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2020-06-28

anond:20200628102521

中絶女性の権利、という主張は、胎児人間ではない、を含意しているとなぜ気づかないのか……

この増田ブコメ中絶死産暴行子どもをなくすのとなぜごっちゃにするのか…意味不明というか意味なさすぎ。この三つは全く違うし、そもそも中絶女性の権利なんだよ。そこから勉強してこい

ごっちゃにしてるのは、妊婦の腹を蹴るのは殺人未遂、とか言ってる側だろ。元増田は一貫してそこは区別してるよ。

仮に胎児人間だとするなら、女性中絶権利なんてあるわけないだろ。胎児人間っていうのは、つまり胎児には5歳児と同等の人権があるということだよ。母親自分の都合で5歳児を殺すことなんて自己決定として認められるわけないんだから、仮に胎児人間なら中絶も認められるわけがない。5歳児が殺された場合母親に殺されようが通りすがりの変質者に殺されようが殺人罪適用されて同列に扱われるんだから、仮に胎児人間なら女性自由意志で選んだ中絶手術もそのへんのおっさんに腹を蹴られるのも同じ行為として評価されないとおかしい。

仮に胎児人間だとするなら、家が貧しいからという理由で殺されてよい5歳児がいないのと同様に貧困による中絶が認められるべきじゃないし、仮に胎児人間だとするなら、父親犯罪者であるという理由で殺されてよい5歳児がいないのと同様に性的暴行を受けて妊娠した場合でも中絶が認められるべきじゃない。

逆に、胎児人間じゃなく母体の一部に過ぎないと考えるなら、美容室で髪を切るのと通りすがりの変質者に髪を切られるのは全然問題であるように、自由意志でクリニックに通って中絶するのとそのへんのおっさんに腹を蹴られて流産させられるのはまったく異なる話になる。前者は自己決定として尊重されるべきだけど、後者他人身体を傷つける悪質な犯罪なので厳罰に処されるべきだ。でも、それは人の命を脅かしたわけではないので殺人未遂に問うことはできない。

そのへんのおっさん妊婦の腹を蹴るのは殺人未遂だ、と主張する連中は、胎児人間だ、って主張してるんだろ? だったらその論理的帰結にも賛成しろよ。

そのへんのおっさん妊婦の腹を蹴るのは殺人未遂だけど中絶女性の権利、なんて言い草が通るわけないだろ。胎児人間なのか? 人間じゃないのか? どっちかにしろよ。

追記

中絶は許さないってどういうことなん?出産したら大きく体は不可逆的なダメージを負って、しばらく働けず、脳から分泌されるホルモンによって鬱になったりするんだよ。その準備ができていなかったら無理じゃない?

「もしも胎児人間であるなら、中絶は許されない」「もしも胎児人間ではないのなら、中絶女性の権利である」のどっちかを選びましょうって話やで。中絶が許されるって思ってるなら「胎児人間じゃない」って思ってるってことだよね? なら堂々とそう言えばいいんじゃね。

仮にレイプされて出来た子を産んだとして、母親が愛せず虐待に走る事があれば中絶されてた方が幸せだったって思うかもなぁ

私はプロチョイス派だけど、アメリカ中絶反対派はちゃんと望まぬ妊娠をした妊婦のための無料カウンセリングとか里親制度とか孤児院とか整備した上で中絶反対を叫んでるから尊敬できる。

レイプによる妊娠場合胎児レイプ魔の遺伝子が混じっているという当然の嫌悪感という要素も加わってくるので難しいと思います

仮に胎児人間だとするなら、性犯罪理由中絶を認めることは犯罪者の子供というだけで殺されるなんていう非人道的なことを認めることになっちゃうんだよねぇ。親が犯罪者であることを理由に殺されていい人間なんてこの世のどこにもいるわけがない。まあ胎児人間じゃないから親の素性がどうであれ中絶していいんだけど。

胎児人間なのはみんな知ってる。人権よりも殺した方が社会負担が軽いか殺人を許しているだけ。完璧法律なんてないのに、なぜ他人感情論馬鹿にするんだろうね。理論構成しないと気持ち悪いタイプなのかな

社会コストのために殺されてよい人がいるという鬼畜外道理論やばすぎでは。植松かよ。

めわどくせーな。出産が命がけなんだから決定権は妊婦にあるに決まってんだろ。産むと決めたら人間だよ。中絶すると決めたらみんな見てみぬふりをするんだよ。中絶なんてみんなつれーんだからな。分かれよ。

胎児人間かどうかが妊婦の一存で左右されるべきじゃないだろ。仮に胎児人間なら母親の一存で殺していいなんて馬鹿な話があるかよ。逆に胎児人間じゃないなら母親がどう思ってようが徹頭徹尾人間じゃない存在として扱われるべきだろ。

妊婦本人が胎児をどう思っているかという話なら別だけどね。たとえばペット犬猫を「家族の一員」と呼んでかわいがるのは自由だし、友達ペットを「家族の一員」として紹介してきたらまあ「こんにちは」と人間相手みたいに挨拶してみせるのも社交辞令だろう。でもその犬猫を殺しても殺人罪にはならない。

たまに「中絶女性の権利なんだから中絶殺人なわけがない」って意味不明理屈をみかける。合理的ですって顔してたら、周りはその合理性検討する。それは主張に賛成否定する以前の行為なんだけど、理解されない

因果が逆なんだよね。胎児人間ではなく、したがって中絶殺人ではないからこそ、女性自由にやっていい行為女性の権利となるのであって、女性の権利から殺人じゃない、っていうのはまるっきり転倒している。

胎児人格を認めると、お産に際し母体が死亡した場合胎児殺人に問う理屈から逃げられなくなったりして危険なんやけど。あるいは母体と子の関係だけでなく、父親義務も発生するぞと脅したらええんか?

