01

[] TGIF

TGIFティージーアイエフ)は、英語の「Thank God, It's Friday.」(ありがとう神様今日金曜日だ)という句の頭字語。

仕事学校が終わる金曜日、無事に金曜日を迎えられたことや来たる週末を祝う目的で用いられる。

この頭字語は主に電子メールテキストメッセージ上で用いられる。この言葉起源1960年代まで遡る。

最初にこの言葉を用いたのは1965年設立レストランT.G.I.フライデーズである

https://ja.wikipedia.org/wiki/TGIF

2017-08-31

新興宗教入信について考えるときおすすめしたい映画がある

また美人な子が千眼さんとこと一緒の神様信仰していることを明らかにした。

実際に信仰心が強いのかとか、芸能事務所から逃れるための権威頼りなのかは置いておくが……

まず新興宗教のことを新宗教とか言う人も居るが、権威を示したいがための分類なのでこの記事ではまとめて「新興宗教」とする。

新興宗教の成り立ちは色々あるが、急速に拡大を遂げたのは戦後の波乱の時代である

第一宗教ブームだ。PLや創価もこのブームに乗ってフィーバーした。

まりは人々が不安なところに寄りそう神様誕生(拡大)したとみて良いだろう。

昨今、奴隷契約を取り沙汰される芸能人勧誘が広くなることは不思議では無いが

東日本大震災を機に、よくは知らないが新興宗教繁栄をみせているのではないか

さて、そうは言ってもあなた神様否定することはしませんよ。

どの神様だって教科書で習った通り、起源を辿れば大体似たようなもんです。

ただ一度、考えてみてほしい。『神様』ってなんですか?

それについて、否定肯定もせず考察する面白い映画がある。『PK』というインド映画。いわゆるボリウッドだ。

『きっとうまくいく』というボリウッド映画の傑作も話題を呼んだが、そのスタッフと主演が手掛けている。

その映画を見た人なら似たようなもの想像してくれればいい。コメディ映画でありつつ社会にメスを入れるような作品だ。

笑って何故か踊り笑って何故か歌い笑って踊るようなTHEインド映画だ。

『きっとうまくいく』の成功からか『PK』も大ヒットしたらしい。きっとうまくいくが当時インドナンバーワンだったはずなんだけど、それを上回ったとかなんとか曖昧だが、なんとなくインド業界の『君の名は。』だといえばいいだろうか(いろんなところから怒られそうな表現)。

PK>とは主人公がそう呼ばれるのだが、「酔っ払い」を示すらしい。インドスラングか、「飲んだくれ」とか「虎」みたいなものだろう。

しか主人公酔っ払いなのかというと、違う。実は宇宙人なのだ

人間と同じ形をした宇宙人はなんとなく地球に降り立ったのだが、宇宙船コントローラーインド人に盗まれしまった。

素っ裸のままインドの街に行く。言葉も分からないなか、新興宗教教祖おっさんに拾われ、言語知識通信入手するために手を握ろうとしたら変態扱いされ、ムラムラしてんのか?とおっさん風俗に連れて行ってもらい言語を入手。

そんな中「神様に頼めばなんでも叶えてくれる」ということを聞き、「神様コントローラーを戻してもらおう」と神様めぐりを始めるのだ。

インドはめちゃくちゃ神様が多いようで、熱心な人も多いらしい。

主人公はあらゆる神に入信し、貢ぎ、一文無しになりながら叶えてくれる神様を探し続ける。

するとコントローラーが見つかった!神様のおかげだ!しかしそれを持っていた神様が返してくれないのだ。Why!?

まり見るからに貴重品なので返してくれないんですねぇ 新興宗教代表様が。

日本でもそうなように、「神様」「教祖様」はまぁ大体死んでる。生きてる(設定)としても実際に触れる距離で会うことは出来ない。降霊しても本人では無い。エル・カンターレのように最早人間ではないかもしれない。

そこで『神様意思を伝える人』の存在重要になってくる。

PKは、そのことに疑問を覚えるのだ。そして新興宗教本部で言ってしまう。

「それ聞き間違えてない?」「もし神様がそう言ったとしたら、(電話番号などの)かけ間違いだよ」

PKはいろんな新興宗教渡り歩いてきたので、こっちの神と神は言ってることが違うな。矛盾してるな。しか生活苦しいのに、いろいろ大変だな。と素直に疑問を提示してきたのだ。

それにインド国内は大混乱である。世は空前のかけ間違い動画アップブームになり……。

ここに書いたあらすじは一部である。本編は恋にダンスに歌にコスプレに大忙しだ。

ぜひ映画を見てほしい。最高です。

あなたが信じる神様伝道師は、神様にかけ間違いをしていませんか?

