「美学」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 美学とは

2017-07-21

日本人って自殺率高いんでしょ?

日本人って自殺率がほかの国に比べて高いっていう統計データ

あるんですか?

武士の腹切に代表されるように自死に関する美学みたいな伝統

あるから、今でも自殺率は高めですよね?

韓国が高いっていうのを聞いたことがある

2017-07-20

女性陰毛はあるほうが好きなんだが

ハイジニーナ増田で思い出した。

利便性とか趣味とか美学で剃るならもちろん勝手なんだけども、「そっちのほうが男性受けする」というのが理由ひとつに数えられてるらしい。

いや、それは疑問だ。


少し前、アメリカ人結婚した海外在住主婦という人のblogでも、下の毛の完全脱毛が推奨されていて、

やはり利便性のほかに「男受けも100%よかった」と書かれていた。


主婦氏の体験はたぶん、欧米人相手のものなのだとおもう。

なんかしらんけど、あちらのグラビアポルノは全部下を完全脱毛するのだ。陰毛のあるヌード特殊ジャンル

もう剃るのが作法になってるんだとおもう。だから好みかどうか以前に、陰毛生やしてると身だしなみ出来ないぐらいやばい事情のあるおんな、と思われるのでは。


ついでに、そういうヌードが増えたのは無修正文化のせいだろう。何の縛りもないので具を見せてなんぼになったので陰毛邪魔物とされたのだ。

それで話が日本に戻るけど、日本でも無修正くらい今はいくらでも見れるとはいえ、

何の趣もなく具を見せつけてどうこうというヌード日本には存在しない。

その縛りゆえに、下半身全体、しぼっても下腹部全体、股間全体の総合イメージ欲情するようになってる。

から下腹部や股間の重要ワンポイントになってる陰毛はあったほうが絶対よいのだ。

個人的にも

女性セックスするときに強く興奮する瞬間のひとつ

おろされていく下着の上から陰毛が出てくる瞬間だ。なかったらとてもつまらない。

陰毛がないととりとめがなくなり蛙のようだと思わないだろうか?


まあ繰り返しになるけれども

別の理由脱毛するならそれは自由だ。

しか日本で、下の毛全部剃った方が男受けがよいというのは偽情報ではないか

ブコメであるのとないのどっちが興奮するか答えてもらってアンケートしたい。

2017-07-05

「怒りのロードショー」第10話が気持ち悪すぎる

http://comic-walker.com/viewer/?tw=2&dlcl=ja&cid=KDCW_EB00000020010009_68

世界村山くんを一方的に拒絶して終わるこの回

読んだ時吐き気を催した

作者は何を思ってこんな回描こうと思ったんだ???

村山くんはかねてから映画クソオタクあるあるキャラとして意図的な「疎まれ役」の立場であったが、こういう人間も一つの見方として許容される漫画なんだと思っていた

少なくとも俺はそう思っていた

村山はクソ野郎だが一本筋が通っている。彼は彼なりの美学や信じてる物があるんだというそういう部分には割りと好感を持っていた。

現にこの10話でも彼はそれを貫き通した。良く分かってない取り巻きメガネに対して「何言ってんだバカ 作品テーマメッセージ必要だろ」と言い切る彼は普通にかっこよかった

しか主人公含む他の誰もが「お前だけはねーわ」と全否定しにかかる

村山くんはそりゃ誰からも好かれるような人間では無いだろう

しか言動の節々からシェリフと本当は友達になって映画を語り合いたいんだと、読み手にはそう感じていたし、割りとそれまでの描写だってシェリフにとっては悪友ポジションみたいな描かれ方してたと思うんだ

でも第10話では、シェリフにとっては村山くんの事など何一つ友人とは認知していないという描かれ方をしていた

あんまりだ。


そしてクラス全員から存在を拒絶される上に暴力まで振るわれる。

シェリフには「自業自得だ」的な事言われるけどそこまでされなきゃいけないほどだったの?オーバーキルにも程がなくねえ?


何なんだろう

これってこの回の内容そのものに何かメッセージ性があったって事なの?

メタルギアソリッドVのヒューイの件みたいな「1984」のような全体主義風刺するような意味が隠されてたって事?

それともこの回自体なにかの映画になぞらえたパロディみたいな事なの?

まさか作者の純粋まっすぐな「セーギ感」で、「クズ野郎を懲らしめてやったぜwwスカっとするだろ読者???????」みたいな安直な考えで描かれたとは思いたくない。

こんな漫画スカッとしたと感じる奴とはマジで関わり合いになりたくない。

気持ち悪すぎるもの

「怒りのロードショー」始まったばかりの頃は普通に好きでした。

でも回を追うごとに「村山虐め」が露骨になりだして若干の気味悪さを感じた中でのこの10話、もう無理です。

映画には色んな見方があっていい、けど村山テメーはダメだ」というのがこの漫画結論なら僕はもうこの漫画生理的気持ち悪すぎるのでこれ以上読むことは無いですし単行本も買いません。

さようなら

2017-06-25

ゆとり世代って言われるけど

有給を取れば理由次第では叩かれ、残業しなければ世代のせいにする。

なんで有給理由必要なんだよwww。さら残業してまでがむしゃらに働く美学なんてないわボケが。時間内に効率的仕事を終わらせることが大事だとなぜわからない。

しかし、終わったら終ったで別業務を振られるから効率性が組織において個人に対してプラスに働かないとか、なんだこの国は??

そもそも残業残業ってそんなブラック環境しか会社が回らないってことはビジネスモデルそもそも無理があるのか、組織上の欠陥かどちらかだろ。

価値観がずれてんのはおまえだろ。プライベート犠牲にしてまで仕事に追われて何が楽しいのか?

いちいちゆとり世代は〜なんて言うな。化石世代がっ。

そのゆとり世代感覚のほうが正常であって、非合理的システムに疑問も感じず盲信してる老害ものほうが問題だとなぜわからない??