胎児人間だと仮定した場合であっても、お産に際して母体が亡くなっても胎児には殺人故意がないので殺人にはならない(過失がないので過失致死にもならない)。当たり前だよなぁ? そもそも刑事責任年齢以下だから故意があっても刑事責任が問われることはないし。

胎児があるタイミングで突然肉の塊から人間に扱いが変わるの、どう考えても不自然だろ。中絶殺人だよ。

殺人未遂ってまさにブコメした人間だけど、これからまれて人として人生を歩むと想定されてる赤ちゃんが蹴られて死んだら殺人でしょ。中絶の話をもってこられたら、じゃあ中絶殺人、と思うけど、だから?って感じ

私が批判しているのは論理的一貫性の欠如なので、そういう一貫性を持った立場の人については、反対はするけど強く批判する気にはならないんだよな。胎児人間であるという前提条件からはそういう結論自動的に導かれるので、胎児人間だと思う人がそういう結論に到達するのは当然。もちろん私はその前提は間違ってると思うからその主張には反対するけどね。どう考えても胎児人間じゃないでしょ。自分身体の一部をどう扱おうが妊婦自由だよ。

不同意堕胎殺人並みに厳罰化されれば十分。罪名が殺人か、胎児が人かはどうでもよく、妊婦への暴行に対して社会が厳しいメッセージを送ることが本質。法は論理原則のためではなく、目的のために作られる。

胎児人間じゃない。母親にとって時に命より大切な所有物だ。母親中絶自由はある。誰かが壊せばその損害と肉体的精神被害から考えて殺人と同じくらい罪は重い。

こういう主張も、上の「中絶殺人」と同様、論理的破綻していないので問題ないと思う。ただ賛成はできない。現状でも不同意堕胎罪はそれなりに重いから。色んな罪を軽い順に列挙してみるとこんな感じになる。

過失致死罪:50万円以下の罰金

暴行罪:2年以下の懲役 or 30万円以下の罰金 or 拘留 or 科料

器物損壊罪:3年以下の懲役 or 30万円以下の罰金 or 科料

業務上過失致死罪:5年以下の懲役 or 5年以下の禁錮 or 100万円以下の罰金

動物愛護法違反愛護動物殺傷):5年以下の懲役 or 500万円以下の罰金 ←今月から厳罰

不同意堕胎罪:6ヶ月以上7年以下の懲役

傷害罪:15年以下の懲役 or 50万円以下の罰金

不同意堕胎致傷罪:6ヶ月以上15年以下の懲役

傷害致死罪:3年以上の有期懲役 ←不同意堕胎致死罪はこの罪に吸収

強制性交罪:5年以上の有期懲役

殺人罪死刑 or 無期懲役 or 5年以上の懲役

法定刑の上限だけだとそこまで重くないように見えるかもだけど、下限で見ると傷害罪より重い罪なんだよね。たとえば傷害罪有罪になっても罰金刑だけで済むこともありうるけど、仮に不同意堕胎罪で有罪になったら必ず懲役刑が科されることになるし(実刑になるかは別)、胎児以外の母体を傷つけたら一気に不同意堕胎致傷罪に跳ね上がるわけで。

ちなみに、こないだのhagex殺人事件懲役18年です。そう考えると不同意堕胎致傷罪の上限が懲役15年というのは妥当なところだと思うのだけどどうか。不同意堕胎罪単体は、まあ、このぐらいでいいんじゃないかな……これより重くするのはバランスを失しているように思う。でもこれは単なる私個人お気持ちから厳罰化を主張するのは別に論理的おかしいというわけではない。ご自由にどうぞ。

不注意で流産した女性を過失致死で裁くことを考えると22週以降の胎児の扱いも難しいのはわかった。今のところのバランスとしては不同意堕胎罪の罰則強化殺人未必の故意認定あたりか

ちなみに過失致死罪の法定刑は50万円以下の罰金からね。実はみんなが思ってるほど重い罪じゃない(まあ業務上とか自動車運転とかではない純粋な過失致死罪ってあんまり遭遇しないからなあ)。仮に赤の他人をうっかりミスで死なせたら罰金刑のほかに民事損害賠償請求されるから金銭負担もっと大きくなるんだけど、この場合は誰も請求してこないだろうし。

逆に不同意堕胎罪は言うほど軽いか? って感じがする。上限が懲役7年ってことは、器物損壊罪の倍以上で、犬や猫を殺した場合よりも重くて、傷害罪の半分でしょ? 人じゃないものを傷つける罪としては十分に重い刑だと思うんだけど。まあこのへんは個人感覚からもっと重くすべきという意見別におかしいわけじゃない。

あと未必の故意は一律にどうこう言えることじゃないか事件ごとに判断すべきで、外野が「未必の故意があっただろ!」って言うのはおかしいと思う。

単純な興味なんだけど、「胎児人間だけど、殺人手段中絶場合殺人罪にはならない。中絶手段は〜に限る。」ってルールを作っちゃえば言葉だけだと論理的には破綻してないと思うんだけど法学的には穴だらけなの?

anond:20200629022242

それを認めたら、「障害者人間だけど、殺人手段が薬殺による安楽死場合は」「ユダヤ人人間だけどガス室場合は」への歯止めがなくなるんだよなぁ……

人間を殺すことは原則として許されないというのが近代国家ルールなんだから、それに対する例外規定は最小限であるべきでしょ。

現状、国家による殺人として死刑戦争が認められてるけど、死刑は「死刑に値する犯罪を犯したと裁判で確定した」人に対して執行されるもので、戦争武器をとって向かってくる相手を殺すもの胎児犯罪者でもなければ武器を持っているわけでもないんだから死刑戦争と同列に正当化できるとは思えない。緊急避難も、仮に胎児人間だとするなら、中絶しなければ妊婦死ぬという局面に限ってのみ認められるべきという話になるだろうし。

素直に胎児人間じゃないってしといた方がマシじゃない?

