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2017-07-17

箱推しドルオタ現場をやめた話。

アイドルグループファンには箱推し単推しが居て、

箱推しグループ全体をまとめて推している人、単推しグループの中の個人を推す人です。

私は箱推しでした。

彼らがみんなで仲良くしていればとても幸せですし、全員の事をそれぞれ好きでした。

現場にも必ず足を運び、グループ全体のコンサートは勿論ソロイベントにも必ず足を運びました。

どの現場自分チケットを取り、抽選に当たり、当たり前ですが至極真っ当な正規方法で参加していました。

毎回とても楽しく、帰る頃には幸せ気持ちに満たされて「ああ〜やっぱりこのグループが好きだなあ」と

噛み締めながら過ごしていました。

SNSで行ったイベントの素晴らしさやグループへの愛を独り言のように語っていると、

同じような方々と仲良くなる事が出来ました。そのうち現場でもその方々と会うようになり、

普通友達にはこのグループを好きな子が居なかった私は誰かと好きを共有出来る楽しさに嬉しくなりました。

そういう繋がりを続けつつ現場に行く日々を過ごしていたある日、メンバーソロイベントが発表され、

私は喜んで応募しました。激戦だったようなのですが、有り難い事にチケットがご用意されたのです。

でもこれが私が現場をやめたきっかけになってしまいました。

間内チケット確認をし合っていた時、チケットが当たったのは私だけでした。

すると今まで仲のよかった方々が一変、私を攻撃してくるようになりました。

色々と言われました…

箱推しとか節操ない

何で何枚もCD買って応募してる私達じゃなくて1枚だけ買ってるあんたなの

個人推してる私がSNSでも一番愛が強いのに何で

間内箱推しは私だけで、現場に行く数が多く金銭的に何枚も買ったりする事は出来ない私でしたが、

それでもメンバー一人ひとりへの愛は強いつもりでした。

そんな一人ひとりが集まった家族のような彼らが大好きだったのに、この件で私のファン活動の全てを

根本から否定された気持ちになりました。

裏切られた気持ちになった私でしたが、チケットを譲ったりするのは悔しかったので意地でもソロイベントには行きました。

でも折角のイベントなのに楽しめなくて、周りに居る彼のファン全員が私のような箱推しの事を軽蔑しているのではないか

という気持ちにすらなりました。

ソロイベントをした彼は相変わらず素敵で彼を好きな気持ちに変わりはないけれど、でも帰る道すがら、これから毎回こんな

気持ちにならなければならないのかと切なくなり、泣きながら今後ソロ現場に行くのをやめる決意をしました。

SNSも苦しくてもうやめたし、

もう二度と同じ趣味の人を信用するのはやめようと思いました。

今でもグループ全体のコンサートにはこっそり行っていますが、誰とも仲良くしていないし、毎回一人ぼっちで参加しています

ソロイベントには行っていません。

どす黒い気持ちを吐き出すなら、私は思います

チケットは欲しいと思ってきちんと正規方法お金を払った人には、平等に与えられる権利だと思っています

その権利の上で、抽選ならあとは運です。

私を軽蔑した人たちは言葉を選ばずに言えば、そんな精神からチケット運も巡って来なかったのだと思います

自分が一番愛が強いから私に用意されないなんておかしい、あの子は私より応募した枚数が少ないのに、

の子はこの間も当たっていたのに…

そんな気持ちを持つなとは言いません。人間ですから、好きだからそそういう気持ちになるのも分かります

けれどそれをその当人に伝えたり差別するのはどうでしょうファンとしての行動と言えますか?

ちなみに今回の事で出て来た人間は皆分別のあるであろういい大人達ばかりです。

私も成人式なんてとっくの昔に終えた大の大人ですが、

私を攻撃して来た人は私が尊敬するべき立場であろう私より年上の人間でした。

私はあの人達のようなモンスターになりたくないし、

私に幸せが巡って来たら誰かの幸せも寝返るようになろうと、心から思いました。

そうしないとこんな人が沢山増えるから

2017-07-15

日本起業が盛んにならんのは、実は遠慮し合いと自己愛に満ちた社会で、

起業家にまともにアドバイスもできないし、出来もしないから」じゃないか?と思った。

まあ、僕もアドバイスのつもりだったが、こちらに迷惑になる噂流されるは邪魔されるわで、

だんだんそいつに腹が立ってきて、悪口ばかりで回りが逃げていったってこともあるけどね。

うん、もう信頼失ったな、あるいはこいつと信頼関係結べないなと思ったら切るしかない。

逆に僕もそうやって信頼失っていった人大勢いるじゃない。

でも、まず、「批判」が「全て悪口」だという人間がいる。

ついで「アドバイスされる」のは「見下されている」という人間もいる。

そして、批判アドバイスの中身は全く生かされない。

自己愛に満ちている。そして、起業して社長になるような人間そそういう奴が多い。

表面にこにこしてる。裏でこそこそ相手を貶めるようなこと、足を引っ張るようなことをする。

相手Aの為を思ってやったことが、相手Aの為には全くならずに

相手Aが噂や小細工をして、自分の損害以外の何物でもなくなる。

それなのに誰がアドバイスをする?

