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2022-05-20

平成5年まれが選ぶ平成邦楽BEST50

anond:20220517213328を見て自分もやりたくなったので今更ですがやらせてください。

キリがないので1アーティスト1曲縛りで。

順位付けしようとしたけど結局好きなアーティスト順にしか並べてないことに気づいて発売順に並べることにしました。

1990-1999

あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう / 岡村靖幸 (1990)
MAGIC TOUCH / 山下達郎 (1993)
虹 / 電気グルーヴ (1994)
強い気持ち・強い愛 / 小沢健二 (1995)
心を開いて / ZARD (1996)
I'm proud [full version] / 華原朋美 (1996)
Liar! Liar! / B'z (1997)
明日、春が来たら / 松たか子 (1997)
願い事ひとつだけ / 小松未歩 (1998)
picnic / rumania montevideo (1999)

2000-2006

夏の幻 / GARNET CROW (2000)
Close To Your Heart / 愛内里菜 (2000)
ロージー / aiko (2001)
二人のアカボシ / キンモクセイ (2002)
そうだ!We're ALIVE / モーニング娘。 (2002)
key to my heart / 倉木麻衣 (2002)
あたしンち / 矢野顕子 (2003)
Passion / 宇多田ヒカル (2005)
パーフェクトスター・パーフェクトスタイル / Perfume (2006)
パレード / 平沢進 (2006)

2007-2013

you may crawl / school food punishment (2007)
FREE FREE / 鈴木亜美 joins 中田ヤスタカ (2007)
チャイナディスコティカ / Aira Mitsuki (2008)
the Time is Now / capsule (2008)
Jasper / 木村カエラ (2008)
LOVEずっきゅん / 相対性理論 (2008)
PRECIOUS / MEG (2009)
水玉病 / アーバンギャルド (2009)
Last Love Letter / チャットモンチー (2009)
能動的三分間 / 東京事変 (2009)
それでも言えない YOU&I / 南波志帆 (2009)

2010-2013

2人のストーリー / YUKI (2010)
美ちなる方へ / 神聖かまってちゃん (2010)
PONPONPON -extended mix- / きゃりーぱみゅぱみゅ (2011)
ルーキー / サカナクション (2011)
PERFECT BLUE / Base Ball Bear (2013)
Saturday night to Sunday morning / Shiggy Jr. (2013)
社会の窓 / クリープハイプ (2013)
でんでんぱっしょん / でんぱ組.inc (2013)
ミッドナイト清純異性交遊 / 大森靖子 (2013)

2014-2018

LOVE ME TENDER / Wienners (2014)
WillYou♡Marry♡Me? / 清竜人25 (2014)
トキノワ / パスピエ (2015)
君が私をダメにする / 黒木渚 (2015)
生きていたんだよな / あいみょん (2016)
金星 / 女王蜂 (2016)
  • 作詞作曲薔薇園アヴ
  • 「火炎」とか「夜天」もいいんだけど、やっぱりこれが一番かなと思う。一時期これとtofubeatsの「SO WHAT!?」ばっかり聴いてた。どちらも明るい中に切なさがあって好き。
N.E.O. / CHAI (2017)
アラジン / 水曜日のカンパネラ (2017)
READY FOR YOUR LOVE / 平井堅 (2017)
7秒 / モーモールルギャバン (2018)

以上、50曲。選曲コメントで合計6時間ぐらいかかった気がする。でも楽しかった。

BEST50から漏れた曲をこの続きに書いてたけど文字数制限で省かれたので別記事に分けました。

anond:20220520014210

2022-03-31

修了しました

どうしてこんなことになったんだろう。ここ数年で何度も思ったことだ。

これは奇妙な巡り合わせで出会った私にそっくりの友人が大学卒業時に書いた文章の書き出しである。この鏡合わせの彼が書いた文章を何度も自分事のように反芻してきた私は今年大学院を出る。修了という立場に際して、私も少し自分語りをしてみようと思う。他人自分語りなど興味の無いという方もたくさんいるだろうから、そういう方はこの時点で引き返してほしい。思うままに書き殴っているので読みづらいし長いと思うが、それに我慢できる人だけ読んでもらえればと思う。

・生い立ち

私はごく普通環境で育ったと思っている。地方在住で金持ちでも貧乏でもない家で、両親は優しくて、友達もいた。小中学生のころの自分一言でいうと優等生気質だった。学校勉強はそこまで苦にしなかったし、危ないこともしなかった。先生の言うことには従っていたし、学級委員を務めたりするタイプ人間だった。強いて言えば両親が少し頑固だったくらいだ。

小学校では初めに陸上クラブに入った。運動は苦手かつ嫌いだったし、何よりブラスバンドのようなクラブがありそちらに入りたかった。父が無理にでも私を陸上クラブに入れたのは運動の楽しさを知ってほしかったのだと思っている。運動神経のいい父にしてみれば運動は娯楽だったのかもしれないが、運動神経が壊滅的な私にとっては純粋身体能力を問われる陸上は苦しかった。そのため5年生からブラスバンドやらせてくれと懇願した。タダで許してくれるはずもないので中学では運動部に入ると交換条件を付けた。5年生から始めたトランペットは本当に楽しくて練習した。6年生の途中からは1stトランペットを担うこともできた。

中学では周りの部員吹奏楽部に行くのを横目に約束通り運動部に入った。誤解のないように言っておくと別に部活動自体は楽しかった。ただ音楽から聞こえてくる音を聞くたびに自分もこの中にいたらどうだったろうと思うことは度々あった。中学では同学年内でいじめもあって、被害者ではなかったものの学年中を巻き込みつつも教師黙殺しているそれに優等生気取りの私は心を痛めたものだった。その頃の私はもっぱら公正世界仮説(当時この言葉は知らなかったが)の敬虔信者であり、親や先生にほめられている優等生自分はいつか報われるし、逆にいじめなんぞ加担している人間はその人間からどこかで破綻すると思っていた。