胎児人間であり妊婦を殴った犯人殺人罪とするが、女性胎児を所有しているため殺害する権利を有すると考えれば筋は通っている。

所有物である人間は殺してよい理論実践してた人たちの像が今世界各地で引き倒されてるんだよなあ……

中絶というつらいことを減らすために、男にできることをしてよ。避妊だよ。

胎児人間じゃないので中絶女性自由派の私にそんなこと言われても。そもそも私は別に減らすべきとは思ってないし……個々の女性自由意志行使した結果なんだから別に減らそうとする必要はなくない?

ていうかなんで避妊が男だけの責任になってんの? 実際には避妊具をつけてないのにつけたと嘘をついたとか強姦したとかの場合を除いて、避妊セックスする両者が責任を持ってすべきことなんだから男女に平等責任があるでしょ。仮に男に避妊を拒まれたらセックスも拒めばいいんだよ。自由意志セックスしといて避妊は男だけの責任なんて通るわけないだろ。

胎児人間である母体の所有物では無い」は先進的・左派的な響きがあるけど「だから中絶殺人だし基本的ダメ」って保守的右派的な結論になってしまうの、茶化すみたいで恐縮だけど、正直ちょっと面白い

妊娠中絶絶対さなマン、たまに海外ニュースで見るだけだと「頭おかしい」って感じだけど、「胎児人間である」という前提を突き詰めたらこういう結論に至るしかないんだよね。反論する側も、なぜか望まぬ妊娠場合はとか言って話題を逸らしてるし。いや胎児人間じゃないって反論しろやアホか。

日本プロライフ矛盾してないとでも?胎児障害をもっている場合中絶許可する胎児条項70年代生長の家カトリック法制化しようとしたんだぞ?フェミ障害者団体が潰したけどな。

一貫性があるプロライフ派は尊敬できる」とは言ったけど、「すべてのプロライフ派は一貫性を持っている」とも「日本プロライフ派は一貫性がある」とも言ってないな。プロライフ派が矛盾した言行をしてるなら好きに叩けば。

何度も言うけど私はプロチョイス派だからね。筋の通ってない主張をする味方よりは筋の通った敵の方が尊敬できるとは言ったけど、プロライフ派を支持するとは一言も言ってないし、むしろ支持しないと明言してる。ここでは議論筋道の話をしてるんであって、半世紀前の派閥抗争の話にはこれっぽっちも興味ないんですわ。

私には胎児人間だなんて思えないかプロライフ派は支持できないし堕胎自由を支持するけど、同時に、胎児人間だという前提を支持するなら中絶全面禁止という結論になるほかないんだから第三者による胎児への危害殺人と主張しながら中絶権利を主張するやつは同じプロチョイス派であっても思考支離滅裂すぎるので軽蔑に値するとも思うよ。逆に、胎児人間から中絶禁止すべき、という主張はまったく賛同できないけど論理展開は正しいか尊敬すべき敵手だと思う。賛成反対と尊敬軽蔑の軸はまるっきり別なんだよなぁ。

民法721条では胎児でも加害者への請求権が認められてるのに触れないとこ見ると専門外の人なんだろうな。グレーゾーン故に解釈改憲とおなじく運用でカバーしているという単純な話。

元増田論破されてブコメ消したやつがまたデタラメぶっこいてるな。胎児が生まれ場合損害賠償請求権や相続権がまだ生まれてなかった頃にまで遡って適用される民事上の話と胎児に対する危害をどう考えるかという刑事上の話をごっちゃにしてんじゃねーよ。

2020-06-21

anond:20200620124348

うちの犬もひろってきたやつだった

12~3年くらい生きたか

20ねんも生きたってのは、「ひろってくれてありがとう

「もうすこしいっしょにいようね」

って頑張ってるからだとおもう

縁があったか家族になったんだよ

ペットになったら里親募集なんてひどいことをする親へ

最後まで面倒をみような

とある人に「紹介予定派遣」ってどうなのって聞いたとき説明がわかりやすかった

野良犬を拾うより、里親斡旋あっせん組織ちゃんと躾済みで、予防注射とかもしてあるやつの方がいいよ

最初に少しお金が掛かっても、結果的にはその方が安上がりだから

2020-06-04

無能無能らしくすっこんでるべきなのか

氷河期なのでクソ上司列伝が書けるくらいクソ上司出会っている。

accessが使えねえとか

検索ができねえとか

フォルダの中にフォルダ作ればファイルが隠せると本気で思ってるやつとか

目の前にある書類いつまでも探してるやつとか

地図持たせたら鞄ごと地図忘れてくるやつとか

サイズ計らずに納品して商品が入らなくてキレてくるやつとか

いやもう一山幾らで測って捨てられるくらい無能がいた。

つらいことにそんな無能でもバブルとかゆとりとかだと氷河期わたしより就職状況がよくて上司である

死にたい。100年後くらいに金銀財宝に埋れて贅沢の限りを尽くした上で数寄屋造りの邸宅で絹の布団の上で横たわりつつ優しいメイドに看取られて老衰眠るように死にたい

前世で私はなにやらかし氷河期などに生まれたのか。

神は我になにゆえかくも無能上司を与えたもうたか

泣こうが喚こうが罵ろうが事態は変わらない。

そこで私は無能ぼんくら存在してくれるだけで己を有能で素晴らしい人間だと思わせてくれるありがたい人材なのだと思うことにした。そうでないとこの苦しみの人生やってらんない。

さて私はたまにすべての人間能力に応じて評価される素晴らしい世の中が来てくれないかと考えることがある。

無能ぼんくらろくでなし上司にならない素晴らしい世界。言った言わないで揉めないし計画性がなかったり常識を知らない上司のご機嫌を取る必要もない世界ハレルヤ

さてその「すべての人間自分能力にふさわしい待遇を与えられる世界」で、無能ぼんくらはどうなるのであろうか。

例えば世の中氷河期とか貧乏とか病弱とか不運とかで自分は恵まれねえし認められねえなあと思ってる人は居ると思う。私もその一人だ。私は自分ダメさをある程度自分責任だけでなく氷河期責任にしている。