おまえらみたいに無益管理しかできない人間組織としての生産性を下げているんだぞ?だっておまえら、何もやってねーじゃん。

日本くらいだな、肩書だけの人間会社が溢れかえっているのは。

ほんと、老害世代は最悪。もう少し視野を広げて周りの世界を見てみるがいい。(日本アジア後進国は除く)

これから海外就業視野に入れて活動する。日本は超非合理主義すぎて終わっている。そら沈むわ、この国は。

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170617053032

誰がどう見たってアホなことしてるなとしか思わないじゃん

反対派の負けだよ。いつまでも臭い対方法で政治が変えられると思ってるのが間違い。

変えたいならもっと別のアピールしないと。

効率の悪い美学を突き通すことで他人が苦しむのなら、美学じゃなく汚学だと思うね。

2017-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20170607080412

ん?それは普通に破滅美学的なやつでしょ。

モラルに沿ってはいないけど、肯定的にかつ美しく書いていると思うけど?

2017-05-31

http://anond.hatelabo.jp/20170531001116

プロゲーマーと、プロスポーツ選手に線を引こうとしてる人たちのほうが俺は理解できない。

ルールが変わるなんてのはいつでもあることで、同じルールの元で戦って勝てないなら、なんか変な政治力ルールが変わってても黙って耐えるのが日本プロスポーツ選手美学だ。鈴木大地にしても、岩崎恭子にしても、浅田真央にしてもみんなそうだ。

ウメハラなんかメインキャラカプコンの調整によりクッソ弱体化されたが、今使ってるキャラは最強と言われている。それで勝てないならプレイヤーがクソなだけだ。同じキャラを使っているアメリカプレイヤーは去年世界一になり、二日前の大会にも優勝した。ルール問題でなくプレイヤー問題しかないのだ。

2017-05-08

嫁さんの弟が不幸すぎて見ていて辛い

30代後半で未婚。

見た目的にも性格的にもそれほど癖があるわけでもなく、むしろ家族思いの好青年だ。

実家ぐらしで家族仕事を手伝いながらも収入は安定せず、恐らく手取り10万程度と思われる。

もちろん社会保険も未加入。給料というよりは小遣いと同じ扱いといってよい。

実家技術職の自営業

はいっても本人はその仕事を継ぐつもりはなく、技術習得する気もないので雑用ばかりに専念している。

長男ということもあり両親は一日も早く結婚させたいらしいのだが、どうもそのやり口がよくない。

顔を合わせる度に両親から結婚の話をするものから本人は仕事中であっても親と口を利こうとしない。

うちはおかげさまで二人の子宝に恵まれたのだが、たまに連れて立ち寄るとこれ見よがしに孫を可愛がり早く直系の孫がほしいという。

そんな言い方をされれば近寄りたくないにきまっているし、こちらとの関係すらギクシャクしかねない。

うちの子どもたちをそんな話のだしにしてほしくもないし、そもそも直系じゃないならうちの子どもたちをどう思っているというのだ。

なにより驚くべきことは、僕のまあまあ安定している雇われ仕事比較して、早く自立しろ長男を急き立てることだ。

どう考えても、弟さんが自立できない理由はそんなはした金で使い潰している両親にある。

両親は仕事も住むところも与えて世話をしているつもりだろうが、本人にしてみれば親の零細経営の中で他人を使うことが出来ないことを知っているからこそ自らが進んでその状況に甘んじているのだ。

そんなことも知らずに、父親は自らの小遣いを使っては好き勝手する姿を隠そうともしない。

本来ならそれは未来=息子に託すべきお金だろうに。

焦り始めたのか、最近は無理やりお見合いを組まれたりしているそうだ。

もちろん当然のように惨敗だ。そしてそれをまた両親は息子のせいにする。

結婚さえしてしまえばどうにかなると思っているらしい。

相手とこれからまれてくる子供人生を何だと思っているのだろうか。

傍で見ている限りは、敗因は完全に両親にある。

自分教育は正しい。本人がだらしないだけだなんて思っているのだから、例え言葉に出さずとも態度からダダ漏れだ。

だったらむしろ専業主夫志望で婚活したほうがはやいのではないか

それが両親のプライドに反するなら、それこそが弟さんを食いつぶしている犯人に他ならない。

弟さんはそれもわかってお見合いにまで付き合っているのだろう。

年老いていく両親を見て、最後まで面倒をみるつもりでいるのかもしれない。

両親を貧困から守るために、両親に気付かれないように自らを犠牲にしているのだ。

しかし間もなく手に職をつけるにしても結婚して家庭を築くにしてもタイムリミットが迫っている。

お互いの言い分は分からないでもないが、両親が仕事をできなくなったらどうするつもりなのか。

両親はその先が短いから仕方がない。

しかし、弟さんはそこから先、何もしないにしては長すぎる人生が残っているのだ。

それこそまさに世間を騒がせる日本の今に存在するリアル貧困だ。

なんとか引剥して外に出そうとは試みたのだがなかなかどうしてうまくできなかった。

それが彼にとっての正義であり美学になってしまっているのだ。

もやは清廉な最後すら覚悟しているのかもしれない。

こんな話がこれほど身近なところにあるとは思っても見なかった。

下手に嫁さんを巻き込みたくないし、できれば最悪な結末は避けたい。

どうにかならないものだろうか。

2017-04-24

おしっこ我慢する女の子に対する考察美学

さて、皆さんは2Lペットボトルを見たことはあるかと思いますが、このペットボトル、相当な大きさがありますよね。

家に置いておくのは結構ですが、持ち運ぶとなると一苦労。結局出先では然程嵩張らない500mlのペットボトルを持って行くのがベターとなります

しかし僕は「外ではペットボトルを持って行くのが良いか」という至極どうでも良い話をしたいのではありません。

――――華麗な美少女お腹の中に、2Lペットボトルと同じ量のおしっこが溜め込まれているとしたら――――

様々な理由によりトイレに行けず、なまじ女の子の”我慢”の能力が強かったが為に解放を許されずに居る大量のおしっこ

それは結局はただの液状の老廃物でしかありませんが、我々生物の持つ社会的機能/思考により"恥ずかしいもの"という意味を付加させます

”恥ずかしいもの”、つまり下品、異常なもの。それらを隠していくことで、正常であり、立派なものと見做されます

当然”恥ずかしいもの”を皆の前で露呈させるわけにはいきません。出しても良い場所に移動するまで、必死必死我慢します。

しか彼女膀胱の中に入っている2Lの量のおしっこは相当な物です。本来一般女性限界容量は平均500mlと言われており、1L以上我慢出来る人は稀有であると言われているほど。