言いたいことをはっきり言って、正々堂々議論するアメリカ人とは違うんだ。

でも、あちらの国はそれができる国だからベンチャー投資するにあたって本音質問をぶつけられる。

あれだよ、死にそうなやつを助けたら、助けたやつが訴えられた中国とおんなじなんよ。

当然助けようなんて奴はどんどんいなくなる。それと同じなのが日本起業環境なんだよ。

いるのは「起業家どうしが傷を舐め合って売れもしてないのに俺達すごいんだよと自己愛を満たすコミニティだけ」

でも、その起業家同士の中でその中で何かの拍子で「敵」にできそうなやつを探している。

自己愛に満ちた存在から社長なんかやっていていて、でも、そう簡単に売上は上がらないし、自己愛傷つけられて、敵を作りたがるから

東方に凋叶棕「enemy of the society」って曲があるけど、ああいうどろどろした世界

国会議員今井や、安倍言動見ても日本はどんどん自己愛肥大している。

日本他人に対する気遣いが強い。翻しては、相手自己愛尊重してるから自己愛肥大やすい。

厳しいことも、婉曲にまずは自己愛を傷つけないような配慮をして当然で、傷つけたがゆえの反発をしてきやすい。という社会

新しいものを作る「開発」は理系相手の好みに合わせ、聞き出し、売る「営業」は文系

両方を身につけないとならないけど、両方できてる奴はまずいないのだから創業した時点では絶対知識不足経験不足。

もちろん、「俺はこうだと思う」という一定自己愛がないと起業なんかせんし、しないほうがいい。

でも、制御できないと回りに迷惑かけて見放されるだけの存在しかならない。

自己愛が傷つきながら、それでも気にしないところは気にせず勉強していく必要があるけど、

まず自己愛が傷つくこと自体が受け入れられない奴こそが社長をやって起業をしようという大いなる矛盾

ま、アメリカには100年たっても追いつけないな。

2017-06-24

https://anond.hatelabo.jp/20170624214923

つーかお前、敬意を行動で示さないのな。尊敬はしてるけど行動で示さないとか、普通に口だけ野郎って思われてるからな。

別に敬意を持つ相手には示すよ。

例えば上司。例えば恩師。例えば親。

でもその人達は敬意に足る行動があるからこそこちらも行動で返すのであって、

別に固有のステータスだけでは判断はしないよ。

まり君は相手の行動や所作ではなく、ステータス肩書だけで判断する文化人間なんだね。

あーしまった、こりゃ話し合わないね文化が違う。すまなかった。俺が悪い。

それこそそういうヤツのレディファーストなんか周りに「あいつあの女とヤりたいのかな」って思われるし、

あ、やっぱそういう話?

君の言うことを他の話にそっくり換骨奪胎すれば、

先生に酒を次ぐのは媚入りたいからって思われるからやらない」

「親に贈り物をするのは遺産目当てだと思われるからやらない」

ってことか。

うーん…縁遠いな、この手の思考

https://anond.hatelabo.jp/20170624191519

うそう。女は子ども産めるから。男は筋力あるの認められてるだろ。

つーかお前、敬意を行動で示さないのな。尊敬はしてるけど行動で示さないとか、普通に口だけ野郎って思われてるからな。それこそそういうヤツのレディファーストなんか周りに「あいつあの女とヤりたいのかな」って思われるし、女はそんな不名誉な噂断固流されたくないから周りに分かるように拒否するわな。まぁお前が他人からの信用ごりごり失ったり絶対関わりたくないって女から思われるのとか、こっちの人生に1mmも関係ないのでどうでもいいけど。

あとなんだっけ? 長すぎて忘れた。

レディファーストはだから存在しねぇよ。レディファースト求めてる女は見返りのない善意って異世界空想してるか、下心あっても構わない特定個人に甘えたがってるだけだから空想空想であって、三次元のただの知り合いの男がまさか見返りのない優しさを見せてくれるとか、SSR確率を謳うガチャと同じくらい信じてないからな。

日本はレディファースト以前に男が女に信用されるとこから始めないとダメなんじゃね。

2017-06-18

https://anond.hatelabo.jp/20170616234135

ヒモって浪費するのが当たり前なのか?とちょっと思った。

ヒモになるのにも才能がいると聞いたことがあって、むしろ増田同棲していた人こそそういう才能がある人なのかと思った。

出会った経緯、別れた経緯は知りたいけれど、ヒモらせてもらっている人とうまく生活をできる間同棲して、その期間が終わったら渡り鳥みたいに波長が合った人を渡っていく人なんだろうかと思った。恋愛の持続時間は3年が限度と言うけれど、そんな感じなのかなと。

2017-01-25

[] #13-3「弟が出来るまで」

俺は家に帰ると、真っ先に父と母を呼んで先日のことを切り出した。

「父さん、母さん。昨日のことだけど……」

「お、そ、そそうか」

かしこまった態度に、二人の緊張が読み取れる。

からはっきりとした答えを聞けることはあまり期待していなかったのかもしれない。

「でもね、その前に確認しておきたいことがあるんだ。じゃなければ答えない」

「……なんだ?」

当人意志を聞きたい」

意志……そ、そりゃあ私たちは決まっているから、あなたに聞いているのよ」

「“私たち”?」

「そうさ。母さんはもちろん、俺も……」

「生まれてくる子は?」

!?

両親の動揺は明らかであった。

そして、その動揺が答えでもある。

「……どうやら、まだみたいだね。大切なことだよ」

「い、いや、それはだな……」

「生まれてくる子の意志確認しないまま、親の勝手で生んだりしたら大変だ」

両親はすっかり黙ってしまった。

なぜ黙ってしまったのか、その真意は今の俺でも推し量れない。

だが、優先すべき事柄が出来てしまった以上、少なくとも俺の意思決定見送りである


「で、お前が生まれたのはその1年後のことだ」

「つまり、俺が生まれたいと思ったから生まれたってこと?」

「そういうことになるな」

「身に覚えがないんだけれども」

「そういえば、俺も結局のところ聞かされていないな」

そう言って俺たちは両親に視線を向ける。

「ふ、二人とも忘れているだけさ」

「そうよ。ちゃんと意思確認をしたわ。二人とも、ここに生まれるべくして生まれたの」

そう言う父と母は視線を合わせないままで、訝しげだ。

そんな両親に弟はジトリとした目をする。

「まあ、父さんと母さんがああ言っているんだ。信じようじゃないか

未だ懐疑的な態度の弟を、俺はなだめる。

「もう、それはいいけどよお……俺たちはどういった経緯で生まれたいと思ったんだろう」

「まあ、俺も思い出せないけどさ。これまでのことや、これからのことで、俺たちがなぜ生まれたいと思ったか推測していこうじゃないか

もちろん、俺の言っていることはテキトーである

あの時だって、煙に巻くためにそう言っただけだ。

まあ、聞くべき相手肯定否定もできない、或いはする気がないなら、そもそも聞くことがナンセンスなのである

(おわり)