貧困家庭に生まれてろくな教育も受けず親に殴られて育った人なんて、人生うまくいってなくてもその人だけの責任だなんて言えるだろうか。

しかしだ。

あらゆる人間が生まれた時からできうる限りあらゆるサポートを受けて成人したとしよう。

例えば発達障害なら療育サポートと薬が健常者と同じレベルになるまで与えられる。

近眼眼鏡かけるのと同じくらいのレベルになるとしよう。

貧困なら金を与えられるし愛情不足なら優しい里親に預けられる。そういう世界だ。

そういう素晴らしい世界において、人間の優劣を決めるのがその人間の才能と努力だけだとしたら。

無能はいったいなにを言い訳にして生きたらいいのだろうか。

あらゆるサポート教育を受け、平等努力と才能で評価される世界において、無能

「おのれは愚にもつかないぼんくらで救いようもない無能に生まれついたのだ」と思い知らされることになる。

だって努力もしたしサポートも受けたのだ。それでもなお成果が出せないか無能なのだ

世の中に不運とか逆境とか不公平とか、そういうものが一切なく能力だけで評価されるとしたら、その時無能と直面する人間はどうして生きていけばいいのだろう。

無能無能であるというプラカードでもぶら下げて生きていけばいいのか。

それはさすがにいくらなんでも残酷じゃないか

から私は一刻も早く「自分にだけ都合よくて甘くて上手いことやっていける時代にならないかなあ」といい加減なことを思うようにしている。

とりあえずボーナスくらい貰えるようにならんかなあ。

2020-05-23

anond:20200523151644

里親からもらってくるやつは男の一人暮らしだとまず無理やろね

ペットショップで買うか知り合い・友人からの譲りうけが一番無難

俺も男の一人暮らしだけど知り合いから譲ってもらった

2020-04-30

anond:20200430015035

元々代理母子供持ちたいなんてのは富裕層なんだから関係ねえよ

んでこういう人達は、かかる費用など関係なく「実子同然に育てられる子が欲しい」んだから里親対象外なの

元々金銭的に余裕なきゃ養子なんて貰えないんだし

anond:20200430013645

コロナによる貧困増加と費用問題がぬけおちてるよ

国としては里親推進でいきたいだろうな

おわり

anond:20200430012154

日本養子縁組したがる人が多すぎて養子取れないのが現実」に対して「里親なら金貰える」ってバカじゃねーの。

里親じゃ嫌で養子縁組したい人が多い、って話だろ。

anond:20200430012637

で、金をもらえるし子供とのふれあいももてる里親でも流行らないのだから代理母なんて金のかかる出産方法は?

anond:20200430012154

里親あくま一時的養育であって、里親が本当の親同然の権利を得られるわけじゃない

んで子供が欲しい人ってのはそういう立場ではなく、本当の親同然の権利を得たいわけ

里親だと手間かかる時だけ育てさせられて後は実親に取られるだけだしな

でもって実親同然の権利を得られる(勿論義務も付随するが)特別養子縁組の対象なる子は引く手あまたで

養親希望者の方が養子となれる子よりずっと多い

コロナ後は乳児院から空っぽになるのかね

ならない。

そういう子も大多数は実親が実親としての権利放棄しない子で、そういう子は養子には出せない。

逆に言えば実親が権利放棄した、養子に出せる子であればすぐ貰い手はつく。

日本は実親の権利が物凄く強いんだよ。例え虐待していても実親が嫌だと言えば養子には出せない。だから養子対象なる子がごく少ない。

虐待親だろうと、あっさり養子に出してしまうより施設に放り込んで16歳になったら手元に呼び寄せて働かせて搾取した方が得だと考えるのが多いから。

これがアメリカみたいに虐待に厳しい国だと、虐待親は親権切られて子は養子に出されるんだけど。

anond:20200430011643

こういうとなんだけど里親だとお金ももらえるもんな

https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000147429.pdf

まだ施設にいるおよそ3万弱にくらべておよそ6000人しか里親のところにいけてない

施設空っぽこまりますっていうふうにはなってないな

 

コロナ後は乳児院から空っぽになるのかね

2020-03-30

anond:20200328182413

元増田です。

当事者の多くが里親感謝していますが、それは「家族じゃないのに」食べさせてくれたことへの感謝です。

里親が言ってましたが、里親制度里子自分の子とする制度ではなく、里子里親の家庭を見せて学ばせるのを目的にした制度です。

あなた感覚世間一般多数派のものだとするならば、里親里子当事者とはかなりのズレがありますね。

それは仕方ない事だとは思います

世間一般の方の意見を知れて、勉強になりました。

2020-03-28

anond:20200328173532

それを建前だと言い出しては、制度の根幹にかかわる問題なっちゃます

児童養護施設(昔でいう孤児院)があるにもかかわらず、養育里親制度があるのは、

里親家庭において適切な家庭生活体験させることで、

将来、里子大人になって自然に家庭を営むことができるようにするためでもあるんですよ。

あなたには「里親家族と共に食事はしない」のが当たり前過ぎて理解できない気持ちも分かりますけど、

夫の養育里親への考えの方が普通です。

anond:20200328123848

元増田ですが、里子家族と同じように扱うと言うのは建前論で、現実社会では人は平等ではないけど、憲法上では平等と定めているような理想論ではないですか?