(因みに、実際に2L以上の量を我慢した例は存在しており、この量は非現実的数字ではないということを明記しておきます)

本作では着ている服装関係から下腹部の膨らみは見られないだろう、と言う事で描写を省きましたが、彼女下腹部は大量のおしっこでみっともなく膨れ上がって居ます

見てて痛々しくなる程にパンパンに張った彼女お腹。そこまでお腹を膨らませた原因はおしっこであり、実に下品で”恥ずかしいもの”そのものであると考えられます

しかし同時に、そこまでしておしっこ必死我慢する行為には「彼女が”正常”で”立派”なものであろうとする」ことへの拘りが感じられます

下品身体”と”立派な思考”。おしっこが詰まった彼女お腹は、そんな二つの側面を兼ね備えているのです。

勿論そこまで我慢をしていて平気な筈がありません。恥ずかしい部位に意識を集中させ、身体を捻らせ我慢をしなければその場でお漏らしをしてしまうことになります

必死に足をクネらせ、手は恥ずかしい部位をグッと押さえ、腰は引け、お尻はもじもじと捩り、顔は真っ赤になり、目は涙で滲み、頬は汗が伝う。

その姿は、この手のフェチシズムを持たない人でも扇情的に映るでしょう。そしてそこまでの醜態晒しても尚、出口からじわじわと染み出る熱水。

駄目だ、漏れちゃう、もう我慢が出来ない。彼女思考おしっこに関することで埋まります

暴力的尿意による痛み、公共の場醜態を晒さなければならない辱め。しかし真に辛いのは、それほどの苦痛を味わいながらもまだ我慢をしなければならないという状況にあります

おしっこを本当に漏らしてしまえば全てが終わる。その恐怖から逃れる為に、彼女必死尿意我慢するのです。そう、お腹をみっともなくおしっこで膨らませながら。

僕はそんな彼女に「じっと立ってろ」と命令したいのです。おしっこ我慢している彼女には無理な話ではありますが、無理矢理じっとさせます

そして服を捲り、パンパンに膨らんだ下腹部をじっくり観察したあと、その神秘的なお腹ギュッと押したいのです。

その固い感触、触って改めて感じさせられる途方も無い量のおしっこ。そしてその瞬間に喘ぐ彼女の声、同時に響くド派手な水音。

滝の様に溢れ出る下品な熱水は下着を突き抜け、あっという間に巨大な水溜りを作ってしまます

その水溜りは僕の方まで伸びており、彼女と僕の足元はおしっこでビショビショ。我慢我慢を重ねたおしっこ匂いが、より”お漏らしをした”という事実事実であることを強調します。

一通りおしっこを出し切ったあと、泣き喚く彼女。僕はその場を離れます。最早この場において、僕は不純物だからです。頬を伝った彼女の涙が、水溜りの中でぽちゃんと鳴り響くのです。

コピペ

2017-04-20

家、ついて行ってイイですか?がひたすらにキツイ

あの番組笑ってみたり感動できたりする人いるのかと思うと不思議でならない。

あれってバラエティじゃなくて日本リアル貧困を浮き彫りにするドキュメンタリーでしょ。

BGMで無理やり綺麗なストーリーにするんじゃなくて、もっと深刻に向かい合う必要があるんじゃない。

貧乏だけど家族みんなで明るく生きてます。」とか、「美学を追い求めた結果、プライドを守るために貧困の中でゴミに囲まれ生活してます」とか、「それも幸せの一つです。」なんて口が裂けても言えない。

みんな必死で頑張った結果だからしかたないみたいな顔して笑ってるけどほんとうにそれでよいの?

一生懸命頑張っても貧乏から抜け出せないような世の中でいいの?

親の介護のために自分犠牲にして夢を諦めなきゃいけない人間が生み出される世の中でいいの?

出てくる人出てくる人全てがいい人で素直でしっかりと自分を持っているのに、そんな人達貧困であえでいるのがみんなが好きでやまない美しい日本なんだ。そうですか。

辛い。とにかく辛くて涙が出る。知らず知らずそういう生き方を受容しつつある自分にも気付いてはっとなった。

声を上げたい。でも誰を責めていいのかがわからない。

わたしあんなふうに一部の金持ちから好奇心を満たすためだけに消費されたくない。

みんな明るく笑ってたらダメだよ。自己責任でも何でもない。

あの人達自分とは関係ないと思えるような人になっちゃだめだ。

みんなで手を差し伸ばしあえる美しい国をどうしたら取り戻せるのかみんなで考えようよ。

いから誰かわたしを助けてよ!

2017-03-30

人種差別は置いといて統計等見ても日本は弱い

人種差別は置いといて統計等見ても日本は弱い

データの偏りや相対的物価言い訳にして逃げてるだけ

俺たちの国もあげろよ!という精神集団レベルでないから仕方ない

公務員給料を下げろという足を引っ張る議論に到達するし

あとおもてなしという美学無料サービスを誘発しているのもデカ

資源国土民族的性質を見ても資本主義価値観に適さない面は認めざるを得ない

2017-03-23

安部首相元老になるかも。

まだ62歳だから平均余命を考えると、あと20年は生きる。

小泉元首相みたいに意識して影響力を減らすような美学はなさそうだし、どちらかというと森元首相の強化版みたいになりそう。森元首相自分意思スポーツ以外になさそうで軽いお神輿だけど、安部さんの美しい国っていう主張はちょっと極端で、現役世代迷惑かけそう。あと、安部首相自分バカだっていう意識がなさそう。森元首相はわかってやってそう。

「2010年代とは極東アジアパワーバランス違うし取り巻きも古いからはっきり言って邪魔なんだけど、へそを曲げられると面倒だからなあ。」(2030年の首相のボヤキ)


個人的首相の分類

自分神輿だと思っている人  :鳩山、森、小渕、村山野田(?)、麻生羽田細川安部第一期)

自分指導者だと思っている人 :橋本小泉安部(第二期)、福田宮沢、菅

橋本福田宮沢も管も切れ者であることは間違いないし、小泉血筋政治天才だけど、安部幸運血筋の人で、能力勝負の人ではないのに。安部さん長期政権ブレーキ効かなくなってるんじゃないかなあ。権力は人を腐敗させるのであるなあ。

2017-03-18

ダテコーが不憫で仕方ないか擁護させて。

ダテコーの事をよく知らない人や見下したい人ばかり寄ってたかってると感じる。

 

