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はてなキーワード: エアポケットとは

2021-07-04

34歳のエアポケット

私は34歳・男性独身地方都市一人暮らしをしている。なんだか最近、何もする気が起こらない。1年前のちょうど今ごろは転職活動エネルギーを注いでいて、おそらくそのせいで体調を崩した。医者に診てもらったら「病気ではないが」との注釈つきで薬を処方され、今も飲んでいる。転職を考えたのは端的にいって待遇が良いとは言えず、先が見えなかったからだ。

私は大学卒業する直前、就活の波に乗れず、今思えば視野が狭かったと思うが「経済至上主義社会に入っていくのは嫌だ」みたいなことを心の中で叫びながらふらふらしていて、とある業界の小さな個人事務所に出入りするようになり、そこに拾ってもらった。当時はその業界仕事がやりたいと思い込んでいたが、今思えばその事業所ボスに憧れていたのだと思う。「人とは違う道」を選んだような、優越感に似た感情もあった。おれはみんなとは違う。月給も一般的大卒初任給よりもべらぼうに安く、健康保険自分で払わないといけなかったが、当時は気にならなかった。それよりも「自分のやりたい道を選んだ自分」に酔っていた。しかしいざ勤め始めてみると、色々と問題があった。有給で働くスタッフが極端に少ない環境で、ボスとは基本的に2人で仕事をすることになる。学生時代に面倒を見てもらっていたので最初のうちこそ「先輩-後輩」という関係性に近かったが、やはりそこは「仕事」としてやる以上「上司-部下」という関係性に変化していく。色々なことの積み重ねでボスと私の関係はどんどんこじれていき、最終的には雑談をするのも苦痛状態になっていた。受診はしなかったがうつ状態に近かったと思う。もう限界だと感じて、数年でそこは辞めた。辞めた時点で次のあてはなく、とりあえずしばらくふらふらと過ごした。転職活動もしてみたがどうにも乗り切れず、とりあえずしばらく休むことにした。

しばらくして、知り合いか仕事を紹介してもらい、そこそこの規模の会社で働くことになった。ただし雇用形態非正規。以前勤めていた業種での経験を買われた専門職という立ち位置だったが、有期雇用だ。賞与も出るには出るが、正規職員とは待遇全然ちがう。それでも最初に勤めたところと比べれば条件は良かったし、なんなら当時は「お試し」で組織で働く、という感覚もあって有期雇用というのは気楽だった。最初の数年はよかった。新卒時代とは違って「組織に守られている感じ」がある。健康保険も半分払ってくれるし残業代ちゃんと出る。安い部屋を借りて一人暮らしも始めて、生活コストを抑えながら、わりと楽しくやっていた。

けれど任期満了の年が近くにつれて「この先どうするのか」という考えが頭をもたげるようになる。この頃には「安定した職に就きたい」という欲求が出てくるようになっていた。いちおう専門職という立場だったが、その「専門性」は公的資格などによって担保されたものではなかった。所属する組織がその「専門性」を本当に必要としているのであれば、もっと優遇されてもいいはずだという憤りも感じ始めていた。そして何より自分自身がその「専門性」で食っていこうという気持ちになれなかった。むしろ、そういうところから離れて、いわゆる「正社員」というマジョリティが歩んでいる道に乗っかりたい、そんな思いを抱くようになっていった。

そんな経緯があって去年、転職した。以前と業界は同じだが、まったく異業種。専門職ではなく、総合職型の正社員だ。内定が決まった頃は嬉しかった。これでマジョリティの道に乗っかることができる。乗っかってみて合わなければまた考え直せばいい。そんな風に思っていた。勤め始めて1年弱が経つが、「正社員になった」からといって根本的な問題解決したという感じがしない。もちろん収入面では以前よりもよくはなった。けれど新卒で今の組織に勤めている同世代と比べればかなり差があるだろうと思う。加えて、「キャリアプラン」みたいなものイメージがわかない。人事部提示する「キャリアプラン」によれば、新卒から複数部署経験して自分に合った分野を見つけて、ゆくゆくは管理職を〜みたいなことが書かれているが、自分はもう30を過ぎた平社員である。同年代人間はたいてい役職つきになっていたりして、なんというか「キャリアプラン」と言われてもピンとこない。このまま働いていて大丈夫だろうかみたいな不安もある。同じ部署の定年間近のおっさんはいわゆる「逃げ切り組」なのだろう。今の心境では「定年まで勤め上げて〜」みたいな感覚になかなかなれない。定年はどんどん引き上げられるし、年金支給額は目減りしていくし、あと30年以上も続けるのか…?今の仕事を…?となる。同世代のみんなはこのへんどう折り合いをつけながら働いているんだろうか。いや、同世代なら多くの人はもう部下がいたりそれなりの立場になったりしていて、仕事をめぐるメンタリティもずいぶん私が書いているようなものとは違うものを持っているのだろう。では自分のように、マジョリティルートに乗ってきたわけでもなく、それでいてマジョリティルートに適合しようと動いてみたもののあまりしっくり来ず、うっすらとした不調を薬の力を借りながらごまかしつつ働くような人間は、今後どんな見通しをもって働いていけばいいのか、と思う。