夫の養育里親への考えが特にキラキラした理想主義なのではなく、世間一般多数派が、里子家族だと考えているのでしょうか?

anond:20200328121904

一般論として、里親制度においては、里子と実子は同じ扱い、同じ家族とするべき。とされています

実子のある親が里子をひきとる場合家族として受け入れられるのかどうかが最初に問われます

里子をひきとって搾取子、つまり、家庭の奴隷とするようなことはあってはならないのです。

それが現代世間常識です。

家族なのに、里子だけ別の部屋で食事をとる。家族団らんから避けられている。なんてあり得ないでしょう。

それが旦那さんの感覚で、まぁ私もそれが普通感覚だと思います


ただ、里親さんにとっては、里子を引き取ったものの、やっぱり実子と同じには扱えない・・

そいう気持ちに囚われてしまった場合

虐待せず、衣食住の不自由なく育てる最低限の義務は果たすけれども、

実子にはもっと裕福で恵まれ生活を送らせたいと考えてしまうのはやむを得ないことと思います

そいう気持ちになったとき里子いらねーと返すか?、最低限の義務果たして育てるか?

の2択で後者を選んだのでしょう。

それはそれで立派なことだと私は思います

里子食事栗ご飯をだしたとき、栗が2個しか入っていないけれど、

実子の食事には栗が4個はいっていたのかもしれません。

その差別を気づかれないようにするために、食事子供部屋で取ってもらう必要があった。

正しい、おかしいではなく、少しおかしく、そこそこ正しい家庭だった…ということだと思います

おかしい家庭、正しい家庭ってあるのかな?

私は18歳で高校卒業するまで、養育里親の家庭で育ち、里親さんは良い人だった。

虐待せず、衣食住の不自由なく育ててくれたことは、非常に感謝している。

私は良い里親に育てられた、幸運だと信じて生きてきた。

しかし、夫と結婚生活を共にしてから、どうも私の認識世間一般からズレているのではないか疑念が生じ始めた。

彼が育ったのは実親家庭で、里親家庭と比べるのはナンセンスであるのは承知だが、夫に子供の頃の思い出や家庭の話をすると、彼は驚き、「おかしくない?」と指摘される。

たとえば、里子子供部屋で食事をし、里親家族と共に食卓を囲む事はなく、それが当たり前だと思っていたが、夫に言わせると「おかしい」らしい。

色んな家庭の在り方があるよ、と言うと、実子とは一緒に食事してるのに里子は別なのは客観的おかしい、と言われる。

里子から仕方ない、血の繋がった家族じゃないのに食べさせてもらったんだから文句は言えないよ、と言うと、そう思う事からしておかしいと言われる。

何が正しくておかしいのか、わからなくなる。

2020-03-22

( ・3・) クラシック好きの上司ディランを聴きたいと言いだして 1

https://anond.hatelabo.jp/20150214223556

( ・3・) クラシック好きの上司ジャズを聴きたいと言いだして、から数か月後――

ある朝の会話

その朝、彼が職場に着くと、クラシック好きの上司は目を閉じて見えないオーケストラの指揮をしていた。腕の動きが激しさを増し、握った拳が垂直に振り下ろされる。1、2、3、4、5、6、7、8、9、1011

おはようございます」と彼は上司に声をかけた。

「なんだ、来ていたのか」と上司は目を開いて言った。「春の祭典の第二部なんだが、どうにも縦の線が揃わなくてな。リハーサル不足だ」

空想オーケストラにもリハーサルがあるんですか?」

「高度に発達した空想現実と見分けがつかないくら不自由ものだ。ティンパニ奏者とシンバル奏者はもう何年も口をきいていない。――それはそれとして、ボブの件、明日の日曜はどうだ?」

ボブというのは、ボブ・ディランのことだった。上司の娘さんが英語の授業で「はげしい雨が降る」を習ってきたらしく、それ以来、上司は彼にディランについてのレクチャー要請しているのだった。彼が娘さんに教えるのではなく、彼が上司に教え、上司が娘さんに教える。ディランことならパパに任せなさい、と目論んでいるのは明らかだった。

明日。彼は断ろうとしたが、適当な口実が見つからなかった。高齢の親戚はひと通り殺してしまっていたし、このあいだ死んだ祖父にもう一度死んでもらうには、まだ少し時間必要だった。

「じゃあ、決まりだな」

事の次第

こうして、彼は休日をつぶして上司の家を訪ねることになった。どの作品を題材にするべきか迷ったが、一日でディランキャリアを追いかけるのは無理だと割り切って、彼自身ディランを聴き始めた高校生のころに感銘を受けたものを選ぶことにした。『ブラッド・オン・ザ・トラックス』だ。このなかの数曲を検討するだけでも、一日まるごとかかってしまうだろう。たくさんのアルバムを持っていかずに済むのが救いといえば救いだった。

駅に到着

最寄駅に着くと、もう上司は車で迎えに来ていた。大きな声で名前を呼ぶので、きまりの悪い思いをしたのをわたしはよく覚えている。車に乗り、しばらく走ると、左手惣菜パンの店が見えてきた。看板にはアルファベットDELI BAKERY と書かれていた。

デレク・ベイリーCD今日こそは返していただきます」と彼は言った。

「そんなことを気にしていたのか」と上司は笑った。「大丈夫。おまえは持ってきたもの以上を持ち帰ることになるだろう」

おまえは持ってきたもの以上を持ち帰ることになるだろう。それはまるでデルポイの神託のように聞こえた。彼は運命うねりが身に迫ってくるのを感じた。しかし、現実物語とは違う。成就しない予言。読まれない遺書。途切れる伏線。それが現実だ。

デレク・ベイリーというのは、あのヴェーベルン風のギタリストだな?」

「そうです」

「あれをかけると、猫たちが爪とぎを始めるんだ。何か感じるものがあるのかもしれないな」

「猫たち、とはどういう意味ですか?」

「猫たち、とは」と上司は言い、長めのフェルマータを置いた。「猫の複数形だな」

「また拾ってきたんですか?」

「いや、拾っていない。拾ったのはちーちゃんだけだ」

「猫の方から入ってきた?」

「いや、入っていないし、出してもいない」

「じゃあどうして増えるんですか?」

「さて、どうしてでしょう」

家に到着

ちーちゃんベルリオーズリムスキー=コルサコフストラヴィンスキーお客様にご挨拶だ」と上司居間の扉を開けて言った。居間には母猫のちーちゃんと、三匹の子猫たちがいた。上司公園で拾ったときちーちゃんはすでに出産を間近に控えていたのだ。