ダテコーは、ネトゲでいう、「ちょっとLVも装備も足りてないけど変わった攻略法を試したいから付き合ってくれる人募集!」ってシャウトしてるPTリーダーみたいな人だと思う。ネットで叩いてる人は、その「ゆるい募集」を見ずに入ってきて、自分では絶対にPTを立てないけれど、入ったらリーダーの指揮とかメンバーの振る舞いの至らなさに悪態をつく、他人への要求が高すぎる人と被って見える。ダテコーがやっていることは、メジャーで洗練されたビジネスライクな効率PTとは違う性質のもの。仮にてさぐれ部活もの以上の大ヒットを当てたとしても、ひねくれ者のダテコーは大手制作会社のような作品は作らない気がする。自分の信じる「ゆるさ」や「面白さ」を表現するために、永遠にチープでマイナーもの、悪く言うとキャストスタッフ視聴者好意に甘えた、アットホーム感のある作風にこだわりそうだと私は感じる。そして、そういうスケールアップをあえてしない道は、茨の道だけれどもアリだと思っている。

 

ダテコーはバウンスィという制作会社経営してるけど、アニメ業界の人はほぼいない。カネがなく(資本金350万だよ)、テレビ業界とコネがあり、メンバー構成作家演出家音響技術者くらいの10人少々。アマチュアレベルのMMDに手を加えた3Dモデルを動かす人形劇アニメにもかかわらず、大手アニメと肩をならべて放送枠をとっている零細ベンチャーみたいなもの。だから大手制作会社と同様の条件でやろうというのは無理ながらも、キャストを含め作風共感してくれるスタッフ好意と熱意に支えられて、もがいているチャレンジャーという立ち位置しかも彼はツイートしてるように、キャスト約束した給料は不払いせずきちんと払ってるし(あくま大手制作会社とくらべて安いから申し訳なく思ってるって事だろう)、自身会社設立以来1年間無報酬でやっていて、貯金もほぼないそうだ。局で作家をしていたころは一般サラリーマンの3倍ほど貰っていたらしいが、テレビ局構成作家は3000万稼いで一人前という世界から身を引いた方なので、ベンツを乗り回してみたいなネットの噂で僻んでも仕方がない。ともかく、稼いでいるのに金払いをケチる悪い人間、という風評は悪意的だと思う。

 

彼を追ってきた人なら分かると思うけれど、実際はクソ真面目で、言われてるような声優アドリブ芸や内輪ネタに頼りすぎた作風を良しとせず、脚本音響などスタッフ達がきちんと仕上げて編集する作品作りにこだわっている人。だからこそ、現場がそういうディレクションを軽視して「やっぱ声優さんすげーわ任せるわ」ってなるたびに怒って監督をやめている。職分を超えて、声優負担を増えさせる不健全な状況には敏感な人だ。実際BDのノーカット版などをみた人ならば、編集はじめクリエーターたちのすごさが伝わっていると思うし、最終回の作り方などには、彼の美学を感じさせられる。

 

あのツイッター発言についても、本意と違う悪意的な捉え方ばかりされていると思う。本意としては、自虐的ながらも、「ウチは普通のとこと違うし当然売れないもんだから普通ビジネス感覚でやってくる人とはお互い良くない、俺たちはファミリーが欲しかったんだけど残念だ」くらいのことだと思う。私は別に条件が合わなかった相手disる意図はないと感じたし、その条件が合わなかった人のことを指して「技量がない」と言っているようには思えなかった。このへんはネット西野さんが炎上してた時にも私は思ったんだけど、みんな悪意的に捉えすぎている。「ダセー」だとか「お金の奴隷」は西野さん自身に向けられた言葉だし、自分がお金にこだわって可能性を閉ざすやり方を一部改めたからといって、お金(対価)を大切にする普通の人たちを貶す意図は感じなかった。むしろ西野さんにも石舘さんにも、普通人達に対して理解を示す言葉があった。それすらも乗り越えて、それを用意周到な言い訳とみなし、煽られたように捉えてしまいカチンとくる自意識過剰な人が多すぎるように思う。自分の労働ぶりを自虐的に捉えている人がそれだけ多いのかもしれない。

 

ともかく叩いてる人らは彼を典型的アニメ業界監督だと思って、「こういう奴がいるか業界は…」と感じているようだけれど、ここまで語ってきた文脈を捉えてもらえれば、ピントがずれていることが分かると思う。業界の薄給問題でほんとに叩くべきなのは大手制作会社で、彼のようにテレビ業界とのコネとアイデアで飛び込んだベンチャー社長みたいな人を叩いてたら、余計に業界健全化しないと思う。カネはないけどツテとキャストスタッフ好意に上手に甘えつつ、アニメ業界に切り込んで新しいカタチを提案していく、そういう立ち振舞は資本力のある大手には許されないけど、ベンチャーとしては参入が許容されてしかるべきだ。そういう遊びを許容しないと、市場新しい風は生まれない。もちろん、労働法範囲内でだけど。そこは実際にはおそらく問題ないのに、彼が自虐的な言い方をしすぎるせいで、問題のある労働が行われていると勘違いさせている。新しい風と言ったけど、低予算のMMDアニメだとか、リアルタイム3D人形劇先鞭をつけたのはダテコーだし、実際人を選ぶけどファンはついてるわけだよ。キャストだって、弱小ゆえの至らなさやダサさをネタにして監督をイジる事は多々あれど、ツンデレというか作品監督も基本愛しているように思う。そういう文脈を捉えてない人や、一般企業で安くこき使われてる人たちの怒りが、ダテコーというアニメ業界を代弁できないイレギュラー存在に矛先を向けてしまった。本来アニメ業界大企業のおエライさん方に向けるべき正論を、辺境の霧の中にぶちこんで無駄にしている感じがする。ダテコーの言うことは、クリエイティブの、しか不安定ベンチャー分野で通用する、熱意の方向性に関する局所的な話なのに、クリエイティブ業に携わることも、ベンチャージョインする人脈や熱量とも無縁な性質の勤め人たちから、「一般常識」で殴られている感じが、見ていて本当につらい。

 