神様あなた苦痛を強いらないはずです。

2017-08-13

スペース区切り起源

ずーっと昔から文章をスペース区切りで書く文化起源が気になっていた。

増田でも知恵袋でもブログでもたまに見る気がしていて、個人がやっているにしては数が多いのに日本語でスペース区切りなんて明らかに一般的ではない。

で、さっき気づいた。これドラクエ由来だよ!!!

グーグル思想残響室(Google’s Ideological Echo Chamber和訳) 脚注

[1] この文書はもっぱらグーグルマウンテンビューキャンパスでの視点から書かれている。私は他のオフィスや国について語ることはできない。

[2] もちろん、私にもバイアスがあるかもしれないし、自分視点を支持する証拠だけを見ているのかもしれない。政治的バイアス観点からは、私は古典的自由主義者であり、個人主義と理性に強く価値を置いていると思う。私はこの文書について喜んでさらなる議論を行いたいし、例証を挙げたい。

[3] 私は、この文書を通じて”技術職”を、ほぼソフトウェアエンジニアリングという意味で使っている。

[4] ロマンチックな男女関係において、男性はより強く地位によって値踏みされ、女性は美貌によって値踏みされるさらにこれには生物学的起源があり、文化的普遍性がある。

[5] Stretch、BOLD、CSSI、Engineering Practicum(ある程度は)、それと特定ジェンダー及び人種のためのいくつかの他のグーグル提供の内部、外部プログラム

[6] 代わりにある特定層のための潜在的なGooglegeistのOKR設定。私たちは、特定グループにとっての環境を良くすること(それはサーベイスコアによって確認できる。)によっても、保護された地位に基づく差別化(それは違法であり、すでになされていると私は見ている。)によっても、組織レベルでの登用を増進させられる。登用増進OKRは後者インセンティブとなりうるし、組織間でのゼロサム闘争を作り出しかねない。

[7] 共産主義資本主義より道徳的にも経済的にも優れていることを約束する。しかし、その試みは全て道徳的には堕落経済的には失敗している。自由民主主義社会労働者階級が”資本主義の抑圧者”を倒そうとしていないことが明らかになったときマルクス主義知識人階級闘争からジェンダー人種政治へと移行した。抑圧者-被抑圧者の中核的な力学は残り、今や抑圧者は”白人で、ストレートで、シスジェンダーの家父長制”である

[8] 皮肉にも、IQテストは当初能力主義貴族政治犠牲者を助けとなることを意味していた時代左派によって擁護された。

[9] もちろん、全国的な総計において、女性さまざな理由男性より賃金が低い。ただ同じ職業につく限り、女性男性と同じだけの賃金を得ている。女性男性よりお金を使い、給与というもの従業員がどれだけのもの犠牲にしたか(例えば、より多くの時間ストレス危険)の指標であることを思えば、権力に関わるステレオタイプを考え直す必要がある。

[10] 伝統的なジェンダーシステム支援必要男性というアイデアをうまく扱えない。男性は強く、不平を言わず、自ら問題対処することを期待される。男性問題は、ジェンダーによる行為主体性の考え方によって、しばしば犠牲者というよりは個人的な失敗とみなされる。これは泣き言、不平、弱さの現れとみなされることを恐れて、男性男性問題(それが個人的ものにせよ集団的ものにせよ)に注意を払うことを妨げている。

[11] 政治的正しさは、”社会的に恵まれない人たちや差別されている人たちの集団排除し、軽んじ、侮辱すると受け取られるような表現と行動を避けること”と定義される。それでなぜそれが左派現象であり、権威主義者の道具であるのか明らかだろう。

2017-08-12

https://anond.hatelabo.jp/20170812222454

起源明治時代日本国内の写壇にあるんじゃないかな。そこではボケフレア有効に使うことで詩情を出すことが流行したらしい。絵画技法から来ているらしい。極端なのが「ベス単フード外し」をありがたがるというやつ。