「お母さんとは名前方向性が違うようですが」

里子に出すまでの幼名だよ。正式名前里親がつければいい」

猫たちは来客には関心がないようで、ストラヴィンスキーリムスキー=コルサコフに背後から跳びかかり、ベルリオーズは伏せの姿勢でおしりを振りながら取っ組み合いに加わる間合いを計っていた。

「みんな元気だな。よし、そっちに掛けてくれ。いまコーヒーを淹れてくる」

ブラッド・オン・ザ・トラックス』までのボブ・ディラン

( ・3・) まずはバイオグラフィからだな。ボブの経歴をざっとまとめてくれ。

――いえ、それをやっていると時間がなくなるので、今日は『ブラッド・オン・ザ・トラックス』というアルバムだけを聴きます

( ・3・) それにしたって、そのアルバム位置づけくらいは踏まえないと。

――では、Rate Your Music のページを見てください。

https://rateyourmusic.com/artist/bob-dylan

――アルバムが発表順に並んでいますね。デビューしてまもなく、1963年最初ピークが訪れます。このころのディランがお手本にしていたのはウディ・ガスリーで、ギターハーモニカ、歌というフォークスタイルで世に出ました。

( ・3・) 「はげしい風が吹く」か。

――「はげしい雨が降る」と「風に吹かれて」です。ディラン1941年まれなので、22歳前には代表作を発表していたことになります

( ・3・) 詩人早熟なんだよな、たいてい。

――1965年から66年にかけて、二回目の、そして最大のピークが訪れます演奏フォークからロックへ変わり、詩の内容も変わります

( ・3・) どう変わるんだ。

――初期の詩は、一言でいえば真面目で、真面目な人たちに支持されるものでした。そこに、散文的な感覚では理解できない要素が入ってきます。「イッツ・オールライト・マ」「デソレイション・ロウ」「ジョハンナヴィジョン」といった大作が次々に書かれるのがこの時期です。

( ・3・) 理解できない要素というのは?

――たとえば、「ジョハンナヴィジョン」はこんな感じです。

Inside the museums, Infinity goes up on trial

Voices echo this is what salvation must be like after a while

But Mona Lisa musta had the highway blues

You can tell by the way she smiles


( ・3・) 「ダビデの職分と彼の宝石とはアドーニスと莢豆との間を通り無限消滅に急ぐ。故に一般東方より来りし博士達に倚りかゝりて如何に滑かなる没食子が戯れるかを見よ!」

――どうしました?

( ・3・) 西脇順三郎だよ。よく分からない詩には、よく分からない詩で対抗だ。

――なぜ対抗しなくてはいけないんですか?

( ・3・) ただなんとなく。

――はい。続けますが、1960年代後半は、ロックが急成長する時代です。しかし、ディラン自身は、その運動の先頭に立とうとはしません。1969年の『ナッシュヴィルスカイライン』は、カントリーアルバムでした。

( ・3・) 帽子に手を添えてにっこり。

――捉えどころのない人である、というディランイメージは、このころにはできあがっていたと思います。そして、三回目のピークが訪れるのは、1975年

( ・3・) 『ブラッド・オン・ザ・トラックス』だな。

――録音は1974年なので、33歳のとき作品です。

( ・3・) 33歳。――それだけ?

――伝記的な情報はいろいろあるのですが――というか、常に伝記を参照しながら語られる作品なのですが――今回は知らないふりをします。「この女性は誰々がモデルから」といったアプローチとりません。捉えどころのない人、謎めいたよそ者であることを行動原理にしている人が、久しぶりに本気を出したらしい、くらいで結構です。

( ・3・) そう、じゃあ聴いてみようか。1曲目は――

――1曲目は後にして、2曲目から始めましょう。「シンプル・トゥイスト・オブ・フェイト」。「運命のひとひねり」という邦題がついています

( ・3・) なんで? 有名な曲なの?

――ほかの曲より易しめだからです。ディラン重要な曲を挙げるとしたら、おそらく50位以内には入ると思いますが。

第一タン

オーディオ

https://youtu.be/sGnhyoP_DSc

歌詞

https://www.bobdylan.com/songs/simple-twist-fate/

They sat together in the park

As the evening sky grew dark

She looked at him and he felt a spark tingle to his bones

’Twas then he felt alone and wished that he’d gone straight

And watched out for a simple twist of fate


――ディラン歌詞は本人のサイトで公開されているので、それに基づいて進めていきましょう。では最初のスタンから、どうぞ。

( ・3・) 訳すの? 俺が?

――訳ではなくてもいいので、どういうことが歌われているのかを説明してください。

( ・3・) 夕暮れの公園男と女がいた。女に見つめられると、男は体の芯に火花が走るのを感じた。彼が孤独を感じたのはそのときだった。彼は思った。まっすぐに歩いていればよかった、運命のひとひねりに気をつけていればよかったと。

――はい特に難しいところはなかったと思いますが。

( ・3・) そうだな。恋人たちがいい雰囲気になっているのかと思いきや、なんだか雲行きが怪しい。急に孤独を感じちゃったりして。

――人は恋に落ちると孤独を感じるものではありませんか?

( ・3・) そうなの? で、まっすぐに歩いていればよかった、というのは比喩的表現だな?

――もちろん。

( ・3・) われ正路を失ひ、人生の覊旅半にあたりてとある暗き公園なかにありき――

――?

( ・3・) ともかく、この男はあるべき道を見失って、運命の力が自分に働きかけているのを感じているわけだ。でも運命って、注意していれば回避できるものなんだろうか?