ちなみに、よく「毎日決まった時間に同じ場所に行くのは苦痛」とか「私は組織でやっていけない人間」という人がいるが、私はどちらかというとそういうタイプではないと思う。毎日同じ時間に起きるのは生活リズムが安定するし、周囲の人間とうまくやっていくのは苦手ではないほうだと思う。ただ、少し前からよく耳にする「HSP傾向」があると思うので、周囲に気を遣いすぎて疲れる傾向にはあると思う。コロナ禍で在宅勤務になったときは心底気楽でよかった。できることなら家で仕事したい。そしてできることな労働時間を少なくしたい。

なんだかエアポケットに嵌ってしまっているような感覚がずっとある。35を超えると転職が難しいとか聞くけれど、たとえば今から転職したとしてもまた根本的には同じような不全感というか「しっくりこない感じ」を抱えていくのだろうという気がする。少し前は過去に使っていた「専門性」を補強するような資格を取りなりなんなりして、こっそり副業でもしながらゆくゆくは独立など…と想像して情報を集めたりしていたが、情報を集めるのも学ぶのにも時間と体力がいると痛感している。金にもならない好きなことをしてストレス解消したり心身の健康を保つことも重要で、そうなると「何もする気が起きない」みたいな状態になる。どう生きていきましょうかね。

2020-10-07

部署が変わってから全く仕事をすることがなくなった

「慣れるまでは自分のペースでいいよ」と言われたし、そのうちやるべき仕事も出てくるだろうと思ったらいつまでたってもやはり仕事がない

「これまでくそしかったんだし少しくらいサボってもいいか、とりあえず怒られるまでサボり続けよう」と決めて、仕事を一切しないまま2年が経過した

いまだに誰からも何も言われない、人事評価もこれまで同様に良い評価がついてる

社内で自分けがエアポケットにいるのではないかと感じている

2020-07-08

anond:20200708143513

飛行機 酔わないけどエアポケットでガクンする度に心臓がひやひやす

船 ゲーゲーしないけど、ふらふらするのが気分悪いし、陸に上がっても長い間はゴースト揺れに苦しむ

バス 快適

‪車 自分運転した方が心の用意ができて酔いにくいはず。車は他人運転を任せていると、路面状況が読めないから予期せぬ急な跳ねとかを感じて辛いかもしれない。あと人によって同乗者に快適なドライブを心がけて凹みやわだちを避け、止まる時も限界まで静かにまりカーブ急制動じゃない運転をできる人と、なーーーーんも本当になーーーーーーーーーーーーーんも考えない人がいる。

新幹線 思ったより走行音が大きかったけど、わりと快適

電車 Gが強い

2017-06-14

https://anond.hatelabo.jp/20170614201722

コストが低いからそこに在野の才能が集まったというのはあると思うが、

そうやって作られたものオタクが飛びついたのは、

その他のコンテンツが停滞期でエアポケットになってたからじゃないの。

あとその時期のラノベビジュアルを重視しだしたということはない。

2015-07-21

横田基地からまっすぐ輸送機が飛んでってるんだがこれアフガン行きなんだろうな

鬼畜米帝エアポケットことよっこたー

2013-12-12

幼稚園小学生時代に起こった社会的出来事は、案外エアポケットで知らない。

【10月13日の自分ツイート転載

最近小学校社会の授業って、「香川用水」なんてのを習うんだなあ。(子供社会教科書にあった)