 高校は少し離れた進学校に入った。近隣の学校に行く人が多かったが、いじめの件もあり彼らと距離を置きたい気持ちも大きかった。流石にレベルの高い授業でもあったが、モラル教養を持った人が多く非常に楽しい生活を送った。高校部活軽音部と兼任しようかなと考えていたが、他方の顧問専任希望するような言い方をしたので諦めた。別に悪い人ではないと思うが、他人に機嫌を取らせるタイプ人間だった。高校では成績をぐんぐん落とした。周囲のレベルの高さもそうだが、私には2点の欠陥が見え始めていた。1つは努力中学生まであまり勉学に苦労しなかった私は勉強に労力をかける癖がなかったし。加えて苦手な運動は一向にできなかったし、好きな人アプローチしても付き合えなかったし、理論武装して親に頼み込んだことも結局許されなかったり、努力してできた経験と言えば自転車の補助輪を外すときくらいのものであったように思う。努力の数と成功体験の数なんて鶏と卵かもしれないが、努力をした経験もおそらく人よりは少なく、努力が実った経験もっと少ない人間だったように思う。もう1つは先天的能力限界である。これまでの自分は「丁寧に教えてもらえば理解ができる」という能力を有していたと思っている。中学生までの自分が苦労しなかったのもこれが原因だと思っている。しか高校3年生になると少しそれに陰りが見えているのを人知れず自覚していた。周囲の人間には見えていないようで、親や先生は褒めてくれるし、同級生から勉強ができるという認識をされていた。

 3年生になると嫌でも受験を考えなければならなくなる。私はどこに行って何をするのだろう。勉強は好きではない。高校では文芸部の本に部外から投稿してすごく評判が良かったし、文化祭の劇の脚本演出担当して最優秀賞を取れた。そのあたりの活動は楽しかったしクリエイティブなことがしたいかな、あと音楽。それとなく親に専門学校の打診してみたけど、4年制大学に行けといわれた。「いい大学に行けばいい企業に行けるからね」と言われてきていたし、親心としてはそんなもんだよねと理解した。自分としてもレールを外れることに恐怖はあったし、レールに従うことで周りと同じように大学に行って、就職して、結婚して子供を作って、今の家族のような生活が送れるならそれでいいと思っていたのでじゃあ普通大学に行くねとなった。

 問題になるのは何がやりたいかである。私がやりたいことって何だったんだろう。結局見つからなかった。そこで親がアドバイスをくれた。

「まだやりたいことが見つかっていないなら、ここに行けばいいんじゃない?」

親が指し示した大学は、入学時に専攻を決めなくてよいという特殊制度もつ大学だった。みなさん名前ぐらいはご存じの都内大学である。幸か不幸か、私にはそこを目指せるだけの能力はあった。

長くなったが、これが地獄の幕開けである

大学という場所

1浪しなんとか2年目で合格して大学1年目。はじめに学んだ格言がある。

大学では勉強サークル恋愛バイトのうち2つしかできない」

勉強は好きではないので、サークルバイトをやるんだろう、恋愛もあるのかななどと入学後の私は胸を躍らせていた。憧れのバンドサークルにも入った。周りは経験者なので食らいつこうと頑張った。大学から帰って仮眠を取り深夜の安いパック料金で明け方までスタジオ個人練、シャワーを浴びて大学へ。その生活をしていたら資金ショートした。親にバイト禁止されていたため練習交流のためのお金が足りず、実力もつかず人脈もできずにフェードアウトした。

 大学の授業はひどく不親切であった。大学レベルも相まって何をやっているのか理解できなかった。高校の時に疑問を持っていた内容が解決されるかと期待していたが、それらは大体1,2回目の講義解決してしまものか、もしくは深くがっつり専攻しないと理解できないようなもののどちらかで、学ぶモチベーションにはつながらなかった。教える側も教科書も「説明してはいる」「書いてはある」という感じで、高校までのようにわかやすくとはいかなかったから、「丁寧に教えてもらえば理解できる」タイプの私では太刀打ちできなかった。つまらないし時間無駄に思えて次第に講義休みがちになった。

 それでも、とりあえず大学を出れば何とかなると思っていた。ここで耐えている自分はきっと報われると思っていた。好きなもの大学で見つかればいいし、そうでなかったら高校までの勉強ができるから教師になればいい。これが1年目の私であった。

崩壊

 初めてショックを受けたのは成人式のことだった。新成人代表として何人かの陽キャ集団が壇上にあがった。式の前後に彼らと会ったがある人はバツが悪そうに私から目をそらし、ある人は肩を組んで話しかけてきた。どちらもいい気はしなかった。彼らはいじめの関係者である。なんで彼らの方が人生謳歌しているんだろうか。その時にふと思った。「結局彼らは世渡りがうまかったんだ」と。くだらない正義なんて捨ててその場で空気を読んで得なほうに回るっていうのが正解で、黙殺していた奴らもそうだったんだ、なんて自分は愚かだったのかと。そう考えてみると社会に明確な悪役はいなくて、したがって明確な正義存在しない。正義道徳立脚した自尊心のなんと脆いことかと思い知らされた。

 そして、もう一つ。親や教師というのもまた所詮人間だとこの年になって気づいた。この中の何人かが数年のうちに教師になって、親になる。はっきり言って話の通じない人だっているが、そんな人も年さえ取ればいつかは親や教師になりうる。だから黙殺した教師も、話の出来ない親もおかしくはない。じゃあ私が優等生してきた、私が正しさの根拠としてきたものは何だったんだろう。優等生であることを数字で示してくれるものは成績くらいしかない。世渡りが下手で運動などの技能も持たず、それでも私が公正世界仮説を信じてこれたのは、案外「勉強ができること」に依存していたのかもしれない。勉強しかできないやつだけど勉強ができるから何とかなる、そんな風に自分無能さを騙して生きていたのかもしれない。

 さらに拠り所の勉学さえ崩れ落ちた。留年が確定したのだ。受験でも足を引っ張った物理がとことん苦手で何も理解できなかった。2年目は学費負担を減らすべくバイトをさせてもらった。サークル活動事実上全部やめ、バイト勉強の日々が始まった。バイト先は学生が割と多かったため、みんなと仲良くなれた半面、繁忙期が重なった。私は試験前はむしろシフトが増加し、結果的に致命的な必修単位だけ落としてしまった。2留である。親に電話して事情説明した。単位くらい取れとストレートに怒られるかと思った。代わってあげる優しさを評価しつつもやりすぎだと注意されるかもとも思った。

あんた人にいいように使われてるだけでしょうが

人にやさしく優等生してきた自分生き方への批判自分が仲良くしている人たちへの非難ダブルパンチで頭に血が上った。怒りで何も言葉が出ずに何秒か無言の後電話を切って、壁を殴った。