2017-01-18

生活保護受給者にはクズもいる。だがそれも含めて救わねばならぬ。

これが言えない人道主義者は、これから世界ではもう生き残れないだろう。

小田原市生活保護に対する職員威迫

人道主義見地からすれば言語道断問題だ。

だが今のこの世の中では、このような朴訥な人道主義破綻危機に瀕しているという事実からもはや目を背け続けるわけにはいくまい。

恐らくあの役所の窓口には、相当タチの悪い札付きのクズ受給者が出入りしているのだろう。

たとえいなかったとしても、いるだろうと思われるだけで危険なのだ

実際、生活力のない人間の中には、倫理観道徳観も低い連中が多い。

だがそれはニワトリタマゴかの話であり、貧困で窮するからそそうならざるを得ない人間大勢いる。

だが、彼らを叩く人間にとってみれば、そんな理屈などどうでも良いのだ。

不正を働き、

のうのうと庇護を受ける人間を、

磔にして石を投げたくてウズウズしている欲求不満の鬱積した人間大勢いるのが今の世の中なのだ

これは日本に限った話ではない。

欧州委員会の高官の娘が、難民レイプされた挙句殺害された事件があった。

難民弱者であり庇護すべきだという主張だけでは、

今の世の中に張り詰めている怒りのフラストレーションは収まりはしないのだ。

認めねばならない。

守るべき人々の中にはクズもいる。

クズ所業から目を背けてはならないのだ。

そして、だが、それも含めて守らなければならないのだと。

クズ存在を認めることで、

差別主義者が更に勢いづくかもしれない。

だが、そうした人々の怒りすらとも対峙しなければならない時期に来ているのだ。

こうした現実から目を背けた結果が、トランプ旋風を生み出したのではないのか。

人道主義者は今、途方もない困難な時代にいる。

究極的には、

トランプ安倍内閣投票するクズ有権者すらも、救わなければならないのだから

2017-01-10

http://anond.hatelabo.jp/20170110120232

しろ新聞投稿そそういう場だったろ

見方によっては「採用されやすくするために話を盛る必要がないぶんネットの方が創作圧力が低い、とも言える

(もちろん実際には「レスを得るために話を盛る」という動機が働くのでトントンだが)

2016-12-27

ニッポン政府をここまで信用している連中が大勢いることに驚き

経産省が繊維の統計ごまかしていたとかなんとかというニュースはてブが大騒ぎになっているようだが

お前ら散々日本死ねって言い続けてきたじゃん?

なんでまだ信用し続けてるわけ?

こんな国はハナから疑ってかかって、その中で助成金とか利用できるものはとことん利用し尽くして、

無駄税金はビタ一文も払わないというのが知性を持つ人間のやることじゃね?

普段アレだけ日本という国に文句言っときながら、

なぜこんな事件に一々大騒ぎすんだよ、

「あーまたニッポンやらかしたわけな、まあ知ってたけど」くらいに醒めてなきゃおかしいだろ

期待しすぎなんだよ、はっきりいってお前らはバカ

DV男に依存するダメ女とまるっきりおなじ

あのさあ、それだけ大嫌いな国に対して依存しなきゃ生きていけないって情けなくない?悲しくない?

大嫌いなヤツをそれでも信用してるって惨めじゃない?

子育て政策がまるっきりできてない日本は本気で終わってるなとは思っていたが、

かと言って日本死ねムーブメントにはどうにも違和感を覚えていたのだが、

これで少し分かった

お前ら国に甘えすぎ

っつーかこんなゴミ国家を信用しすぎ

ただ凋落必至とは言え、ニッチを狙えばまだまだ上手く立ち回れる隙間は残されてるんだから

そこを賢くかすめとってかなきゃダメだよ

まあ、文句言いながら依存せずにはいられない連中には、

そんな能力がないからこそそうするしか他に方法がないのかもしれんが

2016-12-26

http://anond.hatelabo.jp/20161226003659

その理屈はよくわからん

SNSだと知り合いの中にその作品好きな人が居るからこんな攻めたことは言えないし言う必要もない

ただの変なやつになるだろ

 

そういうしがらみ無しに感想が言えるのは匿名ダイアリーのいいとこだと思ってたし

からそそういう意見が集まるところだと思っていたが

2016-10-21

http://anond.hatelabo.jp/20161020181715

他人ブログだけど

http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20161020/1476918294

 と思ったのだが、某海外在住経験が長い人によると、そもそも誰かの発音を笑ったり、日系人大統領になれるわけないだろと言うのは「たとえ思ったとしても、決してまともな人は口や態度にだしてはならない」という暗黙のルールがあるらしい。つまり、すぐにレイシスト認定されてしまうそなのだ。だから、その論法で行くと、石原さとみ英語が変だとか、あんな米政府高官がいるわけないって言ってる日本人もっとマヌケというか、それこそが欧米社会では容認されない態度になってしまうのだそうだ。多民族国家で様々な人種差別問題を抱えているからこそそういうルールがあるのだろう

こういう感覚はもう少し広まるといいなあと思った

2016-10-11

無自覚の間にブラック上司になっていた過去

周りのブラック上司がどうかは知らないけど、自分場合は100%正義感が原因でブラック上司になってしまっていた。

特定を避けるためにかなりぼやかして書く。

自分入社した頃の会社業界としては発展途上、企業としては過去の悪しき習慣を引きずったままの成長頭打ち企業だった。

目の前に集客のチャンスがごろごろとしているのに、新しいことに挑戦して評価を落としたくないくせに残業代カットされたくないからと無駄ルーチンばかりが業務を圧迫していた。