後にはそれに反発する人も出たが、現代まで踏襲して受け継いでいる人もいる。

ネットではボケボケ言うけれど、プロ写真家作品見るとボケに頼っている人はあまりいないよね。

2017-08-03

Fランク大学という名前起源

河合塾が作った偏差値ランキングで一番下のランクBFボーダーフリーから

ちなみに模試などのランキング表には”※ボーダーフリーBF)の大学掲載していません”と書かれていて載ってない。

2017-07-31

「長文注意」の起源

最近タイトルにわざわざ「長文注意」と入れてる増田を見た。

ネットではちょくちょく「長文ごめん」とか「長文失礼」みたいの見るね。

これ90年代に人気のあったネットニュース(nntp)の習慣だよな。

nntpはまずタイトルだけデータを取得してきて、ユーザーが読みたいやつを指定して本文を取得するというプロトコル

当時は線が細かったから、うっかり本文を取ろうとしたら長文で時間がかかったってことがあっただろうけど、テキストなんていくら長文でも画像にくらべたらぜんぜん小さい。

画像どころか動画広告でさえ勝手に流れ出すご時世に「長文注意」はないよな。

そもそも増田では、タイトルを見たときには本文もダウンロードされてるし。

 

90年代でも、ワナビーが長文注意とか80文字で改行をいれろとか、web掲示板ネットニュースマナー無意味に持ち込んでウザかったけど、20年以上たってもそれが生き残ってるんだと思ったわ。

2017-07-13

ポケモンの正体って何だと思う?

新作映画ポケモン脚本に一部、首藤剛志がかかわっているらしい。

一話引用からか?とネタバレを見たところ想像以上に首藤色を感じる出来になっているそうだ。

にしてもこの人が長期シリーズになる前に考えていた「ポケモンの正体」って、なんなんだろうね。

小説版アニメからしても動物から作られているのは分かってて、オーキド博士も知っているらしいんだけど

人間には起源も分からず、あの世界の人間動物が居たことも忘れているんだよね。

進撃の巨人かよって今この話を知った人は思うけど、そうなんだ進撃の巨人はつまりポケモンなんだ。違うか。

んで、結局ポケモンの正体ってなんなんだろうね。そこは明かされてないんだよ。うーん、わからん

映画はそんな話ではないみたいだけど、予告見た感じではきっとパラレルなんだろうね。

このパラレルってのも進撃の巨人…じゃなくてポケモンゲームをする人なら知ってそうだけど

ポケモンって世界線が複数あるんだよなぁ。

多分今回の映画はある一つの世界なんだろうけど。首藤の没プロットがどれだけストーリーに生かされているのか気になるな。

2017-07-07

ネトウヨが発生の起源はおそらく人権擁護法案

はてな初期の頃にはそんなの殆ど見なかった。左翼批判ならあった。

はてなダイアリーサヨクだらけと思われてて、確かに左翼が多いけど

左翼批判の有名どころも多かった。

一番有名なのは愛・蔵太氏。しかし彼はネトウヨではない。ネット右翼レッテル貼りはされてたが

現在ネトウヨと呼ばれる連中とは全然違う。こういう人達の方が多数派だった(少なくとも表面上は)

おそらくきっかけは「人権擁護法案」。

この法案に反対する人達過激化していった。

どんどん過激化してついには穏健な左翼批判者までサヨクレッテル貼りするようになった。

ウヨク的主張に異論差し挟む者は皆サヨク

暴走は止まらず、あっという間に拡散していった。

2017-06-29

権利」を謳う人間はなぜあそこまで意地汚く見えてしまうのか

今回ここで、「権利概念が放ってしま暴力性の起源について一人考えてみる

人権」の普及 ーアメリカ独立宣言



1週間もすれば3億人近いトンチンカンたちがまた祝うことになる、近代社会の幕開け=アメリカ独立宣言に遡ってみよう。250年くらい前のことだ。後にアメリカ人と呼ばれる極西の田舎者黒人奴隷を足置きにしながらヨーロッパ政治哲学を読みふけっていた。そして、英国議会に「植民地のくせに生意気だぞ」と言われてしまったあの時、彼らのイギリスコンプは爆発し独立宣言してしまう。この独立戦争とその後の歴史で彼らは「国家」を生み出しその中で「所有権」というもの不可侵性を「人権」として僭称したのだった。それまでもこの考え方は常にヤバい匂いを発してきたが「独立宣言」こそが全人類脳みそ侵入し始めるウイルスになった。彼らはこう言う。「君たち、実はな、人間は生まれながらにして権利というものを持っていたのだよ」「君たち、これは自明の真理だよ」。誠に蒙が開かれるようである。実際に驚くほどたくさんの人が啓蒙されることになる。