数日すると気分が落ち込んできた。親はそれを「単位を落としたから」と解釈したようであるが、全く違う。私は他の人が当たり前のようにサークルバイト恋愛を掛け持ちして進級している中で、バイトしながら進級できなかった。私は当たり前のことすら満足にできない無能であると、薄々感じていた自分無能が隠せなくなってしまったのである

 3年目は再びバイト禁止した。クラスでの試験対策仕事もやり、その科目の勉強をしなければいけない状況を作った。サークルとしては冒頭の彼の紹介で新しいサークルに入った。サークルでできた友人とは本当に仲が良く、勉強を助けてもらったり、サークル関係なしに遊んだ大学での生活の基盤になった。助けてもらえる人も増え、自分学習するようになり、この年の上半期では単位の取得ができた。しかし、私が感じていたことは決してポジティブなことではなかった。私がこの年の経験でわかったことは「お前はやればできるが、環境サポートがあって自分勉強してもちゃんとできるのは2単位」ということである。私は2年で70単位以上取得する想定のカリキュラムを、半年で2単位しか取れない脳みそでやっている。無能すぎてもはや卒業が無理なのではないかと思った。

公正世界仮説評価軸としてきた大人たちへの信頼、自身の実力への評価の3つが音を立てて崩れて、この時私は確かに一度死んでしまった。このことに気づく前の自分に戻れなくなってしまった。中学いじめがらみで「死にたいけど死ぬ勇気もない」って言ったときに「死ぬのなんて勇気って言わねえ」って怒鳴りつけてくれた友人がいた。

・専攻決定

4年目にして2年生。この年は諸々の事情クラスから孤立した。喧嘩別れのようなものである。私としても仲良くする気はなかったので1人でどこまでできるかやってみようと思った。結果は惨敗だった。単位取得こそぎりぎりできたものの私はこの大学では人に寄生しないとやっていけないと気づかされた。

そして、4年前に選択先延ばしにしたツケの返済期限が来ていた。専攻の決定である。結局4年間でやりたいことは見つからなかった。勉強面白くないし、勉強以外の何かを思い切って始める余裕もなかった。教員になろうかとも思ったが、それもかなわないと思った。教職卒業単位には含まれないため、追加でいくつも講義を取る必要がある。通常のカリキュラムすらまともにできない私にそれは無理だろう。ちなみに私と同じく成績の芳しくなかった冒頭の彼は教職を志して単位を取得しに行ったが、弊学では満足に教職まで取り切れなかった。教職を目指した世界線の私もきっとこんなものだろうと思ってしまった。

理系科目はわからなかったので、唯一興味がわいた心理学を専攻しようと思った。しかし、成績が足りなくて進むことが絶望的だった。ここで初めて間違いに気が付いた。この大学システムは何をやりたいか不明瞭な人間を救済するシステムではなく、やりたいことや才能が複数ある人間選択肢を与えるシステムなのだと。私などがこの大学には来てはいけなかったんだと激しく後悔した。

このシステムでは通常、成績が足りなければ次の年に再挑戦することができる。しかし、私は4年目であったがために在学年限が迫っており、この年で専攻を決定しなければならなかった。そのため、当時人気の低かった化学を選んだ。化学は苦手で高校化学すらわからないが「とりあえず大学を出れば何とかなる」のであれば、と苦渋の選択をした。

実験異変

5年目、3年生。1限からの授業と週3回の実験があり、9時-18時のような生活になる。実験には予習とレポートがあるため、実際の拘束時間はこれより長い。何とか4月を乗り切ったところで、レポートを1つ残してしまった。GWに入ってレポートをやらなければと思って毎日机に向かおうとした。いや、向かったこともあった。だが、ペンを持っても何も書けない。そのまま時間が過ぎてごはん時になり席を外してご飯を食べる。そんな日が続いてGWの最終日、床にへたり込んで泣いた。書かなきゃいけないと思いつつも1文字も書けなかった。

 3年生の必修は実験だけだったので、他の単位犠牲にしてでも取ろうと考えた。1時間だけ講義を休んで...その1時間を何も書けずに終えた。これを繰り返してほぼ全ての講義を欠席した。次第にいろいろおかしくなっていった。頭痛もちでもないのに頭が痛みだした。文字が読めなくなり、教科書はおろかネットニュースくらいの簡単文章でも字が滑るようになった。1日にできることがゴミ出しと洗濯くらいになり、起きて寝る以外に食事、入浴、ソシャゲの周回くらいしかしてない生活になった。

 溜まりに溜まったレポート夏休み前に呼び出しを食らったことで、無理やり夏休みを使って消化した。歯を食いしばりながら全部消化したことは覚えているが、歯を食いしばればできたことがなぜここまでできなかったのかこの時は疑問だった。

 4年生になり、大学院へ進学することになったが、大学院の手続き入試勉強、足りなかった単位試験勉強などでタスクが溜まった瞬間、この症状は再発した。友人の勧めを受けて学生相談所に通うことになった。

能力環境

学生相談所のカウンセラーはいい人だった。いろいろお話をして気持ちは和らいだ。専門的なこととしてはWAISの検査を受けた。結果は処理速度だけが異様にへこんでいる格好になった。別に数値は低くないので大丈夫と言われたが、「問題の有無は環境によって決まりませんか?能力の高い人が集まる環境ではそれなりの能力要求されますよね?」という質問には満足のいく回答は得られなかった。

 親にも何度か愚痴を言ったことがある。そのたびに「あなた世間一般には優秀だから大丈夫」と返されるのである。何が大丈夫なんだろうか。”今の環境”が辛いと言っているのに”世間一般”という別の集団を持ち出して何の救いになるんだろうか。これ自体も言ってみたことがあるが「なんでそんなこと言うの」と言わんばかりの困惑した顔をするだけだったのでやめた。別に親以外でも同様のことを言う人はいる。世間一般評価邪魔をして、まともに助けを求めることすらままならない。内部の人間から見て無能で、外部の人間から見て有能な私は、共感を得られる対象がとても限られていて苦しかった。大学ブランドという呪いにかけられて苦しかった。

 やりたいことをやれていればよかったのだろうか。サークル作曲体験させてもらう機会があった。でも続かなかった。結局忙しいとかいろいろ言ってインプットから逃げている自分がいる。クリエイターにはなれなかっただろうなと思った。好きなことも頑張れない自分に「自分が勉学を頑張れなかったのは勉強が嫌いだからじゃない、努力が嫌いなんだ」という事実を突きつけられてまた悲しくなった。あれほどに信じてきた公正世界仮説は「お前が苦しいのはお前が間違ってきたからだ」と自分に牙をむき始めていた。