――回避できたら運命ではないような気もしますね。

( ・3・) 運命からねえ。

脚韻について

――次のスタンザに進む前に、脚韻の形式を見ておきます。2小節ごとに改行を加えると、以下のようになります

They sat together in the park

As the evening sky grew dark

She looked at him and he felt a spark

Tingle to his bones

’Twas then he felt alone

And wished that he’d gone straight

And watched out for a simple twist of fate


( ・3・) 1行目・2行目・3行目の park, dark, spark で韻を踏んでいるな。4行目・5行目の bone(s), alone もそうだ。それから6行目・7行目の straight, fate も。

――はい。この形式は次のスタンザ以降も同様です。

サブドミナントのひとひねり

https://twitter.com/kedardo/status/1241415360672219137

――ついでにコード進行確認しておきます。これは実際に鳴っている音ではなく、説明のために簡略化したコードです。元のキーはEですが、ここではCに移調しています。 [1]

( ・3・) いったい誰に対する配慮なんだ。

――まずは1小節から8小節目まで。何か気づいた点はありますか?

( ・3・) 見たままじゃないか。ド、シ、シ♭と半音ずつ下がっていって、ラに落ち着く。

――はい。ラはサブドミナントコードであるFの構成音です。しかし、まだラは終点ではありません。

( ・3・) 半音下降は続くよどこまでも。

――Fの次のコードFmです。どの音が変化しまたか

( ・3・) Fの構成音は「ファ・ラ・ド」で、Fm構成音は「ファ・ラ♭・ド」だ。長三度のラが短三度のラ♭になる。なんだか言うまでもないことを言わされているようだが、どこに誘導しようとしているんだ?

――ラからラ♭へ半音下がることによって、コードに影がさします。その箇所ではどんなことが歌われていますか?

( ・3・) 「彼が孤独を感じたのはそのときだった」

――はい。彼が孤独を感じるのは、サブドミナントコードメジャーからマイナーに変化するときなんです。

( ・3・) ああ、それが言いたかったのか。つまりコード進行歌詞の内容とが結びついている、と。

――そうです。それから、もう一点。この曲は、コードが頻繁に変わる曲でしょうか。それとも、あまり変わらない曲でしょうか。

( ・3・) また誘導が始まった。1小節から10小節目までは、2小節ごとにコードが変わる。C7からFへの進行を除けば、コード構成音のうちのひとつ半音下がるだけだし、曲のテンポゆっくりだし、あまり変わらないんじゃないか

――はい11小節から12小節目、"and wished that he'd gone straight" と歌われるところはどうでしょう

( ・3・) ここは2拍ごとにコードが変わる。あまり動かなかったコードが動きだす感じだな。

――"and wished that he'd gone straight" の "straight" は、この曲の旋律で最も高く、長く、強く歌われるところです。コードの動きと旋律との関係を見ると、11小節目に助走が始まって、12小節目の頭で大きくジャンプするようにできています

( ・3・) ……ハーモニック・リズムと言えば済む話じゃないのか?

――その用語は使わず説明していたのですが。

( ・3・) いったい誰に対する配慮なんだ。

小休止

( ・3・) はっさく食べる?

2020-03-13

anond:20200313231618

1秒でも早く子ども里親に引き渡してください。

子どもが大きくなるほど、里親探しは困難になる。

死にたい」は一瞬で「殺す」に変わります。「生殺し」で育った子もやがて「死にたい」「殺したい」と言うようになり、何割かは実行します。

お母さんと一緒にいるのが幸せと引き止めが入ると思いますが、流されて無理をしないでください。

厚生労働省https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/syakaiteki_yougo/02.html 

2020-03-08

Followersの批判noteについてちゃんと考えてみた

新世代のリアル」をテーマにしたNetflixの「FOLLOWERS」が化石みたいな価値観まみれな件について

https://note.com/akiko_saito/n/n9b1b3581843c

っていうnoteがバズっているので読んだんだが、「この人蜷川実花に村焼かれたんか??」と思うほどのdisり具合だったので、followesを全話一気見したうえでひとつひとつ考えてみた。

まずは上述のnoteを読んでみてほしい。

東京を描くテーマ東京タワーに向かってデジタル一眼のシャッターを切りまくるカメラマン

もうこの時点で「陳腐」と感じた人を脱落させる、素晴らしいファーストシーンだと思います

ファーストシーンだけなのにこのdisりっぷりに私も脱帽した。

私が田舎出身からかもしれないが、未だに東京タワーは東京象徴する一番のものな気がしている。特にこの作品日本から世界に発信されるわけだから、わかりやす象徴として東京タワーのカットが抜かれることには何の違和感もない。

私のこの感覚が「ダサい」「古い」なのだとしたらそれまでなんだが。

で、次。

「女の幸せ」ってド演歌みたいな言葉ですが、それはなんと子どもを生むことだそうです〜〜〜!!!ドンドンドンパフパフ

いやあ、これ作中で別に言ってないんだよな。続く

じゃあ何かいあんた、

子どもを持たない人は

女の幸せ

ってやつが手に入らないってえのかい

に関しても、誰もそんなことは言ってない。飛躍している気がする。

八代亜紀中谷美紀の母)「粉ミルクの方が栄養価が高いのよ」

中谷美紀「今は母乳の方がいいって言われてるの!できるだけ母乳を飲ませたいのよ、粉ミルクはやめて」

エッ母乳の方が愛があるみたいなやつ?!?!?!?!?!!!??!!?はるか古代に滅びたやつ??!?!を今もってくる?!!!?!