ところで、ここで彼らが行なった欺瞞としてまずよく言われるのは足置きにしている「黒人奴隷」についてである。つまり黒人奴隷人間の方にではなく所有物propertyの方に組み込まれしまったことである。ところが、今回に限ってはそこは重要ではないと私は言いたいのだ。というよりも黒人奴隷境遇があまりに深刻な問題であるから真の問題が後景化し見えなくなってしまっている。この深刻な問題をみたとき、我々、権利至上主義者の常識的感覚からいって、100年後、200年後に黒人へ与えられたように、人間権利、あるいは公民権解決すべき(解決した)問題だと思わされてしまう。

でもこれは糞の上に城を立てただけなのだ私たちの暮らす城の中はクソの匂いが充満している。「権利」などという考え方が、奴隷制的な、暴力的支配への渇望に支えられている。私たちはクソがあるなと思ったら「あっクソだ」と言わねばならない。「あれ?この部屋なんか、うんこ匂いしない?」は常に言いづらいセリフではあるが。


 人権を「持つ」とは ー「所有」についての2つの感覚




まりどういうことか。権利を「持っている」、という発想自体にその欺瞞が現れている、と言いたいのだ。一般におそらくは「所有権を持つ」という表現すらあまり違和感をもたれないのである独立宣言の下敷きになったヴァージニアで行なわれた会議草案にもその矛盾を観れるかもしれない

That all men are by nature equally free and independent and have certain inherent rights, of which, when they enter into a state of society, they cannot, by any compact, deprive or divest their posterity; namely, the enjoyment of life and liberty, with the means of acquiring and possessing property, and pursuing and obtaining happiness and safety.

この2つ目の下線部は独立宣言では省かれるのだが「所有権を持つ」という循環した考え方を恐れたから、ではなく国家による税金徴収を困難にするという理由であった。

何が言いたいかといえば、奴隷武器砂糖三角貿易が成立して以降のヨーロッパ社会では、「権利」が「持つ」ものとして想定されねばならなかったのである。それは単純には、ある種の人々から「奪う」こと(あるいは「捨てる」こと)のできるものでなくてはならなかったからだ。つまり所有権」が守るベーシック価値は「権利概念誕生の後に、「どんな種類の権利を作ろうかなー」と考えられて作られたものではなく同時に発生しているのである。そしてそのことは隠れたのだ。独立宣言に「自明真実ではあるのだが我らは不可侵権利を持っているのだと信じる」としれっと書き込むことで。じゃあ所有の意味を含む「権利概念が発生した時に生まれていたものは何か。ここが今回の主張であるが、「支配欲求自体への承認」なのである社会の一員として我々は「ある種の激烈な支配の形」を基盤にすることで社会を成立させている。それは「所有権」だけでなく「権利全般の話である

propertyに対しては当然そうだろう。犬猫などは黒人同様に解放が進みつつあるが根本的に我々は自分の所有する物をどれだけ傷つけても良いのである対象物に対して欲求したことは特別禁止されない限り全てぶつけることを許されている。私は自分の持っている熊の人形の腹を切り裂いてもいいしそこにペニスを突っ込んでも良い。それが所有権意味するところである。ここで、人形はなんかかわいそうだし除外しようかというのもあまり意味がない。僕が言いたいのは、我々は所有権を「propertyに対して私が欲求することならなんでもしていい力」として想像していて、思考スタート地点にそれをおいていることだ。この認識はもう一つ重要感覚を孕んでいる。それは「私が支配するもの他者が介入することは許されない」ということだ。この二つの感覚両方が「権利全般に流れ込んだのだ。そして実は我々の想像する「自由」のコアイメージでもある。自由にはこの欲望支配感覚が流れている。


 奴隷(property)の反乱 ー「権利」と「自由」に関する妥協と「身体」ー



しかしながらこの「自由」の感覚は「自由」を求める奴隷たちの反乱により一つの現実的妥協を産んだ。支配者はかつての奴隷たちと約束したのだ。我々はもはや君たちを支配しない。その代わりに我々は自分の体を支配するのだと。そして君たちもそうするのだと。人間なら誰もが己の体を支配できることにしよう。我々は平等自由じゃないか。(現実として多くの旧黒人奴隷は扱いの悪い賃金労働者として己の体を「自由」に売買した。ほぼほぼ売るだけであったが。)


上記の経路は思考実験の一つでしかなく、実際は数百年前の「権利概念議論でも既に流れていただろう。しかし、ここで誕生したのは一風変わった、世界人間に対する理解である個人他者からの介入=他者との人間的繋がりを切断できる独立した存在だという信仰なのだ。なぜなら自分の体を自由支配他者はこれに関与できないのだから。(工場で死にかけながら働く黒人労働者だって自由」に辞められると考えることはできただろう。)「権利」や「自由」というもの概念自体にこれは染みついたのだ。


奴隷製の足置きで本を読む農園主の頭の中で作られた「近代国家権利自由」は、国家軍隊というとてつもない力に囲われながら、同じ発想の知的エリート再生産し、根本思想解体は迂回しながら様々なヴァリエーションを増やしてきた。その実践形は司法行政の場から常に吐き出され、我々パンピー脳みそにも影響を及ぼしてきた。


権利概念は、「権利」とは「持つ」ものだという支配欲求肯定に支えられている、というのが基本的な今回の主張である。これが己の身体観や対人間観に影響を及ぼしてきた。実際皆が全く違和感なく自分の持つ時間労働力社長さんに売り払っている。基盤にある発想はまさに「権利」は「持つ」ものから「捨てれる(売れる)」のである。あるいは私は他人権利を「買える」のである。なぜなら私はその「権利」を「持っている」のだから。(一応断っておくが、これによって生まれる成果を否定するものではない。「支配/排除欲望」を根幹にする原理が一度は平等性/対等性 になりながらも、次の段階で一人の人間があらゆる人の時間と行動の自由支配し皆がそれに納得していることに注目したいのだ。この一人の人間も様々な人の投資で買われていてもう少し複雑だろうけれど。)

 まとめ ー「意地汚い」理由



長々書いてるのに平板な話になってるだろうか。ここに資本の燃料をぶっ込めばいくらでも非人間的な方向に暴走できるのは想像にかたくないし、読んだことないけど共産主義とかポモとかもこういう認識の型への反発からスタートしてるのでしょ。現実非人道的支配を読み取った人たちの反発からまれ社会「権」などは対抗力として機能しただろう。ただそのことに対しても言えるのは「権利」「自由」の枠組みがそのまま利用されたということだ。近代国家という装置がこの世界にセットされた1776年の7月4日あの日から人類脳みそはハックされた。今もなお屋台骨として社会を支え続けている我らが人権万歳自由万歳国家万歳


いま苦しんでいるマイノリティも、「支配欲望」の匂い漂う「権利自由概念を使って「国家よ行動しろ」と闘争せねばならない。あるいは彼らがそうでない社会活動を試みていても(例えば、他者との網の目を強化したり、国家ではなくコミュニティや人々の意識を変えるために動いていたとしても)、そのように立ち上がる姿をメディアでみた我々は、そこにまた「権利自由闘争の型を読み取っていないだろうか。「障害者が、また支配欲望を前面に出してるのか。今度は何を要求するのか。」と。そして人間の、恥を知らない無意識は、何かを奪おうとしているマイノリティを見てこう訴えてくるのではないか。我々はこいつらを「支配」し「排除」しなければならない、我々の「権利」と「自由」のために。

2017-06-22

宮台先生って中古ノートパソコンネットにつなげば身元がバレないからやりたい放題とか

厨房起源キッチンキチガイとか言ってて

ネット的にはトンデモとして扱われてる人って認識だったけど最近はそういう感じでもなくなったのかな

2017-06-15

表現規制論はパターナリズム起源ですから

俺は大丈夫だけどアホなやつらがいるか善導するために規制しろという

支配願望が根っこにあるんですよ

ロリコン支配願望が云々言う人はロリコン自分を見ているんです

2017-06-01

今のラノベシーンの起源スレイヤーズのもう少し後のブギーポップとかそのへんじゃないか

そのころからラノベ原作がうけてからアニメ化もすごく早くなったような記憶がある

スレイヤーズはどちらかというとロードスとかああいうのに対するアンチテーゼネタみたいな文脈で受けていて

強すぎたせいで同種の後継が出てこなかった感じだった気がする

作者本人もそのあと時代に追いつこうとして中途半端萌えとか取り入れた駄作を出してて行き詰っていた気がする

[]「承認欲求」を現在意味で初めて使ったのは有村悠

承認欲求」というレッテルを貼ってそれで勝ち誇るというここ3,4年繰り返されるテンプレ議論意味がよく分からない。

誰がどういう意味で「承認欲求」を定義して、それを悪事にしたのかグーグル先生に尋ねてみた。

先日も増田で「太宰メソッド」という意味の分からない単語が使われていたのではてなキーワードを見てみたら、それも有村起源だという。こんなクズの影響を10年引きずっている増田はてなって駄目なんじゃなかろうか。

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