・進学と私

大学院へ進学することにした私だが、実は私は望んでいなかった。学部時代夜遅くまで研究に勤しむ先輩たちを見ていて「私にこれは無理だ」と実感していたかである研究への熱意はおろか、化学への意欲も知識もないのである。ただでさえ病む人が多く出る大学院という環境にこんな人間が行くのは自殺行為に他ならない。そのため、私は就職を強く希望した。しかし、親にそれを伝えると「今のお前に就職はできない」と言われた。就活を終えた今だから言えるが、これは正しかったように思う。議論は「就職はできないから進学しろ」「院でやっていけないか就職させろ」の平行線で、就職も進学もろくにできない無能をぼこぼこにリンチするだけで生産性はなく、結局「とりあえず進学はするがいつでも辞めてよい」という落としどころになった。

 私は院試に落ちるのが最適解だと思った。学力もないので真面目に受けても受からないだろう。院試を受けたけど落ちましたというのが親にも研究室にも一番角が立たない。しかし、筆記試験が思ったより点数が低かったのか通ってしまった。面接をすっぽかすことも考えたが、会場に研究室の先生方がいるかもしれないことを考えると気が引けた。面接では辞退の意思を伝えるつもりだった。面接官と私だけの秘密である。私は院試を受けて落ちたのだと周りに言えばよい。

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2021-08-30

高校野球

甲子園やってますね。

高校野球。夏ですね。

かくいう私も数年前高校野球部マネージャーをやっていました。

田舎のなんてことな公立高校

推薦枠なんてないし、地元中学とかシニアとかで野球やってる子たちが集まる普通部活

とは言え、練習は平日授業が終わって(16時くらい)20時まで、土日は練習試合が必ず(遠征とかもあるので朝から夕方まで)と言った感じだった。

強豪校に比べたら練習時間も少ないのかもしれないけども、私の高校の中の部活では一番練習時間も長くキツかった。

何より完全な休み年末年始以外存在しないことがキツかった。

高校時代ほんとに部活メンバーの方が家族よりも長い時間を過ごしたんじゃないかってくらい。

マネージャー仕事はおそらく漫画とかドラマのそれで大体合ってると思います

ドリンク作って、練習に使う道具とかマシンを準備して、練習が始まったらマシンボールいれたり、ノックボール渡ししたり、試合形式での練習ボールカウントをしたり

ちなみに私の学校ユニフォーム洗ったりとかはなかったなあ。家でお母さんたちが洗ってましたね。

公立高校なので結果は知れている。

甲子園なんて行ったことないし、予選も2回戦勝てたら全然いい方って感じ。

ベタミサンガとかお守りとか作ったりしたなあ。

渡したらわりと喜んでくれて嬉しかったのを覚えてる。

私は甲子園に憧れて野球部マネージャーになったので、地元の弱い公立高校なんて試合の時の応援ブラスバンドなんていなくて、部員も少ないし(全体で30人いない時もある)ベンチに入らない数人の部員たちと応援歌を声を出して保護者の人たちと応援したり、、、、

私が入部する前の想像とはだいぶかけ離れていたけど、マネージャーやらせてくれてありがとう

甲子園は当たり前のように行けなかったけど、遅くまで練習したり、大会関係学校行事に出られなかったり、ミーティングしてもただ無駄話してるだけだったり、あなたたちのマネージャをやれて良かったな。

マネージャーって当たり前だけど選手がいないとできないもので。マネージャーにならせてくれてありがとう

ps:一週間くらい前から下書きに眠っていて、もう高校野球終わってたワロタ智辯おめでとう!

2021-08-18

オリンピックやったんだから甲子園やってもいいとは思うけど

観客入れてブラスバンド演奏するのはさすがにどうなん?

それは違くない?

2021-08-13

anond:20210813000057

そうなんだ。五輪甲子園も興味が無いからすまんね。

スタンドに入場できる学校関係者は控えの野球部員や在校生保護者卒業生ら。内野席に1校あたり2000人をめどに入ることができ、アルプススタンドではブラスバンドは50人以内で演奏可能になった。

https://news.yahoo.co.jp/articles/110b319fda9f87650d6a788d603cb3de702c74c3

これか。なら、なおさら中止で良いんじゃないかな。

2021-02-20

anond:20210220061927

自動演奏機能付きギターベース、生ドラムライブするなら見てみたい

エフェクターの切替は手動でも許す

金管自動化ホーンセクションとか全自動ブラスバンドとか全自動ルオーケストラとか、超興味ある

 