当然ぺーぺーの自分には山のような無意味ルーチンが回ってくる。ルーチンをこなさなければ古参社員達に批判をスキを与えてしまう。

から新しいことや自分のやりたいことにチャレンジするには、全てのルーチンを終わらせた後か、休みの日にするしかなかった。

別に会社特別な恩があるとかよりも、自分能力に対する好奇心であったり、単純に業績が上がっていくことに対して楽しいと感じていた。

から、目の前にやるべきことがあるのに、努力しようともせず無駄時間給料を食いつぶそうとするその時の社員達がむしろブラック社員に見えていた。

文字通り休み返上して、毎日の勤務時間は平均15時間はくだらなかった。

30日x15時間-平均定時勤務時間150h(実働7時間。月8休)=残業300hの世界だ。

でもそれは誰かに言われたからではない。

誰にも文句を言わせないために全てのルーチンをこなした上で、やらなくてはならないことややったほうが絶対に成長につながることをやりつづけたらこうなっていたのだ。

もちろん残業代なんて請求したことがない。

そんな目先の賃金より、自分が成し遂げた仕事に対する評価が欲しかった。

古参社員達を見返したいという気持ちがなかったと言えば嘘になる。でも、それ以上にやりがいを感じていたのも事実だ。

当然会社内での評価うなぎのぼりで、最短最年少昇格記録を毎年のように塗り替えた。

そんな姿を見てか、古参役職者は次々に理由を付けては会社を後にし、それも手伝ってか更に加速度的に役職を駆け上がることになった。

気がつけば、自分現場トップになっていた。

親族役員を除けば、実質ナンバー3だ。

しかし、立場が変わっても働き方は変わらなかった。

視点が変わってもやるべきことややりかたが変わっただけで、相変わらず使えるだけの時間をすべて使って仕事をし続けていた。

いつしか誰よりも早く出社しないと気がすまなかったし、社員達が全員帰るのを見送らないと気がすまなくなってしまっていたのだ。

別にそれを他人強要しようとは思っていなかった。

ただ、自分がやりたい仕事や新しいことへの挑戦は、日常業務以外の時間帯にするのが当然だと思っていたし、自らがそうした見本であり続けようと思っていたのは事実だ。

無言のままに、僕の下で出世したければ僕と同じ働き方をするのが当然だと考えていたのだ。

から自然社員たちの間で早出残業は当然(自分ほどではないにせよ)だったし、規定残業代以上を請求してくる人間もいなかった。

しかし、そんな生活は当然長くは持たず、入社から8年ほどで大きく心身のバランスを崩してしまうことになった。

ある日、ストレスの大きな案件を幾つか同時にこなしている最中に、突然呼吸が乱れたかと思うと、涙が溢れ出し止まらなくなってしまった。

その日に限ってたまたま社に顔を出していた本部上司に別室に連れていて行かれたが、呼吸の乱れや嗚咽が止まらず、全く喋ることができなかった。

その後はひとまず早退することになったが、翌朝から仕事のことを考えるだけで精神と肉体が働くことを断固拒否するようになってしまった。

何と伝えればいいのかわからない状態で受話器を持ったまま時間ばかりが過ぎ、結局上司からの着信を何の準備もできないままに受けることになってしまった。

昨日同様、まともに会話のできない自分に、上司から一週間の自宅療養(勤務禁止)を命じられた。

その間は、常に自らの評価ばかりが気になっていた。

部下から陰口を叩かれているのではないか仕事に穴を開けたことで会社から大きなマイナス評価をうけてしまうのではないか取引先との信用問題になってしまっているのではないか