これに関しても、作品の中では「粉ミルクの方が良いもの」も「母乳こそが素晴らしい」も描かれていないんだよね。

もう少しだけネタバレをすると、中谷美紀母乳あんまり出ない。だから中谷美紀の子育てを手伝いに来た実母が「(そんなに完母に固執せずに)混合で育ててもいいんじゃない?」という趣旨のことを中谷美紀に言う。

まり、完母が素晴らしい!と思い込んでいる中谷美紀に対して、「そんなにこだわらなくても大丈夫よ」と肩の荷を下ろしてあげているシーンなのだ母乳の方が愛があるって価値観押し付けているシーンでは決してない。

液体ミルクについてはこのシーンで言及されていないが、話がややこしくなるからわかりやすく「粉ミルク」って言っただけの話だろう。

「ざんねん〜!!MIYAVIの遺伝子が〜〜!!」

って叫ぶんですよ、、怖すぎだろ、、MIYAVIが何も知らされてなかったらほんとに訴訟もんですよ。

これについては、まあ女子会の中だったらこのぐらいの悪ふざけはあるだろう、という感じ。ただし、MIYAVIが何も知らされずに父親にさせられようとしている部分に関してはわたしも恐怖を覚えたので、同意

精子バンクとか、養子とか、いろいろあんだろ、、

やはり

自分の腹を痛めた子を生んでこそ女のしあわせ」

ってことなのかな?

ここに関してはもう少しミリの心の中を想像したほうがいいんじゃないかなーと思った。まあ確かに精子バンク子どもを授かる方法もあるかもしれないが、どこの誰だかまったくわからない人の遺伝子を使うのはちょっと怖いっていう気持ちもわかるよ、私はね。

「腹を痛めた子を生んでこそ女のしあわせ」っていうのが読み取れる発言も作中にはないよ。養子という選択をとらなかったのは、シンプル自分遺伝子を残したい、育てたい、と思っただけなんじゃないだろうか。

子どもに関する価値観はそれぞれで、誰かの遺伝子をもらうとか、養子をとるとか、里親になるとか、さまざまあっていい。そこに正しいも悪いもない。特定価値観を、本人以外の誰かがジャッジすべきではない。

役者が全員大根

ここに関しては私はあまり映画テレビも見ないため評価できず。見る人によると思う。

YouTuberは遊んで動画撮って楽な稼ぎ方してて最悪

これは、池田エライザYoutuber出会ってすぐのころそんな認識をしているという描写があったけど、話が進むうちに認識が変わっていくサマもきちんと描かれている。

たとえば、作品をとるためにめちゃくちゃ身体を張っていること。時間をかけて企画をしていること。極めつけは、Youtubeアナティクスの画面を見ながら研究をしているところ。

見る人が見れば、(Youtube投稿したことのある若い世代であれば特に)その大変さをきちんと作品の中でも描いているというとらえ方をするはず。

YouTuberは楽な職業

映画監督の方が上

という世界線になっている。

なっていない。そんなことは作中で誰も言っていない。

モデルeスポーツも楽ちんな職業

うーんこれも言っていないと思うよ。

池田エライザが「女優になりたい!」と言い続けていたのは、「女優の方が格上だから」ということではなくて、ただ単純にモデルという職業じゃなくて女優という職業になりたいから、ってだけだと思う。

水泳選手じゃなくて陸上選手になりたいんです!みたいなもんだと思ったけど違う?

蜷川実花監督なのに、「モデル=楽な職業」として描かれているわけはないでしょう。

売れない歌手バーチャルアイドルとして再デビューして見事復活みたいなことやってるんですけど、バーチャルアイドル作るのってすごいお金かかるんですけど首になった歌手がどっからその予算出したんすかね

違う違う。サヨは売れない歌手からクビになったんじゃないんだよ…ちゃん作品見ました?サヨはめちゃくちゃ売れてる歌手で、サヨのおかげで事務所が大きくなったといってもいいくらい稼いでる人だった。だからお金はあるんですよ…。バーチャルアイドル作るのにすごいお金がかかるのは事実なのかもしれんが、そのくらいの金はあるんじゃないの。事務所トップシンガーだったんなら。

コムアイレズビアンの設定で、友人である売れない女優に「あなたのことが好き」と一大決心して告白するのだが、売れない女優は「言ってくれてありがとう」とハグをしてなんか終了。彼氏のもとに戻っていく。別にコムアイの悲しみは描かれない。

このシーンは、コムアイから池田エライザへの「告白」だったわけじゃないんだなあ。愛だ恋だが絡んでいる「好きだよ」じゃなく、「あなたの演技が好きだよ」「そのままのあなたが好きだよ」という、池田エライザ存在をまるごと受け入れる受容のシーンなんだよ。だからそれに対して「私も好き!」とか「ありがとう…でもわたしは好きじゃないから付き合えない…」とはならんやろ。

ちなみに「言ってくれてありがとう」っていうそれこそ陳腐なやりとりもしてない。

この場面ではコムアイの悲しみは描かれないけど、それはすでに彼女が悲しみを乗り越えてるからなんだよね。

彼女の悲しみは、部屋に引きこもって作品絵画)を仕上げているなかできちんと描かれてるよ。痛いくらいの悲しみの表現がされているよ。もう1回見直してくれ。

なんで女だからってしなやかに生きなくちゃいけないの?

てかしなやかってなに?

「しなやか」はね、柔軟で、弾力に富んでいるサマのことだよ。「おしとやか」とは意味が違うからね。辞書を引こう。

女の子なんだから女の子らしくしなさい」は「しなやか」ではないし、「男のひとを立てなさい」もしなやかではない。それらから解放されたサマが「しなやか」という言葉表現されてるんだと思うが、違うか?

と、まあ事細かにいろいろあげつらったんだけど、一つ一つ否定していることにそんなに意味はなくて。

一番言いたいのは、「批判noteバズることの危険性」についてなんだよなー。

しか作品を見て何を感じるかは人それぞれだし、注目度の高い作品であればあるほど賛否両論どちらも出てくるもんだとは思う。

だけど、激しい批判が独り歩きすることで(そしてそれが歪んだ認知のもとに書かれているとしたら特に)、楽しみながら作品を見られるはずだった人たちが、「最悪な作品」というバイアスのもとに鑑賞せざるを得ないということなんだよな。

私は全話通して楽しんでみたし、前評判ほど「古い」とか「化石みたい」とかは感じなかった。みんなが批判だけに踊らされて「私は見ない!」「(みんなダサいって言ってるし)ダサい同意!」というのが起きないといいなーと思った。

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