当然ながら打ち込みならイラン

2021-01-14

葬式のやり方なんて人それぞれだからリモートから駄目なんて言われるのはおかしいと思うよ

自分が死んだら台湾女子学生ブラスバンドを招いて楽しい曲を演奏してもらいながら式場を練り歩いてもらいたいと思うし

2020-10-28

anond:20201027230310

自分台湾葬式がいいなあと思っているよ

自分が死んだときには女子大生ブラスバンド演奏しながら行進する葬式にして欲しいなあと思ってる

ただあんなのを日本でやったらあたまおかしいって思われるんだろうな…

2020-07-27

41歳の私・毒親への感情

41歳の私は、現在実の親と絶縁状態である

理由は親による虐待兄弟びいきだ。

私には血の繋がった弟が二人いるが、こちらとも絶縁している。

親の仕打ちを少しだけ具体的に書くと

教育格差

私に対し親は「公立学校以外駄目」と言い、指定した高校大学受験させられた。

当然浪人も不可。しかも「文学部は食えないかダメ」と学部指定

一方で弟は高校から私立

その弟は付属大学に進学したが『遠いから』という理由仮面浪人

なのに結局『一人暮らししたい』と遠い大学へ。

仮面浪人費用一人暮らしお金等々、親はすべて支払った。

しかも進んだ学部は「文学部」。

さら大学院に進学(文系私立の)し、すべて親がお金を出す。

●親に反対意見を出すと殴る蹴るの暴行

私だけ親に暴力を振るわれていた。

弟が窃盗事件を起こした時でさえ親は「駄目だからね」と口頭注意のみで終了。

「なぜ私だけ殴るの?」と聞くと親は

「弟を殴ると倍になって返ってくるから怖い。女のあんたは二人がかりで殴れば言うこと聞くし」

とのこと

●私には「耐えろ」、弟には「可哀相」

小学生の時ブラスバンドに入ったけど、担当教師はいわゆるスパルタ

夏場に炎天下練習をさせ、倒れる子が続出。

また小突いたり罵ったりとパワハラオンパレードでやめる子が続出。

私も「やめたい」と親に言ったけど、親は「やめたら家に入れない」と私を叱り飛ばした。

(ちなみにその担当教師は他の親の訴えで担当を降ろされ、のちに処分も受けています

一方、弟はサッカー部に入り、高いスパイクやウエアを購入したけど二か月で退部。

親は「運動部は可哀相だな」とあっさり退部届に判を押した。

●都合が悪くなると「あなた女の子。弟は男の子から仕方ない」という

上記の差について私が「不公平だ」と訴えると

「弟は男だから優遇するのは仕方ない」という親。

その反面、私が部活などで帰りが遅くなっても迎えに来てくれることはなかった。

急に雨に降られて私が「駅まで迎えに来て」と電話した時

親は「知らない。ずぶぬれで帰ってこい」と冷たく言うだけ。

なのに弟のことは毎日迎えに行っていた。

親が仕事で行けない時は「あんた、迎えに行って」と私に言う。

私が断ると「かわいいちゃんが誰かに襲われたら困る。弟ちゃんが雨に濡れたら可哀相でしょ」とのたまった。

「私が襲われてもいいのか」と聞くと「あんたは自分でなんとかしな。ブタみたいだから大丈夫、襲う人いない」と笑った。

まだありますが、このくらいで分かっていただけると嬉しいです。

こんなことがあり、社会人になってから絶縁し、一切会っていませんでした。

絶縁する際、私の親は「あんたなんてもう娘じゃない」と言ったので、こちらも安心して(?)絶縁していました。

ところが先日親が入院したと親戚から連絡がありました。

上気のことを伝え「絶縁してるから会わない」と言ったら

「もう許してやれ」と返ってきました。

許すなんてとんでもない。

私は一時、命を絶とうとしたことがあります

暴力を受けて転んでしまたことがあり、そこがケロイドになって残っています

「許す」なんて考えられない。

命を絶とうと思った時踏みとどまったのは

あんな親のことをいつか見返してやる」「いつか(合法的方法で)仕返ししてやる」と思ったから。

親を怨む気持ちがあったから生きてこられたし、

今でも心の中で

「ほら、あんたたちにブタと罵られて私はこんなにちゃんとした大人になった。納税も勤労もしてる」

とほくそ笑んでいる。

毒親のことはたびたびいろんなところで相談した。

精神化に通っていたこともある。

いのちの電話」やお坊さんや各種の相談員に悩みを打ち明けたこともある。

相談を受けた人は100パーセント「親を許せ」と言った。

親身になって相談に乗ってくれているのは分かるし、そう答えるのがセオリーなんだろうけど

私は彼らの回答を飲み込めない。

なんとか生きていたらいい人に巡り会い、家族に恵まれた。

伴侶の親もいい人で、私は彼らを本当の親だと思っている。

でも、それはそれ、これはこれ。

多分、親を怨む気持ちがなくなったらあっさり命を手放すと思う。

親を怨む気持ちが、私の生きるパワーになっている。

今願うのは一刻も早く親が死んでくれること。

遺産(多分ほとんどない)放棄して完全に縁を切りたい。

弟とも話したくない。

何故血縁があると戸籍上のつながりを消せないのか。

あんな人たちと血が繋がっていることが嫌なので、一刻も早くこの世から消えて欲しい。

こうして文字に起こしたらかなりすっきりした。

これから毒親を恨み続け、心の中で踏みつけて元気に過ごしていこうと思う。

2020-06-13

野球をしている高校生を見ているとあまり不憫で仕方がない

多感で世間知らずで、バカも利口もいて、将来があったりなかったり、お金があったりなかったり。

そういう高校生たちが野球という最低なスポーツの餌食になっているのが不憫で仕方がない。

自分で選んだ未来からといっても、野球はあまり裾野が広い地雷だ。上下関係野球道具の高さなんかは序の口。一番つらいのは学校単位での優劣があること。自身運動神経は、チームというグズの中で埋もれてしまう。

球技というもののなかでも野球特にアンバランスだ。野手なんかは誰も気にしない。全てはバッター投手だけの世界。そんな世界ちょっと足が速いとかジャンプ力がいいだけでは全く注目されることはなく、才能を枯渇させる。

本来その人に適したスポーツ学問芸術が合っても、野球の中では全てが意味をなさない。野球に特化させられ、野球以外は全部無駄と教えられる。それが高校野球の真価。

彼らは頭を丸めさせられ、20年前の指導しかできない大人から恫喝を受け、親は出費に苦しみ、甲子園に出れなければグズと言われ、チームの誰かが痴漢すれば活動は停止。

甲子園が全ての世界。そして甲子園にいったら土を集めなければならない。ブラスバンド野球部の付属品となり、ビールまみれのオヤジたちが野次を飛ばす。あまり理不尽だ。

から俺はこんな世界子供いかせたくない

2019-08-07

??????野球など実にくだらない」

天空第五と光教団付属決勝戦は、9回裏・2アウト満塁・3ボール・2ストライククライマックスを迎えた。

龍ヶ崎一樹(通称リュカ)は相手4番バッター・下間を今まさに討ち取ろうとしていた。

そのとき、突然、場内に男の笑い声が響いた。

ブラスバンド演奏応援団の声も止まってしまった。

キャッチャー解除。内野解除。外野解除……」

男が謎の言葉を発すると、チームメイトは一斉にベンチへ戻っていった。

「みんなどうしたんだ?マウンドに帰ってきてくれ!」

リュカ必死に叫んだが、その声は届かなかった。

野球など実にくだらない。君はそう思わないかね?」

リュカのもとに歩み寄りながら、男は問うた。

「何を言っているんだ?野球は最高のスポーツだ」

リュカ言葉を遮るように、男はこう続けた。

丸刈りにさせられ、休日を奪われ、ボールが投げられなくなるまで酷使される。こんなスポーツの何が楽しい?」

「ふざけるな!俺にとって野球は何よりも楽しい、最高のスポーツなんだ!」

リュカはこれまでの野球人生の思い出を胸に、ボールを握った。

「お前なんかに試合邪魔されてたまるか!」

ボールが直撃し、男は倒れた。

天空第五高校はついに、全国大会を制覇した。

おめでとう天空第五!おめでとうリュカ

Fin.