堀江貴文さんなどもそうだけれど、内面がクソ真面目すぎるせいで強い思想をもち、世間から見ると変わったことをやっていて、世の「普通」に一切媚びない人種の方々は、無頓着からすぐに炎上してしまう。何に無頓着かって、自身のやってきた文脈を一切とらえずに一般論に基づく感情で殴りかかってくる人たちに「誤解」されないための言葉選びや長ったらしい自己説明をまったくしない辺り。そういう異能たちが、出る杭だと叩かれてノーマライズされる方向に圧力が掛かるのは悲しいことだ。

 

それはさておき、私はダテコーのような新興の弱い買い手が、背伸びをせず等身大報酬しか出せないけども、その弱さを隠蔽せず、詐称せず、そして契約強要せずにいる姿勢はとても誠実だし、ホワイトだと思う。「ウチは小さいから相場ほど報酬あげられないけど本当にいいの?考え方に賛同してくれるとかじゃないとやってけないよ?」と正直に言った結果、断られ続ける。それは愚痴りたくもなるけど、むしろ倫理的には賞賛されるものだと思う。取引は双方の合意があって成立する。そのことを売り手(被雇用者)に常に自覚させ、選択権を与え、冷静に賢い判断をしてもらうことは重要なこと。売り手側が考えるまでもなく、お利口な買い条件しか提示しない、良い所しか見せない企業ばかりだと、判断能力が育たなくて恐ろしいし、画一的いびつ、非現実的だと思う。経済的に未熟な企業から成熟した企業まで、さまざまあっていい。経済的に未熟な企業はどうしても無い袖は振れない、これを理解せずに「相場を払えないなら経営するな」という人ばかりだと、誰もPTリーダーをやらなくなる、もとい起業しなくなる。もう少し、柔軟性があってもいいはずなんだ。「ボッタクリでも時と場合によっては買うぜ」って人が稀にいるのと同様、「多少安売りしてでもこの会社この人とならコラボレートしたい」という希少な人の存在を、「賃金」のポリコレ棒で生まれる前に消滅させてしまってはいけないと思う。最低賃金だとかダンピング防止みたいな例外はあるものの、基本的には、どんな値段をつけるのも自由であるべきで、そっちの基本部分の方を甘く見ている人が多いように感じる。ボッタクリにも理由があり、存在価値がある。だから絶対悪ではない。自分が買い手の場合にそういう考え方ができるのなら、自分が売り手(被雇用)側になったときに同じ考え方ができていいはずだ。自由状態でこそ市場は成長するし、人間としても取引に多くを学び、成長していくんだと思う。市場の失敗が起こるとしたら、大体は倫理にもとる行い、ズルをしている場合。産地を偽ってボッタクリ価格正当化している、とかね。そういう訳でもなければ、一方的にすべての企業に「十分な(平均並の)支払い」を求めるのは、経済理解に暗いがゆえに計画経済的な発想になっている人なのかなと思わせる。イラストレーターの買い叩きとかクラウドワークス的なのが批判される時、企業もっと払えと言う人がその無理筋ぶりに無自覚なのと同じで。

 

話を戻すと、彼を叩いている人たちは、経済的に未熟な企業を許さないんではなくて、ダテコー側が倫理的に未熟な企業だと思いこんで叩いているようだ。もちろん倫理的に未熟な企業ということなら、市場の失敗をもたらすから零細でも大企業でも許容されるものではない。ただ、その判断をするのはネット野次馬ではなく、労基署とか公的機関だけれどね。今回のダテコーの件の場合、ダテコーの側は経済的には未熟な企業だけども、倫理的には叩かれるほどの問題はないと思う。若い零細クリエティ企業としてはむしろ身分相応で卑屈すぎるくらいで。これがワタミのような余裕のある大企業で、そのくせ相手判断させる余裕も与えず洗脳に近いことをして雇用するのだったら大問題となって然りだけれど。

 

あと、叩いている人たちに感じた疑問がもう一つあって。そもそも、一企業が、従業員を養う責任を負うのが当たり前のように思われているけど、重すぎると思う。そういう考え方をしていると、日本の労働環境はいつまでたっても全体的にブラックなままだと思う。企業はおのおのの身の丈にあった、妥当な配分を労働者に与えればいい。それで足りない場合、国が負担する。それはナントカ手当だったり、ベーシックインカムだったりしてもいいけど。そういう考えが前提になってほしい。経営者だって人間だし、完璧ではないし不安定存在だ。会社が小さいうちは、自分の人生ですら支えられるか分からない。経営者若い事が多いし。だからもっと柔軟に、雇用区分だとか時間を変えてワークシェアを進め、流動性を高めて、一企業人生を預けるようなとんでもない常識を変えていかないといけないと思う。労働フォールトトレランス分散型に。

 

他人に求めすぎる悪態ネトゲプレイヤーがPTにありつけなくなる問題の解決策は、PTリーダーに対する期待値を下げること、あるいは気楽にPTを立てれる空気をつくることだ。そういう考え方が出来る人が少しでも増えて欲しいと思う。人生はしょせん、すべてがごっこ遊びで、全ての人がなんらかのロールを演じているにすぎない。お仕事も、特に日本人お仕事は、お仕事ごっこだ。そんなに崇高に考えて、他人に崇高さを求めてもどだい無理なんだ。もちろん、実際に崇高度が高くて「強い」企業の横暴には敏感になって良いけれど、相手の顔が見えないネットからこそ、相手ももしかしたら弱い人間なのかも、と想像することはとても大事なことだと思う。慈しみを。神のご加護を。

 

もし、これが増田から本人乙とか関係者乙と穿った見方をする人がいたとしたら不本意なので、一応自己紹介すると、私は中部地方に住む32歳職歴なしのニート(家事手伝い)です。

2017-02-27

フリーター美学

働いたら負け

社畜になるくらいなら、死を選ぶ

金あっても好きなことできねーだろ?