今すぐに会社に行きたい気持ちに反して、身体はまったくもって動こうとはしなかった。

いっそのこと死んでしまいたい。その時は本当にそんなことばかり考えていた。

自宅療養の間はほとんど外出はせず、所有している漫画DVDばかりを見ていた。

そのままでは何も進まないと、予定通り1週間後に出社を決意した。

そうして出社してみて驚いたことは、誰もが心配してくれていて、誰もが笑顔で迎え入れてくれたことだった。

誰一人というのは大げさだが、無関心な人間はもとより無関心であったり、不満げな人間はもとより不満げな態度ばかり見せる人間だということもわかった。

しかし、何よりも驚いたことは、自分が一週間休み続けたことで、何一つ営業に支障が出ていないということだった。

あとで聞けばそれなりの苦労はあったそうだが、むしろ使命感があって仕事が楽しかったという意見ほとんどだった。

さらに、今まで無能だと思っていた数名の部下が率先して活躍していたと言う話を聞いて耳を疑ってしまった。

しかもその仕事内容はじつに的確だった。

じつにこの一週間で、今までさんざんに手を焼いてきた組織が、今まで見たこともないような成長を遂げていたのだ。

そうした状況に嬉しさと安堵が入り交じる一方、一つの大きな疑問が湧き上がっていた。

自分は一体何と戦っていたのだろうという疑問だ。

腐っていた頃の社員ほとんど追い出して、残っている人間自分に対する理解者だ。

会社の業績は順調だし社内での評価も十分にもらえている。

それでも尚自らが第一線に立ち、誰よりも長い時間働き続けることにどんな意味があったのだろうか。

他者を認めずに自らのやり方で第一線に立ち、自らと同じ美学人間だけを認めることを誰が喜んでいたのだろうか。

その時、他でもない自分自身がこの会社を世に言われるブラック企業へと推し進めていた事実に気がついてしまった。

それからと言うもの、早目の出勤は変わらないものの、帰りはできるだけ早く帰るように心がけた。

そのことについて誰かから反対や侮蔑がないか気になったが、そんなものは全くもって杞憂だった。

振り返ってみると、自分が帰った後に社員たちが真面目に働いているのかが気になっていたのかもしれない。

部下がしっかりと働くことを監視すること。それも一つ、自らの大きな使命だと勘違いしていたのだ。

果たして社内の生産性は、下がるどころか今まで一番の成長を見せることとなった。

それまで無能と思っていた人間が意外なタレント性を発揮し、自分しかまらないと思っていた業務も、やらせてみれば自分以上の創意工夫を見せる社員が多く現れた。

まるで漫画のような話だが、しかし、これが現実だった。

ある意味では、自らの評価を失うことを恐れるあまり、働き方を変えるきっかけを見失っていたのかもしれない。

しかし、その生活になって評価を失ったかと言えばそれはノーだ。

現実に、自らが取り仕切る組織は業績を上げ、その評価ダイレクト自分へと返ってきている。

誓って言いたいことは、自らが進んで会社ブラック化させたかったわけではないということだ。

しろ自らの面倒を見る組織に属する人間たちの評価を落としたくない、自分と携わった以上成長させたいと望んでいたのだ。

しかし、そのために自らが犠牲になるという手本になろうとすることこそが、組織のものブラック化させる原因になっていた。

しかも、その場にいる大半が、それが不健全であるということに気がついていなかったのだ。

考えてみれば、新規採用する人間の中で仕事が耐えられないと言ってやめていく人間の数は年々増加傾向にあった。

それを見て「最近若いものは」と考えずにいられない自分いたことも事実だ。

しかし、それこそが自らの過ちを知るための警鐘だったのかもしれない。

時代は動いているものなのだから、変わっていくべきは組織なのだ



それからすでに10年以上が経過している。

今でこそそうした働き方を強要していればすぐにブラック企業レッテルを貼られ、社会から糾弾されてしまうことだろう。

未だに発作のように心身のバランスを崩すことがあるが、あの時、無理にでも立ち止まれたことは人生の中で一番の幸運だったと思っている。

ブラック企業問題は、その時の業界企業の成長具合によって原因が異なるものだ。

見込めない生産性を埋めるために強いれば問題は露呈し易いが、働けば働くほど稼げる状況であれば、それが悪だとはなかなか気づけるものではないのだ。

もしあの時、信用できる上司に「働きすぎだ」と言われたら自らは止まることができただろうか。

その上司無能だと見限ってしまうことが未だに否定できない自分は、まだどこかブラック体質が抜けていないのかもしれない。

2016-09-27

http://anond.hatelabo.jp/20160927112327

誰しもそうだけど、自分能力より高いレベルにあるものを、おおよそそうとは認識できない。

ので、人はだいたい自分よりもレベルの低い人間だけを認識することになり、自分が一番賢いという認識を持つようになる。

2016-04-23

http://anond.hatelabo.jp/20160423164311

何度でも繰り返すけど、ヤリチンでも童貞でも普通にパートナー居たり居なかったりは概ね関係ない。人の話をきちんと聞けない奴は聞けないと思う。

仮に童貞が人のというか女性の話を女性からといって軽んじる差別野郎が多いのだとすると、それは男性であれば強くあれなど童貞であるということを軽んじる社会から圧力に屈している部分があるんだろうと思う。

あと長くも短くもない半端な自分人生で見てきて思う事だけど。社会に色濃く残る男尊女卑マッチョ文化・慣習に晒され味わい慣らされていくと、被差別者カテゴリー女性などを差別者の色眼鏡のとおりであるというように見えるようになっていく傾向があるし、ものの見え方こそそう違わなくても、男性様の「特別待遇享受出来るはずの男性という地位」にいるという事に慣れていく。特別待遇を受けるべきの地位にいることを当人無意識にでもそれなりに経験を積んでいるので、女性ほかに厚遇されない、持ち上げてもらえない、まして被差別カテゴリーの者と同等に振る舞われたりする事は、男性である自分を軽んじられている・脅かしにきていると感じるようになったりする。もちろんそれは程度のごく軽い人もいるだろう。

今回のあの増田は、自分には繊細ヤクザにも程があるとしか思えないが、ブコメトラバからすると男性属性の人々にはそう違和感の大きくないものであるようで、それに関しては驚かないがその感性ではないと思っていた人がそうであると、自分勝手に思い込んでいただけであるけれど少々ショックだ。

2016-03-16

とあるごとにプレゼント写真SNSにアップする女

誕生日クリスマス部活動引退ホワイトデー。その他もろもろ。

そうやって、もらった贈り物を逐一SNSにアップするのって、結局自分がいかに人気者であるかを喧伝するためなんだろうなとしか思えない。

まあ、それをやってる奴の人となりを知ってるからそそう思うんだろうけど、それは卵と鶏ってことで。

とにかくです、そんなツイートを見るたび、ああもしあの子プレゼントしても自己顕示欲のダシにされるのが関の山なんだろうなあと思うわけです。

実際に、私が日頃の感謝気持ちを込めて渡したものも、見事ダシにされましたとさ。本人にその気はなくとも、私はそう受け取ったので、ちょっとむなしくなった。



こんなこと思うのは、決して、私が彼女より友達が少なくて誕生日プレゼントもろくにもらえないからではない。決して。

多分。

2016-02-21

劇場版ラブライブ!批判考察

http://anond.hatelabo.jp/20160221211517

 ブログではその後、キャラクター描写観点から批判が展開されている。自分アニメラブライブキャラクター描写について感じたことについては既に言及した部分が多いが、この部分の論述についても内容的には概ね同意できるものである

 ただ、だからそそう考えるのであれば、突っ込みたい箇所がある。

以下では、以上で書いてきたのと本質的には同じことを別の観点から論じてみたい。それは、キャラクター描写という観点である

(中略)

このように8人のメンバー主体性が奪われてきた一方で、それと反比例するかのように各メンバー薄っぺらキャラ付けは強化されてきた。(中略)

たとえばこの劇場版において花陽が最も目立つシーンは、花陽がいつも通りにお米キチガイであるということがこれでもかというぐらいにしつこく描かれるシーンである。この劇場版において、花陽がどういう想いでアイドル活動をやっているのかとか、メンバーとのあいだにどんな新しい人間関係が生まれたのかとか、そういうことは全然描かれない。その代わりに、とにかく花陽はお米が大好きで白米が食べられないと気が狂ってしまうほどだということだけが強調されるのである。端的に言って、この映画を作った人たちは小泉花陽バカにしているのではないかと思う。


キャラ付けにおいては現実アイドルだってそんなもんじゃないかと思う人がいるかもしれないが、そうではない。たとえば、いつもカメラ目線を絶やさず満開の笑顔視聴者アピールする「まゆゆ」という優等生キャラクターがなぜ魅力的なのか。それは、ファンがそこに渡辺麻友の野心の大きさと意志の強さ、そして完璧アイドル像への執念を見て取るからであるスキャンダルで名を売ったり、アイドルの殻を破る破天荒な行動を取るメンバーたちが人気を集めるなかで、それでもなお自分が信じた理想アイドル像にこだわり、それに徹しようとしている。アイドルファン距離がぐっと縮まった現代において、完璧アイドルを演じ続けることの困難さ、時代遅れさを自覚しつつも、それでもなおその道を貫こうとしている。その職人気質ストイックさ、生き方が人を惹きつけるわけである。このように、アイドルキャラ付けは表面的にわかやすものであると同時に、その人の人生や信念と深く結びついたものでもあるからこそ、見る人の心を惹きつける。アイドル人間からこそ、魅力的なのだ


翻って劇場版ラブライブ!』において、我々は花陽の白米キチキャラに何を見ればいいのか。あるいは、一様にニコニコとして歌い踊るμ'sの9人のその笑顔の裏に何を見られるのか。それこそが問題なのだが、今の制作陣にそのような問題意識はまるでないようで、判で押したような浅薄キャラ付けを毎度繰り返すばかりである。もちろん、判で押したようなキャラ付け普遍的に悪いと言っているわけではない。そういうキャラクターが適している作品だってある。しかし『ラブライブ!』は、元々はそういうキャラ付けをする作品ではなかった。それなのに作品人気が高まりファン層が入れ替わるにつれて、人間を描こうという当初のスタンスがすっかり失われてしまった。雑誌連載時代そして第1期の頃に比べて、μ'sメンバーの魅力がめっきり減ってしまったように感じられるのは本当に残念なことである。『ラブライブ!』を、こんな消費の仕方をするための作品にしないでほしかった。(以下略)