2019-03-09

anond:20190309221720

日本軍ソ連軍音楽隊ブラスバンド演奏に合わせて隊列組んで敵の陣地に突入していったのが歴史で合って

戦争ゲームがソレをパクってるわけで順序が逆なんだよ

2019-03-06

吹奏楽部演劇部出身者は雇わないほうがいい

吹奏楽ブラスバンド演劇部といった集団芸術系部活出身者は、今の世の中では雇わないほうがいい。以下、その理由を述べる。

パワハラ体質である

この手の集団芸術系出身者は、特定人物の行動を周りの人達が居る場所批判する行動特性が身に付いてしまっている。集団の中ではぐっとこらえてあとで個別に呼び出して指導という行動が取れない。

部活練習ではその行動がないと練習が成り立たないので仕方がないが、社会人としては今の世の中なら間違いなくパワハラ扱いされる行動だ。

綺麗な仕事ばかりしたがるため、仕事を任せづらい

彼等は観客から拍手をもらえることを生き甲斐にして学生時代を送ってきた。だから、周りからまり喜ばれない汚れ役雑用は避ける傾向にある。社会人は時にそういう仕事をしなければならない機会があるが、彼等はそういう仕事をかなり嫌がるため、使いづらい。

限界値が低く、成長しない

コンクールとかで常に外部から評価され続けた影響か、自分はここまでの人だから、とガードを張る傾向にある。つまりまり成長しない。ちなみに評価がやたら高い人はそもそも芸術の道でプロになっていく。

吹奏楽演劇出身の人にあるこのような傾向は、企業の人事も結構気づいてるのではなかろうか。

2019-01-04

anond:20190102063518

面白そうなので私も書いてみようか。東日本公立学校卒→東大理Ⅰのケース。

・家庭環境

電車は通っている、程度の田舎町。父は高校教諭、母は学校事務員、同居する伯母は小学校教師。そういう家庭だから学業に対する意識は高かった。

田舎町なので私立中学校などというものはなく、受験高校から

小学校入学

小学校入学からそれなりに頭は良かった記憶がある。特に算数が得意で、数の理解も早かった。

両親が共働きなので、朝保育所に預けられて、放課後は母の知人が預かってくれていた。この養母のような方には今でも感謝している。

小学校

選択肢も何もなく近所の市立小学校入学国語算数理科社会はまあオール5。伯母の影響で音楽の成績も良好。体育は3。典型的頭でっかちで、いじめられっ子になるという定番コース大人になってから「ごく軽度のADHDだったのでは?」と言われたことがある。

うちの小学校には、4年生になったら全員部活に入ること、という不文律があった。男子ソフトボールサッカー女子ミニバスケットボール合唱しか選択肢がない。4・5年生の間はなんとか回避していたが、6年生では避けきれずサッカー部に入部。運動が得意じゃなくコミュ障な上に「6年生なのに新入部員」で、部のしきたりも知らずあからさまに浮いていた。今から思えば入るもんじゃなかった、のだが、そういう「自分には向かない世界」を早く知ることができたとも言える。

自宅近くにそろばん塾があったので、小1の時に親の勧めで入塾。かなりさくさくと習熟して、市内の競技会(というものが当時あった)では上位の常連だった。但し、それなりに上達してくると飽きる悪癖があり、塾も徐々にさぼりがちに。小6で辞めた。お山の大将になるのはそれなりに簡単でも、世の中にはもっと上の人がいる、ということを子供心に知らされる。

運動が苦手なことを懸念した父により、同僚が運営に携わっている剣道同好会へ入門させられる。中3までの間、道場には週2回真面目に通ったが、練習は不真面目で大して上達もせず。

中学校

選択肢(ry)市立中学校へ。成績は相変わらず。部活動のバリエーションは増えたが結局のところほぼ全部運動部で、剣道部に入って万年補欠。帰りに学校近くの駄菓子屋ゲームやって帰ってくる生活

英語塾に行った他には学習塾の類は行かず、自宅での勉強のみ。この頃までは「学校で課された科目」だけ順調にこなしていたと思う。

高校はいわゆる進学校しか考えてなかった。地方の常で、歴史ある県立高校偏差値的な意味トップ私立すべり止め扱い。模試では毎回トップ争い。

受験すべり止め無しで本番一発。直前に風邪を引いて親は心配していたが、合格圏内には入った。

高校

進学校なので、近隣中学校の成績上位クラスが集まってくるため、何でもありな小中学校とはかなり雰囲気が変わる。校風リベラルで、校長先生もその校風に沿ったユニークな方だった。

部活動は管弦楽部に入部。やっと運動部の呪縛から解き放たれる。管楽器中学校ブラスバンド経験者が占めているため、素人必然的弦楽器担当ヴァイオリンを弾くことになった。相変わらず不真面目に練習して、東大でもオケに4年間在籍したがその後はぱったり。


2年生で文系理系コース分け。私は理系クラスへ。成績は高校でも順調だったが、伸び悩みも出始める。そんな頃に、部活の1学年上の先輩からの勧めでZ会に入会。当時の地方在住高校生で、難関大志望の人は大半が入会していたと思う。教科書レベルを超えた難問・良問で鍛えられた。おかげで授業中は講義スルー、ひたすら問題集を解くことに集中。部活後に家へ帰って夕飯を食べたら深夜までZ会に取り組む生活が続いた。

科目としては数学化学は得意で、トータルでは学年トップクラスだったが、物理が苦手で平均点+α程度。これはまずい、と対策…した筈なんだが具体的な中身を思い出せない。結局教科書に沿って、一番最初力学から復習したんだっけかな? 3年生になる頃までには苦手意識も解消。

中学生の頃からパソコンで遊んでいたので、大学最初東工大第5類を考えていたが、周囲からの「行けるなら上行っとけ」というプッシュで東大理Ⅰを目指すことにした。Z会にも東大コースがあるのでそちらを開始。模試は毎回A判定なので、これならいけるかなと。

センター試験自己採点は720点ぐらいで、足切りクリアできただろうと。当時の東大入試は、1次と2次の成績が1:4の比で加算されるので、ぶっちゃけ1次は足切りさえクリアできればオーケーレベル。(理Ⅲは知らん)