好きなことを好き勝手にやって生きていけるのが、フリーターの良いところだ

2017-02-11

江戸川乱歩 原作 舞台「孤島の鬼」をめぐる120時間

先週日曜、舞台を観てきた。江戸川乱歩原作の「孤島の鬼」。

感想増田投稿済みだし、最終考察投稿バリバリ編集なのだけど、

先ほど、ずっと一緒に推理に付き合ってくれていた友人が、《原作真相》に1つの答えを出してくれた。

「孤島の鬼」原作に対する現在の私の解釈について

※閲覧にはTwitter連携必要ですが、誰でも読めます

私はこの解釈を読んで、江戸川乱歩まじすげぇ人なんだな、と思ったし、

舞台感想を聞いて原作を読み返した」という超間接的な位置に居る友人にまで影響を与えたこの舞台まじやべぇな、と思った。

この話は、やれBLホモだと騒がれているが、こんなにも『人と人との愛の深い部分について書かれている』ことに萌えている感想は、まだ一度も見たことがない。

腐女子の皆さま、乱歩パイセンの名作は、想像を絶する至高のBL小説だったよ……(震え声)

次の新刊ネタにできるよ……

観劇してから120時間神経衰弱するほど友人と推理を重ねてきて、友人が辿り着いたこの結末に私は本当に感動したので、記念に最後にもう一度観劇しようと決めたのだけど、観劇前に今までのことを日記として残したいと思う。

(友人との推理使用した部分以外は原作未読をまだ貫いているし、私の主観での希望的観測は友人とは少し違うのだけど、それは最終考察とあわせて観劇後にまとめたい。)

どうせ同じ高いお金を支払って観劇するのなら、楽しめた方が絶対にいい。

私はもう「視点を変えれば、世界が変わる」=「つまんなかったものが最高に面白くなる」という瞬間を短くない観劇人生で知っていたので、本作初見では何か視点を歪められてるような印象にすごくもやもやした。

今思い返すと、色々なテクニック…いや、ヒントが散りばめられていた。

作中の探偵二人が言う「常識ではトリックを見落としてしまう、視点を変えるんだ」というようなセリフが印象に残っていたり(大事なことだから2回言いましたの法則。一度だけならスルーしていた)。

ストーリーテラーがやけに観客の目をガン見してくる→目を見るというのは語りかけてくるということで。しかしその眼差しに乗るメッセージは無く、視点誘導にも思えるのに最終的にストーリーテラー非難するような印象で終わる。この矛盾

原作では『簑浦』という名前主人公が『箕浦』であったり。同一人物に別の名前が与えられ『一人二役』であったり。

いかにも裏がある風で、どうしてもひっかけられてるような感覚があった。

「結局胸糞悪いだけだった」作品結構観てきたけど、それらは完全に私との解釈違い…美意識というよりもっと恣意的な『美学』の違いで、どうにも受け入れがたいという点からくる胸糞悪さだった。

でも本作では諸戸に感情移入できてしまったし、そもそも異形とは何かみたいな問題提起の要素もあり、そんな乱歩原作が『美学押し付け』には絶対にならないという妙な確信があって。私は謎解きに踏み出していた。

推理小説は読まないけど、リアル脱出ゲームとかは好きなんです。

(一晩明けて昨日、一緒に脱出できた経験のある頼れる別の友人が、私の沼りっぷりを気にかけて舞台を観に行ってくれた。そして私が完全に見落としていた最重要ヒントを見つけてきてくれた。優しすぎるし天才すぎる。)

(そう言えば原作解釈の友人も、私にとっては自明の理すぎて結構雑に扱っていたヒントが友人にとっては盲点で、そのヒントがあったからこの解釈に至ったと言ってくれた。嬉しかった。)

(そして、盲点とは必ず存在するし、それは本当に自分には見えないだけで、他人からたらこうも軽々と見えるものなのだなと、また一つ得難い経験をすることができた。人生って楽しい。)

終演後からすぐ調べ出して、最初のヒントには帰りの電車内でもう出会えていた。検索上位だった。有り難い。

からそのまま寝ずに感想を書き上げて翌昼増田投稿したのが初見感想

なんで増田に上げたかと言うと、これが《私》の感想であると、他の友人知人に知られるのが恥ずかしかたから。お陰で普段以上に壁打ち感ぱなくて孤独だった。それを全部友人との推理にぶつけていた。この五日間付き合ってくれて原作真相にまで辿り着いてくれた友人マジで有り難う。

自分感想の反応はサッパリだけど、各所に皆さまがどんどん感想を投下されるのでひたすら読み漁っていたのですが、どうにも自分の知りたい解がそこにはないように思えてきて。(感想拝読させていただいた皆さま、失礼な物言いになってしますみません。今回が異例だったのです。通常の演劇作品感想としてはとても楽しく面白拝読させていただきました。公開してくださったことを心から感謝しています。これからも是非よろしくお願いいたします。鍵、イクナイ。)

先述の私の盲点にあったヒントを見つけてきてくれた友人との会話でも判明したのですが、私が求めていたのはどうやら『感想』ではなく『印象』だったのです。

感想とは『事象対峙した発言者の想い』である。対して印象とは『事象対峙して発言者が捕捉できた部分』である

私は自分では見えなかった作品ありのままの姿を知りたかったみたいです。

その点では、原作を読んだけど舞台は見ていない友人と、舞台は観たけど原作を読んでいない私の探偵コンビはなかなか良いバランスだったのかも。

お互い違う表現を見ているか感想だけでは語れないけど、小説舞台作品本質が同じなら、印象と事実も一緒に突き合わせることで対話が成立する。

書いていた続きが寝落ちたら消えていたので、ちょいちょい追記していく。

2017-02-07

もちろんエアトラバ美学には反していないのじゃ。

2017-02-06

追記をしてはならぬ。増田美学に反する行いじゃ。

その他にこのような行いが増田美学に反するぞい。

ブコメ個別の反応を返す

トラバがたくさんついたことのお礼

・年齢や性別職業学歴などのスペック開示から入る

ブコメツイッターで書いた報告


追記:美学というのはあくま美学であって、禁止をしとるのではないぞい。

2017-01-31

大人ロボットになって破壊されたい。

 巨大人ロボットになって破壊されたい。

 みじめに無惨に破壊されたい。

 腕とか脚とかの装甲をぼろぼろ剥がされて、胴体に大穴開けられて、熱線で基盤を焼ききられて、壊されたい。

 それも、同格の機体なんかじゃなくて、雑魚のトループなどにやられるのがいい。

 とてつもなく強いロボットになって、最大戦闘力では歯牙にもかけていないくらいの対象たちに、ポンコツのように空き缶を捻りつぶされるようにずたずたにされるのがいい。群れで狩られるとすばらしい。意思なき沼のようなトラップにはまって強制的酸化されて朽ち果てるのもいい。