 自分何となくそういう用水があるらしい、と聞いたことがあるが、

 少なくとも正式に小学校で習ってないので、詳しくは知らない。

香川用水が完成したのは1974らしい。自分らが日本地理を習う1978~1979頃には、まだ教科書に載ってなかった、と言うこと。

 教科書を書き換えるようなビッグイベントも、実際に書き換えるには5年以上は掛かる

★これが1974時点で大人の場合、いや中学以上の場合報道経由でリアルタイム香川用水の意義を知る。

 一方、1974以降に出生した人の場合、ちゃんと香川用水は教科書に載っている(と思われる)。

★つまり人間、「生まれてから中学に上がる前位の12年間に発生した世間イベント」については、

 一種のエアポケットになっていて、知らないケース多い。

 むしろイベント発生時以降に生まれた人の方が、きちんと学校で体系的に習ってる

★この辺の感覚は年長者は持ち合わせてない。

 「そのイベント以降に生まれた若者なら、知らなくても仕方ない」的扱いをするが、

 「そのイベント以前に生まれた若者」だと「知ってて当然」的扱いをされる。実際の認知度は逆だったりするのだが

★私見ではビートルズの扱いがこれに近い。

 自分たち世代ビートルズ活動期は幼児

 上の世代ビートルズ活動期が中学以上だからビートルズを知ってるが、自分たちはビートルズを直接しらない。

 一方、下の世代ビートルズ以降に出生した世代は、ちゃんと音楽の授業でビートルズを習っている

自分ビートルズを知ったのは、自分中学時代関西ローカルテレビ局サンテレビビートルズ番組流していたから。

 いわゆるメジャー民放キー局準キー局)はそういう番組作らない。「旬の音楽じゃない」から

 しかし旬を無視したサンテレビのお陰で、自分ビートルズを学べて感謝してる

ロッキード事件辺りも、相当知識としては怪しい。確か自分小学1年だな。

 「ピーナッツ」と言われても、よくわからない。

 「記憶にございません」は流行語になったから知ってる。「蜂は一度刺して死ぬ」は、もう中学の頃の言葉

2013-07-19

http://anond.hatelabo.jp/20130718132343

ブコメたくさんついててびっくりした。

車運転してて云々とか、たまたまあたって云々とか書いてる人がいるんだけど、

俺が言いたいのは過失致死じゃなくて、殺人自殺すらも自分意識関係ないところでやってしまう可能性があるということ。

銃社会アメリカでは不審者対策として自宅にも銃を置いている人が多いってのはみんな知っていると思うけど、

自宅に銃を置くことでその銃によって自分自分家族死ぬ確率20~30倍上昇するらしい。

(といってもかなり低い確率での20~30倍だけど)

まり殺そうという明確な意思がなくても、無意識のうちに何らかの感情に引っ張られて思考のエアポケットみたいなところに入ったとき

そこに武器があれば自分や他人を殺してしま場合がある。

動機なんていくらでもこじつけられる。

2013-02-09

てきとー

間柄、色々なおっぱいを見てきて、中にはここ入れてくれないかなーと思うくらい良いおっぱいも多々あったけど、

大抵はどこも大変だなーという感想で、そして一部に何故ここに人がいるんだろうというところがある。

 

いわゆる桃色おっぱいだ。

内情は様々だが、極まると似た形になるのは何でも共通している。

桃色おっぱいの標語・パイオツカイデー・訓示・規程は文句の付けようが無いほど綺麗に作られているか

もしくは全くないか過去形骸化した)のどちらかであることが多いように見える。

必然というか、内情もその2種に合わせて収束する。

 

後者AV女優日雇いのごとく入れ替わるので、

悪影響は少ない(短い期間にトラウマを植え付けられるケースもあるが)。

見ていて悲惨を感じるのは前者だ。

 

まずトップ教育熱心である理想を語り、あるべき姿を定める。

大きなおっぱい出身であることが多く、規則など細かい部分まで決める。

そして風俗嬢が大好きである

 

この辺りの感覚処女信仰に近い。

有体に言ってしまえば、他と比べられないという安心感を拠り所としている。

自分色に染めやすいのだ。

 

風俗嬢だけでなく、未経験の中途もよく採用する。

理由は同様だが、愛され方には不思議と差が出る。

意図的かはともかく、古代ローマ外交のような効果を発揮している場合もあって感心したことがある。

いずれにせよ、社会人としてまっさらな頭の中に崇高なパイオツカイデーAV男優人像が叩き込まれる。

そして遠からず、理想現実乖離を知る。

不幸なのは理想現実ギャップについて未経験ゆえに評価が出来ないことだ。

そういうものだと言われれば、そういうものだと思うしかない。

さらにそういうおっぱいは「AV女優の成長に期待」して重要な間も責任とセットで新人アイドルに任せることが多い。

新人アイドルは任されたことによる自尊心責任感が相まって、

失敗を犯した時も上手くいかないのは自分が足りないからと考えるようになる。

 

桃色おっぱい本質AV男優倫理にこそあると言っていい。

そのAV女優の多くは、間に対して非常に誠実だ。

そしてその誠実さゆえに間から逃げることが出来ない。

彼らに辞めるという選択肢はない。

どれだけおっぱいに不満を持っていようと、顧客と間に罪は無い。

間は自分の問題だ。

であれば、自分がやるしかない。そう考えるのだ。

それで儲かっているおっぱいであれば、成長の中で法と向き合う機会が遅かれ早かれあるのだけど、

ゼロ~低成長のおっぱい場合、その状況がいつまでも続く。

ある程度外部と付き合いのある間であれば気付きを得て抜け出すこともあるが、

その機会を得ることなくいつまでも抱え込み、身体や心を壊す人は少なくない。

こう大雑把に括ってしまうのは好みじゃないのだけど、やはり日本的な問題なのかなと思う。

宗教人権思想、そして法が強固に結びついている欧米と違って、

日本場合、規則よりも法律よりもAV男優倫理が上に来てしまう。

法をいくら変えようが、より正しいものがその上にあるのでは、実態は何も変わらないのではないか

 