 この批判においても現実アイドルである渡辺麻友比較対象に出されている。AKBについてはあまり詳しくはないので渡辺麻友が実際語られている通りのアイドルなのかは分からないが、ここで語られている渡辺麻友の魅力を読むと自分にはかつて存在したあるスクールアイドルの姿が思い起こされるのである

 言わずもがな矢澤にこである

 アニメ以前の矢澤にこプライベート含めて完璧アイドルに近い存在として描かれていた。また、本人も最高のアイドルになれる器だと自覚し、なろうと努力を続けている存在であったし、その姿勢ポテンシャルメンバー尊敬を集めたりしてもいた。(公野櫻子原案鴇田アルミ作画漫画版過去CDドラマ参照)

 そのようなにこのキャラクター性、物語性が人気と支持を得て総選挙1位も獲得したし、自分などはこのキャラクターもっと様々な舞台で見てみたいと期待していたのだが、TVアニメ以降は大幅な設定改変を行われて、矢澤にこというキャラクターは闇に葬り去られてしまった。

 TVアニメではかつての設定は面白おかしねじ曲げられてネタにされるのみであり、後輩含めた他のメンバーから馬鹿にされることばかりで、本人もアイドルになりたいというよりはただのアイドルオタクという部分が強調され、努力の跡はあまり見られない。

 京極尚彦花田十輝両氏は元々典型的先輩らしさがなかった絵里以外の3年生キャラを先輩らしい役割を与えたかったために矢澤にこ東條希キャラクターを改変したらしい(電撃ラブライブ!3学期参照)が、TVアニメのにこの良い意味での先輩らしさは1期終盤の数箇所くらいであり、他は悪い意味でただ偉そうにするだけの残念な存在として描写されている。その点を抜きにしても適当ににっこにっこにーと言わせておけばいいというように薄っぺらく判を押されただけのキャラクターとしてアニメ以降のファンに印象付けさせられてしまった。

 つまり、前半にも同様の指摘をしたように第1期の時点でキャラクター人間として描こうとする当初のスタンスは失われていたことを指摘しておきたい。

 ブログ著者の批判の仕方はもっとであるが、渡辺麻友をそのように態々例に出して語りながら、矢澤にこをはじめとするTVアニメ以降のキャラクターの改変について無視して語り通すことに違和感を覚えるし、所詮第1期アニメについては盲目的な信者である所以が見え隠れする。

 第1期をはじめとするアニメ版劇場版評価する人の存在も個人の好み故に仕方のない部分だが、2期や劇場版キャラクター性や物語性をあのように初期や現実アイドル比較する論理から批判しておいて1期は問題なく賛美する見方に関しては異議を唱えたい。


 結局批判に近いような形で締めてしまったが、基本的には概ね同意できる内容であるし、劇場版公開間もない頃にはっきりと内容を批判する記事を公開したのは当時は勿論だったが今から考えても意欲的な試みで素晴らしかったと思う。それまでファンアンチ盲目的で説得力と内容のない賛美と批判ばかりがありふれていた中で、ファンに多少は内容に目を向けるように刺激を与えた意味画期的ものだった。

 彼の批判たまたま拡散されたからというのもあるが、個人的に、TVアニメ化以降のラブライブ関係イベントで最も興味深く見る価値があったのはアニメの内容やライブ紅白出場などよりも彼の批判ブログとその反応関係だったのではとすら思っている。

2016-01-04

http://anond.hatelabo.jp/20160104114250

それこそそう言い放ちたくて仕方がなかったんだろうなあという予想通りの反応だけど、そもそも「違うかどうか」なんて話してないんだけど…

2015-12-31

匿名人間が信用出来ない理由

それは「自分にはこの行動で失うものがないと思っているから」だ。

失うものがない時人間はいくらでも凶暴になれる。

アキバで次々と人を殺したあの事件だって彼が既に自分という存在を捨ててしまい何も失うものがなくなっていたからだ。

人間は失うものがないと「無敵の人」になれるのだ。

匿名人間は常に失うものがない。

そりゃ2chで●が流出した時に多くを失った人間はいた。

殺人予告をしたら警察通報されて何かを失った人間もいた。

だが彼らは「まさか自分が何かを失うなんて思ってもいなかったから」こそそういった振る舞いをしたのだ。

彼らは「無敵の人」だったのだ。

失うものがない者、失うものがないと思っている者は信用できない。

逆を言えば失うものがある者がリスクを侵すとき人は彼らを信用しやすい。

有名人が突然訳の分からない事を言い出しと思ったら周りの人間が「何を言ってるのかは分からないがとにかく凄い自信だ」を根拠としてその意見を信用してしまう事がある。

それは彼らがその意見を発する事で下手をすれば信用やひいては立場を失ってしまうからだ。

失う物があるはずの人間がただただ馬鹿なだけの言動をするはずがないという逆説的な信用があるのだ。

これはある意味匿名人間の悪意よりも質が悪い。

「何かを失うはずがない」と思って行動した「無敵の人」の多くは最後にはその行動の異常性によって孤立して社会によってすぐさま排除される。

そうすることで彼らの危険性は大幅に削ぎ落とされる。

だが有名な人間が同じことをしても彼らは孤立しない。

逆説的な信頼によって彼らを擁護する人間が現れてしまうのだ。

恐ろしいことである

まさに衆愚社会

それによってもたらされる被害は時に社会に大きな爪あとを残す。

カルト教祖なんてまさにそれだ。

教祖様馬鹿な言動をして今更信頼を失ってみせるものかという盲信が彼らを教祖命令に従わせるのだ。

我々はこの現象に注意しなければならない。

匿名人間が信用出来ないのは事実だ。

だが、それと同じ警戒心を匿名でない人間、失うものが沢山ある人間に対しても向けることを常に止めてはならないのだ。

ストップ、有名人即信頼。

2015-12-13

キャラが帰ってくるの記事を、セクマイ連中が批判しながら、鬱に理解のない某botみたいだと

いってるけど、その鬱に理解のない某botが、不快人間もいる

漫画オカマキャラが、過剰にデフォルメされたセクマイ差別象徴だというけど、

こっちから見れば、あのbotそそうだわ

メンヘラと血が繋がっていて、長年振り回されている人間にとっては、あのbot名前すら嫌だ

からって配慮しろはいわない

ただ、セクマイ連中の、自分達は大衆無意識に踏みつけにされていると騒ぎ立てる態度にはうんざりする

あなたたちだって無意識に踏みつけてるんだよ

絶対にそれをしないことなんて不可能なのに、被害者意識丸出しにして、それで誰かを殴るな

だって被害者加害者なんだよ

2015-10-24

リンガーハット餃子無料アンケートの件なんですけどね

数カ月前に似たようなこと書いたかと思うんですけど、

覚えてる人いる?いないよね。

いたら困るんだよ、似たようなことこれから書くから

でね、アンケートに答えると餃子無料券貰えるわけ。

で俺さ、毎回必ずアンケート答えてんの。

必ず餃子無料券ゲットしてるわけ。

あ、正確に言うと、アンケートに答えるとゲットできる数字3桁のクーポンコードレシートに書き込むと、

そのレシート餃子無料券になるのね。

これ内緒だけど今月までのクーポンコードは072だからな。

悪用絶対するなよ。

増田との約束だぞ。

で、本題なんだけどさ。

毎回答えて毎回餃子無料でゲットしてたら、

今日とうとう馴染みのおばちゃんが「今日餃子クーポンお持ちですか?」とか聞いてくるようになったわけ。

今日餃子無料乞食ですか貧乏人、って迫ってきたわけ。

いやこれは流石にいたたまれないので反射的に

あっっっ・・・あああ~、今日持ってくるのわすれちゃって、そっそそそそうだな、今日普通に餃子のセットで!

などと大変キョドって注文してしまったのですが、

無料じゃない餃子ってこんな高いのかと会計した時にびっくりしたわけですよ、

ほぼ1000円なのね。

ねえ、で、ここからが本題の本題なんだけどさ、

餃子無料券の増田として馴染みのババア認知されちゃっった俺は、

今後このリンガーハットでどのような戦略を練ればいいわけ

悩ましくてもう今夜俺眠れないよ。

2015-09-11

外套青空

坂口安吾外套青空」を読んだ。描かれているのは、低俗な魂を持った女の肉体に抗えない男の本能というアンビバレンスである

キミ子が夫の生方を「純粋だけの人」と呼んだとき主人公落合憎悪を込めて「そんな人間がいるものか!」と叫ぶ。彼は純粋な人、理性のみの人間に憧れているのだが、自分がそうではないことも知っているのだ。だからそそう叫んだのである坂口ロマンチシズムである

外套青空は、ともに肉欲の記号である。キミ子との性交が、これらを肉欲と結びつける。だがなぜ外套青空なのか。理由は定かではないけれど、おそらく単に意外だからではないか、と思う。本来関係のないものが、キミ子の肉体によって強烈に接続される。その特異性故に、落合はキミ子から離れられないのだ。思えば、坂口の書く女性は皆、低俗な魂を持ちながら「何か」を持っているのである

2015-08-27

図書館に逃げるって本当にベストアンサーかも知れない

小学校時代いじめ経験して、中高では孤立することでそれから逃れていた自分視点で書く。

図書館に逃げるって、すごくすごく正解かも知れない。

自分いじめられたきっかけは絵を書くことだった。

絵と言っても漫画絵だ。

まだそういうことが珍しかった時代の話なんだ。

授業中に落書きしていた教科書を生徒全員の前で先生になじられたことからいじめが始まった。

先生としても、いじめを容認することでぼくがそんな趣味をやめてくれればありがたいくらいに思っていたのだろう。

自分にしてみればそんなことは知ったことがない。

別に誰に迷惑をかけるでもなく、自分は好きなことをやっていたかったんだ。

というか、その頃は自分衝動なんて上手にコントロールできなかった。

いじめられる全員がそうとは限らないけど、すくなくともぼくがいじめられる原因はその特異な趣味ももちろんだけど、周りの輪に馴染めなかったことにあった。

外で遊ぶくらいなら趣味に没頭したかったのだから、そっとしておいて欲しかったのだ。

彼らにしてみれば、良かれと思う誘いを断るのだから罰っせられて当然くらいに思っていたのだろう。

先生からの余計なお墨付きも手伝って、いじめは日に日にエスカレートしていくばかりだった。

輪を作ってそこに参加することが学校常識から、それに参加できない人間は罰を受ける。

すくなくともいじめる側の行為正当化していた理由はここにあったと思う。

ぼくの唯一の救いは、両親共働きで夜が遅かったから、体調が悪いと嘘をついてもさほどうるさく言われなかったことだ。

その代わり布団に入ってないと疑われるので、その時間は好きな絵を書くことを我慢しなくてはならなかった。

中高は人間関係リセットしたいからと一応の私立に行った。

すべり止めを滑った人間があつまるような落ちこぼれ学校だったせいか、自分が輪に入ることを拒んでいたらそのうちだれも誘うようなことはなくなっていった。

おかげで幸いいじめられるようなことにはならなかったが、親にも心配をかけず孤立が許されるという環境存在は大きかった。

そう考えると、図書館っていうのはもともと一人で作業をするための場所だ。

空間が開けていたり、テーブルが続いていたり、うるさくしてはいけないとか最低限のルールはあれど。

コミュニティを作ることが前提である学校と違い、それぞれがそれぞれの目的をもって訪れる場所であり、そもそもコミュニティ存在不要なのだ

から輪にはいらないことは罪ではないし、逆に目的を共有できる人間とは自由コミュニティを作ることができる。

この、入らないことが罪ではないということはとても重要だ。

しかも何が素晴らしいって、そこには生涯の時間をかけても読みきれないほどの本があるんだ。

その気になれば、どんな道のプロにでもなれるほどの情報量があるんだよ。

義務教育という考えには反するかも知れないけど、これから時代はそれこそそうした教育なんかが役に立つとは思えない時代になってきているんだ。

常識なんて普通生活担保するための保険みたいなものなんだから、それを全て捨てて好きなことに突き抜けて世の中に新しい価値を生み出すことだって選択肢としてあってもいいと思うんだ。

それに、共通の趣味の本から始まるコミュニティなんて、考えただけでも素晴らしいと思わない?

から、本当に、そういう同じ問題を抱える人達と、それに理解がある大人たちとが集まって、すごく慎重にルールを作り上げていくことができたら、少なくとも悲惨いじめだけでもなくすことができるかもしれない。

当然、子供を食い物にしようとする大人とか、すぐにお金匂いを嗅ぎつけてくる大人とかから守らなくてはいけないから簡単なことではないと思う。

でも、図書館って、孤立自分の好きなことに没頭することが許される類まれ空間かもしれないって思ったんだ。

これがきっかけになって、たとえ世間からは逃げ込んだ人間同士と言われても、そこで立派な知識や大切な仲間を見つけることができたらどんなに素晴らしいことだろう。

もちろん、心も体も疲れている人は何もせずに休んでほしい。

すべての図書館がそれをすぐに許しくれるわけではないかもしれないけど。

何かをするには体力も精神力必要なのだから。どこかに隠れてでもそれを蓄えてほしい。

学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。」

このセリフを言った人は本当にすごい。チクショウ。朝から涙が止まらないよ。

2015-07-13

二村ヒトシ藤沢数希の対談が全く噛み合ってなくて面白かった

https://cakes.mu/series/3437

藤沢数希は「出来るだけ沢山のいい女の膣に射精することがオスとしての勝利」

二村ヒトシは「性的な相性のいい相手と最高のセックスをすることが人間の喜び」

と主張しているように見えて、最終目的地が余りにも違うから話が噛み合わないんだと思う。

これはもう、どっちが正しい間違ってるという話じゃなくて、セックス趣味の話なんじゃないか?

承認欲求と性欲を絡めない藤沢

二村

僕がいちばん訊きたかったのが「藤沢さんはモテるようになって、救われましたか?」ということなんです。

藤沢

救われるかどうか、とか特に考えたことがないんですよね(笑)

コンプレックスというか、もっと切実な問題ですよね。とにかく目の前に、セックスできないという切実な問題があって、それをどう解決するか、みたいな。

二村さんは恋愛を語るにあたって、「自分とはなにか」「愛とはなにか」といった部分で悩まれていますよね。それが僕にはよくわからないんです。だってお腹が空いたら食べ物を探しに行くじゃないですか。それと同じで、恋愛って、性欲が満たされなかったから、満たされるように活動する、というだけの話ではないでしょうか?

二村は昔から女性主体性に固執していたが、藤沢にとって女は食品に近い。

食品承認欲求ではなく食欲を充たすものであるように、女も承認欲求ではなく性欲を充たすものなのだろう。

 

普通未満のスペックの男」が視界に入ってない藤沢

藤沢

『ぼく愛』を書くうえで、似たようなジャンルの本を調べていて、男性向けの恋愛マニュアル本もかなり読みました。すると、ほとんどが、女性と喋ることもできないし彼女なんて夢のまた夢みたいな人を想定読者とか、物語主人公にしていて、この本に書いてあるテクを使えば、童貞が爆発的にモテるようになるという書き方をしているんですよね。

ヒットしたスポ根作品主人公って、地力があるし才能もある、というキャラクターばかりなんですよ。『スラムダンク』でもなんでもそう。野球漫画だったら、主人公は、最初は粗削りで下手くそだけど、キャッチボールはできるし、もちろん野球ルールも知っている。それなのに男性向け恋愛マニュアルだと、「コミュニケーション能力普通にある人のためのモテ本」というのが少ない。まあ、そういう経緯があって、『ぼく愛』の主人公であるわたなべも、設定が、童貞ではなかったわけなんです(笑)恋愛マニュアルは完全に非モテのためのもの、という思い込みが世の中にはあるのかもしれませんが、「普通の人がモテるようになる」作品があったっていいはずです。

しか所得が高く異性にも不自由せず生きてきた男性にとって、コミュ力破綻した貧乏ブサイク男性との接触頻度は低い。

学生時代の友人も、同僚たちも、そこそこの容姿収入コミュ力を持つ。だから彼女持ちの弁理士を「普通」としたのだろうが。

恋愛工学は、要領が悪くてスペックの割に損している男性を持ち上げるノウハウであって、スペックが死んでいる人には使えない。

二村はスペックが死んでいる人にも何かしらの希望提示したいのかもしれないが、藤沢は無関心なのではないかと思う。

ゼロに何を掛けてもゼロである

 

二村には「エロ観」があるが、藤沢には無い

二村

より上を目指す、より「いい女」を得るっていうだけではない、横道にそれた「いい恋愛」「いいセックス」の探し方も人それぞれあると僕は思うんですよ。ていうか僕はそっちのほうが人を幸せにすると思う。これは女性に関しても言えることなんですけど。女性向けの成人コンテンツも増加しているし、女性世界にも男性世界と同じことが起きてきていますよね。僕はもっと女性の性欲についても考えたいですね。

藤沢

女性場合男性の視界に入らないのは下位のせいぜい2〜3割だと思うんですが、確かに、性欲を持て余している女性も多いかもしれませんね。

二村

いや、そういう“階級”の話じゃないし、モテる男になって抱いてやればすむという問題でもない。僕が「人妻との五反田でのセックス関係が対等だから藤沢さんの小説の中で唯一エロい」、つまり、それ以外の場面はセクシーじゃないと言ったのは、セクシーさというのはコントロールが不能で、おたがい支配できないのに波長が合ったときだけ匂う空気からです。

藤沢は、階級と勝ち負けにしか関心が無いのではないかと思う。ビジネスには向いた性質だ。

女の価値を、「自分にとっての良さ」ではなく、容姿ランクにして定量化するのもビジネス的だ。そこでは「誰もが理解できる価値」が重要になる。

もちろん藤沢は、男もランク付けされるものと思っていて、ランクが上がるよう努力しろという人間だ。そこが負け組ミソジニストと違う点。

負け組ミソジニスト自分未来より女に関心があり女を傷つけようとするが、藤沢は女に関心が無く自分未来に関心があるため、

筋トレやら掃除やら勉強やら、常に自己向上的だ。

 

二村は「自分にとっての幸せ」を重視しており、マゾヒスト男性などのマイノリティに関心があるからそそうなるのだろう。

趣味マジョリティであればあるほどスペック重視になり、マイノリティであればスペックよりも性的な相性がピッタリであることが重要になる。

藤沢変態真逆なのではないか。セックスの内容に微塵も興味が無いのではないか。

『ぼく愛』をパラ見したが、セックスシーンは朝チュンだった。

藤沢にとっては「やれた」という達成感が重要で、それは仕事における達成感と同じものであり、

次はもっと良い仕事をするぞ!のノリで、もっと良い女を抱くぞ!となっている、あまりにも天然で無邪気な男なのではないか。

とにかく二人のエロ観が全く違うのだ。

ここまで違われると同じ「男」と括って、「男とは~」と語るのもバカらしい。

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