 砲撃を受けて揺れるうちに、少しずつ損壊していって、ついに直立不能になるのも愉しい。倒れてから煙を上げて動こうとするけれど、ついに横転することすら叶わない芋虫となるのもかぐわしい。

 他方、一瞬で頸部や腹部を両断されてしまうのも無力さが響く。

 戦闘不能となった状態で、群がられてパーツを剥奪されるのもぞわぞわする。取られた部品を売られたりすると最高。あ、素材は基本無機物で。

 こちらが正義や信念のために動く側にあると、なおよい。

 その場合相手は悪の側に属しているのならば、美学もない勢力が旨い。ワインチーズを合わせるように。

 善の側に属しているのならば、こちらの位置より社会的に上側であり、大人の事情処分する(例:実は敵側との裏取引をしていて、こちらの方に見抜かれた結果、人間ロボット処分することにした)というケースも不条理感や汚さ感、憤激ポイントがあっていける。これはペッパー付きのビーフジャーキー

 目下悩んでいるのは、そのまま破壊されて屑となって終わるのか、復活して相手を掃討して終わるのかというところ。

 どっちもおいしい。

2017-01-25

感情移入

ある対象から直接に知覚される、美しい、崇高な、等の意識以前にある感情説明する美学19世紀後半にロバート・フィッシャーらによって問題化され、ヨハネス・フォルケルト、テオドア・リップスらによって20世紀初頭に学問的に体系化された。1903/06年の『美学』において、感情移入のありようを分類、規定しようとしたリップスは自然対象に潜む生と人間の心的力動性との融合に感情移入を認めた。ヴィルヘルム・ヴォーリンガーは『抽象感情移入』のなかで主観から出発する感情移入説と近代美学を結びつけ、その限界を指摘することによって「感情移入」できない東洋美術をより公平に論じようと試みている。

こんな難しい言葉、俺には使いこなせない。

2017-01-11

美学がないやつは駄目だ

美学がないやつは何やらせても駄目だ

美学こそが魅力を生み出す原動力となる

ないやつは野良犬と同じだ

人間として生きたいのなら美学を持て

2016-12-16

タイトルに「クリスマス」がないクリスマスソング名曲

世間クリスマスソングが溢れる季 節。

クリスマスソングの多くは、たいていタイトル歌詞に「クリスマス」が入っている。至極当然なのだが、稀に「クリスマス」が入っていない名曲もある。

12月24日/ピチカート・ファイヴ

only holy story/Steady & co.

ストロベリーチップス/HALCALI

クリスマスという単語を出さずにクリスマス連想させる美学が感じられて、聴いてて心地良い。

これ以外に当てはまる曲あったら是非教えてくれ。

[] #9-4「映画ミカタ

店長は、まるで俺たちがくるのを待っていたかのように、店内に構えていた。

店長、『アレ』を観に行きました。映画自体面白かったです。もちろん完璧ってわけではないですが。問題はそれを語る人間です」

「何がどう問題なんだ?」

店長の態度はまるで全て分かっているようで、ただの問答が白々しくも見えた。

あいつらは映画の話をしているようで、実はしていないんです。映画ネタ政治を云々している奴らもいた。そーいう主張そのもの批判するつもりはないが、あの姿勢は肝心の映画蔑ろにしている」

店長は生え始めの髭を数回さすりながら、しばらく考えるように目を瞑る。

十数秒その動作を続け、ようやく言葉を発した。


映画というコンテンツが、今なお強力なのはなぜか分かるか? それはな、芸術からだ。芸術ってのは正解がない」

「その話と、俺たちの出来事関係が?」

「焦るんじゃない。理解するには、結論だけでは不十分なんだ。芸術に正解はない、つまり人の意見千差万別で、一枚岩ではない」

「だからって、映画ネタ関係のないことを主体に語っていいとまでは俺たちには思えない」

映画はそこまでの度量がある、と考えればいい。そんな奴らすら受け止め、枠組みに入れ、正解も間違いも曖昧にさせ、意見を分かち合わせる。だから映画はこんな時代でも強力なコンテンツであり続けるんだよ」

店長の言いたいことが何となく分かってきた。

彼らの姿勢の是非はともかく、映画にとってそんなことは重要ではなくて、清濁併せ呑むことができる。

店長が俺たちに言っていた「健全」ってのは、本当の意味での「濁」を知らなかったってことだったんだろう。

「案外悪いことでもないってことさ。それで本質的価値が脅かされない限りは、映画ネタ政治を云々したい奴、自分語りをしたい奴、そんな一見するとほとんど関係のない奴すら同じ輪に入る。それって実はすごいことなんだぜ」

「知らないくせに首を突っ込んでくる奴も?」

「……まあ、映画というコンテンツは寛大だろうさ」


これでひとまず今日は眠れそうだが、そういえば気になっている事が残っていたな。

「オサカの総括的に、結局『アレ』はどうだったんだ?」

「そうだなあ、監督が以前手がけた映像美以外に褒めるところがないものに比べれば、その反省点を活かした構成になっていてストーリーもかったるくない。大衆が受け入れやすいよう分かりにくかったり面倒くささも極力排除されていて、逆にそれが監督の持ち味になっていた『何となく深そう』だとか、『共感できるやつだけすればいい』みたいな突き放した、独自美学作風に反映されていた部分も減ってしまっているのが残念かな。自分としてはホソダ的な基本はフィックスアングルで、ここぞというときカメラ的な動きすら演出にするやり方が好みなのだが、あの監督的には多少ごちゃごちゃしているほうがいいかもしれない。演技に関してはアニメありがちな明瞭としたのではないが、あまり前面に主張してこない声質? 演技がより一般大衆にウケたとも考えられ……」

「あー……やっぱり、また今度聞かせてもらうよ」

(おわり)

2016-11-06

幸せ黄色いハンカチ」ってどこが名作なの?※ネタバレあり

しがないゆとりが名作だと聞いて観てみたのはいもの高倉健クズすぎて何が面白いのかさっぱりわからなかった。

まだ性豪の武田鉄矢のほうが感情移入余地があるレベル

まあでも、

「せっかく口説き落とした妻が流産したのでDVついでに町の飲んだくれをうっかり殺害しちゃったおっさん

金も仕事もない気のいい若者好意に甘えながら偉そうな説教自分語りをかましつつ家まで送ってもらったらけなげにも妻が待っていた」

っていうストーリーラインはなるほど団塊の世代が好みそうな内容だぁと軽いジェネレーションギャップを感じつつも思ったところ。

これが昔の人の「男の美学」なんだなぁ。そりゃ最近の若者はだらしないわ。

2016-10-15

広告代理店の中から見る、異常な勤務実態是正方法

http://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20161014/3505981.html