2次試験は、前期は東大理Ⅰ、後期は東大理Ⅰの出題形式ちょっと特殊なので、トラディショナル形式京大工学部受験することにした。大学受験私立すべり止め無しの舐めプ

初日に、得意な筈の数学で大問6問中1.5問しか解けず「これはやべぇ」と焦る。理Ⅰ合格ラインは2.5〜3問。残りの化学物理英語で取り返すしかないので、宿に戻って総復習。幸い2日目は好調普段よりよく出来た感触。かつて苦手だった物理もきっちり得点源にした。

結果、現役で一発合格

・その後

地方お山の大将は、東大生の一部であるスーパーマンを見て我が身の程を知るわけで。いろいろあってどうにか卒業就職してエンジニアやってます

受験生の人は、なんだかんだ言ってもやはり王道は反復練習なので頑張って。大学に入るとがらっと世界が広がります

2018-08-29

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1261204

大人やらせてるとしたら嫌だ」

子どもブラスバンド選曲って大人がやるものでしょ?

こんな曲は子どもにとって楽しいはずがない、って意味かな?

2018-08-12

甲子園熱中症議論、とっちらかってない?

会議の途中で「あ、これgdgdで終わるやつだ」と感じる瞬間に似ている。

個人的論点を整理したかったので。

(背景としては今年の異常な猛暑と、オリンピック問題と相乗したこと話題が大きくなっているのでしょう。)

熱中症で人が死んだくらいじゃ甲子園やめるわけないよな?

熱中症の被害者が出ても、夏の甲子園が絶対になくならない事情 (1/7) - ITmedia ビジネスオンライン

熱中症、日射病の疑い7人/甲子園 - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ)

夏の甲子園 熱中症で球審が急きょ交代 | NHKニュース

論点1

まず、「今までも大丈夫だったからこれから大丈夫だろ」派 vs

「今までもダメだったか対策すべし」派 + 「今年は猛暑から中止か、特別対応すべきだろ」派

調べてみると、確かに結構から甲子園熱中症問題議論されている様子。識者からすれば「今更」なのかもしれませんね。

結局は今年も普通に開催されたわけですが、慎重派の懸念通り体調不良者は出ているようですね。

個人意見としては来年以降、何かしら追加の対策を期待します。

健康面はもちろんですが、気候のせいでパフォーマンスを落とすのはアスリートとして望ましくないでしょう。

目にした対策案としては「時期をずらす」「時間をずらす」「ドーム開催する」など。

良いと思います。が、地方大会も含むとかなり大規模な大会なので、「簡単に言ってくれるなぁ」という意見もわかります

甲子園 熱中症対策で試合中に初の休憩と給水 | NHKニュース

↑こういうのでもいいんですよ、できることから改善して欲しいところ。

論点2

部活任意参加、自己責任」派 vs 「あれは強制参加」派

後述するコミケ問題にも関連するのですが、参加する本人の自由意志に関する論点

かに高校では部活任意参加のはず。大会にも自分意思で参加しているのだから

体調不良になろうと自己責任というロジック。なるほど、一理あります

一方で強制参加という考え方。まず甲子園大会に巻き込まれるのは野球部だけではありません。

応援に駆り出されるブラスバンド(吹奏楽部)や一般生徒(私も経験あります)はどうでしょう

野球部と吹奏楽部に関しては晴れの舞台なので承知の上とも取れますが、

仮に体調面に不安のある部員がいて「甲子園は参加したくない」と思ったとして「甲子園だけは不参加」が通るのでしょうか。

通ったとして、この日本という国でその後不利益を被らない保証はあるのでしょうか。

そもそも高校生とはいまだ子供。そこまで自己主張できるのでしょうか。

単に高校野球楽器がしたく部活に入るだけで健康リスクのある大会に駆り出される、と考えると問題はありそうです。

(ちなみに一般生徒だった自分応援強制参加だったと記憶してます

と、ここまではいいんですよ。ちゃん議論になってて、どちらの意見理解できます

問題は次。

論点3

スポーツ vs オタク

コミケ熱中症ダブスタ

これがさっぱり分からない。

ブコメなど見ていると、「オタク野球部が嫌いだから甲子園を潰そうとしている」という意見散見されるのですが、

これって何か元ネタになる人とか記事があるんですかね?唐突感がすごくて最初2度見しちゃいました。

私も漫画アニメはよく見ますが、周りで野球をそこまで憎んでいる人間は知らないです。

というか、「野球回」があるのはコメディ系の作品あるあるですし、オタクが一番好きなスポーツ野球、まであるでしょ。

なぜこのような対立に持ち込もうとしているのかがよく分かりません。

コミケ #C94 倒れて運ばれる人が続出 - Togetter

で、次に出てくるのが「コミケ熱中症対策できてないかオタク甲子園叩きはダブスタ」論です。

論点2 の自己責任論の延長と考えれば分からなくもないのですが、「だから甲子園OK」とはならないですよね。

そもそも気になっていたのが「甲子園熱中症議論は誰のためのものか?」という点。

私は当然、高校生の健康のためだと思うのですが、どうもオタク対立を煽っている人にとっては

甲子園という「システム」(もしかすると「娯楽」)に対する「攻撃」だと捉えている節があるように思います

だって、「コミケ熱中症対策をして欲しい」というのは参加者や参加サークルのためになるもので、

彼らオタクから出てくるはずの言葉です。自身のためなのですから、それは「自己批判」ではなくただの「要望」。

これが不統一でも、普通ダブルスタンダードとは呼ばないでしょう。

念のため書いておくと、私も甲子園と同様、コミケでもできる限りの対策をすべきだと思います

視点を戻せば、「甲子園当事者である高校生の意見を一番に聞くべきでは?」とも言えますね。

ここまで甲子園問題大人が熱くなるのは、あくま子供健康を気にしてのこと、だと私は思っています

子供を持つ親にすればなおさらでしょう。

おわりに

気付くとすごい長文日記になってしまいましたが、だいたい思ったことはまとめられました。

論点3 のあたりで強く感じたのが、甲子園に対する崇拝といいますか、アンタッチャブル雰囲気です。

大相撲土俵上で、救護のシチュエーションにも関わらず「女性土俵から降りなさい」とアナウンスした男性が頭をよぎります

甲子園(夏の高校野球全国大会)ってなぜくそ暑い真夏の昼間に... - Yahoo!知恵袋

↑かなり前の記事ですし極端な人間だとは思いますが、このベストアンサーみたいな人もいるんですよね・・・

プロ以外のスポーツあくま選手のためのもの学校のためでも、周りの大人のためでも、ましてや神事でもありません。

高校球児のために、より良い大会にしていくべきだと思いませんか。

2018-07-08

anond:20180708161956

有名どころだと、智弁和歌山の「シロクマ」(JABBERLOOPの曲、2009年発売)じゃない?

顧問提案するか、部員提案するかで変わってきそう。

あと、ブラスバンド用のスコアに起こせる人が少ないので、次々と投入するのはスキル的に難しいんだろうなあ。

2018-06-18

anond:20180617093820

スラブ娘の別れをブラスバンド演奏しながら赤軍が雪原を徒歩で突入する

敵の機関銃に向かって黙々と歩兵ブラスバンド要員が徒歩でのっそりと突入する

2018-02-18

ことばの物語としてのJust Because!


Just Because …多義性が顕著な現代英語の生きたイディオム。「なんとなく」「ただそれだけで」「ただそれだけのために」などさまざまに訳される。アニメでは物語の進行にあわせてこのイディオムニュアンスが変容する。あるいはこのニュアンスの変容こそがメッセージとして物語に書きしるされたのかもしれない。


第一話 On Your Mark

In Unison : 一斉に みんないっしょに

第一話内、勇気とか元気とかあたたかさとか決意とか、そんなものが音になったような応援歌にのってJust Becauseの意味に変容の予兆があらわれる。

第一テーマのつぎのドラムソロ。マウンドちかくにつむじ風がおこり、瑛太の目に決意がともる。

高校三年の3学期という意味をうしなった待ち時間に風がふき意味が芽生える。


第8話 High Dynamic Range

Just Because のニュアンスが大きく変容する。

瑛太セリフには「しょうがない、こうしかできない」といった消極的ニュアンスが目立つがじっさいには夏目の後を追いはじめている。

瑛太は転校初日に陽斗になげかけたのと同じ問いを小宮から受け、気づいてか気づかずか、第一話の陽斗そっくりの答えを返す。

小宮はなんとなくのなりゆきまかせを停止し明確な目標を持つ。

夏目はなんとなく決めた進路の必然性を問われ自己未来対峙する。

陽斗は瑛太を負けるなと励ます瑛太は勝ち負けじゃないというが陽斗はそれでも負けるなと励ます

森川髪型を変える。

「なんとなく」から「ただひとつ理由のため」へ。


最終話 Get Set, GO!

ここでもう一度In Unisonが流れるタイトルと同様、第一話に呼応している。ただしここでながれるIn Unisonはブラスバンドのちからづよい合奏ではなくピアノだけのひかえめな主旋律で、しか第一テーマの後半部が一度きりだ。もう応援歌役割を終え、それぞれの場所へ一斉に旅立つみんなをやさしく送る曲になっている。第一話で位置についたものたちがみんなそれぞれの目的に立ち向かい、それをのりこえたからだ。

第一話冒頭では「なんとなく」程度だったJust Becauseのニュアンス物語のなかで力を増強し、ついに「ただそれだけのため」「ほかに理由なんかいらない」といったつよい意味を帯びて最終回へといたる。みんな一緒に、それぞれの目標にいどみ、そしてのりこえた成果だ。かれらはいっせいに走りはじめ、つぎのステージへと向かう。


このアニメ受験シーズン放送されたことは偶然ではないだろう。元気をもらった受験生も多かったはず。わたし受験はとおい過去だが、それでもこのアニメからはたくさんの元気をもらった。わたしにとって、いまなすべきことは受験勉強ではなく研究開発と制作執筆介護だ。吹奏楽部員だったこと、全国大会を目指したこと野球部応援した夏、写真学科受験、絵をさがしてカメラかついで原チャで街をまわったこと、みんなみんな遠い過去だ。でもいまだってつまづくたびに立ち止まり休み、そして前へ出る。生きる限り前へすすみ、高くとびつづけたい。

2017-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20170119121433

端的に言うと、「家族の思い出作イベント」と「公式行事」の区別がついてないモンペ

その演奏会存在も知らなかったのに、「名誉ある演奏会」⇒「いつもの演奏会とは違うと言っても、優劣を競うコンクールでもない」

⇒「記念なのだから小学校ブラスバンド活動の延長線上にあるものなのだから、当然、家族で鑑賞の権利がある」

と、変化しながら手前勝手解釈をしている。ちょっと前まで演奏会存在も知らなかったのに決めつけた。

この変化は、我が子が名誉ある演奏会に出られるという喜びから家族全員で鑑賞できないという悲しみに、感情が変化したことによるのだろう。

要するに、前段ですでにモンペマインドが全開。

関係ない人間から見れば、県で1校しか出られない演奏会ならしょうがいねと思うところだ。演奏者の年齢制限もあるのだし。

我が子の成長を家族確認するための「家族行事=発表会」ではなく、各県に1校が選ばれて年齢に応じたランクでの最高峰演奏披露する「演奏会なのだろうと推察できる。

野球でいえば春のセンバツみたいなもんなんじゃないか

家族イベント」として、素晴らしい演奏をちびっ子一緒に鑑賞したい、というのなら、

別にコンサート企画したらいいんじゃない卒業記念コンサートとか。モンスターペアレントやるよりずっと楽しいと思うよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170119121433

ここまで理路整然と増田に書いていても、

モンペ

と指摘する人はいる。

自分はこの増田を「モンペ」だと思わないが、「モンペ」だと思う人がいるということは分かる。

で、そういう人が 貴方所属するブラスバンド保護者の中にもいるかもしれない、ということは認識しておいた方がいい。

また、保護者代表者にはかなり迷惑をかけていることも認識した方がいい。

高々保護者代表なのに「ご遠慮ください」とかいてあるのに遠慮しない人の対応をする、というのは日本社会では非常識に映るのですよ。

2016-11-21

最近ブラスバンドとか吹奏楽のコンクーるのニュース写真がやたら朝日新聞の朝刊にのってるなとおもったら朝日新聞主催だったからだった

ユーフォニアム放送されてるからなんかタイムリーでなんかふつふつとこみあげてくるものがある

2016-08-21

高校野球の決勝見てて気づいたどうでもいいこと

ブラスバンドとんねるずの「ガラガラヘビがやってくる」を演奏してるけど選手は知らないよな

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