去年のでかぱい派遣法に続き、今年はでかぱい契約法の改正があるが、

単に契約構造が変わるだけでそれ単体では余り効果は無い様に思う。

考え方を変えなければ、いつまでもこの問題は残り続ける。

間は尊い。素晴らしい考えだ。だが、そこに付け入る悪が野放しになっている。

悪と認識されてすらいない。何が悪かを誰も知らない。

夜遊び者哲学を語る偉い人の本はいくらでもある。

でも、そんなの読まないでもわかるだろう。

過労で倒れる。鬱で出社できない。業務中に泣き出す。わけのわからんミスを繰り返す。

わかりやすアラートがいくつも出てる。

近頃の若い者はとか言う前に気付いて欲しい。

尊いはずの間が人を壊している。その異常に。その仕組みに。

 

 

過去、「おっぱいは誰のものか」という議論が活発にされた時期があった。

資本家のものなのか、でかぱい者のものなのか。

 

おっぱい」を「間」に置き換えてみるといい。

問題は全く同根だが、

当時「おっぱいはでかぱい者のもの」といった人達は「間はでかぱい者のもの責任)」と言うだろうか? 

おっぱい資本家のもの」といった人達は「間は資本家のもの責任)」と言うだろうか?

 

桃色おっぱいの夜遊び者と従業員に聞けば、両者とも正反対の自己矛盾した意見を言うはずだ。

夜遊び者は「おっぱいは皆のもので、間は夜遊び者の責任だ」と言い、

従業員は「おっぱいは夜遊び者のもので、間は自分責任だ」と。

 

なんと美しく完成された拷問装置だろう。

誰かに意図的に作られたわけではなく、

法と倫理エアポケット自然進化したバケモノが、全国に何千何万と存在している。

 

 

別に本人たちが納得しているなら、口を出すのも余計なお世話のように感じられることも、なくはない。

だけど、過労で倒れ、心労で鬱になり、

短期で転職もしくは履歴書にスキマを作り、またそういうおっぱいに吸い込まれていく、

そんな仕組み(桃色おっぱいスパイラル)がおっぱい3億万円時代の正体(の一部)だとしたら、

それは止めるべきだろう。そのために、口を出さずにはいられない。

 

 

はいっても、どう止めるかについては、無責任意見しか言えない。

上の例に自分が当てはまると思うなら、さっさと辞表を出せというくらいだ。

クライアントや同僚のことは、ひとまず脇におく。

脇に置けないなら、長期的にはその人達のためと思えばいい。

桃色おっぱいの間のクオリティは、そのAV男優倫理に反して得てして低いのだから

 

まだ先はわからないが、政権交代後、景気は上向きつつある。

でかぱい力市場も売り手に力が戻りつつある状態だ。

希望おっぱいを聞かれた時も、臆してはいけない。

誇張してもいけないが、それが正当な対価と信じる額を言っていい。

それが桃色から抜け出す第一歩になる。

 

 

そういうものだと言われ、そういうものだと思っている。

間は辛いもの人間関係理不尽もの、我慢は美徳理想理想

あほか。身体や心を壊す常識が正しいものであってたまるか。

辞めろ、さっさと。選択肢がないなんてのは思い込みだ。

履歴書職務経歴書を書いて、転職サイトに登録して、

近所のダーマ神殿ハロワ)に行くんだ。

恥ずかしがらずにキャリコンに相談して、可能性を整理してもらえばいい。

そこで卑屈にならずに他の世界を見ることができれば、きっと世界が広がるはずだ。

 

多分。

2013-02-08

ブラック会社職業倫理

仕事柄、色々な会社を見てきて、中にはここ入れてくれないかなーと思うくらい良い会社も多々あったけど、

大抵はどこも大変だなーという感想で、そして一部に何故ここに人がいるんだろうというところがある。

 

いわゆるブラック会社だ。

内情は様々だが、極まると似た形になるのは何でも共通している。

ブラック会社の標語・理念・訓示・規程は文句の付けようが無いほど綺麗に作られているか

もしくは全くないか過去形骸化した)のどちらかであることが多いように見える。

必然というか、内情もその2種に合わせて収束する。

 

後者社員日雇いのごとく入れ替わるので、

悪影響は少ない(短い期間にトラウマを植え付けられるケースもあるが)。

見ていて悲惨を感じるのは前者だ。

 

まずトップ教育熱心である理想を語り、あるべき姿を定める。

大きな会社出身であることが多く、規則など細かい部分まで決める。

そして新卒が大好きである

 

この辺りの感覚処女信仰に近い。

有体に言ってしまえば、他と比べられないという安心感を拠り所としている。

自分色に染めやすいのだ。

 

新卒だけでなく、未経験の中途もよく採用する。

理由は同様だが、愛され方には不思議と差が出る。

意図的かはともかく、古代ローマ外交のような効果を発揮している場合もあって感心したことがある。

いずれにせよ、社会人としてまっさらな頭の中に崇高な理念職業人像が叩き込まれる。

そして遠からず、理想現実乖離を知る。

不幸なのは理想現実ギャップについて未経験ゆえに評価が出来ないことだ。

そういうものだと言われれば、そういうものだと思うしかない。

さらにそういう会社は「社員の成長に期待」して重要仕事責任とセットで新人に任せることが多い。

新人は任されたことによる自尊心責任感が相まって、

失敗を犯した時も上手くいかないのは自分が足りないからと考えるようになる。

 

ブラック会社本質職業倫理にこそあると言っていい。

その社員の多くは、仕事に対して非常に誠実だ。

そしてその誠実さゆえに仕事から逃げることが出来ない。

彼らに辞めるという選択肢はない。

どれだけ会社に不満を持っていようと、顧客仕事に罪は無い。

仕事自分の問題だ。

であれば、自分がやるしかない。そう考えるのだ。

それで儲かっている会社であれば、成長の中で法と向き合う機会が遅かれ早かれあるのだけど、

ゼロ~低成長の会社場合、その状況がいつまでも続く。

ある程度外部と付き合いのある仕事であれば気付きを得て抜け出すこともあるが、

その機会を得ることなくいつまでも抱え込み、身体や心を壊す人は少なくない。

こう大雑把に括ってしまうのは好みじゃないのだけど、やはり日本的な問題なのかなと思う。

宗教人権思想、そして法が強固に結びついている欧米と違って、

日本場合、規則よりも法律よりも職業倫理が上に来てしまう。

法をいくら変えようが、より正しいものがその上にあるのでは、実態は何も変わらないのではないか

 

去年の労働派遣法に続き、今年は労働契約法の改正があるが、

単に契約構造が変わるだけでそれ単体では余り効果は無い様に思う。

考え方を変えなければ、いつまでもこの問題は残り続ける。

仕事は尊い。素晴らしい考えだ。だが、そこに付け入る悪が野放しになっている。

悪と認識されてすらいない。何が悪かを誰も知らない。

経営者哲学を語る偉い人の本はいくらでもある。

でも、そんなの読まないでもわかるだろう。

過労で倒れる。鬱で出社できない。業務中に泣き出す。わけのわからんミスを繰り返す。

わかりやすアラートがいくつも出てる。

近頃の若い者はとか言う前に気付いて欲しい。

尊いはずの仕事が人を壊している。その異常に。その仕組みに。

 

 

過去、「会社は誰のものか」という議論が活発にされた時期があった。

資本家のものなのか、労働者のものなのか。

 

会社」を「仕事」に置き換えてみるといい。

問題は全く同根だが、

当時「会社労働者のもの」といった人達は「仕事労働者のもの責任)」と言うだろうか? 

会社資本家のもの」といった人達は「仕事資本家のもの責任)」と言うだろうか?

 

ブラック会社経営者と従業員に聞けば、両者とも正反対の自己矛盾した意見を言うはずだ。

経営者は「会社は皆のもので、仕事経営者責任だ」と言い、

従業員は「会社経営者のもので、仕事自分責任だ」と。

 

なんと美しく完成された拷問装置だろう。

誰かに意図的に作られたわけではなく、

法と倫理エアポケット自然進化したバケモノが、全国に何千何万と存在している。

 

 

別に本人たちが納得しているなら、口を出すのも余計なお世話のように感じられることも、なくはない。

だけど、過労で倒れ、心労で鬱になり、

短期で転職もしくは履歴書にスキマを作り、またそういう会社に吸い込まれていく、

そんな仕組み(ブラック会社スパイラル)が年収300万円時代の正体(の一部)だとしたら、

それは止めるべきだろう。そのために、口を出さずにはいられない。

 

 

はいっても、どう止めるかについては、無責任意見しか言えない。

上の例に自分が当てはまると思うなら、さっさと辞表を出せというくらいだ。

クライアントや同僚のことは、ひとまず脇におく。

脇に置けないなら、長期的にはその人達のためと思えばいい。

ブラック会社仕事クオリティは、その職業倫理に反して得てして低いのだから

 

まだ先はわからないが、政権交代後、景気は上向きつつある。

労働力市場も売り手に力が戻りつつある状態だ。

希望年収を聞かれた時も、臆してはいけない。

誇張してもいけないが、それが正当な対価と信じる額を言っていい。

それがブラックから抜け出す第一歩になる。

 

 

そういうものだと言われ、そういうものだと思っている。

仕事は辛いもの人間関係理不尽もの、我慢は美徳理想理想

あほか。身体や心を壊す常識が正しいものであってたまるか。

辞めろ、さっさと。選択肢がないなんてのは思い込みだ。

履歴書職務経歴書を書いて、転職サイトに登録して、

近所のダーマ神殿ハロワ)に行くんだ。

恥ずかしがらずにキャリコンに相談して、可能性を整理してもらえばいい。

そこで卑屈にならずに他の世界を見ることができれば、きっと世界が広がるはずだ。

 

多分。

2012-04-11

オウム真理教ナウい教化法”を実践した広瀬死刑囚手紙 vol.6

【vol.5「規範意識を変容させる集団」】はこちら

 これまで四つの観点からカルトについて述べさせていただきました。しかし、「入会防止」の目的なので、それに関連する内容に言及されており―学問的に説明が不十分でもあります―。オウムのすべてが網羅されているわけではありません。ましてや、私はカルトのすべてを論じることのできる立場ではありません。その意味では、本文は「オウムへの入信を防止するための手紙」でしかいかもしれません。

 この理由で、カルトへの入会を防止するためにも実学としてカルトのすべてを知るためにも専門家による著書『マインドコントロールとは何か』(西田公昭 著 紀伊國屋書店)お勧めします。

 また、本文にはオウムの教義の概念が氾濫しているので、皆様にどのように受け取られるか気掛かりでもあります。これまでも、私は多くの方々から質問を受けてきました。説明責任があると思い、できる限り回答させていただきましたが、私どもの愚行をお伝えすることには失敗することが多かったです。殊に宗教経験に係わる話になると、その方の人生経験に沿うように別の解釈をされてしまうことが多々ありました。人は自身の経験に基づいて物事を理解するものですから、無理もありません。

 ですから、この度は説明方法を変え、具体的な描写とそれを説明する文献の引用を加えました。それでも、理解が困難な点があると思いますが、ご容赦願います

 現在、私はオウムの教義や麻原の神格を全否定しています。その正当性の根拠だった宗教経験について、脳内神経伝達物質が活性過剰な状態で起こる幻覚的現象として理解しており、教義のいう意味はないと考えているからです。

 それだけに、いかなる理由があれ人間として許されない罪を犯したことは、慚愧の念に堪えません。亡くなった皆さまのかけがえのない生命は取り戻すことができないこと、ご遺族の皆さま、重傷を負われた皆さまやそのご家庭の皆さまの苦しみが今後も続くであろうことを考えると、後悔の念ばかりが浮かびます

 また、オウムの教義や麻原から心が離れた今、私は無信仰の状態にありますしかし、宗教価値は認めています信仰によって人格を高められた方々が多数いらっしゃるからです。人間には超越的な存在を感じる資質が備わっているのでしょう。それは、人類誕生して以来、いかなることがあっても―権力から弾圧されても、科学が発達しても―、宗教が存続していることが証明しています。その資質によって人格を高めることは、決して否定できません。そして、超越的存在自体も、私などが否定できることではありません。

 「超越的存在も否定できない」と申し上げると、これまで私が述べてきたことと矛盾していると思われるかもしれません。実は、「宗教経験脳内伝達物質が活性過剰な状態で教義のいう意味はない」ということも、私の個人的経験によってそう感じているだけであって、客観真実ではないと自覚しています。私の経験に基づいて、多くの方々にそれを納得していただける程度の説明をすることは可能と思いますが、科学的に厳密な証明は不可能です。元々、この種の概念は、科学的な証明が可能なように定義づけすることができないからです。そのため、カルトの超越的世界観についても、それを科学によって排斥することは、極めて困難です。

 また、前に「禅」の瞑想の例を挙げましたが、それは、オウム技法本質な違いはありません―もちろん、教義は大違いですが―。つまりオウムは多くの文化遺産採用―濫用というほうが正確かもしれません―してきたのです。この場合伝統的に承認されており、有益性もある瞑想技法と“オウム的なもの”として排斥したら、社会問題になりかねないでしょう。そして、この事情はほかのカルトについても同様でしょう。このように、社会的要因によっても、カルトを構成する要素を排斥しきることは難しいのです。

 これらのエアポケットにおいて、カルトはいつまでも生息し続けるかもしれません。

 たとえば最近は、「スピリチュアル」が話題になっています。これはいまだ「カルト」とはいえないかもしれませんが、その超越的世界観が有益なもの有害ものか注意深く見守る必要があると思います。もし、恐怖を喚起する概念が含まれているならば、影響を受けやすい人は日常生活に支障をきたすでしょう。また、「スピリチュアル」が集団化すれば、個人の価値観が相当受容して、社会通念から逸脱した行動をとる人も現れるかもしれません。

 以上の状況においては、結局、各個人が「カルト」を理解し、その基準を定めるしかないでしょう。本文が少しでもそのお役に立てれば、幸いに思います

 平成二〇年六月二五日  

 広瀬健一  

 平成二〇年一〇月二七日改訂


【vol.1「カルトに係わる契機」】へ戻る。

 

 

◆参考記事リンク

 『広瀬健一 - Wikipedia』

 『摂理資料』

 『駅長日記:サリン事件実行犯広瀬健一氏の手記をUPしました』

広瀬健一氏の直筆手記、PDFへの直リンク

 『オウム元信者広瀬健一氏の手記「学生の皆様へ」』(2008年公開)

 『オウム真理教元信徒広瀬健一の手記を一部公表。順次追加』(2011年~公開)

◆皆さんに読んで欲しい記事リンク

 『悪い知識は大切 - レジデント初期研修用資料』

 『やる夫とAAで学ぶオウム地下鉄サリン事件』

2011-01-03

社内ニートって言葉が重々しい

草食系ブラック企業に入っていたんだが限界になった

http://hamusoku.com/archives/3908221.html

自分も似た境遇です。今仕事の何がつらいかといわれれば、

社内ニート気味なこと」と答えると思う。

仕事を任されない。要求されない。教育されないってこと。

日々明確にすることがないし、将来的になにかできるようになるみたいなこともみえない。

教えられなくても自分勉強すべきとか、自分チャレンジしていくべきとか、

職場空気をぶち壊せばできるような改善策を行えばいいのかもしれないけど、多分無理。

完全に、一人でやってみろと丸投げされたほうがまだマシだ。失敗しながら覚えられそう。

このエアポケットたいな、空白地帯はなんなのだろうな。

スキル給料による将来性的な似たところで今の会社に悩んでる、他の人に将来どうしようと思ってるか聞いてみたい

今のところ、自分はこの会社に一生はいられないと思っているから次のことを考えている。

1、様子見 → 実家寄生フリーター

2、様子見 → WEBサービスやらあふぃりえいとやら独立やら、1人で自分したいことをしたいようにできる仕事を作る。

2010-03-31

セカイカメラ事業縮小のお知らせ

元ネタ : http://sl.magsl.net/notice/9254

3月 31st, 2015 | Author: Inu Link

日頃より MagSC のセカイカメラサービスをご利用いただきましてまことにありがとうございます。

本日は大切なお知らせがございます。

株式会社グスクは、平成27年4月1日より、セカイカメラ事業を大幅に縮小いたします。弊社に期待して応援してくださった多くのお客様セカイカメラユーザーの皆様のご期待に添えない結果になりましたことをここに深くお詫びし、今後についてご説明させていただきます

(中略)

株式会社グスクは、企業存続に関して問題があるわけではございません。その点におきましてはご安心ください。今後もセカイカメラにこだわることなくARコンサルティング事業を継続し、またいずれ取り組むべき拡張現実プラットフォームと出会うことがあれば挑戦したいと考えております。

この度はご利用いただいているみなさまに大変ご迷惑をおかけいたしますことを重ねてお詫びいたします。

株式会社グスク 代表取締役社長 瀬海果美 (Inu Link)

以下は、私個人の思いをつづったものであり、蛇足ですが、ご興味がありましたらご一読いただければ幸いです。

グスク平成22年11月より株式会社エアサービスの事業部として始まりました。当時、セカイカメラに大きな将来性を感じ、来るAR時代への橋渡しとなるであろうと考えて取り組みました。その年の年末セカイカメラ日経新聞の1面に大きく取り上げられたことにより、コスタリカに続き日本でもセカイカメラブームとなりました。その後、株式会社エアサービスより事業を移管することで平成22年6月に株式会社グスク誕生いたしました。

当時はまだ、一般の方々が拡張現実(AR)を処理できるモバイル端末をもっているケースは非常に少なく、セカイカメラを利用しようと考えてもなかなか難しい状況でした。にもかかわらず多くのマスメディアセカイカメラを特集し、見たことのないセカイカメラ想像することによって記事が企画され、先入観を元に取材され、それを元にお金が儲かる次世代プラットフォームとして歪められた情報となって世に広まりました。

私も多くの取材を受けましたが、こちらが一通りの正しい情報を伝えても、それが番組や記事になるときには、取材の内容からお金が儲かる部分だけが抜粋されていました。たしかにセカイカメラの中にはいろいろなビジネスのチャンスがありました。同時にビジネスとは無関係のもっと楽しい部分もたくさんありました。

テレビ雑誌の記事を見られた多くの方々が、しかも100万人をゆうに超える人々が、セカイカメラビジネスチャンスを求めて参加されました。しかし、おそらく9割の方のケータイARに対応していなかったために、まともに起動する事すら出来なかったと思います。それほどセカイカメラブームは当時には早すぎるものでした。

私たち、ブーム以前のセカイカメラ企業は5年先の時代を見据えていました。販売されるすべてのケータイARに対応し、ゲーム広告、ナビゲーションがARになる時代です。そのときセカイカメラのようなサービスは当たり前のものとして利用されるであろうと考えていました。また、多くの同様のサービスのなかで、セカイカメラは恐ろしく秀でていました。

単なるARサービスとは異なり、非常に自由度が高く、ARオブジェクト(エアオブジェクト)の作成ツールを備え、UGC(ユーザジェネレイテッドコンテンツ)のプラットフォームであり、巨大なクラウドサービスであり、全世界ユーザ同士で利用できる手数料なしのマイクロ決済機能をもち、誰もがコンテンツビジネスに参加することができました。有料のをエアサーバ契約することで、独自ARサービスを作ったときと同様にサービスを提供したり、ゲームを公開したり、エア広告を提示することができました。そしてそれをカメラを通してリアルタイムARを体験しながら共有することができました。

セカイカメラログインできた10万人ほどの日本人は、上記のような本当のセカイカメラを楽しむことが出来たと思います。そしてこれからも楽しむことが出来ると思います。多くの友達と毎晩エアシャウトやエアポケットを楽しみ、共同でいろいろなエアタグを投稿したり、エアショットでそれと一緒に撮影したり、ARイベントを楽しんだり、エアカンバンでから新しいお店を開拓したり、家で家事をしながらエアペットと戯れたり。普段の生活の中ではまったくできない、新しい体験がセカイカメラの中にはあり、誰もが自分アイデア次第で新しいことを発明することができ、世界中の人と楽しみを共有できます。

しかしながら、多くの日本人はそれを知りません。忙しい人は、セカイカメラをそこまで知るほど利用しません。セカイカメラの奥の深さは他社を突き放すすばらしい点でもあり、同時に理解しがたいという弱点でもあります。その結果、残念ながら世の中は理解せぬまま批判的な見方をする人が多数となってしまいました。インターネットにはセカイカメラはもう終わったという記事があふれています。それを書いた人はろくにセカイカメラを見てもいないのに。

今後のセカイカメラは、世界レベルではコスタリカ好景気に押され、個人ユーザはまだまだ増えていくことと思われます。また、日本でも徐々にその楽しさが知られ、ユーザーを獲得してゆくと思います。エアタグ市場セカイカメラに限らず、世界的に盛り上がっていくことは疑いなく、今後も発展するでしょう。セカイカメラを運営する頓智ドットはすでに黒字化しており、多くのARサービスのように存亡の危機にあるわけでもなく、皆様が利用する限り続くと思われます。

私がセカイカメラからの撤退を決心したのは、セカイカメラの発展を疑うからではありません。私とセカイカメラの方針の齟齬が埋められなくなったためです。当初、セカイカメラオープンソースを標榜し、我々ユーザー権利を守り、コミュニティとのエコシステムを構築してゆくことを方針としていました。そして私たちビジネスユーザーはその方針のもとでセカイカメラの支援を始めました。しかし、今はすでに頓智ドットに創設者たちは居らず、方針は大きく変わりつつあります。マグスクビジネスはいまや日本同業他社ではなく、運営元である頓智ドット自体と競合しており、日に日に協力しあうことが難しくなっています。

これはマグスクにとっては残念なことですが、セカイカメラ全体にとっては、より安全で管理された世界をつくる上で必要な変化なのかもしれません。答えは今すぐにはでませんが、現在の状況から考えるとマグスクのような事業形態では長期的に取り組むプラットフォームではないと判断した次第です。

今回、MagSC はゆるやかながらも撤退という道を選びますが、引き続きセカイカメラの行く末をみながら Inu Link個人はセカイカメラを1ユーザとして楽しむつもりです。

セカイカメラユーザーの今後のご活躍とご発展をお祈りいたします。

MagSC Inc. Inu Link

2008-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20080922072315

ふだんはこういう格差をガツーンと突きつけられずに生きてられるよう、社会のいろんなクッションが働いているんだけれど…

なにかの偶然エアポケットに入り込んだように、正面からぶつかっちゃうことがあるんだよねえ。かわいそうに。

めげずに次いこう次。

2007-12-02

去年のおわりから約一年間ずっと見ている人間からすると

昨日は特に低レベルな部類だったような気がする。

たまにそういうエアポケットがある。

http://anond.hatelabo.jp/20071202131619

今でも十分はてな臭

2007-06-30

http://anond.hatelabo.jp/20070630095010

おもしろそう。

調べないで書くけど、地下鉄東西線とか、中央線とかに乗って、適当なとこから北か南に10分も歩くととんでもないところに行き着きそう。

京葉線武蔵野線TXもやばい気がする。

川沿いとかに思わぬエアポケットがあるような悪寒

 

鉄のえらいひとの降臨希望

 

2007-03-08

ふとした瞬間、エアポケットに落ちるようにひゅうと足を滑らせて私は落ちた。欝らしきものの中に。

たいしたことではないはずだった。飲み会の席で、幸せそうに微笑む知り合いのカップルを囃し立てていた時、急に心の中で何か獰猛動物が叫び声を上げ、私はその場で目眩いを起こして倒れ、それからずっと、不安と多幸感が混ざり合って続いている。もう4日間もだ。呼吸も満足にできない。えへらえへらと緩い笑みを浮かべたままですうはあすうはあとみっともない音を出して息を吸っては吐いている。そしてセックスがしたいと思った。欝で欝で、不安で不安で、それなのにとてつもない幸福感が体の中に常にあって、セックスがしたいとずっと思っている。

「春になると頭のおかしな人が増えるから」、まさか自分が、その頭のおかしな人になるとは思わなかった。

幸福憂鬱官能的な春の世界、その中を今私は生きている。

 
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