電通労働局調査が入ったようだ。メディアが立ち入りと同時にニュースリリース電通の友人に聞くと特に社員にはアナウンスもなかったようだから、おそらくこの調査自体は抜き打ちでも何でもない。今後、どう対応していくかということだろう。

さて、広告代理店おかし勤務形態是正するために、どうすれば良いか中の人として率直なことを言おう。3つの問題解決される必要がある。

企業文化問題

この問題が、一番是正可能問題と考える。

十年、二十年前と違って広告代理店も「フツウの会社」になってきているといいつつも、様々な場所で指摘されている通り、日本的企業の悪いところを極端にして集めたような企業文化であることが、広告代理店残業が果てしなく増えていく大きな原因となっている。

例えば、徹夜をして時間をかければかけただけ、質が上がると無邪気に信じていること、あるいは、社内の宴会の出し物のために若手社員を初めとして残業して取り組むことが是とされていること、リスクヘッジのためと称した無駄作業オーバークオリティをするのが誠意と考えているということなど。ある種、「普通にやるべきこと」を超えて「そこまでやらなくてもいい」レベルまでやることが当然という文化が、電通でなくても少なから大手広告代理店にはある。

そしてこれが純粋に求められている仕事に対するクオリティではなく、依頼するクライアントからすれば不必要ものをやって悦に入っている。そうした自己満足的な仕事を取りやめることで、大きく心理的負担作業量が減るはずだ。

評価体系・報酬体系の問題

この問題は急に手が入ることは難しいだろうが、既に取り組まれ始めており、ここが解決することで大きく是正するだろう。

大手広告代理店は、日本的企業文化が強いこともあり、昇進の体系、評価体系において年功が強く重視される。電通の亡くなった新入社員Twitterを見た人はご存知かもしれないが、ほとんどの大手広告代理店において年次は絶対価値観で、仕事ができるからといって上司よりも昇進が早い、なんてことはあまりない。博報堂はやや年功序列が緩んでいるが、それでも一部の非常に目立つ社員に限られる。電通は数千人の社員がいるが、早期昇格する人は十数人程度とのこと。

ではこれだけ年功序列だとすると給料はどう決まるのか?答えは簡単残業時間の量によって決まる。そう、残業しなければお金が稼げないというシステムなのだ。(博報堂は多くの社員年俸制になったそうなのでこの限りではない)その人が優秀か否かは関係ない。会社にいれば、お金が稼げる。だからこそ、残業常態化するのである。密接に仕事評価と結びついた評価報酬体系、あるいは年俸制にすれば大きく残業時間の「見た目の量」は減ると思われる。

・受注産業であることの構造問題

しかし上記2点は本質的問題ではない。広告代理店ビジネスモデルは受注産業であり、広告代理店残業問題解決するには、この「発注側」の協力が不可欠である。自社がどれだけ制度を変えても絶対に「本当の残業量」は変わらない。年俸制にしたところで、ヤミ残業が増え、むしろ報酬体系と見合わなくなり、自殺する人が生まれるだけのはずだ。

この問題は、前述の「企業文化問題」とも結びついている。受注産業として広告代理店が競合しているため、発注する企業側としては「どれだけウチのためにやってくれるか」というのが評価基準になる。結果、オーバークオリティが当然となり、「クライアントファースト」を錦の御旗としてすべての時間を注ぎ込む、どれだけ尽くせるかが問われる。発注企業担当者もそれが当然と思っており、結果として忠誠を確かめるために無理難題を言い始める。「明日来年キャンペーン企画をすべて考えて持ってこい」というような無茶な依頼である。これは実際にその企画がどうというよりも、「仕事がほしいなら汗をかいてこい」という関係性によるものだ。結果、仕事の内容よりも、どれだけつらい思いができたか?ということが、社外的にも、社内的にも評価基準となってしまい、結果として仕事量は増える。また一番分かりやすい「汗のかき方」は時間をかけることなので、長時間残業がむしろ推奨されるというおかし空気が生まれしまっているのだ。

インターネットにおいて広告代理店は嫌われており、特に電通博報堂はすべてを裏から操る悪の枢軸と、ある意味評価”されているが、受注産業なので実際は立場発注企業よりも下。クライアントに対してNOを言わないのが、広告代理店的の(無意味な)美学である

これを是正するためには、双方が考えを改める必要がある。

・無茶な要求にはNOと言い、かけた時間仕事関係ない誠意をクオリティとして評価せず、純粋に納品物で勝負するという広告代理店側の変化

・無茶な要求で試したり、丸投げするようなことはせず、適切な金額スケジュール発注し、誠意や時間といったことでは評価せず純粋に納品物を評価するクライアント側の変化

ただ、この構造問題をどれだけの人が理解しているだろうか。電通に立ち入り調査が入ったが、もし労基がただ残業時間を減らせ、と電通に厳命すればおそらくさらなる自殺者が出るだろう。ヤミ残業が横行し、かつ給料も大きく下がるからだ。

私は広告代理店社員として、今回大きく社会問題化したことは非常に好意的にとらえている。これだけ社会的問題として広告代理店の異常さが取り上げられれば、一般の反応はともかくとして多くのクライアント企業が自社の発注のやり方に関して少しでも疑問を持ってくれるのではないかと期待しているかである電通経営陣もそう思っているかもしれない。これだけ社会問題化すれば、残業時間是正、働き方改革という旗のもとに、クライアント企業側に仕事のやり方を変えるようお願いしやすいかである。そして電通が変われば、そこに続く博報堂以下の企業も同じように追随できる。

私自身は、広告代理店企業文化、あるいは遅れた評価報酬体系に関して大いに不満がある一方で、広告代理店仕事自体は(理解してもらえないかもしれないが)好きだし、もっと本質的クライアント企業に貢献したいと考えている。これを契機として変わってほしいという願いを込めて。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん